弁護士法人ITJ法律事務所

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               主         文
1 被告は,原告aに対し,2524万4437円及びこれに対する平成11年10月11日
から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告bに対し,2414万4437円及びこれに対する平成11年10月11日
から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを10分し,その9を被告の負担とし,その余を原告らの負担とす
る。
5 この判決は,第1,2項に限り仮に執行することができる。
               事 実 及 び 理 由
第1 請求
1 被告は,原告aに対し,2830万1131円及びこれに対する平成11年10月11日
から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
2 被告は,原告bに対し,2687万6512円及びこれに対する平成11年10月11日
から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
本件は,原告らの子であるcが被告の設置に係るd高校に在学して同校のラグビ
ー部(以下,単に「ラグビー部」という。)に所属していたところ,平成11年10月11
日に行われた対外練習試合後,体調不良を訴え,翌日死亡した事故(cが平成11
年10月11日に健康状態を損なったことを,以下「本件事故」という。)につき,cの
両親である原告らが,ラグビー部監督及び同部コーチらには生徒部員の生命身体
に不測の事態が発生することのないように適切な措置を講ずべき注意義務があっ
たのにこれを怠った過失があるとして,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づき,
cの死亡により生じた損害及び原告ら固有の各損害の賠償金並びにこれらに対す
る本件事故発生の日である平成11年10月11日から支払済みまで民法所定の年
5パーセントの割合による遅延損害金の支払をそれぞれ求める事案である。
1 争いのない事実等(末尾に証拠を摘示した事実は,同証拠により明らかに認めら
れる事実である。)
(1) 当事者等
ア 原告ら
(ア) 原告aはcの父,原告bはcの母であり,同人の平成11年10月12日の
死亡により同人を2分の1の割合にてそれぞれ相続した者である。
(イ)a cは,昭和57年3月9日生まれで,d高校入学当初からラグビー部に所
属し,平成11年10月11日(以下「本件事故日」ともいう。)当時,同校第
3学年に在学し,ラグビー部においてはフッカーの正選手(以下「レギュラ
ーフッカー」という。)であった。
b また,cは,本件事故日の翌日に行われた解剖所見によると,身長170
センチメートル,体重100キログラムであった(乙47)。
イ 被告ら
(ア) 被告は,d高校を設置する地方公共団体である。
(イ) e(以下「e監督」という。)及びf(以下「fコーチ」といい,e監督と合わせて
「e監督ら」ともいう。)は,本件事故日当時,いずれも同校教諭又は同校講
師であり,e監督はラグビー部の監督であり,fコーチはラグビー部のコーチ
であった(乙28・29)。
(ウ) 本件事故当時のラグビー部の部員数は約70名であり,そのうち正選手
(レギュラー)は二,三年生を中心とした15名であった。同ラグビー部の指
導者は,e監督を中心に,fコーチ,gコーチの3名体制であった。
(2) cの死亡に至る経緯(この項では,特に断らない限り,平成11年10月11日に
ついての記載である。)
ア(ア) ラグビー部は,平成11年10月9日から同月11日までの3日間,他校の
ラグビー部との対外練習試合を行っていた。
(イ) 平成11年10月11日の対外練習試合は,佐賀市内に所在する佐賀県
総合運動場球技場(以下「本件グラウンド」という。)にて行われた。
イ(ア) cは,上記対外練習試合に参加しており,午後0時0分から午後0時30
分までと午後1時20分から午後1時50分までの間にそれぞれ行われた2
5分ハーフの2試合に出場した(以下,左記2試合のうち,午後0時0分開始
分を「本件練習試合1」と,午後1時20分開始分を「本件練習試合2」とい
い,併せて,「本件練習試合」という。)。
(イ) 本件練習試合1と本件練習試合2の間には,午後0時40分から午後1
時10分までの間に別の練習試合が行われていたが,cは,それには出場
しなかった(甲9)。
(ウ) cは,e監督らの指示に従って,本件練習試合2終了後の練習(以下「本
件アフター練習」という。)に参加した。
ウ cは,午後2時20分ころの本件アフター練習が終了した直後に,両足のふく
らはぎがつると訴え,次第に過呼吸(過換気)と意識レベルの低下という症状
を呈するようになったため,午後2時25分ころ救急車が要請され,午後2時4
5分ころ,h病院へ搬送された(甲19)。
なお,cが体調不良を訴え始めたのは,本件アフター練習中であったのか
同練習終了後であったかについては当事者間に争いがある。
エ cは,翌12日午前3時10分ころ,h病院にて,死亡した。
(3) 死亡診断書上の記載
h病院医師の平成11年10月12日作成に係るcの死亡診断書には,直接死
因として「熱中症」,傷害発生日時として「平成11年10月11日午後2時20分
頃」,傷害発生場所の種別として「4その他(グラウンド)」,傷害発生場所として
本件グラウンドの所在地,手段及び状況として「総合グラウンドにてラグビーの
練習中,気分不良,意識消失にて搬送される。」とそれぞれ記載されている(甲
2)。
(4) 熱中症について
熱中症とは,暑熱環境によって発生する障害の総称で,通常,熱けいれん,
熱疲労,熱射病に分類されるものであり,熱射病は死亡率が高く,極めて緊急
性の高い疾患とされている(甲11)。
(5) 死亡見舞金の支払
日本体育・学校健康センター佐賀県支部は,原告らに対し,cの死亡見舞金と
して2500万円を支給した。
2 争点
(1) e監督らに本件事故の発生につき過失が認められるか。
(2) 上記(1)が肯定されることを前提に,cの死亡による損害額は幾らか。
3 争点に関する当事者の主張
(1) 争点(1)について
ア 原告らの主張
(ア) cの従前の健康状況
a d高校の身体検査結果
cは,平成11年6月に実施されたd高校の身体検査において,体重9
5.3キログラムで,肥満傾向である旨指摘され,また,栄養状況につい
て要注意とされていた。
なお,体格指数(BMI,以下「BMI値」という。)は,数値が大きいほど
肥満度が高いとされ,BMI値25を超えると肥満とされるところ,cのBMI
値は32.7であった。
そして,肥満であることは,熱中症発症の危険要因の1つである。
b JR九州の健康診断結果
(a) cは,平成11年9月16日,九州旅客鉄道株式会社(以下「JR九州」
という。)の就職試験の際行われた健康診断の結果,胸部レントゲン
検査にて肺に浸潤影がみられたほか,尿に潜血が認められたため,
医師による総合判定では「保留」となり,胸部については治療を要す
る,腎機能については医師の管理を要するとされた。
なお,被告は,肺の浸潤影につきレントゲン検査上の操作の誤りに
より生じることがある旨主張するが,検査は直接撮影によるものであり
操作の誤りにより生じたものではない。
(b) そして,e監督は,JR九州ラグビー部監督から上記診断結果を聞か
されて,原告bに対し,cの健康状況を尋ね,結局,病院にて再検査を
受けるよう指示した。
cは,上記指示を受けて,再検査を受けたが,再度のレントゲン撮
影はなされなかった。
(c) また,e監督は,翌10月2日のラグビー部内の紅白戦の後のミーテ
ィングの際,cは健康上の問題で就職が内定していない旨言っており,
e監督がcに健康上の問題があると認識していたことは明らかである。
c cの平成11年9月下旬ころからの咳
(a) cは,同年9月下旬ころ,咳が続いていたので,同月24日,耳鼻咽
喉科を受診したところ,摂氏36.9度の微熱が見られて,急性咽頭炎
と診断され,10日分の薬の処方を受けて服用していた。
(b) そして,原告bは,同年10月9日の対外練習試合前の事前練習の
際にe監督に対し就職のお礼を述べたりしていたが,走っているcが咳
き込んでいるのを見て,同人が病院から処方してもらった咳止めの薬
を飲んでいることを話した。
e監督は,これに対して,cを病院で再度検査してもらった方がよい
のではないかと返答した。
d cの本件事故日の前日の様子
cは,通常であれば帰宅直後に夕食を食べていたが,平成11年10月
10日の対外練習試合後帰宅した際には,帰宅後30分ほど足がつると
言って,夕食をすぐに食べることなく寝そべっていた。
e cは,以上のとおり,本件事故前から体調が悪く,このことは熱中症発症
の危険要因の1つである。
(イ) cの本件事故日直前の練習への参加状況
cは,平成11年10月中は,同月3日を除き同月1日から同月8日までの
間,連日ほぼ3時間半程度のラグビー部の練習に参加し,同月9日から同
月11日までの連日の対外練習試合には選手として出場していた。
(ウ) 本件事故日の経緯
a(a) cは,同日の本件練習試合にも参加した。
同日の日中は,10月であるにもかかわらず日差しが強くて蒸し暑
く,本件グラウンドは屋外であるため直射日光を遮るものはなかった。
そして,高温多湿及び強い直射日光は,いずれも熱中症発症の危
険要因である。
(b) cは,本件練習試合中,少なくとも2度は足の後ろの筋肉を伸ばす動
作をしており,本件練習試合2では,既に疲労していたためかパスが
思うように通らず,しばしば相手チームの選手にボールを取られる状
態であった。
b(a) e監督らは,同日午後1時50分の本件練習試合2終了後,cを含むラ
グビー部員に対し,本件アフター練習の趣旨等を説明するミーティン
グを行った。
上記ミーティングは,部員に水分を摂らせながらのものであったが,
部員にとっては休んだと実感できないものであった。
(b) e監督は,本件練習試合の内容の反省,サインプレーの確認のため
にcらに本件アフター練習を指示した。
c(a) cらは,上記指示に従って本件アフター練習を開始したが,開始して
数分後には,部員らに疲労が見え始めた。
(b) cは,本件アフター練習では,ボールを投げ込むスローワーとして,
上記練習の初めは様々なサインを言っていたが,だんだん言葉もはっ
きりしなくなって,「エアマックス」との1つのサインしか言えなくなり,し
かも,ボールがサインで決められた位置に投げられなくなり,大きく後
ろにそれるなどボールの投げ方も乱れてきた。
また,cは,ボールを受け取るジャンパーとの調子が合わず何度も
スローインをやり直していた。
fコーチは,cに対して「cがんばれラインアウト1本決まれば良いん
だ。」と言って肩を叩いたり,他の部員は,「cがんばれ」と励ましたりし
ていた。
さらに,cは,ボールを投げる位置(以下「ポイント」ともいう。)を指示
されても,ふらふらしてそのポイントに立つことすらできず,fコーチがc
の体を抱えてそのポイントまで動かしている状態であった。
(c) その後,e監督は,「走れ」と指示して,cを含めたフォワード全員につ
きグラウンドを2周走らせたが,その際,cは極端に遅れて走り,fコー
チがcを後ろから押しながら走らせていた。
(d) e監督は,その後も,cらに練習を続行させたが,cの足がふらつき始
めたことに気付いて,練習を中止させた。
e監督は,本件アフター練習中止後,cらに対しミーティングを5分間
程度行った。
(e) 極度に疲労していたcは,練習途中から足がつり,練習終了時まで
には脱水状態に陥った。
d cは,結局,本件アフター練習中には,既に熱中症によりその健康状態
を害しており,そのため本件事故が発生したものである。
(エ) ラグビーの部活動における指導者が負っている注意義務の内容
a ラグビーの部活動における指導者の一般的注意義務
ラグビー競技は,肉体同士のぶつかり合いや全力疾走が行われる激
しい競技であり,その疲労度は極めて高い。
ラグビーの部活動の指導監督に当たる教師は,一般的に,日常から
生徒部員の体力及び健康状態並びに技能等を十分に把握し,練習試
合,その後の練習等においても健康状態の把握に努め,生徒部員に異
状が見られる場合は適切な処置を講じて,生徒部員の生命身体に不測
の事態が発生することのないように配慮すべき注意義務がある。
b ラグビー指導者の熱中症防止に関する注意義務
熱中症発症の要因としては,①環境の要因(気温,湿度,直射日光,
風速,急激な暑さ),②個体の要因(体力,体格,健康状態,体調,疲
労,暑熱馴化,衣服),③運動の要因(運動の競技,内容,継続時間,水
分補給,休憩の取り方)などが挙げられ,学校スポーツにおける熱中症
により死亡する割合が高いのは,発症者が肥満の男子高校生で,ラグビ
ーを含む5競技を行っていた場合であるとされ,また,熱中症の発症の
契機は,ランニング,ダッシュの繰り返しであることが多いとされている。
したがって,高校のラグビーの部活動の指導監督に当たる教師は,日
常から生徒部員の健康状態等を把握した上で,健康状態ないし体調に
不良がある生徒部員,特に肥満でもある部員につき,高温多湿,直射日
光下及び急激な気温の上昇等の熱中症の生じやすい気象条件の下で
の練習において指導監督する場合は,熱中症予防のために練習内容に
配慮し,かつ,上記生徒部員の練習中の様子を観察して,ふらつく,動き
が鈍い及び顔色が悪いなどの熱中症の徴候である異常な様子の有無に
ついて注意するとともに,水分補給等の適切な処置を講じて,その生命
身体に不測の事態が生じないように配慮すべき注意義務を負っている。
(オ) e監督らがcに対し負っていた注意義務の内容
cには,上記のとおり,本件事故日直前には,血尿,肺の浸潤影,咳が
止まらないとの症状が見られ,従前肥満であることを指摘されており,本
件事故日において,健康状態不良である肥満の部員であった。
また,本件事故日は,日差しが強くて蒸し暑く,本件練習試合及び本件
アフター練習は,屋外の本件グラウンドにおいて行われていた。
よって,e監督及びfコーチは,本件事故日のラグビー部の練習におい
て,cに対し上記熱中症防止に関する注意義務を負っていた。
(カ) e監督らの本件事故発生に関する具体的な注意義務違反の内容
a e監督について
(a) e監督は,cの就職内定先のJR九州ラグビー部監督から,cの健康
診断の結果を知らされていたにもかかわらず,cがJR九州に就職が
内定したことから上記診断結果を特に問題がないものと安易に即断
し,e監督らは,cが咳き込んでいたことについても日常の練習の様
子や原告bとの話で把握し得たにもかかわらず,これに注意を払って
いなかった。
なお,e監督は,cがd高校に皆勤で登校していたことから健康状
態に問題がなかったとするが,日常の学校生活とラグビー競技への
参加とでは要求される体力等が当然異なり,登校状況の確認のみで
上記義務を尽くしたとはいえない。
つまり,e監督らは,cにつき,上記(オ)記載の注意義務に従って日
常からその健康状態を把握することをしておらず,この点,注意義務
違反がある。
(b) さらに,e監督は,本件事故日においても,cに対する本件練習試
合の開始前と終了後,本件練習試合中及び本件アフター練習中の
十分なメディカルチェックを怠り,cの本件練習試合中及び本件アフタ
ー練習中の異状に対しても注意を払っておらず,この点,注意義務
違反がある。
(c) e監督は,本件練習試合2終了後に,十分な休憩をとらせることな
く,本件アフター練習を命じ,さらに,同練習中に既にcが異状を示し
ていたにもかかわらず,「走れ」と指示して,練習内容への配慮,練
習の中止等の適切な措置を怠り,この点,注意義務違反がある。
b fコーチについて
(a) fコーチは,e監督の補助者として,cにつき,日常の健康状態等の
把握をし,本件練習試合中及び本件アフター練習中にその様子を観
察し注意すべきであったが,これを怠って,e監督に対し,cの様子の
報告等を行わなかった。
(b) また,fコーチは,本件アフター練習中に,cがポイントまで移動でき
ない異状な様を呈していたにもかかわらず,cを動かして上記練習を
続行させ,また,e監督が「走れ」と命じた際には,遅れがちのcを押し
て走らせ,練習内容への配慮,練習の中止等の適切な措置を怠り,
この点,注意義務違反がある。
イ 被告の主張
(ア) cの従前の健康状態
a d高校の身体検査結果
cについて,d高校における健康診断結果では,特定の疾患の指摘は
ない。
また,栄養状態について「要注意」とされているが,この診断は単に身
長体重比から算定した肥満状態から導き出されたものであって,熱中症
発症の危険要因となる身体的特徴ないし疾患を指摘するものではない。
b JR九州の健康診断結果
e監督は,平成11年9月25日又は翌26日に,JR九州ラグビー部の
監督から,cにつき就職試験時の健康診断の結果左胸部に白い影のよ
うなものがあるが,あくまで「疑い」であり,操作の誤りによっても生じ得る
ものであると知らされた。
e監督は,原告bに対し,左胸部の影の件につき尋ねて,cが胸が痛い
として整形外科医院に通院したことを聞いたので,同医院に診断結果を
確認したところ,単なる打撲であるとの回答であった。
その後,翌10月8日,cにつきJR九州から就職の内定通知があった
ので,e監督は,上記の疑いは解消されたと考えていた。
また,cには,救急搬送後h病院にて実施された頭部の断層撮影及び
胸部レントゲン検査の結果,異常は見られなかった。
なお,e監督は,cに血尿が見受けられたことをJR九州ラグビー部監
督から知らされていない。
c cの本件事故日直前の体調不良
原告bが,平成11年10月9日,e監督に対し,cの採用内定通知の報
告に来たことはあったが,その際,cが咳をしており,咳止めの薬を飲ん
でいるとの話はなかった。
cが,平成11年9月下旬ころからラグビー部の練習中に咳き込むよう
なことはなかった。
そして,cは,レギュラーフッカーであるところ,練習にてスクラムを組ん
でおり,cが仮に咳き込んでいたとすれば,他の部員が敏感な反応を示
して監督に何らかの報告があるはずであるが,cの咳について他の部員
からの報告はなかった。
d cの良好な体調
cは,平成11年9月1日から本件事故に至るまで,同月16日の就職
試験での欠席以外に早退,遅刻及び欠席はなく,また,同月18日から
本件事故に至るまで保健室を利用したこともない。
(イ) cの本件事故日ころの練習への参加状況等
cは,平成11年10月9日から本件事故日までの3日間に25分の練習
試合5本に参加していた。
cは,1学年時からラグビー部に在籍し,2年6か月の部活動を通じて,体
力づくりや技術練習を行い,また,平成11年8月の夏合宿や同月ころの遠
征にも参加していた。
そして,3年生であるcにとっては,本件事故日ころは,同年12月からの
全国大会に向けた仕上げの時期であって,円熟期といえる。
そのようなcにとって,上記練習試合は決して無理な日程ではなかった。
(ウ) cの本件事故日の練習中の様子
a(a) cを含めてラグビー部員は,平成11年10月11日午前9時50分ころ
に本件グラウンドに集合した。
(b) fコーチは,部員集合時に,cを含めてラグビー部員のメディカルチェ
ックを行った。
なお,上記メディカルチェックとは,部員の様子を目視にて確認する
とともに,体調及び健康状態につき自己申告させるものである。
b(a) cは,d高校Aチームの一員として,本件練習試合に参加した。
(b) iレフリーが,本件練習試合のレフリーをつとめたが,d高校Aチーム
は上記試合中にモールの遅延行為によって2回反則を科せられた。
なお,モールとは,ゴールラインとタッチラインに囲まれたフィールド
オブプレー内で行われるもので,双方の一人又はそれ以上のプレイヤ
ーが,立ったまま身体を密着させて,ボールを所持しているプレイヤー
の周囲に密集することにより形成され,ボールが地面に触れるか,ボ
ール若しくはボールを所持しているプレイヤーがモールから出るか,
又はスクラムが命じられたときに終了する。
そして,レフリーは,モールが形成されている時点において,モール
が停止したままであるなど次のプレーへの展開が期待できないと判断
した場合はスクラムを命じ,モール開始時にボールを所持していなか
った側にボールを入れさせるが,これが上記ボールの遅延行為による
反則である。
(c) fコーチは,本件練習試合1と本件練習試合2の間にも,cらにつきメ
ディカルチェックを行った。
c 本件練習試合2は,同日午後1時50分には終了した。
d e監督は,上記練習試合終了後,部員に水分補給をさせながら本件アフ
ター練習の内容を10分ほど説明した。
e(a) 本件アフター練習は,同日午後2時ころから,iレフリーの指導の下,
スクラムハーフを入れて,モールの遅延行為の反則の判断訓練の練
習が15分ほど行われた。
(b) 本件アフター練習は,ラインアウトからモールに至り,モールからボ
ールを出すという一連の流れで行われた。
ラインアウトは,ボールがその間に投げ入れられるのを待ちかまえ
て,ラインオブタッチに平行に一列ずつ並んだ双方それぞれ二人以上
のプレイヤーによって形成され,モールが行われて,モールの中のプ
レイヤーの全ての足がラインオブタッチを越えて移動したときに終了す
る。
そして,cは,レギュラーフッカーとして,ラインアウトの間にボールを
投げ入れるスローワーの役を行っていた。
なお,原告らは,本件アフター練習につきサインプレーの練習であ
ると主張するが,本件アフター練習の趣旨は,日本ラグビーフットボー
ル協会(以下「ラグビー協会」という。)公認トップレフリーであるiレフリ
ーに練習試合中モールの球出し時の遅延行為の反則を2回科せられ
たので,e監督がiレフリーに依頼して部員に反則行為の見極めを付け
させるためのものであった。
(c) e監督は,本件アフター練習中に,cを含めたフォワード全員に対し,
「走れ」と指示して走らせ,その際,fコーチがcを後押しして走ったこと
はあった。
しかし,上記ランニングは,フォワードの選手が1つにうまく連携でき
ていなかったため,走る間に,フォワード全員のモチベーションを高め
るとともに,選手同士のコミュニケーションを図る効果を狙い,時間を
おいて2度実施されたものである。また,fコーチが,ランニングの際c
の外2選手も遅れていたため,傍に走り寄って声をかけ,疲労の程度
を観察しつつ,cの臀部を両手で後押ししながら一緒に走って励ました
もので,fコーチ独特の選手とのスキンシップによる日常的なコーチン
グとしての指導の1つであって,疲労のため走ることのできないcを無
理に走らせたというものではない。
(d) cは,本件アフター練習中,足がつったり,よろめいて指示されたポ
イントまで行くことができず,fコーチに抱えられたり,サインがはっきり
言えなくなったりすることはなかった。
(エ) cの本件アフター練習後の様子
a(a) cが,同日午後2時15分ころ,本件アフター練習を終えて日陰に腰を
掛けて休んでいたところ,呼吸が荒くなり,腰掛け姿勢からずるずると
仰向けに寝ようとするなど脱力状態のような症状を呈するようになっ
た。
(b) e監督は,cの異状に気付いて,cのストッキングやジャージを脱がせ
たり,スポーツドリンクを飲ませたりした。
しかし,cに回復する兆しが見えなかったので,e監督は,熱中症の
可能性を考えて,部員の父兄に,氷袋にてcの両足の付け根,両脇下
及び両首動脈を冷やさせ,さらに冷たいタオルで全身を冷やすなど体
温上昇を防止する応急処置を施した。
(c) さらに,cに依然として回復の兆しが見えなかったので,e監督は,同
日午後2時25分,その場で携帯電話にて救急車の出動を要請した。
(d) cは,救急車が到着するまでの間,「足がつる。」,「水をもう一杯くだ
さい。」などと訴えたので,他の父兄及び部員がcにマッサージをした
り,スポーツドリンクを飲ませたりした。
cは「ありがとう」と応じ,e監督から「大丈夫か,頑張れよ。」と励まさ
れて,「はい」と答えるなどcの意識ははっきりしていた。
b その後,cは,e監督が上記のとおり出動を要請した救急車にてh病院に
搬送された。
(オ) ラグビーの部活動の指導者が負っている注意義務の内容
原告ら主張のラグビーの部活動における指導者の一般的注意義務は認
める。
(カ) e監督らに本件事故につき注意義務違反がないこと
a e監督は,本件練習試合等につき,部員の健康状態等に照らして適切な
練習計画を策定していた。
b cにつき,本件事故日以前に体調不良を窺わせる事情はなく,むしろ,
健康であった。
fコーチは,集合時と本件練習試合1と同2の間にcにメディカルチェッ
クをそれぞれ行ったが,cにつき体調不良等は窺えず,本件練習試合中
及び本件アフター練習中も,cにつき異状は窺えなかった。
また,cからの体調不良等の訴えは,本件アフター練習終了後に至る
までなかった。
そして,本件事故日の午後0時から午後2時までの気象条件は,過ご
しやすいと感じるものであった。
上記のcの様子及び気象条件に照らして,e監督らが,本件アフター練
習終了後にcが体調不良を示すまでの間,cにつき熱中症の発症を予見
することはできなかった。
そして,e監督は,常に部員の安全と健康に注意を払って,本件事故
日も,十分な水分補給を行わせて,熱中症の防止のために十分な措置
を講じていた。
また,e監督は,cが体調不良を訴えてからは,上記のとおり,服を脱
がせたり,氷で脇を冷やすなどの体温を下げるための措置,スポーツドリ
ンクを飲ませて水分を補給する措置を取ったほか,迅速に救急車の出動
を要請して,cの熱中症の発症につき,適切かつ十分な措置を講じた。
(キ) cの死亡について
a cが熱中症を直接の原因として死亡したものではないこと
(a) 通常の熱中症の病態であれば,その前段階である熱疲労の症状と
して発現する著明な発汗や意識混濁状態から,数時間単位で症状が
展開し,その間の治療如何によって,病状は推移することになる。
しかし,cは,本件アフター練習終了直後に体調不良を訴え播種性
血管内凝固症候群(DIC,以下「DIC」と略称する。),多臓器不全(M
OF,以下「MOF」と略称する。)を発症して,その約1時間後には心停
止に至っており,その容態悪化は急激であり,熱中症の通常の病態と
は異なっていた。
cの病態の異常性は,担当医が熱中症ではなく,他の疾患を疑って
いたことからも明らかである。
(b) なお,DICは,基礎疾患がある状態で,何らかの誘因が加わるとそ
れが契機となって血管内で凝固系が促進される病態である。その結
果,細小血管内で微小血栓が形成されるがそれは同時に血液凝固因
子である血小板を大量に消費することにほかならないから,全身性に
急激に出血傾向が進み,MOFを起こしてショック状態に陥る。したが
って,基礎疾患が存在する場合にはそれはDICの原因となり,同DIC
はMOFの原因となる。
そして,cはDICを発症しているが,熱中症の固有の症状として出血
は含まれていない。
(c) とすれば,cは,熱中症を誘因としながらも(なお,同人が熱中症を発
症していた可能性が高いことまでは否定しない。),何らかの基礎疾患
を原因とするDIC,同DICによるMOFにより死亡したものであって,熱
中症を直接の原因として死亡したものではない。
b cの死亡を予見できなかったこと
e監督らは,cが上記の異常な病態を経て急激に容態が悪化し,か
つ,死亡に至ることを予見することはできなかった。
c cを救命することはできなかったこと
DICの治療においては,ペパリンの投与の適否を判断するために基
礎疾患を見極めることが必要であるが,cは,基礎疾患を見極める時間
的余裕がない程の急激な容態の悪化により,死亡するに至っており,cを
救命することはできなかった。
よって,e監督らが,cを救命することはできなかった。
(2) 争点(2)について
ア 原告らの主張
(ア) cの損害
a 入院雑費                    1300円
cは,平成11年10月11日から翌12日までh病院に1日間入院した。
1300円(1日当たりの入院雑費)×1日(入院日数)=1300円
b 逸失利益  5175万1725円(円未満切捨て,以下同じ。)
c(昭和57年3月9日生)は,本件事故当時,17歳でd高校3学年に在
学し,平成12年3月の卒業後のJR九州への就職が内定していたとこ
ろ,本件事故がなければ,平成10年度賃金センサス第1巻第1表産業
計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均年収569万6800円
を就職後67歳までの就労可能年数49年にわたり得ることができた蓋然
性があり,生活費控除を50パーセントとして,中間利息をライプニッツ係
数を用いて控除すると,逸失利益は以下のとおりとなる。
年収569万6800円×(1-0.5)(生活費控除)×18.1687(49年
ライプ)=5175万1725円
c 慰謝料                    1300万円
cは,本件事故当時,高校3年生でJR九州への来春の就職が内定し
ていたが,本件事故により悲惨な死を遂げるに至った。
cの心情を察するに,その無念さは筆舌に尽くし難いものがあり,cの
慰謝料としては1300万円が相当である。
d 小計                 6475万3025円
e 相続             原告ら各3237万6512円
原告aと原告bは,cの損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続し
た。
(イ) 葬儀関係費用        原告aにつき142万4619円
原告aは,cの葬儀につき142万4619円を支出した。
(ウ) 原告ら固有の慰謝料         原告各自につき500万円
原告らはcの両親であるが,cについての上記(ア)cのような事情から,同
人を失ったことによる悲しみは極めて深いものがある。
(エ) 弁護士費用             原告各自につき200万円
(オ) 小計
a 原告a               4080万1131円
b 原告b              3937万6512円
(カ) 損害のてん補
原告らは,日本体育・学校健康センター佐賀県支部から,cの死亡につ
き死亡見舞金として各自1250万円の支給を受けた。
(キ) 総計
a 原告a               2830万1131円
b 原告b              2687万6512円
イ 被告の主張
上記(1)イ(キ)a及び同b記載のとおり,cは,本件事故による健康状態悪化
から異常な経過を経て死亡するに至っており,しかも,このような経過につい
ては予見可能性があったとはいえないから,本件事故とcの死亡により生じた
損害との間には相当因果関係はない。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(e監督らに本件事故の発生につき過失が認められるか)について
cの死亡診断書上の直接死因は「熱中症」とされており(前掲第2の1(3)参照),
被告もcが本件事故当時熱中症に罹患していた事実まで争うものではないと認め
られる(第2の3(1)イ(キ)a(c)参照)から,以下,まず熱中症の意義,処置,危険要
因等を一般的にみた上,次いで,本件事故当時における熱中症発症の環境要因
やcに係る運動要因・個体要因等を具体的に検討し,これらを踏まえて,さらに,e
監督らの過失の有無を順次みてゆくこととする。
(1) 上記第2の1争いのない事実等に,証拠(甲3,6,7,9ないし12,14の1・2,
甲15,17ないし19,21,27ないし29,31の2,乙1,2の1・2,乙5の1・2,
乙8ないし22,24の1・2,乙28ないし31,34ないし39,43ないし47,51,5
4,64,証人e,証人f,証人i,原告b本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の
事実が認められる(なお,文末に証拠を摘示した事実については同証拠を用い
て認定した。)。
ア 熱中症
(ア) 熱中症の意義
熱中症とは,先にみたとおり(第2の1(4)参照),暑熱環境によって発生
する障害の総称で,通常,熱けいれん,熱疲労,熱射病に分類される。この
うち熱射病は死亡率が高く,極めて緊急性の高い疾患とされている。
a 熱けいれんとは,大量の発汗があり,水のみを補給した場合に血液の
塩分濃度が低下して起こるもので,筋の興奮性が亢進して,四肢や腹筋
のけいれんと筋肉痛が起こる。通常のスポーツ活動で本症が起こるかど
うかは疑問とされている。
b 熱疲労とは,脱水と塩分不足により起こるもので,主に運動に伴う循環
不全の状態(末梢血流増大の要求に心拍出量が追いつかない状態)
で,発汗による脱水がその発症を助長するものといわれており,全身倦
怠感,脱力感,めまい,吐き気,嘔吐,頭痛などの症状があらわれ,頻
脈,顔面蒼白となるが,体温の上昇は顕著ではない。
c 熱射病とは,異常な体温上昇により,中枢神経障害(体温調節機能の
破綻)を来すもので,高体温と意識障害が特徴であり,意識障害は,周
囲の状況が分からなくなる状態から昏睡まで,程度は様々であり,脱水
が背景にあることが多く,重症例では,DIC,脳・肝・腎・心・肺などの全
身の多臓器障害(MOF)を併発し(血小板などが減少して全身の出血が
起こったり,多臓器不全を起こしてショック症状に陥る症例等を指す。),
死亡率が高い。DICは高温による血管内皮障害によるものと考えられて
おり,MOFは高温自体による細胞障害,代謝性アシドーシス,循環不全
によるハイポキシア,DICが関与し,腎不全には筋融解によるミオグロビ
ン尿が関与すると考えられている。
熱射病の予後は,高体温と意識障害の持続時間によって決まり,体
温を下げる処置が遅れるとDICやMOFが発生して治療が困難となるた
め,体温を下げる処置を行いながら速やかに病院での治療を受けさせる
ことが重要である。発症から20分以内に体温を下げることができれば,
確実に救命できるとされている。
そして,足がもつれる・ふらつく・転倒する・突然座り込む・立ち上がれ
ない,応答が鈍い,意識がもうろうとしている,言動が不自然など少しで
も意識障害があると認められる場合には,熱射病を疑うものとされてい
る。
なお,熱射病には,熱波による古典的なものと運動によるものとが区
別されており,前者には,年齢が高く基礎疾患を持つ症例が多く,体温
上昇が著明であり,DIC・腎不全などの発症は希であるのに対し,後者
には,年齢が若く基礎疾患を持たない症例が多く,体温上昇が著明では
なく,DIC・腎不全などの合併症を起こしやすく,発汗停止のない場合が
多いとされている。
(イ) 熱中症への処置
a 熱中症に関する上記各異状が見られる場合には,その者を,涼しい場
所に運び,衣服を緩めて寝かせて,各症状に応じて以下の措置を速や
かに講ずべきとされている。
b 熱けいれんに対する処置
生理食塩水(0.9パーセント食塩水)を補給し,回復しないときは救急
車を要請する。
c 熱疲労に対する処置
0.2パーセント食塩水(0.1パーセント食塩水)又はスポーツドリンク
等で水分,塩分を補給する。
足を高くして寝かせ,手足を末梢から中心部に向けてマッサージする
のも効果的である。回復しないときは救急車を要請する。
d 熱射病に対する処置
熱射病が疑われる場合には,死に瀕した重篤な救急疾患であること
が考えられるから,すぐに救急車を要請し,救急車の到着までの間に,
水をかけたり,ぬれタオルを当てて扇いだりして積極的に身体を冷やし,
氷やアイスパックがあれば,頚部,脇の下,足の付け根などの大きい血
管を冷やすのも効果的である。
(ウ) 熱中症発症の危険要因
熱中症を起こす要因としては,気温,湿度などの環境条件が重要である
が,同じ環境条件であっても,運動のやり方や,その人の体力,健康状態
によって異なり,また同一人であっても,その日の体調によって異なってく
る。一般には,熱中症は気温が高いほど,湿度が高いほど起きやすく,直
射日光や無風状態も悪い条件となり,肥満体型の者や体力のない者に起
こりやすいといわれている。このような熱中症発症の危険要因をまとめる
と,①環境の要因,②個体の要因,③運動の要因に分けることができる。こ
のうち①においては,高温,多湿,強い直射日光,無風,急激な暑さ等が,
②においては,体力が弱いこと,肥満傾向,健康状態及び体調が悪いこ
と,疲労が著しいこと,暑さに馴れていないこと,直射日光を遮らない服装
であること,身体の熱を逃がしにくい服装であること,さらに,我慢強い,真
面目,引っ込み思案の性格であること等が,③においては,ランニング,ダ
ッシュの繰り返しのような強い運動であること,運動を長時間継続すること,
水分補給が不十分であること及び休憩が不十分であること等が,それぞれ
具体的に挙げられている。
(エ) そして,熱中症死亡事例の発生傾向は,野球,ラグビー,サッカー,柔
道,剣道の順に多く,特に肥満体型の中高校生男子に発生することが多い
とされている。このような中にあって,運動中の若年層に起こる熱射病は,
その予後がとりわけ重篤な結果となりやすいことから,発症後の救急医療
体制の確立以上に,その予防措置を重視することが必要であるとされ,現
場指導者の発症予防に向けた配慮ないし常時監視の必要性には高いもの
があると考えられている。
イ 環境の要因
(ア) 本件事故発生前後の気象条件
前記争いのない事実等のとおり,本件練習試合及び本件アフター練習
は佐賀市内に所在する屋外の本件グラウンドにて行われた。
本件事故日の佐賀市内(佐賀地方気象台)における気象状況は,午前6
時から午後6時までの間の天気概況は薄曇り一時晴れ,日照時間は午後
0時から午後1時まで0.9時間,午後1時から午後2時まで0.8時間,午
後2時から午後3時まで1.0時間であり,気温,相対湿度,風速はそれぞ
れ,午後0時で摂氏28.9度,57パーセント,4.5メートル毎秒,午後1時
で,摂氏29.8度,56パーセント,5.3メートル毎秒,午後2時で,摂氏3
0.4度,55パーセント,4.8メートル毎秒であり,同日中の最高気温は,
午後2時46分に観測された摂氏30.8度であった。
(イ) 気温及び湿度
a スポーツ競技の際の熱中症発症の危険性と気温及び湿度との関係に
ついては,以下のとおりである(甲6,7,10,11,乙8ないし11,51)。
(a) 「相対湿度(甲6の原文の「相対温度」の記載は誤記と認める。)から
みたスポーツ競技の実施危険域(Lamb,1978)」では,相対湿度が
50ないし60パーセント程度のときで,気温が摂氏27度ないし25度
程度以上の場合は,スポーツ競技の実施において30分ごとに休憩を
して塩分0.1パーセント程度の食塩水にて水分を補給すべきとされる
危険域に当たるとされ,気温が摂氏30度程度以上の場合は,スポー
ツ競技の実施はさけるべき禁止域に当たるとされている。
(b) ラグビー協会では,気温,湿度が,それぞれ摂氏27度,70パーセ
ントの場合,練習時間の短縮や練習内容の軽減を,また,それぞれ摂
氏27度以上,70パーセント以上の場合,練習や試合の禁止を強く指
導している。
(c) 熱中症対策の指標として,湿球黒球温度(WBGT)が有用とされ,
財団法人日本体育協会(以下「日本体育協会」という。)スポーツ科学
委員会は,熱中症予防のための運動指針の指標としてその利用を勧
めている。
b ところで,本件事故日の気象条件につき,e監督は「暑い割には湿度が
低く,風も吹いていて,さわやかなスポーツ日和の日であった。」旨供述
し,ラグビー協会の指導基準によっても,本件事故日の気象条件は,練
習の禁止はもちろん,練習の短縮・軽減を必要とされるほどのものでは
なかったが,他方,①上記「相対湿度からみたスポーツ競技の実施危険
域(Lamb,1978)」の基準によれば,本件練習試合が行われた午後0
時から午後2時までの時間帯は危険域に当たり,特に,本件アフター練
習が行われた午後2時ころはスポーツ競技の実施をさけるべき禁止域に
当たっていたこと,さらに,②本件グラウンドに居合わせた部員や父兄の
中には本件事故前に過ごしやすい日が続いたせいか本件事故日は昼
前から急に暑くなったと感じた者も複数おり(甲29,乙35,38),本件事
故日は,10月とはいえ,暑い日であったこと(e監督は本件事故日の暑さ
の原因としてフェーン現象を指摘する供述をする。)からすれば,少なくと
も現場の部活動の指導者としては当日の気象条件から,競技中の選手
に熱中症をもたらしかねないと懸念し得る契機(きっかけ)は与えられて
いたということができる。
ウ 運動の要因
(ア) 次に,cの本件事故発生前の運動状況をみると,概ね以下のとおりであ
った。
a cのポジション等
(a) cは,d高校作成に係る事故報告書によれば,真面目で大人しく我慢
強い性格の生徒であり(甲9)(なお,e監督によれば,cは,真面目で
一生懸命で黙々と我慢強いが,自己表現力に欠け,自分の気持ちを
伝えきらない無口な性格であったという《乙28》。),ラグビー部におい
てはレギュラーフッカーとして,ラインアウトの際のスローワー役を任さ
れていた。
cは,e監督の目からみて,スクラムは強かったが,スローインを苦
手としていた。
(b) フッカーというポジションは,フォワードのフロントロー(双方のスクラ
ムの最前列)の中央に位置し,スクラムの際に投げ込まれたボールを
素早く足で味方側に掻き入れる役割及びラインアウトの際にはボール
を投げ入れる役割(スローワー)を担っており,フォワードとして,スクラ
ム,ラック及びモールに参加するポジションであった。
スクラムとは,フィールドオブプレー内で行われるもので,双方のプ
レヤーが,ボールがその中間の地面に投げ込まれるような態勢で組
み合うことにより形成されるものである。
ラインアウトとは,ボールがその間に投げ入れられるのを待ちかま
えて,ラインオブタッチに平行に一列に並んだ,双方それぞれ二人以
上のプレヤーによって形成され,ボールが地面に触れるか,ボール若
しくはボールを所持しているプレヤーがモールから出るか,又はスクラ
ムが命じられたときに終了する。
ラックとは,フィールドオブプレー内で行われるもので,ボールが地
上にあって,双方の一人又はそれ以上のプレヤーが,立ったまま,身
体を密着させて,ボールの周囲に密集することによって形成される。
モールとは,フィールドオブプレー内で行われるもので,双方の一人
又はそれ以上のプレヤーが周囲に密集することによって,形成され
る。
b 本件事故日の練習状況等
(a) cは,平成11年10月9日から同月11日までの3日間,他校のラグ
ビー部との対外練習試合に参加した。
上記対外練習試合では,当時の主将(キャプテン)及びフォワード
のリーダー的な存在である2名の有力な選手が高校日本代表の合宿
(埼玉県熊谷市)に参加しており,ベストメンバーでチームを編成でき
ないこともあって,d高校Aチームが,正選手ではない2年生の部員を
加えた3年生の部員を中心に編成され,d高校Bチームが2年生の部
員で編成されており,cはd高校Aチームに属していた。
(b)① cは,同月11日午前9時50分ころ(以下,特に断らない限り同日
の出来事である。)に本件グラウンドに集合した。
当日は,部員の父兄やラグビー部に入部を希望する中学生及び
その保護者,さらには相手チームの選手及びその父兄ら多数の観
戦者が集まり,その中で以下の対外練習試合が行われた。
② 対外練習試合は,午前中,他校同士の練習試合及びd高校Bチ
ームと他校との練習試合(計3試合。いずれも25分ハーフ)が行わ
れ,cの所属するd高校Aチームは,d高校Bチームが練習試合を行
っていた午前11時20分から同50分までの間に10メートル四方の
パス,ランニングコンタクトなどの試合準備を行っていた。
③ d高校Aチームは,j高校Aチームと,午後0時から午後0時30分
すぎまで25分間ハーフ(なお,ロスタイムにより試合時間は30分を
超えていた。)の本件練習試合1を行い,cも出場した。
④ 午後0時40分から午後1時10分まではd高校Bチームと他校チ
ームとの練習試合が行われており,d高校Aチームは,午後1時20
分からの本件練習試合2開始前に,休憩後,試合準備及び本件練
習試合1の反省点の克服のための練習を行った。
⑤ d高校Aチームは,j高校Aチームと,午後1時20分から午後1時5
0分すぎまで25分間ハーフ(なお,ロスタイムにより試合時間は30
分を超えていた。)の本件練習試合2を行い,cも出場した。
⑥ cは,本件練習試合(2試合)に,3年生としてフォワードの選手を
まとめるべく積極的に参加していた(フル出場であった。)。
cは,本件練習試合中,フッカーとして,スクラムの最前列の中央
にてスクラムを組んだり,ラインアウト時にはボールを投げ入れたり
(スローイン)していたが,その際,ふらつくなどの異状は見受けられ
ず,また,ボールを追いかけて移動する際にも特に遅れるようなこと
もなかった。もっとも,スローインをする際,足を前後に開いて,足の
腱を伸ばす動作を数回行っていたことはあった。
(c) cを含めたd高校Aチームの部員は,本件練習試合2の終了後,e監
督の近くに集まって同監督から練習試合での反省点及び本件アフタ
ー練習に関する指示等を受けた。この間,cらは,e監督の指示等を立
ったまま聞きながらスポーツドリンクにて水分補給を行っていたが,本
件アフター練習に向けて同監督らから選手各自の体調について改め
て確認を受けることはなかった。
(d)① 本件アフター練習は,午後2時00分ころからフォワードとバックス
の班に分かれて開始された。フォワード班はfコーチ,バックス班はg
コーチがそれぞれ担当した。
② フォワード班の本件アフター練習は,本件練習試合中にスクラム
ハーフの選手がiレフリーからモールの遅延行為の反則を2回科さ
れたことから,同レフリーの指導を受けて,その見極めを付けさせる
ため,ラインアウトからのスローイン,その後のモール,モールから
の球出しまでの一連の流れで上記反則の判断訓練を内容とするも
のであり,冒頭の二,三分間,iレフリーから上記反則についての指
導が行われた。
③ iレフリーの指導後,フォワード班の本件アフター練習は,専らe監
督とfコーチの指導の下で行われた。
fコーチは,d高校在学中,ラグビー部にてフッカーとしてe監督の
指導を受けたり,d高校での教育実習の際から約2年間にわたって
cを指導していたこともあって,cの指導に熱心であり,本件アフター
練習中は,cの近くにいて同人に指導するほか,スローインの場所
(ポイント)を示したりしていた。
(e) cは,本件アフター練習においても,フッカーとしてラインアウト時の
スローインを行い,そしてモールに加わっていた。
cの行うスローインは,本件練習試合中にはほぼ成功していたが,
本件アフター練習になって,受け手の2年生選手との間で調子が合わ
ず,なかなか成功させることができなくなっていた。
cは,fコーチから「cがんばれラインアウト1本決まればいいんだ。」
と励まされたりして,スローインを数度やり直したりしていたが,なかな
かスローインがうまくいかず(自分が発するサイン通りにボールが投げ
られず),本件練習試合中と同様,時々,スローインに当たって足の腱
を伸ばす動作をすることがあった。
(f)① この様子を見たe監督は,cを含めたフォワード全員に対し気合い
を入れる目的で,いつも練習中に行っているのと同じように,集団
罰として,ラグビーコートの2つのクロスバーを折り返してくる約200
メートルのダッシュでのランニング(以下「1回目のランニング」とい
う。)を命じた。
② cは,体重が100キログラム近くあり,フォワードの中では走力が
劣っている方であり,1回目のランニングで,他の部員より遅れ,後
方を走っていた。
fコーチは,この1回目のランニングではcより遅れていた2年生の
部員に併走していた。
(g)① 1回目のランニング後,上記練習が再開されたが,また,同様の
状況が続いたため,e監督は,1回目のランニングから数分後に,
再び,同じ約200メートルのダッシュでのランニング(以下「2回目の
ランニング」という。)を命じた。
② cは,2回目のランニングでも,3年生部員の中一人だけ遅れ出
し,fコーチから,併走してその臀部を両手でポンポンと叩くなどの励
ましを受けながら走っていた。
(h) 本件アフター練習は,2回目のランニング後,再度,再開されたが,
cがふらつき出しており(本件アフター練習中のcのスローイン動作を
見守っていた部員や父兄らの中にも,cの足がふらつき始めたと感じ
た者がいた。),これに気付いたe監督は,午後2時20分ころ,本件ア
フター練習の終了を命じた。
(i) cを含むフォワードの全員が,e監督の終了の声を聞いて,ほっとする
と同時に疲れた表情を一斉に示した。この時,cは,他の部員と同様に
地面に座った姿勢でスポーツドリンクを飲んでいたが,やがて後ろに
ある植木に背中をもたれかかり,そのまま力が抜けるようにずるずる
と仰向けに尻が下がるように倒れていった。このため,e監督が再度
声をかけると,cは少し身体を持ち上げるようにして,「大丈夫です。」と
返答した。この間,cは,両足のふくらはぎがつると訴えて,うつ伏せに
なって父兄からマッサージを受け,またe監督の指示でスポーツドリン
クを渡されて,さらに飲むなどしていた。
e監督は,当初,cの症状を単なる疲労と考え,他の部員らに今日
の反省点を注意していたが,cが上記のとおり,ずるずると仰向けに尻
が下がるように倒れたため,同人に熱中症を疑い,全身のアイシング
をする(この時,cが着用していたシャツ,ストッキング,スパイク等を脱
がせた。)などの処置を施していたが,やがてcの呼吸が荒くなり,過
換気の症状を呈し始めたので,直ちに,午後2時25分ころ自らの携帯
電話で救急車を要請した。
救急車は,午後2時30分,本件グラウンドに到着したが,cのその
時点での症状は,意識状態がジャパン・コーマ・スケール(JCS)にて
GradeⅢ-100(刺激をしても覚醒しないが,痛み刺激を払いのける
ような動作をする。),呼吸48回,発汗大,瞳孔両側6ミリメートル,対
光反射なしという急変ぶりであった。また,cの体温は,救急車への収
容後の時点で摂氏39.9度であった。
なお,救急車には,e監督とkラグビー部保護者会会長が希望して
同乗した。
(j) cは,午後2時50分のh病院到着時には,意識状態がJCSにてGra
deⅢ-300(刺激しても覚醒せず,かつ,痛み刺激に反応しない。),
瞳孔は右8.0ミリメートル,左5.0ミリメートルで,対光反射なしの状
態であった。
cは,午後3時40分と午後6時13分に,いずれも一時心停止した
が,ボスミン投与,心マッサージ,PCPS(経皮的心肺補助法)などの
救命処置により,蘇生したものの,装置なしでは心臓が動かない状態
となり,この間,口・鼻を主とする全身各部位から出血が止まらず,翌
12日午前3時10分,死亡が確認された。発症時を午後2時20分とす
ると,発症から死亡までの時間は約13時間であった。
(イ) 運動の強度及び継続時間
cは,本件事故日の午前9時50分ころ本件グラウンドに集合し,①午前
11時20分から同50分までの間に試合準備の練習,②午後0時0分から
同30分すぎまで本件練習試合1,③その後,休憩した上で,試合準備及び
本件練習試合1の反省点の克服のための練習,④午後1時20分から同5
0分すぎまで本件練習試合2,⑤その後,水分補給を兼ねたミーティングを
行った上で,午後2時00分から同20分まで本件アフター練習を行ってい
た。
(ウ) 水分補給
水分補給の機会は,休憩として,本件練習試合1に向けた試合準備の
の練習開始前,本件練習試合1終了後,本件練習試合2終了後等に設け
られており,本件練習試合中も適宜行われていた。
エ 個体の要因
(ア) 体力
cは,幼稚園児のころから小学校卒業まで週1回スイミングスクールに通
い,小学校6年生のときにはバスケットボールクラブに一時入部しており,
中学校在学中はサッカー部に所属し,d高校入学直後からは,例年全国大
会で優秀な成績を収めているラグビー部に所属して,1年時の四,五日間
の休みを除いて休むことなく同部の練習に参加し,本件事故日当時には同
部のレギュラーフッカーのポジションを獲得していた。
このように,cの体力は,熱中症の危険要因となるほどの虚弱なものであ
ったとは認められない。
(イ) 肥満
cは,本件事故日当時,身長170センチメートル,体重は少なくとも100
キログラムあり,肥満型体格であった。
(ウ) 健康状態及び体調
a cは,平成11年9月下旬ころから咳が出て,l耳鼻咽喉科で咳止めの薬
(10日分)を処方されて,これを服用していた(甲15)が,翌10月に入っ
てからのラグビー部の練習も皆勤であり,部員やe監督,コーチらにこれ
を訴えることなく,またこれら周囲の者がcの咳に気付くこともなかった。
b cは,本件事故日の数日前から両足のふくらはぎがつる症状を訴えてい
たが,部員やe監督,コーチらにこれを訴えることなく,これら周囲の者が
本件事故発生時にcのかかる症状を知ることはなかった。
(エ) その他
本件事故日は,本件事故日以前に過ごしやすい日が続いたせいで,急
に暑くなったと感じた者もいたほか,cの本件事故日の服装は,上着が長袖
のラグビーユニフォームを着用し,頭部はヘッドキャップを装着するなどして
いた。
以上の認定を覆すに足りる証拠はない。
(2)ア e監督は,上記(1)ウの認定事実に関し,①本件アフター練習はiレフリーの関
与の下10分ほど行われたこと,②1回目のランニング及び2回目のランニン
グは,フォワード8名の意思疎通の確認を図るためで8名がまとまって話し合
いながら走りお互いを励まし合いサインプレーの確認をし,次の指示場所に
行くことが目的であり,全力疾走ではない軽いジョギング程度であったこと,③
cには本件アフター練習中及び終了直後には異状が見受けられず,同練習終
了後,部員らが座ってスポーツドリンクを飲んでいる際に脱力状態のように力
が抜けて仰向けに寝ようとする様子が見受けられ,これが最初に見受けられ
た異状であったこと,及び④cは,救急隊員に対して受け答えができていたこ
とを供述及び供述記載(乙28)をし,また,fコーチも同様の供述及び供述記
載(乙29)をし,e監督がfコーチ等と相談して実質的に作成した事故報告書
(甲9)にも同様の記載が見られる。
しかし,上記①については,iレフリーは本件アフター練習について本件練
習試合2の終了後本件グラウンドから駐車場に向かう途中で二,三分程度反
則について指導したと供述すること,上記②については,c等の体重の重い部
員が上記各ランニングにおいて遅れていたことはe監督も供述するところであ
り,これが軽いジョギング程度のものであったとは容易に考えにくいこと,上記
③については,<ア>e監督は,本件事故発生直後,h病院の医師に対し,cに
つき本件アフター練習をやっていて気分不良があり両足の裏がつるとの訴え
があって休んでいたとの説明を行っていたこと(甲18),及び<イ>本件アフタ
ー練習を見学していた部員及び父兄が,cが本件アフター練習に明らかに集
中を欠いていたり,本件アフター練習終了前にふらつき出していた様子を目
撃していたこと(甲31の2,乙34,38),並びに上記④については,救急隊員
作成の救急出場報告書(甲19)には,救急隊到着時のcの意識レベルにつき
刺激をしても覚醒しない旨の記載があること等からすれば,e監督の供述及び
供述記載,fコーチの供述及び供述記載,並びに事故報告書の記載をそのま
ま信用することはできない。
イ 原告らは,cの本件事故日の体調につき同人には肺の浸潤影及び血尿があ
り,e監督はこの事実を知っていたと主張する。確かに,cは,平成11年9月1
6日,JR九州の就職試験にて健康診断を受診し,肺に浸潤影が見られるとし
て胸部については要治療,尿に潜血が認められるとして腎機能については医
師による管理を要すると診断された事実が窺われる(甲17)が,本件事故日
のh病院での胸部X線検査では,cの肺につき異常は認められておらず(甲1
8),また,その診療録(甲18)や死亡診断書(甲2),さらには解剖所見に関
する嘱託鑑定報告書(乙47)のいずれにも,既往症として何らかの肺疾患及
び腎臓疾患が存したことを窺わせる記載は認められない。そして,JR九州へ
の就職は翌10月8日に無事内定したこと(この事実は当事者間に争いがな
い。)も考慮すると,上記JR九州の健康診断の結果から,cに上記各疾患が
あったとはにわかに認め難く,また,そうであれば,e監督の知悉の有無は問
題にすべきでないといえる。
(3) cの死因について
cの死因が熱中症(熱射病)であることは,既に認定したとおり明らかである
が,被告は,同人に他の基礎疾患があり,これが原因でDIC等を招き死に至っ
たものである旨主張する。
被告らの主張の根拠となるものは,①h病院における医師の言動(e監督らが
治療に当たる医師に「熱中症か」と尋ねたところ,同医師は,当初,「そんなたや
すいものではない。この若い18歳の体でこんなに早く悪くなることはない。他に
大きな原因がある。」「外傷性ショック性のものが強い。例えば,蜂に刺されたと
か,食中毒(飲物,食べ物),ウィルスとか。」と返答していたことが窺える《乙2
8》。),②幼児期の紫斑病(cは5歳時に紫斑病で入院した事実が認められる
《甲18》。)などであると解される。しかしながら,①については,h病院の医師
が,その後,cの死因につき熱中症であると明言していること(甲18,乙28),c
の死に至る推移をみても熱中症と診断して何ら医学上の問題はないこと(甲2
3,乙59),②については,cが11歳時に虫垂炎の手術を無事終えており,その
後,本件事故日まで何らの異状もなく過ごしてきていることのほか,h病院でもc
の体に外傷による紫斑は認められなかったことから,幼児期の紫斑病がDICの
基礎疾患に当たるなどとは考えられないこと(甲23)などに照らすと,被告の上
記主張は到底採り得ないというべきである。
なお,本件事故当時のd高校校長mは,cの司法解剖結果報告に「アルコー
ルが検出された」との話があった旨,さらに,cの死亡には溶連菌感染症が関与
している可能性がある旨の陳述記載(乙55)をするが,いずれも確たる証拠は
なく(乙59),採用の限りではない。
(4) 以上を前提に,e監督及びfコーチに過失(注意義務違反)があったか否かを検
討する。
ア 学校の部活動は教育活動の一環として行われるものであるから,部活動の
指導者が部活動により生じる恐れのある危険から部員(生徒)を保護すべき
義務を負うのは当然であり,事故の発生を未然に防止すべき一般的な注意義
務を負うのは,いうまでもないところである。
特にラグビーなどスポーツ競技の部活動においては,部活動の指導者は,
部活動中の部員の健康状態を常に監視し,部員の健康状態に異状が生じな
いよう,状況に応じて休憩をとり,あるいは無理のないように練習計画を変更
すべきであり,さらに,部員に何らかの異状を認めたときには,速やかな応急
処置をとり,場合によっては医療機関に搬送すべき注意義務を負っていると
いうべきである。
そして,熱中症,特に熱射病は,死亡率の高い重篤な疾病であり,ラグビー
競技中に発症しやすい疾病でもあるから,ラグビー競技の部活動の指導者と
しては,部員が熱中症に罹患しないように十分に配慮すべき注意義務を負う
のはもちろん,部員に熱中症の罹患を疑うべき症状をひとたび発見した場合
には,直ちに安静にさせ,アイシングなどの応急処置をとるとともに医療機関
に搬送すべき義務を負っているものである。
イ e監督につきこれをみると,同監督は,一般論として,かかる監視義務のある
ことを十分認識していたことが窺え(e監督は,県教育委員会,県の協議会等
を通じて,また,ラグビー協会主催の講習や日本体育協会等を通じて,日ごろ
から熱中症などに関する知識を十分に習得していたことが認められる《証人
e》から,運動部の現場指導者として,熱中症から部員を守るべき監視義務の
存在を,一般論としては十分に認識していたものと推認できる。),かつ,cが
過換気の症状を呈した後はその熱射病に対する処置としては極めて適切な
処置を講じていることが明らかであるから,少なくとも同監督は,熱中症に関し
相当正確な知識を有していたと認められる。
ところで,熱中症の予防は,水分摂取,体力や日射しの程度,暑さ馴化の
程度,その他熱中症発症の要因となる環境・個体・運動の各要素を具体的に
把握して,さらに,部活動中の個々の部員の足の動きや運び,目の焦点,質
問に対する反応等をみるなどの配慮がラグビー競技の部活動指導者に求め
られるというべく,本件にあっては,本件事故日の気象条件,本件アフター練
習開始前の練習量,cの体型(肥満体型)などの他,本件アフター練習中にお
けるcの動作,熱中症発症後の容態の急変ぶりなどからすると,cは本件アフ
ター練習(練習時間はわずか20分間である。)開始の時点において,既に熱
射病の前駆症状ともいうべき熱疲労の症状に陥っていたことが十分推認でき
るところ,e監督が本件アフター練習を開始するに当たって,改めてcら部員の
体調確認(メディカルチェック)をしたり,十分な休憩をとった節は窺えないこ
と,本件アフター練習中も練習終了の掛け声をかけるまで全くcらの動作につ
き熱中症の発症を懸念した事情は窺えないこと(同監督がcに熱中症発症を
疑ったのは本件アフター練習終了後である。),cの我慢強い無口な性格は同
監督として十分承知していたはずであることなどからすると,e監督は,部員の
練習指導に心を砕いていたことは十分に認められるものの,cの熱中症発症
については十分な監視を怠ったまま,本件アフター練習を命ずるとともに,同
練習中においては,cの上記異状(スローインの際の緩慢プレー)を,技量の
不足,単なる疲労又は練習に対する意欲の低下によるものと判断して,さら
に,約200メートルのランニングを2回命じるなどし,もって,cにつき不可逆的
な熱射病を発症させたものと認められる。
したがって,e監督には,上記義務に違反した過失があるといえる。これに
対して,fコーチは,e監督とともに部員の指導に当たっていたラグビー部の指
導者であったが,主にe監督の指揮の下でその指導方針に従ってコーチを勤
める補助者に過ぎず,同コーチに独自の上記義務違反があるとはいえない。
ウ(ア) 被告は,①cが健康体であったこと,②集合時と練習試合の間にcにメデ
ィカルチェックを行ったが,cにつき体調不良等は窺えず,本件練習試合中
及び本件アフター練習中も,cにつき異状は窺えなかったこと,③cからも,
体調不良等の訴えは,本件アフター練習終了後に至るまでなかったこと,
④本件事故日午後0時から午後2時の間の気象条件は,過ごしやすいと感
じるものであったことから,本件アフター練習終了後にcが体調不良を示す
までcにつき熱中症の発症を予見することはできなかったと主張する。
しかし,これらは,いずれも,そもそもe監督の注意義務違反の存在を覆
すまでの事情とは認められない。
(イ) 被告は,cが異常な病態を経て急激な容態が悪化し,かつ,死亡に至っ
たことから本件事故とcの死亡との間に因果関係がなく,さらに,e監督らは
cが死亡に至ることを予見できず,かつ,救命することもできなかったと主張
する。
しかし,cの死因が熱中症であることは先にみたとおりであり,e監督が,
cにつき本件アフター練習への参加を中止させ,又は本件アフター練習中
にcの動作を見てより早期に練習の中止を命ずるなどの適切な措置を講じ
ていれば,cは熱中症の発症による死亡を免れ得たと推認でき,本件事故
とcの死亡との間には因果関係があるといわざるをえない。
(ウ) とすれば,上記被告の各主張はいずれも採用できない。
2 争点(2)(cの死亡による損害額は幾らか。)について
(1) cの損害
ア 入院雑費                      1300円
証拠(甲18)によれば,cは,本件事故の熱中症治療のため,平成11年1
0月11日から翌12日までh病院へ1日間入院をしたことが認められる。
1300円(1日当たりの入院雑費)×1日(入院日数)=1300円
イ 逸失利益                 4928万7574円
前記認定の各事実及び証拠(甲21)によれば,c(昭和57年3月9日生)
は,本件事故当時,満17歳でd高校3学年に在学し,翌12年3月の高校卒業
後のJR九州への就職が内定していたと認められる。
とすれば,cは,本件事故がなければ,平成10年度賃金センサス第1巻第
1表産業計・企業規模計・男子労働者・学歴計・全年齢平均年収569万680
0円を平成12年から67歳までの就労可能年数49年にわたり得た蓋然性が
あり,生活費控除を50パーセントとして,中間利息をライプニッツ係数を用い
て控除して本件事故時の現価を算定すると,逸失利益は以下のとおりとなる。
年収569万6800円×(1-0.5)(生活費控除)×(18.2559《50年ラ
イプ》-0.9523《1年ライプ》)=4928万7574円
ウ 慰謝料                      1000万円
本件に顕れた全ての事情によれば,cの慰謝料としては1000万円が相当
である。
エ 小計                   5928万8874円
オ 損益相殺                     2500万円
原告らは,日本体育・学校健康センター佐賀県支部から,cの死亡につき死
亡見舞金として2500万円の支給を受けた。
上記死亡見舞金は,損益相殺として,cの損害額から控除されるべきであ
る。
カ 相続               原告ら各1714万4437円
原告aと原告bは,cの損害賠償請求権を各2分の1の割合で相続した。
(2) 原告らの損害
ア 葬儀関係費用             原告aにつき110万円
証拠(甲4《枝番含む。》)によれば,原告aはcの葬儀につき112万4619
円を支出したと認められるところ,本件事故と相当因果関係がある葬儀費用
は110万円と認めるのが相当である。
イ 固有の慰謝料             原告各自につき500万円
本件に顕れた全ての事情によれば,原告ら固有の慰謝料としては各500
万円が相当である。
ウ 弁護士費用              原告各自につき200万円
本件に顕れた全ての事情によれば,本件の訴訟追行の委任に係る弁護士
費用は,原告ら各200万円が相当である。
(3) 総計
ア 原告a                 2524万4437円
イ 原告b                2414万4437円
3 以上によれば,いずれも国家賠償法1条1項に基づき,原告aは,被告に対し,賠
償金2524万4437円及びこれに対する本件事故発生の日である平成11年10
月11日から支払済みまで民法所定の年5パーセントの割合による遅延損害金を
求める権利を,原告bは,被告に対し,賠償金2414万4437円及びこれに対する
本件事故発生の日である平成11年10月11日から支払済みまで民法所定の年5
パーセントの割合による遅延損害金を求める権利を,それぞれ有する。
第4 よって,原告らの本訴請求は,それぞれ上記の範囲で理由があり,原告らのその
余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負担について民事
訴訟法64条本文,61条を,仮執行の宣言につき同法259条1項を適用して主文
のとおり判決する。
佐賀地方裁判所民事部
裁判長裁判官  榎   下   義   康
裁判官  春   田   久 美 子
裁判官  稲   吉   大   輔

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