弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主       文
被告人は無罪。
理       由
第1 公訴事実
 本件公訴事実は,「被告人は,平成12年2月14日午後6時10分ころ,業務
として大型貨物自動車を運転し,茨城県○○郡△△町××番地先の交通整理の行わ
れていない交差点を成田方面から玉造町方面に向かい右折進行するに当たり,同交
差点手前には一時停止の道路標識が設置され,交差する左右道路は優先道路であっ
たから,同交差点手前の停止位置で一時停止して左右道路の安全を確認すべき業務
上の注意義務があるのに,これを怠り,同交差点手前の停止位置で一時停止した
が,左方道路の安全を確認しないで時速約10キロメートルで右折進行した過失に
より,自車を左方道路から進行してきた乙(当時40年)運転の普通貨物自動車に
衝突させ,よって,同人に入院加療約3か月間を要する右脛骨高原骨折等の傷害を
負わせたものである。
」というのである。
第2 前提事実
 公訴事実記載の日時・場所において,被告人が,大型貨物自動車(車長約11.
96メートル,車幅約2.49メートル,車高約2.84メートル。以下「被告人
車両」という。)を運転し,同記載の交差点を成田方面から玉造町方面に向かい右
折進行中,左方道路から進行してきた乙運転の普通貨物自動車と被告人車両が衝突
する交通事故が発生し,同人が公訴事実記載の傷害を負ったことは明らかであり,
弁護人も,この点は争っていない。
 ところで,検察官は,公訴事実において,本件事故は,被告人が交差点を右折進
行する際,交差点手前の停止位置で一時停止したものの,左方道路の安全を確認し
ないで進行したという被告人の過失によって発生した旨主張し(なお,検察官は,
後記のとおり,論告において,これとは別の過失によって本件事故が発生したとも
主張している。),これに対して,弁護人は,交差点を右折進行する際,被告人
は,交差点手前の停止位置で一時停止した上,左方道路の安全を確認して進行した
のであるから,過失はなく,被告人は無罪である旨主張するので,以下,証拠によ
って,本件事故の状況等を明らかにした上,被告人の過失の有無について,検討を
加えてゆくこととする。
 被告人の当公判廷における供述,司法警察員作成の実況見分調書(差戻前第一審
における証拠等関係カード記載の証拠番号甲2,10),当裁判所の検証調書,差
戻前第一審の第2回公判調書中の証人乙及び同丙の供述部分等の関係各証拠によれ
ば,以下の事実を認めることができる(以下,別紙図面第2記載のA地点ないしF
地点及び<×>地点を,<A>点ないし<F>点及び<×>点と表記する。)。
 1 本件事故現場付近の道路状況等
 本件事故現場は,茨城県行方郡北浦町内宿1072番地先の,大洋村方面から玉
造町方面に至る国道354号線(以下「国道」という。)と北浦町成田方面から国
道に通じる町道(以下「町道」という。)がほぼ直角に接する,交通整理の行われ
ていない丁字路交差点(以下「本件交差点」という。)であり,その位置関係及び
周囲の状況は別紙図面第1及び第2記載のとおりである。
 国道は,歩車道の区別がある片側1車線の道路で,追い越しのための右側部分は
み出し通行禁止の規制があり,最高速度は50キロメートル毎時に制限されてい
る。そして,大洋村方面から玉造町方面に向けて進行した場合,本件交差点の手前
約145メートル付近からやや右にカーブし(以下「本件カーブ」という。),本
件交差点を越えてからは,逆にやや左にカーブしている。なお,本件カーブから本
件交差点までは若干下り勾配となっている。国道には,道路に沿って,玉造町方面
から大洋村方面に向かう車線側にガードレールが,その反対車線側には,車道と歩
道の間に幅約19センチメートル,高さ約25センチメートルの縁石がそれぞれ設
置されているが,前記ガードレールは本件交差点の北西角でとぎれている。国道の
幅員は,本件交差点付
近において,路側帯を含め約8.7メートルである。なお,当裁判所の検証時にお
いて,前記ガードレールの南東端(本件交差点の北西角に当たる部分)には,車両
等が接触したことに由来すると考えられる凹損及び塗装はげが認められた。また,
町道は,歩車道の区別がない道路で,その幅員は,本件交差点付近において,約
4.3メートルである。なお,本件事故当時,町道の南東角から約60センチメー
トル離れた駐車帯上にあるC点には一時停止の道路標識が設置されていた。
 2 本件交差点付近の見通し状況等
 間に視界を遮るものがないため,本件交差点入口付近の町道上にある<A>点から
は,本件カーブ付近まで(その間約135メートル)良好に見通せるが,本件カー
ブ以遠は,国道脇に建つ民家等に遮られて見通すことができない。なお,本件事故
は日没後に発生しているが,本件交差点からは,日没後でも,前照灯を点灯させて
本件カーブを曲がって進行してくる車両を視認することは容易である。
 3 本件車両の装備等
 被告人車両は,前述のとおりの大型貨物自動車で,本件事故当時は,積載車両等
が荷台に登るためのいわゆる「あゆみ」が車体尾部に設置されていた。また,照明
装置としては,前照灯等のほか,荷台前部壁面に作業灯が,車側部に車幅灯がつけ
られていた。
 なお,乙が運転していた車両は,車長約4.11メートル,車幅約1.63メー
トル,車高約1.85メートルの普通貨物自動車(以下「乙車」という。)であっ
た。
 いずれの車両についても,本件事故当時,ブレーキ,前照灯などの機具に故障等
があったとの事情は認められない。
 4 本件事故の状況等
 (1) 切り返しの有無
 前述のとおり,本件の争点は,被告人が本件交差点を右折進行するに当たり,左
方道路の安全を確認したか否かということにあるが,検察庁における取調べ以来,
被告人は,左方道路の安全を確認して右折進行した旨一貫して供述しており,ま
た,差戻前第一審の審理が開始された以降は,左方道路の安全を確認して右折進行
したにもかかわらず,右折開始時点では視界に入っていなかった乙車と衝突して本
件事故が起きたのは,本件交差点北西角のガードレール端や,<C>点にある一時停
止の道路標識が気になって,いったん切り返しをし,再度進行するのに時間がかか
ったからであるという趣旨の供述をしている(なお,被告人の検察官事務取扱検察
事務官に対する供述調書中には,被告人が切り返しをした旨の記載は全くないが,
平成12年6月6日に
行われた上記取調べの際,被告人が,上記同様の供述をしたことは疑いがな
い。)。
 本件事故状況等を明らかにするためには,上記切り返しの有無を確定しなければ
ならないので,以下,この点について判断する。
 本件事故直後に茨城県麻生警察署交通課巡査部長丁が実施した実況見分の際に
も,また,本件事故の2日後に行われた同巡査部長による取調べの際にも,被告人
が上記のような切り返しの事実を述べていないことは明らかである。
上記実況見分の際に切り返しの事実を述べなかった理由について,被告人は,差
戻前第一審の公判では,「事故の相手がけがをして気が動転していて伝えるのを忘
れた。」と,失念によるものである旨,また,当公判廷においては,「気が動転し
ていたこともあるが,警察官に,『交差点を右折する際に一時停止をし,左右を確
認した。』旨言ったところ,『車は空から飛んできたわけではあんめ。』などと言
われて弁解を聞いてもらえなかったので,聞いてもらえないと思い,切り返しのこ
とも話さなかった。」旨,主に弁解しても無駄であるとの気持ちによるものである
旨それぞれ供述する。
 上記各供述は,それ自体相矛盾し,一見すると信用性に乏しいようにも思われる
が,当公判廷における言動等からすると,被告人は,気弱で,自己主張がうまくで
きず,多少強く出られただけでも,安易にこれに迎合するような態度を取る傾向が
あることが認められるから,上記各供述は,本件事故により前記乙が大けがをした
ことに被告人が動揺したことと,警察官から上記のように言われ,これに対して,
とっさに十分な反論ができなかった被告人が気後れしたことにより,自己に有利な
切り返しの事実について供述できなかったことを述べたものとして十分理解できる
ところである。このことは,事故の2日後に行われた警察での事情聴取においても
何ら変わりがないといえるから,被告人が,その際にも,上記同様の理由により切
り返しの事実を述べ
なかったことも首肯できるところである。そして,その後,雇い主らからの助言も
あって,被告人がようやく切り返しの事実を述べ始めたとしても何ら不自然ではな
く,このような変遷があるからといって,被告人の上記供述が直ちに信用性に欠け
るものということはできない。むしろ,切り返しを行ったという被告人の前記供述
は,被告人車両がその車体尾部に前記「あゆみ」を有し,狭い場所では障害物と接
触しないように右左折することが困難な全長約12メートルの大型貨物自動車であ
ること,被告人が本件車両を運転してしばしば通るという本件交差点は,その北西
角のガードレール端に被告人車両のような大型車両が右左折した際の接触によって
生じたと思われる凹損及び塗装はげが見られることからもうかがえるように,大型
車両の円滑な通行が
やや困難な場所で,被告人も,本件車両を運転して本件交差点を右左折する際はそ
れなりに慎重になっていたと思われること,さらに,本件事故当時は,<C>点に,
大型車両がすみやかに右左折する妨げとなるような一時停止の道路標識が設置され
ていて,大型車両が円滑に右左折することは更に困難であったと考えられること等
の客観的な事情とよく整合しているというべきであり,また,当裁判所の検証の際
に被告人が再現した切り返しの状況によれば,被告人車両の衝突部位が衝突地点と
される<×>点のほぼ直上を通過していることが明らかであるから,これも被告人の
前記供述と整合する事実といえる。加えて,証人丙は,被告人車両が切り返しをし
ていたのを目撃した旨明確に供述しており(差戻前第一審の第2回公判調書中の同
証人の供述部分),
これによっても被告人の前記供述が裏付けられているというべきである。検察官
は,前記丙供述は信用できない旨主張するが,同供述の信用性に疑問を抱かせるよ
うな事情は全く見出せない。そもそも,丙は,被告人とは何の利害関係もないので
あるから,このような立場の同人が,被告人にその刑責を免れさせるため,あえて
公判廷において偽証をするとは考え難く,何らの裏付けもないまま,その供述の信
用性に疑問を差し挟むことは困難というべきである。
 以上の検討から明らかなように,被告人は,本件事故前において切り返しを行っ
たと認めるのが相当である。
 (2) 当裁判所が認定する本件事故の状況等
 上記のとおり,切り返しに関する被告人の供述は信用するに足りるから,その前
後の運転の具体的状況に関する被告人の供述も信用するに足りるというべきであ
る。そして,これらの証拠によると,本件事故の状況は以下のとおりであったと認
められる。すなわち,被告人は,被告人車両を運転し,前照灯,作業灯,車幅灯を
点灯させて,町道を北浦町成田方面から本件交差点へ向けて進行し,本件交差点入
口付近の一時停止線付近(被告人車両の運転席の位置は<A>点)で一時停止して左
右の国道の安全を確認した後,ハンドルを右に切りながら徐行して本件交差点に進
入し,国道南西側の縁石付近まで進行していったん停止し(その時の被告人車両の
運転席の位置は<D>点,被告人車両の最前部の位置は<E>点),切り返しのためゆ
っくりと後退してもう一
度停止し(<F>点),右方の安全を確認しながら再度ハンドルを右に切りながら右
折進行を始めたところ,被告人車両の左側部(車両最前部から後部に向けて約6.
38メートル付近の部位)が<×>点上に来たところ,同部位と乙車の右前部が衝突
した。他方,乙は,乙車を運転し,前照灯を下向きに点灯させ,国道を大洋村方面
から玉造町方面へ向けて時速約65キロメートル(秒速約18メートル)で進行
し,本件カーブを曲がった後,本件交差点上に,国道をいっぱいにふさいでいる被
告人車両があるのを認めたため,急制動の措置を講じたものの間に合わず,<×>点
上において,乙車右前部と被告人車両左側部とが衝突した。なお,乙がどの地点に
おいて被告人車両を発見したかは,乙自身の供述からは明らかではないが,本件事
故現場に残された乙車の
スリップ痕(右前後輪のものは約18.6メートル,左前後輪のそれは約13.7
メートル)を前提に,空走時間を約0.8秒として計算すると,乙が被告人車両を
発見したのは,<×>点から約33メートル大洋村寄りの地点であったと認められ
る。
第3 被告人の過失の有無について
 1 本件公訴事実における被告人の過失の有無について
 以上の事実を前提に,被告人の過失の有無について検討すると,乙車は,本件カ
ーブに差しかかってから約6秒走行してようやく被告人車両を発見し,急制動によ
り減速しつつも一,二秒で<×>点に至ったことになる。他方,当裁判所の検証調書
によれば,被告人車両が<A>点から発進し,途中で一度切り返しをして本件交差点
を右折進行した場合,同車前部が<E>点に至るまでに約9.7秒を要し,その後,
切り返しを開始して衝突部位が<×>点に至るまでに約24秒を要しているが,上記
の経緯で被告人車両と乙車とが<×>点で衝突したことからすると,被告人車両は,
乙車が<A>点上の被告人車両運転席から視認可能な位置に到達する20秒以上も前
に右折を開始したことになるから,一時停止した際に,被告人が,国道左方の安全
等を確認したとしても,
乙車との衝突を回避することはおよそできなかったというほかない。
 ところで,当裁判所の検証の際に計測したところによると,被告人車両と同型の
大型貨物自動車を運転して本件交差点を切り返しをせずに右折進行した場合でも,
同車が<A>点から出発して<×>点付近に至るまでには約16秒を要していることか
らすると,この場合にも乙車を視認する前に被告人車両が右折を開始しなければ,
被告人車両が乙車と<×>点で衝突し得ないのであるから,このような両車両の位置
関係や衝突に至るまでの動きからすれば,切り返しの有無にかかわらず,被告人
が,一時停止位置で左方道路の安全確認義務を果たしたとしても本件事故は回避で
きなかったことになる。
 以上のとおり,被告人は,本件交差点手前の停止位置で一時停止し,左右の国道
上の安全を確認して本件交差点に進入して右折進行したのであるから,被告人は,
本件交差点手前で一時停止した上左右道路の安全を確認すべき注意義務を尽くした
と認められるばかりか,被告人が前記注意義務を果たしても本件事故を回避するこ
とはできなかったと認められるから,被告人に前記注意義務を怠った過失はなかっ
たというほかない。
 2 論告において新たに主張された被告人の過失について
 なお,検察官は,論告において,被告人車両が切り返しをしなかったことを前提
に,被告人車両が一時停止位置<A>点から進行を開始して約7秒後に中央線を越
え,その約9秒後に衝突部位が<×>点上に達するところ,被告人車両から乙車が見
通せるようになるのは,同車が本件交差点南東側入口に達する約8秒前であるか
ら,被告人車両が中央線を越える前に被告人が左方道路の安全を確認していれば,
乙車を発見でき,本件事故を回避できた旨主張しているが,前認定のとおり,被告
人が,本件事故前に切り返しをした事実が認められるから,検察官の新たな主張は
その前提を欠いており,採用できない。
第4 結論
 以上のとおり,本件公訴事実について被告人に過失があったとの証明はなく,結
局,犯罪の証明がないといわざるを得ないから,刑事訴訟法336条により,無罪
の言渡しをする。
 よって,主文のとおり判決する。
平成14年3月18日
水戸地方裁判所刑事部
裁判長裁判官   鈴   木   秀   行
裁判官   下   津   健   司
裁判官日   野   浩 一 郎
別紙図面第1及び第2 <省略>

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