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平成26年4月22日判決言渡同日原本受領裁判所書記官
平成22年(ワ)第3792号特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日平成25年12月9日
判決
原告カースル株式会社
訴訟代理人弁護士辰巳和正
訴訟復代理人弁護士大宅美代子
同太平信恵
訴訟代理人弁護士岡部友和
同城戸幸一郎
補佐人弁理士安倍逸郎
同下田正寛
被告東洋アルミエコープロダクツ株式会社
訴訟代理人弁護士山上和則
同藤川義人
同雨宮沙耶花
補佐人弁理士山崎裕史
同藤井淳
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙製品目録記載の各製品を製造し,譲渡等(譲渡及び貸渡しをいう)
し,又は譲渡等の申出をしてはならない。
2被告は,前項の各製品を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,9億円及びうち1億円に対する平成22年3月1日から,
うち8億円に対する平成25年11月30日から,各支払済みまで年5分の割合に
よる金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,原告が,後記被告製品が原告の有する特許権を侵害するとして,特許法1
00条1項,2項に基づき,侵害品の販売等の差止め,廃棄を求めるとともに,不法
行為(民法709条)に基づく損害賠償及びうち1億円に対して当初の不法行為の最
終日の翌日である平成22年3月1日から,うち8億円に対して,平成25年11月
29日付け訴え変更申立書を当裁判所に提出した日である平成25年11月30日
から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案
である。
1前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認定できる事実)
(1)当事者
ア原告は,果実の栽培,生産等を目的とする株式会社である。
イ被告は,家庭用アルミ箔・食卓用品,アウトドア用品・汚れ防止器具等の日
用雑貨品及び洗剤・石けんの製造,販売等を目的とする株式会社である。
(2)原告の特許権(甲3,4)
原告は,別紙特許公報記載の発明にかかる特許(ただし,別紙特許公報は,後
記確定した第二訂正により訂正されており,訂正後の特許を以下「本件特許」と
いい,本件特許にかかる特許権を「本件特許権」,本件特許にかかる発明を「本
件特許発明」,本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」とそれぞれいい,必
要に応じて,訂正前の特許について言及するときは,「本件訂正前特許」,「本件
訂正前明細書」などという。)の特許権者である。
【本件訂正前特許の請求項1】
幅広の不織布を取付けようとするレンジフード又は換気扇等の角形の通気
口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定して使用す
る通気口用フイルター部材であって,前記不織布に一軸方向にのみ非伸縮性の
不織布を使用したことを特徴とする通気口用フイルター部材。
(3)本件訂正前特許にかかる無効審判及び訂正の経過等(甲13,23,乙47)
ア被告は,平成22年10月10日,本件訂正前特許発明についての特許を無
効とする旨の審判を請求した(無効2010-800183)。
イ原告は,平成22年12月24日,上記審判手続において,本件訂正前特許
の特許請求の範囲等につき,次の内容の訂正の請求をした(甲13,以下「第
一訂正」という。)。
<訂正事項a>
特許請求の範囲の「幅広の不織布を取付けようとするレンジフード又は換気
扇等の角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口
に仮固定して使用する通気口用フイルター部材であって,
前記不織布に一軸方向にのみ非伸縮性の不織布を使用したことを特徴とす
る通気口用フイルター部材。」を,
「幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせ
て切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不
織布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,
前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交
する方向へ伸ばした状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで
自由に伸びて縮む合成樹脂繊維からなるものを使用し,
前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布によ
り前記通気口を覆うことを可能としたことを特徴とする通気口用フィルター
部材。」と訂正する。
<訂正事項b>
特許公報第1頁第1欄第10行目に記載した「レンジフード等」を「レン
ジフード」に訂正する。
<訂正事項c>
特許公報第2頁第3欄第6~11行目に記載した「幅広の不織布を取付け
ようとするレンジフード又は換気扇等の角形の通気口に合わせて切断し,切
断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定して使用する通気口用フイルター
部材であって,前記不織布に一軸方向にのみ非伸縮性の不織布を使用したこ
とを特徴とする通気口用フイルター部材」を,「幅広の不織布を取り付けよう
とするレンジフードの角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周
囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織布で直接覆って使用する通気
口用フィルター部材であって,前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性
で,かつ該一軸方向とは直交する方向へ伸ばした状態で仮固定して使用した
とき,120~140%まで自由に伸びて縮む合成樹脂繊維からなるものを
使用し,前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織
布により前記通気口を覆うことを可能としたことを特徴とする通気口用フィ
ルター部材」に訂正する。
<訂正事項d>
特許公報第2頁第4欄第42~45行目に記載した「なお,前記実施例に
おいては,レンジフード11の通気口12にフィルター部材を取付けた例に
ついて説明したが,換気扇や,クーラ等の通気口であっても本発明は適用さ
れる。また,不織布の周囲の固定は」を「なお,不織布の周囲の固定は」に
訂正する。
ウ特許庁審判官は,平成23年7月8日,原告のイの訂正を適法なものと認め
た上,訂正後の発明につき,無効理由①「一軸方向の非伸縮性」がどのような
ものであるか,また,「一軸方向とは直交する方向の伸縮値を算出するための
測定条件」がどのようなものであるか不明確であるから,本件特許は,特許法
36条6項2号の要件(明確性要件)を欠くとの主張につき認められないとし
たが,無効理由③特開平3-229608号公報(乙21)及び出願前周知の
事項に基づいて容易に発明できたから,特許法29条2項(進歩性欠如)に該
当するとの主張については認められるとして,本件特許を無効とする旨の審決
をした。
エ原告の訂正審判請求(甲20,21)
原告は,同年10月31日,次のとおり本件明細書及び特許請求の範囲を訂
正する旨の訂正審判請求(訂正2011-390120)をした(以下「第二
訂正」という。)。
<訂正事項1>
特許請求の範囲の請求項1の「幅広の不織布を取付けようとするレンジフ
ード又は換気扇等の角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲
を前記通気口に仮固定して使用する通気口用フイルター部材であって,
前記不織布に一軸方向にのみ非伸縮性の不織布を使用したことを特徴とする
通気口用フイルター部材。」の記載を,
「幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせ
て切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不
織布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,前記不織布と
して,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交する方向へ伸ば
した状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで自由に伸びて縮
み,難燃処理された合成樹脂繊維からなるものを使用し,前記不織布を前記
一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により前記通気口を覆う
ことを可能としたことを特徴とする通気口用フィルター部材。」と訂正する。
<訂正事項2>
本件特許明細書の段落【0001】(特許公報第1頁第1欄第10行目)に
おいて「レンジフード等の通気口を」の記載を,「レンジフードの通気口を」
と訂正する。
<訂正事項3>
本件特許明細書の段落【0004】(特許公報第2頁第3欄第6~第11行
目)において「幅広の不織布を取付けようとするレンジフード又は換気扇等
の角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮
固定して使用する通気口用フイルター部材であって,前記不織布に一軸方向
にのみ非伸縮性の不織布を使用したことを特徴とする通気口用フイルター部
材」の記載を,
「幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせて
切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織
布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,前記不織布とし
て,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交する方向へ伸ばし
た状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで自由に伸びて縮み,
難燃処理された合成樹脂繊維からなるものを使用し,前記不織布を前記一軸
方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により前記通気口を覆うこと
を可能としたことを特徴とする通気口用フィルター部材」に訂正する。
<訂正事項4>
本件特許明細書の段落【0013】(特許公報第2頁第4欄第42~45行)
において「なお,前記実施例においては,レンジフード11の通気口12に
フィルター部材を取付けた例について説明したが,換気扇や,クーラ等の通
気口であっても本発明は適用される。また,不織布の周囲の固定は」を「な
お,不織布の周囲の固定は」に訂正する。
しかし,特許庁審判官は,平成24年3月6日付けで,訂正要件を認めたも
のの,訂正後の発明が,特許法29条第2項の規定により特許出願の際独立し
て特許を受けることができないものであるから,特許法(平成23年法律第6
2号による改正前)134条の2第5項,126条5項に適合しないとして,
審判請求を不成立とする審決をした。
オウ,エに対する審決取消訴訟(甲23,25)
原告は,ウ及びエの審決につき,知的財産高等裁判所に対し,審決取消訴訟
を提起した(ウにつき,平成23年(行ケ)第10258号事件,エにつき,
平成24年(行ケ)第10128号事件)。
同裁判所は,平成24年9月27日,ウの審決のうち本件特許を無効とした
部分を取り消す判決(甲23判決),及びエの審決を取り消す旨の判決(甲2
5判決)をした。前者の判決は,平成25年2月21日付けの上告棄却,同不
受理決定により確定した。
カ上記訴訟後の特許庁における手続(甲26,29)
特許庁審判官は,平成24年12月6日,エの訂正審判請求について,これ
を認める旨の審決(同審決は確定した。)を,平成25年6月5日には,ウの
無効審判請求について,ウに記載の無効理由①,③のほか,無効理由②(乙2
1及び実願昭62-170893号のマイクロフィルム(乙22)を引例とす
る進歩性欠如),無効理由④(特開平9-75643号公報(乙8)と同一の
発明であるとする,特許法29条の2による無効),無効理由⑤(特許法36
条4項の規定違反(伸び率の測定方法の記載不備)による無効)のいずれにつ
いても,これらによって本件特許を無効とすることはできないとして,請求を
不成立とする審決(甲29審決)をした。
キ本件特許の請求項1
以上の経緯により,本件特許の請求項1は以下のとおりとなった。
【請求項1】(下線は訂正事項)
幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせ
て切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織
布で直接覆って使用する通気口用フイルター部材であって,
前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交す
る方向へ伸ばした状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで自由
に伸びて縮み,難燃処理された合成樹脂繊維からなるものを使用し,
前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により
前記通気口を覆うことを可能としたことを特徴とする通気口用フイルター部
材。
(3)本件特許の構成要件の分説
本件特許の請求項1は,次のとおり構成要件に分説される(以下「構成要件E」
などという。なお,構成要件A等に分説されていた特許に係る訴えは取下げられ
た。)。
E幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わせ
て切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口を不織
布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,
F前記不織布として,一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方向とは直交す
る方向へ伸ばした状態で仮固定して使用したとき,120~140%まで自由
に伸びて縮み,難燃処理された合成樹脂繊維からなるものを使用し,
G前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により
前記通気口を覆うことを可能としたことを特徴とする通気口用フィルター部
材。
(4)被告製品の製造,販売等
被告は,遅くとも平成19年3月から,別紙製品目録記載の各製品(ただし,
製造,販売等につき争いがないのは,JANコードにより特定されているものに
限る。以下,この争いのない3製品を総称して「被告製品」といい,個別の商品
は「被告製品イ」などという。)を製造,販売及び販売の申出をしている。
ただし,被告製品(ないしこれと同等の伸び率の不織布を使用した換気扇用フ
ィルター製品)が,いつから販売されていたかについては,先使用ないし公然実
施の関係で,後記のとおり争いがある。
(5)原告の行った判定請求(乙10,11)
ア原告は,平成14年11月12日,特許庁長官に対し,原告が販売する「イ
号商品:ふっくらフィルター(品番F-7641)」及び「ロ号商品:ワイド
サイズ(品番F-7632)」が,本件訂正前特許の技術的範囲に属するとの
判定を求めた(判定2002-60102,以下「本件判定」という。)。この
際,原告は,上記商品にかかる不織布の一軸伸縮性について,次の2種類の試
験を行った。
①第1の試験方法:矩形(角形)にカットしたフィルター素材の一端部を磁
石と鉄板の間に挟んで固定し,その他端部をプッシュプルゲージを介して保持
し,このフィルター素材を引き伸ばす方向に引っ張る。固定するための円形磁
石は3個の場合と4個の場合とで行った。プッシュプルゲージを介して素材に
幅方向に均等に力が作用するようにこれを所定の力で引っ張る。磁石が動き始
めたときの伸びを測定する。伸び率は,縦方向の伸びと横方向(幅方向)の伸
びとの比率で示す。
②第2の試験方法:試験片はフィルター素材を5cm×20cmに切断し,
この試験片の一端部をクランプに固定し,その他端部を,プッシュプルゲージ
を介してこれを引き伸ばす方向に引っ張る。この素材が破断したときの伸びを
測定した。この試験方法は,「JIS(L)1085」に準じている。
イ原告が判定請求において示した本件判定におけるイ号製品についての試験
結果は次のとおりであった。
(ア)第1の試験
磁石3個使用磁石4個使用
縦の伸び横の伸び縦横比縦の伸び横の伸び縦横比
105.0%118.7%21/79107.5%119.2%28/72
(イ)第2の試験
縦の伸び%横の伸び%縦横比
151.8180.039/61
148.2156.446/54
ウ特許庁審判官は,平成15年3月10日,上記結果を前提として,本件判定
における(イ)号商品及びその説明書に示す「通気口用フィルター部材」は,
本件訂正前特許発明の技術的範囲に属する旨の判定をした。
第3争点
1被告製品が,本件特許の各構成要件を充足するか
(1)被告製品の構成について
(2)構成要件Eの「不織布で直接覆って使用する」について
(3)構成要件Fの「仮固定して使用したとき120~140%まで自由に伸びて縮
む」について
(4)構成要件Fの「一軸方向にのみ非伸縮」について
(5)構成要件Gの「一軸方向とは直交する方向に伸ばして」について
2本件特許に,次の無効理由があるか
(1)本件特許に記載不備(発明特定事項である「一軸方向の非伸縮性」や「伸
縮値」を測定するための条件が不明確である)が認められるか)
(2)本件特許に乙21を主引例とする進歩性欠如が認められるか
(3)本件特許に公然実施(被告が,被告製品と同様の製品を本件特許の出願前
から販売していたこと)の無効理由が認められるか
3被告製品の販売につき,先使用の抗弁(特許法69条2項2号)が認められるか
4差止めの必要性及び原告の被った損害額
第4争点に対する当事者の主張
1争点1(1)(被告製品の構成について・基本主張)について
(原告の主張)
被告製品を含む別紙製品目録記載の商品は,いずれも,
eレンジフードの角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前
記通気口に仮固定してこの通気口を不織布で直接覆って使用するものであり,
fその不織布は,一軸方向にのみ,100~150gの荷重を加えた場合に,
120%から140%まで自由に伸びて縮む難燃性合成樹脂繊維からなり
g前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向へ伸ばして,この不織布により
前記通気口を覆うことが可能である
構成を備えており,本件特許の構成要件EからGを充足する。
(被告の主張)
原告の主張する被告製品の構成については,「幅広の不織布を取り付けようとす
るレンジフード又は換気扇の角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周
囲を前記通気口に仮止めして使用する通気口用フィルター部材」である限度で認め,
その余は否認する。
被告製品は,すべて,以下2から5までの被告主張のとおり,本件特許の構成要
件EからGをいずれも充足しない。
2争点1(2)(構成要件Eの「不織布で直接覆って使用する」)について
(原告の主張)
本件特許の構成要件Eにおける「直接覆って」とは,カバーを用いずに不織布で
通気口を直接覆うとの意味である。
すなわち,本件特許が解決しようとする課題は「比較的簡便に取付が可能な通気
口用フィルター部材を提供すること」【0003】であるところ,ここにいう「比
較的簡便な取付けが可能」とは,前記のように,不織布をカバーなしで取り付ける
ことを意味するのであり,「直接覆って」の文言もそのように理解される。
なお,レンジフードの通気口には,金属フィルターが取付けられたものとそうで
ないものがあるが,本件特許発明は,当該通気口の構成をなんら限定するものでは
ない。
(被告の主張)
(1)本件特許の明細書【0011】には,双方に伸びる不織布の問題点として,「レ
ンジフードのファンの風力が強い場合には,ファンによって内側に吹き寄せられ
る」との記載があり,これに関連して,第一訂正の訂正請求書では,「レンジフ
ード内のファンの負圧力で,通気口用フィルター部材が通気口に吸い込まれない
ように通気口用フィルター部材を保持する『吸い込み防止枠』などを用いた使用
方法を排除しました。」との記載がある。
すなわち,本件特許においては,フィルターがファンによって内側に吹き寄せ
られるという問題点を,特定の不織布を採用することによって解決することが本
質的特徴であるところ,通気口に金属フィルターやフィルターカバーが取り付け
てある場合は,ファンの風力が強くても通気口の内側に不織布が吸い込まれない
ので,上記問題点がそもそも存在しないことが明らかであるし,訂正請求書の記
載に照らすと,通気口に,不織布以外の金属フィルターやフィルターカバーが存
在する場合を明確に除外している。
したがって,構成要件Eにおける「直接覆って」とは,金属フィルターなどを
用いずにレンジフードの通気口を不織布のみで覆うということであり,通気口に
金属フィルターやフィルターカバーが存在する場合が除かれることは明らかで
ある。
(3)被告製品は,使用する対象が,レンジフードの通気口(の内側)に金属フィ
ルターが存在することを前提としてその金属フィルターに取り付けるものであ
り,金属フィルターがない場合には使用しないよう注意されている。このような
使用態様は,構成要件Eにおける「直接覆って」に当たらないから,構成要件E
を充足しない。
3争点1(3)(構成要件Fの「仮固定して使用したとき120~140%まで自由
に伸びて縮む」)について
(1)意義
(原告の主張)
ア本件明細書の【0005】には,「概略長さで切断した不織布が幅bよりも
短い場合には,不織布を少し引っ張って伸ばすことにより通気口全体を覆い」
とある。
この点,本件特許にかかる物品は,レンジフードに「仮固定して使用」され
るものであり,不織布の一端をレンジフードに仮固定し,それを押さえつつ,
他方の手で不織布の他端を引っ張りながら取付けられるものである。
すなわち,当該記載に接した当業者は,構成要件Fが「不織布の取り付け作
業時に」,「(不織布を)どの程度伸ばすことができるか」を意味していること
を当然に理解する。
イ不織布の取付け作業時に,不織布に掛けることができる荷重は,100~1
50グラム程度である。よって,「仮固定して使用したとき」とは,「不織布に
100~150グラム程度の荷重を加えた場合」と同義であることは,当業者
に明らかである(甲9試験の試験2参照)。
ウまた,本件明細書の【0005】の「換気扇を直接覆い」との記載から,当
業者は,構成要件Fが,換気扇全体を覆うために120~140%まで自由に
伸びることを当然に理解する。
なお,不織布を少し引っ張って伸ばすことにより通気口全体を覆うことがで
きれば,それ以上不織布を伸ばす必要はない。よって,仮固定して使用したと
きに120%~140%まで自由に伸ばすことができれば,本件特許発明の作
用効果を奏するのであり,さらに荷重を掛けた場合に不織布が140%以上伸
びる場合を本件特許発明は排除していないことは当業者に容易に理解できる。
すなわち,アに述べた本件特許発明の技術課題からすれば,明細書の「12
0~140%まで自由に伸び」るとは,仮固定の状態で不織布に掛けることが
できる荷重の範囲で,当該伸びが実現されることを意味することは明らかであ
る。通気口全体を覆えば,それ以上不織布を伸ばす必要もないのであるから,
不織布をどこまで伸ばすことができるかは,本件特許発明とは無関係な技術事
項である。
エまた,構成要件Fの趣旨からすると,「縮み」の意義は,伸ばした後の縮みの
状態が元の状態又は元に近い状態に戻る必要があるのではなく,120~14
0%に伸ばした際に覆う通気口の大きさより大き過ぎるまで伸ばしてしまって
も,引っ張る力を緩めたり,開放したりすることにより縮むことで,例えば通気
口の大きさにアジャストできる程度の縮みを有していることで足りる。
(被告の主張)
ア「120~140%」の用語の解釈
本件明細書の【0007】には,「120~140%程度まで自由に伸びて縮
む」との記載があるが,これ以外に「120~140%」の意味を定義する規定
はない。
この点,「伸び率」の文言の通常有する意味は,「引き伸ばしたときの長さと元
の長さとの差の,元の長さに対する百分率」であると定義されているから,12
0~140%の伸び率とは,「自然長の2.2倍から2.4倍」と解釈するのが
相当である(東京地裁平成22年(ワ)第12777号事件参照)。
イ構成要件Fには,「自由に伸びて縮み」とあるから,伸びた後,伸びる前と同
程度まで縮む必要がある。
そして,「120~140%まで自由に伸びて縮み」との文言の意義は,12
0%まで伸ばした場合と,140%まで伸ばした場合の両者のいずれの場合でも,
伸ばした後の縮みの状態が,「元の状態」,あるいは少なくとも「元に近い状態」
にもどる必要がある。試験(乙105)によれば,被告製品を140%まで伸ば
した後,荷重を解放し,1分放置後と,5分放置後の不織布の残留伸びを測定す
ると,平均して107%から117%もの伸びが残っており,このようなものは,
「自由に伸びて縮み」とは言えない。
(2)試験
(原告の主張)
被告製品は,以下のいずれの試験によっても,構成要件Fの「120~14
0%」の範囲内にあり,構成要件Fを充足する。
ア甲9試験
被告製品に用いられている不織布の伸縮性は,試験(甲9)によると次のと
おりである。
荷重100g荷重150g
被告製品横方向縦方向横方向縦方向
イ140.0%105.5%172.0%107.0%
ロ130.0%104.5%145.0%105.5%
ハ115.5%103.7%119.0%105.0%
本件特許においては,通気口より多少短い寸法の不織布を少し引っ張って伸
ばすという使用態様を想定しているところ,台所の通気口に取り付けるという
作業の場合,作業者は不安定な状態で作業せざるを得ず,大きな力で不織布を
引っ張ることはできないことになる。また,本件特許は,不織布を固定枠など
で確実に固定しない仮固定の方式を採用していることから,不織布を引っ張っ
て伸ばす際に掛けることのできる力(荷重)は制限されざるを得ない。
甲9試験のうちの試験2から,上記のような状況で,作業者が不織布に掛け
られる荷重が100ないし150gであることが判明し,その結果に基づいて
試験1が実施された。
このとおり,甲9試験は,本件特許の技術思想に沿った試験が実施されたも
のである。
イ甲17試験
甲17の試験は,100gと150gでの試験に代えて90g,140g,
160gでの試験結果を示しているが,これは被告製品の物性を詳細に理解で
きるように試験範囲を広げたものである。破断までの不織布の伸びは,荷重の
増加にしたがって増加すると考えられるから,甲17試験により,100gな
いし150gの荷重の範囲で120~140%伸びることが推定される。
ウ甲30等試験
甲30,31及び32試験(以下「甲30等試験」という。)は,被告製品
から,伸びにくい方向に50mm,伸びやすい方向に220mmの幅の試験片
と,伸びやすい方向に50mm,伸びにくい方向に220mmの試験片を切り
出し,おのおのの長手方向の両端から1cm(つかみ間隔で200mm)の箇
所をクリップで挟み,一方のクリップに150gの重りをとりつけて,これを
つり下げ,その直後の試験片の長さを測定するものである。
これによると,被告製品の不織布の伸び率は,次のとおりである(10回の
試験の平均)。
縦方向横方向
被告製品測定値伸び率測定値伸び率
イ257.6mm128.8%206.6mm103.3%
ロ258.2mm129.1%205.6mm102.8%
ハ264.9mm103.7%215.8%107.9%
なお,甲28試験は,同様の方法により,一定時間経過後の伸びを測定する
ものである。
エ甲34試験
(ア)甲34試験は,一辺を40cm,他方の一辺を60cmの長方形に切断し
た不織布の一端部分を複数の磁石,面状ファスナ等(以下「簡易固定具」と
いう。)によって鋼板に不織布を固定し,不織布の他端部分をチャック(クリ
ップ等)で,幅30~40mmにわたって保持する。その後,チャックで不
織布を引っ張って伸ばすものである。
簡易固定具での固定が訂正特許請求の範囲に記載の「仮固定」に相当し,
チャックで不織布を引っ張る行為が,レンジフードの通気口に仮固定されて
不織布を引っ張って伸ばして使用する行為に相当する。なお,仮固定は,磁
石及び面状ファスナー等を組み合わせて使用してもよい。
この構成に従って,チャックで不織布を引っ張って伸ばすことができるよ
うに引張試験機にセットし,引張り試験を行う。そして,仮固定が外れたと
き又は不織布が破断したとき(一部破断も含む)の伸び量(ストローク値)
に基づいて算出した伸び率が本件訂正発明に係る不織布の伸び率である。
なお,①簡易固定具がゆっくり動き始めたときは,その時点で仮固定がで
きなくなったとみて,その時点(荷重が一定となり始めた時点)での伸び量
を採用し,②不織布が破断(亀裂を含む)したときは,荷重が急激に減少し
た時点での伸び量を採用し,③特異な現象(ストロークと荷重の相関関係が
対応しない場合)は,これを除外するものとする。
(イ)これによると,被告製品イに係る不織布の伸び率は121%,被告製品ロ
に係る不織布の伸び率は122%,被告製品ハにかかる不織布の伸び率は1
26%である。
オ乙117試験が不適切であること
乙117試験は,移動端の不織布の全辺を鋼板で挟んで引っ張っているが,
手で伸ばすという実際の使用態様を考慮しない不適切なものである。また,固
定側に使用される鋼板(JFE製カラー鋼板GL)は,建築資材,屋根材に使
用されるものであり,レンジフードに用いられている鋼板とは異なるものであ
る上,酸やアミンに弱いガルバリウムメッキがされており,レンジフードに用
いられることはない。
(被告の主張)
ア特許発明においては,公的な試験方法を用いるべきであり,繊維の場合,J
IS試験がそれに当たる。明細書に測定方法の記載がない場合は,当業者であ
れば,出願時点において知られた方法で測定すると考えることから,そのよう
な方法による測定,すなわちJISの定めによる試験によるべきであり(東京
高判平成15年(ネ)第3764号事件参照),そのように解釈されることに
より不利益が生じるとしても,それは測定方法について明確に記載していなか
った特許権者が負担すべきである。
以下のイ,ウの試験方法によれば,被告製品はいずれも構成要件Fを充足し
ない。
イ乙79試験
被告は,平成24年11月13日,第三者テスト機関である一般財団法人カ
ケンテストセンターに依頼して,被告製品についてJISの引張試験を行った。
JISの引張試験においては,不織布が破断するまでの伸びを測定し,その
うち最大応力での伸びから伸び率を求めるものであるが,この試験によるグラ
フを読み取ることで,一定の荷重(応力)の場合の伸び率も判明する。この例
により,100g(1N),150g(1.5N)における伸び率を計算する
と,次のとおりである。
荷重100g荷重150g
被告製品縦方向横方向縦方向横方向
イ101.0%106.0%101.0%111.5%
ロ100.5%107.0%101.0%113.0%
ハ101.0%107.0%102.0%111.0%
甲9試験と異なり,上記結果は,信頼できる第三者機関における試験による
ものであり,上記結果のほうが信頼できるものである。上記結果からは,被告
製品は,いずれも,「120~140%まで自由に伸びて縮む」不織布に該当
しないから,いずれも構成要件Fを充足しない。
ウ乙117試験
被告は,念のため,換気扇フィルターの実際の使用態様を考慮した伸び率の
測定をするため,次の試験を行った。
(ア)引っ張り試験機でレンジフードの試験片全体を,引張速度毎分100mm
で引っ張る。
(イ)使用する試験片の幅は600mmで,縦方向の有効長は350mmである,
この試験片の大きさは,最も普及している金属フィルターの大きさに合わせ
たものである。
(ウ)伸び率の測定の試験として,試験片の一端を鋼板で挟んで完全に固定し,
①磁石4個とマジックテープ2個で固定した場合,②磁石2個とマジックテ
ープ3個で固定した場合,それぞれについて,他端を各製品に付属する磁石
とマジックテープを用いて固定して引っ張り,磁石が動く時点での伸び率の
測定を3回行う。
この試験によると,いずれも伸び率は112%以下であり,構成要件Fを充
足しない。
エ原告の主張する各試験が不適当であること
原告は,甲9試験,甲17試験を根拠に,被告製品の伸縮率を主張するが,
甲9は,公的機関の試験条件に準拠すらしていない勝手な試験条件であり,ま
た,明細書にも何ら記載されておらず,本件特許の出願時の技術常識ともいえ
ない試験である。また,内容としても,試験条件を特定する試験(甲9の試験
2)自体が,本件特許発明の前提とする,通気口より多少短い寸法の不織布を
少し引っ張って伸ばすような使用態様に合致しない不適切なものである。
このような試験結果には何ら信用性がない。また,原告は,本件特許にいう
不織布の試験方法として,本件口頭弁論終結までに,①甲9試験の試験1,②
甲28試験,③本件判定の第1の試験,④本件判定の第2の試験,を挙げ,更
に⑤本件特許が問題となった別件の裁判では,甲28試験で荷重が異なるもの
(乙111試験)を挙げるところ,これらの試験方法はどれ一つとして同じ試
験方法といえるものはなく,原告の主張には何ら一貫性がない。
また,甲17試験では,90g,140g,160gでの試験がされている
が,なぜこのような荷重とされるのか理解できない不適切な試験であるし,試
験片の幅を大きく取ると,伸びは小さくなるところ,実際の使用態様と乖離し
た幅50mmの試験片を使っている(しかも原告は,JIS試験によるべきこ
とは否定している)点でも不適切である。
さらに原告は,甲34試験に基づき,荷重8.37Nから10.4Nまでに
対応する伸び率を主張しているが,10.4Nとは,荷重は約1040gであ
り,当初の主張の約10倍の主張である。このように原告の主張には全く一貫
性がない。
4争点1(5)(構成要件Fの「仮固定して使用したとき120~140%まで自由
に伸びて縮む」)について
(原告の主張)
ア本件明細書の【0003】には,「一軸方向にのみ非伸縮性の不織布とは特
定の方向には伸びないが,他の方向,特に非伸縮性を有する方向と直交する方
向には,不織布自体が伸びる不織布をいう」とあり,【0008】には,この
ような不織布の製造方法としては,比較的伸びにくいポリエステル等の繊維を
一方向に並べて不織布とすることによって製造可能であるし,場合によっては
自由方向に繊維が並んだ不織布に一方向に伸びにくい繊維を多数平行に入れ
て製造してもよいし,その他の周知の方法によって製造してもよい。」とある。
イこれら説明から,当業者は,当該不織布の構成を容易に理解するし,「非伸
縮」とは,全く伸縮しないという意味ではなく,自由方向に繊維が並んだ不織
布のように伸縮しないという意義であることは明白である。
ウ本件明細書の【0004】には,「一軸方向にのみ非伸縮性の不織布とは,
特定の方向には伸びないが」とあるが,そもそも不織布とは,製造方法に差異
はあれ,繊維を絡め接着することにより布状にしたものであるから,当業者は,
ここにいう「伸びない」の意義が「一切の伸びを許容しない」とは到底理解し
ないのであり,数パーセントの伸びは当然に許容すると理解するのである。
(被告の主張)
ア構成要件Fにおける「非伸縮」についての原告の主張は不明確であるが,本
件明細書の【0004】において,「ここで,一軸方向にのみ非伸縮性の不織
布とは,特定の方向には伸びないが,他の方向,特に非伸縮性を有する方向と
直交する方向には不織布自体が伸びる不織布をいう」と定義していること(ど
の程度伸びないことを非伸縮とするかの定義はないこと)からすると,「非伸
縮」との用語は,「全く伸縮しない」と解釈することが自然である。
仮にそうでないとしても,非伸縮性を示す方向とは異なる方向の伸縮性,す
なわち,伸縮する方向と非伸縮性を示す方向の伸び率として,JIS試験の破
断伸び(JISL1085)または本件判定の前記「第1の試験」により,
前者が120~140%の伸び率,後者が120%未満の伸び率となることが
必要と解される。
これによると,被告製品の伸び率は次のとおりである。
試験方法測定項目方向被告製品
イ号ロ号ハ号
JIS(L)
破断伸び縦127.5%123.6%135.5%
横139.0%154.1%164.7%
本件判定
第1試験
磁石3個
伸び
縦103.4%103.4%104.0%
横106.3%106.3%108.2%
磁石4個
伸び
縦106.3%106.3%104.0%
横106.3%106.3%109.2%
上記のとおり,「非伸縮」の意義を「全く伸縮しない」という意味にとった
場合には,被告製品はいずれの方向にも伸びるといえるし,JIS(L)10
85試験における破断伸びからはいずれも120%以上伸びるものであり,本
件判定の試験方法による伸び率の場合には,いずれの方向にも120%未満の
伸びであるから,いずれの意味においても,「一軸方向にのみ非伸縮」の意義
は満たさない。
イ甲23判決を前提とした場合の「非伸縮」の意義
(ア)甲23判決における特開平8-60515号公報に記載の発明(本件の乙
31,同判決(審決)の甲18)についての判断を前提とすると,伸度比(縦
の伸度を横の伸度で割った数。1に近づくほど,縦横の伸度が同一に近づく。)
が,0.19以上のものは含まないというべきである。
これに対し,被告製品の伸度比は,イ号製品が0.71,ロ号製品が0.
44,ハ号製品が0.49であり,いずれも0.19以上であるから,上述
の基準を前提とすると,被告製品は,いずれも「一軸方向に非伸縮」とはい
えない。
(イ)さらに,同判決における特開平8-196843号公報に記載の発明(本
件の乙24,同判決(審決)の甲4)についての判断を前提とすると,構成
要件Eにおける「一軸方向にのみ非伸縮性の不織布」は,一軸方向には縮み
も抑制されていることを前提として,張った状態では中央部分が狭くなるフ
ィルター部材は,これに該当しないとしている。
また,その後の本件特許の無効審判の審決(甲29審決)においては,「一
軸方向の非伸縮性」とは,引っ張り力が与えられたときに,一軸方向で仮に
縮みが生じたとしても通気口全体を覆うことに支障が生じない伸ばすことに
よる縮みができる限り抑制されたものであると判断されている。
被告製品は,いずれも,伸ばす方向には17%伸びるが,伸ばす方向と直
交する方向には12%も縮んでしまう製品であり,甲28試験を参照すると,
一軸方向に20~40%伸びたときには,その直交方向には20~40%以
上も縮んでいる。したがって,「一軸方向のみ非伸縮」の要件を充足しない。
5争点1(5)(構成要件Gの「一軸方向とは直交する方向に伸ばして」)について
(原告の主張)
被告製品の使用者は,フィルターが通気口の幅よりも短い場合,フィルターを
伸ばして通気口全体を覆うように取り付けるから,構成要件Gを充足することは
明らかであるし,そもそも,本件特許請求の範囲には,「不織布を伸ばして取り
付ける」との構成は含まれていない。
(被告の主張)
ア上記争点1(1)の(被告の主張)で主張したとおり,本件特許は,レンジフ
ードの通気口に金属フィルター等を介在させずに,直接覆うことが特徴であり,
そのような場合には,不織布の幅が通気口の幅より短いと,不織布を通気口に
取り付けることが不可能となり,そのために不織布を伸ばす必要が生じる。
イところが,金属フィルターを介在させる場合には,不織布が通気口の幅より
も短くても,不織布を伸ばさずに金属フィルターに取り付けることが可能にな
るから,不織布を伸ばす必要はなく,このような製品である被告製品は,いず
れも,「一軸方向とは直交する方向に伸ばして」使用するものではないから,
構成要件Gも充足しない。
6争点2(1)(本件特許に,記載不備ないし実施可能要件違反が認められるか)に
ついて
(被告の主張)
(1)非伸縮の不明瞭性
本件特許のクレーム中の「一軸方向にのみ非伸縮」との表現は,一方向に全く
伸びないという意であれば明確であるが,原告は,「非伸縮とは全く伸縮しない
という意味ではなく,自由方向に繊維が並んだ不織布のように伸縮しないという
意義である」とする。
しかし,上記説明は,製法の説明にすぎず,これから定義を導くことに技術的
根拠がない。その定義どおりに従ったとしても極めて曖昧かつ定性的な定義であ
り,判定基準が不明確であり,ある不織布が本件特許にいう特定の不織布に該当
するかどうかは当業者といえども判別することができない。本件特許の本質は,
「一軸方向に非伸縮の不織布」を用いた点にあるにもかかわらず,その定義が不
明確であるがゆえに,ある不織布が本件特許にいう特定の不織布に該当するか否
かを判別することが困難,不可能である結果,実施に際し過度の試行錯誤が強い
られるから,特許法36条4項1号の要件に違反し,かつ,同6項2号に該当す
る。
(2)伸び率の測定方法の特定がないこと
構成要件Eの「120~140%まで自由にのびて縮み」という数値限定を必
須の構成要件とした以上,その基準となる測定方法を特定する必要があるところ,
当該測定方法は,本件明細書に全く記載されていない。
また,本件特許発明の出願当時の伸びの測定方法は,主として日本工業規格の
「JIS(L)1096」が採用されているが,その中でもストリップ法,定荷
重法などがあり,いずれの場合も荷重の大きさ(測定条件)を特定すべきことが
要請されるが,本件明細書は,測定条件にも触れるところはない。この点からも,
本件特許は,実施可能要件違反,記載不備の違法がある。
(原告の主張)
(1)本件特許の特許請求の範囲の記載に明確性に欠ける点はないこと
本件明細書【0005】の「この場合,概略長さで切断した不織布が幅bより
短い場合には,不織布を少し引っ張って伸ばすことにより通気口全体を覆い,」
との説明がある。そして,本件特許にかかる物品は,レンジフードに「仮固定し
て使用」されるものであり,不織布の一端をレンジフードに仮固定し,それを押
さえつつ,他方の手で不織布の他端を引っ張りながら取付けられるものである。
このことから,当業者は,構成要件Fが,不織布の取り付け作業時に,どの程
度伸ばすことができるかを意味していることを当然に理解するのである。
また,当該構成は,仮固定の状態で不織布に掛けることができる荷重の範囲で
ある100~150g程度で不織布が120~140%伸びるかどうかを要件
とするものであり,測定条件が不明ということもない。
(2)実機可能要件違反の主張について
本件特許において,仮固定して使用したときに,不織布に掛けることができる
荷重が,100~150g程度であることは,当業者に容易に理解できるのであ
るから,過度の試行錯誤などは必要がない。
7争点2(2)(本件特許に乙21を主引例とする進歩性欠如が認められるか)につ
いて
(被告の主張)
(1)乙21に乙22発明,乙25発明を組み合わせることによる進歩性欠如(進
歩性欠如①)
ア乙21発明(主引例)
特開平3-229608号公報に記載された発明(以下「乙21発明」とい
う。)には,「排気口カバーの取付方法」と称する発明が開示され,特許請求の
範囲第1項には,「所定広さのフィルターで排気口を覆い,周囲をマグネット
ホルダーによって押さえた排気口カバーの取り付け方法」とあり,排気口(換
気扇及びレンジフード等をいう)にフィルターを被せる方法に関するものとさ
れており,難燃性の不織布を鋏等で所定広さに切断し,レンジフードの排気口
を覆い,周囲をマグネットホルダーによって押さえる構成が開示されている。
イ乙22発明
実願昭62-170893号(実開平1-75733号)のマイクロフィル
ムに記載された発明(以下「乙22発明」という。)には,「フィルタ付き換気
扇」なる発明が開示されており,その特許請求の範囲は,「換気扇本体に,そ
の前面を覆うフィルタを,繊維の方向が一方向性で,前記繰り出し方向と同方
向の不織布により構成したことを特徴とするフィルタ付き換気扇」である。
ウ乙23発明
特開平7-190434号公報に記載された発明(以下「乙23発明」とい
う。)には,換気扇用フィルターと称する発明が開示されており,その特許請
求の範囲の請求項1には,「換気扇本体の開口をふさぐに十分な所定寸法とな
り得るように形成したフィルター膜の少なくとも相対両端二辺部分に止着具
を固定してなる換気扇用フィルター。」,同2には,「上記フィルター膜を使用
時に延伸可能なように長手方向乃至短手方向に蛇腹状に圧縮形成したことを
特徴とする請求項1に記載の換気扇用フィルター。」,同3には,「止着具を当
該辺に沿う線上乃至棒状の補強部材に磁石,フック,止めピンその他の止着部
材を組み合わせた構成とした請求項1又は2に記載の換気扇フィルター。」等
の記載がある。
エ本件特許と乙21発明の対比(一致点)
本件特許の構成要件Eには,「幅広の不織布を取り付けようとするレンジフ
ードの角形の通気口に合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に
仮固定して使用する通気口用フィルター部材であって,」と規定されている。
これに対し,乙21発明には,通気が角形のレンジフードが開示され,また,
「・・実施例に係る排気口カバーの取付け方法においては,まず・・フィルタ
ーの一例である難燃性の不織布10を鋏11等で所定長さに切断し,排気口の
一例であるレンジフード12の周囲に被せ・・周囲を適当数のマグネットホル
ダーによって固定する」と記載されている。
したがって,乙21発明には,本件特許の構成要件Eが開示されている。
オ本件特許と乙21発明の対比(相違点①)
本件特許の構成要件Fと対比した場合,乙21発明には,「難燃性の不織布」
を用いることが記載されているものの,その不織布が,「一軸方向にのみ非伸
縮性で,かつ該一軸方向とは直交する方向に伸ばした状態で仮固定して使用し
たとき,120~140%まで自由に伸びて縮む合成樹脂繊維からなるもの」
(技術事項A)であることについての明記はない。
カ本件特許と乙21発明の対比(相違点②)
本件特許の構成要件Gと対比した場合に,乙21発明には,「所定広さのフ
ィルターで排気口を覆い,周囲をマグネットホルダーによって押さえた排気口
カバーの取付け方法」,「産業上の利用分野本発明は排気口(換気扇及びレン
ジフード等をいう)にフィルターを被せる方法に関する。」と記載されており,
不織布により通気口を覆う通気口用フィルター部材は開示されているが,構成
要件Gのうち,「前記不織布を前記一軸方向とは直交する方向に伸ばして,こ
の不織布により前記通気口を覆うことを可能とした」という点(技術事項B)
については明記されていない。
キ相違点が本件特許出願前から公知の技術事項であること
(ア)技術事項Aについて
乙22発明の記載は前記イのとおりであるところ,同発明には,換気扇フ
ィルタとして,ポリプロピレンやポリエステル等からなるところの繊維の方
向が一方向性の不織布により構成したもの」で,繊維の配列方向に対しては,
「延びのない若しくは極く少ないもの」が使用されているところ,この不織
布はまさに,本件特許発明にいう「一軸方向にのみ非伸縮性」の「合成樹脂
繊維からなる不織布」にほかならない。本件特許において,不織布の伸び率
の技術的意義ないし臨界的意義を何ら見いだせないことも考慮すると,技術
事項Aは,乙22発明あるいは乙29発明に記載された範囲内のものにすぎ
ず,何ら格別のものでない。
(イ)技術事項Bについて
乙25発明には,「不織布は繊維の結合によって適度の伸縮性を有している
ので,既存の深型レンジフードのフィルター部材のサイズに完全に合致して
いなくても,若干小さいシート状フィルターを伸ばした状態で取り付けでき
るものであり,既存のフィルター部材のサイズが多少異なったものに対して
も取り付けが容易である」との記載がある。
同発明には,シート状フィルターを伸ばす方向については特段の明示はな
いものの,上記のように若干小さいシート状フィルターを伸ばした状態で取
り付ける旨が開示されている以上,技術事項Bも包含されていることが明ら
かである。
ク発明の作用効果
本件特許発明の作用効果は,「不織布を多少短く切っても使用できるという
利点がある」というものであるところ,乙25発明も,「レンジフードのフィ
ルター部材のサイズに完全に合致していなくても,若干小さいシート状フィル
ターを伸ばした状態で取り付ける」とするものであり同じである。
また,本件特許は,いずれの方向にも自由に伸びる不織布を用いた場合に比
べてたるみの問題を解消する効果もあることが示されているが,乙22発明に
も,「繊維の方向が一方向性の不織布からなるフィルタは,その全般の強さを
増して,延びのない若しくは極く少ないものとなり,よって従来のもののよう
なたるみを生ずることはなく,送風羽根5への当たりも避けることができる」
との記載があり,この点の作用効果もすでに開示されている。
ケ発明の課題
本件発明は,従来技術として,平面方向に伸びない不織布が使用されていた
との前提に立って,その伸びない不織布による問題点を解決すべく,本件特許
が完成されたかのようにしているが,上記にみたとおり,そのような課題自体
が解決すみの課題を提示したものにすぎず,そこに何らの独自性もない。
コすなわち,本件特許発明は,従来技術によって既に解決済みの課題を「発明
が解決しようとする課題」として設定した上で,乙21発明のフィルター部材
として,乙22発明に示された一方向性の合成樹脂繊維からなる不織布を採用
し,乙25発明のように,不織布を伸ばした状態で取り付けてみる程度のこと
は当業者が必要に応じ適宜できることであるから,本件特許発明は,これら発
明から容易に想到し得たものである。
また,本件発明のいずれの作用効果についても,乙22発明及び乙25発明
から,当業者が予測できないような効果は認められない。
したがって,本件特許発明は,進歩性欠如の無効理由がある。
(2)本件特許は,本件特許出願前の乙21発明に,乙22,23発明に開示され
た一方向性の不織布からなるフィルターを適用したにすぎないこと(進歩性欠如
②)
ア本件特許発明の出願当時の技術水準
本件明細書の【0003】には,従来技術の問題点につき「平面方向には伸
びない不織布が使用されている」としているところ,平面方向に伸びる不織布
をレンジフードないしは換気扇の通気口に使用することは,本件特許出願前よ
り知られているし(乙22発明,乙25発明参照),多方向性の不織布をフィ
ルターとして使用することは,周知の技術事項であり(乙56ないし乙58発
明参照),本件明細書が認識する技術水準には誤りがある。
イ本件発明の本質部分
本件発明の課題は,「比較的簡便に取り付けが可能な通気口用フィルター部
材を提供することを目的とする」ものであるところ,この課題は,あくまで,
不織布が伸びることによって解決されるものである。
ウ本件発明の進歩性
本件発明と乙21発明とを対比すると,甲26審決で示されているとおり,
両者の一致点は,「幅広の不織布を取付けようとするレンジフードの通気口に
合わせて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定してこの通気口
を不織布で直接覆って使用する通気口用フィルター部材であって,前記不織布
として,難燃性のものを使用し,この不織布により前記通気口を覆うことを可
能として通気口用フィルター部材」である。
他方,両者は,①本件発明では,レンジフードの通気口が角形であるのに対
し,乙21発明では,排気口(通気口)を有するもののその形状は不明である
点,②本件発明では,不織布として一軸方向にのみ非伸縮性で,かつ該一軸方
向とは直交する方向へ伸ばした状態で仮固定して使用したとき,120~14
0%まで自由に伸びて縮み,難燃処理された合成樹脂繊維からなるものを使用
し,不織布を一軸方向とは直交する方向へ伸ばして」「通気口を覆う」のに対
して,乙21発明では「不織布として,難燃性のものを使用し」て排気口(通
気口)を覆うものの,このような事項を有していない点で異なる。
エ上記相違点①については,乙21発明の図面に実質的に開示されているので,
実質的な相違点とはいえない。
相違点②については,まず,不織布の伸縮性を利用すべく不織布を伸ばして
使用すること自体,本件特許出願前より公知ないしは周知の技術事項である
(乙25,乙23)。そして,伸縮する不織布として,多方向性の不織布と,
一方向性の不織布の二つのタイプが存在し,これらのいずれもを,レンジフー
ドの通気口に適用することは,本件特許出願前より知られていた(一方向性の
ものについて,乙22,23)。
しかるところ,乙22発明において,多方向性の不織布を用いた場合には,
「換気扇の運転時の風の流れに対しても弱く伸びが生じ,たるんで,最悪の場
合送風羽根に当たり,フィルタの破損,換気扇の故障につながる」という問題
が生じるのに対し,一方向性の不織布を使用すればそのような問題を解決,回
避できることが示されており,乙23発明にも,たるみが生じないようにする
ことが示されている。
オすなわち,伸縮性を有する不織布からなるフィルターとして,一方向性の不
織布と多方向性の不織布がともに知られていたところ,当業者が上記のような
多方向性の不織布の問題(緩みの問題)を回避することをねらって,乙21発
明の不織布として,乙22発明又は乙23発明に開示されたような一方向性の
不織布からなるフィルターを適用することについて十分な動機付けがある。
他方,「120~140%まで自由に伸びて縮む」という数値に臨界的意義,
技術的意義があることは明細書に一切開示がないところ,そのような不織布の
存在自体は公知ないし周知である(乙29,30,31,33)から,上記の
数値限定は,臨界的意義ないし特別の技術的意義を有することが必要である。
カしかして,本件特許の上記数値限定は,原告の主張によっても臨界的意義は
一切認められないから,進歩性の根拠とはなりえず,上記数値限定は,当業者
が必要に応じて適宜設定できる設計事項にすぎない。
キしたがって,本件特許発明は,当業者が乙21発明に,乙22発明,乙23
発明,乙25発明等に基づいて,容易に想到できたものであるから,進歩性欠
如の無効理由がある。
(原告の主張)
(1)乙21発明を引例として進歩性の欠如を導くことはできないこと
ア乙24発明,乙25発明に記載された技術事項
乙24発明,乙25発明は,いずれも特定の構成において,不織布を伸ばし
て使用する例が示されているものの,一般的な抽象論として,「伸ばして使用
する」ことが開示されているわけではない。
まず,乙24発明は,不織布を換気扇に直接取り付ける技術ではなく,フィ
ルターに専用のホルダー部材が取り付けられており,当該部材をフィルターカ
バーに引っかけて係止するものであり,その上で,フィルターカバーを更に取
り付けた上で換気扇に取り付けるものである。そして,専用のホルダー部材と
フィルターカバー1を利用する構成において,装置において左右を引っ張った
状態を採用したものにすぎず,乙21発明のように換気扇に直接不織布を取り
付ける構成ではないし,換気扇のフィルターに不織布を利用したときは,不織
布を左右方向に伸ばして使用することが一般的な技術常識として記載されて
いるものでもない。
また,乙25発明は,その下面の吸気口に,ガード用金網等のフィルター部
材が,吸気口を囲む開口周壁を覆う状態で張設された深型のレンジフード8に
おいて,金網性フィルター部材の片面に不織布からなるシート状フィルタ2を
取り付け,さらに金網性フィルター部材を,レンジフードに取り付けるもので
あり,そもそも乙21発明のように,換気扇に直接不織布を取り付ける構成で
はないし,換気扇のフィルターに不織布を利用したときには,「不織布を左右
方向に伸ばして使用する」ことが一般的な技術常識として記載されているもの
でもない。
イ乙21発明に,乙24発明,乙25発明に記載された技術事項を適用する動
機付けがないこと
仮に,乙24発明,乙25発明に,「不織布を左右方向に伸ばして使用する」
ことが記載されているとしても,このような技術事項が,乙21発明に適用さ
れる動機付けは存在しない。
すなわち,乙21発明には,そもそも本件発明の課題である,「排気口への
フィルター取り付け方法に使用されている不織布には平面方向に伸びない不
織布を使用しているので,取り付けようとする通気口に合わせて不織布を切断
する必要があり,所定の幅より短い場合にはフィルターとして使用することが
できず,長い場合には,再度切断し直す必要があり,極めて面倒であるという
問題が開示されていないし,それを示唆する記載もない。
また,乙24,25発明は,上記アに述べたとおりの発明であって,乙21
発明のように,換気扇に不織布のフィルターを直接取り付けるものではないか
ら,課題を共通にする前提を欠いている。
したがって,乙21発明に,乙24,25発明に記載された技術事項を適用
する動機づけは存在しない。
(2)「120~140%まで自由に伸びて縮む」の技術的意義について
そもそも,本件特許発明は,一軸方向に非伸縮性を有する不織布を採用するこ
とによって,不織布を,「角形の通気口の一方の幅aにのみ長さを合わせて,通
気口の他方の幅bについては概略長さで切断した場合にも通気口全体を覆うこ
とができるようになり,装着の手順を簡易にすることを特徴とするものである。
したがって,数値範囲云々にかかわらず,適正な範囲の伸度を有する不織布を採
用した点に技術的価値があるものである。
また,伸度の範囲についても従来同様な製品が存在しない状況から,使用者が
概略長さで切断した場合に,通気口の幅寸法とどの程度の齟齬が生じるかを研究
し,「120~140%という数値範囲を選択したのであるから,この点に技術
的価値がないとは到底言えない。
8争点2(3)(本件特許に公然実施(被告が,被告製品と同様の製品を本件特許の
出願前から販売していたこと)の無効理由が認められるか)について
(被告の主張)
(1)被告による被告製品の製造販売
被告(被告が吸収合併した東洋アルミホイルプロダクツ株式会社を含む)は,
次のフィルター製品を製造販売していた。
①平成6年ころから平成9~10年ころまで,製品番号2545番の「とりか
えフィルターフリーサイズ」
②平成7年ころから平成9~10年ころまで,製品番号2525「レンジフー
ドフィルターフリーサイズ専用取付け磁石つき」及び,製品番号2526「と
りかえ専用レンジフードフィルターフリーサイズ」
③平成10年ころから平成14年ころまで,製品番号2519「とりかえ専用
フリーサイズフィルター」及び製品番号2518「フリーサイズフィルター取
付磁石つき」
④平成13年から平成18年まで,製品番号2710「とりかえ専用ふんわり
フィルターフリーサイズ」,製品番号2711「お徳用10回分とりかえ専用
ふんわりフィルターフリーサイズ」及び製品番号2709「ふんわりフィルタ
ーフリーサイズ取付磁石つき」
⑤平成17年から現在まで,製品番号2781「60cmに切れてるふんわり
フィルター取付磁石付」(被告製品イ),製品番号2782「お徳用10枚入り
とりかえ専用60cmに切れてるふんわりフィルター」(被告製品ロ),製品番
号2776「お得用15回分とりかえ専用フィルターフリーサイズしなやかタ
イプ」(被告製品ハ)
(2)上記各製品に使用される不織布について
上記(1)の被告のフィルターには,いずれも,一貫して,呉羽テック株式会社
の「#290シリーズ」の不織布が使用されている。同シリーズは,換気扇用フ
ィルター用途として,被告に提供が開始される以前の昭和40年代から生産され
てきたものである。同シリーズには,「RE」,「REH」などの枝番が付けられ
ているが,製造当初から,生産設備や不織布の生産方式(ケミカルボンド方式)
は全く同じであり,コスト削減や風合い変更のための仕様変更は行っても,大き
な工程変更を伴っていないため,得られた不織布の物性に及ぼす影響はほとんど
ないし,伸度比についてはほとんど変更がない。
(3)原告の認識
ア原告(原告の前身であるカースル産業株式会社)は,差出日平成6年12月
16日に被告に対し通知書(乙88)を送付しており,そこには,被告が,(1)
①の商品を販売している事実を原告が認識している旨の記載がある。
イ原告が,平成15年8月8日付けで被告に送付した回答書兼通知書(乙89)
には,(1)④の製品番号2709及び製品番号2710の商品について本件特
許の技術的範囲に属すると原告が認識している旨の記載がある。
(4)被告(東洋アルミホイルプロダクツ株式会社)は,本件特許の出願前から,
被告製品と同様の伸度比のフィルター製品の実施の準備のみならず,実際に製造
販売をしていたのであるから,被告製品が本件特許の技術的範囲に属するのであ
れば,被告製品と同様の被告のフィルター製品が本件特許出願前から市場に流通
していたのであるから,本件特許発明は特許法29条1項2号の「特許出願前に
日本国内又は外国において公然実施をされた発明」に該当する。
したがって,本件特許は,特許法29条1項2号に違反して特許されたもので
あるので,特許法123条1項2号の規定による無効理由がある。
(原告の主張)
被告の主張を否認する。
本件特許の出願日は平成8年10月8日であるから,被告主張の各製品のうち,
公然実施の根拠として意味があるのは(1)①と②の各製品のみである。そして,
そもそも,①,②の製品が販売されており,かつ本件特許の技術的範囲に属する
ものであることを裏付ける客観的証拠はない。
なお,被告は,参考品①,②(そのパッケージは乙80のとおり)が①,②の
製品にあたると主張するが,その真実性はともかく,この参考品を被告なりに試
験した,乙79試験及びこれを読み取った結果(乙87)によると,①,②の製
品の伸び率のデータは次のとおりである。
荷重100g荷重150g
縦方向横方向縦方向横方向
①の製品100.5%102.0%100.5%103.0%
②の製品100.5%101.5%100.5%103.0%
この試験方法の適否や被告製品の試験結果については,原告は意見を留保する
が,上記製品に関しては,横も縦もほとんど伸びていないのであるから,本件特
許にいう「一軸方向にのみ非伸縮性」を有する不織布が使用されていなかったこ
とを示しているから,①,②の製品があることをもって,本件特許の技術的範囲
に属する製品が,本件特許の出願前に公然実施されていたということはできない。
9争点3(被告製品の販売につき,先使用の抗弁(特許法69条2項2号)が認め
られるか)について
(被告の主張)
前記4のとおり,被告は,本件特許の出願に先立つ平成6年から,前記4(被
告の主張)(1)の①から⑤の製品を製造販売してきた。
よって,被告は,本件特許出願前に,フィルター製品を独自に開発して製造販
売しているので,特許法79条の先使用の要件である,「特許出願に係る発明の
内容を知らないで自らその発明をし」との要件を満たす。また,被告が,本件特
許出願前から現在まで継続して被告のフィルター製品を製造販売しているから,
「特許出願の際,現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている」
ものにあたる。
さらに,被告製品は,本件特許の出願前に製造販売されていた被告のフィルタ
ー製品と発明の同一性を失わない範囲で実施されていたから,「その実施をして
いる発明及び事業の目的の範囲内」との要件も満たす。
以上のとおり,被告製品が本件特許の技術的範囲に属するのであれば,東洋アル
ミホイルプロダクツ株式会社は,その実施をしている発明及び事業の目的の範囲内
において,本件特許権について先使用による通常実施権を有しているといえ,被告
は吸収合併によりこの通常実施権を承継している。
よって,被告は,イ号ないしハ号製品を実施する正当な権限を有する者であるから,
被告への本件特許の特許権に基づく権利行使は制限されるべきものである。
(原告の主張)
前記8(原告の主張)と同様である。
10争点4(差止めの必要性及び原告の被った損害額)について
(原告の主張)
(1)特許法102条2項に基づく被告の利益
ア被告製品の販売数量
被告は,平成19年3月1日から,平成25年9月30日までの間に,被告
製品をそれぞれ次のとおり販売した(POSデータに基づく主張)。
平成19年3月13
日から平成22年
3月12日まで
平成22年3月13
日から平成25年
9月30日まで
合計
被告製品イ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
被告製品ロ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
被告製品ハ●●●●●●●●●●●●●●●●●●
イ原告は,被告製品と同等の製品を販売するものであるところ,その利益率は
おおむね同じと考えられるから,原告の同等品の利益率である33.6パーセ
ントが,被告製品の利益率となる。
ウ被告は,販売価格を,被告製品イにつき459円,被告製品ロにつき593
円,被告製品ハにつき763円として,各製品を販売している。したがって,
被告製品を販売することにより得た収益の総額にイの利益率を乗じた額は,次
のとおりであり,その合計は,●●●●●●●●●●●●である。
平成19年3月13
日から平成22年
3月12日まで
平成22年3月13
日から平成25年
9月30日まで
合計
被告製品イ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
被告製品ロ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
被告製品ハ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
エPOSデータ加入店以外の店舗等による販売による被告の利益
被告は,自社のウェブサイトや,各社のインターネット販売サイトにおいて,
被告製品を販売しており,また全国の小売販売店の全てがPOSデータに加入
している訳ではなく,未加入のチェーン店や小売店での販売数量も相当程度あ
るものと推測されるから,これら販売路による販売による被告の利益は,上記
ウの合計金額の1割である●●●●●●●●●●を下らない。
オしたがって,特許法102条2項に基づく原告の損害の総計は,合計●●●
●●●●●●●●●を下らない。
(2)弁護士,弁理士費用
原告は,本件訴訟を提起するに当たり,弁護士及び弁理士に依頼して着手金及
び報酬を支払うことを約した。
本件において相当な弁護士,弁理士費用は,1億8000万円である。
(3)損害賠償請求
被告の不法行為に基づく損害賠償額は前記合計●●●●●●●●●●●●●
となり,被告は,本訴において,この一部である9億円及びうち1億円に対する
平成22年3月1日から支払済みまで,うち8億円に対する平成25年11月3
0日から支払済みまで,民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求め
る。
(4)差止請求
原告は,被告に対し,特許法100条1項に基づき,被告製品の製造販売の差
止めを求め,同条2項に基づき,その廃棄を求める。
(5)消滅時効の主張に対する反論
被告の問題とする期間中は,特許庁においては無効審判が出され,これが審決
取消訴訟によって取り消されるという経過にあったものであるところ,このよう
な状況において消滅時効を援用することは権利濫用に当たる。
(6)寄与率の主張に対する反論
被告の主張するような事情が,推定覆滅事情に該当することは争う。
本件発明は,切断された不織布が通気口の幅より長い場合であっても,逆に短
い場合であっても,切断された不織布により通気口を確実に覆うことができる点
において,価値が極めて高いものである。
(7)不実施の主張に対する反論
そもそも商品の外装に標記がないことをもって原告が本件特許を実施してい
ないということはできない。
(被告の主張)
原告の損害の主張は争う。
(1)販売数量,価格,利益率について
ア(原告の主張)(1)アに記載の販売数量は,被告が同期間に販売した被告製
品の総量として認め,別途エのような販売があることは否認する。
イまた,利益率については,当事者間において,これを1個当たり●●●とす
ることは平成25年10月11日の弁論準備手続期日において争いがないも
のとなっていたところ,(原告の主張)(1)イに記載の利益率は,本件の口頭弁
論終結の日に陳述された平成25年11月29日付け原告準備書面で突然主
張したものであり,時期に遅れた攻撃防御方法に当たる。
ウ販売価格については,原告の主張は,被告の卸売価格と乖離しており,争う。
(2)消滅時効の援用
原告は,本件訴状において,平成19年3月13日から,平成22年2月末日
までの損害を問題としているから,この部分についてのみ訴え提起により時効中
断が生じ,平成22年3月1日からの損害については,消滅時効が進行している。
原告の追加分にかかる訴え変更申立てが裁判所に到達したのは平成25年1
1月30日であるから,平成22年3月1日から,平成22年11月29日まで
の分は消滅時効が完成している。被告は,この消滅時効を援用する。
(3)寄与率
被告製品は,商品パッケージに伸ばして使用することは全く記載されておらず,
また購入者は購入前に不織布の伸縮性を開封して確認することはないから,需要
者の購入動機に本件特許の技術的特徴は全く寄与していない。むしろ,被告製品
イ,ロは,60センチメートルに切れていることが購入動機として寄与している
ものである。
したがって,被告製品に対する本件特許の寄与率は,全くないか,あってもせ
いぜい10パーセントである。
(4)原告の本件特許の不実施
原告もレンジフードフィルターを製造販売しており,本件判定に用いた製品パ
ッケージには「伸ばして使える」旨を明記していたが,その後は,フィルターを
伸ばして使うことは記載されておらず,原告は本件特許を実施しているといえな
い。
すなわち,被告製品と原告製品は相互補完関係になく,原告に損害は発生して
いない。
第5判断
1被告製品の構成,構成要件E及びG(争点1(1),(2)及び(5))について
(1)被告が,遅くとも平成19年3月からJANコードにより特定されている被
告製品イ,ロ及びハを製造等していることは前記前提事実のとおりであり,被告
製品が,幅広の不織布を取り付けようとするレンジフードの角形の通気口に合わ
せて切断し,切断した不織布の周囲を前記通気口に仮固定して,この通気口を不
織布で覆って使用する通気口用フィルターであること,及び前記不織布は難燃処
理された合成樹脂繊維からなることは,当事者間に争いがない。
(2)原告は,被告製品イ,ロ及びハと同等の構成を有するフィルター装置も広く
本件訴訟の対象である旨主張するが,JANコードにより特定される被告製品と
は別に,被告がそのようなフィルター装置を製造していると認めるに足る証拠は
なく,原告の主張は採用できない。
(3)被告は,被告製品が構成要件Eの「直接覆って」及び構成要件Gの「直交す
る方向に伸ばして」を充足しない旨主張する(争点1(2)及び1(5))。被告の主
張は,本件特許発明が金属フィルターやフィルターカバーを有しないレンジフー
ドの通気口に使用するものであるとして,金属フィルターやフィルターカバーが
存する場合に限り使用することを予定した被告製品は,構成要件E及びGを充足
しないとするものである。
しかしながら,本件特許発明は,レンジフードの通気口に取り付けるフィルタ
ーに関するものであるところ,本件明細書の記載を参照しても,構成要件Eの「直
接覆って」とは,フィルターを通気口に取り付ける際に,他の物を介することを
要しないとの趣旨に解しうるにとどまり,フィルターそれ自体ではなく,取付け
の対象となるレンジフードに金属フィルター等が存しない場合のみを前提とす
る文言と解することはできない。同様に,構成要件Gの「直交する方向に伸ばし
て」についても,フィルターそれ自体がそのような性質を有していれば足り,レ
ンジフードに金属フィルター等が存しない場合のみを前提とするものと解する
ことはできない。
(4)以上によると,被告製品は,本件特許の構成要件E及びGについては,これ
を充足すると認められる。
2構成要件F(争点1(3)及び(4))について
(1)意義
被告は,「120~140%」の意義について,自然長の2.2倍から2.4
倍まで伸張するとの意味であると主張する。しかしながら,本件明細書の【00
05】に,「概略長さで切断した不織布が,幅bよりも短い場合には,不織布を
少し引っ張って伸ばす」との記載があることから,この場合の120から14
0%の伸び率は,自然長の1.2倍から1.4倍まで伸張する趣旨と解するのが
合理的である。
(2)本件で示された不織布の伸縮性の測定試験等について
本件において,被告製品に使用される不織布の伸縮性について,次のとおりそ
の測定方法,試験方法及び試験結果がされている。
ア甲9試験
(ア)甲9試験は,本件訴訟提起後,原告の従業員によって実施されたものであ
り,2通りの試験と,その結果が示されている。
(イ)試験1の手順はおおむね次のとおりである
①被告製品から,直交する方向で2種類の試験片(その寸法は,幅50ミ
リメートル,つかみ間隔200ミリメートル)を作成する。
②紙片片の一端を,金属板等で挟み込んで動かないように固定し,他端は
プッシュプルゲージの取り付けられた移動可能な固定具に,同様に不織布
が動かないように固定する。
③プッシュプルゲージを引っ張り方向に移動させる(この移動速度は不明
である。)ことにより試験片に荷重を与え,荷重が100g及び150gに
なった時の試験片のつかみ間隔の寸法を記録する。
(ウ)甲9によると,その結果は,次のとおり示されている。
荷重100g荷重150g
被告製品横方向縦方向横方向縦方向
イ140.0%105.5%172.0%107.0%
ロ130.0%104.5%145.0%105.5%
ハ115.5%103.7%119.0%105.0%
また,他の製品(本訴提起時に原告がその対象商品とし,後に撤回した「シ
ールみたいに簡単きれいパッと貼るだけ」)を対象として同じ手順で試験され
た結果は次のとおりである。
荷重100g荷重150g
横方向縦方向横方向縦方向
102.2%100.5%103.2%100.7%
(エ)試験2の手順は次のとおりである。
①被告製品の不織布を換気扇に取り付ける程度の適当な寸法に裁断する。
②不織布の一端を,換気扇の金属フィルターの一端に合わせて置き,その
一端を手で押さえられる範囲で押さえ,他端の一方の端を,渡りが数セン
チのクリップでつまむ。
③クリップを,プッシュプルゲージを介して,不織布を広げる方向に引き,
数値を読み取る。
なお,この試験において,②の状態で,不織布の元の幅が,金属フィルタ
ーの幅に比してどの程度であったのか,③において,引く際の加速度はもと
より,いかなる時間荷重を加え,あるいは不織布をどこまで伸張させるのか
についての記載はない。
(オ)甲9によると,これにより「換気扇フィルターに取り付ける状況を再現」
できたものとして,「不織布を換気扇に取り付ける場合の荷重」が100~1
50gであるとした。
イ甲17試験(甲17)
甲17試験もまた,原告の従業員が,本訴提起後に作成したものである。
甲17試験は,測定方法は,引っ張り試験(JIS(L)1085)と同じ
条件で,引っ張り試験器で測定を行い,プッシュプルゲージの目盛が,規定の
トルク(90g,140g,160gであり,これ以上のトルクは破断する製
品があるため,測定不能であるとする。)になった時に一時停止を行い,伸び
寸法を計測した,とするものである。
ウ甲30等試験(甲28,30ないし32,弁論の全趣旨)
(ア)甲30等試験の手順は,次のとおりである。
①被告製品から不織布を縦方向,横方向に試験片(幅50mm,長さ切り
出し,試験片の一端は目玉クリップで挟んで固定し,他端は重りを取り付
けた目玉クリップ(クリップを含む全体の重量が150g)で挟んで固定
する。
②試験片をつり下げることで試験片に荷重を加え,つり下げた直後の試験
片の長さを伸び量として測定する。
(イ)甲30等試験においては,上記①の取り付けの際は,試験片を台等の上に
おいて取り付け,その後それを鉛直に吊り下げるものと思われるが,その際
にどのように不織布に荷重を加えるのか等についての記載はない。もっとも,
第18回弁論準備手続期日における原告の技術説明によると,少なくとも鉛
直につり下げた直後は,重りは自由落下に近い状態にあるものと思われるが,
水平状態から,鉛直方向に安定した力が加わるまでに,不織布に作用する力
を厳密に明らかにする記載は,甲30ないし32からはうかがわれない。
また,「つり下げた直後」というのが具体的に何秒後であるのかは不明であ
る(真に直後であれば,伸びは限りなく零に近いと思われるが,そのような
趣旨で記載しているものではないことは明らかである。そうすると,目盛り
を読み取るべき「直後」とはどの時点を指すのかは,甲30等からは不明で
ある。)。
そして,上記の点は,一定時間経過後の不織布の伸びを測定したとする甲
28試験についても該当する。
エ甲34試験(甲34,弁論の全趣旨)
甲34試験は,原告従業員が,福岡県工業技術センター化学繊維研究所備え
付けの機器を使用して,3種類の試験を行ったものである。うち1種は,乙1
17試験で用いられた鋼板と磁石の引っ張り強度の対比試験であり,不織布の
伸びに関する試験としては2種類ある。
(ア)試験1の手順
試験1は,乙117試験が,移動端のつかみが全幅にわたっているのに対
し,手でつまむ動作を模したものと思われる。その手順は次のとおりである。
①縦460mm,横600mmの試験片(被告製品イ,ロは,原寸のまま
とし,被告製品ハは,ロールタイプのため,裁断機にて裁断する
②一端を,亜鉛鍍金鋼板に,被告製品イに付属する磁石4個で固定する。
③他端の中央に,幅32mmのダブルクリップを付け,そのクリップを引
張速度毎分100mmにて,オートグラフ精密万能試験機で,試験片を引
っ張る。
④不織布の繊維斑で引張り力,磁石の保持力を考慮したポイントを最大荷
重とし,その時のストロークを伸び寸法とする。
ただし,上記ポイントの選択基準は,甲34号証の記載からは明らかで
ない。
(イ)試験1の結果として,次の記載がある(3回の試行の平均)。
被告製品伸び量(mm)伸び率(%)荷重(N)
イ87.09120.699.79
ロ91.53121.748.88
ハ108.64125.8110.12
(ウ)試験2
試験2は,被告製品のフィルターを,120%伸ばした状態で鋼板に磁石
で固定できるかどうかを判定するものである。
いずれも120%伸ばした状態で固定できたとするが,140%まで伸ば
した実験結果はない。
オ本件判定の試験(乙10,11)
(ア)本件判定の概要は,前提事実(5)に記載のとおりであり,2種類の試験方
法が記載されている。
(イ)第1の試験方法
①矩形(角形)にカットしたフィルター素材の一端部を金属鉄板に乗せ,
磁石を3個または4個を鉄板の上に置いてフィルターを固定する。ただし,
矩形の大きさは不明である。
②他端側を,素材に幅方向に均等に力が作用するようにひもを通した紙管
にガムテープで3か所を止め,ひもにプッシュプルゲージを取り付けて所
定の力で引っ張る。
③磁石が動いたときの伸びを測定する。
(ウ)第2の試験方法
①フィルター素材を幅5cm,長さ20cmに切断し,この試験片の一端
部をクランプに固定し,その他端部を,プッシュプルゲージを介してこれ
を引き延ばす方向に引っ張る。
②素材が破断したときの伸びを測定する。
(エ)特許庁審判官の判定における見解
特許庁審判官は,本件訂正前特許の構成要件につき,①「仮固定」につい
て,マグネット,面状ファスナー,クリップ等の簡易固定具であって,通気
口へのフィルターの取り付け,取り外しが容易に行えるような固定を意味す
るものと解される,②「一軸方向にのみ非伸縮性」とは,特定の方向には伸
びないが,非伸縮性を有する方向と直交する方向には不織布自体が自由に伸
びることを意味し,その伸びとは,具体的には約120~140%程度であ
ると解される,とした上で,本件発明のフィルター部材は,一軸方向に伸ば
した状態で,磁石などで仮固定して使用することを前提とするものであるか
ら,本件発明でいう「伸縮性」とは,第2の試験結果が示す伸び率ではなく,
第1の試験によって得られる伸び率によって評価されるべきと解される,と
の見解を示した。
カ乙12試験(乙12)
(ア)乙12は,被告において,本件判定における試験手順をもとにして,被告
製品に対する試験を行ったものである。
(イ)第1の試験の手順(ただし,本件判定に記載のない条件については,被告
において適宜補充している。)
①試験片の寸法を300mm×300mmとし,磁石は,被告製品に同梱
されている磁石を用いる。
②磁石の配置位置は,試験片の引張方向の配置位置を不織布の端部から2
0mmの位置とし,幅方向の配置位置は,磁石3個の場合には,50mm,
150mm,250mmの位置とし,磁石4個の場合には,20mm,1
00mm,200mm,280mmの位置とする。
③幅方向と直交する方向にプッシュプルゲージで試験片を引っ張り,試験
片に配置した磁石の1つが目視確認できるレベルで動き出したときの不織
布の伸びを測定する(N=2)。
(ウ)第1の試験の結果は,次のとおりとされている。
方向被告製品
イロハ
磁石3個
伸び
縦103.4%103.4%104.0%
横106.3%106.3%108.2%
磁石4個
伸び
縦106.3%106.3%104.0%
横106.3%106.3%109.2%
(エ)第2の実験は,JIS(L)1085の試験としている。その結果は次の
とおりとされている。
方向被告製品
イ号ロ号ハ号
縦127.5%123.6%135.5%
横139.0%154.1%164.7%
キ乙79試験(乙79,82)
(ア)乙79試験は,公証人立ち合いのもと,市場で調達した被告製品及び被告
が本件特許の出願前から製造販売していたとする参考品(前記第3の4(被
告の主張)①の製品)について,一般社団法人カケンテストセンターにおい
て,JIS(L)1096ストリップ法に即した試験をしたものである。そ
の手順は次のとおりである。
①被告製品の縦46cm,横60cmの1枚のフィルターより,横50m
m,縦300mmの試験片を切り出す。
②引っ張り試験器(UNIVERSALTESTINGINSTRU
MENT,型番「RTG-1250」)の試験台のチャック間距離を200
mmにセットした後,試験片1枚を装着し,引張速度を100mm/分に
設定する。
③引っ張り試験機により試験片に荷重をかけ,試験片が破断状態になった
ところで測定を終了し,荷重と伸びの相関をグラフで得る。
(イ)その結果は,次のとおりとされている。
方向被告製品(伸びた量の比率)
イロハ
縦20.0%23.2%22.5%
横43.4%48.9%52.3%
(ウ)また,上記(ア)③のグラフから,100g(約1N),150g(1.5N)
の荷重時の被告製品の不織布の伸びを参照したものは,次のとおりである。
荷重100g荷重150g
被告製品縦方向横方向縦方向横方向
イ101.0%106.0%101.0%111.5%
ロ100.5%107.0%101.0%113.0%
ハ101.0%107.0%102.0%111.0%
ク乙117試験(乙117,119)
乙117試験は,被告製品について,縦方向の伸び率を,引っ張り試験機を
用いて測定するとともに,120%及び140%まで,各被告製品を伸ばした
時の製品の形状を検証するものである。なお,同試験は,株式会社エフシージ
ー総合研究所に委託して行われた。
(ア)引っ張り試験の試験手順
①市販されている被告製品を用意し,被告製品イ,ロについては,幅60
0mmとなっているものをそのまま使い,被告製品ハについては,600
mm付近の切れ目の位置を鋏で切断し,試験サンプルとする。
②試験片の600mmの辺を固定端,移動端とし(伸び率の比較的高い方
向である(乙79参照),600mmの辺と直交方向に引っ張る),引っ張
る有効長を350mmとし,端から55mm,及びそこからさらに350
mmの間隔で二本の直線でマーキング線を入れる。
③試験片の上端のマーキング線を,島津製作所製卓上試験機EZ-Lの上
側治具に,ネジで固定する。
④同じく,下側は,JFE製カラー鋼板を治具とし,磁石とマジックテー
プで固定するものとし,磁石4個を使用する場合は,左右2個の磁石の中
間に位置するようにマジックテープを合計2枚貼り,磁石を2個使用する
場合は,両端と中央にマジックテープを3枚貼る。
⑤引張速度100mm毎分で引っ張り,目視で磁石の状態を観察し続け,
いずれかの磁石が動いた瞬間の引張試験機のストローク値を記録する。磁
石が4個あるため見落としする可能性があるため,伸び量と張力のグラフ
から,直線性が変化する部分を抽出し,目視の値と比較して,小さいほう
の値を磁石が動いた伸び量とする。
(イ)引っ張り試験の結果
上記試験の結果(3回の試行のうち,最も高い伸び率を示したもの。)は,
次のとおりである。
被告製品磁石4個磁石2個
イ109%106%
ロ111%108%
ハ112%108%
ケJIS(L)1085に定める試験方法(甲10)
JIS(L)1085における不織布しん地試験方法は,標準時の「引っ張
り強さ及び伸び率」の試験方法を概要次のとおり定めている。
(ア)装置荷重とつかみ間隔を自動記録できる装置の付いた定速伸長形引張
試験器で,JISB7721に規定する精度のあるもの
(イ)手順
①試料から幅が50±0.5mmで,つかみ間隔を200mmにできる長
さ(例えば,300mmの試験片を,試料の耳から100mm以上離れた
位置で,かつ,均等に離れた位置から,縦方向及び横方向にそれぞれ5枚
採取する。
②試験片を初荷重で引っ張り試験機につかみ間隔を200mm±1mmで
取り付ける。
③100±10mm/分の引っ張り速度で,試験片が切断するまで荷重を
加える。
④試験片の最大荷重時の強さを0.1Nまで測定するとともに,最大荷重
時の伸びを1mmまで測定し,この伸びから伸び率を求める。伸び率は,
0.5パーセントの単位に丸める。
(3)「120~140%まで自由に伸びて縮む」について
ア本件発明の課題は,本件明細書の【0003】によると,従前フィルターに
用いられる不織布が,平面方向に伸びないものであることを前提として,その
ような不織布を切断して使用する場合に,切断した結果,通気口の幅に足りな
い場合に,使用することができないという課題を解決するためのものであると
認められる。
一方で,切断した不織布が通気口の幅を超える場合には,特許請求の範囲に
はその解決に資する構成はなく,課題解決手段【0005】において,そのは
み出し部分を切断し,あるいは折り曲げるとして,何らの解決手段を与えてい
ないから,本件特許の技術的意義とは無関係である。
したがって,本件特許の技術的意義は,不織布を切断した結果,通気口の一
辺の幅に足りない場合に,これを伸ばして調整できる性能を有する不織布を換
気扇用フィルターに使用したことにあるものと考えられる。
イそして,本件発明は,その構成及び明細書の記載からして,そのように通気
口よりも短い幅で切断された不織布を,使用者において,「仮固定して使用し
たとき」に,「120~140%まで」,使用者自らの手等で伸ばして通気口に
装着させることが想定されていると認められ,かつ,上記「仮固定」について
は,本件明細書の【0009】において,「通気口12の幅aの一方側の端部
14に一致させた状態で簡単に取っ手付き磁石15によって固定できる。この
状態で,不織布13を通気口12に向けて貼り付ける」とあり,【0013】
には,「不織布の周囲の固定は取っ手付磁石15によって固定したが,鉤状フ
ックを有する面状ファスナー,クリップ等の簡易固定具で不織布の周囲を通気
口に固定する場合であっても本発明は適用される」とあるので,仮固定の手段
は,「磁石,面状ファスナー」などの固定具が想定されていると認められる。
ウまた,本件特許の特許請求の範囲においては,「120~140%まで自由
に伸びる」とされているのであるから,使用者が,不織布を切断した結果,通
気口の幅に約16.7~28.6%足りない場合であっても,通気口に装着可
能な性能を有し,かつ,また,上記の使用態様に鑑み,使用者において,「自
らの手等で伸ばして通気口に装着させる」程度の荷重,ないし「仮固定」が維
持できる状況において,少なくとも120%は伸張でき,かつ140%まで伸
長できる性能を有している必要があると解される。
エ上記性質を有する不織布かどうかの判定手段
(ア)上記認定にかかる本件特許における不織布の使用態様を考慮すると,前記
3に認定した各種試験のうち,実際に用いられる幅の不織布の一端を磁石及
び面状ファスナーで「仮固定」して他端を引っ張り,磁石がずれたとき(「仮
固定」状態から逸脱したとき)の伸びを測定する乙117試験が,その想定
に最も近似し,客観的かつ再現性の高い判定手段であるというべきである。
原告は,乙117試験につき,つかみ幅が不適切であること,使用する鋼
板の種類が適切でないことを指摘するが,つかみ幅については,原告自ら本
件判定において不織布の大部分を固定して荷重を掛ける方法によって測定し
ているのであるから,乙117試験を不適切とする根拠はないというべきで
あるし,乙117試験に用いられた鋼板がレンジフードに用いられることが
ないと認めるに足りる証拠もないから,失当である。
(イ)この点に関し,被告は,本件明細書に試験方法の記載がない以上,JIS
試験によるべきであるとするが,被告の指摘するJIS試験は,本件特許発
明における使用態様と必ずしもそぐわないのであって,上記のとおり,当業
者に判定可能な試験方法が明細書の記載から考えられる本件においては,J
IS試験の結果をもって,直ちに非充足の結論を導くことは相当でないとい
うべきである。
オ原告が提出した試験の問題点
本件において,原告は,上記判定手段として,それぞれ内容の異なる甲9試
験,甲17試験,甲30等試験,甲34試験の結果を証拠として提出している。
この点,甲9試験においては,上記の「自らの手等で伸ばして通気口に装着
させる」程度の荷重が100~150gであることを前提としており(原告は,
換気扇フィルターを取り付ける際には,力をかけにくい,不自然な姿勢になり
がちであると主張し,その旨の証拠(甲14)も提出している。),また,原告
はこれを前提として伸び率の測定の主張を行い,甲30等試験が実施されてい
るところ,これ自体に直ちに疑義が生ずるものではない。しかし,同試験の試
験1は,試験片の寸法がJIS試験に準じたものであって,実際に使用される
寸法とそぐわないものである上,引っ張り速度が不明であって,再現性,客観
性に乏しく,これを伸び率の根拠として用いることは適切でない。甲17試験,
甲30等試験も同様の問題を有するほか,甲30等試験では,「つり下げ直後」
がいかなる時点を有するかも自明でないことは前記に記載したとおりである。
甲34試験は,再現性においては客観性があると評価はできるものの,被告
製品が140%まで伸ばすことができることの証拠にはならないし(むしろ,
そうでない証拠であるというべきである。),120%まで伸ばすに必要な荷重
は約9~10Nに達しており,前述の,原告自らが主張してきた,「自らの手
等で伸ばして通気口に装着させる」程度の荷重が100~150gであること
と完全に矛盾するものとなっており,結局,甲34試験の結果をもって,被告
製品の不織布が,構成要件Eに定める伸び率であることを根拠づけることはで
きないし,乙117試験の妥当性を左右するものでもない。
カ結論
以上によれば,被告製品の伸び率は,乙117試験の結果に照らし,最大でも
112%にとどまると認められ,被告製品が「120~140%まで自由に伸び
て縮む」ことを証明する的確な証拠はなく,結局,被告製品は,いずれも,構成
要件Fを充足するとは認められない。
(4)「一軸方向にのみ非伸縮性」について
ア原告は,「一軸方向にのみ非伸縮性」の意義について,「自由方向に繊維が並
んだ不織布のように伸縮しない」という意義であることを前提として,被告製
品がいずれもこの要件を充足することを主張するのに対し,被告は,「非伸縮」
とは①全く伸びないことをいう,②仮にそうでないとしても,非伸縮性を示す
方向とは異なる方向の伸縮性,すなわち,伸縮する方向の伸び縮みとの対比か
らみて,JIS試験の破断伸び(JISL1085)において「120%未
満の伸び率」であることである,③甲29審決に示された,引っ張り方向の引
っ張り力が与えられたときに,一軸方向に仮に縮みが生じたとしても通気口全
体を覆うことに支障が生じないことを意味するとして,被告製品が,本件特許
の構成要件Fにいう,「一軸方向にのみ非伸縮性」の要件を備えない旨主張す
る。
イ本件特許のクレーム中の「一軸方向にのみ非伸縮性」とは,その文言から,
「一軸方向には非伸縮性であり,当該一軸方向以外の方向には伸縮性を有す
る」ものと理解できる。本件明細書の【0004】に,「特定の方向には伸び
ないが,他の方向,特に非伸縮性を有する方向と直交する方向には不織布自体
が伸びる不織布をいう」こととされていることとも整合する。「非伸縮」は,
文言上は,「伸縮しない」ことを意味するが,本件明細書には,非伸縮性を有
する不織布の製法として,【0008】に,「比較的伸びにくいポリエステル等
の繊維を一方向に並べて不織布とすることによって製造可能であるし,場合に
よっては自由方向に繊維が並んだ不織布に一方向に伸びにくい繊維を多数平
行に製造してもよい」と記載され,当該方向に一切伸びないものとはされてい
ない。
そうすると,非伸縮とは,力を加えても伸縮しないことを意味するものであ
るが,全く伸縮しないことまでを要するとまではいえないが,その伸縮の度合
いが,不織布を構成する繊維自体が有する不可避な伸び程度に抑制されている
ことを要すると解するのが相当である。
ウ前記ア②の主張は,本件特許発明の「非伸縮」の判断に,破断の限界となる
力を不織布に加える試験により判定する点で相当でなく,同③の主張は,伸縮
する方向に引っ張り力を加えたときに,非伸縮側に生じる変化を問題としてお
り,非伸縮方向に力を加えた場合の伸縮を論じない点で相当でない。
エそこで検討するに,前記(2)で掲げた測定試験等のなかに,被告製品の一方
向に,上記意味における非伸縮性が認められることを示すものは存在しないし,
かえって,甲9試験によれば,同じ力を掛けた場合に,被告製品は,非伸縮側
においても,他の不織布を使用したレンジフィルター製品(シールみたいに簡
単きれいパッと貼るだけ)以上に伸張するとされており,少なくとも,不織布
を構成する繊維自体が有する不可避な伸び程度に抑制されているとはいえな
いことになる。
したがって,被告製品は,構成要件Eの「一軸方向にのみ非伸縮性」の構成
を備えるものとは認められない。
第6結語
以上の次第で,被告製品は,構成要件Fを充足するとは認められず,本件特許の技
術的範囲に属しないから,その余の争点を判断するまでもなく,原告の請求はいずれ
も理由がない。よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官谷有恒
裁判官松阿彌隆
裁判官松川充康は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官谷有恒
(別紙)
製品目録
1被告製品イ
名称「60cmに切れているふんわりフィルター3枚入取付磁石付」
JANコード4901987-227816
(又は次の記載と同一の構成を有するフィルター装置)
2被告製品ロ
名称「とりかえ専用60cmに切れているふんわりフィルターお徳用10枚入り」
JANコード4901987-227823
(又は次の記載と同一の構成を有するフィルター装置)
3被告製品ハ
名称「とりかえ専用フリーサイズお徳用15回分」
JANコード4901987-227762
(又は次の記載と同一の構成を有するフィルター装置)

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