弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1本件控訴を棄却する。
2原判決を次のとおり変更する。
3控訴人は,被控訴人に対し,1万0316円及びこれに対する平成19年
2月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4訴訟の総費用は控訴人の負担とする。
5この判決は,第3項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求める裁判
1控訴の趣旨
(1)原判決を取り消す。
(2)被控訴人の請求を棄却する。
(3)訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2控訴の趣旨に対する答弁
主文と同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件は,被控訴人が,被控訴人の娘で障害のあるAが身体障害者手帳の交付を
受けた際に,控訴人の職員Bから,Aの鉄道運賃及びバス運賃については5割引
となるとの説明を受けたが,介護者である被控訴人の鉄道運賃及びバス運賃も5
割引になること(本件割引制度)については何の説明も受けておらず,これはB
の説明義務違反であり,その結果,本件割引制度を利用できずに余分の運賃を支
出し,損害を被ったとして,控訴人に対し,国家賠償法1条1項,4条,民法7
09条及び715条1項に基づき,損害賠償金1万0316円及びこれに対する
訴状送達の日の翌日である平成19年2月2日から支払済みまで民法所定の年5
分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
原審においては,被控訴人は損害賠償金として1万0778円の支払を求めて
いたところ,原審は,Bは本件割引制度については何らの説明もしておらず,控
訴人には国家賠償法上の損害賠償義務が発生すると判断して,被控訴人の請求を
認容したので,控訴人が控訴した。
差戻し前の控訴審は,控訴人が本件割引制度の説明義務を負っているとはいえ
ないと判断し,原審の判決を取り消して,被控訴人の請求を棄却した。これに対
し,被控訴人が,上告した。
上告審において,被控訴人は請求額を1万0316円及びこれに対する平成1
9年2月2日からの年5分の割合による遅延損害金に減縮した。上告審は,身体
障害者福祉法9条4項2号は,市町村に対し,身体障害者の福祉の増進を図るた
め,行うべき業務として「身体障害者の福祉に関し,必要な情報の提供を行うこ
と」を課しており,本件割引制度は「身体障害者の福祉に関し,必要な情報」に
該当するところ,控訴人は被控訴人に本件割引制度についての情報を提供すべき
であるにもかかわらず,これを提供したものとは認められないと判断し,被控訴
人が控訴人から情報の提供を受けなかったことによって被った損害額等について
さらに審理を尽くす必要があるとして,当審に差し戻した。
2前提となる事実(証拠により容易に認定できる事実はかっこ内に証拠を示
す。)
(1)Aは,平成18年1月30日ころ,埼玉県発行の「身体障害者手帳」(身
体障害者等級表による級別3級。以下「本件手帳」という。)の交付を受けた。
本件手帳には,Aの氏名等のほか,「旅客鉄道株式会社旅客運賃減額第1種」
という記載と「要介護」という押印がなされていた。その際,埼玉県志木市長
発行の「重度心身障害者医療費受給者証」の交付も受けた。
(2)被控訴人は,同日,控訴人の健康福祉部福祉課(福祉課)職員のBから本
件手帳の交付を受け,Aの鉄道運賃及びバス運賃については5割引になるとの
説明を受けた。
(3)本件割引制度を利用すると,第1種身体障害者であるAを介護して鉄道及
びバスに乗車する場合の介護者の鉄道運賃及びバス運賃は,5割引となる。
(4)本件訴状は,平成19年2月1日に控訴人に送達された。
3争点
(1)本件割引制度に関する情報提供の有無
(被控訴人の主張)
被控訴人は,平成18年1月30日ころ,Bから本件割引制度についての説
明を受けておらず,「障がい者のてびき」(旧てびき)の交付も受けていない。
被控訴人が控訴人に対して旧てびきを送るよう依頼したのは,平成18年11
月17日のことである。仮に,旧てびきが交付されていたとしても,バス運賃
についての本件割引制度に関する記載は不十分なものであり,情報提供義務が
尽くされていたとはいえない。
(控訴人の主張)
Bは,平成18年1月30日ころ,被控訴人に対し旧てびきを交付しており,
旧てびきの43頁の「4.バス料金の割引」の項には介護者も半額となる旨記
載されている。したがって,Bの説明如何にかかわらず,控訴人の被控訴人に
対する介護者のバス料金の割引制度に関する情報提供は行われていたといえる。
さらに,Bは,本件手帳と旧てびきを交付した際,被控訴人に対し,介護者
も鉄道運賃及びバス運賃が半額になると説明している。
よって,控訴人は,被控訴人に対し,本件割引制度について情報提供を行っ
ている。
(2)損害額
(被控訴人の主張)
ア(ア)被控訴人は,平成18年7月27日から同月29日まで,Aを介護し
て山形市の蔵王温泉に行き,その際,JR上野駅からJR山形駅までの往
復の鉄道運賃として1万1560円及び山形駅前から蔵王温泉までの往復
のバス運賃として1680円を支払った。
(イ)被控訴人は,平成18年11月14日から同月16日まで,Aを介護
して福島県会津若松市及び同県喜多方市まで旅行に行き,その際,JR大
宮駅からJR喜多方駅までの往復の鉄道運賃として8316円を支払った。
(ウ)被控訴人は,控訴人から本件割引制度の説明を受けていれば本件割引
制度を利用していたところ,控訴人の情報提供義務違反により,上記(1)
の鉄道運賃及びバス運賃の合計1万3240円の5割に相当する6620
円,上記(2)の鉄道運賃8316円と通常の運賃9240円の5割に相当
する4620円との差額である3696円,合計1万0316円の損害を
受けた。
イ被控訴人は,控訴人から本件割引制度の情報提供を受けなかったことによ
り,本件割引制度を利用せずに乗車券を購入していたのであり,控訴人によ
る情報提供義務違反と過分に払った運賃相当額の損害との間には相当因果関
係がある。
(控訴人の主張)
被控訴人の主張は否認し争う。
なお,本件割引制度を利用せずにJR大宮駅からJR喜多方駅までの往復切
符を購入したのは被控訴人の息子であるから,仮に情報提供義務が果たされて
いたとしても本件割引制度は利用されなかったのであり,同義務違反とこの鉄
道運賃に関する損害との間には因果関係がない。
また,被控訴人は喜多方駅の駅員から介護者の運賃も半額になると教えられ
たというのであるから,その時点で未使用の乗車券の払戻しを行い,その上で
本件割引制度を利用することができたのであり,この時点で因果関係が切断さ
れているというべきである。したがって,JR喜多方駅からの復路分の鉄道運
賃にかかる損害は理由がない。
第3争点に対する判断
1争点(1)(本件割引制度に関する情報提供の有無)
(1)証拠によると,次の事実が認められる。
ア被控訴人は,平成18年1月30日ころ,控訴人の福祉課職員から本件手
帳を交付する旨の連絡を受けて,同課へ赴き,同課職員のBから本件手帳の
交付を受け,その際,旧てびきの10頁の「障がい区分・等級(程度)別制
度表」を示されながら,Aに関連する福祉の制度について説明され,Aの鉄
道運賃及びバス運賃は5割引になるとの説明を受け,旧手引きを交付された。
被控訴人は,重度医療担当職員から,Aの医療費はすべて公費負担になるこ
となど医療費免除の説明を受けた後,再度Bのところに戻り,障害者の鉄道
運賃及びバス運賃の割引制度の利用方法について質問をした。当日,被控訴
人は,障害者が介護者の介護を受けて鉄道及びバスに乗車する場合の介護者
の運賃も割引になるとの本件割引制度の説明は受けなかった。(甲9,13,
22,乙3,差戻し前の控訴審における証人B及び被控訴人本人)
イ旧てびきには,「JR(鉄道・バス)私鉄(鉄道)運賃の割引」の項目に,
「区分」「第1種身体障害者(介護付)」,「割引率」「5割」という記載
があるが,本件割引制度についての記載はない。また,「航空運賃の割引」
の項目には,割引制度が障害者本人と同乗する同数の介護者にも適用される
旨の記載があり,「バス料金」の項目には,全障害者の普通乗車券が5割引
になるとの記載のほか,「要介護」を押印してある手帳を持っている人は,
介護者も半額になるとの記載がある。(甲15)
ウ平成19年6月14日ころに控訴人から被控訴人に送付されてきた「障が
い者のてびき」(新てびき)の「JR運賃の割引」の項目は,「対象」「第
1種障害者とその介護者」,「割引率」「50%」という記載になっている。
(甲16,17)
(2)上記認定事実によると,Bは被控訴人に本件割引制度について説明してお
らず,被控訴人に渡された旧てびきにも本件割引制度が理解できるようには記
載されていないのであって,控訴人は被控訴人に対し,本件割引制度について
充分な情報提供を行っておらず,情報提供義務を果たしていなかったと認めら
れる。
(3)これに対し,控訴人は,Bは被控訴人に本件割引制度について説明してお
り,また,旧てびきの交付によっても情報提供を行っていると主張し,これに
沿ったBの陳述書(乙3)や証言がある。
しかし,Bが,被控訴人に対し,旧てびきの10頁に記載された「障がい区
分・等級(程度)別制度表」を示しながら,Aに関連する福祉の制度について
説明したことは認められるものの,この表は障害者に適用される制度について
記載された表であり,しかも「○」や「△」の印が付いているだけであって,
その具体的な内容は不明であり(甲22),この表を示しながら説明したとし
ても,必ずしも介護者に関する制度まで説明したとはいえない。さらに,Bの
供述等によると,障害者に関する割引制度の説明とあわせて本件割引制度につ
いても説明したということであるが,被控訴人は,平成18年7月及び同年1
1月にAと共に旅行に行った際,Aについては割引制度を利用したものの,本
件割引制度は利用していないのであり,同時に説明を受けながら,一方の割引
制度は利用し,もう片方の割引制度は利用しないというのも,考え難い。した
がって,Bは被控訴人に対し,本件割引制度までは説明していないと認めるの
が相当である。
また,旧てびきの「バス料金」の項目には,「要介護」を押印してある手帳
を持っている人の場合は,介護者も半額になるとの記載があるものの,「JR
(鉄道・バス)私鉄(鉄道)運賃の割引」の項目にはそのような記載はないの
であり,上記記載から,被控訴人が本件割引制度について理解できたはずであ
るとはいい難く,これによって被控訴人に本件割引制度について情報提供がな
されているとも認められない。
2損害額について
(1)被控訴人は,控訴人から本件割引制度の説明を受けていれば,本件割引制
度を利用して鉄道及びバスを利用したであろうと認められることから,実際に
支払った鉄道運賃及びバス運賃と本件割引制度を利用した場合の鉄道運賃及び
バス運賃の差額が控訴人の情報提供義務違反と因果関係のある被控訴人の損害
となる。
(2)本件において,以下の事実が認められる。
ア被控訴人は,平成18年7月27日から同月29日まで,Aを介護して,
山形市の蔵王温泉に行き,JR上野駅からJR山形駅までの往復の鉄道運賃
として1万1560円及び山形駅前から蔵王温泉までの往復のバス運賃とし
て1680円を支払った。(甲3,14,32,34)
イ被控訴人は,平成18年11月14日から同月16日まで,Aを介護して,
被控訴人の息子と共に,福島県会津若松市,同県喜多方市へ旅行に行き,J
R大宮駅からJR喜多方駅間の鉄道運賃として8316円を支払った。なお,
上記鉄道運賃の通常料金は片道4620円(往復で9240円)であり,8
316円はその1割引の金額である。(甲4ないし6,14,18,35,
36)
被控訴人は,往復乗車券を購入していたが,同月15日,喜多方駅で,駅
員から介護者の鉄道運賃も半額になると言われた。(甲13,36)
(3)以上によると,蔵王温泉への旅行に関しては,実際に払った運賃合計1万
3240円と本件割引制度を利用した場合の運賃6620円(1万1560円
×1/2+1680円×1/2)との差額6620円,会津若松市等への旅行
に関しては,実際に払った運賃8316円と本件割引制度を利用した場合の運
賃4620円(9240円×1/2)との差額3696円,合計で1万031
6円が被控訴人が被った損害となる。
なお,会津若松市等への旅行に際し,被控訴人の乗車券を購入したのは被控
訴人の息子であるが,同人は被控訴人から依頼されて,被控訴人の代わりに乗
車券を購入したものであり(甲36),被控訴人が控訴人から本件割引制度に
つき説明を受けていれば,当然そのことを息子にも伝えたと考えられるのであ
って,控訴人の説明義務違反とこの鉄道運賃に関する損害との間には相当因果
関係がある。
また,被控訴人は,この旅行中に喜多方駅で駅員から介護者も鉄道運賃が半
額になると言われ,事実上そのことを知ったが,このことをもって本件割引制
度に関する情報が被控訴人に提供されたとまではいえず,これを聞いた被控訴
人が,介護者の割引制度について控訴人に確認することができないまま,購入
済みの復路の乗車券の払戻しをせずに,これを使って鉄道に乗車したとしても,
不当であるとはいえない。したがって,復路分の鉄道運賃に関し,相当因果関
係がないとはいえない。
よって,控訴人の情報提供義務違反により被控訴人が受けた損害は,1万0
316円となり,被控訴人は国家賠償法1条1項に基づき同額を賠償すべき義
務を負うことになる。
3以上によれば,本件控訴には理由がないからこれを棄却することとし,主文の
とおり判決する。
さいたま地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官遠山廣直
裁判官八木貴美子
裁判官辻山千絵

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