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平成19年9月20日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年(ワ)第1083号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成19年7月23日
判決
主文
1被告A病院組合及び被告Bは,原告Cに対し,連帯して77万円及びこれに
対する平成17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2被告A病院組合及び被告Bは,原告Dに対し,連帯して77万円及びこれに
対する平成17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3被告A病院組合及び被告Bは,原告Eに対し,連帯して77万円及びこれに
対する平成17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
4原告C,原告D及び原告Eの被告A病院組合及び被告Bに対するその余の請
求並びに被告Fに対する請求をいずれも棄却する。
5原告G,原告H及び原告Iの請求をいずれも棄却する。
6訴訟費用は,原告C,原告D及び原告Eに生じた費用の20分の1並びに被
告A病院組合及び被告Bに生じた費用の20分の1を被告A病院組合及び被告
Bの負担とし,原告C,原告D及び原告Eに生じたその余の費用,原告G,原
告H及び原告Iに生じた費用,被告A病院組合及び被告Bに生じたその余の費
用並びに被告Fに生じた費用を原告らの負担とする。
7この判決は,第1項ないし第3項につき,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求
1被告らは,原告Cに対し,各自1815万0504円及びこれに対する平成
17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告らは,原告Dに対し,各自1815万0504円及びこれに対する平成
17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3被告らは,原告Eに対し,各自1815万0504円及びこれに対する平成
17年5月23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4被告らは,原告Gに対し,各自110万円及びこれに対する平成17年5月
23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5被告らは,原告Hに対し,各自110万円及びこれに対する平成17年5月
23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6被告らは,原告Iに対し,各自110万円及びこれに対する平成17年5月
23日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,インフルエンザに罹患したJが,被告A病院組合(以下「被告組
合」という。)の運営するA病院(以下「被告病院」という。)で診療を受け
た後,死亡したことにつき,Jの相続人等である原告らが,被告病院医師及び
看護師には,①ボルタレン投与に関する注意を怠った義務違反,②経過観察,
治療継続を怠った義務違反,③予備的に転送義務違反があったと主張して,被
告組合に対しては診療契約に基づく債務不履行(不完全履行)責任又は不法行
為責任(使用者責任)に基づき,その余の被告らに対しては不法行為責任に基
づき,損害の賠償を求めた事案である。
1前提事実(証拠を掲記しない事実は,当事者間に争いがない。)
(1)当事者
ア原告ら
(ア)Jは,昭和22年6月3日生まれの女性であり,平成17年2月1
6日,死亡した。
(イ)原告C,原告D及び原告Eは,Jの子であり,相続人である。
(ウ)承継前原告Kは,Jと同居していたJの母親であり,原告G,原告
H及び原告Iは,Kの子であって,平成18年3月10日,Kの死亡に
より,Kの地位を承継した。
イ被告ら
(ア)被告組合は,被告病院及び介護老人保健施設の設置,管理及び運営
を目的として設置された一部事務組合(特別地方公共団体の一つ)であ
る。
(イ)被告B(以下「被告B医師」という。)は,被告病院でJの診療を
担当した医師である。
(ウ)被告F(以下「被告F看護師」という。)は,被告病院でJの診療
の補助を担当した看護師である。
(エ)なお,被告組合は,病院の管理運営に関する業務を社団法人L協会
(以下「L協会」という。)に委託しており,被告病院の医師,看護師
と被告組合との間には直接の雇用関係は存しないが,A病院管理委託契
約では,L協会が受託された医療行為によって患者等に対して損害を与
えたときは,被告組合がこれを賠償する責任を負うものとすると規定さ
れている(乙C4)。
(2)診療経過
ア平成17年2月15日,Jは,発熱,頭痛,咽頭痛等を訴えて被告病院
を受診し,ここにJと被告組合との間で,適切な医療を提供することを目
的とした診療契約が締結された。被告病院耳鼻科で診察にあたったM医師
は,インフルエンザ迅速検査を実施したが,A型,B型とも陰性であった
ため,午前10時20分,ボルタレン座薬50㎎(解熱剤)を挿肛し,内
科に診察を依頼した。内科のN医師は,Jを気管支炎と診断し,抗生物質
等を処方して帰宅させた(乙A1・5,6頁,乙A2・13,14頁)
(以下,特に年を示さない限り,すべて平成17年のことである。)。
イ2月15日午後7時すぎころ,Jの状態が悪化し,午後7時45分ころ,
被告病院に救急車で搬送された。診察にあたったのは,被告B医師であり,
立ち会ったのは,被告F看護師であった。
Jは,体温39.9度,血圧180/86,脈拍数110であり,意識
障害も認められ,PaO(酸素分圧)も52.7mmHgと低下していた。2
被告B医師は,頭部CT,胸部CTを実施したが,大きな異常は認められ
ず,改めてインフルエンザ検査を実施したところ,インフルエンザA型に
陽性の結果が出た。B医師は,Jに点滴をした後,午後11時ころ帰宅さ
せた(乙A2・15,18,19頁)。
ウ2月16日午前,Jは,救急車で被告病院に搬送された。病院に到着し
た時,Jは心肺停止状態であり,午前8時18分,死亡が確認された(乙
A2・16,22頁)。
エ被告病院におけるその余の診療経過については,別紙診療経過一覧表記
載のとおりである(当事者の主張に争いのある部分を除く。)。
(3)ジャパン・コーマ・スケール(JCS)について
ジャパン・コーマ・スケール(JCS)によれば,意識障害の程度は,次
のように分類される(甲B10・332頁,乙B7別紙文献3・2頁)。
Ⅲ刺激をしても覚醒しない状態
300痛み刺激にまったく反応しない
200痛み刺激で少し手足を動かしたり,顔をしかめる
100痛み刺激に対し,払いのけるような動作をする
Ⅱ刺激すると覚醒する状態
30痛み刺激を加えつつ呼びかけを繰り返すと,辛うじて開眼する
20大きな声または体をゆさぶることにより開眼する
10普通の呼びかけで容易に開眼する
Ⅰ刺激しないでも覚醒している状態
3自分の名前,生年月日がいえない
2見当識障害がある
1意識清明とはいえない
2争点
(1)過失の有無
アボルタレン投与に関する注意義務違反
(原告らの主張)
インフルエンザに罹患した者にジクロフェナクナトリウムを含む解熱剤
(ボルタレン等)を使用した場合,他の解熱剤を使用した場合と比較して
死亡率が高い。
したがって,被告病院においてJの診察にあたったM医師は,インフル
エンザが最も流行する時期である2月15日に,Jに高熱や全身症状とい
ったインフルエンザを疑わせるに足りる症状を認めたのであるから,Jに
対し,ジクロフェナクナトリウムを含む解熱剤の使用を控えるべき注意義
務があった。
しかるに,M医師は,これを怠り,その感度が50ないし90%と幅が
大きく,ことに病初期は偽陰性の症例も多いインフルエンザ迅速検査の結
果が陰性であったことのみをもって,Jがインフルエンザでないと速断し,
Jに対し,漫然とジクロフェナクナトリウムを含む解熱剤であるボルタレ
ンを投与した。
(被告らの主張)
ボルタレンは,脳炎,脳症に対する禁忌であって,インフルエンザに対
する禁忌ではない。したがって,M医師によるボルタレン投与が不適切で
あったとはいえない。
イ経過観察義務・治療継続義務違反
(原告らの主張)
(ア)被告B医師の義務違反
2月15日午後7時45分ころ,救急車で搬送されたJは,体温39.
9度,血圧180/86,172/92,脈拍数110,PaO52.2
7mmHg(正常範囲は80ないし100mmHg,60mmHg以下は酸素投与の
適応となる呼吸不全状態),意識レベルJCSⅡ(刺激すると覚醒する
状態)ないしⅢ(刺激をしても覚醒しない状態)であり,高熱,血圧上
昇,頻脈,低酸素血症,呼吸不全,意識障害が認められる明らかに異常
な状態であった。
Jは,インフルエンザに罹患して全身状態が悪化し,緊急度の高い所
見を示していたのであるから,被告B医師は,Jの全身状態を正しく評
価したうえで,Jに対し,心電図や酸素飽和度のモニタリングといった
慎重な経過観察を行いつつ,酸素投与,補液,二次感染予防としての抗
生物質投与,クーリング,場合によってはアセトアミノフェンなどの解
熱剤投与など,対症療法としての一般的治療を継続して行うべき注意義
務があった。特に,Jは,既往症として甲状腺機能低下症(橋本病)が
あり,チラージンS50を服用しており,被告B医師もこれを認識して
いたのであるから,健康人がインフルエンザに罹患した以上に,経過観
察・治療継続の必要性が高かった。
しかるに,被告B医師は,上記注意義務に違反し,Jの意識状態がJ
CSⅠ(刺激しないでも覚醒している状態)にあると誤診し,極めて危
険な状態にあることを全く認識せず,500mlの補液を行ったのみで,
呼吸状態の改善前に酸素投与も中止して,その余は何ら治療を行うこと
なく,意識レベルが低下したJを,そのまま漫然と帰宅させた。
(イ)被告F看護師の義務違反
Jの診療の補助にあたった被告F看護師は,2月15日,Jの全身状
態が重篤であること,入院の必要性があること,特に,PaOが52.2
7mmHgと低下し,低酸素血症,呼吸不全の状態で,酸素投与後も呼吸状
態が改善していないこと,意識レベルも来院当初から顕著に低下してい
たが,更にJCSⅡからⅢと悪化していることを具体的に認識していた。
そして,次に来院する時は心停止,呼吸停止状態となることを予見して
いた。
したがって,被告F看護師は,担当医師にその情報を伝え,医師の適
切な診療を補助すべき注意義務があった。
しかるに,被告F看護師は,上記注意義務に違反し,被告Bが入院を
拒否していることを理由に,Jを無理矢理帰宅させた。
(ウ)入院可能性について
被告らは,個室が満室であり,院内感染防止のため大部屋に入院させ
ることもできなかった旨主張するが,仮に個室が満室だったとしても,
ベッドコントロールも可能であるし,少なくとも緊急処置室や,外来の
ベッドで応急措置を継続することは可能であったから,入院させること
が不可能であったとはいえない。
(被告らの主張)
(ア)被告B医師について
aインフルエンザは,全身症状が強いものの,合併症を発症しない限
り,予後は良好とされている。
2月15日夜の再来時,Jは被告B医師の問いかけに反応し,名前
も言えた。したがって,被告B医師が,Jの意識状態をJCSⅠ−1
と判断したことは誤りではない。そして,軽度の意識障害は,高熱を
伴うインフルエンザでも起こりうるから,Jの意識障害を発熱による
ものと考えたことも不合理とはいえない。
また,被告病院では,Jに対し,血液検査,生化学検査,胸部CT
検査,頭部CT検査を行って,意識障害等を引き起こす重篤な他疾患
の可能性を除外したうえ,検査でインフルエンザAの確定診断をし,
呼吸状態についても,チアノーゼがないこと,聴診で肺雑音がないこ
と,胸部CTで呼吸悪化の原因がないことを確認したうえ,帰宅させ
ている。インフルエンザ脳症が,成人の患者に発症することは極めて
稀であることからすれば,被告B医師としては,その発症を具体的な
危険として予見することは困難であり,ましてや本件のように急激な
経過を取ることの予見は不可能であった。
なお,Jには甲状腺機能低下症(橋本病)があったものの,本件で
はその疾患を踏まえて甲状腺機能が正常であることを確認しているの
であるから,当該既往症によって経過観察・治療継続の必要が高かっ
たということもできない。
b加えて,インフルエンザの患者を入院させる場合,院内感染を防止
するため,大部屋に入院させることは不可能であるところ,Jの再来
院時,被告病院に20床ある個室は満床であり,入院させることは不
可能であった。
cしたがって,被告B医師が,Jが特段に体力のない高齢者ではない
ことも考慮のうえで,対症療法(酸素投与,補液)を行ったうえ,抗
インフルエンザ薬を処方し,何か変化があれば来院することを指導し
たうえ,自宅加療を選択したことは,適切な措置であった。
(イ)被告F看護師について
被告F看護師も,Jの状態が必ずしも良好でないことは認識していた
ものの,入院受入も転送もできないという状況の中で,自宅での回復に
期待して帰宅させたものであり,翌日の再来院時に心肺停止に至るよう
な急激な経過をたどることの予見は不可能であった。
(ウ)入院可能性について
被告病院には,重症個室と有料個室があるが,2月15日夜間の入院
患者の年齢,病状等からすれば,安易に患者に転室を求めることは考え
られなかった。
また,内科外来のベッド等における治療継続はおよそ現実的でなく,
当日の当直態勢(医師1名,看護師1名)に照らしても,自宅で家族の
もとにいた方が安心できる状況であった。
そして,当時のJの状況から,急激な容態悪化が予見できなかったこ
とも考慮すれば,何かあれば来院することを指導して帰宅させた判断に
誤りはない。
ウ転送義務違反(予備的主張)
(原告らの主張)
2月15日,Jの全身状態は,前記ア(ア)のとおり,極めて重篤な状況
であり,経過観察,治療継続の必要があった。
したがって,仮に被告病院における受入れが困難であったとしても,被
告B医師は,Jを他院に転送すべきであった。
しかるに,被告B医師は,上記義務に違反し,Jを前記ア(ア)のとおり,
漫然と帰宅させた。
専門医や設備の整った病院となるとO病院となるが,遠隔地で転送の負
荷が考えられたとしても,自宅に帰すよりは安全であり,また,酸素投与,
補液などの対症療法であれば,場合によっては近くの一般診療所で可能な
場合もある。
(被告らの主張)
被告病院の周囲には,夜間に急患を受け入れることが可能な規模の総合
病院が存在せず,仮に転送する場合にはO病院まで救急車で片道100分
をかけて蛇行する道を山越えする必要がある。そのような搬送を行った場
合には,搬送により容態が急変する可能性も考えられ,自宅で回復を待つ
との方針が最も適切であったといえる。
また,一般診療所に急性期の患者を転送することはおよそ考え難く,病
床を有しない一般診療所に酸素投与,補液を求めることは不可能である。
(2)死亡機序,因果関係
(原告らの主張)
アボルタレン投与に関する義務違反との因果関係
Jの死因は,インフルエンザ脳症に罹患したことによるものである可能
性が高い。そして,ジクロフェナクナトリウムを含む解熱剤(ボルタレン
等)の使用が,インフルエンザによる死亡率を高めることからすれば,J
がインフルエンザ脳症に罹患した原因は,M医師によるボルタレンの投与
以外に考えられない。
したがって,Jは,ボルタレンの投与によりインフルエンザ脳症に罹患
したものであり,これに対する適切な治療が尽くされなかったため,死亡
するに至ったものである。
イ経過観察義務,治療義務,転送義務違反との因果関係
Jは,2月15日,極めて重篤な全身状態で,補液,呼吸管理のもとで
の経過観察が必要な状態であったにもかかわらず,これを打ち切り,一切
の全身管理を怠ったことによって,急激に全身状態が悪化し,ショックを
引き起こして死亡するに至った。インフルエンザの致死率は0.05%で,
ほとんどが65歳以上の高齢者と言われていることから考えても,対症療
法としての一般的治療が行われていれば,Jを救命できたことは明らかで
ある。
Jがインフルエンザ脳症に罹患していたとしても,平成13年度におけ
る死亡率は14%に過ぎず,その治療は,急性期の全身管理が原則であり,
治療開始,対応の遅れが重篤化を招き,予後に大きく影響することが指摘
されている。そして,2月15日午後7時に行われたJの頭部CTには異
常所見が認められておらず,それは,Jがインフルエンザ脳症に罹患して
いなかったか,罹患していたとしても脳浮腫の所見が出現するほどには進
行していなかったことを示すものであることからすれば,適切な全身管理
が行われ,そのうえで,抗ウイルス薬の投与,メチルプレドニゾロン・パ
ルス療法,ガンマグロブリン大量療法等が行われていれば,2月16日午
前8時18分におけるJの死亡が避けられた高度の蓋然性が認められる。
(被告らの主張)
アボルタレン投与に関する義務違反との因果関係
ボルタレンの投与と成人のインフルエンザ脳症との関係は科学的に解明
されていない。したがって,Jに対するボルタレンの投与とインフルエン
ザ脳症発症との関係も,不明であるとしかいえない。
イ経過観察義務,治療義務,転送義務違反との因果関係
Jは,高齢,慢性呼吸器疾患等の肺炎を合併するようなリスクファクタ
ーを有していないのに,極めて短時間で心肺停止に至っており,死亡原因
については,極めて急激なインフルエンザ脳症の悪化によるものと考えざ
るを得ない。
インフルエンザ脳症は致死率が高く,予後不良の病態であること,確実
な治療手段はないとされていること,特に成人の場合,治療法について有
効とされるものは確立されていないこと,治療として考えうる抗インフル
エンザ薬については本件でも処方されていること,インフルエンザ脳症発
症後の経過は極めて急激であるとされていること,実際にJについても,
頭部CT検査等では異常が見られなかった夜間の受診時から,極めて短時
間で心肺停止に至っていることなどの事情に鑑みると,仮にJの入院措置
をとることができたとしても,死亡結果を回避する高度の蓋然性を認める
ことはできない。
ウまた,インフルエンザ脳症については,確立した有効な治療法は何もな
く,高い死亡率が報告されているのみであり,本件で入院や転院によって
何らかの治療を施せたと認めることはできないことに照らせば,本件では,
患者の当該時点における死亡結果を回避できた「相当程度の可能性」も認
められないと言うべきである。
(3)被告組合の使用者責任
(原告らの主張)
被告組合は,被告病院の管理運営に関する業務をL協会に委託しており,
被告病院で診察にあたる医師,看護師と被告組合との間に直接の雇用関係は
ない。しかしながら,被告組合は,L協会に委託業務についての報告を求め,
実地調査,必要な指示を行っており,医療行為による患者に対する責任も被
告組合が負うことが合意されているので,被告組合と被告病院の医療従事者
らとは実質的な指揮監督関係にあるといえる。したがって,被告病院で診察
にあたる医師及び看護師らの行為は,被告組合の被用者としての被告病院の
業務の執行についての行為といえる。
(被告らの主張)
被告組合がL協会に報告を求めているのは経理的な事柄であり,実地調査
については前例がなく,被告組合が実際に職員の指導・監督について指示を
出しているわけではない。職員に対する指揮監督は,全てL協会が行ってお
り,対外的に使用者責任を負担するのは,L協会であると評価できる。
(4)損害
(原告らの主張)
アJの損害
(ア)葬儀費用150万円
(イ)逸失利益2295万1514円
Jは,家事全般,特にKの介護に従事していたところ,平成16年度
賃金センサス女子全年齢平均を基礎収入として,57歳から70歳まで
の13年間の労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数により中間
利息を控除し,生活費控除率を30%として逸失利益を算定すると,以
下のとおりである。
3,490,300円×9.394×(1-0.3)=22,951,514円
(ウ)慰謝料2500万円
(エ)弁護士費用500万円
合計5445万1514円
イ相続
原告C,原告D,原告Eは,Jの上記損害について,各3分の1である
1815万0504円ずつを相続した。
ウKの損害
(ア)母固有の慰謝料300万円
(イ)弁護士費用30万円
合計330万円
エ原告G,原告H,原告Iは,Kの上記損害について,各3分の1である
110万円ずつを相続した。
(被告らの主張)
争う。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記前提事実のほか,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,Jの診療経過に
ついて,以下の事実が認められる。
(1)2月15日午前
ア2月15日午前,Jは,発熱,頭痛,咽頭痛,咳嗽,全身倦怠感を訴え
て,被告病院耳鼻科を受診した。M医師が診察を担当し,診察時,Jは,
体温38.4度であり,咽頭後壁にわずかな発赤,喉頭ファイバー下に気
管支壁の発赤が認められたが,咽頭痛は軽快しており,その他の咽喉頭に
異常は認められず,関節痛,筋肉痛の訴えもなかった。M医師は,念のた
めにインフルエンザ迅速検査を実施したが,A型,B型ともに陰性であっ
た。同医師は,Jが耳鼻科的所見に乏しかったことから,内科に診察を依
頼することした。その際,Jから,熱がありつらいので熱を下げてほしい
旨の訴えがあったため,M医師は,午前10時20分,Jにボルタレン座
薬50㎎を挿肛した(甲A8,乙A1・5ないし8頁,乙A8,9,証人
M反訳書7・1ないし3頁,反訳書8・1頁)。
イ内科のN医師は,Jを気管支炎と診断し,クラリス錠(抗生剤),トク
レススパンスールカプセル(鎮咳剤),ムコダイン錠(去痰剤)等を処方
して帰宅させた(乙A1・7頁,乙A2・13,14頁)。
(2)2月15日夜
ア2月15日午後7時すぎころ,Jの状態が悪化し,午後7時10分ころ,
Jがトイレに行こうとした際,歩行途中で倒れたため,Kは救急車を依頼
した(甲A8,乙A2・15頁,原告G反訳書3・1頁)。
救急車に収容された同日午後7時33分,Jは,意識レベルがJCSⅠ
−10,脈拍105/分,血圧116/89,SpO(経皮的酸素飽和2
度)91%(90%未満は低酸素血症とされる(甲B4・126頁)。),
体温40度であった(甲A7)。
イ被告F看護師は,救急隊から搬送の連絡が入った際,Jに対し酸素投与
をしており,意識状態が少し悪いとの報告があったため,救急外来処置室
から病棟に電話をかけ,個室病棟が空いているかを問い合わせた。病棟担
当の看護師は,個室は満床であると回答した(被告F反訳書2・2,3頁,
反訳書5・2頁)。
ウ午後7時45分ころ,Jは,救急車で被告病院に搬送され,救急外来処
置室に運ばれた。到着時,被告F看護師がJの意識状態を確認したところ,
Jが呼名に対しわずかに開眼しようとするのみで,うめくような発語があ
ったことから,意識レベルをJCSⅡ群と判断した(乙A10,被告F反
訳書2・1,2頁,反訳書5・1頁)。
エその後,被告B医師が救急外来処置室においてJの診察を行った。診察
開始時のJのバイタルサインは,体温39.9度,血圧180/86,脈
拍数110であり,SpOは91%であった。被告B医師は,Jが朦朧2
としていたものの,手足の指示動作に対し,手を握り返したり,足を動か
したりし,名前も答えられたため,Jの意識レベルをJCSⅠ−1と判断
し,高熱により意識障害が生じているものと考えた。被告B医師は,Jの
点滴ラインを確保し,採血を行った。その時点で,原告Gが被告病院に来
院した(甲A8,乙A2・15頁,乙A8,原告G反訳書3・2頁,被告
B反訳書1・1,2,4,5頁,反訳書4・1ないし3,9,10頁,被
告F反訳書5・4頁)。
オ被告F看護師は,点滴をしている間,再びJに対し,名前を呼びかけた
り,頬をたたいたりしたが,Jは,顔をしかめたり,痛み刺激に少し手足
を動かす程度で,発語はなかった(被告F反訳書5・1頁)。その間,被
告B医師は,同じ室内にいて,確認できる位置にいたこともあったが,J
の意識レベルについて,自ら確認はしなかった(被告B反訳書4・3頁,
被告F反訳書5・9頁)。
カ被告B医師は,Jの意識が朦朧としていたことから,脳血管障害や肺炎
等を疑って,頭部CT検査及び胸部CT検査の施行を指示した(乙A2・
15頁,乙A8,10,被告B反訳書1・3頁,反訳書4・5頁)。
被告F看護師は,前記CT検査実施中,改めて病棟担当の看護師に電話
をかけ,個室を空けることができないか,酸素投与が可能な大部屋を調整
できないかを問い合わせたが,病棟担当看護師は,病棟としては入院患者
を動かすことができない旨返答した(被告F反訳書2・3頁,反訳書5・
2頁)。
キ前記CT検査の結果,Jに異常所見は認められず,血液生化学検査の結
2果にも異常は認められなかった。しかし,血液ガス分析の結果,PaO
が52.7mmHg(60mmHg以下は低酸素血症とされる(甲B4・126
頁)。)であったため,被告B医師は,発熱や感染によりJの呼吸状態が
悪化しているものと考え,カヌラでの酸素投与を開始した。酸素投与後,
JのSpOが92から93%になったため,被告B医師は,Jの呼吸状2
態は改善したと判断し,酸素投与を中止した(乙A2・15,17ないし
19頁,乙A8,10,被告B反訳書1・3,4,6頁,反訳書4・2,
4,5頁,被告F反訳書5・5頁)。
クさらに,原告Gの求めに応じて,Jに対し改めてインフルエンザ迅速検
査を施行したところ,インフルエンザA型陽性の結果が出た(甲A8,乙
A2・15,18頁,乙A8,10,原告G反訳書3・2頁,被告B反訳
書1・4頁,反訳書4・5,12頁,被告F反訳書5・3頁)。
被告B医師は,原告Gに対し,発熱の原因がインフルエンザであったこ
と,個室が空いていないことから,他の入院患者への感染を防ぐため,J
を入院させることはできないこと,成人の場合はインフルエンザによる重
篤な合併症の発生はまれであることなどを説明し,帰宅後,何か変化があ
れば来院することを指示したうえ,輸液終了後にJを自宅に連れて帰るよ
う告げた。
その際,Jに付き添っていた原告Gから,こんな状態では薬も飲ませら
れないという話があったが,被告B医師は,翌日飲めれば飲ませてくださ
いと説明し,改めてJの意識状態を確認することはなかった。また,そ
の際,原告Gから,午前中の外来で座薬を使用した可能性があるとの話が
あったが,耳鼻科からの他科診療依頼箋や,内科の診療録には,ボルタレ
ンの使用の記載がなかったため,被告B医師は,使用していないものと判
断し,耳鼻科診療録を確認することもしなかった(甲A4,8,乙A2・
15頁,乙A8,被告B反訳書1・4,5頁,反訳書4・7,8頁,被告
F反訳書5・3頁)。
ケ被告B医師の診察終了後,Jは,救急外来処置室から内科外来処置室へ
移され,輸液終了後,タミフルが処方された。被告F看護師がJをストレ
ッチャーから車椅子に移動させる際,Jは,失禁し,「あ,出た」と声を
発した。被告F看護師がJに声をかけたが,発語はなく,意識状態の改善
はなかった。帰宅のために,Jを自動車に乗せる際にも,Jは顔色が悪く,
ぐったりした状態であった。原告Gは,被告F看護師に手助けされながら
Jを自動車に乗せ,自宅に帰った(甲A8,乙A8,10,被告F反訳書
2・4頁,反訳書5・5ないし7頁)。
なお,原告Gから被告F看護師に対し,その間,何度かJを入院させて
ほしいとの申し入れがなされたが,被告F看護師は,被告B医師に対し,
入院の必要性について確認をとらなかった(被告F反訳書5・5,6頁)。
(3)2月16日午前
2月16日午前6時30分ころ,原告Gは,寝ていたJが玉のような大量
の汗をかいており,顔は赤く,爪の色が悪くなっているのに気付き,救急車
を依頼した。Jは,午前7時5分,救急車で被告病院に搬送されたが,被告
病院到着時にはすでに心肺停止の状態であった。午前7時10分,Jに対し,
ボスミン1アンプルが投与され,一旦は心電図の波形が回復したが,午前7
時15分,再度フラットになり,その後も蘇生措置が継続されたが,午前8
時18分,死亡が確認された(甲A8,乙A2・16頁,乙A8)。
2医学的知見
後掲証拠によれば,インフルエンザ脳症に関して,以下の医学的知見が認め
られる。
(1)インフルエンザ脳症をめぐる議論
インフルエンザ脳症は,「インフルエンザに伴う急性の意識障害」などと
定義されるインフルエンザ発病後の急速な病状の進行と予後の悪さを特徴と
する疾患である(乙B7別紙文献3・6頁)。
我が国では,「厚生省インフルエンザ脳炎・脳症研究班」(現「厚生労働
省インフルエンザ脳症研究班」,以下「厚生労働省研究班」という。)によ
り,平成10年から「インフルエンザの臨床経過中に発生する脳炎・脳症の
疫学及び病態に関する研究」が進められ(甲B7,乙B7別紙文献3),そ
の調査,研究結果を踏まえて,本件診察時までに,以下のような報告,議論
がされた。
アインフルエンザ脳症の疫学(甲B6・269頁,甲B7・6頁,甲B8
・87,88頁,乙B1・1954,1955頁,乙B2・2006ない
し2011頁)
発症年齢は,5歳以下の乳幼児が全体の約85%を占め,成人は少ない。
発熱から1日以内の神経症状の出現が80%を占め,症状の中では,けい
れんが70∼80%に認められる。
また,1998/1999年シーズン,1999/2000年シーズン
における死亡例は約30%,2000/2001年シーズンの死亡例は1
4%,2001/2002年シーズンの死亡例は16%であった。
イ臨床像,病態仮説(乙B1・1955ないし1958頁,乙B2・20
09ないし2011頁)
突然の発熱に始まり,極めて短時間のうちに,けいれん,意識障害など
の中枢神経症状を呈し,その後急速にDIC(播種性血管内凝固症候群),
やや遅れて腎不全,膵炎,多臓器不全に至る。この経緯は血液検査所見に
も反映し,意識障害の進行と時間経過に伴い,血小板減少・FDP−E増
多(DICの進行),AST・LDH・CKの上昇(組織障害の進展),
ALT上昇・BUNとクレアチニン上昇(腎不全),アミラーゼ上昇(多
臓器不全)などを認めるようになる。
また,頭部CTにて画像解析のできた例の共通点は著しい脳浮腫を認め
る。
中枢神経系内の事象は,鼻粘膜でのウイルスの感染・増殖→側頭葉,辺
縁系の機能亢進→glia細胞の活性化→脳内cytokinestormと経過し,サイ
トカインの上昇により神経障害や全身性病変(DIC,多臓器不全)が導
かれることが推定される。
ウ治療法
厚生労働省研究班は,平成12年11月,「現在までに本症に有効な治
療法は,未だ確立していないのが現状」としつつも,「諸施設において,
何例か経験されたり,現在考えられている本症の病態から考えて,他の疾
患の経験から有効性が類推されている治療法」(甲B7・8頁)として,
以下の内容を含む「インフルエンザ脳炎・脳症の特殊治療(試案)」(甲
B7・8ないし26頁)を発表した。
(ア)それぞれの段階で用いられる可能性のある治療法
aPhaseⅠ(インフルエンザウイルスの感染,増殖段階)から:抗ウ
イルス薬
bPhaseⅡ(脳炎・脳症の発症段階)から:ガンマグロブリン大量療
法,ステロイド・パルス療法,脳低体温療法,アンチトロンビン(A
T)Ⅲ大量療法
cPhaseⅢ(全身症状の悪化,細胞死・組織障害の進行段階)から:
血漿交換療法
(イ)ガンマグロブリン大量療法
aインフルエンザ脳炎・脳症の発症初期に適応があると思われる。
bインフルエンザ脳炎・脳症の病態とされる高サイトカイン血症に対
する効果が推察される。
(ウ)メチルプレドニゾロン・パルス療法
a意識障害の遷延化(6時間以上)等をみた場合,適応が考えられる。
b脳浮腫の改善,高サイトカイン血症の改善,病態としての血液貧食
症候群状態の改善効果が期待される。
(2)インフルエンザ脳症ガイドライン(乙B7別紙文献3)
厚生労働省研究班は,平成17年11月(本件の約9か月後),以下の
内容を含む「インフルエンザ脳症ガイドライン」(以下「ガイドライン」
という。)を発表した。
アインフルエンザ脳症が疑われる症例の初期対応
インフルエンザ脳症の主な初発神経症状としては,意識障害,けいれ
ん,異常言動・行動があげられる。
「意識障害」はインフルエンザ脳症の神経症状の中で最も重要なもの
であり,インフルエンザウイルスの感染に伴い,明らかな意識障害が見
られる場合は,速やかに二次または三次医療機関へ紹介する。
イインフルエンザ脳症の診断指針
インフルエンザ脳症は,意識障害が最も重要な臨床上の指標となる。
(ア)診断基準(来院時)
来院時,JCS20以上の意識障害が認められた場合等は,インフ
ルエンザ脳症確定診断例として,特異的治療(後記ウ(イ))を開始する。
(イ)診断基準(入院後)
来院時,上記神経所見・検査所見が認められない場合は,各検査を
繰り返しながら経過観察をおこなう。経過観察中に,以下に示した神
経所見等が認められた場合も,インフルエンザ脳症診断例,疑い例と
して特異的治療(後記ウ(イ))を開始する。
確定例
a意識障害が経過中,増悪する場合
b意識障害(JCS10以上)が24時間以上続く場合
疑い例
a意識障害(JCS10以上)が12時間以上続く場合
bJCS10未満の意識障害であっても,その他の検査から脳症
が疑われる場合
ウインフルエンザ脳症の治療指針
(ア)支持療法
本症の治療において,全身状態の管理は重要であり,特異的治療
とともに大きな役割を果たす。
a心肺機能の評価と安定化
①緊急の心血管系評価(意識レベルの評価,呼吸状態の把握,
循環系の異常サインの把握),②モニタリング(体温,呼吸数,
血圧,SpO,心電図など),③気道の確保,④換気確保,⑤酸2
素投与,⑥静脈ルートの確保,⑦補液の開始(循環血漿量の確保,
電解質の補正),⑧血圧の維持を行う。
bけいれんの抑制と予防
今まさに起きている発作を抑制するのに抗けいれん薬を投与し,
あるいは,発作予防目的の抗けいれん薬を重症度を考慮して投与
する。
c脳圧亢進の管理(マンニトールの点滴等)
d体温の管理
身体の冷却又は解熱剤を使用する。
e搬送
患者の状態から,より高次の医療機関での治療が必要なときに
は緊密な連携のもと患者の搬送をおこなう。
(イ)インフルエンザ脳症の特異的治療法
a抗ウイルス薬(オセルタミビル)
インフルエンザ発症後48時間以内に投与することにより有熱
期間を短縮する効果がある。脳症の誘引となる気道局所の感染の
拡大を抑制することが期待される。
bメチルプレドニゾロン・パルス療法
中枢神経系内の高サイトカイン状態や高サイトカイン血症の抑
制に有効と考えられる。また脳浮腫を軽減する効果もある。
2002/2003年,2003/2004年シーズンの全国
調査の解析から,メチルプレドニゾロン・パルス療法を施行した
患者のうち,早期(脳症発症1∼2日目)にメチルプレドニゾロ
ン・パルス療法を行った症例で予後が比較的良好であったという
データが得られた。
cガンマグロブリン大量療法
インフルエンザ脳症の経過中に生じる高サイトカイン血症に対
して有効と考えられる。しかし,脳症に対する治療効果について
まだ十分なエビデンスは得られていない。
(ウ)インフルエンザ脳症の特殊治療
インフルエンザ脳症の治療に関する過去の調査では,以下の特殊
治療を実施した例はきわめて少数であり,脳症に対する治療効果に
ついてはまだ十分なエビデンスは得られていない。本治療の実施に
あたっては,一定の経験が必要であり,高次医療施設で行うことが
望ましい。
a脳低体温療法
過剰な免疫反応および代謝を抑制し,神経障害の拡大を阻止す
ることを目的とする。
b血漿交換療法
高サイトカイン血症の改善により,細胞障害・組織障害の進行
を阻止する可能性がある。
cシクロスポリン療法
高サイトカイン血症によるアポトーシスを抑制し,臓器障害の
進行を阻止することを目的とする。
dアンチトロンビン(AT)Ⅲ大量療法
インフルエンザ脳症の臓器障害では,血管内皮障害が重要な役
割を担っている。血管内皮の障害による二次的な凝固線溶系の異
常とそれに続く好中球の活性化による組織障害に対して有効であ
ると考えられる。
3争点(1)ア(ボルタレン投与に関する注意義務違反)について
(1)原告らは,Jには,インフルエンザが最も流行する時期に,高熱や全身
症状といったインフルエンザを疑わせるに足りる症状を認めたのであるから,
M医師には,Jに対し,ジクロフェナクナトリウムを含有する解熱剤(ボル
タレン)の使用を控えるべき注意義務があった旨主張する。
そして,Jが,インフルエンザの流行が考えられる2月15日午前,体温
38.4度,咳,頭痛,全身倦怠感を訴えて被告病院を受診したことは前記
認定のとおりである。
この点に関し,P医師は,意見書において,Jに対してジクロフェナクナ
トリウムを含むボルタレンを使用したのは問題があった旨の意見を述べてい
る(甲B12)。
また,①厚生労働省研究班の平成11年度ないし平成12年度の研究にお
いて,ジクロフェナクナトリウムを使用したインフルエンザ脳症例の死亡率
が未使用群よりも有意に高いことが報告されたこと(甲B5・24頁,甲B
7・3,7,27,28頁),②厚生労働省医薬安全局安全対策課は,平成
12年11月5日付けで,インフルエンザ脳炎・脳症患者に対するジクロフ
ェナクナトリウムの投与を禁忌とする緊急安全性情報を発表したこと(甲B
15,乙B7),③平成13年5月30日,厚生労働省薬事・食品衛生審議
会医薬安全対策部会において,ジクロフェナクナトリウムについてはインフ
ルエンザのみならず小児のウイルス感染症における使用をしないことが決定
され,重要な医薬安全情報として公開されたこと(甲B15,乙B2・20
10頁),④厚生労働省研究班は,インフルエンザにおいて解熱剤を使用す
るのであれば,アセトアミノフェンを推奨していること(乙B2・2010
頁)がそれぞれ認められる。
そして,文献の中には,厚生労働省の緊急警告であるインフルエンザ脳症
での使用制限だけでなく,インフルエンザ罹患患者の場合も使用すべきでな
いとの見解をとるものもみられる(甲B8・90頁,甲B19)。
(2)しかし,前記(1)②は,インフルエンザ脳炎・脳症の患者に対するジクロ
フェナクナトリウムの投与を禁忌としたものであり,また,同③は,小児の
感染症に対する投与を避けるべきとしたものであって,いずれも成人のイン
フルエンザ患者に対する投与を禁忌としたものではないこと,M医師は,診
察時,インフルエンザの可能性を考えて,インフルエンザ迅速検査を行った
ものの,結果はインフルエンザA型,B型ともに陰性であったこと(前記1
(1)ア),M医師の診察時,Jは,体温38.4度,咽頭後壁にわずかな発
赤,喉頭ファイバー下に気管支壁の発赤が認められたのみで,前日昼ころか
ら生じた咽頭痛は軽快しており,関節痛,筋肉痛の訴えもなかったのである
から(前記1(1)ア),これらの所見からインフルエンザウイルス感染を強
く疑うべきであったとは認められないこと(甲B6・268頁,乙B5・2
20頁),インフルエンザ脳症は,小児に発症することが多く,成人に発症
することは稀であること(乙B2・2007頁)からすれば,M医師が,J
のインフルエンザの可能性を低いと判断し,成人には禁忌とはされていない
ジクロフェナクナトリウムの投与をしたことも不適切とはいえず,M医師に
ジクロフェナクナトリウムの投与を避けるべき注意義務があったとまでは認
められない(乙B7)。
(3)なお,P医師は,インフルエンザ検査の陽性率は,罹患後24から28
時間で約95%,陰性率は約5%であり,インフルエンザ検査が陰性であっ
たとしても,インフルエンザの可能性を除外すべきではない旨の意見を述べ
ている(甲B12)。
しかしながら,①P医師の言う陽性率95%との数値は,インフルエンザ
検査が感度の低い検査であることを示すものとはいえないこと,②文献には,
鼻腔ぬぐい液によるインフルエンザ検査においては,感度が60から100
%と指摘するものもあるけれども(甲B3,甲B17・794頁),上記数
値は,感度の低い発病初期(6から12時間以内)や,発病後4から5日以
降のもの(甲B17・794頁)も含んでいるものと考えられ,診察時,J
は,前日昼ころから咽頭痛が生じたと述べていたこと(前記1(1)ア)から
すれば,M医師が,診察時のインフルエンザ検査が陰性であったことを踏ま
えて,インフルエンザの可能性を低いと判断したことに,不合理な点も認め
られない。
(4)したがって,M医師がJにボルタレンを投与したことに注意義務違反が
あるとは認められない。
4争点(1)イ(経過観察義務・治療継続義務違反)について
(1)被告B医師の義務違反について
ア原告らは,Jがインフルエンザに罹患して全身状態が悪化し,緊急度の
高い所見を示していたのであるから,被告B医師には,Jの全身状態を正
しく評価したうえで,Jに対し,心電図や酸素飽和度のモニタリングとい
った慎重な経過観察を行いつつ,酸素投与,補液,二次感染予防としての
抗生物質投与,クーリング,場合によってはアセトアミノフェンなどの解
熱剤投与など,対症療法としての一般的治療を継続して行うべき注意義務
があったと主張する。
イJの意識障害の程度について
そこでまず,Jについて経過観察,治療継続が必要であったかを判断す
る前提として,Jに生じていた意識障害の程度について検討する。
しかるに,前記認定事実によれば,①Jが救急車に収容された2月15
日午後7時33分ころ,救急搬送にあたった職員は,Jの意識レベルをJ
CSⅡ−10と判断していたこと(前記1(2)ア),②Jが被告病院に搬
送された同日午後7時45分ころ,被告F看護師がJに対し名前を呼びか
けたにもかかわらず,Jはわずかに開眼しようとし,また,うめくような
発語があったのみであったことから,被告F看護師はJの意識レベルをJ
CSⅡ群と判断したこと(前記1(2)ウ),③その後,被告F看護師が,
点滴をしている間,再びJに対し,名前を呼びかけたり,頬をたたいたり
したが,Jは,顔をしかめたり,痛み刺激に少し手足を動かす程度で,発
語はなかったこと(前記1(2)オ),④Jが救急外来処置室から内科外来
処置室へ移され,輸液が終了した後,被告F看護師がJをストレッチャー
から車椅子に移動させる際,Jは,失禁して,「あ,出た」と言葉を発し,
さらに被告F看護師がJに声をかけたが,発語はなく,意識状態の改善は
なかったこと(前記1(2)ケ),⑤被告F看護師がJを自動車に乗せた際
も,Jは顔色が悪く,ぐったりした状態であったこと(前記1(2)ケ)が
それぞれ認められ,これらの点に照らせば,2月15日夜の被告病院受診
中,Jには,少なくとも被告病院に搬送後間もなくJCSⅡ群の意識障害
が生じており,点滴時にはJCSⅡ−30(痛み刺激を加えつつ呼びかけ
を繰り返すとかろうじて開眼する)の意識障害が生じていたと認めること
ができる。
なお,この点について,被告B医師は,初期対応の際,Jが朦朧として
いたものの,手足の指示動作に対し,手を握り返したり,足を動かしたり
し,名前も答えられたため,Jの意識レベルをJCSⅠ−1と判断したこ
とが認められる(前記1(2)エ)。
しかしながら,①搬送直後,最初にJの意識レベルを確認した被告F看
護師は,Jが呼名に対し名前を答えたり,手足の指示動作に応じたりでき
る様子ではなかったと供述していること(被告F反訳書5・1頁),②被
告B医師がJの意識レベルを評価したのは,初期対応の一時点だけであり,
その後は被告F看護師のみがJの意識状態を確認していたこと(被告B医
師反訳書4・2,7,12,13頁),③被告B医師も平成17年4月2
1日付け死亡証明書には,経過欄に「JCSⅡ−10」と記載したこと
(乙A2・22頁)などに鑑みると,被告B医師の意識レベルの評価が,
Jの意識障害の程度を正確に反映したものであったとは認め難い。
ウ経過観察,治療継続の必要性について
以上を前提に,Jについて経過観察,治療継続が必要であったかを検討
する。
(ア)Jには,被告病院に搬送後間もなくJCSⅡ群の意識障害が生じ,
点滴時には,JCSⅡ−30の意識障害が生じていたと認められること
は前記認定のとおりである。
そして,被告B医師は,診療契約に基づき,Jの意識状態等の変化に
ついて,適時に継続して観察すべき義務を負っていたと解すべきである。
しかるに,被告B医師は,前記認定のとおり,自らJの意識を確認し
たのは,初期対応の際のみであり,その後,被告F看護師が,点滴の際,
Jの頬をたたいたり,名前を呼びかけたりした際も,同じ室内に居合わ
せるなどして,その様子を聞いていたにもかかわらず,自らJの意識状
態を確認していないこと,被告B医師は,Jの帰宅を指示した際,原告
Gから,こんな状態ではJに薬も飲ませられないと訴えられたにもかか
わらず,その際もJの意識状態を確認していないことが認められ(前記
1(2)ク),Jの意識状態等の変化に対する経過観察を怠った義務違反
が認められる。
特に,インフルエンザ検査でA型につき陽性の検査結果が出た後は,
被告B医師は,Jに合併症としてインフルエンザ脳症が起こる可能性を
考慮していたことが認められるところ(乙A2・15頁,被告B反訳書
4・7,11頁),インフルエンザ脳症の臨床像は,突然の発熱に始ま
り,極めて短時間のうちに,意識障害などの中枢神経症状を呈するとさ
れていること(前記2(1)イ)に照らすと,被告B医師においては,J
につき,改めて意識状態を確認し,インフルエンザ脳症の発症を強く疑
い,経過観察,全身管理を継続すべき注意義務があったと認めるのが相
当である。
この点については,被告B医師自身,意識レベルがJCSⅡ群であれ
ば,帰宅させての経過観察ではなく,医療機関での対応が必要であると
判断され,Jについて,意識レベルの低下がJCSⅠ−1よりも重篤な
ものであったとすれば,必要に応じて入院させて経過観察をしたと思う
旨供述しているところである(被告B反訳書4・13,15頁)。
(イ)なお,この点に関し,平成17年11月発表のインフルエンザ脳症
ガイドラインにおいても,意識障害がインフルエンザ脳症の最も重要な
臨床上の指標となるとされており(前記2(2)イ),初期対応として,
インフルエンザウイルス感染に伴い,明らかな意識障害がみられる場合
には,速やかに二次または三次医療機関へ紹介することが推奨されてい
る(前記2(2)ア)。また,インフルエンザ脳症が疑われた症例につい
て,来院時,JCS20以上の意識障害が認められた場合は,インフル
エンザ脳症確定診断例として,特異的治療を開始することが推奨され
(前記2(2)イ(ア)),有意な神経所見,頭部CT所見が認められない場
合でも,入院をさせての経過観察,状態に応じて支持療法を行うことが
推奨されている(乙B7別紙文献3・5頁)。
ガイドラインが発表されたのは,本件の約9か月後ではあるけれども,
ガイドラインが,平成16年までに発表された文献等を参考文献として
いること(乙B7別紙文献3),被告B医師本人が,ガイドラインの内
容に則って治療をしようと考えていた旨述べていること(被告B反訳書
4・15頁)に照らせば,ガイドラインの内容は,本件当時も一般的な
知見であったと推認することができ,これによれば,JはJCSⅡ−2
0以上の意識障害が認められたものとして,インフルエンザ脳症の発症
を強く疑い,入院させて,経過観察,全身管理を継続すべきであったと
解するのが相当である。
(ウ)これに対し,Q医師は,意見書において,診察時,Jにけいれん,異
常行動がなく,胸部CT検査で肺炎の可能性が否定されたことからすれ
ば,自宅での治療を指示したのは適切であった旨の意見を述べている
(乙B7)。
しかし,Q医師の上記意見書は,被告病院受診時におけるJの意識レ
ベルがJCSⅠ−1であったことを前提とするものであるから,当裁判
所の認定とは前提を異にするものであり,採用することができない。
エ入院可能性について
そこで,Jの経過観察等を行うため,入院させることが可能であったか
について検討する。
被告らは,インフルエンザの院内感染を防止するため,Jを大部屋に入
院させることは不可能であり,被告病院に20床ある個室は満床であった
から,入院させることは不可能であったと主張する。
確かに,前記認定のとおり,被告F看護師が,病棟担当の看護師に個室
病棟の空きを問い合わせたところ,個室病棟は満床であり,病棟としては
どうしても入院患者を動かすことができないとの回答を受けたことが認め
られる(前記1(2)イ,カ)。
しかしながら,被告F看護師が,大部屋であれば酸素の使えないベッド
は空いていたと述べていること(被告F反訳書5・2頁),個室に入院し
ていた患者の中には,1月28日に左大腿骨頸部骨折により入院し,同月
31日からはリハビリを行い,2月16日に退院した患者も含まれていた
こと(乙A7の17),被告F看護師が,以前,個室にいる患者を大部屋
に移し,個室に入院させた例もあると述べるとともに,医師が入院の必要
があると判断すれば,再度病棟に対して,部屋を空けるように依頼をした
と思うし,医師の指示があれば,病棟の対応も変わったと思う旨供述して
いること(被告F反訳書5・3,6,8,11頁)に照らすと,Jを入院
させることが不可能であったとは認められず,個室病棟が満床であったこ
とは,前記注意義務の存在を否定する理由にはならないというべきである。
オ小括
以上によれば,被告B医師には,Jの意識状態を適切に評価したうえで,
Jを入院させ,経過観察,全身管理を行うべき注意義務を怠った過失が認
められる。
(2)被告F看護師の義務違反について
原告らは,被告F看護師には,担当医師に対し入院の必要性があることな
どを伝え,医師の適切な診療を補助すべき注意義務があった旨主張する。
しかし,そもそも診療方針の決定について最終的な責任を負うのは医師で
あることに加え,被告F看護師が,病棟担当の看護師から,個室病棟は満床
であり,病棟としてはどうしても入院患者を動かすことができないとの回答
を受けていたこと(前記1(2)イ,カ)からすれば,被告F看護師が被告B
医師に,あえて入院の必要性を具申しなかったことをもって,注意義務違反
があるということはできない。
5争点(2)(死亡機序,因果関係)について
(1)死亡機序について
JがインフルエンザA型陽性であったこと,2月15日夜,少なくともJ
CSⅡ群以上の意識障害が生じていたこと,同日夜から翌16日早朝にかけ
て,症状が急激に進行したことなどからすれば,Jは,インフルエンザ脳症
を発症して死亡したものと推認される(甲B13,乙B7)。
(2)因果関係について
ア原告らは,Jについて適切な全身管理等が行われていれば,2月16日
午前8時18分(以下「本件死亡時点」という。)におけるJの死亡が避
けられた高度の蓋然性があると主張する。
そして,P医師は,意見書において,Jを入院させて,全身管理,抗け
いれん療法,脳浮腫対策を施行していれば,Jを救命または延命し得た可
能性が高いとの意見を述べている(甲B13)。
イしかしながら,Jの死亡原因はインフルエンザ脳症であったと推認され
るところ(前記(1)),前記認定のとおり,厚生労働省研究班の研究結果
によれば,インフルエンザ脳症は,発症後の症状経過が急激であり,死亡
率は14∼30%に上る予後が非常に悪い疾患であると認められる(前記
2(1)ア)。
また,本件後の平成17年11月には,同研究結果に基づき,ガイドラ
インにおいてインフルエンザ脳症の治療指針が策定され,特異的治療とし
て,抗ウイルス薬投与,メチルプレドニゾロン・パルス療法,ガンマグロ
ブリン大量療法が,特殊治療として,脳低体温療法,血漿交換療法,シク
ロスポリン療法,アンチトロンビン(AT)Ⅲ大量療法が挙げられるに至
ったものの(前記2(2)ウ(イ),(ウ)),「ガイドラインに掲げた治療法は,
インフルエンザ脳症の病態から有効性が推測されているものであり,中に
は治療効果について有効性が確認されていないものも含まれて」おり(乙
B7別紙文献3・12頁),多くは十分なエビデンスが得られておらず,
なおインフルエンザ脳症について確立した治療法が存在するとはいえない
状況にある。
加えて,Jは,2月15日夜の被告病院受診時,意識障害は認められた
ものの,同じくインフルエンザ脳症の初発症状とされているけいれん,異
常言動はなく,診断基準の1つである脳浮腫も認められていなかったにも
かかわらず,翌16日午前7時5分にはすでに心肺停止に至ったことが認
められ(前記1(2)ウ,エ,キ,(3)),インフルエンザ脳症の症状が極め
て急激に進行したことが推認される。
以上の点に照らせば,2月15日夜の時点で,Jを入院させ,経過観察,
全身管理を行っていたとしても,本件死亡時点における死亡を回避できた
高度の蓋然性があるとはいえず,前記4(1)に認定した被告B医師の注意
義務違反と本件死亡結果との間に因果関係を認めることはできない。
ウもっとも,救命可能性または延命可能性の程度については,さらに以下
の点を指摘することができる。
(ア)Jに対し,入院措置をとれば,輸液管理を継続しての経過観察が続
けられたと考えられるところ,ガイドラインにおいても,インフルエン
ザ脳症の治療においては,全身状態の管理が重要であり,支持療法は,
特異的治療とともに大きな役割を果たすものとされている(前記2(2)
ウ(ア))。また,糖質の輸液,L−カルニチンの経口・経管投与の有効
性を指摘する報告も存在する(乙B3・134,135頁)。
(イ)インフルエンザ脳症の症状としては,けいれんが70∼80%に認
められ,画像所見としては,一般に頭部CTにて脳浮腫が認められると
されており(前記2(1)ア,イ),Jについても,病態が進行する過程
において,それらの症状が出現していた可能性が高いと考えることがで
きるところ,Jを入院させ,経過観察を行っていれば,Jに出現した症
状に応じて,抗けいれん薬の投与,脳浮腫に対する治療等の対症療法を
実施することができたはずである。そして,前記(ア)のとおり,ガイド
ラインにおいて,全身状態管理の重要性,支持療法の役割が指摘されて
いることに鑑みれば,それらの治療により一定の症状改善がもたらされ
た可能性があるというべきである。
(ウ)前記イのとおり,インフルエンザ脳症の治療法が確立しているとま
ではいえないとしても,厚生労働省研究班が平成12年11月に発表し
た「インフルエンザ脳炎・脳症の特殊治療(試案)」では,メチルプレ
ドニゾロン・パルス療法の有効性が推察される旨が指摘されており(甲
B7・14頁),その後のインフルエンザ脳症ガイドラインにおいても,
「2002/03シーズンおよび2003/04シーズンの全国調査か
ら…有効性が明らかとなった」として同療法が推奨されている(前記2
(2)ウ(イ)b,乙B7別紙文献3・12頁)。
以上の点からすれば,被告B医師がJを入院させて治療を継続してい
れば,支持療法とともにインフルエンザ脳症に対する治療としてメチル
プレドニゾロン・パルス療法等が開始され,これが奏功した相当程度の
可能性があるといえる。
(エ)Q医師は,意見書において,「治療を行ったとしても,死亡を免れ
ぬか或いは重篤な脳障害(植物障害)となった可能性が高かったと思え
る。」との意見を述べている(乙B7)。これは,死亡結果の回避可能
性について消極的な意見ではあるが,「重篤な脳障害(植物障害)とな
った可能性」についても言及していることからすると,延命可能性を完
全に否定する趣旨であるとは解されない。
(オ)以上指摘した点を総合すれば,2月15日夜の時点で,Jを入院さ
せ,経過観察,全身管理を継続していれば,Jが本件死亡時点でなお生
存していた相当程度の可能性があったと認めるのが相当である。
エよって,被告B医師は,前記4(1)の注意義務違反により,Jが本件死
亡時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害した点について,不法
行為責任を負う。
オなお,原告らは,予備的主張として,転送義務違反の主張もするが(争
点(1)ウ),前記イに判示したところによれば,仮にJをO病院等の他院
に搬送していたとしても,本件死亡結果を回避できた高度の蓋然性がある
と認められないことは同様である。
6争点(3)(被告組合の使用者責任)について
被告組合は,被告病院の管理運営に関する業務をL協会に委託しており,被
告病院医療従事者と被告組合との間に直接の雇用関係はない(前記前提事実
(1)イ(エ))。
もっとも,使用者責任の成立には,雇用関係が存在する必要はなく,実質的
指揮監督関係があれば足り,かかる関係の有無は,指揮監督をすべき地位が使
用者に認められるかどうかという点に即して判断されるべきである。
証拠(乙C4)によれば,A病院管理委託契約上,被告組合は,委託業務の
実施状況その他必要な事項について,L協会に報告を求め,実地に調査し,又
は必要な指示をすることができ,また,L協会は,委託業務を遂行するにあた
り,被告組合の指示する方針に従い,その目的を達成するよう誠実かつ効果的
に行うものとされていることが認められる。この点に照らせば,被告組合は,
L協会を通じて,被告病院医療従事者に対し,実質的な指揮監督をすべき地位
を有しているものと解するのが相当である。
よって,被告組合は,被告B医師が,前記4(1)の注意義務違反により,J
が本件死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害した点について,
診療契約に基づく債務不履行責任を負うとともに,使用者責任を負うものと認
められる。
7争点(4)(損害)について
(1)Jに生じた損害について
ア葬儀費用及び逸失利益
前記5(2)イのとおり,被告B医師の注意義務違反と本件死亡結果との
間に因果関係は認められないから,Jの死亡による葬儀費用及び逸失利益
を損害と認めることはできない。
イ慰謝料210万円
前記判示によれば,Jには,被告B医師の注意義務違反により,本件死
亡時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害されたことに対する慰
謝料が認められるというべきである。
そして,その慰謝料額は,これまで認定した事実から推認される救命可
能性または延命可能性の程度,本件注意義務違反の態様,その他本件に現
れた一切の事情を考慮し,210万円と認めるのが相当である。
ウ相続
原告C,原告D及び原告Eは,Jの前記慰謝料請求権の各3分の1(各
70万円)をそれぞれ相続したと認められる。
(2)弁護士費用各7万円
本件事案の内容や前記認容額等を考慮すれば,原告C,原告D及び原告E
に生じた弁護士費用相当の損害は,各7万円と認めるのが相当である。
(3)Kについて生じた損害について
ア慰謝料
前記5(2)イのとおり,被告B医師の注意義務違反と本件死亡結果との
間に因果関係は認められないから,Jの死亡によってKが被った精神的苦
痛に対する慰謝料は認められない。
また,Jが本件死亡時点でなお生存していた相当程度の可能性を侵害さ
れたことに対する慰謝料は,Jに発生するものであり,これと独立してK
に固有の慰謝料が発生するものとも認められない。
イ弁護士費用
Kに固有の損害が生じたとは認められない以上,弁護士費用相当の損害
を認めることもできない。
(4)まとめ
以上によれば,被告組合は診療契約に基づく債務不履行又は不法行為(使
用者責任)に基づき,被告B医師は不法行為に基づき,原告C,原告D及び
原告Eに対し,連帯して各77万円及びこれに対する不法行為の日の後であ
る平成17年5月23日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅
延損害金の支払義務を負う。
第4結論
よって,原告らの請求は,原告C,原告D及び原告Eにつき,被告組合及び
被告B医師に対し,各77万円及びこれに対する平成17年5月23日から支
払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるか
らこれを認容し,原告C,原告D及び原告Eの被告組合及び被告B医師に対す
るその余の請求,原告C,原告D及び原告Eの被告F看護師に対する請求並び
に原告G,原告H及び原告Iの請求はいずれも理由がないから棄却することと
し,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第30部
裁判長裁判官秋吉仁美
裁判官大嶺崇
裁判官渡邉隆浩

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