弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
 原告訴訟代理人は「被告が原告に対し、公正取引委員会昭和四一年(判)第三号
私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律違反審判事件について、昭和四三
年一〇月一一日にした審決はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との
判決を求め、その請求の原因及び主張を次のとおりのべた。
一、原告を被審人とする公正取引委員会昭和四一年(判)第三号私的独占の禁止及
び公正取引の確保に関する法律(以下単に独禁法ないし法という)違反審判事件に
ついて、被告は原告に対し昭和四三年一〇月一一日別紙審決書(写)のとおり審決
をした。
二、右審決には次のような違法事由があるから、取消さるべきである。
1、主文の違法
 審決主文第一項は、原告が昭和三九年六月二九日の営業部所長会議及び同年七月
二三日の営業部会議で決定した、原告が販売する育児用粉ミルクについての卸売価
格を維持するため、及び、小売価格を維持するための、卸売業者に対する販売対策
を破棄すべきことを命ずるものであるが、審決の認定事実においては、審判の対象
となつた「レーベンスA」新製品及び「レーベンスN」の販売対策以外には全く触
れていないから、一般的に原告が販売する育児用粉ミルクの販売対策というのみで
は、排除措置の対象が特定せずこれを執行することは不可能であるから、右は違法
である。
2、実質的証拠の欠缺
(一) 被告は、審決の「事実および証拠」の第一の二において、育児用粉ミルク
の商品としての特殊性から卸売業者の発注にそう銘柄を常備しておく必要があるこ
と及び原告が育児用粉ミルクを他の育児用商品、乳幼児用薬品等の卸販売を行つて
いる薬系の卸売業者に販売していることを認定し、右を前提として、原告が卸売業
者と小売業者との取引を拘束する力を有すると判断している。
 しかし、銘柄を常備する必要については、卸売業者としては多くの銘柄を揃えて
おくのが有利であるという常識的な判断以上に出ず、その商品の市場占拠率いかん
にかかわらず、常備しておく必要性、さらに原告が卸売業者と小売業者との「取引
を拘束」する力を認定するための前提として、どの程度の必要性があるかとの点に
ついては全く証拠がない。また、原告の販売する他の商品の取引について証拠に現
われているのは、原告の粉ミルクを取扱つている卸売業者が原告の販売する他の商
品も取扱つていること以外には何もない。粉ミルク以外の商品も同じ流通経路で販
売されていることが、粉ミルクの取引にどのような影響を及ぼすかについては全く
証拠がない。のみならず、原告の販売する他の商品が、市場においてどの程度の占
拠率を有するのか、当該卸売業者の取扱高に占める割合はどの程度か、他社同種製
品との競合、他社製品によつて代替しうるか否かなど原告の卸売業者に対する支配
力を認定するに必要不可欠の前提事実についてさえ何等の証拠がない。
(二) 被告が審決の「事実および証拠」の第一の三ないし五において認定した次
の(1)ないし(5)の各事実は、いづれも実質的証拠を欠いている。従つて、原
告が拘束条件付取引を実施したとする審決の認定も、また実質的証拠を欠くもので
ある。
(1) 審決は、原告の採用した育児用粉ミルクの販売対策が、当時訴外森永商事
株式会社において既に実施し、また訴外明治商事株式会社において立案計画中であ
つた販売対策にならうものであるとするが、右両社の販売対策は、原告に対する本
件審判の対象となつていないのみならず、その内容等の詳細を認定すべき証拠は存
しない。
(2) 審決は、いわゆる「感謝金」が配達手数料を除く卸売業者の取分全部であ
つて、原告はその額を、卸売業者の売上伸長率、支払方法、価格維持の要請に対す
る協力の度合等を勘案してその裁量により決定することができるとしているが、審
決挙示の証拠によつては、右の事実ひいてはいわゆる感謝金制度の内容、効果等を
認定することはできない。
(3) 審決は、原告が小売業者を登録し、かつ卸売業者の販売先を登録小売業者
に限定したとするが、この事実を認めるに足る証拠は全くない。
(4) 審決は、原告が流通経路確認票制度を採用することによつて、指示卸売価
額ならびに指示小売価額による各販売及び卸売業者の販売先の制限を確保し、かつ
確認する機構を設けたとするが、この事実を認めるに足る証拠もまた存しない。
(5) 審決は、原告が昭和三九年八月下旬から同年一〇月上旬にかけて卸売業者
に対して行なつた「レーベンスA」新製品の発表会における原告の販売対策に関す
る説明につき、出席した卸売業者は、原告の要請に応じない場合には、少くとも感
謝金の算定にあたつて不利益を受けるであろうと考えるに至つた、と認定している
が、審決挙示の証拠中にはこれを認めるに足るものは見当らず、右は被告の推論に
すぎない。
(三) 仮りに、原告がその自由裁量により前記「感謝金」を加減し得たとして
も、取引の実態においてそれが価格維持の担保として効果があるためには、その商
品の市場占拠率が高いこと、換言すれば当該卸売業者の売上高を占める率が高いこ
と、したがつて感謝金の絶対額が大きいのでそれを加減されると資金繰上または収
益上大きな影響を受けるということが不可欠である。しかるに、前記二社に比して
市場占拠率がきわめて低いという原告の実情に鑑みれば、右はとうてい審決が認定
するように、価格維持の強固な担保たり得るというものではないから、審決が、原
告が拘束条件付取引を実施したとする認定は、結局実質的証拠を欠くに帰する。
3、審判手続の違法
(一)(1) 原告は、昭和四一年一一月二四日審判官に対し、(イ)訴外aが被
告の名古屋地方事務所に対し昭和四〇年五月二三日頃レーベンスミルクの不当廉売
に関連し不当景品類及び不当表示防止法第四条に違反する事実ありとしてした申告
およびこれに関連して被告が調査した書類及び(ロ)昭和四一年(判)第一号明治
商事株式会社に対する独禁法違反被疑事件と同第二号森永商事株式会社にする同事
件の各審判記録の提出を求め、あわせて、右各審判記録の閲覧謄写を請求したが、
いづれも却下され、被告に対する異議申立もまた却下された。
(2) 原告は、右(イ)の書類により育児用粉乳の不当廉売の存在の事実の立証
と、審判開始決定書第一、事実二の(四)記載の「価格は、おおむね維持されてい
る」との主張に対する反証をあげようとし、右(ロ)の記録により、育児用粉乳が
乱売されていたこと、建値が維持されていなかつたこと、正当な理由の存在するこ
と、原告の販売方針が公正な競争を阻害するおそれのないことなどを立証せんとし
た。従つて右の書類及び記録は、原告の主張事実立証のため不可欠のものであつ
て、本件における原告の防禦に必要なものであるから、被告のした前記措置は、法
五二条によつて認められる原告の防禦権を不当に制約するものであつて違法であ
る。
(二)(1) 審決は、原告の採用した「感謝金制度」が価格維持の担保をなすも
のと認定し、かつ主文において右に関する排除措置を命じている。しかし、右「感
謝金制度」に関する事項は本件審判開始決定書に記載されていないばかりでなく、
本件審判手続において審理の対象ともされなかつた。
従つて審決は、
(イ) 右「感謝金制度」に関する事項は、審判開始決定書記載の卸売業者を登録
したという事実とは、社会的経済的に同一性を有しないから、これにつき被告は本
来審判をなし得ないのに、これをした点において、
(ロ) また、仮りに右両者が同一性を有するとしても、「感謝金制度」に関する
事項は本件審判の争点になつていないのであるから、被告はこれにつき審判をなし
得ないのに、これをした点において、
(ハ) 更に、仮りに「感謝金制度」に関する事項について審判をなし得るとして
も、本件審決において突然これを認定することは、まさに不意打ちであり、手続上
の信義則に反する点において、
違法であるというべきである。
(2) 更に、(イ)審決は、前示二、1、(一)記載の原告の販売する育児用粉
ミルクの取引関係の特殊性からして、卸売業者は原告の育児用粉ミルクの市場占有
率いかんにかかわらずこれを取扱わざるを得ないとするが(審決「法の適用および
理由」第一参照)、右については、審判開始決定書に記載がないばかりか、本件審
判手続において審理の対象ともされていないのであり、また、(ロ)審決は「事実
及び証拠」第一の三ないし五において、更に「法の適用及び理由」第三、第三点
二、(三)において、原告の販売対策の決定は前示二社のそれに対抗する措置とし
てこれにならつてなされたものであると認定しているが、右につき原告は、右
(一)記載のとおり本件審判手続において主張立証の機会を閉ざされたままであつ
たから、右(1)と同様の理により、審決はこの点においても違法たるを免れな
い。
(三) 審判開始決定は「レーベンスA」新製品及び「レーベンスN」についての
原告の販売方法を問擬するものであるのに、審決では、原告の販売する育児用粉ミ
ルクの販売対策について排除措置が命ぜられているから、審決は、審判を求められ
た範囲を越えて審判し、かつ不当に原告の前記防禦権をうばうものであつて違法で
ある。
4、法令適用の誤り
(一) 法二条七項の違憲等
(1) 審決は、原告の行為は法二条七項四号、「不公正な取引方法」(昭和二八
年九月一日、公正取引委員会告示一一号、以下単に「一般指定」という)の八に該
当するとして、法一九条を適用している。
 ところで法二条七項は、同項一号ないし六号に該当する不当な行為であつて、公
正な競争を阻害するもののうち、公正取引委員会が指定するものを以て同法にいう
不公正な取引方法と定めるが、これは何が不当であり何が不当でないかの判断を、
挙げて公正取引委員会に任せるものであつて、不公正な取引方法の構成要件の決定
を同委員会に白紙委任するものである。従つて、同条項は許された範囲を越えて行
政府に立法を委任するものであつて、憲法四一条、七三条六号に違反し無効であ
り、またかかる違憲無効な条項に基づき原告を問擬することは、憲法三一条にも違
反する。
(2) また、一般指定は抽象的一般的な規定の仕方をしているが、本来法二条七
項の意図するところは、公正な競争を阻害するおそれのある不当な競争行為を公正
取引委員会が具体的にかつ個別的に指定することによつて、不公正な取引方法とは
何であるかを明らかにするにあることは明らかである。したがつて、同法の予定し
ている不公正な取引方法の指定は、現行の特殊指定もしくはこれに準ずる程度まで
具体化されたものたるべく、現行の一般指定の如き抽象的な規定は右条項の予定す
るところではないから、一般指定は同条項に違反し無効である。
(二) 一般指定の八の解釈及び適用の誤り
(1) 右(一)、(1)記載のとおり、被告は原告の本件行為は一般指定八に該
当するという。しかし、(イ)右行為は卸売業者に対し法律上(契約上)の拘束を
生ずるものではなく、また原告は前記二、2、(三)において述べたとおり取引を
拘束する力を有しないのみならず、(ロ)右にいう取引の拘束とは相手方の取引の
自由の拘束をいい、単なる価格の拘束は含まないものと解すべきであるから、被告
のした右の一般指定の八の解釈適用は誤つている。
(2) 再販売価格維持行為にも、商品、業界が異ることによりさまざまの形態が
あり、再販売価格を拘束する程度もさまざまであるから、そのすべてが一般指定の
八にいう不公正な取引方法にあたるものではないのに、右(1)記載のとおりこれ
を肯定する被告の解釈は誤つている。
(3) 一般指定の八にいう正当な理由の存否の認定は、当該商品の市場における
競争のあり方を規定する諸条件を考慮したうえ、外見的に右に該当する行為が具体
的に公正な競争を阻害する虞があるかどうかを実質的に判断してこれをなすべきも
のである。原告はかかる見地に立つて、審判において、右の諸条件に該当する後記
(イ)ないし(ニ)の各事実を、右八にいう正当な理由として主張したところ、被
告は右八が「正当な理由がないのに」というのは、公正な競争秩序とかかわりのな
い事項についての拘束条件を除外するため規定したものであるとの誤つた解釈の下
に、原告の右主張を社会通念上ないし取引合理性の見地からなしたものであつて、
前提において誤つていると判断して、右各事実について認定判断を加えることな
く、これを排斥した。従つて、その結果審決は実質的な証拠なくして原告が拘束条
件付取引を実施したと認定したことに帰する。
 ところで、原告が本件において右の正当な理由があるとするところは、大要次の
とおりである。
(イ) 育児用粉ミルクは、乳児の主食であるから、全国の薬局薬店(原告は食品
系には配給していない)において消費者が容易に入手しうる状態に常時配給してお
かねばならない。これは他の日用品と異なる育児用粉乳の商品としての特殊性であ
る。
 しかるに育児用粉ミルクはブランド商品であるという一般的理由のほか、薬局薬
店の二大扱品目である医薬品、化粧品が再販売価格維持契約の実行されている指定
商品であつて値引販売が困難であるのに対し、育児用粉ミルクはかかる制約がない
ため、おとり商品として利用し易く、また店頭に陳列しても目立つため、おとり商
品として効果があがるという特殊な事情があり、したがつておとり商品として使用
される潜在的必然性が商品自体に存在する。それ故に、小売業者のマージンが約一
〇パーセント、卸売業者のマージンが四、五パーセントと低いにもかかわらず、お
とり商品として値引販売が横行し、またその波及効果も大きい。
 また育児用粉ミルクは乳幼児の健康生命に影響する商品であるから指導販売が必
要であるが、これには当然人件費を要するため、前記のごときおとり販売、不当廉
売で原価割れ販売を余儀なくされる小売業者の取扱い拒否を防止するとともに、指
導販売を実行させるために、小売業者のマージンを確保してやらねばならない。
 そのため、原告は価格建による価格の維持を要請した。そして同時に、乳幼児の
生命健康に直接関係する商品であるので、最終消費者に至るまで責任を持つ必要
上、流通確認票の制度と小売業者の卸売業者に対する登録の制度を採用したのであ
る。
 右のような育児用粉ミルクの特殊性は、その業界における公正な競争のあり方を
も規定せざるをえない。すなわち、育児用粉ミルクの業界では、第一に商品の社会
的使命が優先し、第二に販売業者は、小売一〇%、卸四~五%の低マージンのた
め、正常な価格競争の余地は非常に少ない。生産者においても、原料乳の高騰(昭
和三〇年を基準として一・五倍)と人件費その他の経費の増大を合理化によつて漸
く吸収し、小売価格はほとんど横這であつたので、不当な利益を得ていない。
 したがつて不当廉売、おとり販売の横行によつて、取扱小売業者が減少するこ
と、指導販売が行なわれなくなることは、公正な競争秩序が維持されているといえ
ない状態である。不当廉売、おとり販売も、公正な競争秩序を阻害するおそれのあ
るものであることは、一般指定五あるいは六にてらして明白である。このような市
場にあつて、価格建にしたがつて販売してほしいと要請することは、仮に価格を拘
束するような外観を示したとしても、何ら公正な競争秩序を阻害するおそれはない
といわねばならない。
 原告の本件商品は審判開始決定当時において市場占拠率約一〇%、昭和四三年に
おいて約六%となつている。したがつて、原価割れ販売において取扱拒否を受ける
場合であつても、市場占拠率の高いメーカーの育児用粉ミルクよりも強く影響を受
けるのである。市場占拠率の高いメーカーの商品であれば、小売商としても顧客を
失う率も高くなるので、止むなく取り扱うとしても、市場占拠率の低い原告の製品
の場合は、原価割れ販売よりも、小売商は顧客を失う方を選択し、原告の製品の取
扱を拒否するからである。したがつて原告は、前記のごとき価格建を守つて販売す
ることの要請およびその他の流通秩序維持の施策を採用したのであるが、既にのべ
たとおり、右要請は原告の市場占拠率が低いため実効性がなく、仮に公正な競争秩
序に対して、それを阻害するという方向における影響があつたとしても、それはほ
とんど無視しうる程度であつて実効性はなく、絶対に公正な競争を阻害するおそれ
は無いものである。
 右競争の制限は、それが仮に実効性があつたとしても、原告の製品を取扱う販売
業者間における価格競争(ブランド内競争)が若干減少するという影響をもたらす
にすぎず、原告の製品と他社製品との間の価格と品質の競争は依然として存在す
る。かえつて原告のような市場占拠率の低いブランドの製品が、前記販売方針によ
つて販売力が強化されることにより、他社ブランドとの間の価格競争、品質競争が
かえつて促進され、独占または寡占の弊害(不公正な取引方法は、私的独占を形成
しまたはこのための手段であるとされている)を未然に防止することとなるのであ
る。
(ロ) 原告の育児用粉ミルクは他社のそれと異なり、食料品系の販売業者を通し
てのみ販売しているので、医薬品業界の商慣習にしたがい返品の自由があり、売り
切り買い切りの商品の取引とは異り委託販売としての性格がある。このような委託
販売的な商品取引の場合においては、商品の所有権が完全に卸売業者に移転する通
常の場合とことなり、再販売価格の指示が直ちに公正な競争を阻害すると判断する
ことはできないのである。
(ハ) 原告が本件行為に出た当時育児用粉ミルクはおとり販売の対象となり不当
廉売が横行していたのであつて、原告の右行為はこれに対する対抗策ないし自衛手
段としてなされたものである。従つて右(イ)に述べたところから明らかなよう
に、右行為は何ら公正な競争を実質的に阻害する虞れのあるものではないが、原告
にとつては更に次のような特段の事情がある。すなわち、一般に再販売価格維持契
約は、ブランドの力の強い(宣伝力資本力の強大さが背後にある)商品であつて、
独占度、すなわち市場占拠率の高い商品ほど実効をあげることができるということ
が経験則上認められている。これは、販売業者にとつて、市場占拠率が高い商品は
販売し易く、またこれを常備することが顧客に対する関係で必要不可欠であるか
ら、廉売によつて出荷停止の制裁を受けることは大きな脅威となり、再販売価格を
守らざるをえないからである。これに反して、市場占拠率が低く、ブランドの力も
さして強くない商品については、その販売業者は出荷停止などの制裁には脅威を感
じないのである。したがつて、不当廉売、違法なおとり販売に対する対抗策とし
て、再販売価格を拘束する手段を講じたとしても実効性は低く、被告の主張するご
とき公正な競争秩序の維持を阻害するおそれのある対価の拘束はできないのであ
る。
 しかるにこれを市場占拠率の高い明治、森永、雪印など他社製品と同列に論じて
公正な競争を阻害するおそれある違法な行為と見ることは誤りであり、原告の本件
行為は特に不当廉売に対抗する措置として、公正な競争を阻害するおそれはなく、
正当な理由を有するものである。
(二) 原告は、訴外森永商事株式会社が登録制度と称する販売方式を採用し(昭
和三八年七月実施)、また訴外明治商事株式会社もこれを企画中であり、(昭和三
九年七月実施)、不当廉売に苦しんでいた販売業者がこれを歓迎するのを見て、流
通機構の整備のためにも、これらに追随して、本件行為に出でざるを得なかつた。
 しかも原告の本件行為は、単なる右二社に対する対抗措置という、ある程度選択
の余地のある行為ではなく、企業防衛上不可避的な措置であつたのである。すなわ
ち、育児用粉ミルクは、出生率が停滞もしくは減少の傾向にあるので、総需要の飛
躍的増大は期待できない商品である。そのため限られた市場における他社の売上増
大、市場占拠率の伸長は、原告の売上減少、市場占拠率の後退ひいては育児用粉乳
の部門における採算悪化を招来する。育児用粉ミルクがその企業の売上中に占める
割合が大である程、売上減少は直接致命的な赤字の増大となるのである。原告は昭
和四一年当時において総売上高中育児用粉ミルクの占める割合は約六〇%で、明治
一六%、森永一六%、雪印五%に比して著しく高い(原告の育児用粉ミルクの市場
占拠率が低下したため昭和四三年四月、同年九月においては約五〇%に低下し
た。)。したがつて他の大手メーカー三社は、育児用粉乳の売上減少により致命的
な影響を受けることは考えられないのにかかわらず、原告は育児用粉ミルクの売上
減少による致命的な影響を受けるのである。しかも、資本力企業全体の規模が、右
三社は原告とは比較にならない程大であることは、顕著な事実であるから、通常の
競争状態においてさえも原告は守勢に立たされざるをえない。かかる状態のもと
に、不当廉売に苦しんだ育児用粉ミルクの販売業者が、再販売価格の維持を主目的
として採用された右明治・森永(両社で育児用粉ミルクの市場占拠率七七%)両社
の販売方法を歓迎しているのに対し、原告がこれを座視し、自社の商品を不当廉売
のなすがままに放つておくときは、販売業者が原告の商品を扱うことを拒否する結
果となり、市場占拠率の一層の低下(事実不当廉売の結果原告については審判開始
当時の一〇%が六%に減少した)、売上の大巾減少は不可避である。再販売価格維
持が伝幡性が強く、一社がこれを実施すると他社もこれを行なわざるをえなくなる
ということは経験則上明らかなことであることとあいまつて、劣勢な地位にある原
告が、右二社に追随し、両社の販売方法を模倣せざるをえないし、これをしなけれ
ば販売競争から脱落してしまうことは明らかである。したがつて原告が他二社の販
売方針を、形式のみを模倣し(その内容は方針自体ゆるやかであり、拘束といつて
も原告の力が足らず実効性がなかつた)、流通機構の崩壊を防ごうとしても、それ
は他社ブランドとの間の自由にして公正な競争を促しこそすれ、全く公正な競争を
阻害するおそれはないのである。したがつて、市場占拠率の高い他社については正
当な理由とならない事由であつても、原告のごとく市場占拠率が低く、かつ資本力
においても著しく劣る企業の行為としては、公正な競争秩序維持に対して貢献こそ
すれ、阻害の要因とはならないし、これこそ正当な理由があるものである。
5、本件排除措置の失効
 本件審決は、前記1及び3、(三)に述べたとおり、「レーベンスA」新製品及
び「レーベンスN」を対象とするものであるところ、前者は昭和四三年二月に(ち
なみに右は審決案送達時たる昭和四三年五月二二日より前である)、後者は昭和四
四年七月に、それぞれ販売が中止され、もはや存在しないから、かりに審判開始決
定書記載の事実が認められるとしても、審決は、右二製品に対する違法宣言を以て
足るものである。従つて、被告をして右違法宣言をなさしめるため、本件審決はこ
れを取消したうえ、被告に差し戻されるべきものである。
被告訴訟代理人は、主文と同旨の判決を求め、答弁及び主張を次のとおりのべた。
一、原告主張の一、記載の事実は認める。
二、1、主文の違法について。
 排除措置の対象は、主文と相俟つ審決全体によつて十分特定されている。すなわ
ち、審決主文第一項において破棄すべきものとされているのは、原告が、昭和三九
年六月一九日の営業部所長会議において決定した販売対策のうち、卸売価格を維持
するため、および小売価格を維持するための卸売業者に対する販売対策であつて、
その内容は、本件審決第一事実、三に摘示されているとおり、右価格維持のため
に、小売業者の登録制度ならびに感謝金制度および商品流通経路を確認する制度を
活用することとしたこと、ならびに、右販売対策について、同年七月二三日の営業
部会議で決定した具体策であり、その内容は、右価格維持のためにする同三、
(一)ないし(四)の方法である。なお、本件審決は、右の原告の育児用粉ミルク
の販売対策に対してなされたものであつて、「レーベンスA」新製品及び「レーベ
ンスN」という特定の商品についてなされたものではない。
2、実質的証拠の欠缺について。
(一) 原告主張の(一)記載の事実は、審決挙示の各証拠、特に審判手続におけ
る参考人b、同cの各供述によつて十分これを認めることができる。
(二) 右(二)記載の(2)ないし(5)の各事実は、いづれも審決挙示の各証
拠によつて十分これを認め得るところであるが、とりわけ右(2)は審判手続にお
ける参考人dの供述及び査第七号証によつて、右(5)は右b及びcの各供述なら
びに査第五、第六号証によつて明らかである。なお、(1)については、審決は、
卸売業者及び小売業者が原告に対し、その主張の二社の販売対策にならつて価格維
持の施策を求める要望が多いと認定したものであり、この点については審決挙示の
証拠によつて十分これを認めることができる。
(三) 右(三)記載の主張はこれを争う。すなわち、訴外明治商事株式会社及び
同森永商事株式会社と比較して、原告の市場占拠率が低いにもかかわらず、被告が
原告のとつた「感謝金」の加減という措置の実効性を認めたのは、審決書の第一事
実、二で認定したような状況があるためである。このような状況のもとで、企業と
しての卸売業者の行動を考えた場合、特殊な事情のない限り、原告の販売する育児
用粉ミルクの取扱量が相対的に少ないということだけで、直ちに右の実効性が否定
されるものではない。
3、審判手続の違法について
(一) 原告主張の(一)、(1)記載の事実(右申立及び請求の理由が原告主張
のとおりであることを含む)は認める。しかし、次にのべるとおり、被告が右文書
及び記録の提出の申立を容れなかつたのは、その必要性がないことによるのであ
り、また閲覧謄写を許さなかつたのは、原告が該事件につき法六九条にいう利害関
係人に当らないからであるから、これによつて原告の防禦権を制約するものではな
い。
(1) 右文書等の提出の申立につき必要性がないとした理由。
 まず原告主張の(イ)の文書についてみるに、これによつて原告が立証しようと
している事実の要旨は、浜松市におけるレーベンスミルクの乱売状況とこれを素材
とする小売市場の価格動向であるが、かりに右の各文書が審判廷に提出され、これ
によつて同地域の違法な廉売が立証されたと仮定しても、これは一地域の状況であ
るから、右の各文書は、審判開始決定書記載の「指示卸売価格および指示小売価格
は、おおむね維持されている。」との事実に対する反証とはならない。また、右の
ような性格の文書であるから、原告の本件価格拘束行為が一般的・制度的なるが故
にその違法性が問擬されている事案においては、原告の行為の正当理由を証するに
足るものでもない。つぎに、右(ロ)の記録についてみるに、これによつて原告が
立証しようとしている事実の要旨は、従来育児用粉ミルクについては、メーカーの
建値が維持されずに乱売が行なわれていたこと、ならびに育児用粉ミルクは、実質
的には独占禁止法第二四条の二の指定を受くべき商品であること、乱売に適した商
品であること、その商品的特性、競争事業者との比較などから原告の本件行為が不
当なものでないことにあるが、価格拘束行為についての不当性ないし正当な理由は
後記4(二)(3)のとおり解すべきものであるから右の記録はその立証に適した
ものとはいえない。また、原告の本件行為がその主張の両社に対する企業防衛的な
対抗的措置であるとしても、それだけで直ちに正当な理由があるといえないことも
右にのべるとおりであつて、あえて右申立のあつた審判段階で右記録の提出をまた
ねばならなかつたものではない。
(2) 原告が法六九条にいう利害関係人に当らないとする理由。
 法六九条が利害関係人について、事件記録の閲覧等の権利を認めたのは、当該審
判事件の帰趨に法的利害関係を有する者にその利益保全の機会を与えるためであ
る。単に事実的な便宜があるということだけで、右の権利が認められるものではな
い。したがつて、本条にいう利害関係人とは、当該事件の被審人(および代理人)
のほかには、法律によつて当該事件に関与することが認められている参加人(法五
九条、六〇条)および当該審判の対象となつている違反行為の被害者(法二五条)
があるにとどまる。原告は、別件の審判事件である訴外明治商事株式会社ならびに
同森永商事株式会社に対する各独占禁止法違反被疑事件の被審人と同種商品の販売
業者であつて、その販売活動が同一法条違反に問われていたというにとどまり、法
的意味で、利害関係人と認めることはできない。
(二) 右二(1)記載の事実のうち、本件審判開始決定書に「感謝金制度」に関
する記載のないことは認める。
 しかし、公正取引委員会の行う審判の範囲は、民事もしくは刑事の訴訟手続にお
けるような厳格な制約を受けるものではなく、審判開始決定書に記載のない事実で
も、これに記載されている事実と社会的、経済的に同一性を有する限り、審判の対
象となると解すべきである。
 ところで、本件審判の対象は原告が決定した育児用粉ミルクの価格維持のための
販売対策であり、本件審判は、右販売対策が、独占禁止法上許されたものかどう
か、即ち一般指定の八の拘束条件付取引に該当するかどうかについて、行政手続に
よつて判断し、国民経済の観点から行政措置の要否を決するものである。そうし
て、一般指定の八に該当する拘束条件付取引の要件事実のうち、拘束する条件に該
当する具体的事実は、前記施策の具体的内容であり、その施策の拘束性をあらわす
事実である。したがつて、審判開始決定書には、この拘束性をあらわす具体的事実
が記載されていなければならないが、その記載の程度は、右施策が、日時、場所、
決定方法などとあいまつて、特定される程度に記載されていれば足りるのである。
この場合、右の拘束条件を構成する個別的方法のすべてが記載されなければならな
いものではない。それぞれの個別的方法の経済的および法律的意味は、審判の過程
で明らかにされなければならないが、それは、前記施策の内容をなすものである限
り審判の範囲に属するものである。本件における原告の価格拘束行為は、審決の認
定したところによれば、いわゆる高額払込制度、感謝金制度、小売業者登録制度、
流通経路確認票の制度の複合によつて価格拘束の実をあげようとするものである
が、審判開始決定書においては、このうちの登録制度についての事実を記載するこ
とによつて、前記販売対策を特定しているのである。審決で認定した右の各個別的
方法は、右の登録制度とともに価格拘束のための前記販売対策の内容をなすもので
あるから、右登録制度との関係において社会的、経済的事実として同一性を有する
ものである。
 つぎに、本件審判における感謝金制度の立証は、第一〇回審判期日における参考
人eの審尋によつてなされている。同参考人の審尋は、約一〇日前の前回期日であ
る第九回審判期日において、職権審尋を希望した陪席の審判官から、審尋の目的
(立証趣旨に相当する。)と内容(審尋事項に相当する。)が明示されており、し
かも当初同審判官は、同期日における在廷参考人として審尋することを希望したの
であるが、被審人(原告)代理人の要望もあつて、次回期日に審尋することとなつ
たものである。また、感謝金制度に関し審査官の意見が述べられたのは、第一一回
審判期日(審査官意見と題する書面の陳述)においてであるが審判手続は、同期日
をもつて終結されたものでなく、被審人(原告)の最終意見陳述のために続行さ
れ、第一二回審判期日において被審人(原告)は意見陳述のほかに立証として和第
四一号証を提出している。このような手続の経緯に徴すれば、被告において感謝金
制度に関する原告の防禦の機会を閉した事実はないから、右制度についての判断を
以て不意打というのは当を得ない。
 従つて、本件審判手続には原告指摘のような違法の廉はない。
(二) 右(2)、(イ)は、「感謝金」の査定による拘束性を認定するための背
景的、間接事実であるから、審判開始決定書等にその摘示がなければこれが認定を
なし得ないものではない。また、審決が「事実及び証拠」第一の三ないし五におい
て原告主張のような認定をしていないことは既に2、(二)末尾においてのべたと
おりであり、原告が本件販売対策を決定した当時、森永商事株式会社らの販売方策
がすでに実施され、あるいは立案計画中であつたことは、本件審判において原告が
自認している(公正取引委員会昭和四一年(判)第三号事件の被審人の昭和四二年
四月一八日付準備書面二六六頁)ところであつて、審決の「法の適用及び理由」第
三、第三点二、(三)における認定は、原告の主張にそうものである。
 従つて本件審判手続には所論のような違法はない。
(三) 右(三)について。審判開始決定書に原告主張の製品の名称が摘示されて
いたことは認めるが、本件審判の対象は、育児用粉ミルクに対する原告の販売対策
そのものであるから右主張はあたらない。
4、法令適用の誤りについて。
(一)(1) 原告の(一)(1)記載の主張は、法二条七項が不公正な取引方法
の不当性の具体的要件の設定を公正取引委員会に白紙委任したものであるとの誤つ
た理解にたつものであつて失当である。すなわち、同条項は、その各号において行
為類型を限定したうえ、その各号所定の不当性は、公正な競争秩序の観点からとら
えるべきことを規定している。同項に「公正な競争を阻害するおそれがあるものの
うち」とは、このことを示すものであるから、原告が主張するように不当性の判断
基準を示さずに、無限定に白紙委任しているものではないのである。
(2) 右(2)記載の主張に対しては、被告は別紙審決書(写)「法の適用及び
理由」第三、第一点二、(一)にのべたとおりをここに引用して主張する。
(一) 原告の(二)(1)記載の主張について。
 一般指定の八に定められている拘束条件付取引とは、相手方との間において拘束
条件を含む契約を締結する場合だけをさすものではない。取引の内容に公正な競争
を阻害する拘束事項が含まれていれば、その事項が私法的な法律効果を伴わない場
合でも、右に該当するものと解すべきである。
 また、原告の「取引を拘束」する力をみる場合、単にその企業規模や原告が販売
する育児用粉ミルクの市場占拠率のみから判断するのは誤りである。もとより企業
規模や市場占拠率は、無視すべき事柄ではないが、それにも増して重要な観点は、
育児用粉ミルクの商品的特性および同一の卸売業者に原告が販売している他の商品
の取引関係との関連である。ところで、原告は、育児用粉ミルクのほかに、多数の
育児用商品および乳幼児用薬品等を販売していて、この点で、明治商事株式会社等
の他の育児用粉ミルクの元売業者と異つた特徴を有する。そして、原告が販売する
育児用粉ミルクを取り扱う卸売業者は、いずれも原告の販売するその他の商品をも
取り扱つている。したがつて、小売業者は、少なくとも、原告の販売する商品につ
いては、一括して特定の卸売業者から購入しうるのが、経済的に利益である。その
ため、右卸売業者は、容易に、原告との取引あるいは原告が販売する育児用粉ミル
クの取扱いをやめることができる立場になく、原告の販売する商品が差別化された
商品であることをも考慮すれば、原告と卸売業者との取引関係は、売手である原告
が支配力を有する取引関係であるとみざるをえない。原告の「拘束」力を評価する
場合、このような状況を無視することはできない。
 さらに原告の(ロ)の主張に対しては、被告は別紙審決書(写)「法の適用及び
理由」第三、第二点二、(二)にのべたとおりをここに引用して主張する。
(2) 審決は、再販売価格維持行為を当然違法と言つているものではないから、
原告の右(2)記載の主張は失当である。
(3) 右(3)記載の主張について。
 一般指定の八にいう正当な理由があるとは、公益としての公正な競争秩序を阻害
する虞のない場合をいうものと解すべきである。すなわち、不公正な取引方法の規
制は、取引社会における競争が経済能率に従つた競争秩序のもとで行なわれること
を維持、促進することを目的とする。独占禁止法第二条第七項の冒頭に規定されて
いる「公正な競争を阻害するおそれがある」ものとは、この観点を示すもので、同
項各号所定の一般的行為類型の要件とされている「不当」性も右の観点からする評
価を示すものと解さざるをえないのである。そしてまた、右の観点は、文理上明ら
かなとおり、公正取引委員会が同条にもとづく「指定」を行なう際の基準としての
意義を有するものと解すべきである。
 右のとおりであるから、同項にもとづく一般指定は、その各項目において、それ
ぞれ「正当な理由がないのに」等の限定的文言を配しているが、これは、一般指定
の各行為類型を特定の事案に当てはめる場合に、形式的には右の行為類型に該ると
しても右の価値概念に照らして評価されるべきことを示しており、もしその方法が
公正な競争を阻害しない場合には不公正な取引方法としてとらえないことを実質面
から限定したものと解すべきである。かりにこれを右に述べた公正な競争秩序とは
別個の観点からとらえるとすれば、競争秩序とはかかわりのない企業利益のために
公正な競争が阻害される結果となることをも容認せざるをえないこととなるが、独
占禁止法の目的からして、このような解釈が許されないことは多言を要しないとこ
ろであろう。法秩序のもとでは、もとより企業利益そのものも無視されるべきもの
でないことは当然であるが、私的独占禁止法の目的との調和を限度とせざるをえな
いのである。
 右に述べたところを一般指定の八に即してみると、事業者が、その取引の相手方
と第三者の取引における競争の対象となりうる事項について拘束を加えた場合、そ
の事業者の行為は、論理上当然に不公正な取引方法としての拘束条件付取引に該当
することにはならない。この場合、さきに述べた観点から、その行為が「正当な理
由がないのに」なされたものかどうかの判断がなされなければならないのである。
これを例えば、原告の主張するとおり廉売あるいは不当廉売についてみれば、次の
とおりである。ある販売業者が独占禁止法の規制の対象となるおとり廉売等を行な
つている場合、その廉売の対象となつている商品のメーカーが、当該商品の信用性
を保持するため、あるいは売掛代金債権を保全するため等の企業利益のために、右
の廉売を阻止する目的で、右の販売業者に対して、個別的に、再販売価格を拘束す
ることは、不公正な取引方法に該らないであろう。個別販売業者が行なつている競
争秩序を阻害する行為を拘束したとしても、公正な競争を阻害することにはならな
いからである。
 しかし、本件の原告の施策は、それがおとり廉売あるいは不当廉売に対抗する措
置であるかどうか、本件審判の過程において原告が主張された事案がおとり廉売あ
るいは不当廉売にあたるかどうかの判断にかかわりなく、特定の相手方に対する個
別的措置としての価格拘束ではなくして、一般的・制度的な措置であるから、これ
をもつて公正な競争を阻害するおそれのない行為と認めることはできないのであ
る。
 従つて原告の主張は当らない。
5、本件排除措置の失効について。
 既にのべたとおり、本件審決の対象は育児用粉ミルクに対する原告の販売対策そ
のものであつて、原告がここに主張する如きものではないのみならず、仮りに原告
主張のとおりであるとしても、本件審決の司法審査の判断の標準時は、処分時たる
審決時であるから、いづれにしてもこの主張は失当である。
       理   由
一 被告が原告に対し、その主張の日にその主張のとおりの審決をしたことは当事
者間に争いがない。
二 原告は右審決は取消さるべきものであると主張するので、その主張にかかる違
法事由につき順次判断する。
1 主文の違法について
 審決書によれば、本件審決は、原告が昭和三九年六月二九日の営業部所長会議及
び同年七月二三日の営業部会議で決定した、原告の販売にかかる育児用粉ミルクの
販売対策と、これに基づく具体的施策が不公正な取引方法に該るものと認め、これ
が排除措置として、まず審決主文第一項において右対策の破棄を命じていることが
明らかである。
 従つて、審決が、独禁法二条七項四号、不公正な取引方法一般指定の八に該当
し、同法一九条に違反する所為として問擬し、かつ排除措置の対象とせんとするも
のは、原告の製造販売にかかる諸商品のうちの、育児用粉ミルクについての前記販
売対策そのものに外ならないことは明らかであつて、右対策のとられる対象商品た
る育児用粉ミルクの商品名(ブランド)が何であるかは特に問題ではないというべ
きである。なるほど審決は「レーベンスA」新製品及び「レーベンスN」について
のみ言及しているけれども、右は前記対策がたまたま右二製品の発売を機に採られ
るに至つたことを明らかにする意図に出たにすぎないものであつて、被告がその問
擬の対象を右二商品の販売対策のみに限定していたものでないことは、審決全体か
ら容易に看取し得るところである。
 してみれば、審決がその主文第一項において排除措置を命じている対象は、主文
とあいまつ審決全体によつて、十分明確に特定されているというべきであるから、
この点に関する原告の主張は理由がない。
2 実質的証拠の欠缺について
(一) 原告主張の(一)の事実について
 審決の挙示する審判手続における参考人f、同g、同b、同c、同hの各供述を
綜合すれば、原告指摘にかかる事実を認めることができる。右各供述から右事実を
認定することは不合理ではなく、また審判手続における参考人i、同jの各供述に
よつても右認定は左右されない。
 してみれば審決認定にかかる前記事実はこれを立証する実質的証拠があるもので
ある。なお、右の事実に基づいて被告のした判断については、後記(三)に説示す
るとおりである。
(二) 右(二)の事実について
(1) 審決は、卸売業者及び小売業者が原告に対し、その主張の二社の販売対策
にならつて、価格維持の施策を求める要望が多いと認定しているのであるから、原
告の(1)の主張は審決を正解しないものであるのみならず、審決の挙示する審判
手続における参考人f及び同dの各供述によれば、審決認定の右事実を認めること
ができ、かつ右各供述からかく認定することは何ら不合理ではないからこれを立証
する実質的な証拠があるものである。
(2) 審決の挙示する、審判手続における参考人dの供述に、査第五号証(bの
供述調書)、同第六号証(cの供述調書)、同第七号証(gの供述調書)の各記載
を綜合すると、原告指摘にかかる(2)の事実を認めることができる。審判手続に
おける参考人f、同e(但し、第一〇回審判期日におけるもの)の各供述を参照し
ても、右認定を不合理とすることはできない。
(3) 審決の挙示する、審判手続における参考人f、同e(但し、第四回審判手
続におけるもの)、同g、同d、同c、同bの各供述に、前顕査第五ないし第七号
証、査第四号証(dの供述調書)、同第一〇ないし第一二号証を綜合すると、原告
指摘にかかる(3)の事実を認めることができる。右各証拠から右の事実を認定す
ることは不合理ではなく、また審判手続における参考人i、同j、同kの各供述に
よつても右認定は左右されない。
(4) 審決の挙示する、審判手続における参考人g、同d、同b、同hの各供述
に前顕査第七号証、同第一〇、第一一号証及び査第一五号証を綜合すると、原告指
摘にかかる(4)の事実を認めることができ、右各証拠から右事実を認定すること
は不合理ではない。
(5) 審決の挙示する、審判手続における参考人cの供述及び前顕査第五、第六
号証によれば、原告指摘にかかる事実を認めることができ、審判手続における参考
人b、同hの各供述を参照しても、右認定は不合理とはいえない。
(6) 叙上のとおりであるから、原告の指摘する(1)ないし(5)の各事実に
ついては、いづれもこれを立証する実質的な証拠があるものである。
(7) 従つて、審決が認定した事実はすべてこれを立証する実質的証拠があるも
のというべきであるから、右事実に基づき原告が拘束条件付取引をしたとする審決
の認定判断はもとより実質的証拠があるものである(しかも、右判断を相当として
肯認し得ることは次に説示するとおりである)。
(三) 右(三)の点について
 原告がここに主張するところは、被告が審決の「事実及び証拠」第二の二に認定
したところに基づいてした、原告の採用した育児用粉ミルクの販売対策の実効性に
ついての判断に外ならないから、これに対して実質的証拠がないと主張するのは当
を得ないのみならず、被告のした右判断は相当として肯認し得るところである。原
告の主張は畢竟独自の見解にすぎず、右判断を左右するに足りない。
3 審判手続の違法について
(一) 原告の(一)の主張について
(1) 被告が、審判手続において原告のした、原告主張の文書及び記録の提出の
申立ならびに記録の閲覧謄写の申立をいづれも排斥したことは当事者間に争いがな
い。
(2) 本件審決及び本件記録によれば、被告は右文書等の提出の申立をその必要
性なしとして却下したことが明らかである。
 公正取引委員会における審判の手続において被審人に防禦権が認められているこ
とは法五二条の定めるところであるが、自ら事実を確定する権限を有し義務を負う
委員会としては、右防禦権の行使として被審人からなされる申立等をすべて認容す
ることを要するものではなく、被審人の防禦権を不当に制約することにならない限
り、その必要性を勘案して右申立等の採否を決することができるものというべきで
ある。
 ところで、事件記録によれば、提出を申立てた前記文書等により原告が立証せん
とした事項は、審判の結論を左右するに足るものとは認め難いから、被告が右申立
を排斥したからといつて、原告の防禦権を不当に制約するものとはいえない。この
点に関する原告の主張は理由がない。
(3) しかのみならず、法六九条は、当該事件の審判につき法律上の利害関係を
有する者に、その法律上の利益を擁護する機会を与えるため、記録の閲覧等を求め
得るものと定めているものであるから、同条の利害関係人とは、当該事件の被審人
のほか、法五九条及び六〇条により参加し得るもの及び当該事件の対象をなす違反
行為の被害者を指すものと解するのを相当とする。
 ところで、原告はほぼ同時に訴外明治商事株式会社及び森永商事株式会社と並ん
で独禁法違反として審判に付されたものではあるけれども、そのこと故に当然に右
両社にかかる事件についての利害関係人に該るものということのできないことは自
明であるから、原告のした前記閲覧謄写の申請を排斥した被告の措置は相当であつ
て、そこに原告主張の如き違法の廉はない。原告のこの主張もまた失当である。
(二) 右(二)の主張について
(1) 法は、公正取引委員会は、その調査により事業者が法の一定の規定に違反
する行為をしていると認められる場合において、事件を審判に付することが公共の
利益に適合すると認めるときは、当該事件について審判開始決定をし、審判開始後
審判手続を経て一定の違反行為等があると認定したときは、審決を以て事業者に対
し排除措置を命ずべきものとしている。即ち、公正取引委員会は、一方審判を開始
するか否かを決するとともに、他方みずから審決によつて違反行為の存否を確定す
るのである。従つて、公正取引委員会は、公の原告官であると同時に、審判官たる
性格を有するから、審判手続の基本構造は所謂糺問主義的形態を採るものというべ
きである。そうしてこのことは、公正取引委員会が国の行政機関であつて、審決を
もつて違反行為をした事業者に命ずる排除措置は、下命の範疇に属する行政処分で
あることを考えれば、まことに当然のことである。ただ法は、審決が事業者の事業
活動及び経済社会に及ぼす影響に鑑み、公正取引委員会の職務の遂行の公正を期す
るため、委員会の独立を保障するとともに、他方違反事業者に排除措置等を命ずる
手続は、審判開始決定を前提とし、審査官と事業者(被審人)とを対立当事者とす
る訴訟手続に類似した審判の形式によることとしているのであるが、そのことによ
つて、右に述べた公正取引委員会における手続の基本構造、即ち委員会は自ら調査
し、自ら審判を開始して自ら判断するという構造が左右されるものではないから、
右審判の手続が裁判所における民事、刑事の訴訟手続のように当事者主義ないし弁
論主義に徹し得るものでないことは事柄の性質上当然というべきである。
 叙上によつて考えるに、法五〇条が審判は審判開始決定書を被審人に送達したう
え開始すべく、かつ右決定書には事件の要旨を記載することを要するとしている趣
旨は、被審人に対し委員会が問擬せんとする違反事実を告知して防禦の機会を与え
んとするにあるものというべく、審判開始決定は民事訴訟法における訴状や刑事訴
訟における起訴状の如く、それによつて当然に審判の範囲を限定するものというこ
とはできない。 従つて、公正取引委員会は、審判開始決定に記載した事実そのも
のでなければ審判をしかつ審決をなし得ないという拘束を受けるものではないが、
法が特に審決につき前叙の如く一般の行政処分に比し遥かに慎重な手続を採つてい
る趣旨に鑑みれば、その間自ら一定の限度があるべく、結局開始決定に記載された
ものと同一性の範囲内にない事項について審理・認定することによつて被審人の防
禦権を制約し、審判手続を採ることとした法の趣旨に背致するが如き場合には、右
は手続一般に存する普遍的な原則に反するものとして許されないものというべきで
ある。
 今これを本件についてみるに、本件の審判開始決定書に原告主張の感謝金制度に
関する事項についての記載がないことは、被告の認めるところである。ところで、
本件において被告委員会が法に違反する行為として問擬しているのは、原告が前記
各会合において決定した育児用粉ミルク(当時における商品名は「レーベンスA」
新製品と「レーベンスN」である)の販売対策が不公正な取引方法に該り法一九条
に違反するか否かであるところ、前記のとおり審決の認定したところによれば、右
感謝金制度に関する事項は、小売業者の登録、高額払込制度及び流通経路の確認と
共に右販売対策の具体的内容をなす施策であることが明らかであるから、委員会は
前記開始決定に具体的にはその旨の記載がなくても、右販売対策の一環としてこれ
が認定をなし得るものというべきであり、結局開始決定記載の事実と同一性の範囲
内にある事項と解すべきである。そうして、前記育児用粉ミルクの販売対策が問擬
されている以上、その具体的内容をなすすべての具体的施策が爼上に挙げらるべき
ことは、被審人においても当然に予期すべきところであるから、右の如く解するこ
とは何ら原告の防禦権を制約するものではない。しかのみならず、事件記録(特
に、第九回ないし第一二回審判期日調書)によれば、審判において、本件感謝金制
度に関し、原告に準備の機会を与えたうえ、参考人から陳述が求められ、しかも右
につき原告が所見を開陳する機会を与えられ、かつこれを利用している消息が明ら
かであつて、右によれば原告の防禦権の保障には間然するところがなかつたものと
認められるから、この点に関する原告の主張はすべて当を得ないものである。
(2) 右の説示に照せば原告の(2)の主張もまた理由がないことはおのずから
明らかである。因みに付言するに、原告主張の(イ)の事実の如きはその性質上審
判開始決定に記載を要する如きものではなく、また事件記録(特に編綴の原告提出
に係る昭和四二年四月一八日付準備書面)によれば原告主張の(ロ)の事実のう
ち、審決の「法の適用及び理由」第三、第三点二、(三)において認定にかかるも
のは(なお、右のうち審決が「事実及び証拠」第一の三ないし五において、その主
張の如き認定をしたとする点の、当を得ないことは、すでに2、(二)、(1)に
述べたとおりである。)、審判手続においてその自認するところであつたことが明
らかであるから、被告委員会がこれらの事実の認定にあたり原告の防禦権を不当に
制約したものとするいわれは全くない。
(三) 右(三)の主張について
 本件審判開始決定書には「レーベンスA」新製品及び「レーベンスN」のみが記
載されていることは、被告の認めるところである。
 ところで既に認定したとおり、本件において被告委員会が問擬しているのは、原
告が製造販売する各種の製品のうちの育児用粉ミルクについての販売対策であつ
て、右開始決定に右の二商品名が掲げられたのは、右対策が右商品の発売を機に採
られたことを示すために過ぎないものであつて、その対象を右二商品の販売対策の
みに限定する趣旨ではない。しかも、審決は公正かつ自由な競争秩序の維持という
独禁法の目的を達成するための行政処分であるから、現になされている違反行為の
排除はもとより、予測されうる将来の同種類似の違反行為の禁圧も当然そのなし得
るところであるところ、前記販売対策がその対象の商品名(ブランド)いかんにか
かわらず採られるべき性質のものであることはみやすい道理であるから、審決が右
販売対策そのものについて前認定のとおり排除措置を命じたのは当然といわなけれ
ばならない。
 審決には原告主張のような違法はない。
4 法令適用の誤りについて
(一)(1) 原告の(一)、(1)の主張について
 法二条七項は一号ないし六号において不公正な取引方法とされる行為を類型的に
定めたうえ、現実の取引社会において具体的に如何なる行為が不公正な取引方法に
該るとされるかは、公正取引委員会の指定するところに譲つているが、その趣旨は
具体的な各種の不公正な取引方法は経済社会の実態に応じ、その進展に伴つて生ず
るものであるから、これをその現実に即して規制するために、専門的行政機関であ
る公正取引委員会が右具体的行為を指定するのが適切であるというにある。
 従つて、同条項は、限定された特定の事項を委任するものであつて、不公正な取
引方法の構成要件の決定を挙げて行政立法に委任するものではないから、これが違
憲をいう原告の主張は当らない。
(2) 右(2)の主張について
 右(1)に述べたところによれば、公正取引委員会の指定は具体的個別的である
ことが望ましいことはいうまでもない。しかし不公正な取引方法は、流動する複雑
な経済社会において多岐にわたつて生ずるものであるから、そのすべてについて具
体的個別的に指定することは困難ないし不可能であるし、またそのような指定では
硬直に過ぎて実際に副わない虞れがある場合もある。さりとて、指定があらゆる事
業分野にわたる全体を網羅しようとすれば勢いある程度抽象的一般的であることは
免れ難いところである。
 今一般指定の各項と法二条七項各号とを彼是対比してみると、前者は後者をより
具体的個別的に特定していることが明らかである。ただ、一般指定の内容はなお一
般的抽象的ではあるけれども、それはあらゆる事業分野の全体にわたつての適用を
目的とする一般指定の本質上止むを得ないところというべきであるから、これをも
つて一般指定が法の委任に副わないものということはできない。従つて一般指定の
無効をいう原告の主張は理由がない。
(二)(1)、右(二)(1)の主張について
 一般指定の八にいう拘束条件付取引とは、取引の内容に公正な競争を阻害する拘
束事項が含まれている場合をいうのであつて、右の拘束事項につき私法上ないし契
約上の法律効果が生ずる場合のみを指すものではない。
 従つて、本件における原告の行為が私法上ないし契約上の拘束を生じないからと
いうだけで右が右八に該らないということはできない。また、前記のとおり審決が
認定したところよりすれば、原告は卸売業者に対し、その取引を拘束する経済上の
力を有するものと認められる。また、取引の対価は、当該取引当事者が独自の判断
によつて交渉し、その合意したところによつて個別に決すべきものであるから、右
当事者以外の者がこれに拘束を加えることは、まさに右八にいう取引の拘束に外な
らないところ、審決認定の原告の所為は、自己の相手方たる卸売業者と、これから
物資の供給を受ける小売業者との間の取引につき、一定の対価を定めてこれを遵守
せしめ、また登録小売業者とのみ取引せしめることとして、右卸売業者と取引する
ものであつて、まさに右八に該当するものといわなければならない。この点の原告
の主張はすべて理由がない。
(2)右(2)の主張について
 本件審決は、原告の本件所為が単に再販売価格維持行為であるというだけで、当
然に違法であるとするものでないことはこれを一読すれば明らかであるから、原告
のこの主張は、審決を正解しないものであつて当を得ない。
(3)右(3)の主張について
 既に述べたとおり一般指定は法二条七項各号を具体化個別化したものであるが、
就中一般指定の八は、法二条七項四号を前提とするものである。右四号は「相手方
の事業活動を不当に拘束する条件をもつて取引すること」と規定するが、その「不
当に」とはもとより独占禁止法上の不当性であつて、それは結局同項本文にいう
「公正な競争を阻害するおそれ」があることに外ならない。而して、右四号を不当
な拘束条件付取引について具体化個別化した右八は、右取引のうち具体的な場合に
おいて、公正な競争を阻害する虞れのないものを除外する趣旨において「正当な理
由がないのに」との限定を付したものと解せられる。従つて、右八にいう正当な理
由がある場合とは、公益としての公正な競争秩序を阻害する虞れのない場合即ち公
正な競争秩序の維持という観点から正当視し得る場合を指すのであつて、単に通常
の意味においていわゆる正当な理由がある場合、換言すれば取引上の合理性の観点
ないし企業の自己防衛の観点等のみからみて正当の如くみえる場合をいうのではな
いのである。
 ところで、原告は本件所為につき正当な理由があるとして縷々主張する。しか
し、審決の認定した事実によれば、原告の右所為は一般的制度的な再販売価格維持
行為といわざるを得ないから、かりに原告主張のような事実ないし事情が存在する
としても、直ちに原告に右にいう正当な理由があると認めることはできない。特
に、原告主張の(イ)は単に経済的合理性ないし企業経営上の必要性にかかわるに
止まるから、右にいう正当な理由には該らないし、また右(ロ)においていうが如
き原告の取引方法が委託販売的なものであることはなんら審決の認定しないところ
であり、これを前提として本件所為につき正当な理由があるものとするゆえんはと
うてい首肯し難い。また、右(ハ)の不当廉売等が不公正な取引方法に該るとすれ
ばこれが禁止排除は、本来法に従い被告委員会がなすべきところであるから、事業
者がその対抗ないし自衛措置として、直ちに一般的制度的な再販売価格維持行為を
採ることを当然に許容されるとする理はない。さらに、右(ニ)は、本件所為が原
告の占拠する市場内における自由かつ公正な取引を阻害すべきものである一事をも
つてもにわかに首肯し難いのみならず、他の事業者が不公正な取引方法をとるから
といつて、当然に自衛手段として同様な方法をとることが許されないのは前段と同
様であつて、右を以て正当な理由とはとうていなし難い。
 これを要するに、被告のした法令の解釈及びその適用には、所論の如き誤りはな
いから原告の主張は採るを得ない。従つて、右と異なる前提に立つて、審決認定の
事実を争い、これに実質的証拠の欠缺があるとする主張も、また失当というほかな
い。
5 本件排除措置の失効について
 既に繰返し述べたとおり、本件審決は「レーベンスA」新製品及び「レーベンス
N」の販売対策のみを対象とするものではないから、原告のこの主張はその前提に
おいて失当であるのみならず、仮りに右二商品が原告主張の日からその主張のよう
に販売を中止されているのであれば、本件審決は右二者についてはもはや内容的に
効力を有する余地がないことに帰着するにすぎず、審決はその後に生じた右の如き
事情の変更により当然に違法となるものではないから、原告の主張は採るを得な
い。
三 叙上のとおり本件審決には原告主張のような違法の廉はなく、右審決は正当で
あるから、これが取消を求める本訴は失当であつて棄却を免れない。よつて、訴訟
費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用のうえ、主文のとおり判決す
る。
(裁判官 岸盛一 浅沼武 久利馨 川上泉 田尾桃二)
(別紙) 
○原裁判等の表示             
昭和四一年(判)第三号
       審   決
 公正取引委員会は、右被審人の行為が、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関
する法律(昭和二二年法律第五四号。以下「私的独占禁止法」という。)第一九条
の規定に違反すると認め、昭和四一年二月四日被審人に対し、私的独占禁止法第四
八条の規定にもとづく勧告を行なつたが、これを応諾しなかつたので、昭和四一年
二月二一日審判開始決定を行ない、審判開始決定書の謄本を被審人に送達した。
 これに対し、被審人から、同年三月一五日付答弁書が提出された。
 右私的独占禁止法違反審判事件につき、審判官阿久津実、同八尋昇および同上村
尊雄は、審決案を作成し、昭和四三年五月二一日事件記録とともに当委員会に提出
し、かつ、審決案の謄本を被審人に送達した。
 これに対し、被審人から当委員会に同年六月四日付異議申立書および七月八日付
異議申立理由補充書が提出された。
 よつて、当委員会は、事件記録ならびに異議申立書および異議申立理由補充書に
もとづいて審決案を調査し、次のとおり審決する。
       主   文
一 被審人は、被審人が、昭和三九年六月二九日の営業部所長会議および同年七月
二三日の営業部会議で決定した、被審人が販売する育児用粉ミルクについての、卸
売価格を維持するため、および小売価格を維持するための卸売業者に対する販売対
策を破棄しなければならない。
二 被審人は、同粉ミルクを卸売業者に販売するにあたつて、卸売価格および小売
価格を維持するために、被審人が定めた価格建てによる卸売価格を守つて卸販売す
ること、および被審人が定めた価格建てによる小売価格を守つて小売販売する登録
小売業者以外には販売しないこと、との被審人の要請に対する協力の度合いを基準
として感謝金名義の歩戻金を算定して支払つてはならない。
三 被審人は、第一、二項にもとづいてとつた措置を、同粉ミルクを販売する卸売
業者に対してすみやかに通知し、また同粉ミルクを販売する小売業者に対して遅滞
なく周知徹底させなければならない。
四 被審人は、前各項にもとづいてとつた措置について、すみやかに、当委員会に
報告しなければならない。
       事実および証拠
第一 事実
一 被審人は、肩書地に本店を置き、育児用粉ミルク、家庭薬、食品等の製造また
は販売を業とするものであり、育児用粉ミルクについては、三協乳業株式会社の製
品を一手に販売している。
二 育児用粉ミルクについては、その商品の特性から、消費者は、銘柄を指定して
購入するのが常態であり、使用後においては原則として他の銘柄に切り替えること
がないため、このような需要に応じて販売する小売業者の注文に応ずる卸売業者
は、小売業者の発注にそう銘柄を常備しておく必要がある。そして、このことは、
被審人が販売する育児用粉ミルクについても、同粉ミルクについての卸売業者の販
売量ならびに売上額のいかんにかかわらず、同様であるところ、被審人は、同粉ミ
ルクを、一部病院、乳児院に直接販売するほかはすべて、被審人が製造または販売
する他の多数の育児用商品および乳幼児用薬品等の卸販売を行なつている薬系の卸
売業者に販売している。
三 被審人は、昭和三九年六月二九日、本社会議室において「営業部所長会議」
(取締役営業部長、販売計画課長、宣伝課長、販売計画主任、調査主任、嘱託、大
阪支店長、東京、名古屋および福岡の各営業所長出席)を開催し、同年一〇月から
発売する予定の「レーベンスミルクA新製品」(以下、「レーベンスA」とい
う。)の販売対策について検討し、あわせて同年四月にすでに発売を開始していた
「新生児ミルクレーベンスN」(以下、「レーベンスN」という。)の販売につい
ても同様の対策を講ずることとした。この販売対策の趣旨は、育児用粉ミルクにつ
いては、低利潤商品であるにもかかわらず、従来一部に被審人が定める販売価格以
下で安売りされていることから、卸売業者および小売業者のうちには、すでに森永
商事株式会社において実施し、また明治商事株式会社において立案計画中であつた
販売対策にならつて、被審人に対しても価格維持の施策を求める要望が多く、この
要望に応じて販売価格の安定をはかることこそ被審人の育児用粉ミルクの拡売を遂
げることとなる。というにある。しかして、右会議において、右の販売対策として
小売業者の登録制度ならびに感謝金制度および商品流通経路を確認する制度を設け
ることを決め、同年七月二三日の営業部会議においてその具体策を確定して、次の
とおりの方法を決定した。
(一) レーベンスAおよびレーベンスNの価格建て等を次のとおりとする。

イ 被審人は、卸売業者に対して、配達手数量として、一、二〇〇グラム、四五〇
グラムともに一梱(一、二〇〇グラム入り一二罐、四五〇グラム入り二四罐)あた
り六〇円を支払うこととし、毎月末その支払いをする。
ウ 以上によつて生ずる卸売業者の配達手数料名義の差益(一、二〇〇グラム入り
については約〇・七パーセント、四五〇グラム入りについては約〇・九パーセン
ト)以外の利潤については、被審人から、感謝金名義をもつて年二回にわけて後払
いすることとし、卸売業者は、右ア記載の代金の支払いにあたつては、実質上配達
手数料を差し引いた額について支払うこととする。
(二) 右ウ記載の感謝金の額は、販売数量を基礎とするほか、さらに各卸売業者
ごとに売上伸長率、支払方法、価格維持の要請に対する協力の度合いなどを勘案し
て被審人の裁量で加減し、総マージン率約五パーセントの範囲で決定する。
(三) 前記(一)の価格建てによる小売販売価格(以下、「指示小売価格」とい
う。)を維持するため小売業者の登録制度を設け、指示小売価格を守つて販売し、
これを守らなかつた場合には登録を取り消されても異存がない旨を誓約した小売業
者に卸売業者を介して登録書を提出せしめて登録したうえ、卸売業者については、
登録小売業者以外には販売させないこと、卸売業者がこれを守らなかつた場合には
価格維持に協力しないものとして右(二)による算定にあたつて不利益な処置をと
る。
(四) 前記(一)の価格建てによる卸売価格(以下、「指示卸売価格」とい
う。)と指示小売価格による各販売および前記(三)の販売先の制限を確保し、か
つ確認するため、育児用粉ミルクの流通経路を確認することとし、流通経路確認票
を作成し、これを卸売業者に交付し、卸売業者をして販売のつど販売先小売業者
名、数量等の所定事項を三枚綴りの複写式票に記入させ、一通を被審人に、一通を
販売先小売業者にそれぞれ送付させることとし、あわせて右商品の一罐ごとに番号
を付することとする。
四 かくして被審人は、同年八月下旬から同年一〇月下旬にかけて、支店および各
営業所ごとに、卸売業者に対するレーベンスAの発表会を開催した際、その席上、
出席卸売業者に対し、前記三の価格建て等を記載した「お得意卸店様」あて「レー
ベンス“A”新製品発売ごあいさつ」と題する書面と、指示小売価格を維持するこ
とを被審人に対し誓約する趣旨の文言を刷りこんだ「小売販売登録書」および前記
三、(四)の作成要領等を記入した流通経路確認票の各見本を配付し、被審人の意
図を説明した。その説明の要旨は、改めて、被審人から卸売業者への販売価格と指
示卸売価格を同一額として、卸売業者をして同額を被審人に支払わせるものとし、
主な利潤は感謝金をもつてあてることとする新制度は、これにより価格維持施策を
推進するものであるから、卸売業者は、指示卸売価格を守つて販売すること、また
指示小売価格を守る旨を誓約した登録小売業者以外には販売しないことを要請し、
前記三、(四)記載の内容を説示し、卸売業者が被審人の右要請に従わない場合に
は不利益な処置として前記三、(二)の結果による感謝金の加減を考慮する場合が
あることを告知したものであり、右説明によつて、出席卸売業者は被審人の右要請
に応じない場合には、少くとも感謝金の算定にあたつて不利益を受けるであろうと
考えるに至つた。
 なお、右発表会に欠席した卸売業者に対しては、被審人の社員が前記書面の資料
を持参して、直接、右同旨の説明を行なつた。
五 よつて、被審人は、右趣旨にもとづいて逐次小売業者の登録を行ない、同年九
月から同年一一月にかけて前記の方法による販売を実施しているものである。
第二 証拠
 右事実中一の事実については、参考人fの陳述(第四回速記録(一))、査第四
および七号証の各供述調書および和第四号証によつてこれを認めることができ、被
審人においても、これを認めて争わないところである。
同二の事実については、
一、参考人f(前同)、同g(第四回速記録(二))、同b(第五回速記録
(二))、同c(同)、同h(第七回速記録)の各陳述
同三の事実のうち、
  販売対策の決定の経緯については、
一、参考人f(前同)、同e(第四回速記録(二))、同d(第五回速記録
(一))の各陳述
一、査第一および二号証の各供述調書
一、査第八および一〇号証
(一)の事実については、一、参考人e(前同および第一〇回速記録)、同d(前
同)、同c(前同)各陳述
一、査第一、二、四、六および七号証の各供述調書
一、査第一〇および一一号証
(二)の事実については、
一、参考人g(前同)、同c(前同)、同d(前同)の各陳述
一、査第五ないし七号証の各供述調書
一、査第一〇号証
(三)の事実については、
一、参考人f(前同)、同e(第四回速記録(二))、同g(前同)、同d(前
同)、同c(前同)、同b(前同)の各陳述
一、査第四ないし七号証の各供述調書
一、査第一〇ないし一二号証
(四)の事実については、
一、参考人f(前同)、同e(第四回速記録(二))、同g(前同)、同d(前
同)、同b(前同)、同h(前同)の各陳述
一、査第七号証の供述調書
一、査第一〇、一一、および一五号証
同四の事実のうち、
 説明の要旨については、
一、参考人f(前同)、同e(第四回速記録(二))、同g(前同)、同d(前
同)、同c(前同)、同b(前同)、同h(前同)の各陳述
一、査第三ないし七号証の各供述調書
一、査第八、一〇ないし一三、一五号証
 説明会出席者の受けとりかたについては、
一、参考人b(前同)、同c(前同)の各陳述
一、査第五および六号証の各供述調書
 説明会に欠席した卸売業者に対する説明については、
一、参考人eの陳述(第四回速記録(二))
同五の事実については、
一、参考人f(前同)、同e(第四回速記録(二))、同g(前同)の各陳述
一、査第三号証の供述調書
をいずれも総合してこれを認める。
       法の適用および理由
第一 以上の事実に法を適用すると、次のとおりである。
 前記第一事実の一によれば、被審人は、私的独占禁止法第二条第一項に規定する
事業者である。そして、同三ないし五のとおり、被審人は、卸売業者に対するレー
ベンスAおよびレーベンスNの販売にあたつて、卸売業者に対して、被審人の定め
た指示卸売価格によつて販売することを要請し、一方、卸売業者に対して、指示卸
売価格とほぼ同額を卸売業者への販売代金として支払わせ、これをもとに前示第一
事実三のとおり感謝金を算定して支払うものとすることは、卸売業者がかりに指示
卸売価格から配達手数料の額を差し引いた額に満たない額で販売した場合には、感
謝金の算定いかんによつては収益がえられないことも考慮せざるをえなくなるので
あるから取引採算上、右要請の強固な担保となるもので、また被審人に登録した小
売業者以外の業者とは取引きしないことを要請し、一方、流通経路確認票および罐
番号により卸売業者の販売先が確認できる機構を設け、これを卸売業者に告知して
いることは販売先に関する右要請の担保となるものであり、かつこの要請は、前記
価格維持の要請に資するものであるところ、被審人が販売する育児用粉ミルクの商
品的特殊性およびこれを取り扱う卸売業者と被審人との取引上の関係は、前記第一
事実の二のとおりであつて、同粉ミルクの市場占拠率いかんにかかわらず、卸売業
者としては、特段の事情のない限り、同粉ミルクを取り扱わざるをえないから、か
かる状況を背景とした被審人の右卸売価格についての要請からなる本件行為は、卸
売業者と小売業者との取引きを拘束する条件をつけて卸売業者と取引きしているも
のといわざるをえない。したがつて、被審人の本件行為は、私的独占禁止法第二条
第七項第四号、不公正な取引方法(昭和二八年公正取引委員会告示第一一号。以
下、「一般指定」という。)の八に該当し、同法第一九条に違反するものである。
第二 被審人は、「被審人は昭和四一年一一月二四日付をもつてなした文書提出命
令の申立てと記録の閲覧請求に対して、審判官は、前者についてはこれを『必要な
し』との理由で、また後者については、これを被審人が私的独占禁止法六九条所定
の利害関係人にあたらないという理由で、それぞれ却下の処分をしたが、同処分
は、いずれも被審人の防禦権を不当に制限し、排除したものであつて、審判の手続
に関する私的独占禁止法第五二条第一項に違背する。そして、この手続違背は、審
決に影響を及ぼす重大な誤りを犯したものであり、かつ本件審判は審理不尽のそし
りを免れないものである。」旨主張するが、この点については、当委員会が、本件
審判の手続中、昭和四二年一月二六日付決定をもつて判断したところであるから、
これをここに引用する。
第三 被審人は、本件再販売価格維持行為は私的独占禁止法違反に問われるべきも
のでない。として順次次の諸点にわたる主張をしているので、以下この点について
判断する。
第一点 一般指定の八は無効である、との主張について
一 被審人の主張の要旨
(一) 私的独占禁止法第二条第七項によつて不公正な取引方法の指定が公正取引
委員会にゆだねられているのは、当該業界の特殊性、取引の実情の時代による変遷
等に即応した柔軟な規制が行なわれるべきことを予定しているためである。したが
つて、特殊指定のような具体的な指定こそ右規定による委任の趣旨にかなうもので
あり、さればこそ同法第七一条においてもこれを予定して公聴会に関する手続規定
を設けているのである。ところが、現行の一般指定は、昭和二八年の同法改正前に
法律に規定されていたのと同様の抽象的な規定のしかたをしている。このような委
任命令は同法第二条第七項の予定しないところであるから、一般指定の八の同項の
委任の範囲を逸脱した無効なものである。
(二) かりに、同法第二条第七項が一般指定の八のような抽象的な指定をも許し
ているとすれば、同項は委任命令を許容する憲法の趣旨にもとるもので、同項自体
が憲法に違反する無効なものであるから、一般指定の八もまた無効であるといわざ
るをえない。
二 当委員会の判断
(一) 私的独占禁止法第二条第七項によつて不公正な取引方法のの指定が当委員
会にゆだねられているのは、不公正な取引方法は複雑かつ流動的な取引社会のうち
に生ずる経済現象であるから、このような経済現象を対象として規制するには、そ
の規制に可能な限り弾力性をもたせる必要があり、そのために、規制の前提となる
経済実態とその変動の把握およびこれに即応した規制基準の設定、変更を、行政機
関である当委員会において行なわしめるのが妥当であるとの理由によるものであ
る。そして、右指定にあたつて、立法技術的にどのように経済実態を把握してどの
ように規制するか、そのために、どのような指定のしかたをするかは、同項各号に
き束された範囲で当委員会にゆだねられた裁量事項であるから、右指定を一般的・
抽象的なしかたでするか、個別的・具体的なしかたでするかは、き束された委任の
趣旨ないし範囲内で、当委員会が裁量によつて決することのできる事柄である。
 ところで、特殊指定が、特定の業界の実情に即し、当該業界において行なわれ、
もしくは行なわれる可能性のある不公正な取引方法の類型を具体的にとらえてこれ
を規制せんとするものであるのに対し、一般指定は、わが国の経済事情に対処し、
ひろくあらゆる業界において行なわれ、もしくは行なわれる可能性のある不公正な
取引方法の類型を一般的にとらえてこれを規制せんとするものであつて、その性質
上、特殊指定に比すれば、ある程度抽象的であることを免れないが、しかし、それ
は同法第二条第七項各号所定の公正な競争を阻害するおそれのある行為の各類型
を、可能な限り具体化しているものであつて、委任の趣旨ないし範囲を逸脱するも
のではない。しかして、一般指定の八もまた同法第二条第七項第四号を具体化した
ものであることは明らかであつて、これを、被審人が主張するように昭和二八年の
同法改正前の第二条第六項第六号に規定されていた文言と対比して、その抽象性を
論ずるのは相当でない。
 また、特殊指定については、同法第七一条によつて公聴会の手続に関する規定が
設けられているが、特殊指定は、前記のとおり特定の業界における不公正な取引方
法の類型を具体的にとらえてこれを規制せんとするものであるから、規制が当該業
界の実情に即して十分効果的に行なわれるよう配慮する必要があり、このため、特
殊指定を行なうに際しては、当該特定の取引方法を用いる事業者の同種の事業を営
む事業者の意見等を十分聞いて、その運用に遺憾なからしめようとする特殊な理由
から、公聴会の手続を定めているのであつて、右規定があるからといつて、同法の
予定しているのは、右のような手続に親しむ、例えば特殊指定のような具体的な指
定のみであるということにはならないのである。
(二) 被審人は、同法第二条第七項の違憲、無効をいうが、同項によつて一般指
定の八のような指定が許されるかどうかは同項の解釈の問題であつて、同項自体の
違憲の問題ではない。
第二点 被審人の本件行為は、一般指定の八にいう拘束条件付取引ではない、との
主張について
一 被審人の主張の要旨
(一) 再販売価格維持行為は、これを直接禁止する規定がない。再販売価格維持
行為は、行為類型としては非常に明確な概念であるから、これがもし理論上も不公
正な取引方法であるというならば、直接明確な指定ができたはずである。にもかか
わらず、あえてこれをなさなかつたのは一律にこれを禁止する理論的根拠がなく、
むしろ場合によつては積極的に許容することが適当な場合もあるからである。昭和
二八年の法改正によつて私的独占禁止法第二四条の二に再販売価格維持行為を積極
的に許容する規定を設けたのもそのためである。再販売価格維持行為が不公正な取
引方法として私的独占禁止法上の一般的違法行為であるとすれば、このような許容
規定を設けて適用除外を認めることは、現行法上矛盾である。したがつて、同条は
適用除外規定ではなく、ひいては再販売価格維持行為を一般的に禁止する規定もな
いと解するのが相当である。
(二) 一般指定の八は「取引の拘束」と規定し、「取引の拘束」の中に不当性を
みているのであるから、それは取引自体を全体的に拘束する場合を規制しているも
のと解さざるをえない。それは、再販売価格の指示というような単なる価格の拘束
をいうのではなく、取引全体の拘束により、相手方が独立の意思を有する企業とし
て行動しえないほどに自由が拘束されている場合でなければならない。したがつ
て、再販売価格の指示は、一般指定の八にいう「取引の拘束」にはあたらない。
(三) 再販売価格維持行為は、一般指定の八が予定するような相手方(販売業
者)を一方的に拘束するものとは限らない。むしろ販売業者が再販売価格維持を歓
迎してこれを要望し、場合によつては、生産者の意思に反してもこれを行なわざる
をえないことがある。したがつて、このような場合には、再販売価格の維持は「協
定」ではありえても、「一方的な拘束」ではない。被審人の本件行為は、販売業者
からの要望にもとづいて行なわれたものであつて、一方的な拘束行為ではない。
二 当委員会の判断
(一) 被審人は、現行法上再販売価格維持行為は一般的違法行為ではなく、むし
ろ積極的に許容されうる行為であるとして、私的独占禁止法第二四条の二をあげて
主張するが、同条は、所定の実質的要件を具備する場合は、当委員会がさらに私的
独占禁止法の趣旨および目的にそい諸般の事情を考慮して、一定の商品の取引につ
いて同条所定の指定をすることができ、これによつて、当該商品の取引について
は、一般に再販売価格維持契約を適法に行ないうることを定めたものであつて、こ
の指定をうけていない商品の取引が私的独占禁止法上どのような評価をうけるかと
は、観点を異にする規定である。右の指定をうけない商品についての価格の拘束
が、違法行為であるかどうかは、改めて他の法条、すなわち同法第二条第七項およ
び一般指定に該当するかどうかに係る問題である。
 しかるに、後に述べるとおり、一般指定の八中段にいう「取引を拘束する」と
は、対価を拘束する場合を含むと解するのが相当であるから、相手方とこれから商
品の供給を受ける第三者との対価を拘束することを取引内容として相手方と取引す
る行為は、一般指定の八に該当する違法な行為といわざるをえない。
 なお、私的独占禁止法第二条第七項第四号、一般指定の八と同法第二四条の二の
関係について付言する。私的独占禁止法による評価は、いわゆる刑法犯の評価と異
なる経済政策上の評価であるから、このような評価は、必らずしも固定的でなけれ
ばならないものではない。さすれば、一般指定の八によつて違法とされるべき行為
であつても、前記のような同法第二四条の二の指定の手続きを受ければ、これを右
評価による違法性と同質的な違法滅却理由として、同法第二条第七項、第一九条の
適用をうけないこととなるのであつて、この意味で、同法第二四条の二は、同法第
二条第七項、第一九条の適用除外規定である。また、同法第二四条の二所定の実質
的要件にかなう限り当然に一般指定の八所定の「正当な理由」のある場合である、
といえるものではなく、右の「正当な理由」は、後に述べるとおり、不公正な取引
方法を禁止している私的独占禁止法の趣旨にのつとつて、別個の観点から解釈すべ
きものである。
(二) 一般指定は、公正な競争を促進するために特定の取引方法を指定して、こ
れを不公正な取引方法としているのであるから、一般指定の八を解釈するにあたつ
ても、公正な競争を阻害する「取引の拘束」とはどのような形態のものかを考えな
ければならないこととなる。取引の相手方が第三者との間で行なう取引活動につい
て、その取引と直接関係のない者が一定の拘束を加える場合に、それが取引自体を
全体的に拘束するものであれば、「取引の拘束」となることは多言を要しないとこ
ろであるが、公正な競争を促進する見地から「取引の拘束」といえる場合は、これ
に限られるものではない。すなわち、取引条件のうち対価のごときは、元来自由な
競争の対象となるべき事項であつて、取引の当事者が独自に判断すべきものである
から、右の当事者以外の者が、対価について拘束を加えることは、とりもなおさず
取引を拘束することにほかならない。このことは私的独占禁止法第二条第七項の法
意からして当然といわなければならない。
 右のとおりであるから、一般指定の八中段にいう「取引を拘束する」とは、取引
自体を全体的に拘束する場合ばかりでなく、対価を拘束する場合を含むものと解す
るのが相当であつて、かく解することは経済社会の観念にも合致するところであ
る。
(三) 被審人の本件行為が不公正な取引方法に該当するのは、自己の事業活動と
直接関係のない取引関係について介入することが公正な競争を阻害するおそれがあ
る点にある。すなわち、再販売価格維持行為の個別的事案のうちには、被審人が主
張するように、販売業者等の利益のために、むしろそれらの者の要求のもとに行な
われるものがあることは否定できないにしても、同行為が不公正な取引方法にあた
るかどうかは、当事者の意図あるいは当事者の合意の任意性のような主観的事情に
よつて決せられるものではない。同行為は、その実体をみれば、公正な競争を阻害
するおそれがあるので、一般指定の八中段が適用されるのである。したがつて、本
件行為は、それが販売業者の要望によつて行なわれたものかどうかは、一般指定の
八が適用されるかどうかを左右するものではないのである。
 なお、従来の審決例のうちには、被審人が主張するとおり実質的に再販売価格維
持行為とみられる事案を共同行為としてとらえているものもある。しかし、これら
の審決は、再販売価格維持行為が昭和二八年法改正前の私的独占禁止法第二条第六
項第六号(現行法のもとにおける一般指定の八)に該当しないことを確定ないし前
提としたものではないから、右各審決例を本件行為が一般指定の八に該当しないこ
との証左とすることはできない。
 以上のとおりであるから、被審人の本件行為は、一般指定の八に該当すると認め
るべきである。したがつて、被審人のこの点に関する主張は採用することができな
い。
第三点 被審人の本件行為は、一般指定の八所定の「正当な理由」がある場合であ
る、との主張について
一 被審人の主張の要旨
(一) 再販売価格が維持されることによつて、その商品を取り扱う販売業者間の
価格競争が間接的に若干制限されることはあつても、それは競争の制限にあたるに
過ぎない。この競争の制限が不公正な取引方法とされるためには、その制限が不当
なもの、すなわち一般指定の八にいう正当な理由のないものでなければならない。
 ところで、私的独占禁止法第二条第七項が「……公正な競争を阻害するおそれが
あるもののうち、公正取引委員会が指定するもの」と規定し、公正な競争を阻害す
るおそれのあるものでも、右指定がなければ不公正な取引方法にあたらないとした
うえで、その指定である一般指定の八において、「正当な理由」がないこと、を一
つの要件として規定しているのだから、正当な理由がある競争制限行為は右指定か
らはずれるもの、と解さざるをえない。したがつて、一般指定の八の「正当な理由
がないのに」との要件は、右条項の「公正な競争を阻害するおそれ」のある行為、
すなわち形式上一般指定の八に該当すると認められる行為であつても、その行為の
違法性を実質的に判断すべきことを規定しているのであつて、この実質的違法性の
判断こそ社会通念上ないし取引上の合理性である。
(二) 右の観点にたつて本件行為をみると、それは次のとおりの正当な理由によ
るものである。
ア 育児用粉ミルクの特殊性にもとづく理由
(ア) 本件商品は、乳児の主食であり、その生命、健康にかかわる商品であるか
ら、被審人は、その商品を全国的に円滑に配給する社会的責任を有する。しかる
に、かかる商品がおとりとして乱売されると、その周辺の小売業者は、これに対抗
して値下げせざるをえなくなり、一般商品に比して低いマージンに甘んじている業
者にとつてさらにマージンが低下するため、その取扱いを拒否することともなりか
ねず、商品の円滑な流通は阻害されて消費者に多大の迷惑をかける。したがつて、
被審人としては小売業者のマージンの低下には重大な関心を持たざるをえないので
ある。
 また、本件商品は、その性質から指導販売が必要であるため、小売業者にとつて
は、指導販売の経費を生むためにそれ相当のマージンが確保されなければならな
い。被審人としては、そのために卸売価格、小売価格が維持されることを要請して
きたのである。
 したがつて、右のような理由によつてある程度の競争制限がなされても、これは
合理的理由によるものであるからやむをえないことなのである。
(イ) また、育児用粉ミルクは、直接乳児の生命、健康にかかわる商品であるか
ら慎重に取扱われ、保管され、万一、製造上、保管上のミスにより事故が発生した
場合は、すみやかにその製品の回収等の措置が取られなければならない。これが、
小売業者の登録、流通経路の確認の制度が必要となる理由である。
イ 販売形態上の理由
 本件商品の販売の形態としては、返品の自由がある。このことは販売業者に引渡
したときに直ちに所有権の移転が行なわれたということがいえないのであつて、代
金未決済の間は、商品に対する売主の支配権が全く失われていることにはならない
のである。これを本件についてみると、売買代金の決済は、数か月後を満期とする
手形をもつてなされ、その間商品の所有権は必ずしも移転したとは言えないので、
かかる委託販売的性格の取引において売主がなんらかの条件を付すことは、権利の
行使に準じて考えるべきもので、被審人の本件行為は、正当な理由によるものであ
る。
ウ おとり販売に対する対抗上の理由
 育児用粉ミルクは、自由な競争が行なわれている商品であつて、一般消費者に日
常使用され、品質が一様であることが容易に識別できる商品であるため、おとり販
売に供されやすい。私的独占禁止法第二四条の二の規定が設けられたのもおとり販
売による弊害を防止するためであつて、おとり販売は不当廉売として不公正な取引
方法に該当することが一般に承認されていることと考えあわせると、これを防止す
ることはむしろ同法の趣旨にかなうものである。しかるに公正取引委員会は、今日
まで、おとり販売を取り締つていない。かかる場合違法なおとり販売に対抗するた
め自衛的に再販売価格維持を行なうことは、正当防衛もしくは、自救行為と同様に
違法でないものと考えるべきである。被審人の本件再販売価格維持行為は、販売業
者に確保しようとした利巾は低率であり、また被審人としても価格の吊上げをはか
つたり、不当な利益をむさぼつたものではないのであるから、かかる行為は、正当
防衛もしくは自救行為と同様の法的評価を受くべき行為であつて、正当な理由があ
るものである。
エ 企業防衛上の理由
 被審人は、資本金、売上高等において育児用粉乳業界で第四位にあり劣弱であ
る。ところで出生率は年々減少の傾向にあつて育児用粉ミルクの総需要の増大はさ
ほど期待できない。したがつて、他の競争業者の拡売は直ちに被審人の市場占拠率
の減少を意味するから、被審人としても対策が必要となる。さすれば他の競争業者
が再販売価格維持に関する新方式を採用して成果を収めているとき、これを傍観し
ていることは、販売競争から脱落することとなるので、被審人はこれに追随模倣し
たまでのことである。被審人の本件行為は、地位が弱体な企業として防衛上避ける
ことができず、したがつて被審人にとつて、右状況を看過して、何らの対策も施さ
ずに放置しておくことのできないやむを得ざる手段なのである。
二 当委員会の判断
(一) 私的独占禁止法第二条第七項、第一九条は、公正な競争を促進するため、
その障害となる不公正な取引方法を排除しようとするものであるから、同項第四
号、一般指定の八は、同項の右法意にのつとつて解釈されなければならない。
 ところで、ある者がその相手方と第三者との取引の内容について拘束を加えるこ
とは、その事項が競争の対象となる事項であれば、かかる事項は、元来その取引関
係の当事者間において、経済能率にしたがつて自由に決せられるべきものであるか
ら、これに拘束を加えることは、相手方の事業活動における公正な競争を阻害する
おそれがある拘束条件をつけたことにほかならない。これに反し、一定の事項につ
いて拘束する条件をつけたとしても、その事項が公正な競争秩序とかかわりのない
ものであれば、そのような事項についての拘束は、公正な競争を阻害するものでは
ないから、一般指定の八により規制を受けるべき事柄ではない。このような場合
を、法による規制の対象から除外する趣旨で、いいかえれば、法の規制対象を「公
正な競争を阻害するおそれ」のある拘束条件をつけた取引に限定して、これを不公
正な取引方法として排除する趣旨を示したのが、一般指定の八にいう「正当な理由
がないのに」の文言である。
 右のとおりであるから、被審人がその相手方である卸売業者と第三者である小売
業者との取引における対価について拘束を加えたこと、ならびに卸売業者の販売先
を前記第一事実三、(三)のような特定の登録小売業者に限定すべき旨の拘束を加
えたことが、右の相手方の事業活動における公正な競争秩序を阻害するものでな
い、といえない限り、本件行為について一般指定の八が適用されることは免れない
ところといわなければならない。
(二) 一般指定の八にいう「正当な理由」は、右(一)に示したとおり解すべき
であるから、「正当な理由がないのに」を「公正な競争を阻害するおそれ」とは異
なつた観点、すなわち、社会通念上ないし取引上の合理性の見地から解すべきであ
るとする見解を前提とする被審人の前記一、(二)、アないしウの各主張は、いず
れもこれを採用することができない。
 ちなみに、
(ア) 被審人は、本件行為が正当な理由によるものであるとして、前記一、
(二)、ア、(ア)および(イ)のとおり、主張し、参考人f(第四回速記録
(一))、同e(第四回速記録(二))、同g(同)、同j(第七回速記録)、同
k(同)、同l(第六回速記録)、同m(同)の各陳述および和第二一号証によれ
ば、おおむね被審人の右(ア)の主張事実は、これを認めることができ、また、参
考人f(前同)、同e(前同)、同g(前同)、同d(第五回速記録(一))の各
陳述によれば、本件登録制度および流通経路確認の制度は、同(イ)の主張事実の
とおりの機能をも有していたことを認めることができるが、右(一)に摘示したよ
うな事項のうち対価については、相手方が第三者との間で自由に決すべきもので、
相手方が第三者との間で行なう取引行為の本質的部分であつて、事業活動における
競争の成り立つ顕著な事項であり、また前示のとおり被審人が卸売業者の販売先を
登録小売業者に限定したのは販売価格の維持のためであるから、本件行為が右認定
のような理由および機能を有するとしても、これをもつて、本件行為は被審人の相
手方からの事業活動における公正な競争秩序を阻害するものでないとは認めがた
い。
(イ) 被審人は、被審人が卸売業者に販売する育児用粉ミルクの販売形態は委託
販売的性格のものである旨主張する。
 しかして、参考人j(前同)、同k(前同)、同i(第七回速記録)、同h
(同)、同b(第五回速記録(二))の各陳述および和第二二号証を総合すれば、
育児用粉ミルクについては、卸売業者、小売業者ともに、包装、内容等の不良品で
あることを理由とするほか、まれには、資金繰りのために返品することがあるこ
と、資金繰りのためにする返品は一時的な便宜手段で、いわば売方に一時的に預け
ておく程度のものであること、返品が業者間で自由に認められるのは医薬品業界に
おける一般であるが、育児用粉ミルクは、需要量がある程度固定しており、かつ販
売回転率が比較的高い商品であるため、数量を合理的に算定して仕入れる限り、不
良品以外の返品の必要は生じないことが認められる。右事実によれば、不良品であ
ること以外の理由による返品が認められないわけでない点で、いわゆる売切り販売
と異なるが、委託販売において委託者に指値の権利が認められるのは、委託販売が
委託者のために、すなわち委託者の計算において行なわれる取次行為であることに
よるもので、単に返品が可能であることから、当然に育児用粉ミルクについての被
審人と卸売業者および卸売業者と小売業者の各間の取引関係を実体的に委託販売に
準じて考えなければならないものではないし、右取引における商品の所有権の帰属
いかんもまた右の各取引をもつて同様委託販売に準ずるものと認むべきか否かの要
素とはなしがたい。しかして、そのほかに、右の各取引がそれぞれ、右のように売
主のためになされる委託販売に準じて考えられるべきものとする事情を認めるに足
る証拠はない。
(ウ) 被審人は、本件行為は不公正な取引方法として違法なおとり販売を防止す
るための正当な行為である旨主張するが、私的独占禁止法において不当廉売ないし
違法なおとり販売とされるのは、一般指定の五または六に該当する公正な競争を阻
害するおそれのある行為をいうものと解すべきところ、参考人g(前同)、同b
(前同)、同c(第五回速記録(二))、同h(前同)、同i(前同)、同k(前
同)、同j(前同)、同e(第八回速記録)の各陳述および和第二三号証によれ
ば、被審人が前記第一事実記載のとおりの販売対策を決定した当時、被審人が販売
していた育児用粉ミルクを含めて育児用粉ミルクについては、卸売業者および小売
業者の間にいわゆる廉売が行なわれていたことは認められるが、右証拠ならびに本
件全証拠によるも、右の廉売が、いずれも前示の不当廉売ないし違法なおとり販売
であつて無秩序な競争をもたらしているものと認めるに足りないし、また被審人の
本件行為は、前示認定の第一事実から明らかなとおり、違法なおとり販売を行なつ
た者に対する処置ではないから、これをもつて正当な理由のある行為と認めること
はできない。
(三) さらに、被審人は、本件行為は販売競争において企業防衛上無策に甘んじ
ることが期待できない結果の不可避的行為である旨主張し、参考人f(前同)、同
b(前同)、同h(前同)の各陳述および和第六ないし一〇号証によれば、被審人
は、資本金、売上高等で競争事業者である森永商事株式会社、明治商事株式会社に
劣り、被審人が販売する育児用粉ミルクの市場占拠率は、森永商事株式会社が販売
する同粉ミルクの同率が約四一パーセント、明治商事株式会社の販売する同粉ミル
クの同率が約三五パーセントであるのに対して、約一〇パーセント程度であること
が認められ、また被審人が前記販売対策を決定した当時、森永商事株式会社におい
ては、登録制度と称する販売方式を採用しており、また明治商事株式会社において
は被審人の前示感謝金制度に相当するリベート制度を立案計画中であつたことは当
委員会に顕著な事実であつて、参考人dの陳述(前同)によれば、被審人の本件行
為は、右各社に対する対抗的措置であることが認められるが、右各社の行為が私的
独占禁止法上の違法行為であるとすれば、それはそれとして処置されるべきもので
あつて、被審人の本件行為が右各社の施策に対抗するためやむなくなされたもので
あつたとしても、そのこと自体、本件行為を正当な理由あるものと認める理由とは
なし得ない。したがつて、被審人のこの点に関する主張は、これを採用することが
できない。
第四 被審人は、「被審人が採つた高額払込制度および感謝金制度については、審
判開始決定書になんらの記載もなく、審判の対象となつていないのであるから、こ
れについて排除措置を命ずることは、被審人の防禦権を不当に侵害するものであ
る。」旨主張するが、本件の審判の対象は、審判開始決定書記載のとおり被審人が
指示卸売価格および指示小売価格を決定し、この価格を守つて販売させるために相
手方である卸売業者に対して採つた施策が一般指定の八にあたる不公正な取引方法
であるかどうかである。したがつて右施策として行なわれた具体的事実のうちいか
なるものが実効性をもつものであるか、またその事実のうちいかなるものについて
審判すべきかは、必ずしも右決定書に記載された個別的事実のみに限定されるもの
でなく、右決定書によつて特定された施策として、同記載の具体的事実との社会
的、経済的な同一性を害しない範囲の事実であれば、多少異つた事実について審判
することも適法である。本件の高額払込制度および感謝金制度は、いずれも、前記
事実ならびに法の適用として示したとおり、被審人が採つた右施策の内容である具
体的事実であり、右決定書記載の指示卸売価格および指示小売価格の決定と指示な
らびに小売登録制度と同一の事実的範囲のものであるから、被審人主張の各制度に
つき審判を遂げたとしても審判の対象を誤つたことにはならない。また、右の各制
度については、職権で参考人の審尋がなされるなど、十分審理がつくされ、しかも
この点に関する防禦の機会が設けられたことは記録上明らかであるから、本件審判
にあたつて、被審人の防禦権が不当に侵害されたものとは認め難い。したがつて、
被審人の右主張はこれを採用することができない。
よつて、私的独占禁止法第五四条第一項および公正取引委員会の審査及び審判に関
する規則(昭和二八年公正取引委員会規則第五号)第六九条第二項の規定により、
主文のとおり審決する。
昭和四三年一〇月一一日
公正取引委員会
 委員長 n
 委員 o
 委員 p
 委員 q
 委員 r

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