弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成22年5月27日判決言渡
平成22年(ネ)第10004号著作権侵害確認等請求控訴事件
平成22年(ネ)第10011号同附帯控訴事件
(原審東京地方裁判所平成18年(ワ)第2591号)
口頭弁論終結日平成22年2月25日
判決
控訴人兼附帯被控訴人X
訴訟代理人弁護士高橋謙治
同高谷進
同鶴田進
同中田貴
同荒木邦彦
同中村仁志
同藤井直孝
被控訴人兼附帯控訴人Y
訴訟代理人弁護士難波修一
同大江耕治
主文
1本件控訴を棄却する。
2原判決中被控訴人兼附帯控訴人敗訴の部分を取り消す。
3控訴人兼附帯被控訴人の各請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,第1,2審を通じて,すべて控訴人兼附帯被控訴人の
負担とする。
事実及び理由
第1請求
〔控訴の趣旨〕
1原判決中控訴人兼附帯被控訴人敗訴部分を取り消す。
2被控訴人兼附帯控訴人は,別紙著作目録記載の論文について,別紙通知目録
記載のとおり,別紙通知先目録記載の通知先に通知せよ。
3被控訴人兼附帯控訴人は,控訴人兼附帯被控訴人に対し,金320万円及び
これに対する平成16年6月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を
支払え。
4訴訟費用は,第1,2審を通じて,すべて被控訴人兼附帯控訴人の負担とす
る。
〔附帯控訴の趣旨〕
主文2ないし4と同旨
第2事案の概要等
1事案の概要
本件事案の概要は,以下のとおりである。すなわち,
控訴人兼附帯被控訴人(以下「原告」という。)は,東京大学医学部教授で
あったが,自己の主催する研究室(東京大学大学院医学系研究科博士課程)に
おいて,音素−書記素変換及び書記素−音素変換を研究テーマとし,機能的磁
気共鳴画像法(f−MRI)を用いて音読及び書き取りにおける脳の賦活部位
を解析する実験を実施した。原告は,研究室に属する大学院生であった被控訴
人兼附帯控訴人(以下「被告」という。)に対して,被告の博士論文の研究に
必要な知識と手法を学ばせ,被告の業績を作るために,実験終了後のデータの
処理と研究結果に係る論文原稿(英文)の執筆を指示した。被告は,指示を受
けて,実験結果に基づく論文原稿を執筆した。原告は,被告が執筆した当初の
論文原稿に添削を施したり,加筆修正を指導した。被告は,同指導に基づき,
当初の論文原稿について10回を超えて修正加筆を伴う執筆を行うことにより
論文を完成させた(英文論文。題名・「AnfMRIstudyoncommonneuralcorr
elatesofreadingaloudandwritingtodictation」。以下「第1論文」と
いう。未公表)。
その後,被告は,研究を継続し,自ら実験を実施して,研究目的,実験の前
提となる仮説,実験の課題,実験により得られた結果及び結論において,第1
論文とは相違する論文(別紙著作目録記載の論文,英文論文。以下「第2論
文」という。)を作成した。ただし,第2論文は,機能的磁気共鳴画像法(f
−MRI)を用いていること,「音素−書記素変換」に活用される神経的基盤
を明らかにすることなどの点において,第1論文と共通する部分がある。そし
て,被告は,第2論文を,別紙通知先目録記載の通知先「LippincottWilliam
s&Wilkins」(以下「LWW社」という。)が発行する学術雑誌「NeuroRepor
t」(以下「ニューロレポート誌」という。)に,発表した。
原告は,①第1論文が原告と被告との共同著作物であること,②第2論文を
作成,発表した被告の行為等は,第1論文に係る著作権者(共有者)である原告
の合意(著作権法64条1項,65条2項)に基づかずにした複製,翻案,改
変及び公表に当たること,③したがって,被告の上記行為は,原告が第1論文
について有する(共有する)著作権(複製権,翻案権)及び著作者人格権(同一
性保持権,公表権)を侵害すると主張して,原告が,被告に対し,著作権法1
17条,112条1項,2項に基づく侵害の停止のための措置又は同法115
条に基づく名誉又は声望の回復のための措置として,LWW社に第2論文の撤回
の通知行為をするように求めるとともに,上記著作権侵害及び著作者人格権侵
害の不法行為に基づく損害賠償を求めた。
原審は,原告の請求について,第1論文について原告の有する(共有する)複
製権及び公表権を侵害したとして,損害賠償金40万円の支払を求める限度で
認容し,その余の請求を棄却した。
これに対して,原告が控訴をし,被告が附帯控訴をした。
以下,特に断らない限り,略語は原判決と同一のものを使用する。
2争いのない事実等
以下の点を訂正,補足する他は,原判決2頁19行目から6頁1行目までの
とおりであるから,これを引用する。
(1)原判決4頁1行目中「A」を「B」に改める。
(2)原判決6頁1行目中「(争点6)」の後に,「,原告は被告の第2論文
の作成行為に対して黙示の許諾をしたか(争点7)」を加える。
第3争点に対する当事者の主張
1以下の点を訂正,補足する他は,原判決6頁3行目から63頁12行目末尾
までのとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決7頁16行目ないし17行目中,「論文全体の論文全体の」を「
論文全体の」に改める。
(2)原判決13頁5行目,同40頁2行目,同頁21行目の各「類似」を,
それぞれ「実質的同一」に改める。
(3)原判決40頁22行目,同41頁1行目,同頁7行目の各「第1論文と
第2論文の表現が類似する部分」及び同頁23行目の「両論文の類似する部
分」を,それぞれ「第1論文の第2論文と表現において実質的に同一である
と原告が主張する部分」と改める。
(4)原判決42頁7行目,同頁13行目,同頁20行目,43頁9行目,同
頁15行目ないし16行目,同頁21行目,同45頁9行目,同46頁4行
目,同頁8行目,同頁25行目,同48頁13行目,同49頁1行目の各「
類似性」を「実質的同一性」に改め,同51頁3行目の「類似している」
を「実質的に同一である」に改める。
(5)原判決49頁16行目中,「延べておく」を「述べておく」にそれぞれ
改める。
2原判決63頁12行目末尾の後に行を改め,以下を加える。
「7原告の黙示の許諾の有無(争点7)について
(1)被告の主張
大学院生であった者が,大学院に在籍中に指導教授の下で研究論文を作
成し,大学院修了後,既存の研究を基礎に,これを発展させて,論文を作
成することがある。このような場合,後行論文において,先行論文と同一
又は似通った表現を使用することは,避けられない。指導教授が,大学院
において,院生を指導教育する役割を負っていることに照らすならば,特
段の事情がない限り,教授は院生に対して,論文に似通った表現を使用す
ることついて,包括的に許諾を与えているものというべきである。
原告が第1論文における第2論文と実質的に同一であると主張する部分
は,研究の目的,実験の方法,先行研究の引用など,論文としての定型的
な表記方法及び科学的一般的事実に関する基本的な記述方法に係る部分で
ある。
被告が,第1論文と同じ手法である機能的磁気共鳴画像法を用いて音素
−書記素変換に用いられる神経的基盤を明らかにすることを目的とした研
究をして,第2論文を作成する場合に,表現方法が似通うことは,当然に
予想されるといえる。被告が第2論文において第1論文と似通った表現を
使用したことは,大学院を修了した研究者が,それまでの研究成果を基礎
に,さらに研究を発展させていく過程における通常の行為というべきもの
である。また,原告が第1論文における第2論文と実質的に同一であると
主張する部分の第1論文全体に占める割合は僅かである。
本件において,原告は被告に対して,論文作成に当たって先行論文にお
ける類似表現を使用することを認めて推奨していたこと,原告が被告に対
して第2論文の削除要請を出版社にするよう求める通知書を送付したのは
第2論文発表後約9か月後であったことをも総合考慮すれば,原告は,被
告の第2論文作成,発表行為について,黙示に許諾していたというべきで
ある。
(2)原告の主張
被告の主張は,否認ないし争う。」
第4当裁判所の判断
当裁判所は,原判決中の原告の請求を認容した部分には,誤りがあるものと
解する。すなわち,当裁判所は,
①「第2論文中の複製権又は翻案権を侵害したと原告が主張する部分」(別
紙対比表参照,以下「第2論文該当箇所」,「第2論文の当該表記部分」な
どという場合がある。別紙対比表は,原判決別紙対比表と同じである。)
は,「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張する部
分」(別紙対比表参照,以下「第1論文該当箇所」,「第1論文の当該表記
部分」などという場合がある。)と,表現上の創作的な部分又は本質的な特
徴部分において共通しないから,第2論文を作成,発表した被告の行為は,
複製権又は翻案権の侵害に当たらず,また,公表権侵害にも当たらない,
②第1論文が,原告と被告との共同著作物であるかについて検討するまでも
なく,原告の請求は成り立たない,
③原告の請求はいずれも棄却すべきである,
と判断する。その理由は,以下のとおりである。
1前提事実について
原判決63頁15行目から76頁22行目のとおりであるから,これを引用
する。
2複製権及び翻案権侵害の有無について
以下の点を訂正,補足する他は,原判決82頁7行目から100頁18行目
までのとおりであるから,これを引用する。
(1)原判決82頁7行目から12行目を以下のとおり改める。
「原告は,「第2論文中の複製権又は翻案権を侵害したと原告が主張する部
分」が,「第1論文中の複製権又は翻案権を侵害されたと原告が主張する部
分」を複製又は翻案したものであると主張する。
当裁判所は,第1論文が,原告の共同著作物であるか否かの判断を留保し
た上で(そのため,原判決76頁23行目ないし82頁4行目は引用しな
い。),共同著作物であると仮定した場合に,「第2論文中の複製権又は翻
案権を侵害したと原告が主張する英文記述部分」が「第1論文中の原告が複
製権又は翻案権を侵害されたと主張する英文記述部分」を複製又は翻案した
ものであるか否かについて検討することとする。
著作権法において,著作物とは,「思想又は感情を創作的に表現したもの
であって,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するものをいう。」(著作
権法2条1項1号)と規定する。したがって,著作権法により保護されるた
めには,思想又は感情が創作的に表現されたものであることが必要である。
そして,当該記述が,創作的に表現されたものであるというためには,厳密
な意味で,作成者の独創性が表現として現れていることまでを要するもので
はないが,作成者の何らかの個性が表現として現れていることを要する。
また,著作権法が保護する対象は,思想又は感情の創作的な表現であり,
思想,感情,アイデアや事実そのものではない。したがって,原告が著作権
の保護を求める「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと原告が主張
する部分」が著作権法による保護の対象になるか否か,また,第2論文の該
当箇所が第1論文の該当箇所を複製又は翻案したものであるか否かを判断す
るに当たって,上記の点を考慮すべきことになる。
本件においては,前記のとおり,第1論文は,「書き取りにおける音素−
書記素変換」と「音読における書記素−音素変換」に共通する脳内部位を明
らかにすることを目的とした研究に係る論文であるのに対して,第2論文
は,「書き取りにおける音素−書記素変換」の脳内部位に焦点を当てて発展
させた研究に係る論文である。第2論文は,研究の目的,課題設定及び結論
を導く手法等において,第1論文とは相違する独自の論文であるが,一方
で,機能的磁気共鳴画像法(f−MRI)を用いていること,「音素−書記
素変換」に活用される神経的基盤を明らかにすることなどの点において,第
1論文と共通する点がある。両論文を対比するに当たり,各部位の名称,従
来の学術研究の紹介,実験手法や研究方法の説明など,内容の説明に係る部
分は,事実やアイデアに係るものであるから,それらの内容において共通す
る部分があるからといって,その内容そのものの対比により,著作権法上の
保護の是非を判断すべきことにはならない。
上記観点に照らして,①「第1論文中の複製権又は翻案権が侵害されたと
原告が主張する英文記述部分」(第1論文該当箇所)における表現上の創作
性の有無,②「第2論文中の複製権又は翻案権を侵害したと原告が主張する
英文記述部分」(第2論文該当箇所)が,対比表第1論文該当箇所を複製
し,又は翻案したものであるか否か,について検討する。」
(2)原判決85頁22行目中,「音声学的失書」を「音声学的失読」に改め
る。
(3)原判決87頁12行目の「類似部分の創作性について」を「第1論文,
第2論文各該当箇所の対比について」と改める。
(4)原判決88頁6行目から8行目を削除する。
(5)原判決88頁18行目から89頁4行目までを,以下のとおり改める。
「そこで,別紙対比表1の2ないし4の第1論文該当箇所における,同第2
論文該当箇所との表現が共通する部分,又は似通っていると原告が主張する
部分について検討する。
第1論文該当箇所の表現は,専ら,対象となる現象を正確かつ客観的に記
述,伝達する観点から,ごく普通に選択されたものであると解され,また,
叙述方法や配列の点で格別の特徴があるとは認められない。そのような諸点
を総合すると,各英文記述部分は,著述者の個性が現れた表現とはいえず,
創作性があると認めることはできない。
以下,対比表の1の2ないし4について,個別的,具体的に述べる。
①対比表1の2について
これら2つの変換,書記素−音素および音素第1論文の当該表記部分は,「
という事−書記素変換の神経基盤については,少ししか知られていない。」
実を述べるために,英文により,「Littleisknownabouttheneural
substrateofthesetwoconversions,grapheme-to-phonemeandphonem
e-to-graphemeconversions.」と,ごく普通の構文で表記したものであ
る。
音素―書記素変換の神経的これに対して,第2論文の該当表記部分は,「
という事実を述べるために,基盤については,少ししか知られていない。」
Littleisknownabouttheneuralsubstratesofthephoneme-英文により「
と表記したものである。to-graphemeconversion.」
第1論文の当該表記部分は,事実を端的に,ごく普通の構文を用いた英
文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということ
はできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないか
ら,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということは
できず,また翻案ということもできない。
②対比表1の3について
我々の研究は,機能的磁気共鳴画像法を用い第1論文の当該表記部分は,「
というて,2つの変換の神経的基盤を明らかにすることを目指している。」
研究目的を述べるために,英文により,「Ourstudyaimstoclarifyth
eneuralsubstrateofthetwoconversionswithfunctionalma
gneticresonanceimaging.」と,ごく普通の構文で表記したものであ
る。
我々の研究は,機能的磁気これに対して,第2論文の該当表記部分は,「
共鳴画像法を使用して,書取における音素−書記素変換の神経的基盤を明らかに
という研究目的を述べるために,英文により「することを目指している。」
Ourstudyaimstoclarifytheneuralsubstratesofphoneme-to-graphemec
onversioninwritingtodictationusingfunctionalmagneticresonanceim
と表記したものである。aging.」
第1論文の当該表記部分は,研究目的を端的に,ごく普通の構文を用い
た英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるという
ことはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められない
から,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということ
はできず,また翻案ということもできない(なお,両論文の研究目的は,
相違する。)。
③対比表1の4について
我々は日本語を材料として用いた。なぜなら第1論文の当該表記部分は,「
2種類の変換が単純であるからである。日本語では,1つの音素が1つの書記
素(仮名文字)によって表わされており,そして,その逆もそうである。すなわ
という実験手法及びその理ち,1対1の対応が音素と書記素の間にある。」
由を述べるために,英文により,「WeemployedJapaneseasmaterials
becausethetwokindsofconversionsaresimple.InJapaneseonep
honemeisrepresentedbyonegrapheme(kanaletter)andviceversa
,i.e.one-to-onecorrespondencebetweenphonemeandgrapheme.」と
表記したものである。
我々は日本語を刺激言語とこれに対して,第2論文の該当表記部分は,「
して用いた。なぜなら,日本語では,1つの音素が1つの書記素(仮名)によって
という事実を述表されており,そして,その逆もそうであるからである。」
WeemployedJapaneseasthestimuluslanguageべるために,英文により「
becauseinJapanese,onephonemeisrepresentedbyonegrapheme(kana)an
と表記したものである。dviceversa.」
第1論文の当該表記部分は,実験手法及びその理由をごく普通の英文で
表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということはで
きず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,第
2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはでき
ず,また翻案ということもできない。」
(6)原判決90頁2行目から91頁15行目を「以上のとおり,「Abstrac
t」の章の第1論文該当箇所は,いずれも創作性を有するものとは認められ
ない。」と改める。
(7)原判決95頁14行目から100頁18行目までを,以下のとおり改め
る。
「前記ア(ア),(イ)(原判決82頁13行目ないし87頁11行目,その中
でも特に85頁9行目ないし18行目)認定のとおり,両論文は,別紙対比
表2のcないしlにおける内容において共通する部分がある。すなわち,①
左背側運動前領域に近いエクスナー領(人間が字を書く際に中心的に活動す
る部位)の損傷が失読−失書(読み書きに不自由がある状態)を生ずるとし
た先行する損傷研究(具体的には,頭部外傷や脳血管障害等の脳損傷例を対
象に,その認知機能を検討し,症状と脳部位との対応関係を探る臨床事例研
究)を前提として掲記していること(対比表c),②これらの先行研究を基
礎として,音素−書記素変換が行われる部位は,左運動前領域であるとの仮
説を立てていること(対比表d),③従来の損傷研究では,英語を刺激用語
として用いていたが,英語を刺激用語とすることにの問題点を指摘している
こと(対比表e,f),④日本語を刺激用語とすることに優位性があること(
対比表g),⑤書字の伝統的なモデルにおいては,文字の書記素表象が左頭
頂領域で行われるのに対し,書記素の運動表象が左運動前領域で行われると
されるとの先行知見を掲記していること(対比表hないしl)において,内
容において共通する。
しかし,両論文は,前記ア(ア),(イ)(原判決82頁13行目ないし87
頁11行目,その中でも特に85頁23行目ないし86頁18行目)記載の
とおり,①第1論文では,音声学的失書と音声学的失読が書字と読字の両方
に関与する神経単位の崩壊に基づいていると仮定し,読字についても,左頭
頂が音素表象を提供し,左運動前が音素の運動表象を産出するとのモデルが
適用できると仮定したのに対し,第2論文では,これらの仮定を置いていな
いこと,②第1論文では,読字においては,書記素入力から音素表象への変
換が頭頂領域で,音素表象から音素の運動出力への移送が前頭領域で行わ
れ,書き取りにおいては,音素入力から書記素表象への変換が頭頂領域で,
書記素表象から書記素の運動出力への移送が前頭領域で行われるとの仮説を
立て,左頭頂間溝前部の役割は,書記素−音素変換における書記素入力の音
素表象への変換と,音素−書記素変換における音素入力の書記素表象への変
換であり,左運動前領域の役割は,書記素−音素変換における音素表象の音
素の運動出力への移送と,音素−書記素変換における書記素表象の書記素の
運動出力への移送であると推定しているのに対し,第2論文では,読字につ
いては取り上げず,書き取りにおいても,音素入力から書記素表象への変
換,書記素表象から書記素の運動出力への移送のいずれも左運動前領域で行
われるとの仮説を立て,左運動前領域の役割は,書記素表象の書記素出力で
あると推定していること,③第1論文では,実験による賦活部位がゲシュウ
ィンドの仮説と整合しなかったのに対し,第2論文では同仮説と整合してい
ること等の点で明らかに研究内容を異にするものである。
研究論文において,執筆者が,自己の結論を導く前提として,第1論文や
第2論文よりさらに先行する既存の損傷研究結果に触れたり,先行する研究
結果から抽出される一般的な科学的知見等を説明することが必要であると判
断した場合に,それらに言及することは,何ら不自然でない。自己の論文の
前提として,言及する対象となる先行研究成果がどのようなものであるか
は,事実に関する事柄であるから,その事実を紹介する記述内容は,執筆者
によって,さほど異ならないのは通常であり,また,表現の選択の幅も狭い
ものとなる。
そのような諸点を考慮した上で,別紙対比表2のcないしlの第1論文該
当箇所における,同第2論文該当箇所と表現が共通する部分又は似通ってい
ると原告が主張する部分について検討する。
①対比表2のc
この領域は書字の中枢として永く提唱されて第1論文の該当表記部分は,「
きたエクスナー領に近い。その領域への損傷は文字の失読−失書を生ずる。失
」と読−失書においては,書記素−音素および音素−書記素変換が障害された。
ThisareaisclosetotheExneいう事実を述べるために,英文により,「
r'sareawhichhaslongbeenproposedasthecenterforwriting.
Lesionstotheregioninducealexiawithagraphiaforlettersinwhic
hgrapheme-to-phonemeandphoneme-to-graphemeconversionsweredisturbed
と表記したものである。.」
第1論文の当該表記部分は,当該領域位置とその損傷が失読−失書を生
じ,書記素−音素及び音素−書記素変換が障害されるとの事実を専門的な
用語を用いて,ごく普通に表現したものであって,創作的表現であるとは
いえない。
第1論文の当該表記部分は,事実を端的に,ごく普通の構文を用いた英
文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということ
はできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないか
ら,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということは
できず,また翻案ということもできない。
②対比表2のd
損傷研究の証拠から書記素−音素および音素第1論文の該当表記部分は,「
−書記素変換が左背側運動前と左頭頂間溝の前部でおこなわれると我々は推定し
た。Wesupp」という推定した事実の内容を述べるために,英文により,「
osedthatgrapheme-to-phonemeandphoneme-to-graphemeconversionswerep
erformedinboththeleftdorsalpremotorandtheanteriorpartofthel
」と表記eftintraparietalsulcusfromtheevidenceoflesionresearch.
したものである。
第1論文の当該表記部分は,推定した事実内容(なお,推定した内容
は,第1論文と第2論文では異なる。)を専門的な用語を用いて,ごく普
通に表現したものであって,創作的表現であるとはいえない。
また,第1論文と第2論文との共通する表現部分をみると,「phoneme-
to-graphemeconversions」(「音素−書記素変換」)との専門用語にお
ける共通表現と評価できる。
第1論文の当該表記部分は,事実内容を端的に,ごく普通の構文を用い
た英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるという
ことはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められない
から,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということ
はできず,また翻案ということもできない。
③対比表2のe
英語を刺激として用いた損傷研究は音素と書第1論文の該当表記部分は,「
」という判断内容を述べる記素の間の直接の置換を研究するには困難がある。
ThelesionstudieswhichusedEnglishasstimuliために,英文により,「
havedifficultytoinvestigatedirecttranslationbetweenphonemeandg
と表記したものである。rapheme.」
第1論文の当該表記部分は,判断した内容を,ごく普通に表現したもの
であって,創作的表現であるとはいえない。
また,第1論文と第2論文との共通する表現部分をみると,共通する表
現部分は,「lesionstudies」(「損傷研究」),「phonemeandgraphe
me」(「音素−書記素」)という通常使用される専門用語における共通表
現と評価できる。逆に,「asstimuli」(「刺激として」,第1論文)
と「asthestimuluslanguages」(「刺激言語として」,第2論
文),「translation」(「置換」,第1論文)と「linkages」(「つな
がり」,第2論文),「havedifficulty」(「困難がある」,第1論
文)と「havebeenlimited」(「制限をうけてきた」,第2論文)など
異なる表現が用いられている。
第1論文の当該表記部分は,判断の内容について,ごく普通の構文を用
いた英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるとい
うことはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められな
いから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものというこ
とはできず,また翻案ということもできない。
④対比表2のf
なぜなら,英語では,音素は2つあるいは第1論文の該当表記部分は,「
それ以上の書記素であらわされるからである。しかし,特に日本語では,書記素
−音素あるいは音素−書記素変換は単純である。なぜなら1つの書記素はただ1
」という判断事実の内容つの音素で表わすことができ,その逆もそうである。
BecauseinEnglishphonemesarerepresenを述べるために,英文により,「
tedbytwoormoregraphemes.ButparticularlyinJapanese,grapheme-to-
phonemeorphoneme-to-graphemeconversionissimple,sinceonegrapheme
と表記したものcanberepresentedbyonlyonephonemeandviceversa.」
である。
第1論文の当該表記部分は,判断内容をごく普通に表現したものであっ
て,創作的表現であるとはいえない。
また,第1論文と第2論文との共通する表現部分をみると,共通する表
現部分は,「inEnglishphonemesarerepresentedbytwoormoregra
phemes」(「英語では,音素は2つあるいはそれ以上の書記素であらわさ
れる。」),「graphemecanberepresentedbyonlyonephonemeand
viceversa」(「書記素はただ1つの音素で表すことができ,その逆もそ
うである。」)との部分のみであり,第1論文における執筆者の個性の発
揮された表現部分において,共通するということはできない。
第1論文の当該表記部分は,判断内容を端的に,ごく普通の構文を用い
た英文で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるという
ことはできず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められない
から,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということ
はできず,また翻案ということもできない。
⑤対比表2のg
日本語の表音文字は,他の言語に比較して第1論文の該当表記部分は,「
発音と正書法の関係に有利な点がある。我々の研究のように,日本語を刺激とし
て使用するのは,音素と書記素の間の関係を明らかにするのに最も適切であ
る。Japanesephonogram」という判断内容を述べるために,英文により,「
shaveanadvantagefortherelationofpronunciationandorthographyco
mparetootherlanguages.UsingJapaneseasstimulisuchasourstudyis
mostappropriatetoclarifytherelationshipbetweenphonemeandgraphe
と表記したものである。me.」
第1論文の当該表記部分は,判断内容をごく普通に表現したものであっ
て,創作的表現であるとはいえない。
また,第1論文と第2論文との共通する表現部分をみると,共通する表
現部分は,「Japanesephonograms」(「日本語の表音文字」),「other
languages」(「他の言語」),「proununciationandorthograph
y」(「発音と正書法との関係」)のみであること,記述の形式において
も,第1論文は2文で構成されているのに対し,第2論文は1文で構成さ
れていること等,第1論文の後半の文章が第2論文にない点において相違
する。
第1論文の当該表記部分は,判断内容を,ごく普通の構文を用いた英文
で表記したものであって,全体として,個性的な表現であるということは
できず創作性はなく,また表現の本質的な特徴部分も認められないから,
第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所を複製したものということはでき
ず,また翻案ということもできない。
⑥対比表2のhないしl
第1論文の該当表記部分は,対比表hないしlについては,書字の伝統
的なモデルにおいては,文字の書記素表象が左頭頂領域で行われるのに対
し,書記素の運動表象が左運動前領域で行われるとされるとの先行知見に
係る記載である。先行知見の内容やその紹介に係る表現や記述の順序につ
いては,個性的な表現が用いられているものではなく,創作性はない。
以下,一括して述べる。すなわち,
書字の伝統的モデ対比表2のhについて,第1論文の該当表記部分は,「
ルの1つは左頭頂領域が文字の書記素のイメージを提供し,一方,運動前領域は
」という判断を含めた書記素の運動イメージを組織することを示唆している。
Atraditionalmodelofwritingsugg事実を述べるために,英文により,「
eststhattheleftparietalregionprovidesgraphemicimagesforletters
とwhiletheleftpremotorregionorganizesgraphemicmotorimages.」
表記したものである。
書記素文字イメー対比表2のiについて,第1論文の該当表記部分は,「
ジの組織化では,左頭頂領域が重要であるということは一般に受け入れられてき
た。Theimportanceo」という事実の内容を述べるために,英文により,「
ftheleftparietalregioninorganizinggraphemicletterimageshasbee
と表記したものである。ngenerallyaccepted.」
いくつかの神経画対比表2のjについて,第1論文の該当表記部分は,「
」という判断を含めた像研究と損傷研究は一貫性のある証拠を提供してきた。
Severalneuroimagingstudiesandle事実を述べるために,英文により,「
と表記したものでsionstudieshavealsoprovidedconsistentevidence.」
ある。
対照的に,文字を対比表2のkについて,第1論文の該当表記部分は,「
書くために書記素の運動イメージを組織するのに左運動前領域が特にたずさわっ
」という判断を含めた事実を述ているということは,十分確立されていない。
Incontrast,thespecificinvolvementoftheべるために,英文により,「
leftpremotorregioninorganizinggraphemicmotorimagesforwritingl
と表記したものである。ettershasnotbeenwellestablished.」
しかし,若干の研対比表2のlについて,第1論文の該当表記部分は,「
究は,左運動前領域が書記素のイメージを提供することに特にかかわっているの
ではなく,書記素の運動心像のような,書字系の他の構成要素と関係していると
」という判断を含めた事実を述べるために,いうことをほのめかしている。
However,somestudiesimplythattheleftpremotorregion英文により,「
isnotspecificallyinvolvedinprovidinggraphemicimagesbutisassoc
iatedwithothercomponentsofthewritingsystemsuchasgaphemicmotor
と表記したものである。imagery.」
以上のとおり,第1論文の当該表記部分は,判断を含めた事実につい
て,ごく普通の構文を用いた英文で表記したものであって,全体として,
個性的な表現であるということはできず創作性はなく,また表現の本質的
な特徴部分も認められないから,第2論文該当箇所は,第1論文該当箇所
を複製したものということはできず,また翻案ということもできない。
この点について,原告は,「Discussion」には,多数の書き方が存在す
るから,第1論文の当該表記部分は,創作性を有すると主張する。しか
し,ある内容を表現するに当たり,他の表現の選択が可能であったとして
も,そのことから,当然に,当該表記部分に創作性が生じると解すべきで
はなく,創作性を有するとするためには,表現に個性が発揮されているこ
とを要する。第1論文該当箇所は,いずれも,語句の選択,順序,配列を
含めて格別の個性の発揮された表現であるということはできないから,原
告の主張は理由がない。
なお,第2論文は,第1論文と対比すると,表現それ自体でない部分又
は表現上の創作性がない部分において共通する部分が存在するが,「Resu
lts」及び「Conclusion」の各章は,記載内容において相違すること,第
2論文は,第1論文の全体記述及び個々の記述を総合勘案しても,第1論
文の表現の本質的特徴を感得できるものではない点については,既に述べ
たとおりである。
3その他の主張について
原判決100頁20行目から107頁3行目までを,下記のとおり改め
る。
「(1)同一性保持権侵害の有無
原告は,被告が,コレスポンディングオーサーである原告の同意を得ず
に,第1論文を改変して第2論文を作成し,ニューロレポート誌に発表した
行為は,原告の第1論文に対する同一性保持権及び公表権の侵害に当たる旨
主張する。しかし,前記認定判断のとおり,第2論文は第1論文の創作的表
現を有形的に再製したものではなく,その複製とはいえず,第1論文の本質
的特徴を直接感得させるものではなく,その翻案ともいえないものであっ
て,同様の理由から,被告の上記行為は,第1論文の同一性保持権及び公表
権を侵害したものということはできない。
(2)その余の請求権(第2論文の撤回請求権,損害賠償請求権)
原告のその余の請求は,判断するまでもなく,理由がない。」
4結論
原判決107頁5行目から9行目までを,下記のとおり改める。
「以上によれば,原告の各請求はいずれも理由がない。また,第1論文が共同
著作物であるか否かの争点について判断するまでもなく,原告の主張は理由が
ない。したがって,本件控訴を棄却するとともに,原告の請求を一部認容した
原判決の判断には誤りがあるから,附帯控訴に基づいて原判決を取り消して原
告の各請求をいずれも棄却することとし,主文のとおり判決する。」
知的財産高等裁判所第3部
裁判長裁判官
飯村敏明
裁判官
中平健
裁判官上田洋幸は,転補により署名押印することができない。
裁判長裁判官
飯村敏明
(別紙)著作目録
Article:“Neuralcorrelatesofphoneme-to-graphemeconversion”
Journal:Vol.15,pp.949-953(Vol15No629April2004)NeuroReport
(訳文)
論文名:音素から書記素への変換に関する神経的相関
雑誌名:ニューロレポート第15巻949∼953頁(15巻6号200
4年4月29日)
(別紙)通知目録

LippincottWilliams&Wilkins
PhiladelphiaOffice
LippincottWilliams&Wilkins
WalnutStreet
PA19106-3621
Tel:8300
Fax:8902
________,200●
STATEMENT
DearSirs,
Inwritingthearticlethetitleofwhichisindicatedhereunder,Iacknowledgeh
avingplagiarizedanarticlewrittenbyDr.X,therebyinfringingDr.X’scopyrig
htandpersonalauthorshiprights.
Ithereforewishtoretractthesaidarticle.
Article:“Neuralcorrelatesofphoneme-to-graphemeconversion”
Journal:Vol.15,pp.949-953(29April2004)NeuroReport
Yoursfaithfully,

(訳文)
私は,下記の論文の作成にあたり,X博士の論文を無断で盗用し,同人の著作権及び著作
者人格権を侵害しました。
つきましては,下記の論文を撤回いたします。
論文:音素から書記素への変換に関する神経的相関
雑誌:ニューロレポート15巻949-953頁(2004年4月29日)

(別紙)通知先目録
LippincottWilliams&Wilkins
PhiladelphiaOffice
LippincottWilliams&Wilkins
WalnutStreet
PA19106-3621
Tel:8300
Fax:8902

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛