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平成11年(行ケ)第345号審決取消請求事件
平成13年10月11日口頭弁論終結
判決
    原      告三菱レイヨン株式会社
訴訟代理人弁護士生田哲郎
同山田基司
被      告特許庁長官 及 川 耕 造
指定代理人  三浦均
同森  田  ひとみ
同大橋良三
主文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が平成10年審判第19016号事件についてした審決を取り消す。
 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成4年4月1日,発明の名称を「加工性の改良されたABS系樹
脂組成物」とする発明(以下「本願発明」という)について,平成3年6月20
日,日本でした出願に基づく優先権を主張して,特許出願をしたが,平成10年1
1月10日(発送日)付けで拒絶査定を受けたので,同年12月10日,拒絶査定
不服の審判の請求をした。特許庁は,これを平成10年審判第19016号事件と
して審理した結果,平成11年9月14日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,同月29日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
 「ABS系樹脂(A)100重量部に対して重量平均分子量50万~2,00
0万のポリテトラフルオロエチレン(B)を0.01~20重量部含有する押出成
形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用の加工性の改良されたABS系樹脂組成
物。」
3 審決の理由
 別紙審決書の理由の写しのとおりである。要するに,本願発明は,特開昭6
3-135442号公報(以下「引用刊行物」という。)に記載された技術(以下
「引用発明」という。)と同一であるから,特許法29条1項3号に該当し,特許
を受けることができない,とするものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
 審決の理由中,1(手続の経緯・本願発明),2(引用発明)及び3(本願
発明と引用発明との対比)を認め,4(審決の判断)及び5(むすび)を争う。
 審決は,本願発明にいう「加工性の改良」の技術的意味を誤認し(取消事由
1),本願発明がいわゆる用途発明であることを看過し(取消事由2),引用刊行
物に「加工性の改良」,「押出成形」が開示されていると誤認した(取消事由3及
び4)。審決の犯したこれらの誤りは,いずれも,本願発明と引用発明とが同一の
発明であるとの審決の結論に影響することが明らかであるから,審決は,違法とし
て取り消されなければならない。
1 取消事由1(本願発明にいう「加工性の改良」の技術的意味の誤認)
 本願発明は,ABS系樹脂の有する押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形
用の加工性を改良することを目的とするものであり,ABS系樹脂100重量部に
対して重量平均分子量50万~2000万のポリテトラフルオロエチレンを0.0
1~20重量部含有させることにより,ABS系樹脂単独の成形性より高い成形性
を有する組成物を得るという上記目的を実現した点に眼目がある。本願発明でいう
加工性の改良が,ABS系樹脂が単独で有する成形性との比較においてのものであ
ることは,本願明細書の発明の効果の欄に,「本発明は,ABS系樹脂に特定分子
量のポリテトラフルオロエチレンを添加することにより,加工時の弾性が向上し,
射出成形における製品外観,ブロー成形におけるパリソンのドローダウン防止およ
び真空成形における深絞り性等が顕著に改良され,従来の技術では不可能であった
ABS系樹脂の成形加工が可能となり,その用途拡大に有用である。」(第17
段),との記載があることからも明らかである。したがって,本願発明に係る組成
物は,その成形加工性において,ABS系樹脂単独の場合よりも向上したもののみ
を指すのであるから,本願発明にいう「ABS系樹脂」とは,引用発明におけるよ
うに,ABS系樹脂に所定量の臭素系難燃剤やアンチモン化合物を含有させること
によって,ABS系樹脂単独の場合より成形性が低下している「ABS系樹脂」を
除外しているものと解すべきである。
 ところが,審決は,本願発明における加工性の改良には,引用発明におけるよう
に,ABS系樹脂に他の物を含有させることによって,ABS系樹脂単独の場合よ
り成形性の低下しているものの改良も,含まれるものと誤認し,これを前提に両発
明を対比している。審決の上記誤認がその結論に影響することは,明らかである。
2 取消事由2(用途発明であることの看過)
 本願発明は,用途を「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用」に限
定した用途発明である。
 本願発明は,ABS系樹脂に特定の分子量のポリテトラフルオロエチレンを含有
する樹脂組成物が,従来のABS系樹脂では不可能であった「押出成形,ブロー成
形,発泡成形,真空成形」という用途に有用であることを初めて明らかにして,そ
れを構成要件に組み入れているのであるから,「用途発明」としてその新規性を判
断すべきである。
 審決は,特許請求の範囲の「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用の加
工性の改良された」との部分を,単に,一括して本願発明の組成物の特性として理
解しているのみであり,「用途発明」としての側面を看過し,この面からの新規性
の判断を完全に怠っている。
 被告は,ABS系樹脂組成物が「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形」
という用途に有用であることは,本願出願前から当業者にとって周知の事実であっ
たとし,本願発明は,用途の限定を付した発明ではあっても,ABS系樹脂の新た
な用途を提供したわけではなく,通常の意味の「用途発明」とは程遠いものである
ことは,明細書の記載からも技術常識からも明らかである,と主張する。
 しかしながら,本願発明は,ABS系樹脂とポリテトラフルオロエチレンとから
成る樹脂組成物の新たな用途を見いだしたものであり,ABS系樹脂そのものの用
途について問題にしているのではない。また,本願発明は,ABS系樹脂そのもの
の用途を限定したものではなく,ABS系樹脂とポリテトラフルオロエチレンとか
らなる樹脂組成物の用途を限定したものである。引用刊行物には,ABS系樹脂と
ポリテトラフルオロエチレンからなる樹脂組成物を,良好な成形性を得るために押
出成形用途等に用いるという技術的思想について,全く開示も示唆もされていない
のである。
3 取消事由3(引用発明に「加工性の改良」が開示されているとの誤認)
 審決は,引用刊行物にも「成形用の加工性の改良」が開示されていると認定
している(審決書9頁5行~7行参照)が,この認定は誤りである。
 引用刊行物に開示されている組成物は,ABS系樹脂等のゴム強化樹脂(A)10
0重量部に対して,臭素系難燃剤(B)5~40部,アンチモン系化合物(C)1~2
0部及び分子量が100万以上のポリテトラフルオロエチレン(D)0.03~0.
5重量部を配合して成る難燃性ゴム強化樹脂組成物である。
 そして,審決が引用刊行物(甲第4号証)から引用する,「本発明は,耐熱性,
機械的性質に優れ,かつ改良された成形性,特に成形加工性に優れ,良好な外観を
有する成形品を与える難燃性ゴム強化樹脂組成物に関する。」(1頁左下欄14~
17行),「成形性が良好で成形品の外観にも優れた樹脂組成物が得られる」(4
頁左下欄8行~10行)との成形性に係る記載は,ABS系樹脂に難燃化剤とポリ
テトラフルオロエチレンが含有された難燃化非滴下性のABS系樹脂に生じる成形
性の急激な低下を,ポリテトラフルオロエチレンの含有量を低下させることによっ
て防止した,ということをいっているのであり,本願発明のように,ABS系樹脂
の成形性をポリテトラフルオロエチレンを添加することによって改良した,という
ことをいっているのではない。つまり,引用発明は,引用刊行物に従来技術とされ
ている甲第5号証(特開昭59-98158号公報)に係る技術を念頭に置いてな
されたものであり,上記技術は,難燃性と非滴下性を併有するABS樹脂の難燃性
組成物を得ることを唯一の目的としているからである。
4 取消事由4(引用刊行物に「押出成形」が開示されているとの誤認)
 審決は,「上記摘示1-2,1-4,1-6,1-8,1-10の記載事項
からみて上記引用刊行物に記載された発明は成形用の加工性をも改良したものであ
り,また,上記摘示1-9,摘示1-11に上記引用刊行物に記載された発明に係
る樹脂組成物を押出成形により得たと記載されていることからみて,上記引用刊行
物には押出成形用の加工性をも改良することが記載されているといえる。」と認定
している(審決書9頁4行~11行参照)が,この認定も誤りである。
 引用刊行物には,ゴム強化樹脂(ABS樹脂である。)100重量部に対し,臭
素系難燃剤,三酸化アンチモン,及びポリテトラフルオロエチレンを配合し,ミキ
サーで混合したのち,ベント式二軸押出機で溶融押出して,ペレット状に賦形され
た樹脂組成物を得たことが記載されていること(3頁右下欄11行~4頁左上欄3
行,4頁左下欄第13~19行)は,審決の指摘するとおりである。
 しかしながら,上記記載は,単に,溶融押出してペレット状の樹脂組成物を得た
ことを述べているだけであって,得られたペレット状の樹脂組成物の押出成形用の
加工性については一切述べていない。引用刊行物の記載から,樹脂組成物の成形性
について唯一確認し得るのは,「このペレットを射出成形機にて,シリンダー温度
200℃,金型温度80℃で射出成形し,各種評価用試片を得た。これらの試片を
用いて評価した結果を併せて第1表に示した。」(4頁左上欄3行~7行)などの
記載から明らかなとおり,「射出成形」のみである。
 要するに,引用刊行物においては,単に,押出によりペレットにして引用発明に
係る樹脂組成物を得たとしているだけであって,得られた樹脂組成物を押出成形に
使用したことの記載がないから,引用発明は,ペレット状の樹脂組成物の押出成形
性を意図し,評価しているものではない。
第4 被告の反論の要点
1 取消事由1(本願発明にいう「加工性の改良」の技術的意味の誤認)につい

 本願発明の「押出成形・・・真空成形用の加工性の改良された」との構成は,単
に,特定分子量のポリテトラフルオロエチレンを特定量配合することに起因しても
たらされる樹脂組成物の成形時の加工性の改良を構成要件として特定したという意
味を有するにすぎない。このような意味しか持たない「成形用の加工性の改良」の
語句を加入したからといって,本願発明を構成する樹脂組成物自体が,加入前のも
のと異なるものとなることは,あり得ない。
2 取消事由2(用途発明であることの看過)について
 審決は,本願発明と引用発明とを対比した結果,引用刊行物に「上記ABS
系樹脂組成物が押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用の加工性の改良され
たものである」ことが記載されていない点を一応の相違点として認定したうえで,
本願発明における押出成形用という点も加工性の改良されたという点も,引用発明
に実質的に開示されていると指摘しているのであるから,本願発明の構成における
用途の限定を看過してはいない。
 そもそも「用途発明」とは,「物の有するある一面の性質に基づき,その物を特
定の用途に用いることについての発明」であり,このような発明を特許法が対象と
する発明として認める根拠は,それが,物の有する属性の単なる発見にとどまるも
のではなく,その属性の発見に基づき,その物を一定の目的に利用するという創作
的要素をも有しているという点にあるのである。
 原告は,本願発明は,ABS系樹脂に特定の分子量のポリテトラフルオロエチレ
ンを含有する樹脂組成物が,従来のABS系樹脂では不可能であった「押出成形,
ブロー成形,発泡成形,真空成形」という用途に有用であることを初めて明らかに
した旨主張する。しかし,ABS系樹脂組成物が「押出成形,ブロー成形,発泡成
形,真空成形」という用途に有用であることは,本願出願前から当業者にとって周
知の事実であったのである(乙第2号証,乙第6号証参照)。本願発明は,用途の
限定を付した発明ではあっても,ABS系樹脂の新たな用途を提供したわけではな
く,通常の意味の「用途発明」とは程遠いものであることは,本願明細書の記載か
らも技術常識からも明らかである。
3 取消事由3(引用刊行物に「加工性の改良」が開示されているとの誤認)に
ついて
 引用発明は,引用刊行物の記載からして,ABS樹脂に代表されるゴム強化
樹脂,臭素系難燃剤およびアンチモン化合物に,特定の分子量のポリテトラフルオ
ロエチレンを特定量配合することによって難燃性ゴム強化樹脂の成形加工性をも改
良したものであるとみるべきである。
 引用発明の樹脂組成物がポリテトラフルオロエチレンの配合を行っていること
は,原告も認めているところであり,本願明細書において,加工性の改良がポリテ
トラフルオロエチレンの使用による弾性の向上に起因すると記載されていることか
らすれば,引用発明においても同様に弾性が向上しているはずである。そして,引
用刊行物においては,実施例1ないし6において,後述するとおり,実際に押出成
形作業を行っていることが記載されているのであるから,当業者であれば,この作
業を通じて,容易に,弾性が向上していることを確認することができるはずであ
る。したがって,引用刊行物には,成形性の改良が,押出成形時において確認さ
れ,そのような成形手法も含めて,引用発明は,「成形性が良好である」との構成
を有していると評価することができるのである。
4 取消事由4(引用発明に「押出成形」が開示されているとの誤認)について
 引用刊行物には,引用発明が成形加工性に優れた難燃性ゴム強化樹脂組成物
を提供するものであること,この難燃性ゴム強化樹脂組成物は,ABS樹脂に代表
される難燃性ゴム強化樹脂組成物であることが記載されている。ここにABS樹脂
は,射出成形や押出成形,真空成形,ブロー成形,カレンダー加工,発泡成形など
あらゆる加工をすることができ,加工性がよいことを特徴とするものであることが
周知の事項であることからすれば(乙第2号証参照),引用発明における「成形」
は,ABS樹脂の成形に従来適用されてきた成形方法,すなわち,射出成形や押出
成形,真空成形,ブロー成形,カレンダー加工,発泡成形などによる成形のすべて
を意味するものということができる。
 また,引用刊行物には,「ブタジェンゴム含有率・・・を配合し,ミキサーで4
分間混合した後,30mmφのベント式二軸押出機でシリンダー温度180~200
℃で溶融押出して,ペレット状に賦形して本発明の組成物を得た。」(3頁右下欄
11行~4頁左上欄3行)と,その混合条件や押出機の種類,温度条件についての
記載がある。上記で得られるペレットは,その後射出成形(二次成形)を経て評価
用試片にされているから,樹脂組成物を溶融押出によりペレットという形状に賦形
するのは,いわば一次成形というべきものであり,押出成形を実際に行ったことに
ほかならない。
 なお,押出成形法によって作られる単体製品の形状にペレットがあることは,周
知の事項である(乙第3号証,第4号証参照)。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明にいう「加工性の改良」の技術的意味の誤認)につい

(1)本願発明に係る特許請求の範囲の記載が,「ABS系樹脂(A)100重量
部に対して重量平均分子量50万~2,000万のポリテトラフルオロエチレン
(B)を0.01~20重量部含有する押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形
用の加工性の改良されたABS系樹脂組成物。」というものであることは,当事者
間に争いがない。
(2)上記記載中の「ABS系樹脂(A)100重量部に対して重量平均分子量
50万~2,000万のポリテトラフルオロエチレン(B)を0.01~20重量部
含有する・・・ABS系樹脂組成物。」の文言が,本願発明をなす物自体の構成に
係るものであることは,自明である。
 上記記載中の「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用の」の文言が,本
願発明をなす物自体の構成に係るものではなく,その物の用途の特定に係るもので
あることも,明白である。
 上記記載中の「加工性の改良された」との文言は,文言自体の一般的用法に従っ
て解釈する限り,本願発明をなす物(上記構成を備えた物)の有する性質を示し得
るだけで,それ以上に,本願発明をなす物自体の構成に係る意味は有し得ない。そ
して,特許請求の範囲の文言全体をみても,そこに,「加工性の改良された」との
文言が上記一般的用法に従った場合以上の意味を有することを示すものを見いだす
ことはできない。
 そうだとすると,本願明細書の発明の詳細な説明中に異なった結論に導く明確な
根拠が見いだせない限り,本願発明は,本来,発明の特定のためには,「ABS系
樹脂(A)100重量部に対して重量平均分子量50万~2,000万のポリテト
ラフルオロエチレン(B)を0.01~20重量部含有する押出成形,ブロー成
形,発泡成形,真空成形用のABS系樹脂組成物」とすれば必要にして十分なもの
であるということができる。
 本願明細書の発明の詳細な説明について考察する。
 甲第2号証(明細書)及び甲第3号証(平成10年8月24日付け手続補正書)
によれば,本願明細書の発明の効果の項には,「本発明は,ABS系樹脂に特定分
子量のポリテトラフルオロエチレンを添加することにより,加工時の弾性が向上
し,射出成形における製品外観,ブロー成形におけるパリソンのドローダウン防止
および真空成形における深絞り性等が顕著に改良され,従来の技術では不可能であ
ったABS系樹脂の成形加工が可能となり,その用途拡大に有用である。」(第1
7段)との記載があることが認められる。
 発明の効果の項の上記認定の記載によれば,ABS系樹脂の「加工時の弾性が向
上し,射出成形における製品外観,ブロー成形におけるパリソンのドローダウン防
止および真空成形における深絞り性等が顕著に改良され,従来の技術では不可能で
あったABS系樹脂の成形加工が可能とな」ったことは,ABS系樹脂に本願発明
における特定の成分配合を採用することによって得られた,本願発明の効果という
ことになる。そうすると,発明の効果の項の上記記載は,むしろ,特許請求の範囲
に係る上記解釈が正しいことを裏付けるものということができる。その他,発明の
詳細な説明の全体を検討しても,上記解釈を妨げるものを見いだすことはできな
い。
(3) この点について,原告は,本件明細書の発明の効果の項の記載を根拠に,
「加工性の改良された」の文言は,本願発明に係る組成物を,その成形加工性にお
いて,ABS系樹脂単独の場合の成形性よりも向上したものに限定する意味を有す
る旨主張する。
 しかしながら,原告の上記主張は,主張自体,その正確な意味を理解することが
できないとしかいいようのないものである。原告の主張は,ABS系樹脂に他の要
素が加わるとABS系樹脂ではなくなることを前提にして,初めて,明確に理解で
きるものというべきであるのに,ABS系樹脂に他の要素が加わったからといっ
て,当然にABS系樹脂ではなくなるわけではなく,その樹脂がABS系樹脂と呼
ばれる範囲にとどまる限り,それは依然としてABS系樹脂であるからである(本
願発明が正しくその例である。)。
 いずれにせよ,本願明細書中の原告主張の記載から原告主張のような技術的意味
を読み取ることは不可能であり,甲第2号証,第3号証によれば,むしろ,本願明
細書において,「加工性の改良された」との文言についても,「ABS系樹脂」の
文言についても,結局のところ,何らの限定をもしていないことが明らかである。
 もっとも,発明の詳細な説明をみると,課題を解決するための手段の項に,「本
発明において使用されるABS系樹脂(A)は,ゴム粒子径が0.05~2.0μ
mである共役ジェン系ゴムの存在下に,芳香族ビニル化合物,シアン化ビニル化合
物および/または他の共重合可能なビニル化合物より選ばれる2種以上の化合物を
重合させて得られるグラフト共重合体,または,かかるグラフト共重合体と上記の
化合物群より選ばれた2種以上の化合物を共重合した共重合体との混合物であ
る。」(第5段)との記載があることが認められ,上記記載によれば,本願発明
は,実際には,上記の特定の配合を有するABS系樹脂を対象にしてなされたもの
であるようにもみえる。しかし,特許請求の範囲には,単に「ABS系樹脂」と記
載されているだけであって,そこでは,「ABS系樹脂」につき何らの限定もなさ
れていない。そうである以上,新規性の判断においては,特許請求の範囲に記載さ
れているとおりに受け取って,「ABS系樹脂」には何らの限定もないものと,発
明の要旨を認定すべきであり,発明の詳細な説明中に上記程度の記載があるからと
いって,これによって,発明の要旨を上記と異なるものとすることはできないので
ある(最高裁判所平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁参
照)。
2  取消事由2(用途発明であることの看過)について
 原告は,本願発明は,用途を「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形
用」に限定した用途発明である旨主張する。
 「用途発明」は,講学上,物の有するある一面の性質に着目し,その性質に基づ
いた特定の用途でそれまで知られていなかったものに専ら利用する発明をいうもの
とされ,物が周知あるいは公知であっても,用途が新規性を有する場合には,特許
性の認められる場合があることを示すために使用されている用語である。
 しかしながら,乙第2号証(昭和48年2月20日株式会社コロナ社発行「高分
子材料便覧」)によれば,「1・6 ABS樹脂」,「1・6・1 概要」の欄
に,「ABS樹脂はA(アクリロニトリル),B(ブタジェン),S(スチレン)
の3種類のモノマーから成る熱可塑性樹脂であり,機械的性質,特に耐衝撃性・剛
性・かたさのバランスがすぐれ,寸法安定性・成形加工性・二次加工性(塗装・め
っき・接着など)・耐薬品性などの諸特性もすぐれた樹脂である。」(149頁左
欄18行~24行),「ABS樹脂は3種類のモノマーの組合せを変えることによ
って広範囲に性質を変えることができ,したがって数多くのグレードが各メーカー
で製造されている。これらの樹脂はブタジェンの含有量によって中衝撃(一般
用),高衝撃グレードの2種類に大別され,更に射出成形用と押出成形用に分かれ
ている。これ以外にも耐熱性ABS樹脂,透明ABS樹脂,ポリ塩化ビニルの補強
用に使用されるブレンド用ABS樹脂,難燃化を施してある自己消火性ABS樹脂
などの特殊グレードがあり,更にポリカーボネートとABS樹脂をブレンドしたポ
リマーアロイも開発されている。またガラス繊維強化熱可塑性樹脂の一つとしてガ
ラス繊維強化ABS樹脂も開発されている。」(同頁右欄3行~150頁左欄6
行)との記載があること,「1・6・5 成形と応用」の欄に,「ABS樹脂は射
出成形・押出成形・真空成形・ブロー成形・カレンダー加工などのあらゆる加工を
することができ,しかも加工性がよいことが特徴である。また塗装,真空蒸着・め
っきなどの広範囲の二次加工も可能である。更に金属と同じように冷間加工のでき
るABS樹脂も開発されている。」(155頁右欄3行~9行)との記載があるこ
とが認められる。
 また,乙第6号証(昭和45年8月31日社団法人高分子学会発行「ABS樹
脂」)によれば,「第2章 ABS樹脂の製造法」との見出しの下に,「アクリロ
ニトリル(AN),ブタジェン(BD),スチレン(ST)の三成分から成る熱可
塑性樹脂をABS樹脂と総称している。この樹脂は,樹脂の連続相にゴム質が分散
した二相構造をもっており,三成分の単なる共重合体や混合物でない。そして,製
品の用途に応じて,ゴム成分も樹脂成分も変化させられるので,樹脂相とゴム相か
ら成り立つ高分子複合体のうちで樹脂相にスチレン系樹脂を使用するゴム-樹脂組
成物を総称して,一般にABS樹脂と呼ばれるようになった。ABS樹脂は強じん
で耐衝撃性と機械的性質にすぐれ,剛性も高く,耐薬品性にもすぐれている。その
うえ成形加工性もよく,着色が自由に,かつ容易にできる。このようなすぐれた特
性はこの樹脂を構成する三成分の特性,すなわちスチレンの光沢と成形性,アクリ
ロニトリルの剛性と耐油性およびすぐれた機械的性質,ゴムの耐衝撃性とを巧妙に
組み合わせて,はじめて発揮できる。そのために製法がいろいろ工夫されてい
る。」(21頁2行~14行),「ABS樹脂はその用途に応じて,AN,BD,
STの3つの成分の比率は変えられ,また他の単量体も使用され,それに伴って製
法も変えられている。」(19行,20行)との記載があること,「国内ABS樹
脂主要グレード一覧表」(14頁~20頁)には,遅くとも昭和45年8月の時点
で,国内の主要大手メーカーのすべてが,例えば,「高剛性」,「耐熱」,「透
明」,「良流動」,「高衝撃」,「ポリ塩化ビニル強化」,「ポリ塩化ビニルブレ
ンド」,「メッキ」,「ブレンド」等の各社独自の特質あるいは製法の製品を「A
BS樹脂」と総称し,これらのABS樹脂について,成形方法として射出成形及び
押出成型を用いていることが認められる。
 上記認定の事実によれば,業界においては,アクリロニトリル,ブタジェン,ス
チレンの3種類のモノマーのみから成る熱可塑性樹脂はもちろん,これに,これら
3種類の成分に,用途に応じて他の成分を加えることにより,耐熱性,透明性,自
己消火性その他の性質を改善した合成樹脂も加えて,これらの全体を,「ABS樹
脂」と呼称していること,このことが本願出願当時,当業者の間で周知であったこ
とが認められる。
 甲第2,第3号証によれば,本願明細書において「ABS系樹脂」について
何らの定義もしていないことが明らかであるから,本願発明にいう「ABS系樹
脂」は,一般的な意味のものとして理解されなければならない。「ABS系樹脂」
中の「系」が,本来のものを中心にその範囲を広げる意味で用いられる語であるこ
と,及び,「ABS樹脂」そのものが,上記認定のとおり,上記3成分に他の成分
の加わった合成樹脂の総称として使用されてきている語であることからすれば,本
願発明にいう「ABS系樹脂」とは,業界で「ABS樹脂」と称されているものと
変わるところがないというほかない。
 そうすると,当業者は,本願発明にいう「ABS系樹脂」の用途を考えるに当た
っては,それが,当業者が「ABS樹脂」として把握しているものの一つとして,
「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形」という用途に有用であることを,
当然の前提とすることになる。
 原告は,本願発明は,ABS系樹脂とポリテトラフルオロエチレンとから成
る樹脂組成物の新たな用途を見いだしたものであり,ABS系樹脂そのものの用途
について問題にしているのではない,また,本願発明は,ABS系樹脂そのものの
用途を限定したものではなく,ABS系樹脂とポリテトラフルオロエチレンとから
なる樹脂組成物の用途を限定したものである,引用刊行物には,ABS系樹脂とポ
リテトラフルオロエチレンからなる樹脂組成物を,良好な成形性を得るために押出
成形用途等に用いるという技術的思想について,全く開示も示唆もされていないと
主張する。
 しかしながら,原告の主張が,ABS系樹脂に他の要素が加わるとABS系樹脂
ではなくなることを前提にしたものであることは,前同様であり,失当である。
 いずれにせよ,上述したとおり,本願発明にいう「ABS系樹脂」は,ポリテト
ラフルオロエチレンを含んでも含まなくても,ABS樹脂本来の性質が失われるな
どといった特段の事情がない限り,「ABS系樹脂」と呼ばれる範囲にとどまるの
であり,その範囲内では,依然として「ABS系樹脂」であって,「押出成形,ブ
ロー成形,発泡成形,真空成形」という用途に有用なものと,当業者によって理解
されることになるのである。
3 取消事由3(引用刊行物に「加工性の改良」が開示されているとの誤認)及
び取消事由4(引用発明に「押出成形」が開示されているとの誤認)について,
 本願発明を特定している「ABS系樹脂(A)100重量部に対して重量平均分
子量50万~2,000万のポリテトラフルオロエチレン(B)を0.01~20
重量部含有する押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空成形用の加工性の改良され
たABS系樹脂組成物」との構成のうち「押出成形,ブロー成形,発泡成形,真空
成形用の」の部分は,本願発明をなす物自体の構成に係るものではなく,その物の
用途の特定に係るものである。そして,そこに掲げられている用途が,ABS系樹
脂組成物一般のものとして本願出願前から当業者にとって周知のものにすぎないも
のであることは,上に述べたとおりである。また,上記構成のうち,「加工性の改
良された」の部分は,本願発明をなす物(上記構成を備えた物)の有する性質を示
し得るだけで,それ以上に,本願発明をなす物自体の構成に係る意味は有し得ない
ことも,上述したとおりである。
 結局,物の発明である本願発明が,引用発明と対比して新規性を有するかという
判断においては,本願発明の「ABS系樹脂(A)100重量部に対して重量平均分
子量50万~2,000万のポリテトラフルオロエチレン(B)を0.01~20重
量部含有するABS系樹脂組成物」という構成が新規かどうかということのみに帰
することになる。そして,引用発明も上記構成を有することは,当事者間に争いが
ないところである。
 そうである以上,本件において,引用刊行物自体に「成形用の加工性の改良」及
び「押出成形」が開示されているかどうかを論ずることは,いわば無用の議論とい
うことができる。
4 結論
 以上によれば,原告主張の審決取消事由は,いずれも理由がないことが明ら
かであり,その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。そこで,原告
の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民
事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第6民事部
  裁判長裁判官山  下  和  明
     裁判官設  樂  隆  一
裁判官宍  戸     充

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