弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人入江一郎名義、同加藤一芳、同藤堂裕の上告理由について
 一 論旨は、まず、上告人の行つた昭和四六年二月二二日の石油製品価格の引上
げ決定(以下「本件決定」という。)は、その後行われた通商産業省の行政指導に
よりその効力を失い、各元売業者は右行政指導の枠内で自主的に価格の引上げ額を
決定することが可能となつたのであつて、それは、とりも直さず、行政指導の枠内
での価格競争が回復されたことにほかならないから、本件決定による競争の実質的
制限はなくなつたものと解すべきである、と主張する。
 1 この点に関し、原判決が本件審決認定事実につき実質的証拠があるものとし
て適法に確定した事実は、おおむね次の(一)のとおりであり、上告人の主張する行
政指導なるものと本件決定との関係に関する原審の認定判断は、次の(二)のとおり
である。
 (一) 昭和四六年二月二二日上告人の機関として一般石油製品の販売に関する事
項等につき決定権を有する営業委員会(上告人の会員元売業者各社の営業を担当す
る常務取締役らをもつて構成されている。)は、E株式会社会議室において、委員
長F以下一四委員出席のもとに会合を開き、「原油FOB(価格)UPに対する(
石油製品の油種別)値上げ幅の水準決定」を議題とし、石油製品の販売価格の引上
げについて協議した。その席上、重油専門委員長Gが、第一次から第三次までの原
油値上り(原油FOB値上げ単価、製品換算一キロリツトルあたり一一一三円)に
ともなう石油製品の油種別値上げ額の設定について、かねて作成されていた試算表
等に基づき、昭和四六年度石油供給計画中の内需向け生産量と日本銀行昭和四五年
一二月石油製品卸売価格ほか四計算基礎を用い、ケース一から五までの各油種別値
上げ必要額を算出し、さらに、ケース一を基礎にこれらを総合し、石油製品の油種
別値上げ目標額として、ケース「A」及びケース「B」の両案を算定する旨説明し
た。この説明があつた後、同委員会において、検討の結果、第一次原油値上り直後
の同四五年一二月の石油製品販売価格に対し、ケース「A」すなわち、一キロリツ
トルあたり、揮発油二〇〇〇円、ナフサ八〇〇円、ジエツト燃料油一五〇〇円、灯
油二〇〇〇円、軽油一五〇〇円、A重油一五〇〇円、B重油一〇〇〇円、C重油九
〇〇円を値上げ目標とし、同四六年三月一日以降、それぞれ石油製品の販売価格を
引き上げること、ただし、揮発油は、同年三月一日から、まず一〇〇〇円引き上げ
ることを決定した。
 (二) 上告人の主張する行政指導なるもの(以下「行政指導なるもの」という。)
は、上告人の主張するところによつても、通商産業大臣が法律上の強制権限に基づ
いて行うものではなく、通商産業省当局の単なる指導にとどまるものであるととも
に、その内容においても、原油コスト・アツプに伴う負担増分の全額を需要者に転
嫁することは適当でないが、製品換算一キロリツトルあたり八六〇円の限度で、こ
れを需要者に転嫁することはやむをえないとするもので、販売価格の引上げを指導
したものではなく、その販売価格の引上げを決定した本件決定とはその内容を異に
するものであつて、もとより本件決定を消滅させ、準拠すべき新たな価格を設定し
たものではないから、行政指導なるものに従いつつ本件決定に従うことも不可能で
はなく、仮に個々の上告人会員元売業者各社(以下「元売業者各社」という。)が
行政指導なるものの事実上の強制力によりこれに従うことを余儀なくされたため、
本件決定に基づく値上げの目標を完全に達成できなかつたとしても、その達成した
範囲内では、それが本件決定に基づく値上げでないとはいえないし、もとより元売
業者各社が行政指導なるものに事実上従つたからといつて、そのため本件決定の拘
束力が消滅し、元売業者各社のその後の価格行動が右決定に基づくものでなくなる
ものともいえない。のみならず、元売業者各社は、行政指導なるものが行われる以
前において、すでに本件決定に基づき、石油製品の値上げ額をその取引先に通告し、
おおむね、石油製品の販売価格を引き上げているうえ、さらに行政指導なるものが
行われた後の同年五月中旬ないし六月中旬現在においても、元売業者各社の各支店、
営業所等においては、その値上げ未了分の値上げ達成のため市況等をみながら可能
な範囲で努力中であることが明らかであつて、その間及び本件審判開始決定のとき
までに上告人が本件決定を破棄し、あるいは値上げの申入れを撤回させるなど破棄
に準ずる措置をとつた形跡はなく、他に本件決定が消滅したとすべき特段の事情も
認められない。
 2 ところで、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁
止法」という。)八条一項一号にいう競争の実質的制限が成立するための要件とし
ては、事業者団体の行動を通じ事業者間の競争に実質的制限をもたらすこと、これ
を本件に即していえば、上告人の機関決定により上告人所属の事業者らの価格行動
の一致をもたらすことがあれば足りるものと解するのを相当とする。したがつて、
事業者団体がその構成員である事業者の発意に基づき各事業者の従うべき基準価格
を団体の意思として協議決定した場合においては、たとえ、その後これに関する行
政指導があつたとしても、当該事業者団体がその行つた基準価格の決定を明瞭に破
棄したと認められるような特段の事情がない限り、右行政指導があつたことにより
当然に前記独占禁止法八条一項一号にいう競争の実質的制限が消滅したものとする
ことは許されないものというべきである。
   これを本件についてみるのに、原審の前記認定判断によれば、事業者団体で
ある上告人の行つた本件決定後、その実施の過程において、主務官庁の通商産業省
当局が本件決定における引上げ幅圧縮のガイドラインを示したところ元売業者各社
が事実上これに従つたにすぎず、本件決定がいかなる形式であれ明瞭に破棄された
と認めるに足りる特段の事情は何ら見当たらないというのであるから、前記競争の
実質的制限が成立するための要件は十分みたしているものとみるのを相当とする。
仮に、本件において事業者団体である上告人により決定された原油の製品換算一キ
ロリツトルあたり一一一三円の引上げが行政指導なるものに従つた結果八六〇円の
引上げにとどめられたとしても、行政指導なるものは価格引上げの限度を示したに
すぎないものであるから、これによつてさきに行われた上告人の価格引上げ決定の
効力に影響を及ぼすものとみることはできないといわなければならない。
 二 論旨は、現実の市場において各事業者が、その製品価格や希望価格(交渉値)
を決定するに当たつては、各事業者によつて異なるいわゆる油種構成比を考慮する
必要があり、他方、事業者団体の示す油種別価格は製品の油種別構成とは関係なく
決められるものであるため、各事業者の具体的販売価格を拘束する意味に乏しいか
のごとく主張する。確かに、石油のようないわゆる連産品にあつては、各事業者そ
れぞれの販売事情により、製品の油種構成比が重要な経営上の要因となることは否
定できない。しかし、本件決定は、原審の認定又は推認するところによれば、昭和
四六年度石油製品供給計画中の内需向け生産量を販売数量とし、日本銀行昭和四五
年一二月石油製品卸売価格を販売単価として、前記一一一三円をいわゆる等価比率
で割り振る方法により算定したものであり、事業者である元売業者各社は、本件決
定に基づき各自自社の石油製品の値上げ額を定め、おおむね本件決定所定の期日か
ら、揮発油については本件決定による価額のとおりに、その他の石油製品について
は右価額を目標として販売価格を引き上げているというのである。したがつて、本
件決定自体は所論の油種構成比とは関係がなく、また元売業者各社が、それぞれの
販売事情に応じた油種構成比を勘案することにより元売業者各社間において値上げ
額に多少の相違が生ずるとしても、それは原審が認定した程度にとどまるものであ
るから、いずれにしても、所論の理由により本件決定が独占禁止法八条一項一号に
いう競争の実質的制限にあたらないとすることはできないものというべきである。
論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難する
ものにすぎず、採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    横   井   大   三
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    寺   田   治   郎

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