弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人西阪幸雄の上告理由第一、二点について。
 原判決の確定した事実によれば、本件約束手形二通は、いずれも上告人が訴外D
耐火鉱業株式会社(以下D耐火と略称する)に対し金三〇万円の運転資金を融資す
ることを約し、その支払にかえて振出したものであつて、D耐火はこれを当時同会
社の取締役であつた被上告人に裏書譲渡して、同人から右約束手形の額面と同額の
金三〇万円の融資を受けたというのである。
 所論は、被上告人とD耐火との間の右手形行為は、取締役と会社との間の取引に
該当し、商法二六五条により取締役会の承認を得なければならぬに拘らず、被上告
人はその承認を得なかつたから無効である旨主張するが、商法二六五条は、取締役
が会社と取引をする場合、会社利益の犠牲において私利を営もうとするのを防止し
て会社の利益を保護しようとの目的に出た規定であると解されるところ、原判決に
よれば、被上告人は右取引の際手形額面と同額の現金を融資してこれを会社に手渡
したというのであるから、被上告人は右取引によつて少しの利得をもしていないば
かりでなく、会社もまたそれによつてなんらの犠牲をも払つていないことが明らか
である。
 このような事実関係の下では、被上告人と右会社との間の右取引には、なんらの
弊害をもみられないから、右取引は商法二六五条にいう取引には該当しないものと
解するのが相当である。したがつて、たとえこれにつき取締役会の承認を得なかつ
たとしても、直ちに以て無効とすべきではない。以上のとおりであるから、原判決
が、被上告人の本訴請求を容認したのは結局において正当であり、論旨は採るを得
ない。所論引用の各判例は、事案を異にして本件に適切でない。
 同第三点について。
 しかし、所論原審の事実認定は、本件証拠関係に徴し首肯し得なくはない。また
裁判所は当事者間の申し出た証拠をすべて必ず取り調べなければならぬわけのもの
ではないから、それが唯一の証拠でないかぎり、これを取り調べなかつたからとい
つて、所論違法ありということはできない。
 よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官斎藤朔郎の補
足意見、同下飯坂潤夫の意見を除き、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
 裁判官斎藤朔郎の補足意見は、次のとおりである。
 一、原判決の確定するところによると、訴外D耐火鉱業株式会社(以下単にD耐
火という)は上告会社が国鉄に納入すべき耐火煉瓦を上告会社に売り渡していたが、
資金不足のため現品の納入が意の如くにならなかつたので、これが履行を促進する
ため新規注文に対する前渡金名義で、上告会社からD耐火にさらに金三〇万円の運
転資金(または輸血資金)を融資することとし、その支払に代えて本件二通の約束
手形が振り出され、D耐火は右手形を被上告人に裏書譲渡して、同人から額面相当
の金三〇万円の融資を受けたというのである。果して然らば、本件手形はいわゆる
融通手形の一種であるといわねばならない。ところで、右のような手形を振り出し
た上告会社は、本来ならば被融通会社であるD耐火に現金で金三〇万円を融資すべ
きところを手形をもつて代えたのであるから、被融通会社が他から手形割引の方法
で現金を入手した場合には、振出人たる上告会社は自己に代つて融資金を支出した
割引者たる被上告人に無条件で手形金を支払うべきものと解するを相当とする。こ
の場合、被融資者を保護するために設けられている商法二六五条の規定を、融通手
形の振出人において援用することは許されないものといわねばならない。もしそう
でないとするならば、振出人たる上告会社は、一方、割引者たる被上告人に対して
は商法二六五条を援用し、他方、受取人たるD耐火に対しては融通手形の抗弁を援
用して、ついに本件手形について何んらの責任をも負わないことになる。
 二、手形の裏書行為が商法二六五条にいう取引に該当するとしても、融通手形の
割引を受ける場合には、会社は利得だけして損失を負担しない。すなわち本件では、
D耐火は被上告人から手形金相当の金三〇万円の融資を受けたというのであるから、
無利息で右金員を借用したのと同様であり、しかも融通手形の性質上、手形金は割
引者たる被上告人から振出人たる上告会社に請求される筋合いである。蓋し、融通
手形が割り引かれたときは、その振出人は割引者またはその後者に対して手形上の
債務を履行して、はじめて金銭融通の実を挙げたことになるからである。そして本
件においては、原判決の認定しているように、上告会社とD耐火との間の金銭融通
関係は、将来における耐火煉瓦の売渡しによつて決済されるのであるから、D耐火
が本件手形を被上告人に裏書しても、手形金相当の融通を受けている以上これによ
つて実質上何んらの損失をも受けるものではない。
 三、上告会社が融通手形を振り出しておきながら、割引者たる被上告人に手形金
の支払をしないため、被上告人がD耐火に償還義務の履行を請求したとしても、D
耐火としては先に融資を受けた金三〇万円を返済することは当然の義務である。し
たがつて本件事案の下において、仮りに、D耐火が被上告人またはその後者から手
形上の請求を受けてそれに応ぜざるをえなくなつたとしても、それは先に融資を受
けた金三〇万円を返済するだけのことであつて、かような正当な債務の履行を目し
て、会社が損失を蒙る行為ということはできないものと考える。本件の場合、D耐
火が手形の裏書をすることによつて、原因関係におけるとは別の新たなる債務を負
担するのであるから、その債務は抗弁の切断と挙証責任の転換によつて原因関係上
の債務よりはるかに厳格な支払義務となるとしても、その手形債務の履行は、ひつ
きよう、先に融資を受けた金三〇万円の返済をするという当然の義務の履行に外な
らないのであつて、本件事案の下において、D耐火が抗弁の切断と挙証責任の転換
によつて、法律上保護に値する何んらかの利益を失うものとは認められない。
 上告理由第一点第二点に関する裁判官下飯坂潤夫の意見は次のとおりである。
 原判決の確定した事実は、次のとおりである。
 すなわち、
 (A) 上告会社は訴外D耐火鉱業株式会社(以下D耐火とのみ略称す)に対し
  (一) 額面金一五万円、振出日昭和二七年五月九日、満期日同年七月一六日、
支払場所株式会社E銀行F支店、振出地 西宮市
  (二) 額面金一五万円、振出日同年三月二〇日、満期同年六月二〇日、支払
場所並びに振出地前同所
の約束手形各一通を振出し、右D耐火は同年五月二〇日右各手形を被上告人に裏書
により譲渡し被上告人は現にその所持人であること、
 (B) 右裏書人たるD耐火は上告会社との間に上告会社が国鉄に納入すべき耐
火煉瓦を売渡す契約を締結していたが、資金不足の為め現品の納入が意の如くなら
ず、昭和二七年三月頃には約二〇〇万屯に上る未納を生ずるに至つたので、上告会
社はこれが履行を促進するため新規注文に対する前渡金名義で上告会社よりD耐火
に金三〇万円の運転資金を融通することとし、その支払に代えて本件手形各一通を
振出しこれをD耐火に交付し、同会社は該各手形を被上告人に裏書譲渡し、被上告
人から本件手形金相当の金三〇万円の融資を受けたこと、
 (C) 然るに、たまたま被上告人は本件手形の右裏書人であつたD耐火の取締
役であつたので、右裏書譲渡は商法二六五条にいわゆる取引に該当し取締役会の承
認を要すべき筋合であるところ、右承認のあつたことを認めさせる事跡は認められ
ない、云々、というのである。
 上叙の事実関係中(C)に関する点は後に述べることとして、まず(B)に関し
て述べる。上叙(B)の事実によれば、上告人はD耐火に金員融通の目的を以て本
件手形を振出し、D耐火はこれを被上告人に裏書譲渡し被上告人から手形金相当の
金員の融通を受けたものであるから、上告人は被上告人に対し本件各手形金の支払
義務を免れないものと云わなければならない。けだし上告人はD耐火の為め本件手
形を換金の目的を以て流通においた以上、これが所持人に対し支払の義務あるを当
然とするからである(昭和三元年(オ)第六二二号同三四年七月一四日第三小法廷
判決参照)。尤も右の点は本件の争点となつているわけではない。本件においては、
専ら、本件手形の裏書譲渡が前示(C)の関係において有効であるか否かが問題と
なつているのである。思うに、本件手形の所持人である彼上告人はD耐火に対し償
還請求権を有すべきが故に、D耐火は被上告人との関係においては全く利害相反す
る場合もあるであろうから、右裏書譲渡について取締役会の承認を得られない場合
には、右裏書譲渡はその効力を生じないものと解するを相当とし、従つて被上告人
はD耐火に対しては償還請求権を有しないものと云わなければならないであろう。
しかし、商法二六五条の法意とするところは、会社の資本維持を図るにあり、同条
所定の承認なき行為の無効は会社と当該取締役間の関係において考えれば足り、取
締役と会社以外の第三者間の権利関係にまで及ぼす要は毫も存しないと解すべく、
そのことは本件手形行為の如きものにあつてはなお更のことである。従つて、右法
条に関する限り本件手形所持人たる被上告人は振出人たる上告人に対し本件手形上
の権利を主張するについて何ら支障なく、上告人は被上告人に対し手形の文面に従
つて手形金支払の義務あるは当然の筋合である。
 以上の次第で、原判決は結論において同趣旨に帰し、その立論の過程に上叙と異
るところがあつても、右は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令に違反するものと
は云い難いから、原判決は結局正当と云わざるを得ない。所論は縷々論述するが、
ひつきようするに上叙と異る見解に立脚して、原判決を攻撃するものであり、また
所論各判例は必ずしも本事案に剴切のものとは認められず、これを以ては本件を律
することは得ないものと考える。
 故に所論はすべてその理由がなく、排斥を免れないものと思料する。
     最高裁判所第一小法廷
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    斎   藤   朔   郎
 裁判長裁判官高木常七は退官につき署名押印することができない。
            裁判官    入   江   俊   郎

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