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平成17年(行ケ)第10608号特許取消決定取消請求事件(平成18年6月
6日口頭弁論終結)
判決
原告アイシン高丘株式会社
訴訟代理人弁理士加藤朝道
同内田潔人
同青木充
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人佐々木正章
同高木彰
同大場義則
同前田幸雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が異議2003-72333号事件について平成17年6月21日に
した決定を取り消す。
第2当事者間に争いがない事実
1特許庁における手続の経緯
()原告は,平成12年10月18日に,発明の名称を「車輌用衝突補強材の1
製造方法」とする特許出願(特願2000-318197号,以下「本件出
願」という。)をし,同出願について,特許庁は,特許をすべき旨の査定を
し,平成15年1月17日,特許第3389562号として設定登録がされ
た(以下,この特許を「本件特許」という。)。
()その後,本件特許については特許異議の申立てがされ,異議2003-72
2333号事件として特許庁に係属したところ,原告は,平成16年10月
18日付けで,明細書全文の訂正を求める訂正請求書を提出し,平成17年
1月31日付けで,上記訂正明細書を補正するための手続補正書を提出した。
特許庁は,上記事件を審理した結果,同年6月21日,同年1月31日付け
の補正を認めた上で,訂正は認められないとし(以下,平成17年1月31
日付けで補正された平成16年10月18日付けの訂正を「本件訂正」とい
う。),その上で,「特許第3389562号の請求項1~4に係る発明に
ついての特許を取り消す。」との決定をし,その謄本は平成17年7月11
日に原告に送達された。
2発明の要旨
()特許3389562号公報(甲2,以下「本件特許明細書」という。)の1
特許請求の範囲の請求項1ないし4に記載された発明(以下,それぞれ,
「本件発明1」,「本件発明2」などといい,これらを併せて「本件各発
明」という。)の要旨
【請求項1】引張強度が500~600MPaの範囲内にある高張力鋼で
あって,0.18~0.25wt%の炭素,0.15~0.35wt%の珪
素,1.15~1.40wt%のマンガン,0.15~0.25wt%のク
ロムおよび0.01~0.03wt%のチタンを少なくとも含有してなる鉄
系材料からなる板材である金属材を,摂氏850度以上であってその金属材
の融点未満の温度に加熱する加熱工程と,摂氏850度以上の高温状態にあ
る金属材に対し,所望形状を付与すべく相対的に低温のプレス型を用いてプ
レス加工を施すプレス工程とを備えてなることを特徴とする車輌用衝突補強
材の製造方法。
【請求項2】前記加熱工程における金属材の加熱温度が摂氏850~10
50度であることを特徴とする請求項1に記載の車輌用衝突補強材の製造方
法。
【請求項3】前記車輌用衝突補強材はドアインパクトビームであり,前記
プレス工程では,ドアインパクトビームの本体部とブラケット部とを一体化
した形状が前記金属材に対し付与されることを特徴とする請求項1又は2に
記載の車輌用衝突補強材の製造方法。
【請求項4】前記車輌用衝突補強材はセンターピラー部材であり,そのセ
ンターピラー部材の一部に強度調節のためのブランキングを施すブランキン
グ工程を更に備えてなることを特徴とする請求項1又は2に記載の車輌用衝
突補強材の製造方法。
()本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1に記載された発明(以下「本件訂2
正発明」という。)の要旨(下線部は本件訂正に係る訂正箇所)
引張強度が500~600MPaの範囲内にある高張力鋼であって,0.
18~0.25wt%の炭素,0.15~0.35wt%の珪素,1.15
~1.40wt%のマンガン,0.15~0.25wt%のクロム,0.0
1~0.03wt%のチタン,0.0005~0.0025wt%のホウ素,
0.03%以下のリン,0.01wt%以下のイオウを含有し,不可避的不
純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない鉄系材料からな
る板材である金属材を,摂氏850度以上であってその金属材の融点未満の
温度に加熱する加熱工程と,摂氏850度以上の高温状態にある金属材に対
し,所望形状を付与すべく相対的に低温のプレス型を用いてプレス加工を施
す焼き入れ・プレス工程とを備えてなることを特徴とする車輌用衝突補強材
の製造方法。
3決定の理由
決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,本件訂正は,本件特許明細書に記
載した事項の範囲内のものでなく,新規事項の追加に該当し,特許法(平成1
5年法律第47号による改正前のもの)120条の4第3項において準用する
同法126条2項の規定に適合しないので,当該訂正は認められないとした上
で,本件発明1及び2は,英国特許第1490535号明細書(甲4,以下
「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)と同一
であるから,特許法29条1項の規定により特許を受けることができず(予備
的に,引用発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができるとし),本
件発明3及び4は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明を
することができたものであるから,同条2項の規定により特許を受けることが
できないとした。
第3原告主張の決定取消事由
決定は,訂正事項が明細書に記載した事項であるにもかかわらず,本件訂正
が新規事項の追加に該当し許されないとして,本件訂正の適法性についての判
断を誤り(取消事由1),また,本件訂正は,先行発明との重なりを除くため
の,いわゆる「除くクレーム」として明細書に記載した範囲内の事項として扱
われて適法であるにもかかわらず,訂正が許されないとして本件訂正の適法性
についての判断を誤り(取消事由2),本件訂正発明の進歩性についての判断
を誤り(取消事由3),その結果,誤って,本件各発明が引用発明と同一又は
引用発明から容易に発明をすることができたものであるとしたものであるから,
取り消されるべきである。
1取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り1)
()決定は,「本件特許明細書の特許請求の範囲の請求項1及び段落【001
08】に記載される,『0.18~0.25wt%の炭素,0.15~0.
35wt%の珪素,1.15~1.40wt%のマンガン,0.15~0.
25wt%のクロムおよび0.01~0.03wt%のチタンを少なくとも
含有してなる鉄系材料』を,『0.18~0.25wt%の炭素,0.1
5~0.35wt%の珪素,1.15~1.40wt%のマンガン,0.1
5~0.25wt%のクロム,0.01~0.03wt%のチタン,0.0
005~0.0025wt%のホウ素,0.03%以下のリン,0.01w
t%以下のイオウを含有し,不可避的不純物として含まれる量を超える量の
アルミニウムを含まない鉄系材料』に訂正する。」(決定謄本3頁最終段落
~4頁第1段落)との訂正について,「鉄系材料が『0.01~0.03w
t%のチタン,0.0005~0.0025wt%のホウ素,0.03%以
下のリン,0.01wt%以下のイオウ』を含有することは,本件特許明細
書の段落【0031】の【表1】に記載された事項である。しかしながら,
鉄系材料が『不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを
含まない』との事項は,本件特許明細書には記載されておらず,また,自明
でもない。したがって,上記訂正は,本件特許明細書に記載した事項の範囲
内のものではなく,新規事項の追加に該当する。」(同4頁第4段落~第6
段落。以下,鉄系材料が「不可避的不純物として含まれる量を超える量のア
ルミニウムを含まない」との事項を「本件訂正事項」という場合がある。)
としたが,誤りである。
()本件特許明細書の段落【0031】の【表1】(以下,同表を単に【表2
1】ということがある。)には,本件各発明の実施形態である鋼材Aの添加
元素の組成が示されているところ,このような明細書の成分表には,意図的
に添加した成分をすべて記載することが,当業者の常識的慣行である。
本件特許明細書においても,上記慣行に従っているものであって,【表
1】には,鋼材に意図的に添加した成分(ないし所定量以上存在する成分)
はすべて記載されている。そして,アルミニウムは,【表1】に成分として
明記されていないのであるから,意図的に添加された成分でなく,「不可避
的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」ことは,
本件特許明細書に消極的な形で記載している。
決定は,「本件特許明細書の【表1】に添加元素がすべて掲載されている
とする根拠がなく,また,例えば,当審の通知した取消しの理由で刊行物1
として挙げた,英国特許第1490535号明細書(注,引用例)の表1に
は,モリブデン,銅,ニッケルが示されていないが,第1頁51行には『0.
05~0.5%のモリブデン』を,また,同頁68行~70行には,『それ
ぞれ0.2%までの銅およびニッケル』を含み得ることが記載されているこ
とからみて,本件特許明細書の【表1】にアルミニウムが記載されていない
ことが,直ちに,アルミニウムを含まないことを意味するとは解し難い。」
(決定謄本5頁第4段落)と説示し,被告においても,同旨の主張をする。
しかし,本件特許明細書の【表1】によるサンプルと,引用例の表1のサン
プルの間に何の関係もないこと,引用例において,表1の記載は具体例であ
るサンプルの成分を示すものであるが,モリブデン,銅,ニッケルを含み得
るとの本文の記載は,特別な添加元素の好ましい添加量を示す一般的概説に
関するものであり,両者に一義的な関係はないこと,引用例の本文の記載は,
モリブデン等を含み得るという趣旨の記載であって,引用例の実施例にモリ
ブデン等が必ず含まれているとするものではないことなどからすれば,被告
の上記主張は失当である。
なお,本件訂正事項の「不可避的不純物」とは,原料由来の不純物を指し,
鋼材の脱酸工程において,脱酸剤として意図的に添加されるアルミニウムを
含まない。特開平6-73439号公報(乙4,以下「乙4公報」とい
う。),特開平6-73443号公報(乙5,以下「乙5公報」という。)
及び特開平7-188772号公報(乙6,以下「乙6公報」という。)に
おいて,脱酸剤として添加されたアルミニウムが「不可避的不純物」と記載
されているとしても,それらのアルミニウムは,正確にいえば,言葉の厳密
な意味における「不可避的不純物」ということはできない。
()本件訂正事項は,明りょうでない記載の釈明にも該当するものであり,適3
法である。なぜならば,本件訂正前の請求項1においては,鉄系材料にアル
ミニウムを含まないかどうかそのままでは明りょうでなかったところ,本件
訂正により,アルミニウムが不可避的不純物として含まれる以外には含まな
いことを明記して,これを明りょうにしたものである。
()原告従業員作成の陳述書(甲10,以下「甲10成分証明書」とい4A
う。)によれば,本件発明1の鉄系材料が,アルミニウムを0.0008w
t%(なお,以下,単に「%」で示す場合も,「wt%(重量パーセン
ト)」を指す。)しか含まず,「不可避的不純物として含まれる量を超える
量のアルミニウムを含まない」ことが裏付けされている。
予期しない新しい引用例に対し,比較実験成績証明書によって,明細書に
記載されていない事項(潜在的記載事項)を明確にし,発明の実体を明らか
にすることは適法な立証手段として認められた慣行であるのであるから,甲
10成分証明書で明らかにされた上記事実を無視することは,失当である。
()したがって,本件訂正事項は,本件特許明細書に記載した事項であり,本5
件訂正は,特許請求の範囲の減縮を目的とするもので,適法である。また,
特許請求の範囲の記載において,アルミニウムの含有量が不明りょうであっ
たとするならば,本件訂正は,明りょうでない記載の釈明として,適法であ
る。
2取消事由2(本件訂正の適法性判断の誤り2)
()本件各発明は,先行技術と重なるために新規性(特許法29条1項)を失1
うおそれがあり,そうでなくとも,先行技術と重なるために進歩性(同条2
項)を失うおそれがあるところ,このように請求項に係る発明が,先行技術
と重なるために,新規性,進歩性を失うおそれがある場合に,そのおそれを
取り除くため,先行発明との重なりを除く訂正は,いわゆる「除くクレー
ム」として,明細書に記載した事項の範囲内のものであると扱われる。審査
基準(第Ⅲ部第Ⅰ節4.2())において,「『除くクレーム』とは,請求4
項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から
除外することを明示した請求項をいう。補正前の請求項に記載した事項の記
載表現を残したままで,補正により当初明細書等に記載した事項を除外する
『除くクレーム』は,除外した後の『除くクレーム』が当初明細書等に記載
した事項の範囲内のものである場合には,許される。」とされつつ,「なお,
次の(ⅰ)(ⅱ)の『除くクレーム』とする補正は,例外的に,当初明細書
等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。」とされ,「(i)請求項
に係る発明が,先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,
第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に,補正前の請求項に記
載した事項の記載表現を残したままで,当該重なりのみを除く補正。」につ
いては,当初の明細書に記載した事項の範囲内でするものとして扱われてい
る。
()上記審査基準の「説明」欄において,「(注1)『除くクレーム』とする2
ことにより特許を受けることができるのは,先行技術と技術的思想としては
顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複す
るような場合である。」と記載されている。
本件訂正発明と引用発明とを対比してみると,鉄系材料の組成,特に,ア
ルミニウムに関して本質的な相違点が存在する。すなわち,本件訂正発明は,
「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない鉄
系材料」を用いるのに対して,引用発明は,特定の目的のために相当量添加
したアルミニウムを含有する鉄系材料を用いており,アルミニウム含有量の
範囲は,比較例も含めると0.04~0.139%である。ところで,甲1
0成分証明書を参酌して,本件特許明細書の【表1】に記載された鉄系材料
のアルミニウム含有量を検討すると,鋼材Aの場合,アルミニウム含有量は
0.0008%であり,これは,不可避的不純物として含まれる量を超える
量のアルミニウムを含まない鉄系材料である。本件各発明の目的は,「プレ
ス加工によっても必要な強度を付与することができると共に,遅れ破壊やス
プリングバックといった問題を生じない車輌用衝突補強材の製造方法を提供
すること」(本件特許明細書の段落【0007】)であり,この目的を達成
するため,焼き入れ性(焼き入れ後の強度)を低下させるアルミニウムを添
加しないことを特徴とする。したがって,本件訂正発明と引用発明とは,鉄
系材料の組成,特に,アルミニウムに関して本質的な相違点が存在するもの
である。
したがって,本件各発明は,正に,先行技術と技術的思想としては,顕著
に異なり,本来進歩性を有する発明である。
()いわゆる「除くクレーム」として明細書に記載した事項の範囲内として扱3
われるのは,新規性等が問題となる場合に限らず,進歩性が問題となる場合
も含む。
本件において,取消理由通知書(甲26)は,「刊行物1に記載の発明
(注,引用発明)において,鋼が含有する組成成分の比率は全て本件請求項
1に係る発明(注,本件発明1)の金属材の成分の比率と重複するものであ
る。したがって,これら両者の間には実質的な相違点が存在しないので,本
件請求項1に係る発明は刊行物1記載の発明であるか,同刊行物1記載の発
明から当業者が容易に発明をすることができたものである。」として,新規
性欠如を第一の理由として挙げ,異議決定も,「本件発明1,2についての
特許は,特許法第29条第1項第3号(又は同条2項)の規定に違反」(決
定謄本14頁第3段落)するとして,本件各発明の主たる取消事由は,新規
性を欠くこととされており,進歩性の欠如は,新規性の欠如という理由に付
随するものにすぎない。
したがって,本件においては,新規性の欠如が問題となっていたのであり,
いわゆる「除くクレーム」として,本件訂正は,明細書に記載した事項の範
囲内でするものとして扱われるべきであり,適法である。
また,審査基準の,「(注1)『除くクレーム』とすることにより特許を
受けることができるのは,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来
進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合であ
る。」との記載においては,発明の進歩性が問題とされていることからも,
いわゆる「除くクレーム」に関する上記運用は,発明の進歩性が問題となる
場合にも適用することができることが明らかである。
したがって,進歩性の欠如も問題とされていた本件において,本件訂正は,
いわゆる「除くクレーム」として,明細書に記載した事項の範囲内でするも
のとして扱われるべきであり,適法である。
3取消事由3(進歩性についての判断の誤り)
()決定は,本件訂正が不適法であることを前提にした上,本件発明1の進歩1
性について,「なお,この点に関し,特許権者は,上記『第2.3.』のな
お書きの項で示すように,本件発明1は,鉄系材料が実質上アルミニウムを
含有しないのに対して,刊行物1記載の発明(注,引用発明)は,鉄系材料
がアルミニウムを含有する点で相違する旨主張する。特許権者の上記主張を,
仮に認めるとしても,アルミニウムは,特許権者も認めるように(平成17
年1月31日付け意見書第5頁4行~5行),焼き入れ後の強度を低下させ
ることからみて,鉄系材料からなる金属材に,加熱工程と,実質的な変形及
び同時的な急速冷却を受けるプレス加工を施すプレス工程すなわち焼き入れ
を兼ねたプレス工程とを施して,高い強度と優れた靱性とを兼備させようと
する刊行物1記載の発明において,鉄系材料として,焼き入れ後の強度低下
の原因となり得るアルミニウムを含有しないものとすることは,当業者が容
易になし得ることと言うべきである。そうすると,本件発明1は,刊行物1
記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであると
言わざるを得ない。」(決定謄本12頁下から第2段落~最終段落)と判断
したが,誤りである。
()上記1及び2のとおり,本件訂正は適法なものであるので,異議の審理に2
おいては,本件訂正発明の進歩性の有無が問題とされなければならないにも
かかわらず,決定の上記判断は,本件発明1の進歩性を判断しただけで,本
件訂正発明の進歩性判断をしなかったのであるから,決定は取消しを免れな
い。
そして,本件訂正発明の進歩性について,本件訴訟において判断されるべ
きところ,以下のとおり,本件訂正発明は,引用発明から容易に想到できる
ものでなく,進歩性を有する。
()本件訂正発明は,限定されたマンガンの領域(1.15~1.40%)及3
びアルミニウムの無添加という特定の組成範囲の組合せの相乗効果に基づき,
引張強度が高く,かつ,測定点による部材内でのばらつきがなく均一であり,
スプリングバックを生じない車輌用衝突補強材の製造方法を提供するもので
ある。これに対し,引用発明に係る鉄系材料は,相当量のアルミニウムが添
加されているため,焼き入れ後の強度に問題が発生するおそれがあるもので
ある。したがって,本件訂正発明は,引用発明とは,アルミニウムにおいて
組成的に異なり,かつ,引用発明の実施例に示されたマンガンの範囲とは異
なった,特定のMn領域において,特異な特性を有するものであり,本件訂
正発明の特定のMn領域(1.15~1.40%)は,引用発明の広いマン
ガン範囲(0.5~2.0%)に対し,選択的な特異性を有するものである。
すなわち,本件訂正発明の鋼材Aは,マンガンを1.24%(管理範囲1.
15~1.40%)と比較的高い割合で含み,アルミニウムを実質的に含ま
ないもの(0.0008%,管理範囲0.0010%未満)である。そして,
その鋼材の強度は,本件特許明細書の図5に示すとおり,平均1500MP
aで,ばらつきがなくて均一であり,スプリングバックについても,第1,
第2実施形態のいずれも,ほとんどなし~1°と小さい。
これに対し,引用発明は,実施例の表1によれば,マンガンを0.77~
0.94%と,比較的低い割合で含み,アルミニウムを0.04~0.13
9%と,比較的高い割合で含み,工具硬化のB8500についても,マンガ
ンを0.79%しか含まず,アルミニウムを0.139%含むものである。
そして,引用例には,測定点による強度のばらつきもスプリングバックも記
載がなく,単に強さの目安として,「150~170kp/mm」(1472
0~1666MPa)と広い範囲が記載されているだけであるが,これは水
冷・油冷の場合による引用例の表1のデータの集計にすぎないと考えられ,
唯一の実施例であるB8500の工具Tool硬化については,強度のデー
タはなく,硬度として「HV400-450」及び「HV420-490」

と記載されているところ,B8500のオイル硬化の強さ136kp/mm
=HV5435との対比で,HV400-450を換算すると,125~
140kp/mm(1226~1380MPa)となり,引用例は,強度の2
ばらつきが大であるとともに,強度も低いことが推定される。
第4被告の反論
決定の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り1)について
()平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第3項におい1
て準用する同法126条2項は,「・・・明細書又は図面の訂正は,願書に
添付した明細書又は図面(略)に記載した事項の範囲内においてしなければ
ならない。」と規定しており,ここで,明細書等に記載した事項とは,明細
書等に明示的に記載された事項及び明示的記載がなくても明細書等の記載か
ら自明な事項である。
()原告は,本件訂正事項は本件特許明細書に消極的な形で記載している旨主2
張する。しかし,本件各発明は,本件特許明細書の段落【0008】及び
【表1】の記載から,そもそも,鉄系材料における炭素,珪素,マンガン,
クロム及びチタンの含有量を特定することに特徴があり,本件特許明細書に
は,アルミニウムについて何ら示すところがないし,本件特許発明の鉄系材
料が,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含ま
ない」ことが,自明な事項であることを裏付けるものもない。
原告は,本件特許明細書に本件訂正事項を記載している根拠として,本件
特許明細書の【表1】に,アルミニウムが記載されていないことを挙げるが,
引用例において,引用例中の表1には記載されていない成分であるモリブデ
ン,銅,ニッケルについて,本文には,それらを成分として含み得る旨が記
載されているように,同分野においては,表に記載されていない成分が含ま
れることがある。
さらに,本件特許明細書には,「不可避的不純物として含まれる量を超え
る量」がどの程度の量であるのか記載されていないから,仮に,甲10成分
証明書の内容が正しいとしても,そこに記載されたアルミニウムの含有量が
「不可避的不純物として含まれる量」であるかどうかは分からない。
なお,「不可避的不純物」とは,原料由来の不純物に限られず,鋼材の脱
酸工程において,脱酸剤として意図的に加えられるアルミニウムも含み,乙
4公報,乙5公報及び乙6公報においては,脱酸剤として添加されたアルミ
ニウムが「不可避的不純物」と記載されている。
したがって,本件訂正事項は,本件特許明細書には記載していないのであ
って,本件訂正は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内においてするも
のではないから,不適法である。
()原告は,甲10成分証明書によれば,本件発明1の鉄系材料が,アルミニ3
ウムを0.0008%しか含まず,「不可避的不純物として含まれる量を超
える量のアルミニウムを含まない」ことが裏付けされている旨主張する。
しかし,本件特許明細書中には,「不可避的不純物として含まれる量を超
える量」がどの程度の量であるのか記載されていないのであるから,甲10
成分証明書の内容が正しいとしても,そこに記載されたアルミニウムの含有
量が「不可避的不純物として含まれる量」であるかどうかは分からない。
2取消事由2(本件訂正の適法性判断の誤り2)について
原告は,いわゆる「除くクレーム」として明細書に記載した事項の範囲内と
して扱われるのは,新規性等が問題となる場合に限らず,進歩性が問題となる
場合も含む旨主張する。
しかし,審査基準の「なお,次の(ⅰ)(ⅱ)の『除くクレーム』とする補
正は,例外的に,当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものとして取扱
う。」との記載における「例外的」との文言から,「除くクレーム」とする補
正を当初明細書等に記載した事項の範囲内とするものとして取り扱うのは,あ
くまで例外的な場合であることが明らかである。「除くクレーム」とする補正
が,当初明細書に記載した事項の範囲内でするものとして取り扱われるのは,
「請求項に係る発明が,先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第
3号,第29条の2又は第39条)を失う恐れのある場合」であるところ,こ
こでいう「新規性等」とは,当該補正が,「例外的」に取り扱われるものであ
ることから,新規性(特許法29条1項3号),拡大先願権(同法29条の
2)又は先願権(同法39条)の規定に該当する場合であり,進歩性(同法2
9条2項)の規定に該当する場合は含まれないので,原告の主張は,失当であ
る。
3取消事由3(進歩性についての判断の誤り)について
()原告は,本件訂正発明は,引用発明とは,アルミニウムにおいて組成的に1
異なり,かつ,引用発明の実施例に示されたマンガンの範囲とは異なった,
特定のMn領域において,特異な特性を有するものであり,本件訂正発明の
特定のMn領域(1.15~1.40%)は,引用発明の広いマンガン範囲
(0.5~2.0%)に対し,選択的な特異性を有するものであるとして,
本件訂正発明は,引用発明から容易に想到できるものでない旨主張する。
しかし,本件訂正発明と引用発明とは,本件訂正発明が,不可避的不純物
として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない鉄系材料であるのに
対し,引用発明が,アルミニウムを0.03~0.1%(望ましくは0.0
3~0.07%)含有する鉄系材料である点で相違し,その余の点で一致す
る。
そして,一般的に,焼き入れを行う鋼において,アルミニウムを脱酸剤と
して用いた場合に不可避的不純物として含まれるアルミニウムの量について,
乙4公報には0.029%,乙5公報には0.032%,乙6公報には,0.
1%以下と記載されている。すなわち,アルミニウムの不可避的不純物量は,
原告が主張する0.001%以下に限るものでなく,0.001%以上であ
っても不可避的不純物とされる場合もあり,特に,乙6公報に記載された鋼
材の用途は,本件各発明の「車輌用衝撃補強材」と同様の自動車用部材の一
つであるメンバー類であり,不可避的不純物として含まれるアルミニウムは
0.1%以下である旨記載されていることからみると,引用発明の0.03
~0.1%(望ましくは0.03~0.07%)とのアルミニウム含有量は,
不可避的不純物量ともいい得る量である。
()また,仮に,引用発明のアルミニウム含有量が不可避的不純物として含ま2
れる量を超える量であるとしても,鉄系材料として,アルミニウムを多く含
有させると焼き入れ後の強度が低下することは,特開平5-345918号
公報(乙1),特開2000-290745号公報(乙2)及び特開200
0-169937号公報(乙3)に示されるように周知の事項であり,鉄系
材料からなる金属材に,加熱工程と,実質的な変形及び同時的な急速冷却を
受けるプレス加工を施すプレス工程,すなわち,焼き入れを兼ねたプレス工
程とを施して,高い強度と優れた靱性とを兼備させようとする引用発明にお
いて,前記周知の事項を勘案して,焼き入れ後の強度低下の原因となり得る
アルミニウムをできるだけ含まない鉄系材料とすることは,当業者が容易に
なし得ることである。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(本件訂正の適法性判断の誤り1)について
()原告は,「鉄系材料が『0.01~0.03wt%のチタン,0.0001
5~0.0025wt%のホウ素,0.03%以下のリン,0.01wt%
以下のイオウ』を含有することは,本件特許明細書の段落【0031】の
【表1】に記載された事項である。しかしながら,鉄系材料が『不可避的不
純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない』との事項は,
本件特許明細書には記載されておらず,また,自明でもない。したがって,
上記訂正は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内のものではなく,新規
事項の追加に該当する。」(決定謄本4頁第4段落~第6段落)とした決定
の判断を争い,【表1】には,鋼材に意図的に添加した成分(ないし所定量
以上存在する成分)はすべて記載されているということができ,アルミニウ
ムは,【表1】に成分として明記されていないのであるから,意図的に添加
された成分でなく,本件訂正事項は,本件特許明細書に消極的な形で記載し
ている旨主張する。
()本件発明1は,「引張強度が500~600MPaの範囲内にある高張力2
鋼であって,0.18~0.25wt%の炭素,0.15~0.35wt%
の珪素,1.15~1.40wt%のマンガン,0.15~0.25wt%
のクロムおよび0.01~0.03wt%のチタンを少なくとも含有してな
る鉄系材料からなる板材である金属材」に係るものであり,本件訂正発明は,
相当する金属材につき,「引張強度が500~600MPaの範囲内にある
高張力鋼であって,0.18~0.25wt%の炭素,0.15~0.35
wt%の珪素,1.15~1.40wt%のマンガン,0.15~0.25
wt%のクロム,0.01~0.03wt%のチタン,0.0005~0.
0025wt%のホウ素,0.03%以下のリン,0.01wt%以下のイ
オウを含有し,不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウム
を含まない鉄系材料からなる板材である金属材」とするものである。
本件訂正は,本件発明1において特定されていなかった,鉄系材料に含ま
れるホウ素,リン及びイオウの含有割合を数値で特定し,アルミニウムにつ
いても,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウムを含
まない」という形で鉄系材料を限定するものであるといえる。
本件発明1は,鉄系材料の含有成分に関しては,炭素,珪素,マンガン,
クロム及びチタンの5つの成分を「少なくとも含有してなる」鉄系材料であ
ると特定しているだけであり,鉄系材料の組成の観点からは,所定の引っ張
り強度を有する高張力鋼である限りにおいて,他の成分を含み得る発明であ
る。そして,本件訂正は,本件発明1において鉄系材料への含有の有無やそ
の割合等について何ら限定されていなかったホウ素,リン,イオウ及びアル
ミニウムについて,鉄系材料における含有割合等を特定するものであり,特
許請求の範囲の減縮に当たる。
()平成15年法律第47号による改正前の特許法120条の4第3項におい3
て準用する同法126条2項は,「・・・明細書又は図面の訂正は,願書に
添付した明細書又は図面(略)に記載した事項の範囲内においてしなければ
ならない。」と規定しているところ,この明細書等に記載した事項とは,明
細書等に現実に記載した事項だけでなく,当該事項から自明な事項も含むも
のと解すべきであるから,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正は,願書
に最初に添付した明細書等に記載した事項か,現実に記載した事項から自明
な事項の範囲内においてされなければならない。
そこで,本件特許明細書(甲2)の発明の詳細な説明をみると,次の記載
がある。
ア「(他の材料を用いた場合との比較)図5のグラフは,第1実施形態
(鋼材A),比較例1(SPC440材)及び比較例2(SPC780
材)について,製品化されたドアインパクトビームの各部におけるビッカ
ース硬度(及び引張強度)の測定値をプロットしたものである。強度の測
定点はドアインパクトビームの幅方向に沿って複数選択されており,具体
的には,図3に示す5つの代表点(a,b,c,d,e)と,これら代表
点間に存在するいくつかの点(14点)の合計19点である。第1実施形
態,比較例1及び比較例2の三者の違いは,出発材料の違いのみである。
すなわち,第1実施形態では表1に示す鋼材Aを用いたのに対し,比較例
1ではJIS(日本工業規格)SPC440の冷延鋼板(引張強度440
MPa)を用い,比較例2ではJIS(日本工業規格)SPC780の冷
延鋼板(引張強度780MPa)を用いた。比較例1及び2のドアインパ
クトビームを作るにあたっては,出発材料以外の製造条件を全て第1実施
形態の製造条件に統一した。なお,鋼材A,SPC440及びSPC78
0の各鉄系材料における添加元素の組成を表1に示す。」(段落【003
0】)
イ「【表1】

(段落【0031】)
ウ「図5のグラフからわかるように,鋼材Aを用いた第1実施形態では,
どの測定点においても1400MPaを下回ることはなく,全19測定点
の平均引張強度は,約1500MPaであった。これに対し,SPC44
0材を用いた比較例1では,各測定点の引張強度のばらつきが極めて大き
く品質が安定しないばかりか,引張強度の平均値も1000MPa程度に
しかすぎなかった。また,SPC780材を用いた比較例2では,各測定
点の引張強度のばらつきも少なく品質は安定しているが,引張強度の平均
値は1200MPa程度にとどまった。更に比較例2では,プレス後に金
型から製品を取り外す際に,大きなスプリングバックが観察された。他方,
第1実施形態及び比較例1ではスプリングバックはほとんどみられなかっ
た。」(段落【0032】)
エ「この実験結果から,出発材料の選択が最終製品の引張強度に大きな影
響を及ぼすことが理解できる。従来以上に高強度のドアインパクトビーム
を得ることができる出発材料の好ましい物性や組成については,一面的に
論じられない部分もあるが,三者の比較からおよそ,次のような傾向性を
見いだすことができる。まず第1に,加熱及びプレス加工を施す前の出発
材料の引張強度は500~600MPa程度が好ましく,少なくとも44
0MPa以下の強度の材料は適さない。他方,780MPa以上の強度の
材料では,従来の冷間プレス加工の場合に比較して有利な結果を得るには
到らない。第2に,同じ鉄系材料であっても添加元素の配合の違いにより,
最終製品の引張強度が異なってくる。添加元素の種類や量の組み合わせが
複合的に影響しあって,材料の融点,硬度,強靱性等の物性面に影響を与
えると考えられ,微量の添加元素のそれぞれに対して個々の技術的意義を
論ずることは極めて難しい。但し,試作実験の結果から,少なくとも表1
に示すような品質管理範囲内にある鋼材Aについては,1500MPa級
の平均引張強度を示すドアインパクトビームを提供し得る材料であると認
定することに異論はなかろう。」(段落【0033】)
オそして,発明の詳細な説明の他の部分をみても,鋼材A以外の実施例の
開示はない。
以上によれば,【表1】には,本件各発明の唯一の実施例である鋼材Aの
添加元素の組成として,炭素(C),珪素(Si),マンガン(Mn),ク
ロム(Cr),チタン(Ti)のほか,0.0005~0.0025%のホ
ウ素,0.03%以下のリン,0.01%以下のイオウも含有することが記
載されているが,アルミニウムその他の成分についての記載はなく,本件特
許明細書の発明の詳細な説明の他の部分をみても同様である。
()上記のとおり,本件特許明細書には,アルミニウムについての記載はなく,4
本件各発明において,アルミニウムがどのような態様で含まれるのか含まれ
ないのかについて明らかでないところ,本件訂正事項は,鉄系材料に,「不
可避的不純物」として含まれる量を超える量のアルミニウムを含まないもの
とするものである。不可避的不純物の意味や不可避的不純物として含まれる
量についての説明は,本件特許明細書にも,平成16年10月18日付け訂
正請求における訂正明細書中にもない。そこで,本件出願当時の鉄鋼材料分
野における「不可避的不純物」の技術的意義を明らかにする必要がある。
ア乙4公報(発明の名称「高密度エネルギー源の照射による高強度化特性
に優れた高加工性鋼板」)には,以下の記載がある。
(ア)「高密度エネルギー源を鋼板表面に照射し板厚を貫通した凝固域を形
成することにより高強度化して使用する,高強度化特性に優れた高加工
性鋼板であって,C:0.002~0.2%Si:2.0%以下
Mn:0.1~2.5%を含み,残部がFe及び不可避的不純物よりな
り,かつフェライトを主体とした組織からなるものである。」(【要
約】欄の【構成】)
(イ)「自動車用部材のひとつであるメンバー類を代表的に取り上げて説明
するが,本発明鋼板の適用対象はこれによって制限されるものではなく,
上記両特性の要求される分野に対しては広く利用することができる。」
(段落【0001】)
(ウ)「図1には,C:51ppm,Mn:0.99%,Ti:0.053
%,A(脱酸剤としての添加に基づく不純物元素):0.029%,ç
残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼材を試験片(板厚1.4)mm
とし」(段落【0015】)
(エ)「不可避的不純物元素としては,N,O等の他,脱酸性元素として添
加することのあるAを例示することもできる。特にアルミキルド鋼のç
場合は不可避的に混入してくるが,0.1%を超えるとc系介在物を多
く生成して表面傷の原因となるので,その上限を0.1%と定める。」
(段落【0024】)
イ乙5公報(発明の名称「高密度エネルギー源の照射による高強度化特性
に優れた高加工性鋼板」)にも,上記ア(イ)及び(エ)と同様の記載があり
(段落【0001】,【0026】),「図1には,C:0.10%,S
i0.01%,Mn:0.90%,A(脱酸剤としての添加に基づく不ç
純物元素):0.032%,残部Fe及び不可避的不純物からなる鋼材を
試験片(板厚1.4mm)とし」(段落【0013】)との記載がある。
また,乙6公報(発明の名称「高密度エネルギー照射によって高強度化
特性を発揮する高加工性薄鋼板の製造方法」)にも,上記ア(イ)及び(エ)と
同旨の記載がある(段落【0001】,【0022】)。
ウ特開平11-264050号公報(甲12,発明の名称「耐高速衝撃貫
通性に優れる高強度鋼及びその製造方法」)には,以下の記載がある。
(ア)「重量%で,C:0.3~0.6%,Si:0.03~0.15%,
Mn:0.5%以下,Ni:2~5%,Mo:1~5%を含み,その
他Feおよび不可避的不純物からなる組成を有する鋼において,マル
テンサイト主体のミクロ組織からなることを特徴とする,耐高速衝撃
貫通性に優れる高強度鋼。」(【特許請求の範囲】【請求項1】)
(イ)「上記の成分の他に不可避的不純物として,P,S,N,Oは,靱性
を低下させる有害な元素であるので,その量は少ないほうが良い。望
ましくは,P:0.005%以下,S:0.003%以下,N:0.
01%以下,O:0.003%以下とする。さらにAは,脱酸元素ç
または介在物形態制御元素として0.001~0.1%含有してもか
まわない。」(段落【0034】)
エ特開平5-345918号公報(乙1,発明の名称「高強度熱延鋼板の
製造方法」)には,以下の記載がある。
(ア)「C:0.05~0.20%,Si:≦0.60%,Mn:0.10
~2.50%,Sol.A:0.004~0.10%,Ti:0.ç
04~0.30%を含み,残部Feおよび不可避不純物からなる連続
鋳造スラブを加熱するに際して少なくとも1100℃から,TiCの
溶体化温度以上1400℃以下の加熱温度までの温度領域を毎時15
0℃以上の昇温速度で加熱し,加熱温度での保定時間を5分以上30
分以下とし,その後熱間圧延することを特徴とする高強度熱延鋼板の
製造方法にある。」(段落【0004】)
(イ)「A:Aは脱酸上0.004%以上必要であるが,0.10%をçç
越すと結晶粒の粗大化を来たし強度を劣化させるので0.10%以下
に限定した。」(段落【0011】)
オ特開平11-236642号公報(甲15,発明の名称「高疲労強度厚
鋼板」)には,以下の記載がある。
(ア)「重量%で,C:0.02~0.35%,Si:0.02~2.0
%,Mn:0.30~2.5%,A:0.002~0.10%,残ç
部がFeおよび不可避的不純物からなる鋼で,フェライト,パーライ
ト,ベイナイト,焼戻しマルテンサイトからなる母相中に,焼入れま
まのマルテンサイトまたは残留オーステナイトまたはそれらの混合組
織が50%以上を占める層状の組織が,厚み2μm以上30μm以下
且つ間隔が20μm以上200μm以内に板厚方向に配列することを
特徴とする高疲労強度厚鋼板。」(【特許請求の範囲】【請求項
1】)
(イ)「Aは脱酸元素として添加される。0.002%未満の含有量ではç
その効果がなく,0.1%を超えると,鋼の表面性状を損なう。」
(段落【0018】)
カ特開2000-169937号公報(乙3,発明の名称「高強度ばね用
鋼線およびその製造方法」)には,以下の記載がある
(ア)「本発明は(1)鋼成分として,重量%でC:0.4~0.7%
Si:1.2~2.5%Mn:0.1~0.5%Cr:0.4~2.
0%A:0.0001~0.005%を含むとともに,P:0.0ç
15%以下S:0.015%以下に制限し,残部がFeと不可避的不
純物からなり,非金属介在物の大きさが15μm以下,引張強度が19
60MPa以上を有し,降伏比(σ/σが0.8以上0.9以下,0.2B
または降伏比0.8以上かつ残留オーステナイト量を6%以下とした高
強度ばね用鋼線である。」(段落【0010】)
(イ)「Aは酸化物生成元素であり,鋼溶製において脱酸に用いられるこç
とが多い。しかし弁ばねのような高強度かつ細い径で使用される場合に
はAを多量添加するとそれによって生成されるAOが破壊起点とçç23
なりやすい。すなわち,AOは非常に硬質なために,溶鋼段階で生ç23
成したAOは圧延伸線を経ても破砕されず,応力集中源になり易い。ç23
çまた変形能がマトリックスと異なるため,荷重を負荷された場合,A
O周りに応力集中を生じてクラックを生じ易い。このような理由から23
破壊起点となりやすいため,ばねにおいては疲労強度を低下させる原因
となる。従ってA含有量は制限されるべきである。ç
しかし現状技術による鋼溶製には脱酸が必須であるため,脱酸元素の
投入は避けられず,その酸化物寸法を微細にする技術が必要である。
そこでAを含む複合酸化物(たとえばMn-Si-A系酸化物)çç
を生成させて,比較的軟質な酸化物を生成させれば,酸化物は圧延,
伸線段階で破砕されて微細になり,破壊起点にならない。したがって
Mn系およびSi系酸化物の軟質化には微量のAを添加した方が好ç
ましい。そこでAが0.005%超であれば粗大AOを生成すçç23
るのでこれを上限とした。またAを利用して積極的に酸化物の軟質ç
化をはかるためにはA含有量の下限を0.0001%とした。これç
未満ではAを含む軟質な酸化物を生成せず,Si系硬質酸化物を生ç
成し,疲労強度が低下する。」(段落【0026】,【0027】)
キ昭和54年10月20日社団法人日本金属学会発行「鉄鋼製錬」(甲2
0)には,「鋼が凝固する際,溶鋼中の酸素濃度が不適当であれば鋼塊の
欠陥となるので脱酸剤を加えて溶鋼中のOを適切に減少させる。通常使用
される脱酸元素はMn,Si,Aであり,・・・脱酸元素の鋼中におけç
る濃度範囲を表4・20に示すが,これらの値は純粋に脱酸に必要な量と
いう見地からきめられる場合もあるが,むしろ鋼の用途から要求される材
料特性によって定められる場合が多い。通常のキルド鋼についてはマンガ
ン,ケイ素濃度はほとんど後者により,アルミニウム濃度は脱酸および結
晶粒度調整の目的によって決められる。脱酸のためには0.02%以上,
結晶粒度調整のためには0.01~0.1%が一般的である。」(294
頁下から12行目~295頁18行目)との記載がある。
ク他方,引用例(甲4)には,以下の記載がある。
(ア)「当該鋼材は,0.25%以下(好ましくは0.15-0.25%)
の炭素,鋼材の製造方法にも左右されるが,通常はごく少量のケイ素,
0.5-1.5%(好ましくは0.7-1.5%)のマンガン,最大
0.03%のリン及び最大0.04%の硫黄,0.1-0.3%のク
ロム,及び0.05-0.5%のモリブデン(あるいはこれらのいず
れか),0.02-0.1%(好ましくは0.02-0.05%)の
チタン,0.0005-0.007%(好ましくは0.0005-0.
005%)のホウ素,0.03-0.1%(好ましくは0.03-0.
07%)のアルミニウム,及び恐らくはごく少量の銅及びニッケル
(恐らくはそれぞれ最大0.2%)を含むことが望ましい。」(1頁
56行目~70行目,訳文2頁第2段落)
(イ)「当該鋼材に0.0005-0.01%という低レベルのホウ素を添
加して,その効果を充分に発揮させるためには,当該ホウ素は,ホウ
素を添加するときには酸素及びチッ素が既に結合状態にあるように,
上記のチタン及びアルミニウムを添加した後でこれを添加すべきであ
る。」(2頁50行目~55行目,訳文3頁第3段落)
()上記によれば,「不可避的不純物」とは,鉄鋼材料分野において慣用的な5
用語であり,その意味するところは,おおむね,所望する鉄鋼材料としての
最終製品を得るまでの製造過程において,意図して導入するまでもなく鉄鋼
材料中に存在することが自明であり,しかも,その存在は不要なものである
が,微量であり,鉄鋼製品の特性に必ずしも悪影響を及ぼさないため,存在
するままにされている不純物ということができ,このことは,本件出願当時,
当該分野の当業者間で,技術常識となっていたものと認められる。そして,
「不可避的不純物」としては,例えば,リン(P),イオウ(S),窒素
(N),酸素(O)等が挙げられ,アルミニウムについては,当該鉄鋼材料
において有用か不用かに応じて,不可避的不純物に含まれたり,そうでなか
ったりしていることが認められる。
原告は,脱酸剤として添加されたアルミニウムは,正確にいえば,言葉の
厳密な意味に於ける「不可避的不純物」ということができない旨主張する。
しかし,原告主張を認めるに足りる証拠はなく,かえって,上記()ア,4
イによれば,不可避的工程ともいえる脱酸工程における脱酸剤としての添加
に基づいて発生した不純物は,当初から含有する不純物とは区別されている
ものの,いずれの不純物も不可避的不純物とされているのであって,これら
公知の使用例に照らせば,当業者は,不可避的不純物であるかどうかは,鉄
鋼製品との関係で決まり,意図的に添加したものかどうかによって区別すべ
き合理的理由はないとしているとも解されるから,原告の上記主張は,採用
の限りではない。
()本件特許明細書において,鉄系材料にアルミニウムをどのように含むかに6
ついての記載はない。もっとも,鉄鋼材料分野の技術常識によれば,アルミ
ニウムが,本件発明1の鉄系材料において,不可避的不純物として存在し得
る成分の一つであることは明らかである。しかし,そうであっても,同鉄系
材料において,アルミニウムは,不可避的不純物として存在し得る一群の不
純物として把握されるにすぎないのであって,それ以上のものではない。要
するに,本件特許明細書において,これに接した当業者が,「アルミニウ
ム」として,いいかえると「不可避的不純物として含まれる量のアルミニウ
ムを含まない」ものとして,個別具体的に明示されているに等しいと認識し
得るようなものではなく,存在する一群の不可避的不純物の中に含まれてい
るかもしれないし,含まれていないかもしれないというにとどまるものであ
る。
したがって,本件特許明細書には,鉄系材料におけるアルミニウムの含有
量が「不可避的不純物として含まれる量を超える量」であるかについての記
載は,一切存在しないというほかない。
以上によれば,鉄系材料におけるアルミニウムの含有について,本件訂正
事項のように限定することは,本件特許明細書に記載していない事項である
し,本件特許明細書の記載に接した当業者であれば,本件出願時の技術常識
に照らして,そのような限定が記載されているのと同然であると理解する自
明な事項であるともいえない。
()原告は,明細書の成分表には,意図的に添加した成分をすべて記載するこ7
とが,当業者の常識的慣行であることを主張し,【表1】に記載されていな
いアルミニウムについて,本件訂正前の請求項1においては,鉄系材料にア
ルミニウムを含まないかどうかそのままでは明りょうでなかったところ,本
件訂正により,アルミニウムが不可避的不純物として含まれる以外には含ま
ないことを明記して,これを明りょうにしたものであり,本件訂正事項は,
明りょうでない記載の釈明に該当するものであり,適法である旨主張する。
しかし,上記()のとおり,本件出願当時の鉄鋼材料分野の技術常識を念6
頭に本件特許明細書をみれば,本件発明1に係る鉄系材料に,一群の不可避
的不純物が存在することは明らかであるが,それ以上のものではないから,
アルミニウムとそれ以外の明示されていない成分(例えば,リン(P),イ
オウ(S),窒素(N),酸素(O)等)とを区別することは不可能である
し,当業者が,「アルミニウム」として,個別具体的に不可避的不純物とし
て認識することもできないものであることは,上記()のとおりである。6
ところで,仮に,原告主張のように,【表1】において,鉄系材料に意図
的に添加されたすべての材料が記載されていると解するならば,本件訂正に
係る【表1】に記載の技術的事項は,そこに記載された8成分と鉄及び不可
避的不純物からなる鉄系材料ということになるのであって,【表1】記載の
8成分のほかには,意図的に添加された有効成分を含まないこととなる。
ここで,本件訂正は,本件発明1において特定されていなかったアルミニ
ウムについて,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアルミニウ
ムを含まない」とするものであり,鉄系材料における「アルミニウム」の量
に限定を加え,その量が「不可避的不純物として含まれる量」以下であると
いうのであるから,明らかに,アルミニウムの存在を前提として,その含有
割合を特定するものであって,【表1】のリン(P)の品質管理範囲が0.
03%以下,イオウ(S)の品質管理範囲が0.01%以下とされているの
と同様に,「アルミニウム」の品質管理範囲を「不可避的不純物として含ま
れる量」以下とするに等しいものである。ところが,上記のとおり,アルミ
ニウムは,本件特許明細書においては,当業者に個別具体的に不可避的不純
物として認識され得るようなものではないから,原告の主張は,本件発明1
の鉄系材料において,品質管理対象となる成分としてアルミニウムを新たに
加えるというものになるのであって,【表1】にアルミニウムが記載されて
いないことに照らせば,本件訂正事項に係る「不可避的不純物として含まれ
る量を超える量のアルミニウムを含まない」との構成を加える限りにおいて,
本件発明1の鉄系材料に対して意図的に添加された成分が【表1】にすべて
掲げられており,アルミニウムは意図的添加元素でないとする原告の主張は,
背理であるということにならざるを得ないので,原告の上記主張は,失当で
ある。
()原告は,甲10成分証明書によれば,本件発明1の鉄系材料が,アルミニ8
ウムを0.0008%しか含まず,「不可避的不純物として含まれる量を超
える量のアルミニウムを含まない」ことが裏付けされている旨主張する。
しかし,上記()のとおり,本件特許明細書において,アルミニウムが個6
別具体的に明示されているに等しいと認識し得るようなものでないのに,特
許出願後に,鋼材Aがアルミニウムを含有し,その量が0.0008%であ
るなどとする実験データを提出して発明の詳細な説明の記載内容を実質的に
補充し,補充した内容を特許請求の範囲に取り込むことは,明らかに,発明
の公開を前提に特許を付与するという特許制度の趣旨に反しており,許され
ない。
原告は,予期しない新しい引用例に対し,比較実験成績証明書によって,
明細書に記載されていない事項(潜在的記載事項)について,発明の実体を
明らかにすることは適法な立証手段として認められた慣行であるとも主張す
るが,本件のように,明細書にアルミニウムの存在に係る記載がなく,また,
アルミニウムが個別具体的に存在することが当業者にとって自明でもない場
合に,特許権者が後日,実験成績証明書をもって明細書の記載を補うという
ことができないことは,当業者が明細書からその補うべき記載内容を知るこ
とができないことに照らしても,明らかである。原告の上記主張は,独自の
見解に基づくものであって,採用することができない。
()以上のとおり,本件訂正事項は,本件特許明細書に記載した事項の範囲内9
のものではなく,新規事項の追加に該当するとした決定の判断に誤りはなく,
原告の取消事由1の主張は,理由がない。
2取消事由2(本件訂正の適法性判断の誤り2)について
()原告は,本件各発明は,先行技術と重なるために新規性(特許法29条11
項)を失うおそれがあり,そうでなくとも,先行技術と重なるために進歩性
(同条2項)を失うおそれがあるところ,先行技術と重なるために,新規性,
進歩性を失うおそれがある場合に,そのおそれを取り除くため,先行発明と
の重なりを除く訂正は,いわゆる「除くクレーム」として,明細書に記載し
た事項の範囲内のものであると扱われて適法である旨主張する。
()新規事項に関する審査基準(甲13)の第Ⅲ部第Ⅰ節4.2()の「除く24
クレーム」の項には,「『除くクレーム』とは,請求項に係る発明に包含さ
れる一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示し
た請求項をいう。補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,
補正により当初明細書等に記載した事項を除外する『除くクレーム』は,除
外した後の『除くクレーム』が当初明細書等に記載した事項の範囲内のもの
である場合には,許される。なお次の(ⅰ)(ⅱ)の『除くクレーム』とす
る補正は,例外的に,当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取
扱う。」との記載があり,(ⅰ)として,「請求項に係る発明が,先行技術
と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,第29条の2又は第39
条)を失う恐れがある場合に,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を
残したままで,当該重なりのみを除く補正。」と記載され,(説明)の欄に
は,「上記(ⅰ)における『除くクレーム』とは,補正前の請求項に記載し
た事項の記載表現を残したままで,特許法第29条第1項第3号,第29条
の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記
載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載し
た事項から除外することを明示した請求項をいう。」,「(注1)『除くク
レーム』とすることにより特許を受けることができるのは,先行技術と技術
的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先
行技術と重複するような場合である。そうでない場合は,『除くクレーム』
とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどな
いと考えられる。」との記載がある。
上記記載によれば,「除くクレーム」とは,審査,審判の段階において,
対象となる発明の新規性に関して,当該発明の特許請求の範囲と公知技術と
の構成の一部が重なる場合に,本来であれば,構成が同一であるため新規性
を欠くとの査定となるところ,当該発明が公知技術と技術的思想としては顕
著に異なり,しかも進歩性を有する発明であるのに,たまたま公知技術と一
部が重複しているにすぎない場合には,例外的に,特許請求の範囲から当該
重複する構成を除く補正をすることを許すという取扱いをいうものと認めら
れる。
()上記取扱いは,一定の例外的な場合に,特許請求の範囲から重複する構成3
を除く補正を許すというものであると解されるところ,本件における原告の
主張は,上記取扱いが訂正の場合にも妥当するとした上,これに従い,本件
訂正によって,先行技術との重なりが除かれること,すなわち,特許発明の
鉄系材料を,本件訂正事項である「不可避的不純物として含まれる量を超え
る量のアルミニウムを含まない」とすることによって,引用発明と本件発明
1との重なりが除かれることを前提とするものであると解される。
そこで,検討すると,このように先行技術との重なりを除く訂正を,いわ
ゆる「除くクレーム」として,明細書に記載した事項の範囲内のものである
と取り扱うことの当否はさておき,本件においては,原告の上記主張のよっ
て立つ前提そのものを欠くことは以下のとおりである。すなわち,本件訂正
事項は,鉄系材料におけるアルミニウムについて,「不可避的不純物として
含まれる量を超える量のアルミニウムを含まない」とするものであるところ,
上記1のとおり,本件特許明細書の記載はもとより,本件出願時の当業者の
技術常識,その他弁論の全趣旨を参酌しても,鉄系材料におけるアルミニウ
ムの含有量が「不可避的不純物として含まれる量を超える量」が,どのよう
な量であるかが明確であるとは認められない以上,本件訂正によって,「ア
ルミニウムを0.03-0.1%(好ましくは0.03-0.07%)」含
むという引用発明との重なりが除かれるとは,直ちには,認めることができ
ない。
そして,脱酸剤として添加されたアルミニウムも不可避的不純物という場
合があるという上記1()の当業者の技術常識に従うと,アルミニウムが脱5
酸剤として添加される場合,最終製品の性質に対する影響から,その割合が
0.1パーセント以内に限る趣旨の記載が先行技術に係る公開特許公報等に
みられること(上記1()ア(エ),同ウ(イ),エ(イ),オ(イ)等)からも,引用4
例のように,鉄系材料に0.03パーセントから0.1パーセントのアルミ
ニウムを含む場合も,「不可避的不純物として含まれる量を超える量のアル
ミニウムを含まない」場合であるともいい得るのであり,この意味でも,本
件訂正事項により引用発明と本件発明1との重なりは除かれていないことと
なる。
したがって,本件訂正事項は,鉄系材料におけるアルミニウムの含有の点
について,引用発明と本件発明1との重なりを除くものであるとは認められ
ないのであるから,重なりが除かれることを前提とする原告の主張は,そも
そも,その前提を欠くものであり,その余の点について検討するまでもなく,
採用の限りではない。
()また,いわゆる「除くクレーム」についての上記取扱いは,上記()の審42
査基準の(注1)のとおり,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本
来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合に
許されるとされており,補正の有無にかかわらず当該先行技術と技術的思想
が顕著に異なる発明について許されるとされているものと解される。本件に
おいて,鉄系材料におけるアルミニウムの含有について,本件訂正事項のよ
うに限定することは,本件特許明細書に記載していない事項であるし,その
ような限定が,本件特許明細書から自明な事項であるともいえないことは前
示のとおりであるから,上記取扱いによる本件訂正の適法性をいうためには,
原告は,鉄系材料におけるアルミニウムの含有についての限定がないと解さ
れる本件発明1について,先行技術である引用発明と技術的思想としては顕
著に異なり本来進歩性を有する旨の主張・立証をすることを要すると解され
るところ,原告は,鉄系材料について「不可避的不純物として含まれる量を
超える量のアルミニウムを含まない」発明と引用発明との技術的思想の違い
を主張するのみであって,この点でも原告の主張は,理由がない。
()以上のとおり,原告の取消事由2の主張は理由がない。5
3取消事由3(進歩性についての判断の誤り)について
決定は,「刊行物1記載の発明(注,引用発明)は,本件発明1の発明特定
事項をことごとく備えており,したがって,本件発明1は刊行物1記載の発明
である。」(決定謄本12頁第3段落)として,本件発明1の新規性を否定し
つつ,「なお,この点に関し,特許権者は,上記『第2.3.』のなお書きの
項で示すように,本件発明1は,鉄系材料が実質上アルミニウムを含有しない
のに対して,刊行物1記載の発明は,鉄系材料がアルミニウムを含有する点で
相違する旨主張する。特許権者の上記主張を,仮に認めるとしても,アルミニ
ウムは,特許権者も認めるように(平成17年1月31日付け意見書第5頁4
行~5行),焼き入れ後の強度を低下させることからみて,鉄系材料からなる
金属材に,加熱工程と,実質的な変形及び同時的な急速冷却を受けるプレス加
工を施すプレス工程すなわち焼き入れを兼ねたプレス工程とを施して,高い強
度と優れた靱性とを兼備させようとする刊行物1記載の発明において,鉄系材
料として,焼き入れ後の強度低下の原因となり得るアルミニウムを含有しない
ものとすることは,当業者が容易になし得ることと言うべきである。そうする
と,本件発明1は,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであると言わざるを得ない。」(同下から第2段落~最終段
落)として,仮定的に,原告の主張を認めるとしても,本件発明1の進歩性は
否定されると判断した。これに対し,原告は,決定のこの判断を争い,本件訂
正は適法なものであるので,異議の審理においては,本件訂正発明の進歩性の
有無が問題とされなければならないにもかかわらず,決定の上記判断は,本件
発明1の進歩性を判断しただけで,本件訂正発明の進歩性判断をしなかったの
であるから,決定は取消しを免れないとし,また,本件訂正発明の進歩性につ
いて,本件訴訟において判断されるべきであり,かつ,本件訂正発明は,引用
発明から容易に想到できるものでなく,進歩性を有すると主張する。
しかし,原告の上記主張は,いずれも,本件訂正が適法であることを前提と
するものであるところ,本件訂正が適法でないことは,上記1及び2の判示の
とおりであるから,原告の取消事由3の主張は,前提を欠くものであり,その
余を判断するまでもなく,理由がない。
4以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に決定を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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