弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

○ 主文
1 本件訴えを却下する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が昭和五三年七月一一日付でした二酸化窒素に係る環境基準についての告
示(環境庁告示第三八号)はこれを取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
(本案前の答弁)
主文同旨
(本案の答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 被告は昭和五三年七月一一日付で二酸化窒素に係る環境基準を別紙記載のとお
りの内容に改定してこれを告示した(環境庁告示第三八号、以下「本件告示」とい
う。)。
2 しかし、本件告示は次のとおり違法である。
(一) 本件告示に係る環境基準は、公害対策基本法(昭和四二年法律第一三二
号、ただし、昭和四九年法律第八四号による改正後のもの、以下「基本法」とい
う。)第一条及び第九条に違反する。すなわち、
(1) 基本法第一条はその目的として「この法律は、国民の健康で文化的な生活
を確保するうえにおいて公害の防止がきわめて重要であることにかんがみ、事業
者、国及び地方公共団体の公害の防止に関する責務を明らかにし、並びに公害の防
止に関する施策の基本となる事項を定めることにより、公害対策の総合的推進を図
り、もつて国民の健康を保護するとともに、生活環境を保全することを目的とす
る。」と定めている。そして、昭和四五年の同法改正により「経済の健全な発展と
の調和」をはかつた条項(昭和四五年法律第一三二号による改正前の同法第一条第
二項)が削除されたことからも明らかなように、同法においては、国民の健康と環
境の保全とは何物にも替え難い絶対的なものとしてその確保が要請されているので
ある。したがつて、環境基準が真に「人の健康を保護し、及び生活環境を保全する
うえで維持されることが望ましい」基準であるか否かも右のような観点から決せら
れなければならないのである。また、環境基準は科学的に究明された汚染物質等の
量と人の健康等への影響との関係を基礎にして設定されるべきものであるから、あ
くまで科学的な調査研究をもとに合理的に決せられるべきものであることも当然で
ある。
(2) ところで、本件告示は、従来の二酸化窒素(NO2)に係る環境基準を大
幅に緩和するものであるが、二酸化窒素は、気道内末梢細胞に容易に到達し、呼吸
器全体に影響を与えるという点で二酸化硫黄(SO9)より有害な物質であり、近
年、二酸化硫黄や粉じんの排出状況が改善されつつあるにもかかわらず、公害健康
被害補償法(昭和四八年法律第一一一号、以下「補償法」という。)に定める大気
汚染認定患者が増大しつつあるのは、主として二酸化窒素の影響と考えられるので
あり、健康被害防止の観点からいえば、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準
の緩和は、到底許されないものといわねばならない。
(3) 昭和四三年から同四六年にかけて、東京都を中心に大きな社会問題となつ
た光化学スモツグは、非メタン系炭化水素との共存下で二酸化窒素の本件告示によ
る改定前の環境基準(以下「旧環境基準」という。)である一時間値の一日平均値
が〇・〇二ppmを超えると注意報レベルに達することが明らかになつている。し
たがつて、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の緩和により、光化学スモツ
グの防止は永久に不可能となつたものといわざるを得す、このような基準が「人の
健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」に
該当しないことは明らかである。
(4) 大気汚染による被害は老人、子供等の弱者に特に顕著にあらわれている。
したがつて、これらの弱者を保護するためには環境基準を決定する際に科学的なも
のさしとしての指針値に対して安全係数を加味することが不可欠である。このこと
は、一九七七年の世界保健機構(W・H・O)のリポートが二酸化窒素のガイドラ
インの設定に当たつて述べているところでもあるし、また、従来の環境基準の決定
においても一酸化炭素のような特殊なものを除きすべて守られてきた原則であつ
た。さらに現状では公害被害に関する科学的知見が不確実さを多くはらんでいると
いう点からも安全係数を考慮することが不可欠というべきである。しかるに、本件
告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定に当たつては何らの合理的理由もない
のに安全係数が加味されないまま決定されたものであるから、かかる基準が「人の
健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」に
該当しないことは明らかというべきである。
(3) 被告は、本件告示による環境基準緩和の理由の一つとして二酸化窒素に発
がん性の心配がなくなつたことを挙げている。しかし、一九七五年に発表されたニ
ユーヨーク大学のラスキン教授の研究の中には「二酸化窒素はベンツピレンなどの
物質と共存することによつて発がんを促進する」と述べられている。したがつて、
二酸化窒素を単体で与えた時、生体で発がんがみられたという報告が現在まで存在
しないとしても現在の科学的知見のレベルからすれば、そのことだけで発がん性な
しと結論づけることは到底許されないから、本件告示による二酸化窒素に係る環境
基準の緩和は、合理的理由を欠くものといわねばならない。
(6) 旧環境基準は、技術的にも経済的にも十分達成可能なものであつた。すな
わち、中央公害対策審議会(以下「中公審」という。)企画部会が昭和五三年三月
に作成した「公害総合防止計画」なる報告書には、「公害防止投資の所得効果によ
る需要増と公害防止費用の価格効果が相殺し合うため、平均経済成長率に対する影
響はほとんどない。」と記載されており、また、環境庁が昭和五三年四月一八日に
公表した「NOx排出低減技術報告書」にも、「NOx対策には昭和五〇年には全
国で四兆円の費用がかかるものとされていたが、技術の急速な進歩によつて、今や
五分の一の八五〇〇億円で可能となつた」と記載され、さらに「ほぼ基準達成は可
能」と述べられている。したがつて、仮に、環境基準の決定に当たつて、経済的達
成可能性を考慮に入れたとしても、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の緩
和は、合理的根拠を欠くものである。
(7) 本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の緩和は、鉄鋼業界と自動車業
界がその経済的利益を守るために、被告をして強行せしめたものである。すなわ
ち、とりわけ鉄鋼業界は従来の環境基準達成に必要な経済的負担及び従来の環境基
準を前提とした公害患者に対する負担の拡大を防止するため、二酸化窒素に係る環
境基準の緩和を目指し、中公審への働きかけや研究費の支給を名目とする学者への
働きかけを強力に行なつてきた。旧環境基準の緩和が合理的理由もなく強行された
のはかかる政治的背景があつたからであり、このような経済的政治的圧力によつて
強行された本件告示が基本法第一条及び第九条に違反することは明らかである。
(二) 本件告示は基本法第二七条に違反する。
基本法第二七条は、環境庁の附属機関として中公審を設置し、公害対策に関する基
本的事項及び重要事項を右審議会で調査審議することとしている。
これは公害問題が国民生活上極めて重要な問題であるため、多角的な視野に立つた
判断が必要なこと及び新しい未知の問題で専門的領域に属する問題を多く含むとこ
ろから設置されたものであるから、被告は、環境基準の決定に当たつては中公審に
諮問し、その答申を得てからこれを尊重して決定すべき義務を有しているものとい
わねばならない。そして、従来の環境基準の決定はすべて右手続を履践しているの
に、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定に当たつては、何ら合理的な
理由がないのに右諮問手続を履践していないのであるから、本件告示による二酸化
窒素に係る環境基準の改定は、その決定手続に重大な瑕疵があるものである。
3 よつて、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定は違法であるから、
その取消しを求める。
二 被告の本案前の主張
本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定は、以下に述べるように、直接国
民の権利義務に変動をもたらす内容を伴うものではないから、抗告訴訟の対象とな
る行政処分ではなく、したがつて、本件訴えは不適法である。
1 基本法は、「国民の健康で文化的な生活を確保するうえにおいて公害の防止が
きわめて重要であることにかんがみ、事業者、国及び地方公共団体の公害の防止に
関する責務を明らかにし、並びに公害の防止に関する施策の基本となる事項を定め
ることにより、公害対策の総合的推進を図り、もつて国民の健康を保護するととも
に、生活環境を保全することを目的とする。」(第一条)ものとし、これを受け
て、同法は公害の防止に関する事業者、国及び地方公共団体等の責務を規定してい
る(同法第三条ないし第六条)。
そして、公害の防止に関する国の責務を規定した同法第四条は、「国は、国民の健
康を保護し、及び生活環境を保全する使命を有することにかんがみ、公害の防止に
関する基本的かつ総合的な施策を策定し、及びこれを実施する責務を有する。」も
のとする。これは公害防止対策は、相互に有機的な関係を保ちつつ、総合的、計画
的に推進するのでなければ公害防止の実効を確保し難いため、国の使命及び機能に
照らし、公害防止に関する基本的かつ総合的な施策の策定とその実施につき国にそ
の責務があることを宣言したものである。そこでは公害の防止に向けての個々の具
体的法規制や法的措置については、右の基本的かつ総合的な政策体系に沿つた実施
法である各種の法律の制定が予定されているものであつて、この意味では、基本法
は、公害の防止に関する理念的な政策指針を定めることを主眼としているものであ
る。
そして、このように国が実施すべき公害防止に関する基本的施策の一つとして、基
本法第九条第一項は、「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に
係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全す
るうえで維持されることが望ましい基準を定めるものとする。」とし、大気の汚
染、水質の汚濁等につきそれぞれ人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえ
で維持されることが望ましい基準すなわち環境基準の設定を政府の責務とするとと
もに、同条第四項は、「政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に
講ずることにより、第一項の基準が確保されるように努めなければならない。」と
規定し、環境基準が公害防止行政上の努力目標であることを明らかにしている。
したがつて、環境基準の法的性格は基本法の性格及び同法第九条の規定に照らせ
ば、政府が公害の防止に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、これを有効適切
に実施するに当たつての努力目標ないしは青写真を示す指標にすぎず、この基準を
超えたからといつて事業者等に直接的な法的規制が加えられるものではなく、それ
自体は直接国民の具体的な権利義務を定める法規としての性格を有するものではな
い。さらに、環境基準の設定及び実施法たる各個別規制法の制定などの諸施策並び
にその遂行により公害の防止という利益を国民が享受するとしても、それは国民一
般が受ける利益にほかならず、また、本件告示による環境基準の改定によつても現
行の個別規制法上国民一般の利益を損うような変更は何ら加えられてはいないので
ある。したがつて、本件訴えは、いわば政府の政策遂行の適否を問うといつた類い
に属するものというほかはないのであるから、不適法というべきである。
2 ところで、抗告訴訟の対象となる行政処分は、抗告訴訟の本質が国民の具体的
な権利利益の救済を図ることにあると解される以上、行政庁の法令に基づく行為の
うち、当該行為によつて国民個人の具体的権利義務ないし法律上の利益に対し直接
に法律効果を及ぼすものでなければならないのである。しかるに、本件告示による
二酸化窒素に係る環境基準の改定は、前項に述べたように、直接国民の権利義務に
変動をもたらす内容を伴うものではないから、抗告訴訟の対象となる行政処分では
ないというべきである。
三 請求の原因に対する認否
1 請求の原因1は認める。
2 同2及び3のうち、本件告示が違法であるとの趣旨の主張は争う。
四 原告らの反論
1 環境基準は、国民の環境に対する権利の内容を法的な強制力をもつて画定する
性格を有するものである。すなわち、基本法第九条第一項は環境基準について「政
府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件につい
て、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されること
が望ましい基準を定めるものとする。」と定めている。そして、大気の汚染に係る
物質はいずれも人の健康に直接関係するものであるから、そこに定められる環境基
準が単なる政府の努力目標を示す指標に止まつてよいものとは到底解されない。し
たがつて、環境基準は、人の健康を保護するに足りるものとして設定されなければ
ならないし、また、そのようにして設定された環境基準は、法的強制力をもつて実
現されなければならないのである。
このことは、以下のような大気汚染防止法等の諸規定に照らすと明白である。
(一) 環境基準と排出基準との関係
大気汚染防止法(昭和四三年法律第九七号、ただし、昭和四九年法律第六五号によ
る改正後のもの、以下同じ。)第三条は、ばい煙発生施設において発生するばい煙
について排出基準を定めるものとしているが、この排出基準自体も環境基準達成の
ため必要かつ十分なものであるべく法律上義務づけられているものであり、このこ
とは排出規制等によつて国民の健康を保護するとともに生活環境を保全するものと
した同法第一条の目的規定及び排出基準のみによつては大気環境基準の確保が困難
と認められる場合に総量規制を導入するものとして、まず排出基準によつて環境基
準の確保を図ることを前提としている同法第五条の二の文言等から明らかである。
また、大気汚染防止法第四条は、都道府県が国の排出基準にかえて条例により、よ
り厳しい排出基準を定めることを予定しているが、この排出基準も人の健康と生活
環境を十分に保全するためのものであることはその法文上明らかであり、かつ、大
気汚染防止法施行令(昭和四三年政令第三二九号、ただし、昭和五二年政令第六六
号による改正後のもの、以下同じ。)第七条第二項も右法意を正しく受けて、右条
例においては、「大気環境基準が維持されるため必要かつ十分な程度の許容限度を
定めるものとする。」と定めているのである。
以上のような排出基準を定める仕組みに照らすならば、これら基準が環境基準から
離れた独立のものではあり得ず、むしろ、環境基準達成のために必要かつ十分であ
るべく法的に拘束されたものであることは明らかといわねばならない。なお、環境
基準と排出規制についての基準との右のような法的連動関係は水質汚濁防止法(昭
和四五年法律第一三八号)においても、総量規制方式導入以前から存在する排水基
準及び自治体の条例による上乗せ規制が「水質環境基準が維持されるため必要かつ
十分な程度の許容限度」であるべきものとされている(同法第一条、第四条の二、
水質汚濁防止法施行令(昭和四六年政令第一八八号)第四条等)点において大気汚
染防止法と同様の関係にある。
(二) 環境基準と総量規制基準との関係
(1) 環境基準が国民の環境に対する権利内容を画定するうえで法的強制力を有
する規範であることは、大気汚染防止法における総量制制の仕組みに照らすと一層
明瞭である。すなわち、昭和四九年法律第六五号による大気汚染防止法の改正によ
り同法第五条の二及び同条の三が新たに設けられ、総量規制方式が導入されるに至
つた。右第五条の二及び同条の三によれば、従来の排出基準のみによつては環境基
準の確保が困難と認められる地域では、その確保のために指定ばい煙総量削減計画
が作成され、これに基づき総量規制基準が定められるのであり、ここでは環境基準
が総量規制基準にはつきりと連動されているのである。そして、同法第九条の二に
よれば、都道府県知事は、新たなばい煙発生施設のうち総量規制基準に適合しない
ものについては指定ばい煙の処理方法の改善、使用燃料の変更その他必要な措置を
命ずることができ、右の命令違反に対しては一年以下の懲役又は二〇万円以下の罰
金が科されることとされている(同法第三三条)。また、同法第一三条の二第一項
によれば、総量規制を受ける工場は総量規制基準に適合しない指定ばい煙を排出し
てはならず、その違反に対しては六月以下の懲役又は一〇万円以下の罰金が科され
ることになつている(同法第三三条の二第一項第一号)。さらに、同法第一四条第
三項によれば、既存の指定ばい煙発生施設についても一定条件下で改善命令等が発
せられ、右の命令違反については刑罰が科されることになつている(同法第三三
条)。
以上の大気汚染防止法における総量規制の仕組みに照らすならば、環境基準は、最
終的には事業者に対する刑罰をもつて確保されることになつているのであり、法的
強制力をもつことは明らかというべきである。
もつとも、大気汚染防止法第五条の二に定めるばい煙の指定については、排出実態
の把握や汚染予測手法の確立などの技術的制約から昭和四九年の第一回指定におい
ては硫黄酸化物のみが指定されているのであるが、これは二酸化窒素については主
として排出と汚染濃度とのシユミレーシヨン手法が未確立であつたことによるもの
であつて、二酸化窒素が指定ばい煙とされていないからといつて、前記のような環
境基準の法的性格が左右されるものではないのである。しかも、前記のように、二
酸化窒素は技術的制約から指定ばい煙とされていなかつたものであるが、その後の
技術的進歩に応じて、環境庁は、事務次官通達や大気保全局長通達等を通じて、窒
素酸化物についても総量規制の導入を予定していたのである。
(2) 昭和五一年の調査によれば、旧環境基準に不適合の測定局は全体の八十数
パーセントに達していたが、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の緩和によ
り不適合測定局は全体の僅か六・三パーセントになり約九四パーセントが環境基準
適合地域となつた。次に、昭和五二年の調査によれば、右改定後の環境基準に適合
する測定局は九五・四パーセントにも達しているのであり、この結果、我が国のほ
とんどの地域が「人の健康を保護するうえで維持されることが望ましい基準」を達
成している地域ということになり、総量規制を行なうことはできなくなつたのであ
る。
(3) 自治体における二酸化窒素の総量規制川崎市、横浜市及び東京都は、旧環
境基準の確保を目的とし、その地域の特性に応じた汚染予測手法の確立に努め、窒
素酸化物について総量規制を導入し、あるいは導入しようとしていたものであつ
て、このように、旧環境基準は、自治体が公害行政を推進していくうえでの法的根
拠となつていたものである。
(三) 環境基準と土地利用等の規制及び公害防止施設の整備等
基本法第一一、一二条によれば、政府は公害防止のために必要な規制の措置を講じ
たり、下水道・廃棄物の公共的処理施設等を整備する義務を負担するものとされて
いる。したがつて、国民は右のような政府の施策を享受する権利を有しているので
ある。ところが、右のような政府の義務は、基本法第九条によつて定められる環境
基準を基準として画定ざれるものであるから、本件告示による環境基準の緩和は、
国民から前記のような政府の施策を享受する権利を奪うことになるのである。
(四) 環境基準と補償法の地域指定要件との関係
補償法は、公害健康被害者が補償給付を受けるためには都道府県知事または政令指
定市の長の認定を受けなければならないものと定めている(同法第四条)。そし
て、右認定を受けるためには、当該地域が「第一種地域」(同法第二条第一項)ま
たは「第二種地域」(同条第二項)として政令で指定を受けなければならないもの
としている関係上、右地域指定を受けることが補償法による補償給付を受けるため
の要件となつているのである。そして、右地域指定要件は、以下に述べるように、
環境基準と明確に連動しているのであり、この結果、本件告示による環境基準の緩
和は、公害健康被害者から、補償法に基、つく補償給付を受ける権利を直接に奪つ
てしまつたのである。
(1) 補償法第二条第一項によれば、第一種地域とは、「事業活動その他の人の
活動に伴つて相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病が多
発している地域」として政令で指定された地域であるとされる。したがつて、第一
種地域として指定されるためには、「著しい大気の汚染が生じていること」及び
「大気の汚染による疾病が多発していること」の二つの要件を充足することが必要
である。そして、前者の要件、すなわち「著しい大気の汚染が生じている」か否か
は環境基準を基準として判断すべきであり、現にそのように判断されているのであ
る。
(2) 大気汚染に関する要件の認定は、昭和四九年一一月二五日付中公審答申
「公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について」に基づき運用されている
が、右答申の要旨は、大要次のようになつている。
ア 大気汚染の程度は、当面、硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の三種
類の汚染物質を指標として判定する。
イ 大気汚染の程度を判定する方法としては、当面、それぞれの汚染物質ごとに大
気汚染の程度を定め、これらを総合的に考慮して判定する方法をとる。
ウ 各汚染物質の汚染の程度はおおむね次の四区分に分ける。
第一度 汚染物質の濃度が環境基準を越えている程度。
第二度 有症率が環境基準を満たしている地域にみられる「自然有症率」にくらべ
て明らかに高くなる(おおむね二倍)程度の汚染の程度。
第三度 旧環境基準を越し、有症率が自然有症率の二~三倍、ときにはそれ以上と
なる程度の汚染の程度。
第四度 極めて著しい汚染があり、有症率が自然有症率の四~五倍ないしそれ以上
に達する程度の汚染の程度。
エ 第三度以上の大気の汚染があれば「著しい大気の汚染」が生じていると判定す
る。右答申によれば、「著しい大気の汚染の有無」は、明白に環境基準を指標とし
て判定されているのであつて、環境基準が変更されれば、それに伴つて、「著しい
大気の汚染」の概念も変更されざるを得ないのである。例えば、環境基準が三倍に
緩和されれば、第一度も三倍に緩和されることになるし、第二度ないし第四度につ
いても、同様の事態が生ずることとなるのである。そして、当然のことながら、環
境基準の緩和により当該地域の大気汚染の程度が環境基準を満たした場合、「著し
い大気の汚染」が生じていると判断されることはあり得ない。そのような場合、当
該地域にかかる公害健康被害者は、補償法によつて救済されることは絶対になく・
なるのであり、したがつて、環境基準の緩和は直接国民の補償法による補償給付を
受ける権利を侵害するのである。
(3) ところで、前記のように、大気汚染の程度は、硫黄酸化物、窒素酸化物及
び浮遊粒子状物質の三種類の汚染物質を指標として判定するものとされていたが、
昭和四九年当時においては、測定資料等からくる制約のため、大気汚染の程度を硫
黄酸化物で代表させていた。しかし、東京都で指定された区部について検討してみ
ると、右要件については、二酸化硫黄の濃度だけで判定が行なわれていたものでは
なく、前記答申のとおり、窒素酸化物等の汚染物質を含めて、それらを指標として
判定していることが明らかになつた。なぜなら、指定地域のはとんどが二酸化硫黄
の濃度においては低濃度であるのに指定されてきたからである。このように窒素酸
化物等をも考慮して大気の汚染要件を判定するものとすると、未指定地域である杉
並区及び世田谷区については指定地域である大田区や江戸川区の二酸化窒素濃度を
上回つているのであるから、杉並区や世田谷区が未指定とされる理由を見い出すこ
とはできないのである。
ところが、右のような汚染の現実は全くかわらないのに、本件告示による二酸化窒
素に係る環境基準の緩和により右杉並区等をはじめ全国ほとんどの地域が環境基準
適合地域とされた結果「著しい大気の汚染が生じ」ている地域に該当しないことと
なり、これら未指定地域の公害健康被害者は、補償法に基づく救済を受ける権利を
侵害されたことになるのである。
(4) 本件告示による環境基準の緩和は、地域指定の第二の要件である「健康被
害に関する要件」にも変動をもたらすものである。前記中公審答申によれば、右要
件の判定に当たつては「大気の汚染が極めて軽度(新環境基準を満たす程度)の地
域における有症率を「自然有症率」とみなし、これを標準として大気の汚染の影響
による疾患の発生状況をあらわ」すものとし、環境基準を基本にして有症率を三つ
の程度に区分している。したがつて、基本となる環境基準が変動すれば、これに伴
い「自然有症率」の実体も変動し、さらには各有症率の実体も変動することは明ら
かである。
そうすると、或る地域の有症率の実数は変わらず、かつ、公害病患者が続出してい
るにもかかわらず、当該地域の大気汚染濃度が新環境基準を満たしているというだ
けの理由で右地域の有症率が「自然有症率」と判定されることになつたものであ
り、かくては、公害病患者が多発していながら未指定地域とされている地域におい
ては、補償法による救済を受ける途はとざされたのである。
(五) 環境基準をめぐる基本法制定の経緯
基本法は、昭和四二年七月二一日開かれた第五五回国会において成立したものであ
るが、右基本法成立の経緯は昭和四〇年九月厚生省に設置された公害審議会に対す
る「公害に関する基本施策について」及び「環境基準の設定方策について」という
厚生大臣の諮問に対する同四一年八月の中間報告と同年一〇月七日の「公害に関す
る基本施策について」との答申に基づき政府部内における一四省庁間の調整協議を
経て政府提案として国会に提出され、衆議院における国会修正を受け成立したもの
である。右答申のうち環境基準にかかわる部分の要旨は、次のとおりである。
(1) 従来の公害対策が事後規制的にすすめられていたのに対し、今後は予防的
施策を基調とすべきこと。
(2) 今後は一定の目標を明らかにし、環境基準にその目標としての役割をにな
わせること。
(3) 環境基準は、それ自体として規制基準となるものではないが、個別規制法
その他を媒介として規制の役割を果たすことになる。
(4) 環境基準は、計画、規制等の公害対策の基礎的前提であり、また、公害対
策は環境基準の維持を目標として遂行される。
(5) したがつて、環境基準は、個別規制等の法律上の根拠であるとともに、そ
の限界を画すことになる。そして、右答申の基本的性格は、国会でも当然のことと
して受け入れられたものであり、これによれば、環境基準が公害行政の法的基礎で
あるとともに、個別規制その他を媒介として実現される法的目標であることは明ら
かである。
(六) 本件告示による環境基準の改定が原告らに及ぼす影響について
(1) 原告A、同B、同C及び同Dは東京都大田区に、同E及び同Fは江東区
に、同G及び同Hは渋谷区に、同Iは豊島区に並びに同Jは足立区にそれぞれ居住
している者であるが、右各居住地は、既に、補償法の地域指定を受けている地域内
にあり(なお、原告Fは公害病患者の認定を受けている。)また、原告K、同L及
び同Mは世田谷区に、同Nは杉並区に、同Oは田無市にそれぞれ居住している者で
ある。
(2) 右居住地域のうち、大田区、江東区、渋谷区、豊島区及び足立区は、国が
既に「著しい大気の汚染」が生じていると認めて補償法に基づく地域指定を行なつ
ている地域であり、杉並区、世田谷区及び田無市も右各区に劣らぬ大気汚染地区で
あり、ともに二酸化窒素の環境濃度は旧環境基準を越えている。
そして、二酸化窒素が特に呼吸器系統に対して強い毒性作用を有し、かつ、このこ
とは旧環境基準を境として顕著に認められるのであるから、本件告示に係る環境基
準及びこれに連動する公害諸規制では、原告らは不可避的に健康被告を受けること
になる。また、二酸化窒素は、光化学オキシダントを生成させ、これによつて呼吸
器系統に限らず、広く人の生理機能に障害を与え、健康被害を生ずるものであると
ころ、この光化学オキシダントは、二酸化窒素の旧環境基準を境として顕著に発生
し、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準では光化学オキシダントの環境基準
はおろか注意報レベルさえ達成することができない関係にあるから、原告ら、特に
光化学オキシダントの発生率の高い世田谷区、杉並区及び田無市に居住する原告ら
の健康被告は必至である。
(3) 以上、原告らの健康被害を受ける危険性が決して抽象的なものではなく、
現実的かつ切迫した危険であり、法益侵害であることは、原告らの居住する各地区
において、補償法に基づく公害病認定患者及び東京都の「大気汚染に係る健康障害
者に対する医療費の助成に関する条例」に基づく認定患者が二酸化硫黄の減少にも
かかわらず増加の一途をたどつていること、原告F、同J及び同Dが既に補償法に
基づく認定患者であり、同Mはいわゆる大原ぜんそくにより気管支を冒された公害
病患者であること、その他の原告についても例えば世田谷区、杉並区、田無市等の
光化学スモツグ多発地域において居住する原告らが現にその被害にかかつているこ
となどから明らかである。
なお、原告らの健康被害を受けない法的利益なるものは、直接には事業者等の汚染
物質の発生源に対する直接規制その他、原告らがこれまで主張してきた環境基準と
連動する公害諸規制で担保されているものであるが、これらの利益は基本法第一条
の文理に照らすならばこれを単なる反射的利益とすることはできず、右基本法上の
権利として事業者等によつて健康被害を受けない権利、そのための合目的的な政府
の施策を享受する権利の内容をなすものというべきである。
(4) 公害病認定患者(原告F、同J、同D)の権利喪失について述べると、補
償法上の地域指定は、「著しい大気の汚染」がある地域に限られ、それは具体的に
は有症率が環境基準を満たしている地域にみられる「自然有症率」の二、三倍とき
にはそれ以上となる程度の汚染の程度である第三度以上の汚染地域を指すのである
から、本件告示による環境基準の改定により、原告Fらの居住する江東区、足立
区、大田区が二酸化窒素に関して右の要件を満たすことは、よほどのことがない限
り将来もあり得ないこととなつた。
したがつて、指定地域とされてきた右地区が解除要件の創設ないし政令改正による
新指定(実質上の旧指定地域の除外)等により指定地域から除外されることは、法
論理上必至であるが、これは右各地区における大気汚染が少しも改善されていない
ことに照らすならば、従前右原告らが享受してきた補償法上の権利を奪う以外の何
ものでもない。
(5) 次に未指定地域の公害病患者(原告M)の権利喪失の点であるが、原告M
がいわゆる大原ぜんそく(慢性気管支炎、気管支ぜんそく)患者であることは前述
のとおりであるが、その居住する世田谷区は旧環境基準には不適合であるけれども
本件告示による環境基準には適合しているので、右地区が補償法上の「著しい大気
の汚染が生じ」ている地域と判定されることはあり得なくなつた。したがつて、原
告Mが補償法による救済を受けることは、法律上不可能となつたのである。これ
は、同法が技術的制約が除かれ次第窒素酸化物を大気汚染の指標とすることを予定
し、その準備が進行していたことを前提とすれば、近い将来、原告Mが確実に享受
できるはずであつた補償法上の権利を奪うものというべきである。
(6) 原告Iは足立区<地名略>にある学童保育園の保母であり、同Oは杉並区
四宮小学校の教員であるが、右各地区においては、子供達にぜんそく及び鼻や眼の
疾患を有する者が多く、特に光化学スモツグ発生時にはその被害が生じやすい。そ
して、右被害発生時には、右原告らは、子供達を屋内に待避させるほか、各種治療
行為を義務づけられるところ、本件告示による環境基準の緩和は、光化学オキシダ
ントを不可避的に発生させるものであるから、右原告らの義務を不当に加重するも
のである。
2 以上述べてきたように、環境基準は国民の健康に直結するもので政府による公
害に対する法的強制の最大限度を示すものであり、これを国民の側からみれば、環
境基準以上の規制を法律上期待し得ないものとされ、右基準までの汚染は法律上容
認され、国民はこれを受忍しなければならないことを意味するものであるから、そ
の設定が国民の権利義務に影響するものとして行政処分性を有することは明らかと
いうべきである。
五 原告らの反論に対する認否
1 原告らの反論1の冒頭の主張及び同(一)ないし(三)並びに2の主張の趣旨
は争う。
2 同1(四)の(2)のうち、地域指定要件の認定が昭和四九年一一月二五日付
中公審答申に基づき運用されていること及び右答申の要旨に関する主張部分は認め
るが、同(四)の主張の趣旨は争う。
3 同(五)のうち、公害審議会の中間報告及び答申が原告ら主張のようになされ
たこと、並びに右答申の要旨に関する原告ら主張のうち(1)及び(2)は認め、
その余は争う。
4 同(六)の(1)及び(2)のうち、大田区、江東区、渋谷区、豊島区及び足
立区が補償法の第一種地域に指定されていること、及び原告Fが補償法第四条第一
項の認定を受けていることは認めるが、原告らの居住地は不知、その余の主張は争
う。
六 被告の再反論
原告らは、大気の汚染に係る物質はいずれも人の健康に直接関係するものであるか
ら、右汚染物質に係る環境基準は、単なる政府の努力目標とは到底解されず、法的
強制力をもつて実現されなければならないと主張する。しかし、既に述べたよう
に、環境基準とは、政府が公害防止に関する基本的かつ総合的な施策を算定し、こ
れを有効適切に実施していくに当たつての努カ目標を示す指標にすぎず、事業者等
に対する各種規制措置に個別規制法に委ねられているもので、環境基準自体は、そ
の強制的実現を図るための制度的強制装置を有していないのである。したがつて、
基本法が原告ら主張のような考え方を採用していないことは明らかである。
1 環境基準と排出基準及び総量規制基準との関係
(一) 基本法第一〇条第一項は、「政府は、公害を防止するため、事業者等の遵
守すべき基準を定める等により、大気の汚染、水質の汚濁又は土壌の汚染の原因と
なる物質の排出等に関する規制の措置を講じなければならない。」と規定し、政府
の一般的な責務を宣明しているが、右規定は、各汚染物質の排出等に関し、それぞ
れ実体的に規制する個別規制法等の制定等を法律上義務づけるものではない。した
がつて、仮に、政府が個別規制法の法案を作成せず、または国会がその法案を成立
させなかつたとしても、政府及び国会は基本法第一〇条第一項を根拠に法律上の責
任を問われることはなく、また、排出基準をはじめとする実体的な規制内容につい
ても、同条項により何ら法的な制約を受けるものではない。
(二) さらに、個別規制法によつて定められた排出基準と環境基準との関係につ
いてみると、環境基準の確保のためには、個別発生源に対する排出基準、燃料使用
基準又は構造、管理等の基準による規制に加えて、土地利用及び発生源の設置に関
する規制、地域開発等における公害防止の配慮などの施策が総合的に講ぜられる必
要があるところから、基本法は排出基準の規制のみによつて環境基準を確保しよう
としているものではなく、他の諸々の施策と相まち総合的かつ有効適切な方策によ
つて環境基準を確保しようとしているのである。そして、これらの個別規制法やそ
の他の行政措置において環境基準の確保に向けていかなる措置がとられようとも、
それは各法令ないし各制度における立法政策ないし行政判断に基づくものであつ
て、これらの他の法令、制度等による措置いかんにかかわりなく、前記のような環
境基準の法的性格は変わるものではない。
(三) 以上の関係を大気汚染防止法における窒素酸化物の排出規制についてみる
と次のようになる。
(1) 窒素酸化物は、物の燃焼一般に伴い燃料中の窒素及び空気中の窒素が酸化
することにより発生し、または硝酸製造工程等の一部の生産工程から発生する物質
である。このため窒素酸化物は、工場、事業場の施設から排出されるだけでなく、
自動車さらには一般家庭の暖房、厨房施設などの物の燃焼が行なわれるあらゆる部
分からも発生するものであり、その発生源は極めて多様である。また、その発生機
序が複雑であることに関連して、窒素酸化物の発生又は排出を制御するための対策
に技術的な制約が大きいことも特徴の一つである。したがつて、窒素酸化物の一つ
である二酸化窒素による大気汚染の防止対策を講ずるに当たつては、右の発生源が
多岐にわたり、排出低減対策に技術的制約が大きいという防除対策の困難な特質を
踏まえて総合的な施策を有効適切に選択することが必要なのである。
(2) 窒素酸化物の個別発生源に対する排出規制は、相対的に排出量の大きい工
場、事業場のばい煙発生施設及び自動車について行なわれているが、これらの規制
措置の法的根拠及び内容は次のとおりである。
ア 大気汚染防止法は、窒素酸化物を同法第二条第一項第三号に基づくばい煙の一
つとして政令で指定し(大気汚染防止法施行令第一条第五号)、同法第三条第一項
に基、つき、工場又は事業場にあるばい煙発生施設に係る窒素酸化物の排出基準を
大気汚染防止法施行規制(昭和四六年厚生省通産省令第一号、ただし、昭和五二年
総理府令第三二号による改正後のもの、以下同じ)第五条第二号で定めている。
この排出基準は、ばい煙発生施設からばい煙を排出する事業者に直接その遵守を義
務づけるものであるから、法規としての性格を有し、この点で行政上の努力目標で
ある環境基準とは全く異なる法的性格を有するものである。すなわち、大気汚染防
止法は、排出基準の遵守を強制するために、ばい煙排出者に対し排出基準に適合し
ないばい煙の排出を禁止し(同法第一三条第一項)、この禁止規定に違反した者に
対しては、直ちに行政犯どして刑罰(故意犯の場合は六月以下の懲役又は一〇万円
以下の罰金、過失犯の場合は三月以下の禁銅又は五万円以下の罰金)を科すること
としている(同法第三三条の二)。その他、大気汚染防止法は、事業者に排出基準
を遵守させる手段として、ばい煙発生施設の設置の届出、都道府県知事の行政命令
等を定めている。
ところで、大気汚染防止法第三条第一項は、「排出基準は、ばい煙発生施設におい
て発生するばい煙について、総理府令で定める。」と規定し、また、同条第二項
は、同法第二条第一項第三号に規定するばい煙(窒素酸化物等の有害物質)の排出
基準にあつては、「ばい煙発生施設において発生し、排出口から大気中に排出され
る排出物に含まれる有害物質の量について、有害物質の種類及び施設の種類ごとに
定める許容限度」と規定するのみであつて、原告らが主張するように、環境基準を
達成期間内に達成するように排出基準を定めるべきであるとの規定はない。
もとより、大気汚染防止法による排出基準の設定が無目的に行なわれるものでない
ことは当然であり、それは環境基準の確保に向けられたものであるが、基本法は、
環境基準を確保するためには、排出規制のはか土地利用及び発生源の設置に対する
規制、地域開発等における公害の防止の配慮などの施策が総合的に講ぜられること
を予定しているのであつて、排出規制のみによつて環境基準の維持達成を図ろうと
しているものではない。したがつて、大気汚染防止法による排出基準の設定は、右
諸施策の一つとして、政府の高度に専門的かつ技術的な裁量判断によつて決定され
るべき事柄であり、排出基準と環境基準との間には法律上直接的なつながりはな
い。これを従来の排出基準の設定経緯に照らしてみると、排出基準は昭和四八年八
月に初めて設定され(第一次規制)、同五〇年一二月(第二次規制)と同五二年六
月(第三次規制)に基準の一部改定等が行なわれて現在に至つているところ、第一
次規制においては、窒素酸化物の排出量が大きく濃度が高いばい煙発生施設のうち
昭和四八年の時点で既に利用可能な防止技術が開発されている大型ボイラー及び硝
酸製造施設並びにボイラーの防止技術が適用し得る大型加熱炉について排出基準が
定められた。第二次規制においては、第一次規制以後の窒素酸化物低減技術の進展
について調査、検討を行ない、新たな燃焼方法の改善と一部燃料転換を前提として
既定の排出基準を強化するとともに、中型ボイラー、大型セメント焼成炉及びコー
クス炉等に対して新たに排出基準を定めた。-第1三次規制においては、昭和五二
年二月にとりまとめた窒素酸化物低減技術の評価結果に基づき、最先端の低NOP
X燃焼技術を適用することを前提として既定の排出基準を強化するとともに、小型
ボイラー、焼成炉及び廃棄物焼却炉等に対して、新たに排出基準を設定した。
以上のように、大気汚染防止法に基づくばい煙の排出基準の設定は、環境基準の確
保に向けられた行為ではあるが、排出基準は罰則の適用や行政命令によつて事業者
に強制される規制基準であることから、技術的にも実現可能であり、かつ、事業者
間に不平等が生じないように定められる必要があり、窒素酸化物に係る排出基準に
ついても、このような観点から、対策技術の進展に応じて、規制対象施設の拡大と
基準値の設定強化が行なわれてきたものである。
イ 次に、窒素酸化物の発生源としては、工場、事業場にあるばい煙発生施設のほ
か、自動車が大きな比重を占めていることから、自動車から排出される窒素酸化物
についても、次のような規制措置が講じられている。すなわち、大気汚染防止法第
一九条第一項は、「環境庁長官は、自動車が一定の条件で運行する場合に発生し、
大気中に排出される排出物に含まれる自動車排出ガスの量の許容限度を定めなけれ
ばならない。」と定め、窒素酸化物については、同法第二条第六項に基づき、自動
車排出ガスの一つとして政令(大気汚染防止法施行令第四条第四号)で定められ、
右許容限度が環境庁告示で定められている(昭和四九年一月環境庁告示第一号-自
動車排出ガスの量の許容限度)。そして、運輸大臣は、大気汚染防止法第一九条第
二項の規定を受けて、道路運送車両法に基づく道路運送車両の保安基準(昭和二六
年運輸省令第六七号)により、自動車排出ガスの排出に係る規制に関し必要な事項
を定めることになつているが、右保安基準を確保する手段としては、道路運送車両
の検査等の制度が定められている。
しかし、自動車から排出される窒素酸化物についての規制措置の根拠規定の中に
は、環境基準を達成期間内に達成するように規制基準を定めるべきであるとする規
定はない。また、自動車から排出される窒素酸化物に係る保安基準は、昭和四八年
以降数次にわたつて設定強化されてきたが、右保安基準の基礎となる許容限度は、
いずれも自動車から排出される窒素酸化物の低減技術の進展に応じて設定されてき
たものである。
(四) 排出規制以外の措置による二酸化窒素の防止施策
基本法第一一条に現定されている土地利用及び施設の設置に関する現制の趣旨に合
致するものとしては、都市計画法第二九条に基づく市街化区域又は市街化調整区域
における開発行為の許可制度、建築基準法第四八条に基づく用途地域における建築
物の建築禁止措置、首都圏の既成市街地における工業等の制限に関する法律第四条
に基、、つく工業等制限区域内における工場等の新増設の禁止措置等がある。これ
らの措置は、都市の健全な発展と秩序ある整備等を目的とするものであり、個別の
環境基準の確保を直接の目的とするものではないが、一定の地域又は区域内で窒素
酸化物の発生源となる工場等の設置を抑制することにより、二酸化窒素による大気
汚染についても未然防止の効果をもたらすものなのである。
また、窒素酸化物の排出低減対策には技術的制約が大きいことから、所要の科学技
術の振興のための措置が講じられ、さらに排煙脱硝装置を含むばい煙処理装置の設
置等に関して事業者等に対する助成措置も講じられている。
(五) 以上のように、排出基準の設定は環境基準の確保に向けられた行為である
点は否定できないところであるが、両基準の間には法律上原告ら主張のように直接
の連動関係があるわけではなく、排出基準の設定は、前記(三)及び(四)に述べ
たように、対策技術等の状況やその他の諸々の公害防止策との関連を考慮しつつ政
府の高度に専門的かつ技術的な裁量判断によつて決定されるべき措置の一つにとど
まるものである。したがつて、政府は、あくまでも基本法第九条第四項の規定によ
り、公害防止施策の総合的かつ有効適切な実施により環境基準の確保に努めるべき
一般的な行政上の責務を課されているにすぎないものである。
(六) 大気汚染防止法に総量規制方式が導入された後においても環境基準の法的
性格に変更はない。
昭和四九年六月の大気汚染防止法の一部改正により総量規制方式が導入されたが、
その基本的な考え方は、従来の個別発生源に対する排出規制のみによつては大気環
境基準の確保が困難な地域において、環境濃度を大気環境基準のレベルに引き下げ
るため、一定の科学的手法を用いて当該地域内の発生源から排出される許容排出総
量を算定し、その総量の範囲内に実際の排出量を抑えていくことをねらいとするも
のである。そして、総量規制の仕組みは具体的には以下のように行なわれる。
(1) 大気汚染防止法第五条の二第一項は、都道府県知事は、工場又は事業場が
集合している地域で、同法第三条第一項の排出基準のみによつては大気環境基準の
確保が困難であると認められる地域として政令で定めるばい煙(指定ばい煙)ごと
に政令で定める地域(指定地域)にあつては、当該指定地域内の一定の規模以上の
工場又は事業場(特定工場等)において発生する当該指定ばい煙について、指定ば
い煙総量削減計画を作成し、これに基づき総量規制基準を定めなければならないも
のと定めている。
右規定によれば、総量規制の対象となる指定ばい煙及び指定地域の決定について
は、政令に委ねられているところであつて、およそ大気環境基準の定められている
すべての物質につき、右基準の確保されていないすべての地域において、総量規制
を実施するとの考え方は採られていない。これは、総量規制の実施のための前提と
して、ばい煙の排出状況と環境濃度との関係に関する汚染予測手法の開発に加え
て、具体的な地域につき同法第三条第一項等の排出規制のみによつて大気環境基準
を確保することが困難と認められるか否かの判断要素すなわち、地域ごとの汚染状
況、排出実態、総量規制以外の対策の効果及び排出低減技術の開発状況等について
の詳細な評価が要求されるところ、このような専門技術的な判断を政府の裁量に委
ねたものと解される。
(2) 次に指定ばい煙総量削減計画についてみると、右計画は、当該指定地域に
ついて一号総量(当該指定地域において排出される当該指定ばい煙の総量)を三号
総量(大気環境基準に照らし、総理府令で定めるところにより算定される当該指定
ばい煙の総量)まで削減させることを目途とし、一号総量に占める二号総量(当該
指定地域におけるすべての特定工場等から排出される当該指定ばい煙の総量)の割
合、工場又は事業場における使用原料又は燃料の見通し、特定工場等以外の発生源
における当該指定ばい煙の排出状況の推移等を勘案し、政令で定めるところによ
り、四号総量(二号総量についての削減目標量)並びに計画の達成期間及び方途を
定めるものとしている。
このように指定ばい煙総量削減計画においては、一号総量を三号総量まで削減させ
ることが目途とされているが、三号総量とは大気環境基準に照らし総理府令で定め
るところにより算定される総量であるから、三号総量については一応大気環境基準
との関連を認めることができる。また、四号総量は、前記のような諸事情を勘案し
たうえ、一号総量を三号総量まで削減することを目途に二号総量に係る削減目標量
として算定されるものであるから、四号総量についても一応大気環境基準との関連
を認めることができるし、指定ばい煙総量削減計画に当たつては大気汚染予測手法
(大気汚染防止法施行規則第七条の五第二項)が用いられるから、この限りにおい
て、四号総量は、一応科学的に算定されるものということができる。ところで、右
計画に基づく総量規制基準の役割は、二号総量を四号総量まで削減することである
が、四号総量は、特定工場等のみに係る削減目標量として三号総量のある部分を占
めるものにすぎない。
したがつて、三号総量が大気環境基準を確保できる程度の総量として設定されたと
しても、総量規制制度においては総量規制基準による規制により直ちに大気環境基
準が確保される仕組みになつておらず、右三号総量を実際に達成するためには、四
号総量の実現を図る特定工場等に対する総量規制に加えて、特定工場等に該当しな
い小規模の工場、事業場やその他の諸々の発生源に対する対策が並行して実施され
る必要がある。さらに、特定工場等に係る現状排出量である二号総量自体が大気汚
染防止法第三条第一項等に基づく排出規制や工場等の立地規制、公害対策に有利な
燃料の供給確保等の既存の諸対策の結果実現されたものなのであるから、これら諸
対策も引き続き維持される必要があるのである。
このように、大気環境基準の確保を目途とする指定ばい煙総量削減計画の下でも、
右基準確保に向けて総合的な対策の実施が予定されているのであつて、総量規制基
準による規制は、その他の対策の効果等を勘案しつつ、大気環境基準に向けて実施
される一つの対策なのである。
(3) 総量規制基準は、特定工場等に設置されているばい煙発生施設から指定ば
い煙を排出する事業者に直接その遵守を義務づけるものであつて、右基準に違反し
た場合等においては、右事業者に刑罰が科せられることになつている。
しかし、以上に述べたとおり、総量規制基準による規制のみによつて大気環境基準
が確保されるという仕組みになつていないのであるから、大気環境基準が総量規制
基準によつて事業者に法的に強制されるという関係は認められないのである。この
ことは、例えば、総量規制以外の大気環境基準の確保に向けての諸対策が指定ばい
煙総量削減計画で見込んだほどには効果を現わさなかつたと仮定すれば、特定工場
等に係る事業者が総量規制基準を遵守しても指定地域内で大気環境基準が確保され
ないという事態が生じ得るのであるが、このような場合においても、右事業者は、
特段刑罰を科されることとはならない。反対に、極く一部の特定工場等に係る事業
者が総量規制基準に違反しても、大気環境基準は確保されているという事態もあり
得るのであるが、このような場合において、右事業者は、大気環境基準が確保され
ていることを理由に刑罰を免れることはできないのである。
(4) 以上要するに、大気汚染防止法は、大気環境基準が設定されているすべて
の汚染物質につき、大気環境基準が確保されていないすべての地域において、当然
に総量規制が実施されることを予定していないし、また、総量規制が実施される場
合においても、同法は、総量規制基準のみによつて大気環境基準を確保するという
考え方を採用していないのであるから、大気環境基準が総量規制基準によつて事業
者に強制されるという法的関係は存しないものといわねばならない。さらに、総量
規制等の公害防止施策によつて大気汚染が改善され、大気環境基準が確保されるこ
とにより国民が清浄な大気質を享受するという事実上の利益を受けるとしても、そ
れは国民の法律上の利益ということはできず、現行法上、国民個人が行政庁に対す
る訴訟により総量規制その他公害防止施策の実施を求める制度も認められないとこ
ろである。したがつて、本件告示により、仮に総量規制を行ない得なくなつた地域
があるとしても、それにより国民の権利ないし法律上の利益を侵害するということ
は、あり得ないところである。
(七) 原告らは、川崎市、横浜市等が環境基準を法的根拠として、それぞれ条例
ないし指導要綱等に基づいて、窒素酸化物の発生源である工場又は事業場に対し排
出現制措置を講じてきたとし、環境基準が法的強制力を有する旨主張する。
しかし、地方公共団体が国の機関委任事務とは別に、大気の汚染防止のために地域
の特質に応じた施策を実施することがあるが、このような独自な施策は基本法第一
八条の「地方公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、前節に定めろ国の施策
に準ずる施策を講ずるほか、当該地域の自然的、社会的条件に応じた公害の防止の
ために必要なその他の施策を実施するものとする。」との規定の趣旨に沿うものと
考えられ、そのような具体的措置としては、事業者に対し法的強制カを及ぼす規制
措置のほか、各種の非権力的な行政措置も採り得るところであるが、これらの措置
は、地方自治の本旨に基づく地方公共団体の裁量の範囲に属する事柄であつて、地
方公共団体は、環境基準の確保のために常に事業者に対する排出規制を講ずべきこ
とが法的に義務づけられているものではない。したがつて、地方公共団体による独
自の公害防止施策との関係においても、環境基準の確保は、行政上の一般的責務と
いうべきである。
2 環境基準と土地利用等の規制及び公害防止施策の整備等
原告らは、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の緩和により、基本法第一
一、一二条に基づく政府の施策を享受する権利を奪われる旨主張する。
しかし、右法第一一、一二条に基づく政府の諸施策は、その実施により環境基準を
確保すべく法律上義務づけられたものではないから、右主張は失当である。
3 環境基準と補償法の地域指定要件との関係
(一) 補償法に基づく補償給付の対象となる第一種地域の健康被害者は、申請に
基づき都道府県知事等が大気汚染の影響による疾病にかかつている者として認定し
た者であり、認定が受けられるためには、指定地域、指定疾病及び曝露要件の三つ
の要件が充足されなければならない(同法第四条)が、右要件の一つである同法に
よる第一種地域は、「事業活動その他の人の活動に伴つて相当範囲にわたる著しい
大気の汚染が生じ、その影響による疾病が多発している地域」として政令で定める
こととされている(同法第二条第一項)。
(二) そして、具体的にどのような地域が「著しい大気の汚染」が生じている地
域で、「その影響による疾病が多発」している地域に該当するかの判断について
は、昭和四九年一一月二五日の中公審答申(「公害健康被害補償法の実施に係る重
要事項について」-地域指定要件等について)を踏まえて行なわれている。
右答申による地域指定要件は、大気の汚染に関する要件と健康被害に関する要件と
に大別され、その内容は以下のとおりである。まず、大気の汚染に関する要件につ
いては、大気の汚染を構成する物質のうち、硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊粒子
状物質の三種類を汚染物質の指標とし、原告ら主張(四原告らの反論1(四)
(2))のような四区分に分けて汚染の程度を判断することが適当であるとされて
いる。
しかし、硫黄酸化物、窒素酸化物、浮遊粒子状物質のうち、窒素酸化物及び浮遊粒
子状物質については利用し得る測定データが少なく、疫学的研究により健康被害と
の関係を量的に把握するためには資料が乏しいこと等のため、補償法の見地から大
気の汚染の程度を数値で示すのは困難であるところから、具体的指標としてはかな
り以前から広く測定され、健康被害との関係も実験的、疫学的に相当明らかにされ
ている硫黄酸化物で代表された大気汚染の程度が二酸化硫黄の年平均値により次の
ように示されている。
次に、健康被害に関する要件については、次のように区分されている。
(右自然有症率は、大気の汚染が極めて軽度(新環境基準を満たす程度)の地域に
おける有症率をいう。)そして、有症率の程度の一度、二度、三度は、おおむね大
気の汚染の程度の二度、三度、四度の程度の地域においてみられる有症率に相当し
ており、三度以上の大気の汚染があれば「著しい大気の汚染」があり、有症率が二
度以上であれば「その影響による疾病が多発」していると判断してよいとされてい
る。なお、右の自然有症率を表わす際の新環境基準とは、昭和四八年五月に改定さ
れた二酸化硫黄に係る環境基準のことである。
(三) 具体的な地域指定は、前記の中公審答申による地域指定要件を踏まえて、
大気の汚染の程度と健康被害の発生状況に関する調査を行ない、当該地域の大気汚
染の程度が硫黄酸化物を指標として三度相当以上であり、かつ、有症率が二度相当
以上であるときに中公審並びに関係都道府県知事及び関係市町村長の意見をきいた
うえで(補償法第二条第四項)、「著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病
が多発している地域」として第一種地域指定が行なわれてきている(昭和五四年一
月現在四一地域が指定されている。)。
(四) 以上のように、補償法では疫学を基礎として人口集団につき大気汚染と疾
病との間に因果関係ありと判断される地域を指定し、指定地域内での一定期間居住
等の曝露要件を満たす指定疾病患者に対して補償給付の支給を行なうこととしてい
るが、これは大気汚染の全くない地域でも種々の原因によつて発病が見られる慢性
気管支炎等の非特異的疾患を対象に汚染のレベルと疾病の発現等との関係を疫学的
手法を用いて確率論的に究明し、その因果関係について蓋然性があれば足りるとい
う考え方に基づき、民事責任を踏まえた損害補償制度として制度化されたものであ
る。したがつて、同法で第一種地域を指定するに当たつて、問題となる大気の汚染
の程度は、「疾病の多発」を生じるような著しい汚染の程度であることが必要であ
る。
一方、現行の大気汚染に係る環境基準は、「人の健康を保護するうえで維持される
ことが望ましい基準」であつて、大気汚染の程度がこれを越えればその影響により
疾病等の健康上の悪影響を生ずるという環境条件を示すものではない。
したがつて、補償法の地域指定要件にいう大気の汚染の程度と二酸化窒素の環境基
準をはじめとする現行の大気汚染に係る環境基準の濃度とは、それぞれ異なる見地
から大気汚染物質の濃度に着目して設定されるものであり、前者の要件は環境基準
を根拠として設定されるものではないから、一方が変更されれば他方が連動して変
更されるようなものではない。このことは制度的にも、また運用の実態をみても、
明らかである。
(五) なお、中公審答申による地域指定要件では、硫黄酸化物を指標とする大気
の汚染の程度が環境基準とは別個の公害健康被害補償の見地から示されているが、
これは昭和三〇年代後半から四〇年代前半にかけて四日市等で硫黄酸化物を中心と
する著しい大気の汚染により慢性気管支炎等の呼吸器系疾患が多発したことが疫学
的調査報告等により明らかになつたことを踏まえ、それらの科学的知見に基づくも
のである。これに対し、右答申においては、窒素酸化物のうち二酸化窒素の健康被
害影響があることは実験的疫学的研究から知られていること、今後窒素酸化物につ
いての健康影響についての研究を推進する必要があることが述べられているが、窒
素酸化物については、その後も我が国の環境大気中において現にみられる程度の二
酸化窒素の汚染レベルで疾病が多発しているとの科学的知見は得られておらず、し
たがつて、補償法の地域指定要件においては、大気の汚染の程度に関し、窒素酸化
物を指標としてとり込むに至つていないのである。以上のとおり、前記の答申にお
いては、具体的には硫黄酸化物を指標として地域指定要件が示され、実際の地域指
定もこれに従つて行なわれてきたところであるから、本件告示による二酸化窒素に
係る環境基準が改定されたからといつて右答申による地域指定要件がこれに連動し
て変更されることはない。この結果、窒素酸化物に係る環境基準を満たしている場
合においても、前記の二酸化硫黄を指標とする地域指定要件に合致していれば、地
域指定されることもあり得るのである。
4 基本法の制定経緯と環境基準の法的性格
(一) 我が国の公害問題に対する取り組みの中で、環境基準の概念が本格的に登
場しできたのは、昭和四〇年に設置された公害審議会が同四一年八月四日厚生大臣
に提出した中間報告及び同四一年一〇月七日の「公害に関する基本的施策につい
て」と題する本答申の中においてであり、右本答申が示した環境基準の性格は、要
旨次のようなものであつた。
ア 環境基準は、公害から国民の健康や生活環境その他の利益を保護するために、
環境上守られるべき条件を公害の種類ごとに定めるものである。
イ 環境基準は、行政の目標となる基準であつて規制基準ではない。この目標が達
成されるように、排出基準の強化、発生源の立地規制、使用燃料の規制その他の施
策を実施することになる。
ウ したがつて、その具体的数値は、科学によつて究明された汚染物質等の量と影
響との関係を基礎にし、社会的、経済的、技術的配慮を加えて定められるべきであ
る。
工 環境基準を設定する場合に、公害の及ぼすどのような影響を排除しようとする
かについては、当面は人の健康に及ぼす影響を中心にするべきである。
(二) 右公害審議会答申を受け、厚生省は、公害対策基本法(仮称)試案要綱を
作成し、これを関係各省庁からなる公害対策推進連絡会議に提出したものである
が、右要綱中の環境基準に関する部分は次のようなものであつた。
第二章 環境基準の設定
一 政府は、別に法律で定めるところにより、大気の汚染、水質の汚濁及び騒音に
ついてそれぞれ、人の健康を保持し、及び生活環境を保全するために維持されるべ
き環境上の条件に関する基準(以下「環境基準」という。)を定めなければならな
いこと。
二 一により定められる環境基準については、それが一の目的に合致するものであ
るかどうかについて、常に、適切な科学的判断が加えられ、必要な改定が行なわれ
なければならない。
三 大気の汚染、水質の汚濁又は騒音による公害を防止するための国又は地方公共
団体の施策は、環境基準の維持が保障されるように策定され及び実施されるものと
すること。
右厚生省試案要綱について論議された結果、公害対策推進会議においては、環境基
準が公害対策において個別的な規制力をもつ直接的な基準となるものではなく、行
政施策を実施するにあたつての到達目標であることを明らかにする趣旨から、右厚
生省試案の「維持されるべき環境上の条件に関する基準」が「維持されることが望
ましい環境上の条件に関する基準」に改められることになつた。右連絡会議のとり
まとめた試案要綱のうち環境基準に関する部分は次のようなものである。
第二章 環境基準の設定
一 政府は大気の汚染、水質の汚濁及び騒音について、それぞれ、人の健康を保持
し、生活環境を保全するうえで維持されることが望ましい環境上の条件に関する基
準を定めるものとすること。
二 前項の基準を定めるにあたつては、産業間の相互協和を図るように考慮しなけ
ればならないこと。
三 政府は、排出等の規制、土地利用及び立地に関する規制、公害防止事業の推進
その他の施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより第一項の基準が確保される
ように努めなければならないこと。
(三) 以上の経緯を踏まえ、昭和四二年五月一七日国会に提出された政府案の環
境基準に関する部分は次のとおりであり、その趣旨説明においては、「大気の汚
染、水質の汚濁および騒音については、環境基準を定めることとし、公害防止施策
は、この基準の確保を目標にして、総合的かつ有効適切に講ずべき」ものであると
されている。
第二章 公害の防止に関する基本的施策
第一節 環境基準
第八条 政府は、大気の汚染、水質の汚濁及び騒音に係る環境上の条件について、
それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望
ましい基準を定めるものとする。
2 前項の基準のうち、生活環境に係る基準を定めるにあたつては、経済の健全な
発展との調和を図るように考慮しなければならない。
3 政府は、公害の防止に関する施策を総合的かつ有効適切に講ずることにより、
第一項の基準が確保されるように努めなければならない。
右政府案の環境基準に関する部分は、ほとんどそのまま国会において受け入れら
れ、基本法は昭和四二年八月三日法律第一三二号として公布され、即日施行された
ものである。
以上の基本法第九条の制定経過に照らせば、環境基準の設定は、政府に公害防止施
策を総合的かつ有効適切に講ずることにより右基準を確保するように努めるべき一
般的な行政上の責務を課するにとどまるものであつて、環境基準の法的性格は、公
害防止行政上の努力目標を示す指標にすぎないものといわなければならない。した
がつて、このような法的性格からすると、環境基準の設定・不設定ないし改定等が
国民の具体的権利義務に影響を及ぼすものでないことは明らかである。
七 原告らの再々反論
1 環境基準と排出基準等との関連について
既に述べたように、環境基準は、個別の排出基準等による規制の法的根拠であると
ともに、その限界を画すること以下に述べるとおりである。環境基準は、一定の地
域に対して一定の濃度を要求するものであるから、全体としての量的観念すなわち
総量である。したがつて、排出基準が環境基準を達成するために行なわれるものだ
とすれば、当然一定の範囲で量的拘束を受けるものであり、このことは環境基準達
成の他の手段、工業立地規制や燃料規制等が存在するとしても変わることはないの
である。むしろ、立地規制にしろ、燃料規制にしろそれが環境基準達成の手段であ
る限り、環境基準を軸とし、一方ではこれと、他方では異なる手段相互間で量的関
連をもつのである。そして、異なる手段を環境基準達成のために総合・調整するの
が公害防止計画であり、したがつて、政府、自治体の裁量の範囲はこの総合調整の
限度であつて、これら手段全体の規制機能は、環境基準によつて決定されるのであ
る。このような点からすれば、各公害防止手段が環境基準と関連をもたず、政府の
恣意で決定できるかのような被告の主張は失当というべきである。
2 環境基準と総量規制との関係
(一) 大気汚染防止法に総量規制が導入された昭和四九年六月の改正につき、
衆・参両議院の公害対策並びに環境保全特別委員会において総量規制方式が論議さ
れた際、当時の春日環境庁大気保全局長は、環境基準が総量規制方式によつて直接
的に規制効果を有するものであることを明言していたのであるから、右事実からし
ても、環境基準が単なる努力目標でないことは明らかである。
(二) 環境基準と三号総量との関連については、昭和四九年一一月三〇日公布の
総理府令第七条の五は、「三号総量は、・・・・・・当該指定地域の当該指定ばい
煙の濃度が大気環境基準を確保する濃度となることを目途として算定するものとす
る」。と定めているところであり、また、昭和五〇年二月二四日付大気保全局長通
達(「大気汚染防止法の一部を改正する法律の施行について」)第5の2では、
「三号総量は、環境基準に照らして算定されるものであり、硫黄酸化物に係る場合
は、指定地域の二酸化硫黄濃度が大気環境基準を確保する濃度となることを目途と
して算定するものであること。」としているのであるから、以上の総理府令及び通
達からすれば、三号総量が環境基準に直接連動していることは明らかである。
(三) 四号総量の設定については、昭和五〇年一月三〇日付環境庁事務次官通達
(「大気汚染防止法の一部を改正する法律の施行について」)によれば、「硫黄酸
化物に係る特定工場等の規模を定めるにあたつては、総量規制の効果的な実施に資
するため、当該地域において排出される酸化物の総量の相当部分(おおむね八〇パ
ーセント以上)に対して総量規制基準が適用されるように定められたいこと」とし
ており、右数値に地域の実情等から客観的に導かれた一定の係数を掛けることによ
り、四号総量は自動的に決定されるのである。また、総量規制対象外の排出量は約
二〇パーセントであり、この対象外排出量の将来推移は客観的に導かれた一定の比
率のもとで予測されるものであるから、ここから三号総量のうちで四号総量に入ら
ない量が算定される。したがつて、この観点からみても四号総量は自動的に決定さ
れる。
以上のように、環境基準は三号総量及び四号総量に直接関連するものなのである。
3 本件告示の処分性
(一) 二酸化窒素が特に人体の呼吸器系統に対し強い毒性を示すこと、その指標
として持続性せき、たんの有症率をとり二酸化窒素の汚染濃度との関連をみると、
諸疫学調査の結果二酸化窒素濃度年平均値〇・〇二ppmでは既にその相関レベル
(限界濃度)に達していること、しかも、これは抵抗性の高い年齢層について導か
れた結論にすぎず、弱者たる老人、年少者、病者等の存在を考慮すれば、右汚染濃
度は明らかに有害レベルといえるところ、二酸化窒素による公害病患者は増大の一
途をたどつているのであるから、本件告示による二酸化窒素に係る改定基準値では
呼吸器系健康被害は防止できず、健康被害の拡大に直結するものである。
(二) ところで、国民が本件告示によつて受ける以上のような被害を救済するた
めには、右告示に行政処分性を認め、これを抗告訴訟の対象とする以外方法はない
のである。すなわち、個別規制法によつて規制を受ける事業者については、例えば
総量規制基準に基づく改善命令等の最終処分について争訟性を認めれば、その権利
保護の要請は一応満たされる。しかし、本件告示による改定により生命身体の安全
を脅かされている国民との間では、基準の改定による健康被害の関係は直接的で他
のいかなる処分も介在しないのであるから、一般国民が自らの健康を守るために本
件告示以下の行政行為の適否を争うとすれば、その対象は、まさにこの最初の段階
を置いてはあり得ないのである。
さらに、環境行政がいわゆる警察行政から積極行政に転換した今日、国民は単に国
家より消極的に自由権の侵害から保護されるということを超えて、行政主体に対し
て積極的に環境保全と環境権の侵害に対する規制を要求する権利を有するものと解
すべきであるから、抗告訴訟の提起についても厳密な事件性、成熟性を要求すべき
ではない。
第三 証拠(省略)
○ 理由
一 請求の原因1の二酸化窒素に係る環境基準に関する本件告示がされた事実は、
当事者間に争いがない。
二 原告らは、本件告示による二酸化窒素に係る環境基準の改定は、抗告訴訟の対
象となる行政処分性を有すると主張し、被告は、これを争うので、以下この点につ
いて判断する。
1 環境基準の法的性質
(一) 基本法第一条は、「この法律は、国民の健康で文化的な生活を確保するう
えにおいて公害の防止がきわめて重要であることにかんがみ、事業者、国及び地方
公共団体の公害の防止に関する責務を明らかにし、並びに公害の防止に関する施策
の基本となる事項を定めることにより、公害対策の総合的推進を図り、もつて国民
の健康を保護するとともに、生活環境を保全することを目的とする。」と定めてい
る。右規定は、公害に対処する基本的態度と公害対策の終局的目標を明らかにする
とともに、右目標を達成するうえで重要な役割を果たすべき事業者、国及び地方公
共団体の各責務と国及び地方公共団体の公害の防止に関する基本的な施策を定める
ことにより、これらを通じて公害防止行政の有機的一体性を確保し、施策の総合的
かつ計画的推進を可能ならしめることを宣言しているものということができる。
そして、右第一条を受けて、まず第一章「総則」第三条(事業者の責務)、第四条
(国の責務)、第五条(地方公共団体の責務)及び第六条(住民の責務)におい
て、それぞれの公害に対処すべき立場に応じた責務を規定するとともに、第二章
「公害の防止に関する基本的施策」においては、主として国及び地方公共団体が右
の各責務に応じて講ずべき公害の防止に関する施策のうちその基本となる事項を規
定し、もつて前記第一条に定める公害対策の総合的推進を可能ならしめようとして
いるのである。
そこで、右の関係を国についてみると、基本法第四条は、国の責務について、「国
は、国民の健康を保護し、及び生活環境を保全する使命を有することにかんがみ、
公害の防止に関する基本的かつ総合的な施策を策定し、及びこれを実施する責務を
有する。」と定めているところ、右は、国がすべての国民の健康を保護し、その生
活環境を保全すべき立場にあることから、公害対策においてもその使命と権能に照
らし中心的役割を果たすべきであり、かつ、諸々の公害防止施策は、有機的で体性
の保持なくしては実効を期し難いため、公害防止上指導的役割を果たすべき国が施
策の総合的かつ計画的推進を図るうえで基本となる公害防止施策を策定し、実施す
る責務を有することを宣言したものと解される。そして、基本法は右第四条を受け
て国の基本的施策を第二章第一節「環境基準」及び第二節「国の施策」において規
定しているところであるから、まず、以下において後者の「国の施策」についてそ
の内容と法的性格を検討することとする。
(二) 第二章第二節は、第一〇条ないし第一七条の二からなつているところ、第
一〇条は、「政府は、公害を防止するため、事業者等の遵守すべき基準を定める等
により、大気の汚染、水質の汚濁又は土壌の汚染の原因となる物質の排出等に関す
る規制の措置を講じなければならない。」(第一項)ものと定め、第二項におい
て、騒音、振動、地盤の沈下及び悪臭」についても、右第一項の措置に準じた措置
を講ずるものとしている。右は、大気汚染等の公害の原因となる物質自体の排出を
規制するため、これを排出する事業者等の遵守すべき排出基準を設定すべきことを
主たる内容とするものであるから、公害対策の最も基本的にして重要な施策の採用
を政府に義務づけているものということができる。しかしながら、右政府の義務の
法的性格については、前記のような排出規制の措置は、事業者等に対する関係にお
いては生産活動等に対する制限を意味するものであるから、法律による行政の原理
に照らせば、かかる措置を採用し実施するためには、法律、すなわち国会の定める
個別規制法の根拠を要するものというべきところ、法律の制定は、立法府たる国会
の専権に属するから、この意味で右政府の義務とは、右のような個別規制法制定の
準備ないし促進あるいは個別規制法の存在を前提とするその執行等の努力義務ない
し責務を意味するものと解するほかはない。したがつて、右規定それ自体により何
らかの具体的法律効果が生ずるものと解することはできない。
次に、第一一条についてみると、第一一条は、「政府は、公害を防止するため、土
地利用に関し、必要な規制の措置を講ずるとともに、公害が著しく、又は著しくな
るおそれがある地域について、公害の原因となる施設の設置を規制する措置を講じ
なければならない。」と定めているところ、右は、政府において、前段においては
公害防止の観点からする土地利用の規制を、後段においては公害の原因となる施設
の設置それ自体の規制をそれぞれ講ずるものとしているが、右各規制措置について
は、いずれも所有権等の財産権の制限を内容とする点において前条と同様国会の定
める個別規制法の根拠を要するものというべきであるから、政府は右のような個別
規制法制定の準備ないし促進あるいは個別規制法の存在を前提とするその執行等の
努力義務ないし責務を有することを明らかにしたものにすぎず、この規定それ自体
により何らかの具体的法律効果が生ずるものと解することはできない。
さらに、第一二条は、「政府は、緩衝地帯の設置等公害の防止のために必要な事業
及び下水道、廃棄物の公共的な処理施設その他公害の防止に資する公共施設の整備
の事業を推進する措置を講じなければならない。」と定めているところ、右は政府
において、緩衝地帯の設置、下水道の整備、廃棄物の公共的な処理施設の設置等の
公害防止に関する公共的な施設の積極的な整備等の推進策を講ずべき義務を有する
ことを明らかにしたものであるが、右規定内容の一般性、抽象性及び公害防止に関
する施設の整備等の措置がいずれも財政的裏付けを要することにかんがみれば、右
政府の義務とは、行政上の努力義務ないし責務を明らかにしたものにすぎず、前同
様これにより何らかの具体的法律効果が生ずるものと解することができないことは
明らかというべきである。
政府は、右第一〇条ないし第一二条に規定する公害防止施策の中心となるべき基本
的事項以外に、公害状況の把握及び規制措置の適正な実施のための監視及び測定等
の体制の整備(第一三条)、公害予測及び公害防止施策策定のための調査の実施
(第一四条)、公害防止に資する科学技術の振興(第一五条)並びに公害に関する
知識の普及(第一六条)等の措置を講ずべきものとされているが、これらの各規定
は、いずれもその内容の一般性、抽象性に照らせば、政府の環境行政運営上の努力
義務ないし責務の要点を明確化したものにすぎず、これらにより何らかの具体的法
律効果が生ずるものと解することはできないし、また、地域開発施策等における公
害防止の配慮を定めた第一七条及び自然環境の保護を定めた第一七条の二について
も、右と同様にいずれも何らかの具体的法律効果を伴うものでないことは、右各規
定の文言自体から明らかである。
以上のように、基本法が第二章第二節「国の施策」において規定するところは、い
ずれも政府が公害防止行政を総合的かつ計画的に推進していくうえでの基本となる
施策の要諦を綱領的に明らかにしたものであつて、行政上の努力義務ないし責務を
具体化したものにすぎず、右第二節に定めるところの規定それ自体により何らかの
具体的法律効果が生ずるものではないといわねばならない。
(三) そこで、次に第二章第一節「環境基準」にもどつて検討するに、環境基準
とは、「政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条
件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持さ
れることが望ましい基準を定めるものとする。」(第九条第一項)との規定に基づ
き、政府が大気汚染等に係る環境上の条件につき、人の健康を保護し、生活環境を
保全するうえで維持されることが望ましい基準として設定した環境上の条件であ
り、右環境基準は、「常に適切な科学的判断が加えられ、必要な改定がなさなけれ
ばなら」ず(同条第三項)、また、「政府は、公害の防止に関する施策を総合的か
つ有効適切に講ずることにより、」右基準が「確保されるように努めなければなら
ない。」(同条第四項)と定められている。
右規定によれば、次のことが明らかというべきである。すなわち、環境基準の設定
及び改定は、政府が行なうものであり、その設定及び改定の手続については格別の
規制はなく、政府の合理的裁量に委ねられているものと解されること(もつとも、
前記第三項によれば、改定は「適切な科学的判断」に基づくことが要請されてい
る。)、環境基準の実体的内容を規定するについて、「人の健康を保護し、及び生
活環境を保全するうえで維持されることが望ましい基準」との文言が用いられてい
るところ、右の措辞は通常将来に対する願望ないしは目標を表わすものであり、こ
れに対し、事業者等に対する排出規制の措置を規定する第一〇条においては、「事
業者等の遵守すべき基準」なる文言が用いられ、両者は区別して使用されているこ
と、さらに、環境基準実現の方途については、「政府は、公害の防止に関する施策
を総合的かつ有効適切に講ずることにより、第一項の基準が確保されるように努め
なければならない。」とされているところ、前記(二)に述べたように、政府の施
策を定めた第二章第二節は、いずれも政府の公害防止行政上の努力義務の要諦を綱
領的に規定したものにすぎないし、また、その達成については右方途により「確保
されるように努めなければならない。」と規定されているところ、かかる措辞は確
保それ自体よりも確保に向けての努力、遂行に重点を置いているものと解されるの
である。
以上のような環境基準設定の主体及び手続並びに基準内容及び達成の方途を定める
文言等に加えて、前項に述べたように基本法第一条が明定する基本法制定の目的並
びに同法第二章第二節が定める国の公害防止施策についての諸規定が政府の公害防
止行政上の施策の要諦を綱領的に規定したもので、それ自体では直ちに具体的法律
効果を生ずる性格を有していないところ、環境基準に関する規定は、かかる第二章
の冒頭第一節に位置づけられていること及び後記2ないし4に述べるような関連す
る諸規定との関係などに照らすならば、環境基準とは、第一条の「公害対策の総合
的推進を図」るべきことを受けて講じられるところの、公害防止諸施策の基本とな
るべき政府の施策の達成目標を明らかにすることにより、施策の有機的一体性を確
保し、総合的かつ計画的な推進を可能ならしめるための行政上の努力目標ないし指
針を意味するものと解するのが相当である。
したがつて、環境基準は、右のように政府の公害防止施策の達成目標を表わすもの
と解すべきものであるから、これを汚染の許される上限を表わす許容限度と解した
り、あるいは、国民が汚染を容認しなければならない受認限度と解することはでき
ない。また、原告らは、大気の汚染に係る物質はいずれも人の健康に直接関係する
ものであるから、これについて定められる環境基準は、事柄の性質上当然に法的強
制力をもつ規範と解すべきであると主張するが、当該規定がいかなる法的効力を有
するかは、当該規定の文言、当該規定を含む法全体の仕組み、関連する諸規定との
関係等を総合考慮して決せられるべきものであり、当該規定の規制対象の性質から
当然に法的効力の有無ないし性格が決せられるものと解することはできない。これ
を環境基準に関する第九条についてみると、右の諸要素(関連する諸規定との関係
については、後記2ないし4のとおりである。)に照らすと前記のように解すべき
ものであるから右原告らの主張は採用できない。
以上のように、環境基準とは、政府が公害防止行政を推進していくうえでの政策上
の達成目標ないしは指針としての性質を有するのであるから、これが直ちに国民に
対し具体的な法的効果を及ぼすものとは解し得ず、したがつて、その設定又は改定
があつたからといつてこれが直ちに国民の権利義務ないし法的地位に影響を及ぼす
ことはあり得ないものといわねばならない。
2 環境基準と排出基準及び総量規制基準との関係
原告らは、環境基準が法的効力を有することは、大気汚染防止法の諸規定や条例等
に照らせば明らかであると主張するので、以下この点について判断する。
(一) まず、原告らは、大気汚染防止法第三条の排出基準は、環境基準を達成す
るために必要かつ十分であるべく法的に拘束されたものであるから、両基準は法的
連動関係にあり、したがつて、環境基準が緩和されれば、それは排出基準の緩和に
つながると主張する。
そこで、大気汚染防止法の定める排出基準決定の仕組みに照らして検討するに、
「排出基準は、ばい煙発生施設において発生するばい煙について、総理府令で定め
る。」ものとし(同法第三条第一項、なお、二酸化窒素は、同法第二条第一項第三
号、大気汚染防止法施行令第一条第五号により同法第三条第二項にいうところの有
害物質の一つとして右ばい煙に含まれるものである。)、また、右有害物質に係る
排出基準は、「有害物質に係るばい煙発生施設において発生し、排出口から大気中
に排出される排出物に含まれる有害物質の量について、有害物質の種類及び施設の
種類ごとに定める許容限度」である(同法第三条第二項第三号)と定め、さらに前
記総理府令である大気汚染防止法施行規則第五条第二号が窒素酸化物の排出量を施
設の種類及び規模ごとに定めている。
ところで、窒素酸化物の排出基準を定める右の各規定によれば、環境基準が右排出
基準決定の法律上の要素とされている関係にはないし、さらに、窒素酸化物の排出
基準は、大気汚染防止法施行規則の前記規定によつて具体的に定められているとこ
ろ、環境基準が改定されれば当然に右排出基準を定める施行規則が改正されると
か、あるいは右施行規則が改正されねばならない旨の規定は存しないのであるか
ら、二酸化窒素に係る環境基準が改定されたからといつて、前記施行規則第五条第
二号に定める排出基準が当然に変更されるものではない。
もつとも、前記1の(三)に述べたように、環境基準は、政府が公害防止の諸施策
を総合的かつ計画的に推進していくうえでの達成目標ないし指標と解すべきもので
あるところ、大気汚染防止法が定める排出基準による規制の措置は右目標としての
環境基準を達成するための基本的施策の一つであるから、排出基準の実質的内容
は、目標値としての環境基準を考慮して決定されることは極めて当然というべきで
ある。しかし、環境基準が目標値ないし指針としての法的性質を持つものであるこ
と前述のとおりであるし、右のように排出基準が環境基準を考慮して決定されると
いつても、既に述べたところからすれば右関係は事実上のものにすぎないのである
し、さらに、排出基準は、汚染物質の排出状況並びに公害防止のための諸施策、す
なわち土地利用の規制、公害施設の立地規制及び公害防止技術の進展状況等の複雑
かつ流動的な諸要素を総合的に考慮して決定されるべきものであるから、排出基準
が環境基準から一義的に導き出されるものではない。以上に述べたところからする
と、環境基準と排出基準とが法的連動関係にあるとする原告らの主張は採用できな
い。
(二) 次に、原告らは、昭和四九年法律第六五号による大気汚染防止法の改正に
より導入された総量規制方式によれば、従来の排出基準のみによつては環境基準の
確保が困難と認められる地域においては、環境基準確保のために指定ばい煙総量削
減計画が作成され、これに基づき総量規制基準が定められるところ、右総量規制基
準は法的強制力をもつて実現されるものであるから、この結果環境基準との法的連
動関係は明瞭になつたと主張する。
(1) そこで、大気汚染防止法の定める総量規制基準決定の仕組みに照らして検
討するに、まず総量規制基準の設定につき、「都道府県知事は、工場又は事業場が
集合している地域で、第三条第一項若しくは第三項又は第四条第一項の排出基準の
みによつては公害対策基本法第九条第一項の規定による大気汚染に係る環境上の条
件についての基準(次条第一項第三号において「大気環境基準」という。)の確保
が困難であると認められる地域としていおう酸化物その他の政令で定めるばい煙
(以下「指定ばい煙」という。)ごとに政令で定める地域(以下「指定地域」とい
う。)にあつては、当該指定地域において当該指定ばい煙を排出する工場又は事業
場で総理府令で定める基準に従い都道府県知事が定める規模以上のもの(以下「特
定工場等」という。)において発生する当該指定ばい煙について、指定ばい煙総量
削減計画を作成し、これに基づき、総理府令で定めるところにより、総量規制基準
を定めなければならない。」(第五条の二第一項)とし、右総量規制基準とは、
「特定工場等につき当該特定工場等に設置されているすべてのばい煙発生施設にお
いて発生し、排出口から大気中に排出される当該指定ばい煙の合計量について定め
る許容限度とする。」(同条第四項)と定めている。そして、総量規制基準を定め
る前提となる指定ばい煙総量削減計画につき、「指定ばい煙総量削減計画は、当該
指定地域について、第一号に掲げる総量を第三号に掲げる総量までに削減させるこ
とを目途として、第一号に掲げる総量に占める第二号に掲げる総量の割合、工場又
は事業場の規模、工場又は事業場における使用原料又は燃料の見通し、特定工場等
以外の指定ばい煙の発生源における指定ばい煙の排出状況の推移等を勘案し、政令
で定めるところにより、第四号及び第五号に掲げる事項を定めるものとする。」と
し、右第一号に掲げる総量を、「当該指定地域における事業活動その他の人の活動
に伴つて発生し、大気中に排出される当該指定ばい煙の総量」、第二号に掲げる総
量を、「当該指定地域におけるすべての特定工場等に設置されているばい煙発生施
設において発生し、排出口から大気中に排出される当該指定ばい煙の総量」、第三
号に掲げる総量を、「当該指定地域における事業活動その他の人の活動に伴つて発
生し、大気中に排出される当該指定ばい煙について、大気環境基準に照らし総理府
令で定めるところにより算定される総量」及び第四号に掲げる総量を、「第二号の
総量についての削減目標量(中間目標としての削減目標量を定める場合にあつて
は、その削減目標量を含む。)」と定めている(第五条の三第一項)。
ところで、総量規制基準を定める右の各規定によれば、都道府県知事が総量規制基
準の設定を義務づけられるのは、政令で定められる指定ばい煙及び指定地域につい
てであるところ、右のばい煙及び地域の指定は工場又は事業場が集合していて、か
つ、大気汚染防止法第三条第一項若しくは第三項、第四条第一項の排出基準のみに
よつては大気環境基準の確保が困難と認められることを要件とするものであるが、
右指定要件、殊に後者の排出基準のみによつては大気環境基準の確保が困難と認め
られるか否かの判断は、汚染状況の推移に対する見通し、公害防止技術の開発進展
状況及び排出規制以外の諸施策の効果等の複雑かつ流動的な諸条件に対する高度の
専門的技術的判断を要するところから、右判断を政府の合理的裁量判断に委ね、政
令で定めることにしているのである。したがつて、総量規制が行なわれるか否か
は、当該大気汚染物質が政令によつて指定ばい煙として定められていて、かつ、当
該地域が地域指定されているか否かにかかつているのであつて、当該大気汚染物質
につき環境基準が設定されており、右基準の確保が排出基準による規制のみによつ
ては困難であるからといつて当然に総量規制が行なわれることにはならないのであ
る。そこで、右政令による指定についてみると、右政令である大気汚染防止法施行
令第七条の二は、硫黄酸化物を指定ばい煙と定めているだけで現に窒素酸化物を指
定ばい煙に定めていないことが明らかである。
そうすると、窒素酸化物が指定ばい煙とされていない現状においては、二酸化窒素
について総量規制が行なわれる余地はないのであるから、指定ばい煙総量削減計画
が作成されこれに基づき総量規制基準が定められることもなく、したがつて、二酸
化窒素に係る環境基準が総量規制基準に連動することはあり得ないのであるから、
このような連動関係を論ずること自体無意味というほかはなく、原告らの主張は採
用できない。
(2) もつとも、原告らは、前記の総量規制の仕組みに照らすならば、環境基準
は法的強制カをもつ規範であり、このことは、窒素酸化物が指定ばい煙とされてい
ないからといつて変わるものではないと主張するので、以下この点についても検討
してみる。
総量規制とは、一定地域の大気汚染濃度を環境基準のレベルまで改善することを目
的として行なわれるもので、具体的には指定ばい煙総量削減計画に基づいて実施さ
れるところ、右指定ばい煙総量削減計画の仕組みは、次のようになつている。ま
ず、当該指定地域における事業活動その他の人の活動に伴つて発生し、大気中に排
出される指定ばい煙の総量を一号総量とし、次にこの一部分を占める特定工場等の
ばい煙発生施設において発生し、排出口から大気中に排出される指定ばい煙の総量
を二号総量とするものであるが、これらの総量はいずれも当該指定地域の全体ない
し特定工場等に係る現状における排出総量を表わすものである。そうして、右一号
総量の削減目標量としての三号総量及びこれに対応した二号総量の削減目標量とし
ての四号総量並びに計画達成期間及び方途をそれぞれ定め(大気汚染防止法第五条
の三第一項)、右四号総量の達成が可能となるように一定の算式を用いて特定工場
等の総量規制基準を定めるものとしている(大気汚染防止法施行規則第七条の
三)。
ところで、右三号総量は、「大気環境基準に照らし総理府令で定めるところにより
算出される」(前記第五条の三第一項第三号)ところ、右総理府令である大気汚染
防止法施行規則第七条の五は右三号総量の算定方法をおおむね次のように定めてい
る。すなわち、三号総量の算定は、まず、科学的かつ合理的な大気汚染予測手法
(指定ばい煙の排出と当該指定ばい煙による大気の汚染との関係を明らかにする手
法)に基づき、当該指定地域の風向、風速等の気象条件、指定ぽい煙の発生源の位
置及び排出口の高さ、指定ばい煙の排出状況並びに当該指定地域以外における指定
ばい煙の発生源の状況及び排出状況等の諸条件を考慮して、指定ばい煙総量削減計
画の達成期間経過後の当該計画がない場合の指定ばい煙濃度を推定し、この推定を
もとに当該指定地域の当該指定ばい煙濃度が大気環境基準を確保する濃度となるこ
とを目途として三号総量を算定するものとされている。
そして、前記のように二号総量の削減目標量であり、総量規制基準を決定する基礎
となる四号総量については、前記三号総量の範囲内で一号総量に占める二号総量の
割合、工場又は事業場の規模、工場又は事業場における使用原料又は燃料の見通
し、特定工場等以外の指定ばい煙の発生源における指定ばい煙の排出状況等の推移
を勘案して政令で定めるものとされているのである。
そこで以上の指定ばい煙総量削減計画及びこれに基づく総量規制基準決定の各仕組
みに照らして考察すると、三号総量は大気環境基準に照らし、科学的かつ合理的な
大気汚染予測手法に基づいて算定されるものであるから、環境基準との関連性を一
応認めることができる。しかし、右三号総量は、環境基準自体から自動的に導き出
されるものではなく、大気汚染予測手法の確立の程度によつても左右されるほか、
前記のような当該指定地域の気象条件、ばい煙発生源の状況及び当該指定地域以外
のばい煙発生源の状況その他の各時期における指定ばい煙の状況に影響を及ぼすべ
き諸要因によつて差異が生ずるものであるから、環境基準によつて直ちに一義的に
決定されるものではない。そして、総量規制基準は、算定された四号総量に基づき
一定の算式により決定されるところ、右四号総量の決定については、一号総量に占
める二号総量の割合、工場又は事業場の規模、工場又は事業場における使用原料又
は燃料の見通し、特定工場等以外の指定ばい煙の発生源における指定ばい煙の排出
状況の推移等を総合勘案して政令で定める(大気汚染防止法第五条の三第一項)も
のとされているのであるから、四号総量が環境基準ないしこれに照らして算定され
る三号総量から一義的に導き出されるものでないことは明白である。したがつて、
四号総量は政府の右のような諸条件に対する専門的認定判断を基礎とする高度の技
術的裁量判断に委ねられているものと解されるのである。
そうすると、環境基準は、三号総量の算定を通じて四号総量の算定に当たつても重
要な要素となるものではあるが、環境基準によつて直ちに四号総量ひいては総量規
制基準が自動的に決定されることにはならないのである。また、手続的にみても、
環境基準の改定が総量規制の解除ないし総量規制基準の改定をもたらす法的仕組み
にはなつていないのであつて、これらの点からすると、環境基準と総量規制基準と
が法的連動関係にあるとの原告らの主張は採用し難いものである。
(3) さらに、原告らは、本件告示による二酸化窒素の環境基準の緩和により我
が国のほとんどの地域が右環境基準に適合することになつたため、総量規制を行な
うことができなくなつたのであるから、右環境基準の緩和は処分性を有する旨主張
するようであるが、前記(1)に述べたように、総量規制については、政令で定め
る指定ばい煙につき政令で定める指定地域に限つて都道府県知事に総量規制基準の
設定が義務づけられるものであつて、国民に総量規制の実施を求める権利を認める
法律上の根拠は存在しないのであるから、一定の環境基準に基づき総量規制を受け
る法的地位が国民に保障されているものと解することは困難といわねばならない。
したがつて、仮に原告ら主張のとおりとしても、本件告示による二酸化窒素の環境
基準の改定により原告らの権利ないし法的地位に変動が生じたものということはで
ぎないから右主張は採用できない。
(三) 原告らは、環境基準は川崎市、横浜市等の地方自治体が総量規制等の公害
防止行政を推進していく上での法的根拠になつていた旨主張する。
そこで検討するに、基本法は、第五条で地方公共団体の公害防止上の責務を、第一
八条で地方公共団体の施策をそれぞれ定めているが、右第一八条によれば、「地方
公共団体は、法令に違反しない限りにおいて、前節に定める国の施策に準ずる施策
を講ずるほか、当該地域の自然的、社会的条件に応じた」、「その他の施策を実施
する」ものとしているところ、右規定は、国の施策の場合と同様、直ちに個別具体
的な施策の実施を義務づけるものではなく、地方公共団体が公害防止行政を推進し
ていくうえでの要諦を綱領的に明らかにしたものであり、地方公共団体の行政上の
努力義務を宣言しているものと解すべきである。そして、環境基準を達成すべく地
方公共団体に公害防止に関する具体的な施策の採用を義務づける旨の規定は存在し
ないのであるから、地方公共団体が環境基準の確保のために独自の公害防止施策を
講ずることも、個別的具体的な法的義務ではなく、行政上の一般的責務に属するも
のというべきである。そうして、原告ら主張の地方公共団体による総量規制等の公
害防止施策において、前述したような意味で環境基準が具体的な法的強制力を有す
るものとして機能していると解すべき証拠は全くないし、前判示の環境基準の法的
性質からすれば、そのようなことは、本来あり得ないといもなければならない。
3 環境基準と土地利用等の規制及び公害防止施設の整備等
原告らは、本件告示による環境基準の緩和により基本法第一一、一二条に規定する
諸施策を享受する権利を奪われたと主張するが、右第一一、一二条が直ちに政府に
具体的な施策の実施を義務づけるものではなく、政府の公害防止上の努力義務を具
体化したにすぎないことは既に1の(二)において述べたとおりであり、したがつ
て、右各規定によつて、国民が所定の政府の施策を享受する具体的な権利を与えら
れたものと解することはできない。また、前判示に係る環境基準の政策上の達成目
標ないし指針としての法的性質にかんがみれば、環境基準の改定によつて直ちに法
的に公害防止施策を行なうことができなくなるというわけでもない。したがつて、
いずれにしても、原告らの主張は採用できない。
4 環境基準と補償法の地域指定要件との関係
原告らは、補償法が定める地域指定要件は環境基準と連動しているから、本件告示
による環境基準の緩和は、公害健康被害者から補償法による補償給付を受ける権利
を奪う結果となると主張するので、以下この点について検討する。
(1) まず、補償法の定める補償給付の仕組みについて検討する。補償法は、
「事業活動その他の人の活動に伴つて生ずる相当範囲にわたる著しい大気の汚染又
は水質の汚濁(水底の底質が悪化することを含む。以下同じ。)の影響による健康
被害に係る損害を填補するための補償を行なう」(第一条)ことを主たる目的とす
るものであるところ、公害による健康被害者が補償法第三条所定の補償給付の支給
を受けるためには、まず同法第四条に定める都道府県知事又は政令指定市の長の当
該疾病が大気の汚染又は水質の汚濁の影響によるものである旨の認定を必要とする
ものとされている。右の趣旨は、当該疾病か大気の汚染又は水質の汚濁の影響によ
るものであるか否かの判断と都道府県知事等の認定にかからしめているものであ
り、その仕組みは次のようになつている。すなわち、事業活動その他の人の活動に
伴つて相当範囲にわたる著しい大気の汚染が生じ、その影響による疾病が多発して
いる地域を第一種地域とし(補償法第二条第一項)、事業活動その他の人の活動に
伴つて相当範囲にわたる著しい大気の汚染又は水質の汚濁が生じ、その影響により
当該大気の汚染又は水質の汚濁の原因である物質との関係が一般的に明らかであ
り、かつ、当該物質によらなければかかることがない疾病が多発している地域を第
二種地域とし(同条第二項)、右各地域及び疾病の具体的指定についてはこれを政
令に委任している(同条第一項ないし第三項)。そして、認定にあたつては、右地
域及び疾病の指定を前提とし、第一種地域にあつては、右地域における指定疾病が
その発病の原因となる特定の汚染物質との関係を厳密に特定し得ないいわゆる非特
異的疾患であるため、右指定地域及び疾病のほかに第四条第一項所定の曝露要件の
充足を要求し、この三要件を充足することにより当該疾病と大気の汚染との間に因
果関係があるとみなすものとしているのであり、これに対し、第二種地域にあつて
は、指定疾病とその発病の原因となる特定の汚染物質との関係を明らかにすること
が可能であるいわゆる特異的疾患であることから、個々に因果関係を判断すること
にしているのである(第四条第二項)。
(2) ところで、右認定の仕組みに照らせば、地域指定は、認定ひいては補償給
付を受けるための不可欠の要件であるから、以下右地域指定要件と環境基準との関
係について検討することとする。前記のように地域指定要件は、第一種地域にあつ
ては、「事業活動その他の人の活動に伴つて相当範囲にわたる大気の汚染が生じ、
その影響による疾病が多発している」ことであり、右要件は、相当範囲にわたる著
しい大気の汚染の発生とその影響による疾病の多発との二つの側面から規定されて
いる本のと解することができ、そのうち大気の汚染の程度に関しては、基本法第九
条第一項の規定による大気の汚染に係る環境上の条件についての基準、すなわち大
気環境基準が関連してくるといえる。ところで、右大気環境基準は、前述したよう
に、「人の健康を保護し、及び生活環境を保全するうえで維持されることが望まし
い基準」であり、政策上の達成目標ないし指針としての法的性質を有するのである
から、大気環境基準が直接地域指定要件としての大気の汚染の程度についての判断
を法律上拘束したり、あるいは、大気環境基準の改定が当然に右地域指定要件の改
定をもたらすというような連動関係が存在するということにならないのは、排出基
準及び総量規制基準との関係について前述したのと同様である。
ところで、地域指定要件の認定が原告ら主張の昭和四九年一一月二五日付中公審答
申「公害健康被害補償法の実施に係る重要事項について」に基づき運用されている
こと及び右答申の要旨については、当事者間に争いがない。そうして、右争いない
答申の要旨によれば、その内容は次のとおりである。
ア 大気汚染の程度は、当面は、硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊粒子状物質の三
種類の汚染物質を指標として判定する。
イ 大気の汚染の程度を判定する方法としては、当面はそれぞれの汚染物質ごとに
大気の汚染の程度を定め、これらを総合的に考慮して判定するのが適当である。
ウ 各汚染物質に係る汚染の程度は、おおむね次の四区分に分けるのが適当であ
る。
第一度 汚染物質の濃度が環境基準を越えている程度
第二度 有症率が環境基準を満たしている地域にみられる「自然有症率」にくらべ
て明らかに高くなる(おおむね二倍)程度の汚染の程度
第三度 旧環境基準(昭和四八年五月の改定前の二酸化硫黄に係る環境基準を指
す。)を越し、有症率が自然有症率の二~三倍、ときにはそれ以上となる程度の汚
染の程度
第四度 極めて著しい汚染があり、有症率が自然有症率の四~五倍、ないしそれ以
上に達する程度の汚染の程度
エ 第三度以上の大気の汚染があれば、「著しい大気の汚染」があるものと判定し
てよい。
そうして、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号によれば、前記中公審答申の
その他の趣旨及び内容は、次のとおりであると認めることができる。すなわち、右
答申が大気の汚染の程度の判定につき、当面は、硫黄酸化物、窒素酸化物及び浮遊
粒子状物質を指漂とすることとしているのは前述のとおりであるが、窒素酸化物に
ついては、疫学的研究により健康被害との関係を量的に把握するための資料が乏し
いこと等の理由により、答申の時点においては公害健康被害補償の見地から窒素酸
化物による大気の汚染の程度を数字で示すのは困難であり、浮遊粒子状物質につい
ても同様の問題があるとされた。そこで、答申は、硫黄酸化物で代表された大気の
汚染の程度を示すこととし、その例として二酸化硫黄の年平均値により、次のとお
り大気の汚染の程度を示している。
なお、この点に関し、一度に示す最低値(年平均値〇・〇二ppm)については環
境基準との統計的な対応において考える必要があり、地域によつて異なり得るとさ
れ、また、硫黄酸化物で代表される大気汚染の程度は、年平均に基づいたものを示
すが、さらに季節的変動、高濃度汚染の出現頻度等についても考慮して汚染の程度
を判定すべきであるとされている。
また、現時点において大気の汚染が軽度になつていても、過去に著しい大気の汚染
があれは現在においても過去の著しい大気の汚染の影響を受けた疾患が多発してい
ることも考えられるので、大気の汚染の程度は、現時点のみならず、できるだけ過
去にさかのぼつて(ただし、原則としておおむね一〇年程度を限度とする)汚染の
程度を判定することが必要な場合もあろうとされ、また、大気の汚染物質の排出量
が同一であつても、山、海の存在、風向、気温等の気象条件、発生源と大気の汚染
の影響を受けている地域との距離、特殊の立地条件等の個別的条件により大気の汚
染の程度には差があり得ること等も十分考慮して大気の汚染の程度を決定する必要
があるとされている。
次に、健康被害に関する要件については、大気の汚染の影響による健康被害の発生
程度は、次のとおりに区分されている。
なお、右にいう「自然有症率」とは、大気の汚染が極めて軽度(新環境基準(昭和
四八年五月の改定後の二酸化硫黄に関する基準を指す。)を満たす程度)の地域に
おける有症率をいうものである。
有症率の程度の一度、二度、三度は、おおむね大気の汚染の程度の二、三度、四度
程度の地域においてみられる有症率に相当する。
第一種地域の指定を行なうに当たつては、補償法第二条第一項に示されている「著
しい大気の汚染」があることと、「その影響による疾病が多発」していることが客
観的に明らかにされることが必要なのであるが、「著しい大気の汚染」(例えば三
度以上の大気の汚染)があり、「その影響による疾病が多発(例えば有症率が二度
以上)している場合には問題はないが、両者が併行していない場合には調査対象地
域についての地域特殊性を十分に考慮し慎重に判断する必要がある。例えば、有症
率が二度以上であるにもかかわらず、年平均値に基づいた大気の汚染の程度が三度
未満の場合には、季節別の平均値や高濃度汚染の出現頻度、硫黄酸化物以外の汚染
物質による大気の汚染の程度等を考慮しつつ、大気の汚染の程度を総合的に判断し
て、二度以上の有症率が説明しうるかどうか(つまり、総合的な汚染の程度がおお
むね三度相当とみなされるかどうか)を検討し、逆に年平均値に基づいた大気の汚
染の程度が三度以上であるにもかかわらず、有症率が一度程度である場合には、指
定疾病による受診率その他の有症率に関連した資料により著しい大気の汚染の影響
による疾病が多発していると考えられるかどうか(つまり総合的にみた有症率の程
度がおおむね二度相当とみなされるかどうか)を検討して、当該地域の指定の可否
について判断するのが適当である。
前記中公審答申の趣旨及び内容は以上のとおりであると認められ、他にこの認定を
左右するような証拠は存在しない。
そうして、以上判示の事実によつて考えるのに、まず、現在地域指定要件としての
大気の汚染の程度を判定する指標として用いられているのは、硫黄酸化物であるか
ら、二酸化窒素についての環境基準を改定したからといつて、右大気の汚染の程度
の判定に対し直接の影響を及ぼすことにはならない。のみならず、仮に将来窒素酸
化物に関する資料が整備され、健康被害との関係が量的に把握することが可能とな
つた結果窒素酸化物が指標として用いられることになつたとしても、窒素酸化物に
ついての環境基準がどのように設定されるかによつて、地域指定の要件としての大
気の汚染の程度の判定が一義的に決定されるわけでは決してなく、大気の汚染の季
節的変動や高濃度汚染の出現頻度、過去における著しい汚染の有無、具体的事案に
おける気象条件、立地条件等の個別的要因等をも総合的に考慮して判断するべきも
のとされているのである。
また、地域指定の第二の要件である「健康被害に関する要件」についてであるが、
大気汚染の程度の判定についての指標が現に硫黄酸化物とされていることは前述し
たとおりであるから、大気の汚染が極めて軽度で環境基準を満たす程度の地域にお
ける有症率を「自然有症率」とし、これとの比較において有症率の程度を定めるこ
と前判示のとおりであるにしても、二酸化窒素の環境基準が改定されたからといつ
て、健康被害に関する要件の判断になんらの影響の及ぶ筋合ではないことは、前同
様というべきである。のみならず、仮に窒素酸化物が指標として用いられることに
なつた場合を考えても、その環境基準がどのように設定されるかによつていわゆる
「自然有症率」に影響が及ぶことがあるのは格別、その設定によつて一義的に大気
汚染の影響による疾病の多発の要件の存否が確定されるものでないことは、前記中
公審答申の趣旨及び内容に照らしても明らかである。
(3) 次に、既に第一種ないし第二種地域に指定されている地域についてみる
と、当該地域が環境基準の緩和により環境基準に適合することになつたからといつ
て、当然に右地域指定が失効すると解すべき根拠はなく、右地域指定の解除には内
閣総理大臣が補償法第二条第四項所定の関係機関の意見を聴取したうえ政令改廃の
手続を必要とする。のみならず、前掲乙第一号証によれば、前記中公審答申は、地
域指定の解除要件として「著しい大気の汚染」がなくなり、「その影響による疾病
が多発」しなくなることが考えられるとし、具体的には相当期間(例えば五年程
度)にわたり大気の汚染の程度が一度か環境基準を満たす程度に改善され、かつ、
その地域における新しい患者の発生率が自然発生率(大気の汚染が極めて軽度の地
域でみられる患者の発生率)程度に低下することが要求されるとしていることが認
ぬられる。したがつて右答申も、指定地域が環境基準に適合するようになつたから
といつて、直ちに地域指定を解除すべきものであるとはしていないのである。
さらに、既に認定を受けている者については、当該指定地域か環境基準の緩和によ
り環境基準適合地域になつたとしても、右事実は認定の取消事由ではない(補償法
第九条)し、また、認定の更新(補償法第八条)を受ける妨げとなるものではない
から、これらの者の権利ないし法的地位が影響を受けることはないものといわねば
ならない。
(4) 以上の次第で、二酸化窒素についての環境基準が改定されたからといつ
て、現時点において補償法第二条第一項の規定による第一種地域の指定になんらの
影響が及ぶことはないし、また、そもそも右地域指定は、公害健康被害補償の見地
から独自に決定されるべき性質のものであつて、大気の汚染の指標とされる汚染物
質の環境基準の数値によつて一義的に決定されるような性質のものではないから両
者の間に法的な連動関係があるわけではない。したがつて、二酸化窒素についての
環境基準を改定する本件告示は、国民の具体的な権利ないし法律上の利益に対し、
直接に具体的法律効果を及ぼすものとはいえない。
5 環境基準をめぐる基本法制定の経緯
原告らは、環境基準に関する基本法第九条は、公害審議会の昭和四一年八月の中間
報告及び同年一〇月の答申を基礎とし、右答申における環境基準に関する基本的考
え方が国会において受容され、成立したものであるところ、右答申においては、環
境基準は、単なる政府の努力目標ではなく、法的拘束力を有する規範として考えら
れていたものであるから、右経緯からしても環境基準が政府の努力目標でないこと
は明らかであると主張する。
そこで検討するに、成立に争いない乙第二号証によれば、昭和四一年一〇月七日決
定された公害審議会答申は、冒頭に「公害対策のすすめ方」として、(1)今後の
公害対策は、地域全体について一定の目標を明らかにしたうえ、総合的、計画的に
行なわなければならず、環境基準にその目標として重要な役割をになわせること。
(2)従来の公害対策が事後規制的にすすめられていたのに対し、今後は土地利用
その他に着目した予防的施策を基調とすべきこと。(3)当面の効果を急ぐべき施
策と長期的目標をふまえて策定されるべき施策を正しく認識すること等の五項目に
わたる施策を進めるにあたつての原則的態度を明らかにするとともに、環境基準に
ついては中間報告をふまえ、その原則的考え方を次のように明らかにした。すなわ
ち、「(1)環境基準は、公害から国民の健康や生活環境その他の利益を保護する
ために、環境上守られるべき条件を公害の種類ごとに定めたものである。(2)環
境基準は、行政の目標となるべき基準であつて規制基準ではない。この目標が達成
されるように、排出基準の強化、発生源の立地規制、使用燃料の規制その他の施策
を実施することになる。(3)したがつて、その具体的数値は、科学によつて究明
された汚染物質等の量と影響との関係を基礎にし、社会的、経済的、技術的配慮を
加えて定めるべきものである。(4)環境基準を設定する場合に、公害の及ぼすど
のような影響を排除しようとするかについては、当面は人の健康に及ぼす影響を中
心にするべきである。」としていることが認められる。右の考え方によれぱ、環境
基準は、政府の公害防止行政上の政策目標ないしは達成目標であつて、規制基準で
ないことは明白であるから、公害審議会答申が環境基準を法的強制力ある規範とし
て取り扱つているとの原告ら主張は、前提において誤つており採用できない。
6 結論
以上のように、環境基準は、政府が公害防止行政を総合的かつ計画的に推進してい
くうえでの政策上の達成目標ないし指針を示すものであつて、これを国民に対する
法的拘束力ある規範と解することはできないから、本来的に処分性を有するもので
はないといわねばならない。したがつて、本件告示による二酸化窒素に係る環境基
準の改定は右政府の公害防止行政上の政策目標ないし指針を変更したものにすぎな
いのであるから、これが原告らの権利義務ないしその法的地位に変動をもたらすも
のと認めることはできず、本件全証拠によつてもそのような事実を認めることはで
きない。また仮に、環境基準の改定によつて、公害防止、公害健康被害補償等に関
する施策の内容に何らかの影響が及ぶことがあるとしても、前記2ないし4に説示
したところに照らすなら、それによつて環境基準の改定それ自体が処分性を持つこ
とになるということはないのであつて、改定により具体的な施策の変更がされた段
階でこれに関する行政処分等を争うのは格別、それ以前において環境基準の改定そ
れ自体を処分として争うことは許されないものといわねばならない。
原告らは、二酸化窒素は特に人体の呼吸器系統に対し強い毒性を有するものであつ
て、本件告示による二酸化窒素に係る改定基準値では、呼吸器系健康被害を防止す
ることはできないとし、国民が本件告示によつて受ける被害を救済するためには、
右告示に行政処分性を認め、これを抗告訴訟の対象とする以外に方法がない旨主張
する。もちろん公害対策基本法を頂点とする公害法の体系においては、国民の健康
で文化的な生活の確保が基本的理念であり、とりわけ国民の生命、身体及び健康を
公害から保護することが、もつとも重要な目標であることについては、何人も疑い
を持たないであろう。そうして、この目標を達成するために環境基準が極めて重要
な指導的役割を演ずるものであり、公害防止施策の要ともいうべき機能を持つもの
であることも否定できない。しかし、環境基準は、すでに何度もくり返したとお
り、あくまでも、公害防止施策上のガイドライン、すなわち達成目標であり、指針
としての性質を有するものである。もちろん、前記公害対策の基本理念からすれ
ば、環境基準は、単なる理想としての希望値ではなく、あくまで終局的には達成さ
れるべきところの現実的な実現目標でなければならないし、排出規制、土地利用、
公害施策の設置の規制及び公害健康被害補償等の具体的施策の策定及び実施をリー
ドする具体的、現実的な指導値としての機能を果たさなければならない。したがつ
て、この意味で、環境基準は前述の国民の生命、身体、健康の保護という理念に副
うように、できる限り理想的なレベルに設定しなければならず、みだりに安易な妥
協に走つてはならないことは当然である。しかしながら、それはあくまで政治及び
行政の分野における施策上の目標としてそうなのであつて、環境基準が具体的な法
的拘束力を持ち、遵守を法的に強制するものとして理解されるからではない。国の
政策一般のなかに位置づけられる公害防止施策の上での達成目標をどのレベルに置
くかは、立法及び行政の分野において、国民の総意に基づいて決せられるべき政策
的課題であり、司法が立ち入るべきは、これに基づき国民の権利ないし法的地位に
具体的影響を及ぼすものとして個別的に実施される行政処分の適否等の分野であ
る。
以上要するに、本件告示は、「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」と
いうことはできず、右に該当することを前提とする本件訴えはその余の点につき判
断するまでもなく不適法といわねばならない。よつて、本件訴えを却下することと
し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条
第一項本文を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 藤田耕三 原 健三郎 田中信義)
別紙

二 酸化窒素に係る環境基準について
公害対策基本法第九条第一項による二酸化窒素に係る環境上の条件につき人の健康
を保護するうえで維持されることが望ましい基準(以下「環境基準」という。)及
びその達成期間等は、次のとおりとする。
第一 環境基準
一 二酸化窒素に係る環境基準は、次のとおりとする。
一 時間値の一日平均値が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmまでのゾーン内又は
それ以下であること。
二 一の環境基準は、二酸化窒素による大気の汚染の状況を的確には握することが
できると認められる場所において、ザルツマン試薬を用いる吸光光度法により測定
した場合における測定値によるものとする。
三 一の環境基準は、工業専用地域、車道その他一般公衆が通常生活していない地
域又は場所については、適用しない。
第二 達成期間等
一 一時間値の一日平均値が〇・〇六ppmを超える地域にあつては、一時間値の
一日平均値〇・〇六ppmが達成されるよう努めるものとし、その達成期間は原則
として七年以内とする。
二 一時間値の一日平均が〇・〇四ppmから〇・〇六ppmまでのゾーン内にあ
る地域にあつては、原則として、このゾーン内において、現状程度の水準を維持
し、又はこれを大きく上回ることとならないよう努めるものとする。
三 環境基準を維持し、又は達成するため、個別発生源に対する排出規制のほか、
各種の施策を総合的かつ有効適切に講ずるものとする。

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛