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平成20年3月27日判決言渡
平成19年(行ケ)第10285号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年3月6日
判決
1原告X
2原告X
原告ら訴訟代理人弁理士丸山敏之
同宮野孝雄
同北住公一
同長塚俊也
同久德高寛
被告株式会社ナイーブ
訴訟代理人弁理士花村泰伸
同鈴木光彌
同松尾憲一郎
主文
1原告らの請求を棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2006−80151号事件について平成19年6月20日
にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
被告は,平成13年7月16日,発明の名称を「ゴム芯入り組紐リング及
び同リングの製造方法」とする発明につき特許出願(優先権主張2001年
1月8日・大韓民国,特願2001−215515号。以下「本件出願」と
いう。)をし,平成18年1月13日,特許第3759436号として特許
権の設定登録(設定登録時の請求項の数5。以下,この特許を「本件特許」
という。)を受けた。
これに対し,原告らから本件特許について無効審判請求(無効2006−
80151号)がされ,被告は,本件特許に係る明細書について,同年10
月30日付け訂正請求書をもって訂正の請求(以下「第1次訂正請求」とい
う。)をした後,平成19年2月22日付け訂正請求書をもって訂正の請
求(以下「本件訂正請求」という。)をした。被告は,本件訂正請求に係る
同日付け訂正請求書について,同年3月2日付け及び同年5月23日付けで
手続補正をした。なお,本件訂正請求により,特許法134条の2第4項に
基づき,第1次訂正請求は取り下げられたものとみなされた。
そして,特許庁は,同年6月20日,「訂正を認める。本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決(以下「審決」という。)をし,その謄本
は,同年7月2日,原告らに送達された。
2特許請求の範囲
本件訂正請求による訂正後の明細書における特許請求の範囲は,請求項1
ないし3から成り,その記載は,次のとおりである(以下,請求項1に係る
発明を「本件訂正発明1」,請求項2に係る発明を「本件訂正発明2」,請
求項3に係る発明を「本件訂正発明3」という。)。
「【請求項1】ゴム芯(2)と,同ゴム芯(2)を被覆して外皮となる組
紐(3)とにより構成されるゴム芯入り組紐(10)に所定間隔ごとに冷
却固化剤を塗布して固化部(4)を形成し,同固化部(4)においてゴム
芯入り組紐(10)を切断することにより両端を固化させた短尺ゴム芯入
り組紐(1)を形成し,同短尺ゴム芯入り組紐(1)の両端を非固化状態
とした後に,両端にそれぞれアセトンを塗布し,次いで,短尺ゴム芯入り
組紐(1)の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布してアセ
トンと混合し,ゴム芯(2)に沿ってシアノアクリレート系接着剤の一部
を伸延させることによりゴム芯(2)と組紐(3)とをシアノアクリレー
ト系接着剤によって一体化させながら短尺ゴム芯入り組紐(1)の両端を
接合してリング状としていることを特徴とするゴム芯入り組紐リングの製
造方法。
【請求項2】アセトン及びシアノアクリレート系接着剤を塗布した短尺
ゴム芯入り組紐(1)の両端を突き合わせることにより形成される接合
部(1b)に整形作業用テープ(11)を巻回し,シアノアクリレート系
接着剤の硬化前に整形作業用テープ(11)の外周面を押圧することによ
りシアノアクリレート系接着剤を組紐(3)に含浸させていることを特徴
とする請求項1記載のゴム芯入り組紐リングの製造方法。
【請求項3】組紐(3)の厚みを0.5mm以上としていることを特徴
とする請求項1または請求項2に記載のゴム芯入り組紐リングの製造方
法。」
3審決の内容
審決の内容は,別紙審決書写しのとおりである。
その理由の要旨は,①本件訂正発明1は,甲2(特開平8−308628
号公報)に記載された発明と,甲4,5,9に記載された発明に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものではなく,また,甲2ないし9
に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
もない,②本件訂正発明2,3も,本件訂正発明1と同様の理由により,当
業者が容易に発明をすることができたものではない,③本件特許に係る明細
書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が発明の実施をすることができる程
度に明確かつ十分に記載されたものであって,本件特許は特許法36条4項
1号(判決注・「平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4
項」の誤り。以下,単に「特許法36条4項」という。)に違反するもので
はない,というものである。
なお,審決は,本件訂正発明1と甲2に記載された発明(以下「甲2発
明」という。)とを対比し,以下のとおりの一致点及び相違点を認定した上
で,相違点3に係る本件訂正発明1の構成は,当業者が容易に想到し得るも
のであるが,相違点1,2,4に係る本件訂正発明1の構成は,当業者が容
易に想到し得るものではないと判断した。
(一致点)
「ゴム芯と,同ゴム芯を被覆して外皮となる組紐とにより構成されるゴム
芯入り組紐に所定間隔ごとに固化部を形成し,同固化部においてゴム芯入り
組紐を切断することにより両端を固化させた短尺ゴム芯入り組紐を形成し,
次いで,短尺ゴム芯入り組紐の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤
を塗布して,短尺ゴム芯入り組紐の両端を接合してリング状とする,ゴム芯
入り組紐リングの製造方法」である点。
(相違点1)
所定間隔ごとに固化部を形成するために,本件訂正発明1では,「冷却固
化剤を塗布」するのに対して,甲2発明では,「シアノアクリレート系接着
剤を含浸させてゴム芯と外皮組紐とを分離不能に一体に接着すると共に外皮
組紐を硬化させた硬化部を形成」する点。
(相違点2)
本件訂正発明1では,短尺ゴム芯入り組紐の両端にそれぞれシアノアクリ
レート系接着剤を塗布するに先立ち,「短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化
状態」とするのに対して,甲2発明では,短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固
化状態とするかどうかが不明である点。
(相違点3)
本件訂正発明1では,短尺ゴム芯入り組紐の両端にそれぞれシアノアクリ
レート系接着剤を塗布するに先立ち,該「両端にそれぞれアセトンを塗布」
するのに対して,甲2発明では,アセトンを塗布しているかどうかが不明で
ある点。
(相違点4)
本件訂正発明1では,「短尺ゴム芯入り組紐(1)の両端にそれぞれシア
ノアクリレート系接着剤を塗布してアセトンと混合し,ゴム芯(2)に沿っ
てシアノアクリレート系接着剤の一部を伸延させる」のに対して,甲2発明
では,シアノアクリレート系接着剤をアセトンと混合するかどうかが不明で
あり,また,該シアノアクリレート系接着剤の一部がゴム芯に沿って伸延す
るかどうかが不明である点。
第3当事者の主張
1審決の取消事由に関する原告らの主張
審決には,本件審判手続における特許法134条の2第2項に違反する手
続違背(取消事由1),本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事
由2),本件特許の特許法36条4項違反の判断の誤り(取消事由3)があ
る。
(1)手続違背(取消事由1)
本件訂正請求に係る平成19年5月23日付け手続補正書は,同年2月
22日付け訂正請求書(甲26)に,請求の理由として「訂正事項F,
H,K」(発明の詳細な説明の記載の段落【0008】,【0015】,
【0046】に関する各訂正事項)を追加するものであったから,審判長
は,特許法134条の2第2項の規定により,請求人である原告らに対
し,上記手続補正書の副本を送達しなければならなかった。
しかし,上記手続補正書の副本(甲31)は,平成19年6月11日,
本件審判事件の審理終結通知書(甲33)と共に,原告らの代理人に送達
され,本件審判事件の審理が終結されたため,原告らは,上記手続補正書
に対する意見を述べる機会がなかった。
したがって,本件審判手続には,特許法134条の2第2項違反の手続
違背があるから,審決は違法である。
(2)本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り(取消事由2)
審決は,以下のとおり,相違点1,2,4に係る本件訂正発明1の構成
の容易想到性についての判断を誤り,本件訂正発明1は,当業者が容易に
発明をすることができたものではないとの誤った判断をし,その結果,本
件訂正発明1を引用する本件訂正発明2,3についても,当業者が容易に
発明をすることができたものではないとの誤った判断をした。
ア相違点1の容易想到性の判断の誤り
審決は,「たとえ,ゴム材料において,切断箇所を冷却することが広
く知られた技術的事項であるとしても,甲2発明において,あらかじ
め,シアノアクリレート系接着剤により外皮組紐とゴム芯とを接着する
工程を排除することは,甲2発明の課題を解決する以上,阻害要因があ
るというべきであるから,あらかじめ,シアノアクリレート系接着剤に
より外皮組紐とゴム芯とを接着する工程に換えて,冷却固化剤を塗布す
るという工程を採用することを,当業者が容易に思い至るとする余地は
ない。」(審決書28頁5行∼11行)として,相違点1に係る本件訂
正発明1の構成は,当業者が容易に想到し得る程度のことであるとはい
えないと判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)甲2発明において,切断すべき箇所にあらかじめシアノアクリレ
ート系接着剤を浸透して,外皮組紐とゴム芯とを接着し硬化部(4)を形
成しているのは,ゴム芯入り組紐を切断した際,外皮組紐の両端のほ
ぐれを防ぐためである(甲2の段落【0040】)。これに対し本件
訂正発明1が,切断すべき箇所にあらかじめ冷却固化剤を塗布して固
化部を形成しているのは,弾性のあるゴム材料の切断を容易に行い,
平坦な切り口を得るためである(本件特許に係る本件訂正請求による
訂正後の明細書(甲26)の段落【0010】。以下。この明細書
を,本件出願の願書に添付された図面(甲1)と併せて「本件明細
書」という。)。
このように甲2発明における接着剤により外皮組紐とゴム芯とを接
着し「硬化部を形成する」工程と本件訂正発明1における「冷却固化
剤を塗布する」工程とは,目的も機能も全く異なり,比較することに
意味のない工程であり,両工程の置換が容易かどうかは問題とならな
い。
また,ゴム芯入り組紐の切断のために,切断すべき箇所にあらかじ
め冷却固化剤を塗布して凍結固化することは一般的技術事項である。
そして,甲2発明の実施によって形成した硬化部をそのまま残し
て,その上に冷却固化剤を塗布して固化部を形成し,ゴム芯を切断す
ることに,何ら阻害要因はない。
(イ)そうすると,甲2発明において,シアノアクリレート系接着剤に
より外皮組紐とゴム芯とを接着させて形成された硬化部に,「冷却固
化剤を塗布」して固化部を形成する構成(相違点1に係る本件訂正発
明1の構成)とすることは,当業者が容易に想到し得る程度のことで
ある。
イ相違点2の容易想到性の判断の誤り
審決は,相違点2に係る本件訂正発明1の構成(短尺ゴム芯入り組紐
の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布するに先立ち,「
短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状態」とする構成)は,「相違点1
が,当業者が容易に想到し得る程度のことであるとはいえないことか
ら,また,甲2発明において,「非固化」とすることについて阻害要因
があることから,当業者が容易に想到しうる程度のことではない。」(
審決書28頁34行∼29頁1行)と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)前記アのとおり,甲2発明において,「冷却固化剤を塗布」して
固化部を形成する構成(相違点1に係る本件訂正発明1の構成)を採
用することは,当業者が容易に想到し得る程度のことである。
また,固化部を切断した後に,次の工程の実施のために固化部を室
温に戻して非固化部とすることは,当然の手順であり,一般的技術事
項である(甲4,5)。したがって,相違点2に係る本件訂正発明1
の構成(「短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状態」とする構成)
は,一般的技術事項にすぎない。
(イ)そうすると,甲2発明において,「冷却固化剤を塗布」して固化
部を形成する構成(相違点1に係る本件訂正発明1の構成)を採用
し,その上で「短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状態」とする構
成(相違点2に係る本件訂正発明1の構成)を採用することは,当業
者であれば容易に想到し得る。
ウ相違点4の容易想到性の判断の誤り
審決は,「相違点3(判決注・「相違点4」の誤りと認める。)に係
る,「シアノアクリレート系接着剤を塗布してアセトンと混合」する方
法を採用することが,当業者が,容易に想到することであるということ
はできず,ましてや,「短尺ゴム芯入り組紐の両端にそれぞれシアノア
クリレート系接着剤を塗布してアセトンと混合し,ゴム芯に沿ってシア
ノアクリレート系接着剤の一部を伸延させる」ことは,当業者が容易に
想到する程度のことではない。」(審決書29頁23行∼28行)と判
断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)a甲2発明では,ゴム芯入り組紐の接着剤が塗布された位置に硬
化剤を噴霧するノズルが設けられ(甲2の段落【0030】),ゴ
ム芯入り組紐に接着剤を含浸させた後に硬化促進剤を塗布してい
る(甲2の段落【0041】)。
このように甲2発明では,接着剤が塗布された位置に硬化剤を噴
霧して,接着剤の硬化を促進しているから,接着剤と硬化促進剤を
混合していることは,当然の道理である。
b一方,本件訂正発明1においても,アセトンを硬化促進剤として
接着剤と混合している。
すなわち,①本件明細書(甲26)の段落【0015】,【00
33】,【0034】に,シアノアクリレート系接着剤は,アセト
ンと混合されてジェル化することが記載されていること,②シアノ
アクリレート系接着剤は,常態では,無色透明のさらさらした水の
ような液体であるが,これを被接着面に塗布すると,水分と結合し
て硬化を開始し,一部にジェル化が発生し,ジェル状態が全体に広
がり,最終的にはジェルが固化して固体プラスチックとなる性質が
あること(乙1,2),③市販のアセトン商品(甲40)の水分含
有率を測定した結果,水分量は0.4%であったこと(甲41),
④基板に直接滴下したシアノアクリレート系接着剤と,基板にあら
かじめアセトンを塗布した上へ滴下したシアノアクリレート系接着
剤とでは,後者の硬化が著しく早いこと(甲42の「第1実験」)
に照らすならば,本件明細書記載の上記①のジェル化現象は,アセ
トンとの混合によってシアノアクリレート系接着剤の硬化が促進さ
れたことを意味し,本件訂正発明1は,アセトンを硬化促進剤とし
て使用していることは,明らかである。
なお,本件明細書中の「シアノアクリレート系接着剤がアセトン
と混合されてジェル化することにより速乾性が低下し」(段落【0
034】)との記載は,科学原理に反するものであって,誤りであ
る。
cシアノアクリレート系接着剤の硬化速度を調整する目的で使用さ
れる硬化促進剤は,「セッター」又は「アクセレータ」と呼ば
れ,「セッター」には接着剤の塗布に先立ち塗布する前処理法と接
着剤が塗布された位置に塗布する後処理法がある(甲8の13
頁)。このような硬化促進剤の「前処理法」及び「後処理法」は,
いずれも当業者に知られている技術事項である。
そして,本件訂正発明1では,硬化促進剤としてアセトンを使用
し,シアノアクリレート系接着剤の塗布に先立ち,アセトンを塗布
して混合しているのに対し(硬化促進剤の「前処理法」に相当),
甲2発明では,硬化促進剤としてアミンを使用し(甲2の段落【0
030】),接着剤が塗布された位置に,硬化促進剤を塗布して混
合しているが(硬化促進剤の「後処理法」に相当),両者は,シア
ノアクリレート系接着剤に硬化促進剤を混合させる手順の違いにす
ぎない。
(イ)審決が認定するように,短尺ゴム芯入り組紐の両端にシアノアク
リレート系接着剤を塗布するに先立ち,アセトンを塗布すること(相
違点3に係る本件訂正発明1の構成)は,当業者が適宜採用し得る事
項である。
そして,シアノアクリレート系接着剤の塗布に先立って端部にアセ
トン等の硬化促進剤を塗布すれば,それらは,組紐繊維間で混合し,
接合面からあふれたシアノアクリレート系接着剤は,ゴム芯に沿って
伸延することは自明である。
(ウ)そうすると,甲2発明において,使用する硬化促進剤としてアセ
トンを選択し,相違点4に係る本件訂正発明1の構成(「短尺ゴム芯
入り組紐(1)の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布
してアセトンと混合し,ゴム芯(2)に沿ってシアノアクリレート系
接着剤の一部を伸延させる」構成)とすることは,当業者であれば容
易に想到し得る。
エまとめ
以上のとおり,審決には,相違点1,2,4の容易想到性の判断を誤
り,本件訂正発明1は,当業者が容易に発明をすることができたもので
はないと判断した誤りがある。
(3)特許法36条4項違反の判断の誤り(取消事由3)
審決は,原告らの主張を主張点(1)ないし(11)に整理し,逐次検
討した上で,「本件訂正発明1∼3に係る方法が,物理法則に反するな
ど,原理的に実施不能であるとする理由も見い出すことはできない。」(
審決書39頁24行∼26行)として,本件特許は特許法36条4項に違
反しないと判断した。
しかし,以下のとおり,審決のした主張点(1),(3),(8)の判
断には誤りがあり,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本
件訂正発明1を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したもの
ではないから,本件特許は特許法36条4項に違反しないとの審決の判断
は誤りである。
ア主張点(1)の判断の誤り
審決は,「主張点(1)に係わる箇所の記載(原告ら注・「本件明細
書の段落【0015)】)は,・・・・『シアノアクリレート系接着剤
はジェル状に変質し,速乾性を低下させることができ,』に変更され,
変更後の記載に特段の矛盾は見当たらない。なお,請求人は,・・・訂
正事項Hを争っていない。」(審決書33頁34行∼35頁1行)と判
断した。
しかし,前記(2)ウ(ア)bのとおり,シアノアクリレート系接着剤は,
常態では,無色透明のさらさらした液体であるが,これを被接着面に塗
布すると,水分と結合して硬化を開始し,一部にジェル化が発生し,ジ
ェル状態が全体に広がり,最終的にはジェルが固化して固体プラスチッ
クとなる性質を有し,アセトンとの混合によってシアノアクリレート系
接着剤の硬化は促進されている。しかも,このジェル化現象は,甲42
の第1実験で確認された現象と一致しているから,変更後の本件明細書
の段落【0015】の記載中「速乾性を低下させる」は,明らかに矛盾
しており,この点の審決の判断は誤りである。
また,前記(1)のとおり,本件訂正請求に係る「訂正事項H」の追加訂
正について,原告らは意見を述べる機会が与えられていなかったから,
原告らは「訂正事項Hを争っていない」との審決の判断も誤りである。
イ主張点(3)の判断の誤り
審決は,原告ら主張の主張点(3)について,本件明細書の段落【0
021】,【0022】の記載を挙げて,「特に,『組紐3は伸縮する
ゴム芯2と同様に伸縮するようにしている』との記載にかんがみても,
組紐とゴム芯とに負荷されている張力に顕著な差が与えられているもの
とは解されないから,冷却固化,切断,非固化の過程を経たとしても,
短尺ゴム芯入り組紐の切断端部のゴム芯が縮んで,ゴム芯の端部が外部
から殆んど見えなくなることは考えられない。・・・明細書の段落00
11の記載に関わって,発明の詳細な説明の記載では,本件訂正発明1
∼3の実施をすることができない,とすることはできない。」(審決3
4頁36行∼35頁8行)と判断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)原告らの主張点(3)は,本件明細書記載の製造方法では,「冷
却固化−切断−非固化」の過程を経た短尺ゴム芯入り組紐は,ゴム芯
が縮んで,組紐の繊維が切断端面に被さり,ゴム芯の端部が外部から
ほとんど見えなくなるため,切断端面同士の接着が妨げられるから,
ゴム芯入り組紐リングの製造ができないというものであり,その理由
は,以下のとおりである。
aゴム芯入り組紐の製造装置を説明した技術書(甲35)には,ゴ
ム芯は5∼7倍にのばし,これを中心糸にして,ゴム芯入り組紐が
組み上げられることが記載されており,同記載によれば,ゴム芯は
一般的に張力状態で組紐の内側に保持されているため,ゴム芯入り
組紐を切断すると,ゴム芯は切断面での拘束が開放されて,組紐中
へ縮むことが分かる。このことは,試験報告書(甲11)記載の「
切断後試料切断面写真No.1∼No.2」からも明らかである。
bそして,ゴム芯入り組紐は,専ら甲36に記載の装置を使って,
ゴム芯を5∼7倍に引っ張って,周りから組紐を組み上げて製造し
ているので,伸縮性のある糸状のゴム芯を,同じく伸縮性のある円
筒状の組紐に挿通することは不可能である。したがって,本件明細
書における「本発明のゴム芯入り組み紐の製造方法では,糸状に成
形されたゴム芯を,同ゴム芯と同様に伸縮自在とした中空の組紐内
に挿通させたゴム芯入り組紐を所定長さに切断して短尺ゴム芯入り
組紐を形成し」(段落【0009】)との記載,「ゴム芯入り組紐1
0は,図3に示すように,糸状に成形されたゴム芯2を中空の略円筒
状となっている組紐3内に挿通させて構成しており」(段落【00
21】)との記載は誤りである。
(イ)被告は,乙3のゴム芯入り組紐は,繊維量が少なく,切断しても
繊維は毛羽立たず,ゴム芯は露出しているから,本件訂正発明1の方
法により,端部同士の接合が可能である,また,本件訂正発明1の実
施態様は,ゴム芯に大きな張力が付与されていない状態で,そのゴム
芯入り組紐を冷却固化して切断し,非固化状態に戻しているから,ゴ
ム芯はさほど縮むことがない旨主張する。
しかし,切断しても毛羽立たないゴム芯入り組紐を発明の対象とす
るのであれば,わざわざ切断と接続のために冷却固化剤を塗布して凍
結したり,非固化状態に戻す必要はない。
また,甲42のゴム芯入り組紐は,日本国内で市販されている通常
のヘアーバンド用のゴム芯入り組紐であるが,これを本件訂正発明1
の製造方法により切断すれば,ゴム芯が縮んで,組紐の繊維は張力が
開放されてほどけて,毛羽立ち,ゴム芯端面を組紐の繊維が被さる状
態となる(甲42の「第2実験」の写真23,24)。このような通
常のゴム芯入り組紐を用いて本件訂正発明1を実施できないのであれ
ば,本件明細書は,発明の実施に必須の手段の記載を欠如している。
(ウ)以上によれば,本件明細書の記載のとおり製造しても,「冷却固
化−切断−非固化」の過程を経た短尺ゴム芯入り組紐は,ゴム芯が縮
んで,ゴム芯の端部が外部からほとんど見えなくなり,切断端面同士
の接着が妨げられ,ゴム芯入り組紐リングを製造することはできない
から,審決の主張点(3)の判断は誤りである。
ウ主張点(8)の判断の誤り
審決は,原告ら主張の主張点(8)について,「少なくとも,請求人
が提示した甲13の試験によっても,シアノアクリレート系接着剤とし
て,田岡化学工業(株)(シアノボンドRP−LX)を使用した場合に
は,試験片の接着が可能であったとされているのであるから,まず,シ
アノアクリレート系接着剤一般について,所期の効果を奏することがで
きないということはできない。」(審決書38頁11行∼15行)と判
断した。
しかし,審決の判断は,以下のとおり誤りである。
(ア)本件訂正発明1により製造したゴム芯入り組紐(甲13の9頁上
段の写真)は,単にリングの形態をしているだけで,実用品にはなら
ない。
すなわち,試験報告書(甲12)記載の引張試験結果によれば,甲
10の製造方法で製造された市販品のゴム芯入り組紐の接続強度は,
127ニュートン(13キログラム重)であるのに対し,本件訂正発
明1により製造したゴム芯入り組紐の接続強度は,52ニュートン(
5.3キログラム重)にすぎない。このように本件訂正発明1により
製造したゴム芯入り組紐は,市販品の40%の強度しかない不良品で
あり,本件訂正発明1は,満足できる接続強度の製造方法ではないの
で,実施不能である。
(イ)したがって,甲13から,本件訂正発明1は実施可能であるとす
る審決の主張点(8)の判断は誤りである。
エまとめ
以上のとおり,本件訂正発明1を実施してゴム芯入り組紐リングを製
造するには,ゴム芯入り組紐の両端部を接合する際,ゴム芯が必然的に
縮んで,組紐繊維の毛羽立ちが,接合面に入り込むことを防止する手段
が必要であるが,本件明細書は,接合面に組紐繊維が入り込むことを防
止する手段を開示していないため,本件明細書の記載に従って本件訂正
発明1を実施しても,実用に供し得る組紐リングの製造はできない。し
たがって,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項
の要件に適合せず,本件特許は同号に違反する。
2被告の反論
()取消事由1に対し1
第1次訂正請求に係る訂正請求書(甲22)の「六.請求の理由3.訂
正事項」の欄には段落【0008】,【0015】,【0046】につい
ての訂正の記載があり,本件訂正請求に係る「訂正事項H」(段落【00
15】に関する訂正事項)が記載されている。原告らは,第1次訂正請求
に対し平成18年12月11日付け弁駁書(甲23)を提出しており,実
質的に「訂正事項H」に意見を述べる機会が与えられていた。しかも,本
件訂正請求に係る平成19年5月23日付け手続補正書(甲31)の副本
は,審理終結通知書(甲33)と共に,原告らに送達されているのである
から,本件審判手続においては,特許法134条の2第2項の規定に沿っ
た手続が行われている。
()取消事由2に対し2
ア相違点1について
甲2発明における「硬化部」を形成する工程と,本件訂正発明1にお
ける「固化部」を形成する工程とは,切断時に外皮組紐のほつれを防ぐ
ことを目的としている点ではほぼ同じである。しかし,甲2発明におけ
る「硬化部」を形成する工程は,ゴム芯入り組紐を切断する前にシアノ
アクリレート系接着剤を用いて接着するという接着工程からなるもので
あるのに対し,本件訂正発明1における「固化部」を形成する工程は,
未だ接着剤を用いておらず,単に切断前の固化部形成のための冷却固化
剤塗布工程にすぎず,両工程は,硬化部あるいは固化部を形成する材料
が異なり,これに派生して硬化あるいは固化する作用形態が異なるプロ
セスである。
また,甲2発明における「硬化部を形成」する工程は,硬化部におい
て既に硬化している接着剤の表面が,端面の接合のために用いる同質の
接着剤の溶剤によって溶解するから,両接着剤の親和性が高く,硬化部
と接合部との一体的な接着を実現できる(甲2の段落【0024】,【
0034】)。これに対し,本件訂正発明1における「固化部を形成」
する工程には接着剤が用いられておらず,同質の2つの接着剤は存在し
ないから,甲2発明における「硬化部を形成」する工程に換えて,本件
訂正発明1における「固化部を形成」する工程を採用した場合には,接
着剤が接合状態を強固にしたり,固化部と接合部とを一体的に接着した
りする甲2発明の効果を奏することができない。
したがって,甲2発明における「硬化部を形成」する工程に換えて,
本件訂正発明1における「固化部を形成」する工程を採用することは,
当業者が容易に想到し得るとはいえない。
イ相違点2について
本件訂正発明1において,冷却固化剤を塗布して形成された固化部を
切断した後,短尺ゴム芯入り組紐の両端を「非固化状態」にするのは,
その後の工程でアセトンを塗布することにより,組紐にアセトンを含浸
させることができ,その後塗布される接着剤の組紐との馴染みを向上さ
せることができるからである(本件明細書の段落【0013】)。これ
に対し,甲2発明では,その硬化部は,シアノアクリレート系接着剤及
び硬化促進剤により硬化されるものであり,甲2には,硬化された後
に「非固化状態」にするための処置を施している記載もないから,シア
ノアクリレート系接着剤により接着された硬化部が,本件訂正発明1の
ように「非固化状態」になることはない。
したがって,甲2発明において,相違点2に係る本件訂正発明1の構
成を採用することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
ウ相違点4について
(ア)本件訂正発明1と甲2発明とは,シアノアクリレート系接着剤が
ゴム芯に沿って伸延する工程が異なる点で相違し,また,本件訂正発
明1ではアセトンを使用しているが,甲2発明では硬化促進剤を使用
している点で相違しており,アセトンは,原告らが主張するような硬
化促進剤ではない。
一般に,アセトンを用いることなく,シアノアクリレート系接着剤
のみを短尺ゴム芯入り組紐の両端に塗布し,その両端を接合した場
合,シアノアクリレート系接着剤は空気中の水分を触媒にしてジェル
化し,数秒で乾燥硬化し,両端が接着される。一方,アセトンを短尺
ゴム芯入り組紐の両端に塗布した後にシアノアクリレート系接着剤を
塗布し,その両端を接合した場合は,シアノアクリレート系接着剤は
アセトンとの混合によりジェル状に変質し,20∼30秒で乾燥固化
する(本件明細書の段落【0034】)。これは,前者はシアノアク
リレート系接着剤がそのままジェル化するのに対し,後者はシアノア
クリレート系接着剤にアセトンを混合してジェル化するため,アセト
ンを加えた分,ジェル化の量が多くなり,不純物であるアセトンの存
在により本来の瞬間接着剤として数秒で接着する機能が損われ,遅乾
性になるからである。
(イ)また,本件訂正発明1は,アセトンを塗布した後に,シアノアク
リレート系接着剤を塗布してアセトンと混合する工程を有しており,
甲8に記載されているような前処理法及び後処理法のいずれにも,セ
ッターとアロンアロファとを混合する工程については記載されていな
い。アセトンは,セッターの成分(硬化促進剤としての成分)を溶解
する溶剤としての働きを有するにすぎず,硬化促進剤としての機能を
発揮するものではない(乙1,2)。
(ウ)以上のとおり,甲2発明と本件訂正発明1とは,工程も材料も異
なり,甲2発明では接着剤の一部がゴム芯に沿って伸延するか不明で
あるから,甲2発明において,「短尺ゴム芯入り組紐(1)の両端に
それぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布してアセトンと混合し,
ゴム芯(2)に沿ってシアノアクリレート系接着剤の一部を伸延させ
る」こと(相違点4に係る本件訂正発明1の構成とすること)は,当
業者が容易に想到し得るものではない。
()取消事由3に対し3
ア主張点(1)について
甲42の「第1実験」は,アセトン及びシアノアクリレート系接着剤
の量によって,速乾性の結果が異なることを示しているにすぎず,少量
を塗布した布同志では,アセトンの有無にかかわらず,即座に両布を接
着したことからしても,量を考慮せずに速乾性の有無を一義的に論ずる
ことは誤りである。また,基板を用いた実験では,シアノアクリレート
系接着剤は盛り上がった形状を示すが,本件訂正発明1では,切断面に
アセトン及びシアノアクリレート系接着剤を塗布し,両切断面を接合す
るものであり,接合するときのシアノアクリレート系接着剤は両切断面
の間に介在するため,切断端面の間で盛り上がった形状を示さない。こ
のように,接合時におけるシアノアクリレート系接着剤の状態を考慮せ
ずに速乾性の有無を論ずることは,同様に誤りである。
したがって,本件明細書の「アセトンと混合されることになるシアノ
アクリレート系接着剤はジェル状に変質し,速乾性を低下させることが
でき」(段落【0015】)との記載には矛盾がない。
イ主張点(3),(8)について
(ア)本件訂正発明1におけるゴム芯入り組紐として,組紐とゴム芯と
が同様に伸縮するようにしているゴム芯入り組紐,すなわち,冷却固
化した後非固化状態に戻しても切断端面同士の接着を妨げるほどゴム
芯が縮むことのないゴム芯入り組紐(例えば,乙3のゴム芯入り組
紐)を用いることにより,本件訂正発明1を実施することができる。
このように本件訂正発明1を実施することができるゴム芯入り組紐は
現実に存在し,本件明細書の記載に従って本件訂正発明1を実施する
ことができる。
これに対し原告らは,本件訂正発明1を実施することができない毛
羽立ちの多いゴム芯入り組紐(甲42)を用いて,実施不能となる実
験を行ったにすぎない。
(イ)甲35は,ゴム芯入り組紐の一例を説明しているにすぎず,ゴム
芯入り組紐は,必ずしもゴム芯が5∼7倍に引き延ばされた状態で製
造されているとは限らない。また,甲13のリング状のゴム芯入り組
紐や甲12のゴム芯入り組紐リングは,おそらく,ゴム芯に張力を付
与したゴム芯入り組紐を用いて製造されたため,ゴム芯入り組紐を一
旦冷却固化して切断した後,非固化状態に戻すと,ゴム芯が縮んで,
組紐の繊維が切断端面に被さり,切断端面同士の接着を妨げることに
なったのものと思われる。
一方で,ゴム芯に張力がさほど付与されていないゴム芯入り組紐(
乙3)は,ゴム芯入り組紐を冷却固化して切断した後非固化状態に戻
しても,ゴム芯はさほど縮むことなく,切断端面同士を一定の接着強
度で接着することができるから,上記(ア)のとおり,本件訂正発明1
によりゴム芯入り組紐リングを製造できる。乙3のゴム芯入り組紐
も,最もありふれたゴム芯入り組紐であって,原告の主張するような
特殊なものではない。何が特殊で,何がありふれているかは,ゴム芯
入り組紐を切断した後のシアノアクリレート系接着剤による切断面の
接着の有無で決まることではない。
(ウ)以上のことは,製造現場におけるゴム芯の張力の程度という特別
の事情によって異なる結果となることを表しているにすぎず,本件訂
正発明1により発明の実施ができないゴム芯入り組紐(甲42等)が
存在するからといって,本件訂正発明1の発明の詳細な説明記載の技
術が実施不能という論拠にはならない。また,本件明細書は,冷却固
化,切断,非固化状態化及び接合という一連の技術によって,接合面
に組紐繊維が入り込むことのないゴム芯入り組紐リングを製造するこ
とができ,本件訂正発明1の実施に必要な手段を開示している。
ウまとめ
以上のとおり,審決がした主張点(1),(3),(8)の判断に誤
りはなく,本件明細書は,特許法36条4項の実施可能要件を満たして
いる。
第4当裁判所の判断
1取消事由1(手続違背)について
(1)原告らは,本件訂正請求に係る平成18年5月23日付け手続補正書
は,平成19年2月22日付け訂正請求書に,請求の理由として「訂正事
項F,H,K」(発明の詳細な説明の記載の段落【0008】,【001
5】,【0046】に関する各訂正事項)を追加するものであったから,
特許法134条の2第2項の規定により,審判長は,請求人である原告ら
に対し,上記手続補正書の副本を送達しなければならなかったのに,上記
手続補正書の副本(甲31)は,本件審判事件の審理終結通知書と共に,
原告らの代理人に送達され,本件審判事件の審理が終結されたため,原告
らは,上記手続補正書に対する意見を述べる機会がなかったから,本件審
判手続には,同項違反の手続違背があると主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
ア前記第2の1の事実と本件証拠を総合すれば,①被告は,平成18年
10月30日,本件特許に係る明細書について同日付け訂正請求書(甲
22)をもって第1次訂正請求をするとともに,原告らの本件無効審判
請求に対する答弁書(甲21)を提出したこと,②上記訂正請求書(甲
22)には,本件特許に係る明細書(甲1)の発明の詳細な説明の記載
の段落【0008】,【0015】,【0046】を,明りょうでない
記載の釈明を目的として訂正明細書のとおり訂正するとの記載があるこ
と(なお,段落【0046】については,同段落を削除するとの訂正で
ある。),③原告らは,被告の上記答弁書に対して,平成18年12月
11日付け弁駁書(甲23)を提出して反論したこと,④上記弁駁書(
甲23)には,第1次訂正請求により訂正された後の請求項に関する部
分について反論を含む記載があるが,発明の詳細な説明の記載の段落【
0008】,【0015】,【0046】の訂正についての反論の記載
はなかったこと,⑤被告は,平成19年2月22日,同日付け訂正請求
書(甲26)をもって本件訂正請求をし,これにより,第1次訂正請求
は取り下げられたものとみなされたこと,⑥上記訂正請求書(甲26)
に添付された訂正明細書の発明の詳細な説明の記載の段落【0008
】,【0015】,【0046】の内容は,上記①の平成18年10月
30日付け訂正請求書(甲22)で訂正された内容と同一であったが,
上記訂正請求書(甲26)の「六.請求の理由」の「3.訂正事項」の
欄には,発明の詳細な説明の記載の段落【0008】,【0015】,
【0046】を訂正事項とする旨の記載はなかったこと,⑦被告は,平
成19年2月22日付け訂正請求書(甲26)の「3.訂正事項」と「
4.請求の原因」を手続補正する旨の同年5月23日付け手続補正書(
甲31)を提出したこと,⑧上記手続補正書(甲31)には,発明の詳
細な説明の記載の段落【0008】,【0015】,【0046】を訂
正事項とする旨の記載があること,⑨平成19年6月11日,上記手続
補正書の副本(甲31)と本件審判事件の審理終結通知書(甲23)と
が共に原告らの代理人に送達され,本件審判事件の審理が終結されたこ
とが認められる。
イ上記アの認定事実によれば,本件訂正請求に係る平成19年2月22
日付け訂正請求書(甲26)を手続補正する同年5月23日付け手続補
正書の副本は,原告らに送達されていること,本件訂正請求に係る発明
の詳細な説明の記載の段落【0008】,【0015】,【0046】
に関する訂正事項(それぞれ訂正事項F,H,Kに対応)の内容は,第
1次訂正請求に係る訂正内容と同一であり,原告らは平成18年12月
11日付け弁駁書の中で第1次訂正請求に係る他の訂正部分について反
論しているように,本件審判手続が終結するまでの間に,上記訂正事項
について実質的に反論する機会があったことが認められる。
そうすると,本件審判手続において,原告らが主張する特許法134
条の2第2項違反があったものとは認められない。
(2)以上によれば,原告主張の取消事由1は理由がない。
2取消事由2(本件訂正発明1の容易想到性の判断の誤り)について
(1)相違点1の容易想到性の判断の誤りについて
原告らは,①甲2発明における接着剤により外皮組紐とゴム芯とを接着
し「硬化部を形成する」工程は,ゴム芯入り組紐を切断した際,外皮組紐
の両端のほぐれを防ぐためであるのに対し,本件訂正発明1における「冷
却固化剤を塗布する」工程は,弾性のあるゴム材料の切断を容易に行い,
平坦な切り口を得るためであり,両工程は,目的も機能も全く異なり,比
較することに意味のない工程であり,置換が容易かどうかは問題とならな
い,②ゴム芯入り組紐の切断のために,切断すべき箇所をあらかじめ冷却
固化剤を塗布して凍結固化することは一般的技術事項であり,甲2発明の
実施によって形成した硬化部をそのまま残し,その上に冷却固化剤を塗布
して固化部を形成し,ゴム芯を切断することに何ら阻害要因はない,③し
たがって,甲2発明において,シアノアクリレート系接着剤により外皮組
紐とゴム芯とを接着させて形成された硬化部に,「冷却固化剤を塗布」し
て固化部を形成する構成(相違点1に係る本件訂正発明1の構成)とする
ことは,当業者が容易に想到し得る程度のことであるのに,相違点1に係
る本件訂正発明1の構成の容易想到性を否定した審決の判断は誤りである
旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり失当である。
ア本件明細書の記載事項
(ア)本件明細書(甲26)の発明の詳細な説明には,次のような記載
がある。
a「・・・ゴム芯入り組紐の両端を単に接着剤で接合させてリング
状とした場合には,ゴム芯入り組紐の両端における組紐の繊維が毛
羽立ちやすく,美観を損ねるという問題があった。」(段落【00
05】),「【課題を解決するための手段】そこで,本発明のゴ
ム芯入り組紐リングの製造方法では,ゴム芯と,同ゴム芯を被覆し
て外皮となる組紐とにより構成されるゴム芯入り組紐に所定間隔ご
とに冷却固化剤を塗布し固化部を形成し,同固化部においてゴム芯
入り組紐を切断することにより両端を固化させた短尺ゴム芯入り組
紐を形成し,同短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状態とした後
に,両端にそれぞれアセトンを塗布し,次いで,短尺ゴム芯入り組
紐の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布してアセト
ンと混合し,ゴム芯に沿ってシアノアクリレート系接着剤の一部を
伸延させることによりゴム芯と組紐とをシアノアクリレート系接着
剤によって一体化させながら短尺ゴム芯入り組紐の両端を接合して
リング状とするようにした。」(段落【0007】)
b「【発明の実施の形態】本発明のゴム芯入り組紐リングの製造
方法では,糸状に成形されたゴム芯を,同ゴム芯と同様に伸縮自在
とした中空の組紐内に挿通させたゴム芯入り組紐を所定長さに切断
して短尺ゴム芯入り組紐を形成し,同短尺ゴム芯入り組紐の両端ど
うしを接合することによりゴム芯入り組紐リングとしているもので
ある。」(段落【0009】)
c「・・・短尺ゴム芯入り組紐への切断を行なう際に,切断部分を
冷却固化剤によって冷却固化させることにより,ゴム芯と組紐とを
一体化させるととも(判決注・「とともに」の誤り)弾性変形が生
じないようにし,切断を行ないやすくするようにしている。」(段
落【0010】),「そのうえ,冷却固化することによって,切断
にともなって組紐がほつれたり毛羽立ったりすることを防止するこ
とができ,かつ,ゴム芯部分の切断面が均質な平坦面となるように
切断を行なうことができ,・・・短尺ゴム芯入り組紐の両端どうし
の接合を良好に行なうことができる。」(段落【0011】)
d「冷却固化剤によって冷却固化された短尺ゴム芯入り組紐の両端
は,解凍することによって非固化状態とし,非固化状態となったと
ころで両端にそれぞれ接着剤塗布前処理剤を塗布し,その後,接着
剤を引き続いて塗布するようにしている。」(段落【0012
】),「短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状態として接着剤塗布
前処理剤を塗布することにより,組紐に同接着剤塗布前処理剤を含
浸させることができ,その後塗布される接着剤の組紐との馴染みを
向上させることができる。」(段落【0013】)
e「接着剤塗布前処理剤が塗布され,次いで接着剤が塗布された短
尺ゴム芯入り組紐の両端は,互いに突き合わせることにより接合さ
れてリング状となり,ゴム芯入り組紐リングを形成するようにして
いる。」(段落【0014】),「このとき,接着剤塗布前処理剤
としてアセトンを使用し,接着剤としてシアノアクリレート系接着
剤を使用することにより,アセトンと混合されることになるシアノ
アクリレート系接着剤はジェル状に変質し,粘性を低下させること
ができるとともに,速乾性を低下させることができ,強固な接着を
行なうのに必要な量の接着剤を短尺ゴム芯入り組紐の両端に保持さ
せやすくすることができる。」(段落【0015】)
f「【実施例】・・・ゴム芯入り組紐10は,図3に示すように,糸
状に成形されたゴム芯2を中空の略円筒状となっている組紐3内に
挿通させて構成しており,かつ,組紐3は伸縮するゴム芯2と同様
に伸縮するようにしている。」(段落【0021】),「引き出さ
れたゴム芯入り組紐10には所定間隔ごとに冷却固化剤塗布装置40に
より冷却固化剤を塗布し,ゴム芯入り組紐10の一部を冷却固化して
固化部4を形成するようにしている。本実施例では,冷却固化剤と
してニトロゲン(窒素)を用い・・・冷却固化剤塗布装置40より噴
霧することによってゴム芯入り組紐10を冷却固化して固化部4を形
成するようにしている。」(段落【0023】),「固化部4は切
断部5ともなっており,・・・切断部5(固化部4)を送給装置30
の切断装置50の部分に位置させて切断を行ない,短尺ゴム芯入り組
紐1を形成するようにしている。」(段落【0024】),「切断
部5は冷却固化されているため,切断にともなって組紐3がほつれ
たり毛羽立ったりすることがなく,かつ,ゴム芯2部分の切断面が
均質な平坦面となるように切断を行なうことができる。」(段落【
0026】),「切断によって形成された短尺ゴム芯入り組紐1
は,ニトロゲン(窒素)によって両端1a,1aが冷却固化されている
が,時間の経過にともなって両端1a,1a部分の温度が上昇するにつれ
て固化状態から非固化状態とすることができる。すなわち,洗浄処
理等の余分な作業を行なうことなく,・・・作業コストが高騰する
ことを防止することができる。」(段落【0027】,【0028
】)
g「・・・両端1a,1aが非固化状態となった短尺ゴム芯入り組紐1の
両端1a,1aに,図2(a)に示すように,まず接着剤塗布前処理剤を
塗布するようにしている。特に本実施例では接着剤塗布前処理剤と
してアセトンを使用するようにしている。・・・アセトンを塗布す
ることによって,短尺ゴム芯入り組紐1の両端1a,1a部分,特に,ゴ
ム芯2の表面部分において,油分などからなる汚れを化学的に除去
することができるとともに,組紐3部分にアセトンを含浸させるこ
とができる。次いで,図2(b)に示すように,短尺ゴム芯入り組
紐1の両端1a,1aに接着剤6の塗布を行なうようにしている。・・
・」(段落【0030】∼【0032】)
h「・・・あらかじめ同両端1a,1a部分にアセトンを塗布しているこ
とによって,接着剤6はアセトンと混合してジェル状に変質し,ゴ
ム芯2に沿ってゴム芯2と組紐3との間の空間をゆっくりと流れ広
がりながら伸延するようにしている(図3(a)参照)。さらに,
組紐3に含浸したアセトンが誘引作用を生起して組紐3を構成して
いる繊維の隙間にも接着剤6が含浸していくようにしている。」(
段落【0033】),「特に,・・・シアノアクリレート系接着剤
は,通常,数秒で乾燥・硬化する速乾性の接着剤であるが,アセト
ンと混合されてジェル化することにより速乾性が低下し,乾燥して
硬化するまでに20∼30秒程度時間がかかる遅乾性となる。従っ
て,接着剤6の塗布後,慌てて短尺ゴム芯入り組紐1の両端1a,1aの
接合を行なう必要はなく,ジェル化した接着剤6をじっくりゴム芯
2と組紐3とに馴染ませることができる。」(段落【0034】)
i「ゴム芯2と組紐3との間に接着剤6を伸延させた後,図2(
c)に示すように,短尺ゴム芯入り組紐1の両端1a,1aを突き合わせ
ることにより接着剤6を介しての接合を行なうようにしている。短
尺ゴム芯入り組紐1の両端1a,1aを突き合わせて接合することによ
り,接合部1bが形成されることとなる。」(段落【0035】)
j「【発明の効果】請求項1記載の発明によれば,・・・低コス
トでゴム芯入り組紐リングを製造することができるとともに,接合
部分の接合強度を向上させることができる。」(段落【0044
】)
(イ)上記(ア)の記載及び本件願書に添付された図面(甲1)によれ
ば,本件訂正発明1(請求項1)において,「ゴム芯入り組紐に所定
間隔ごとに冷却固化剤を塗布して固化部を形成」する工程を経た上
で,「同固化部においてゴム芯入り組紐を切断」し,短尺ゴム芯入り
組紐を形成しているのは,切断部分を冷却固化剤によって冷却固化さ
せる上記工程により,ゴム芯と組紐とを一体化させ弾性変形が生じな
いようにして,切断を行いやすくするとともに,切断に伴って組紐が
ほつれたり毛羽立ったりすることを防止し,かつ,ゴム芯部分の切断
面を均質な平坦面となるようにし,得られた短尺ゴム芯入り組紐の切
断面(両端)の接合を良好に行うことができるようにするためである
ことが認められる。
イ甲2の記載事項
(ア)甲2には,次のような記載がある。
a「【従来の技術】従来,この種のゴム芯入り組紐リングは,長尺
のゴム芯入り組紐を所定の長さに切断したゴム芯入り組紐を形成
し,このゴム芯入り組紐の両端を互いに接着してリング状に形成し
たものが知られている。」(段落【0002】),「しかし,ゴム
芯入り組紐は,長尺状態から切断されたときに形成される両端の外
皮組紐がほぐれるため,両端同士を互いに接着する作業が難しい。
更に,この両端に接着剤を塗布して互いに接着してリング状とした
場合には,その接着部がほぐれた外皮組紐の影響により盛り上がっ
て形成される。このため,接着部の盛り上がりが美観を損ねるだけ
でなく頭髪を結束する際の使用感等にも悪影響をおよぼす不都合が
あった。」(段落【0003】),「また,長尺状態から切断され
たゴム芯入り組紐の両端に接着剤を含浸させ硬化させた後に,両端
同士を互いに接着することも行われる。これによって,硬化された
両端を突き当てて接着するので,その作業は容易とされるが,前記
切断時に両端の外皮組紐のほぐれが既に発生しているために硬化さ
せても両端が平坦とならず,両端同士を接着した際の盛り上がり形
成を防止することは困難であった。そこで,・・・接着剤を含浸さ
せ硬化させた後に,外皮組紐の両端を削ぎ落として外皮組紐の両端
を平坦に形成し,同時にゴム芯を多少突出させる。次いで,ゴム芯
の両端を互いに突き当てて接着し,その後外皮組紐の平坦な両端同
士を接着しリング状に形成する。こうすることにより,外皮組紐の
両端のほぐれは削ぎ落とされ,リング状に形成した後に前記盛り上
がりが形成されることがない。しかし,このような方法によって形
成されたゴム芯入り組紐リングは,長尺状態からリング状に形成す
るまでの工程が多く製造効率が低い不都合があった。」(段落【0
004】∼【0006】)
b「【発明が解決しようとする課題】かかる不都合を解消して,本
発明は,リング状に形成したときの接着部分に盛り上がりが形成さ
れることなく簡単に製造することができ,また,ゴム芯の接着状態
を確実に維持することができるゴム芯入り組紐リング及びその製造
方法を提供することを目的とする。」(段落【0007】)
c「【課題を解決するための手段】かかる目的を達成するために,
本発明のゴム芯入り組紐リングは,ゴム芯と,該ゴム芯を被覆する
外皮組紐とで構成されるゴム芯入り組紐をリング状に形成した伸縮
自在のゴム芯入り組紐リングにおいて,外皮組紐を接着剤により硬
化させて切断した切断端面を有する硬化部を備え,該硬化部の切断
端面同士が互いに接着された接合部を備えることを特徴とす
る。」(段落【0008】)
d「【作用】本発明のゴム芯入り組紐リングは,外皮組紐を接着剤
で硬化させて切断した切断端面同士が互いに接着されて形成されて
いるので,外皮組紐の端部のほぐれがなく,接合部に盛り上がりが
形成されることがない。また,前記硬化部は,外皮組紐に接着剤を
含浸させることによって形成されており,前記接合部は,硬化部の
接着剤と同質の接着剤を介して接着されていることにより,硬化部
の切断端面同士を接着する際の接着剤の親和性が高く接合部の接合
状態を強固とすることが可能となる。・・・硬化部におけるゴム芯
と外皮組紐とを一体に接着することにより,互いに接着されたゴム
芯同士の分離が防止され,確実な接着状態を維持することが可能と
なる。」(段落【0015】∼【0017】)
e「また,本発明のゴム芯入り組紐リングの製造方法によれば,先
ず,ゴム芯入り組紐に,所定間隔毎に接着剤を含浸させて硬化させ
た硬化部を形成する。次いで,該ゴム芯入り組紐を前記硬化部にお
いて切断する。こうすることにより,硬化部によって,ゴム芯入り
組紐の外皮組紐の両端はほぐれることがない。更に,既に硬化され
ている硬化部を切断するので,切断端面を平坦に形成することがで
きる。続いて,ゴム芯入り組紐の両切断端面を接着剤を介して互い
に接着してリング状に形成する。・・・ゴム芯入り組紐の両切断端
面は,既に硬化されている部分が切断されてほぐれのない状態であ
るので,ゴム芯入り組紐の両切断端面を接着した後にもその接合部
に盛り上がりが形成されることがない。更に,切断端面を接着する
際に使用する接着剤を前記硬化部を形成する接着剤と同質とするこ
とにより,強固に接着された接合部を得る。」(段落【0018
】)
f「なお,各接着剤7,9としては,シアノアクリレート系接着剤
が適しており,本実施例においては,商品名「アロンアルファ」・
・・を使用した。」(段落【0026】),「・・・接着剤塗布装
置19によって塗布される接着剤7は前述したようにシアノアクリ
レート系接着剤を使用した。硬化剤としてはアミン等が適してお
り,本実施例においては商品名「AAセッター」・・・を使用し
た。」(段落【0030】),「・・・該硬化部4は,ゴム芯入り
組紐2の外皮組紐6に接着剤7が含浸して硬化される。そして,硬
化剤としてアミンを用いることにより前記接着剤7を極めて迅速に
硬化させることができると共に,接着剤7を透明な状態で硬化させ
ることができ,接着剤7が目立たない外観に優れた硬化部4を形成
することができる。・・・」(段落【0031】)
g「【発明の効果】・・・本発明によれば,外皮組紐を接着剤によ
り硬化させて切断した切断端面同士が互いに接着された接合部によ
って,外皮組紐の端部のほぐれがなく,接合部に盛り上がりが形成
されることがないので,美観と使用感に優れたゴム芯入り組紐リン
グを提供することができる。」(段落【0038】),「・・・前
記硬化部が,外皮組紐に接着剤が含浸されて形成され,前記接合部
が,硬化部の接着剤と同質の接着剤により接着されていることによ
り,接合部の接合状態を強固として耐久性の高い接合部を有するゴ
ム芯入り組紐リングを提供することができる。更に,硬化部におけ
るゴム芯と外皮組紐とを一体に接着することにより,互いに接着さ
れたゴム芯同士の分離が防止され,耐久性の高い接合部を有するゴ
ム芯入り組紐リングを提供することができる。」(段落【0039
】),「・・・硬化部を形成して該硬化部を切断することによりゴ
ム芯入り組紐の両端に平坦な端面を形成することが容易であり,ゴ
ム芯入り組紐の外皮組紐の両端がほぐれることもない。そして,ゴ
ム芯入り組紐の端部に形成された平坦な端面同士を接着するだけで
容易にゴム芯入り組紐リングを形成することができる。」(段落【
0040】),「・・・前記硬化部を形成するときに,ゴム芯入り
組紐に接着剤を含浸させた後に硬化促進剤を塗布することにより,
硬化部を短時間で形成することができ製造効率を向上させることが
できる。」(段落【0041】),「従って,本発明によれば,リ
ング状に形成したときの接着部分に盛り上がりが形成されることな
く簡単に製造することができ,また,ゴム芯の接着状態を確実に維
持することができるゴム芯入り組紐リング及びその製造方法を提供
することができる。」(段落【0042】)
(イ)上記(ア)の記載によれば,甲2のゴム芯入り組紐リングの製造方
法において,「ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔毎に接着剤を含浸さ
せて硬化させた硬化部を形成」する工程を経た上で,「該ゴム芯入り
組紐を前記硬化部において切断」しているのは,上記工程により形成
された硬化部を切断するので,ゴム芯入り外皮組紐の両端はほぐれる
ことがなく,切断端面を平坦に形成することができるとともに,その
両切断端面は,ほぐれのない状態であるので接着した後にもその接合
部に盛り上がりが形成されることがないようにし,さらに,切断端面
同志を接着する際に使用する接着剤を硬化部を形成する接着剤と同質
とすることにより,強固に接着された接合部を得ることができるよう
にするためであることが認められる。
ウ相違点1の容易想到性の判断の誤りの有無
(ア)a以上のア及びイの認定事実を総合すると,本件訂正発明1にお
ける「ゴム芯入り組紐に所定間隔ごとに冷却固化剤を塗布して固化
部を形成」する工程と,甲2発明における「ゴム芯入り外皮組紐
に,所定間隔毎に接着剤を含浸させて硬化させた硬化部を形成」す
る工程とは,切断すべき部分をあらかじめ固化(硬化)することに
よって,切断に伴って組紐がほつれたり毛羽立ったりすることを防
止し,切断を行いやすくするとともに,切断端面を平坦に形成する
ことができるようにするための工程であり,その目的において共通
する点がある。
bまた,甲4には,「【従来の技術】ゴム状固体は,粘着性や弾性
を有する為,切断刃に付着し易く,弾性変形して切断面が曲がるこ
とがある。そこで,ゴム状固体に冷却気体を噴射して硬化させ,切
断を容易にすることは,特開昭57−92847号公報に示されて
いるように公知である。」(段落【0002】),甲5には,「例
えばウエーハ(4’)のゴム材(3)をカツター(12)で切断す
る際,第11図に示すようにカツター(12)の前方にゴム材(
3)に向けたノズル(13)を配置して,このノズル(13)から
窒素ガスなどの冷却気体(14)をゴム材(3)に噴射してゴム
材(3)を急速冷却させ・・・カツター(12)で切断すると,ゴ
ム材(3)の硬度が増して柔軟性や粘着性がほとんど無くなり,ウ
エーハ(4’)の位置決めが確実となり,ウエーハ(4’)が動く
ことなく,またカツター(12)にゴム材(3)が付着することな
く,切断が容易となる。」(2頁左下欄12行∼右下欄2行)との
記載があり,これらの記載によれば,ゴム材の切断すべき箇所に「
冷却固化剤を塗布」して固化させて,切断を容易にすることは,本
件出願の優先日前に,当業者に知られた技術事項であることが認め
られる。
(イ)しかし,甲2発明における「ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔毎
に接着剤を含浸させて硬化させた硬化部を形成」する工程は,前記(ア
)aの効果のほかに,切断端面同志を接着する際に使用する接着剤を硬
化部を形成する接着剤と同質とすることによって,強固に接着された
接合部を得ることを目的としている点(前記イ(イ))において,本件
訂正発明1における「ゴム芯入り組紐に所定間隔ごとに冷却固化剤を
塗布して固化部を形成」する工程とは,その目的において異にする部
分がある。
したがって,甲2発明における「ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔
毎に接着剤を含浸させて硬化させた硬化部を形成」する工程を,単
に「ゴム芯入り組紐に所定間隔ごとに冷却固化剤を塗布」する工程(
相違点1に係る本件訂正発明1の構成)に置き換えたときは,硬化さ
せる際に接着剤を使用しないため,切断端面同志を接着する際に使用
する接着剤を上記のように同質のものとして強固に接着された接合部
を得るという効果を欠くことになること,そのような強固に接着され
た接合部を得る目的を達成するためには,別途の創意工夫を必要とす
ることに照らすならば,甲2発明の上記工程を「ゴム芯入り組紐に所
定間隔ごとに冷却固化剤を塗布」する工程に置換することは,当業者
にとって容易であるということはできない。
(ウ)aこれに対し原告らは,甲2発明における接着剤により外皮組紐
とゴム芯とを接着し「硬化部を形成する」工程は,ゴム芯入り組紐
を切断した際,外皮組紐の両端のほぐれを防ぐためであるのに対
し,本件訂正発明1における「冷却固化剤を塗布する」工程は,弾
性のあるゴム材料の切断を容易に行い,平坦な切り口を得るためで
あり,両工程は,目的も機能も全く異なり,比較することに意味の
ない工程であり,置換が容易かどうかは問題とならないと主張す
る。
しかし,前記イ(ア)e,fの認定事実に照らすならば,甲2発明
における「ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔毎に接着剤を含浸させ
て硬化させた硬化部を形成」する工程は,単に外皮組紐の両端のほ
ぐれを防ぐためのものにとどまらず,本件訂正発明1の上記工程と
同様に,切断すべき部分をあらかじめ固化(硬化)することによっ
て,切断に伴って組紐がほつれたり毛羽立ったりすることを防止
し,切断を行いやすくするとともに,切断端面を平坦に形成するこ
とができるようにするための工程である点において共通するから,
審決がその点の置換の容易性の有無を判断したことに誤りがあると
する原告らの上記主張は,採用することができない。
bまた,原告らは,ゴム芯入り組紐の切断のために,切断すべき箇
所にあらかじめ冷却固化剤を塗布して凍結固化することは一般的技
術事項であり,甲2発明の実施によって形成した硬化部をそのまま
残し,その上に冷却固化剤を塗布して固化部を形成し,ゴム芯を切
断することに阻害要因はないと主張する。
しかし,甲2発明において,「ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔
毎に接着剤を含浸させて硬化させた硬化部を形成」する工程を実施
すれば,切断すべき場所は固化(硬化)され,切断を行いやすくす
るとともに,切断端面を平坦に形成することができるようにすると
の効果は実現されているのであるから,さらに当該硬化部に「冷却
固化剤を塗布」する工程を付加することは,効率化や工程の最少化
の観点に反することに鑑みるならば,「冷却固化剤を塗布」する技
術が一般的技術事項であるか否かにかかわらず,甲2において,「
ゴム芯入り外皮組紐に,所定間隔毎に接着剤を含浸させて硬化させ
た硬化部を形成」する工程に,当該硬化部に「冷却固化剤を塗布」
する工程を採用すべきことが示唆されているとみることはできず,
したがって,甲2発明において上記工程を採用することが容易であ
ったとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は理由がない。
(エ)以上によれば,甲2発明において,相違点1に係る本件訂正発明
1の構成を採用することは,当業者であっても容易に想到し得たもの
とはいえないから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
(2)相違点2の容易想到性の判断の誤りの有無
原告らは,①甲2発明において,「冷却固化剤を塗布」して固化部を形
成する構成(相違点1に係る本件訂正発明1の構成)を採用することは,
当業者が容易に想到し得る程度のことである,②固化部を切断した後に,
次の工程の実施のために固化部を室温に戻して非固化部とすることは,当
然の手順であって,一般的技術事項にすぎない,③したがって,甲2発明
において,「冷却固化剤を塗布」して固化部を形成する構成(相違点1に
係る本件訂正発明1の構成)を採用し,その上で「短尺ゴム芯入り組紐の
両端を非固化状態」とする構成(相違点2に係る本件訂正発明1の構成)
を採用することは,当業者が容易に想到し得る程度のことであるのに,相
違点2に係る本件訂正発明1の構成の容易想到性を否定した審決の判断は
誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
ア前記(1)で検討したとおり,甲2発明において,相違点1に係る本件訂
正発明1の構成を採用することは当業者であっても容易に想到し得たも
のとはいえないから,原告らの上記主張は,その前提を欠くものであ
る。
また,前記(1)イ(イ)認定のとおり,甲2発明では,切断端面同志を接
着する際に使用する接着剤を硬化部を形成する接着剤と同質とすること
により,強固に接着された接合部を得ることができるようにしている
が,硬化された切断端面を「非固化状態」に戻す構成を採用した場合に
は,上記のように強固に接着された接合部を得ることができなくなるか
ら,当業者にとって甲2発明に「短尺ゴム芯入り組紐の両端を非固化状
態」とする構成(相違点2に係る本件訂正発明1の構成)を採用するこ
とは容易に想到し得るものではない
イ以上によれば,甲2発明において,相違点2に係る本件訂正発明1の
構成を採用することは,当業者であっても容易に想到し得たものとはい
えないから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
(3)相違点4の容易想到性の判断の誤りの有無
原告らは,①甲2発明では,接着剤が塗布された位置に硬化剤を噴霧し
て,接着剤の硬化を促進させており,接着剤と硬化促進剤とを混合してい
るが,本件訂正発明1でも,アセトンを硬化促進剤として接着剤と混合し
ている,②審決が認定するように,短尺ゴム芯入り組紐の両端にシアノア
クリレート系接着剤を塗布するに先立ち,アセトンを塗布すること(相違
点3に係る本件訂正発明1の構成)は,当業者が適宜採用し得る事項であ
る,③シアノアクリレート系接着剤の塗布に先立って端部にアセトン等の
硬化促進剤を塗布すれば,それらは,組紐繊維間で混合し,接合面からあ
ふれたシアノアクリレート系接着剤は,ゴム芯に沿って伸延することは自
明である,④したがって,甲2発明において,使用する硬化促進剤として
アセトンを選択し,相違点4に係る本件訂正発明1の構成(「短尺ゴム芯
入り組紐(1)の両端にそれぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布して
アセトンと混合し,ゴム芯(2)に沿ってシアノアクリレート系接着剤の
一部を伸延させる」構成)とすることは,当業者であれば容易に想到し得
る程度のことであるのに,相違点4に係る本件訂正発明1の構成の容易想
到性を否定した審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
ア原告らは,本件訂正発明1において,短尺ゴム芯入り組紐の両端にそ
れぞれシアノアクリレート系接着剤を塗布してアセトンと混合している
が,混合されたアセトンは,硬化促進剤として用いられているから,甲
2発明でも,硬化促進剤としてアセトンを用いて,接着剤と混合する構
成(相違点4に係る本件訂正発明1の構成の一部)とすることは容易で
ある旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)前記認定のとおり,本件明細書に,「接着剤塗布前処理剤として
アセトンを使用し,接着剤としてシアノアクリレート系接着剤を使用
することにより,アセトンと混合されることになるシアノアクリレー
ト系接着剤はジェル状に変質し,粘性を低下させることができるとと
もに,速乾性を低下させることができ・・・」(段落【0015】)
との記載があること(前記(1)ア(ア)e),「特に,・・・シアノアク
リレート系接着剤は,通常,数秒で乾燥・硬化する速乾性の接着剤で
あるが,アセトンと混合されてジェル化することにより速乾性が低下
し,乾燥して硬化するまでに20∼30秒程度時間がかかる遅乾性と
なる。従って,接着剤6の塗布後,慌てて短尺ゴム芯入り組紐1の両
端1a,1aの接合を行なう必要はなく,ジェル化した接着剤6をじっくり
ゴム芯2と組紐3とに馴染ませることができる。」(段落【0034
】)との記載があること(前記(1)ア(ア)h)に照らすならば,本件訂
正発明1において,アセトンは,硬化促進剤として用いられているも
のではなく,「速乾性を低下させる」ために用いられている。
(イ)これに対し原告らは,本件明細書の上記記載中のジェル化現象
は,アセトンとの混合によってシアノアクリレート系接着剤の硬化が
促進されたことを意味するものであり,「ジェル化することにより速
乾性が低下」(段落【0015】)との記載は,科学原理に反するも
のであって,誤りである旨主張する。
aしかし,①甲8(「瞬間接着剤アロンアルファ」の製品カタロ
グ)には,アロンアルファ(シアノアクリレート系接着剤であるこ
とに,当事者間に争いがない。)製品中,ゴムなどの柔軟性材料に
適しているとされている「911P3」製品の「溶剤」として,「
アセトン」が例示されていること(3頁,9頁),②溶剤とは,「
工業の分野で,物質を溶かすのに用いる液体」をいい(広辞苑第六
版),対象物質を溶解させる性質の材料を意味すること,③乙1に
は,「硬化促進剤に使われる溶剤は,硬化促進をするアルカリ性物
質を溶解させるために必要なだけで,アセトンが硬化を促進させて
いるわけではありません。このような溶剤を溶媒と言います。」と
の記載があり,上記記載は,シアノアクリレート系接着剤の硬化促
進作用を果しているのは,溶剤であるアセトンではなく,アルカリ
性物質であることを示していることに照らすならば,本件訂正発明
1において,シアノアクリレート系接着剤に混合されるアセトンそ
のものは,溶剤として用いられているのであって,硬化促進剤では
ないものと認められる。
bまた,原告らは,シアノアクリレート系接着剤は,被接着面に塗
布すると,水分と結合して硬化を開始し,一部にジェル化が発生
し,ジェル状態が全体に広がり,最終的にはジェルが固化して固体
プラスチックとなる性質があること,市販のアセトン商品(甲4
0)の水分含有率を測定した結果,水分量が0.4%であったこ
と(甲41),基板に直接滴下したシアノアクリレート系接着剤
と,基板にあらかじめアセトンを塗布した上へ滴下したシアノアク
リレート系接着剤とでは,後者の硬化が著しく早いこと(甲42
の「第1実験」)を根拠として挙げて,シアノアクリレート系接着
剤に混合されるアセトンは,硬化促進剤であると主張する。
しかし,0.4%の水分量を含有したアセトンを使用すれば,ア
セトンそのものにより,シアノアクリレート系接着剤の硬化を促進
することを直接裏付ける実験結果等は提出されていないこと,甲4
2に係る基板上に滴下したシアノアクリレート系接着剤の固化状況
を観察する実験(第1実験)は,ゴム芯入り組紐の切断端面同士を
接着させる実験ではないから,本件訂正発明1に妥当するものでは
ないことに照らすならば,原告らが挙げる根拠事実をもって,シア
ノアクリレート系接着剤に混合されるアセトンは,硬化促進剤であ
ると認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はな
い。
cしたがって,混合されるアセトンが硬化促進剤であることを前提
に,本件明細書の「ジェル化することにより速乾性が低下」との記
載が科学原理に反するとの原告らの主張は採用することができな
い。
イそうすると,本件訂正発明1においてシアノアクリレート系接着剤と
混合されたアセトンは,接着剤の硬化促進剤として用いられているもの
ではないから,甲2発明において,使用する硬化促進剤としてアセトン
を用いることが容易であることを前提に,審決における相違点4に係る
本件訂正発明1の構成の容易想到性についての審決の誤りをいう原告ら
の主張は,その余の点について判断するまでもなく,理由がない。
(4)小括
以上のとおり,相違点1,2,4に係る本件訂正発明1の各構成は容易
に想到し得たものではないとした審決の判断の誤りをいう原告らの主張
は,理由がない。
したがって,原告ら主張の取消事由2も理由がない。
3取消事由3(特許法36条4項違反の判断の誤り)について
(1)原告らは,本件訂正発明1を実施してゴム芯入り組紐リングを製造する
には,ゴム芯入り組紐の両端部を接合する際,ゴム芯が必然的に縮んで,
組紐繊維の毛羽立ちが接合面に入り込むことを防止する手段が必要である
が,本件明細書には,接合面に組紐繊維が入り込むことを防止する手段を
開示していないため,本件明細書の記載に従って本件訂正発明1を実施し
ても,実用に供し得る組紐リングの製造はできないので,審決のした主張
点(1),(3),(8)についての判断は誤りである,本件明細書の発
明の詳細な説明の記載は,当業者が本件訂正発明1を実施することができ
る程度に明確かつ十分に記載したものではないとして,本件特許は特許法
36条4項に違反しないとの審決の判断は誤りである旨主張する。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
ア主張点(1)の判断について
原告らは,審決が,原告ら主張の主張点(1)について,「主張点(
1)に係わる箇所の記載は,・・・・『シアノアクリレート系接着剤は
ジェル状に変質し,速乾性を低下させることができ,』に変更され,変
更後の記載に特段の矛盾は見当たらない。なお,請求人は,・・・訂正
事項Hを争っていない。」と判断したが,①本件明細書の発明の詳細な
説明の段落【0015】の記載中「速乾性を低下させる」との記載は誤
りである,②訂正事項H(段落【0015】に関する訂正事項)につい
て,原告らは意見を述べる機会が与えられておらず,原告らは訂正事項
Hを争っているから,審決の上記判断は誤りであると主張する。
しかし,前記2(3)ア(イ)で検討したとおり,本件明細書の段落【00
15】の記載中「速乾性を低下させる」との記載に誤りがあるとはいえ
ず,また,前記1で検討したとおり,訂正事項Hについて,原告らは実
質的に意見を述べる機会が与えられていたから,原告らの上記主張は理
由がない。
イ主張点(3)の判断について
原告らは,本件審判において,主張点(3)として,本件明細書記載
の製造方法では,「冷却固化−切断−非固化」の過程を経た短尺ゴム芯
入り組紐は,ゴム芯が縮んで,組紐の繊維が切断端面に被さり,ゴム芯
の端部が外部からほとんど見えなくなるため,切断端面同士の接着が妨
げられるから,ゴム芯入り組紐リングの製造ができないと主張したのに
対し,審決が,本件明細書の段落【0021】,【0022】の記載を
挙げて,「特に,『組紐3は伸縮するゴム芯2と同様に伸縮するように
している』との記載にかんがみても,組紐とゴム芯とに負荷されている
張力に顕著な差が与えられているものとは解されないから,冷却固化,
切断,非固化の過程を経たとしても,短尺ゴム芯入り組紐の切断端部の
ゴム芯が縮んで,ゴム芯の端部が外部から殆んど見えなくなることは考
えられない。・・・明細書の段落0011の記載に関わって,発明の詳
細な説明の記載では,本件訂正発明1∼3の実施をすることができな
い,とすることはできない。」と判断したのは,誤りであると主張す
る。
しかし,原告らの主張は,以下のとおり理由がない。
(ア)原告らは,①甲35に,ゴム芯は5∼7倍にのばし,これを中心
糸にして,ゴム芯入り組紐が組み上げられると説明されているとお
り,ゴム芯は一般的に張力状態で組紐の内側に保持されているため,
ゴム芯入り組紐を切断すると,ゴム芯は切断面での拘束が開放され
て,組紐中へ縮む,②ゴム芯入り組紐は,専ら甲36に記載の装置を
使って,ゴム芯を5∼7倍に引っ張って,周りから組紐を組み上げて
製造しているので,伸縮性のある糸状のゴム芯を,同じく伸縮性のあ
る円筒状の組紐に挿通することは不可能であり,これに反する本件明
細書の段落【0009】,【0021】)の記載事項は誤りである,
③本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載によれば,本
件訂正発明1の製造対象は「ゴム芯入り組紐リング」であって,その
製造対象の特殊性についての記載はないところ,甲42のゴム芯入り
組紐は,日本国内で市販されている通常のヘアーバンド用のゴム芯入
り組紐であるが,これを本件訂正発明1の製造方法により切断すれ
ば,ゴム芯が縮んで,組紐の繊維は張力が開放されてほどけて,毛羽
立ち,ゴム芯端面を組紐の繊維が被さる状態となるのに(甲42の「
第2実験」の写真23,24),このような通常のゴム芯入り組紐を
用いて本件訂正発明1を実施できないのであれば,本件明細書は,発
明の実施に必須の手段の記載を欠如している,④したがって,本件明
細書の記載のとおり製造しても,「冷却固化−切断−非固化」の過程
を経た短尺ゴム芯入り組紐は,ゴム芯が縮んで,ゴム芯の端部が外部
からほとんど見えなくなり,切断端面同士の接着が妨げられ,ゴム芯
入り組紐リングを製造することはできないから,審決の主張点(3)
の判断は誤りである旨主張する。
(イ)aしかし,甲35には,「次に中央糸に糸ゴムを入れたゴム入紐
は,日常生活にはなじみ深いものである。これを作るときの張力装
置の一例を第18図に示す。ゴムは普通5∼7倍に伸ばして組み込
む」との記載があるが,上記記載は,その記載内容から明らかなと
おり,張力装置の一例を示したものであって,ゴム芯入り組紐が,
必ずゴムが5∼7倍に伸ばした形態で製造されることを示している
わけではない。
b組紐とは,紐を編み上げて形成した材料であるから,編み方によ
って各種の伸縮性を持たせることができるはずであり,適度な伸縮
性を有する組紐と,それに見合ったゴムを選択することにより,容
易な取扱いができるものと考えられる。その上,長尺物の筒への挿
入というのは一般的な処理であって,糸状の長尺物を円筒状の長尺
物中に挿入することは,たとえ伸縮性のあるものであるとしても,
不可能な技術であるともいえず,伸縮性のある糸状のゴム芯を,同
じく伸縮性のある円筒状の組紐に挿通することも不可能であるとは
いえない。
そして,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)記載の「
ゴム芯(2)と,同ゴム芯(2)を被覆して外皮となる組紐(3)
とにより構成されるゴム芯入り組紐(10)」は,本件明細書記載
の「糸状に成形されたゴム芯を,同ゴム芯と同様に伸縮自在とした
中空の組紐内に挿通させたゴム芯入り組紐」(段落【0009
】),「糸状に成形されたゴム芯2を中空の略円筒状となっている
組紐3内に挿通させて構成しており,かつ,組紐3は伸縮するゴム
芯2と同様に伸縮するようにしている」ゴム芯入り組紐(段落【0
021】)を前提とするものであると理解することに支障はない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,請求項1記載の製造
方法の具体的な実施例が記載されており(前記2(1)ア(ア)f∼
i),乙3が示すとおり,上記のようなゴム芯入り組紐を用いて,
本件明細書の発明の詳細な説明の記載に基づいて請求項1記載の製
造方法によりゴム芯入り組紐リングを製造できることは,明らかで
ある。
cそうすると,原告らの実験した特定のゴム芯入り組紐(甲42
等)について接合ができない場合が示されたからといって,本件明
細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件訂正発明1を実施
することができる程度に明確かつ十分に記載したとの要件を満たさ
ないと判断するのは妥当でない。
(ウ)したがって,審決の主張点(3)の判断の誤りをいう原告らの主
張は,採用することができない。
ウ主張点(8)の判断について
原告らは,審決は,原告ら主張の主張点(8)について,「少なくと
も,請求人が提示した甲13の試験によっても,シアノアクリレート系
接着剤として,田岡化学工業(株)(シアノボンドRP−LX)を使用し
た場合には,試験片の接着が可能であったとされているのであるから,
まず,シアノアクリレート系接着剤一般について,所期の効果を奏する
ことができないということはできない。」と判断したが,甲13のリン
グ状のゴム芯入り組紐は,単にリングの形態をしているだけで,接着強
度は試験報告書(甲12)に記載のとおり,実用品にはならないから,
甲13から,本件訂正発明1は実施可能であるというのは誤りであると
主張する。
しかし,前記イで説示したの同様の理由により,特定のゴム芯入り組
紐について行った実験結果で接合強度が弱いからといって,本件明細書
に従って本件訂正発明1を実施することができないとまでは直ちにいえ
ないから,原告らの主張は採用することできない。
(2)以上のとおり,原告らの主張点(1),(3),(8)についての審決
の判断の誤りをいう原告らの主張は理由がない。したがって,本件明細書
の発明の詳細な説明の記載は,特許法36条4項の要件に適合せず,本件
特許は同号に違反するとの原告ら主張の取消事由3は理由がない。
4結論
以上のとおり,原告ら主張の取消事由はいずれも理由がない。原告らは他
にも縷々主張するが,いずれも審決を取り消すべき瑕疵に当たらない。
よって,原告らの本訴請求は理由がないから棄却することとして,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官飯村敏明
裁判官大鷹一郎
裁判官嶋末和秀

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