弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 東京地方検察庁検事正野村佐太男の控訴理由は、末尾添付の同人作成名義の控訴
趣誉書と題する書面及び東京高等検察庁検事子原一夫作成名義の控訴趣意補充書と
題する書面記載のとおりであつて、これに対する被告人Aの弁護人小林蝶一、同弁
護人比志島龍蔵、被告人Bの弁護人平松勇及び右両被告人の弁護人天野憲冶の各答
弁は、末尾添付の右四弁護人共同作成名義の答弁書と題する書面記載のとおりであ
るから、これらに対して左のとおり判断する。
 控訴趣意第一点から第四点まで(補充書第一点から第四点までを含める)につい

 おもうに、刑法第七条が刑法上の公務員として、まず、例示的に官吏と公吏とを
挙げ、次いで補充的に法令により公務に従事する議員、委員その他の職員をいうと
している所以は、国又はこれに準じて考うべき公共団体の事務をもつて公務と観念
し、この公務に従事する者をもつて公務員と観念したものと見るべきである。とこ
ろで、論旨第一点において引用する次の五つの大審院判例を検討してみるに、
 (一) 大正三年四月一三日の判決(C土功組合法による組合に関するもの)に
よれば、C土功組合法による組合は、C区町村又はその局部の公益上必要な事項即
ち公共事務を取扱うため公法上設けられた公共団体であるから、その公法人なるこ
とは毫も疑なく、その役員である評議員は公務員である。
 (二) 大正一二年一二月一三日の判決(農会法による農会に関するもの)によ
れば、法人が公法人であるか否かは法人存在の目的である事業が国家の事務に属す
るか否かによつて定まることは当院判例の認めるところである。しかもその法人が
国家の特別な監督に服しその目的とする事業を遂行する義務を国家に対して負担
し、かつ法人を組織する会員に対して特別な権能を有するにおいては、ますますそ
の法人は国家行政組織の一部をなし公法人たることは疑を容れない。農会法による
農会はかかる公法人であるからその総代会の総代の選挙は公選たるを失わない。
 (三) 昭和五年三月一三日の判決(水利組合法による組合に関するもの)によ
れば、水利組合は水利土功に関する事業で特別の事情により府県その他の地方公共
団体の事業とすることを得ないものがある場合に設置される法人であつて、その目
的とするところは本来府県その他の地方公共団体の事業であるべき事務を遂行する
に在る。水利組合は国家がその行政組織中に加える趣旨に基いて目的を付与してそ
の存在を認めたものであつて、この目的たる事業を国家の監督の下に遂行する公法
人であることが明白である。それで同組合会議員は刑法第七条にいう法令により公
務に従事する職員というべきである。
 (四) 昭和一一年一月三〇日及び同年七月一三日の判決(いずれも農会に関す
るもの)によれば、前掲(二)の判例を引用して市農会議員及び農会総代会組議員
はいずれも公務員である。
 (五) 昭和一三年一二月二二日の判決(蚕糸業組合法による郡養蚕業組合及び
県養蚕業組合連合法に関するもの)によれば、郡養蚕業組合は蚕糸業組合の一種で
あつて関係法規を考え合せると同組合は国家に対してその事業遂行の公法上の義務
を負担し、一面その組合員に対し公法上の権能を有するものというべく、従つて同
組合の事業は蚕糸に関する国家の公益事務に属するものであるから、本件郡養蚕業
組合はその性質上公法人であると解するのを正当とする。また県養蚕業組合連合会
も郡養蚕業組合とひとしく公法人であると解するを正当とする。それで同組合の役
員は公務員である。
 というのであつて、これらを通観してみると、大審院判例の真に意味するところ
は、必らずしも講学上公法人と呼ばれるすべての法人の事務が常に刑法第七条にい
う「公務」に該るものであるとし、従つてその職員は常に「公務員」であると判示
し来つたわけのものではなく、具体的事案における個々の法人につき、その公共的
性質の濃淡の別に意をそそぎ、それが国の事務またはこれに準ずる公共団体の事務
として、刑法が該法人の事務に従事する者をして公務員としての清廉と公正とを保
持させるために必要な規制を加えるのにふさわしい性質と内容とを有するか否かに
よつてその事務が「公務」に該るか否かを判別したものと解せられるのである。し
からば、よしや検察官所論のごとく健康保険組合が講学上「公法人」であるとして
も、当然その事務が刑法第七条の「公務」に該り、従つてその役職員が同条の「公
務員」に該ると即断すべきものではないのであつて、これらを消極に解した原判決
が前示大審院判例に反するものと解すべき筋合ではない。原判決が、大審院はいや
しくも「公法人」である以上は、その職員は常に「公務員」であると判示して来て
いるといい、検察官が所論において、大審院判例のすう勢はいやしくもある団体が
「公法人」である以上、その役職員は常に「公務員」であることを自明の理と判断
しているというのは、けだし判例を正解したものというわけにはいかない。
 そこで健康保険組合法による組合についてこれをみると、同法のごとく、それ自
体にその事務の公務性又は役職員の公務員性が明定されていない法人については、
原判決説示のごとく、該法人の実体、換言すればその事業の性格、成立の沿革、業
務運営に対する国家意思の支配の程度、法人とその職員との間の特別権力関係的地
位などに着目してその準国家機関性の有無を決定することが相当であると考えられ
るのである。もつとも原判決説示のうち「経済関係罰則ノ整備ニ関スル法律」別表
乙号に掲げられた法人と本件組合との比較検討については、検察官所論のごとく同
法律制定の趣旨にかんがみれば方法論上必らずしもすべて適切ではないというべき
であり、また同法以外の公務員性を明定した法律についての考察においても、検察
官所論のように、たとえば弁護士会のごときは本件組合と比較するには適切ではな
いとみられるのであるが、国家公務員共済組合にいたつてはその目的とする事業が
本件組合と同種のものを含むが故に対比するに適するものというべく、要は前示の
ごとき諸点に着目してしかも法制定の時代的背景とその法目的とを見誤ることなく
法人の実体を把握す<要旨第一>るにあるのであつて、法規の体裁にのみとらわれて
はならない。ところで健康保険組合(以下単に組合という)は、事業主
及びその事業所に使用される被保険者をもつて組織される法人であり(健康保険法
第二六条、第二七条、以下単に法何条という)、その組合員である被保険者の保険
を管掌するものであり(法二五条)、健康保険の保険者は、政府および組合である
が(法二二条)、政府は健康保険組合の組合員でない被保険者の保険を管掌するに
とどまるもの(法二四条)であるから、組合は原判決説示のごとく健康保険事業を
行うことをその存立目的としているのであつて、健康保険事業の経営は組合のいわ
ゆる固有事務に属し、この事務は、もとより、国家機関ないし準国家機関として国
の代行的性格を帯びるものとはいえない。このことは、原判決説示のごとく健康保
険法制定の沿革などから考察して明らかであり、保険者は健康保険事業に要する費
用に充てるため被保険者から保険料を徴収する(法七一条)のであつて、よしや国
庫が健康保険事業の事務の執行に要する費用を負担する(法七〇条)としても、原
審証人Dの供述によればその負担額は全組合費の一パーセント程度であるというの
であるから、これとその設立過程とを併せ考えればその物的基礎は組合に存するも
のといわなくてはならず、また、人的基礎たる議決及び執行機関についても原判決
説示のごとくそれは組合に存するものである(健康保険法施行令第一九条、第二〇
条、第三〇条)ことによつても理解されるところであつて、これを国家公務員共済
組合のごとく国の機関においてその職務として行うものと比べると質的に重大な差
異があるというべきである。さらにこのことはよしや組合が論旨第二点の二、
(イ)から(ヘ)までにいうがごとき諸点を具有する公法人であり、かつまたその
他所論のごとき幾多の特徴を備えているとしても、そのことの故に、組合が国家の
行政事務である健康保険事業を行うために設立せられ、国家の行うべき事務を分担
しているとはみられないのである。所論は健康保険事業をもつて国家的事務だとす
る独断の上に立つ見解とするの外はない。果して然りとするならば、組合の事務を
「公務」と目すべきではなく、その役職員が「公務員」に該るものとはいわれない
と解すべきである。また原審証人E及び同Dの各供述に徴するも健康保険組合制度
なるものは沿革的にみてもいわゆる天下り官製のものではなく、組合の事務が当然
「公務」であつてその役職員が当然「公務員」であるというがごとき見解の下に組
合の役職員が公務員の待遇ないし取扱いを受けた例はないというのであつて、およ
そ健康保険法による組合の事務がすべて「公務」であるとの検察官の見解は採るべ
からざるものである。従つて、論旨第一点第二点及びこれに関連する控訴趣意補充
の各所論はいずれも採用するわけにはいかない。
 つぎに、論旨第三点にいうF健康保険組合(以下単に組合という)の特異性につ
いての所論にかんがみ考察してみると、組合の事業主が地方自治体であるFである
こと、同組合がFに勤務する者の健康保険を管掌することを目的とするものである
こと、被保険者において互選した互選組合会議員及びその互選議員が互選した互選
理事の第一次的な身分がF職員であること、事業主たるFは右互選議員と同数の組
合会議員を選定しこの選定組合会議員が更に選定理事を互選するものであること、
これらの選定議員及び選定理事がいずれもF職員の身分を有するものであり、かつ
組合の代表者たる理事長は必らず右選定理事のなかから選ばれるものであることは
所論のとおりであるが原判決のいうごとく、Fが事業主として組合の運営に参画す
ることは、組合の構成分子(保険者)としての地位にもとづく活動であつて、その
形態及び本質において民間会社が事業主として活動するところとなんら異なるとこ
ろはなくこれを法規上F知事が統理し、都の職員をして法人の事務に従事せしめ、
事業の運営が知事の指揮命令に服しているF職員共済組合と比べてみるとまつたく
その趣を異にするものであつて、これをFなる地方行政機関の組織の一部又はその
事務を遂行する準行政機関とはみられない。しからば本件組合の性格は前説示のご
とき民間の健康保険組合となんら異なるところはなく、およそ刑法上その事務を当
然「公務」とし、役職員を当然「公務員」とするにふさわしくないものといわなく
てはならない。このことは検察官所論の、都の職員を組合に派遣する場合の実情と
か、Fが組合役職員の給与を支出しているというがごとき点を捉えて組合事務の
「公務性」が肯定されるわけのものではない。所論引用の最高裁判所のG共済組合
に関する判決を見るに、同組合においては、業務の掌理について「運輸大臣が同組
合を統理し」又は「物資部の事務を統理し」鉄道局長が当該鉄道局所属物資部の事
務を「監理」しているのであるから、この場合においては、その業務の執行は同職
員の公務員としての職務に属するものといわなくてはならないとしているのであつ
て、これを本件事案に引用することは、およそ適切を欠くものである。であるから
論旨第三点(これに関連する補充書の所論を含めて)は採用できない。
 また、論旨第四点の所論については前説示のごとく原判決の組合事務の「公務」
性判定の法制比較の方法が必らずしもすべて適切ではないが、このことの故に組合
事務の「公務」性が肯定されるわけではなく、また、保険料をもつて組合の主たる
物的基礎とすることが組合の基本的性格に因るものであるからといつて、これを
「公務」性有無の判定の資に供することをあながち失当とはいわれず、このことは
組合の「人的基礎」についても同様であつて、これらを判定資料としたことが組合
の特殊性と本質を無視したものとする所論見解には賛同できない。
 かくして、記録を精査しかつ当審における事実取調の結果をも加えて、論旨第一
点から第四点まで及びこれらに関連する控訴趣意補充の各所論につきしさいに検討
してみても、原判決が本件組合の事務を刑法第七条にいう「公務」に該らないと
し、従つて本件組合役職員の公務員性を否定して、被告人らの贈収賄の公訴事実に
つきいずれも罪とならないものとして刑事訴訟法第三三六条に則つて各無罪の言渡
しをしたことを目して法律解釈を誤り、ひいては法令の適用を誤つたとすべき跡の
みるべきものはなく、論旨はすべて理由ないものである。
 控訴趣意第五点について、
 <要旨第二>刑法第九六条ノ三にいう「公ノ競売又ハ入札」とは、公の機関すなわ
ち国又はこれに準ずる団体の実施する競売又は入札を指すものであつ
て、たとい公法学上公法人又は公共団体といわれるものであつてもその事務が公務
に該らない団体の実施する競売又は入札はこれに該当しないものと解すべきもので
ある。けだし同規定たるや、かかる公の機関の実施する競売又は入札は、国又はこ
れに準ずる機関の利害に関するものであるから、これを円滑かつ公正に行わしめよ
うとし、従つてこれを妨害しようとする行為を禁遏せんとして設けられたものであ
つて、公務の概念とは切り離して考えることはできないからである。であるから、
原判決が本件健康保険組合の事務をもつて「公務」に該らないから、同組合の実施
する入札は前示「公ノ入札」に該らないと解したのは相当であり、従つて被告人ら
に対する入札妨害の公訴事実についても前示同様いずれも罪とならないものとして
各無罪の言渡をしたことを目して法律の解釈を誤り、ひいては法令の適用を誤つた
違法があるとすることはできない。であるから所論は採用すべからざるものであつ
て、該論旨も理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 尾後貫荘太郎 判事 堀真道 判事 堀義次)

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