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令和3年3月25日判決言渡
令和2年(行ケ)第10096号審決取消請求事件
口頭弁論終結日令和3年2月26日
判決
原告東レ株式会社
同訴訟代理人弁護士重冨貴光
長谷部陽平
鷲見健人
同訴訟代理人弁理士皆川量之
被告沢井製薬株式会社
(以下「被告沢井製薬」という。)
同訴訟代理人弁護士小松陽一郎
原悠介
千葉あすか
被告ニプロ株式会社
(以下「被告ニプロ」という。)
同訴訟代理人弁護士川田篤
同訴訟代理人弁理士森本敏明
河村一乃
主文
1特許庁が無効2020-800002号事件について令和2年7
月28日にした審決を取り消す。
2訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
主文第1項と同旨
2被告沢井製薬
原告の請求を棄却する。
3被告ニプロ
(1)主位的答弁
本件訴えのうち被告ニプロに対する訴えを却下する。
(2)予備的答弁
原告の請求を棄却する
第2事案の概要
本件は,特許権の存続期間の延長登録を無効とする審決に対する取消訴訟である。
争点は,①被告ニプロに被告適格があるか否か,②発明の名称を「止痒剤」とする
特許第3531170号(以下「本件特許」という。)を実施するために,後述する
処分(以下「本件処分」という。)を受けることが必要であったか否かである。
なお,上記①について,当審は,令和2年12月2日,被告ニプロに被告適格が
あり,被告ニプロの被告適格に対する本案前の抗弁は理由がないとする中間判決を
言い渡した。
1手続の経緯
(1)原告は,発明の名称を「止痒剤」とする発明につき,平成9年11月21
日(優先日:平成8年11月25日[以下「本件優先日」という。],優先権主張
国:日本)に特許出願し(特願平10-524506号),平成16年3月12日
に特許第3531170号として設定登録を受けた(甲1,2。請求項の数36。
以下「本件特許」といい,各請求項に係る発明を,請求項の順に「本件発明1」な
どといい,これらをまとめて「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書及
び図面を「本件明細書」という。)。
(2)原告は,平成27年3月25日,本件特許について,存続期間延長登録の
出願(出願番号2015-700061号。以下「本件延長登録出願」という。)
をした(甲3,4,138)。
本件延長登録出願は,特許発明の実施について,平成28年法律第108号によ
る改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)67条2項の政令に定める処分を
受けることが必要であった処分(本件処分)を次のとおりとするものであり,平成
27年7月15日に延長の期間を「5年」とする本件特許権の存続期間の延長登録
(以下「本件延長登録」という。)がされた(甲1,36)。
ア延長を求める期間5年
イ延長登録の理由となる処分
医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬
機法」という。)14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認
ウ処分を特定する番号
22600AMX01388000
エ処分を受けた日
平成26年12月26日
オ処分の対象となった医薬品(以下「本件医薬品」という。)
販売名ノピコールカプセル2.5μg
有効成分ナルフラフィン塩酸塩
カ処分の対象となった医薬品について特定された用途
慢性肝疾患患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)
(3)被告沢井製薬は,令和2年1月15日,本件延長登録について無効審判
(無効2020-800002号事件)を請求し,被告ニプロは,同年4月10日,
特許法148条1項に基づく参加申請をし,特許庁は,同年6月11日,参加を許
可する決定をした(甲62,弁論の全趣旨)。
特許庁は,令和2年7月28日,「特許第3531170号の特許権存続期間延長
登録出願2015-700061号に基づく特許権の存続期間の延長登録を無効と
する。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は同年8月6日に原
告に送達された。
2本件発明の要旨
本件特許の請求項1~10,15,21,26,31~36の特許請求の範囲の
記載は,次のとおりである。
【請求項1】
下記一般式(I)
[式中,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から
12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,ア
リル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェ
ン-2-イルアルキルを表し,R2
は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のア
ルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは
-NR9
R10
を表し,R9
は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10
は水素,炭素
数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11
-を表し,R11
は,水素,フェニルまたは
炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカ
ノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC(=Y)-,-XC
(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立してNR4
,Sまた
はOを表し,R4
は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6
から12のアリールを表し,式中R4
は同一または異なっていてもよい)を表し,Bは
原子価結合,炭素数1から14の直鎖または分岐アルキレン(ただし炭素数1から5
のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭
素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからな
る群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から
3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),2重結合および/ま
たは3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和
炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキ
シ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオ
ロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基に
より置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわって
いてもよい),またはチオエーテル結合,エーテル結合および/もしくはアミノ結合
を1から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化
水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基が
カルボニル基でおきかわっていてもよい)を表し,R5
は水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフル
オロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換
基により置換されていてもよい)を表し,R6
は水素,R7
は水素,ヒドロキシ,炭素数
1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしくは,R6
とR7
は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表し,R8
は水素,炭素数1から5のアルキ
ルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,(-)
体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする
止痒剤。
【請求項2】
前記一般式(I)において,R1
がメチル,エチル,プロピル,ブチル,イソブチル,
シクロプロピルメチル,アリル,ベンジルまたはフェネチルであり,R2
,R3
が各々独
立して水素,ヒドロキシ,アセトキシまたはメトキシであり,Aが-XC(=Y)-(こ
こで,XはNR4
,S,またはOを表し,YはOを表し,R4
は水素または炭素数1から
5のアルキルを表す),-XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここで,XはNR4
を表し,YはOまたはSを表し,ZはNR4
またはOを表し,R4
は水素または炭素数1
から5のアルキルを表す)であり,Bが炭素数1から3の直鎖アルキレンであり,R6
とR7
とは一緒になって-O-であり,R8
が水素であるものである請求項1記載の止
痒剤。
【請求項3】
前記一般式(I)において,Aが-XC(=Y)-または-XC(=Y)Z-(ここで,
XはNR4
を表し,YはOを表し,ZはOを表し,R4
は炭素数1から5のアルキルを表
す)であるものである請求項2記載の止痒剤。
【請求項4】
前記一般式(I)において,R2
が水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフル
オロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換
基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項2記載の止痒剤。
【請求項5】
前記一般式(I)において,Aが-XC(=Y)-または-XC(=Y)Z-(ここで,
XはNR4
を表し,YはOを表し,ZはOを表し,R4
は炭素数1から5のアルキルを表
す)で表されるものである請求項4記載の止痒剤。
【請求項6】
前記一般式(I)において,R1
がメチル,エチル,プロピル,ブチル,イソブチル,
シクロプロピルメチル,アリル,ベンジルまたはフェネチルであり,R2
およびR3

各々独立して水素,ヒドロキシ,アセトキシまたはメトキシであり,Aが-XC(=Y)
-(ここで,XはNR4
を表し,YはOを表し,R4
は炭素数1から5のアルキルを表す)
であり,Bが-CH=CH-,-C≡C-,-CH2O-,または-CH2S-であり,R6
とR7

一緒になって-O-であり,R8
が水素であるものである請求項1記載の止痒剤。
【請求項7】
前記一般式(I)において,R5
が水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフル
オロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換
基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項6記載の止痒剤。
【請求項8】
前記一般式(I)において,Bが-CH=CH-または-C≡C-のものである請求項6
記載の止痒剤。
【請求項9】
前記一般式(I)において,R5
が水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフル
オロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換
基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項8記載の止痒剤。
【請求項10】
下記一般式(II)
[式中
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒ
ドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコ
キシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から
5のアルカノイルオキシ,または炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭
素数1から5の直鎖もしくは分枝アルキル,または炭素数6から12のアリールを表
し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下
記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表し,R6
は炭素数1から5のアルキル,アリルであり,
X-
はその薬理学的に許容される対イオン付加塩を表す。また,一般式(II)は(+)
体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成
分とする止痒剤。
【請求項15】
下記一般式(III)
[式中,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒド
ロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキ
シまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5
のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭素数
1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,A
は炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下記の基
本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表す。また,一般式(III)は(+)体,(-)体,(±)
体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容さ
れる酸付加塩を有効成分とする止痒剤。
【請求項21】
一般式(II)
[式中,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒ
ドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコ
キシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から
5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭素
数1から5の直鎖もしくは分枝アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,
Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下記の
基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表し,R6
は炭素数1から5のアルキルまたはアリルであり,
X-
はその薬理学的に許容される対イオン付加塩を表す。また,一般式(II)は(+)
体,(-)体,(±)体を含む]で表されるモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体。
【請求項26】
一般式(III)
[式中,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒド
ロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキ
シまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5
のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭素数
1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,A
は炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下記の基
本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表す。また,一般式(III)は(+)体,(-)体,(±)
体を含む]で表されるモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学的に許容さ
れる酸付加塩。
【請求項31】
請求項21ないし25記載のモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体を含んでなる医
薬。
【請求項32】
請求項26ないし30記載のモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学的
に許容される酸付加塩を含んでなる医薬。
【請求項33】
一般式(VIII)
で表される3級アミンを,アルキル化剤を用いて4級アンモニウム塩化することを特
徴とする一般式(II)
(上記一般式(VIII)および(II)において,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒド
ロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキ
シまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5
のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭素数
1から5の直鎖もしくは分岐アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,
Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下記の
基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表す。)で表される化合物の製造法。
【請求項34】
アルキル化剤が炭素数1から5のヨウ化アルキル,炭素数1から5の臭化アルキル,
炭素数1から5の塩化アルキル,炭素数1から5のメタンスルホン酸アルキル,炭素
数1から5のジアルキル硫酸,ヨウ化アリル,臭化アリルまたは塩化アリルである請
求項33記載の製造法。
【請求項35】
一般式(IX)
で表される3級アミンを,酸化剤を用いて酸化することを特徴とする一般式(III)
で表される化合物の製造法。
(上記一般式(IX)および(III)において,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から
13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2
は水素,ヒ
ドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコ
キシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から
5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4
は水素,炭素
数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,
Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5
は下記の
基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル
コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ
ウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト
キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよい)を表す。)
【請求項36】
酸化剤が有機カルボン酸の過酸化物,過酸化水素,第3ブチルヒドロペルオキシド,
クメンヒドロペルオキシドまたはオゾンである請求項35記載の製造法。
3本件審決の理由の要点
(1)本件医薬品の有効成分について
本件医薬品の有効成分は,本件処分の対象となった医薬品の有効成分の記載,「医
薬品インタビューフォーム」(甲9。以下「本件インタビューフォーム」という。)
及び「添付文書」(甲11。以下「本件添付文書」という。)からすると,ナルフ
ラフィン塩酸塩であると認められる。
(2)ナルフラフィン塩酸塩が本件発明の発明特定事項を満たすかどうかについ

ア本件発明は,①一般式(I)で表される化合物に関する発明(本件発明
1~9及び20),②一般式(II)で表される化合物に関する発明(本件発明10
~14,20~25,31,33及び34),③一般式(III)で表される化合物
に関する発明(本件発明15~20,26~30,32,35及び36)の三つに
大別されるところ,ナルフラフィンは,一般式(I)に含まれ,本件発明2~9及
び20はすべて本件発明1に従属するから,本件医薬品が本件発明1の発明特定事
項を備えているといえるか否かについて判断する。
イ本件特許の請求項1には「下記一般式(I)で表されるオピオイドκ受
容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」と記載されており,「オピオイドκ受
容体作動性化合物」とは,「一般式(I)で表される化合物」(例えば,ナルフラフ
ィンのフリー体)そのものを意味している。これに対して,「一般式(I)で表され
る化合物の塩」は,一般式(I)における環構造中のNに塩酸(HCl)のH+
が配
位結合して塩酸(HCl)を含む塩酸塩を形成しているものであるから,「一般式(I)
で表される化合物」とは別の化合物である。したがって,「一般式(I)で表される
化合物の塩」,例えば,ナルフラフィン塩酸塩は,請求項1の「一般式(I)で表さ
れるオピオイドκ受容体作動性化合物」に文言上(化学構造上)含まれていない。
また,本件明細書には,「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化
合物」が,一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物(フリー体)
のみならず,酸付加塩をも含むものを意味することを定義付ける記載はない。
一方,一般式(II)の化合物については,請求項10に「下記一般式(II)
で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」と,請求
項1と同様の記載がされているが,一般式(II)は,[式中,・・・X-
はその薬理
学的に許容される対イオン付加塩を表す。・・・]というものであって,対イオン
付加塩を含むものであることが明記されている。
さらに,一般式(III)の化合物については,請求項15に「下記一般式(I
II)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容さ
れる酸付加塩を有効成分とする止痒剤。」と記載されており,薬理学的に許容され
る酸付加塩を含むものであることが明記されている。
上記の本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載に照らすと,本件特許の
特許請求の範囲は,塩を含むか否かを明示的に記載していて,一般式(II)及び
一般式(III)の化合物に関しては塩を含むが,一般式(I)の化合物に関して
は塩を含まないものであると解するのが相当である。
そうすると,ナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品は,本件発明1
の発明特定事項を備えておらず,本件発明2~36の発明特定事項も備えていない
から,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとは認められない。
ウ出願当初の本件特許の特許請求の範囲の請求項3(甲19)には,一般
式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付
加塩が含まれていたが,平成13年4月24日付け拒絶理由通知(甲20,32。
以下「本件拒絶理由通知」という。)に応答した同年7月16日付け手続補正(甲2
2。以下「本件補正」という。)により,出願当初の請求項3は補正されて,独立項
である請求項1となり,その際に,その末尾が「オピオイドκ受容体作動性化合物
を有効成分とする止痒剤。」となって,「その薬理学的に許容される酸付加塩を有効
成分とする止痒剤」は含まないものとなった。他方で,(I)以外の一般式で表され
る化合物については,本件補正の後も一貫して薬理学的に許容される塩を有効成分
とする止痒剤が明示的に特許請求の範囲に記載されたままである。このような審査
経過に照らすと,ナルフラフィン塩酸塩などの「一般式(I)で表されるオピオイ
ドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする止痒
剤は,本件補正により特許請求の範囲から除外されたものと解するよりほかない。
仮に,手続補正をした者の意図がそうでなかったとしても,外形的にこう解される
ことは否定されない。
したがって,本件特許の審査経緯に照らしても,本件発明は,ナルフラフィン塩
酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないといえる。
エ原告は,本件発明の「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動
性化合物」が,止痒の薬効となる薬理作用を奏する成分(有効成分)でありさえす
ればよく,「止痒剤」に「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」
がどのような形態で含有されるかは問わないと主張する。
しかし,「成分」とは,一般に,混合物を構成する各物質のことを意味し,医薬
品の場合,その「有効成分」とは,医薬品という混合物を構成する各物質のうち,
薬効を示す物質をいうことが技術常識である(甲15~17,25,「広辞苑第
二版増訂版」1230頁「成分」の項,「廣川薬科学大辞典」855頁「成分」の
項及び1584頁「有効成分」の項)。したがって,本件発明1における「止痒剤」
の「有効成分」とは,医薬品という混合物である「止痒剤」に含有され,「止痒剤」
を構成する物質であって,一般式(I)で表される,塩の付加していない化合物を
意味すると解するべきである。
(2)以上からすると,本件発明の実施に旧特許法67条2項の政令で定める処分
を受けることが必要であったとは認められないから,本件延長登録は,無効とすべ
きものである。
4原告主張の審決取消事由
(1)取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)
(2)取消事由2(本件発明1の解釈の誤り)
(3)取消事由3(法令解釈の誤り)
第3当事者の主張
1被告ニプロが被告適格を有するかどうかについて
上記の点についての被告ニプロの主張は中間判決に記載のとおりである。
2取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件審決の事実認定の誤り
本件医薬品は,本件発明1の「一般式(Ⅰ)で表されるオピオイドκ受容体作動
性化合物」であるナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする医薬品であり,本
件発明1の発明特定事項を備えているものであるが,本件審決は,本件医薬品の有
効成分がナルフラフィン塩酸塩であると誤って認定している。
以下で詳述するとおり,医薬品の有効成分に関する技術常識,ナルフラフィン塩
酸塩の有効成分に関する科学的・客観的な理解,本件医薬品の製造販売承認書(以
下「本件承認書」という。)の記載等からすると,本件医薬品がナルフラフィンを
有効成分とする止痒剤であることは明らかである。
(2)医薬品における「有効成分」の意義についての技術常識
医薬分野の当業者において,「有効成分」の用語は,薬効を生じる薬理作用を奏
する成分を意味するものとして理解されて用いられており,それが技術常識となっ
ている。
すなわち,「有効成分」との用語は,ドイツ人薬剤師であるCによって,生薬に
おいて薬効を生じさせる物質(フリー体)を指す用語として用いられ始めたもので
ある(甲63~65)。
その後も,「有効成分」の語は,医療分野の当業者において,血中に吸収されて
生体内で薬効を生じる薬理作用を奏する成分を指す用語として一貫して使用されて
きて,それが技術常識となっていた(甲66~77)。
薬事行政を担う厚生労働省(旧厚生省。以下,単に「厚労省」という。)でも,
「有効成分」について,薬効となる薬理作用を奏する成分を意味する用語としてこ
れを用い,医薬品の有効成分を測定・評価するためのガイドラインを作成してきた
(甲78)。また,厚労省では,所轄する国家試験である「医薬品の登録販売者試
験」の「試験問題作成に関する手引き」において,「有効成分」について,消化管
から吸収されて血液中に移行して薬効となる薬理作用を奏する成分を意味する用語
として一貫して用いている(甲79,80)。上記試験の実際の試験問題は,上記
手引きの記載に準拠して出題されており(甲81),上記試験対策の参考書にも同
旨の記載がある(甲83)。
(3)塩を付加する意義について
一般に,医薬品に用いられる原薬の開発は,初期段階として薬効及び当該薬効に
係わる薬理作用を奏する化合物が見いだされ,次に,化合物の酸化・分解の防止や
水に対する溶解度の向上などを期待して塩や結晶形などのスクリーニングが行われ
る(甲84~89)。
もっとも,スクリーニングによって選択される塩の形態いかんによって,化合物
における薬効となる薬理作用が失われるものではなく,化合物が製剤中において塩
の形態をとったとしても,薬効となる薬理作用を奏するのは,塩が付加されない化
合物(=生体内において塩から遊離する化合物)であることは,当業者には技術常
識になっていた(甲84,90~92)。
(4)ナルフラフィン塩酸塩の製造過程及び有効成分に関する科学的・客観的な
理解
ナルフラフィン塩酸塩は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●であり,ナルフラフィン塩酸塩はヒトに投与されると直ちに
ナルフラフィンと塩化物イオンに解離し,ナルフラフィンが薬効となる薬理作用を
奏する(甲28,29)。
(5)本件承認書等の記載
本件承認書(甲36)では,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●これらの試験に関す
る記載は,ナルフラフィンが本件医薬品の有効成分と位置付けられていることを示
すものである。
また,本件添付文書(甲11)の【組成・性状】欄の「有効成分・含量」の箇所
には,原薬である「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg」と並記する形で「ナルフラ
フィンとして2.32μg」と明記されている。この記載は,本件医薬品の有効成
分がナルフラフィンであるとの理解に基づき本件医薬品の添付文書が作成されてい
ることを示すものである。
さらに,本件インタビューフォーム(甲9)においては,本件医薬品の一般名(I
NN[InternationalNonproprietaryName]表記)を「nalfurafine」(ナルフラ
フィン)と記載されている。INN表記は,「原薬の活性本体部分に対して命名さ
れる」ものとされ(甲33),また,世界保健機関(以下「WHO」という。)の
ガイダンスにおいても,薬効を発揮する部分の名称が付与されるルールとなってい
る(甲34)から,この記載は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィンであると
の理解に基づき本件インタビューフォームが作成されていることを示すものである。
(6)当業者において本件医薬品がナルフラフィンを有効成分とする止痒剤であ
ると理解されていること
各文献(甲93~103)には,本件医薬品のOD錠(以下「本件OD錠剤」と
いう。)及び本件医薬品と同一製剤である「レミッチカプセル2.5μg」(以下
「本件別名製剤」という。)における有効成分がナルフラフィンであることが記載
されており,当業者において,本件医薬品は,ナルフラフィンを有効成分とする止
痒剤であると理解されていることが分かる。
(7)本件審決の認定について
本件審決は,本件添付文書(甲11)及び本件インタビューフォーム(甲9)の
記載並びに本件処分の対象となった医薬品の有効成分の記載を根拠として,本件医
薬品の有効成分が,「ナルフラフィン塩酸塩」であると認定している。これらの記
載は,本件医薬品の製造販売承認申請書(甲36。以下「本件承認申請書」という。)
の有効成分欄に基づいて記載されたものである。
薬機法においては,「有効成分」の用語は,効能・効果と直接の関係のない賦形
剤,安定剤,溶剤等の製剤補助剤を含まない,「効能,効果を薬理的に生ぜしめる
有効な成分」であると定義されており,効能・効果とは関係しない他の「成分」と
区別するために用いられるものであり(甲30,104),本件承認申請書におい
ても,他の成分(添加剤)と区別する形で,有効成分欄に原薬の「ナルフラフィン
塩酸塩」が記載されている。
もっとも,前記(2)のとおり,厚労省も有効成分とは薬効を生じる薬理作用を奏す
る成分という意味であるとの理解を当然の前提としているから,上記のような本件
承認申請書の有効成分欄の記載から直ちに有効成分が「ナルフラフィン塩酸塩」で
あって,①生体内で薬効となる薬理作用を奏する成分を有効成分とはしない,又は,
②生体内で薬効となる薬理作用を奏する成分を有効成分から除外していると理解さ
れることにはならない。本件承認申請書の有効成分欄に原薬である「ナルフラフィ
ン塩酸塩」が記載されているのは,それが薬理作用を有する有効成分を含んでいる
ので,他の成分と区別するために記載されているのである。
(8)D意見書について
以上のような「有効成分」の意義及び本件医薬品の有効成分に係る理解は,長年
にわたり医薬品の製造販売承認実務を含む薬事行政に関与してきた元昭和薬科大学
学長のD名誉教授(以下「D名誉教授」という。)の鑑定意見書(甲105。以下
「D意見書」という。)においても述べられている。
(9)アミン及びモルヒナン骨格を有する化合物に関する技術常識
アアミンを有する化合物に関する技術常識
本件一般式(Ⅰ)の化合物のように,アミンを有する化合物は,遊離塩基であり,
水溶液中で塩基性を示す(甲115)ところ,遊離塩基は,一般に,空気酸化や光
で分解されたり,空気中の二酸化炭素と塩を形成したりして不安定であるため,塩
化して(何らかの酸との塩にして)用いられるが,塩化した場合にも,投与後の生
体内においては,塩のまま存在するわけではなく遊離塩基が遊離/し,粘膜からは遊
離塩基が吸収される(甲116)。このことは,本件優先日当時の技術常識であった。
イモルヒナン骨格を有する化合物に関する技術常識
本件一般式(I)の化合物のように,モルヒナン骨格を有する化合物を有効成分
とし,オピオイド受容体に作用する本件優先日当時の公知の医薬品は,いずれも,当
該有効成分を酸付加塩の形態で含有する医薬品であり,本件優先日当時,モルヒナン
骨格を有する化合物を医薬品の有効成分として用いる場合,塩化することが技術常識
であった(甲118~127)。
また,モルヒナン骨格の環構造が一部除去されたベンゾモルファン骨格又はフェ
ニルピペリジン骨格を有する化合物は,モルヒネ則と呼称される共通の構造的特徴を
有し(甲117),いずれも3級アミン(第三級窒素)を有するものであるところ,
このベンゾモルファン骨格又はフェニルピペリジン骨格を有する化合物を有効成分
とし,オピオイド受容体に作用する本件優先日当時の公知医薬品の多くも当該有効成
分を酸付加塩の形態で含有する医薬品である(甲128~135)。
ウ上記ア,イのとおり,本件優先日当時,本件一般式(Ⅰ)の化合物の
ようなアミン及びモルヒナン骨格を有する化合物を有効成分とする医薬品を製造す
るに当たっては,当該化合物を塩酸等の酸で塩を形成して用いるのが通常であるとの
技術常識が存在した。
(10)被告らの主張に対する反論
ア特許発明と医薬品製造販売承認書・承認申請書の記載事項は,規律する
法令も異なる全く別個のものであるから,医薬品製造販売承認書・承認申請書の記
載事項をもって,特許発明との関係における「有効成分」を特定するという被告ニ
プロの主張は,失当である。本件発明が医薬用途発明であることを踏まえて本件発
明との関係で本件医薬品を特定すると,注目されるべきは当該用途(止痒)に係る
作用効果を奏する成分が何であるかであって,医薬品中に含有される有効成分の存
在形態は問題となり得ず,当業者は,本件医薬品の「有効成分」を止痒効果を奏す
る成分であるナルフラフィン(フリー体)であると一義的に理解する。
イ被告らは,医薬品としての安定性,生体内における溶解性に差異がある
と,その薬効にも影響があるなどと主張する。
しかし,本件発明は有効成分となる化合物について止痒剤としての新たな医薬用
途を見いだした医薬用途発明であり,被告らの主張は,本件発明の性質等を無視し
たもので失当である。
(被告沢井製薬の主張)
(1)薬機法52条は,「添付文書等の記載事項」について規定しており,これに
関する「医療用医薬品添付文書の記載要領について(通知)」(甲8。昭和58年5
月18日厚生省薬務局長薬発第385号)には,「第2記載要領」「7組成
有効成分の名称(一般的名称など。・・・)及びその分量を記載すること。」とされ
ており,本件での「ナルフラフィン塩酸塩」が一般的名称(JAN)である(甲9)
から,この点から「ナルフラフィン塩酸塩」が本件延長登録出願上の「有効成分」で
あることが裏付けられている。
原告は,医薬化合物一般の議論をしているが,本件発明1におけるクレーム上の
「有効成分」の意義と,本件延長登録出願の対象としての「有効成分」の意義は別
であって混同してはならない。
ナルフラフィンのフリー体とナルフラフィン塩酸塩は化学構造も異なり,医薬品
にとって重要な作用効果である「止痒剤」として使用される場面での溶解性等も異
なるものである(甲10)。酸付加塩の有無は,投与時における有効成分として理
解されなければならない。「ナルフラフィン塩酸塩」を有効成分とする本件医薬品
は,3(被告沢井製薬の主張)で後述するとおり,「ナルフラフィン」を有効成分
とする本件発明1の発明特定事項を備えておらず,本件発明2~36の発明特定事
項も備えていないから,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったと
は認められない。
(2)本件処分の対象となった本件医薬品は,本件延長登録出願や本件延長登録,
本件インタビューフォーム(甲9)及び本件添付文書(甲11)においても,一貫し
て「ナルフラフィン塩酸塩」を有効成分としていることが明白であり,実際の「止痒
剤」(そう痒症の改善)を用途とする本件医薬品もナルフラフィン塩酸塩である。
(被告ニプロの主張)
(1)原告が提出した証拠に記載された「有効成分」との用語の意義は,いずれも
医薬品をヒトに投与した後,「生体内」において薬効を生じる時点における成分を意
味するものであり,「医薬品」として製造され,販売される場合における成分を意味
するものではない。
一般に医薬品の特許発明の実施において問題とされるべきものは,「物」としての
医薬品が製造され,販売される場合における有効成分の存在形態である。それは,
医薬品の医薬品製造販売承認書において「成分名」として記載されている。その医
薬品がヒトに投与され,生体内においてどのような存在形態をとるかが問題となる
わけではない。
本件医薬品についていうと,本件発明との関係において問題となるのは,本件承
認申請書(甲36)において「成分名」として記載されている「ナルフラフィン塩
酸塩」である。それが「生体内」において「フリー体」の意味における「ナルフラ
フィン」となるかどうかは問題とはならない。
本件特許の特許請求の範囲に記載の「有効成分」としては,請求項1の「フリー
体」としての「化合物」,請求項10の「対イオン付加塩」が配位した「化合物」,
請求項15の「フリー体」としての「化合物」又はその「化合物」の「酸付加塩」
などがあるが,いずれも「医薬品」である「止痒剤」における有効成分の存在形態
を問題としているものであり,ヒトに投与された後の生体内における存在形態を問
題としていない。そして,本件特許の特許請求の範囲において,医薬品としての止
痒剤における有効成分の存在形態としての「フリー体」と「酸付加塩」は明確に区
別されている。
医薬品において有効成分を「フリー体」とするか「塩」とするかは,医薬品とし
ての安定性,生体内における溶解性などに差異があることによる。医薬品としての
安定性,生体内における溶解性に差異があると,その薬効にも影響があるから,本
件特許においても,「フリー体」のものと「酸付加塩」のものとでは,医薬品として
の安定性,生体内における溶解性などに差異が生じ,その薬効にも影響があるとい
うべきである。
なお,原告が提出する研究者の意見書(甲28,29)における見解もまた,ヒ
トに投与した後の生体内において薬効が作用する機構を明らかにしたにすぎず,医
薬品として製造し,販売される状態における有効成分の存在形態とは関係のない議
論である。
以上,検討したところより,本件審決が,本件特許の特許請求の範囲の記載など
を踏まえて,本件医薬品の有効成分について,本件承認書(甲36)の別紙申請書
の記載のとおり,「ナルフラフィン塩酸塩」と認定したことに誤りはなく,原告が主
張する取消事由1には理由がない。
(2)原告は,「本件一般式(I)の化合物」が塩酸等の塩で塩を形成して用いる
のが通常であり,ヒトに投与したときは,塩酸塩を形成している有効成分(化合物)
が生体内において塩基として遊離して薬理作用を奏する旨を主張するが,本件医薬
品,すなわち,「ナルフラフィン塩酸塩」が,生体内において遊離塩基として薬効を
奏するとしても,それはあくまで本件医薬品をヒトに投与した後のことであり,本
件医薬品の有効成分の存在形態とは無関係である。
また,「フリー体」である「ナルフラフィン」の製造後,その「ナルフラフィン」
に塩酸を添加して「ナルフラフィン塩酸塩」とするかどうかは,技術的にも任意に
選択し得ることである。原告は,本件特許の特許請求の範囲の補正をするに当たり,
「本件一般式(I)の化合物」については,あえて「塩酸塩」の形態を選択せず,
「フリー体」の形態を選択して特許請求をしたにすぎない。このような特許請求の
範囲における選択は,いずれの有効成分の存在形態が通常であるかという問題とは
関係のないことである。
3取消事由2(本件発明1の解釈の誤り)について
(原告の主張)
(1)本件発明1における「有効成分」の意義
ア本件発明1の技術的意義
本件発明1が,一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物に止痒
の薬理作用を見いだした医療用途発明であることからすると,薬理作用を奏する成
分がフリー体であるか,酸付加塩の形態をとっているかは,医薬用途発明の作用効
果とは無関係であり,何ら重要ではなく,本件特許の請求項1の「有効成分」は薬
効となる薬理作用を奏する成分を意味するものと一義的に理解されるし,少なくと
も,本件特許の請求項1の「有効成分」が製剤中に含有される形態の化合物を特定
したものとは理解されない。
イ本件明細書(甲2)の記載
以下のように,本件明細書の記載からも,本件発明1の「有効成分」が「薬効を
生じる薬理作用を奏する成分」であると解釈することができる。
(ア)本件明細書の総論部分では,オピオイド系作動薬とオピオイド系拮抗薬
のいずれについても,製剤中に含有される化合物が塩の形態を取っているかなどは
一切注目されておらず,各医薬の薬理作用及び薬理作用を奏する成分が直接的に注
目されている。本件明細書においては,このような技術分野及び背景技術の記述を
踏まえ,「発明の開示」において本件発明を「本発明はオピオイドκ受容体作動性
化合物およびこれを有効成分とする止痒剤である。」と特定している。
(イ)本件明細書においては,各論の具体例・実施例として,薬理作用を奏す
るオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤について,酸付加塩等
の様々な実施形態についても記載されているが,その場合であっても,当業者は,
上記(ア)の総論部分の理解を踏まえ,当該止痒剤はオピオイドκ受容体作動性化合
物(フリー体)を有効成分とするものと理解するのであって,各論における具体例・
実施例の記載は,医薬用途発明の文脈における有効成分に関する当業者の理解を何
ら変更するものではない。
なお,実施例9,10及び12においては,投与対象物として酸付加塩が選択さ
れているが,それらは,生理食塩水又は10%ジメチルスルホキシド(DMSO)
に溶解させてから投与されている。酸付加塩は,概ね中性溶液である生理食塩水等
の溶液中で塩酸塩等の付加された塩が解離するから,投与対象物の形態を厳密にと
らえると,実施例9,10及び12において,生体中に投与されているのは,酸付
加塩ではなく,塩が解離した化合物である。しかし,実施例9,10及び12の各
記述は,そのような投与対象物の形態の違い,すなわち,生理食塩水等に溶解させ
ることにより,投与対象物が,塩が付加されていない化合物となったことに,一切
触れておらず,投与対象物の形態に注目していないから,本件明細書に接した当業
者は,実施例が,(溶液等中で解離した)オピオイドκ受容体作動性化合物が薬効
を生じる薬理作用を奏する成分として作用していることを示すものであると理解す
る。
(ウ)前記2(原告の主張)(2),(3)でみたような,「有効成分」の意義につい
ての当業者や厚労省の理解,化合物が製剤中において塩の形態をとったとしても,
薬効となる薬理作用を奏する成分が塩を付加しない化合物(=塩から遊離する化合
物)であることといった技術常識を踏まえて,本件明細書をみると,本件明細書に
は溶解度や溶解速度の向上等,塩を付加することの意義に関する記述は皆無であっ
て,このことからすると,本件発明1は,塩の付加の有無について何ら注目してお
らず,塩の付加の有無は,本件発明1の作用効果とも技術的特徴とも無関係である
ことが理解できる。
ウ本件審決が説示する辞書における「有効成分」
(ア)本件審決が援用する「廣川薬科学大辞典第5版」(甲67)は,「有
効成分」を「1つの医薬品の意図された作用を起こす物質。また,成分の中で薬効
を示す成分。」と記載しており,製剤中に含有される形態を何ら問題としておらず,
単に薬効となる薬理作用を奏する成分との理解を示している。
また,廣川薬科学大辞典では,「有効濃度〔薬物の〕」について,「薬効を発現
するに十分な濃度で,多くは血中濃度を対象」,「薬物の薬効発現,持続には有効
濃度に到達し,その維持が必要で,有効濃度の最小限度を最小有効濃度といい,そ
れ以上の濃度が必要。」として,成分の「血中濃度」と薬効(薬理作用)との関係
性を説明しているが,前記のとおり,生体内(血中を含む)において塩酸塩は遊離
し,血中濃度はフリー体の濃度を意味する。したがって,「有効濃度〔薬物の〕」
の説明を踏まえると,廣川薬科学大辞典が「有効成分」について,製剤中に含有さ
れる形態を何ら問題とせず,単に薬理作用を奏する成分と理解していることがより
一層明らかである。
(イ)本件審決は,「医薬実務用語集第9版」(甲15),「医薬実用英語ハ
ンドブック」(甲16)及び「医学書院医学大辞典」(甲17)を引用する。各
辞典における「有効成分」の意義(「薬効を示す成分」(甲15),「薬効となる
薬理作用をもつ成分」(甲17))は,原告が主張する有効成分の意義(薬効とな
る薬理作用を奏する成分)と何ら矛盾しない。
(ウ)本件審決は,「広辞苑第2版増訂版」及び「大辞林第3版」(甲2
5)に記載された「成分」の項の記載を参照して,「廣川薬科学大辞典」の「有効
成分」の意義に組み合わせて,「有効成分」とは,医薬品という混合物を構成する
各物質のうち,薬効を示す物質をいうことが技術常識である旨説示する。
特定の用語の意義を検討するに当たって,単純に当該用語を構成している用語の
意義を組み合わせて理解を試みること自体妥当ではない上,本件審決は,異なる辞
書の異なる用語の意義を組み合わせて「有効成分」の意義を理解しようとしている
のであって,本件審決が説示する「有効成分」の意義は何ら技術常識とはなり得な
い。
(2)本件特許の出願経過
原告は,本件拒絶理由通知の理由2,3(実施可能要件違反,明確性要件違反)
に対応するために,出願時の請求項1及び2を削除し,本件特許の請求項1を一般
式(I)・・・で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒
剤。」とする本件補正を行ったが,この補正は,上記理由2,3の拒絶理由を解消
するために,オピオイドκ受容体作動性化合物(モルヒナン誘導体を含む。)の基
本骨格を明らかにしてその構成を特定する趣旨で行われたものであり,オピオイド
κ受容体作動性化合物(フリー体)を酸付加塩とは異なるものとして限定したもの
でなく,本件審決が指摘するような「一般式(Ⅰ)で表されるオピオイドκ受容体
作動性化合物の酸付加塩を有効成分とする止痒剤」を除外したものではない。
なお,原告が本件補正について出願時の請求項1及び2を削除し,出願時の請求
項3の記載を修正するという方法を採用したのは,「一般式(I)」の記載が長文
であることから,出願時の請求項1に「一般式(I)」の記載を追加するのではな
く,出願時の請求項1及び2を削除した上で,元々「一般式(I)」が記載されて
いた出願時の請求項3を修正したほうが全体の修正量を抑えることができるという,
単なる補正の実務的・技術的な理由に基づくものである。
(3)被告らの主張に対する反論
ア被告沢井製薬の主張について
(ア)被告沢井製薬は,本件特許と関係のない他の特許(特許第252555
2号。甲7)の請求項を引用するが,それ自体失当であるし,甲7の請求項19な
どの「有効成分として・・・含んで成る医薬組成物」などの文言は,その有効成分
の製剤中の含有形態に着目した文言であって,本件発明の「有効成分とする」との
文言とは使い分けられている。
(イ)被告沢井製薬は,本件特許の対応外国特許(EP0897726B1。
甲23の1。以下「本件対応外国特許」という。)における平成17年9月30日
付け意見書(甲23の2)について主張するが,各国の特許制度や特許出願方針の
観点から,出願国によってクレームの内容や記載方法が異なることは当然であるか
ら,被告沢井製薬の指摘は失当である。
また,本件対応外国特許のクレーム1は,本件発明の「有効成分」のような構成
要件をもって発明を特定するものではなく,医薬の製造に「使用」される化合物を
もって発明を特定するものである。本件対応外国特許のクレーム1の医薬において
も薬効を生じる成分は,一般式(Ⅰ)で特定される化合物であり,同クレーム1は,
当該成分をフリー体(一般式(Ⅰ)で特定される化合物)又はその薬理学的に許容
される酸付加塩の形態の化合物として医薬の製造に「使用」することをクレームし
ているのである。
したがって,本件対応外国特許のクレーム及び出願経過は,本件発明の「有効成
分」の解釈が原告主張のとおりであることと矛盾せず,むしろ,本件発明の「有効
成分」の解釈に関する原告の主張が合理的であることを示すものといえる。
イ被告ニプロの主張について
(ア)本件発明が,医薬用途発明であることを踏まえてクレーム解釈をするこ
とは,特許法70条1項に反するものではなく,特許請求の範囲や明細書の記載か
ら理解される発明の技術的意義・特徴を無視してクレーム解釈を行うことはあり得
ない。
(イ)また,請求項15に係る発明である本件発明15は,改善多項制の下で
は本件発明1と異なる特許発明であるから,被告ニプロが主張するように請求項1
5の記載をもって請求項1の意義を断じる解釈が適切であるとはいえない。
(ウ)被告ニプロは,本件明細書の「技術分野」や「背景技術」における「こ
れを含んでなる止痒剤」との記載は,酸付加塩を意図したものである旨主張するが,
そのように理解することは,本件発明の意義や日本語の論理構成を無視した解釈で
ある。本件明細書の「技術分野」及び「背景技術」には,オピオイドκ受容体作動
性化合物の止痒作用(医薬用途)が記載されているのみであり,オピオイドκ受容
体作動性化合物の製剤中における存在形態の相違がもたらす治療効果の相違や製剤
の安定性といった化合物の製剤中における存在形態に着目する記載はない。被告ニ
プロの解釈によると,「技術分野」及び「背景技術」の記載全体において,製剤中
に含有される化合物の存在形態の違いがもたらす効果等について一切注目されてい
ないのに,「これを含んでなる」という箇所においてのみ突如として化合物の存在
形態が問題とされることになり,「技術分野」及び「背景技術」の一連の記述が論
理的に極めて不自然なものとなり,本件明細書の解釈として失当である。
(エ)被告ニプロは,手続補正における出願人の主観的な意図は,当業者にお
いては認識しようがないと主張するが,一般に,手続補正の経過を確認するに際し
ては,拒絶理由通知や意見書の内容を確認するのが通常であり,本件拒絶理由通知
や意見書(甲21)の内容に照らすと,「基本骨格を明らかにしてその構成を特定
する趣旨」で手続補正が行われたことは容易に理解できる。
(被告沢井製薬の主張)
(1)本件発明にはナルフラフィンの酸付加塩を有効成分とする止痒剤は含まれ
ないこと
ア本件特許について,本件明細書においてオピオイドκ受容体作動性化合
物について明確な定義付けがされていないこと,特許請求の範囲においては,フリ
ー体とそれに対する酸付加塩を明確に区別して定義していることから,文言解釈と
して,本件発明1における(酸付加塩の文言のない)医薬組成物としての「(有効
成分としての)オピオイドκ受容体作動性化合物」に含まれるナルフラフィンは,
ナルフラフィン(フリー体)のみと解され,ナルフラフィン酸付加塩は含まれない
こととなり,本件審決の判断は正当である。
イオピオイドκ受容体作動性化合物をAとしその酸付加塩をBとした場
合,
本件特許の特許請求の範囲には,
Aを有効成分とする止痒剤(現請求項1等)
A又はBを有効成分とする止痒剤(例えば,現請求項10以下〔式中に対イオン
付加塩の記載がある〕,現請求項15等,旧請求項2等)
の2パターンが記載されており,止痒剤の有効成分としては,Aだけでもよく,
A又はBでもよいようになっており,本件明細書からも,止痒剤について,酸付加
塩の有無について,どちらとも特定されていない。
したがって,止痒剤に着目すると,特許請求の範囲の各請求項において,酸付加
塩の文言のない場合はナルフラフィン(フリー体)の止痒剤に特定され,酸付加塩
の文言のある場合はナルフラフィン塩酸塩(酸付加塩の一形態)の止痒剤と特定さ
れる。
その結果,本件発明1ではナルフラフィン(フリー体)に特定され,酸付加塩は
含まれないと解するのが,ごく普通の文言解釈となる。
ウ出願経過をみても,原告は,本件補正により,もともと旧請求項3に含
まれていた旧請求項2の構成は取り入れず,旧請求項1の構成のみを現在の請求項
1の要素として取り入れるという補正をしている(甲19~22)。原告は,フリ
ー体と酸付加塩を明確に区別しながらも,拒絶理由を回避し特許登録を得るために,
本件補正により,請求項1から酸付加塩を削除したのであり,外形上,本件発明に
ナルフラフィンの酸付加塩を有効成分とする場合が含まれないことを明らかにした
ものといえるから,本件発明の技術的範囲から,ナルフラフィンの酸付加塩を意識
的に除外したものと解するほかない。
本件対応外国特許についても,原告は,請求項3を請求項1に書き直す際に酸付
加塩を不注意により書き落としたことを自認して補正していた(甲23の1・2)。
ファミリー外国出願における出願人の対応は信義則上考慮されるべきである。
本件では,客観的,外形的にみて,本件発明1の特許請求の範囲に酸付加塩を記
載しなかったことを表示しているものと評価されるのであり,マキサカルシトール
最高裁判決(最高裁平成28年(受)第1242号同29年3月24日第二小法廷
判決・民集71巻3号359頁)のいう「特段の事情」が存するというべきである。
エ原告が出願した特許第2525552号(甲7)は,本件発明と同じナ
ルフラフィンからなる物質発明と医薬用途発明に関するものであるが,請求項にお
いて,医薬組成物の「有効成分」について,モルヒナン誘導体のフリー体と酸付加
塩とが明確に区別されて統一的に使用されている。
(2)クレーム解釈上の「有効成分」との用語の意義と延長登録出願の対象との相

前記2(被告沢井製薬の主張)のとおり,延長登録出願の対象となったのは,「ナ
ルフラフィン塩酸塩」を「有効成分」とする本件医薬品である。本件発明について
も,ナルフラフィンのフリー体に特定(限定)されているのに,本件発明を実施で
きなかった期間を回復するための延長登録制度を利用する場面では,今度はナルフ
ラフィンのフリー体とナルフラフィン塩酸塩の両方を含む解釈をしてその範囲を拡
張することは許されない。
また,酸付加塩の有無は,前記2(被告沢井製薬の主張)のとおり,作用効果と
して重要な溶解特性等に影響を与えるから,投与時における有効成分として理解さ
れなければならない。
(3)「剤」について
「普通の意味」における「止痒剤」は,人体等に投与される前の薬剤そのものを
指していると解されるのであって(甲18,70,73,75,76,81),体内
での効果を強調しようとする原告の主張は失当である。
(被告ニプロの主張)
以下のとおり,本件特許の特許請求の範囲の請求項1の「化合物」に本件医薬品
の「ナルフラフィン塩酸塩」が含まれ得るとする原告の解釈には理由がない。
(1)医薬用途発明における発明特定事項のあるべき理解について
本件特許の特許請求の範囲では,「有効成分」について,「フリー体」としての「化
合物」とその「酸付加塩」とは明確に書き分けられている。このような特許請求の
範囲の記載において明確に特定されている成分の形態が「発明の技術的特徴となり
得ない」というのは,特許法70条1項の規定から離れた独自の見解である。特許
請求の範囲の記載はいわば特許権の内容を公示するものであり,本件特許の特許請
求の範囲の記載に接する当業者においても,このように明確に「フリー体」として
の「化合物」とその「酸付加塩」とが書き分けられていることを前提としてその技
術的範囲が画定されているものと信頼することになる。そのような信頼を無視した
公示の範囲を逸脱するような解釈はあり得ない。
また,成分の形態により医薬品の安定性や溶解性にも影響することは,原告自身
が認めていることであり,成分の形態は技術的特徴を構成するものである。
(2)本件特許の特許請求の範囲の記載の理解について
本件特許の特許請求の範囲の記載における「有効成分」は,「フリー体」としての
「化合物」とその「酸付加塩」とに明確に書き分けられており,例えば,請求項1
5においては,「下記一般式(III)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物
またはその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤。」と記載され
ているとおり,「酸付加塩」もまた「有効成分」であると明確に記載されている。本
件医薬品がヒトに投与された後,生体内で有効成分として薬効を奏するものが「ナ
ルフラフィン」であるとしても,本件医薬品における「有効成分」の存在形態とし
ては,「フリー体」としての「化合物」と「酸付加塩」とは明確に区別され,いずれ
も「有効成分」として特定されている。
このような特許請求の範囲の記載を無視して,本件医薬品の「ナルフラフィン塩
酸塩」と「フリー体」としての「ナルフラフィン」とが同一であるとする原告の解
釈は,本件特許の特許請求の範囲の記載に基づかない解釈であり,理由がない。
(3)本件明細書の記載について
ア本件明細書の「技術分野」の「本発明は,各種の痒みを伴う疾患におけ
る痒みの治療に有用なオピオイドκ受容体作動性化合物およびこれを含んでなる止
痒剤に関する。」(本件明細書12頁9行~10行)との記載の「これを含んでなる
止痒剤」とは,「酸付加塩」などを意図した記載と理解される。また,「背景技術」
の末尾にも,「本発明の目的は,上記の問題点を解決した止痒作用が極めて速くて強
いオピオイドκ受容体作動薬およびこれを含んでなる止痒剤を提供することにあ
る。」(本件明細書13頁22行~23行)と記載されていて,本件明細書上,有効
成分の存在形態は問題とされている。
イなお,「背景技術」の説明における「オピオイド系拮抗薬」に係る記載(本
件明細書13頁19行以下)は,薬理に関する記載で,ヒトに投与したときの作用
機序についての説明であるから,医薬品としての有効成分の存在形態に触れること
は,かえって不自然である。
また,原告は,当業者は本件発明がオピオイドκ受容体作動性化合物(フリー体)
を有効成分とするものと理解し,本件明細書の「発明を実施するための最良の形態」
における具体例及び実施例の記載は,このような理解を何ら変更するものではない
かのような主張をしているが,この主張もまた,ヒトに投与した後の生体内におい
て薬効を奏する有効成分が何かという点と,本件特許に係る「物」の発明としての
医薬品において有効成分の存在形態がどのように特定されているかという点とを混
同するものであり,理由がない。
(4)技術常識について
前記2(被告ニプロの主張)のとおり,原告は,ヒトに投与した後の生体内にお
いて薬効を奏する有効成分が何かという点と,本件特許に係る「物」の発明として
の医薬品における有効成分の存在形態がどのように特定されているかという点とを
混同して主張している。
(5)本件審決の「有効成分」の認定と本件審決が引用する辞典類の記載との整
合性について
本件審決は,ヒトに投与した後の生体内において薬効を奏する「有効成分」が何
かという問題と,本件特許において「有効成分」の存在形態がどのように特定され
ているかという問題とを区別した上で,本件医薬品の「有効成分」が何かを論じて
いるにすぎない。原告の主張は,これらの問題をあえて混同して本件審決の認定が
本件審決が引用する辞典類の記載と整合しないとするものであり,理由がない。
(6)本件特許に係る審査経過の理解
本件補正に接した当業者は,原告である出願人が「化合物」と「酸付加塩」とが
記載された旧請求項3を補正して「酸付加塩」を削除し「化合物」のみとした以上
は,当該補正前後の請求項を客観的に対比して,本件審決と同様に,「その薬理学的
に許容される酸付加塩」が削除されたと理解する。原告が主張するような出願人の
主観的な意図は,当業者においては認識しようがなく,このような主観的な意図に
より,当該補正を踏まえた特許請求の範囲の客観的な解釈が左右される理由はない。
4取消事由3(法令解釈の誤り)について
(原告の主張)
(1)仮に,本件発明1がナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする止痒剤
であり,本件医薬品はナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする止痒剤であるとして
も,本件医薬品と本件発明1の止痒剤とは実質的に同一であると評価されるもので
あるから,延長登録制度の趣旨に照らすと,本件延長登録出願は,旧特許法67条
の3第1項1号における「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処
分を受けることが必要であった」に当たると解すべきであり,延長登録が認められ
るべきものである。
(2)本件審決は,「処分の対象となった医薬品が特許発明の実施に当たらな
い」ときに該当すると判断しているところ,「処分の対象となった医薬品が特許発
明の実施に当たらない」ことに関しては,①「特許発明の実施」の法解釈,②「処
分の対象となった医薬品」の法解釈が問題となる。
ア上記①について,拡大先願(特許法29条の2)や先願(特許法39条)
についての審査基準における実質的同一の考え方からすると,延長登録要件充足性
における発明の同一性に関しても,特許発明と実質的に同一といえる場合には,「処
分の対象となった医薬品が特許発明の実施に当たらない」とはいえず,延長登録の
拒絶事由該当性は否定されるものと解すべきである。
また,上記②に関し,「処分の対象となった医薬品」の同一性の観点から見ても,
存続期間延長登録の制度趣旨(法意)に鑑み,処分で定められた審査事項のうち,
医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項に係る構成の一部に
ついて,処分対象物と異なる構成(差異)を有する医薬品であっても,それが僅か
な差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎない場合には,当該医薬品は「処分の
対象となった医薬品」との実質的同一性が肯定されるとの考え方は承認されている。
僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないか否かは,特許発明の内容に
基づき,その内容との関連で,政令処分において定められた審査事項のうち,医薬
品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項によって特定された「物」
と当該医薬品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術
常識を踏まえて判断されるべきである。アバスチン最高裁判決(最高裁平成26年
(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号191
2頁)が示した政令で定める処分対象物の同一性について実質的に判断するとする
考え方やオキサリプラチン大合議判決(知財高裁平成28年(ネ)第10046号
同29年1月20日特別部判決)が示した実質的同一の判断要素等によって実質的
同一物に保護を及ぼす考え方は,原告の上記主張を支持するものである。
イ上記①について,前記3(原告の主張)(1)で検討した本件発明1の技術
的意義や本件明細書の記載からすると,本件発明1の有効成分をフリー体(ナルフ
ラフィン)と解し,かつ,本件医薬品の有効成分をナルフラフィン塩酸塩であると
解したとしても,両医薬品の有効成分の相違は,課題解決(止痒)のための具体化
手段における微差にすぎず,本件医薬品と本件発明1に係る止痒剤とは発明として
実質的に同一である。この点に関し,特許庁薬品化学審査長等を歴任した特許庁担
当者らが執筆した文献(甲109)には,単剤医薬でその医薬用途が同一である場合
には,有効成分(物質)の同一性の幅は,広めに認めてよい旨が記載されている。
また,上記②について,本件医薬品の有効成分をナルフラフィン塩酸塩であると
解した場合にも,本件医薬品において止痒作用を発揮する成分はナルフラフィンで
あるから,本件医薬品は,ナルフラフィンにより止痒効果を生じさせる医薬品(止
痒剤)である点で,本件発明1の止痒剤と,技術的特徴及び作用効果を同一とし,
既述の薬効を奏する成分に関する当業者の技術常識を踏まえると,処分対象物とし
て実質的に同一である。また,前記2(原告の主張)(3)のとおり,原薬開発過程の
スクリーニングによって選択される塩の形態いかんによって,化合物における薬効
となる薬理作用が失われるものではなく,化合物が製剤中において塩の形態をとっ
たとしても,薬効となる薬理作用を奏するのは塩が付加されない化合物(=生体内
において塩から遊離する化合物)であることには何ら変わりはないことは,当業者
における技術常識であり,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)も,
塩違いについては,承認申請資料の添付資料省略の扱いを柔軟に認める運用として
おり,処分対象物としての医薬品の実質的同一性に直接影響を与えるものではない
との立場をとっている(甲110)。医薬品の実質的同一性を厳格に審査する厚労
省の通知においても,塩違いは実質的同一性に直接影響を与えないことが示されて
いる(甲111)。
ウ以上のとおり,本件発明1の止痒剤と本件医薬品とは,①発明としても,
②処分対象物としても,実質的に同一である。したがって,本件延長登録出願は,
旧特許法125条の2第1項1号に該当しない。
(3)米国の特許存続期間延長制度では,FDA(食品医薬品局)の審査を受けた
医薬品の有効成分及びその塩又はエステルを含めて延長制度の対象とすることが明
文で定められており,塩違いについて,延長制度の対象となる医薬品該当性に何ら
影響を与えず,保護対象とすることが明らかにされていて,有効成分がフリー体又
はその塩形態をとっているか否かは,延長許否に際して何ら問題とされないとの考
え方が一般に承認されている(甲112~114)。
(4)被告沢井製薬の主張に対する反論
ア原告は,「処分の対象となった医薬品が特許発明の実施に当たらない」と
いう要件の該当性を判断するに当たって,処分対象医薬品の同一性を実質的に判断
するアバスチン最高裁判決やオキサリプラチン大合議判決の考え方に沿い,処分対
象医薬品と延長登録の対象特許に係る特許発明とが実質同一と評価できる場合には
「処分の対象となった医薬品が特許発明の実施に当たらない」ときに該当しないと
主張するものであって,処分対象物の同一性を検討しているわけではない。
イ被告沢井製薬が根拠として提示するフリー体と酸付加塩の両方で承認取
得した事例において,被告沢井製薬が主張する化合物(エリスロマイシンとエリス
ロマイシンステアリン酸塩及びジソピラミドとリン酸ジソピラミド)に係る各製剤
において,添付文書(乙2,4),「麻酔薬および麻酔薬関連薬使用ガイドライン第
3版」(甲139)によると,薬効となる薬理作用を奏するのは,塩が付加されない
化合物(フリー体)であり,ステアリン酸塩,リン酸塩等の酸付加塩部分は薬効・
薬理作用の存否には影響を及ぼさないことが明らかである。いかなる効能・効果,
用法・用量により薬機法上の製造販売承認を取得するかは,申請者の裁量・選択に
よるものであるから,効能・効果,用法・用量の差異は,処分対象医薬品の客観的
性質が異なることを意味しない。
(被告沢井製薬の主張)
本件では,延長登録(出願)の対象が問題となっているのであるから,本件発明
1で特定・限定されているナルフラフィン(フリー体)が,延長登録によって酸付
加塩にまで広がることは,どのような理屈を持ってきてもあり得ない。
しかも,本件発明と延長登録の対象となった本件医薬品との比較の問題であるか
ら,発明同士を比較した場合の同一性の問題はここでは関係がない。
また,「処分対象物の同一性」についても,本件発明と延長登録の対象となった
本件医薬品との比較の問題であるから,その論理展開も誤っている。
なお,原告は,フリー体であっても塩が付いていても処分対象物が実質的に同一
であると主張するが,「フリー体と酸付加塩の両方で承認取得した事例」や「フリ
ー体と酸付加塩で効能効果が違う事例」(乙1~4)が存在するので,原告のよう
にいい切れず,また,医薬品にとって溶解特性等はその作用効果として重要である
から,原告の主張は当業者の技術常識に反する。
原告は,米国の特許存続期間延長制度について主張しているが,両国の延長登録
制度は大きく異なることは当業者にはよく知られているので,解釈上の参考にはな
らない。
(被告ニプロの主張)
原告が主張する「実質的同一」が意味するところが,ある医薬品が特許発明の技
術的範囲には属さないが,特許発明と「実質的同一」であるという趣旨であるとし
ても,どうして特許発明の技術的範囲に属さない医薬品に係る政令で定める処分を
受けることが特許発明の実施に必要であるのか,理解できない。
また,特許発明の技術的範囲に属する医薬品を実施するために政令で定める処分
を受けることができたにもかかわらず,あえて特許発明の技術的範囲に属さない「実
質的同一」の医薬品について政令で定める処分を受けたのであれば,そのような処
分について「その特許発明の実施に・・・政令で定める処分を受けることが必要で
あった」と認める必要はない。本件医薬品についていうと,本件特許の特許請求の
範囲の請求項1の発明の技術的範囲に属する「フリー体」である「化合物」につい
て政令で定める処分を受けることができたにもかかわらず,あえて「フリー体」で
ある「化合物」には該当しない「ナルフラフィン塩酸塩」について政令で定める処
分を受けたときには,特許請求の範囲の請求項1の発明の実施について「ナルフラ
フィン塩酸塩」に係る政令で定める処分を受けることが必要であったと認める必要
はない。
原告が援用するアバスチン最高裁判決やオキサリプラチン大合議判決は,特許発
明の技術的範囲内において,政令で定める処分の対象とされた物との同一性を論じ
ているにすぎず,これらの判決は,特許発明の技術的範囲に属さないものについて
は,政令で定める処分の対象とされた物と特許発明との同一性を論ずる余地はない
ことを前提としている。本件医薬品は,本件特許の特許請求の範囲の請求項1の発
明の技術的範囲に属さないから,本件医薬品の政令で定める処分が本件発明の実施
のために必要であったと認める余地はない。
なお,原告は米国における議論を援用しているが,米国では「塩」に係る特別の
規定があり,そのような規定がない我が国においては制度の前提が異なる。
第4当裁判所の判断
1被告ニプロの被告適格について
中間判決で判断したとおり,本件において,被告ニプロは,被告適格を有するも
のと認められ,被告適格が欠けることを理由とする被告ニプロの本案前の抗弁は理
由がない。
2本件発明について
(1)本件明細書(甲2)には,以下のような記載がある。
ア技術分野
「本発明は,各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療に有用なオピオイドκ受
容体作動性化合物およびこれを含んでなる止痒剤に関する。」(12頁9行~10
行)
イ背景技術
「痒み(そう痒)は,皮膚特有の感覚で,炎症を伴う様々な皮膚疾患に多く見ら
れるが,ある種の内科系疾患(悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,痛風,
甲状腺疾患,血液疾患,鉄欠乏)や妊娠,寄生虫感染が原因となる場合や,ときに
は薬剤性や心因性で起きることもある。
痒みは主観的な感覚であるため数量的に客観的に評価することが難しく,痒みの
発現メカニズムはまだ十分に解明されていない。
現在のところ,痒みを引き起こす刺激物質としては,ヒスタミン,サブスタンス
P,ブラジキニン,プロテイナーゼ,プロスタグランジン,オピオイドペプチドな
どが知られている。痒みとしての知覚は,これらの痒み刺激物質が表皮-真皮境界
部に存在する多刺激対応性の神経終末(痒み受容器)に作用し,生じたインパルス
が脊髄視床路→視床→大脳皮質の順に達することで起こると考えられている(・・・)。
・・・そう痒が治療対象となる具体的な皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,
神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂
欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,
湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴
う内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠が特に問
題となる。
このようなそう痒の治療には,内服剤として抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤な
どが主に用いられ,また外用剤としては,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド外
用剤,非ステロイド系抗消炎剤,カンフル,メントール,フェノール,サリチル酸,
タール,クロタミトン,カプサイシンなど保湿剤(尿素,ヒルドイド,ワセリンな
ど)が用いられる。しかし内服剤の場合,作用発現までに時間のかかることや,中
枢神経抑制作用(眠気,倦怠感),消化器系に対する障害などの副作用が問題とな
っている。一方,外用剤の場合では,止痒効果が十分でないことや特にステロイド
外用剤では長期使用における副腎機能低下やリバウンドなどの副作用が問題となっ
ている。
オピオイドと痒みについては,オピオイドが鎮痛作用を有する一方で痒みのケミ
カルメディエーターとしても機能することが知られていた。β-エンドルフィンや
エンケファリンのような内因性オピオイドペプチドが痒みを起こすことが報告され
た(・・・)のを始めとして,モルヒネやオピオイド化合物を硬膜外や髄腔内に投
与した場合も副作用として痒みが惹起されることが明らかとなった(・・・)。そ
の一方で,モルヒネの髄腔内投与によって惹起された痒みがモルヒネ拮抗薬である
ナロキソンによって抑制されたこと(・・・)や肝障害の胆汁鬱血患者で内因性オ
ピオイドペプチドの上昇によって惹起された強い痒みが,オピオイド拮抗薬である
ナルメフェンによって抑制されたこと(・・・)も明らかとなり,統一的見解とし
て,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,逆にその拮抗薬には止痒作
用があるとされた。・・・
このように,従来よりオピオイド系作動薬は痒みを惹起し,その拮抗薬が止痒剤
としての可能性があるとされてきた。しかし,オピオイド系拮抗薬を止痒剤として
応用することは現在までのところ実用化されていない。」(12頁12行~13頁
21行)
ウ発明の目的
「本発明の目的は,上記の問題点を解決した止痒作用が極めて速くて強いオピオ
イドκ受容体作動薬およびこれを含んでなる止痒剤を提供することにある。」(1
3頁22行~23行)
エ発明を実施するための最良の形態
「オピオイド受容体には,μ,δ,およびκ受容体の存在が知られており,それ
ぞれを選択的に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されている。即ち・・・
μおよびδ受容体作動薬として同定されたβ-エンドルフィンやエンケファリン,
およびκ受容体作動性の内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィ
ンである。しかし,ダイノルフィン自体を含め,κ受容体作動薬の痒みに対する作
用は何ら明らかにされておらず,本発明によって初めて明らかにされた。
本発明でいうκ受容体作動薬はオピオイドκ受容体に作動性を示すものであれば
その化学構造的特異性にとらわれるものではないが,μおよびδ受容体よりもκ受
容体に高選択性であることが好ましい。より具体的には,オピオイドκ受容体作動
性を示すモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられ,
中でも一般式(I)
[式中,
は二重結合又は単結合を表し,R1
は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシ
クロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から
12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリ
ル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン
-2-イルアルキルを表し,R2
は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアル
カノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは-
NR9
R10
を表し,R9
は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10
は水素,炭素数
1から5のアルキルまたは-C(=O)R11
を表し,R11
は,水素,フェニルまたは炭
素数1から5のアルキルを表し,R3
は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノ
イルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC(=Y)-,-XC(=
Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立してNR4
,SまたはO
を表し,R4
は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から
12のアリールを表し,式中R4
は同一または異なっていてもよい)を表し,Bは原子
価結合,炭素数1から14の直鎖もしくは分岐アルキレン(ただし炭素数1から5の
アルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,
ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群
から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個
のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),2重結合および/または
3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭
化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,
ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメ
チルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により
置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていて
もよい),またはチオエーテル結合,エーテル結合および/もしくはアミノ結合を1
から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素
(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基がカル
ボニル基でおきかわっていてもよい)を表し,R5
は水素または下記の基本骨格:
のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のア
ルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,
ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリ
フルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上
の置換基により置換されていてもよい)を表し,R6
は水素,R7
は水素,ヒドロキシ,
炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしく
は,R6
とR7
は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表しR8
は水素,炭素数1か
ら5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)
は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化
合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩であり,・・・これらκ受容体作動
薬は一種のみならず数種を有効成分として使用され得る。
治療対象となる具体的なそう痒を伴う皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,神
経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠
乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿
疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴う
内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠に起因する
そう痒が特に対象として挙げられる。さらに,眼科や耳鼻咽喉科の疾患に伴うで痒
みにも適用し得る。」(13頁29行~17頁20行)
「上記κ受容体作動薬の中で,一般式(I),(III),(IV),(V),
(VI)および(VII)で表される物質に対する薬理学的に好ましい酸付加塩と
しては,塩酸塩,硫酸塩,硝酸塩,臭化水素酸塩,ヨウ化水素酸塩,リン酸塩等の
無機酸塩,酢酸塩,乳酸塩,クエン酸塩,シュウ酸塩,グルタル酸塩,リンゴ酸塩,
酒石酸塩,フマル酸塩,マンデル酸塩,マレイン酸塩,安息香酸塩,フタル酸塩等
の有機カルボン酸塩,メタンスルホン酸塩,エタンスルホン酸塩,ベンセンスルホ
ン酸塩,p-トルエンスルホン酸塩,カンファースルホン酸塩等の有機スルホン酸
塩等があげられ,中でも塩酸塩,臭化水素酸塩,リン酸塩,酒石酸塩,メタンスル
ホン酸塩等が好まれるが,もちろんこれらに限られるものではない。
これらκ受容体作動薬は,医薬品用途にまで純化され,必要な安全性試験に合格
した後,そのまま,または公知の薬理学的に許容される酸,担体,賦形剤などと混
合した医薬組成物として,経口または非経口的に投与することができる。
経口剤として錠剤やカプセル剤も用いるが,皮膚疾患治療用としては外用剤が好
ましい。・・・
医薬組成物中のκ受容体作動薬の含量は特に限定されないが,経口剤では1服用
あたり通常0.1μg~1000mg,外用剤では1回塗布あたり通常0.001
ng/m2
~10mg/m2
となるように調製される。」(51頁25行~52頁1
5行)
オ実施例
「実施例9
選択的なκ受容体作動性オピオイド化合物である(-)-17-(シクロプロピ
ルメチル)-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチ
ル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン塩酸塩7
を生理食塩水に溶解し,40μg/ml濃度の水溶液を調製した。この水溶液を成
人男子下肢に生じた蕁麻疹の発赤部位3か所に,薬物濃度0.2μg/cm2
で塗布
した。
その結果,塗布前,中等度の痒み(グレードとして++と設定)を感じていたが,
塗布5分で痒みを全く感じなくなった(グレードとして-と設定)。痒みのない状
態は約5時間持続した。
実施例10
女性アトピー性皮膚炎患者の腕および脚で強い痒み(グレードとして+++と設
定)を感じる皮膚表面病巣に化合物7水溶液を塗布した。塗布部位は5ヶ所で,1
0cm2
に約50μl溶液で,塗布薬物濃度は0.2μg/cm2
であった。また比
較として,インドメタシン・クリーム(薬物濃度7.5mg/g)を同様に75μ
g/cm2
で塗布した。
その結果,表5のように,全塗布部分において,化合物7水溶液では塗布後5分
で痒みは完全になくなり,強力な止痒作用を有することが判明した。また,痒みの
ない状態は少なくとも3時間は持続した。一方,インドメタシン・クリームでは痒
みが残る感じがあり,止痒作用は化合物7の方が優れていることが判明した。
・・・
実施例12
ddY系雄性マウスを日本SLCより4週齢で入荷し,予備飼育をした後5週齢
で使用した。・・・被験薬物あるいは溶媒のいずれかをマウスの吻側背部皮下に投
与し,その30分後に生理食塩水に溶解したCompound48/80(100μg/site)を50
μLの用量で除毛部位に皮内投与した。その後直ちに観察用ケージ(10×7×1
6cm)に入れ,以後30分間の行動を無人環境下にビデオカメラで撮影した。ビ
デオテープを再生し,マウスが後肢でCompound48/80投与部位の近傍を引っかく行
動の回数をカウントした。1群8匹から10匹で実験を行った。
各被検化合物による引っかき行動の抑制率は下式で計算した。引っかき行動を減
らす作用をもって被験化合物の止痒効果の指標とした。
引っかき行動抑制率(%)={1-(A-C/B-C)}×100
A=被験薬物投与群の平均引っかき行動回数
B=被験薬物の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数
C=起痒剤の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数
・・・
結果を表6にまとめる。試験に用いた化合物は用いた用量で止痒効果を示した。
」(58頁18行~63頁27行)
カ産業上の利用可能性
「本発明の止痒剤は,オピオイドκ受容体作動薬を有効成分とすることを特徴と
し,各種の痒みを伴う皮膚疾患,例えばアトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮
膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そ
う痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾
癬,疥癬,尋常性座瘡など,および,痒みを伴う内臓疾患,例えば悪性腫瘍,糖尿
病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠などの痒みの治療に有用である。」(63頁2
9行~34行)
(2)前記(1)の記載からすると,本件発明は,以下のとおりのものであると認め
られる。
ア皮膚疾患や内科系疾患,妊娠などが原因で起こる痒み(そう痒)の治療
には,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤などの内服剤,抗ヒスタミン剤,副腎皮質
ステロイド外用剤,非ステロイド系抗消炎剤などの外用剤が用いられているが,内
服剤の場合は,作用発現までに時間のかかることや中枢神経抑制作用や副作用が問
題となっており,外用剤の場合は,止痒効果が十分でないことやステロイド外用剤
の長期使用による副作用が問題となっていた(背景技術)。
また,オピオイドと痒みについて,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用が
あり,逆にその拮抗薬には止痒作用があるとされていたが,オピオイド系拮抗薬を
止痒剤として応用することは実用化されていなかった(背景技術)。
イμ,δ及びκの3種類があるオピオイド受容体には,それぞれを選択的
に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されていたが,κ受容体作動性の
内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィンを含め,オピオイドκ
受容体作動薬(以下「κ作動薬」という。)の痒みに対する作用は何ら明らかにされ
ておらず,本件発明によってκ作動薬に止痒作用があることが初めて明らかにされ
た(発明を実施するための最良の形態)。
本件発明は,止痒作用が極めて速くて強いκ作動薬及びこれを含んでなる止痒剤
を提供することを目的としたものであり,下記式で示される化合物7(実施例9の
もの。ナルフラフィン塩酸塩に相当する。)などを含むオピオイドκ受容体作動性化
合物(以下「κ作動性化合物」ともいう。)又はその薬理学的に許容される酸付加塩
を有効成分とする,アトピー性皮膚炎等の皮膚疾患,悪性腫瘍等の内科系疾患,及
び,妊娠などにおける痒みの治療に有用な止痒剤(ただし,一般式(I)で示され
る化合物の酸付加塩を有効成分とする止痒剤が本件発明の技術的範囲に属するかに
ついては前記第3でみたように争いがある。)に関するものである(発明の目的,発
明を実施するための最良の形態,実施例,産業上の利用可能性)。
ウ選択的なκ作動性化合物である化合物7は,アトピー性皮膚炎患者にお
いて,インドメタシン・クリームと比べて,優れた止痒効果を示し(実施例10),
痒みを引き起こす刺激物質であるCompound48/80をマウスの皮内に投与した動物実
験において,化合物7を含む各種のκ作動性化合物は,止痒効果を示す(実施例1
2)。
3取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)について
(1)事実関係
証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア本件承認書(甲36)の記載
(ア)本件承認書には,「平成25年10月25日付けで申請のあった医薬
品の製造販売を,薬事法(・・・)第14条第1項の規定により,申請のとおり承
認する。」と記載されており,同申請書には,①「販売名」として「ノピコールカ
プセル2.5μg」と記載され,②「成分」として「成分名:ナルフラフィン塩酸
塩」と記載され,③「標準物質及び類縁物質の一覧」並びに④●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●として,以下の記載がされてい
る(なお,下線は原告が付したものである。)。
(省略)
イ本件添付文書(甲11)の記載
原告により作成された本件添付文書には,以下のような記載がある。
(ア)【組成・性状】の「有効成分・含量(1カプセル中)」の欄には,「ナ
ルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載さ
れている。
(イ)【薬物動態】の欄には,ナルフラフィン塩酸塩を経口投与や静脈内投与
した場合のナルフラフィンの血漿中濃度推移や薬物動態パラメータなどが記載され
ている。
なお,本件添付文書には,上記血漿中濃度推移等がナルフラフィンを測定したも
のであることについて,明示されていないが,甲116(太田俊作「薬品製造学」
さんえい出版234頁~244頁,1990年)に,「塩化された薬物について,
服用または投与後の生体内で,塩ではなくなり,遊離塩基が分離する」旨が記載さ
れており,後述するとおり,ナルフラフィン塩酸塩についても同様にヒトの体内で
ナルフラフィンと塩化物イオンに分離するものであるから,本件添付文書に記載さ
れた,ナルフラフィン塩酸塩を経口投与又は静脈内投与されることで得られる上記
血漿中濃度推移等は,ナルフラフィンを測定して得られたものと認められる。
(ウ)【薬効薬理】の「1.そう痒に対する作用」として「既存の止痒薬であ
る抗ヒスタミン薬が有効なヒスタミン皮内投与誘発マウス引っ掻き行動及び抗ヒス
タミン薬が効き難いサブスタンスP皮内投与誘発マウス引っ掻き行動を抑制した。
また,抗ヒスタミン薬が無効な中枢性のかゆみモデルであるモルヒネ大槽内投与誘
発マウス引っ掻き行動も抑制した。」と記載され,「2.作用機序」の欄には,「ヒ
トオピオイド受容体発現細胞を用いたinvitroの受容体結合試験及び受容体作動
性試験の結果から,選択的なオピオイドκ受容体作動薬であることが示されている。」
と記載されている。
(エ)【有効成分に関する理化学的知見】
一般名:ナルフラフィン塩酸塩NalfurafineHydrochloride
化学名:(2E)-N-[(5R,6R)-17-(Cyclopropylmethyl)-4,5-epoxy-3,14-
dihydroxymorphinan-6-yl]-3-(furan-3-yl)-N-methylprop-2-enamide
monohydrochloride
分子式:C28H32N2O5・HCl
性状:白色~ごくうすい黄色の粉末である。吸湿性が高く,光にやや不安定である。
溶解性は,水,メタノールに対して溶けやすく,エタノール(95)に対しては溶け
にくく,酢酸エチルとジエチルエーテルにはほとんど溶けない。
ウ本件インタビューフォーム(甲9)の記載
(ア)インタビューフォームとは,「添付文書等の情報を補完し,薬剤師等
の医療従事者にとって日常業務に必要な,医薬品の品質管理のための情報,処方設
計のための情報,調剤のための情報,医薬品の適正使用のための情報,薬学的な患
者ケアのための情報等が集約された総合的な個別の医薬品解説書として,日本病院
薬剤師会が記載要領を策定し,薬剤師等のために当該医薬品の製薬企業に作成及び
提供を依頼している学術資料」である(甲9)。
(イ)本件インタビューフォームには,以下のような記載がある。
a「II.名称に関する項目」に,本件医薬品の「2.一般名」とし
て,「(1)和名(命名法)ナルフラフィン塩酸塩(JAN)」,「(2)洋名(命名
法)NalfurafineHydrochloride(JAN)nalfurafine(INN)」と記載されてい
る。
b「III.有効成分に関する項目」に本件添付文書の「性状」(前記イ
(エ))と同様の記載がある。
c「IV.製剤に関する項目」として「2.製剤の組成(1)有効成分
(活性成分)の含量1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラ
フィンとして2.32μg)含有」と記載されている。
d「VI.薬効薬理に関する項目」として,本件添付文書の「薬効薬
理」(前記イ(ウ))と同様の記載がある。
e「VII.薬物動態に関する項目」として,本件添付文書の「薬物
動態」(前記イ(イ))と同様の記載がある。なお,前記イ(イ)で認定したのと同様に,
血漿中濃度推移などは,ナルフラフィンを測定して得られたものと認められる。
(ウ)医薬品について,日本薬局方における原薬の日本名は,我が国におけ
る医薬品の一般的名称(JAN)の日本語名及び国際一般的名称(INN)を参考
に命名されるとされており,JANは水和物や塩などの形態で実際に流通している
医薬品に対して命名され,INNは原薬の活性部分本体に対して命名されることと
されていて,医薬品がアミン類の無機酸塩又は有機酸塩の場合の医薬品の日本名は,
「○○〇***塩」(〇〇〇アミン類に対応するINN,***は無機酸又は有機
酸)と命名することとされている(甲33,34)。
なお,INNについては,WHOによりガイダンスが出されており,医薬物質又
は医薬有効成分を特定するものとして定義されている(甲34)。
エナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩との関係等について
(ア)一般に,医薬品の開発は,医薬品探索初期の段階では,基本的にフリ
ー体を用いて薬理,物性,安全性の評価が実施され,リード化合物の最適化が完了
し,候補化合物が数化合物に絞られてきた段階で,原薬形態のスクリーニングを開
始する(下記図2)。それにより見いだされた複数の候補形態の中から良好な物性
と安定性を有する原薬形態を選択し,その後の製剤開発を進めるのが一般的である。
市販又は開発されている低分子医薬品の原薬形態の種類は,下記の図1に示すとお
りに分類されるが,実際に利用されている原薬形態は,フリー体又は水和物若しく
は塩が大勢を占めている。(甲84,弁論の全趣旨)
(イ)塩基性化合物の溶解性や安定性を向上させるために塩酸等により付加
塩を形成すること,生体内では,酸付加塩から遊離塩基(フリー体)が解離し,遊
離塩基(フリー体)の形態で粘膜に吸収され,薬効及び薬理作用を奏することは,
医薬品分野における技術常識である(甲85~92,116,弁論の全趣旨)。
(ウ)本件医薬品のナルフラフィンのようなモルヒナン骨格を有する化合物
(モルヒナン化合物),モルヒナン骨格の環構造が一部除去されたベンゾモルファ
ン骨格を有する化合物(ベンゾモルファン化合物),フェニルピペリジン骨格を有
する化合物(フェニルピペリジン化合物)などの3級アミン(第三級窒素)を含む
塩基性化合物については,塩酸等で酸付加塩を形成して水溶性を高め,安定性を増
したものが多数知られていた(甲118~135,弁論の全趣旨)。
(エ)ナルフラフィン塩酸塩も,ヒトに投与されると体内で直ちにフリー体
であるナルフラフィンと塩化物イオンに解離し,ナルフラフィンが吸収され,作用
部位である中枢神経系に到達してオピオイドκ受容体と結合して薬効及び薬理作用
を奏するのであって,ナルフラフィン塩酸塩の塩酸部分は,薬効の存否や薬理作用
には影響を及ぼさず,原薬の溶解性や安定性といった物性の改善のために付された
ものである。これらのことは,平成25年10月25日に本件医薬品の製造販売の
承認申請がされた時までには,当業者には広く知られており,本件医薬品の製造販
売の承認に当たってされた審査もそのことを前提にしている。(甲28,29,甲
105[D意見書],弁論の全趣旨)
オ「有効成分」という用語についての当業者の理解を推認させる事情
当業者が,「有効成分」についてどのように理解しているのかを推認させるもの
として,以下のような各種文献の記載がある。
(ア)薬科学大辞典編集委員会編「廣川薬科学大辞典第5版」廣川書店,
平成25年(甲67)
「有効成分[医薬品の]単体又は1種類以上の他の成分と組み合わせ,1つの
医薬品の意図された作用を起こす物質。また,成分の中で薬効を示す成分,例えば
生薬の薬効をもつ成分をいうことが多く,生薬中の有効成分の分離は新薬開発の一
方法。」
(イ)塩路雄作「続・医薬品工業と粉体工学」粉体工学研究会誌14巻7号
409頁,昭和52年(甲68)
「医薬品の有効性とは治療効果であり,治療効果は医療品の臨床試験結果より評
価されるのが通常であるが,臨床試験の前段階として,製剤より有効成分がどの程
度生体内へ利用されているかを測定する必要がある。・・・・この生体への医薬品有
効成分の利用率をBioavailabilityと称し,通常は投薬後一定時間おきに血液や尿
を採取し,血清中や尿中に存在する(吸収され,代謝をうけ,また排泄された)有
効成分の含量の時間的推移をしらべることにより測定され,いろいろのパラメータ
ーを用いて,もっとも吸収されやすい形で投与した場合(一般には,水溶液)や他
の剤形との相対的比較で評価される。」
(ウ)石崎高志ほか「3.新薬の開発と臨床薬理」ファルマシアレビューNo.
139頁,昭和53年(甲69)
「米国FDAの定義では,「生物学的利用能とは,活性を有する薬物成分あるい
は治療有効成分が医薬品製剤から吸収され,薬の作用部位で利用されるようになる
速さや量である」とされている。具体的には,有効成分の血中濃度,尿中排泄ある
いは薬理効果を測定することが定められている・・・」
(エ)緒方宏泰「先発医薬品と臨床上の有効性・安全性が『同等』であるジ
ェネリック医薬品の評価~生物学的同等性を考える~」後発医薬品品質情報No.
23頁~4頁,平成26年(甲75)
「製剤中に含まれている有効成分は,投与された後に,製剤から放出あるいは溶
出される必要があります。そのため,試験管内での放出速度や溶出速度を比較検討
することで,それら製剤を投与後の有効成分の血中濃度や作用発現部位中の濃度は
推定でき,ヒト試験の代わりになるのではと期待される面があります。」
(オ)井上勝央「医薬品の吸収機構の解明とその吸収性改善・予測への応用
を目指して」TokyoUniversityofPharmacyandLifeSciences124号5頁,
平成28年(甲76)
「飲み薬は,きちっと服用すれば,有効成分がすべて腸で吸収されて,すべて全
身を巡る。」
(カ)その他,佐久間昭「薬の効果・逆効果臨床薬理学入門」講談社2
1頁,昭和56年(甲70)及び當瀬規嗣「よくわかる薬理学の基本としくみ」秀
和システム43頁,平成20年(甲73)並びに賀川義之「飲み方守って効果発
揮」静岡新聞夕刊5頁,平成25年(甲74)には,人体内部で血液中に取り込ま
れるのが「有効成分」であるとする趣旨の記載がある。
カナルフラフィン塩酸塩を含む医薬品について記載した各種の文献の記載
ナルフラフィン塩酸塩を含む本件OD錠剤や本件別名製剤について記載した各種
の文献では,「有効成分であるナルフラフィン」(甲93[成川衛「革新的医薬品審
査のポイント」日経BP社338頁~341頁,平成27年]),「ナルフラフィン
2.5μg」,「ナルフラフィン5μg」,「ナルフラフィン10μg」(甲94[熊谷
裕生ほか「新しいかゆみ治療薬ナルフラフィン(レミッチ)の臨床開発と有効性」
透析療法ネクストⅫ94頁~108頁,平成23年],甲95[熊谷裕生ほか「血
液透析患者のかゆみの病態生理とナルフラフィンの臨床効果」週刊日本医事新報4
538号72頁~80頁,平成23年],甲96[熊谷裕生ほか「血液透析患者のか
ゆみの病態とナルフラフィンの効果」モダンフィジシャン32巻4号442頁~
445頁,平成24年],甲97[深川雅史ほか「EBM透析療法」中外医学社2
32頁,平成22年]),「レミッチOD錠2.5μg成分(・・・)ナルフラフィ
ン(2.5μg/錠)」(甲102[大館市立総合病院薬剤科「薬局ニュース」28
巻4号,平成29年])などとして,ナルフラフィン塩酸塩とナルフラフィンを必ず
しも区別することなく記載している例がある。
キ薬事行政における「有効成分」の取扱い等
(ア)厚生省薬務局が編纂した「逐条解説薬事法」(ぎょうせい,昭和5
8年)は,平成18年法律第69号による改正前の薬事法50条7号(薬機法50
条10号)に記載された「有効成分」の解釈について,「『有効成分』とは,医薬
品の目的たる効能,効果を薬理的に生ぜしめる有効な成分を意味する。したがって,
効能,効果と直接の関係のない賦形剤,安定剤,溶剤等の製剤補助剤は含まれない。」
と記載している(甲30)。
(イ)厚生省薬務局審査第一課長及び生物製剤課長が,各都道府県衛生主管
部(局)長あてに,昭和63年3月11日付けで通知した,承認申請の目的で実施さ
れる徐放性製剤(経口投与製剤)の設計及び評価に関するガイドラインである「徐
放性製剤(経口投与製剤)の設計及び評価に関するガイドライン」(薬審―第五号)
には,以下のような記載がある(甲78)。
「医薬品の徐放化は有効成分の血中濃度を適正水準に維持することに主要な意義
がある。従つて,薬物あるいは活性代謝物を含めた有効成分の血中濃度と薬効と
の関係について検討し,平均的な最低有効濃度,最適治療濃度等を明らかにしてお
くことが望ましい。」
「原則として健康人を対象とし,速放性製剤あるいは原薬と比較し,当該製剤の
薬物速度論的特性を評価すること。薬物速度論的評価は,作用部位における有効成
分の濃度測定が可能で,且つその有効濃度が明らかになつている場合を除いて,原
則として血液データに基づいて行う。尿,唾液等の血液以外の体液データは,有効
成分の作用部位濃度または血中濃度とそれらの体液中濃度との間に関連性が認めら
れる場合に用いることができる。」
ク専門家の意見書
D名誉教授,神戸学院大学薬学部のE教授及び熊本大学薬学部のF教授は,本件
別名製剤や本件OD錠剤について,フリー体であるナルフラフィンが「有効成分」
であると鑑定意見書(甲28,29,105)に記載している。
D名誉教授は,D意見書(甲105)において,「医薬品における「有効成分」
とは,消化管から吸収され,循環血液に移行し,受容体などのタンパク質と結合す
ることで薬理作用を発揮する化学物質を表すことが昭和49年から現在に至るまで
の技術常識です。」と記載している。
(2)検討
前記(1)で認定した事実関係をもとにして,本件発明の実施に本件処分を受ける
ことが必要であったかどうかについて検討する。
ア特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要で
あったために特許発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的
とするものであるから,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったか
どうかは,このような特許法の存続期間延長の制度が設けられている趣旨に照らし
て判断されるべきであり,その場合における本件処分の内容の認定についても,こ
のような観点から実質的に判断されるべきであって,承認書の「有効成分」の記載
内容から形式的に判断すべきではない。このように解することは,最高裁平成26
年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号19
12頁の趣旨にも沿うものということができる。
イ前記(1)エで認定した事実からすると,医薬品について,良好な物性と安
定性の観点からフリー体に酸等が付加されて,フリー体とは異なる化合物(付加塩)
が医薬品とされる場合があること,そのような医薬品が人体に取り込まれたときに
は,付加塩からフリー体が解離し,フリー体が薬効及び薬理作用を奏すること,ナ
ルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩についても同様の関係にあり,ナルフラフィ
ンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬理作用に違いがないことは,平成25年1
0月25日に本件医薬品の製造販売の承認申請がされた時までに,当業者に広く知
られていたものと認められる。
ウ上記イで述べたところに,前記(1)オ,カ,キで認定した事実や前記(1)
クの専門家の意見書の内容を総合すると,医薬品分野の当業者は,医薬品の目的た
る効能,効果を生ぜしめる作用に着目して,付加塩だけでなく,そのフリー体も「有
効成分」と捉えることがあるものと認められる。
エ前記(1)ア~ウのとおり,本件承認書には,「成分」として「ナルフラフ
ィン塩酸塩」と記載されていて,本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知
見」として,「ナルフラフィン塩酸塩」と記載され,その構造式や性状などが記載
されているが,これは,賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から,実際に医薬
品に配合されている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載
であると解される。これに対し,本件添付文書の「有効成分・含量(1カプセル中)」
の欄に,「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」
と記載されており,本件インタビューフォームには,和名は「ナルフラフィン塩酸
塩」と記載されているものの,洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナル
フラフィン」が併記されているし,「有効成分(活性成分)の含量」として,「1
カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)
含有」と記載されている。そして,前記(1)アのとおり,本件承認書では,●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●同じく,前記(1)イ,ウのとお
り,本件添付文書や本件インタビューフォームにおける,本件医薬品の「薬物動態」
の血漿中濃度推移や薬物動態パラメータもナルフラフィン塩酸塩ではなく,ナルフ
ラフィンを測定して得られたものとなっている。
オ以上のことを考え併せると,本件処分の対象となった本件医薬品の有効
成分は,本件承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するので
はなく,実質的には,本件医薬品の承認審査において,効能,効果を生ぜしめる成
分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と,本件医薬品に配合され
ている,その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当
である。
したがって,「ナルフラフィン塩酸塩」のみを本件医薬品の有効成分と解し,「ナ
ルフラフィン」は,本件医薬品の有効成分ではないと認定して,本件発明の実施に
本件処分を受けることが必要であったとはいえないと判断した本件審決の認定判断
は誤りであり,取消事由1は理由がある。
(3)被告らの主張について
被告らは,①ナルフラフィン塩酸塩が,有効成分の一般的名称(JAN)とされて
いること,②ナルフラフィンのフリー体とナルフラフィン塩酸塩は化学構造も異な
り,「止痒剤」として使用される場面での溶解性等も異なるが,医薬品にとって溶解
性等はその作用効果として重要であるから,酸付加塩の有無は,投与時における有
効成分として理解されるべきであること,③本件特許との関係では,生体内におけ
る存在形態ではなく,販売される場合の有効成分の存在形態が問題とされるべきで
あること,④「フリー体と酸付加塩の両方で承認取得した事例」や「フリー体と酸
付加塩で効能効果が違う事例」(乙1~4)が存在するなどと主張する。
ア上記①について
前記(1)ウ(イ),(ウ)で認定したとおり,本件医薬品の「一般名」のうち,「和名」
はナルフラフィン塩酸塩であるが,他方で,「洋名」のうち,国際一般的名称(IN
N)は,「nalfurafine」であるから,「一般名」のみで有効成分を特定することが
できるというものではなく,被告沢井製薬の主張するところが,前記(2)の認定判断
を左右するものとはいえない。
イ上記②,③について
溶解性や安定性の向上などのために,本件医薬品の原薬形態が,ナルフラフィン
塩酸塩とされていることは,前記(1)エ(エ)で認定したとおりであるが,前記(1)で認
定した事実からすると,前記(2)で認定判断したとおり,投与時の原薬形態であるナ
ルフラフィン塩酸塩のみならず,本件医薬品の承認審査で,効能,効果を生ぜしめる
成分として着目されていた,ヒトに投与した後の形態であるフリー体のナルフラフ
ィンも,本件医薬品の「有効成分」と認定することができる。
前記2で認定したように,本件発明は,一般式(I)で示される化合物をはじめと
する特定のオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とした止痒剤に関する発明
であり,本件発明の技術的意義が,販売される場合のオピオイドκ受容体作動性化
合物の存在形態にあるものとは認められないから,そのような販売される場合の存
在形態の違いによって,本件処分における本件医薬品の有効成分の認定が左右され
るとは解されない。
ウ上記④について
薬機法上,医薬品の製造販売承認において,フリー体と酸付加塩で異なる承認が
得られる場合があったとしても(乙1~4),本件医薬品の処分の内容は,特許法に
おいて存続期間の延長登録制度が設けられている趣旨に照らし,特許法の観点から
実質的に,認定判断されるべきものであるから,それらの事例の存在が,本件処分の
内容を前記(2)のように認定することを妨げるものということはできない。
エその他,前記(2)の認定判断に反する被告らの主張を採用することができ
ないことは,既に判示したところから明らかである。
第5結論
以上の次第で,取消事由1は理由がある。よって,その余の点について判断する
までもなく,本件審決にはその結論に影響を及ぼす違法があるから,原告の請求を
認容することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
森義之
裁判官
眞鍋美穂子
裁判官
熊谷大輔

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