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平成27年7月28日判決言渡
平成26年(行ケ)第10243号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成27年7月9日
判決
原告パナソニック株式会社
訴訟代理人弁護士小松陽一郎
川端さとみ
森本純
山崎道雄
辻淳子
藤野睦子
大住洋
中原明子
弁理士西澤利夫
被告TOTO株式会社
訴訟代理人弁護士熊倉禎男
富岡英次
小和田敦子
弁理士弟子丸健
渡邊誠
山本泰史
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が無効2013-800238号事件について平成26年10月8日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決に対する取消訴訟である。争点は,
①明確性要件(特許法36条6項2号)及びサポート要件(同項1号)の充足の有
無及び②進歩性判断(相違点の認定・判断)の是非である。
1特許庁における手続の経緯
(1)本件特許
被告は,名称を「大便器装置」とする発明についての本件特許(特許第5057
192号)の特許権者である。
本件特許は,平成13年3月28日に出願した特願2001-93420号を平
成22年12月24日に分割出願した特願2010-288117号に係るもので
あり,平成24年8月10日に設定登録(請求項の数3)がされた。
(甲15,乙4)
(2)無効審判請求
原告が,平成25年12月20日付けで本件特許の請求項1~3に係る発明につ
いて無効審判請求をしたところ(無効2013-800238号),特許庁は,平成
26年10月8日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本
は,同月17日,原告に送達された。
2本件発明の要旨
本件特許の請求項1~3の発明(以下,請求項の番号に従って「本件発明1」の
ようにいい,すべてを併せて「本件発明」という。)に係る特許請求の範囲の記載(構
成要件分説後)は,次のとおりである。(甲15)
(1)本件発明1
【A】大便器のリム直下でボウル内面に沿って略水平にボウル部の後方側部より前
方に洗浄水を供給する1つのノズルと,
【B】洗浄水をボウル全周に導くボウル内面に沿った棚と,この棚の上方に設けら
れたリム部と,を備えた大便器装置において,
【C】前記リム部は前記棚から上方に向けて内側に張り出すオーバーハング形状と
なっており,
【D1】前記棚は,前記ボウル部の側部では略水平で
【D2】且つ前記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜し,
【E】前記ノズルから噴出した洗浄水が前記棚に沿って略一周を旋回するように構
成されている
【F】ことを特徴とする大便器装置。
(2)本件発明2
【G】前記棚は前記ボウル部の側部で略水平で,前記棚の幅が前記ボウル部の前方
側で最少である
【H】請求項1に記載の大便器装置。
(3)本件発明3
【I】前記棚は,前記ボウル部の後方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜し
ている
【J】請求項1又は2に記載の大便器装置。
甲15の【図1】(本件発明の実施例の大便器装置の洗浄水の流れを示した図)及び符号の説
明を掲記する。
1大便器装置11ボウル部12大便器装置外形形状
13ボウル内面形状14棚15リム21ノズル
22開閉バルブ23水道管
3審決の理由の要点
甲1:国際公開WO98/16696号公報
甲2:実公平2-45334号公報
甲3:米国特許第3538518号公報
無効理由1-ア:甲1記載の発明(甲1発明)と甲2記載事項との組合せに基づ
く本件発明1~3の進歩性欠如
無効理由1-イ:甲3記載の発明(甲3発明)と甲2記載事項との組合せに基づ
く本件発明1・2の進歩性欠如
無効理由1-ウ:甲3発明と甲1記載事項との組合せに基づく本件発明1・3の
進歩性欠如
無効理由2:明確性要件(特許法36条6項2号)及びサポート要件(同項1号)
の違反
(1)無効理由1-アについて
ア甲1発明
甲1によれば,甲1発明は,以下のとおりである。
「便器上縁の内側壁面に沿って便器上縁の略全体に行きわたらせるよう主洗浄水
を吐出する吐出手段と,
該吐出手段からの前記主洗浄水を案内するボウル部導水路16と,
この導水路16と滑らかに連続して形成された前記主洗浄水から分かれた分流
洗浄水をボール内面全体に行きわたらせる導水部10とを備えてなる水洗便器で
あって,
水洗便器Aは,リム部14,ボウル部1,横向吐水開口5を有し,
吐出手段は,横向吐水開口5であり,
横向吐水開口5からの洗浄水は,主洗浄水として前記ボウル部導水路16と乾
燥面12との境界部3における流れを主流とする周回流路fを旋回しながら,乾
燥面12を含む汚物受け面を洗浄するものであり,
ボウル部導水路16を,リム部内側壁面15の全周,あるいはその一部をボウ
ル部1内側方に向けて覆い被されるように傾斜させたオーバーハング面形状とし
たものであり,
ボウル部導水路16の前方側の底面部が下方に向かって傾斜されている,
水洗便器。」
甲1の【図1】(第1実施例に係る水洗便器の縦断面図)及び【図2】(第1実施例に係る水
洗便器の平面図)を掲記する。
【図1】【図2】
イ本件発明1と甲1発明との一致点
「大便器のリム直下でボウル内面に沿って略水平にボウル部の後方側部より前方
に洗浄水を供給する1つのノズルと,
洗浄水をボウル全周に導くボウル内面の洗浄水導水路と,
洗浄水導水路の上方に設けられたリム部と,を備えた大便器装置において,
前記リム部は洗浄水導水路から上方に向けて内側に張り出すオーバーハング形
状となっており,
前記洗浄水導水路は,ボウル部の前方部でボウル部中央に向かって下方に傾斜
し,ノズルから噴出した洗浄水が洗浄水導水路に沿って略一周を旋回するように
構成されている
大便器装置。」
ウ本件発明1と甲1発明との相違点(相違点1)
ボウル内面の洗浄水導水路が,本件発明1は,「ボウル内面に沿った棚」であり,
「棚は,前記ボウル部の側部では略水平で且つ前記ボウル部の前方部ではボウル部
中央に向かって下方に傾斜」するのに対し,甲1発明は,そうでない点。
エ相違点1の判断
①甲1発明のボウル部導水路16は,平らで物をのせる機能を有する,いわゆ
る棚の構成を有するものではないので,本件発明1の構成要件Bの「棚」には相当
しない。
②甲2の水洗便器は,いわゆるオープンリムタイプであって,甲1発明とは,
基本構成が異なる。
③洗浄水が流れる経路が,甲1発明は,旋回させるものであるのに対し,甲2
の水洗便器は,各吐出口9から左右方向に向けてそれぞれ吐出された洗浄水を通水
路3を通って水洗便器の前方側で合流させるものである。したがって,甲1発明で
は,水流が旋回してボウル部の後方側部に向かう場面においては,甲2の水洗便器
の通水路3の水流の向きと全く逆方向となっている。すると,甲2の「水洗便器1
の奥側の部分で多量に鉢2内に流れ落ちるという弊害が解消される」(第3欄42~
44行目)ための構成を採用する動機自体が否定されるものとなる。
④以上から,甲1発明に対し,甲2のボウル部側部での棚を水平にするとの知
見,思想を適用し,甲1発明のボウル部側部の棚の傾斜を水平にまで変更してみる
ことは容易ではなく,甲1発明と甲2記載事項に基づいて,本件発明1の相違点1
に係る発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得ない。
甲2の第1図(実施例に係る水洗便器の縦断面図),第2図(実施例に係る水洗便器の平面図)
及び第3図~第5図(通水路傾斜構成を示す部分断面図)を掲記する。
オ本件発明2・3に係る判断
本件発明2は,本件発明1に更に構成要件Gの限定を付した発明であり,本件発
明3は,本件発明1に更に構成要件Iの限定を付したした発明であるから,本件発
明2・3と甲1発明とは,少なくとも,相違点1で相違する。
上記エのとおり,当業者が相違点1に係る発明特定事項とすることを容易に想到
し得ないから,本件発明2・3は,甲1発明と甲2記載事項に基づいて当業者が容
易に発明をすることはできない。
(2)無効理由1-イについて
ア甲3発明
甲3によれば,甲3発明は,以下のとおりである。
「水洗用マニフォールドであって,
水洗用マニフォールド20は,部材15の水平に配置された上部表面21を有
し,
この表面21は,完全に便器13の外周の周りに延び,
逆U宇型の部材23は,表面21から垂直方向に離間した水平面24と,便器
13の外周面26と水密な関係において係合する外側下方延伸部25を有し,
ハウジング12の外側表面は,U字型部材の下方延伸部25が,トイレに滑ら
かな外観を与えるように,そこにあるフラッシュとフィットするように形成され,
U宇型部材の内側下方延伸部27は,便器13から離間されて,便器13のま
わりに連続的に伸びるオープンスロット28を形成するように天面下方に延び,
U字型部材23は,上方セクション12及び部材15に対して緊密にフィット
し,かつ,エポキシ樹脂のような封印手段により,これらのパーツ間で洗浄液が
漏洩しないことが保証され,
ホース18からのブラッシング液は,入口チャンバ30へと導入され,
このチャンバの形は,ホース18から洗浄用マニフォールド20へと洗浄液が
流れる際の乱流を最小化する形状に設計され,
チャンバ30は,液体を上方へ流すために上方セクション12上に形成された,
上方傾斜表面31を有し,パイプからのすべての液体が,表面21とU字型部材
23との間の領域内に折線方向から流れるようにされ,
液体がマニフォールド20のまわりで接線方向に流れることから,遠心力は,
下方延伸部25に対して液体を向かわせる傾向を有するが,しかしながら,液体
の幾分かは,マニフォールドの全周にわたって,スロット23を通じて下方へ向
けて流れ,
従って,いずれの特定のロケーションにおいても,液体のすべてが便器へと下
方へ向けて流されるわけではなく,むしろ,少量の液体は,スロット28を通じ
て便器13の周全体を,ある角度で下方へ向けて流れるもので,
この液体は,前方へと進む速度を有するので,実質的に角度をもって便器を横
切って下方へ向けて流れ,従来のタイプのマニフォールドからの液体よりも長距
離を移動することから,実効的なクリーニング動作を増加させ,
洗浄水は,便器13の後方側に配置された入口チャンバ30から,表面21に
沿って全周を流れるとともに,U字型部材23と表面21との間のスロット28
から便器内面に流下するものであり,
U字型部材23は,表面21上方を覆う形状となっている,
水洗用マニフォールド。」
甲3のFIG-1(斜視図),FIG-2(平面図),FIG-4(拡大断面図)及びFIG-6(正面図)を掲
記する。
イ本件発明1と甲3発明の一致点
「大便器のリム直下で略水平にボウル部の後方側部より前方に洗浄水を供給する
1つのノズルと,
洗浄水をボウル全周に導く流路の面と,流路の面の上方に設けられたリム部と,
を備えた大便器装置において,
前記リム部は流路の面の上方に位置する形状となっており,
前記流路の面は,略水平で,ノズルから噴出した洗浄水が流路の面に沿って略
一周を旋回するように構成されている
大便器装置。」
ウ本件発明1と甲3発明との相違点(相違点2~4)
(ア)相違点2
ノズルが,本件発明1は「ボウル内面に沿って」洗浄水を供給するものであるの
に対して,甲3発明は,入口チャンバ30が「洗浄水は,…表面21に沿って全周
を流れるとともに,U字型部材23と表面21との間のスロット28から便器内面
に流下する」ようにするものである点。
(イ)相違点3
本件発明1は,洗浄水をボウル全周に導く流路の面が「ボウル内面に沿った棚」
であり,リム部が「棚から上方に向けて内側に張り出すオーバーハング形状」とな
っているのに対して,甲3発明は,流路の面が「部材15の水平に配置された上部
表面21」であり,リム部が表面21の上方に記載された「U字型部材23」であ
る点。
(ウ)相違点4
洗浄水をボウル全周に導く流路の面が,本件発明1は,「ボウル内面に沿った棚」
であり,「棚は,前記ボウル部の側部では略水平で且つ前記ボウル部の前方部ではボ
ウル部中央に向かって下方に傾斜」するのに対し,甲3発明は,そうでない点。
エ相違点2~4の判断
①甲3発明では,水流が旋回してボウル部の後方側部に向かう場面においては,
甲2の水洗便器の通水路3の水流の向きと全く逆方向となっており,甲2の「水洗
便器1の奥側の部分で多量に鉢2内に流れ落ちるという弊害が解消される」(第3欄
42~44行目)ための構成を採用する動機自体が否定されるものとなる。
②以上から,甲3発明に対し,甲2記載のボウル部側部では棚を水平にし,か
つ,前方部では傾斜させるとの知見,思想を適用することは容易ではなく,甲3発
明及び甲2記載事項に基づいて,本件発明1の相違点2~4に係る発明特定事項と
することは,当業者が容易に想到し得ない。
オ本件発明2に係る判断
本件発明2は,本件発明1に更に構成要件Gの限定を付した発明であるから,本
件発明2と甲3発明とは,少なくとも,相違点2~4で相違する。
上記エのとおり,当業者が相違点2~4に係る発明特定事項とすることを容易に
想到し得ないから,本件発明2は,甲3発明と甲2記載事項に基づいて当業者が容
易に発明をすることはできない。
(3)無効理由1-ウについて
ア本件発明1に係る判断
甲1発明は,本件発明1の「ボウル内面に沿った棚」及び「棚は,前記ボウル部
の側部では略水平で且つ前記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に
傾斜」するに相当する構成を備えたものでない。
したがって,甲3発明と甲1発明に基づいて,本件発明1の相違点2~4に係る
発明特定事項とすることは,当業者が容易に想到し得ない。
イ本件発明3に係る判断
本件発明3は,本件発明1に更に構成要件Iの限定を付したした発明であるから,
本件発明3と甲3発明とは,少なくとも,相違点2~4で相違する。
上記アのとおり,当業者が相違点2~4に係る発明特定事項とすることを容易に
想到し得ないから,本件発明3は,甲3発明と甲1発明に基づいて当業者が容易に
発明をすることはできない。
(4)無効理由2について
ア「略水平」(本件発明1~3)について
「略」は,請求項の記載において慣用的に使用されている用語であり,請求項記
載の「傾斜」と対比しても,「略水平」なる表現によって本件発明が不明確となるほ
どのものではなく,また,本件発明が,明細書の発明の詳細な説明に記載されたも
のではないともいえない。
イ「略一周」(本件発明1)について
「略一周」の意義も,「おおよそ一周」を意味するものであり,「略」なる表現に
より,本件発明1が不明確となるほどのものではなく,また,本件発明1が,明細
書の発明の詳細な説明に記載されたものではないともいえない。
ウ「棚の幅」(本件発明2)について
本件特許に係る明細書及び図面(本件明細書)の【図5】【図7】に係る構成は,
本件明細書の【0018】の「棚14を図5の如く,前方部でなくした構成」「図7
に示す…棚14をなくして構成」したものであって,「棚」を備えていないものであ
り,本件発明の実施形態ではない。
そして,「棚」「幅」「前方側」「最少」も,日本語として普通に理解されるもので
あるので,本件明細書に本件発明の実施形態でないものが記載されていたとしても,
その結果,本件発明2の「棚の幅が…最少である」なる表現により,本件発明2が
不明確となるほどのものではなく,また,本件発明2が,明細書の発明の詳細な説
明に記載されたものではないともいえない。
甲15の【図5】及び【図7】を掲記する。
(5)結論
原告の主張及び証拠方法によっては,本件発明1~3に係る特許を無効とするこ
とはできない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(明確性要件違反及びサポート要件違反)
(1)「略水平」について
「略」なる文言は,一般的類型的に,発明の範囲を不明確にするものである。
また,「略水平」というからには,「棚」に何らかの傾斜があることにほかならな
いところ,「棚」は,本件発明の特徴的部分であり,傾斜角度は,本来定量的に範囲
が規律されるべきものであり,「略水平」は,「傾斜」とは明確に使い分けがされて
いる。ところが,本件明細書には,「棚」の傾斜角度が0度の完全な水平となってい
る実施形態しか示されていない(【0020】【図2】【図6】【図9】)。これでは,
0度からいかなる傾斜角度までが「略水平」となるのか,当業者において,その限
界を具体的に把握することができない。
(2)「棚の幅」について
本件発明2の「前記棚の幅が前記ボウル部の前方側で最少である」(構成要件G)
における「ボウル部の前方側」が,具体的にどこからどこまの範囲なのか,また,
「最少」が,具体的に棚のどの部分のどの幅が最小なのかについて,本件明細書に
は全く説明がない。かえって,本件明細書の【0018】では,本件発明の実施例
として,【図5】【図7】のように前方部で棚をなくした構成が示されており,棚の
幅が最小になるとの記載とは矛盾している。
また,仮に,本件明細書の【図5】【図7】が実施例ではないのであれば,「前記
棚の幅が前記ボウル部の前方側で最少」との構成は,本件明細書に記載がないこと
になる。そうすると,本件発明2は,発明の詳細な説明によるサポートを欠くこと
となる。
(3)「略一周」について
「略」なる文言は,一般的類型的に,発明の範囲を不明確にするものである。
また,本件明細書には,【0005】の記載を除いて,「略一周」の意義について
の説明はがなく,本件明細書の全体を参酌しても,「略」の射程範囲が明らかではな
い。
2取消事由2(無効理由1-アに対する判断の誤り)
(1)取消事由2-1(相違点の認定の誤り)
ア本件発明の「棚」の意義
本件発明の「棚」は,洗浄水をボウルに落下させることを前提としているから,
日常用語的な棚(物を載せる機能を有するもの)とは異なるものである。また,「棚」
は,直ちに具体的構成を特定できるような周知の技術用語ではなく,そして,本件
明細書にも,その具体的意義・構成についての説明はない。
そこで,特許請求の範囲の文言や本件明細書の記載(【0002】【0003】【0
005】【0015】【0018】【0020】【図2】【図5】~【図7】【図9】【図
10】)を最大限参酌してその意義を解釈すると,「棚」とは,「ボウル内面上部に設
けられ,ノズルより吐出された洗浄水をボウル部の全周に導く経路」といった程度
の意味と解される。
そうすると,本件発明の「棚」は,ノズルより吐出された洗浄水をボウル部の全
周に導く経路といった機能・構成を具備するものであればよく,それ以上にその機
能・構成が限定されるものではないから,平らなものである必要性もなく,「棚」の
上面とボウル部との境が緩やかなカーブ状であってもよいと解される。
なお,本件特許の出願経過をみても,本件明細書の【図5】【図7】を,本件発明
の実施例から除外したという経緯は認められない。
イ「棚」の開示
甲1発明において,横向吐水開口5から吐出された洗浄水は,重力の影響を受け
て,境界部3の上下部分に一定の幅をもって広がり周回流路fを構成する(明細書
10頁22~23行目,11頁4~7行目,11~12行目,請求の範囲1項,図
8)。そして,甲1発明では,汚物受け面が中央部で2段の曲線となっている。上部
から洗浄水が流れるだけであれば,この2段の構成にすることに格別の必要性は認
められないから,これは,上段の部分は,重力による洗浄水の落下を抑制し,旋回
する流水を受ける棚の役割を果たすものとしての意義がある。したがって,境界部
3の下部分であり,かつ,洗浄水がボウル部内側壁面に接する箇所(領域A)は,
分流洗浄水のみならず主洗浄水をボウル部の全周に導く経路となっており,本件発
明の「棚」に相当する(水色部分が洗浄水のイメージ,赤色部分が領域A。以下同
じ。)。
ウ「棚」の構成の開示
領域A(棚に相当)は,下方に傾斜しているものであるが,下記のとおり,本件
明細書の【図1】【図3】では,側部の傾斜角が,前方部の傾斜角より小さいこと(よ
り水平に近いこと)が示されている。
【図1】(前方部)【図3】(側部)
領域Aの側部の傾斜角をわずかに調整すれば,「略水平」といえるから,甲1発明
は,「前記棚は,前記ボウル部の側部では略水平で」(構成要件D1)に酷似する構
成及び「前記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜し」(構成要
件D2)の構成をそれぞれ有する。
エ相違点の認定
以上からすると,本件発明1と甲1発明とは,構成要件D1について,設計事項
ともいうべきわずかな相違(相違点1´)があるにすぎない。
オ小括
そうすると,審決の相違点1の認定には,誤りがある。
(2)取消事由2-2(相違点1´の判断の誤り)
ア甲2の開示事項について
相違点1´に係る構成は,甲2(第1図,第4図,第5図)に開示されている。
なお,いずれにしても,甲2には,構成要件D1及びD2に相当する構成が開示
されている。
イ組合せの容易想到性
(ア)技術分野・基本構成の同一性
甲1発明の水洗便器も,甲2の水洗便器も,いずれも,洗浄水の流路の一側部が
開放されているオープンリムタイプであり,両者の技術分野及び基本構成は一致し
ている。
そして,棚によって主洗浄水を導く構成は,古くから存在する周知技術であり,
オープンリムタイプで広く用いられている技術である(甲6~11)。
(イ)技術思想の共通性
甲1発明は,領域Aを,ボウル部の側部において前方部の傾斜よりもゆるやかな
傾斜とすることによって,ボウルの洗浄性能を向上させる課題の解決を図ろうとし
ている(明細書12頁15~19行目,図9~図11)。
甲2の水洗便器も,便器手前側では,洗浄水に最も強い遠心力が働くため,ボウ
ル部の側方部より角度を大きくして傾斜を急にすることによって,洗浄水の飛び出
し・飛び散りを防止しつつ,鉢内の洗浄水量の均一化を実現するものである(第2
欄8行~第3欄3行目,第3欄39~44行目)。なお,ボウル前方部における洗浄
水の飛び散りは,吐水圧,洗浄水の供給位置,供給角度次第では,吐水口が2つの
タイプでも十分に起こる問題であり,甲2発明にも,洗浄水の衝突による飛び散り
の問題がある。
したがって,甲1発明も甲2の水洗便器も,遠心力が強く働く箇所では洗浄水の
流下は少なく,遠心力が弱い箇所では洗浄水は流下しやすいという技術常識に従い,
ボウル部の側部(便器の奥側)は前方部に比べて多量の洗浄水が流れ落ちるという
技術課題の解決を目的とするものであり,その作用効果も共通としている。
上記課題の解決に当たっては,吐出口が1つであるか又は2つであるか,側部に
おける洗浄水の向きがどちらにあるか,などといった事項は無関係である。また,
吐出口が1つのタイプと2つのタイプは,いずれも本件特許出願前に存在する従来
技術であって,しかも,両者は,洗浄水の吐出量等に差があるにすぎず,任意に構
成を置換できる極めて近接した技術である。
なお,甲2の実用新登録請求の範囲の記載は,甲2に図示されたような吐出口を
2つ設けるタイプに限定しておらず,吐出口を1つにする構成も含むものとなって
いる。甲2の考案の詳細な説明においても,吐出口を2つとする構成に限定するよ
うな記載は存在しない。したがって,甲2は,吐出口が1つのタイプに甲2の水洗
便器を用いることを示唆している。
ウ小括
以上からすると,本件発明1は,甲1発明と甲2記載事項とを組み合わせて容易
に想到できるものである。
したがって,審決の判断には,誤りがある。
(3)取消事由2-3(本件発明2・3に係る判断の誤り)
甲2には,本件発明2の構成要件Gに相当する構成が開示されている。したがっ
て,本件発明2は,甲1発明と甲2記載事項に基づいて,当業者が容易に想到する
ことができたものであるから,審決の判断には,誤りがある。
甲1には,構成要件Iに相当する構成が開示されている。したがって,本件発明
3は,甲1発明と甲2記載事項に基づいて,当業者が容易に想到することができた
ものであるから,審決の判断には,誤りがある。
3取消事由3(無効理由1-イに対する判断の誤り)
(1)取消事由3-1(相違点の認定の誤り)
ア相違点2について
審決は,相違点2として,「ノズルが,本件発明1は『ボウル内面に沿って』洗浄
水を供給するものであるのに対して,甲3発明は,入口チャンバ30が『洗浄水は,
…表面21に沿って全周を流れるとともに,U字型部材23と表面21との間のス
ロット28から便器内面に流下する』ようにするものである点。」と認定する。
相違点2は,要するに,ノズル(甲3発明では入り口チャンバ30)からの洗浄
水が供給される先の相違をいうものであるところ,甲3発明の水洗用マニフォール
ド20は,便器(ボウル部に相当)に一体的に構成されたものであって,便器の一
部を構成するものである(訳文1頁40~41行目,3頁38~39行目)。
そうすると,甲3発明の上部表面21は,本件発明1のボウル内面に相当するも
のであり,相違点2は,実質的な相違点ではない。
したがって,審決の相違点2の認定には,誤りがある。
イ相違点3について
審決は,相違点3として,「本件発明1は,洗浄水をボウル全周に導く流路の面が
『ボウル内面に沿った棚』であり,リム部が『棚から上方に向けて内側に張り出す
オーバーハング形状』となっているのに対して,甲3発明は,流路の面が『部材1
5の水平に配置された上部表面21』であり,リム部が表面21の上方に記載され
た『U字型部材23』である点。」と認定する。
甲3発明の上部表面21は,平らで主洗浄水を乗せる構成となっているから,本
件発明1の「棚」に相当することは明らかである。また,本件明細書には,オーバ
ーハング形状の意義についての具体的な説明はないが,オーバーハングとは,一般
に,「傾斜が垂直以上の部分。顕著なものは,庇状に張り出す」という意味であり,
また,甲3発明のU字型部材23のような構成についても,本件発明は実施例とし
て挙げている(【図6】)。
そうすると,甲3発明のU字型部材23は,オーバーハング形状となっているリ
ム部に相当するものであり,相違点3は,実質的な相違点ではない。
したがって,審決の相違点3の認定には,誤りがある。
ウ相違点4について
審決は,相違点4として,「洗浄水をボウル全周に導く流路の面が,本件発明1は,
『ボウル内面に沿った棚』であり,『棚は,前記ボウル部の側部では略水平で且つ前
記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜』するのに対し,甲3
発明は,そうでない点。」と認定する。
しかしながら,甲3発明の上部表面21が,本件発明1の「棚」に相当すること
は,上記アのとおりであり,また,上部表面21は,水平に配置されている(訳文
3頁4~5行目,図4)。
そうすると,甲3発明は,「前記棚は,前記ボウル部の側部では略水平で」(構成
要件D1)との構成を有し,本件発明1との相違点は,「前記ボウル部の前方部では
ボウル部中央に向かって下方に傾斜し」(構成要件D2)との点(相違点4´)にと
どまる。
したがって,審決の相違点4の認定には,誤りがある。
(2)取消事由3-2(相違点4´の判断の誤り)
ア甲2の開示事項について
相違点4´に係る構成は,甲2(第1図,第4図,第5図)に開示されている。
なお,いずれにしても,甲2には,構成要件D1及びD2に相当する構成が開示
されている。
イ組合せの容易性
甲3発明は,洗浄液が便器のボウル面との接触の時間を長くして,より洗浄効果
を向上させるようにマニフォールドを改善することを課題としており(訳文1頁5
~9行目),洗浄水をボウル内全面に行き渡らせ,洗浄性能を向上させる作用効果を
奏する。
甲2の水洗便器は,通水路3の便器奥側と手前側の角度によって,ボウル内面に
流れ落ちる水量を調整することによって,鉢内の洗浄水量の均一化を実現するもの
である(第2欄8行~第3欄3行目)。
したがって,甲3発明と甲2の水洗便器とは,課題や作用効果を共通とする。そ
して,この課題解決に当たり,甲3発明のように洗浄水が便器を一周するものであ
ろうと,甲2の水洗便器ように洗浄水が便器奥側から左右に分かれて便器手前側に
到達するものであろうと,解決手段の技術的意義は共通する。
ウ小括
以上からすると,本件発明1は,甲3発明と甲2記載事項とを組み合わせて容易
に想到できるものであるから,審決の判断には,誤りがある。
(3)取消事由3-3(本件発明2に係る判断の誤り)
甲2には,本件発明2の構成要件Gに相当する構成が開示されている。
したがって,本件発明2は,甲3発明と甲2記載事項に基づいて,当業者が容易
に想到することができたものであるから,審決の判断には,誤りがある。
4取消事由4(無効理由1-ウに対する判断の誤り)
(1)取消事由4-1(相違点の認定の誤り)
前記3(1)ア~ウのとおり,本件発明1と甲3発明との相違点は,相違点4´にと
どまる。
したがって,審決の相違点2~4の認定には,誤りがある。
(2)取消事由4-2(相違点4´の判断の誤り)
ア甲1の開示事項について
相違点4´に係る構成は,甲1に開示されている。
イ組合せの容易性
甲3発明と甲1とは,洗浄水をボウル内の全体に行き渡らせ,洗浄性能を向上さ
せるという課題・作用効果を共通にしている。そして,「棚」の傾斜角を調整して主
洗浄水の流量を調整することは,単なる設計事項ともいうべき自明の事項である(甲
28,29)。
以上からすると,本件発明1は,甲3発明と甲1記載事項を組み合わせて容易に
想到できるものであるから,審決の判断には,誤りがある。
(3)取消事由4-3(本件発明3に係る判断の誤り)
甲1には,本件発明3の構成要件Iに相当する構成が開示されている。
したがって,本件発明3は,甲3発明と甲1記載事項に基づいて,当業者が容易
に想到することができたものであるから,審決の判断には,誤りがある。
第4被告の反論
1取消事由1(明確性要件違反及びサポート要件違反)に対して
(1)「略水平」について
「略」は,作用効果が失われないわずかな変更により権利保護範囲外にならない
ために,実務上慣用されている用語であり,直ちに発明の範囲を不明確にするもの
ではない。
「略水平」とは,ノズルから吐水された洗浄水をボウル部の全周へ導くに足りる
傾斜角度までをいうものである。この傾斜角度は,ノズルから流出する洗浄水の速
さ,量,洗浄すべきボウルの周長,ボウルを洗浄するのに必要な流下量等により相
対的に変化するものであり,洗浄水をボウル部の全周へ導くという目的を果たし得
る範囲内において適宜に定めればよく,このことは,当業者にとって自明である。
(2)「棚の幅」について
本件明細書の【図5】【図7】は,本件特許出願を分割出願とする原出願の出願当
初に記載されていた発明の実施形態を示すものであり,本件発明の実施例ではない。
「棚の幅」は,ノズルから吐水された洗浄水をボウル部の全周へ導くに足りる幅
をいうものである。この幅は,ノズルから流出する洗浄水の速さ,量,洗浄すべき
ボウルの周長,ボウルを洗浄するのに必要な流下量等により相対的に変化するもの
であり,洗浄水をボウル部の全周へ導くという目的を果たし得る範囲内において適
宜に定めればよく,このことは,当業者にとって自明である。
(3)「略一周」について
「略」なる文言それ自体は,発明の範囲を不明確にするものではない。
また,「略一周」の意義は,「このように構成された本発明においては,棚が,ボ
ウル部の側部では略水平で,ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に
傾斜し,1つのノズルから噴出した洗浄水が棚に沿って略一周を旋回するので,ボ
ウル部の前方部で洗浄水の遠心力が大きく,ボウルに洗浄水が流下し難い場合であ
っても,洗浄水が流下し易くなり,洗浄水のボウル外への飛び出しおよび飛散りを
なくし,ボウル洗浄性能を改善できる。」との記載(【0005】)により,十分明確
であり,かつ,サポートもされている。
2取消事由2(無効理由1-アに対する判断の誤り)に対して
(1)取消事由2-1(相違点の認定の誤り)
ア本件発明の「棚」の意義
「棚」は,一般的な用語であり,当業者は,「棚」という用語自体からその構成を
観念することができる。加えて,本件明細書の記載(【0005】【0015】【00
18】【0020】【図2】【図9】)からも,「棚」の構成は,明確である。
また,本件明細書の【図5】【図7】は,本件発明の実施例を示すものではない。
したがって,原告の「棚」の解釈は誤りである。
イ「棚」の開示
甲1発明の境界部3の下方の符号12の部分は,ボウル部の乾燥面であり,符号
11の部位(溜水面)と共に,汚物受け面10を構成するものであるが,この汚物
受け面の断面曲線は,主として,水洗便器の実使用時において,ボウル部内に溜ま
っている溜水の量及び溜水面の大きさを規定するために設定されているものである。
また,乾燥面12を含む汚物受け面10(導水部10)は,主洗浄水から分かれ
た分流洗浄水によって洗浄される対象部であって,導水路ではない。ボウル部導水
路16とは,リム部内側壁面のオーバーハング面であり,境界部3によって明確に
区別されている(明細書14頁16~21行目,請求の範囲1)。そして,旋回流f
は,境界部3の近傍に形成されている。
分流洗浄水を落下させることは,水洗便器として当然の要請であり,分流洗浄水
がどこを流れるかということと,主洗浄水の導水路をどこに設定するかということ
は,別の事項である。
したがって,甲1には,「棚」に相当する構成は開示されていない。
ウ「棚」の構成の開示
原告の主張は,恣意的に引いた接線の傾斜角の測定結果に基づくものであり,何
ら意味をなさない。そもそも,明細書の図面は,実際の寸法を正確に反映するもの
ではない。
エ相違点の認定
以上からすると,本件発明1と甲1発明とは,相違点1の点で相違する。
オ小括
そうすると,審決の相違点1の認定には,誤りはない。
(2)取消事由2-2(相違点1´の判断の誤り)に対して
ア甲2の開示事項について
原告が甲2において本件発明1の「棚」に相当すると主張している部分は,下記
拡大図のとおり(注釈を付した。),オープンリムタイプの水洗便器における管状通
水路の一部であり,「棚」に相当する構成ではない。
イ組合せの容易性
(ア)技術分野・基本構成の同一性に対して
オープンリムタイプの水洗便器とは,水洗便器のリム(上縁部)に,スリット状
の開口部を設けた管状の導水路を備え,このスリット状の開口部の幅によって,ボ
ウル部へ流下させる洗浄水の量をコントロールする構成の水洗便器のみをいい,主
洗浄水の通路となるリム部の側部又は下面の全部若しくは一部を開放しているもの
のすべてを指称するものではない。
甲2の水洗便器は,オープンリムタイプの水洗便器であるが,甲1発明は,スリ
ット状の開口部を備えていないから,オープンリムタイプでなく,流下する洗浄水
の水量を遠心力によりコントロールする内壁面導水路タイプである。
「棚」を備えた棚導水路タイプの水洗便器とオープンリムタイプの水洗便器とは,
古くから並立し,それぞれに発展してきたのであり,その技術的思想は根本的に異
なるから,直ちに相互の技術が置換可能であるとはいえない。
(イ)技術思想の共通性に対して
甲2の水洗便器は,便器手前側へ到達する洗浄水量が不足し,鉢内面の均等な洗
浄を行いにくいという問題を解決することを目的として(第2欄8~14行目),通
水路3のスリット状の開口部の幅をコントロールしながら,洗浄水を便器手前側ま
で半周流す構成を採用している。そのため,便器手前側において洗浄水の流速は最
も低下しており,洗浄水に作用する遠心力も小さく,また,通水路がほとんど覆わ
れていることから,洗浄水の飛び散りという技術課題はない。
他方,甲1発明は,洗浄水を,1つの横向吐水開口5からオーバーハング形状の
ボウル部導水路16に遠心力により張り付かせながら全周にわたって旋回するよう
に構成している。そのため,横向吐水開口5から吐出された洗浄水は,ボウル部手
前側においてもなお相当な流速を有しており,ボウル部手前側において洗浄水に働
く遠心力は大きい。
このように,甲1発明では,水洗便器の前方部分において流速が速すぎて洗浄水
が飛び散るという問題を,甲2の水洗便器では,前方部分まで洗浄水が十分に届か
ず洗浄水が不足するという問題を扱っており,両者の技術課題は,正反対である。
ウ小括
したがって,甲1発明と甲2の水洗便器とは,その発明の課題,目的,採用した
構成及び効果において全く異なるものであり,両発明を組み合わせるという動機付
けは存在しないし,両発明を組み合わせても,本件発明1を構成するに至らない。
したがって,審決の判断には,誤りはない。
(3)取消事由2-3(本件発明2・3に係る判断の誤り)に対して
審決の判断に,誤りはない。
3取消事由3(無効理由1-イに対する判断の誤り)に対して
(1)取消事由3-1(相違点の認定の誤り)
ア相違点2について
甲3発明の上部表面21は,水洗用マニフォールド20の4面を囲む構成の一部
であって,本件発明1における独立した「棚」として構成されたものでもなく,そ
の作用も果たしていない。
そうすると,洗浄水の通水路としての機能を果たす部材は,マニフォールド20
であって,上部表面21ではないから,相違点2は,実質的な相違点である。
したがって,審決の相違点2の認定には,誤りはない。
イ相違点3について
甲3発明の上部表面21は,4面を囲まれたマニフォールド20の底面を構成す
るにすぎないから,本件発明の「棚」には該当しない。
また,甲3発明のU字型部材23は,全体として閉鎖された通水路を構成してい
る部材であり,U字型部材23の内側下方延伸部27は,開口部を形成するもので
あってオーバーハングとしては機能していない。
そうすると,甲3発明のU字型部材23は,オーバーハング状に形成されたリム
部に相当するとはいえないから,相違点3は,実質的な相違点である。
したがって,審決の相違点3の認定には,誤りはない。
ウ相違点4について
甲3発明の上部表面21が本件発明1の「棚」に相当するものでない以上,甲3
発明は,「前記棚は,前記ボウル部の側部では略水平で」(構成要件D1)との構成
を有しない。
したがって,審決の相違点4の認定には,誤りはない。
(2)取消事由3-2(相違点4´の判断の誤り)
ア甲2の開示事項について
甲2には,本件発明1の「棚」に相当する構成が開示されているものではない。
したがって,甲3発明と甲2の水洗便器を組み合わせても,本件発明1にならな
い。
イ組合せの容易性
洗浄効果の向上という技術課題は,あらゆる水洗便器に共通の課題であり,この
ことをもって容易に組合せ可能とするのは,およそ合理性がない。
吐出口が1つタイプと吐出口が2つタイプは,洗浄水に作用する遠心力等,本質
的に洗浄方式が異なっており,その技術課題も全く異なるものである。
ウ小括
以上のとおり,審決の判断には,誤りはない。
(3)取消事由3-3(本件発明2に係る判断の誤り)に対して
審決の判断には,誤りはない。
4取消事由4(無効理由1-ウに対する判断の誤り)に対して
(1)取消事由4-1(相違点の認定の誤り)
前記3(1)ア~ウのとおり,本件発明1と甲3発明との相違点は,審決が相違点2
~4として認定するとおりである。
したがって,審決の相違点2~4の認定には,誤りがない。
(2)取消事由4-2(相違点4´の判断の誤り)
ア甲1の開示事項について
甲1発明は,本件発明1の「棚」に相当する構成を有していない。
イ組合せの容易性
前記3(1)ア~ウのとおり,甲3発明も,本件発明1の「棚」に相当する構成を有
していないから,甲3発明と甲1発明とを組み合わせても,本件発明1にならない。
また,甲3発明と甲1発明とは,課題・作用効果を共通にしているとはいえない
し,「棚」の傾斜角を調整して主洗浄水の流量を調整することは,単なる設計事項と
はいえない。
したがって,審決の判断には,誤りはない。
(3)取消事由4-3(本件発明3に係る判断の誤り)に対し
審決の判断には,誤りはない。
第5当裁判所の判断
1認定事実
(1)本件発明について
本件明細書によれば,本件発明は,次のとおりのものと認められる。
本件発明は,大便器装置の改良に関するものである。(【0001】)
従来,大便器装置のボウル洗浄は,ボウル全周に導くボウル内面に沿った均一な
幅の棚に,洗浄水を伝わせ,この洗浄水をボウル内へ流下させることによって行わ
れていた。(【0002】)
この従来の大便器装置の場合,ボウルの内面形状が,前方では曲率が大きいため
に洗浄水に遠心力がつきすぎ,洗浄水が,ボウル外へ飛び出したり,飛び散ったり
するという不具合があった。また,洗浄水を伝わせる棚が均一なため,ボウルの各
部位で均一にボウルへ洗浄水を流下させることができず,ボウルを十分に洗えない
という不具合があった(【0003】)。本件発明は,この課題を解決するためにされ
たものであり,洗浄水のボウル外への飛び出し及び飛び散りをなくし,また,ボウ
ルの洗浄性能を向上させた大便器装置を提供することにある(【0004】)。
本件発明1の構成をとった大便器装置は,ボウル内面に沿って略水平にボウル部
の後方側部より前方に洗浄水を供給する1つのノズルを備え,棚が,ボウル部の側
部では略水平で,ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜してい
るところ,ノズルから噴出した洗浄水が棚に沿って略一周旋回するので,洗浄水の
遠心力が大きく,ボウルに洗浄水が落下し難いボウル部の前方部でも,洗浄水が流
下しやすくなり,リム部がオーバーハング形状になっていることとあいまって,洗
浄水のボウル外への飛び出し及び飛び散りをなくし,ボウル洗浄性能を改善できる。
(【0005】)
また,棚14を図5のように前方部でなくした構成としたり,図7のようなタイ
プのリム形状で棚14をなくして構成してもよい,この場合,ボウルの曲率が比較
的大きくて遠心力が大きい前方部でも,棚14の幅が最小となることで,ボウル1
1に洗浄水が流下しやすくなり,ボウル洗浄性能を改善できる。(【0018】)
さらに,棚14を,ボウル部側部で,略水平とし,また,前方部及び後方部で,
ボウル中央に向かって傾斜させた場合,ボウル11に洗浄水が流下し難い前方部及
び後方部でも,洗浄水が流下しやすくなり,ボウル洗浄性能を改善できる。(【00
20】【0021】)
(2)甲1発明について
甲1によれば,甲1発明は,次のとおりのものと認められる。
甲1発明は,洗浄水がボウル部導水路から便器外に飛び出すことがなく,さらに,
吐水部から吐出された洗浄水が,吐水部から離れるにしたがって広がっても,ボウ
ル部の曲率の最も大きい個所がオーバーハング面形状となっているので,洗浄水が
便器外へ飛び出すおそれがない水洗便器を提供することを目的とする。(明細書3頁
4~5行目,10~13行目)
甲1発明は,前記第2,2(1)アのとおりの構成を有する。
甲1発明の特徴は,ボウル部1の汚物受け面10と,ボウル部1の上部開口13
の周縁に形成したリム部内側壁面15とを連続させて湾曲面を形成するとともに,
リム部内側壁面15を洗浄水のボウル部導水路16としたことにある。(明細書9頁
20~23行目)
ボウル部導水路16を,リム部内側壁面15の全周又は一部でボウル部1内側方
に向けて覆い被されるように傾斜させたオーバーハング面形状とすると(明細書9
頁24~26行目),ボウル導水路16は,図1及び図3に示すように,汚物受け面
10の乾燥面12から連続して鋭角状に滑らかに立上がり(明細書9頁27行~1
0頁1行目),横向吐水開口5からの洗浄水は,ボウル部導水路16と乾燥面12と
の境界部3における流れを主流とする周回流路fを旋回しながら,乾燥面12を含
む汚物受け面10を洗浄するとともに,溜水部Wに旋回流を発生させ,溜水部Wの
略中心部に渦を形成して浮遊する汚物を溜水部Wの中心に引き寄せる方向に作用す
る(明細書11頁4~8行目)。
【図1】【図2】
【図3】
このように,洗浄水は,ボウル部1のリム部14の付近を含む内側面全体を洗浄
することができて水洗便器Aを清潔に保つことができ,しかも,洗浄水による旋回
流は,ボウル部導水路16により上方より押さえられた状態となっているので,便
器外へ飛び出したりすることがない。(明細書7頁15~18行目,11頁9~12
行目)
(3)甲3発明について
甲3によれば,甲3発明は,次のとおりのものと認められる。
甲3発明は,トイレ用の改善された水洗用マニフォールドである。(訳文1頁5行
目)
従来の水洗用マニフォールドには,ろ過された液体が流れる複数のスロット又は
ホールを有するが,ホールのうちいずれか1つでも詰まるたびに洗浄動作が損なわ
れるおそれがあり,また,通常,ホールは多数設けられていることから,クリーニ
ングが困難である。(訳文1頁21~25行目)
甲3発明の水洗用マニフォールドは,完全に便器の周囲に延びる連続的なスロッ
トを形成し,目詰まりしにくくなっていることから,メンテナンスがはるかに簡単
である。(訳文1頁29~32行目)
また,洗浄液は,マニフォールド周囲を流れるとともに,マニフォールドを通じ
て便器の下方周辺へも流れるようにされており,これにより,洗浄液が便器に接触
した状態で流れる距離を長くして,優れた洗浄作用を提供するものである。(訳文1
頁5~9行目,27~29行目)
甲3発明は,前記第2,2(2)アのとおりの構成を有する。
水洗用マニフォールド20は,部材15の水平に配置された上部表面21を有す
る。この表面21は,完全に便器13の外周の周りに延びる。図4で示されるよう
に,逆U宇型の部材23は,表面21から垂直方向に離間した水平面24と,便器
13の外周面26と水密な関係において係合する外側下方延伸部25を有する。(訳
文3頁4~7行目)
ホース18からのブラッシング液は,入口チャンバ30へと導入される。チャン
バ30は,上方傾斜表面31を有し,パイプからのすべての液体が,表面21とU
字型部材23との間の領域内に接線方向から流れるようにされている。(訳文3頁1
4~19行目)
液体がマニフォールド20のまわりで接線方向に流れることから,遠心力は,下
方延伸部25に液体を向かわせる傾向を有するが,液体の幾分かは,マニフォール
ドの全周にわたって,スロット28を通じて下方へ向けて流れる。このうち少量の
液体は,前方へと進む速度を有しているから,実質的に角度をもって便器を横切っ
て下方へ向けて流れ,従来のタイプのマニフォールドからの液体よりも長距離を移
動するため,実効的なクリーニング動作を増加させる。(訳文3頁19~27行目)
(4)甲2の水洗便器について
甲2によれば,甲2には,次の発明(甲2発明)が記載されていると認められる。
甲2発明は,水洗便器に係るものである。(第1欄11~13行目)
従来のオープンリムタイプの水洗便器においては,便器奥側から通水路内に吐出
された洗浄水のうち多くの部分が,便器奥側ないしは奥側に近い部分にて鉢内に流
れ落ちてしまい,便器手前側へ到達する洗浄水量が不足しやすく,鉢内面の均等な
洗浄を行いにくいという問題があつた。(第2欄8~11行目)
甲2発明は,通水路から鉢内面に流れ落ちる洗浄水量が,鉢の全周にわたって均
等化され,したがって,鉢内面の洗浄水量が均一化され,鉢内全面の効率的な洗浄
が行えるようにするものである。(第2欄25行~第3欄3行目)
甲2発明の水洗便器1は,その内部に鉢2を有し,鉢2の上端内周には,段状の
通水路3が鉢2の全周を周回するように設けられている。通水路3の上側の部分に
は,便座載置部4がせり出すように設けられており,この便座載置部4の上面に,
便座が倒伏時に載置される。(第3欄8~14行目)
通水路3は,便器1の奥側の部分では鉢2内に向けて逆傾斜となっており,奥側
の部分から便器手前側にかけて,次第に,鉢2内に向って順傾斜となるように通水
路の幅方向の勾配がとられている。すなわち,便器奥側の部分では第3図に示すよ
うに,通水路3の鉢2と反対側の部分が通水路の縁部よりも低レベルとなっており,
便器手前側では,第5図に示すように,通水路の鉢2側の部分が,その反対側の部
分よりも低レベルとなる勾配となつている。(実用新案登録請求の範囲,第3欄26
~39行目)
このように,通水路3を鉢2内方向への傾斜構成とすることにより,通水路3の
奥側に供給された洗浄水は,鉢2の全周にわたって均等量ずつ鉢2内に流れ落ちる
ようになり,水洗便器1の奥側の部分で多量に鉢2内に流れ落ちるという弊害が解
消される。(第3欄40~44行目)
2取消事由1(明確性要件違反及びサポート要件違反)について
(1)「略水平」について
原告は,本件発明1~3の「略水平」との用語が不明確であり,かつ,本件発明
1~3が本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない旨を主張する。
しかしながら,「略水平」とは,当該技術分野の平均的な技術水準において,棚を
水平を保ったということであり,なるべく水平な状態にしたとか,ほぼ水平である
といった程度の意味ととらえられるから,それ自体として直ちに不明確なものとは
いえない。また,本件明細書には,棚をほぼ水平にした実施例(これが厳密な意味
で傾斜が0度あるか否かは定かではないが,水平又はほぼ水平(「略水平」)である
ことは,図面から明らかである。)が記載されているから(【0014】【0017】
【0019】【0020】【図2】【図9】),本件発明1~3が,本件明細書の発明の
詳細な説明に記載されたものではないともいえない。
また,原告は,「略水平」が何度までの傾斜を許容するものであるか不明確である
旨を主張する。
しかしながら,本件発明1は,上記1(1)に認定のとおりであり,側部の棚を「略
水平」にしたのは,曲率が比較的小さく遠心力が大きくない側部においては,棚を
傾斜させるまでもなく,水平又はほぼ水平のままに,洗浄水の一部を自然とボウル
部に適宜落下させれば足りるとしたものと理解できるから,「略水平」は,積極的に
棚を傾斜させようとするものではないと認められる。そうであれば,当業者は,そ
の技術水準に従い,棚は,なるべく又はほぼ水平であればよいと理解するのであり,
それ以上に棚の傾斜の限界を認識しなければならない必要はない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(2)「棚の幅」について
原告は,本件発明2の「前記棚の幅が前記ボウル部の前方側で最少」について,
「最少」や「前方側」が不明確であり,かつ,本件発明2は,本件明細書の発明の
詳細な説明に記載されたものではない旨を主張する。
しかしながら,「最少」や「前方側」が指し示す箇所は,特許請求の範囲の記載か
ら明瞭である。もっとも,その数値範囲又は範囲に解釈の余地があるので,本件明
細書の記載を参酌するところ,本件発明2は,上記1(1)に認定のとおりであり(【0
018】【図5】【図7】の部分参照),曲率が比較的大きく遠心力の大きい前方部に
おいては,棚を傾斜させるだけではなく,更に棚の幅を調整して洗浄水を落下しや
すくしようとし,そして,その際,棚の幅は,最少の極限値であるゼロであっても
よいとしているものと理解できる。そして,棚の幅や,どこから棚の幅を狭めるか
は,洗浄水の吐出量,吐出圧,便器の形状等に従い,当業者が適宜定められる設計
事項と認められる。また,「最少」にゼロを含むことが,語義として不自然であると
まではいえない。
したがって,「最少」や「前方側」は,不明確なものとはいえず,また,本件発明
2は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないとは認められない。
原告の上記主張は,採用することができない。
なお,被告は,本件明細書の【図5】【図7】は,本件発明の実施例を示すもので
はない旨を主張する。
しかしながら,本件明細書には,【図5】【図7】に示された実施形態を,本件発
明の実施例とする明確な記載があるのみならず(【0013】【0017】【0018】),
本件明細書中における本件発明2に係る記載は,【図5】【図7】に示されるような
第2の実施形態のみなのであるから,この実施形態が本件発明の実施例でないとす
るならば,本件発明2に係る発明の詳細な説明が存在しないことに帰し,それは,
明細書に対する合理的な解釈手法ではない。また,平成24年4月17日付け拒絶
理由通知(乙5)に対する意見書(乙6)及び手続補正書(乙7)においても,【図
5】【図7】に示された実施形態を除外する旨の記載はない。
したがって,被告の上記主張は,採用することができない。
(3)「略一周」について
原告は,本件発明1の「略一周」との用語が不明確であり,かつ,本件発明1は,
本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではない旨を主張する。
しかしながら,「略一周」とは,洗浄水が棚に沿って便器内おおむね一周させると
いった程度の意味ととらえられるから,それ自体として直ちに不明確なものとはい
えない。また,本件明細書には,ノズル21より吐水された洗浄水が,棚14に沿
って反時計回りに大便器内を流れながら,ボウル部11に流下する様子が記載され
ているから(【0015】【0018】【0020】【図1】【図8】),本件発明1が,
本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないともいえない。
原告の上記主張は,採用することができない。
(4)小括
以上のとおり,本件発明の特許請求の範囲の記載が,明確性要件又はサポート要
件を欠くものとは認められない。
よって,取消事由1は,理由がない。
3取消事由2(無効理由1-アに対する判断の誤り)について
(1)取消事由2-1(相違点の認定の誤り)について
ア本件発明の「棚」の意義
「棚」とは,一般的には,「平らで物を載せる機能を有するもの」を意味するが,
本件発明の「棚」が,これとは異なり,洗浄水を載せて流すとともにその一部を流
下させることを目的としていることは自明であり,また,「棚」が,本件発明の属す
る大便器の分野で一般的に使用される用語とも認められない。
そこで,前記1(1)に認定の本件発明の内容を踏まえて,本件明細書の記載全体や
技術常識などにかんがみて,「棚」の意義を合理的に解釈するとすれば,本件発明の
「棚」は,ボウル内面上部に設けられて段差などにより他と区別できる部分があっ
て,平らで洗浄水を載せる機能を有し,ノズルより吐出された洗浄水をボウル部の
全周に導く経路といった程度の意味を有するものと認められる。
原告は,本件発明の「棚」が平らなものである必要はない旨を主張するが,棚の
形状をもって発明特定事項としている以上,その形状を全く考慮しない用語の解釈,
すなわち,物を載せる部分が平らである必要はないとする解釈は,相当とはいえな
い。また,上記2(2)に判断のとおり,本件発明2の「棚」は,その幅がゼロとなる
場合もあるが,ボウル側の前方部で「棚」の一部をなくすという構成をしたからと
いって,その余の部分が棚でなくなるものではない(本件発明1の特定事項は,洗
浄水を全周に導くことを規定しているが,棚を全周にわたり設けることは規定して
いない。)。
原告の上記主張は,採用することができない。
イ「棚」及びその構成の開示
上記アにおける「棚」の技術的意義にし照らすと,甲1発明には,本件発明1の
「棚」に相当するものは見当たらない。
原告は,境界部3の下側の乾燥面12の上側部分(領域A)が,本件発明の「棚」
に相当する旨を主張するが,本件発明1の「棚」が,ノズルより吐出された洗浄水
をボウル部の全周に導く経路であればよいとの解釈を前提とするものであるから,
その主張は,前提において誤りがある。領域Aに相当する部分は,汚物受け面10
からボウル部導水路16にかけての滑らかに連続する湾曲面の一部にすぎず(明細
書9頁20~23行目),何らかの段差を有していなければならない「棚」とは,相
容れない形状である。
原告の上記主張は,採用することができない。
ウ相違点の認定
以上からすると,本件発明1と甲1発明との相違点は,「ボウル内面の洗浄水導水
路が,本件発明1は,『ボウル内面に沿った棚』であり,『棚は,前記ボウル部の側
部では略水平で(構成要件D1)且つ前記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向
かって下方に傾斜(構成要件D2)』するのに対し,甲1発明は,そうでない点。」
(相違点1)と認められる。
エ小括
よって,審決の相違点1の認定には,誤りはない。
したがって,取消事由2-1は,理由がない。
(2)取消事由2-2(相違点1´の判断の誤り)について
原告は,本件発明1と甲1発明との相違点を相違点1´であるとするものの,原
告の主張には,相違点1が容易に想到できる旨の主張も含まれているといえるから,
以下,検討する。
ア甲2発明の構成
甲2発明は,前記1(4)に認定のとおりのものであり,通水路3は,ボウル内面上
部に設けられ,ノズルより吐出された洗浄水をボウル部の全周に導く経路であるか
ら(第3欄40~44行目),本件発明1の「棚」に相当し,通水路3(棚)が,鉢
2(ボウル)の奥側と手前側の中間部分(側部)では水平勾配で,鉢2の手前側(前
方部)では,鉢2側の部分がその反対側の部分よりも低レベル(ボウル中央部に向
かって下方に傾斜)となっているから(第3欄26~39行目,第4欄12~19
行目,第3図~第5図),相違点1に係る本件発明1の構成を有する。
イ組合せの容易想到性
甲1には,「洗浄水は,オーバーハング面形状としたボウル部導水路で上から押さ
えられた状態でリム部内側壁面を流れるので,汚物受け面全体に行き渡り,ボウル
部内を広く洗浄することができる。」(明細書7頁15~18行目)との記載がある
ものの,前記1(2)のとおり,甲1発明は,直接には洗浄水の飛び出しの防止を課題
とするものである。一方,甲2には,「通水路から鉢内面に流れ落ちる洗浄水量が,
鉢の全周にわたって均等化され,したがって,鉢内面の洗浄水量が均一化され,鉢
内全面の効率的な洗浄が行える」。(第2欄25行~第3欄3行目)との記載がある
が,甲2発明は,「便器奥側から通水路内に吐出された洗浄水のうち多くの部分が便
器奥側ないしは該奥側に近い部分にて鉢内に流れ落ちてしまい,便器手前側へ到達
する洗浄水量が不足し易く」(第2欄9~12頁)との点を課題としているものであ
る。甲1発明と甲2発明とは,当該発明の作用効果とその作用効果を導く前提とな
る内部の全面的な洗浄という一般的な課題が共通しているにすぎず,甲1発明の課
題は,ボウル部前方側に達した洗浄水の挙動に関するものであり,甲2発明の課題
は,便器手前側への洗浄水の到達に関するものであって,両発明の課題は対象を異
にしている。
そして,前記第1(2)のとおり,甲1発明は,洗浄水を旋回させるものであるのに
対し,同(4)のとおり,甲2発明は,洗浄水を左右に半周させて便器の前方側で合流
させるものであるから,甲2発明の洗浄水の流し方は,甲1発明の洗浄水の旋回と
いう手段を断念させるものであり,甲1発明の洗浄方法とは相容れないものである。
また,甲1発明は,甲1に「洗浄水はボウル部1のリム部14の付近を含む内側面
全体を洗浄することができて水洗便器Aを清潔に保つことができ,しかも,洗浄水
による旋回流に,ボウル部導水路16により上方より押さえられた状態となってい
るので,便器外へ飛び出したりすることがない。」(明細書11頁9~12行目)と
あるとおり,甲2発明が課題とするようなボウル部前方側において洗浄水が不足す
るものであるとは認められず,ボウル部前方側において,その余の部分に比して,
より洗浄水を流下しやすくする必要性がない。
そうすると,甲1発明の導水路に甲2発明の通水路の構成を採用する動機付けが
認められない。
したがって,甲1発明に,甲2発明の通水路の構成を適用して,相違点1に係る
本件発明1の構成とすることは,当業者にとって容易であるとは認められない。
ウ原告の主張に対して
(ア)技術分野・基本構成の同一性について
原告は,甲1発明と甲2発明とは,技術分野及び基本構成が一致する旨を主張し,
その趣旨は,双方の技術が容易に置換可能である旨と解される。
しかしながら,当事者双方から提出された証拠からは,どのような便器がどのタ
イプに属するとか,同じタイプに属すること自体によって互いの技術が参酌しやす
くなるとか,との具体的な事情は認められないから,専ら,当該技術分野及び基本
的構成の共通性により技術の置換が直ちに容易になるとは認められない。
したがって,原告の上記主張は,失当である。
(イ)技術思想の共通性について
原告は,甲1発明も甲2発明も,便器内の側部は前方部に比べて多量の洗浄水が
流れ落ちるという技術課題の解決を目的とし,その作用効果を共通としている,ま
た,吐出口を1つとするか2つとするかは,任意に置換できることである旨を主張
する。
しかしながら,発明の課題は,明細書等の記載から具体的なものとして把握する
べきものであるところ,甲1発明における課題は,曲率の大きなボウル部前方側か
らの洗浄水の飛出しの防止であり,これを抽象化して,甲1には記載も示唆もされ
ていない,曲率の大きなボウル部前方側において洗浄水の流下が少ないという新た
な課題を導くことは許されない。
他方,甲2発明は,便器手前側にける洗浄水の流下が相対的に少ない(側部で多
量に流下する)ことを解決課題としているのであるから,上記のとおり,甲1発明
と甲2発明とは,当該発明の作用効果とその作用効果を導く前提となる内部の全面
的な洗浄という一般的な課題が共通しているにすぎない。原告の主張は,甲1や甲
2の中に,内部の全面的な洗浄という抽象化された課題を見い出し,それを共通点
としているにすぎない。
そして,吐水口の個数が1つのタイプであるか,又は,2つのタイプであるかが
解決手段に影響しないというのも,上記のような抽象化された課題の下においての
みである。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
エ小括
よって,相違点1が容易に想到し得たものではないとした審決の判断には,誤り
はない。
したがって,取消事由2-2は,理由がない。
(3)取消事由2-3(本件発明2・3に係る判断の誤り)について
上記(2)に認定判断のとおり,本件発明1の相違点1に係る構成とすることを,当
業者が容易に想到し得たといえないので,本件発明1に更なる構成を付した本件発
明2・3が,甲1発明と甲2発明から容易に発明することができないことは,明ら
かである。
したがって,取消事由2-3は,理由がない。
4取消事由3(無効理由1-イに対する判断の誤り)について
(1)取消事由3-1(相違点の認定の誤り)
ア相違点2について
審決は,相違点2として,「ノズルが,本件発明1は『ボウル内面に沿って』洗浄
水を供給するものであるのに対して,甲3発明は,入口チャンバ30が『洗浄水は,
…表面21に沿って全周を流れるとともに,U字型部材23と表面21との間のス
ロット28から便器内面に流下する』ようにするものである点。」と認定する。
本件発明1は,前記第2,2(1)のとおり,「大便器のリム直下でボウル内面に沿
って略水平にボウル部の後方側部より前方に洗浄水を供給する1つのノズル」(構成
要件A)を有するものと認められ,甲3発明は,同第2,3(2)アのとおり,「洗浄
水は,便器13の後方側に配置された入口チャンバ30から,表面21に沿って全
周を流れるとともに,U字型部材23と表面21との間のスロット28から便器内
面に流下するもので」あり,水洗用マニフォールド20は,「部材15の水平に配置
された上部表面21を有し」ており,逆U宇型の部材23は,表面21から垂直方
向に離間した水平面24と,外側下方延伸部25と,内側下方延伸部27を有して
いると認められる。
そうすると,甲3発明において,洗浄水の供給は,部材15の上部表面21とU
字型部材23とで構成される水洗用マニフォールド20に供給された後,スロット
28から便器内面に流下するよう構成されているといえ,他方,本件発明1は,ボ
ウル内面(便器内面)に直接洗浄水が供給されるものであるから,審決の相違点2
の認定には,誤りはない。
原告は,甲3発明の上部表面21が,本件発明1のボウル内面に相当するので,
相違点2は実質的な相違点ではない旨を主張する。
しかしながら,部材15の上部表面21は,便器13の一部ではあるが(訳文2
頁43~44行目),U字型部材23に囲われた領域であって,開放された便器内面
であるとはいい難い。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
イ相違点3について
審決は,相違点3として,「本件発明1は,洗浄水をボウル全周に導く流路の面が
『ボウル内面に沿った棚』であり,リム部が『棚から上方に向けて内側に張り出す
オーバーハング形状』となっているのに対して,甲3発明は,流路の面が『部材1
5の水平に配置された上部表面21』であり,リム部が表面21の上方に記載され
た『U字型部材23』である点。」と認定する。
上記アのとおり,本件発明1の「ボウル内面」に相当するのは甲3発明の「便器
内面」であり,この部分と,甲3発明のマニフォールド20に囲われた部分は,領
域を異にするものであるから,上記アの両発明の洗浄水の流路に係る認定によれば,
審決の相違点3の認定には誤りはない。
原告は,本件発明1においてリム部をオーバーハング形状とすることには,本件
明細書の【図6】のような態様も含むから,甲3発明のU字型部材23と異なると
ころはない旨を主張する
そこで,検討するに,本件明細書には,「この棚形状およびリム形状は,図6のよ
うなタイプのリム形状でも良い。さらに,本実施例では,…リム15の幅を,側部
よりも前方に行くにつれて大きくなるよう構成されている。」(【0015】),「この
棚形状およびリム形状は,図6のようなタイプのリム形状でも良い。本実施例では,
前記棚14を図5の如く,前方部でなくした構成とする。また,図7に示すような
タイプのリム形状で棚14をなくして構成しても良い。」(【0018】),「この棚形
状およびリム形状は,図6のようなタイプのリム形状でも良い。…さらに,本実施
例では,前記棚14には前方部および後方部に,ボウル中央付近を向くように線状
の凸形状を設けた構成とする…。」(【0020】)との記載がある。
しかしながら,本件明細書の【図6】に図示された形態そのままのものが,「オー
バーハング形状」といえるかは,相当な疑義がある上,棚が「ボウル部の前方部で
はボウル部中央に向かって下方に傾斜し」(構成要件D2)との要件を充足したもの
とはいえないから,【図6】は,本件発明1の実施例とは認め難く,これを根拠とし
て本件発明1と甲3発明が同一ということはできない。また,本件発明1のリム部
は,「棚の上方に設けられた」(構成要件B),「棚から上方に向けて内側に張り出す」
(構成要件C)とされているのであるから,洗浄水の流路である棚よりも上方に位
置すべきところ,甲3発明のU字型部材23の内側下方延伸部27は,「便器13か
ら離間されて,便器13のまわりに連続的に伸びるオープンスロット28を形成す
るように天面下方に延び」ている(訳文3頁9~11行目)ものであるから,甲3
の図4も参酌すれば,内側下方延伸部27は,便器13との間でオープンスロット
ル28を形成できるように配置されており,その結果,洗浄水の流路である上部表
面21よりも下方にまで延びているものと理解される。
そうであれば,甲3発明のU字型部材23(U字型部材23全体を指して,上部
表面21の上方にあると表現すること自体は,誤りではない。)が,本件発明1のオ
ーバーハング状のリム部に相当するものであるとはいえない。
原告の上記主張は,採用することができない。
ウ相違点4について
審決は,相違点4として,「洗浄水をボウル全周に導く流路の面が,本件発明1は,
『ボウル内面に沿った棚』であり,『棚は,前記ボウル部の側部では略水平で且つ前
記ボウル部の前方部ではボウル部中央に向かって下方に傾斜』するのに対し,甲3
発明は,そうでない点。」と認定する。
これに対し,原告は,甲3発明は,「前記棚は,前記ボウル部の側部では略水平で」
(構成要件D1)との構成を有する旨を主張する。
しかしながら,上記アのとおり,本件発明1の「ボウル内面」に相当するのは甲
3発明の「便器内面」であり,この部分と,甲3発明のマニフォールド20に囲わ
れた部分とは,領域を異にするものであるから,甲3発明の上部表面21は,「ボウ
ル内面に沿った棚」とはいえない。したがって,審決の相違点4の認定には誤りは
ない。
原告の上記主張は,採用することができない。
エ小括
以上のとおり,取消事由3-1には,理由がない。
(2)取消事由3-2(相違点4´の判断の誤り)について
原告は,本件発明1と甲3発明との相違点を相違点4´であるとするところ,当
該相違点4´が認められないことは前記(1)ウのとおりであるが,原告の主張には,
相違点4が容易に想到できる旨の主張も含まれているといえるから,以下,検討す
る。
甲3発明は,前記1(3)に認定のとおり,洗浄液が便器に接触した状態で流れる距
離を長くすることにより優れた洗浄作用を提供するものであり,「液体がマニフォー
ルド20のまわりで接線方向に流れることから,遠心力は,下方延伸部25に液体
を向かわせる傾向を有するが,液体の幾分かは,マニフォールドの全周にわたって,
スロット28を通じて下方へ向けて流れる。このうち少量の液体は,前方へと進む
速度を有しているから,実質的に角度をもって便器を横切って下方へ向けて流れ,
従来のタイプのマニフォールドからの液体よりも長距離を移動するため,実効的な
クリーニング動作を増加させる」(訳文3頁19~27行目)ものであるところ,図
1も参酌すれば,甲3発明は,便器の特定部分において洗浄水が不足するものであ
るとは認められず,便器前方側において,便器側方側に比して,より洗浄水を流下
しやすくする必要性はない。
そうすると,甲3発明のマニフォールド20に,便器前方部における洗浄水の流
下が少ないことを解決課題とする甲2発明の通水路の構成を採用する動機付けが認
められない。
そうすると,甲3発明に,甲2発明の通水路の構成を適用して,相違点4に係る
本件発明1の構成とすることは,当業者にとって容易であるとは認められない。
以上のとおり,取消事由3-2は,理由がない。
(3)取消事由3-3(本件発明2に係る判断の誤り)
上記(2)に認定判断のとおり,本件発明1の相違点4に係る構成とすることが,当
業者に容易に想到し得たといえないので,本件発明1に更なる構成を付した本件発
明2が,甲3発明と甲2発明から容易に発明することができないことは,明らかで
ある。
したがって,取消事由3-3は,理由がない。
5取消事由4(無効理由1-ウに対する判断の誤り)について
(1)取消事由4-1(相違点の認定の誤り)について
上記3(1)に認定判断のとおり,本件発明1と甲3発明との相違点の認定について,
審決に誤りはない。
したがって,取消事由4-1は,理由がない。
(2)取消事由4-2(相違点4´の判断の誤り)について
前記3(1)に認定判断のとおり,甲1発明には,本件発明1の「棚」に相当する構
成は認められない。そうであれば,甲3発明に甲1発明を組み合わせたとしても,
本件発明1には至らない。したがって,いずれにせよ,本件発明1は,甲3発明と
甲1発明から容易に発明できるものではない。
したがって,取消事由4-2は,理由がない。
(3)取消事由4-3(本件発明3に係る判断の誤り)について
上記(2)に認定判断のとおり,本件発明1が甲3発明と甲1発明から容易に発明で
きたものということができないので,本件発明1に更なる構成を付した本件発明3
が,甲3発明と甲1発明から容易に発明することができないことは,明らかである。
したがって,取消事由4-3は,理由がない。
第6結論
よって,取消事由はすべて理由がなく,原告の請求は理由がないので,これを棄
却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
中村恭
裁判官
中武由紀

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