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平成30年11月30日判決言渡し・同日原本領収裁判所書記官
平成29年(行ウ)第18号運転免許効力停止処分取消請求事件
口頭弁論終結日平成30年9月14日
判決
主文5
1被告は,原告に対し,22万円及びこれに対する平成29年8月24日から
支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
2原告のその余の請求を棄却する。
3訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余を原告の負担と
する。10
4この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。ただし,被告が20
万円の担保を供するときは,その仮執行を免れることができる。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成29年8月24日15
から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
兵庫県警察本部長(以下,同警察の組織ないし職員については,「兵庫県警
察」を省略する。)は,A交通株式会社(以下「本件会社」という。)の従業20
員であるタクシー乗務員が平成27年12月19日に最高速度を超過して運
転した(以下「本件速度超過運転」という。)ことに関し,平成29年4月7
日付けで,本件会社の統括運行管理者であった原告に対し,道路交通法10
3条1項8号,同法施行令38条5項2号ハに該当する事実(危険性帯有者
下命・容認(速度超過))があることを理由として,運転免許の効力を3025
日間停止する処分(以下「本件処分」という。)をした。
本件は,原告が,前記規定に該当すると評価すべき事実はなく,本部長が職
務上の注意義務を尽くすことなく違法に本件処分をしたものであり,これに
よって,原告が精神的苦痛を被ったなどと主張して,国家賠償法1条1項に
基づく国家賠償として,慰謝料100万円と弁護士費用10万円の合計11
0万円及びこれに対する不法行為の後の日(訴え変更申立書の送達の日の翌5
日)である平成29年8月24日から支払済みまで民法所定の年5%の割合
による遅延損害金の支払を求める事案である。
2関係法令等
ア道路交通法103条1項8号,同法施行令38条5項2号ハは,免許を
受けた者が,「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険10
を生じさせるおそれがあるとき」に該当することとなったときは,公安委
員会は,6月を超えない範囲内で,期間を定めて免許の効力を停止するこ
とができる旨規定する。なお,兵庫県公安委員会は,免許の効力の停止に
関する事務を本部長に委任している(乙43)。
イ道路交通法74条1項は,車両等の使用者は,その者の業務に関し当該15
車両等を運転させる場合には,当該車両等の運転者及び安全運転管理者,
副安全運転管理者その他当該車両等の運行を直接管理する地位にある者に,
同法又は同法に基づく命令に規定する車両等の安全な運転に関する事項を
遵守させるように努めなければならない旨規定し,75条1項は,自動車
の使用者(安全運転管理者,副安全運転管理者その他自動車の運行を直接20
管理する地位にある者を含む。)が,その者の業務に関し,自動車の運転
者に対し,無免許運転,速度超過運転,酒気帯び運転,過労運転等,過積
載運転,放置駐車等をすることを命じ,又は自動車の運転者がこれらの行
為をすることを容認してはならない旨規定する。
警察庁交通局長は,平成26年5月23日付けで,「モデル審査基準等の25
改定について(通知)」と題する通達(警察庁同年丙運発第27号)によ
り,各都道府県警察の長に対し,道路交通法に関する行政手続法に基づく
審査基準,標準処理期間及び処分基準のモデルを改定した旨通知した。
前記通達においては,危険性帯有者に関する具体的な判断基準として,
「自動車の使用者(安全運転管理者,副安全運転管理者その他自動車の運行
を直接管理する地位にある者を含む。)が,その者の業務に関し,自動車の5
運転者に対し,違反行為(酒気帯び運転,過労運転等,無免許運転,速度超
過運転,過積載運転,放置駐車)を命じ,又は自動車の運転者がこれらの行
為をすることを容認し」,その者が「自動車等を運転することが著しく道路
における交通の危険を生じさせるおそれがあるとき」は,危険性帯有者に当
たるとして,免許の効力を所定の期間(時速20㎞以上25㎞未満の速度10
超過の場合は30日以上。)停止する旨が処分基準のモデル(以下「本件モ
本部長は,道路交通法施行令38条5項2号ハによる免許の効力を停止す
る場合の処分基準として,本件モデルと同様の処分基準(以下「本件処分基
準」という。)を設定し,公表している(乙26〔枝番を含む。以下同じ。〕,15
乙27。)
3前提事実(当事者間に争いがない事実のほかは,括弧内に掲記の証拠(特に
断りのない限り,本判決全体を通じ,枝番を含む。)及び弁論の全趣旨等によ
り容易に認定することができる事実。)
当事者等20
ア本件会社は,タクシー事業を営む株式会社であり,神戸市内にあるB営
業所(以下「本件事業所」という。)を実質的な本店として,平成29年
当時,65台のタクシー等と115名の従業員(そのうちドライバーは1
07名)を使用して営業していた(甲1,乙12,17及び弁論の全趣旨)。
イ原告は,平成25年6月頃以降,本件事業所の統括運行管理者を務めて25
いた者である(乙12,13,17及び弁論の全趣旨)。
本件会社の運行管理規程(甲10)によると,統括運行管理者は,所属
営業所の運行管理に係る業務計画を策定し,業務の的確な実行が図られる
ように統括運行管理者でない運行管理者及び補助者を指揮監督するものと
されている(3条3項)。また,統括運行管理者でない運行管理者は,統
括運行管理者の指揮により運行管理業務を行い,道路交通法等の法令に関5
する知識や,自動車の安全運転に関する知識等の習得に努め,これらにつ
いて乗務員に対して継続的かつ日常的に指導監督等しなければならないこ
ととされている(3条4項,6条3項,7条3項,13条1項)。これら
の規定によれば,原告は,本件事業所の自動車の運行を直接管理する地位
にある者であったと認められる。10
ウCは,平成17年3月29日頃以降,本件会社にタクシー乗務員(運転
者)として雇用されていた者である(甲15の1)。
本件会社の従業員による最高速度超過運転行為
Cは,本件会社のタクシー乗務員として勤務中の平成27年12月19日
午前1時31分頃,神戸市内の道路上において,普通乗用自動車(本件会社15
所有のタクシー)を運転し,当該道路の最高速度が時速60㎞と指定されて
いるのに,これを時速22㎞超えた時速82㎞で進行した旨の最高速度超過
運転(以下「本件速度超過運転」という。)をし,これを現認した警察官か
ら,反則金1万5000円を納付すべき旨の告知を受けた(乙4ないし7)。
本件速度超過運転に関する捜査の概要等20
ア警察官は,平成28年9月27日までに,道路交通法違反の被疑事実(本
件速度超過運転)による捜査の結果,Cの速度超過運転の常習性が明らか
となり,同人による速度超過運転を容認した被疑者を原告と特定した旨の
捜査報告書を作成し,さらに,同年11月1日までに,本件会社のタクシー
乗務員2名が常習的に速度超過運転をしていることが明らかとなった旨の25
捜査報告書を作成した(乙7ないし12)。
イ警察官は,平成28年9月27日以降,原告及び本件会社の代表者を道
路交通法違反被疑事件の被疑者として取り調べるなどの捜査をし,平成2
9年1月24日までにその捜査を遂げ,同年2月16日,両名に関する下
記被疑事件(本件会社については道路交通法75条1項2号,118条1
項4号,123条違反,原告については同法75条1項2号,118条15
項4号違反とするもの。)を神戸区検察庁検察官に送致した(乙2,3,
12ないし17,21)。

「被疑法人〔本件会社〕は,兵庫県明石市内に本店登記し一般乗用旅客自
動車運送事業を営むもの,被疑者原告は本件事業所所属車両の運行を直接10
管理する者であるが,被疑者原告は,同社の業務に関し,平成27年12
月18日午前7時23分頃,本件事業所内での始業の対面点呼時において,
点呼代務者である〔氏名略。本件会社の従業員〕を介して,従業運転者C
(当時68歳)に対し,『見てからバック,見ながらバック」等と指示し,
事業用普通乗用自動車〔車両番号略〕でタクシー業務に従事させるにあた15
り,同人が過去に従事した運行状況が記録されている運行記録計記録紙を
確認し,同人が運行すれば,その速度波形から,一般道において,毎回,
速度超過運転となる速度で運行していることを認識しており,更に同人を
タクシー業務に従事させれば,それまでの運行と同様に,一般道において
速度超過運転を犯すことを十分承知していながら,何ら有効な防止策を講20
ずることなくこれを容認したまま,業務運行に従事させた結果,同人をし
て,本件速度超過運転をするに至らしめたものである。」
ウ尼崎南警察署長は,平成29年1月31日,本部交通部運転免許課長に
対し,前記イの犯罪事実記載の日時場所における,原告に危険性帯有(下
命・容認(速度超過))の事実が認められるとして,運転免許の効力を325
0日間停止する処分をすることを上申した(乙1)。
エ神戸区検察庁検察官は,平成29年3月29日,前記イにより送致を受
けた事件に関し,被疑者両名(本件会社と原告)を不起訴とする処分をし
た(甲36,乙21)。
本件処分
本部長は,平成29年4月7日,原告に対し,以下の理由により,原告の5
運転免許の効力を同日から平成29年5月6日まで(30日間)停止する処
分(本件処分)をした。
理由平成27年12月18日発生の「危険性帯有下命・容認/速
度超過」
根拠法条道路交通法103条1項8号10
本件訴えの提起等
原告は,平成29年4月7日,兵庫県を被告として,本件処分の取消しを
求める訴訟を提起したが,本件処分による効力停止期間経過後の平成29年
7月31日付けで,原告の訴えを,被告に対し,本件処分を受けたことによっ
て原告が被った精神的苦痛を慰謝するための慰謝料100万円と弁護士費用15
10万円の合計110万円の国家賠償及びこれに対する平成29年8月2
4日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延損害金の支払を
求めるものに交換的に変更する旨の訴えの変更申立書を提出し,被告はこれ
に同意し,当裁判所はこれを許可した(当裁判所に顕著な事実)。
4主たる争点及び当事者の主張20
本件の主たる争点は,本部長が本件処分をしたことに関する国家賠償法1条
1項の違法性の有無であり,当事者の主張は以下のとおりである。
【原告の主張】
本件処分基準設定の違法について
本部長が本件処分基準を設定したことは違法というべきであるから,違法25
に設定された本件処分基準に従って本件処分をしたことも違法というべきで
ある。
すなわち,「危険性帯有者」に当たるか否かは,諸般の事情を考慮した上
で,対象者がどのような危険性を帯びているかを具体的に認定し,慎重に
判断すべきものであるから,その処分基準を設定するに当たっても,同様に
慎重に判断することが要求されるような基準を設定すべき職務上の注意義5
務があるというべきところ,本件処分基準は,速度超過の容認という形式
的な事実を認定すれば直ちに危険性帯有者に当たるかの如く記載されてお
り,前記のように慎重に判断することを要求するものとはなっていないか
ら,本部長は,前記職務上の注意義務を怠り,本件処分基準を設定したと
いうべきである。10
本件処分をしたことの違法について
ア危険性帯有者の判断基準
危険性帯有者に当たるというためには,①被処分者が速度超過運転等
の違反行為の容認をし,かつ,②「自動車等を運転することが著しく道路
における交通の危険を生じさせるおそれがある」と評価すべき事情が必15
要というべきところ,以下のとおり,原告は,前記①・②のいずれにも当
たらない。
イ本件速度超過運転の容認の有無
本件会社ないしその運行管理者である原告は,速度超過運転防止のた
め,ドライバー(運転者)に対する指導ないし様々な取組を継続的にして20
きたものであり,また,その指導は十分なものというべきである。
原告が本件会社に入社した以降,違反行為をした者や交通事故を起こ
した者に対し,出勤停止などの懲戒処分がされたことはなかったものであ
るが,そのような状況下で,懲戒処分を新たにすることには比例原則違反
等の労働法上の疑義がある上,不満を持つ従業員が一斉に退職してしま25
うおそれがあった。また,タクシー業界の実情として,顧客が急ぐように
要望した場合,これを断ると揉める可能性があることなどから,要望を拒
否することが非常に困難な状況にあり,ドライバーがそのような弁解をし
た際には,原告としても懲戒処分等をすべき旨の報告をすることまでは
できないものである。加えて,道路状況や顧客の苦情に対応するため,や
むなく速度超過をすることもあるというべきである。5
また,原告は,Cについても口頭指導以外の手段をとっていないが,こ
れは,同人に対する指導直後のタコグラフ等を検証したところ,改善の形
跡が見られたため,口頭指導を継続すれば完全に改善されるであろうと
判断したからにすぎない。
以上の事情によれば,原告は,本件速度超過運転を容認していなかった10
というべきである。
ウ「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせ
るおそれがある」と評価すべき事情の有無
原告に「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を
生じさせるおそれがある」と評価すべき事情があるかどうかは,原告がど15
のような状況で運転をすることが想定されるかを前提として検討される
べきであるところ,原告は,日常生活や通勤のために自動車を運転し,運
行管理者として乗車することはあるが,タクシー運転手として自動車を
運転することはない。そして,原告は日常的に安全に配慮された運転を
行っており,不利に考慮されるべき交通違反歴もない。また,前記イのと20
おり,原告は,本件会社のドライバーが速度超過運転をすることを容認し
ていなかったなど,安全運転に対する意識が高かったというべきである。
以上からすると,原告に前記のとおり評価すべき事情があったというこ
とはできないというべきである。
エその他の事情25
また,本部長は,原告に十分な弁明の機会を与えないか,原告の弁明の
内容を十分な時間をかけて斟酌しないなど,処分理由となるべき事実につ
いて必要な調査を尽くさず,吟味すべき事情を吟味することなく,漫然と
本件処分をしたものというべきである。
オよって,本部長が本件処分をしたことは,国家賠償法1条1項上,違法
というべきである。5
【被告の主張】
原告の主張は否認ないし争う。
本件処分基準設定の違法について
本部長は,本件モデルに準じて本件処分基準を設定したに過ぎず,また,
本件処分基準は道路交通法ないしその趣旨に照らして合理的なものという10
べきであるから,その設定行為に違法性はない。
本件処分をしたことの違法について
ア危険性帯有者の判断基準
道路交通法は,自動車の安全な運行を直接管理する地位にある者が,そ
の者の業務に関し,自動車の運転者の速度超過運転を容認する行為を極15
めて危険なものとして禁止しているから,このような容認行為をした者
は,危険性帯有者と評価するべきである。
イ本件速度超過運転の容認の有無
原告は,本件事業所の統括運行管理者の立場にあり,Cによる速度超過
運転が常態化していることを認識しながら,何ら有効性のある措置を講20
じていなかったのであるから,これを容認していた事実が認められるとい
うべきである。
ウ「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせ
るおそれがある」と評価すべき事情の有無
原告の本人尋問における供述からすると,原告の法令遵守意識は,著し25
く欠如していると評価すべきである。
エその他の事情
前提事実の捜査によって得られた資料や,本件処分に係る弁明手続
において原告から提出された弁明書によっても,本件処分をすべきでな
かったと評価すべき事情はなく,本部長が,必要な調査を尽くさずに漫然
と本件処分をしたということはできないというべきである。5
オしたがって,本件処分に国家賠償法1条1項の違法性はないというべき
である。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実,括弧内に掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,主たる争10
点に関し,以下の事実が認められる。
本件会社ないし原告が実施していた乗務員による交通違反対策
本件会社ないしその統括運行管理者であった原告は,以下のような交通違
反対策等を実施していた。
ア従業員としてタクシー乗務員を採用するに当たって実施していた対策15
当該乗務員に対し,自動車安全運転センター兵庫県事務所発行の運転
記録証明書を提出させて過去5年間の交通違反歴(行政処分の前歴)を
申告させ,運行管理者等が同違反歴に応じた指導をすること(甲12)。
当該乗務員に自動車教習所で行われる適性診断を受診させ,運行管理
者等が診断結果を踏まえて面接をし,タクシー乗務員としての改善点を20
指摘して指導すること(甲13)。
当該乗務員に自動車を運転させ,統括運行管理者が同乗して側乗教習
を実施し,速度その他の運転技能に関する点検項目が良好で安全なもの
であるかどうかを点検し,不良・不十分と考えられる点について指導を
すること(甲14)。25
当該乗務員に対し,就業規則その他の諸規定を遵守すること等につい
ての誓約書を提出させること(甲15)。
イ平常時に日毎又は月毎に実施していた対策
日毎に,当該乗務員の運行開始前に個別に点呼をし,運行終了後に当
該乗務員から運転日報の提出を受け,当該車両のタコグラフと併せて統
括運行管理者が検証し,点呼の際に,必要に応じた指導をすること。5
必要な指導をすること。
事故・違反をした乗務員と面談をし,当該事故・違反の状況及び原因
を報告させ,指導講習記録表に反省点,再発防止策を記入させること。
(甲18,20,21,28ないし32,35,50,原告本人3頁及10
び弁論の全趣旨。なお,これらの指導の程度については。)
平成26年4月以降,月毎に,本件会社の事業所等に「法定速度で走
行」,「夜間は,ハイビーム!」,「急ぐと危険!」などの事業所の安
全方針を掲示するほか,各タクシーのスピードメーター付近に「スピー
ドに注意」との注意書きを貼付すること(甲16,17,33,34)。15
月毎に,当該従業員に,当該月の事故発生状況を記録させ,各自の事
故態様の傾向に応じた注意点ないし目標を定めさせること(甲19,4
9)。
ウその他の施策等
本件会社の就業規則44条は,「懲戒はその情状に応じて,次の区分20
により行う。」として,違反の程度に応じ,概ね,以下のとおり懲戒の
種別と内容を定めている。
譴責軽度行為や過失の反省を求めて将来を戒める。
減給比較的軽度所定の減給をする。
出勤停止重度30日以内の出勤停止とする。25
停職特に重度3か月以内の出勤停止とする。
降格特段に重度降格・配置転換などの異動とする。
諭旨解雇違反の程度は重大で従業員として不適格
退職願を提出すよう勧告し,退職金の一部を支
給しない。勧告に従わない場合は懲戒解雇とする。
懲戒解雇違反の程度は重大で悪質5
即時に解雇とし,退職金を支給しない。
(甲11)
本件会社は,毎年,無事故・無違反運動「チャレンジ100」と称す
る運動に参加し,平成28年度(平成27年10月1日から100日間)
には,参加した3チームのうち2チーム(タクシー乗務員合計20名)10
が無事故・無違反を達成したとして,本部長及び一般財団法人兵庫県タ
クシー協会会長から表彰された(甲22,23)。
本件会社は,平成27年11月17日,明石警察署長から,同年度「交
通事故なくし隊」(同警察署がバス・タクシー会社などと連携して交通
事故に取り組むために組織した隊)のメンバーを委嘱され,これを受け15
て,乗務員に対し,乗客等への安全のための声掛けを実施すること,法
定速度を遵守して徹底した交通法令の厳守につとめることなどを呼びか
けた(甲24,乙23)。
本件会社の代表者は,平成27年5月頃,同代表者が会長を務める西
神中央タクシー協議会の会員向けの講習として,交通担当官(警察官)20
を講師として招き,交通事故防止及び交通マナー等に関する講習会を開
催することを企画したが,日程調整ができず,開催することはできなかっ
た(甲25及び弁論の全趣旨)。
本件会社は,損害保険ジャパン日本興亜株式会社との間で,保有する
タクシーに関する自動車保険契約を締結しているところ,平成17年125
1月1日から平成29年10月31日まで,その保険料率について,「優
良割引70%」の割引を受けていた(甲26)。
本件会社においては,平成23年11月28日以降,タクシーの走行
速度が時速70㎞を超えると,車内に設置したドライブカメラから,「ス
ピードに注意してください」と音声ガイダンスが流れるよう設定してい
た(甲27)。5
本件会社のタクシー乗務員の違反状況及びこれに対する指導の程度等
ア本件会社は,平成29年当時,約65台のタクシー等と約100名の
従業員を擁していたところ,本件処分当時,これらの従業員の中には,
無事故無違反であるドライバーも存在した一方,速度超過等の道路交通
法違反を犯すドライバーも複数存在した(イで認定10
した事実及び同括弧内に掲記の証拠のほか,甲35,39ないし42,
48,50,乙9ないし11,乙38,原告本人及び弁論の全趣旨)。
すなわち,Cは,平成27年10月18日から同年12月18日まで
の間に運行業務に従事した27日間のうち,一般道路において時速約8
0㎞で走行した日が24日間あり,最高速度が時速60㎞ないし70㎞15
とされている道路において,時速約90㎞ないし100㎞で走行した日
が7日間あったものである。
また,本件会社の乗務員であるDは,平成27年10月19日から同
年12月18日までの間に運行業務に従事した29日間のうち,一般道
路において時速60㎞を超える速度で走行した日が29日間あり,一般20
道路において時速100㎞を超える速度で走行した日が23日間あった。
(乙9,11)
イ原告は,本件処分当時,統括運行管理者として,日毎に,当該乗務員の
運行開始前に個別に点呼をし,運行終了後に当該乗務員から運転日報の提
出を受け,当該車両のタコグラフと併せて検証し,点呼の際に,必要に応25
じた指導をしており,当該乗務員が速度超過を犯していた場合にも,指導
をすることとさ
タコグラフの検証等を通じて,同事実を把握していた。なお,神戸市内の
ほとんどの道路の最高速度は,時速50㎞と指定されている。
しかし,原告としては,少しでも速度超過があれば全て懲戒処分をする
ということにすると,乗務員から「乗客の要望があるためやむを得ない」5
として反発が起こり,そのような指導・懲戒を受けた旨の話題が本件会社
内に広まり,乗務員らが「そのような指導・懲戒をする会社には居づらい」
と感じ,退職者が大量に出るのではないかと懸念を持っていたため,実際
には,時速80㎞ないし時速100㎞を超えた場合を概ねの目安として指
導をするにとどまっており,本件会社においては,速度超過をした者に対10
し,譴責処分を含めた懲戒処分をすることはなかった。
乙14,原告本人7頁・8頁・23頁から24頁まで・2
7頁から29頁まで及び弁論の全趣旨)
原告の個性・処分歴等
原告は,昭和47年に原動機付自転車の免許を取得し,昭和49年に普通15
自動車の免許を取得したのち,約45年間に渡って自動車等を運転してきた
ものであり,この間の交通違反歴は,昭和49年頃と平成7年頃にした速度
超過2件,約10年前にした駐車禁止違反2件と,平成29年6月3日にし
た携帯電話使用等(保持)1件のみである。
原告は,平成25年6月頃に本件会社に就職し,以後,本件事業所の統括20
運行管理者を務めている。原告の自宅から本件事業所までの距離は約5㎞あ
り,自家用車で通勤しており,本件事業所での勤務中は,タクシー乗務員と
して自動車を運転することはない。
(甲40,46ないし48,乙42,原告本人及び弁論の全趣旨)
本件処分に関する弁明手続の実施状況等25
ア本部長は,平成29年3月10日付けで,原告に対し,平成27年12
月18日午前7時23分頃,本件事業所における「危険性帯有下命容認
(速度超過)事案」を原因として,運転免許の効力停止30日間の不利益
処分を予定しているところ,行政手続法13条1項2号の規定により,平
成29年4月7日午前9時に口頭による弁明の機会の付与を行う旨の通知
をした。5
イ原告訴訟代理人弁護士らは,原告から受任し,原告に道路交通法103
条1項8号,本件処分基準に該当すべき事実がなく,また,本件会社ない
取組をしていたことからす
ると,原告に本件処分をすべきでない旨を15ページに渡り記載した弁明
書(乙25)を作成した。10
原告と原告訴訟代理人である太田弁護士は,平成29年4月7日午前9
時頃,弁明手続のために指定場所に出頭し,被告の担当者に弁明書を手渡
したが,以後,その内容について具体的な説明を求められることはなかっ
た。
ウ本件処分は,弁明手続が実施された約2時間後の平成29年4月7日午15
前11時頃,原告に通知された。
(以上につき,甲2,48,乙1ないし17,原告本人及び弁論の全趣旨)
2争点(本部長が本件処分をしたことに関する国家賠償法1条1項の違法性
の有無)について
判断枠組み20
原告は,①本件処分基準を設定したこと自体が違法であり,違法に設定
された本件処分基準に従って本件処分をしたことも違法である(原告の主
告が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせる
おそれがあると評価すべき事実がないのに,本部長がそのような事実がある25
主張する。
国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うにつ
いてした行為が,国家賠償法1条1項にいう違法があったとの評価を受け
るのは,当該公務員が職務上尽くすべき注意義務を尽くすことなく漫然と
当該行為をしたと認め得るような事情がある場合に限るというべきである5
(最高裁平成5年3月11日第一小法廷判決・民集47巻4号2863頁,
最高裁平成11年1月21日第一小法廷判決・裁判集民事191号127
頁参照)。
本件処分基準設定の違法について
ア原告は,本件処分の根拠法である道路交通法103条1項8号,同法施10
行令38条5項2号ハに該当するかは慎重に判断されるべき性質のもの
であって,その具体的な基準を設定するにあたっても,同様の注意を要す
るというべきところ,本部長は,本件処分基準(通達)を,「運行管理者
が速度超過を下命・容認した行為」があれば直ちに「危険性帯有者」とす
る旨漫然と規定し,上記注意義務を怠って通達を定めたというべきであ15
ると主張する。
イ道路交通法103条1項は,免許の取消し又は免許の効力の停止事
由として,1号ないし7号において,当該免許を受けた者が,所定の病
気,身体障害又は薬物中毒者であることが判明したとき,その病気等
の有無につき身体検査を受け又は診断書を提出すべき旨の命令に違反20
したとき,同法若しくは同法に基づく命令の規定又は同法に基づく処
分に違反したとき,自動車等の運転者を唆して同法の規定に違反する
行為で重大なものとして政令で定めるもの(同法施行令33条の2の
3第4項において,酒酔い運転,麻薬等運転,救護義務違反及び基礎点
数が6点以上である一般違反行為が定められている。以下「重大違反」25
という。)をさせ,又は自動車等の運転者が重大違反をした場合におい
て当該重大違反を助ける行為をしたとき(90条1項5号参照),同路
外致死傷をしたときを列挙した上,8号において,「免許を受けた者が
自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせ
るおそれがあるとき」を挙げ,同法施行令38条5項2号ハにおいて,
法103条1項8号に当たる場合,すなわち「危険性帯有者」に当たる5
者を免許停止処分の対象としている。
以上の法103条1項の規定ないしその文言からすると,同項の趣旨
は,当該免許を受けた者に自動車等を運転させることによって道路交
通に危険を生じさせるおそれがあると評価することのできる一定の事
由が発生した場合に,その者の免許を取り消し又は一時的に効力を停10
止することによって,その者が自動車等を運転することができないよう
にし,道路交通の危険を防止することにあるということができる。そう
すると,同項1号ないし7号は,前記おそれがあると評価すべき事由を
列挙したものであり,これらに該当しない場合であっても,他の事情と
総合して前記おそれがあると評価すべきときには,同項8号が適用され15
るものと解するのが相当である。
もっとも,同項8号は,前記おそれがある場合を包括的に処分事由と
するものであるから,その具体的な適用に当たっては,慎重な配慮が要
求されるべきことは原告が指摘するとおりである。
関係法令等発出した本20
件モデルに従い,これに準じて本件処分基準を設定したこと,本件モデ
ル及び本件処分基準は,「自動車の運行を直接管理する地位にある者
を含めた自動車の使用者が,その者の業務に関し,自動車の運転者に
対し,速度超過運転等の違反行為をすることを命じ,又はこれを容認
し,その者が自動車等を運転することが著しく道路における交通の危25
険を生じさせるおそれがある」ときに,その者を危険性帯有者として,
免許の効力を所定の期間停止する旨定めていることが認められる。
ところで,道路交通法74条は,自動車の使用者に対し,その者の業
務に関し当該車両等を運転させる場合には,当該車両の運転者及び安
全運転管理者などの当該車両の運行を直接管理する地位にある者に,
車両の安全な運転に関する事項を遵守させるように努めなければなら5
ない旨規定した上,75条1項において,前記地位にある者を含む自動
車の使用者が,その業務に関し,自動車の運転者に対し,無免許運転,
速度超過運転,酒気帯び運転,過労運転,過積載運転,放置駐車をする
ことを命じ,又は自動車の運転者がこれらの行為をすることを容認して
はならない旨規定し,さらに,118条1項4号において,これに違反10
して下命・容認をした者に対する罰則(6月以下の懲役又は10万円以
下の罰金)を設け,123条において,その者が法人等の従業員等で
あって,その業務に関して上記違反行為をした場合には,当該法人等に
も罰金を科する旨規定する。
これらの規定は,自動車の使用者には,自己の意思に基づき自己の使15
用車両を他人に運転させる以上,その運転者に対し,平生から道路交通
に関する法令を遵守して安全な運転を行うように指導・注意すべき義
務があり,また,自動車の運行を直接管理する地位にある者も含めて,
自動車の安全な運転や法令遵守について社会的な責任を有し,かつ,自
動車の運転者を指揮・監督する立場にあることに着目し,このような指20
揮・監督を通じて自動車の運転者による法令違反を抑制させ,もって,
当該事業所における自動車の安全な運転を確保する趣旨に出たものと
解され,自動車の運行を直接管理する地位にある者は,自動車の運転者
に対する指揮・監督を通じて,当該事業所における自動車の安全な運転
を確保すべきことが求められ,その責務を負うというべきである。25
以上のほか,前記のとおり,103条1項が,重大違反については,
自動車の運転者がそれを行うことを教唆・幇助することを処分事由と
して列挙していることからすると,自動車の運行を直接管理する地位に
ある者が,自動車の運転者に対して適切な指揮・監督をせず,自動車の
運転者の違反行為を容認していた場合,そのことは,運転に関する心理
的適性を欠くため交通事故その他道路における交通の危険を生じさせ5
るおそれがあることに関する一考慮要素となるというべきである。
そうすると,本件モデルが,安全運転管理者等の自動車の使用者が,
その者の業務に関し,自動車の運転者に対し,違反行為を命じ,又は自
動車の運転者がこれらの行為をすることを容認したことを,処分要件の
一つとして定めていることには,合理性があるというべきである。10
ウ以上によれば,本部長が本件モデルに準じて本件処分基準を定めたこと
は,十分に合理的で相当なものというべきである。
原告は,「危険性帯有者」に当たるか否かは慎重に判断されるべき性質
であるから,その具体的な処分基準を設定するに当たっても,同様に慎重
に判断されるような基準を設定すべきである旨主張するが,本件処分基15
準の内容自体が不当・違法であるということはできないし,本部長が原告
の主張するような注意義務を怠って本件処分基準を設定したということ
もできない。
本件処分をしたことの違法について20
ア危険性帯有者の判断基準
おり,本件処分基準は,①自動車の運行を直接管理す
る地位にある者を含めた自動車の使用者が,その者の業務に関し,自動車
の運転者に対し,速度超過運転等の違反行為をすることを命じ,又はこれ
を容認し,②その者が自動車等を運転することが著しく道路における交25
通の危険を生じさせるおそれがある者を危険性帯有者として,その者の
運転免許の効力を停止する旨を定めている。
イ本件速度超過運転の容認の有無について
とおり,自動車の運行を直接管理する地位にあ
る者は,自動車の運転者に対する指揮・監督を通じて,当該事業所にお
ける自動車の安全な運転を確保すべきことが求められ,また,その責務5
を負うというべきである。したがって,本件処分基準にいう「容認」に
当たるか否かは,当該事業所の運転者が違反行為をする蓋然性の認識
の程度,当該違反行為をすることを明示又は黙示に許容していたかど
うか及びその態様,そのように許容することによって,当該事業所にお
ける自動車の安全な運転を確保することができなくなるかどうか及び10
その程度を考慮して判断されるべきである。
本件会社ないしその統括運行管理者であった
原告は,タクシー乗務員に対し,採用時だけでなく,日常的に道路交
通法等の法令違反をすることのないように呼びかけなどの注意喚起を
したり,乗務員の運行後にタコグラフを提出させるなどして運行状況15
を検証し,交通事故や違反行為があった場合には,注意をして反省を
促したり,会社として安全運転に関する行事やキャンペーンに取り組
んだりしていたことが認められる。
b平成27年12月19日当時,本件
会社の従業員の中には,速度超過等の道路交通法違反を犯すドライ20
バーも複数存在し,中には約2か月間の業務従事日のうち約9割の日
において,一般道で時速80㎞以上で走行していた者や,約2か月間
の業務従事日のうち約8割の日において時速100㎞以上で走行し
ていた者がいたにもかかわらず,原告は,少しでも速度超過があれば
全て懲戒処分をするということにすると,乗務員から「乗客の要望が25
あるためやむを得ない」として反発が起こり,そのような指導・懲戒
を受けた旨の話題が本件会社内に広まり,乗務員らが「そのような指
導・懲戒をする会社には居づらい」と感じ,退職者が大量に出るので
はないかと懸念を持っていたため,実際には,指定速度が時速50㎞
とされているときであっても,時速80㎞ないし時速100㎞を超え
た場合を概ねの目安として指導をするにとどまっており,本件会社に5
おいては,速度超過をした者に対し,譴責処分を含めた懲戒処分がさ
れたことはなかったことが認められる。
cそうすると,本件会社の統括運行管理者であった原告は,本件事業
所の運転者が速度超過等の違反行為をたびたび犯していたことを認識
し,これを放置すれば同様の違反行為が繰り返される蓋然性があると10
容易に予見することができたにも関わらず,運転者の反発ないし退職
を懸念し,指定速度を超えても,独自の目安以下の速度超過は指導を
せず見過ごすこととし,指導をする場合であっても,軽度の違反行為
には懲戒処分としての譴責をし得ることとされているのに,そのよう
な懲戒処分をするために代表者等に報告をすることもなかったのであ15
るから,前記aのように,本件会社ないし原告が安全運転のための一
定の取組をしていたことを考慮しても,これらの取組は指導としての
実質が空虚なものであることは否めず,原告は,本件事業所の運転者
が速度超過運転等の違反行為をすることを明示又は黙示に容認して
いたと評価せざるを得ない。20
dこれに対し,原告は,タクシー業界においては,乗客から目的地へ
の迅速な到達を要求され,やむを得ず速度超過を犯すこともあるか
ら,すべての速度超過等の違反行為に対して指導ないし懲戒処分を
することを要求することは,タクシー会社に対して過度な負担を課す
ものであって,本件会社ないし原告の対応は相当なものであった旨主25
張する。
原告の主張は,乗客の要望に応じるためには一定の法令違反もやむ
を得ず,また,これに対応する運転者の反発ないし退職を避けるため
には指導ないし懲戒処分をしないこともやむを得ないというごとくで
ある。しかし,タクシー業界にそのような実情があるとしても,本件
会社ないし原告が,本件会社の利益を獲得するために法令違反を犯す5
ことを看過し,損失を防止するために指導ないし懲戒処分をしないと
判断したにほかならないというべきであり,そのような判断をした以
上,これに伴う処分等の制裁も甘受すべきことは当然であって,原告
の主張は,利益は享受するが制裁は不当であるかのごとくいうもので
あり,到底採用することができない。10
よって,本件会社の安全運転管理者である原告は,その業務に関し,
本件速度超過運転を容認したことが認められる。イは,採
用することができない。
ウ「自動車等を運転することが著しく道路における交通の危険を生じさせる
おそれがある」と評価すべき事情の有無について15
a本件処分基準は,自動車の運転者が違反行為をすることを下命又は
容認をした者が,さらに「自動車等を運転することが著しく道路にお
ける交通の危険を生じさせるおそれがある」場合に,危険性帯有者と
評価すべき旨を定めている。
者に自動車等を運転させることによって道路交通に危険を生じさせ
るおそれがあると評価することのできる一定の事由が発生した場合
に,その者の免許を取り消し又は一時的に効力を停止することによっ
て,その者が自動車等を運転することができないようにし,道路交通
の危険を防止することにあると解されることからすると,この「おそ25
れ」は,当該免許を受けた者に自動車等を運転させることによる道路
交通の危険の有無及びその程度によって判断するのが相当である。
bこれに対し,被告は,容認をした者が免許を受けた者であるときは,
危険性帯有者と評価して,その者の免許の効力を停止する処分をす
ることが,道路交通法の法意に合致するものであると主張する。
確かに,5
項4号,123条は,自動車の使用者及びその運行を直接管理する地
位にある者が,自動車の安全な運転や法令遵守について社会的な責
任を有し,かつ,自動車の運転者を指揮・監督する立場にあることに
着目し,このような指揮・監督を通じて自動車の運転者による法令違
反を抑制させ,もって,当該事業所における自動車の安全な運転を確10
保する趣旨に出たものと解されることからすると,これらの規定に違
反した者について,刑罰に加えて不利益処分を付加することも,立法
政策としては考えられるところである。
容認行為をしたことは,運転に関する心理的適性を欠くため交通事故
その他道路における交通の危険を生じさせるおそれがあることに関す15
る一考慮要素となるものである。
しかし,法103条1項が定める処分事由は,同項柱書及び各号の
文言によると,いずれも,当該免許を受けた者について,その者に自
動車等を運転させることによって道路交通に危険を生じさせるおそ
れがあると評価することのできる一定の事由があることを定めたもの20
と解するほかなく,他人の違反行為を容認したことのみをもって,当
該免許を受けた者が危険性帯有者に当たると直ちに評価することは
相当でない。
そこで,原告が容認行為をしたことのほか,一切の事情を考慮して,
原告に自動車等を運転させることによる道路交通の危険の有無及びそ25
の程度について検討する。
前記のとおり,原告は,統括運行管理者としての責任を伴う業務の遂
行に際し,制限速度を時速20㎞ないし40㎞超過した従業員による
運転行為を継続的に容認していたことからすれば,本件会社ないし原
告について,本件事業所における自動車の安全な運転の確保に関する
認識が欠けていたと評価されるべきである。5
り,原告には,平成29年6月3日にした携帯電話使用等(保持)の交
通違反歴があることも,同年4月7日の本件処分当時,原告自身が自動
車を運転する場合の心理的適性が欠けていたことをうかがわせる事情
ということができる。
しかし,10
理者として側乗等をする場合はあるが,自らタクシー乗務員として自動
車を運転することはないものであるから,原告が前記容認行為をしたこ
とをもって,直ちに原告自身がタクシー乗務員として運転することにつ
いての心理的適性が欠けていると評価することは困難である。また,認
原告の処分歴は,前記携帯電話使用等(保持)のほ15
かは,昭和49年に普通自動車免許を取得して以降,本件処分より約1
0年前の駐車禁止違反2件と20年以上前の速度超過2件があるのみ
である。これらの違反行為のうち,携帯電話使用等(保持)は,本件処
分より後の事情である上,原告が容認していた違反行為(速度超過)と
は異なるものであるし,それ以外の違反行為も,本件処分よりも相当過20
去のものであって,これらの違反行為をもって,原告について,原告自
身が運転する場合に速度超過を行うことについての規範意識が欠けて
いるなど,心理的適性が欠けていると評価することも困難である。
以上の事実関係によれば,原告について,「自動車等を運転すること
が著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがある」と評価す25
ることはできないというべきである。
エその他の事情
原告は,本部長は,原告に十分な弁明の機会を与えないか,原告の弁
明の内容を十分な時間をかけて斟酌しないなど,処分理由となるべき事
実について必要な調査を尽くさなかったと主張する。
る弁明手続が行われ,原告及び原告訴訟代理人弁護士が出頭し,15ペー
ジにわたる弁明書(乙25)を提出したが,約2時間後である同日午前
11時頃,本件処分がされたものである。
しかし,前提事実
論の全趣旨によれば,警察官は,本件速度超過運転のあった平成27年10
12月19日以降,C,原告及び本件会社の代表者等の取調べのほか,
本件事業所の捜索を実施し,運転日報,タコグラフ,ETC利用明細書,
乗務員台帳,賃金台帳等を押収してその分析をし,Cの速度超過運転の
常習性や,本件会社がどのような体制でどのような交通違反対策をとっ
ていたかどうかについての捜査を遂げた後,平成29年1月31日まで15
に,前記捜査の結果を踏まえ,尼崎南警察署長を通じ,本部交通部運転
免許課長に対し,本件処分をすることを上申し,さらに,同年2月16
日,被疑事件を検察官に送致したことが認められる。そして,本部長は,
同日から1か月以上後の同年3月10日付けで,原告に対し,本件処分
ア)。
以上のとおり,本件処分の前提となる事実関係について,平成27年
12月19日から平成29年1月24日までの1年以上に渡る捜査がさ
れていたこと,その間,原告において,本件処分の理由となる事実を容
易に認識することができたこと,本部長において,尼崎南警察署長の上25
申を受けた後,前記捜査の結果の検討を通じて本件処分の当否について
検討する期間が1か月以上あったとうかがわれること,弁明期日前に原
告が原告訴訟代理人らに依頼し,ともに弁明期日に出頭して弁明をして
いることを考慮すると,弁明期日が実施されてから処分がされるまでの
間が約2時間であったことを考慮しても,原告に十分な弁明の機会が与
えられなかったとはいえないし,本件処分に至る手続について,国家賠5
償法1条1項にいう違法があったと評価することまではできない。
エは,採用することができない。
小括
以上によれば,本部長は原告について,「自動車等を運転することが著し
く道路における交通の危険を生じさせるおそれ」があると評価すべき事実が10
ないか,その評価を妨げるべき事実があるのに,これらの事実を誤認し,又
はその評価を誤り,職務上の注意義務を怠って本件処分をしたということが
できるから,本部長が本件処分をしたことについて,国家賠償法1条1項に
いう違法性があるということができる。
3原告の損害について15
証拠(甲46ないし48及び原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,原告
は,本件処分を受けて免許の効力が30日間停止されたことにより,自動
車による通勤や日常的な移動をすることができなくなったり,他の交通機
関を利用せざるを得なくなったりするなどし,よって,精神的苦痛を被っ
たことが認められる。20
以上に加え,原告は,原告が本件会社の統括運行管理者として,認定事実
交通違反対策等を提言し,本件会社に採用されて実施された等の
実績を有し,そのことを自負していたのに,本件処分を受けたことによって,
原告がこれまで築き上げてきた同対策等が一切評価されず,全く無意味であっ
合すると,原告の精神的苦痛を慰謝するための費用は,100万円を下らな
いと主張する。
確かに,法103条1項8号,同法施行令38条5項2号ハに基づく運転
免許の効力の停止処分は,原告が自動車の運転者による違反行為を下命又は
容認し,原告に著しく道路における交通の危険を生じさせるおそれがあるも
のとしてされるものであるから,これらの事実ないし評価を誤認して処分を5
受けた場合,本件会社ないしその統括運行管理者である原告の評価を低下さ
せ,原告に一定の精神的損害を被らせるものということができる。しかし,
本件処分は,原告に前記おそれがある点において評価を誤ってしてされたも
のではあるものの,その業務に関し,本件速度超過運転を容認したことにつ
から,この事情を過度に評価すること10
は相当でない。
以上のほか,本件に現れた一切の事情を考慮すると,本部長が本件処分を
したことによって原告が被った精神的苦痛を慰謝するための費用は,20万
円とするのが相当であり,その弁護士費用は,2万円が相当である。
4結論15
したがって,原告は,被告に対し,国家賠償法1条1項に基づく国家賠償と
して,慰謝料20万円と弁護士費用2万円の合計22万円及びこれに対する
平成29年8月24日から支払済みまで民法所定の年5%の割合による遅延
損害金の支払を求めることができ,原告の請求は,同額の支払を求める限度
で理由がある。20
よって,主文のとおり判決する。なお,被告の申立てにより,担保を条件と
する仮執行免脱宣言を付することとする。
神戸地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官山口浩司
裁判官武村重樹
裁判官毛受裕介

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