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平成11年(行ケ)第53号 審決取消請求事件
     判    決
 原 告   【A】
 原 告   【B】
 原告ら訴訟代理人弁護士 吉武賢次、神谷 巖、弁理士 【C】
 被 告   特許庁長官 【D】
 指定代理人 【E】、【F】、【G】、【H】
     主    文
 原告らの請求を棄却する。
 訴訟費用は原告らの負担とする。
     事実及び理由
第1 原告らの求めた裁判
 「特許庁が平成10年審判第2288号事件について平成11年1月4日にした
審決を取り消す。」との判決。
第2 事案の概要
 1 特許庁における手続の経緯
 原告らは、平成6年2月22日「カード読取機の清掃用カード」なる発明につい
て特許出願をしたが(特願平6-24130号)、平成10年1月13日拒絶査定
があったので、同年2月12日審判を請求し、平成10年審判第2288号事件と
して審理された結果、平成11年1月4日「本件審判の請求は、成り立たない。」
との審決があり、その謄本は同月27日原告らに送達された。
 2 本願発明(本件出願の請求項1に係る発明)の要旨(仮名遣いを公用文の例
に改めた。)
 復元性のある材料により構成され、カード読取機に挿入される大きさのカードの
表面を清掃面とするとともに、カード読取機のカード挿入部のカード導入面の傾斜
に対応させてカードの中間部又は端部に設けた湾曲部により湾曲させて成るカード
読取機の清掃用カード。
 3 審決の理由の要点
 (1) 審決認定の本願発明の要旨
 前項のとおりと認める。なお、請求項1の記載は、「カード読取機に挿入される
大きさのカードの表面を清掃面とするとともに、カード読取機のカード挿入部のカ
ード導入面の傾斜に対応させて湾曲部により湾曲させて成るカード読取機の清掃用
カード。」となっているが、当該記載では湾曲部に関する構成が不明瞭であり、ま
た、本願発明の場合、カードは復元性を有する材料で構成されていなければ、発明
の所期の目的が達成できないことは明らかであるから、発明の詳細な説明及び図面
を参照して請求項1に係る発明を上記のように認定した。
 (2) 引用刊行物
 原査定の拒絶理由に引用された実願昭54-140081号(実開昭56-60
228号)のマイクロフィルム(引用例)には、①「略中央を凸状に形成する如く湾
曲した板状の部材を突合わせて成る基材、前記基材の前記凸状の面に設け、摺動す
る部分を清掃するためのクリーニング部材を有する事を特徴とするクリーニングカ
ード」(1頁5~9行、実用新案登録請求の範囲)、②「従来のクリーニングカー
ドは、第1図に示したカード1の厚さがt1がガイド3,4の間隔D1より若干薄く
(つまり、t1<D1)なっているためにガイド3,4に付着したゴミ、ホコリ等が
完全に除去されず、・・・クリーニング効果を低くしていた。」(3頁13~18
行)、③「第3図において、基材は略中央を凸状に形成する如く湾曲した板状の部
材11・・・を端部11a、11bで突合わせ、互いに固定したものである。12は
フェルト、不織布等から成り、前記基材の外側(凸状の側)に設けたクリーニング
部材である。」(4頁4~9行)、④「第3図に示した本考案のクリーニングカー
ド10において、カードの最大厚さt2をカードを案内するためのガイド3,4の間
隔D2より厚く(つまりt2>D2)する。そして、クリーニングカード10を矢印c
の方向に移動させてガイド3,4で形成された開口部5からクリーニングカード1
0を挿入すると、前記凸状を成したクリーニングカードの中央部分がガイド3,4
に押されるのでクリーニングカード10はガイド3,4の間に挟持されクリーニン
グ部材12はガイド3,4と摺動する事によってガイド3,4に付着しているゴ
ミ,ホコリ等を除去する事ができる。」(4頁10行~5頁1行)と記載され、ま
た、第3図には、ガイドの一部とクリーニングカードの側面図が示されている。
 (3) 審決のした対比・判断
 本願発明と引用例に記載されたものとを対比すると、両者は復元性のある材料に
より構成され、カードの表面を清掃面とするとともにカードの中間部に、湾曲面を
有する湾曲部を設けたカード読取機の清掃用カードである点で一致しており、湾曲
部に関して、本願発明は、カード読取機のカード挿入部のカード導入面の傾斜に対
応させて湾曲部により湾曲させているのに対し、引用例のものは、その点について
明記されていない点で相違している。
 相違点について検討すると、引用例のものも、上記④の記載事項から明らかなよ
うに、カード挿入部であるガイドのカード導入面に付着しているゴミ、ホコリ等を
湾曲部の湾曲面により除去するものであるが、清掃箇所はカード挿入部であるガイ
ドのカード導入面だけでなく、ガイドと離れた位置にある磁気ヘッドや押圧板の摺
動部も清掃箇所としていることから、湾曲部をカード挿入部であるガイドのカード
導入面の傾斜にのみ対応させるような構成は採用していないものと判断される。し
かし、カードの湾曲部で清掃する箇所としてカード挿入部のカード導入面のみを考
慮すればよいのであれば、湾曲部をその清掃箇所であるカード導入面の傾斜に対応
させることは極めて自然に発想できることであり、それにより平坦なクリーニング
カードでは清掃できなかったカード挿入部のカード導入面の清掃が可能となること
は当然に予測できることであるから、カードに形成する湾曲部を上記相違点のよう
に構成することは当業者が容易に想到し得るものと認められる。
 また、本願発明の奏する効果においても、引用例に記載された事項から当業者が
容易に予測できるものである。
 (4) 原告らの審判における主張
 審判請求理由補充書における原告らの主張は補正案を現実の明細書であるかのよ
うに扱ったものであり、補正することが可能であった審判請求の際に何らの補正も
することなく、現実の明細書の特許請求の範囲の記載に基づかない主張は無意味な
ものであるが、念のために補正案についても検討すると、カードが非金属材料によ
り構成されるという点については、引用例における上記①の記載事項からみて、引
用例におけるクリーニングカードのカード基材を金属材料と限定して解釈すること
は失当であり、カードの両面を清掃面とする点は引用例の第3図に開示されており
(以上、請求項1)、カードの基板として復元力のある紙、あるいは合成樹脂の薄
板とする点は単に復元力のある材料を具体的に限定しただけで設計事項にすぎず、
基板の両面に極細繊維の不織布を貼り合わせて清掃面とする点は引用例の上記③に
開示されているものと同じである(以上、請求項3)。また、請求項3における
「前記カードを移送させたとき前記極細繊維によるゴミを確実に取り込む作用を利
用して、前記カード読取機におけるカード挿入部のカード導入面を摩擦押圧して清
掃するようにした」という記載事項は、作用効果に相当する内容であり、発明の構
成として無意味である。なお、引用例に記載されたものも当該記載事項の内容と同
じような作用効果を有していることは引用例における上記④の記載内容から明らか
である。
 したがって、本願発明が上記補正案のように補正されたとしても、いずれの請求
項に係る発明も上記引用例から当業者が容易に発明することができるものと認めら
れる。
 また、原告らは、審判請求理由補充書中で、本願発明は1枚のカードに湾曲部を
形成させたもの(補正案)であって引用例のような腹合わせ構造ではない旨主張し
ているが、現実の請求項にも補正案による請求項にも、カードが腹合わせ構造では
なく1枚構造であることについて明記されていない以上、上記主張は根拠がない。
仮に1枚構造であるとしても、原審の拒絶理由で引用している特開平5-1437
81号公報には、一枚構造でその端部をカードの幅方向にわたり、カードの厚み方
向に斜めに曲げたものをクリーニングカードとして使用する例が開示されており、
また、湾曲部を形成するクリーニングカードを1枚構造にするか腹合わせ構造にす
るかは、本件出願時の明細書及び図面にも、本願発明の実施例として、腹合わせ構
造のものも記載されていたことからも推測されるように、カード読取機においてカ
ードの湾曲部で清掃する必要のある箇所が上下両側に存在しているか否かあるいは
カード基板の材質(弾性)等を考慮して決め得る程度のことと認められ、湾曲部を
形成するカードを1枚構造とすることに困難性は認められない。
 (5) 審決の結び
以上のことから、本願発明は、引用例に記載されたものに基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものであるので、特許法29条2項の規定により特許を
受けることができない。
第3 原告ら主張の審決取消事由
 審決は、引用例の開示内容の認定を誤り、その結果、本願発明と引用例に記載の
ものとの相違点を看過し、また本願発明の顕著な作用効果を看過し、ひいては推考
容易性の判断を誤ったものであり、取り消されるべきである。
 1 取消事由1(引用例に記載のものの認定の誤り及び相違点の看過)
 (1) 引用例が開示しているのは、審決が、審決の理由の要点(2)の「引用刊行
物」の項で認定したところから明らかなように、カード挿入部であるガイドのカー
ド導入面に付着しているゴミ、ホコリ等をカードの厚みにより除去するものであ
る。審決は、審決の理由の要点(3)の「対比・判断」の項で「引用例のものも、上記
④の記載事項から明らかなように、カード挿入部であるガイドのカード導入面に付
着しているゴミ、ホコリ等を湾曲部の湾曲面により除去するものである」と認定し
ているが、引用例には、湾曲部の湾曲面により除去するとの明示的記載はないし示
唆もない。
 したがって、引用例に記載のものがカードの厚みによりゴミ、ホコリ等を除去す
るのに対し、本願発明はカードの中間部又は端部に設けた湾曲部の湾曲面により除
去する点で相違する。
 被告は、引用例のクリーニングカードは、カード中央部に湾曲部を形成し、カー
ド中央部の厚みt2をガイド3、4の間隔D2より大きい寸法にしているのであ
り、ガイドに付着したゴミ、ホコリ等を前記湾曲部の湾曲面で除去することは明ら
かである、と述べている。
 しかしながら、この主張は、引用例には記載されていない「湾曲部の湾曲面でゴ
ミ、ホコリを除去する」という内容を読み込んだものである。湾曲部の湾曲面によ
る清掃効果とは、厚みのいかんを問わず、湾曲部の伸張、変形によって得られる清
掃機能である。これに対し、引用例は、厚みによる清掃効果を述べているにすぎな
い。
 (2) 審決は、審決の理由の要点(4)の「原告らの審判における主張」の項で、カ
ードの両面を清掃面とする点は引用例の第3図に開示されていると認めているが、
第3図には、カードの両面を清掃面とする点は開示されていない。この第3図に
は、2枚の腹合わせ構造のクリーニングカードが示されており、この場合には1枚
のカードの両面が清掃面となるものではない。引用例に記載のものが2枚のカード
を腹合わせ構造とするのに対し、本願発明はクリーニングカードを1枚構造にして
いる点で相違するが、審決はこの点を看過している。
 本願発明の要旨は、「・・・カード読取機に挿入される大きさのカードの表
面・・・」である。このような記載におけるカードは、実務上基本的に1枚構造を
指すのが通例である。なぜなら「複数の」と記載していないからである。また、後
続の「・・・カードの中間部又は端部に設けた・・・」なる記載からも理解される
ことである。複数のカードを想定するのであれば、「第1のカードの中間部」とか
「第2のカードの端部」と表現されなければならない。
 被告は、引用例に記載のものは、2枚の板状部材を腹合わせにして成る基板の凸
状の面、すなわち、上下湾曲部のそれぞれの湾曲面にクリーニング部材を設けた構
造のカードであり、1枚のクリーニングカードの上下両面が清掃面になっているこ
とは明白である、と主張している。この主張は、板状部材が2枚であるけれども1
枚(1個というべきか)のクリーニングカードであると述べていることで既に矛盾
を来している。引用例に記載のものは、腹合わせ構造であって別々に挙動する2枚
の板状部材それぞれの上にクリーニング部材を設けて成る1個のクリーニングカー
ドの構造であり、本願発明のように1枚のクリーニングカードの両面が清掃面にな
っている構造とは異なることが明白である。
 本願発明における1枚構造は、本願発明の発明者が出願前後にわたって研究を行
った結果、実験的に清掃効果が確認されたものである。したがって、1枚構造にす
ることについて困難性がない、とはいえない。
 2 取消事由2(本願発明の作用効果の看過)
 (1) 本件出願の平成9年10月20日付け意見書(甲第2号証の5)3頁ないし
6頁に記載された清掃力比較テストにおける清掃テスト1ないし3に示されるよう
に、本願発明の清掃用カードは、対照用及び比較用の各清掃用カードに対して2倍
前後の顕著なゴミ、ホコリ除去効果を奏する。そして、対照用の清掃用カードが凸
部に清掃面を有し、引用例に開示された腹合わせカードと共通する構造のものであ
って、その清掃効果は本願発明のものの半分程度と低い。
 被告は、当該比較テストにつき、①両面に清掃面を持った清掃用カード、②凸面
に清掃面を持った清掃用カード、及び③凹面に清掃面を持った清掃用カードの3例
についてのテスト結果は、引用例の腹合わせ構造との比較とは異なる、と反論す
る。
 しかし、引用例に記載のものの腹合わせ構造は、2つの凸面を背中合わせにした
ものである。そして、上記の、①両面に清掃面を持った清掃用カードと対比される
2つの類型、すなわち②及び③は、湾曲形状を要素別に分析すれば、凸と凹とに類
型化されることに対応させており、カードの構造上の基本的な要素についての対比
をしたものである。
 (2) したがって、審決が認定したように、湾曲部をカード導入面の傾斜に対応さ
せることは「極めて自然に発想できること」ではないし、「平坦なクリーニングカ
ードでは清掃できなかったカード挿入部のカード導入面の清掃が可能となることは
当然に予測できること」でもないのである。そして、本願発明のカードに形成する
湾曲部を、カード読取機のカード挿入部のカード導入面の傾斜に対応させて湾曲部
により湾曲させることが「当業者が容易に想到し得るもの」ではない。
 カードをカード挿入部に引き込み易くする観点からは、湾曲部をカード導入面の
傾斜に対応させるであろう。しかし、本願発明は、カード挿入部への引き込み易さ
を改善したのではなく、引き込み後の清掃効果向上をねらったものである。そのよ
うな観点で湾曲部をカード導入面の傾斜に対応させる場合は、専ら引き込み易さを
考慮する場合とは異なった対応をさせることになる。現に本願発明においては、図
示した実施例で、カード導入面に通常取り入れられている単に円滑な面とは異なっ
て、平面状部と円筒の一部のような部分との組合せ構造が示されている。
第4 審決取消事由に対する被告の反論
 1 取消事由1に対して
 (1) 引用例のクリーニングカードは、ガイド3,4に付着したゴミ、ホコリ等を
除去するためにカード中央部に湾曲部を形成し、ガイド3、4はカード挿入部の挿
入面を有しており、カード中央部の厚みt2はガイド3、4の間隔D2より大きい
寸法である以上、このクリーニングカード10を挿入した場合、カードの中央湾曲
部の湾曲面が、ガイド3、4のカード挿入部の挿入面に接触し、ガイドに付着した
ゴミ、ホコリ等を前記湾曲部の湾曲面で除去することは明らかであるから、「引用
例のものも、カード挿入部であるガイドのカード導入面に付着しているゴミ、ホコ
リ等を湾曲部の湾曲面により除去するものである」とした審決の認定に誤りはな
い。
 (2) 本願明細書の発明の詳細な説明及び図面には、本願発明の実施例として基材
が1枚構造のクリーニングカードが示されている。しかし、それはあくまで実施例
であり、特許請求の範囲の請求項1の記載が2枚構造のカードのものは除外してい
ると解釈しなければならない理由はない。すなわち、現在の明細書及び図面は、平
成9年10月20日付けの手続補正書により補正されたものであり、出願当初の明
細書及び図面に本願発明の実施例として記載されていた、湾曲部を有する2枚の基
材を対称に貼り合わせた2枚構造のものが実質的に削除され、1枚構造の実施例の
みが記載されているが、出願当初より、1枚構造及び2枚構造のそれぞれの実施例
を包括するように表現されていた特許請求の範囲の請求項1の記載は、現在の明細
書でもそのままであり、また、発明の詳細な説明中にも2枚構造の実施例と1枚構
造の実施例との間で作用効果の差異等についての記載は全くなく、特許請求の範囲
でも両者がそれぞれ区別して記載されていたという事実がなかったことからも、本
願発明はカードが1枚構造であるか2枚構造であるかということは問わないものと
解釈するのが相当である。
 引用例に記載のものは、中央部を凸状に形成するように湾曲した2枚の板状部材
を腹合わせにして成る基板の前記凸状の面、すなわち、上下湾曲部のそれぞれの湾
曲面にクリーニング部材を設けた構造のカードであり、1枚のクリーニングカード
の上下両面が清掃面になっていることは明白である。
 2 取消事由2に対して
 (1) 平成9年10月20日付け意見書中に示された清掃力比較テストは、①本願
発明であるとしている両面に清掃面を持った清掃用カードと、②凸面に清掃面を持
った片面の清掃用カード、③凹部に清掃面を持った片面の清掃用カード、について
行ったもので、引用例に記載のもののように2枚の腹合わせ構造のものとの比較で
はない。
 原告らの主張は、「カードが1枚構造でかつ両面が清掃面となっている清掃用カ
ード」が本願発明の特徴であることを前提としている。しかし、本願発明のカード
が「1枚構造」であるとの解釈は、上述のように妥当ではない。また、本願明細書
に「図1,2は本発明の第1実施例を示すもので、・・・、その基板の片面若しく
は両面に極細繊維の不織布3aを貼り合わせた構成からなり、その極細繊維は微細
ゴミをキャッチする特性を有する。」(段落【0006】前半部)と記載されてい
ることからして、本願発明のカードは、清掃面が片面のものも含むことが明白なの
で、本願発明のカードが「両面が清掃面」であるとする原告らの主張は、失当であ
る。
 (2) 審決が、カードに形成する湾曲部を、カード読取機のカード挿入部のカード
導入面の傾斜に対応させることは当業者が容易に想到し得たものである、とした根
拠は、「しかし、カードの湾曲部で清掃する箇所としてカード挿入部のカード導入
面のみを考慮すればよいのであれば、湾曲部をその清掃箇所であるカード導入面の
傾斜に対応させることは極めて自然に発想できることであり、それにより平坦なク
リーニングカードでは清掃できなかったカード挿入部のカード導入面の清掃が可能
となることは当然に予測できることであるから、」と説示したとおりであり、その
判断に誤りはない。
 原告らは、「平坦なクリーニングカードでは清掃できなかったカード挿入部のカ
ード導入面の清掃が可能となることは当然に予測できることでもない。」と主張し
ている。
 しかし、引用例には、厚みがガイドの間隔より若干薄い従来の平坦なクリーニン
グカードではガイド部に付着したゴミ、ホコリ等を完全に除去することができなか
ったのを、カードの中央部に凸状の湾曲部を設け、その部分の厚み寸法をガイドの
間隔より大きくすることで除去し得るようにしたクリーニングカードが開示されて
おり、「平坦なクリーニングカードでは清掃できなかったカード挿入部のカード導
入面の清掃が可能となることは当然に予測できることである」とした審決の判断に
誤りはなく、原告らの上記主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(引用例に記載のものの認定の誤り及び相違点の看過)について
 (1) 甲第3号証(引用例)によれば、引用例には、「略中央を凸状に形成する如
く湾曲した板状の部材を突合わせて成る基材、前記基材の前記凸状の面に設け、摺
動する部分を清浄するためのクリーニング部材を有する事を特徴とするクリーニン
グカード」(1頁5行ないし9行。実用新案登録請求の範囲の記載)との記載、及
び「12はフェルト、不織布等から成り、前記基材の外側(凸状の側)に設けたク
リーニング部材である。第3図に示した本考案のクリーニングカード10におい
て、カードの最大厚さt2をカードを案内するためのガイド3,4の間隔D2より
厚く(つまりt2>D2)する。そして、クリーニングカード10を矢印cの方向
に移動させてガイド3,4で形成された開口部5からクリーニングカード10を挿
入すると、前記凸状を成したクリーニングカードの中央部分がガイド3,4に押さ
れるのでクリーニングカード10はガイド3,4の間に挟持されクリーニング部材
12はガイド3,4と摺動する事によってガイド3,4に付着しているゴミ,ホコ
リ等を除去する事ができる。」(4頁7行ないし5頁1行)との記載があり、ま
た、第3図には、ガイドの一部とクリーニングカードの側面図が記載されているこ
とが認められる(別紙引用例図面参照)。
 これによれば、引用例に記載のものの「凸状を成したクリーニングカードの中央
部分」は「湾曲部」であることが明らかである。また、「カードの最大厚さt2を
カードを案内するためのガイド3,4の間隔D2より厚く(つまりt2>D2)」
し、「凸状を成したクリーニングカードの中央部分がガイド3,4に押されるの
で・・・ガイド3,4に付着しているゴミ,ホコリ等を除去することができる。」
との記載からすると、中央部分の湾曲部が押され、その湾曲面が接するガイドとの
間に変形が生じ、ゴミ、ホコリ等が除去されるものであることも明らかに認められ
る。
 そうすると、引用例には、ゴミ、ホコリ等を「湾曲部の湾曲面により除去する」
との文言そのものが記載されていないとしても、引用例に記載のものにおいても、
ゴミ、ホコリ等を「湾曲部の湾曲面により除去する」ものであるということがで
き、この事項が引用例に記載があるとした審決の認定に誤りはない。
 (2) 原告らの主張中には、湾曲部の湾曲面による清掃効果とは湾曲部の伸張、変
形によって得られる清掃機能であり、引用例は厚みによる清掃効果を述べているに
すぎないとの部分がある。しかし、引用例に記載のものがクリーニングカードの厚
みによる清掃効果を述べているとしても、この厚みは凸状の部分である湾曲部の厚
みであり、また、前認定のとおり、引用例に記載のものにおいては、クリーニング
カードの最大厚さt2>ガイド3,4の間隔D2となっているから、クリーニング
カードの中央部分がガイド3、4に押されるとき、伸張、圧縮等の変形が生じるこ
とは明らかである。
 したがって、引用例に記載のものが、湾曲部の湾曲面による清掃効果を用いてい
ないということはできず、湾曲部の湾曲面により除去するとの明示的記載は、引用
例にはないし、示唆もないとする取消事由1(1)は理由がない。
 (3) 原告らは、本願発明ではクリーニングカードを1枚構造としており、また、
1枚のカードの両面を清掃面とすることが本願発明の構成であると主張するが、本
願発明の要旨によれば、本願発明の清掃用カードが「1枚構造」であることを限定
する要件はなく、また、本願発明の清掃用カードから、本件出願当初の明細書及び
図面(甲第2号証の2、3)に示された2枚構造(腹合わせ構造)の実施例(第3
実施例、第4実施例。図4、5)の構成のものを除外するとの限定もされていな
い。したがって、本願発明の清掃用カードが「1枚構造」のもののみを意味すると
する原告らの主張は、理由がない。
 原告らは、本願発明の要旨における「・・・カード読取機に挿入される大きさの
カードの表面・・・」との要件に基づき、このような記載におけるカードは、実務
上基本的に1枚構造を指すのが通例である、と主張するが、「カード読取機に挿入
される大きさのカードの表面」なる要件中に、カードの構造が1枚構造、貼合わせ
構造等のカードの構造を示す限定がないことは明らかであって、原告らの主張は理
由がない。原告らの準備書面中には、補正の機会を設け、本件出願の明細書と図面
とを整合させて本願発明の認定を行うべきであるとの主張部分もあるが、発明の要
旨は、現実に提出ないし補正された明細書及び図面に基づいて認定されるべきであ
って、もとよりこの主張部分は理由がない。
 (4) 以上のとおり、取消事由1は、すべて理由がない。
 2 取消事由2(本願発明の作用効果の看過)について
 (1) 甲第2号証の5によれば、本件出願の平成9年10月20日付け意見書に、
清掃テスト1ないし3の三箇所にわたって、「テスト方法 ① 本発明の両面に清
掃面を持った清掃用カードをあらかじめ計量しておく。② 対照用として、凸部に
清掃面を持った片面の清掃用カードを予め計量しておく。③ 比較用として、凹部
に清掃面を持った片面の清掃用カードを予め計量しておく。」(3頁17行ないし
22行、4頁19行ないし24行、5頁19行ないし24行)との記載があること
が認められる。また、引用例の前示の記載によれば、引用例のクリーニングカード
では、基材11の両方の外側(凸状の側)にクリーニング部材12が設けられてい
ることが明らかである(別紙引用例図面第3図参照)。
 そうすると、上記テストにおける対照用及び比較用のカードは、いずれも片面の
清掃用カードであって、基材の両側にクリーニング部材を設けた引用例に記載のク
リーニングカードとは異なることが明らかである。したがって、上記テストを前提
にして、本願発明の清掃用カードが、引用例に記載のものと比較して顕著な効果を
奏するとする原告らの主張は、採用することができない。
 また、前説示のように、本願発明の清掃用カードが「1枚のカードの両面を清掃
面」とするもののみであるとすることはできず、本願発明の清掃用カードとして
「1枚のカードの両面を清掃面」とするもののみについて行ったテストに基づい
て、本願発明の作用効果の顕著性を認定することはできない。
 (2) 原告らは、湾曲部をカード導入面の傾斜に対応させることは、引用例には開
示されておらず、「極めて自然に発想できること」ではなく、「平坦なクリーニン
グカードでは清掃できなかったカード挿入部のカード導入面の清掃が可能となるこ
とは当然に予測できること」ではなく、カード導入面の傾斜に対応させて湾曲部に
より湾曲させることが「当業者が容易に想到し得るもの」ではないと主張する。
 審決は、引用例に記載のものについて、「清掃箇所はカード挿入部であるガイド
のカード導入面だけでなく、ガイドと離れた位置にある磁気ヘッドや押圧板の摺動
部も清掃箇所としている」と認定し、この認定について原告らは争っていない。ま
た、甲第3号証によれば、引用例に「開口部5からクリーニングカード10を挿入
すると、前記凸状を成したクリーニングカードの中央部分がガイド3,4に押され
るのでクリーニングカード10はガイド3,4の間に挟持されクリーニング部材1
2はガイド3,4と摺動する事によってガイド3,4に付着しているゴミ,ホコリ
等を除去する事ができる。」(4頁15行ないし5頁1行)との記載があること、
引用例の第3図に、傾斜を有するガイドの一部とクリーニングカードの側面図の記
載があることが認められる。
 これらによれば、引用例に記載のものは、ガイドのカード導入面を清掃箇所と
し、カードの中央部分である湾曲部がガイドに押されるようにしたものであり、湾
曲部の湾曲は清掃箇所であるガイドのカード導入面等に対応していることが認めら
れる。そうすると、引用例に「湾曲部をカード導入面の傾斜に対応させる」との記
載はないが、引用例に記載のものもガイドは傾斜部分を有しており、引用例に記載
のものにおいて、清掃箇所のカード導入面を傾斜部分も含むようにし、湾曲部をカ
ード導入面の傾斜に対応させることは、清掃範囲の単なる選択の範囲に属するもの
であるということができる。
 (3) 原告らは、本願発明の図示された実施例では、カード導入面に通常取り入れ
られている単に円滑な面とは異なって、平面状部と円筒の一部のような部分との組
合せ構造が示されており、引用例の開示内容は、カードの厚みの作用効果であっ
て、湾曲部の湾曲形状の構成や効果を示しているものではない旨主張する。
 しかし、実施例の形状、構造をもって、本願発明が採択したカードの形状、構造
であると限定して認めることはできず、原告らのこの主張は本願発明の要旨に基づ
かないものであって、理由がない。
 (4) 結局、取消事由2もすべて理由がない。
第6 結論
 以上のとおり、原告ら主張の審決取消事由は理由がないので、原告らの請求は棄
却されるべきである。
(平成12年4月27日口頭弁論終結)
 東京高等裁判所第18民事部
     裁判長裁判官   永   井   紀   昭
        裁判官   塩   月   秀   平
        裁判官   橋   本   英   史

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