弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
     原判決を次のとおり変更する。
     上告人の請求を棄却する。ただし、昭和四七年一二月一〇日に行われた
衆議院議員選挙の千葉県第一区における選挙は、違法である。
     訴訟費用は、原審及び当審を通じ、すべて被上告人の負担とする。
         理    由
 上告人及び上告代理人越山康、同山口邦明の上告理由について
 上告理由の要旨は、(一) 国会議員の選挙においては、どの選挙人の一票も他の
それと均等な価値を与えられることが憲法一四条一項の要求するところであり、居
住場所を異にすることによつて投票の価値に差別を設けることは、同項に違反する
と解すべきである、(二) 昭和四七年一二月一〇日に行われた衆議院議員選挙は、
公職選挙法(以下「公選法」という。)一三条、別表第一及び同法附則七項ないし
九項(昭和五〇年法律第六三号による改正前のもの)による選挙区及び議員定数の
定め(以下「本件議員定数配分規定」という。)に従つて実施されたものであるが、
右規定による各選挙区間の議員一人あたりの有権者分布差比率は最大四・九九対一
に及んでおり、これは、明らかに、なんらの合理的根拠に基づかないで、住所(選
挙区)のいかんにより一部の国民を不平等に取り扱つたものであるから、憲法一四
条一項に違反する、(三) それ故、本件選挙(主文第二項に掲げる選挙をいう。以
下同じ。)は無効とされるべきであり、これと異なる見解に立つ原判決は、憲法の
右規定の解釈適用を誤つたものである、というにある。
 一 選挙権の平等と選挙制度
 (一) わが憲法上、国政は、国民の厳粛な信託に基づき、国民の代表者が行うも
のであり(前文一項)、国権の最高機関である国会は、全国民を代表する選挙され
た議員で組織する衆議院及び参議院で構成するものとされ(四一条、四二条、四三
条一項)、国会の両議院の議員を選挙する権利は、国民固有の権利として成年であ
る国民のすべてに保障され(一五条一項、三項)、選挙人資格については、人種、
信条、性別、社会的身分、門地、教育、財産又は収入によつて差別してはならない
とされている(四四条但し書)。
 元来、選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、議会
制民主主義の根幹をなすものであり、現代民主国家においては、一定の年齢に達し
た国民のすべてに平等に与えられるべきものとされているのが一般であるが、この
ような選挙権の平等化が実現されたのは、必ずしも古いことではない。平等は、自
由と並んで、近代国家における基本的かつ窮極的な価値であり理念であつて、特に
政治の分野において強く追求されてきたのであるが、それにもかかわらず、当初に
おいては、国民が政治的価値において平等視されることがなく、基本的な政治的権
利というべき選挙権についても、種々の制限や差別が存しており、それが多年にわ
たる民主政治の発展の過程において次第に撤廃され、今日における平等化の実現を
みるに至つたのである。国民の選挙権に関するわが憲法の規定もまた、このような
歴史的発展の成果のあらわれにほかならない。
 ところで、右の歴史的発展を通じて一貫して追求されてきたものは、右に述べた
ように、およそ選挙における投票という国民の国政参加の最も基本的な場面におい
ては、国民は原則として完全に同等視されるべく、各自の身体的、精神的又は社会
的条件に基づく属性の相違はすべて捨象されるべきであるとする理念であるが、こ
のような平等原理の徹底した適用としての選挙権の平等は、単に選挙人資格に対す
る制限の撤廃による選挙権の拡大を要求するにとどまらず、更に進んで、選挙権の
内容の平等、換言すれば、各選挙人の投票の価値、すなわち各投票が選挙の結果に
及ぼす影響力においても平等であることを要求せざるをえないものである。そして、
このような選挙権の平等の性質からすれば、例えば、特定の範ちゆうの選挙人に複
数の投票権を与えたり、選挙人の間に納税額等による種別を設けその種別ごとに選
挙人数と不均衡な割合の数の議員を選出させたりするような、殊更に投票の実質的
価値を不平等にする選挙制度がこれに違反することは明らかであるが、そのような
顕著な場合ばかりでなく、具体的な選挙制度において各選挙人の投票価値に実質的
な差異が生ずる場合には、常に右の選挙権の平等の原則との関係で問題を生ずるの
である。本件で問題とされているような、各選挙区における選挙人の数と選挙され
る議員の数との比率上、各選挙人が自己の選ぶ候補者に投じた一票がその者を議員
として当選させるために寄与する効果に大小が生ずる場合もまた、その一場合にほ
かならない。
 憲法は、一四条一項において、すべて国民は法の下に平等であると定め、一般的
に平等の原理を宣明するとともに、政治の領域におけるその適用として、前記のよ
うに、選挙権について一五条一項、三項、四四条但し書の規定を設けている。これ
らの規定を通覧し、かつ、右一五条一項等の規定が前述のような選挙権の平等の原
則の歴史的発展の成果の反映であることを考慮するときは、憲法一四条一項に定め
る法の下の平等は、選挙権に関しては、国民はすべて政治的価値において平等であ
るべきであるとする徹底した平等化を志向するものであり、右一五条一項等の各規
定の文言上は単に選挙人資格における差別の禁止が定められているにすぎないけれ
ども、単にそれだけにとどまらず、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票の価値
の平等もまた、憲法の要求するところであると解するのが、相当である。
 (二) しかしながら、右の投票価値の平等は、各投票が選挙の結果に及ぼす影響
力が数字的に完全に同一であることまでも要求するものと考えることはできない。
けだし、投票価値は、選挙制度の仕組みと密接に関連し、その仕組みのいかんによ
り、結果的に右のような投票の影響力に何程かの差異を生ずることがあるのを免れ
ないからである。
 代表民主制の下における選挙制度は、選挙された代表者を通じて、国民の利害や
意見が公正かつ効果的に国政の運営に反映されることを目標とし、他方、政治にお
ける安定の要請をも考慮しながら、それぞれの国において、その国の事情に即して
具体的に決定されるべきものであり、そこに論理的に要請される一定不変の形態が
存在するわけのものではない。わが憲法もまた、右の理由から、国会両議院の議員
の選挙については、議員の定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法
律で定めるべきものとし(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕
組みの具体的決定を原則として国会の裁量にゆだねているのである。それ故、憲法
は、前記投票価値の平等についても、これをそれらの選挙制度の決定について国会
が考慮すべき唯一絶対の基準としているわけではなく、国会は、衆議院及び参議院
それぞれについて他にしんしやくすることのできる事項をも考慮して、公正かつ効
果的な代表という目標を実現するために適切な選挙制度を具体的に決定することが
できるのであり、投票価値の平等は、さきに例示した選挙制度のように明らかにこ
れに反するもの、その他憲法上正当な理由となりえないことが明らかな人種、信条、
性別等による差別を除いては、原則として、国会が正当に考慮することのできる他
の政策的目的ないしは理由との関連において調和的に実現されるべきものと解さな
ければならない。
 もつとも、このことは、平等選挙権の一要素としての投票価値の平等が、単に国
会の裁量権の行使の際における考慮事項の一つであるにとどまり、憲法上の要求と
しての意義と価値を有しないことを意味するものではない。投票価値の平等は、常
にその絶対的な形における実現を必要とするものではないけれども、国会がその裁
量によつて決定した具体的な選挙制度において現実に投票価値に不平等の結果が生
じている場合には、それは、国会が正当に考慮することのできる重要な政策的目的
ないしは理由に基づく結果として合理的に是認することができるものでなければな
らないと解されるのであり、その限りにおいて大きな意義と効果を有するのである。
それ故、国会が衆議院及び参議院それぞれについて決定した具体的選挙制度は、そ
れが憲法上の選挙権の平等の要求に反するものでないかどうかにつき、常に各別に
右の観点からする吟味と検討を免れることができないというべきである。
 二 本件議員定数配分規定の合憲性
 (一) 本件は、衆議院議員の選挙に関するものであるところ、右選挙については、
いわゆる中選挙区単記投票制が採用されている。これは、衆議院の有すべき性格に
かんがみ、候補者と地域住民との密接性を考慮し、また、原則として選挙人の多数
の意思の反映を確保しながら、少数者の意思を代表する議員の選出の可能性をも残
そうとする趣旨に出たものと考えられるが、このような政策的考慮に立つ選挙制度
の採用が憲法上国会の裁量権の範囲に属することは、異論のないところである。
 ところで、右のように、全国を幾つかの選挙区に分け、各選挙区に選挙されるべ
き議員数を配分し、単記投票をもつて選挙を行わせる場合においては、各選挙区の
選挙人数と議員定数との比率が必ずしも正確に一致せず、その間に多かれ少なかれ
幾らかの差異を生ずるのが、通常である。それ故、このような差異が、特に問題と
するに足りない程度にとどまる場合は格別、右の程度を超えて看過することのでき
ない程度に達した場合には、選挙人の居住場所のいかんによつてその選挙権の投票
価値に不当な差別を設けるものではないかという憲法上の疑問が生ずることとなら
ざるをえず、本件も、その一場合である。
 思うに、衆議院議員の選挙について、右のように全国を多数の選挙区に分け、各
選挙区に議員定数を配分して選挙を行わせる制度をとる場合において、具体的に、
どのように選挙区を区分し、そのそれぞれに幾人の議員を配分するかを決定するに
ついては、各選挙区の選挙人数又は人口数(厳密には選挙人数を基準とすべきもの
と考えられるけれども、選挙人数と人口数とはおおむね比例するとみてよいから、
人口数を基準とすることも許されるというべきである。それ故、以下においては、
専ら人口数を基準として論ずることとする。)と配分議員定数との比率の平等が最
も重要かつ基本的な基準とされるべきことは当然であるとしても、それ以外にも、
実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素は、少なくない。殊に、都道府
県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果たしてきた役割や、国民
生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙区割の基礎をなすものと
して無視することのできない要素であり、また、これらの都道府県を更に細分する
にあたつては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまとまり具合、市町村その他
の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事情、地理的状況等諸般の要
素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつつ、具体的な決定がされる
ものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変化や、その一つのあらわれ
としての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、これをどのように評価し、前
述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これを選挙区割や議員定数配分
にどのように反映させるかも、国会における高度に政策的な考慮要素の一つである
ことを失わない。
 このように、衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数の配分の決定には、
極めて多種多様で、複雑微妙な政策的及び技術的考慮要素が含まれており、それら
の諸要素のそれぞれをどの程度考慮し、これを具体的決定にどこまで反映させるこ
とができるかについては、もとより厳密に一定された客観的基準が存在するわけの
ものではないから、結局は、国会の具体的に決定したところがその裁量権の合理的
な行使として是認されるかどうかによつて決するほかはなく、しかも事の性質上、
その判断にあたつては特に慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られ
た観点からたやすくその決定の適否を判断すべきものでないことは、いうまでもな
い。しかしながら、このような見地に立つて考えても、具体的に決定された選挙区
割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常
考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは
とうてい考えられない程度に達しているときは、もはや国会の合理的裁量の限界を
超えているものと推定されるべきものであり、このような不平等を正当化すべき特
段の理由が示されない限り、憲法違反と判断するほかはないというべきである。
 (二) 本件議員定数配分規定は、主として昭和三九年法律第一三二号による公選
法の一部改正にかかるもので、右改正は、従来の衆議院議員の選挙における選挙区
の人口数と議員定数との間に一部著しい不均衡が生じていたのを是正するために、
新たに議員総数をふやし、これを適宜配分して選挙区別議員一人あたりの人口数の
開きをほぼ二倍以下にとどめることを目的としたものである。ところが、当事者間
に争いのない事実によれば、昭和四七年一二月一〇日の本件衆議院議員選挙当時に
おいては、各選挙区の議員一人あたりの選挙人数と全国平均のそれとの偏差は、下
限において四七・三〇パーセント、上限において一六二・八七パーセントとなり、
その開きは、約五対一の割合に達していた、というのである。このような事態を生
じたのは、専ら前記改正後における人口の異動に基づくものと推定されるが、右の
開きが示す選挙人の投票価値の不平等は、前述のような諸般の要素、特に右の急激
な社会的変化に対応するについてのある程度の政策的裁量を考慮に入れてもなお、
一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達しているばかりで
なく、これを更に超えるに至つているものというほかはなく、これを正当化すべき
特段の理由をどこにも見出すことができない以上、本件議員定数配分規定の下にお
ける各選挙区の議員定数と人口数との比率の偏差は、右選挙当時には、憲法の選挙
権の平等の要求に反する程度になつていたものといわなければならない。
 しかしながら、右の理由から直ちに本件議員定数配分規定を憲法違反と断ずべき
かどうかについては、更に考慮を必要とする。一般に、制定当時憲法に適合してい
た法律が、その後における事情の変化により、その合憲性の要件を欠くに至つたと
きは、原則として憲法違反の瑕疵を帯びることになるというべきであるが、右の要
件の欠如が漸次的な事情の変化によるものである場合には、いかなる時点において
当該法律が憲法に違反するに至つたものと断ずべきかについて慎重な考慮が払われ
なければならない。本件の場合についていえば、前記のような人口の異動は不断に
生じ、したがつて選挙区における人口数と議員定数との比率も絶えず変動するのに
対し、選挙区割と議員定数の配分を頻繁に変更することは、必ずしも実際的ではな
く、また、相当でもないことを考えると、右事情によつて具体的な比率の偏差が選
挙権の平等の要求に反する程度となつたとしても、これによつて直ちに当該議員定
数配分規定を憲法違反とすべきものではなく、人口の変動の状態をも考慮して合理
的期間内における是正が憲法上要求されていると考えられるのにそれが行われない
場合に始めて憲法違反と断ぜられるべきものと解するのが、相当である。
 この見地に立つて本件議員定数配分規定をみると、同規定の下における人口数と
議員定数との比率上の著しい不均衡は、前述のように人口の漸次的異動によつて生
じたものであつて、本件選挙当時における前記のような著しい比率の偏差から推し
ても、そのかなり以前から選挙権の平等の要求に反すると推定される程度に達して
いたと認められることを考慮し、更に、公選法自身その別表第一の末尾において同
表はその施行後五年ごとに直近に行われた国勢調査の結果によつて更正するのを例
とする旨を規定しているにもかかわらず、昭和三九年の改正後本件選挙の時まで八
年余にわたつてこの点についての改正がなんら施されていないことをしんしやくす
るときは、前記規定は、憲法の要求するところに合致しない状態になつていたにも
かかわらず、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかつたものと認
めざるをえない。それ故、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権
の平等の要求に違反し、違憲と断ぜられるべきものであつたというべきである。そ
して、選挙区割及び議員定数の配分は、議員総数と関連させながら、前述のような
複雑、微妙な考慮の下で決定されるのであつて、一旦このようにして決定されたも
のは、一定の議員総数の各選挙区への配分として、相互に有機的に関連し、一の部
分における変動は他の部分にも波動的に影響を及ぼすべき性質を有するものと認め
られ、その意味において不可分の一体をなすと考えられるから、右配分規定は、単
に憲法に違反する不平等を招来している部分のみでなく、全体として違憲の瑕疵を
帯びるものと解すべきである。
 三 本件選挙の効力
 右のように、本件議員定数配分規定は、本件選挙当時においては全体として違憲
とされるべきものであつたが、しかし、これによつて本件選挙の効力がいかなる影
響を受けるかについては、更に別途の考察が必要である。
 憲法九八条一項は、「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法
律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有し
ない。」と規定している。この規定は、憲法の最高法規としての性格を明らかにし、
これに反する国権行為はすべてその効力を否定されるべきことを宣言しているので
あるが、しかし、この法規の文言によつて直ちに、法律その他の国権行為が憲法に
違反する場合に生ずべき効力上の諸問題に一義的解決が与えられているものとする
ことはできない。憲法に違反する法律は、原則としては当初から無効であり、また、
これに基づいてされた行為の効力も否定されるべきものであるが、しかし、これは、
このように解することが、通常は憲法に違反する結果を防止し、又はこれを是正す
るために最も適切であることによるのであつて、右のような解釈によることが、必
ずしも憲法違反の結果の防止又は是正に特に資するところがなく、かえつて憲法上
その他の関係において極めて不当な結果を生ずる場合には、むしろ右の解釈を貫く
ことがかえつて憲法の所期するところに反することとなるのであり、このような場
合には、おのずから別個の、総合的な視野に立つ合理的な解釈を施さざるをえない
のである。
 そこで、本件議員定数配分規定についてみると、右規定が憲法に違反し、したが
つてこれに基づいて行われた選挙が憲法の要求に沿わないものであることは前述の
とおりであるが、そうであるからといつて、右規定及びこれに基づく選挙を当然に
無効であると解した場合、これによつて憲法に適合する状態が直ちにもたらされる
わけではなく、かえつて、右選挙により選出された議員がすべて当初から議員とし
ての資格を有しなかつたこととなる結果、すでに右議員によつて組織された衆議院
の議決を経たうえで成立した法律等の効力にも問題が生じ、また、今後における衆
議院の活動が不可能となり、前記規定を憲法に適合するように改正することさえも
できなくなるという明らかに憲法の所期しない結果を生ずるのである。それ故、右
のような解釈をとるべきでないことは、極めて明らかである。
 次に問題となるのは、現行法上選挙を将来に向かつて形成的に無効とする訴訟と
して認められている公選法二〇四条の選挙の効力に関する訴訟において、判決によ
つて当該選挙を無効とする(同法二〇五条一項)ことの可否である。この訴訟によ
る場合には、選挙無効の判決があつても、これによつては当該特定の選挙が将来に
向かつて失効するだけで、他の選挙の効力には影響がないから、前記のように選挙
を当然に無効とする場合のような不都合な結果は、必ずしも生じない。(元来、右
訴訟は、公選法の規定に違反して執行された選挙の効果を失わせ、改めて同法に基
づく適法な再選挙を行わせること(同法一〇九条四号)を目的とし、同法の下にお
ける適法な選挙の再実施の可能性を予定するものであるから、同法自体を改正しな
ければ適法に選挙を行うことができないような場合を予期するものではなく、した
がつて、右訴訟において議員定数配分規定そのものの違憲を理由として選挙の効力
を争うことはできないのではないか、との疑いがないではない。しかし、右の訴訟
は、現行法上選挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の訴訟であり、これを措
いては他に訴訟上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないのである。
およそ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救
済の途が開かれるべきであるという憲法上の要請に照らして考えるときは、前記公
選法の規定が、その定める訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等
に違反することを選挙無効の原因として主張することを殊更に排除する趣旨である
とすることは、決して当を得た解釈ということはできない。)
 しかしながら、他面、右の場合においても、選挙無効の判決によつて得られる結
果は、当該選挙区の選出議員がいなくなるというだけであつて、真に憲法に適合す
る選挙が実現するためには、公選法自体の改正にまたなければならないことに変わ
りはなく、更に、全国の選挙について同様の訴訟が提起され選挙無効の判決によつ
てさきに指摘したのとほぼ同様の不当な結果を生ずることもありうるのである。ま
た、仮に一部の選挙区の選挙のみが無効とされるにとどまつた場合でも、もともと
同じ憲法違反の瑕疵を有する選挙について、そのあるものは無効とされ、他のもの
はそのまま有効として残り、しかも、右公選法の改正を含むその後の衆議院の活動
が、選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を得ることができないままの異常な
状態の下で、行われざるをえないこととなるのであつて、このような結果は、憲法
上決して望ましい姿ではなく、また、その所期するところでもないというべきであ
る。それ故、公選法の定める選挙無効の訴訟において同法の議員定数配分規定の違
憲を主張して選挙の効力を争うことを許した場合においても、右の違憲の主張が肯
認されるときは常に当該選挙を無効とすべきものかどうかについては、更に検討を
加える必要があるのである。
 そこで考えるのに、行政処分の適否を争う訴訟についての一般法である行政事件
訴訟法は、三一条一項前段において、当該処分が違法であつても、これを取り消す
ことにより公の利益に著しい障害を生ずる場合においては、諸般の事情に照らして
右処分を取り消すことが公共の福祉に適合しないと認められる限り、裁判所におい
てこれを取り消さないことができることを定めている。この規定は法政策的考慮に
基づいて定められたものではあるが、しかしそこには、行政処分の取消の場合に限
られない一般的な法の基本原則に基づくものとして理解すべき要素も含まれている
と考えられるのである。もつとも、行政事件訴訟法の右規定は、公選法の選挙の効
力に関する訴訟についてはその準用を排除されているが(公選法二一九条)、これ
は、同法の規定に違反する選挙はこれを無効とすることが常に公共の利益に適合す
るとの立法府の判断に基づくものであるから、選挙が同法の規定に違反する場合に
関する限りは、右の立法府の判断が拘束力を有し、選挙無効の原因が存在するにも
かかわらず諸般の事情を考慮して選挙を無効としない旨の判決をする余地はない。
しかしながら、本件のように、選挙が憲法に違反する公選法に基づいて行われたと
いう一般性をもつ瑕疵を帯び、その是正が法律の改正なくしては不可能である場合
については、単なる公選法違反の個別的瑕疵を帯びるにすぎず、かつ、直ちに再選
挙を行うことが可能な場合についてされた前記の立法府の判断は、必ずしも拘束力
を有するものとすべきではなく、前記行政事件訴訟法の規定に含まれる法の基本原
則の適用により、選挙を無効とすることによる不当な結果を回避する裁判をする余
地もありうるものと解するのが、相当である。もとより、明文の規定がないのに安
易にこのような法理を適用することは許されず、殊に憲法違反という重大な瑕疵を
有する行為については、憲法九八条一項の法意に照らしても、一般にその効力を維
持すべきものではないが、しかし、このような行為についても、高次の法的見地か
ら、右の法理を適用すべき場合がないとはいいきれないのである。
 そこで本件について考えてみるのに、本件選挙が憲法に違反する議員定数配分規
定に基づいて行われたものであることは上記のとおりであるが、そのことを理由と
してこれを無効とする判決をしても、これによつて直ちに違憲状態が是正されるわ
けではなく、かえつて憲法の所期するところに必ずしも適合しない結果を生ずるこ
とは、さきに述べたとおりである。これらの事情等を考慮するときは、本件におい
ては、前記の法理にしたがい、本件選挙は憲法に違反する議員定数配分規定に基づ
いて行われた点において違法である旨を判示するにとどめ、選挙自体はこれを無効
としないこととするのが、相当であり、そしてまた、このような場合においては、
選挙を無効とする旨の判決を求める請求を棄却するとともに、当該選挙が違法であ
る旨を主文で宣言するのが、相当である。
 四 結論
 以上の次第であるから、上記判示と異なる見解の下に右選挙を適法とし、上告人
の請求を棄却した原判決には、憲法の解釈、適用を誤つた違法があり、本件上告は、
その限りにおいて理由があるから、原判決を変更して、上告人の請求を棄却すると
ともに、主文において本件選挙が違法である旨の宣言をすべきである。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条に従い、なお、訴訟費用につき、
同法九六条前段、九二条但し書を適用して、原審及び当審の訴訟費用をすべて被上
告人に負担させることとし、裁判官岡原昌男、同下田武三、同岸盛一、同天野武一、
同江里口清雄、同大塚喜一郎、同吉田豊の反対意見があるほか、裁判官全員一致の
意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官岡原昌男、同下田武三、同江里口清雄、同大塚喜一郎、同吉田豊の反対意
見は次のとおりである。
 われわれは、本件選挙当時の議員定数配分規定は、千葉県第一区に関する限り違
憲無効であり、これに基づく選挙もまた無効なものとして、上告人の請求を認容す
べきものと考える。
 一 選挙制度のあり方、殊に選挙区割、議員総定数及びその配分などの決定は、
多分に政治性を伴う立法政策の分野に属し、原則として国会の自由裁量に委ねられ
るべきものであることに異論がないが、その裁量権の行使が著しく合理性を欠き、
憲法の要請に反するような事態に立ち至つた場合は、司法による判断を免れないと
することが、三権分立の基本構想に沿うものであると考える。裁判所がこの種の問
題について、高度に政治性のある国家行為であるからとか、立法府の自由裁量に属
する事項であるからとかの理由により、たやすく司法判断適合性を欠くものとする
ことは、国民の信頼にこたえる所以ではないと思う。
 ところで、本件の如き議員定数配分規定の違憲無効を理由として選挙の効力を争
う訴訟の形態については、実定法上明文の規定はない。しかし、かつて憲法三七条
一項に基づく迅速裁判の要請に反する刑事被告事件について、下級審が、憲法に保
障する迅速な裁判をうける権利は侵害されているが、刑訴法にその救済規定がない
から如何ともし難いと結論したのに対し、当裁判所は、憲法の要請にこたえるため
には、刑訴法上これに対処すべき具体的な規定がなくても、免訴という審理打ち切
りの非常救済手段をとるべきであるとした(最高裁判所昭和四五年(あ)第一七〇
〇号、同四七年一二月二〇日大法廷判決、刑集二六巻一〇号六三一頁参照)。これ
は、その事態が免訴の場合におけると同様実体的公訴権が消滅したとみるべき点に
おいて類似しているという理由で、免訴の手段をとつたものと考えるべきものであ
る。本件の場合においても、また、憲法上国民の重要な基本的権利である選挙権の
平等を争うについては何等かの途をひらくのが妥当であり、それには現行法上選挙
の無効を争う点で類似している公選法二〇四条の訴訟の形態を用いることができる
とした多数意見は、そのまま同調しうるものと考える。
 二 投票価値の平等は、憲法一四条一項、一五条一項、三項、四四条但し書に根
拠をおく憲法上重要な要求であつて、これを尊重すべきことについては、すべて多
数意見の説くとおりである。そして、全国の選挙人数を議員総定数で除した議員一
人当たりの平均選挙人数と議員定数配分規定による各選挙区の議員一人当たりの選
挙人数とが、接近していればいるほど投票価値平等の要求に合致するわけであるが、
数字的に完全には同一となりえず、したがつて、憲法も合理性の認められる程度の
投票価値の偏差はこれを当然許容しているものと解すべきである。問題は、その偏
差がどの程度になつた場合に、他の考慮要素をしんしやくしてもなお合理性がある
とはいえないものと判断されるか、そして議員定数配分規定が投票価値不平等の理
由で違憲とされた場合に、それに基づいて行われた選挙の効力をいかにみるべきか、
ということである。
 多数意見は、本件選挙当時の議員定数配分規定について、その各選挙区の議員一
人当たりの選挙人数を比較し、その最大のものと最小のものとの比率が約五対一の
割合に達し、投票価値が甚だしく不平等になつているのは、著しく合理性を欠き、
選挙権の平等に関する憲法の要求に反する瑕疵があり、しかも、その違憲の瑕疵が
合理的期間内に是正されなかつたものと認めた上で、右配分規定は、本件選挙当時
は憲法違反であつたものと断定しているのである。そして、選挙区割及び議員定数
の配分は、議員総定数と密接不可分の関連があるから、右配分規定の一部の違憲の
瑕疵はその規定全体の違憲を来すものであると論じ、本件で問題とされた千葉県第
一区について選挙人の投票価値の偏差の如何を問うことなく、右配分規定は全選挙
区を通じ一括して違憲であるとするのである。更に、右のように議員定数配分規定
が全体として違憲とされる結果、全国の選挙について選挙無効の訴訟が提起される
ことがありうることを危惧し、また、仮に一部の選挙区の選挙が無効とされるにと
どまつた場合でも、衆議院は、選挙を無効とされた選挙区からの選出議員を得るこ
とができないまま、しかも違憲の瑕疵ある選挙によつて選出された議員のみで構成
されるという異常な状態で活動せざるをえないこととなるとし、それは憲法上望ま
しい姿でもなく、またその所期するところでもないとの理由で、行訴法三一条に含
まれる事情判決の法理に則りつつ、更に同条の適用を排除する公選法二一九条の適
用を回避して、右配分規定、したがつてそれに基づく本件選挙は違憲違法ではある
が、選挙は無効としないという一種の事情判決を言い渡すこととしたのである。
 三 これに対し、われわれは、全選挙人が投票価値において平均的な、中庸を得
た選挙権を享受することをもつて憲法の理想とし、各選挙区について、その投票価
値がその理想からどれほど遠ざかつているかを検討し、その偏りが甚だしい場合に
投票価値平等の要求に反し違憲の瑕疵を帯びるものと考えるのである。そして、ど
の程度の偏差を示すに至つたときに違憲とすべきかについては、選挙制度及びこれ
に対する司法判断のあり方の点ではわが国のそれと差異があるが、ドイツ連邦共和
国選挙法のように、その偏差がその平均値人口数から上下各三三・三分の一パーセ
ントを超えないものとし、あるいはアメリカ連邦最高裁判所が、各州の連邦下院議
員の各選挙区における投票価値の偏差が平均値から上下それぞれ僅か数パーセント
となつている選挙区割に関する州法律を、何れも正確な数的平等達成への真摯な努
力を欠くものとして違憲とする判決をしたのに対し、これを厳格に失すると批判す
る右判決中の少数意見が、偏差は上下それぞれ一〇ないし一五パーセントを超えな
い限り原則として合憲とすべきであるとするなど、偏差の許容限度を数字をもつて
明らかにする考え方がある。しかし、われわれは、多数意見が説くと同じように、
わが国における諸般の情況にかんがみ、選挙人の投票価値の不平等が国会において
通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するもの
とはとうてい考えられない程度に達しているかどうか、それが合理的期間内に是正
されなかつたと認められるかどうかによつて、具体的事案に即して決するのが妥当
であると考えるのである。そして、本件においては、原審の確定した事実によれば、
議員一人当たりの選挙人数は、千葉県第一区では三八一、二一七・二五人であつて、
その全国平均一五〇、二四三・六六人に対し二五三・七三パーセントにあたり、す
なわち、投票価値の点からみると、千葉県第一区においては、二人半の選挙人によ
つてようやく、全国の選挙人の平均一人分の選挙権を行使しうるにすぎないのであ
るから、このような投票価値の偏差は、いかに他の考慮要素をしんしやくしても、
とうてい合理性があるものとは認められない。しかも、その原因たる人口の過密化
は絶えず進行し、本件選挙の相当以前から投票価値不平等の違憲の瑕疵を帯びるに
至つていたものと推認できるのであるから、それが合理的期間内に是正されなかつ
たものと認めるほかなく、したがつて、本件選挙当時の議員定数配分規定中千葉県
第一区に関する部分は違憲の瑕疵があつたものといわざるをえない。しかし、われ
われは、一部選挙区について投票価値不平等の違憲の瑕疵があるとしても、その瑕
疵が、多数意見の説くように、必然的に他の選挙区全部について違憲の瑕疵を来す
ものとは考えないのである。
 一般に、ある法規の一部に違憲の瑕疵がある場合に、右部分と関連がある限り法
規全体が違憲となることはもとよりありうることではあるが、その瑕疵と法規全体
との関連度の大小を考察することによつて合理的に解決がつくならば、その法規に
ついてなるべく憲法違反の範囲を拡大しないように解することが違憲審査の基本的
な態度であろうと思う。その意味においても、一部の選挙区において生じた投票価
値の不平等が、平均的な、中庸を得ている他の多数の選挙区のすべてについて直ち
に違憲を来すほどの密接不可分な関連性があるとすべきかどうかについては、慎重
な検討を要するものと思われる。
 もとより、平等不平等という概念は、他と比較しての相対的のものであつて、観
念的には議員総定数と選挙区割及び議員配分定数との間には相互に数字的になにが
しかの関連があり、殊に、本件の場合のように、投票価値が過小となつた選挙区す
なわち人口過密地区の発生は、一方において投票価値が過大となつた選挙区におけ
る人口過疎化現象と表裏をなすものであることは明らかであるが、たとえ投票価値
の最小最大の比が甚だしい偏差を示したとしても、例えば、その両選挙区における
投票価値の平均値からの偏差が上下ともほぼ同率で、その議員定数も同じであり、
かつ、その他の選挙区の投票価値がほとんど平均値に近いような場合においては、
右の両選挙区について是正措置を講じさえすれば不平等が直ちに解消することは、
容易に理解しうることである。試みに、本件選挙当時の議員定数配分規定の下にお
いて、当事者間に争いのない原判決添付の議員定数、選挙人数及び議員一人当たり
の選挙人数の平均値からの偏差率の対照表の数字に基づいて計算してみると、投票
価値の極端に減少した一部の選挙区について、例えば、計一〇名ないし二〇名の定
員を増加したとしても、それが平均的投票価値をもつ選挙区に及ぼす偏差率の動き
は、僅かに約二パーセントないし四パーセントであり、この数字は、各選挙区の議
員一人当たりの選挙人数と全国平均のそれとの偏差率の上限、下限の一六二・八七
パーセント、四七・三〇パーセントと対比すれば、問題とするに値いしないものと
いいうる程度の動きにすぎず、更に、例えば、投票価値の極度に増大した選挙区に
ついても併せて是正措置を講ずるものとするならば、他の選挙区についてその偏差
率の変化を最少限度に押えることも可能であるから、議員定数配分規定の一部是正
は、平均的投票価値をもつ他の選挙区についてその平均性を失わせるほど有意的な
影響を及ぼすものではないと結論することができるのである。
 この見地に立つて、わが国の衆議院議員の総定数に関する立法の経過をみると、
現憲法下の衆議院議員の定数を定めるに当たつては、大正一四年以来の議員総定数
四六六人は、その間の人口(選挙人)数の増加にもかかわらず、これを動かさない
ものとし、各選挙区の人口を標準として行政区画その他の要素をもしんしやくし全
選挙区に公平に議員定数を配分する建前をとつたものと認められ、当時としては、
議員総定数と人口(選挙人)数、選挙区割及び議員配分定数との間には密接な関連
性があつたのは事実であるが、その後、従来見られなかつた甚だしい人口の大都市
周辺集中に伴いその関連の度合は漸次稀薄となり、また、これによる投票価値の偏
差を是正するためにされた昭和三九年法律一三二号及び昭和五〇年法律六三号によ
る再度の議員総定数及びその配分規定改正の際には、右の関連性に対する全国的配
慮は見られず、人口の激減した選挙区にはなんら手を触れることなく、専ら人口の
激増した選挙区のうちの一部についてのみ議員定数の増加及び選挙区の分立の措置
を講じ、その増加した議員数を加えた数をもつて公選法四条の議員総定数としたも
のであつて、先ず議員総定数を確定してから、それを各選挙区に公平に配分し直し
たものではないものと認められる。このように、立法府もまた、右配分規定改正の
際には、一部の選挙区だけを切り離して手直しをすることが可能であるとしたもの
と思われる。
 以上のことは、とりもなおさず、一選挙区についての投票価値不平等の違憲は必
ずしも他の選挙区についての違憲を来さないと考えることができることを意味する
ものであつて、平均的投票価値をもつ選挙区については、他の選挙区において投票
価値の不平等が生じたこととは関係なく、依然として憲法の理念に合致しているも
のと認めることができるのであるから、これらすべての選挙区について一律に違憲
であると断定する必要は全くないものと考えるのである。
 以上の理由により、われわれは、本件選挙当時の議員定数配分規定は、千葉県第
一区に関する限り、憲法一四条一項、三項、一五条一項、四四条但し書に規定する
選挙権平等の要求に反し違憲の瑕疵があるので、憲法九八条によつて無効であり、
したがつて、これに基づく本件選挙もまた無効とすべきものである、とするのであ
る。
 四 選挙無効の判決が確定すれば、当該選挙区については選出議員を欠くことに
なり、無効の議員定数配分規定に基づく再選挙は許されないのであるから、残余の
議員で構成される衆議院において早急にその違憲の法律を憲法に適合するように改
正するための審議をすれば足りるのである。そして、われわれの考えによれば、平
均的投票価値をもつ選挙区は全国的に見れば圧倒的に多いのであるから、選挙無効
の判決によつて衆議院が活動できなくなるほど多数の議員がその資格を失うことに
なるはずはないのである。もとより、選挙制度のあり方、殊に選挙区割、議員総定
数及びその配分などの決定は、原則として立法府の合理的な自由裁量下にあること
は冒頭に述べたとおりであるが、違憲とされた配分規定の改正に当たつては、右選
挙無効判決の理由に示された趣旨に則り、その選挙を無効とされた当該選挙区のみ
ならず、これと同様の違憲の瑕疵を帯びると推認される他の選挙区、更に、また、
それらの選挙区の投票価値を平均値より不当に低からしめる原因をなした選挙区、
すなわち、投票価値が一般的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度
に増大した選挙区についても、できるだけこれを平均値に近づける努力を尽すべき
ことが憲法の要求するところに適合するものと考えられるのである。
 そして、衆議院が一部の選挙区選出の議員を欠きながら活動せざるをえない場合
は、本件のように、議員定数配分規定に違憲無効の瑕疵があつて選挙が無効とされ
る場合のほか、例えば、多数の選挙区で違法な選挙が行なわれ、選挙無効の訴訟が
提起され、相前後して無効判決が確定したが、再選挙をする時間的余裕がないまま
に緊急案件を審議せざるをえないような場合などにも当然予想されるやむをえない
事態であつて、憲法上許容されないところとは認められない。およそ議員は、全国
民を代表するものであつて(憲法四三条一項参照)特定選挙区の住民の利益代表で
はないのであるから、一部の選挙区選出の議員を欠いたとしても、全国民の代表で
ある他の選挙区選出の議員によつて衆議院はさしたる支障なく活動できることにな
つているのであり、国会運営上特に困難な事態に陥るわけではないのである。
 なお、公選法二〇四条による訴訟が提起され、選挙を無効とする判決があつた場
合には、四〇日以内に再選挙を行わなければならないとされているが(公選法一〇
九条四号、三四条参照)、本件のように、公選法の規定自体が違憲無効であるため
選挙が無効となつた場合には、再選挙を行う期間を定める公選法三四条は、その適
用がないものと解するのが相当である。けだし、右の規定は、本来訓示規定である
と解されるばかりでなく、公選法の規定が合憲有効で、これにより直ちに再選挙を
行うことが可能なことを前提としているのであつて、公選法の規定自体に違憲無効
のものがあり、有効な再選挙を行うためには、まず、その改正を必要とするような
場合を考慮しているものでないことは明らかであり、そのような場合は、再選挙の
期間につき、事の性質上別途に合理的な解釈を施すべきものと解されるからである。
 五 ところで、われわれは、多数意見について、前述したような意見の相違があ
るほか、次のような疑問をもつが故に、これに同調しえないのである。
 (1) 先ず、多数意見は本件議員定数配分規定を違憲としながら、その規定自体
の有効無効を確定しないで、右配分規定に基づく選挙の効力を検討している。しか
しながら、上告人は、右配分規定の違憲無効を理由としてこれに基づく本件選挙を
無効とすることを求めているのであつて、本件選挙が右配分規定に違反して行われ
た瑕疵のあることを理由としてその無効を求めているのではないから、順序として
先ず右配分規定の効力の有無を判断すべきではなかつたかと思われる。
 (2) 仮に、多数意見の説くように、本件議員定数配分規定を全体として違憲の
瑕疵を帯びるものと解しても、本件選挙を無効とする判決は、千葉県第一区選出の
議員の資格を将来に向つて失わせる効力をもつだけであつて、他の選挙区選出の議
員の資格に影響を及ぼすものではない。もとより、千葉県第一区について憲法に適
合する選挙が実現するためには、本件議員定数配分規定の改正にまたなければなら
ないが、多数意見の憂えるように、全国における他の選挙区の選挙について選挙無
効の訴訟が提起され、これを無効とする判決がされることがありうるとしても、そ
れだけで直ちに、衆議院の活動が不可能になり、本件議員定数配分規定を憲法に適
合するように改正することができなくなるわけのものではない。本件選挙を無効と
する判決によつて千葉県第一区選出の議員がその資格を失うことになれば、残りの
議員だけでは衆議院の定足数を欠く可能性があるという具体的事情が本件訴訟にお
いて明らかにされない以上、衆議院の活動が法律上不可能になる虞れがあるとはい
えない。また、衆議院の活動が選挙を無効とされた千葉県第一区からの選出議員を
得ることができないままの状態で行われざるをえないことは、憲法上望ましい姿で
はないが、これを異常な事態として、そのためにも本件選挙を無効とすべきではな
いとする多数意見が当をえないことは、既に述べたところによつて明らかである。
要するに、本件議員定数配分規定を全体として違憲であると解するとしても、本件
選挙を無効とする判決によつては、直ちに憲法の所期しない結果を生ずることには
ならず、したがつて、本件選挙の効力について事情判決の法理を適用する必要はな
いのであるから、本件選挙は違法であるがこれを無効とすべきではないとする多数
意見の結論には同調することができない。多数意見が本件選挙を無効とする判決に
よつて憲法の所期しない結果を生ずることを危惧せざるをえないとするのは、ひつ
きよう、本件議員定数配分規定全体を違憲と考えることに由来するものと思われる
のである。
 (3) 多数意見は、その説くような事情のために、投票価値の最大最小の偏差が
約五対一に達するような違憲の議員定数配分規定に基づく選挙であつても、事情判
決の法理によつて選挙を無効とすることはできないとするのであるから、多数意見
によれば、今後投票価値に右の程度の偏差を生じても、選挙を無効とすることには
ならないであろうし、また、その偏差が右の程度を超えたとしても事情判決をすべ
き事情は依然として解消しないのである。多数意見は選挙無効の判決をなしうる理
論上の余地を残しているが、果して如何なる場合を予想するのであろうか。これら
の不合理は、すべて議員定数配分規定を一体不可分と解したために生じたものとし
か考えられない。
 以上は多数意見に対する疑問であるが、われわれの考え方からすれば、憲法九八
条はその文言のとおりに適用すべきこととなるので、これについて多数意見のよう
な複雑な論理を展開する必要もなく、また、行訴法三一条及び同条と公選法二一九
条との関係の問題も生じないので、これらについて難解な説示をしないでも済むの
である。そして選挙無効の判決をしても、それは性質上いわゆる当然無効として過
去にその効力が遡ると解すべきものではなく、将来に向つて形成的な効力をもつに
過ぎないのであるから、法律的にもさほど困難な問題を生ずることはなく、また、
社会的、政治的にも著しい混乱を来すこととはならないのである。
 六 以上のような次第で、本件議員定数配分規定は、千葉県第一区に関する限り
違憲無効であつて、これに基づく同選挙区の本件選挙もまた、無効とすべきもので
ある。したがつて、本件上告は理由があり、これと見解を異にする原判決を破棄し、
本件選挙の無効を求める上告人の本訴請求を認容すべきものと考える。
 裁判官岸盛一の反対意見は次のとおりである。
 私は、以下述べる理由によつて、本件千葉県第一区の選挙は無効であるが、当選
人四名は当選を失わないと考えるものであり、多数意見には賛成しかねるので、少
しく私の意見を述べておきたい。
 一 第一は、多数意見が、本件選挙無効訴訟を公選法二〇四条の選挙の効力に関
する訴訟の手続に準拠せしめている点である。
 本件のような議員定数配分の不平等を理由として選挙の効力を争う訴訟に右の二
〇四条の民衆訴訟の手続を踏ませることは、当裁判所の従来からの一貫した判例で
あるが、本判決は、これまでの判例ではさほど強調されなかつた国民の選挙権の平
等の保障について、それが憲法一四条の要求に基づくものであることを強く指摘し
た。そのことは、議会制民主政治においては、各選挙人の投票の価値が平等である
ことによつて、真の民意が国会の議決に反映されるものであることを思えば、至極
当然であるが、同時に、本件のような訴訟を公選法の選挙規定の適用の誤りを理由
として選挙の効力を争う同法二〇四条によつて処理することの難点を浮き彫りにし
たことにもなつたと考える。すなわち、公選法二〇四条は、選挙法規の根幹的な手
続規定が合憲であることを前提とし、その違反があることを理由として、選挙人ら
にその権利侵害の有無を問うことなく、選挙法規に従つた適正な運用を求めて選挙
の効力を争うことを認める民衆訴訟の手続であるところ、本件のような訴訟は、選
挙人らが、選挙権の不平等を理由に選挙無効を訴求するもの、すなわち、選挙法規
の基礎をなす議員定数配分規定(以下、配分規定という。)が各選挙区間に不平等
であつて憲法の要求に反するものであることを前提とするものなのである。そして、
この種訴訟の原告は、選挙人として当該選挙区に属する有権者全体のための救済を
求めると同時に、原告自身が選挙人として受けた権利侵害の救済を求めるものと解
されるのであつて、民衆訴訟的な面のほかに抗告訴訟的な面をも併せもつ特殊な訴
訟形態であると考えられるのである。したがつて、この種訴訟に公選法二〇四条の
規定をそのままあてはめることにはもともと無理があり、本来その特質に適合した
特別の立法措置が必要とされるのであるが、現行法上そのような措置はとられてい
ない。さればといつて、国民の憲法上の基本的権利の侵害に対する救済を拒否する
ことは許されず、裁判所は、現行の実定法を手がかりとして、その救済を実効あら
しめるための手続を考案しなければならない。
 多数意見は、従来の当裁判所の判例を踏襲して、公選法二〇四条が選挙の効力を
争うことのできる現行法上唯一の手続であるとの理由から、同条の規定によりつつ
この種訴訟の特殊性を考慮にいれ、これに若干の修正をほどこすことによつて右の
目的を達しようとするのであるが、私は、この種訴訟の民衆訴訟的な性質を考慮し
ながらも、その抗告訴訟的性質を重視し、権利救済についての一般的な手続法であ
る行訴法を手がかりとして、この種訴訟の性格にふさわしい手続を案出するのが適
当ではないかと考える。ただ、このように考えるとしても、もともと、公選法も行
訴法もこの種訴訟を予想していないのであるから、行政訴訟上の既成の法概念をも
つてしては律しきれないものがあり、法体系の理論的整合の点で多少の無理をおか
すことは免れない。しかしながら、平等な選挙権という議会制民主政治に不可欠な
国民の基本権が憲法に直結するものであることにかんがみるならば、在来の理論的
障壁を乗り超えて、ある程度の自由な法創造的思考の加わることは当然なことと考
える。
 そこで、まず、この種訴訟を抗告訴訟として構成することができないかどうかが
問われなければならない。選挙を、選挙の告示にはじまり当選人の決定にいたる一
連の手続を全体として一個の行政処分としてとらえるか、あるいは、右の一連の行
為の最終段階として選挙会が決定し選挙管理委員会が告示する当選決定を行政処分
としてとらえ、これに対する抗告訴訟というものを構想することができないであろ
うか。更にまた、次のようにも考える余地がないであろうか。そもそも、法令が一
般に抗告訴訟の対象とならないことはいうまでもないが、配分規定は、いわゆる一
般処分に近似した性格、機能をもつものとみられないこともないので、配分規定そ
のものを抗告訴訟の対象としてとらえることもあながち不当とはいえず、この場合
右配分規定による具体的な選挙の施行によつて平等選挙権の侵害が現実化したもの
として抗告訴訟の原告適格を肯定することもできるのではなかろうか。
 以上のような抗告訴訟が認められるとすれば、本件配分規定を違憲としながら、
それにのつとつて行われた選挙は無効としない結論を導くために、多数意見が説く
ような、公選法がその規定する選挙の効力に関する訴訟の本質に照らして行訴法三
一条の準用を排除している(公選法二一九条)公選法二〇四条の手続によらしめて
おきながら、一転して右三一条の法理をかりるという論理を用いなくてもすむので
ある。なお、行訴法によれば、第一審の管轄裁判所は地方裁判所であるから、訴訟
は控訴審を経由して上告審に係属することとなるため、訴訟の迅速処理の点で問題
ではあるが、この種訴訟の当事者としても早期解決を望むことは必定と思われるの
で、当事者の合意による飛躍上告の制度(行訴法七条、民謙法三六〇条一項、三九
三条二項)を活用すればよいのではないかと考える。
 しかしながら、従来の当裁判所の判例が十余年もの長きにわたり、この種訴訟を
公選法二〇四条の手続によることを是認してきたことを思えば、本件の処理にあた
つて、今更、本案前の問題で上告人の訴を却下することは、従来の判例に対する国
民の信頼にそむくことになるし、この種訴訟の抗告訴訟的性質を重視するとしても、
なお、更に検討を要する点もあるので、疑問をとどめつつ、さしあたりは多数意見
のように、訴訟の形式としては公選法二〇四条により争う途を閉ざさず、その手続
によらしめることに賛同しておきたいと考える。
 二 第二は、多数意見が、配分規定を不可分一体のものとして、選挙区における
投票価値の偏差を最上限と最下限とを比較するだけで、本件配分規定である公選法
別表第一を全部違憲とする点である。私は、以下述べるように、配分規定を可分の
ものと考えるが、そのことは、前述のこの種訴訟の抗告訴訟的性質を重視する立場
とは必ずしもかかわりのないことである。ただ、私も、仮に右別表第一が全部違憲
とされひいては選挙の効力が問題とされる場合があるとすれば、多数意見が詳論す
るように、行訴法三一条の法理によつて選挙を無効とすべきではないと考える。
 (一) 配分規定に各選挙区間の投票価値の偏差が認められる場合に、その最上限
と最下限とを比較するだけで配分規定の全部を違憲とする手法は、アメリカの裁判
例でも用いられているが、私は、それをわが国で用いることには、次の理由から疑
問を抱くものである。すなわち、選挙権の平等の侵害を理由とする訴えは、アメリ
カでは、当該配分法によつて行われた選挙の効力を争うものではなく、配分法の無
効宣言とその定めに従つて行われる次の選挙を阻止するための差止命令を訴求する
のが通常であり、裁判所は、当該配分法の規定が違憲であると判断したときには、
裁判所みずからが暫定的に選挙区割・議員の定数配分を定めて、それに基づいて選
挙を実施することを命じるのが通例とされている。したがつて、裁判所は暫定的に
立法的措置を講じて結末をつける建前なのである。これに反して、わが国において
は、配分規定の違憲であることを理由として、既に行われた選挙を無効とすること
を訴求するものであつて、そのことは、結局、当選人の議員資格の喪失という結果
をもたらすことになる。このような訴求の目的及び裁判所が果すことのできる機能
についての彼我の相違を無視することはできないと考える。そもそも平等不平等は
絶対的な概念ではなくて相対的なものであるうえに、投票価値の最上限と最下限と
の中間には、なんら不合理な差別を受けておらず、違憲の問題が生じる余地のない
選挙区も多数存在するのである。それらの中間にある、定数配分につき国会の裁量
権の逸脱が認められない選挙区についてまで一蓮托生的に配分規定全部を違憲とす
ることは妥当でないと考える。それ故、定数配分が平等であるかどうかについては、
各選挙区相互の間に不合理な不平等が認められるか否かを吟味すべきであつて、不
当な差別を受けていない選挙区の定数配分及びその選挙区の選挙の効力までをも否
定すべきではないと思うのである。また、後述のように、不当な差別を受けている
選挙区についても、その配分規定が違憲であることから直ちにそれに基づく選挙が
全面的に無効となるものではないと考える。
 (二) そこで、問題の焦点を簡明にするため、右の二点について次のような設例
によつて考えてみることとする。
 各選挙区の選挙人数を同数と仮定して、AないしZの各選挙区のうち、議員定数
四名のA区の投票価値が一、議員定数一名のB区の投票価値が〇・二五、議員定数
二名のCないしZ区の投票価値が各〇・五とし、仮に三倍を超える投票価値の差別
があれば違憲であるとすると、A区とB区との間では四倍の差があるから相互に違
憲となるが、A区とCないしZ区との間では二倍の差にとどまるから違憲の問題は
生じない。したがつて、不当な差別的利益を与えられているA区と不当な差別的不
利益を受けているB区についてだけ違憲状態がみられることとなる。そして、A区
とB区とが相互に違憲となるということは、A区がB区の三倍を超える定数をもち、
B区がA区の三分の一に満たない定数しか与えられていないからであつて、配分規
定のA区とB区に関する部分がそれぞれ全面的に違憲の性質を帯びるからなのでは
ない。換言すれば、A区が三名を超えて四名という不当に多い定数を与えられてい
る点及びB区の定数が一名に押えられている点に違憲の根拠があるのであつて、A
区に三名までの定数を与えている点は正当であるし、また、B区に与えられている
一名の定数は、正当に配分されるべき定数の内数なのであるから、この配分まで違
憲とする理由はないのである。そのことは、右の違憲状態を解消させるために、A
区の定数から一名を削るか、B区の定数を一名以上とするかの方策をとれば、不平
等が是正されることを思えば明らかであろう。前述のように平等不平等は相対的な
概念であるから、相対的に不当な差別を生じる限度で違憲となると考える(このよ
うに考えても、右の設例で、CないしZ区の定数が各一名とすれば、A区とCない
しZ区との間に相対的な不平等がみられ、結局、配分規定の全部について違憲の問
題が生じる。)。各選挙区に一定数の議員を割りあてる配分の性質は、一定の定数
を与えるという積極的な面と、一定の定数以上は与えないという消極的な面とがあ
るのであつて、このことは、配分規定の合憲性及びこれに伴う選挙の効力を考える
について重要な意味をもつものと考える。
 それでは次に、前述の設例によつて一部に違憲性を含む配分規定に基づく選挙の
効力について考えることとする。上述来の考え方によれば、配分規定のうちA区に
関する部分は、三名を超えて四名として一名を過剰に配分している点で、かつ、そ
の限度で違憲である。また、B区に関しては、定数一名を配分している積極面は違
憲でないが、一名に限定しているという消極面がA区との比較において不当に不利
益を受けており、その限度で違憲となるのである。それ故、右配分規定に基づいて
行われた選挙の効力も次のように考えるべきである。すなわち、A区の選挙は、憲
法に違反する過剰な定数の配分規定に基づいて行われた点において、また、B区の
選挙は、憲法に違反する過少な定数の配分規定に基づいて行われた点において、い
ずれも違法であることを免れず、かつ、A区の場合は、これによつて生じた選挙の
効力をそのまま全面的には維持することを許されないという意味において、また、
B区の場合は、合憲な定数配分規定に基づいて選挙を行うとすれば、選挙の結果を
異にする可能性があるという意味において、いずれも選挙の結果に異動を及ぼす虞
があるものとして無効とせざるをえない。しかしながら、右配分規定は、A区につ
いては三名の定数を配分している限りは違憲でなく、また、B区については、一名
を超える定数を配分しなかつた点が違憲で、右一名の定数配分そのものの効力は否
定すべきものではないのであるから、A区B区とも、各その限度においてはこれに
基づく選挙の結果の効力をそのまま維持させるのが、憲法に適合する範囲において
可能な限り選挙人の選挙意思の実現をはかるゆえんであると考えられるのである。
それ故、A区については定数三名の範囲内にある第一順位から第三順位までの三名、
B区については現に当選した一名の当選の効果をいずれも動かさないものとするの
が相当である。そして、このように解するときは、後述するように、後日の配分規
定の改正によつて、A区の定数が三名に変更された場合にはA区B区とも再選挙を
行う必要がなく、また、B区の定数が仮に二名とされ、A区の定数は従前どおり四
名とされた場合には、両区とも残る各一名について再選挙を行えばよいこととなつ
て、合理的な解決がはかられるのである。
 以上のような関係は、不当な差別的利益を与えられている各選挙区と不当な差別
的不利益を受けている各選挙区との間で当然考えられるのであつて、配分規定の可
分性を肯定する立場から導かれる結論であり、また、選挙の効力につき上記のよう
な解釈をとることによつて、選挙の無効・当選人の議員資格の喪失を不当に拡大す
ることを防止することにもなるのである。
 以上の次第で、投票価値の高い選挙区から順位を追つて順次その低い選挙区ごと
に投票価値を相対的に比較するならば、最上限と最下限との中間になんら違憲の問
題が起る余地のない選挙区のあることを確めることが容易であり、かつ、投票価値
に違憲状態がみられる選挙区についても、当該選挙区の定数配分を全部違憲とする
必要はなく、多数意見が憂慮するような国会の構成が不可能となる結果を避けるこ
ともできるのである。
 配分規定が不可分一体のものか、可分のものかの議論は、結局、果てしない論争
のように思われる。私は、この種訴訟について違憲状態に対する裁判上の救済をは
かり、妥当な結論を求めるためには、これを前述のような意味において可分なもの
と考えるのが相当であると思うのである。これを可分なものと考えることにより、
彌縫策とはいえ、国会が、その裁量によつて既定の議員総数の範囲内で不当な利益
を与えられている選挙区の定数の一部を削り不当な不利益を受けている選挙区に割
りあてる方法で不平等を解消させることができる場合もあろうし、また、従来国会
においてとられてきた実績が示すような、不当な不利益を受けている選挙区の定数
を増すことによつて、応急的に同様な結果を得ることも可能であろう。
 このような問題は、本来、国会の権限と責任において解決すべきものであり、し
かも、私の上述来の考えによつても、裁判所が違憲の判断を示すことによつてその
是正を国会に期待することができるのであるから、決して、国民の権利の救済にと
つて無力なものではないと考える。
 三 本件についてみるのに、当事者間に争のない原判決添付の一覧表の記載によ
る各選挙区の議員定数、議員一人あたりの選挙人数に基づいて、最上限の議員定数
三名の兵庫県第五区の投票価値を一として各選挙区の投票価値を、その高い選挙区
から順位を追つて順次その低い選挙区ごとに相対的に比較するに、議員定数各三名
の鹿児島県第三区、石川県第二区の投票価値はそれぞれ〇・九七、〇・九三である
のに対し、議員定数四名の千葉県第一区のそれは〇・二一にすぎないことが明らか
である。私は、議員定数配分における投票価値の不平等と違憲性の問題に関する多
数意見の一般的見解にはおおむね賛同するものであり、その説く基準に照らして右
の投票価値の開きをみるときは、本件選挙当時、千葉県第一区への定数配分は、憲
法上選挙権の平等の要求に反する過少な定数配分として違憲とされることを免れな
いものであつたと考える。それ故、上述した見解に従つて本件を処理するときは次
のようになる。すなわち、本件配分規定のうち、千葉県第一区に関する部分は、そ
の定数配分が過少に限定されている点において、かつ、その限度で違憲なのである
から、前述したところに従い、同区の選挙は右の違憲な配分規定に基づく選挙とし
て違法であり、無効とされるべきものであるが、当選人四名の選挙に関する限りは、
その結果としての当選の効力を維持すべきであり、したがつて、本件千葉県第一区
の選挙を無効とするとともに、右選挙によつて当選した当選人らは当選を失わない
旨の判決をすべきである。それ故、右と異なる見解の下に右選挙を適法とし上告人
の請求を棄却した原判決には、憲法の解釈、適用を誤つた違法があり、本件上告は
その限りにおいて理由があるから、原判決を変更して右趣旨の判決をすべきである。
 裁判官天野武一の反対意見は、次のとおりである。
 本件は、昭和四七年一二月一〇日行われた衆議院議員選挙の千葉県第一区の選挙
人が、公選法の議員定数配分規定は違憲であり、右違憲の規定に基づいて行われた
右選挙区における選挙は無効であると主張して、公選法二〇四条所定の選挙の効力
に関する規定に準拠し、千葉県選挙管理委員会を被告として提起した訴訟である。
もともと、同条による訴訟は、具体的権利義務に関するいわゆる法律上の争訟では
なく、選挙の管理執行機関の公選法規に適合しない行為の是正を目的として、法律
により特に裁判所の権限に属せしめられた民衆訴訟(裁判所法三条、行政事件訴訟
法五条、四二条参照)の性質を有するものであつて、当該選挙が「選挙の規定に違
反」し、しかも「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、」選挙の全部又
は一部の無効を判決しなければならない(公選法二〇五条一項)ものとされている
ことにより、その限度で許容されるにすぎない訴えである。また、この訴訟は、現
行法上、選挙法規及びこれに基づく選挙の当然無効を確定する趣旨のものではなく、
選挙管理委員会が法規に適合しない行為をした場合にその是正のため当該選挙の効
力を失わせ改めて再選挙を義務づけるところにその本旨があることについても、疑
う余地がない。そこで、右訴訟で争いうる「選挙の規定」違反ということも、当該
選挙区の選挙管理委員会が、選挙法規を正当に適用することにより、その違法を是
正し適法な再選挙を行いうるようなものに限られるのであり、したがつて、同委員
会においてこれを是正し適法な再選挙を実施することができないような違法を主張
して選挙の効力を争うことは許されず、裁判所の審査権もこれに及ばないのである。
そして、もし公選法の議員定数の配分規定が違憲であるとすれば、国会の立法によ
る是正をまたなければ選挙管理委員会が適法な再選挙を実施することはできないの
であるから、公選法の議員定数配分規定の違憲無効を唯一の理由として、その法の
下で行われた選挙の効力を争うことは、現行の公選法が定める前記訴訟の予想する
ところではない。それゆえ、本件の訴えは、公選法の前記規定の許容する範囲外の
ものというべきであり、かつ、そのような訴えのために道を開いた実定法規が制定
されていない以上は、結局、不適法の訴えとして却下されるほかないことになるの
である。
 しかしながら、多数意見によれば、公選法二〇四条による訴訟は、現行法上、選
挙人が選挙の適否を争うことのできる唯一の争訟であり、これを措いては他に訴訟
法上公選法の違憲を主張してその是正を求める機会はないとし、すすんで、「およ
そ国民の基本的権利を侵害する国権行為に対しては、できるだけその是正、救済の
途が開かれるべきであるという憲法上の要請に照して考えるときは、前記公選法の
規定が、その定める訴訟において、同法の議員定数配分規定が選挙権の平等に違反
することを選挙無効の原因として主張することを殊更に排除する趣旨であるとする
ことは、決して当を得た解釈ということはできない。」と論じて、公選法二〇四条
の拡張解釈を行い、この場合にも同法同条による選挙の効力に関する訴訟の手続を
もつて争いうる、というのである。しかも、多数意見は、このように公選法の定め
る選挙無効の訴訟において、同法の議員定数配分規定の違憲を主張して選挙の効力
を争うことを許した場合においても、右の違憲の主張が肯認されるときは常に当該
選挙を無効とすべきものかどうかは、行政処分の適否を争う訴訟についての一般法
である行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三一条一項前段の規定が行政処
分の取消の場合に限られない一般的な法の基本原則に基づくものと理解すべき要素
も含んでいると考えられるとして、本件は、右の基本原則の適用により、選挙を無
効とすることの不当な結果を回避する裁判をする余地があり、いわゆる事情判決を
必要とする場合にあたる、と結論するに至るのである。
 もとより、選挙権は、国民の国政への参加の機会を保障する基本的権利として、
議会制民主主義の根幹をなすものであり、選挙権の内容、すなわち各選挙人の投票
の価値の平等は憲法の要求するところなのであるから、多数意見がこの点に関し具
体的な選挙の合憲性の有無を訴訟で争う道が与えられる必要のあることを説くのは
もつともであるが、しかし、現在わが法制の下で認められている選挙関係訴訟を民
衆訴訟の一種と解することも、多数意見の採るところであると考えられる。そこで、
およそ民衆訴訟であるならば、行訴法四二条が「法律の定める場合において」のみ
提起できるものとすることに照し、公選法所定の訴訟以外に訴訟提起の道はないと
解せざるをえないはずであり、また、かかる公選法所定の訴訟が、単に公選法規違
反の個別的瑕疵を帯びるにすぎないことにより直ちに再選挙を行うことが可能な場
合について認められる争いに関するものにすぎないことは、さきに述べたとおりで
再言を要しない。
 しかるに、多数意見は、本件選挙の無効を主張する本件訴えに対し、右選挙が憲
法に違反する公選法に基づいて行われたという一般性をもつ瑕疵を帯び、その是正
が法律の改正なくしては不可能であることを述べつつ、しかもなお、右に記したと
おり、殊更に公選法がその二一九条において行訴法三一条の準用を排除することを
定めた選挙争訟の規定である公選法二〇四条に準拠して本件訴えを律しうるとする
見解に立ちながら、一転してその行訴法三一条の法理を本件の場合に用いる手法を
探つて怪しまないのである。このような論理の運び方は、それが「憲法の要請」、
「高次の法的見地」という視座に由来するものであるにしても、公選法二〇四条を
藉りた訴えに対する裁き方として、およそ忠実な法解釈であるとすることはできな
い。思うに、多数意見をして事ここに至らしめたゆえんは、投票価値の不平等をい
う違憲状況、すなわち、具体的な選挙に際し、選挙人、被選挙人又は選挙管理委員
会のいずれかの責に帰しうる瑕疵とは全く異質の、当該選挙法規自体の違憲性を指
摘して提起した選挙無効の訴えに対しても、現行の実定法下で打開の方途を見出す
べきであるとする命題を定立してこれに固執し、公選法二〇四条をここに導入した
ことにある。
 かえりみれば、わが最高裁判所は、参議院地方区選出議員選挙に関してではある
が、この種の訴えが公選法二〇四条の選挙の効力に関する訴訟の手続によりうるこ
とを、すでに認めてきた(昭和三八年(オ)第四二二号同三九年二月五日大法廷判
決・民集一八巻二号二七〇頁、昭和三八年(オ)第六五五号同四一年五月三一日第
三小法廷判決・裁判集民事八三号六二三頁、昭和四八年(行ツ)第一〇二号同四九
年四月二五日第一小法廷判決・裁判集民事一一一号六四一頁参照)。本件多数意見
は、これに若干の説明を付加して、所論の衆議院議員選挙につきこの手続の踏襲を
是認したものというべきである。しかしながら、私は、既述の見地からして、これ
らの判例が各選挙区における議員定数配分の違憲を理由とする選挙無効の請求を公
選法二〇四条の訴訟ですることに合法性を認めたのは、法の解釈を誤つたものであ
り、したがつて、その限りにおいて判例を変更する必要があると考える。右の各判
例においては、参議院議員選挙の場合に関し、各選挙区への議員の配分は、立法府
の権限に属する立法政策の問題であり、かつ、その現状の程度はなお立法政策の問
題にとどまり違憲問題を生じるものとは認められないとして、その司法判断に一定
の明確な客観的基準を見出しえないままに請求棄却の判断を維持しているのである
が、これに比すれば、本件の多数意見は、衆議院議員選挙の場合における選挙区へ
の議員の配分につき多様の論を展開して、ともかく違憲であることを判断した上で
いわゆる事情判決に及ぶ理論を示している。とはいえ、この多数意見においても、
その判断の結果のもつ重さのゆえに、なお依然として明確な司法判断の基準は示さ
れず、憲法九八条の法意にかかわりつつ、いわゆる事情判決により当該選挙自体を
無効とすることを避けている事実にかんがみるとき、その手法が、実質的な意味合
いにおいて既往の判例の現実に及ぼしえた影響のほかに、何を加えうるかを疑うの
は、不当ではあるまい。そして、このような司法判断の妥当性に対する疑問は、選
挙区ごとに投票価値不平等による違憲の瑕疵の有無を判断し選挙の無効を言い渡す
べきものとする点において多数意見と見解を分つ反対意見についても、それが多数
意見と前提を同じくする訴訟である限り、共通のものであることを否定しえないの
である。要するに、ここにおいて司法判断の対象をなす事象として、各意見のなか
で論議され提示されている問題点こそは、投票価値の平等を図るために、すべて国
会自身の責任において立法的に解決するほかない課題であることを、それ自体で証
明したものというべきである。
 いま、私は、現に定着しているかに見られる同種の判例の積み重ねの中で、独り
これに逆らうごとき立場をとるについて、われながら内心の抵抗を覚えざるをえな
い。それゆえ、本件の原告が、従来の判例におけるそれと同じく、公選法二〇四条
による訴訟の道を選んだことを責めるべくもないけれども、しかし司法審査のもつ
憲法的意味の重要性を考え、かつ、本件の具体的判断が現実に果しうる機能とその
実効性に思いをいたすならば、多数意見及び原判決の公選法二〇四条に対する認識
とその上に施された論理による結論とは、共に私の支持しうるところではない。こ
の点は、本件における他の意見に対しても同様である。このようにして私は、原判
決を破棄し訴えを却下することをもつて、本件上告に対する結論とするのである。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝
            裁判官    岸   上   康   夫
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    吉   田       豊
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    本   林       讓
 裁判官関根小郷は、退官のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官    村   上   朝   一

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛