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平成18年4月28日判決言渡
平成16年(ワ)第812号司法妨害による国家賠償等請求事件
判決
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告らは,原告に対し,各自3000万円及びこれに対する平成14年6月
11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,武器等製造法違反,銃刀砲剣類所持等取締法違反被告事件(名古屋
地方裁判所平成12年(わ)第1092号)(以下「本件刑事事件」という。)
で起訴され実刑判決を受けた原告が,本件刑事事件の公判手続において,自己
に有利な事実を立証するべく情報取得に努めたが,証人として証言をした愛知
県警察(以下「愛知県警」という。)の警察官が,情報提供者を隠蔽するため
組織的に虚偽の証言を行い,検察官が,愛知県警による情報提供者の組織的隠
蔽の情報を裁判に顕出させず,愛知県警警察官の虚偽証言に呼応して,関連事
件の証拠に基づかずに,第1審での論告求刑及び控訴審での答弁を行った結果,
本来,執行猶予判決になるべきところを実刑判決となり,服役することになっ
たとして,これらの警察官や検察官の行為が,司法的救済を受けようとする者
の自己に有利な情報にアクセスする権利を妨害する違法なもの(司法妨害)で
あるとして,愛知県警の警察官である被告A及び同県警に出向していた警察官
被告Bに対し,民法709条,同719条に基づき,被告愛知県及び被告国に
対し,国家賠償法1条,民法719条に基づき,原告が被ったとする損害(休
業損害,慰謝料及び弁護士費用)の賠償及びこれに対する遅延損害金の支払を
求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いがないか証拠上容易に認められる。)
(1)当事者
ア原告は,昭和32年10月14日生まれの男性であるが,平成12年5
月29日,本件刑事事件で起訴され,平成14年3月11日,名古屋地方
裁判所で懲役3年の実刑判決を受けた。原告が,名古屋高等裁判所に控訴
したところ,破棄自判され,懲役2年10月の実刑判決を受けた。原告は,
さらに最高裁判所に上告したが,平成15年5月30日,最高裁判所で上
告棄却され,有罪判決が確定した。
イ被告国は,検察庁法に基づき検察官をして刑事裁判手続等を行わせてい
る。検察官が裁判手続において違法行為をした場合は,損害を受けた者に
対し,国家賠償法第1条に基づいて損害賠償をすべき義務を負っている。
ウ被告愛知県は,地方自治法,警察法に基づいて愛知県警を管理し,愛知
県における警察活動をなさしめている。
エ被告Aは,愛知県警の警察官である。
オ被告Bは,石川県警察の警察官であり,平成12年4月1日から平成1
4年3月31日まで愛知県警に派遣されていた。被告Bは,本件刑事事件
(第1審)において,愛知県警の警察官として証言した。
(2)本件刑事事件の捜査経過
ア捜索の実施と現行犯逮捕
被告A,被告B及びCを含む愛知県警察本部生活安全部銃器対策課(以
下「銃器対策課」という。)警察官14名は,平成12年5月9日午前1
時45分ころ,原告に対する銃砲刀剣類所持等取締法違反被疑事実につい
て発付された捜索差押許可状に基づき,原告方店舗等の捜索を行った。そ
の結果,同日午前2時10分から同日午前3時15分ころまでの間に,手
製筒型けん銃18丁を発見し,同日午前3時20分,原告をけん銃所持の
被疑事実で現行犯逮捕した(甲5,乙ロ1,3)。
イ逮捕から勾留まで
(ア)逮捕当日(平成12年5月9日)
原告は,午前4時04分,愛知県a警察署(以下「a署」という。)
司法警察員へ引致され,取調べの後,午前7時46分,同署留置場へ留
置された(乙イ21,乙ロ1,2)。
(イ)送致当日(平成12年5月10日)
原告は,午前9時00分,本件刑事事件の関係書類とともに名古屋地
方検察庁へ送致された。勾留裁判を経た後,原告は,午後8時15分,
代用監獄a署留置場に勾留された(乙ロ1,2)。
ウ勾留後から公訴提起に至るまで
(ア)捜索差押え及び検証の実施(平成12年5月12日)
銃器対策課警察官らは,原告方店舗兼自宅における捜索差押え及び同
所に対する検証を実施するため,名古屋簡易裁判所に捜索差押許可状及
び検証許可状を請求し,これら許可状の発付を受けた。銃器対策課警察
官らは,午前10時30分から午後3時20分まで,原告方店舗兼自宅
に対して捜索を行い,分解された状態の手製筒型けん銃2丁を発見した
ため,これら手製筒型けん銃2丁を差し押さえた。これに並行して,午
前10時32分から午後3時20分まで,原告方店舗兼自宅に対する検
証が行われた(甲5,乙ロ3ないし5)。
(イ)本件刑事事件における他人の関与について原告の供述要旨
原告は,平成12年5月9日に押収されたけん銃18丁及び同月12
日に押収されたけん銃2丁の計20丁のけん銃(以下「本件けん銃」と
いう。)の製造,所持の事実自体については,逮捕当初から一貫して認
めていた。しかし,本件けん銃の製造,所持の事実以外については,当
初は,人に迷惑がかかるから言えないという供述状況であった(甲5,
乙ロ3)。
原告に対する本件けん銃の製造経緯等の取調べは断続的に行われ,後
に原告は,本件けん銃を暴力団関係者と思われるDのグループに引き渡
していた状況を供述した(乙イ25,26,28,30,31,乙ロ2,
3)。
(ウ)原告の本件けん銃製造に関する供述要旨
原告は,本件けん銃を,原告が自ら注文・購入した部品を使って製造
したこと,作成した筒型けん銃の多くはDのグループに頼まれて作成し
たものであること,Dのグループに引き渡した本件けん銃の一部ないし
全部が宅配便で送り返され,原告方店舗にそれらけん銃を保管していた
ことなどを供述した(甲5,6,乙イ24ないし31)。
(エ)原告の故意に関する供述要旨
原告は,ガンマニアとして銃の構造等に精通し,発射機能を有する本
件けん銃を製造・所持していたなどと供述した(甲5,乙イ21ないし
27,29ないし31)。
(オ)被告Aの入院
なお,被告Aは,痔瘻により平成12年5月18日から同年6月9日
まで,入院していた。この間,被告Aは,本件刑事事件の捜査に従事し
ていなかった(乙ロ11)。
(3)本件刑事事件の第1審の公判経過
ア公訴の提起
原告は,平成12年5月29日,本件けん銃の製造及び所持の事実につ
いて,銃砲刀剣類所持等取締法違反及び武器等製造法違反の罪により,名
古屋地方裁判所に起訴された(甲1)。
イ第1回公判期日(平成12年7月10日)
(ア)被告事件に対する陳述として,弁護人G(以下単に「弁護人」とい
う。)は,「検察官の主張する手製筒型拳銃は,いずれも発射機能を有
するとは認めることができず,その点から被告人は無罪である」,「本
件は,捜査手続に違法の疑いがあり,憲法31条の適正手続条項違反と
なる可能性があるから,公訴権濫用の有無が問題となる主張である」な
どと述べ,原告は,意見を留保した(甲7,乙イ1)。
(イ)検察官の冒頭陳述の後,弁護人は,その冒頭陳述において,「暴力
団組織が捜査当局との間の取引の材料として,本件手製拳銃モドキを製
造し,取引に使うまでの間被告人宅を倉庫として利用したのではないか。
被告人が本件拳銃モドキを廃棄するとの情報を得た暴力団組織が,急遽
その取引の材料としての利用に踏み切ったのではないか。捜査当局がこ
のような暴力団組織の意向を暗に承知していた可能性があり得るのでは
ないか。仮にそのような事実が存在する場合には,本件の公訴提起は憲
法31条の適正手続条項の問題として吟味すべき問題となるのではない
か。」などと述べた(甲7,乙イ1)。
(ウ)検察官は,関係証拠の証拠調べ請求をし,裁判所は,弁護人の証拠
とすることに同意のあった書証について採用し,取り調べた。検察官は,
不同意部分の立証に関し,被告Bらの証人尋問を請求した(乙イ1,1
6)。
(エ)裁判所は,被告Bの証人尋問を採用し,次回実施の予定となった
(乙イ1,16)。
ウ第2回公判期日(平成12年7月24日)まで
(ア)弁護人は,同年7月13日,被告Bの証人尋問を請求し,裁判所は,
同月17日,採用した。検察官は,同月19日,銃器対策課警部補Cの
証人尋問を請求した(乙イ16)。
(イ)第2回公判期日において,被告Bの証人尋問が実施された(乙イ2,
16)。
被告Bは,弁護人からの質問に対し,石川県警察から愛知県警に出向
中であること,平成12年5月8日夕方ころ,被告Aに呼び出され,原
告方の捜索を知り,同月9日未明からの原告宅の捜索に関わったことな
どを証言した(乙ロ6)。
(ウ)裁判所は,第2回公判期日において,Cの証人尋問を採用した。
エ第3回公判期日(平成12年9月13日)まで
(ア)弁護人は,同年8月1日,Cの証人尋問を請求し,裁判所は,同月
2日,採用した(乙イ16)。
(イ)第3回公判期日において,Cの証人尋問が実施された(乙イ2,1
6)。
Cは,平成12年5月9日に行われた原告方の捜索状況を証言した。
さらに,弁護人からの質問に対し,原告が捜査段階においてDについて
供述した経緯として,同月11日,Cが原告を取り調べていたところ,
被告Aが,取調室に入ってきて,原告に「今回ははげEじゃないのか」
などと本件けん銃と「はげE」なる男との関連を質問したところ,その
場では原告は否定したものの,後になって,原告が「D」に頼まれて本
件けん銃を作ったことを供述するようになった,「D」については現在
捜査中であるなどと証言した(乙ロ3)。
オ第5回公判期日(平成12年11月29日)
(ア)検察官は,「はげE」なる男の人定事項,受刑期間,刑務所等につ
いて,必要に応じて開示する旨釈明した(乙イ5)。
(イ)検察官は,原告の供述調書等の証拠調べ請求をし,裁判所は,弁護
人の証拠とすることに同意のあった範囲で採用し,取り調べた(乙イ5,
16)。
(ウ)原告に対する被告人質問(1回目)が実施された(乙イ5,16)。
原告は,「はげE」と「D」が同一人物であることを前提に,平成9
年秋ころ,Dの妻F’から,間もなくDが逮捕されるから筒型けん銃が
欲しいなどと言われたこと,平成10年2月前半ころ,F’に対し,五,
六丁の筒型けん銃を渡したこと,F’から原告に筒型けん銃が送り返さ
れてきたことがあったこと,DないしF’に渡した筒型けん銃は,愛知
県警への「提出用」「お土産」と認識していたこと,平成12年5月8
日午後8時以降に,F’から原告宅に電話があったこと,原告はその電
話の際,F’に対し,送り返されてきた筒型けん銃を処分するなどと告
げたこと,などを供述した(甲30)。
カ第8回公判期日(平成13年3月12日)
(ア)検察官は,Dの写真を含む写真帳,Dの前科調書等を証拠調べ請求
し,弁護人が証拠とすることに同意したため,裁判所は,採用し,取り
調べた(甲34,乙イ8,16)。
(イ)原告に対する被告人質問(3回目)が実施された(乙イ8,16)。
原告は,平成9年6月19日過ぎころ,F’から荷物が届いたこと,
原告の本件刑事事件に関して,DがF’に指示をして愛知県警と何らか
の取引をしたと思っていること,Dが銃を愛知県警に提出することによ
って,何らかの手心を加えてもらったことがあったのではないかと思っ
ていること,F’からけん銃が最終的に戻ってきたのは同年11月前後
ころであること,F’からけん銃を実際にお土産用として使ったのかど
うかは聞いていないこと,F’とDは連絡を取り合っていたのではない
かと思っていること,などを供述した(乙イ32)。
キ第9回公判期日(平成13年4月25日)
弁護人は,Dの証人尋問を請求し,検察官は,必要なしとの意見を述べ
た(乙イ9,16)。
ク第10回公判期日(平成13年6月20日)まで
(ア)弁護人は,平成13年4月28日,公訴棄却を申し立てた(乙イ1
0)。
公訴棄却申立ての概要は,「Dに捜査の手を及ぼさないとの密約が」
愛知県警と「Dもしくはその関係者となされた上で,本件銃の所在に関
する情報が警察に提供されたとみなすのが,最も自然な経過であ」り,
「被告人のみに公訴の提起をなすことは,結果として偏向した公訴の提
起であり,」「本件公訴提起は,憲法第31条に違反する結果,刑事訴
訟法第338条4号に該当するので,公訴棄却の判決を求める」という
ものであった(甲8)。
(イ)裁判所は,同年6月13日,Dの証人尋問の請求を却下した(乙イ
16)。
(ウ)第10回公判期日において,弁護人は,再度,Dの証人尋問を請求
した(乙イ10,16)。
ケ第11回公判期日(平成13年9月3日)まで
(ア)裁判所は,平成13年8月28日,Dの証人尋問の請求を却下した
(乙イ16)。
(イ)第11回公判期日において,検察官は,Dが出所後身柄拘束された
事実について承知しておらず,愛知県警からの情報も得ていない旨釈明
した(乙イ11)。
(ウ)弁護人は,鳥取地方裁判所o支部で係属中のFに対する覚せい剤取
締法違反被告事件の公判提出記録及び捜査記録並びにDの捜査記録の開
示命令を発する職権発動の申立てをした。検察官は,開示に応じる予定
はないと述べ,裁判所は,職権発動しない決定をした。これに対し,弁
護人が異議を申し立てたが,裁判所は異議申立てを棄却した(乙イ1
1)。
(エ)弁護人は,Fの証人尋問を請求したが,裁判所は,これを却下した
(乙イ11,16)。
コ第12回公判期日(平成13年10月10日)
弁護人は,Fが公判係属中であることについての回答書の証拠調べ請求
をし,裁判所は,検察官が証拠とすることに同意したので,採用し,取り
調べた(乙イ12,16)。
サ第13回公判期日(平成13年11月5日)
(ア)弁護人は,再度,Fの証人尋問を請求したが,裁判所は,却下した
(乙イ13,16)。
(イ)検察官の論告がなされた(乙イ13)。
論告要旨には,逮捕手続の適法性について,「Eは,覚せい剤取締法
違反により,平成9年12月に判決を受け,被告人が逮捕された直後の
同12年5月10日に仮出獄となったもので,その間,警察官が,Eと
不当な取引をしたという事実は全く認められない」,「Dが警察官と取
引をしたとする具体的な根拠もないなど,弁護人の主張は,余りにも不
合理であることからも,その主張は失当であることは明らかである」な
どと記載されている(甲3)。
シ第14回公判期日(平成13年12月5日)
(ア)弁護人は,Fに対するDの面会の有無に関する照会回答書の証拠調
べを請求し,裁判所は,検察官が証拠とすることに同意したので,採用
し,取り調べた(乙イ14,16)。
(イ)弁護人による弁論がなされた(乙イ14)。
ス第15回公判期日(平成14年3月11日)
第1審裁判所は,原告に懲役3年の実刑判決を言い渡した(甲5,乙イ
15)。
第1審判決書には,「警察がEないしその関係者から本件に関係する情
報を入手した可能性も窺われる」,「本件けん銃の製造についてのEの関
与に関する捜査の進展状況には不明な点もある」,「Eと警察のなれ合い
により,Eに対して捜査をしないとの密約の下に,Eが本件けん銃を提供
し,警察が被告人方で本件けん銃を発見,押収したとか,ひいては,この
ような目的の下に,Eが被告人を利用して本件けん銃を製造したというこ
とが直ちに疑われるとはいえないし,まして,このEの企みに警察が関与
していることを疑うに足りる事情はない」,「捜査の違法,ひいては,公
訴提起の違法をいう弁護人の主張は,あくまでもその前提について推測の
域を出ない」などと記載されている(甲5)。
(4)本件刑事事件の控訴審の公判経過
ア上記第1審判決を不服として,原告は,名古屋高等裁判所に控訴した。
弁護人は,控訴の趣意として,「少なくとも愛知県警察当局が,ハゲE
やハゲEの妻をいかにかばい,本件Hの銃の事件から関係ないとして排除
しようとしていたか,遠避けようとしていたかは明白である」などとし,
「訴訟手続の法令違反(審理不尽)」などを主張した(甲9)。
検察官は,これに対して,「弁護人の控訴趣意は,本件捜査には憲法第
31条に違反する重大な違法がある疑いがあり,これが明らかとなれば本
件公訴提起を無効ならしめるのに,この点の審理を尽くさなかった原判決
には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続の法令違反があり,」「被告人は愛
知県警に対する情報提供者の立場にある暴力団員に乗ぜられて本件に至っ
た事情があるのに,被告人を懲役3年の実刑に処した原判決の量刑は重す
ぎて不当であるとするものであるが,いずれも理由はなく,本件控訴は棄
却されるべきである」,「訴訟手続の法令違反について」「論旨は,本件
捜査手続が違法であるというに尽き,それ自体控訴理由には当てはまらず,
理由がない」などと答弁した(甲4)。
イ控訴審裁判所は,原判決を破棄し,被告人を懲役2年10月に処した
(甲6)。
控訴審判決書には,「本件全証拠を子細に検討しても,弁護人の上記主
張のような疑いを抱かせるに足りる事情は見当たらず,結局のところ,弁
護人の主張は,いずれも単なる推測の域を出ないというほかないことは,
原判決が」「適切に指摘するとおりであり,原判決に所論のような違法は
ない」,「前述したように,弁護人の主張は,その前提事実において推測
の域を出ないというほかないものであるから,その主張に関する弁護人の
証拠請求の一部を採用し,その余を却下した原審の措置に,所論のような
訴訟手続の法令違反はない」などと記載されている(甲6)。
(5)本件刑事事件の上告審の公判経過
上記控訴審判決を不服として,原告は,最高裁判所に上告した。
最高裁判所は,「弁護人Gの上告趣意は,違憲をいう点を含め,実質は単
なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑事訴訟法405条の上告理由に
当たらない」として,上告を棄却した(甲2)。
2争点
(1)本訴訟の適法性
(2)被告らによる司法妨害があったか。
アD又はFと愛知県警の間に癒着があったか。
イ被告Bが本件刑事事件(第1審)において偽証をしたか。
ウ検察官の違法行為の存否
(3)損害
3争点に関する当事者の主張
(1)本訴訟の適法性(争点(1)について)
(被告愛知県,被告A及び被告Bの主張)
ア原告の主張は,既に刑事訴訟手続において審理が完結しているにもかか
わらず,別訴である民事訴訟手続において再度紛争を繰り返すことによっ
て,確定した刑事判決の当否についての審理・判断を求めるものにほかな
らず,主張自体失当である。
イそもそも,刑事事件の確定判決の正当性を否定するためには,刑事訴訟
手続によらなければならない。そして,被告Bが偽証罪で有罪判決を受け
ている事実はなく,民事訴訟たる本訴訟において,本件刑事事件の確定判
決の不当性を申し立てることは,刑事裁判手続における証拠の評価等につ
いての紛争を繰り返すものであって許されない。
ウ原告は,被告Bの証言により自己に有利な証人による立証の機会を妨害
されたなどと主張する。しかし,証人の採否については,本件刑事事件に
おいて既に裁判所の判断が示されているところであり,原告は,被告Bの
証言が虚偽であるということを理由に自己に有利な証人尋問請求が採用さ
れなかったと主張しているにすぎない。これは,刑事事件の蒸し返しの最
たるものである。
(被告国の主張)
ア本訴訟における原告の主張は,検察官の違法行為が特定されておらず,
主張自体失当である。
イこの点について,原告は,検察官の違法行為が具体的に特定されていな
くてもよいと主張する。しかし,原告指摘の最高裁判決は,一連の行為を
組成する各行為のいずれもが国又は同一の公共団体の公務員の職務上の行
為にあたる場合に限って,個別具体的な公務員の違法行為が特定されなく
てもよいとするものである。本件では,被告Bは愛知県の公務員,検察官
は国の公務員であるから,原告は,個別具体的な検察官の違法行為を特定
し,主張立証すべきである。
ウそして,原告が被告Bの証言に関する検察官の違法行為として主張する
内容は曖昧であり,具体的に特定されていない。
すなわち,原告は,一方で,検察官が被告Bに対し,証人尋問前の事前
準備において,事実を確認しDの存在を明らかにするよう助言すべき義務
があるのに,それをしなかった不作為が違法行為であると主張しながら,
他方では,被告Bの証言は,検察官の事前準備・指導の結果と考えられる
から,被告Bら警察官らと検察官に共謀が認められ,故意による違法行為
であるとも主張している。
原告の上記2つの主張は論理的に両立し得ない。前者の主張では,検察
官は,被告Bが真実はDを知っていたことを認識していなかったことにな
るが,後者の主張では,検察官は,被告Bが真実はDを知っていたことを
認識していたことになるからである。
このように,原告が,検察官の具体的違法行為として両立し得ない事実
を主張していることは,検察官の違法行為を具体的に特定できないものと
評価するほかない。このように,原告が検察官の違法行為を具体的に特定
できないこと自体,原告の主張が憶測に基づくものに過ぎないことの証左
であり,主張自体失当というべきである。
(原告の主張)
ア本訴訟が本件刑事事件の蒸し返しではないこと
本訴訟は,犯罪事実を否認し,真実は無罪であるにもかかわらず,刑事
処罰されたから,被告らの行為は不法行為を構成すると主張するものでは
ない。また,犯罪事実に関する証拠の評価すなわち証拠の信用性の紛争を
繰り返すものではない。
本訴訟は,本件刑事事件の確定判決を否定するものではなく,司法妨害
の損害賠償を請求するものである。
イ被告国の違法行為の特定について
国家賠償請求(国家賠償法1条1項)においては,国に責任があること
を主張立証すれば足り,違法行為の特定は不要である。
「国又は公共団体の公務員による一連の職務上の行為の過程において他
人に被害を生ぜしめた場合において,それが具体的にどの公務員のどのよ
うな違法行為によるものであるかを特定することができなくても,右の一
連の行為のうちのいずれかに行為者の故意又は過失による違法行為があっ
たのでなければ右の被害が生ずることはなかったであろうと認められ,か
つ,それがどの行為であるにせよこれによる被害につき行為者の属する国
又は公共団体が法律上賠償の責任を負うべき関係が存在するときは,国又
は公共団体は,加害行為不特定の故をもって国家賠償法又は民法上の損害
賠償責任を免れることができない」(最高裁昭和57年4月1日第1小法
廷判決・民集36巻4号519頁)。
上記判例の趣旨は,一連の公務につき民間が介在する場合を含まないと
する趣旨である。本件のごとく,捜査公判に関与した検察官や捜査に関与
した司法警察職員のみによる一連の行為の場合には,個別の公務員の過失
の認定までも必要ない。
(2)被告らによる司法妨害があったかについて(争点(2)について)
(原告の主張)
ア本件けん銃の押収の経緯
原告は,暴力団関係者である通称「はげE」ことDに依頼されて本件け
ん銃を製造した。原告方店舗等に対する上記捜索は,警察がEの妻である
Fから情報を得て行った。
(ア)Dは,愛知県警に情報を提供し,おとり捜査に協力していた。Dは
その旨供述しており(甲13,14,16の2),岐阜県警察の警察官
で愛知県警にも出向したことのあるQも,Dが警察の協力者であったこ
とを否定せず,愛知県警の協力者と証言した(甲16の1,3,4)。
DはFに対し,本件刑事事件の事実についても,情報提供,おとり捜査
を示唆する手紙を書いている(甲12)。
(イ)本件けん銃の一部が入れられていたダンボール箱は,Dの妻である
Fが原告に送ったものであった。同ダンボールに貼付されていた宅急便
伝票(甲17)は,Fが書いたものである。
原告は,愛知県警から原告方店舗等の捜索を受ける直前の平成12年
5月8日午後8時以降の夜,Fからの電話を受けた。その際,Fから,
Dが同月10日に刑務所を仮出獄する旨を告げられ,原告は,従前Fが
送り返してきていたけん銃を処分する旨告げた。
Dが以前から愛知県警の情報提供者であったという事実を考慮すれば,
Fは,自らがDの妻であることを名乗り,Dからの情報であることを明
言した上で,本件けん銃が原告方店舗に存在していることを愛知県警に
通報したのである。
2個班にもわたる多数の警察官の動員をかけて,夕刻から深夜にかけ
て捜索差押えに入る準備をするということは,通常あり得ず,その捜査
体制の規模からすれば,極めて確度の高い信頼できる情報が愛知県警に
もたらされていた。このような大規模な捜査体制をもたらした情報提供
者は,原告がある特定の時点でけん銃を所持していたことを知る立場に
あったFしかいない。
(ウ)原告が本件けん銃を製造した経緯について供述したにもかかわらず,
Dに対する本件けん銃に関する捜査が適正に行われたとは思えないこと
などに鑑みて,Dと愛知県警とのなれ合いにより,Dに対して捜査をし
ないとの密約の下,Dが本件けん銃を愛知県警に提供し,愛知県警が原
告方店舗で本件けん銃を発見,押収した。ひいては,このような目的の
下に,Dが原告を利用して本件けん銃を製造した。
イ被告AがDを知っていたこと
(ア)被告Aは,本件刑事事件の捜査当時,覚せい剤やけん銃の密売をし
ていたという名古屋市a区在住の通称「はげE」という男を知っていた。
(イ)「はげE」とDは同一人物である。
原告は,本件刑事事件の取調べの当初から「E」の名前を出していた。
被告愛知県は,「E」の年齢等が分からなかったから,Dを特定できな
かった旨主張する。しかし,愛知県警が把握していた中で,原告にけん
銃の製造を依頼した容疑のあった人物中「E」の姓の者は,Dしかいな
かった(甲34)。このことは「はげE」がDであることを証明してい
る。
また,Dの風貌,前科等から,「はげE」とDが同一人物であること
は明白である。
(ウ)「はげE」とDが同一人物であることから,被告Aは,Dがa区に
住んでいたことを知っていた。
すなわち,被告Aは最近のDのことを知っていた。本件刑事事件の捜
査情報をD又はFから入手したこと,原告がD又はFからけん銃の製造
を依頼されていたことを知っていたのである。
(エ)被告Aは,20年くらい前に「はげE」の名を聞いた旨の供述をす
る。しかし,「はげE」ことDがa区に住んでいたのは,平成7年以降
である。また,20年くらい前に聞いた人物の名を,平成12年5月の
原告に対する最初の取調べの時に言うのは不自然である。
したがって,被告Aの上記供述は事実に反する。
ウ被告BがDを知っていたこと
被告Bは,Dを知っていた。
被告Aは,Dのことを,直属の部下ではないCに告げた。とすれば,こ
れから捜査を担当する直属の部下である被告Bに対し,Dのことを告げた
と合理的に推認できる。被告Bには告げなかったとする被告Aの供述は,
不自然で信用できない。
エDの特定が遅れたこと
原告は,平成12年5月の取調べの当初から「E」の名前を出していた
のであるから,当初からDの特定は可能であった。
しかるに,Dを特定したのは,本件刑事事件における被告Bの証人尋問
(平成12年7月24日実施)後の平成13年1月29日である。
これは,愛知県警が当初からDがはげEであることを知りながら,Dの
特定を故意に遅らせたものであり,愛知県警が情報提供者であるDの存在
を隠蔽しようとしたことの証左である。
オ被告Bの本件刑事事件での証言について
被告Bは,Dを知っていたが,本件刑事事件の証人尋問において,それ
に反する証言をした。
(ア)被告Aは原告に対する取調べの際に「今回の件ははげEじゃないの
か。」と質問しており,その後,原告が「E」について供述し,Cらが
捜査会議でEについて検討した。とすれば,捜査担当者の被告Bに「は
げE」について伝えなかったというのは不自然である。被告Bの「はげ
E」という言葉を知らない旨の証言は信用できない。
(イ)原告の供述調書にはDのことが記載されており,被告BがDのこと
を知り得なかったはずはない。
(ウ)被告Aが,本件刑事事件において被告Bに対する証人尋問の際に,
これを傍聴したことは,被告BがDを知っていた証拠である。
被告Aは,平成12年5月17日以後,本件刑事事件の捜査に従事し
ていない旨供述する。被告Aが本件刑事事件における被告Bの証人尋問
を傍聴したのは,勤務時間中なので,被告愛知県の業務である。刑事事
件の傍聴なので,自己の捜査との関連業務として,傍聴したのである。
被告Aが捜査に従事したのは最初だけで,具体的には,原告の取調べで
「はげE」の言葉を告げただけである。したがって,被告Aが被告Bの
証人尋問が実施される公判期日を傍聴したのは,被告Aが「はげE」の
言葉を出したこととの関連である。当日,被告Bの証人尋問があったの
で,被告Bの証言が「はげE」と関連することが推認される。すなわち,
被告Aは,被告Bの証人尋問の前に「はげE」のことを証言しないよう
に被告Bと打合せをし,被告Bの証人尋問を傍聴することで被告Bが
「はげE」について証言しないように監督したと推認される。
(エ)原告は,Cから「はげE」に関する質問に答えてはいけないと言わ
れた。被告愛知県は,組織的に「はげE」隠しをしており,被告Bの
「はげE」を知らない旨の証言もその一環である。
(オ)Fが原告に送り返してきた上記ダンボール箱が発送された場所は,
Fの住所に近い。
同ダンボール箱が発送された場所について,被告Aは,Fの住所に近
いことの捜査はした旨の供述をしている。それにもかかわらず,Fに関
する捜査結果は本件刑事事件に現れなかった。これは,被告愛知県が,
組織的にD及びFを隠した証拠である。
カ被告愛知県,被告A及び被告Bの違法行為
(ア)被告愛知県,被告A及び被告Bは,平成13年3月12日の本件刑
事事件第8回公判期日(第1審)まで,D及びFを本件刑事事件に現さ
ず,上記両名を隠し,おとり捜査を隠した。この行為が司法妨害にあた
り,違法な行為である。被告愛知県,被告A及び被告Bには,この違法
行為について故意又は過失があった。
(イ)具体的には,①Cが原告に対し「はげE」に関する質問に答えては
いけないと言ったこと,②上記ダンボール箱が発送された場所がFの住
所に近いとの捜査結果を裁判に現さなかったこと,③被告Aが,Dのa
区居住の事実及び最近のDのことを知っていたにもかかわらず,20年
前の「はげE」しか知らないと供述したこと,④被告Aが,被告Bと
「はげE」のことを証言しないように打合せをした上,本件刑事事件の
公判期日を傍聴し,被告Bが「はげE」について証言しないように監督
することで,Dのことが裁判上に現れることを妨害したこと,⑤被告B
が,「はげE」について証言しなかったこと,⑥平成13年1月29日
まで,Dを特定しなかったこと,の各行為が,被告愛知県,被告A及び
被告Bの違法行為である。
(ウ)以上の司法妨害にあたる行為は,少なくとも被告Aやその他の幹部
警察官と,証人として虚偽の証言をした被告Bによって,組織的になさ
れたものである。よって,愛知愛知県は,国家賠償法により,当該司法
妨害により生じた損害を賠償する責任がある。
被告A及び被告Bは,いずれも警察官として,上記司法妨害行為が不
法行為であることは十分承知していた。よって,被告A及び被告Bは,
民法709条及び同719条により,原告が被った損害を賠償する責任
がある。
キ被告国の違法行為
(ア)検察官は,警察の違法行為を遮断する義務を負い,本件刑事事件に
関連するおとり捜査隠しを遮断すべきであったし,「公益の代表者」
(検察庁法4条)として「事案の真相を明らかに」(刑事訴訟法1条)
する義務がある。検察官は,おとり捜査が裁判上露見するように務める
べきであった。第1審の論告及び控訴審の答弁においては,無罪又は執
行猶予を主張すべきであった。
(イ)検察官は被告Bに対し,Dの存在を証言上明らかにするよう助言し,
Dの存在を証言させる義務があるのに,証人尋問の前に被告Bと「はげ
E」のことを証言しないように打合せをし,被告Bに「はげE」のこと
を証言させなかった。
(ウ)さらに,甲10ないし14の情報を,本件刑事事件の証拠として請
求しなかった。甲12の「Hの件でも絶対にお前に来たはずがサツはや
らなかったし俺にも手も足も出さんぞ!!」の記載は,被告愛知県が組
織的にD及びFを隠した証拠であり,原告の名が出ている以上,検察官
には上記情報を本件刑事事件の証拠として請求する職務上の義務があっ
た。
(エ)検察官は,弁護人のDの証人尋問請求に対し「必要なし」との意見
を述べた。これも,警察の違法なD隠しを遮断し,Dの存在を裁判上露
見するよう務めるべき義務に反する。
(オ)検察官は,本件刑事事件第1審において,「Dが警察官と取引をし
たとする具体的根拠もないなど,弁護人の主張は,余りにも不合理であ
ることからも,その主張の失当であることは明らかである」などと公益
に反する論告を行った。
また,検察官は,本件刑事事件控訴審において,弁護人のDの証人尋
問請求に対し「必要なし」との意見を述べ,「被告人を懲役3年の実刑
に処した原判決の量刑は重すぎて不当であるとするものであるが,いず
れも理由はなく,本件控訴は棄却されるべきである」などと公益に反す
る答弁を行った。
(カ)検察官の上記行為のほか,司法妨害の全体の行為が,職務上の義務
を怠ったもので違法であり,これについて検察官には故意又は過失があ
る。
(キ)よって,被告国は,国家賠償法により,原告の被った損害を賠償す
る責任がある。
(被告愛知県,被告A及び被告Bの主張)
ア本件刑事事件の捜査が適正に行われたこと
(ア)本件けん銃の押収に関する原告の主張
原告は,愛知県警とDとの間に癒着があり,愛知県警がD又はFから
得た情報により本件けん銃を押収したかのように主張・供述する。しか
し,その全てが推測の域を出ないものであって,証拠に基づかないもの
であることは明白であるから,原告の主張は邪推に他ならない。
(イ)愛知県警とDとの間に癒着がないこと
aDは,平成9年2月,愛知県警に銃砲刀剣類所持等取締法違反容疑
で逮捕され,同年3月には,愛知県警に覚せい剤取締法違反容疑で逮
捕された。同人は,覚せい剤取締法違反被告事件で実刑判決を受け,
鳥取刑務所に服役し,平成12年5月10日,仮出獄した(甲13,
乙ロ7)。
Fは,平成12年5月8日,愛知県警に覚せい剤取締法違反(営利
目的譲渡)容疑で逮捕され,同月中には,愛知県警に同法違反(使
用)容疑で逮捕された。その後,覚せい剤使用の事実で起訴され,有
罪判決を受けた(甲10,乙ロ8,9)。
bこのように,本件刑事事件当時,Dは服役中であり,愛知県警がD
と癒着の関係にあることは不可能である。
また,Fを介してDと密約を交わしたりして癒着する方法もあるか
もしれないが,Fが覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)容疑で逮捕
された時には,覚せい剤使用事実の嫌疑も存在し,本人が任意の検査
を拒んだことから,愛知県警は身体検査令状に基づく身体検査,捜索
差押許可状に基づく強制採尿の手続を経て,Fを同法違反(使用)容
疑で逮捕したという経緯からすれば,DもしくはFと愛知県警との間
には何ら密約などは存在せず,癒着もなかったことは明らかである。
(ウ)本件刑事事件がDの協力によるおとり捜査ではないこと
a原告は,本件刑事事件がおとり捜査によるものであると主張するが,
原告がその主張の拠り所とするDからFへの信書(甲12)及びDの
供述調書(甲13)は,その内容に信憑性がなく,おとり捜査である
とする根拠にはなり得ない。
すなわち,上記書証はDの言動に由来するものであるが,当該言動
の内容の真実性については,何一つとして具体的に立証されていない。
おとり捜査口止め料についていえば,その振込事実も立証されていな
いし,その金額の大きさからしても,信憑性はない。
bまた,原告の主張するFが受け取っていたとする月50万円の入金
についても,それは,何者かにかかる何らかの犯罪事実を愛知県警に
申告しないことの対価として,その何者かからFが受け取っていた金
員のことである。「愛知県警のおとり捜査の口止め料として逮捕後に
つき50万円を支払うという約束」は全くの虚偽である。
Dは,岐阜県警察のおとり捜査に関与したかのような供述をしてい
るが,岐阜県警察は強くこれを否定し,岐阜地方裁判所の判決もDの
刑事事件においておとり捜査との主張を退けている(乙ロ12の1な
いし3)。
(エ)本件けん銃の押収がDからの情報に基づくものではないこと
a本件刑事事件の捜査の端緒は,Fから提供された情報ではなく,D
からの情報により捜査を開始したものでもない。具体的な捜査の端緒
については,捜査上の秘密であり,明記することによって今後の捜査
に多大な影響を与えることは明白であるから,明言できない。しかし,
そもそもD及びFと愛知県警との間に密約も癒着もないのであるから,
情報提供者がFであるはずはない。
b原告の逮捕が平成12年5月9日であり,Fよりも後に逮捕された
事実から,Fの供述に基づき本件刑事事件に着手したと考えることは,
理論的には可能である。
しかし,現実には,Fに対する事件着手が同月8日午後3時04分
であり,その後,同月9日午前2時59分にかけて,所定の捜査(身
体検査,強制採尿)を遂行した。
本件刑事事件の着手が同日午前1時45分であることと原告が主張
するような大規模な捜査体制を整える時間等を併せ考えた場合,Fか
ら情報提供を受け本件刑事事件の捜査に着手することは不可能である。
cまた,平成12年5月,覚せい剤取締法違反容疑で勾留中のFがD
に関係する弁護士との接見を避けていたこと,同時期ころにFがDに
対して不信感を抱いていたこと,FがDとの離婚を決意していたこと
(甲13,14)からして,Dが,Fを通じて,本件けん銃に関する
情報を愛知県警に通報したとすることが可能であるような状況ではな
かった。
(オ)原告のDについての供述時期
原告がDに関する供述をし始めたのは,平成12年5月11日以降で
ある。
原告は,同月9日未明の逮捕以後,同日中は,鑑識資料採取のため午
後2時00分から15分間留置場を出場したのみで,ほかに同日中の出
場記録はなく,翌10日も,名古屋地方検察庁への送致,名古屋地方裁
判所での勾留裁判を経て,代用監獄a署留置場に勾留されたのであり,
それ以外の出場記録はない。原告が留置された後,Dが仮出獄になる同
月10日以前に,原告を取り調べた事実はない。
ただし,原告を逮捕し留置する前に取調べをした事実はある。しかし,
この取調べは,名古屋地方検察庁に事件を送致するために逮捕事実を中
心に行われたものであり,この取調べにおいては,Dの名前は一切出な
かった(甲5,乙ロ1ないし3,13,被告A)。
他方,Cが原告の取調べを行ったのは,同月11日以降のことである。
Cは,同月10日まで,本件刑事事件の押収資料の整理や捜索差押調書
の作成等に忙殺されており,原告の取調べを行う余裕はなかった。
(カ)被告Bの証言が真実であること
a被告Bの証言目的
被告Bは,検察官の請求により,検証調書の作成者として,証人出
廷した。検察官の請求にかかる被告Bの証人尋問の目的は,刑事訴訟
法321条3項に基づく検証調書の証拠能力に関する立証のためであ
った。
被告Bは,検察官から検証調書の作成経過及び記載に関する尋問を
受けた後,弁護人からの本件刑事事件の捜査に従事した状況等の尋問
を受け,それに対して証言した。すなわち,被告Bは,弁護人からの
唐突とも思えるDに関する尋問を受け,自己の知っていることを証言
したものであって,何ら虚偽の証言をしていない。
なお,被告Bは,平成12年4月1日に,石川県警察から愛知県警
に出向してきた者であり,本件刑事事件の捜査に従事したのは,出向
後わずか40日余りのことであった。被告Bは,本件刑事事件の当時,
愛知県内の暴力団関係者や麻薬・銃器の密売人等について,名前すら
知らない状況であった。また,被告Bは,本件刑事事件の捜査が,銃
器捜査そのものの初めての経験であり,検証調書の作成も,本件刑事
事件で初めて任されたものであった。
b被告Bが「E」を知り得なかったこと
本件刑事事件の捜査会議の中で,Dに関する事項が検討されている
ことが窺われる(乙ロ3)。
しかし,被告Bは,捜査会議で初めて「E」という名前が出た同月
11日午後から,検証及び捜索差押許可状を請求するために名古屋簡
易裁判所に出向き,a署へ帰署した後は,翌日行われる検証の準備を
していた。このような被告Bには,原告と被告A及びCのEに関する
やりとりについて知り得る状況にはなかった。
また,同日の捜査会議で「E」の名前が挙がっているが,愛知県内
のけん銃等の密売人に関する情報に疎かった被告Bが,「D」という
名前を聞いてすぐに「はげE」を想像することは不可能である。さら
に,被告Bは,同月12日から同月19日までの間,同月12日に行
われた検証について,初めて扱う検証調書の作成に専念していた。そ
の間に,被告BがDに関する情報を知ることはなかった。検証調書作
成後,被告Bは,裏付け捜査に従事していたことからEという名前を
知る機会はあったかもしれないが,結果としてDの特定がなされてい
ないことから,「はげE」という人物の存在を全く知らなかった。
c被告Bの証言が真実であること
原告がその取調べにおいて「E」について供述しているからといっ
て,「はげE」が直ちに本件刑事事件に関与していると判断するのは
早計である。Dがけん銃等の密売人として有名であるが故に,銃器対
策課としては,その関連についての捜査は慎重に行う必要があった。
すなわち,原告が有名人の名を騙り真実を隠蔽している可能性があ
ったわけである。だからこそ,当時の捜査方針どおり,まず,原告に
対する本件けん銃の製造及び所持の容疑をしっかり固める必要性があ
った。原告に対する本件けん銃の製造及び所持の容疑が固まった後の,
原告にかかる本件けん銃の譲渡容疑について捜査を行う段階において
は,Dに対する捜査の必要が生じることとなるが,Dに対する捜査に
ついては,原告にかかる本件けん銃譲渡との関連性を明確にするため
にも,譲渡先について原告から具体的な供述を得る必要があった。
結果として,原告とDとの間に介在する人物の特定について,原告
の供述が曖昧であったため,供述調書にはDに関する状況が記載され
るまでには至らなかった。
このような経緯から,弁護人の「『はげE』という言葉を知りませ
んか。」という質問に対して,被告Bが「知りません。」と答えたの
は,真実の証言なのである。
(キ)本件刑事事件における被告Aの任務
a被告Aは,平成12年5月9日の原告方店舗等に対する捜索差押え
の現場責任者として従事した。しかし,本件刑事事件の捜査主任官は
当初から銃器対策課警部Iであった。被告Aは,同年5月18日に痔
瘻の検査を受け,同月19日から同年6月9日まで,痔瘻治療のため
入院していた。ゆえに,被告Aは,同年5月18日以降,本件刑事事
件の捜査に従事していない(乙ロ11)。
また,取調べの結果は,取調べ担当官から捜査主任官であるIへと
報告がなされ,その報告結果に基づき,Iから各捜査官へ指示がなさ
れた。被告Bは,上記検証調書作成後,Iの指示を受けて,原告供述
の裏付け捜査に従事していた(乙ロ6)。本件刑事事件は,捜査主任
官であるIの指示のもと,被告Bら捜査員が捜査を行ったもので,被
告Bは,被告Aの指示によって捜査を行っていたわけではない(乙ロ
3,6,13,被告A)。
b被告Aは,痔瘻で入院するまで,本件刑事事件の捜査に従事してい
た。また,被告Aは,原告に対し,「今回は『はげE』じゃないの
か。」と質問した。
原告は,これらの事実を捉えて,E隠しの中心人物が被告Aである
と主張しているように思われる。しかし,被告Aが上記のような質問
をした意図は,「けん銃密売で有名なやつだもんで確認したと,要は
本人,被疑者Hは全然しゃべってないもんだからもう業を煮やしたと,
きちんとしゃべりなさいという趣旨の下で言った」(乙ロ3)という
ものである。被告Aとしては,本件刑事事件にDが関与しているとい
う確証に基づいて質問したわけではなく,「きちんと話をしなさい,
分かってしまったことなんだからきちんとしゃべるように」(乙ロ
3)と原告の供述を促すために行ったものである(乙ロ13,被告
A)。
c本件刑事事件の捜査従事警察官の中にDの事件を扱った者はおらず,
詳しい生年月日等の人定事項は把握されていなかった(乙ロ3)。
したがって,被告Aが,そのように名前しか知らないような者をか
ばう必要はなく,被告Aが被告Bに偽証の証言をさせて司法妨害をし
た事実はない。
イ結論
(ア)E隠しが行われていないこと
原告は,愛知県警がE隠しを組織的に行い,本件刑事事件の端緒がE
からの情報であることを隠すために,法廷で被告Bに偽証をさせ司法妨
害をしたと主張するが,愛知県警が本件刑事事件をDないしFからの情
報により捜査を開始したものでないことは明らかであり,法廷で被告B
に偽証させた事実もなく,司法妨害をなした事実もないわけであるから,
組織的にE隠しを行っていないことは明白である。
(イ)司法妨害のないこと
原告は,被告Bが「はげE」を知らないと偽証した結果,裁判所が
「はげE」を証人として採用せず,原告が実刑判決を受けたと主張して
いる。しかし,これは事実関係を無視した勝手な思い込みであって,明
らかに失当である。
被告Bが法廷で真実を述べたことは明らかであり,被告Bの証言を除
外しても,他の証拠により本件刑事事件につき実刑判決が維持されるも
のであることは,第1審判決(甲5)及び控訴審(甲6)から明らかで
ある。
したがって,被告Bの証言と実刑判決との間に因果関係がないことは
明らかである。
(ウ)Eに対する警察の姿勢
愛知県警は,D及びFに関して犯罪の嫌疑があれば捜査を尽くしてい
る。
現実に,Dは,覚せい剤取締法違反により,平成9年12月4日に実
刑判決を受け(乙ロ7),その後,原告が本件刑事事件で逮捕された後
の平成12年5月10日に仮出獄となったものであり,その間,愛知県
警が,鳥取刑務所において受刑中のDと不当な取引をしたという事実は
全くない。
また,Fは,平成11年10月ころから,Dに対する不信感を強め,
Dとの離婚を決意していた。Dが,そのような関係にあったFを通じて
愛知県警と取引をし,本件けん銃の情報を愛知県警に提供したというの
は極めて不自然な主張であり,原告の主張は全くの失当である。
(被告国の主張)
ア検察官の違法行為が認められないこと
被告Bが証言当時Dを知っていたとは認められず,偽証の事実は認めら
れない。被告Aが「E隠し」をしたとの状況も認められない。したがって,
検察官に違法行為が認められないことは明らかである。
イ被告Bが偽証をしたと認めるに足りる証拠がないこと
(ア)被告Bと被告Aは,当時ともに愛知県警の警察官として原告に対す
る捜査に従事していた。しかし,その経歴等は全く異なり,被告Aが
「はげE」の名前を知っており,被告Bがこれを知らなかったとしても,
何ら不自然ではない。
(イ)すなわち,被告Bは,平成12年4月1日,石川県警察から愛知県
警に出向してきた者であり,愛知県内の銃器・暴力団関係者の氏名等の
情報に通じていた者ではない。これに対し,被告Aは,愛知県警の警察
官として銃器・薬物捜査の経験を十分に有していた者である。
(ウ)被告Aは,被告Bが愛知県内の情勢も銃器・薬物捜査のことも何も
知らなかった旨供述している。このような状況からして,被告Aが薬物
等の密売人として「はげE」という名前を知っており,被告Bが知らな
かったとしても,何ら不自然ではない。
(エ)よって,被告Aが知っていたから被告Bも知っていたはずであり,
被告Bが「Eを知らない」と証言したことが偽証であるとの原告の論理
は,その前提を欠くものである。
ウ被告Aが,被告Bの証言当時,ことさらにDの存在を隠したという状況
が認められないこと
(ア)原告が主張するように,被告Bの「Eを知らない」との証言が,被
告Aを中心とする愛知県警による「E隠し」であるとするならば,その
前提として,被告Aが,当時,Dの氏名や人物について認識していたこ
とが必要である。
(イ)しかしながら,被告Aは,現在においてもなお,「はげE」とDが
同一人物であるかどうかは分からないと供述しているのである。
(ウ)したがって,原告の主張する,被告Aが中心となった「E隠し」が
あったとの事実は,その前提となる事実の主張立証がなされていないか
ら,理由のないことが明らかである。
エ小括
以上のとおり,被告Bが「Eを知らない」と証言したことが偽証である
と認めるに足りる証拠はなく,被告AがDなる人物を知っていたと認める
証拠もない以上,愛知県警が,ことさらにDの存在を隠していたと認める
に足りる証拠はない。
そうすると,その前提となる事実が認められない以上,検察官が愛知県
警による「E隠し」を看過したとか,被告A,同Bを含む愛知県警と共謀
したといった事実が認められる余地はない。
オ公訴追行における検察官の訴訟上の行為の国家賠償法上の違法性につい

(ア)原告は,本件刑事事件の公判において,検察官の公訴追行における
個々の訴訟上の行為が国家賠償法上違法であった旨を主張する。
しかし,公訴追行における検察官の個々の行為は,その目的等を著し
く逸脱するなど,検察官の権利濫用が認められない限り,違法と評価さ
れるものではない。本件刑事事件において,検察官の対応に違法な点は
なく,まして権利の濫用と評価すべき事情は何ら認められない。
(イ)公訴追行における検察官の訴訟上の行為は権利の逸脱濫用なき限り
適法であること
検察官は,適法に公訴が提起された以上,一方当事者かつ公益の代表
者として,刑罰法規の適正かつ迅速な実現を求めて公訴を追行すべき職
責を負うから,公訴の追行は原則として適法である(最高裁平成元年6
月29日第1小法廷判決・民集43巻6号664頁)。
そして,公訴の追行が適法である以上は,刑事訴訟法の手続保障の下
で行われる検察官の個々具体的な訴訟上の行為も,原則として適法であ
る。なぜなら,公訴の追行時における検察官の証拠調べ請求,弁護人に
よる証人尋問請求に対する意見の陳述,論告における意見の陳述等の訴
訟行為は,刑事訴訟法上の権利の行使であり,必要な範囲において検察
官に一定の裁量や自由な陳述をする機会が保障されなければ,検察官は,
刑罰法規の適正かつ迅速な実現を求めるというその職責を十分に全うす
ることができないからである。したがって,検察官の個々の訴訟上の行
為は,原則として,その正当な権利の行使として適法とされ,例外的に,
その目的等を著しく逸脱するなど,検察官が訴訟上の権利を濫用したと
認められる場合に限って,違法と評価されるものである(最高裁昭和6
0年5月17日第2小法廷判決・民集39巻4号919頁)。
(ウ)本件刑事事件の審理経過に照らし,検察官の対応が相当であったこ

a弁護人によるFの証人尋問請求に対する対応
弁護人は,本件刑事事件第11回公判期日(第1審)において,
「本件捜査の端緒及び証人と警察との取引の有無等」を立証趣旨とし
て,Fの証人尋問を請求した(乙イ16)。その趣旨は,「Fと愛知
県警が協力関係にあり,Fは自らの覚せい剤密売事実の摘発を免れる
ために,被告人(原告)の筒型けん銃所持を密告した。」というもの
であった。
しかしながら,刑事訴訟における審理の対象は,犯罪事実の存否及
び刑罰権の範囲の認定であるところ,たとえ第三者が不穏当な動機か
ら犯罪事実を申告したことが捜査の端緒になったとしても,そのよう
な事情は審理の対象とならない。あくまでも,被告人が真実犯罪を犯
したものであるか否かが審理の中心である。本件刑事事件においては,
原告は一貫して,自ら筒型けん銃を製造し所持していたこと,単独犯
であること,違法性の認識を有していたことを供述していたのである。
よって,原告が犯罪事実を犯したことが明らかであった以上,ことさ
らに捜査の端緒について明らかにしなければ,犯罪事実の存否及び刑
罰権の範囲を確定できないという事情は全く認められなかった。
したがって,弁護人の証人尋問請求に対し,検察官が「必要なし」
の意見を述べたことは相当である。現に,裁判所はFの証人尋問請求
を却下し,異議申立ても棄却している。
よって,検察官の上記対応が権利の濫用にあたらないことは明らか
であり,検察官の正当な権利行使として,国家賠償法上も適法である。
b甲10ないし14を提出しなかったこと
原告は,当時鳥取地裁o支部に係属中であったFに対する覚せい剤
取締法違反被告事件の公判提出記録の一部である甲10ないし14を,
本件刑事事件を担当した検察官が公判において提出すべきであったの
に,これをしなかった違法がある旨主張する。
確かに,本件刑事事件の第11回公判期日(第1審)の段階では,
検察官は鳥取地裁o支部にFの上記被告事件が係属していることを認
識していた。しかし,同事件における検察側提出記録中に甲10ない
し14の書証が含まれていたことは,上記提出記録を取り寄せて確認
しなければ判明しない状況にあった。本件刑事事件において論告を担
当したK検事(当時)は,上記提出記録を見ていなかったので,甲1
0ないし14が存在することを知り得ず,これを本件刑事事件の公判
に提出することは不可能であった。
そして,K検事がFの上記公判記録を確認しなかったことは,当時
の本件刑事事件の審理経過に照らし,検察官としての通常の対応であ
った。
したがって,K検事が本件刑事事件の第1審公判終結時まで,甲1
0ないし14の内容及び存在を知らなかった以上,これを提出するこ
とは不可能であったのであり,提出しなかったことが検察官の権利の
濫用と評価される余地はなく,国家賠償法上の違法を構成しないこと
は明らかである。
c論告及び控訴審における答弁について
原告は,「検察官が論告及び控訴審における答弁において,甲10
ないし14によって明らかになった事実,すなわち本件が違法なおと
り捜査によるものであることに論及しなかったことが違法である」旨
主張する。
しかしながら,甲10ないし14は,公判審理において取り調べら
れていなかった以上,これについて論及しなかったことは当然である
(刑事訴訟法293条,317条)。
(3)損害について(争点(3)について)
(原告の主張)
ア執行猶予の可能性
被告らによる上記違法行為がなされず,原告及び弁護人の証人尋問権の
十全な行使が保障されて,当該主張のうちの一部,すなわち,警察とDの
癒着の下で,原告の犯罪が半ば意図的に犯させられた可能性に関する情報
が法廷で明らかになっていれば,原告には,少なくとも執行猶予付きの判
決が第1審で下されたことは間違いない。
したがって,第1審の実刑判決が言い渡された平成14年3月11日か
ら原告が満期出獄した平成15年12月18日までの648日間の身柄拘
束にともなう損害は,上記違法行為と相当因果関係がある。
イ休業損害
42歳男性の平均月額金47万4700円をもって,1か月あたりの逸
失利益とする。よって,原告の身柄拘束期間は648日であるから,その
休業損害は1025万3520円である(47万4700円÷30日×6
48日)。
ウ慰謝料
被告らの司法妨害のため,自らに有利な情報を法廷に提供できず,証人
尋問権を侵害されたことにより原告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は,
3000万円を下らず,不当な拘束と懲役刑に服役したことにより原告が
被った精神的苦痛に対する慰謝料は,3000万円を下らない。
エ弁護士費用
本訴訟追行のための相当額の弁護士費用は,すべて相当因果関係がある。
弁護士費用の相当額は,400万円を下らない。
オ共同不法行為
被告らの行為は「共同の不法行為」(民法719条1項前段)にあたり,
各自が,全損害について,その賠償責任を負うべきである。
カ遅延損害金
検察官が本件刑事事件の控訴審答弁書を作成した平成14年6月10日
までに,検察官による司法妨害の損害が発生し,その翌日である同月11
日以後,遅延損害金が発生している。
キ内金請求
本訴訟では,上記損害総額7425万3520円のうち,内金3000
万円とこれに対する民法所定利率による遅延損害金の支払を求める。
(被告愛知県,被告A及び被告Bの主張)
そもそも,原告の主張する損害の発生は,到底不可能である。
原告の主張する損害は,不当な判決を受けたことによって生じたとする損
害であるから,仮に司法妨害があったとしても,裁判所が執行猶予の判決を
なしたとすれば,原告にその主張にかかるような損害は生じなかったのであ
り,反対に,司法妨害がなかったとしても,裁判所が執行猶予付き判決を言
い渡さなかったとすれば,原告はその主張にかかるような損害を被ることに
なるからである。
(被告国の主張)
ア因果関係について
原告が主張する,検察官の訴訟上の行為と結果との因果関係が主張立証
されたと認めることはできない。
(ア)因果関係の立証について
a事実的因果関係
国家賠償法上の損害が認められるためには,加害行為と損害発生と
の間に,事実的因果関係が存在しなければならない。
事実的因果関係とは,一般には加害行為と損害発生との原因・結果
の関係,すなわち加害行為がなければ損害が発生しなかったであろう
という関係(「あれなければこれなし」の関係)である。事実的因果
関係の存否は,加害者が賠償すべき損害の範囲を画する意味での因果
関係に論理的に先行して吟味されるべき問題であり,不法行為制度全
般において要求される最も基本的な要件の一つである。
国家賠償法1条1項は,「故意又は過失によって違法に他人に損害
を加えたとき」は,国又は公共団体が,これを賠償する責めに任ずる
と定められており,この「よって」が同条項の賠償責任の成立要件と
しての因果関係である。同条項の規定は,損害賠償請求権の発生要件
を定めるもの(権利根拠規定)であり,損害賠償請求権の成立要件で
ある因果関係の存否につき,原告が主張立証責任を負う。
b事実的因果関係の証明の程度
事実的因果関係の証明の程度については,通常人が疑いを差し挟ま
ない程度に真実性の確信を持ち得る,という高度の蓋然性の証明が必
要とされる(最高裁昭和50年10月24日第2小法廷判決・民集2
9巻9号1417頁)。
(イ)本件において因果関係が認められないこと
本件において,原告は執行猶予が付されなかったことが損害であると
主張するが,執行猶予を付するか否かは裁判所の裁量的判断であり,特
定の検察官の訴訟上の行為ないし警察官の証言内容があれば,裁判官が
執行猶予を付したはずであるという事実的因果関係について,高度の蓋
然性をもって,立証がなされたとはいえない。
a執行猶予を付すか否かは裁判所の裁量的判断であること
刑法25条によれば,執行猶予を付すか否かは,情状立証を踏まえ
た,裁判所の裁量的判断であることが明らかである。
b原告の主張は憶測の域を出ないものであること
原告本人尋問において,原告は,D夫婦と愛知県警との取引があっ
たのではないかとの意見を述べているが,警察官との取引の具体的内
容を聞いたことはなく,原告がDとその関係者に渡した筒型けん銃が
真実警察官の手に渡ったかどうかも分からない旨供述している。
したがって,D夫婦と愛知県警との取引が本件刑事事件の捜査の端
緒になったというような原告の主張は,あくまで憶測の域を出ないも
のである。
c本件刑事事件の第1審及び控訴審判決において「推測の域を出な
い」主張として排斥されていること
本件刑事事件の第1審判決においては,「弁護人の主張は,あくま
でもその前提において推測の域を出ないものである」として排斥され
ており(甲5),控訴審においても,同様に排斥されている(甲6)。
d犯罪事実の成立自体は争いがないこと
原告は,犯罪事実の成立自体は争っていない。また,原告本人尋問
においても,原告は,Lという人物に制裁を加えたいとの動機があり,
やくざ風の人物から筒型けん銃を見せられたことが契機となって,筒
型けん銃を製造するようになった事実,原告がEとそのグループに渡
した筒型けん銃のうち,一部がMの手に渡っていた事実,筒型けん銃
の試射をしたときに,漫画雑誌の1冊目を貫通し2冊目に食い込んだ
事実については,いずれも認めている。
よって,原告がDと直接の関係なく,仕事関係者に対する恨みを動
機として,筒型けん銃製造の意思を持ち,自ら筒型けん銃を製造して
いたこと,その発射能力・殺傷能力を認識していたことは明らかであ
る。
さらに,客観的状況として,押収されている筒型けん銃が20丁あ
る上,Mに対する事件において押収されている筒型けん銃も,原告が
製造したものであることからすると,殺傷能力ある筒型けん銃が不法
な目的で使用される可能性もあったのであり,犯情は芳しくなく,原
告の刑責は重大である(甲5)。
e以上のとおり,執行猶予を付すかどうかは,裁判所の裁量的判断で
あり,さらに,本件刑事事件に関しては,原告が認める犯罪事実自体,
その刑責は重大である上,第1審判決,控訴審判決ともに,原告・弁
護人の主張は推測の域を出ないとして排斥されている。本件訴訟にお
ける証拠調べの結果を踏まえても,原告の主張が憶測の域を出ないこ
とには変わりがない。
そうすると,仮に,原告が司法妨害と主張する,警察官,検察官の
行為が存しなかったならば,裁判所が原告に執行猶予を付したはずで
あるとの事実的因果関係が,高度の蓋然性をもって認められるとはい
えない。
本件において因果関係の主張立証が尽くされているとは認められな
い。
イ共同不法行為の主張に対して
原告は,検察官には被告Bの偽証を遮断すべき義務があり,被告Bと検
察官の違法行為が順次競合しており,被告らには共同不法行為が成立する
と主張するが,本件において共同不法行為の成立は認められない。なぜな
ら,共同不法行為においては,複数の不法行為が成立することが前提とな
るところ,本件においては,被告Bが偽証したとの事実は認められず,検
察官の違法行為については,具体的内容が特定されておらず失当である上,
その前提を欠くから,違法行為の存在は認められない。したがって,本件
は共同不法行為を論じる前提を欠くから,原告の主張には理由がないこと
が明らかである。
第3争点に対する判断
1争点(1)について
(1)本訴訟は,本件刑事事件の蒸し返しであって許されないものかどうかに
ついて
ア本訴訟は,原告が,本件刑事事件の公判手続において自己に有利な事実
を立証するべく情報取得に努めたが,証人として証言をした愛知県警の警
察官が,情報提供者を隠蔽するため組織的に虚偽の証言を行い,検察官が,
愛知県警による情報提供者の組織的隠蔽の情報を裁判に顕出させず,愛知
県警警察官の虚偽証言に呼応して,関連事件の証拠に基づかずに,第1審
での論告求刑及び控訴審での答弁を行った結果,本来執行猶予判決になる
べきところを実刑判決となり,服役することになったとして,これらの警
察官や検察官の行為が,司法的救済を受けようとする者の自己に有利な情
報にアクセスする権利を妨害する違法なもの(司法妨害)であるとして,
司法妨害により被ったとする原告の損害賠償を請求するものである。
イそうすると,被告愛知県,被告A及び被告Bが主張するような,本訴訟
が,犯罪事実を否認し,真実は無罪であるにもかかわらず,刑事処罰され
たから,被告らの行為は不法行為を構成するとして損害賠償を請求するも
のではないし,犯罪事実に関する証拠の評価すなわち証拠の信用性の紛争
を繰り返すものでもない。
ウしたがって,本訴訟は,本件刑事事件を否定する目的で蒸し返された不
当なものであるとはいえないから,許されないとはいえない。
(2)被告国の違法行為の特定に関する主張について
原告は,愛知県警による違法行為があったことを前提として,検察官は,
警察の違法行為を遮断する義務を負い,本件刑事事件に関連するおとり捜査
隠しを遮断すべきであったし,「公益の代表者」(検察庁法4条)として
「事案の真相を明らかに」(刑事訴訟法1条)する義務があるところ,検察
官は,おとり捜査が裁判上露見するように務めるべきであったと主張し,具
体的には第1審の論告及び控訴審の答弁においては,無罪又は執行猶予を主
張すべきであったなどと主張するものであり,被告国が主張するように検察
官の違法行為が特定されておらず主張自体失当であるとまでいうことはでき
ない。なるほど,原告の主張する検察官の違法行為には論理的に両立し得な
い事実を含んでいるといえるけれども,それ故に検察官の違法行為の特定に
欠けるとまでいうことはできない。
2争点(2)について
(1)前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が
認められる。
アDの本件刑事事件前後の動向
Dは,平成9年12月19日に確定した覚せい剤取締法違反被告事件判
決により,同日から服役し,平成12年5月10日,仮出獄した(甲3
1)。
イFの本件刑事事件前後の動向
(ア)Fの住居
Fは,平成9年7月16日に「名古屋市b区c町字de番地のf」と,
平成11年4月5日に「名古屋市g区h町i丁目j番k-l号(mパー
クハイツn東)」(以下「g区h町の住所」という。)と,住民票附票
上の住所を各登録した(甲26)。g区h町の住所は,名古屋市営地下
鉄名港線n駅付近に所在している(甲23の1,2)。
平成12年5月8日当時,Fは,g区h町の住所に居住していた(甲
10)。
(イ)Fの覚せい剤取締法違反事件の捜査の経緯
Fは,同人に対する覚せい剤取締法違反被疑事件につき発付された捜
索差押令状により,平成12年5月8日午後3時04分から午後5時1
0分まで,g区h町の住所の住居に対し,捜索を受け,注射器,ビニー
ル袋等を押収された。Fは,上記捜索差押えに立ち会った(甲11)。
Fは,同時間帯,同所において,愛知県警所属警察官に覚せい剤使用
事実を問い質されると,「覚せい剤なんかにかかわったことはありませ
ん。」と,注射痕の任意確認要請に対しては,「これは任意ですか強制
ですか。任意なら見せません。」と,尿の任意提出要請に対しては,
「これは任意ですか強制ですか。任意なら出しません。どうして出さな
ければならないんですか。」とそれぞれ述べ,注射痕の任意確認にも尿
の任意提出にも応じなかった。そのため,警察官は,注射痕の確認及び
採尿のため,身体検査及び強制採尿に必要な令状の請求をした(甲1
0)。
Fは,同日午後5時10分,同所において,覚せい剤取締法違反(営
利目的譲渡)の事実で通常逮捕された(甲10)。
(ウ)Dの手紙
Dは,平成12年6月24日,Fに宛てて手紙を出した。その手紙に
は,「知っての通りHの件でも絶対にお前に来たはずがサツはやらなか
ったし俺に手も足も出さんぞ!!お前の事もそうだ他にも色々調べた
いのは山々だけどそれをやると俺がヤブレ結果は自分達サツ全体のマイ
ナスと判断したとの事,だから俺は逃げもかくれもせなんだし」などと
記載されている(甲12)。
(エ)Fの覚せい剤取締法違反事件の公訴提起
Fは,平成12年11月15日,覚せい剤取締法違反(譲渡)の公訴
事実で,鳥取地方裁判所o支部に起訴された(甲15)。
(オ)Fの上申書
Fは,平成12年12月3日付けで,o警察署署長に宛てて上申書を
作成した。同上申書には,「私自身と致しましては,Dらが警察と共に
しておりましたおとり捜査などの事につきましては,犯人逮捕の協力な
らば良い事ではないか,と思っていた事でございます。事実として,し
ておりました事ですし。」「Dとの今後の生活もとても私には耐え兼ね
ると判断し,一人家を出て仕事をさがしやり直すつもりでおりまし
た。」「今回の逮捕によりDとの正式離婚となれるなら,私はこの事を
有意義な事ととらえれると思います。」などと記載されている(甲2
7)。
Dの平成12年10月18日付け供述調書には,「この時の女房は,
私との離婚を考えており,人間不信になっていました。」「女房は,人
間不信に陥っていて人に裏切られた気分になったりしておかしかったの
で覚せい剤のせいだと何回も教えてなんとか私と暮らせるようになりま
した。」「商売以外に,岐阜・愛知県警察のおとり捜査の口止め料とし
て,逮捕後に月五〇万円を支払うという約束で平成九年六月には六〇〇
万円が振り込まれ,私が出所するまでの間に二一〇〇万円が女房名義の
N銀行本店普通預金口座に振り込まれています。」などと記載されてい
る(甲13)。
ウ原告方から押収されたダンボールの経緯
平成12年5月9日当時,「ご依頼主」欄に住所「p区qr-s-t」,
氏名「J」等と記入のある宅急便伝票が貼付されたダンボール箱が,原告
方店舗等に存在していた(甲17)。
同ダンボール箱は,平成10年6月19日,コンビニエンスストアであ
るローソンu店で集荷されたものであり(甲17,18),ローソンu店
は,名古屋市営地下鉄名港線u駅付近に所在していた(甲23の2)。な
お,同線u駅とn駅は,同線において連続する駅である(甲23の2)。
エ原告に対する取調べの実施状況
(ア)a署留置場の入出場状況
原告は,平成12年5月9日午前4時04分にa署司法警察員に引致
された後,同日午前7時46分にa署留置場に入場した。原告は,同日,
午後2時00分から同15分まで,鑑識を理由に留置場を出場した。同
日,銃器対策課所属巡査部長Oは,原告に対する取調べを行った(乙イ
21,乙ロ2)。
同月10日,原告は,午前8時30分から午後8時15分まで,検察
官送致,勾留質問等のため,留置場を出場した(乙ロ2)。
同月11日,原告は,午前10時15分から午前11時58分まで及
び午後1時40分から午後6時15分まで,Cの出場要請により,取調
べのため,留置場を出場した(乙ロ2)。
(イ)被告Aによる質問
平成12年5月11日,Cが原告を取り調べている最中,被告Aはそ
の取調室に入り,原告に対し「今回は『はげE』じゃないのか。」と問
い,原告は違う旨を答えた(乙ロ3,被告A)。
この点に関して,原告は,被告Aが「今回は『はげE』じゃないの
か。」と問い質してきたのは,同月9日である旨供述する(乙イ32,
原告)。しかし,同月9日実施の捜索差押えによる押収品が本件けん銃
のうち18丁を含め相当数にのぼったこと(乙ロ4(符号が38から開
始している)),同日の供述調書はOの録取にかかるものであること
(乙イ21)及び原告のa署留置場からの入出場状況に照らすと,原告
の上記供述部分を信用することはできない。
(ウ)原告のDについての供述時期
原告がDに関する供述をし始めたのは,平成12年5月11日以降で
あった(甲5,乙ロ1ないし3,13,被告A)。
オ本件刑事事件の捜査方針と被告Bの捜査当時の状況
(ア)被告Bの当時の認識状況
被告Bは,平成12年4月1日に,石川県警察から愛知県警に出向し
てきており,本件刑事事件の捜査に従事したのは,出向後わずか40日
余りのことであった。被告Bは,本件刑事事件の当時,愛知県内の暴力
団関係者や麻薬・銃器の密売人等について,名前すら知らない状況であ
った(乙ロ6,被告A)。
(イ)被告Bの行動等
被告Bは,捜査会議で初めて「E」という名前が出た同年5月11日
午後から,検証及び捜索差押許可状を請求するために名古屋簡易裁判所
に出向き,a署へ帰署した後は,翌日行われる検証の準備をしていた
(乙ロ4ないし6,13,被告A)。
被告Bは,同月12日から同月19日までの間,同月12日に行われ
た検証について,初めて扱う検証調書の作成に専念していた(乙ロ5,
6,被告A)。
(ウ)本件刑事事件の捜査方針
原告がその取調べにおいて「E」について供述したとしても,有名人
の名を騙り真実を隠蔽している可能性があったため,愛知県警は,原告
による本件けん銃の製造及び所持の容疑を固めることを優先する捜査方
針を採った(乙ロ3,13,被告A)。
結果としては,原告とDとの間に介在する人物の特定について,原告
の供述が曖昧であったため,供述調書にはDに関する状況が記載される
には至らず,特定も遅れた(甲34,乙ロ3,6,被告A)。
(2)D又はFと愛知県警の間に癒着があったか(争点(2)ア)
ア本件けん銃の所有者について
本件刑事事件において押収された本件けん銃の入っていたダンボール箱
は,平成10年6月19日,コンビニエンスストアであるローソンu店で
集荷されて原告に送られてきたものであったことは上記のとおりであると
ころ,Fは,平成11年4月5日からg区h町の住所に居住し始め,ロー
ソンu店とg区h町の住所は近接していることからすると,本件けん銃を
原告に送ったのはFであり,本件けん銃はもとDが管理していたものであ
った可能性はある。
イ捜査の端緒について
(ア)原告は,本件けん銃の一部を入れていたダンボール箱は,Dの妻で
あるFが原告に送ったものであり,愛知県警が原告方店舗等の捜索に着
手する直前の平成12年5月8日午後8時以降の夜,Fから原告に電話
があり,その中で,Dが同月10日に刑務所を仮出獄することを聞き,
原告が,従前Fが送り返してきていたけん銃を処分する旨告げるという
やりとりをしたこと,Dが以前から愛知県警の情報提供者であったとい
うこと,愛知県警が2個班にもわたる多数の警察官の動員をかけて,夕
刻から深夜にかけて捜索差押えに入るという捜査体制を準備したのは,
原告がある特定の時点でけん銃を所持していることについて極めて確度
の高い信頼できる情報提供があったからであることからすると,愛知県
警に対して本件けん銃が原告方店舗に存在しているとの情報を通報した
者は,これを知っているFしかいない,そして,原告の捜査段階におけ
る本件けん銃の製造経緯に関する供述にもかかわらず,Dに対する本件
けん銃に関する捜査が適正に行われていないことからすると,Dと愛知
県警とのなれ合いにより,Dに対して捜査をしないとの密約の下に,D
が本件けん銃を愛知県警に提供した旨主張し,原告も,要旨,DがF
に指示をして,愛知県警と何らかの取引をし,Fが愛知県警に対し,原
告に対する平成12年5月9日の捜索差押えの情報を提供したなどと供
述する(乙イ32,原告)。
(イ)しかしながら,Dは,上記のとおり,平成9年12月19日から平
成12年5月10日まで,服役していたのであり,本件刑事事件の発端
となった捜索差押えは,Dが仮出獄するより前の同月9日午前1時45
分ころに開始されているのであるから,Dが監獄内から直接,愛知県警
に対して本件けん銃の存在を情報提供し,愛知県警が捜査を開始したと
は到底考えられない。また,Fは,上記のとおり,平成12年5月8日,
愛知県警に覚せい剤取締法違反(営利目的譲渡)容疑で逮捕され,同月
中には,愛知県警に同法違反(使用)容疑で逮捕され,その後,覚せい
剤使用の事実で起訴され,有罪判決を受けており,原告が主張するよう
に情報提供の見返りに利益を得たとは認められない。
(ウ)さらに,原告の上記供述等を検討するに,原告は平成12年5月9
日の原告方店舗等でなされた捜索差押えの前に,F’ことFからDが仮
出獄することとなったという内容を告げる電話がかかってきた旨供述す
る(甲30及び乙イ32,原告)。
aこのFからの電話について,原告は,本件刑事事件第5回公判期日
における被告人質問では,要旨,当時の痛風の状況から考えると,
F’ことFから電話があったのは平成12年5月8日(月曜日)の午
後8時以降であった,原告はその電話でFから送り返されてきていた
けん銃を処分する旨伝えた,月曜日の粗大ごみの回収日にそれらけん
銃をごみに出して処分してしまおうかと考えた,などと供述し(甲3
0),同第8回公判期日における被告人質問では,要旨,Fから送り
返されてきていたけん銃をごみに出すのは,火曜日回収の別の回収区
域か,次の週でもよいだろうと考えていた,などと供述している(乙
イ32)。
b本件刑事事件でなされた原告の上記供述によれば,F’ことFから
電話があったのは平成12年5月8日(月曜日)の午後8時以降であ
ったことになる。一方,原告がFからの電話があったとする時間から
約5時間45分後の同月9日の午前1時45分に原告宅の捜索差押え
がなされている。また,Fは同月8日午後3時04分覚せい剤取締法
違反で逮捕され翌9日の午前2時59分にかけて,身体検査や強制採
尿が行われている。
c原告の上記供述どおり,Fから平成12年5月8日(月曜日)の午
後8時以降に電話があったとすると,Fは覚せい剤取締法違反で逮捕
され身柄拘束されながらも原告に電話を架けてきたことになる。かか
る行為を捜査機関がみすみす放置するとは到底考えられない。また,
Fの電話から原告宅の捜索差押えまでは約5時間45分しかないが,
かかる短時間で,2個班からなる大規模な捜査態勢を整え,原告方居
宅等の捜索差押えを行うのは困難といわざるを得ない。
dまた,本訴訟の尋問において,原告は,Fから電話があったのは平
成12年5月8日の昼ころであった,Dが仮出獄になれば送り返され
てきていたけん銃は不要となるので原告が処分しても良いと考えた,
などと供述を変遷させているが,本件刑事事件における上記供述との
変遷の理由について納得できるものはない。
e以上からすると,原告宅への捜索差押えの直前にFから電話があっ
たという事実を認めることはできず,他にこれを認めるに足りる客観
的証拠はない。
(エ)以上からすると,本件刑事事件の捜査の端緒が,DあるいはFの情
報提供であったと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠
はない。そして,本件刑事事件の捜査の端緒は,捜査の秘密であって,
明らかにすることはできないが,DあるいはFからの情報提供によるも
のではない旨の被告らの主張は首肯することのできないものではない。
ウDが警察の情報提供者であったかについて
(ア)Dは,自分は愛知県警の捜査協力者である旨供述しており,Pに対
する岐阜地方裁判所平成7年(わ)第271号等覚せい剤取締法違反被告
事件において,岐阜県警察の警察官で愛知県警に出向していたこともあ
るQは,Dが警察の協力者であったことを否定せず,愛知県警の協力者
である旨証言している(甲16の1,3,4)ことや,DはFに対し,
本件刑事事件の事実についても,情報提供やおとり捜査を示唆する手紙
を書いている(甲12)ことも認められる。
(イ)しかしながら,岐阜県警察は,Dのおとり捜査への関与を強く否定
し,岐阜地方裁判所も上記刑事事件において,おとり捜査であるとの主
張を退けて有罪判決を言い渡した(乙ロの12の1から13まで)こと
が認められるところであり,Dの上記供述部分の信用性は疑わしい。
DのFに対する上記手紙の内容も,D自身,本件刑事事件の捜査開始
時において服役中であり,直接関与することのできる立場にはなかった
ことからすると,信用性に乏しいというほかない。
(ウ)仮にDが警察に対して情報提供を行うなどして捜査に協力していた
としても,本件刑事事件当時もDが捜査協力者であったと認めるに足り
る証拠はなく,さらにすすんで,本件刑事事件においておとり捜査が行
われ,Dがこれに協力していたと認めるに足りる証拠もない。
(エ)上記のとおり,Fは,本件刑事事件の捜査開始直前に別の覚せい剤
取締法違反事件で取り調べを受け,同事件につき有罪判決を受けており,
情報提供に対して見返りを受けたと認めるに足りる証拠はない。
(オ)その他本件記録を精査しても,DあるいはFが愛知県警との間で具
体的に何らかの密約を結んでいたと認めるに足りる証拠はない。
(カ)なお,Fは捜査協力の見返りとして,月50万円もの高額の謝礼を
受け取っていたと述べているが,これを裏付ける証拠はなく,そもそも
謝礼としてはあまりに高額であり,にわかに信じがたい。
エ以上からすると,本件刑事事件において,愛知県警がDあるいはDの意
を受けたFから情報を得て,捜査を開始したと認めるに足りる証拠はなく,
愛知県警とDが癒着していたというのは原告の推測にすぎず,これを裏付
ける客観的証拠はないというほかない。
(3)被告Bが本件刑事事件において偽証をしたか(争点(2)イ)
ア被告Bの認識状況と虚偽証言の動機
(ア)原告は,愛知県警とD,Fとの間に癒着があり,本件刑事事件の捜
査の端緒も,これらの者からの情報提供が発端であると主張するが,既
に検討したとおり,そのような事実は認められない。そうすると,被告
Bが「はげE」の存在を知りながら,これを知らないと証言しなければ
ならない理由はない。
(イ)確かに,本件刑事事件の捜査会議の中で,Dに関する事項が検討さ
れたことが窺われる(乙ロ3)。
しかし,被告Bは,捜査会議で初めて「E」という名が出た平成12
年5月11日午後から,検証及び捜索差押許可状を請求するために名古
屋簡易裁判所に出向き,a署へ帰署した後は,翌日行われる検証の準備
をしていた。このような被告Bには,原告と被告A及びCのEに関する
やりとりについて知り得る状況にはなかったというべきである。
仮に,同日,被告Bが捜査会議等により「E」という名を聞いたとし
ても,被告Bは愛知県内のけん銃等の密売人に関する情報に疎かったの
であるから,すぐに「はげE」を想像することはできなかったとしても
不自然ではない。
さらに,被告Bは,同月12日から同月19日までの間,同月12日
に行われた検証について,初めて扱う検証調書の作成に専念しており,
Eに関する情報を知ることはなかった。
(ウ)検証調書作成後,被告Bは,裏付け捜査に従事していたことから
「E」という名前を知る機会はあったかもしれないが,結果としてEの
特定がなされていなかったことから,「はげE」という人物の存在を知
らなかったとしても不自然とはいえない。
(エ)なお,原告による本件けん銃の製造及び所持の容疑が固まった後,
原告による本件けん銃の譲渡容疑について捜査を行う段階においては,
Dに対する捜査の必要が生じることとなる。しかし,Dに対する捜査に
ついては,原告による本件けん銃の譲渡との関連性を明確にするために
も,譲渡先について原告から具体的な供述を得る必要があった(乙ロ
3)。
本件刑事事件においては,取調べの早い段階から原告がDに関する供
述をしていたことに鑑みれば,Dの特定に若干時間がかかっているとの
印象を抱かせるものであるが,しかし,上記のような経緯であるとすれ
ば,了解可能であり,特に不審な点があるとまでは認められない。
イ被告Bの証言内容
(ア)被告Bは,検察官から検証調書の作成経過及び記載に関する尋問の
後,弁護人からの本件刑事事件の捜査に従事した状況等の尋問を受け,
それに対して証言した。
検察官による被告Bの証人尋問の立証趣旨は「検証調書の真正立証」
であり(乙イ1,16),検察官の請求にかかる被告Bの証人尋問の目
的は,刑事訴訟法321条3項に基づく検証調書の証拠能力に関する立
証のためであった。弁護人の被告B証人尋問の立証趣旨は「本件捜査の
全体像及び捜査の特色について」というものであった(乙イ16)。
被告Bの証人尋問の実施は本件刑事事件の第2回公判期日であり,同
第1回公判期日において弁護人の冒頭陳述がなされてはいるものの,弁
護人の冒頭陳述の内容は,具体的な事実関係を指摘するものではなく,
抽象的であった(乙イ1)。
このような状況の下,被告Bは,Eに関する具体的事項について弁護
人の尋問を受けた。仮に被告Bが弁護人の冒頭陳述の内容を詳細に知っ
ていたとしても,同内容は抽象的なものであったから,弁護人の尋問は
被告Bにとって唐突なものであったといえる。したがって,被告Bは自
己の知っていることをそのまま証言したと考えるのが自然である。
(イ)このような経緯からすると,弁護人の「はげEという言葉を知りま
せんか。」という質問に対して,被告Bが「知りません。」と答えた証
言が,真実に反すると認めることはできない。
(4)検察官の違法行為の存否(争点(2)ウ)
ア検察官の違法行為として,警察の違法行為を遮断するべき義務に違反す
るとする原告の主張は,被告愛知県,被告A及び被告Bの違法行為を前提
とするものであるところ,上記に検討したとおり,被告愛知県,被告A及
び被告Bに原告主張の違法行為が認められない以上,検察官に原告主張の
違法行為を認めることはできない。
イさらに,原告は,検察官の違法行為として,本件刑事事件における訴訟
追行行為が公益に反する旨主張する。ところで,検察官は,適法に公訴が
提起された以上,一方当事者かつ公益の代表者として,刑罰法規の適正か
つ迅速な実現を求めて公訴を追行すべき職責を負うから,公訴の追行は原
則として適法であり,検察官の個々の訴訟上の行為は,原則として,その
正当な権利の行使として適法とされ,例外的に,その目的等を著しく逸脱
するなど,検察官が訴訟上の権利を濫用したと認められる場合に限って,
違法と評価される(最高裁昭和60年5月17日第2小法廷判決・民集3
9巻4号919頁)。この見地から以下検討する。
(ア)本件刑事事件における原告弁護人の主張の要旨は「被告人(原告)
は,暴力団関係者である通称『ハゲE』ことDに依頼されて本件筒型け
ん銃を製造しているところ,被告人方店舗に対する捜索は,警察がEの
妻から情報を得て行ったものと推測されること,被告人が本件筒型けん
銃を製造した経緯について供述しているにもかかわらず,Eに対する本
件けん銃に関する捜査が適切に行われているとは思えないことなどから
みて,Eと警察のなれ合いにより,Eに対して捜査をしないとの密約の
下に,Eが本件けん銃を提供し,警察が被告人方で本件けん銃を発見,
押収したことが疑われ,ひいては,このような目的の下に,Eが被告人
を利用して本件けん銃を製造したことも疑われるから,本件捜査は違法
であり,本件公訴については,憲法31条の適正手続に違反するものと
して,刑訴法338条4項により公訴棄却の判決がなされるべきであ
る。」(甲9)とするものであり,この主張を前提とする弁護立証活動
をしたが,本件刑事事件における担当検察官は,D,Fの証人尋問請求
に反対し,甲10ないし14を証拠請求せず,弁護人の主張は失当であ
る等という意見を述べた行為を違法であると主張する。
(イ)しかしながら,刑事訴訟における審理の対象は,犯罪事実の存否及
び刑罰権の範囲の認定であるところ,愛知県警による本件刑事事件の捜
査の端緒に原告主張の違法行為は認められないことは上記検討のとおり
であるし,また本件刑事事件の原審裁判所及び控訴審裁判所においても
原告の上記主張は排斥されているのであるから,上記担当検察官が原告
弁護人の立証及び主張に反対の意見を述べた行為をもって,検察官が訴
訟上の権利を濫用したと認めることはできない。
また,原告は本件刑事事件の担当検察官が甲10ないし14を提出し
なかったことの違法を主張する。同書証は,当時鳥取地裁o支部に係属
中であったFに対する覚せい剤取締法違反被告事件の公判提出記録の一
部であるが,本件刑事事件の担当検察官が,当時の本件刑事事件の審理
経過に照らし,Fの上記公判記録を取り寄せる等してこれを確認するべ
き義務があるとか,これを提出しなかったことが検察官としての職責に
反するとまでいうことはできず,この点に関する原告の主張も採用する
ことはできない。
ウ以上のとおりであって,検察官に原告主張の違法行為を認めることはで
きず,他にこれを認めるに足りる客観的証拠はない。
3結論
以上の次第で,被告らに原告主張にかかる司法妨害の事実を認めることはで
きず,その余について判断するまでもなく,原告の本訴請求はいずれも理由が
ないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
名古屋地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官黒岩巳敏
裁判官川崎学
裁判官河本寿一は転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官黒岩巳敏

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