弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

         主    文
本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は,弁護人奥村徹作成の控訴趣意書に記載されたとおりであり,これ
に対する答弁は,検察官篠崎和人作成の答弁書に記載されたとおりであるから,これら
を引用する。
 論旨は,原判決は原判示第1の事実を認定した上,これが刑法233条の信用毀損罪
及び業務妨害罪に該るとしているが,被告人が警察官であるBに対しコンビニエンススト
ア「C」で購入した紙パック入りオレンジジュースに異物が混入していた旨の虚偽の申告
をすることは,虚偽の風説を「流布」したことにはならないし,被告人のこのような行為に
よって同店の「信用」が毀損されたわけでもなく,また,被告人には同店の信用を毀損す
る故意もなかったのであるから,被告人には信用毀損罪は成立せず,仮に,被告人の
行為が同罪及び業務妨害罪に該当するとしても,上記事実については,軽犯罪法1条1
6号の虚構申告罪を適用すべきであるから,原判決には判決に影響を及ぼすことの明
らかな事実誤認ないしは法令適用の誤りがある,というものである。
 しかしながら,記録を調査しても,原判決がその挙示する証拠を総合して原判示第1の
事実を認定し,これが刑法233条の信用毀損罪及び業務妨害罪の構成要件に該当す
るとして同条の適用を認めたのは正当である。
 以下,所論に即して検討する。
1 【要旨1】「流布」について
 所論は,刑法233条の「流布」とは,不特定または多数人に虚偽の事実を伝播させる
ことをいうところ,本件では,Bという特定人かつ1人の者に告げたものであるから,「流
布」には該当しない旨主張する。確かに,同条の「流布」の意義は所論指摘のとおりであ
るけれども,特定少数人に対して虚偽の事実を告知した場合であっても,その者から順
次その事実が不特定多数人に伝播される可能性があり,そのことを認識している限り,
その者の人数の如何を問わず,同条の流布にあたると解すべきであるから,これと見解
を異にする所論は採用できない。なお,所論は,このような場合にまで「流布」にあたると
認めると,その意義が際限なく拡大され,罪刑法定主義に反すると主張するが,虚偽の
事実の告知を受けた特定少数人からの伝播可能性については,単に伝播の抽象的な
恐れがあるというのではなく,告知した者と告知を受けた者の関係,告知を受けた者の
地位や立場,告知の状況等を総合して具体的にその可能性の有無を判断すべきもので
あるから,「流布」の意義は限定されているということができ,所論は失当である。
 また,所論は,原判決は被告人が申告した虚偽の事実がBから他の警察職員に伝わ
り,それが報道機関に伝播する可能性が存在することを前提にしているが,Bや他の警
察職員には法律上守秘義務があり,原則として捜査に関する情報が報道機関に公開さ
れることはないのであるから,およそこのような経路で伝播する可能性は客観的に存在
しない旨主張する。確かに,Bや他の警察職員には地方公務員法や刑事訴訟法等にお
いて守秘義務が課せられていることは所論が指摘するとおりである。しかしながら,警察
は,個人の生命,身体及び財産の保護に任じ,犯罪の予防等に当たることをもってその
責務としている(警察法2条1項)のであるから,被疑者の犯罪にかかる事実であって
も,その犯罪の罪質,態様,結果,社会的影響,公表される事実の内容とその方法等に
照らし,これを公表することが職責上許される場合があると解するのが相当である。これ
を本件についてみると,被告人が申告した事実は,上記のとおり,コンビニエンススト
ア「C」で購入した紙パック入りオレンジジュースに異物が混入していたというものである
ところ,仮にこれが真実であったとするならば,公衆の生命,身体に危険を生じかねない
重大事犯で,その犯行態様は不特定の者を無差別に狙ったものである上,被告人の検
察官調書(検察官証拠請求番号乙10,11)及び警察官調書(同乙2),証人Bの原審公
判廷における供述並びにDの警察官調書(同甲67,ただし,不同意部分を除く。)によれ
ば,本件当時,飲食物に異物を混入するという被告人が告げた虚偽の内容と同様の事
犯が現実に全国各地で多発していたことが認められるのであって,これらの事情に照ら
すと,Bから被告人の申告内容を伝えられた警察職員が,事件発生の日時,場所,被害
者の氏名や被害状況,飲物の内容及びその鑑識結果はもとより,その飲物の購入場所
等の情報をも報道機関に公表することは,類似の犯罪の再発を予防し,その被害を未
然に防ぐため公衆に注意喚起する措置として許容されるものというべきであるから,所
論は採用できない。
 更に,所論は,本件において報道機関の情報入手ルート等に関する証拠がなく,被告
人のBに対する虚偽の申告と報道機関からの報道との間の因果関係が明らかでない
上,そもそも報道機関は警察の広報機関ではなく,独自の判断で報道しているのである
から,被告人の上記申告と報道機関の発表との因果関係をおよそ認めることはできな
い旨主張する。しかしながら,司法警察員作成の報告書(同甲57号)によって認められ
る新聞記事の内容と,司法警察員作成の報告書(同58号)によって認められる警察に
よる報道機関への発表内容に照らすと,上記新聞記事の内容が警察による報道機関
への発表内容に基づくものであることは明らかであって,その因果関係を認めることが
できる。そして,報道機関が警察の広報機関ではなく,独自の判断で報道していることは
所論が指摘するとおりであるが,上記のような罪質,態様,本件当時の社会状況等に照
らすと,報道機関が警察発表に基づき上記事件を報道することは当然考えられるから,
所論が指摘する報道機関の立場をもって,上記因果関係を認めることの妨げにはなら
ないというべきであり,所論は採用できない。
2 「信用」について
 所論は,被告人が虚偽の申告をすることによってコンビニエンスストア「C」の支払能力
や支払意思に対する他人の信頼を害したわけではないから,「信用」を毀損したことには
ならない旨主張する。
 しかしながら,信用毀損罪は,人の経済的側面における価値を保護することを目的と
するものであるから,刑法233条の「信用」とは,人の支払能力や支払意思に対する他
人の信頼を含むことは当然であるが,それにとどまるものではなく,扱う製品の質,アフ
ターサービスの良否,経営姿勢等を含んだ人の経済生活上の評価と解するのが相当で
ある。そして,被告人が申告した内容に照らすと,被告人の上記行為は,コンビニエンス
ストア「C」で販売される飲食物の品質や同店の商品管理に関する社会的評価を低減せ
しめる可能性のあるものといわなければならず,同店の「信用」を毀損するものというこ
とができるから,所論は採用できない。
3 信用毀損の故意について
 所論は,被告人にはコンビニエンスストア「C」の信用を損なう意思はなかった旨主張
する。
 そこで,検討するに,関係証拠によれば,被告人は,三女の出産を間近に控え,夫か
ら沖縄の実家に帰って出産するよう強く勧められていたが,実家に戻るとかねて嫌って
いた祖母や叔父らに会うことになるため,当時居住していた大阪で出産したいと考えて
いたものの,夫に帰省したくない事情を詳しく話せなかったことから,何か帰省しないで
すむ方法はないかと考えていたところ,犯行当日に読んだ大阪市大正区内のコンビニエ
ンスストアで購入されたジュースに異物が混入されていた旨の新聞記事にヒントを得て,
購入したジュースに異物が混入されていたことにして長女らを病院で受診させ,これが
マスコミに報道されれば大騒ぎになって夫から沖縄に帰省するよういわれなくなるだろう
と考え,紙パック入りのジュースに漂白剤を混入させ,夫に異物の入ったジュースを子供
が飲んだ旨連絡して帰宅を求め,帰宅した夫とともに2人の子供を連れて済生会泉尾病
院に赴き,夫に告げたのと同様の申告をして子供たちを受診させたところ,医師が警察
に通報する旨告げたのでこれを黙認し,通報により駆けつけた警察官のBに原判示第1
のとおり虚偽の申告をしたことが認められる。そして,被告人は,捜査段階において,異
物混入を偽装すれば警察沙汰になり,警察がジュースを販売した店の名前を発表して
それが新聞記事に載り,同店の信用を失墜させ,その売上げを減少させることは分かっ
ていたが,それよりも沖縄に帰りたくない気持ちが強かったため,上記行為に及んだ旨,
信用毀損の故意に基づき同犯行に及んだことを認める供述をするところ,その供述内容
は,捜査段階を通じて一貫している上,上記認定事実に照らし無理なく首肯することが
でき,特に不自然不合理な点もないのであって,十分信用することができる。これに対
し,被告人は,原審公判廷において,コンビニエンスストア「C」に迷惑をかけるつもりは
なかった旨,信用毀損の故意を否認する供述をするが,捜査段階の供述と一貫性を欠
く上,同店で販売する飲食物に異物が混入されたことが新聞記事に出れば,これを読ん
だ不特定多数人が同店での買い物を控えるようになることは容易に理解できるところで
あり,被告人自身も原審公判廷においてこのことを認めているのであって,これらに照ら
すと,信用毀損の故意に関する被告人の原審公判廷における供述は不自然であって信
用できない。
 以上のとおり,信用性の高い被告人の捜査段階における供述に他の証拠を総合すれ
ば,被告人には原判示第1の犯行について信用毀損の故意があったことは優に認める
ことができ,所論は採用できない。
4 【要旨2】軽犯罪法1条16号との関係について
 所論は,虚構の犯罪を申告する場合,軽犯罪法1条16号の虚構申告罪は刑法233
条の信用毀損罪及び業務妨害罪の特別法と解すべきであるから,被告人の原判示第1
の所為については軽犯罪法を適用すべきである旨主張する。
 しかしながら,軽犯罪法1条16号は,異常な事態に対処すべき公共の機関が無駄な
活動を余儀なくされ,ひいては公共の利益を害することになるおそれのある行為を防止
する趣旨で規定されたものであるのに対し,刑法233条の信用毀損罪等は,人の経済
的面における社会活動に対する侵害を内容とする犯罪で,信用や業務の安全を保護す
るものであり,このような軽犯罪法の立法趣旨,両罪の罪質,保護法益の相違等を考え
併せると,両罪が特別法と一般法の関係にあるとはいえない。したがって,捜査機関に
虚偽の申告をし,これが公表されて人の信用等が害された場合は,軽犯罪法1条16号
の虚構申告罪が成立するほか,刑法233条の信用毀損罪等も成立すると解するのが
相当であり,これと見解を異にする所論は採用できない。
 その他,所論がるる指摘する点も原判決の事実認定及び法令適用に影響を及ぼすも
のではなく,結局,原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認及び法令
適用の誤りがあるとはいえない。
 論旨は理由がない。
 よって,刑事訴訟法396条により本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決す
る。
(裁判長裁判官 瀧川義道 裁判官 平澤雄二 裁判官 奥田哲也)

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛