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平成19年(行ケ)第10287号審決取消請求事件
平成20年3月27日判決言渡,平成20年1月31日口頭弁論終結
判決
原告イノパッド,インコーポレイテッド
(審決上の請求人の表示フロイデンバーグノンウォーバン
スリミテッドパートナーシップ)
訴訟代理人弁理士秋元輝雄,加藤宗和
被告特許庁長官肥塚雅博
指定代理人豊原邦雄,前田幸雄,森川元嗣,大場義則
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2005−12492号事件について平成19年3月19日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯
本件は,特許出願をしたところ,拒絶査定を受けて,不服審判の請求をしたが,
審判請求不成立の審決をされたので,その審決の取消しを求めた事案である。
特許庁における手続の経緯は,次のとおりである。
()フロイデンバーグノンウォーバンスリミテッドパートナーシップ(以1
下「フロイデンバーグ」という。)は,1999年(平成11年)4月13日に米
国においてした特許出願に基づく優先権を主張して(以下「本件優先日」とい
う。),平成12年4月13日,発明の名称を「研磨剤粒子を含むスラリーにより
基板を化学機械研磨するために使用される研磨パッド」とする発明について特許出
願をした(特願2000−112640号。以下,その発明を「本願発明」とい
う。)(甲2)。
()フロイデンバーグは,平成17年3月31日付けで拒絶査定を受けたので,2
同年7月1日,拒絶査定不服審判の請求をした(不服2005−12492号事件
として係属)。これに対し,特許庁は,平成19年3月19日,「本件審判の請求
は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は同年4月3日に原告に送達された。
なお,フロイデンバーグは,拒絶査定後,次のとおり補正をしている。
①平成16年8月24日付けの手続補正書(甲3)により,本件出願に係る明
細書の特許請求の範囲を補正した。
②平成17年7月28日付けの手続補正書(甲4)により,本件出願に係る明
細書全文を補正した(以下,同明細書を「本件明細書」,同補正を「本件補正」と
いう。)。
()原告は,フロイデンバーグから必要な権利を取得し,平成19年7月30日3
に特許庁に対し出願人名義変更届を提出して受理され,同月31日に本訴を提起し
た。
2発明の要旨
本件明細書に記載された特許請求の範囲請求項1(以下「請求項1」という。)
の記載は,次のとおりである。
「研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在のもとに基板を研磨する研磨パッ
ドであって,以下の構成を有する研磨パッド:
研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,前記第1の層はポリマーマトリ
ックス成分に封入または埋設される繊維質成分から形成され,かつ前記繊維質成分
は,前記スラリーに溶解して前記研磨面に十分なるボイド構造を付与する繊維から
なるものであり,前記ボイド構造により形成される複数の穴は前記研磨粒子を一時
的に滞留させる領域として作用するものである。」
(下線は本件補正に係る部分である。)
3審決の理由の要点
()審決は,以下のとおり,本願発明は,特開平2−88165号公報(甲5。1
以下「刊行物1」という。),特表平8−500622号公報(甲6。以下「刊行
物2」という。)及び従来周知の技術に基づいて,当業者が容易に発明をすること
ができたものと認められるから,特許法29条2項の規定により特許を受けること
ができないとした。
()刊行物1に記載された発明(以下「刊行物1記載の発明」という。)2
a.(第2ページ左上欄第4∼14行)
「即ち,このポリッシングパッドは,ベースシート1上に発泡性ウレタン樹脂2をコーティ
ングした後,それを水中に浸漬してウレタン樹脂2を発泡させ,乾燥した後,該ウレタン樹脂
2の表面を研削することによって形成されるが,空孔3の形成はウレタン樹脂2の発泡任せで
あるため,各空孔3の大きさや形状,深さ等を一定に揃えたり,分布を均一にすることは不可
能に近く,それらのばらつきが非常に大きかった。そのため,ポリッシングパッド全体に砥粒
を一様に保持させることは困難で,」
b.(第2ページ左下欄第15行∼右下欄第12行)
「上記短繊維11は,酸やアルカリ,水,有機溶剤等の溶媒によって溶解する性質のものであ
ることが必要であり,例えばアルミニウムなどの金属,ポリビニルアルコール(PVA)など
のプラスチック,あるいはセラミック等で形成される。
また,該短繊維11の形状及び寸法は,ワークの材質,使用研磨剤の種類,研磨の目的等に
応じて任意に設定することができ,例えば第7図()∼()に示すような円柱形,角柱形,円AC
錐形,角錐形,紡錘形,角形紡錘形,しずく形等をなし,最大部分の太さが数∼数100μm,
長さが数μm∼数の短繊維を使用することができる。中でも特に,半導体ウエハのポリッmm
シュに使用するパッドを形成する場合は,太さが30∼50μm,長さが500∼600μm
程度の短繊維を使用するのが好ましい。」
c.(第3ページ左上欄第10∼18行)
「次に,第3図に示すように,短繊維11が植設されたベースシート10の繊維植設面上に,
該繊維11の端部が露出する程度の厚さ(例えば500μm)にウレタン樹脂12を塗布し,
それを乾燥させた後,酸やアルカリ,水,有機溶剤等の溶媒によって短繊維11を溶解,除去
することにより,第4図及び第5図に示すように,各短繊維11の抜孔によって構成される多
数の空孔13を備えたポリッシングパッドが得られる。」
摘記事項a及びcからは,ウレタン樹脂は砥粒を含まず,ポリッシング時には外部より供給
される砥粒が空孔に保持され,したがって空孔は砥粒を一時的に滞留させる領域として作用す
ることが,当業者にとって明らかである。また,ウレタン樹脂が層をなし,図面では上面が研
磨面を構成し,下面がベースシートに固着される裏打ち面をなすことも,当業者が容易に理解
し得るものである。
そこで,上記の摘記事項の内容を本件発明の記載に沿って整理すると,刊行物1には,
「砥粒の存在のもとに半導体ウエハを研磨するポリッシングパッドであって,以下の構成を
有するポリッシングパッド:
研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,前記第1の層はウレタン樹脂に埋設される
短繊維から形成され,かつ前記短繊維は,溶媒に溶解して前記研磨面に空孔を付与する繊維か
らなるものであり,前記空孔により形成される複数の穴は前記砥粒を一時的に滞留させる領域
として作用するものである。」(以下,「刊行物1記載の発明」という。)
が記載されていると認められる。
()刊行物2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)3
a.(第12ページ第1∼6行)
「本発明の製品10はそれ自体研磨パッドとして使用できるし,あるいは,研磨スラリーが
半導体デバイス,シリコンデバイス,クリスタル,ガラス,セラミック,高分子可塑材料,金
属,石又は他の表面に所望の表面仕上げを施すために使用される研磨作業の基材として用いる
こともできる。本発明の製品10等から成る研磨パッド12は,当業者に周知で,市販で容易
に入手できる潤滑油,冷却剤および種々の研磨スラリーとともに用いることができる。」
b.(第12ページ第18∼22行)
「図1で最も良く示されているように,製品10は好ましくは研磨および平坦化作業で典型
的に用いられる水性流体スラリーを通さない高分子マトリックス14からなる。高分子マトリ
ックス14はウレタン,メラミン,ポリエステル,ポリスルフォン,ポリビニールアセテート,
弗化炭化水素等,ならびにこれらの類似物,混合物,共重合体とグラフトから形成できる。」
c.(第13ページ第13∼14行)
「図1で最も良く示されるように,高分子マトリックス14には複数の高分子微小エレメン
ト16が含浸されている。」
d.(第14ページ第27∼28行)
「図1で最も良く示されるように,各高分子微小エレメント16はその中に空隙スペース2
2を有する。」
e.(第15ページ第8∼12行)
「図1で最も良く示されるように,本発明の好ましい実施例において,作業面18に位置す
る高分子微小エレメント16’の少なくとも一部分が作業環境(図示せず)又は研磨スラリー
と接触すると軟化する。例えば,メチルセルローズのような水溶性エーテルは水性研磨スラリ
ーの水分と接触するや否や溶解する。」
摘記事項d,eから,高分子微小エレメントが溶解すると,高分子微小エレメント内の空隙
スペースが作業面に開口することは,当業者が容易に理解し得るものである。そこで,上記摘
記事項を整理すると,刊行物2には,
「研磨スラリーの存在のもとに半導体デバイス又はシリコンデバイスを研磨する研磨パッド
であって,高分子マトリックスに含浸される高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高
分子微小エレメントは,前記スラリーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの。」(以
下,「刊行物2記載の事項」という。)
が記載されていると認められる。
()本願発明と刊行物1記載の発明との対比4
本件発明と刊行物1記載の発明とを比較すると,後者の「砥粒」,「半導体ウエハ」,「空
孔」及び「ポリッシングパッド」が,前者の「研磨粒子」,「基板」,「ボイド構造」及び
「研磨パッド」にそれぞれ相当することは明白である。また,後者の「ウレタン樹脂」が前者
の「ポリマーマトリックス成分」に属し,後者の「短繊維」も「繊維」であって前者の「繊維
質成分」に属することも明白である。後者の「溶媒」は,繊維質成分を溶解して除去する限り
において,前者の「スラリー」中の溶媒と共通する。
そうすると,両者の間には次の一致点及び相違点があるものと認められる。
<一致点>
「研磨粒子の存在のもとに基板を研磨する研磨パッドであって,以下の構成を有する研磨パ
ッド:
研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,前記第1の層はポリマーマトリックス成分
に封入または埋設される繊維質成分から形成され,かつ前記繊維質成分は,溶媒に溶解して前
記研磨面にボイド構造を付与する繊維からなるものであり,前記ボイド構造により形成される
複数の穴は前記研磨粒子を一時的に滞留させる領域として作用するものである。」
<相違点1>
研磨パッドは,前者では研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在のもとに基板を研磨す
るものであるのに対し,後者ではこのようなものでない点。
<相違点2>
繊維質成分は,前者ではスラリーに溶解して十分なるボイド構造を付与するのに対し,後者
ではスラリーとは別の溶媒に溶解する点。
()相違点についての検討5
<相違点1>について4.1
基板を研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在のもとに研磨することは,刊行物2に
も例示されるように,従来周知の技術であり,しかも,刊行物1記載の発明を,研磨粒子と分
散剤とを備えたスラリーの存在のもとでの基板の研磨に適用することを妨げる要因も見当たら
ないため,刊行物1記載の発明の研磨パッドを用いて研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの
存在のもとに基板を研磨することは,当業者が容易に想到し得たものである。
<相違点2>について4.2
刊行物2記載の事項における「研磨スラリー」,「半導体デバイス又はシリコンデバイス」,
「高分子マトリックス」,「作業面」及び「空隙スペース」が,本件発明における「研磨剤粒
子と分散剤とを備えたスラリー」,「基板」,「ポリマーマトリックス」,「研磨面」及び
「ボイド構造」にそれぞれ相当することは明白である。また,刊行物2記載の事項において高
分子微小エレメントが高分子マトリックスに「含浸」されることは,本件発明において繊維質
成分がポリマーマトリックスに「封入または埋設」されることに相当するということができる。
そうすると,刊行物2には「研磨剤粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在のもとに基板を研
磨する研磨パッドであって,ポリマーマトリックスに封入または埋設される高分子微小エレメ
ントから形成され,かつ前記高分子微小エレメントは,前記スラリーに溶解して作業面に空隙
スペースを生じるもの。」が記載されているというべきである。刊行物2記載の事項は,刊行
物1記載の発明と同じく研磨パッドに関するから,刊行物2記載の事項を刊行物1記載の発明
に適用して,高分子微小エレメントの代わりに繊維質成分をスラリーに溶解させるようにする
ことは,当業者が容易に想到し得たものである。ボイド構造を「十分なる」ものとすることは,
当業者にとっては設計上の事項に過ぎない。
まとめ4.3
本件発明の作用効果には,刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の事項並びに従来周知の技
術に基いて普通に予測される範囲を上回る,格別のものを見出すこともできない。よって,本
件発明は,刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の事項並びに従来周知の技術に基いて当業者
が容易に発明をすることができたものである。
()むすび6
以上のとおり,本願の請求項1に係る発明は,刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の事項
並びに従来周知の技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるため,請求
項2ないし30に係る発明について検討するまでもなく,本願は特許法第29条第2項の規定
により特許を受けることができない。
第3原告の主張
審決は,刊行物1記載の発明の認定を誤った結果,本願発明と刊行物1記載の発
明との相違点の認定を誤り(取消事由1),相違点についての進歩性の判断を誤り
(取消事由2,3),しかも,審理不尽の違法があり(取消事由5),その結果,
本願発明が引用発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明をすることがで
きたとの誤った結論を導いたものであり,違法であるから,取り消されるべきであ
る。
1取消事由1(相違点認定の誤り)
()審決は,前記第2の3()のとおり,刊行物1記載の発明について,「砥粒12
の存在のもとに半導体ウエハを研磨するポリッシングパッドであって,以下の構成
を有するポリッシングパッド:研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,
前記第1の層はウレタン樹脂に埋設される短繊維から形成され」ていると認定した
が,誤りである。
審決の前記摘記事項cの記載及び刊行物1の記載「ベースシート上に,多数の空
孔を備えた多孔状の合成樹脂を付着一体化することにより,構成されており,上記
空孔が,合成樹脂内に埋設した短繊維を溶解,除去することにより形成されている
ことを特徴とするポリッシングパッド」(特許請求の範囲1)によれば,刊行物1
記載のポリッシングパッド(研磨パッド)では,繊維はポリッシングパッド製造の
過程で溶解,除去されているのであって,刊行物1記載の発明においてポリッシン
グパッドに繊維が埋設されていないから,繊維を含んでいる本願発明の第1の層と
は相違するものである。
()刊行物1記載の研磨パッドは,表面から内面に向かう多数の空孔を備えるこ2
とが構造的特徴である。この空孔は,研磨パッドのベースシート表面から短繊維の
端部が露出するように短繊維を植設した後に,当該短繊維を溶媒によって溶解除去
して得られる構造である。すなわち,刊行物1の研磨パッドには繊維質成分は含ま
れていない。また,空孔は,すべて初期状態で研磨面に連通開口しており,研磨中
に空孔の深さが変化することはあっても,空孔の形状,方向,大きさは変化しない。
よって,研磨粒子と分散剤を含むスラリーの存在下に基板を研磨する方法に使用し
ても,研磨中に種々の方向のボイド(判決注:)が新たに生じることはない。void
また,刊行物1は,繊維を除去した孔が穿孔されているので,本願パッドのような
繊維が充填されていることによる一定の弾性が確保できない。
()そうすると,審決の相違点2の認定は誤っており,本願発明と刊行物1記載3
の発明は,審決が認定した相違点1のほか,「研磨パッドは,本件発明ではポリマ
ーマトリックス成分に繊維質成分が封入または埋設されているのに対し,刊行物1
記載の発明では繊維質成分を含んでいない点。」(以下「相違点2A」という。),
「繊維質成分は,本件発明では研磨中にスラリーに溶解して研磨パッドの研磨面に
研磨粒子を一時的に滞留させるに十分なるボイド構造を付与するのに対し,刊行物
1記載の発明では研磨パッド製造過程でスラリーとは別の溶媒に溶解して除去され
て研磨パッドの研磨面に空孔を形成するものである点。」(以下「相違点2B」と
いう。)で相違するものである。
2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)
()審決は,刊行物2には,「研磨スラリーの存在のもとに半導体デバイス又は1
シリコンデバイスを研磨する研磨パッドであって,高分子マトリックスに含浸され
る高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高分子微小エレメントは,前記ス
ラリーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの。」(前記第2の3())が3
記載されていると認定したが,誤りである。
刊行物2の「空隙スペース」は,もともと「高分子微小エレメント」中に存在し
ていたものを意味し,研磨中に新たに生じるものを意味していない。
刊行物2に,「例えば作業面18の近傍に位置する高分子微小エレメント16の
少なくとも一部分のシェル20の一部分がその一部分を薄切り,研削,切断および
孔明けのうち少なくとも一つの方法により,或いは化学的にシェル20の一部分を
変化又は軟化することにより開かれ,作業面18の高分子微小エレメント16’の
一部分を副表面に位置する微小エレメント16より硬さが減ずるようにす24
る。」(22頁下4行目∼23頁下から2行目)などと記載されているとおり,高
分子微小エレメントの硬さを減じる一手段として,当該高分子微小エレメントを開
口し,その中に存在していた空隙スペースが作業環境に対して開かれるのである。
つまり,空隙スペースが開かれた後も,高分子微小エレメントは,その硬さを減じ
つつ存在しているのであって,高分子微小エレメントが溶解して消失した後が空隙
スペースになるのではない。
したがって,刊行物2において,高分子微小エレメントは,研磨スラリーに溶解
して作業面に空隙スペースを生じるとした審決の認定は誤りである。
()刊行物2の空隙スペースは,高分子微小エレメント中に存在することからも2
明らかなとおり,極めて微小なものであって,その空隙スペースは,繊維状の形状
ではあり得ないし,そこに研磨粒子が一時的にも滞留することが可能であるという
こともできない。
()したがって,刊行物2において,高分子微小エレメントは,研磨スラリーに3
溶解して作業面に空隙スペースを生じるとした審決の認定は,その前提において誤
りである。
3取消事由3(相違点2A及び2Bについての判断の誤り)
()審決は,前記第2の3()のとおり,相違点2について,「刊行物2記載の15
事項は,刊行物1記載の発明と同じく研磨パッドに関するから,刊行物2記載の事
項を刊行物1記載の発明に適用して,高分子微小エレメントの代わりに繊維質成分
をスラリーに溶解させるようにすることは,当業者が容易に想到し得たものであ
る。」と判断した。
しかし,刊行物1記載の研磨パッドは繊維質成分を含んでいないものであるから,
刊行物2記載の高分子微小エレメントが繊維質成分に相当するか否かを論ずるまで
もなく,刊行物1と刊行物2とを組み合わせる論理が成立しない。
()刊行物2における高分子微小エレメントの作用は,作業面(研磨面)におけ2
る高分子微小エレメントが作業環境に接したときに,他の面の高分子微小エレメン
トよりも硬さが減じることにあり,作業環境に接して溶解,消失する作用はない。
高分子微小エレメント中の空隙スペースが作業面に開かれるということは,当該高
分子微小エレメントの硬さを減じる一手段である。つまり,刊行物2には,ボイド
構造を形成させて,これを積極的に研磨操作に利用するという技術思想は存在し得
ない。むしろ,研磨粒子がパッド中に存在すると,このような空隙に研磨粒子が入
り込み,高分子微小エレメントを硬化させることになり,作業面の高分子微小エレ
メントの硬さを減ずるという刊行物2記載の技術思想に反するものである。
したがって,相違点2Bの「繊維質成分は,本願発明では研磨中にスラリーに溶
解して研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一時的に滞留させるに十分なるボイド構造
を付与するのに対し,刊行物1記載の発明では研磨パッド製造過程でスラリーとは
別の溶媒に溶解して除去されて研磨パッドの研磨面に空孔を形成するものである
点。」については,刊行物2記載の事項を考慮しても,当業者が容易に想到し得る
ものではない。
()刊行物2では,その課題として,半導体デバイスを平坦に研磨するには研磨3
パッドの細孔サイズ,形状及び分布のような変動要素を制御することを挙げており,
また,解決手段として,均一な高分子微小エレメントをマトリックス中に均一に分
布させているから,研磨中に次々と形状,サイズ,方向が異なるボイドを形成させ
る本願発明の研磨パッドとは,課題及び解決手段が相違しているから,当業者が容
易に想到し得るものではない。
()相違点2A及び同2Bによる顕著な作用効果4
ア相違点2Bに示したように,本願発明では,研磨粒子と分散剤とを備えたス
ラリーの存在の下に基板を研磨することにより,繊維質成分は,研磨面の磨耗と共
に次々と研磨中にスラリーに溶解して,研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一時的に
滞留させるに十分なるボイド構造を次々と付与するものであるから,予め空孔が設
けられた刊行物1記載の研磨パッドから,本願発明の研磨パッドのような作用効果
を容易に予想することはできない。
イまた,刊行物1記載の研磨パッドのように,予め研磨表面に空孔が設けられ
ているものは,使用前にごみや不純物が空孔内に入り込み性能低下を起こす恐れが
あるのに対し,本願発明では,研磨作業前には研磨表面にボイドがないのでそのよ
うな欠点が生じない。
ウさらに,刊行物1の研磨パッドには,製造工程で形成した空孔しかなく,研
磨作業中に,研磨パッドが削られていく過程で,空孔の数,位置,大きさが変化す
ることはないので,このような研磨パッドには,いったん空孔に研磨屑や研磨に不
都合な物質が空孔の内部に入り込むと,研磨中残存するという不都合がある。
一方,本願発明の研磨パッドは,研磨の進行につれて研磨パッドが削られて新し
い研磨面が現れると,そこに露出した繊維質成分が溶出して,次々に新しいボイド
が生じ,その一方でそれまであったボイドが削られて消失するので,研磨に不都合
な物質がボイド内に留まることはない。また,繊維質成分の形状,大きさ,方向が
不特定であるから,次々と生成するボイドの形状,大きさ,方向が刻々と変化する
ので,研磨を増進する。
エ作成の宣誓書(甲9。以下「本件宣誓書」という。)に添付した図1及びX
図2は,本願発明により製造された「SX1122パッド」(ポリマーマトリック
ス中に繊維が埋め込まれた層が設けられている。)と,刊行物2に記載に従い作成
された「IC−1010パッド」(ポリマーマトリックスに配合された複数の高分
子微小エレメントを有する。)の研磨パッドの研磨挙動を比較し,両者の除去速度
と表面不均一性についての測定データを得た。
図1からは,SX1122パッドの除去速度がIC−1010の除去速度よりも
少なくとも1000オングストローム/分だけ早いという結果が得られたが,これ
は,除去速度の向上は生産性の向上となり,従来技術であるIC−1010パッド
と同じ時間の研磨でもSX1122パッドではより多くの表面を処理できることに
なるものであって,刊行物2記載の研磨パッドに対して本願発明の研磨パッドが予
期されない効果を奏することを示すものである。
また,図2からは,本願発明に従い製作されたパッドは,刊行物2に従い作製さ
れたパッドよりも,「凹み()」,「侵食()」及び「腐食端部RecessErosion
()」などの,好ましくない除去特性において,その程度が低く,EdgeoverErosion
好ましいものであることが示されており,図1と同様に,刊行物2記載の研磨パッ
ドに対して本願発明の研磨パッドが予期されない効果を奏することを示すものであ
る。
4取消事由4(審理不尽の違法)
原告は,原審の審査官による前置報告書後の平成18年6月15日付けの上申書
において,審判合議体に補正案を上申した(甲7)。すなわち,本願発明では,本
件明細書(甲4)の段落【0015】のとおり,ポリマーマトリックス中に繊維質
成分を混合して封入,埋設しているので,研磨面に対する繊維質成分の方向は垂直
から水平まで種々であり,ボイドには研磨面に平行な向きのものが存在することが
記載されている。
一方,刊行物1記載の発明では,研磨パッドを製造する際に,合成樹脂に植設し
た短繊維を溶解,除去して空孔を形成するものであり,繊維の植設方向は垂直から
傾斜したものまで変化があるが,繊維は溶媒に接触するように,頭を表面に出して
植設する必要があり,表面に平行なボイドを形成するように植設することはあり得
ない。
また,刊行物2では,図5−9に示されるように,溝を機械的につけることを示
しており,この溝は,研磨作用を強化するものとされている(刊行物2の18頁下
から3行∼19頁8行)。したがって,刊行物2では,あくまでも高分子微小エレ
メントを残留させるので,高分子微小エレメント内の空隙スペースが開口しても,
パッド面に平行に走る孔(溝)を形成することは,困難である。
本願発明は,刊行物1,2と対比して特許性があることを確信しているが,上記
のとおり,従前の特許請求の範囲においては,マトリックス中に分散している繊維
質成分の大きさ,方向が特定されていなかったから,必然的に研磨面に平行なボイ
ドを含むものであることを,補正案によって明瞭にし,刊行物1,2との相違点を
より明確にしようとする目的で補正案を上申したものである。
このように,本願発明において研磨面に平行な穴を含むという特徴事項は,刊行
物1及び刊行物2との明らかな相違点であるとともに,本件明細書(甲4)の段落
【0015】の記載に基づく補正であり,かつ,特許請求の範囲の減縮及び明瞭で
ない記載の釈明に当たるから,適法なものである。
本願発明は,本来,特許性があるものであるが,上記補正案によれば,本願発明
の特許性がさらに明確になることは明らかであるところ,出願人が補正の機会を求
めているのにもかかわらず,その機会を与えず審判官の一方的な裁量によって審理
が進められることによって,補正されれば特許されるべき出願が拒絶審決を受ける
に至ることは,保護すべき発明を保護しないということになり,審理不尽といわざ
るを得ない。
第4被告の主張
審決の判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(相違点認定の誤り)に対して
審決における「前記第1の層はウレタン樹脂に埋設される短繊維から形成さ
れ,」との認定は,第1の層を形成する際に短繊維がウレタン樹脂に埋設されるこ
とを意味し,研磨に使用する際においても短繊維がウレタン樹脂に埋設されている
ことまで意味するものでない。そして,繊維質成分が,本願発明の研磨パッドでは,
スラリーによって溶解,除去されるのに対し,刊行物1記載の研磨パッドではスラ
リーとは別の溶媒により溶解,除去される点は,「繊維質成分は,前者ではスラリ
ーに溶解して十分なるボイド構造を付与するのに対し,後者ではスラリーとは別の
溶媒に溶解する点。」(相違点2)として認定している。
ここで,本願発明において繊維質成分がスラリーにより溶解,除去されることと
は,スラリーの存在の下に基板を研磨する研磨パッドによる研磨中に溶解,除去が
生じることを指しているのに対し,刊行物1記載の発明において短繊維がスラリー
とは別の溶媒により溶解,除去されることとは,研磨パッドを研磨に使用する前に
スラリー以外の溶媒によって溶解,除去が行われることを指している。
したがって,原告主張の相違点2は,審決の相違点2に含まれるものである。ま
た,原告主張の相違点2B中,繊維質成分が溶解した後に生じるボイド構造により
形成される複数の穴が研磨粒子を一時的に滞留させる領域として作用する点は,刊
行物1に記載されており,本願発明と刊行物1記載の発明との一致点に含まれてい
るから,相違点とはならない。
そうすると,審決の相違点2は,原告主張の相違点2A及び相違点2Bを合わせ
たものと,実質的に同じものということができる。
2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)に対して
()刊行物2の特許請求の範囲請求項13,15,発明の詳細な説明の「図1で1
最も良く示されるように,本発明の好ましい実施例において,作業面18に位置す
る高分子微小エレメント16’の少なくとも一部分が作業環境(図示せず)又は研
磨スラリーと接触すると軟化する。例えば,メチルセルローズのような水溶性セル
ローズエーテルは水性研磨スラリーの水分と接触するや否や溶解する。」(15頁
8行∼12行),「高分子微小エレメントは図11で最も良く示されるように,浸
透可能又は孔明け可能のシェル20を有することができ,それにより微小エレメン
ト16’内の空隙スペース22が作業環境に対して開かれる。」(15頁5行∼7
行),「この低粘度領域の間,エクスパンセル551DE()中Expancel551DE
空高分子微小球体69gが,高分子混合物とロデール社()の高速剪断RodelInc.
調合および混合装置を用いて微小球体を高分子混合物中に全体的に均一に配分する
ため3450rpmで調合され,」(16頁12行∼15行),図1などの記載
によれば,刊行物2において,高分子微小エレメントが中空状であって,空隙スペ
ースが高分子微小エレメントの容積の大半を占めることが容易に理解される。
そして,また,刊行物2には,「図1で最も良く示されるように,各高分子微小
エレメント16はその中に空隙スペース22を有する。少なくとも幾つかの高分子
微小エレメント16は,好ましくは,図3で最も良く示されるように,その中に複
数の空隙スペース22を有する。」(14頁27行∼15頁1行)と記載されてい
るから,刊行物2の図3に示される,複数の微小な空隙スペースを有する高分子微
小エレメントは一例にすぎず,空隙スペースが高分子微小エレメントの容積の大半
を占めるものを否定するものではない。
そうすると,メチルセルローズからなる中空状の高分子微小エレメントが含まれ
る研磨パッドにおいて,作業面に位置する高分子微小エレメントのメチルセルロー
ズが溶解すると,その容積の大半を占める空隙スペースが作業面に開口することは,
明らかである。
したがって,審決で刊行物2において「高分子微小エレメントは,研磨スラリー
に溶解して作業面に空隙スペースを生じる」と認定した点に誤りはない。
()原告は,刊行物2の空隙スペースは,高分子微小エレメント中に存在するこ2
とからも明らかなとおり,極めて微小なものであって,その空隙スペースは,繊維
状形状ではあり得ないし,そこに研磨粒子が一時的にも滞留することが可能である
ともいえない旨主張する。
しかし,上記のとおり,研磨中にスラリーによって刊行物2記載の事項の高分子
微小エレメントが溶解したときは,その容積の大半を占める空隙スペースが作業面
に開口するのであり,刊行物2の特許請求の範囲の請求項9に記載されているとお
り,「高分子微小エレメントの各々が約μm以下の直径を有する」ことから,150
開口した空隙スペースは研磨粒子が一時滞留し得るだけの大きさをもつということ
ができる。
なお,刊行物2は,研磨パッドに埋設された成分が研磨中にスラリーによって溶
解して複数の孔を生じる点について引用したものであり,孔が繊維形状をなす点及
びボイド構造を積極的に研磨作用に利用する点は刊行物1に記載されているもので
ある。
3取消事由3(相違点2A及び2Bについての判断の誤り)に対して
()前記1のとおり,刊行物1記載の発明では,第1の層は形成時には短繊維が1
ウレタン樹脂に埋設されているが,研磨に使用する前に短繊維がスラリーとは別の
溶媒によって溶解,除去されているという点において本願発明と相違している。し
かし,短繊維,すなわち繊維質成分を溶解してボイド構造を付与することで,研磨
粒子を一時的に滞留させる複数の穴を形成している点においては同じであり,異な
るのは繊維質成分の溶解のタイミングだけである。
研磨粒子を一時的に滞留させる複数の穴を形成する時点が,刊行物1記載の発明
のように研磨に使用する前であろうが,本願発明のように研磨中であろうが,複数
の穴が研磨粒子を一時的に滞留させる領域として作用するという点において,差異
がないことは明らかである。一方,刊行物2には,高分子マトリックスに埋設され
た高分子微小エレメントを研磨中にスラリーによって溶解,除去することにより作
業面に空隙スペースを生じるもの,すなわち,作業面に空隙スペースを研磨中にス
ラリーによって形成するものが記載されている。
そうすると,刊行物1記載の発明において,刊行物2記載の事項に従って,研磨
に使用する前に繊維質成分を溶解しないようにし,研磨粒子を滞留させる複数の穴
を形成するボイド構造を付与する繊維質成分の溶解,除去を研磨中にスラリーによ
って行うことは,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
()相違点2A及び同2Bによる顕著な作用効果に対して2
ア原告は,刊行物1記載の研磨パッドのように,予め研磨表面に空孔が設けら
れているものは,使用前にごみや不純物が空孔内に入り込み性能低下を起こすおそ
れがあるのに対し,本願発明では,研磨作業前には研磨表面にボイドがないのでそ
のような欠点が生じない旨主張する。
しかし,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の事項を組み合わせたものにおいて
も同様に,研磨パッドの使用前に孔にごみや不純物が入り込むことは起きないこと
は自明であるので,前記作用効果は,刊行物1記載の発明及び刊行物2記載の事項
に基づいて普通に予測され得るものにすぎないものというべきである。
イ原告は,本件宣誓書を提出して,本願発明により製造された「SX1122
パッド」と刊行物2に記載に従い作成された「IC−1010パッド」の比較試験
を行った結果,刊行物2記載の研磨パッドに対して本願発明の研磨パッドが予期さ
れない効果を奏することを示されている旨主張する。
しかし,審決は,本願発明が,刊行物1記載の研磨パッドにおいて,刊行物2に
記載されたように埋設物を研磨中に研磨スラリーで溶解,除去するように変更する
ことによって,当業者が容易に発明し得るとしたものであり,本願発明の研磨パッ
ドが刊行物2記載の研磨パッド,あるいは刊行物1記載の研磨パッドのいずれとも,
それぞれ相違していることは認めるところである。したがって,本願発明の研磨パ
ッドに対して刊行物2の記載に係る研磨パッドを比較対象とした比較実験の結果を
提示することに技術的に意味はなく,審決の判断が誤りであるとする根拠にはなら
ない。
そもそも,本願発明は,ポリマーマトリックス成分,繊維質成分,それらの混合
比率及び成形方法が何ら特定されていない物の発明であるから,実験結果と本願発
明の作用効果との関連が不明である。本件明細書(甲4)には,比較実験について
の記載はなく,本願発明の効果として,「研磨面の前記複数の穴によって,研磨剤
の動きが活発化され,研磨速度が高められると共に均一な研磨面に仕上げられる一
方,研磨された面における傷の発生を抑えることができる。前記の複数の穴には,
研磨粒子が一時的に滞留し,研磨剤粒子と研磨される面との間における高い摩擦接
触が防げる。」(段落【0012】),「前記研磨面は,前記マトリックス成分が
消耗又は減ってしまうにつれ,回復し,新たなものに再生するもので,これは,前
記繊維質又は繊維成分の新たな領域のものが露出し,溶解するからで,したがって,
新たな穴が作られて研磨作用が増進される。」(段落【0026】)などの記載が
あるのみであって,具体的な研磨速度や表面変動性,研磨挙動については何ら言及
されていない。
したがって,原告が比較実験に基づいて主張する効果は明細書に記載されていな
いものであり,かつ,明細書又は図面の記載に基づいて当業者が推論することがで
きるものともいうことができないから,その効果に基づいて本願発明の進歩性を論
じることはできない。
()なお,刊行物2を主たる引用刊行物とし,刊行物2記載の事項に刊行物1記3
載の発明を組み合わせることによっても,本願発明は当業者が容易に発明すること
ができることを,予備的に主張する。
すなわち,本願発明と刊行物2記載の事項とを対比すると,両者はポリマーマト
リックス成分に封入又は埋設され,スラリーに溶解してボイド構造(空隙スペー
ス)を形成する成分が,前者では繊維質成分であるのに対し,後者では高分子微小
エレメントである点において相違する以外は,実質的に一致している。そして,ポ
リマーマトリックス成分に埋設して,溶解することによってボイド構造を形成する
成分を繊維質成分とすることは刊行物1記載の発明に含まれる技術事項であるから,
刊行物1記載の発明と刊行物2記載の事項が属する技術分野の同一性を考慮すると,
刊行物1記載の発明を刊行物2記載の事項に組み合わせて,ポリマーマトリックス
成分に封入又は埋設される成分を高分子微小エレメントに代えて繊維質成分として,
本願発明のように構成することは,当業者が容易に想到し得ることである。
4取消事由4(審理不尽の違法)に対して
審判請求された出願の明細書を補正することができる機会は,特許法17条の2
第1項4号の規定により審判請求の日から30日以内にするときのほかには,審判
合議体において拒絶すべき理由を新たに発見して請求人に通知した場合の指定期間
内にするときに限られている。
そうすると,原告が平成18年6月15日付けの上申書において示した補正案に
基づく明細書の補正を許容すべき理由はなく,当該補正案に基づく補正が行われた
との前提に基づいた上申書の意見を審理に反映すべき理由もない。
原告は,原審の審査官による前置報告を見て補正案を含む上記上申書を提出した
ものであるが,審判合議体は,審査段階における拒絶理由によって拒絶査定を維持
することが適当と判断したのであるから,改めてその拒絶理由を出願人に通知して
意見及び明細書の補正の機会を与える必要はない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(相違点認定の誤り)について
()審決は,刊行物1記載の発明について,「砥粒の存在のもとに半導体ウエハ1
を研磨するポリッシングパッドであって,以下の構成を有するポリッシングパッド
:研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,前記第1の層はウレタン樹脂
に埋設される短繊維から形成され」ていると認定したのに対し,原告は,これを争
い,刊行物1のポリッシングパッドは,繊維を含んでいない旨主張する。
()刊行物1の「次に,第3図に示すように,短繊維11が植設されたベースシ2
ート10の繊維植設面上に,当該繊維11の端部が露出する程度の厚さ(例えば5
00μm)にウレタン樹脂12を塗布し,それを乾燥させた後,酸やアルカリ,水,
有機溶剤等の溶媒によって短繊維11を溶解,除去することにより,第4図及び第
5図に示すように,各短繊維11の抜孔によって構成される多数の空孔13を備え
たポリッシングパッドが得られる。」(前記第2の3())との記載によれば,ベ2
ースシート10に植設された短繊維11は,酸やアルカリ,水,有機溶剤等の溶媒
によって溶解,除去されるのであるから,刊行物1記載の発明のポリッシングパッ
ドの第1の層には,製造工程で短繊維11が存在したが,完成品の段階では,短繊
維11が溶解,除去されているのであって,本願発明の「ウレタン樹脂に埋設され
る短繊維から形成され」ているとの構成を満たしていないことが明らかである。
()被告は,審決が,研磨に使用する際においても短繊維がウレタン樹脂に埋設3
されていることまで述べたものではないとしつつ,繊維質成分が,本願発明の研磨
パッドでは,スラリーによって溶解,除去されるのに対し,刊行物1記載の研磨パ
ッドではスラリーとは別の溶媒により溶解,除去される点は,「繊維質成分は,前
者ではスラリーに溶解して十分なるボイド構造を付与するのに対し,後者ではスラ
リーとは別の溶媒に溶解する点。」(相違点2)と認定している旨主張する。
しかし,上記のとおり,本願発明は,「ウレタン樹脂に埋設される短繊維から形
成され」ているのに対し,刊行物1記載のポリッシングパッドの第1の層には,製
造工程で短繊維11が存在したが,完成品の段階では,短繊維11が溶解,除去さ
れているのであるから,本願発明と刊行物1記載の発明とでは,繊維質成分がスラ
リーによって溶解,除去される時期が異なるところ,審決は,「繊維質成分は,前
者ではスラリーに溶解して十分なるボイド構造を付与するのに対し,後者ではスラ
リーとは別の溶媒に溶解する点。」(相違点2)で相違するとして,溶媒が異なる
ことを挙げているのみで,繊維質成分がスラリーによって溶解,除去される時期の
点を相違点として摘示していないから,本願発明と刊行物1記載の発明の対比につ
いての審決の認定は,誤りであるというほかない。
()しかし,審決は,刊行物2記載の研磨パッドについて,「高分子マトリック4
スに含浸される高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高分子微小エレメン
トは,前記スラリーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの」(前記第2の
3())として,本願発明と同様,研磨パッドが使用の過程でスラリーによって溶3
解,除去される構成を認定した上で,相違点2についての検討で,「刊行物2記載
の事項において高分子微小エレメントが高分子マトリックスに『含浸』されること
は,本件発明において繊維質成分がポリマーマトリックスに『封入または埋設』さ
れることに相当するということができる。」(前記第2の3())と説示している5
から,実質的には,繊維質成分がスラリーによって溶解,除去される時期が異なる
点をも考慮した認定判断をしているものということができる。
そうすると,本願発明と刊行物1記載の発明の対比についての審決の認定自体は
誤りであるとしても,直ちに,審決の結論に影響を及ぼすような瑕疵があるとはい
えず,相違点についての審決の認定判断の当否について検討をする必要がある。
()そこで,改めて,本願発明と刊行物1記載の発明を対比すると,両者は,5
「研磨粒子の存在のもとに基板を研磨する研磨パッドであって,以下の構成を有す
る研磨パッド:
研磨面と裏打ち面とを有する第1の層であって,前記第1の層はポリマーマトリッ
クス成分に封入または埋設された繊維質成分が溶解,除去されて空孔が形成され,
かつ前記繊維質成分は,溶媒に溶解して前記研磨面にボイド構造を付与する繊維か
らなるものであり,前記ボイド構造により形成される複数の穴は前記研磨粒子を一
時的に滞留させる領域として作用するものである」
点で一致し,一方,
「研磨パッドは,前者では研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在のもとに
基板を研磨するものであるのに対し,後者ではこのようなものでない点」(相違点
1と同じ)
「繊維質成分は,本願発明では,研磨に使用する過程でスラリーに溶解して十分
なるボイド構造を付与するのに対し,刊行物1記載の発明では,製造する過程で,
スラリーとは別の溶媒に溶解する点」(以下「相違点2C」という。)
で相違するものと認められる。
()原告は,「研磨パッドは,本願発明ではポリマーマトリックス成分に繊維質6
成分が封入または埋設されているのに対し,刊行物1記載の発明では繊維質成分を
含んでいない点。」(相違点2A),「繊維質成分は,本願発明では研磨中にスラ
リーに溶解して研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一時的に滞留させるに十分なるボ
イド構造を付与するのに対し,刊行物1記載の発明では研磨パッド製造過程でスラ
リーとは別の溶媒に溶解して除去されて研磨パッドの研磨面に空孔を形成するもの
である点。」(相違点2B)で相違すると主張するが,原告主張の相違点2B中,
繊維質成分が溶解した後に生じるボイド構造により形成される複数の穴が研磨粒子
を一時的に滞留させる領域として作用する点は,刊行物1に記載されている構成で
あって,本願発明と刊行物1記載の発明との一致点に含まれるものであるから,相
違点として摘示するのは相当ではなく,その余の点は,相違点2Cと同様である。
2取消事由2(相違点1についての判断の誤り)について
()審決は,刊行物2に,「研磨スラリーの存在のもとに半導体デバイス又はシ1
リコンデバイスを研磨する研磨パッドであって,高分子マトリックスに含浸される
高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高分子微小エレメントは,前記スラ
リーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの。」が記載されていると認定し
たのに対し,原告はこれを争うので,検討する。
()刊行物2(甲6)には,次の記載がある。2
ア「本発明の製品10はそれ自体研磨パッドとして使用できるし,あるいは,
研磨スラリーが半導体デバイス,シリコンデバイス,クリスタル,ガラス,セラミ
ック,高分子可塑材料,金属,石又は他の表面に所望の表面仕上げを施すために使
用される研磨作業の基材として用いることもできる。本発明の製品10等から成る
研磨パッド12は,当業者に周知で,市販で容易に入手できる潤滑油,冷却剤およ
び種々の研磨スラリーと共に用いることができる。」(12頁1行∼6行)
イ「図1で最も良く示されているように,製品10は好ましくは研磨および平
坦化作業で典型的に用いられる水性流体スラリーを通さない高分子マトリックス1
4から成る。高分子マトリックス14はウレタン,メラミン,ポリエステル,ポリ
スルフォン,ポリビニールアセテート,弗化炭化水素等,ならびにこれらの類似物,
混合物,共重合体とグラフトから形成できる。」(12頁18行∼22行)
ウ「図1で最も良く示されるように,高分子マトリックス14には複数の高分
子微小エレメント16が含浸されている。好ましくは,高分子微小エレメントの少
なくとも一部分が全体的に柔軟であるものとする。適切な高分子微小エレメントに
は無機塩,砂糖と水溶性ガムおよび樹脂が含まれる。このような高分子微小エレメ
ントの例には,・・・ハイドロキシエチルセルローズ・・・,メチルセルローズ,
ハイドロプロピルメチルセルローズ・・・,カーボキシメチルセルローズ・・・お
よびそれらの組み合わせが含まれる。微小エレメント16は化学的に例えば分岐,
ブロッキング,および橋かけにより可溶性,膨張力および他の特性を変えるように
変性できる。現在のところ好ましい形として,高分子微小エレメント16の各々は
約150μm以下の平均直径を有し,さらに好ましくは,約10μmの平均直径を
有するものとする。」(13頁13行∼14頁3行)
エ「目的とする用途又は作業により,少なくとも高分子微小エレメント16の
一部分の形状が図1で示されるように,全体的に球状となることがある。好ましく
は,このような微小球体は中空で,各球体が約0.1μmの厚さを持つシェルを有
するものとする。図1で最も良く示されるように,各高分子微小エレメント16は
その中に空隙スペース22を有する。少なくともいくつかの高分子微小エレメント
16は,好ましくは,図3で最も良く示されるように,その中に複数の空隙スペー
ス22を有する。」(14頁23行∼15頁1行)
オ「高分子微小エレメントは図11で最も良く示されるように,浸透可能又は
孔明け可能のシェル20を有することができ,それにより微小エレメント16’内
の空隙スペースが作業環境に対して開かれる。図1で最も良く示されるように,22
本発明の好ましい実施例において,作業面18に位置する高分子微小エレメント1
6’の少なくとも一部分が作業環境(図示せず)又は研磨スラリーと接触すると軟
化する。例えば,メチルセルローズのような水溶性セルローズエーテルは水性研磨
スラリーの水分と接触するや否や溶解する。」(15頁5行∼12行)
()上記記載によれば,刊行物2には,研磨スラリーの存在の下に半導体デバイ3
ス,シリコンデバイス等を研磨するために使用される研磨パッドであって,高分子
マトリックスに含浸される高分子微小エレメントから形成されること,上記高分子
微小エレメントの組成としては,例えば,メチルセルローズのような水溶性セルロ
ーズエーテルが含まれていること,上記高分子微小エレメントは,全体的に球状と
なることがあり,その中に複数の空隙スペース22を有しているが,当該空隙スペ
ースが高分子微小エレメントの容積の大半を占めていること,上記高分子微小エレ
メントは,水性研磨スラリーの水分と接触すると溶解することが記載されているも
のと認められる。
そして,上記「現在のところ好ましい形として,高分子微小エレメント16の各
々は約150μm以下の平均直径を有し,さらに好ましくは,約10μmの平均直
径を有するものとする。」(上記ウ),「好ましくは,このような微小球体は中空
で,各球体が約0.1μmの厚さを持つシェルを有するものとする。」(上記エ)
の記載によれば,高分子微小エレメントの平均直径に対するシェルの厚さは非常に
薄いものであるから,上記高分子微小エレメントは,水性研磨スラリーの水分と接
触して溶解すると,作業面に対して開口状態となるものと認められる。
そうすると,刊行物2について「研磨スラリーの存在のもとに半導体デバイス又
はシリコンデバイスを研磨する研磨パッドであって,高分子マトリックスに含浸さ
れる高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高分子微小エレメントは,前記
スラリーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの。」が記載されているとし
た審決の認定に誤りはない。
()原告の主張について4
ア原告は,刊行物2の「空隙スペース」は,もともと「高分子微小エレメン
ト」中に存在していたものを意味し,研磨中に新たに生じるものを意味していない
旨,また,空隙スペースが開かれた後も,高分子微小エレメントは,その硬さを減
じつつ存在しているのであって,高分子微小エレメントが溶解して消失した後が空
隙スペースになるのではない旨主張する。
(ア)刊行物2には,「図1で最も良く示されるように,各高分子微小エレメント
16はその中に空隙スペース22を有する。少なくともいくつかの高分子微小エレ
メント16は,好ましくは,図3で最も良く示されるように,その中に複数の空隙
スペース22を有する。各空隙スペース22が全体的に大気圧より高い圧力のガス
を含み,高分子マトリクッス14の作業面18および副表面24の双方で,微小エ
レメント16’,それぞれの構造的保全の維持を助けることが好ましい(しかしな
がら,要求はされない)。高分子微小エレメントは図11で最も良く示されるよう
に,浸透可能又は孔明け可能のシェル20を有することができ,それにより微小エ
レメント16’内の空隙スペース22が作業環境に対して開かれる。図1で最も良
く示されるように,本発明の好ましい実施例において,作業面18に位置する高分
子微小エレメント16’の少なくとも一部分が作業環境(図示せず)又は研磨スラ
リーと接触すると軟化する。例えば,メチルセルローズのような水溶性セルローズ
エーテルは水性研磨スラリーの水分と接触するや否や溶解する。」(14頁下から
2行∼15頁12行)との記載がある。
(イ)上記記載によれば,刊行物2の「空隙スペース」は,「高分子微小エレメン
ト」中に存在する空間を意味するものと認められるが,その高分子微小エレメント
がメチルセルローズのような水溶性セルローズエーテルの組成を有するときには,
水性研磨スラリーの水分と接触すると溶解するので,溶解した部分について空隙が
形成され,しかも,高分子微小エレメント中に存在していた小球体の中空の空隙ス
ペースと共に,中空の空隙スペースを形成するものである。
そして,上記()のとおり,高分子微小エレメントの平均直径に対するシェルの3
厚さは非常に薄いものであるから,刊行物2において,「高分子微小エレメント」
中に存在していた「空隙スペース」と,研磨中に新たに生じる中空の空隙スペース
とは,後者の方が,スラリーにより溶解した部分も包含した空隙となっているもの
であるが,元の「空隙スペース」とほとんど変わらないものと認められる。
(ウ)また,上記のとおり,「発明の好ましい実施例において,作業面18に位置
する高分子微小エレメント16’の少なくとも一部分が作業環境(図示せず)又は
研磨スラリーと接触すると軟化する。」との記載があるので,その硬さを減じるの
みの高分子微小エレメントが存在することは否定できないが,その直後には,「例
えば,メチルセルローズのような水溶性セルローズエーテルは水性研磨スラリーの
水分と接触するや否や溶解する。」との記載があって,溶解する高分子微小エレメ
ントの実例を挙げており,審決は,この溶解する高分子微小エレメントの実例を採
用していることが明らかである。
イ原告は,刊行物2の空隙スペースは,高分子微小エレメント中に存在するこ
とからも明らかなとおり,極めて微小なものであって,その空隙スペースは,繊維
状形状ではあり得ないし,そこに研磨粒子が一時的にも滞留することが可能である
とはいえない旨主張する。
(ア)本件明細書(甲4)の発明の詳細な説明の【発明の実施の形態】欄には,本
願発明に係る研磨パッド10の繊維質又は繊維マテリアルについて,次の記載があ
る。
a「繊維質又は繊維材料は,例えば,複数の繊維を化学結合,機械結合又は熱
結合したり,繊維又はフィラメンツのルーズマット(粗マット)を敷設するなどの
不織技術によるプロセス,さらには,当業者に知られている織成又は編組によるプ
ロセスによって調製される。不織材料が一般的に好ましいもので,これは,前記穴
構造の配向が一層ランダムになるからである。前記研磨パッドの研磨面に対する前
記繊維質又は繊維成分の向きをコントロールして前記研磨面における前記穴のサイ
ズをコントロールすることができる。前記繊維質又は繊維成分が前記研磨面に対し
平行な向きのものが目立つ場合,生じるボイド構造における複数の穴は,よりチャ
ンネル形状又は細長い形状になる。前記繊維質又は繊維成分が前記研磨面に対し直
交する向きのものが目立つ場合生じるボイド構造における穴の数が増えるが,それ
らの径は細くなる。連続した繊維又は長さが0.5mmから15mmのカットされ
た繊維が使用できる。カットされた繊維の場合,繊維端部が増え,多くの孔をもつ
ボイド構造が出現することになる。」(段落【0015】)
b「前記繊維の径は,溶解後の穴サイズが前記スラリーにおける代表的には約
100nmから約200nmの範囲の研磨剤粒子の粒径を補足するようになるよう
に選択されるものである。前記穴が大き過ぎると,前記スラリーの粒子が前記穴内
に淀んで流出しなくなり,研磨効果が薄れてしまう結果になる。また,前記研磨粒
子の配置が適切にコントロールされず,偏った状態になると,研磨が均一に行われ
なくなる。さらに,前記穴が小さ過ぎてしまうと,前記研磨粒子が前記穴にくっつ
いて研磨すべき面に傷が生ずるおそれがある。前記繊維の径は,約20μmから約
200μmの範囲,好ましくは,約30μmから約100μmの範囲のものであり,
このような範囲の径の繊維であると,前記CMPスラリーに使用の研磨剤粒子の前
記代表的範囲に適した範囲の穴サイズになることが判明している。」(段落【00
16】)
(イ)そうすると,本願発明に係る研磨パッド10の繊維質又は繊維材料の繊維の
径は,「約20μmから約200μmの範囲,好ましくは,約30μmから約10
0μmの範囲のもの」を含むことが明らかである。
(ウ)一方,前記()のとおり,刊行物2には,「現在のところ好ましい形として,3
高分子微小エレメント16の各々は約150μm以下の平均直径を有し,さらに好
ましくは,約10μmの平均直径を有するものとする。」,「好ましくは,このよ
うな微小球体は中空で,各球体が約0.1μmの厚さを持つシェルを有するものと
する。」との記載がある。
(エ)そうすると,刊行物2の高分子微小エレメントの平均直径が約150μm以
下であれば,本願発明の繊維の径が「約20μmから約200μmの範囲,好まし
くは,約30μmから約100μmの範囲のもの」に含まれるから,刊行物2に記
載された空隙スペースは,研磨粒子が一時的にも滞留することが可能であると認め
られる。
()以上によれば,刊行物2についての審決の認定には誤りがないから,これが5
誤りであることを前提として,相違点1についての審決の認定判断の誤りをいう原
告の主張は,採用の限りでない。
3取消事由3(相違点2Cについての判断の誤り)について
()前記2()のとおり,刊行物2には,「研磨スラリーの存在のもとに半導体13
デバイス又はシリコンデバイスを研磨する研磨パッドであって,高分子マトリック
スに含浸される高分子微小エレメントから形成され,かつ前記高分子微小エレメン
トは,前記スラリーに溶解して作業面に空隙スペースを生じるもの。」が記載され
ているから,刊行物2記載の事項は,相違点2Cに係る「繊維質成分は,本願発明
では,研磨に使用する過程でスラリーに溶解して十分なるボイド構造を付与する」
との本願発明の構成を有することが明らかである。
そして,刊行物1記載の発明と引用発明2とは,いずれも,「研磨パッド」とい
う限定されたごく狭い技術分野に属するものであり,しかも,その研磨パッドは,
研磨スラリーの存在の下に半導体デバイス等を研磨するものであって,技術課題も
共通していることを考慮すると,引用発明2を刊行物1記載の発明に組み合わせる
ことは,当業者が容易に想到し得るものというべきである。
()原告の主張について2
ア原告は,刊行物1記載の研磨パッドは繊維質成分を含んでいないものである
から,刊行物2記載の高分子微小エレメントが繊維質成分に相当するか否かを論ず
るまでもなく,刊行物1と刊行物2とを組み合わせる論理が成立しない旨主張する。
確かに,前記1()認定のとおり,刊行物1記載の研磨パッドは,完成品の段階3
では繊維質成分を含んでいないが,研磨パッドの製造過程においては繊維質成分を
含んでいたものであって,本願発明と刊行物1記載の発明とでは,繊維質成分がス
ラリーによって溶解,除去される時期が異なるものである。一方,刊行物2には,
完成品について,「高分子微小エレメントは,前記スラリーに溶解して作業面に空
隙スペースを生じるもの」が記載されている。そこで,刊行物2に接した当業者が,
刊行物2に記載の技術を,刊行物1記載の発明に適用することが容易に想到し得る
かが問題となるのである。
したがって,刊行物1記載の研磨パッドが繊維質成分を含んでいないことを前提
とする原告の上記主張は,その前提を誤っており,失当である。
イ原告は,刊行物2における高分子微小エレメントの作用は,作業面(研磨
面)における高分子微小エレメントが作業環境に接したときに,他の面の高分子微
小エレメントよりも硬さが減じることにあることを前提として,研磨粒子がパッド
中に存在すると,その空隙に研磨粒子が入り込んで,高分子微小エレメントを硬化
させることになり,作業面の高分子微小エレメントの硬さを減ずるという刊行物2
記載の技術思想に反する旨主張する。
しかし,前記2()ア(ウ)のとおり,刊行物2で,その硬さを減じるのみの高分子4
微小エレメントに言及しているとしても,審決は,溶解する高分子微小エレメント
の実例を採用しているのである。原告は,刊行物2から,審決の認定した刊行物2
記載の発明とは異なる技術事項を取り上げて,審決を論難しているのであって,前
提において既に失当である。
ウ原告は,刊行物2では,その技術課題として,半導体デバイスを平坦に研磨
するには研磨パッドの細孔サイズ,形状及び分布のような変動要素を制御すること
を挙げており,また,解決手段として,均一な高分子微小エレメントをマトリック
ス中に均一に分布させているから,研磨中に次々と形状,サイズ,方向が異なるボ
イドを形成させる本願発明の研磨パッドとは,課題及び解決手段が相違しているか
ら,当業者が容易に想到し得るものではない旨主張する。
まず,刊行物2には,「従来のパッドの静的形態又はミクロサイズの大量の溝に
影響する要因の中には波形,穴,皺,隆起,裂け目,凹み,突起及び間隙のような
作業面の性質又は溝,ならびに個別の模様()又は加工構造()のサイfeaturesartifacts
ズ,形状,および分布,頻度又は間隔がある。典型的な研磨パッドにおいては,パ
ッドのミクロサイズの溝が殆どランダムで,製造工程に固有な要素の結果である。
製造工程における多数の変動要素の故に,細孔サイズ,形状および分布のような変
動要素を制御する試みは数えるほどしか行われていない。」(8頁6行∼12行)
との記載があるが,発明の背景の欄において一事情として紹介されているにすぎず,
これをもって技術課題ということは困難である。
また,刊行物2には,「本発明の別の長所は,加工品の表面又は作業環境との接
触によるような形で製品の作業面18が磨耗するにつれ,作業面18に直接隣接す
る副表面24が新しい作業面となり,2つの硬度レベルが継続的に再生され,この
ことが加工品のより均一で一貫した研磨およびパッド12のより均一な磨滅を可能
にすることにある。」(15頁末行∼16頁3行)との記載があるが,同記載は,
刊行物2の特許請求の範囲に係るものであって,直ちに,刊行物2から審決が引用
した技術に関するものということはできない。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
()相違点2Cによる顕著な作用効果について3
ア原告は,本願発明では,研磨粒子と分散剤とを備えたスラリーの存在の下に
基板を研磨することにより,繊維質成分は,研磨面の磨耗と共に次々と研磨中にス
ラリーに溶解して,研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一時的に滞留させるに十分な
るボイド構造を次々と付与するものである旨主張する。
(ア)本件明細書(甲4)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
a「【課題を解決するための手段】この発明は,前記した研磨パッドを改良し,
前記課題を解決するものである。この発明の研磨パッドは,ポリマーマトリックス
成分内に,好ましくは繊維質材料などの成分を存在させた構成のパッドであり,こ
の繊維質成分は,スラリーに溶解し,前記パッドの研磨面に存在する繊維質材料が
前記スラリーに接触して溶解し,前記研磨面にボイド構造が形成されるようになる
ものである。このボイド構造により,複数の穴(ポア)が形成され,これらによっ
て前記スラリーにおける研磨粒子が活発に移動,流動して研磨効率と研磨均一性と
が向上され,研磨した面における傷(スクラッチ)の発生を抑えることができる。
前記の複数の穴は,前記の研磨粒子を一時的に滞留させる領域として作用し,前記
研磨粒子と研磨される面との間に高い摩擦接触作用が起きないようにするものであ
る。」(段落【0006】)
b「さらに詳しく説明すると,この発明の研磨パッドは,研磨面を有する第1
の層と裏打ち支持面(裏打ち面)とを備えている。この第1の層は,ポリマーマト
リックス成分内の繊維質成分(繊維質,繊維,繊維状成分)から形成されている。
該繊維質成分は,前記スラリーによく溶解して前記パッドの研磨面にボイド構造を
作る繊維質からなる。前記溶解は,研磨粒子を研磨操作の間前記スラリーに分散さ
せるか,又は,別の材料を前記スラリーに添加されるものである。前記研磨パッド
は,また,裏打ち構造(バッキング構造)を備えており,この構造は,前記第1の
層の裏面に固定された研磨剤層(一層)又は複数の研磨剤層であり,これによって,
前記研磨パッドを研磨ツール(工具など)に取り付けることができるようになって
いる。」(段落【0007】)
c「この発明に係る研磨パッド10は,液体媒体の研磨スラリーと共に併用さ
れて,例えば,半導体ウエファーの面を研磨するもので,研磨剤粒子を含み,研磨
パッドと研磨される面との間に研磨剤粒子を分散させる構成を備えている。図1の
好ましい実施の態様においては,研磨パッドは,複合研磨材料の層12を備え,こ
の層においては,溶解性繊維質成分14がポリマーマトリックス成分16に包みこ
まれ,又は,埋設されている。前記繊維質成分は,研磨スラリーに存在する水又は
他の溶媒に溶けるもので,その溶解速度は,前記研磨パッドの研磨面に複数のボイ
ドを作られるに適した速度になっている。即ち,前記繊維質成分が前記スラリーに
接触すると,これら成分が溶解し,前記研磨材料の層12内に複数のボイドが形成
される。前記溶媒は,前記研磨剤を分散させるもの又は他の材料を前記スラリーに
添加させるもののいずれでもよい。半導体ウエファーの研磨においては,前記スラ
リーは,水性媒体が一般的であり,したがって,前記スラリーは,水である。」
(段落【0011】)
(イ)上記記載によれば,本願発明の研磨パッドは,ポリマーマトリックス成分内
に,繊維質材料などの成分を存在させたパッドであり,この繊維質成分は,水など
のスラリーに溶解し,パッドの研磨面に存在する繊維質成分がスラリーに接触して
溶解し,研磨面にボイド構造が形成されるものである。このボイド構造は,複数の
穴であり,この複数の穴は,研磨粒子を一時的に滞留させる領域として作用し,研
磨粒子と研磨される面との間に高い摩擦接触作用が起きないようにするというもの
で,これによってスラリーにおける研磨粒子が活発に移動,流動して研磨効率と研
磨均一性とが向上され,研磨した面における傷の発生を抑えることができるもので
ある。
(ウ)そうすると,本願発明において,繊維質成分が研磨面の磨耗とともに次々と
研磨中にスラリーに溶解することは,確かに,研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一
時的に滞留させるに十分なるボイド構造を次々と付与するというものであるが,そ
うであるならば,当初から,研磨パッドの研磨面に研磨粒子を一時的に滞留させる
に十分なるボイド構造を有している場合とで機能,作用の面で格別の差異はないこ
とになる。
(エ)この点について,原告は,刊行物1記載の研磨パッドのように,予め研磨表
面に空孔が設けられているものは,使用前にごみや不純物が空孔内に入り込み性能
低下を起こすおそれがあるのに対し,本願発明では,研磨作業前には研磨表面にボ
イドがないのでそのような欠点が生じない旨主張する。
しかし,前記()のとおり,刊行物2には,本願発明と同様,研磨作業前に研磨1
表面に空隙スペース(ボイド)がないものが記載されているところ,刊行物2記載
の事項を刊行物1記載の発明に組み合わせることは,当業者が容易に想到し得るも
のであるから,原告の上記主張は,採用の限りでない。
イ原告は,刊行物1の研磨パッドには,製造工程で形成した空孔しかなく,研
磨作業中に,研磨パッドが削られていく過程で,空孔の数,位置,大きさが変化す
ることはないので,このような研磨パッドには,いったん空孔に研磨屑や研磨に不
都合な物質が空孔の内部に入り込むと,研磨中残存するという不都合があるのに対
して,本願発明の研磨パッドは,研磨の進行につれて研磨パッドが削られて新しい
研磨面が現れると,そこに露出した繊維質成分が溶出して,次々に新しいボイドが
生じ,その一方でそれまであったボイドが削られて消失するので,研磨に不都合な
物質がボイド内に留まることはなく,また,繊維質成分の形状,大きさ,方向が不
特定であるから,次々と生成するボイドの形状,大きさ,方向が刻々と変化するの
で,研磨を増進する旨主張する。
(ア)しかし,本願発明の特許請求の範囲には,「研磨面と裏打ち面とを有する第
1の層であって,前記第1の層はポリマーマトリックス成分に封入または埋設され
る繊維質成分から形成され,かつ前記繊維質成分は,前記スラリーに溶解して前記
研磨面に十分なるボイド構造を付与する繊維からなるものであり」と記載されてい
るのみであって,そのボイド構造の数,位置,大きさ,あるいは,繊維質成分の形
状,大きさ,方向性についての記載がなく,本願発明の特定事項とはされていない。
(イ)本件明細書の発明の詳細な説明の【発明の実施の形態】欄には,前記2()4
イ(ア)aのとおりの記載があり(段落【0015】),「不織材料が一般的に好ま
しいもので,これは,前記穴構造の配向が一層ランダムになるからである。」,
「前記繊維質又は繊維成分が前記研磨面に対し平行な向きのものが目立つ場合,生
じるボイド構造における複数の穴は,よりチャンネル形状又は細長い形状にな
る。」,「カットされた繊維の場合,繊維端部が増え,多くの孔をもつボイド構造
が出現することになる。」などといった繊維質成分の形状,大きさ,方向性に関す
る記載がある。また,図面の図1ないし4には,繊維質成分の形状,大きさ,方向
性がランダムにされたものが示されている。
(ウ)しかし,本件明細書中には,本願発明の効果として,「研磨面の前記複数の
穴によって,研磨剤の動きが活発化され,研磨速度が高められると共に均一な研磨
面に仕上げられる一方,研磨された面における傷の発生を抑えることができる。前
記の複数の穴には,研磨粒子が一時的に滞留し,研磨剤粒子と研磨される面との間
における高い摩擦接触が防げる。」(段落【0012】),「前記研磨面は,前記
マトリックス成分が消耗又は減ってしまうにつれ,回復し,新たなものに再生する
もので,これは,前記繊維質又は繊維成分の新たな領域のものが露出し,溶解する
からで,したがって,新たな穴が作られて研磨作用が増進される。」(段落【00
26】)などといった記載があるのみであって,繊維質成分の形状,大きさ,方向
性に係る技術課題の開示や示唆をする記載も,作用効果に係る記載も見いだすこと
ができない。そもそも,刊行物1や刊行物2のような従来技術と区別して,上記の
ような繊維質成分のランダムな形状,大きさ,方向性を実現するための製造の方法
の開示もない。
したがって,本件明細書の上記記載からいえることは,繊維質成分の形状,大き
さ,方向性がランダムにされたものが示されているというのみであって,それ以上
のものではない。
ウ原告は,本件宣誓書を提出して,本願発明により製造された「SX1122
パッド」と刊行物2に記載に従い作成された「IC−1010パッド」の比較試験
を行った結果,刊行物2記載の研磨パッドに対して本願発明の研磨パッドが予期さ
れない効果を奏することを示されている旨主張する。
しかし,本件宣誓書によれば,原告は,平成19年(2007年)6月ころに実
施したことが認められるが,本件明細書には,上記のような実験及びその効果につ
いての何の記載もなく,それをうかがわせる示唆もないものであって,本願発明の
奏する作用効果を補強するものとはなり得ないものである。
()以上によれば,相違点2についての審決の認定判断に誤りはないものという4
べきである。
4取消事由4(審理不尽の違法)について
原告は,本件は,出願人(原告)が,補正案により本願発明の特許性をより明確
にしようと,補正の機会を求めているにもかかわらず,その機会を与えず審判官の
一方的な裁量によって審理が進められ,補正されれば特許されるべき出願を拒絶に
したものであって,保護すべき発明を保護しない審理不尽があった旨主張する。
しかし,審判請求された出願の明細書を補正することができる機会は,特許法1
7条の2第1項4号の規定により審判請求の日から30日以内にするとき,及び,
同法163条2項の規定により審判合議体において拒絶すべき理由を新たに発見し
て請求人に通知した場合の指定期間内にするときに限られているものである。原告
は,前置報告書に接して,上申書により補正案を提示したが,特許法の予定する補
正手続ではない以上,審判合議体がこれを取り上げるべき義務があるとはいえない。
したがって,審理不尽の違法をいう原告の上記主張は,採用の限りでない。
5以上のとおり,審決の認定判断に誤りはなく,審決手続に違法もない。よっ
て,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却を免れない。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官塚原朋一
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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