弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
       事実及び理由
第1 請求
 被告が原告に対し平成13年6月21日付けでした「東京都大田区所在の神命愛
心会(又は神命大神宮ともいう。宗教団体)或はその会員であるAを視察対象とし
て決定した会議の議事録及び視察結果についての神奈川県警察本部警備部からの報
告書」に係る行政文書不開示決定処分を取り消す。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は、原告が、平成13年5月31日、被告に対し、行政機関の保有する情報
の公開に関する法律(以下「法」という。)4条1項に基づき、「東京都大田区所
在の神命愛心会(又は神命大神宮ともいう。宗教団体)或はその会員であるAを視
察対象として決定した会議の議事録及び視察結果についての神奈川県警察本部警備
部からの報告書」と題する行政文書(以下「本件文書」という。)の開示請求(以
下「本件請求」という。)を行ったところ、被告が同年6月21日付けで行政文書
不開示決定(以下「本件決定」という。)を行ったため、本件決定は、本件文書が
法所定の不開示事由に該当しないにもかかわらず、法5条4号、同2号及び同1号
に該当し、本件文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示する
こととなるため、行政文書の存否自体を回答できないものとしてされた違法なもの
であるとして、本件処分の取消しを求めるものである。
2 前提事実(認定根拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない。)
(1) 原告は、平成13年5月31日、被告に対し、法4条1項の規定に基づ
き、本件文書の開示請求(本件請求)を行った(甲1)。
(2) 被告は、平成13年6月21日、特定団体又は特定個人に対する警察によ
る情報収集活動事実の有無に関する情報は、これを公にすると警察の情報収集活動
に支障を及ぼすおそれがあるため法5条4号(公共安全情報)に該当するととも
に、同条2号(法人等情報)又は1号(個人情報)に該当し、本件請求に係る行政
文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情報を開示することとなるた
め、行政文書の存否自体を回答できない(法8条)として、開示しないことと決定
(本件決定)し、そのころ、行政文書不開示決定通知書により原告に告知した(甲
2)。
(3) 原告は、本件決定を不服として、被告に対して異議申立てを行ったため、
被告が平成14年2月8日に情報公開審査会に諮問したところ、同年3月19日、
審査会から、存否応答するだけで法5条1号又は2号、4号に該当する不開示情報
を開示したのと同様の影響があるので、法8条に基づき、存否応答自体を拒否した
被告の本件決定を妥当とする答申がされ(甲7)、これをうけて、被告は、同年6
月20日原告の異議申立てを棄却する決定をした(甲10)。
(4) 原告は、平成14年6月24日、本件訴えを提起した。
3 当事者の主張
(1) 被告
 本件文書は、その存否を答えるだけで、法5条1号又は2号、さらには同条4号
の不開示情報を開示することとなるものであり、被告が法8条の規定に基づいて、
行政文書の存否を明らかにすることなく不開示決定をしたことは適法である。
ア 法8条の趣旨
 一般に、行政文書の開示請求がされた場合、行政機関の長は、開示請求に係る行
政文書が存在していれば、当該文書に法5条各号に定める不開示情報が記録されて
いるか否かを検討した上で、開示決定又は不開示決定を行い、開示請求に係る行政
文書が存在していなければ、不存在を理由とする不開示決定を行うことになる。そ
して、これらの場合、行政文書の不存在を理由とする不開示決定を除いては、原則
として行政文書の存在が前提となっている。
 しかしながら、例えば、特定個人の病歴に関する行政文書が開示請求された場合
のように、開示請求に係る行政文書の存否を明らかにするだけで、法5条各号の不
開示情報を開示することとなる場合がある。そこで、法8条は、「開示請求に対
し、当該開示請求に係る行政文書が存在しているか否かを答えるだけで、不開示情
報を開示することとなるときは、行政機関の長は、当該行政文書の存否を明らかに
しないで、当該開示請求を拒否することができる。」と規定し、行政文書の存否自
体を明らかにしないで拒否処分(いわゆる存否応答拒否)をすることができること
を規定している。
イ 本件文書の存否を明らかにすることで開示されることとなる不開示情報
 本件請求は、本件文書を対象とするものであって、特定の個人及び団体の名前を
挙げて、神奈川県警察本部警備課が収集し、警察庁に報告したとする行政文書につ
き開示請求がされている。したがって、本件請求に対して行政文書の存否を明確に
すれば、名を挙げて特定されている個人及び団体について、それらの者が神奈川県
警察本部警備課の情報収集活動の対象となっているか否かという事実が開示される
こととなる。
 そして、特定の団体が警察の情報収集活動の対象とされているか否かという情報
は、当該団体の権利、競争上の地位その他正当な利益を害するおそれがある情報で
ある上に、法5条2号ただし書に該当しないことから、同号の不開示情報に該当
し、また、特定の個人が警察の情報収集活動の対象とされているか否かは、個人に
関する情報であり、当該個人を識別することができる情報であるし、法5条1号た
だし書のいずれにも該当しないことから、同号の不開示情報にも該当する。
 さらに、特定の団体又は個人が警察の情報収集活動の対象とされているか否かと
いう情報は、警察の情報収集活動(又は方針、関心事項)等に関する情報であり、
これが明らかになることによって、警察の情報収集活動の実態が露呈されることと
なり、犯罪行為を企図している者等において各種活動を潜在化、巧妙化させるなど
の防衛措置が講じられるおそれがある。したがって、行政機関の長が犯罪の予防、
鎮圧又は捜査等の公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれがあると認めるこ
とにつき相当の理由があると認められるので、法5条4号に該当する。
ウ 法8条に基づく本件決定の適法性
 以上のとおり、本件請求のように団体又は個人を特定して、警察の情報収集活動
に係る行政文書について開示請求が行われた場合は、当該行政文書の存否を答える
だけで、特定の団体又は個人に対して警察が情報収集活動を行っているか否かの事
実が明らかとなり、法5条1号、2号又は4号に該当する不開示情報を開示するこ
ととなる。
 したがって、本件請求に対し、被告が開示請求に係る行政文書の存否を答えれ
ば、法5条1号又は2号、さらには同条4号の不開示情報を開示することとなると
して、法8条に基づく存否応答拒否をしたことが適法であることは明らかである。
(2) 原告
ア 行政の責任
 法1条には、法の目的が「国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求す
る権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、
もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務が全うされるようにするとと
もに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資すること
を目的とする。」ことであるとうたわれており、したがって、行政機関の保有する
文書は原則開示するものであり、法に特に定められた一定の要件を充たす文書のみ
不開示とされるべきであり、不開示とされる情報は個別案件ごとに判断されるべき
だと考える。
イ 法5条1号非該当性
 法が個人に関する情報を不開示としたのは個人のプライバシー保護のためであ
る。したがって、当該本人からの請求であればプライバシーを侵害することにはな
らないのであるから、法5条1号の情報には該当しないというべきである。個人に
関する情報について当該本人が自己の情報の公開を請求した場合であっても法5条
1号をもって不開示の決定を行うのは情報の性質だけで不開示とする画一的決定に
ほかならない。プライバシーの侵害とは個人の情報が第三者に知れ渡ることであ
り、個人の情報が個人に知れ渡るのはプライバシーの侵害ではなく、法5条1号で
不開示と定めた趣旨とは明らかに異なる。
 また、本件文書の開示は、不当な捜査の対象とされている可能性のある本人が、
自らの身体、健康及び生活を守る上で必要とされるものであり、法5条1号ロに該
当する。
ウ 法5条4号
 原告は、既に不当にも神奈川県警察の視察対象とされていることを確信してお
り、本件文書の公開によって原告において防衛措置を強化したり、巧妙化させて警
察の情報収集活動に支障を及ぼさせることはないから、法5条4号には該当しな
い。
 警察の情報収集活動に係る情報が公開されると警察の情報収集活動に支障を及ぼ
すとして本件文書を不開示とした理由は、公開によって未然に防ぐことも、また公
開することで警察の誤った捜査や行き過ぎを抑止する効果もあることを考えて、本
件請求に対して個別に検討して不開示の決定をした理由であるとはいい難い。
エ 法8条非該当性
 前記のとおり、本件情報は、法5条1号及び4号に該当せず、また、法5条1号
ロに該当し、不開示事由が存在しない以上、法8条に該当するとはいえないし、前
記のとおり、原告は既に神奈川県警察の視察対象とされていることを確信している
のであるから、少なくとも存否を応答したとしても何ら支障が発生するものではな
い。
オ 部分開示
 警察は、原告が特定宗教団体に加入していることを理由に情報収集活動の対象と
しているものと考えられるが、警察の調査上、団体部分は除いたとしても、原告に
関する部分だけでも公開すべきである。
第3 当裁判所の判断
1 本件文書は、「東京都大田区所在の神命愛心会(又は神命大神宮ともいう。宗
教団体)或はその会員であるAを視察対象として決定した会議の議事録及び視察結
果についての神奈川県警察本部警備部からの報告書」と題する書面であり、その表
題によれば、同文書は、原告と同人が会員となっている神命愛心会又は神命大神宮
と称する宗教団体について、神奈川県警察本部又は被告が、警備若しくは情報収集
等の目的で視察対象として決定した会議の議事録と、警備若しくは情報収集等の目
的で前記宗教団体と原告に対し行った視察の結果について神奈川県警察本部警備部
から被告に提出された報告書を指すものと解され、この点について当事者双方に争
いはない。
2 警察法2条は「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予
防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持にあ
たることをもってその責務とする。」と規定し、警察は、犯罪の予防をはじめ、公
共の安全と秩序の維持を責務としているのであって、同条の趣旨にかんがみれば、
警察が犯罪の予防や公共の安全・秩序の維持のため、任意手段としての情報収集活
動等を行うこともその職責であると解されるところ、そのような情報収集活動を行
っていることが、情報収集の相手方の知るところとなれば、情報収集活動自体の遂
行が困難になるばかりか、情報収集の相手方が、情報収集活動の存在を前提として
活動することになり、いずれにしても情報収集の目的である犯罪の予防、公共の安
全や秩序の維持を達成することが著しく困難になるといえ、情報収集活動等は、一
般的には秘密裡に行われることによってその目的を達し得るものといえる。他方、
情報収集活動を行っていないことが明らかになった場合においても、そのことを契
機として、犯罪や公共の安全や秩序を害する行為が企図されたり、犯罪や公共の安
全や秩序を害する行為を企図していた者が、その行為に及ぶ可能性が高まることと
なる。
3 本件において、本件文書の開示請求がされた場合に、仮に同文書を法所定の不
開示事由該当を理由に不開示とする処分をしたとしても、同処分は同文書が存在し
ていることを前提としてのものであるから、そのことのみによって、前記宗教団体
又は原告に対し、神奈川県警察本部又は被告が何らかの視察活動を行なおうとして
いること又は現に行っていることが明らかとなる。また、仮に、同文書が不存在で
あることを理由に不開示とする処分をしたとしても、同処分のみにより、前記宗教
団体及び原告が、神奈川県警察本部又は被告の視察活動の対象となっていないこと
が明らかにされることとなる。そうすると、前記の情報収集活動の特質を考慮した
場合、本件請求に対し、不開示決定をしたとしても、本件文書の存在又は不存在を
明らかにした場合には、当該情報収集活動等が阻害され、犯罪の予防、鎮圧その他
公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼす可能性が生じる。
 したがって、本件文書は、その存否に関する情報を明らかにした場合、法5条4
号にいう犯罪の予防や鎮圧をはじめ公共の安全と秩序の維持に支障を及ぼすおそれ
があると認めるにつき相当な理由がある情報であると認められる。
 この点について、原告は、既に原告が神奈川県警察本部又は被告による視察活動
の存在を既に認識しているのであるから、仮に、その存否を原告に明らかにしたと
しても、その活動に支障はない旨の主張をするが、このような主張を容認すると、
請求者が自己について情報収集がされていると申し立てるだけで、同条4号該当性
を理由とする不開示決定ができないこととなりかねず、そのような事態を招くこと
は同号を規定した意義を失わせるものというほかないことからすると、同号所定の
情報については、その全部又は一部を請求者が既に知っているか否かにかかわらず
不開示情報として取り扱うというのが同号の趣旨であるというべきであり、原告の
主張は採用し得ない。
4 本件文書を前記1のとおりのものであると解した場合、本件文書の存否が原告
に明らかにされることのみによって、神命愛心会又は神命大神宮という宗教団体
が、神奈川県警察本部又は被告の視察活動の対象となっているか否かが原告に明ら
かにされることとなるが、このような情報は、仮に公にされた場合、同団体の正当
な利益を害することは明らかであるから、同情報はその存否を明らかにすることの
みによって法5条2号イに該当する不開示情報を開示することとなり、このことは
原告が、同団体の構成員であることを前提としても何ら影響を受けるものではない
し、また、これらの情報が人の生命、健康、生活又は財産を保護するため公にする
ことが必要であると認められるもの(法5条2号ただし書)であることを認めるに
足りる証拠はない。なお、原告は、警察が違法な情報収集活動をしている旨主張
し、甲第3号証の1及び2、第4号証並びに第12号証の1ないし8には、これに
沿う部分もあるが、これらによって原告の主張を認めることはできないし、原告が
あくまでもこのような事実が存在するとしてそれからの救済を求めるならば、端的
にそれらの事実の存在を根拠とする国家賠償請求等を行うべきものである。
5 以上によれば、本件文書は、これを公にすることのみによって、法5条4号、
2号に該当する不開示情報を開示することとなるものであるといえるから、法8条
に定めるいわゆる存否応答拒否情報に該当し、同条1号該当性を検討するまでもな
く、本件処分は適法ということになる。
 なお、原告は、文書に記載されている本人が請求している以上、法5条1号の個
人情報には該当しないし、仮に、同条に該当するとしても、本件情報が法5条1号
ロに該当する旨も主張した上、本人情報の部分について法6条による一部開示を行
うべきである旨の主張をするが、本件文書が、その存否を明らかにしたのみで法5
条4号及び2号に該当する不開示情報を開示することとなるのは前記のとおりであ
るから、これらの主張は失当であるといわざるを得ない。
第4 結論
 よって、原告の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき
行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第3部
裁判長裁判官 藤山雅行
裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 廣澤諭

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