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平成22年5月27日判決言渡
平成21年(行ケ)第10308号審決取消請求事件
平成22年4月13日口頭弁論終結
判決
原告日本マクダーミッド株式会社
訴訟代理人弁護士遠藤一義
訴訟代理人弁理士斉藤武彦
被告ペルメレック電極株式会社
被告サーテックMMCジャパン株式会社
被告ら訴訟代理人弁護士熊倉禎男
同富岡英次
同奥村直樹
被告ら訴訟代理人弁理士小川信夫
同市川さつき
同米澤明
同鈴木敏弘
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2008−800251号事件について平成21年8月24日
にした審決を取り消す。
第2争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
被告らは,発明の名称を「クロムめっき方法」とする特許第3188361
号(平成6年6月27日出願,平成13年5月11日設定登録,請求項の数4,
以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成20年11月13日,本件特許の請求項1ないし4に係る発明
の特許を無効とすることについて無効審判を請求した(無効2008−800
251号)。
特許庁は,平成21年8月24日,「本件審判の請求は,成り立たない。」と
の審決をし,その謄本は,同年9月3日,原告に送達された。
2特許請求の範囲
本件特許の明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項
1ないし4の記載は次のとおりである。
(1)請求項1
3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法において,
陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極を
用いたことを特徴とするクロムめっき方法。(以下「本件発明1」という。)
(2)請求項2
陽極がクロムめっき浴中あるいはクロムめっき浴とはイオン交換膜で区画
した陽極室に設けたものであることを特徴とする請求項1記載のクロムめっ
き方法。(以下「本件発明2」という。)
(3)請求項3
電極触媒が,酸化イリジウムとともに,チタン,タンタル,ニオブ,ジル
コニウム,錫,アンチモン,ルテニウム,白金,コバルト,モリブテン,タ
ングステンからなる金属又はその酸化物の少なくとも1種以上を含有し,電
極基体がチタン,タンタル,ジルコニウム,ニオブ又はこれらの合金からな
ることを特徴とする請求項1∼3記載のクロムめっき方法。(以下「本件発明
3」という。)
(4)請求項4
クロムめっきがバレルめっきであることを特徴とする請求項1∼3のいず
れかに記載のクロムめっき方法。(以下「本件発明4」という。)
3審決の理由
(1)別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1は,甲1及び甲4
ないし8(甲1を主引用例とした場合),甲2及び甲4ないし8(甲2を主引
用例とした場合),甲3及び甲4ないし8(甲3を主引用例とした場合)に基
づいて当業者が容易に想到することはできず,また,本件発明2ないし4は,
本件発明1の発明特定事項をすべて含むものであるから,本件発明1と同様
の理由により,当業者が容易に想到することはできなかったと判断し,本件
発明1ないし4に係る特許を無効とすることはできないとした。
甲1ないし8は,以下のとおりであり,甲1ないし7は,本件特許の出願
前に頒布された刊行物であるが,甲8は,本件特許の出願前に頒布された刊
行物ではない。
甲1特開昭61−23783号公報
甲2特開昭61−26797号公報
甲3特開昭53−4732号公報
甲4特開平6−146047号公報
甲5特開平6−2194号公報
甲6特開平3−260097号公報
甲7特開昭49−113731号公報
甲8特許第3810043号公報
(2)審決が,本件発明1は当業者が容易に想到することができなかったとの結
論を導く過程において認定した甲1ないし3記載の発明の内容,及び本件発
明1と甲1ないし3記載の発明との一致点,相違点は,次のとおりである。
ア甲1ないし3記載の発明の内容
(ア)甲1記載の発明(以下「甲1発明」という。)の内容
イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,陰極室に3価のクロ
ム塩を溶解した水溶液を供給し,かつ,陽極室には,該クロム塩のアニ
オン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給するとともに,陽極として,
チタンに貴金属,或いは貴金属酸化物を被覆した電極を用いるクロムメ
ッキ法。
(イ)甲2記載の発明(以下「甲2発明」という。)の内容
イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,陰極室に3価のクロ
ム塩を溶解した水溶液を供給し,かつ,陽極室には,該クロム塩のアニ
オン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給するとともに,陽極として,
チタンに貴金属,或いは貴金属酸化物を被覆した電極を用いるクロムメ
ッキ法。
(ウ)甲3記載の発明(以下「甲3発明」という。)の内容
3価クロム電気めつきにおいて,陽極として,白金めつきしたチタン
板を併せ含む電極を用いるクロムメッキ方法。
イ本件発明1と甲1発明,甲2発明,甲3発明の一致点
本件発明1と甲1発明,甲2発明,甲3発明は,いずれも次の点で一致
する。
「3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法におい
て,陽極として被覆を基体上に設けた電極を用いたクロムめっき方法」で
ある点。
ウ本件発明1と甲1発明,甲2発明,甲3発明の相違点
(ア)本件発明1と甲1発明の相違点
本件発明1は,陽極に酸化イリジウムを被覆しているのに対して,甲
1発明は陽極に貴金属酸化物を被覆している点。
(イ)本件発明1と甲2発明の相違点
本件発明1は,陽極に酸化イリジウムを被覆しているのに対して,甲
2発明は陽極に貴金属酸化物を被覆している点。
(ウ)本件発明1と甲3発明の相違点
本件発明1は,陽極に酸化イリジウムを被覆しているのに対して,甲
3発明は陽極に白金を被覆している点。
第3取消事由に関する原告の主張
本件発明1ないし4は,以下のとおり,本件特許出願前に頒布された刊行物
に基づいて容易に想到し得たものであり,審決は,容易想到性の判断に誤りが
あるから,違法として取り消されるべきである。
1本件発明1の容易想到性
(1)本件発明1の構成の容易想到性
3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法は周知であ
り,陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることは容易に想到す
ることができたから,本件発明1の構成は,容易に想到することができた。
その理由は,以下のとおりである。
ア3価クロムめっきの周知性について
3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法において,
陽極として被覆を基体上に設けた電極を用いたクロムめっき方法は,本件
発明1と甲1発明,甲2発明,甲3発明の一致点であるのみならず,本件
特許の出願前から周知の技術事項であった。
イ陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いることの容易想到性に
ついて
(ア)被覆材としての開示
甲1には陽極の被覆材に用いる貴金属酸化物として酸化イリジウムが
開示されている。すなわち,甲1,甲2には,貴金属酸化物を被覆した
陽極の使用が記載されており,審決は,甲1発明における「貴金属酸化
物」とは,酸化金,酸化銀,酸化ルテニウム,酸化ロジウム,酸化パラ
ジウム,酸化オスミウム,酸化イリジウム及び酸化白金の総称であると
認定しているから,陽極に酸化イリジウムの被覆を設けるとの構成は,
甲1に開示されている。
(イ)耐久性についての開示
甲4,甲6,甲9には,酸化イリジウムを被覆した酸素発生用陽極が
優れた耐久性を有することが開示されている。すなわち,甲4,甲9に
は,クロムの電気めっきに用いられる酸素発生用陽極について,酸化イ
リジウム(実際は酸化タンタル等を組み合わせている。)を被覆した酸素
発生用陽極が優れた耐久性を有することが記載されており,甲6には,
酸化イリジウムが(酸化)ルテニウムや(酸化)パラジウムに比べて酸
素発生に対する耐久性に優れていることが記載されている。
(ウ)用途の限定がないこと
甲4,甲5,甲9記載の発明は,酸化イリジウムを被覆した酸素発生
用陽極の用途を限定していない。すなわち,甲4,甲9記載の発明は,
いずれも酸化イリジウムを被覆した酸素発生用陽極の発明であり,用途
限定は伴っておらず,また,甲5記載の発明は,酸素発生用陽極として
酸化イリジウムを被覆した陽極を用いる電気めっき法の発明であり,金
属めっき全般を対象としており,それ以上に用途は限定していない。
(エ)酸化イリジウムを被覆した酸素発生用陽極の容易想到性
3価クロムめっき浴によるめっきで用いる陽極は,酸素発生用電極で
あり,耐久性等に優れることが要請されており,陽極の被覆材に用いる
貴金属酸化物として酸化イリジウムが開示されるとともに(前記(ア)),
酸化イリジウムを被覆した酸素発生用陽極が優れた耐久性を有すること
が開示され(前記(イ)),その用途が限定されていないことからすると(前
記(ウ)),3価クロムめっき浴を用いるクロムめっきに酸化イリジウムを
被覆した酸素発生用陽極を用いることは,容易に想到することができた。
(2)本件発明1の作用効果の容易想到性
本件発明1の作用効果は,当業者が容易に想到し得たものであり,審決は,
本件明細書に6価クロムの生成を抑制するという目的,作用効果が示されて
いることを根拠として本件発明1に進歩性があると判断した点において誤り
がある。その理由は,以下のとおりである。
ア6価クロムの生成抑制
3価クロムめっき浴を用いるクロムめっきにおいて陽極における6価ク
ロムの生成量を抑制することは,次のとおり,周知の技術課題である。
すなわち,甲3には,3価クロムめっき浴を用いるクロムめっきにおい
て陽極における6価クロムの生成を抑制するとの課題が明記されており,
その実施例では陽極における6価クロムの生成が全くなかったことが記載
されており,甲12(審判の乙1),甲15(審判の乙4)にも,陽極にお
ける6価クロムの生成を抑制することが記載されている。さらに,甲1,
甲2にも,6価クロムの生成等の好ましくない陽極反応が生ずることはな
いと記載されており,6価クロムの生成の抑制が周知の課題であることが
明らかにされている。
もっとも,甲1発明,甲2発明は,イオン交換膜を用いる方法に限定さ
れており,陽極の材質の限定はない。しかし,本件発明2はイオン交換膜
を用いる方法であることから,本件発明1にもイオン交換膜を用いる方法
が含まれており,少なくともその態様においては,本件発明1も甲1,甲
2記載の発明と全く同じ効果を奏している。したがって,本件発明1によ
り6価クロムの生成が抑制されたとしても,その効果は,甲1,甲2記載
の発明の効果と同様である。
イ本件明細書による作用効果の裏付けの有無
甲4,甲5,甲9には,電極について酸化イリジウムを単独で使用する
場合には電極が消耗することが記載されており,他方,本件明細書の実施
例は,酸化イリジウム単独のものはなく,いずれも酸化イリジウムととも
にそれ以外の多量の金属酸化物を含むものであるから,酸化イリジウム単
独の作用効果は,本件明細書の実施例によって裏付けられていない。本件
発明1は酸化イリジウムを必須の要件とするにもかかわらず,酸化イリジ
ウム単独の作用効果は本件明細書の実施例によって裏付けられていないか
ら,本件発明1の作用効果は,本件明細書により裏付けられていないこと
となる。その理由は,以下のとおりである。
(ア)甲4,甲5,甲9の記載について
酸化イリジウム単独使用の場合に電極がすぐに消耗することは,次の
とおり,甲4,甲5,甲9に記載されている。
甲4には,酸化イリジウム30ないし80モル%と酸化タンタル20
ないし70モル%からなる被覆をもつ酸素発生用陽極の発明が記載され
ており,これは,本件明細書の実施例2で用いられている電極に事実上
相当する。そして,甲4の【0013】には「酸化イリジウムが30モ
ル%未満では酸素発生の触媒能が劣化し,80モル%を超えると皮膜の
密着性が劣り,電解中における剥離,脱落が多く電極としての寿命が短
くなる。」と記載されている。
甲5の請求項1,【0013】,【0021】,【0022】には,酸化イ
リジウム単独使用の場合に電極が消耗することが記載されており,甲5
の表1には,酸化イリジウム100%の場合に,酸化イリジウム40な
いし90%と酸化タンタル60ないし10%との複合酸化物に比べて電
極寿命が大幅に低下した事実が示されている。
甲9には,「チタン,タンタル,スズ,ニオブ,ジルコニウムから選ば
れた少なくとも1種の金属の酸化物20∼70モル%とイリジウム金属
の酸化物30∼80モル%との混合酸化物よりなる表面被覆,・・・より
なる酸素発生用陽極」(特許請求の範囲)の発明が記載されており,「産
業上の利用分野」の項には,「本発明は酸素発生を伴う電解工程,特にス
ズ,亜鉛,クロム等の電気メッキに使用される不溶性陽極とその製法に
関するものである。」(1頁右欄11行目ないし13行目)と記載され,
「実施例」の項には,実施例と比較例の結果が第1表及び第2表に記載
されており,「第1表より表面被覆層のIrO2含有量は30%以上がよく,
また90%になると寿命が短かくなっていることが判る。」(4頁左上欄,
下から2行目ないし右上欄1行目),「第2表より明らかなように,SnO2,
ZrO2,TiO2又はNb2O5とIrO2とを混合した触媒被覆層を設けた陽極の
寿命はIrO2のみの被覆層による場合より格段に寿命が長く,耐久性に優
れていることが判る。」(4頁右上欄,下から7行目ないし下から3行目)
との結論が導かれている。
(イ)本件明細書の実施例の記載について
本件明細書には,酸化イリジウム単独の実施例はなく,本件明細書の
表1,表2に記載されている効果は,酸化イリジウムと多量の酸化錫の
組合せ(実施例1),酸化イリジウムと多量の酸化タンタルと白金の組合
せ(実施例3)が有する効果であり,酸化イリジウム単独が有する効果
ではない。
なお,本件明細書の【0009】には,「酸化イリジウムのみからなる
電極触媒は,耐久性の面でやや劣る」と記載されているが,これをもっ
て,酸化イリジウムの効果が本件明細書の実施例に記載されているとは
いえない。
ウ作用効果の予測可能性の有無
本件明細書に示された本件発明1の作用効果は,公知文献等に基づき当
業者が容易に予想し得る程度のものであった。その理由は,以下のとおり
である。
(ア)甲6について
甲6には,陽極の被覆材に関し,「白金族金属としては,白金,白金族
金属酸化物としては酸化イリジウム,酸化ロジウムが好ましい。ルテニ
ウム,パラジウムは酸素発生に対して耐久性が乏しいので,使用すると
しても少量の割合であり,使用しない方が好ましい。」(3頁右上欄11
行目ないし15行目)との記載があることから,電極に用いる貴金属酸
化物として,ルテニウムやパラジウムの代わりにイリジウムを用いるこ
とは,甲6に記載されている。さらに,甲6には,「貴金属電極は前述
したように三価クロムを酸化する能力が低く」(2頁右上欄12行目な
いし14行目)と記載されているから,6価クロムの生成を抑制するた
めに陽極の被覆材として酸化イリジウムを用いることは,当業者が容易
に想到することができた。
したがって,本件明細書に示された本件発明1の作用効果は,公知文
献に基づいて当業者が容易に予想し得るものであった。
(イ)甲8について
甲8は,被告であるペルメレック電極株式会社の特許に係る特許公報
であるが,そこには,本件発明1において,めっき操作中に6価クロム
が生成することが記載されている。また,甲8の表1に基づいて算出さ
れる6価クロム生成量は,本件明細書の実施例の6価クロム生成量と大
幅に異なり,本件明細書の実施例の記載は信用性に乏しい。したがって,
本件発明1の作用効果は顕著ではなく,容易に予想し得るものであった。
すなわち,甲8には,「また,特開平8−13199号公報には,三価
クロム浴中において用いる陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒
の被覆を電極基体上に設けた電極を用いることが記載されている。酸化
イリジウムを電極触媒とすることによって,電極寿命等は大きくなるが,
わずかに生成する六価クロムイオンや浴に含まれている有機添加剤が電
解酸化によって酸化分解し,長時間の使用で浴が不安定化することが判
明するに至り,浴成分が長期間安定するとともに六価クロムの生成がよ
り少ない電極が求められる。」(【0006】)と記載されており,上記の
特開平8−13199号公報は,本件特許の公開公報であるから,上記
の【0006】には,本件発明1において,めっき操作中に6価クロム
が生成することが記載されている。
また,甲8の表1には,「比較電極」,「電極1」及び「電極2」の「六
価クロム生成率(%)」が,それぞれ,1.6%,0.7%及び0.5%
と記載されており,甲8に,「六価クロム生成率は,初期に加えた三価ク
ロムに対して,電解後に生成した六価クロムの割合を表した。」(【002
1】),「陽極室には三価クロム濃度が10g/1の濃度50g/1硫酸溶
液を」(【0022】)と記載されていることから,上記電極の6価クロム
生成量は,160ppm(比較電極),70ppm(電極1),50pp
m(電極2)となる。甲8の比較電極は,酸化イリジウムと酸化タンタ
ルの6:4の複合酸化物電極(【0020】)であり,電極1及び電極2
と同様,本件発明1に定められた陽極に含まれるから,甲8の表1に基
づいて算出される6価クロム生成量は,本件明細書の実施例の6価クロ
ム生成量と大幅に異なり,本件明細書の実施例の記載は信用性に乏しい。
(ウ)甲10(「表面技術Vol.42,No.8,1991」19頁ないし23頁)につ
いて
甲10には,表題の「DSE」について,「白金族金属酸化物を電極触
媒物質として,チタンなどの弁金属基体上に被覆した電極」であると定
義した上で(19頁右欄下から9行目ないし7行目),「3.酸素発生用
電極としてのDSE」(20頁右欄下から16行目)の項に,「一般にル
テニウムは酸素発生用電極触媒としては不適切であり」(20頁右欄下か
ら11行目ないし10行目),イリジウム−マンガン系複合酸化物電極は
「酸化イリジウムのみを被覆した電極より電位が低く,つまり電極とし
ての触媒活性が高く,しかも安定である」(20頁右欄下から3行目ない
し1行目),「イリジウム−タンタル系の複合酸化物系電極」(21頁左欄
下から17行目),「今やDSEは不溶性金属陽極として鋼板高速連続め
っき,各種電解脱スケール,電解箔製造,複極電解による非接触液体通
電,電解酸化,還元などに応用の裾野が広がっている。」(21頁右欄下
から18行目ないし15行目)と記載されている。このように,甲10
にも,イリジウム−マンガン系やイリジウム−タンタル系の複合酸化物
電極は,酸化ルテニウム(単独)電極や酸化イリジウム(単独)電極よ
りも酸素発生用電極として優れていることが記載されている。そして,
これらのDSEは,鋼板高速連続めっきや電解酸化等に広く用いられる
ことも記載されている。
そうすると,周知の3価クロムめっきの電極として,上記のDSE(イ
リジウム−タンタル複合酸化物電極等)を用いることは,甲10の記載
から当業者が直ちに想到し得るし,本件明細書の表1,表2などに記載
されていること(貴金属酸化物電極のうち,酸化ルテニウム電極は,本
件発明の実施例で用いている複合酸化物電極より劣ること,及び酸化イ
リジウム(単独)電極は複合酸化物電極よりも劣ること)は,甲10の
記載から容易に予想し得る程度のものにすぎない。
(エ)甲11の2(試験報告書(訂正版))について
甲11の2は,数種類の市販のイリジウム系電極と数種類のめっき浴
を用いて行った実験結果を示す試験報告書であり,これによれば,本件
発明1の効果はめっき浴の組成に大きく依存しており,3価クロムめっ
き浴であってもその組成により効果が全く異なる上,用いる電極につい
ても,酸化イリジウム以外にどのような成分を含有するかにより,効果
が全く異なる。
そうすると,本件発明1は,作用効果を奏するために必要な構成のう
ちごく一部の構成しか開示しておらず,作用効果を奏するための必須要
件全体を開示していない。そのため,本件発明1は,作用効果を奏し得
ない多くの態様を包含しており,発明全体として作用効果を奏するとは
いえない。
2本件発明2ないし4の容易想到性
本件発明2は,周知技術にすぎず,甲1,甲2に記載されている。
本件発明3は,甲4ないし甲6に記載されている。
本件発明4のバレルめっきは周知のめっき法であり,甲7に記載されている。
したがって,本件発明1ないし4は,公知文献に基づいて当業者が容易に想
到し得るものであった。
第4被告の反論
本件発明1ないし4は,本件特許出願前に頒布された刊行物に基づいて容易
に想到し得たものではなく,審決の容易想到性の判断に誤りはなく,原告主張
の取消事由は,いずれも理由がない。
1本件発明1の容易想到性に対し
(1)本件発明1の構成及び作用効果
本件発明1は,3価クロムめっきにおいて,「陽極として酸化イリジウムか
らなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極を用いた」構成を採用すること
により,イオン交換膜を用いなくても陽極からの6価クロムの生成を防止し,
3価クロムめっきを安定した状態で行うことができるとの作用効果を実現し
たものである。本件発明は,現在,商業的に実施されている3価クロムめっ
きの方法のうち主要なものである。
(2)甲1を主引用例とした場合の容易想到性
ア甲1発明について
甲1発明は,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室とを分離したことを
特徴とする3価クロムめっき方法に係る発明である。甲1発明においては,
陽極室と陰極室の間にイオン交換膜の仕切りが設けられているから,甲1
発明の陽極上ではそもそも6価クロムが生成せず,本件発明1が解決しよ
うとする課題は,甲1発明には存しない。
また,甲1は,「問題点を解決するための手段」の項に,陽極の種類とし
て「鉛,チタンに貴金属,或いは貴金属酸化物を被覆した電極等」(2頁左
下欄10行目ないし11行目)が挙げられているが,酸化イリジウムを被
覆することを示唆する記載はない。
したがって,甲1は,本件発明1の課題を示唆するものではなく,陽極
に酸化イリジウムを被覆するという本件発明1の解決手段を示唆するもの
でもない。
イ甲4について
甲4記載の発明は,酸素発生を伴う電解工程,特に錫,亜鉛,クロム等
により鋼板の電気めっきを行う際に硫酸酸性浴中で使用される不溶性陽極
とその製法に関する発明(【0001】)であり,酸化イリジウム30ない
し80モル%と酸化タンタル20ないし70モル%との混合酸化物よりな
る電極活性層を設けたことを特徴とする酸素発生用陽極(特許請求の範囲,
請求項1)を開示している。
しかし,甲4は,考え得る複数の鋼板の電気めっきの種類の一つとして
クロムを挙げるにすぎず,実施例や比較例として具体的なクロムめっきの
開示はない上,6価クロムを用いたものか3価クロムを用いたものかも明
らかでなく,甲4の発行日(平成6年5月27日)当時の技術水準に照ら
すと(乙4ないし乙6),甲4は6価クロムめっきを前提とすると解される。
そして,本件特許出願当時,3価クロムめっきと6価クロムめっきは,陰
極及び陽極における反応を異にする別個の技術とされ,その課題も各独自
のものと理解されていた。そうすると,3価クロムめっきを前提とする甲
1発明に,クロムめっきについて具体的な開示のない甲4記載の酸化イリ
ジウム被覆陽極を適用する動機付けは存しない。
また,甲4には,他の貴金属酸化物との対比で酸化イリジウムの有利な
効果は記載又は示唆されていないから,甲1発明の3価クロムめっきの陽
極として,甲4に記載された酸化イリジウム被覆陽極を用いることにより,
他の組成の貴金属酸化物を被覆した陽極を用いる場合に比べて顕著な作用
効果を生ずることは,到底予想することができない。
したがって,本件発明1は,甲1と甲4を組み合わせても容易に想到す
ることはできない。
ウ甲5について
甲5には,有機物を含むめっき浴を用いて金属の電気めっきを行うに当
たり,酸素発生用陽極として酸化イリジウムを含む電極触媒層を設けた電
極を使用する電気めっき方法が開示されている(特許請求の範囲,請求項
1,【0001】)。
しかし,甲5で具体的に開示されているのは,錫,亜鉛を用いた電気め
っきにすぎず,クロムめっきについての示唆はない。そうすると,3価ク
ロムめっきを前提とする甲1発明に,クロムめっきについて具体的な開示
のない甲5記載の酸化イリジウム被覆陽極を適用する動機付けは存しない。
また,甲5には,他の貴金属酸化物との対比で酸化イリジウムの有利な
効果は記載又は示唆されていないから,甲1発明の3価クロムめっきの陽
極として,甲5に記載された酸化イリジウム被覆陽極を用いることにより,
他の組成の貴金属酸化物を被覆した陽極を用いる場合に比べて顕著な作用
効果を生ずることは,到底予想することができない。
したがって,本件発明1は,甲1と甲5を組み合わせても容易に想到す
ることはできない。
エ甲6について
甲6には,白金族金属及び/又はそれらの酸化物を含有する電極被覆を
施した不溶性陽極を用いることを特徴とするクロムめっき方法が開示され
ており(特許請求の範囲),白金族金属酸化物として酸化イリジウムを用い
た例が開示されている(3頁右上欄11行目ないし15行目,3頁右下欄
3行目ないし4頁左下欄13行目)。
しかし,甲6には,3価クロムめっきについての開示は一切存在せず,
6価クロムめっきについての開示が存在するだけである。
甲6には,「貴金属電極は前述したように三価クロムを酸化する能力が低
く・・・」(2頁右上欄12行目ないし14行目)との記載があるが,これ
は,めっき浴中に十分な量の6価クロムを必要とする6価クロムめっきに
おいて,陰極で過剰に生成した3価クロムを酸化して6価クロムを生成す
るという,6価クロムめっきの必須反応を前提とし,6価クロムめっきに
おいて要求されるそのような酸化の能力が低いとの趣旨を述べたものであ
って,3価クロムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制すること
を示唆するものではない。
そうすると,3価クロムめっきを前提とする甲1発明に,6価クロムめ
っきについて開示する甲6記載の酸化イリジウム被覆陽極を適用する動機
付けは存しない。また,甲1発明の3価クロムめっきの陽極として,甲6
に記載された酸化イリジウム被覆陽極を用いることにより,他の組成の貴
金属酸化物を被覆した陽極を用いた場合に比べて顕著な作用効果を生ずる
ことは,到底予想することができない。
したがって,本件発明1は,甲1と甲6を組み合わせても容易に想到す
ることはできない。
オ甲9(特開平3−271386号公報)について
甲9は,酸素発生用陽極の表面被覆層としてチタン,タンタル,錫,ニ
オブ,ジルコニウムから選ばれた少なくとも1種の金属の酸化物20ない
し70モル%とイリジウム金属の混合酸化物よりなる表面被覆層を用いる
構成を開示しており(特許請求の範囲),それは,酸素発生を伴う電解工程,
特に錫,亜鉛,クロム等の電気めっきに使用される不溶性陽極(1頁右欄
11行目ないし13行目)であることが開示されている。
しかし,甲9の実施例は,いかなる種類の金属の電気めっきによって実
験を行ったか明らかでなく,クロムめっきであることを具体的に開示する
記載は存在しない。
そうすると,クロムめっきについて具体的に開示していない甲9により,
3価クロムめっき浴において酸化イリジウム被覆電極を用いるとの構成を
当業者が容易に想到することはできない。
したがって,本件発明1は,甲1と甲9を組み合わせても容易に想到す
ることはできない。
カ甲7,甲8について
本件発明1は,甲7,甲8に基づいて容易に想到することはできない。
キ甲1を主引用例とした場合の容易想到性の有無
そうすると,本件発明1は,甲1及び甲4ないし甲8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものではない。
(3)甲2を主引用例とした場合の容易想到性
ア甲2発明について
甲2発明は,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室とを分離したことを
特徴とする3価クロムめっき方法に係る発明である。甲2発明においては,
陽極室と陰極室の間にイオン交換膜の仕切りが設けられているから,甲2
発明の陽極上ではそもそも6価クロムが生成せず,本件発明1が解決しよ
うとする課題は,甲2発明には存しない。
また,甲2は,「問題点を解決するための手段」の項に,陽極の種類とし
て「鉛,チタンに貴金属,或いは貴金属酸化物を被覆した電極等」(2頁左
下欄18行目ないし右下欄1行目)が挙げられているが,酸化イリジウム
を被覆することを示唆する記載はない。
したがって,甲2は,本件発明1の課題を示唆するものではなく,陽極
に酸化イリジウムを被覆するという本件発明1の解決手段を示唆するもの
でもない。
イ甲4ないし甲9について
前記のとおり,甲4ないし甲6,甲9は,クロムめっき,又はその中の
3価のクロムめっきについて開示するものではなく,また,本件発明1は,
甲7,甲8に基づいて容易に想到することはできない。
ウ甲2を主引用例とした場合の容易想到性の有無
そうすると,本件発明1は,甲2及び甲4ないし甲8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものではない。
(4)甲3を主引用例とした場合の容易想到性
ア甲3発明について
甲3には,3価クロム電気めっきにおいて,陽極として使用する鉄,鉄
合金,鉄酸化物,ニッケル,ニッケル合金,ニッケル酸化物のうち一つ以
上を含む電極で,さらに鉛,カーボン,白金めっきしたチタン板など公知
の電気めっき用陽極材料をも併せ含む電極が開示されている(特許請求の
範囲)。しかし,甲3には,酸化イリジウム又はその上位概念である貴金属
酸化物を陽極用金属として用いることは開示されていない。
さらに,甲3は,白金被覆電極を,6価クロムが著しく多く生成される
好ましくない例として位置づけており,甲3に接した当業者は,酸化イリ
ジウム等の貴金属酸化物を陽極に被覆した場合には,むしろ6価クロムが
より多く生成されることを予想すると解される。
したがって,甲3は,3価クロムめっきにおいて陽極からの6価クロム
の生成を抑制するために陽極に酸化イリジウムを被覆するという,本件発
明1の解決手段を示唆するものではないし,むしろ,陽極に酸化イリジウ
ムを使用することを阻害する内容を含む。
イ甲4ないし甲9について
前記のとおり,甲4ないし甲6,甲9は,クロムめっき,又はその中の
3価のクロムめっきについて開示するものではなく,また,本件発明1は,
甲7,甲8に基づいて容易に想到することはできない。
ウ甲3を主引用例とした場合の容易想到性の有無
そうすると,本件発明1は,甲3及び甲4ないし甲8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものではない。
(5)原告の主張に対し
ア本件発明1の構成の容易想到性に対し
酸化イリジウムが貴金属酸化物に属するとしても,貴金属酸化物すべて
が,3価クロムめっきの陽極として用いられた場合に同じ作用効果を奏す
るわけではなく,甲1,甲2の「貴金属酸化物」という一般的な記載から,
直ちに酸化イリジウムを用いた構成を想起できるものではない。
また,甲4ないし甲6,甲9は,3価クロムめっきにおいて酸化イリジ
ウムを被覆した電極を陽極として使用することが,他の種類の電極を使用
する場合に比して有利であることを具体的に開示したものではない。
原告の主張は,本件発明1や公知文献に記載された技術を,「酸素発生用
電極」,「貴金属酸化物」などという極めて抽象的なレベルで一括りにした
上でその共通性を指摘し,容易想到性を主張するものであって,文献に記
載された具体的な開示内容を無視したものである。
イ本件発明1の作用効果の容易想到性に対し
(ア)本件明細書による作用効果の裏付けの有無について
本件明細書の実施例1は,100Ah/lの通電を行った後もめっき
可能であり,100Ah/lの通電によって生成した6価クロムは6p
pmであったとされており(【0014】),本件明細書の実施例1に関す
る記載及び表1に記載された比較例1の記載によれば,本件発明1の作
用効果は,本件明細書の記載によって裏付けられているといえる。
比較例1で試験したいずれの電極も,工業的に用いることができない
のに対し,本件発明1の酸化イリジウム被覆電極は,5年ないし10年
程度の長い期間にわたって3価クロムめっき浴により使用可能であり,
工業的に実用可能であって,本件発明1には,顕著な作用効果がある。
3価クロムめっきにおいて陽極の6価クロムの生成量を抑制するとの
課題が一般に知られていたとしても,そのことから直ちに,本件発明1
に作用効果がないとはいえない。また,本件発明1は,電極が酸化イリ
ジウムのみで構成されることを要求していないから,本件明細書に酸化
イリジウム単独の実施例が示されていなくても,本件発明1の作用効果
は裏付けられている。
(イ)作用効果の予測可能性の有無について
本件明細書に示された本件発明1の作用効果は,次のとおり,公知文
献等に基づき当業者が容易に予想し得るものではなかった。
a甲6について
前記のとおり,甲6には,3価クロムめっきについての開示が存在
せず,6価クロムめっきについての開示のみが存在するところ,この
ような甲6に基づいて,3価クロムめっきの陽極に酸化イリジウム被
覆陽極を用いることによって他の組成の貴金属酸化物を被覆した陽極
を用いる場合に比べて顕著な作用効果を生ずることは,到底予想する
ことができない。
b甲8について
甲8の実施例に記載された条件は,通常の3価クロムめっきの条件
とも,本件明細書の実施例の条件とも異なっており,甲8の記載に基
づいて,本件明細書の記載が本件発明1の作用効果を裏付けるに不十
分であるとはいえない。
c甲10について
甲10が想定するクロムめっきは6価クロムめっきであり,3価ク
ロムめっきは想定していないから,甲10の記載に基づき,3価クロ
ムめっきの陽極用電極として酸化イリジウムを用いること及びその作
用効果が容易想到であったとはいえない。
d甲11の2について
甲11の2は,①そこに記載された「過去UK開発のLabで実施し
た評価試験データ」と今回新たに実施した試験の結果がそれぞれどれ
か,いずれも特定されていないこと,②使用された電極がどのような
ものか具体的に示されていないこと,③市販の各種不溶性電極の6価
クロム生成抑制能力の検証に関する実験においては,非常に狭い陽極
室を使用して過剰な電流密度を用い,意図的に6価クロムが多く生成
するような条件で実験が行われていること,④めっき浴種と電極の組
み合わせによる6価クロム生成抑制能力の検証に関する実験において
は,通常の3価クロムめっきで使用しないような薄い濃度組成の浴を
用いており,また,めっき浴ごとに異なる電極が使用された理由が明
らかでないこと,などの点で,甲11の2の実験報告書及び実験内容
には不備があり,甲11の2により,本件発明1が作用効果を奏しな
いとはいえない。
2本件発明2ないし4の容易想到性に対し
本件特許の特許請求の範囲の請求項2ないし4は,いずれも請求項1の従属
項であるから,本件発明1が進歩性を有する以上,本件発明2ないし4も進歩
性を有する。
第5当裁判所の判断
当裁判所は,本件発明1は,甲1及び甲4ないし8(甲1を主引用例とした
場合),甲2及び甲4ないし8(甲2を主引用例とした場合),甲3及び甲4な
いし8(甲3を主引用例とした場合)に基づいて当業者が容易に想到すること
はできず,また,本件発明2ないし4は,本件発明1の発明特定事項をすべて
含むものであるから,本件発明1と同様の理由により,当業者が容易に想到す
ることはできなかったとする審決の判断に誤りはないと解する。その理由は,
以下のとおりである。
1本件発明1の容易想到性について
(1)甲1を主引用例とした場合の容易想到性について
本件発明1と甲1発明との相違点は,「本件発明1は,陽極に酸化イリジウ
ムを被覆しているのに対して,甲1発明は陽極に貴金属酸化物を被覆してい
る点。」であり,甲1発明における貴金属酸化物とは,酸化金,酸化銀,酸化
ルテニウム,酸化ロジウム,酸化パラジウム,酸化オスミウム,酸化イリジ
ウム及び酸化白金の総称であるから(弁論の全趣旨),甲1発明における上記
の貴金属酸化物から,陽極の被覆材料として酸化イリジウムを選択すること
について,当業者が容易に想到することができたかにつき検討する。
ア本件発明1の課題及び作用効果について
(ア)本件明細書の記載
a本件発明1は,3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっき
を行う方法において,陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒の
被覆を基体上に設けた電極を用いたことを特徴とするクロムめっき
方法の発明であり,本件明細書には,次のとおりの記載がある。
(a)「【0002】
【従来の技術】クロムめっきは,一般には6価クロムを含有するめ
っき浴から行われている。近年,6価クロムが環境等に悪影響を及
ぼすことから,3価クロムめっき浴に関する研究が進められている。
3価クロムめっき浴を用いたクロムめっきは古くから提案されて
いるが,3価クロムめっき浴を使用しためっきでは,6価クロムを
使用した場合のように,めっき被膜に変色を生じたり,めっき被膜
の密着性不良が生じることはなく,めっきの付き回りが良いという
特徴を有しているものの,めっき可能な条件が限られており,実用
には至っていない。
【0003】3価クロムめっき浴では,陽極酸化反応による6価ク
ロムイオンの生成に伴いめっき液の安定性が悪くなり,めっき品質
が低下する等の問題を有している。・・・」
(b)「【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明は,3価のクロムを用いた
クロムめっき方法において,陽極において6価クロムの生成量が小
さく,陽極の溶出が少なく陽極でのスラッジの生成あるいは,めっ
き層への不純物の析出を防止することができるクロムめっき方法
およびバレルめっき方法を提供することを課題とするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明は,3価クロムからなるめっ
き浴を用いてクロムめっきを行う方法において,陽極として酸化イ
リジウムからなる電極触媒の被覆を電極基体上に設けた電極を用
いたクロムめっき方法である。・・・」
(c)「【0024】
【発明の効果】本発明は,薄膜形成性の金属からなる電極基体上に
酸化イリジウムを有する電極触媒を形成した電極を陽極としたので,
めっき被膜に変色を生じたり,めっき被膜の密着性不良が生じるこ
とはなく,めっきの付き回りが良い3価クロムからなるめっき浴に
おいて,6価クロムの生成を防止し,めっき浴中からのスラッジの
発生もなく長期にわたり安定したクロムめっきが可能となる。」
b本件明細書の【0014】ないし【0023】においては,実施例
1ないし4,比較例1ないし3によって,種々の3価クロムめっき浴
において,酸化イリジウムを被覆した陽極を用いると,酸化ルテニウ
ム電極や酸化パラジウム電極といった貴金属酸化物被覆電極,鉛−錫
合金電極,白金めっき電極等を用いた場合と比較して,6価クロムの
生成が少ない,めっき液の汚染がない,電極の消耗がない,めっき可
能な通電量が大きいなどの効果があることが示されており,上記a(c)
の作用効果を奏することが示されている。
(イ)本件発明1の課題,作用効果
前記(ア)の本件明細書の記載によれば,陽極酸化反応による6価クロ
ムイオンの生成に伴いめっき液の安定性が悪くなり,めっき品質が低下
するとの問題は,3価クロムめっき浴を用いたクロムめっきに特有の問
題であり(前記(ア)a(a)【0003】),本件発明1は,3価のクロムを
用いたクロムめっき方法において,陽極において6価クロムの生成量が
小さく,陽極の溶出が少なく,陽極でのスラッジの生成又はめっき層へ
の不純物の析出を防止することができるクロムめっき方法を提供するこ
とを課題とする(前記(ア)a(b)【0006】)ものと認められる。
そして,本件発明1は,酸化イリジウムが被覆材として他の貴金属酸
化物よりも優れた効果を有することから,陽極として酸化イリジウムか
らなる電極触媒の被覆を基体上に設けた電極を用いるとの解決手段によ
り,6価クロムの生成を防止し,めっき浴中からのスラッジの発生もな
く,長期にわたり安定したクロムめっきが可能となるとの作用効果を達
成し(前記(ア)a(c)【0024】),課題を解決するものであると認めら
れる。
イ甲1における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
(ア)甲1の記載
甲1には,次のとおりの記載がある。
a「イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,陰極室に3価の
クロム塩を溶解した水溶液を供給し,かつ,陽極室には,該クロム塩
のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給することを特徴とす
るクロムメッキ法。」(特許請求の範囲)
b「従来の3価クロムメッキ浴の欠点の多くは,複雑な陽極反応に帰
因すると考えられている。即ちメッキ時の陽極反応により陰極室で生
成した2価クロムが再酸化されること,6価のクロムが生成すること,
及び,錯化剤として用いられる有機カルボン酸又は,カルボン酸塩が
陽極分解すること等により,メッキ浴のライフが減少し,かつ,メッ
キ浴のメインテナンスを著しく複雑化していることである。」(1頁右
下欄20行目ないし2頁左上欄8行目,「従来の技術」の項)
c「本発明の目的は,このように従来の3価クロムメッキ浴を用いる
メッキ方法の欠点である複雑な陽極反応を取り除き,メインテナンス
を容易とし,かつ,メッキ浴のライフを増大し実用に適する3価クロ
ムメッキ法を提供することにある。」(2頁左上欄10行目ないし14
行目,「発明が解決しようとする問題点」の項)
d「本発明の要旨は,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,
陰極室に3価のクロム塩を溶解した水溶液を供給しかつ,陽極室には,
該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給すること
を特徴とするクロムメッキ法にあり,」(2頁左上欄16行目ないし2
0行目,「問題点を解決するための手段」の項)
e「陽極は硫酸溶液の場合は鉛,チタンに貴金属,或いは貴金属酸化
物を被覆した電極等が用いられ,塩化物溶液の場合は黒鉛,チタンに
貴金属或いは貴金属酸化物を被覆した電極等が用いられる。」(2頁左
下欄10行目ないし13行目,「問題点を解決するための手段」の項)
f「本発明のイオン交換膜を用いるクロムメッキ法は,イオン交換膜
により陽極室と陰極室を完全に分離しており,又,膜内の物質移動に
は,クロム等の金属イオンは含まれず,陰極室内の3価クロムや,陰
極で生成した2価クロム及びカルボン酸又は,カルボン酸塩は陰極室
に留まり,陽極に移行することはない。
従って,従来の様に2価クロムの再酸化,6価クロムの生成,カル
ボン酸又は,カルボン酸塩の分解等の好ましくない陽極反応が生ずる
ことはない。」(2頁左下欄17行目ないし右下欄6行目,「作用」の項)
(イ)甲1における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
a甲1の記載によれば,甲1発明の課題は,3価クロムめっき浴を用
いるめっき方法の欠点である複雑な陽極反応(すなわち,陰極で生成
した2価クロムが陽極で再酸化されること,6価のクロムが生成する
こと,錯化剤として用いられる有機カルボン酸又はカルボン酸塩が陽
極分解すること)を取り除き,メインテナンスを容易とし,かつ,め
っき浴のライフを増大し実用に適する3価クロムめっき法を提供する
ことにあると認められる(前記(ア)b,c)。そして,甲1発明は,上
記課題の解決手段として,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分
割し,陰極室に3価のクロム塩を溶解した水溶液を供給し,陽極室に
クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給するとの手
段を採るものであると認められる(前記(ア)a,d,f)。
他方,甲1には,陽極としてチタンに貴金属酸化物を被覆した電極
を用いることが例示的に記載されているが(前記(ア)e),貴金属酸化
物のうち具体的にどのような金属の酸化物を使用すべきかについては
何ら記載されていない。
bそうすると,甲1に,3価クロムめっきの陽極において6価クロム
の生成を抑制するとの本件発明1の課題が示唆されていると解する余
地があるとしても,その解決手段に関して,甲1には,イオン交換膜
を用いて陽極室と陰極室を分割することは記載されているが,陽極の
被覆材を貴金属酸化物のうちで更に選択することは,示唆されていな
いものと認められる。
ウ甲4記載の技術事項の適用の可否
(ア)甲4の記載
甲4には,次のとおりの記載がある。
a「【特許請求の範囲】
【請求項1】バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に
シリカとタンタルとの混合物よりなる薄膜中間層を設け,その上に酸
化イリジウム30∼80モル%と酸化タンタル20∼70モル%との
混合酸化物よりなる電極活性層を設けたことを特徴とする酸素発生用
陽極。
【請求項2】バルブ金属又はその合金がチタン,タンタル,ニオブ,
ジルコニウムより選ばれた金属又はこれらの合金である請求項1に記
載の酸素発生用陽極。」
b「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は酸素発生を伴う電解工程,特にスズ,
亜鉛,クロム等により鋼板の電気メッキを行う際に硫酸酸性浴中で使
用される不溶性陽極とその製法に関するものである。」
c「【0007】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は酸素発生に対して十
分な触媒活性があり,硫酸酸性溶液中での電解に対して十分な耐久性
のある酸素発生用陽極を提供することにある。」
d「【0008】
【課題を解決するための手段】本発明者らは硫酸酸性電解液中で使用
する不溶性陽極において一般に使用されるチタン基体の酸化を防ぐた
めガラス層のシリカと金属タンタルよりなる導電性の中間被覆層を設
け,表面層の電極触媒が残存しなくなるまで使用できる陽極を完成し,
長寿命化を可能ならしめたものである。」
(イ)甲4における本件発明1の課題等の示唆の有無
甲4に記載された発明は,酸素発生を伴う電解工程,特にクロム等に
より鋼板の電気めっきを行う際に硫酸酸性浴中で使用される不溶性陽極
として,触媒活性と耐久性のある電極を提供することを課題とし(前記
(ア)b,c),その課題の解決のために,チタン基体の酸化を防ぐためシ
リカとタンタルとの混合物よりなる薄膜中間層を設け,表面層の電極触
媒が残存しなくなるまで使用できる陽極を完成したものである(前記
(ア)a,d)。そして,甲4には,薄膜中間層の上に酸化イリジウムを含
有する混合酸化物よりなる電極活性層を設けることが記載されている。
しかし,前記ア(イ)のとおり,本件発明1の課題は,陽極における6
価クロムの生成を抑制するという3価クロムめっきに特有の課題である
ところ,甲4には,めっき浴が3価クロムめっき浴か6価クロムめっき
浴かすら記載されておらず,本件特許出願当時,単に「クロムめっき」
という場合に,それが6価のクロムめっきを指すことが多かったことは
認められるものの(乙4ないし乙6),それが3価のクロムめっきを指す
ことが技術常識であったとは認められないから,甲4には,3価クロム
めっきに特有の課題(陽極からの6価クロムの生成を抑制するとの課題)
が示唆されているとはいえない。また,甲4には,陽極に酸化イリジウ
ム被覆層を設けると耐久性が向上することが記載されているものの,酸
化イリジウムをそれ以外の貴金属酸化物と比較したことについての記載
がないから,陽極を被覆する貴金属酸化物として酸化イリジウムを選択
することによって他の貴金属酸化物に比較して耐久性に優れることが示
唆されているとはいえない。
そうすると,甲4には,本件発明1の課題の示唆はなく,また,貴金
属酸化物の中から酸化イリジウムを選択し,陽極として酸化イリジウム
を被覆した電極を用いるとの本件発明1の解決手段についても示唆があ
るとはいえない。
(ウ)甲4記載の技術事項を適用することについての示唆の有無
したがって,甲4には,クロムめっきの陽極に酸化イリジウム被覆層
を設けるとの技術事項は記載されているが,甲1発明の3価クロムめっ
きにおける貴金属酸化物からなる陽極の被覆として,甲4に記載された
技術事項を適用することについて,示唆があるとはいえず,甲1発明に
おける貴金属酸化物として酸化イリジウムを採用することは,甲1及び
甲4の記載から容易に想到することはできない。
エ甲5記載の技術事項の適用の可否
(ア)甲5の記載
甲5には,次のとおりの記載がある。
a「【特許請求の範囲】
【請求項1】有機物を含むメッキ浴を用いて金属の電気メッキを行
うにあたり,酸素発生用陽極としてチタン基体上にチタンの溶射層を
設け,該溶射層上に酸化イリジウムを30モル%以上含み残部が酸化
タンタルよりなる電極触媒層を設けてなる電極を使用することを特徴
とする電気メッキ方法。」
b「【0001】
【産業上の利用分野】本発明は有機物を含有するメッキ浴を使用して
金属,殊に鉄系金属の電気メッキを行う方法に関する。」
c「【0006】
【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,有機物を含むメッ
キ浴中において電極活性能の高い酸化イリジウムを触媒層の主体とし
た耐久性に優れ工業的に有用な電極を陽極として用いる電気メッキ方
法を提供することにある。
【0007】
【課題を解決するための手段】本発明者らは有機物を含むメッキ浴に
おいて,電極触媒層が損失する原因の1つは,中間層と触媒層との被
着が不十分であるという観点から中間層を多孔質にすることによりこ
れらの被着を強固ならしめ,かつ電極表面積を増大させるという点に
ついて検討を行った。このような多孔質の中間層を形成させるために
は溶射法によるのが適当であるが,タンタルやニオブの金属溶射層は
甚だ熱に弱く,その上に触媒金属化合物の加熱分解により触媒層を形
成する際に酸化されて極めて脆弱になり目的を達成し得ないことが判
明した。
【0008】本発明は以上の検討に基づいてなされたものであって,
すなわち有機物を含むメッキ浴を用いて金属の電気メッキを行うにあ
たり,酸素発生用陽極としてチタン基体上にチタンの溶射層を設け,
該溶射層上に酸化イリジウムを30モル%以上含み残部が酸化タンタ
ルよりなる電極触媒層を設けてなる電極を使用することを特徴とする
電気メッキ方法である。」
d「【0023】
【発明の効果】本発明法に使用される酸素発生用陽極において,チタ
ンを溶射して形成した溶射層上に熱分解被覆した電極触媒層は溶射層
と良好な密着性を保ち,有機物を含む電気メッキ浴中で優れた耐久性
を示す。したがってこの電極を使用して有機物を含むメッキ浴を使用
して金属の電気メッキを行えば電極の溶解や脱落による損耗が少なく
なり長寿命化が図られるという優れた効果が得られる。」
(イ)甲5における本件発明1の課題等の示唆の有無
甲5に記載された発明は,有機物を含むめっき浴を用いて金属の電気
めっきを行うにあたり,酸素発生用陽極としてチタン基体上にチタンの
溶射層を設け,該溶射層上に酸化イリジウムを含有する電極触媒層を設
けた電極を使用することを特徴とする電気めっき方法の発明であり,こ
のような電極を用いることにより,電極の長寿命化を図るという作用効
果を奏するものである。
しかし,甲5には,【0002】に「スズ,亜鉛等の鋼板メッキは」と
記載されており,めっき金属として錫,亜鉛が挙げられており,実施例
1ないし5及び比較例1ないし3は,亜鉛メッキについて記載されてい
るが,クロムめっきについての記載はない。一般に,めっき浴(めっき
金属)が異なれば電極反応が異なるから,用いられる電極が同一のもの
であっても,めっき浴(めっき金属)が異なれば電極の性能が異なるこ
とは明らかであって,甲5に,錫,亜鉛等のめっきに用いる陽極として
酸化イリジウム電極が耐久性に優れることが記載されていたとしても,
それによって,3価クロムめっき浴において酸化イリジウム電極が耐久
性に優れることが示唆されているとはいえない。
前記ア(イ)のとおり,本件発明1の課題は,陽極における6価クロム
の生成を抑制するという3価クロムめっきに特有の課題であるところ,
甲5には,クロムめっきについて何らの記載もないから,3価クロムめ
っきに特有の課題(陽極からの6価クロムの生成を抑制するとの課題)
が示唆されているとはいえない。
そうすると,甲5には,本件発明1の課題の示唆はなく,また,3価
クロムめっきにおいて,貴金属酸化物の中から酸化イリジウムを選択し,
陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を用いるとの本件発明1の解
決手段についても示唆があるとはいえない。
(ウ)甲5記載の技術事項を適用することについての示唆の有無
したがって,甲5には,酸素発生用陽極としてチタンの溶射層上に酸
化イリジウムを含有する電極触媒層を設けるとの技術事項は記載されて
いるが,甲1発明の3価クロムめっきにおける貴金属酸化物からなる陽
極の被覆として,甲5に記載された技術事項を適用することについて,
示唆があるとはいえず,甲1発明における貴金属酸化物として酸化イリ
ジウムを採用することは,甲1及び甲5の記載から容易に想到すること
はできない。
オ甲6記載の技術事項の適用の可否
(ア)甲6の記載
甲6には,次のとおりの記載がある。
a「クロムメッキ浴を用いるメッキ操作において,陽極として,・・・
耐食性基体上に白金族金属および/またはそれらの酸化物を含有する
電極被覆を施した不溶性陽極を用いることを特徴とするクロムメッキ
方法。」(特許請求の範囲)
b「クロムメッキに用いるメッキ浴には・・・サージェント浴,・・・
フッ化物含有浴,及び・・・高効率無腐食浴(・・・HEEF浴・・・)
等がある。」(1頁左下欄17行目ないし右下欄5行目,「従来の技術」
の項)
c「チタン等の導電性金属基体表面に白金,イリジウム,ロジウムな
どの白金族金属およびそれらの酸化物の1種以上・・・を含ませたも
のを・・・被覆した貴金属被覆電極(以下単に貴金属電極という)は,
クロムメッキ浴中で鉛合金電極,二酸化鉛被覆電極等の鉛電極に比べ
て極めて低い分極電位を示すことが知られている。しかし,この電極
は三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低く,初期には十分にメ
ッキ可能であるが,良好なクロムメッキを連続して行うことができな
い。」(2頁左上欄13行目ないし右上欄3行目,「発明が解決しようと
する課題」の項)
d「一般にクロムの電着に際し,クロムメッキ浴内には少量の三価ク
ロムを含有させることが重要であり,良質のメッキを行うにはこの三
価クロム濃度を調整することが必要である。クロムメッキ浴でメッキ
を行うと,陰極(被メッキ物)では三価クロムが生成し,陽極におい
て酸化されて再び六価クロムすなわちクロム酸になる。この還元およ
び酸化作用は用いる電極材料により一様でなく,三価クロムはある濃
度で平衡に達する。貴金属電極は前述したように三価クロムを酸化す
る能力が低く,メッキを続けると浴中の三価クロム濃度が増大してメ
ッキ不良となるのみならず,槽電圧が上昇して電流効率が低下する問
題がある。」(2頁右上欄4行目ないし16行目,「発明が解決しようと
する課題」の項)
e「本発明における白金族金属及びそれらの酸化物について説明す
る。・・・白金族金属酸化物としては酸化イリジウム,酸化ロジウムが
好ましい。ルテニウム,パラジウムは酸素発生に対して耐久性が乏し
いので,使用するとしても少量の割合であり,使用しない方が好まし
い。」(3頁右上欄1行目ないし15行目,「課題を解決するための手段」
の項)
f「従来,鉛合金が用いられていたクロムメッキ操作において,標準
条件にける(判決注:「おける」の誤記と認められる。)酸素発生電位
が2.2ボルト以上である鉛系以外の不溶性電極を使って三価クロム
を6∼8g/lに保ってクロムメッキを行うことが本発明により可能
となり,鉛スラッジによる液の汚染を防止できるようになった。」(5
頁右上欄16行目ないし左下欄1行目,「発明の効果」の項)
(イ)甲6における本件発明1の課題等の示唆の有無
甲6には,サージェント浴等の6価クロムめっき浴を用いたクロムめ
っき方法において,陽極として,耐食性基体上に白金族金属の酸化物を
含有する電極被覆を施した不溶性陽極を用いることが記載され,白金族
金属酸化物としては酸化イリジウム,酸化ロジウムが好ましいことが記
載され,スラッジによる液の汚染を防止できることが記載されている(前
記(ア)a,b,e,f)。また,甲6には,チタン等の導電性金属基体表
面に白金,イリジウム,ロジウムなどの白金族金属の酸化物を被覆した
貴金属被覆電極は3価クロムを6価クロムに酸化する能力が低いことも
記載されている(前記(ア)c)。
しかし,甲6の「発明が解決しようとする課題」の項の記載(前記(ア)
c,d)及び「発明の効果」の項の記載(前記(ア)f)によれば,6価
クロムめっき浴は,めっきするために十分な量の6価クロムを含有し,
かつ,3価クロムを6∼8g/l含有するのが適当であり,3価クロム
の濃度が増大すると,めっき不良の原因となること,そのため,甲6に
は,6価クロムめっき浴においてめっき浴中の3価クロムを6∼8g/
lに調整しつつクロムめっきを行う技術が記載されていることが認めら
れる。そして,前記(ア)cの「三価クロムを六価クロムに酸化する能力
が低く,」との記載及び前記(ア)dの「三価クロムを酸化する能力が低く」
との記載は,陽極が,3価クロムを6価クロムに酸化する能力が低いと,
めっき浴中の3価クロムの濃度が増大してめっき不良となるとの文脈に
おいて,陽極の能力を記述したものと解される。そうすると,前記(ア)
cの「三価クロムを六価クロムに酸化する能力が低く,」との記載及び前
記(ア)dの「三価クロムを酸化する能力が低く」との記載は,3価クロ
ムめっきの陽極において6価クロムの生成を抑制するとの本件発明1の
課題を示唆するものということはできない。その他,甲6の記載を検討
しても,本件発明1の課題の示唆はなく,その課題を解決するための解
決手段の示唆も認められない。
(ウ)甲6記載の技術事項を適用することについての示唆の有無
したがって,甲6には,6価クロムめっきの陽極として,酸化イリジ
ウムを被覆した陽極を用いるとの技術事項が記載されているが,甲1発
明の3価クロムめっきにおける貴金属酸化物からなる陽極の被覆として,
甲6に記載された技術事項を適用することについて,示唆があるとはい
えず,甲1発明における貴金属酸化物として酸化イリジウムを採用する
ことは,甲1及び甲6の記載から容易に想到することはできない。
カ甲7,甲8について
甲7には,陽極として貴金属酸化物を被覆することは記載されていない。
また,甲8は,発行日が平成18年8月16日であり,本願出願(平成6
年6月27日)前に日本国内又は外国において頒布された刊行物ではない。
したがって,甲7,甲8に基づいて本件発明1を容易に想到することがで
きたとはいえない。
キ甲9記載の技術事項の適用の可否
(ア)甲9の記載
甲9には,次のとおりの記載がある。
a「(1)(a)バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体,
(b)TiOx(xは1.5以上で2.0より小)で表わされる非化学量
論的化合物を含む酸化チタンと,シリカとを含有する中間被覆
層,
(c)チタン,タンタル,スズ,ニオブ,ジルコニウムから選ばれ
た少なくとも1種の金属の酸化物20∼70モル%とイリジ
ウム金属の酸化物30∼80モル%との混合酸化物よりなる
表面被覆層,
以上a,b,cよりなる酸素発生用陽極。」(特許請求の範囲,請求
項1)
b「本発明は酸素発生を伴う電解工程,特にスズ,亜鉛,クロム等の
電気メッキに使用される不溶性陽極とその製法に関するものである。」
(1頁右下欄11行目ないし13行目,「産業上の利用分野」の項)
c「本発明の目的は酸素発生に対して十分な触媒活性があり,硫酸溶
液中での電解に対して十分な耐久性のある酸素発生用陽極を提供する
ことにある。」(2頁左下欄1行目ないし3行目,「発明が解決しようと
する課題」の項)
d「本発明酸素発生用陽極における中間被覆層は,非化学量論的酸素
量を有する酸化チタンとガラス質シリカとより形成され,良好な導電
性を有するとともに基体金属に対する強固な保護層となる。また表面
被覆層は酸素発生に対する良好な触媒活性を有しかつ中間被覆層と同
様硫酸溶液に対する耐食性に優れている。したがって硫酸溶液中での
電解に際してほとんど溶解がなく耐久性のある酸素発生陽極が得られ
る。」(4頁右上欄下から1行目ないし左下欄8行目,「発明の効果」の
項)
(イ)甲9における本件発明1の課題等の示唆の有無
甲9には,錫,亜鉛,クロム等の電気めっきに使用される不溶性陽極
として,バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体,酸化チタン
とシリカとを含有する中間被覆層,チタン等の金属の酸化物とイリジウ
ムの酸化物との混合酸化物よりなる表面被覆層よりなる酸素発生用陽
極が記載されており(前記(ア)a,b),上記中間被覆層は,基体金属に
対する強固な保護層となり,上記表面被覆層は,酸素発生に対する良好
な触媒活性を有しかつ硫酸溶液に対する耐食性に優れているため,硫酸
溶液中での電解に際してほとんど溶解がなく,それにより耐久性のある
酸素発生陽極が得られることが記載されている(前記(ア)c,d)。
しかし,前記ア(イ)のとおり,本件発明1の課題は,陽極における6
価クロムの生成を抑制するという3価クロムめっきに特有の課題である
ところ,甲9には,めっき浴が3価クロムめっき浴か6価クロムめっき
浴かすら記載されていないから,3価クロムめっきに特有の課題(陽極
からの6価クロムの生成を抑制するとの課題)が示唆されているとはい
えない。また,甲9には,陽極に酸化イリジウム被覆層を設けると耐久
性が向上することが記載されているものの,酸化イリジウムをそれ以外
の貴金属酸化物と比較したことについての記載がないから,陽極を被覆
する貴金属酸化物として酸化イリジウムを選択することによって他の貴
金属酸化物に比較して耐久性に優れることが示唆されているとはいえな
い。
そうすると,甲9には,本件発明1の課題の示唆はなく,また,貴金
属酸化物の中から酸化イリジウムを選択し,陽極として酸化イリジウム
を被覆した電極を用いるとの本件発明1の解決手段についても示唆があ
るとはいえない。
(ウ)甲9記載の技術事項を適用することについての示唆の有無
したがって,甲9には,クロムめっきの陽極に酸化イリジウム被覆層
を設けるとの技術事項は記載されているが,甲1発明の3価クロムめっ
きにおける貴金属酸化物からなる陽極の被覆として,甲9に記載された
技術事項を適用することについて,示唆があるとはいえず,甲1発明に
おける貴金属酸化物として酸化イリジウムを採用することは,甲1及び
甲9の記載から容易に想到することはできない。
ク甲1を主引用例とした場合の容易想到性の有無
以上のとおり,本件発明1は,甲1及び甲4ないし8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
(2)甲2を主引用例とした場合の容易想到性について
本件発明1と甲2発明との相違点は,「本件発明1は,陽極に酸化イリジウ
ムを被覆しているのに対して,甲2発明は陽極に貴金属酸化物を被覆してい
る点。」であるから,陽極の被覆材料として酸化イリジウムを選択することに
ついて,当業者が容易に想到することができたかにつき検討する。
ア甲2における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
(ア)甲2の記載
甲2には,次のとおりの記載がある。
a「イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,陰極室に3価の
クロム塩とクロム共析可能でかつ,クロム塩と同一のアニオン種より
なる金属塩の少なくとも一種を溶解した水溶液を供給し,かつ,陽極
室には,該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種の酸溶液を供給
することを特徴とするクロム合金メッキ法。」(特許請求の範囲)
b「しかしながら本発明者は,3価クロムを用いる合金メッキに関し
種々検討を進めた結果,メッキ時の陽極反応,即ち,陰極で生成した
2価クロムの再酸化反応,6価クロムの生成反応,3価クロムメッキ
液に通常含まれるカルボン酸,又はカルボン酸塩の分解反応等の好ま
しくない陽極反応によって,合金メッキ浴のメインテナンスが著しく
複雑となり,さらにメッキ浴のライフは短縮化され,従って実用化す
るには,多くの問題点があることがわかった。」(1頁右下欄16行目
ないし2頁左上欄5行目,「従来の技術」の項)
c「本発明の目的は,このように従来の3価クロムを含む合金メッキ
浴を用いるクロム合金メッキ方法の欠点である複雑な陽極反応を取り
除き,メインテナンスを容易とし,かつ,メッキ浴のライフを増大し
これまで実用化され得なかったクロム合金メッキ法を提供することに
ある。」(2頁左上欄7行目ないし12行目,「本発明が解決しようとす
る問題点」の項)
d「本発明の要旨は,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,
陰極室に3価のクロム塩とクロムと共析可能で,かつクロム塩と同一
のアニオン種よりなる金属塩の少なくとも一種を溶解した水溶液を供
給しかつ,陽極室には,該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種
の酸溶液を供給することを特徴とするクロムメッキ法にあり,」(2頁
左上欄14行目ないし20行目,「問題点を解決するための手段」の項)
e「陽極は硫酸溶液の場合は鉛,チタンに貴金属,或いは貴金属酸化
物を被覆した電極等が用いられ,塩化物溶液の場合は黒鉛,チタンに
貴金属或いは貴金属酸化物を被覆した電極等が用いられる。」(2頁左
下欄18行目ないし右下欄1行目,「問題点を解決するための手段」の
項)
f「本発明のイオン交換膜を用いるクロム合金メッキ法は,イオン交
換膜により陽極室と陰極室を完全に分離しており,又,膜内の物質移
動には,クロム等の金属イオンは含まれず,陰極室内の3価クロムイ
オン,クロムと共析可能な金属イオンや,陰極で生成した2価クロム
及びカルボン酸又は,カルボン酸塩は陰極室に留まり,陽極に移行す
ることはない。
従って,従来の様に,2価クロムの再酸化,6価クロムの生成,カル
ボン酸又は,カルボン酸塩の分解等の好ましくない陽極反応が生ずる
ことはない。「作用」の項」(2頁右下欄5行目ないし16行目)
(イ)甲2における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
a甲2の記載によれば,甲2発明の課題は,3価クロムめっき浴を用
いるめっき方法の欠点である陽極反応(すなわち,陰極で生成した2
価クロムが陽極で再酸化されること,6価のクロムが生成すること,
錯化剤として用いられる有機カルボン酸又はカルボン酸塩が陽極分解
すること)を取り除き,メインテナンスを容易とし,かつ,めっき浴
のライフを増大し実用に適するクロム合金めっき法を提供することに
あると認められる(前記(ア)b,c)。そして,甲2発明は,上記課題
の解決手段として,イオン交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割し,
陰極室に3価のクロム塩とクロムと共析可能で,かつクロム塩と同一
のアニオン種よりなる金属塩の少なくとも一種を溶解した水溶液を供
給し,かつ陽極室には,該クロム塩のアニオン種と同一のアニオン種
の酸溶液を供給するとの手段を採るものであると認められる(前記
(ア)a,d,f)。
他方,甲2には,陽極としてチタンに貴金属酸化物を被覆した電極
を用いることが例示的に記載されているが(前記(ア)e),貴金属酸化
物のうち具体的にどのような酸化物を使用すべきかについては何ら記
載されていない。
bそうすると,甲2において,3価クロムめっきの陽極において6価
クロムの生成を抑制するとの本件発明1の課題が示唆されていると解
する余地があるとしても,その解決手段に関して,甲2には,イオン
交換膜を用いて陽極室と陰極室を分割することは記載されているが,
陽極の被覆材を貴金属酸化物のうちで更に選択することは,示唆され
ていないものと認められる。
イ甲4ないし甲6,甲9記載の技術的事項の適用の可否
前記のとおり,甲4ないし甲6には,本件発明1の課題,解決手段の示
唆がなく,甲2にも本件発明1の解決手段について示唆がないから,本件
発明1の課題の解決手段として,甲2発明の3価クロムめっきにおける貴
金属酸化物からなる陽極の被覆に,甲4ないし甲6に記載された技術事項
を適用することについて,示唆があるとはいえず,甲2発明における貴金
属酸化物として酸化イリジウムを採用することは,甲2及び甲4ないし甲
6,又は甲9の記載から容易に想到することはできない。
ウ甲7,甲8について
前記のとおり,甲7,甲8に基づいて本件発明1を容易に想到すること
ができたとはいえない。
エ甲2を主引用例とした場合の容易想到性の有無
以上のとおり,本件発明1は,甲2及び甲4ないし8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
(3)甲3を主引用例とした場合の容易想到性について
本件発明1と甲3発明との相違点は,「本件発明1は,陽極に酸化イリジウ
ムを被覆しているのに対して,甲3発明は陽極に白金を被覆している点。」で
あるから,陽極の被覆材料として白金に代えて酸化イリジウムを選択するこ
とについて,当業者が容易に想到することができたかにつき検討する。
ア甲3における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
(ア)甲3の記載
甲3には,次のとおりの記載がある。
a「(1)3価クロム電気めつきにおいて,陽極として使用する鉄,鉄
合金,鉄酸化物,ニツケル,ニツケル合金,ニツケル酸化物のうち1
つ以上を含む電極。
(2)さらに,鉛,カーボン,白金めつきしたチタン板など公知の電気
めつき用陽極材料をも併せ含む,前記特許請求の範囲第1項記載の
電極。」(特許請求の範囲)
b「3価クロムめつきの電極での反応をみてみると陽極では(1)酸素ガ
スの発生,(2)3価クロムが酸化されて6価クロムになること,(3)陽極
金属の酸化,が起り,陰極では水素ガスの発生と共に3価クロムから
金属クロムの析出が起る。
この電極反応で問題となるのは上記(2)の3価クロムが酸化されて
6価クロムになること,(3)の陽極金属の酸化であり,これらにより,
浴寿命の低下,有害物質の生成,浴のバランスのくずれをおこす。」(2
頁右上欄3行目ないし12行目)
c「一般の電気めつきの陽極材料としては,鉛,カーボン,白金めつ
きしたチタン板などが不溶解性電極として使用されているが,本発明
においては各種の材料について実験した結果,鉛,白金めつきチタン
板などの場合はCr+6
の生成量が著しく多く不可であり,3価クロム
めつき用の陽極として鉄,鉄合金,鉄酸化物,ニツケル,ニツケル合
金,ニツケル酸化物,ステンレス系合金および,これらの1種以上の
組合せである複合材,例えばフエライトなどが有効であることを発見
した。」(2頁右下欄3行目ないし13行目)
d甲3の3頁左上欄には,3価クロムめっきにおいて様々な陽極材料
を使用した場合の6価クロム生成量を示した表が掲載されており,白
金めっきしたチタン板は,鉛,炭素に比べれば6価クロム生成量が少
ないものの,ニッケル,ステンレス,鉄(ステンレス,鉄等は,通電
量を問わず,6価クロムの生成量は0である。)等に比べて6価クロム
の生成量が多いことが示されている。
(イ)甲3における本件発明1の解決手段等の示唆の有無
甲3に記載された発明は,3価クロムめっきの陽極として,公知の白
金めっきしたチタン板に代え,又はそれとともに,鉄,ニッケル等を使
用するものである。
そして,甲3には,白金を被覆した陽極について記載されているもの
の,白金以外の貴金属酸化物を陽極に被覆することは記載されていない。
また,白金を被覆した陽極についてみても,甲3には,3価クロムめ
っきにおいて,陽極からの6価クロムの生成を防止すべきことが記載さ
れているものの(前記(ア)b),「白金めつきチタン板などの場合はCr+

の生成量が著しく多く不可であり」と記載されるとともに(前記(ア)
c),3頁左上欄の表に,白金めっきしたチタン板の電極を使用すると6
価クロムの生成量がニッケル,鉄に比べて多いことが示されており(前
記(ア)d),白金を被覆した陽極は,むしろ,陽極から6価クロムが生成
される,好ましくない例として記載されている。
そうすると,甲3には,陽極からの6価クロムの生成を防止するため
に,貴金属酸化物の中から酸化イリジウムを選択し,陽極として酸化イ
リジウムを被覆した電極を用いるとの本件発明1の解決手段について示
唆があるとはいえない。
イ甲4ないし甲6,甲9記載の技術的事項の適用の可否
前記のとおり,甲4ないし甲6には,本件発明1の課題,解決手段の示
唆がなく,甲3にも本件発明1の解決手段について示唆がないから,本件
発明1の課題の解決手段として,甲3発明の3価クロムめっきにおける白
金からなる陽極の被覆材料に代えて,甲4ないし甲6に記載された技術事
項を適用することについて,示唆があるとはいえず,甲3発明における陽
極の被覆材料として白金に代えて酸化イリジウムを採用することは,甲3
及び甲4ないし甲6,又は甲9の記載からは容易に想到することはできな
い。
ウ甲7,甲8について
前記のとおり,甲7,甲8に基づいて本件発明1を容易に想到すること
ができたとはいえない。
エ甲3を主引用例とした場合の容易想到性の有無
以上のとおり,本件発明1は,甲3及び甲4ないし8,又は甲9に基づ
いて当業者が容易に想到することができたものとは認められない。
(4)原告の主張に対し
ア本件発明1の構成の容易想到性について
原告は,3価クロムからなるめっき浴を用いてクロムめっきを行う方法
は周知であるとし,また,①甲1には陽極の被覆材に用いる貴金属酸化物
として酸化イリジウムが開示されていること,②甲4,甲6,甲9には,
酸化イリジウムを被覆した酸素発生用陽極が優れた耐久性を有することが
開示されていること,③甲4,甲5,甲9記載の発明は,酸化イリジウム
を被覆した酸素発生用陽極の用途を限定していないことから,酸化イリジ
ウムを被覆した酸素発生用陽極を用いることは容易に想到し得るとし,本
件発明1の構成は容易に想到することができたと主張する(前記第3,1
(1))。
しかし,前記のとおり,甲4ないし甲6,甲9には,本件発明1の課題,
解決手段について示唆があるとはいえないから,原告の上記主張は,採用
することができない。
イ本件発明1の作用効果の容易想到性について
原告は,①6価クロムの生成の抑制は周知の技術課題であること,②本
件発明1の作用効果は本件明細書により裏付けられていないこと,③本件
発明1の作用効果は,公知文献等に基づき当業者が当然予想し得る範囲内
のものであること,から,本件発明1の作用効果は当業者が容易に想到し
得たものであり,本件発明1に進歩性があるとの審決の判断は誤りである
と主張する(前記第3,1(2))。しかし,原告の上記主張は,以下のとお
り,採用することができない。
(ア)6価クロムの生成抑制
甲1ないし3には,3価クロムめっきにおいて陽極反応により6価ク
ロムが生成すること,そのような6価クロムの生成がめっき液の寿命を
短くするなどの問題を生じることが記載されている。しかし,前記のと
おり,甲1ないし3には,その解決手段として,貴金属酸化物の中から
酸化イリジウムを選択し,陽極として酸化イリジウムを被覆した電極を
用いることの示唆があるとはいえない。
したがって,仮に,甲1ないし3において,3価クロムめっきの陽極
における6価クロムの生成の抑制という課題の示唆があるとしても,本
件発明1とは,課題の解決手段が異なるから,当業者が甲1ないし3に
基づいて本件発明1を容易に想到し得たとはいえない。
(イ)本件明細書による作用効果の裏付けの有無
原告は,甲4,甲5,甲9には,電極について酸化イリジウムを単独
で使用する場合には電極が消耗することが記載されており,他方,本件
明細書の実施例は,酸化イリジウム単独のものはなく,いずれも酸化イ
リジウムとともにそれ以外の多量の金属酸化物を含むものであるから,
酸化イリジウム単独の作用効果は,本件明細書の実施例によって裏付け
られておらず,本件発明1の作用効果は,本件明細書により裏付けられ
ていないと主張する。しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,
採用することができない。
aすなわち,本件明細書には,実施例1として,チタン板に酸化イリ
ジウムと酸化錫からなる複合酸化物の層により被覆を形成し,得られ
た電極を陽極として3価クロムめっき浴を用い,ニッケルめっきを施
した軟鋼へ無隔膜で連続的にめっきを行った例が記載されており,こ
のめっき浴では,100Ah/lの通電を行った後もめっきが可能であ
り,100Ah/lの通電によって生成した6価クロムが6ppmであっ
たことが記載されている(【0014】)。
他方,本件明細書には,比較例1として,陽極を他の金属により構
成されたものに代えた点を除いて実施例1と同様の条件でめっきを行
った結果が7例記載されている(【0016】,表1)。これによれば,
他の金属により構成された陽極は,通電可能量が小さく,最も通電可
能量が大きい酸化ルテニウム電極でも通電可能量は63Ah/lにと
どまる。また,酸化ルテニウム以外の電極では,多量の6価クロムの
生成,めっき液の汚染,電極の消耗などが生じ,酸化ルテニウム電極
でも,63Ah/lの通電で,電圧が上昇し,生成された6価クロム
は2ppmにとどまるものの,電極の消耗がみられる。
このような実施例1,比較例1の記載に鑑みると,本件明細書にお
いては,本件発明1を実施することにより,陽極において6価クロム
の生成を防止し,めっき浴中からのスラッジの発生もなく長期にわた
り安定したクロムめっきが可能となるとの作用効果を奏することが具
体的に示されているものと認められる。
b本件明細書には,酸化イリジウム単独の電極を用いた実施例等は記
載されていない。しかし,本件発明1は,「酸化イリジウムからなる電
極触媒」と定めており,電極触媒が酸化イリジウムのみからなること
を要件としていないから,酸化イリジウム単独の作用効果が示されて
いなくても,本件発明1の作用効果は裏付けられているといえる。
そして,本件明細書には,電極触媒について,発明の詳細な説明の
「課題を解決するための手段」の項に,「【0009】電極触媒には,
酸化イリジウムとともにチタン,タンタル,ニオブ,ジルコニウム,
錫,アンチモン,ルテニウム,白金,コバルト,モリブデン,タング
ステンの金属もしくは酸化物から選ばれた少なくとも1種を含んでい
ることが好ましく,電極触媒中の酸化イリジウムの組成は,30∼9
0モル%が好ましい。酸化イリジウムのみからなる電極触媒は,耐久
性の面でやや劣るので,前記のような金属もしくは金属酸化物からな
る組成物とすることが好ましい。また被覆量は,イリジウムの金属に
換算して20∼60g/m2であることが好ましい。被覆量を多くす
ると耐久性も大きくなるものの,経済性の面では好ましくないので,
60g/m2よりも小さくすることが好ましい。」と記載されているか
ら,当業者は,本件明細書の上記記載及び実施例の記載等を参照し,
電極触媒の組成,被覆量等を決定し得るものと解され,酸化イリジウ
ム単独の作用効果が示されていなくても,本件発明1の実施は可能で
あるものと認められる。
cしたがって,本件発明1の作用効果は本件明細書により裏付けられ
ていないとの原告の主張は,採用することができない。
ウ作用効果の予測可能性の有無
原告は,甲6,甲8,甲10,甲11の2に基づいて,本件明細書に示
された本件発明1の作用効果は,公知文献等に基づき当業者が容易に予想
し得る程度のものであったと主張するが,原告の上記主張は,以下のとお
り,採用することができない。
(ア)甲6について
甲6には,6価クロムめっきの陽極として,酸化イリジウムを被覆し
た陽極を用いるとの技術事項が記載されているにとどまるから,甲6の
記載から,3価クロムめっきを用いる本件発明1の作用効果が容易に予
想し得るものであったとはいえない。
(イ)甲8について
甲8は,本件特許出願前に頒布された刊行物ではないから,甲8に基
づき,本件発明1が容易想到であったということはできない。また,仮
にその点を措き,甲8の内容を考慮したとしても,本件発明1の作用効
果は容易に予想し得るものであったとはいえない。
すなわち,甲8には,「また,特開平8−13199号公報には,三価
クロム浴中において用いる陽極として酸化イリジウムからなる電極触媒
の被覆を電極基体上に設けた電極を用いることが記載されている。酸化
イリジウムを電極触媒とすることによって,電極寿命等は大きくなるが,
わずかに生成する六価クロムイオンや浴に含まれている有機添加剤が電
解酸化によって酸化分解し,長期間の使用で浴が不安定化することが判
明するに至り,浴成分が長期間安定するとともに六価クロムの生成がよ
り少ない電極が求められる。」(【0006】)と記載されているが(特開
平8−13199号公報は本件特許の公開公報である。),この記載によ
っても,6価クロムイオンは,「わずかに生成する」と記載されているに
とどまり,本件発明において,陽極における6価クロムイオンの生成が
抑制されるとの作用効果が存在することが前提とされているものと認め
られる。
また,甲8には,酸化イリジウムを含む電極物質層表面にSi等の酸化
物多孔質層を有するクロムめっき用電極の発明が記載されており,甲8
の表1は,その実施例の6価クロム生成率を示すものであるところ,甲
8の実施例が前提とする条件と,本件明細書の実施例が前提とする条件
は異なる。したがって,原告主張の計算方法により甲8の表1に基づい
て算出した6価クロムの生成量が,本件明細書の実施例の6価クロム生
成量と異なっているとしても,そのことを根拠として,本件明細書の実
施例の記載が信用性に乏しいということはできないし,本件発明1の作
用効果が容易に予想し得るものであったとはいえない。
(ウ)甲10について
甲10は,DSE(DimensionallyStableElectrode,寸法安定電極)
に関する論文であり,「4.4クロムめっき」の項に,「・・・クロム
めっきは,普通,陰極被処理材表面において6価のクロム酸イオンから
金属を析出させる。この時の副反応によって生じる3価クロムイオンは,
陽極酸化反応によって6価に戻す必要がある。従来から酸化力の強い鉛
系の不溶性陽極が使用されており,酸化力の弱いDSEは不向きと考え
られてきた。最近に至り6価クロム酸イオンへの酸化作用を付加するよ
うに特別に設計されたDSEによって,その使用が可能となった。・・・」
(23頁右欄3行目ないし11行目)と記載されており,6価クロムめ
っきについて記載されているにとどまるから,甲10の記載から,3価
クロムめっきを用いる本件発明1の作用効果が容易に予想し得るもので
あったとはいえない。
(エ)甲11の2
原告は,甲11の2(試験報告書)によれば,本件発明1の効果はめ
っき浴組成に大きく依存しており,3価クロムめっき浴であってもその
組成により効果が全く異なる上,用いる電極についても,酸化イリジウ
ム以外にどのような成分を含有するかにより,効果が全く異なるとし,
そうすると,本件発明1は,作用効果を奏するために必要な構成のうち
ごく一部の構成しか開示しておらず,作用効果を奏するための必須要件
全体を開示しておらず,そのため,本件発明1は,作用効果を奏し得な
い多くの態様を包含しており,発明全体としての作用効果を奏するとは
いえないと主張する。
しかし,原告の上記主張は,以下の理由により,採用することはでき
ない。
すなわち,甲11の2の実験は,本件明細書に記載された実施例と異
なる条件のもとで行われた実験であるから,それにより,本件明細書に
記載された実施例の作用効果が否定されることはない。
また,仮にその点を措き,甲11の2の実験結果を前提とするとして
も,「6.結果」の「〔グラフ−1〕」によれば,酸化イリジウムよりなる
電極触媒の被覆が設けられた①,②,③,⑤の電極については,陽極で
の6価クロムの生成は抑制されているものと認められ,酸化イリジウム
を含む複合酸化物による被覆をした電極について,6価クロムの生成を
抑制するという本件発明1の作用効果が生じていることが認められる。
さらに,本件発明1を実施するに当たって,電極の組成以外の諸条件
を適宜選択することは,当業者が当然に行うことであり,本件明細書の
実施例において,電極の組成のみならずその他の諸条件が具体的に挙げ
られていることに鑑みれば,特許請求の範囲において,めっき浴の組成・
濃度・温度,めっき浴の種類と電極の種類の組合せなどまで特定してい
なくても,本件明細書には,本件発明1の作用効果が記載されていると
いえる。
(5)小括
以上によれば,本件発明1は,甲1及び甲4ないし8(甲1を主引用例と
した場合),甲2及び甲4ないし8(甲2を主引用例とした場合),甲3及び
甲4ないし8(甲3を主引用例とした場合)に基づいて当業者が容易に想到
することはできず,審決の同旨の判断に誤りはない。
2本件発明2ないし4の容易想到性について
本件明細書の特許請求の範囲の請求項2は請求項1を引用するものであり,
請求項3,4は,いずれも請求項1ないし3を引用するものであるから,本件
発明2ないし4は,いずれも本件発明1の構成要件をすべて含むものである。
本件発明1は,前記1のとおり,甲1及び甲4ないし8,甲2及び甲4ない
し8,甲3及び甲4ないし8に基づいて当業者が容易に想到することができな
かったものであるから,本件発明1の構成要件をすべて含む本件発明2ないし
4も,当業者が容易に想到することができなかったものと認められ,審決の同
旨の判断に誤りはない。
3結論
以上のとおり,審決の容易想到性の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由
は理由がない。原告は,その他縷々主張するが,審決にこれを取り消すべきそ
の他の違法もない。
よって,原告の本訴請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
中平健
裁判官
知野明

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