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平成20年(行ケ)第10087号審決取消請求事件
平成21年1月27日判決言渡,平成20年12月26日口頭弁論終結
判決
原告積水化学工業株式会社
訴訟代理人弁理士九十九高秋
被告特許庁長官
指定代理人村田尚英,中田とし子,末政清滋,森山啓
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
「特許庁が不服2006-75号事件について平成20年1月28日にした審決
を取り消す。」との判決
第2事案の概要
本件は,原告が,特許出願の拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決
の取消しを求める事案である。
1特許庁における手続の経緯
(1)原告は,平成15年6月20日(出願分割前の原出願日:平成6年4月1
3日),名称を「液体クロマトグラフの連続測定方法」とする発明につき,特許出
願(特願2003-177220号。以下「本件出願」という。)をした(甲2)。
(2)原告は,平成17年11月25日付けで,本件出願につき拒絶査定を受け
たため,平成18年1月4日,拒絶査定不服審判を請求した(甲4の1及び2。不
服2006-75号事件として係属)。
(3)特許庁は,平成20年1月28日,「本件審判の請求は,成り立たない。」
との審決をし,同年2月12日,その謄本を原告に送達した。
2本願発明の要旨
審決が対象としたのは,平成18年2月2日付け手続補正(甲3。なお,同手続
補正後の明細書(特許請求の範囲につき甲3,その余につき甲2)を「本願明細
書」という。)により補正された請求項1(なお,その余の請求項はない。)に記
載された発明(以下「本願発明」という。)であり,その要旨は次のとおりである。
「【請求項1】
2種類以上の移動相を用いる液体クロマトグラフの連続測定方法であって,
第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に
おいて,前記送液ポンプと分離カラムとの間に試料及び第2以降の移動相を前記第
1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に導
くためのインジェクタを接続してなり,前記インジェクタは,試料又は第2以降の
移動相を吸引するサンプリングノズルと,前記サンプリングノズルに連結された切
り換え弁と,前記切り換え弁に両端が連結されており,かつ,試料又は第2以降の
移動相を保持する液体保持流路とを有する液体クロマトグラフを用いるものであり,
少なくとも,
前記切り換え弁を,第1の移動相が前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析
用の分離カラムとを連結してなる流路に流され,かつ,前記インジェクタのサンプ
リングノズルから吸引した試料が前記液体保持流路に導かれる第1の切り換え状態
とするステップ1と,
前記切り換え弁を,第1の移動相を前記液体保持流路に導入し,かつ,試料を前記
液体保持流路から前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムと
を連結してなる流路に導く第2の切り換え状態に切り換えるステップ2と,
前記液体保持用配管から試料が全て押し出された後に,切り換え弁9を,第1の移
動相が前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結して
なる流路に流され,かつ,インジェクタのサンプリングノズルから吸引した第2以
降の移動相を前記液体保持流路に導く第1の切り換え状態に切り換えるステップ3
と,
前記切り換え弁を,第1の移動相を前記液体保持流路に導入し,かつ,第2以降の
移動相を前記液体保持流路から前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の
分離カラムとを連結してなる流路に導く第2の切り換え状態に切り換えるステップ
4とを有する
ことを特徴とする液体クロマトグラフの連続測定方法。」
3審決の理由の要旨
審決は,本願発明は下記引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)
及び当業者に周知の事項(下記周知例1ないし5参照)に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができないとした。
引用例実願昭63-127697号(実開平2-48863号)のマイクロフ
ィルム(甲1)
周知例1特開昭61-233363号公報(甲5)
周知例2特開平5-256834号公報(甲6)
周知例3実願平4-43603号(実開平6-3440号)のCD-ROM
(甲7)
周知例4特開昭55-23417号公報(甲8)
周知例5平成4年11月30日発行の分析化学ハンドブック編集委員会編「分
析化学ハンドブック(初版)」(甲9)
(1)引用例の記載事項及び引用発明
引用例には,図面とともに次の技術的事項が記載されている。
ア・・・
イ溶出力の強い移動相をパルス状にカラムへ導入(明細書2頁14行~3頁9行)
「液体クロマトグラフを用いて一定組成分析を行なう場合,分析対象である目的成分の溶出
が終了した後も,被験液中の夾雑成分が遅れて溶出し,これら夾雑成分の溶出が完了するまで
次の分析にかかれない場合がある。この問題を解決するため,溶出力の強い移動相をパルス状
にカラムに導入して一分析毎にカラムを洗浄する方法が提案されている。従来の試料導入装置
を使用して,上述のパルス状のカラム洗浄を行なうには,試料ループの内容積をある程度大き
くする必要があり,この必要性を満たすため,試料ループ用パイプの内径を大きくすれば,被
験液が希釈されてカラムに導入され,また,試料ループ用パイプの内径を小さく保ったままパ
イプを長くすれば,この部分での流路抵抗が著しく増大するという問題点があった。」
ウ・・・
エ実施例
明細書4頁末行~6頁末行に,前記記載ウの液体クロマトグラフ用試料導入装置を用いた液
体クロマトグラフの具体的な測定方法が記載されており,
「被験液と洗浄液は,導入口4より不図示の,マイクロシリンジ等により試料ループ5に導入
される。切換えバルブが破線状態で洗浄液用パイプ8は被験液用パイプ7の上流側に配置され
ている。」(明細書5頁11~15行),ならびに,
「第3図は,本考案の液体クロマトグラフ用試料導入口を使用して移動相をパルス状に変更し
てカラム洗浄を行った結果を示すクロマトグラムであり,また,第4図は比較のため一定組成
で分析を行なった結果を示すクロマトグラムである。第3図,第4図のクロマトグラムを得た
分析条件は以下の通りである。
……
移動相10mMリン酸緩衝液6部とアセトニトリル1部の混合液
……
第3図,第4図共にa,b,cで示した成分が分析目的成分である。第3図では,c成分溶出
後に洗浄液としてアセトニトリル500μlをカラムに導入した。dは夾雑成分がまとまって
溶出されたピークであり,この条件で20分に1回の分析が可能であった。一方,第4図では
移動相組成を一定に保ったため,夾雑成分が溶出を続け,90分に1回の分析が可能であっ
た。」(明細書5頁19行~6頁20行)なる記載がある。
オ・・・
これらの記載事項からして,引用例には次の発明(引用発明)が記載されている。
「移動相及び溶出力の強い移動相である洗浄液を用いる液体クロマトグラフの測定方法であっ
て,
移動相を送液するポンプとカラムとを連結してなる流路において,前記ポンプとカラムとの間
に,被験液及びカラムの洗浄液を送液するポンプとカラムとを連結してなる流路に導くための
試料導入装置を接続してなり,前記試料導入装置は,被験液又は洗浄液を試料ループに導入す
るための導入口を備えた切換えバルブと,前記切換えバルブに両端が連結されており,かつ,
被験液又は洗浄液を保持する試料ループとを有する液体クロマトグラフを用いるものであり,
少なくとも,
前記切換えバルブを,移動相が前記移動相を送液するポンプとカラムとを連結してなる流路に
流され,かつ,前記試料導入装置の切換えバルブの導入口からマイクロシリンジ等により,被
験液が前記試料ループに充填して導かれる実線状態とするステップと,
前記切換えバルブを,移動相を前記試料ループに導入し,かつ,被験液を前記試料ループから
前記移動相を送液するポンプとカラムとを連結してなる流路に導く破線状態に切り換えるステ
ップと,
前記試料ループから被験液が押し出された後に,試料導入装置の切換えバルブの導入口からマ
イクロシリンジ等により洗浄液を前記試料ループに充填して導くステップと,
前記切換えバルブを,移動相を前記試料ループに導入し,かつ,洗浄液を前記試料ループから
前記移動相を送液するポンプとカラムとを連結してなる流路に導く破線状態に切り換えるステ
ップとを有する液体クロマトグラフの測定方法。」
(2)本願発明と引用発明との対比
一致点・相違点
・・・
また,引用例について,前記(1)イ,エに摘記した事項,ならびに,本願明細書の段落【0
009】,【0010】の「また,ステップグラジエント方式では,測定時間の短縮を図るた
めに,目的成分までのピークを移動相Iによって溶出した後,以後に溶出される幾つかの非目
的成分のピークを,移動相IIにより一本のピークとして溶出する方法が多用されている。こ
の場合,第1の移動相Iの溶出力に比べて第2の移動相IIの溶出力が高くされている。」と
の記載からして,引用発明の・・・「洗浄液」が,本願発明の・・・「第2の移動相」に相当
することも明らかである。
・・・
したがって,両者は,次の一致点:
(一致点)
「2種類の移動相を用いる液体クロマトグラフの連続測定方法であって,
第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路において,前
記送液ポンプと分離カラムとの間に試料及び第2の移動相を前記第1の移動相を送液する送液
ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に導くための試料導入用インジェクタ装置
を接続してなり,前記試料導入用インジェクタ装置は,試料又は第2の移動相を液体保持流路
にそれを介して導入する切り換え弁と,前記切り換え弁に両端が連結されており,かつ,試料
又は第2の移動相を保持する液体保持流路とを有する液体クロマトグラフを用いるものであり,
少なくとも,
前記切り換え弁を,第1の移動相が前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カ
ラムとを連結してなる流路に流され,かつ,前記試料導入用インジェクタ装置の切り換え弁を
介して試料が前記液体保持流路に導かれる第1の切り換え状態とするステップ1と,
前記切り換え弁を,第1の移動相を前記試料ループに導入し,かつ,試料を前記試料ループか
ら前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に導く
第2の切り換え状態に切り換えるステップ2と,
前記液体保持流路から試料が押し出された後に,試料導入用インジェクタ装置の切り換え弁を
介して第2の移動相を前記液体保持流路に導くステップ3と,
前記切り換え弁を,第1の移動相を前記液体保持流路に導入し,かつ,第2の移動相を前記液
体保持流路から前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してな
る流路に導く第2の切り換え状態に切り換えるステップ4とを有する液体クロマトグラフの連
続測定方法。」で一致し,以下の点で相違する。
(相違点1)
「試料導入用インジェクタ装置」が,
本願発明は,前記したとおり,試料又は第2の移動相を吸引するとともに,切り換え弁に連
結された「サンプリングノズル」を具備し,ステップ1において,「サンプリングノズルから
吸引した試料が前記液体保持流路に導かれる」とともに,ステップ3において「サンプリング
ノズルから吸引した第2の移動相を前記液体保持流路に導く」のに対し,
引用発明は,試料導入用インジェクタ装置の切り換え弁の導入口からマイクロシリンジ等に
より試料又は第2の移動相を液体保持流路に充填することを例示するにすぎず,試料導入用イ
ンジェクタ装置が,サンプリングノズルを具備せず,ステップ1においてサンプリングノズル
から吸引した試料が前記液体保持流路に導かれるとともに,ステップ3においてサンプリング
ノズルから吸引した第2の移動相を前記液体保持流路に導く態様を明示していない点。(以下,
「相違点1」という。)
(相違点2)
ステップ3が,
本願発明では,「前記液体保持流路から試料が全て押し出された後に」,「切り換え弁を,
第1の移動相が前記第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してな
る流路に流され」る「第1の切り換え状態に切り換え」られるのに対し,
引用発明は,液体保持流路から試料が「全て」押し出されるかどうか不明であるとともに,
切り換え弁が第1の切り換え状態に切り換えられて,第1の移動相が前記第1の移動相を送液
する送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に流されるかどうか不明な点。
(以下,「相違点2」という。)
(3)相違点についての判断
ア相違点1について
一定内容積の液体保持流路を備え,前記液体保持流路内に保持された一定量の試料を,移動
相を用い,切り換え弁を介して分離カラムに送り込む機構を有する液体クロマトグラフ装置に
おいて,試料容器内に挿入して試料を吸引する細管を切り換え弁の導入口に連結し,該液体保
持流路中に試料を吸引して充填させた後,切り換え弁の流路を切り換え,該液体保持流路から
試料を移動相の送液ポンプと分析用の分離カラムとを連結してなる流路に移動相の流れにより
導くことは,液体クロマトグラフにおける周知慣用の機構にすぎず,
(必要ならば,
(ア)周知例1(特に第1図及びそれに関する2頁の記載),
(イ)周知例2(特に図3及びそれに関する【0003】の記載),
(ウ)周知例3(特に図3及びそれに関する段落【0002】~【0003】の記載),
(エ)周知例4(特に第1図,1頁左下欄下から4行~右下欄14行ならびに2頁右上欄9
行~12行)等参照。)
また,試料容器から試料を吸引する細管を「サンプリングノズル」と呼ぶことも慣用の呼称に
すぎない。
ところで,液体クロマトグラフ装置において,体積既知の液体保持流路(サンプルループ)
全体に試料を満たして前記流路内の全量をカラムに注入する手法と,マイクロシリンジを用い
て試料を導入する手法とを使い分けることは,本件出願前当業者に周知の事項である(必要な
らば周知例5(270頁)参照)。
してみると,試料を液体保持流路に導くに際し,引用発明が例示する「切り換え弁の導入口
からマイクロシリンジ等により試料又は第2の移動相を液体保持流路に充填する」手法に代え,
試料を液体保持流路に充填するために周知慣用の「サンプリングノズル」や「吸引機構」を採
用し,切り換え弁連結された試料又は第2の移動相を吸引する「サンプリングノズル」を設け
るとともに,ステップ1において「サンプリングノズルから吸引した試料が前記液体保持流路
に導かれる」とともに,ステップ3において「サンプリングノズルから吸引した第2の移動相
を前記液体保持流路に導く」よう構成する程度のことは,当業者が容易に想到し得る事項であ
る。
イ相違点2について
液体クロマトグラフ装置での分析に際し,試料の定量が必要であることは技術常識であるこ
とを鑑みると,引用発明において,マイクロシリンジ等によって液体保持流路に導入された試
料を「全量」押し出すことにより,試料の定量が行われるであろうことは当業者が当然に想定
し得る事項である。
さらに,洗浄に先立って,分析のために,溶離液である第1の移動相を分離カラム内に送液
する必要があることは明らかである上,2流路-6方切り換え弁を用いる場合には,分離カラ
ム内に試料を送液した後,溶離液である第1の移動相を送液する送液ポンプと分析用の分離カ
ラムとを連結し,第1の移動相を分離カラムに送液できるよう前記切り換え弁を切り換えるこ
と,すなわち,第1の切り換え状態に切り換えることは当業者の技術常識に属する事項である。
してみると,相違点2にも格別の創作性を見出すことはできない。
また,これら相違点によってもたらされる効果も,引用発明ならびに当業者に周知の事項か
ら想定可能な域を出るものではない。
してみると,本願発明は,引用発明ならびに当業者に周知の事項に基づいて当業者が容易に
発明をすることができたものである。
(4)審決の「むすび」
以上のとおり,本願発明は,引用発明ならびに当業者に周知の事項に基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができない。
第3審決取消事由の要点
審決は,引用発明の認定を誤り,また,本願発明と引用発明との一致点の認定を
誤った結果,本願発明が特許法29条2項の規定により特許を受けることができな
いと判断したものであるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)
審決は,引用発明を「・・・被験液が前記試料ループに充填して導かれる実線状
態とするステップと・・・を有する液体クロマトグラフの測定方法。」と認定した
が,以下のとおり,この認定は誤りである。
(1)引用発明につき,被験液が試料ループの「全部」に充填されるとの趣旨の
認定をした誤り
ア審決は,引用発明につき,「・・・被験液が前記試料ループ『の全部』に充
填して導かれる・・・」との趣旨の認定をした。
イしかしながら,引用例には,次の各記載((ウ)は実施例についての記載であ
る。)がある。
(ア)「本考案の液体クロマトグラフ用試料導入装置を被験液の導入に使用するときは,被験
液は試料ループを構成するパイプのうち内径の小さいパイプ内に保持され,続いて,流路が切
換えられてカラムに導入される。」(4頁5~9行)
(イ)「また,洗浄液の導入時には,洗浄液は試料ループを構成するすべてのパイプ類内に保
持され,続いて流路が切換えられてカラムに導入される。」(4頁10~13行)
(ウ)「第1図中,5は試料ループであり,被験液用パイプ7と洗浄液用パイプ8より成り,
接続部9により接続されている。内径が4mm~6mmのカラム3を分析に使用する場合,被
験液用パイプ7は,内径0.5mm長さ100mm~500mm(内容積20μl~100μ
l)が使用され,洗浄液用パイプ8は,内径0.8mm長さ800mm~1000mm(内容
積400~500μl)が使用される。」(5頁4~11行)
ウ上記各記載によれば,被験液は,試料ループの「一部にのみ」導かれるので
あり,また,実施例の記載からすると,被験液が導かれる部分は,容積にして試料
ループの4~20%程度である。
また,引用例には,被験液を試料ループの「全部に」充填(導入)する技術の記
載はない。
エ以上からすると,引用発明は,液体クロマトグラフによる測定を行うに当た
り,被験液を試料ループの「一部にのみ」導くことを前提とする発明であるといえ
る。
オそうすると,引用発明につき,被験液が試料ループの「全部に」充填される
趣旨の認定をした審決は,誤りであるというべきである。
(2)引用発明につき,試料ループへの被験液の充填の度合いを「一部」か「全
部」かを限定せずに認定した誤り
ア仮に,被告が主張するとおり,審決が,引用発明につき,単に,「・・・被
験液が前記試料ループに充填して導かれる・・・」との趣旨の認定をしたのである
とすると,審決は,試料ループへの被験液の充填の度合いにつき,「一部」か「全
部」かを限定しない上位概念(両者を含むもの)を用いて,引用発明を認定したこ
とになる。
イしかしながら,引用例に記載された引用発明の課題(3頁1行~4頁下から
3行)に照らせば,引用発明は,大きな容量の洗浄液を保持するために,試料ルー
プを内径の異なる2種以上のパイプで構成し,うち,内径の小さいパイプ内にのみ
被験液を保持するものであり,試料ループの「全部」に被験液を保持させることを
否定するものであるから,引用発明の課題から導かれるこのような変えようのない
本質的要素を無視し,試料ループへの充填の度合いについて,「全部」をも含む上
位概念を用いて引用発明を認定することは許されない。
ウなお,被告は,本願発明も試料が液体保持流路の全部に導入されることを必
ずしも前提としていないと主張し,確かに,本願明細書(段落【0028】)には,
その点についての言及があるが,本願発明においては,試料が液体保持流路の一部
に導入されることも「場合によっては」あり得るのに対し,引用発明においては,
試料が「必ず」試料ループの一部にのみ充填されるのであるから,本願発明におい
て,試料が液体保持流路の一部に導入されることがあり得るからといって,引用発
明につき,上記のような上位概念を用いた認定が許されることにはならない。
2取消事由2(一致点の認定の誤り)
審決は,「引用発明の・・・『洗浄液』が,本願発明の・・・『第2の移動相』
に相当することも明らかである。」と認定したが,以下のとおり,この認定は誤り
である。
(1)「洗浄液」について
ア「洗浄液」は,当業者の認識として,溶出力が強く,かつ,多量の液であっ
て,測定が終了した後,分離カラムに残っている夾雑成分を洗い流すために,分離
カラムに通液されるものである。なお,「洗浄液」が多量の液であることは,引用
例の次の各記載からも明らかである。
(ア)「本考案は,通常の被験液の導入は従来と同様に行なうことができ,且つ,比較的多量
の洗浄液の導入にも使用できる液体クロマトグラフ用試料導入装置を提供することを目的とし
た。」(3頁10~13行)
(イ)「内径の大きいパイプは比較的短い長さで大きな容量の洗浄液を保持することができ,
また,この内径の大きいパイプによる流路抵抗はほぼ無視することができる。」(4頁15~
18行)
(ウ)「本考案の液体クロマトグラフ用試料導入装置は,被験液の導入については,従来と同
様被験液が希釈されずに導入されると共に,同一の装置から比較的多量の洗浄液の導入も行な
うことができる。」(7頁2~6行)
イまた,上記アのように,溶出力が強く,かつ,多量の「洗浄液」を分離カラ
ムに流すと,次の測定のために必要な分離カラムの平衡化(分離カラム内の移動相
の状態を測定開始前と同一の状態に戻すこと)に時間を要することになるので,連
続測定中に,「洗浄液」を分離カラムに流すことはない。
(2)「移動相」について
ア(ア)「移動相」は,液体クロマトグラフにおいて成分を測定するため,分離
カラムに流す液である。そして,2種類以上の移動相を用いる液体クロマトグラフ
においては,「第1の移動相」は試料のうち溶出しやすい成分を先に分離カラムか
ら検出器に流し,他方,「第2以降の移動相」は試料のうち溶出しにくい成分を後
から溶出させて分離カラムから検出器に流し,もって,試料の複数成分の分析を可
能にするものである(よって,第1の移動相に比べて第2以降の移動相の溶出力が
大きいのは,当業者にとって,分析原理から来るごく当たり前の事実である。)。
(イ)これを本願発明についてみるに,本願発明の測定方法においては,「第2
の移動相」により非目的成分を溶出していることから明らかなとおり,「第2の移
動相」は,あくまで測定に用いる「移動相」であって,「洗浄液」ではない(なお,
非目的成分も,検出が必要な成分であって,検出が不要な夾雑成分とは異なる。)。
(ウ)他方,引用発明は,1種類の「移動相」のみにより,検出が必要なすべて
の成分を溶出させ,必要な成分の検出が終了した後,残っている不要な夾雑成分を
「洗浄液」によりまとめて洗い流す(これにより,分析時間を短縮する。)もので
ある。
イ(ア)また,測定途中に分離カラムに通液される「移動相」は,その溶出力や
流速等により,各成分を一定の溶出時間において溶出させるものである。
(イ)これを本願発明についてみるに,本願発明は,検出が必要な成分を2種類
以上の「移動相」により一定の溶出時間内に溶出させ,2種類以上の「移動相」を
ステップ的に切り換えることにより,溶出時間に遅れが生じないようにするもので
ある。
(ウ)他方,引用発明における「洗浄液」は,夾雑成分をまとめて溶出すること
ができれば足り,各成分を一定の溶出時間内に溶出させる必要はなく,ステップ的
に切り換える必要もないものである。
(3)以上からすると,本願発明の「第2の移動相」と引用発明の「洗浄液」と
は全く異なるものであり,当業者が,これらを同一視することはあり得ない。
しかるに,審決は,引用発明の「洗浄液」も本願発明の「第2の移動相」も,
「溶出力が第1の移動相より大きい」旨の当業者にとって常識的な記載のみを根拠
として,上記のとおり,引用発明の「洗浄液」が本願発明の「第2の移動相」に相
当すると認定したものであり,一致点の認定を誤ったといわざるを得ない。
(4)被告の主張に対する反論
ア引用発明について
(ア)被告は,引用発明について,後記<A>及び<B>の各事項が認められること
を根拠に,「引用発明も,2種類の『移動相』をステップ的に切り換えて各成分の
検出を行うものである」と主張する。
(イ)しかしながら,後記<A>の事項は,引用発明が本願発明と同様の連続測定
を目的とするとの趣旨であると理解されるところ,引用発明における工程は,マイ
クロシリンジにより,すなわち,手作業により,被験液を定量し,その後,充填す
るものであるし,測定1回ごとに分離カラムを洗浄するとの付加的な作業を要する
ものであるから,すべてを自動化することが可能なステップにより行う連続測定方
法とは異なるものである。
これに対し,本願明細書の記載及び本件出願に係る図面のとおり,本願発明にお
いては,次回の測定開始時点を基準にした時間的な制約が設けられていること(段
落【0040】),複数の試料が測定開始時に準備されていること(段落【003
3】及び図2),自動定量・充填が可能なサンプリングノズルを有するインジェク
タが用いられていることなどからみて,本願発明における連続測定とは,複数試料
を継続して自動で測定することのできる測定方法を意味するというべきである。
そうすると,引用発明が本願発明と同様の連続測定を目的とする趣旨の後記<A>
の事項を認めることはできないというべきである。
(ウ)また,後記<B>の事項中,引用発明の「洗浄液」が溶出力の強い「移動
相」であるとの点は,単に,引用発明の「洗浄液」が夾雑成分を洗い流すことので
きる強い溶出力を有することをいうものにすぎない。「移動相」は,成分の検出に
用いるため,試料が分解したり変性したりしないように溶出力等を正確に調整・選
択して用いる必要があるものであるから,引用発明の「洗浄液」は,「移動相」と
は異なるものである。
(エ)さらに,後記<B>の事項中,引用発明の「洗浄液」による溶出成分がまと
まったピークとして検出されるとの点については,「洗浄液」により溶出するもの
が検出の不要な夾雑成分(溶出(洗浄)に際し,成分が分解したり変性したりする
ことに対する配慮を要しないもの)であるから,引用例に記載された「ピークd」
が実際に成分を正しくまとめて検出しているかは疑問であり,したがって,引用発
明の「洗浄液」による溶出成分がまとまったピークとして検出されるものと認める
ことはできないというべきである。
(オ)以上のとおりであるから,後記<A>及び<B>の各事項を根拠とする上記(ア)
の被告の主張は,失当である。
イ本願発明について
(ア)被告は,本願発明について,「正確な連続分析を行うためには,先の分析
の最終段階で分離カラム内に流す溶出液は,分離カラムに導入された先の分析試料
に含まれる目的成分以外の成分を溶出する作用を同時に果たす必要がある」ことを
技術的な根拠として,本願発明においても,目的成分以外の成分がまとめて溶出さ
れている旨主張する。
(イ)しかしながら,夾雑成分のように検出の不要な微量成分であって,選択し
た条件では溶出しない成分は,分析を不正確にするものではないため,無理に溶出
させる必要はない。
したがって,上記(ア)の技術的な根拠は誤りであり,これを前提とする被告の上
記(ア)の主張は,理由がない。
第4被告の反論の骨子
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対して
(1)引用発明について原告が指摘する審決の認定部分は,試料ループ内に被験
液がどの程度充填されるかについて言及することなく,単に,「被験液が前記試料
ループに充填して導かれる」としたものであって,審決は,原告が主張するように,
「被験液が前記試料ループ『の全部』に充填して導かれる」と認定したものではな
い。
(2)アまた,審決は,相違点1及び2についての各判断において,次のとおり
説示した(下線部は,被告の主張に基づき,本判決が付したものである。以下同
じ。)。
(ア)「ところで,液体クロマトグラフ装置において,体積既知の液体保持流路(サンプルル
ープ)全体に試料を満たして前記流路内の全量をカラムに注入する手法と,マイクロシリンジ
を用いて試料を導入する手法とを使い分けることは,本件出願前当業者に周知の事項である
(必要ならば周知例5(270頁)参照)。」(相違点1についての判断第2段落)
(イ)「液体クロマトグラフ装置での分析に際し,試料の定量が必要であることは技術常識で
あることを鑑みると,引用発明において,マイクロシリンジ等によって液体保持流路に導入さ
れた試料を『全量』押し出すことにより,試料の定量が行われるであろうことは当業者が当然
に想定し得る事項である。」(相違点2についての判断第1段落)
イ上記アの説示内容に照らせば,審決は,引用発明における試料の定量がマイ
クロシリンジによって行われ,当該定量された試料がいったん液体保持流路(サン
プルループ)に導入され,その後,当該導入された試料を「全量」押し出すことに
より,当該定量された試料がクロマトグラフ装置に押し出されることを前提として
いるといえる。
そして,液体保持流路に導入された試料を「全量」押し出すことにより,定量さ
れた試料がクロマトグラフ装置に押し出されるためには,液体保持流路の容積が定
量された試料の容積以上でなければならない。
そうすると,審決が,引用発明につき,「被験液が前記試料ループ『の全部』に
充填して導かれる」と認定したものでないことは,上述したところからも明らかで
ある。
(3)以上のとおり,審決は,引用発明につき,原告が取消事由1(1)において主
張するような認定をしたものではないから,審決に引用発明の認定の誤りはない。
(4)なお,本願発明は,試料が保持用配管の全部に導入されることを発明特定
事項としておらず,また,本願明細書の下記記載からみても,本願発明は,試料が
液体保持流路の全部に導入されることを必ずしも前提としていないものである。
「なお,上記液体保持用配管10の容量としては,注入する試料や第2の移動相IIのうち,
注入量の最も多いものよりも,大きくする必要がある。」(段落【0028】)
2取消事由2(一致点の認定の誤り)に対して
(1)引用例の記載事項及び引用発明の内容
ア引用例には,カラムの洗浄に関し,次の各記載がある。
液体クロマトグラフを用いて一定組成分析を行なう場合,分析対象である目的成分の(ア)「
溶出が終了した後も,被験液中の夾雑成分が遅れて溶出し,これら夾雑成分の溶出が完了する
まで次の分析にかかれない場合がある。この問題を解決するため,溶出力の強い移動相をパル
ス状にカラムに導入して一分析毎にカラムを洗浄する方法が提案されている。」(2頁下から
7行~3頁1行)
(イ)「また,洗浄液の導入時には,洗浄液は試料ループを構成するすべてのパイプ類内に保
持され,続いて流路が切換えられてカラムに導入される。このようにして,パルス状の移動相
の変更によるカラム洗浄が行われる。」(4頁10~15行)
(ウ)「第3図は,本考案の液体クロマトグラフ用試料導入口を使用して移動相をパルス状に
変更してカラム洗浄を行なった結果を示すクロマトグラムであり,また,第4図は比較のため
一定組成で分析を行なった結果を示すクロマトグラムである。・・・
第3図,第4図共にa,b,cで示した成分が分析目的成分である。第3図では,c成分溶出
後に洗浄液としてアセトニトリル500μlをカラムに導入した。dは夾雑成分がまとまって
溶出されたピークであり,この条件で20分に1回の分析が可能であった。」(5頁下から2
行~6頁下から3行)
イ上記アの各記載,特に,(ア)の「溶出が完了するまで次の分析にかかれな
い」との記載及び(ウ)の「この条件で20分に1回の分析が可能であった」との記
載によれば,次の<A>の事項を,(ア)ないし(ウ)に記載されたカラムへの移動相のパ
ルス状の導入や,(ウ)に記載された第3図の説明によれば,次の<B>の事項をそれ
ぞれ認めることができる。
<A>引用発明は,連続測定を目的とする測定方法である。
<B>引用発明の「洗浄液」は,目的成分以外の成分をまとめて短時間で溶出する,
溶出力の強い「移動相」であって,その移動相は,分析目的成分が溶出されて検出
が行われた後にパルス状にカラムに導入され,溶出された成分は,まとまったピー
クとして検出される。
ウ上記<A>及び<B>によれば,引用発明も,2種類の「移動相」をステップ的
に切り換えて各成分の検出を行うものであるといえる。
(2)本願明細書の記載事項及び本願発明の内容
ア本願明細書には,「第2の移動相」に関し,次の各記載がある。
(ア)「また,ステップグラジエント方式では,測定時間の短縮を図るために,目的成分まで
のピークを移動相Iによって溶出した後,以後に溶出される幾つかの非目的成分のピークを,
移動相IIにより一本のピークとして溶出する方法が多用されている。
この場合,第1の移動相Iの溶出力に比べて,第2の移動相IIの溶出力が高くされてい
る。」(段落【0009】~【0010】)
(イ)「第1の切り換え状態で前記第1の移動相を前記流路に送液し,次に,サンプリングノ
ズルから試料を吸引し,液体保持流路に導く工程,しかる後,第2の切り換え状態に切り換え,
第1の移動相を液体保持流路に導き,それにより試料を液体保持流路から分離カラムに導き,
第1の移動相により目的成分を分離・溶出する工程,液体保持流路から試料が全て押し出され
た後に,第1の切り換え状態に切り換え,洗浄機構により,サンプリングノズル及び液体保持
流路を洗浄し,次に,サンプリングノズルにより,第2の移動相を吸引し,液体保持流路に導
く工程,さらに,液体保持流路に第2の移動相が閉鎖された段階以降に第2の切り換え状態に
切り換え,第1の移動相を液体保持流路に送液することにより,液体保持流路に保持されてい
た第2の移動相を分離カラムに送り,第2の移動相により非目的成分を溶出・検出する工程,
第2の移動相が液体保持流路から押し出された後に,第1の切り換え状態に切り換え,流路に
第1の移動相を流し,また,洗浄機構により,サンプリングノズル及び液体保持流路を洗浄す
る工程とを繰り返し,・・・。」(段落【0017】)
(ウ)「上記第2の切り換え状態に切り換え弁9を切り換え,第1の移動相Iをポート9c及
びポート9bを介して液体保持用配管10側に送液することにより,液体保持用配管10に保
持されていた第2の移動相IIがポート9e及びポート9dを介して流路2に流され,分離カ
ラム6に送られる。従って,分離カラム6において,第2の移動相IIにより非目的成分が溶
出される。溶出された非目的成分は,検出器7において検出される。
所定量の第2の移動相IIが液体保持用配管10から押し出された後に,六方切り換え弁9
を第1の状態に切り換え,再度ポート9c-ポート9d間を連結することにより,流路2に第
1の移動相Iが流される。また,図示しない洗浄機構により,上記サンプリングノズル8及び
液体保持用配管10を洗浄する。」(段落【0036】~【0037】)
イ前記第2,2の本願発明の要旨によれば,次の<C>ないし<E>の,また,上
記アの各記載によれば,次の<F>の各事項をそれぞれ認めることができる。
<C>本願発明は,特別な使用用途を発明特定事項としない。
<D>本願発明は,第1及び第2の移動相から成る移動相のみを用いる態様を含む。
<E>本願発明は,第1及び第2の移動相のそれぞれが溶出する対象を発明特定事
項としない。
<F>本願発明は,分離カラムに溶出力の強い第2の移動相を送液し,第1の移動
相による目的成分の溶出以後に溶出される幾つかの非目的成分のピークを一本のピ
ークとして溶出した後,付加的な溶出操作を行うことなく,引き続いて第1の移動
相の送液を行い,連続して次の試料の分析を行う分析方法を含むものである。
ウところで,液体クロマトグラフ分析装置において,先に分離カラムに導入し
た分析試料中に含まれる目的成分以外の成分が残存したままの状態で次の分析を行
った場合には,次の分析試料に当該残存成分が混入し,正確な分析結果が得られな
いおそれがあることは,技術的に明らかであるから,正確な連続分析を行うために
は,先の分析の最終段階で分離カラム内に流す溶出液は,分離カラムに導入された
先の分析試料に含まれる目的成分以外の成分を溶出させる作用を同時に果たす必要
がある。
そして,上記イのとおり,本願発明において,目的成分の溶出以後に溶出される
幾つかの非目的成分が,第2の移動相によって1本のピークとして溶出されている
ことからすると,本願発明において,目的成分以外の成分がまとめて溶出されてい
ることは明らかである。
そうすると,本願発明の「第2の移動相」は,実質的に,目的成分以外の成分を
まとめて溶出する機能を果たす溶出液であるといえる。
(3)上記(1)及び(2)によれば,本願発明の「第2の移動相」は,測定時間を短
縮して正確な連続分析を行うため,分離カラムに導入された試料中に含まれる目的
成分以外の成分をまとめて溶出する作用を果たす溶出液であって,「分離カラム中
の目的成分以外の成分をまとめて溶出する溶出力の強い溶出液」である点で,引用
発明の「洗浄液」と何ら相違しないというべきである。
(4)以上のとおりであるから,審決に,原告が主張するような一致点の認定の
誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)原告の主張(1)について
原告は,審決が,引用発明につき,「・・・被験液が前記試料ループ『の全部』
に充填して導かれる・・・」との趣旨の認定をしたことが誤りであると主張する。
しかしながら,審決は,前記第2,3(1)のとおり引用発明を認定し,うち,原
告主張に係る部分については,「被験液が前記試料ループに充填して導かれる・・
・」と認定したに止まるものであり(第4段落),被験液が前記試料ループに充填
される態様が全部か否かについて言及したものでないことは,上記文言上明らかで
ある。
したがって,原告の上記主張は,審決理解の前提において失当である。
(2)原告の主張(2)について
ア原告は,引用発明の課題に照らし,審決が,引用発明における試料ループへ
の被験液の充填の度合いにつき,「一部」か「全部」かを限定しないで認定したこ
と(上位概念を用いて認定したこと)が誤りであると主張する。
イ確かに,審決がした引用発明の認定中,原告主張に係る部分は,上記(1)の
とおりであり,試料ループに充填される被験液の度合いが「一部」であるか「全
部」であるかを限定したものではない。
ウしかしながら,一般に,特許出願に係る発明が特許法29条2項に規定する
場合に該当するか否かの判断に当たっては,同項において引用する同条1項各号に
掲げる発明が何であるか(いわゆる引用発明の構成)を認定する必要があるところ,
当該認定は,これが同条2項に規定する要件についての判断(当業者が同条1項各
号に掲げる発明に基づいて容易に特許出願に係る発明をすることができたか否かの
判断)の前提となるものである以上,特許出願に係る発明との対比判断に必要かつ
十分な限度で認定すれば足りると解すべきである。
エこれを本件についてみるに,本願発明の要旨は,前記第2,2のとおりであ
るところ,原告の上記主張に係る部分は,「・・・試料が前記流体保持流路に導か
れる・・・」と規定するのみであって,試料が流体保持流路に導かれる態様を「一
部」か「全部」かなどと何ら限定していないのである(なお,原告は,本願発明に
おいては,試料が液体保持流路の全部に充填される旨主張するが,念のため,本願
明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するに,段落【0028】には,試料が流
体保持流路の一部に充填されることを前提とする下記記載がある(この点は,当事
者間に争いがない。)。)。したがって,引用発明における上記イの認定は,本願
発明との対比判断に必要かつ十分な限度でされたものということができ,これを違
法とする理由はない。
「なお,上記液体保持用配管10の容量としては,注入する試料や第2の移動相IIのうち,
注入量の最も多いものよりも,大きくする必要がある。」
オなお,原告は,引用発明は試料が「必ず」試料ループの一部にのみ充填され
るものである旨主張するが,本願発明の要旨(上記エ)によれば,本願発明も,試
料が流体保持流路の一部に充填される場合を含むものであるから,そのことは,上
記エの判断を何ら左右するものではない。
(3)小括
以上のとおりであるから,取消事由1は理由がない。
2取消事由2(一致点の認定の誤り)について
原告は,審決が,一致点の認定に当たり,「引用発明の・・・『洗浄液』が,本
願発明の・・・『第2の移動相』に相当する」と認定した点が誤りであると主張す
るので,以下検討する。
(1)本願発明の「第2の移動相」の技術的意義について
ア本願明細書及び本件出願に係る図面(甲2)には,「第2の移動相(移動相
II)」の技術的意義に関連して,以下の各記載及び図示がある。
(ア)「ステップグラジエント方式では,測定時間の短縮を図るために,目的成分までのピー
クを移動相Iによって溶出した後,以後に溶出される幾つかの非目的成分のピークを,移動相
IIにより一本のピークとして溶出する方法が多用されている。
この場合,第1の移動相Iの溶出力に比べて,第2の移動相IIの溶出力が高くされている。
・・・
・・・非目的成分を短時間に溶出する条件としては,低圧グラジエント方式に比べて高圧グ
ラジエント方式の方が適している。これは,非目的成分を溶出させるための移動相IIにステ
ップ的に切り換わること,並びに第2の移動相IIの第1の移動相Iへの拡散が少ないため,
非目的成分のピークがシャープに現れることによる。」(段落【0009】~【0011】)
(イ)「本発明の目的は,グラジエント方式の液体クロマトグラフであって,測定時間の短縮
化・・・を図り得る新規な液体クロマトグラフを用いた連続測定方法を提供することにあ
る。」(段落【0016】)
(ウ)「上記実施例の液体クロマトグラフを用いた本発明の連続測定方法につき説明する。
まず,切り換え弁9を第1の切り換え状態にしておく。この状態で,ポンプ4により,第1
の移動相Iが容器3から流路2に送液される。・・・
次に,インジェクタ5のサンプリングノズル8から,試料部12の試料13を吸引し,ポー
ト9a-9bを経て液体保持用配管10に導く。しかる後,切り換え弁9を第2の切り換え状
態に切り換える。第2の切り換え状態に切り換えられると,ポート9c-ポート9b間が連結
されるため,第1の移動相Iが液体保持用配管10に導かれ,それによって試料が液体保持用
配管10からポート9e及びポート9dを介して流路2に排出され,分離カラム6に導かれる。
従って,試料が分離カラム6に与えられ,第1の移動相Iにより各目的成分が分離・溶出さ
れる。
液体保持用配管10から試料が全て押し出された後に,切り換え弁9を第1の切り換え状態
に切り換える。次に,図示しない洗浄機構により,サンプリングノズル8及び液体保持用配管
10を洗浄する。・・・
次に,インジェクタ5において,サンプリングノズル8により,第2の移動相IIを,容器
14から吸引し,第2の移動相IIをポート9a及びポート9bを介して液体保持用配管10
に導く。さらに,液体保持用配管10内に第2の移動相IIが閉鎖された段階以降に,切り換
え弁9を第2の切り換え状態に切り換える。・・・
上記第2の切り換え状態に切り換え弁9を切り換え,第1の移動相Iをポート9c及びポー
ト9bを介して液体保持用配管10側に送液することにより,液体保持用配管10に保持され
ていた第2の移動相IIがポート9e及びポート9dを介して流路2に流され,分離カラム6
に送られる。従って,分離カラム6において,第2の移動相IIにより非目的成分が溶出され
る。溶出された非目的成分は,検出器7において検出される。
所定量の第2の移動相IIが液体保持用配管10から押し出された後に,六方切り換え弁9
を第1の状態に切り換え,再度ポート9c-ポート9d間を連結することにより,流路2に第
1の移動相Iが流される。また,図示しない洗浄機構により,上記サンプリングノズル8及び
液体保持用配管10を洗浄する。
上記工程を繰り返すことにより,第1の移動相Iを送液し,途中で切り換え弁9の切り換え
及びサンプリングノズル8からの移動相IIの注入により,第2の移動相IIを流路2に流す
ことができ,しかも上記説明から明らかなように,第1の移動相Iから第2の移動相IIへの
切り換えはステップ的に行われる。」(段落【0031】~【0038】)
(エ)「連続測定に際しては,サンプルリングノズル8,液体保持用配管10の洗浄から次回
の測定における試料の液体保持用配管10までの吸引までの操作が,第2の移動相IIから第
1の移動相Iへの切り換えから次回の測定開始時点までの時間よりも短いことが必要であ
る。」(段落【0040】)
(オ)「次に,具体的な実験例につき説明する。
糖尿病の臨床検査項目であるグリコヘモグロビンの分析を,上記実施例の液体クロマトグラ
フ及び図3及び図4に示す比較例の液体クロマトグラフを用いて行った。・・・
また,移動相としては,第1の移動相I(りん酸緩衝液pH=6.0,塩濃度=140m
M)と,第2の移動相II(りん酸緩衝液pH=7.2,塩濃度=320mM)を用いた。な
お,グリコヘモグロビンに対する溶出能は,第2の移動相の方が第1の移動相に比べて大きく
されている。
・・・
図1(判決注:『図2』の誤記であると認められる。)に示した実施例の装置において,下
記の条件にて測定を行った。得られたクロマトグラフを図5に示す。
・・・
試料注入量:10μl
第2の移動相注入量:150μl
また,比較例1として,図3に示した測定系を構成し,実施例の装置を用いた測定方法と測
定条件を同様とし,グリコヘモグロビンの測定を行った。
図3における装置は,・・・従来の低圧グラジエント方式の測定系に当たるものである。な
お,第2の移動相IIは,実施例の場合と同容量となるように,低圧グラジエンターにおける
第2の移動相の通液時間を0.1分とし,第2の移動相の注入量を150μlとした。得られ
たクロマトグラフを図6に示す。」(段落【0041】~【0045】)
(カ)「図5~図7から明らかなように,低圧グラジエント方式に比べて,実施例の液体クロ
マトグラフを用いた場合には,HbA0を溶出するための第2の移動相IIの拡散が少なくな
る。従って,HbA0のピークがシャープになることがわかる。よって,測定時間の短縮を図
り得ることがわかる。」(段落【0047】)
(キ)「なお,上記実施例では,第1,第2の2種類の移動相を用いた場合の液体クロマトグ
ラフ及び測定方法につき説明したが,さらに多くの種類の移動相を用いた場合でも,同様に移
動相の切り換えをステップ的に行うことができる。」(段落【0050】)
(ク)図5及び図6
【図5】【図6】
イ上記アの各記載及び図示によれば,本願発明の「第2の移動相」とは,液体
クロマトグラフにおいて,分離カラムに導かれた試料中の目的成分が第1の移動相
によって溶出された後に分離カラムに導かれる,第1の移動相よりも溶出力の強い
移動相であって,分離カラムにおいて,試料中の幾つかの非目的成分を,検出の際
に1本のピークが現れるようまとめて溶出させることにより,試料の連続測定及び
測定時間の短縮を可能にするものであると認めることができる(なお,ここでいう
「非目的成分」の技術的意義については,後記(3)に説示するとおりである。)。
(2)引用発明の「洗浄液」の技術的意義について
ア本願発明と技術分野を同じくする「液体クロマトグラフ用試料導入装置」と
称する考案に関する引用例(甲1)には,「洗浄液」の技術的意義に関連して,以
下の各記載及び図示がある。
(ア)「【考案が解決しようとする課題】
液体クロマトグラフを用いて一定組成分析を行なう場合,分析対象である目的成分の溶出が
終了した後も,被験液中の夾雑成分が遅れて溶出し,これら夾雑成分の溶出が完了するまで次
の分析にかかれない場合がある。この問題を解決するため,溶出力の強い移動相をパルス状に
カラムに導入して一分析毎にカラムを洗浄する方法が提案されている。」(2頁13行~3頁
1行)
(イ)「本考案は,通常の被験液の導入は従来と同様に行なうことができ,且つ,比較的多量
の洗浄液の導入にも使用できる液体クロマトグラフ用試料導入装置を提供することを目的とし
た。」(3頁10~13行)
(ウ)「【作用】
本考案の液体クロマトグラフ用試料導入装置を被験液の導入に使用するときは,被験液は試
料ループを構成するパイプのうち内径の小さいパイプ内に保持され,続いて,流路が切換えら
れてカラムに導入される。・・・また,洗浄液の導入時には,洗浄液は試料ループを構成する
すべてのパイプ類内に保持され,続いて流路が切換えられてカラムに導入される。このように
して,パルス状の移動相の変更によるカラム洗浄が行われる。」(4頁4~15行)
(エ)「第3図は,本考案の液体クロマトグラフ用試料導入口を使用して移動相をパルス状に
変更してカラム洗浄を行なった結果を示すクロマトグラムであり,また,第4図は比較のため
一定組成で分析を行なった結果を示すクロマトグラムである。第3図,第4図のクロマトグラ
ムを得た分析条件は以下の通りである。
・・・
移動相10mMリン酸緩衝液6部とアセトニトリル1部の混合液
・・・
第3図,第4図共にa,b,cで示した成分が分析目的成分である。第3図では,c成分溶出
後に洗浄液としてアセトニトリル500μlをカラムに導入した。dは夾雑成分がまとまって
溶出されたピークであり,この条件で20分に1回の分析が可能であった。一方,第4図では
移動相組成を一定に保ったため,夾雑成分が溶出を続け,90分に1回の分析が可能であっ
た。」(5頁下から2行~6頁末行)
(オ)第3図及び第4図
イ上記アの各記載及び図示によれば,引用発明の「洗浄液」とは,液体クロマ
トグラフにおいて,カラムに導かれた被験液中の目的成分が移動相によって溶出さ
れた後にカラムに導かれる,当該移動相よりも溶出力の強い移動相であって,カラ
ムにおいて,被験液中の幾つかの夾雑成分を,検出の際に1本のピークが現れるよ
うまとめて溶出させることにより,被験液の連続測定及び測定時間の短縮を可能に
するものであると認めることができる(なお,ここでいう「夾雑成分」の技術的意
義については,後記(3)に説示するとおりである。)。
(3)検討
本願発明の「第2の移動相」及び引用発明の「洗浄液」の各技術的意義は,前記
(1)及び(2)の各イのとおりであるところ,本願発明及び引用発明がいずれも液体ク
ロマトグラフの測定方法に係る発明であること(前記第2,2及び3(1))に照ら
すと,本願発明における「分離カラム」及び「試料」がそれぞれ引用発明における
「カラム」及び「被験液」に相当することは明らかである(原告も,「分離カラ
ム」と「カラム」及び「試料」と「被験液」のいずれについても,両者の技術的意
義の相違を主張するものではない。)。
また,本願発明における「非目的成分」については,本願発明に係る請求項1に
は何ら規定がなく,本願明細書にも,試料中の成分であって,目的成分が第1の移
動相(移動相Ⅰ)によって溶出された後に,第2の移動相(移動相II)によって
溶出されるものであり(前記(1)ア(ア),(ウ)等),検出器によって検出されるもの
である(同(ウ)及び(カ))旨の記載があるほか,特段の記載はみられないから,結局,
当該「非目的成分」の技術的意義については,試料中の目的成分以外の成分(これ
が試料から目的成分を除いたその余の部分のすべてであるか否かについても明らか
ではない。)と認めるほかない。
他方,引用発明における「夾雑成分」についても,同様に,引用例には,被験液
中の成分であって,目的成分が移動相によって溶出された後に,当該移動相よりも
溶出力の強い移動相ないし洗浄液によって溶出されるものであり(前記(2)ア(ア),
(ウ)及び(エ)),クロマトグラムに現れる,すなわち検出器によって検出されるもの
である(同(エ))旨の記載があるほか,特段の記載はみられないから,結局,当該
「夾雑成分」の技術的意義についても,被験液中の目的成分以外の成分(これが被
験液から目的成分を除いたその余の部分のすべてであるか否かについても明らかで
はない。)と認めるほかない。
そうすると,引用発明の「洗浄液」は,本願発明の「第2の移動相」に相当する
ものと認められるから,これと同旨の審決の認定に誤りはないというべきである。
(4)原告の主張について
ア原告は,当業者の認識として,「移動相」と「洗浄液」とが異なる物を指す
旨主張する。
確かに,本願明細書には,本願発明の第1及び第2の各「移動相」とは別に,
「洗浄機構」において洗浄に用いられる液体の存在を前提にした記載(前記(1)ア
(ウ)及び(エ))がみられる。
しかしながら,引用例には,前記(2)ア(ア),(ウ)及び(エ)のとおり,溶出力を強く
した「移動相」を「洗浄液」として用いる旨の記載があるのであるから,当業者に
おいて,上記の「洗浄液」が「移動相」と異なる物と認識していたと認めることは
できず,その他,当業者がそのように認識していたものと認めるに足りる証拠はな
いから,原告の上記主張は失当である。
イ原告は,「洗浄液」を用いると,その溶出力が強いこと及び多量に用いられ
ることから,分離カラム内の平衡化に時間を要することになるため,連続測定中に
「洗浄液」を分離カラムに流すことはない旨主張する。
しかしながら,引用例の記載(前記(2)ア(ア)及び(エ))によれば,引用発明も,
液体クロマトグラフによる連続測定を行う際の測定時間の短縮を目的としたもので
あり(なお,原告も,引用発明が液体クロマトグラフによる連続測定を行うもので
あること自体を争うものではない。),当該連続測定中に「洗浄液」が用いられる
ものといえるから,原告の上記主張は,本願発明の「第2の移動相」と引用発明の
「洗浄液」とが異なることの根拠となるものではない(むしろ,原告の上記主張は,
引用発明の「洗浄液」が原告主張に係る「洗浄液」でないことを自認するものであ
るというべきである。)。
ウ(ア)原告は,本願発明における「非目的成分」は検出が必要な成分であるの
に対し,引用発明における「夾雑成分」は検出が不要な成分であって,溶出(洗
浄)に際し,成分が分解したり変性したりすることに対する配慮を要しないもので
あり,また,一定の条件下で溶出しない成分であれば無理に溶出させる必要のない
ものである旨主張する。
しかしながら,前記(3)のとおり,引用例には,引用発明における「夾雑成分」
について,被験液中の成分であって,目的成分が移動相によって溶出された後に,
当該移動相よりも溶出力の強い移動相ないし洗浄液によって溶出されるものであり,
検出器によって検出されるものである旨の記載があるほか,特段の限定はみられな
いのであるから,引用発明における「夾雑成分」が,検出の不要な成分であって,
溶出(洗浄)に際し,成分が分解したり変性したりすることに対する配慮を要しな
いものである旨の原告の上記主張は,理由がない。また,前記(3)の認定は,引用
発明における「夾雑成分」が被験液から目的成分を除いたその余の部分のすべてで
あるか否かについて明らかでないことを前提とするものであるから,引用発明にお
ける「夾雑成分」につき,一定の条件下で溶出しない成分を無理に溶出させる必要
のないものである旨をいう原告の上記主張は,前記(3)の認定を左右するものでは
ない。
(イ)原告は,「移動相」は成分の検出に用いるため,試料が分解したり変性し
たりしないように溶出力等を正確に調整・選択して用いる必要があるものであるか
ら,引用発明の「洗浄液」は本願発明の「第2の移動相」と異なるものである旨主
張する。
しかしながら,原告の上記主張は,引用発明における「夾雑成分」に係る上記
(ア)の主張を前提とするものであるから,上記(ア)において説示したところに照らせ
ば,その前提を欠くものとして失当であるといわざるを得ない。
(ウ)原告は,引用発明の「洗浄液」により溶出されるものは検出の不要な「夾
雑成分」(溶出(洗浄)に際し,成分が分解したり変性したりすることに対する配
慮を要しないもの)であるから,引用例に記載された「ピークd」が実際に成分を
正しくまとめて検出しているかは疑問であり,引用発明の「洗浄液」による溶出成
分がまとまったピークとして検出されるものと認めることはできない旨主張する。
しかしながら,原告の当該主張も,引用発明における「夾雑成分」に係る上記
(ア)の主張を前提とするものであるから,上記(イ)の主張と同様,その前提を欠くも
のとして失当である。
(エ)原告は,引用発明が,1種類の「移動相」のみにより検出の必要なすべて
の成分を溶出させ,その後,残っている不要な「夾雑成分」を「洗浄液」によりま
とめて洗い流すものである旨主張する。
しかしながら,原告の当該主張も,引用発明における「夾雑成分」に係る上記
(ア)の主張を前提とするものであるから,上記(イ)の主張と同様,その前提を欠くも
のとして失当である。
エ原告は,本願発明が,検出の必要な成分を2種類以上の「移動相」により一
定の溶出時間内に溶出させ,2種類以上の「移動相」をステップ的に切り換えるこ
とにより,溶出時間に遅れが生じないようにするものであるのに対し,引用発明の
「洗浄液」は,「夾雑成分」をまとめて溶出することができれば足り,各成分を一
定の溶出時間内に溶出させる必要はなく,ステップ的に切り換える必要もないもの
である旨主張する。
しかしながら,原告の上記主張のうち,引用発明における「夾雑成分」が検出の
不要な成分であることを前提とする点は,上記ウ(ア)のとおり理由がない。
また,本願明細書には,「非目的成分を短時間に溶出させる」との記載(前記
(1)ア(ア))のほか,本願発明の「第2の移動相」による「非目的成分」の溶出時間
の限定に係る記載は全くみられない(なお,引用例には,「被験液中の夾雑成分が
遅れて溶出し,これら夾雑成分の溶出が完了するまで次の分析にかかれない場合が
ある。この問題を解決するため,溶出力の強い移動相をパルス状にカラムに導入・
・・する方法が提案されている」との記載(前記(2)ア(ア))及び「第3図では,・
・・dは夾雑成分がまとまって溶出されたピークであり,この条件で20分に1回
の分析が可能であった。一方,第4図では・・・夾雑成分が溶出を続け,90分に
1回の分析が可能であった」との記載(同(エ))がある。)のであるから,原告の
上記主張のうち,本願発明の「第2の移動相」が対象成分を一定の溶出時間内に溶
出させるものであるのに対し,引用発明の「洗浄液」は対象成分を一定の溶出時間
内に溶出させる必要がない旨をいう点は,明細書の記載に基づかないものとして失
当である。
なお,「第1の移動相」と「第2の移動相」ないしは「移動相」と「洗浄液」を
ステップ的に切り換えるか否かは,前記(3)の認定と直接関連するものではない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
(5)小括
以上のとおりであるから,取消事由2は理由がない。
3結論
よって,審決取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべき
である。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官
田中信義
裁判官
榎戸道也
裁判官
浅井憲

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