弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人泉弘之、同山崎善久の上告受理申立て理由について
 一 【要旨】生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者は、これを
取り立てるため、債務者の有する解約権を行使することができると解するのが相当
である。その理由は、次のとおりである。
 1 金銭債権を差し押さえた債権者は、民事執行法一五五条一項により、その債
権を取り立てることができるとされているところ、その取立権の内容として、差押
債権者は、自己の名で被差押債権の取立てに必要な範囲で債務者の一身専属的権利
に属するものを除く一切の権利を行使することができるものと解される。
 2 生命保険契約の解約権は、身分法上の権利と性質を異にし、その行使を保険
契約者のみの意思に委ねるべき事情はないから、一身専属的権利ではない。
 また、生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約者が解約権を行使すること
を条件として効力を生ずる権利であって、解約権を行使することは差し押さえた解
約返戻金請求権を現実化させるために必要不可欠な行為である。したがって、差押
命令を得た債権者が解約権を行使することができないとすれば、解約返戻金請求権
の差押えを認めた実質的意味が失われる結果となるから、解約権の行使は解約返戻
金請求権の取立てを目的とする行為というべきである。他方、生命保険契約は債務
者の生活保障手段としての機能を有しており、その解約により債務者が高度障害保
険金請求権又は入院給付金請求権等を失うなどの不利益を被ることがあるとしても、
そのゆえに民事執行法一五三条により差押命令が取り消され、あるいは解約権の行
使が権利の濫用となる場合は格別、差押禁止財産として法定されていない生命保険
契約の解約返戻金請求権につき預貯金債権等と異なる取扱いをして取立ての対象か
ら除外すべき理由は認められないから、解約権の行使が取立ての目的の範囲を超え
るということはできない。
 二 これを本件について見ると、原審が適法に確定したところによれば、(一)
 本件保険契約は、保険契約者がいつでも保険契約を解約することができ、その場
合、保険者が保険契約者に対し、所定の解約返戻金を支払う旨の特約付きであった、
(二) 被上告人は、本件保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえ、保険者であ
る上告人に対し、本件保険契約を解約する旨の意思表示をした、というのであるか
ら、被上告人のした本件保険契約の解約は有効というべきである。
 以上と同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に
所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よって、裁判官遠藤光男の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文
のとおり判決する。
 裁判官遠藤光男の反対意見は、次のとおりである。
 私は、生命保険契約の解約返戻金請求権を差し押さえた債権者がその取立権自体
に基づき解約権を行使することは許されないと考える。
 一 多数意見も説示するとおり、生命保険契約の解約返戻金請求権は、保険契約
者が解約権を行使することを条件として効力を生ずる一種の条件付権利である。ま
た、右請求権は、生命保険契約の核心をなす本来の保険金請求権とは異なり、解約
に基づいて発生する付随的権利にすぎない。
 二 生命保険金請求権が差押禁止財産とされていない以上、解約返戻金請求権を
差押えの対象とすることが許されることはいうまでもない。しかし、右請求権を差
し押さえた債権者がその取立権自体に基づき解約権を行使することが許されるか否
かは、別個の観点から検討されなければならないと考える。
 私は、次に述べる理由により右解約権の行使は許されないと考える。
 1 条件付権利を差し押さえた差押債権者が解約権を行使することにより無条件
の権利を差し押さえたのと同じ効果を認めることは相当ではない。
 2 付随的権利を差し押さえた差押債権者が解約権を行使することにより保険契
約者又は保険金受取人が有する基本的な権利、すなわち生命保険契約本来の目的で
ある保険金請求権を消滅させることを認めることは相当ではない。
 3 差押債権者による解約権の行使を認めるとすると、債務者が生命保険契約上
有する期待権を著しく侵害する場合がある。
 4 取立権に基づく解約権の行使を認めないとしても、解約返戻金請求権を差し
押さえたことの意義自体は何ら損なわれるものではない。
 三 前記3及び4につき、付言して私の意見を述べることとする。
 1 生命保険契約の類型は、さまざまであり、資産運用型の保険から生活保障型
の保険に至るまで、種々雑多の保険が存在する。近時、前者の保険類型が多数を占
めつつあることは否定できないところであるとしても、保険目的からみて、その基
本に据えられるべきものが後者の保険類型であることはいうまでもない。後者の保
険類型においては、保険契約者の意思にかかわりなく保険契約の解約が認められる
とすると、保険契約者又は保険金受取人が取り返しのつかない不利益を被るおそれ
がある。例えば、被保険者が末期的症状にある病に冒されているため、近々保険事
故の発生により多額の保険金請求権が発生することが予測される場合や、被保険者
が現実に特約に基づく入院給付金の給付を受けている場合などに、突如第三者の手
によって保険契約が解約されてしまった事態を想定してみると、利益衡量的観点か
らみても、差押債権者による解約権の行使は、著しくその目的を逸脱したものとい
わざるを得ない。
 2 多数意見は、このような場合には、権利濫用の法理により解約権の行使を制
約することが可能である旨示唆するが、いかに債務者側が致命的打撃を被ったとし
ても、債権者側に主観的害意性が認められない場合が十分予測されることを考える
と、権利濫用の法理によりこれを救済しようとすることは容易でない。また、権利
濫用の法理は、対立当事者間つまり差押債権者と債務者間における紛争関係の合理
的調整にはそれなりに役立つものであるとしても、保険会社という第三者が介在し
た場合には、この法理を適用して債務者を救済することは、事実上困難なように思
われてならない。けだし、差押債権者からの解約権行使が許されるとした場合、保
険会社としては、差押債権者からの解約返戻金請求に応じざるを得ないことになる
が、保険会社が一たび解約返戻金の支払に応じてしまった以上、保険契約の存続を
前提とした保険契約者等からの保険金請求権の行使は、事実上途絶されることにな
ってしまうと考えるからである。
 3 預貯金債権等の差押えと対比して考えてみた場合、資産運用型の保険につい
ては預貯金債権等に準ずるものとして解約権の行使を認め、生活保障型の保険類型
についてはその行使を認めないとする考え方が成り立ち得るかもしれないが、両者
を画然と識別区分することが容易でないこと、預貯金債権等の差押えの場合には、
解約返戻金請求権の差押えの場合とは異なり、前記二の1及び2記載のような特殊
事情が存在しないことなどを考えると、本来の目的類型に属する生活保障型保険を
念頭に置いた上、一律にその解約権行使を否定することは、必ずしも権衡を失した
ものとはいえないと考える。
 4 多数意見は、差押債権者が解約権を行使することができないとすれば、解約
返戻金請求権の差押えを認めた実質的意味が失われる結果となると指摘するが、そ
のようになるとは思えない。
 私は、債権者が、債権者代位の方法により債務者の無資力を要件として解約権を
行使し、解約返戻金を受け取ることは許されると解する。けだし、形成権もまた、
債権者代位の対象となり得るものであり、かつ解約権を一身専属的権利とみること
はできないから、債務者が無資力である場合には、そのことを要件として債権者代
位権による解約権の行使が否定されるべきいわれは存しないと考えるからである。
もとより、債権者代位権に基づく解約権の行使は裁判外の行使も可能であるため、
第三債務者である保険会社に対し、調査のため過大な負担を課するものではないか
との懸念が指摘されているが、保険会社としては、債権者及び債務者双方に対し資
料の提供を求めるなどして右要件の存否を調査することはさほど困難なことではな
かろう。また、右要件の存否につき多少なりとも疑問が持たれる場合には、その支
払を留保した上、債権者が提起した解約返戻金請求訴訟事件において、裁判上の立
証を求めれば足りることである。
 債権者としては、債権者代位権に基づく解約権行使の前提条件が整うまでの間に、
債務者が自ら解約権を行使して解約返戻金の支払を受け、又は、右権利を他に処分
することが予測される場合には、取りあえず右請求権を差し押さえておくことが望
ましい。その上で、債権者は債務者の無資力を明らかにして解約権を代位行使する
ことも考えられるのであるから、差押えの実効性が存しないとは限らない。
 四 以上要するに、私は、差押債権者である被上告人の取立権自体による解約権
の行使を認めた上、上告人に対し解約返戻金の支払を命じた原判決には法令の解釈
を誤った違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、原判決を破棄した上、被上告人の本件請求を棄却すべきであると考える。
(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋
一友 裁判官 大出峻郎)

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