弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人鎌田久仁夫、同公文貞行、同復代理人立崎亮吉の上告理由について
 原判決は、昭和五〇年六月一九日告示、同月二九日施行の埼玉県加須市長選挙(
以下「本件選挙」という。)に立候補した被上告人が、公職選挙法(以下「公選法」
という。)一四三条一項五号にいう選挙運動用ポスターとして、中央部に「D」と
大書し、その右側に「同和対策」と記載したポスター(以下「Aポスター」という。)
と、中央部にAポスターの「D」の文字と同大の大きさで「十三」と記載し、その
右側にAポスターの「同和対策」の文字と同大の文字で「是か非か」と記載したポ
スター(以下「Bポスター」という。)の二種類のポスターを作成し、告示後直ち
に、右A、Bポスターを上下に連続して一枚の板にはつて掲示したこと、その結果、
右掲示されたA、Bポスターは、右側に「同和対策是か非か」と書かれ、左側中央
寄りに「D十三」と大書された一枚のポスターの外観を呈することになつたこと、
A、Bポスターのそれぞれは公選法一四四条三項所定の規格の範囲内のものであつ
たが、これを右のように二枚合わせたときの大きさは同法所定の規格を超えるもの
であつたこと、そこで、加須市選挙管理委員会(以下「市選管」という。)は、同
月二一日午前九時ころと同日正午ころの二回にわたつて、当時被上告人の選挙事務
所が置かれていた被上告人の自宅に電話をして、右ポスターの掲示方法が公選法一
四四条三項に違反するものである旨を指摘し、右ポスターを撤去するように注意す
るとともに、この事実を上告人埼玉県選挙管理委員会(以下「県選管」ともいう。)
に連絡したこと、一方、同月二〇日から二一日にかけて、加須市民から同市同和対
策課及び市選管に対し、右ポスターの「同和対策是か非か」の文言は同和対策に反
対し部落差別の温存を意図するものであるとして抗議の申入れがあり、同市同和対
策課長も、右ポスターの文言は市の同和対策事業の円滑な実施を妨げるおそれがあ
るとして、市選管に善処方を要望したこと、そこで、市選管では、同日午後三時す
ぎころ、市選管からのポスターを撤去するようにとの前記電話に驚いてその理由を
尋ねに来た被上告人の運動員二名に対し、市選管委員長らから、ポスターを二枚続
けてはるのは公選法一四四条三項に違反するので撤去するよう、ポスターは一枚で
意味が通じなければならず、Bポスターの「是か非か 十三」では意味が通じない
から、「是か非か」の文字を消すようになどと申し入れたこと、市選管は、更に同
日午後四時半ころにも被上告人の自宅に電話をしてA、Bポスターを切り離すよう
に注意したこと、次いで、市選管は、以上再三の注意にもかかわらず被上告人にこ
れに従う様子がみられないとし、直接被上告人に面会して注意を促すほかはないと
の考えのもとに、同日午後五時すぎころ、市選管委員長、同書記長のほか県選管職
員三名、同市及び埼玉県の同和対策事業担当職員各三名ずつの合計一一名が三台の
自動車に分乗して被上告人の自宅に向う途中の路上で被上告人に出会い、その案内
で被上告人宅に行き、右一一名中九名が応接間で被上告人と会見し、前記ポスター
の掲示方法が公選法一四四条三項に違反する旨及びポスターの「同和対策是か非か」
の文言が同和対策事業特別措置法(以下「同対法」という。)の趣旨に反し穏当を
欠く旨を説明して右ポスターの撤去を求めたこと、これに対し、被上告人は、ポス
ターの規格の点については一応諒承したが、その文言の点については、これは自分
の唯一のスローガンであり、対立候補である現市長の行つている同和対策の是非を
問うているだけで、同対法の趣旨に反対しているものではないと主張して譲らず、
しいて要求するのであれば文書で申し入れてもらいたいと述べ、市選管委員長らも
これを諒承して会談を終えたこと、そして、市選管では、翌二二日原判決末尾添付
のような右ポスターの撤去及び右文言の取消しを求める警告書を被上告人に交付し
たこと(以上の市選管委員長らの一連の行為を以下「市選管職員らの本件行為」と
いう。)、被上告人は、以上の警告を受けて、同月二一日から二三日ころまでの間
に、Bポスターの「是か非か」の文字の上に「D」と記載した紙をはつたうえ、こ
れとAポスターとを切り離して別々に掲示し、この作業は二三日中に終了したこと、
なお、被上告人は、本件選挙における対立候補であつた現職市長Gの現に行つてい
た具体的な同和対策について批判的な意見をもつていたので、これを市民に訴え、
その是非を問うべく、「同和対策是か非か」の文言をスローガンとして掲げ、ポス
ターにも記載したものであること、以上の事実を認定したうえ、市選管職員らの本
件行為は、単に形式的なポスターの文字ないし文言のみを問題としてその取消しを
求める趣旨に出たものではなく、被上告人の本件選挙における候補者としての政見
ないし主張である同和対策批判の主張そのものを問題としてこれを抹殺させる趣旨
に出たものであると判示しているが、原審の右認定判断は、原判決挙示の証拠関係
に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。
 そこで考えるに、公選法二〇五条一項にいわゆる選挙無効の要件としての「選挙
の規定に違反することがあるとき」とは、主として選挙管理の任にある機関が選挙
の管理執行の手続に関する明文の規定に違反することがあるとき又は直接かような
明文の規定は存在しないが選挙の基本理念である選挙の自由公正の原則が著しく阻
害されるときを指すものである(最高裁昭和二七年(オ)第六〇一号同年一二月四
日第一小法廷判決・民集六巻一一号一一〇三頁、同昭和三一年(オ)第二六八号同
年一〇月五日第二小法廷判決・裁判集民事二三号四一三頁参照)。ところで、民主
主義社会においては、選挙は、国民又は住民が国政又は地方政治に参加し、これに
その意思を反映させる重要な機会であり、手段である。それゆえ、選挙において候
補者がその政見その他の主張を何ものからも干渉されることなく自由に選挙民に訴
えることができるとともに、選挙民が候補者の政見その他の主張を正しく理解し、
他からなんらの制約をも受けることなくその自由な意思によつて投票すべき候補者
を選択することができるよう、選挙が自由かつ公正に行われることが極めて肝要で
ある。候補者が他からの干渉によつてその政見その他の主張を自由に選挙民に訴え
ることを妨げられ、その結果、選挙民が候補者の政見その他の主張を正しく理解す
ることができず、投票すべき候補者の自由な意思による選択を妨げられたような場
合は、選挙の自由公正が損なわれたものというべく、その程度が著しいときは、前
述の選挙の自由公正の原則が著しく阻害された場合にあたるものと解するのが相当
である。
 この見地に立つて本件をみるに、被上告人が当初A、Bポスターを上下に連続し
て掲示したその方法はポスターの規格について定めた公選法一四四条三項に違反す
るものであつたというべきであるから、市選管が被上告人に対し右違反行為をやめ
るように注意し、警告を発したことの正当であることはいうまでもない(同法一四
七条参照)けれども、右違反状態を解消させるためには、上下に連続して掲示され
たA、Bポスターを分離して各別に掲示する方策をとらせれば足りるのであるから
市選管としては、それ以上に右ポスターの「同和対策是か非か」の文言を問題とし
てその抹消を被上告人に対して求める必要はなかつたのであり、そればかりでなく、
公選法上市選管はそのような権限を有しないというべきである。けだし、同法は、
選挙運動用ポスターについて一定の規制を加え(同法一四三条、一四四条、一四五
条、一六四条の二等)、これに違反して掲示されたポスターがあると認めるときは、
選挙管理委員会はその撤去を命じうるものとしている(同法一四七条)が、右の規
制はいずれもポスターの枚数、規格、掲示場所を制限し、あるいはポスターに掲示
責任者及び印刷者の氏名及び住所を必ず記載すべきことを要求するなどの形式的な
事項についてのものであり、また、右撤去命令もポスターの掲示がこれら形式的事
項に関する定めに違反する場合になしうるものとされているにすぎないのであつて、
選挙における候補者の政見その他の主張に関するポスターの記載内容についてはな
んら規制の対象とされておらず、選挙管理委員会がこれを審査し、その取消し又は
修正を命じうべきことを認めた規定も存しない。そして、同法は、他方において、
政見放送をする場合には録音又は録画した政見を「そのまま」放送すべきものとし
(同法一五〇条一項)、また、選挙公報には候補者から申請のあつた掲載文を「原
文のまま」掲載すべきものと定めている(同法一六九条二項)。公選法のこのよう
な規定を通覧すれば、同法は、選挙における候補者の政見その他の主張に関係する
ポスターの記載内容について選挙管理委員会がその当否を審査し、その取消し又は
修正を命ずるなどのことは、選挙管理委員会が候補者の政見その他の主張そのもの
に介入、干渉することになり、ひいては選挙の自由公正を害するものであるとして、
これを認めない趣旨であると解されるのである。したがつて、本件においても、市
選管は被上告人の「同和対策是か非か」なるポスター文言の当否を問題としてその
取消しを被上告人に対して求める権限を有せず、被上告人はこれに従うべき義務を
負わないというべきである。しかも、右のポスター文言は、被上告人が、日ごろ、
対立候補である現職市長の現に行つている具体的な同和対策に妥当を欠くものがあ
るとの批判的意見をいだいており、その是非を選挙民に問いかけるためのスローガ
ンとして掲げたものであつて、歴史的社会的理由による差別待遇を温存し助長する
おそれのある不穏当なものであるともいえないのである。しかるに、市選管職員ら
の本件行為は、前記のとおり、被上告人の「同和対策是か非か」なるポスター文言
を問題としてその取消しを求めたばかりか、それにとどまらず、被上告人の同和対
策批判の主張そのものを問題としてこれを封じようとしたというものであつた。し
かも、そのために市選管職員らのとつた具体的な行為の態様は、前記原審認定の事
実関係からうかがえるように、被上告人の拒絶に会いながらなおも右ポスター文言
の取消し等を求め続けたというかなり強硬なものであり、かつ、一一名もの多人数
が三台の自動車を連ねて大挙して被上告人の選挙事務所が置かれていた自宅に乗り
込むなどという選挙民の思惑をかえりみないものであつた。そして、右のような市
選管職員らの本件行為の内容及び態様に加えるに、右行為の影響として、(イ)被
上告人は、抹消の義務も必要もないBポスターの「是か非か」の文字の抹消を余儀
なくされ、その結果、被上告人が選挙民に訴えようとしていた「同和対策是か非か」
のスローガンはAポスターに「同和対策」の文字を残すのみとなつて、それのみで
は対立候補である現職市長の現に行つていた具体的な同和対策を批判する被上告人
の主張の趣旨が不明確なものになつてしまつたこと、(ロ)もつとも、公職法一四
四条三項違反の状態を解消するために上下に連続して掲示されたA、Bポスターを
分離すれば、それによつて、被上告人が右ポスターにより訴えようとした「同和対
策是か非か」のスローガンはAポスターの「同和対策」の文言とBポスターの「是
か非か」の文言とに分断されてやはり意味不鮮明なものになることを免れないけれ
ども、かかる場合、被上告人がはり紙等によつてA、Bポスターの右各文言部分を
「同和対策是か非か」と修正することは、ポスターの記載内容の同一性を損なうも
のではないから、許されると解されるのに、被上告人は、市選管職員らの本件行為
によつて右のような修正の途を閉されたとみられること、(ハ)また、市選管職員
らの本件行為は被上告人の同和対策批判の主張そのものを問題としてこれを封じよ
うとしたものであつたから、右行為の結果、被上告人が右の主張をポスター以外の
選挙運動の方法によつて選挙民に訴えるについても全くなんらの制約を受けなかつ
たとはいい切れないこと等が考えられることを総合勘案すれば、市選管職員らの本
件行為は、本件選挙の自由公正を著しく阻害したものというべく、「選挙の規定に
違反することがあるとき」にあたると解するのが相当である。
 公選法二〇五条一項は、また、選挙無効のもう一つの要件として「選挙の結果に
異動を及ぼす虞がある場合」を挙げるが、右にいう「選挙の結果に異動を及ぼす虞
がある」とは、選挙の結果に異動を及ぼすことが確実であることを要せず、その可
能性があれば足りるものである(最高裁昭和二七年(オ)第一三六号同年一二月五
日第二小法廷判決・民集六巻一一号一一二七頁、同昭和二九年(オ)第一五三号、
第一五四号同年九月二四日第二小法廷判決・民集八巻九号一六七八頁参照)ところ、
前示のような市選管職員らの本件行為の内容、態様及びその影響並びに本件選挙に
おいて被上告人が六五一三票もの投票を得ていること及び被上告人は以前に加須市
長に当選したことがあること(右の事実は原審の適法に確定するところである。)
を合わせ考えれば、本件選挙における被上告人の唯一の対立候補で、当選人となつ
たGがこれまで二期連続して市長を勤めた現職の候補者であり、また、本件選挙に
おける同人の得票数が一万二五一三票もあり、被上告人との得票差が六〇〇〇票も
あつたとしても、市選管職員らの本件行為は「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある
場合」にあたると解するのが相当である。
 してみれば、右と同旨にいでて本件選挙を無効とした原審の判断は正当であつて、
この点を争う論旨は理由がない。
 なお、所論は、原判決には上告人の予備的主張に対する判断を遺脱した違法があ
るというが、原判決が右予備的主張に対しても判断を加えていることは、原判文に
徴し明らかである。所論は、また、原判決には憲法一二条、二一条の解釈を誤つた
違法があるというが、原審の認定にそわない事実を前提とするか、又は原判決の結
論に影響を及ぼさない傍論部分を非難するものであつて、失当である。
 よつて、叙上説示のとおり原判決は正当であり、論旨はすべて理由がないから、
行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岸       盛   一
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    団   藤   重   光

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