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本訴・平成15年(ワ)第23648号特許権差止請求権等不存在確認請求事件
反訴・平成16年(ワ)第1989号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成16年3月30日
              判      決
原告(反訴被告)    鹿島建設株式会社
(以下「原告」という。)
訴訟代理人弁護士       小林幸夫
同              弓削田博
   被告(反訴原告)       丸山工業株式会社
(以下「被告」という。)
訴訟代理人弁護士       後藤昌弘
同              川岸弘樹
補佐人弁理士         広江武典
同              武川隆宣
       主  文
1 被告が,原告に対し,被告の有する特許第3270968号特許権に基づ
き,原告が別紙原告実施工法目録記載の軟弱地盤の改良方法及び別紙原告改良施工
装置目録記載の改良施工装置を使用することの差止めを求める権利を有しないこと
を確認する。
2 被告の反訴請求を棄却する。
3 訴訟費用は,本訴反訴を通じ,被告の負担とする。       
 
              事実及び理由
第1 請求
 1 本訴
   主文第1項と同旨。
 2 反訴
   原告は,被告に対し,金2000万円及びこれに対する平成16年1月31
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
  (本訴)
  原告は,被告に対し,別紙原告実施工法目録記載の軟弱地盤の改良方法(以
下「原告方法」という。)及び別紙原告改良施工装置目録記載の装置(以下「原告
装置」という。)の使用が被告の有する後記特許権の侵害に該当せず,又は,後記
特許権に明白な無効事由が存在し,これに基づく差止請求が権利の濫用に当たり許
されないと主張して,原告方法及び原告装置の使用につき後記特許権に基づく差止
請求権が存在しないことの確認を求めた。
  (反訴)
   被告は,原告に対し,原告方法を使用する原告の行為が被告の有する後記特
許権を侵害する(なお,被告は,原告装置の使用が被告の有する特許権を侵害する
旨の主張はしていない。)として,不法行為に基づく損害賠償金の支払を求めた。
 1 争いのない事実等(認定の根拠を掲げない事実は当事者間に争いがない。)
 (1) 被告の有する特許権
    被告は,以下の特許権(以下「本件特許権」という。また,その請求項1
記載の発明を「本件発明1」と,請求項4記載の発明を「本件発明2」と,本件発
明1と本件発明2を併せて「本件発明」という。)を有している。
    発明の名称   軟弱地盤の改良工法及びその改良施工装置
    出願日平成8年6月17日
    登録日平成14年1月25日
    特許番号第3270968号
    特許請求の範囲 別紙「特許公報」写しの請求項1及び請求項4欄記載の
とおり(以下同公報掲載の明細書を「本件明細書」という。)
  (2) 本件発明の構成要件
   ア 本件発明1を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
    A ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設するこ
とにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,
    B 真空ポンプに連結されたネットとネット表面に取り付けた繊維シート
とからなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配置す
る工程と,
    C 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィルム
をラミネートした気密シートで覆う工程と,
    D 前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程
    E とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法。
   イ 本件発明2を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
    F 地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設されるドレーン材
と,
    G このドレーン材上端部と接触するように水平状に配置されるネットと
ネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材と,
    H 前記通水材に連結される真空ポンプと,
    I 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに覆う合成樹脂フィ
ルムをラミネートした気密シートとからなることを特徴とする
    J 軟弱地盤の改良施工装置。
  (3) 原告の行為
    原告は,業として,原告方法を使用し,原告装置を製造し使用している。
  (4) 原告方法及び原告装置の構成
   ア 原告方法の構成は,次のとおりである。
    a ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設するこ
とにより,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,
    b 真空ポンプに連結された袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチッ
ク成型板からなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に
配置する工程と,
    c 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに塩化ビニール製シ
ートで覆う工程と,
    d 前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程
    e とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法
   イ 原告装置の構成は,次のとおりである。
    f 地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設されるドレーン材
と,
    g このドレーン材の上端部と接触するように水平状に配置される袋状の
繊維シートに挿入した凹凸を付したプラスチック成型板からなる帯状の通水材と,
    h 前記通水材に連結される真空ポンプと,
    i 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに覆う塩化ビニール
製シートからなることを特徴とする
    j 軟弱地盤の改良施工装置
  (5) 本件発明の構成要件充足性
   ア 本件発明1の構成要件充足性
     原告方法は,本件発明1の構成要件A,D及びEを充足する。
   イ 本件発明2の構成要件充足性
     原告装置は,本件発明2の構成要件F,H及びJを充足する。
  (6) 本件特許の出願経過(甲7ないし11,弁論の全趣旨)
本件特許の出願経過は,以下のとおりである。
   ア 公開特許公報(甲7)の記載
     本件特許は,平成8年6月17日に出願され,平成12年11月28日
に公開されたが,出願当初の明細書においては,本件発明に対応する特許請求の範
囲の請求項は,以下のとおり記載されていた。
    (ア) 請求項1
      「ドレーン材を地盤中に所定の間隔をおいて打設することにより,地
盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,前記ドレーン材上端部と接触するように水平
状に真空ポンプに連結した通水材を配置する工程と,地盤上を前記ドレーン材上端
部及び通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆う工程
と,前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程とからなる
ことを特徴とする軟弱地盤の改良工法。」
    (イ) 請求項4 
      「地盤中に所定の間隔をおいて打設されるドレーン材と,このドレー
ン材上端部と接触するように水平状に配置される通水材と,通水材に連結される真
空ポンプと,地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに覆う合成樹脂フィ
ルムをラミネートした気密シートとからなることを特徴とする軟弱地盤の改良施工
装置。」
   イ 拒絶理由通知書(甲8)の記載
     前記アの出願に対し,特許庁審査官は,平成13年8月16日,前記ア
記載の各発明につき,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない
旨の拒絶理由通知書を発した。
     上記拒絶理由通知書の備考欄には,以下の記載がある。
     「引用文献1においては,不透膜14の構成については記載されていな
いが,不透膜をどのような構成とするかは設計的事項に過ぎず,また合成樹脂をラ
ミネートしたシートも,参考文献にあるように様々な技術分野においてよく用いら
れているものに過ぎず,合成樹脂をラミネートしたシートを引用文献1の不透膜と
して用いて,本願の請求項1のような構成とすることは,当業者にとって容易に想
到できたことである。
     (中 略)
     引用文献4の複合シートを通水材として用いることは,当業者にとって
容易に想到できたことである。
     引用文献5には,非透水性シートの下面に透水性シートを一体に積層し
たシートが記載されており,これを引用文献1のサンドマットと不透膜に代えて用
いることは,当業者にとって容易に想到できたことである。(以下省略)」
   ウ 出願人による補正
    前記イの拒絶理由通知に対し,出願人は,平成13年10月15日(提
出日)付の手続補正書(甲10)を提出して,前記ア記載の各請求項1,4につい
て,「通水材」を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の
通水材」と補正し,本件明細書の記載と同一の記載に補正した。
     これと同時に,出願人は,特許庁審査官に対し,同日付けの意見書(甲
9)を提出した。同意見書には以下の内容の記載がある。
    (ア) 前記ア記載の各請求項に係る発明が,「ネットとネットの表面に取
り付けられた繊維シ-トとからなる帯状の通水材を用い,この通水材を地盤上に残
しておかれたドレーン材上端部と接するように配置して,該通水材を通して地盤表
面へと吸い出された水及び空気を改良区域外へと排出するようにしているのに対
し,引用例1記載の発明では,水及び空気の排水経路としてサンドマットを用いて
いる点で相違している。」(4頁2~7行)そして,両者は共に水及び空気の排水
経路として機能するものであるが,「請求項1,4に係る発明の通水材は,ネット
とネットの表面に取り付けた繊維シートとからなり,サンドマットとの作用効果の
違いは,本意見書に添付した実験証明書(甲11)からも明らか」(4頁14~1
7行)である。
    (イ) また,拒絶理由通知書記載の引用例2,3,5及び6には,「地盤
上に残しておかれたドレーン材上端部と接するように真空ポンプに連結されたネッ
トとネットの表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材を配置すること
について,何らの記載も示唆もない。」(5頁14~16行)
  (7) 被告の対応
   ア 警告書の送付
     被告は,平成15年6月,訴外日本下水道事業団(以下「下水道事業
団」という。)及び原告を含む特定建設工事共同企業体(以下「JV」という。)
に対し,下水道事業団が発注し,JVが原告方法及び原告装置を使用して実施して
いる工事の実施が,本件特許権を侵害している旨の警告書を送付し,同書面は同月
19日に下水道事業団に到達した。
   イ 証拠保全の実施
     被告は,前記ア記載の警告後の平成15年6月30日,前記ア記載の工
事について,原告方法及び原告装置がいずれも本件特許権を侵害している可能性が
高く,証拠保全の必要性が高いなどとして証拠保全申立てを行い,同年7月10
日,証拠保全が実施された。
   ウ 金銭支払の要求
     平成15年8月13日及び同年9月8日に行われた原,被告間の協議の
場において,被告は,原告に対し,原告方法及び原告装置がいずれも本件特許権を
侵害することを前提に,本件特許権の実施料として,最終的に600万円の支払を
求めた。
 2 争点
(1) 構成要件充足性の有無
 ア 原告方法は,本件発明1の構成要件Bを充足するか。
 イ 原告装置は,本件発明2の構成要件Gを充足するか。
(2) 均等侵害の成否
 ア 原告方法と本件発明1
  (ア) 原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板
からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維
シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
  (イ) 原告方法の「塩化ビニール製」シートは,構成要件Cの「合成樹脂
をラミネートした気密」シートと均等か。
 イ 原告装置と本件発明2
  (ア) 原告装置の「袋状の繊維シートに挿入した凹凸を付したプラスチッ
ク成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Gの「ネットとネット表面に取り付
けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
 (イ) 原告装置の「塩化ビニール製」シートは,構成要件Iの「合成樹脂
をラミネートした気密」シートと均等か。
(3) 本件特許に進歩性欠如による無効理由のあることが明らかといえるか。
(4) 被告の被った損害の額は幾らか。
 3 争点に関する当事者の主張
  (1) 争点(1)(構成要件充足性)について
   ア 本件発明1の構成要件Bの充足性
   (被告の主張)
    (ア) 「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通
水材」の意義
      構成要件Bにおける「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートと
からなる帯状の通水材」は,シートの長さ方向に沿って水及び空気を移動させる移
動経路,排水経路を構成するものであり,さらに,ネット表面に積層した繊維シー
トによって,砂や土砂の透過を抑制して,前記経路を確保する作用効果を有するも
のであれば足りる。その形状は,特許公報の【図3】で示された「ネット状」の形
状に限定されない。
 本件発明1の通水材において,「ネット」は,「繊維シート」との関係
で,シートの長さ方向に沿って水及び空気を移動させる移動経路,排水経路を構成
し,かつ砂や土砂の透過を抑制して,前記経路を確保するものであり,そのために
高さ方向への通水は全く不要である。
      したがって,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シ
ートとからなる帯状の通水材」は,ネットを用いない通水材を含むものと解すべき
である。
    (イ) 原告方法との対比
      上記のとおり,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維
シートとからなる帯状の通水材」は,本件発明における前記経路を確保するとの作
用効果を有するものであれば,「ネットを用いない通水材」を含むと解すべきであ
るから,原告方法の構成bの「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型
板からなる」ものも,同様の作用効果を奏するので,構成要件Bを充足する。
   (原告の反論)
     以下のとおり,原告方法は,本件発明1の構成要件Bを充足しない。
    (ア) 「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートからなる帯状の通水
材」の意義
      本件特許の出願経過からすれば,本件発明1の構成要件Bにおける
「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートからなる帯状の通水材」とは,通水
材一般ではなく,特許公報に【図3】として示された,「ネットとネット表面に取
り付けた繊維シートとからなる帯状」の通水材に限定されたものと解すべきであ
る。
      すなわち,原告方法における凹凸を付したプラスチック成型版を不織
布等で覆うような通水材は,甲29ないし33記載のとおり,本件特許出願前の周
知技術であった。したがって,本件発明1は,通水材について,公知技術とは異な
る「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に特に
限定したことにより特許されたというべきである。
      「ネット」とは,いわゆる「網」であり,網の目が存在し,その網の
目を通してネットの長さ方向のみならず高さ方向にも通水可能となっているものを
指すと解すべきである。
    (イ) 原告方法との対比
      原告方法における構成bの「プラスチック成型板」は,凹凸の付され
たプラスチックの板状のものであり,網の目は存在しないので,構成要件Bの「ネ
ット」に当たらない。また,「プラスチック成型板」は,長さ方向にのみ通水を行
うものであって,高さ方向に通水することはできないので,その作用も「ネット」
と異なる。
      したがって,原告方法は,本件発明1の構成要件Bを充足しない。
    (ウ) 禁反言
      被告の上記主張は,本件特許の出願過程における主張(補正)と明ら
かに矛盾し,禁反言の原則から許されない。
   イ 本件発明2の構成要件Gの充足性
   (被告の主張)
     前記アに記載したのと同様の理由により,原告装置は,本件発明2の構
成要件Gを充足する。
   (原告の反論)   
     前記アに記載したのと同様の理由により,原告装置は,本件発明2の構
成要件Gを充足しない。
  (2) 争点(2)(均等侵害の成否)について
   ア 本件発明1と原告方法について
    (ア) 原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板
からなる」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維
シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
    (被告の主張)
      仮に原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型
板からなる」帯状の通水材が,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊
維シートとからなる」帯状の通水材に当たらないとしても,以下のとおり,原告方
法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水
材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯
状の通水材と均等物であり,本件発明1の技術的範囲に属する。
     a 本質的部分について
       本件発明1の作用効果を得るためには,芯材と不織布又は繊維シー
トとの間に隙間が形成されればよく,その構造,形態が「ネット」である必要はな
い。通水材にネットを使用することは,本件発明1の本質的部分ではない。
     b 置換可能性
       本件発明1における「ネットとネット表面に取り付けた繊維シート
とからなる」帯状の通水材を,原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラ
スチック成型板からなる」帯状の通水材に置き換えても,芯材と繊維シートとの
間,及び繊維シートの構成繊維間に隙間が形成され,この隙間を通してシートの長
さ方向に水及び空気が移動する移動経路及び排水経路を確保することができ,本件
発明1と同様の作用効果を奏する。
     c 置換容易性
       凹凸を付したプラスチック成型板を芯材とし,これを不織布等で覆
ったドレーン材を用いて,長さ方向に水及び空気が移動する移動経路及び排水経路
を構成する技術,並びにドレーン材の芯材となるプラスチック成型板の凹凸に孔を
形成して両側面に形成された空間を連通せしめる技術が,本件特許出願前に周知で
あった。
       したがって,本件発明1の「ネットとネット表面に取り付けた繊維
シートとからなる」帯状の通水材を,原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付し
たプラスチック成型板からなる」帯状の通水材に置き換えることは,当業者が,原
告方法の使用を開始した当時において容易に想到できた。
     d 公知技術からの容易推考
       上記cのとおり,凹凸を付したプラスチック成型板を芯材として,
これを不織布等で覆ったドレーン材は本件特許出願時において既に周知であった。
       しかし,この周知のドレーン材を真空圧密工法における真空圧伝播
手段(通水材)として用いること自体,本件特許出願当時の公知技術からは全く予
測し得ないことであり,原告方法は,本件特許出願時に容易に推考できたものでは
ない。
     e 意識的除外等の不存在
       原告は,構成要件Bにおける「通水材」を「ネットとネット表面に
取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」と補正したが,これにより,「袋
状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材を用い
た方法を特許請求の範囲から意識的に除外したと解すべきではない。
    (原告の反論)
a 本質的部分について
       本件特許の出願過程に照らすと,本件発明1は,当初の「通水材」
との構成を,「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通
水材に限定して補正することにより,特許査定を受けたものというべきである。
       したがって,本件発明1における通水材が,「ネットとネット表面
に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材であることが,本件発明1の本
質的部分である。
     b 公知技術からの容易推考について
       凹凸を付したプラスチック成型板を不織布等で覆う構成,及び大気
圧工法による地盤改良において,改良対象地盤上面に負圧環境をつくり出すため
に,改良対象地盤上面を気密シートで覆う技術はいずれも本件特許出願前の公知技
術である。
       したがって,原告方法は,本件特許出願時における公知技術と同一
か,又は,少なくとも当業者が公知技術から容易に推考できた。
     c 意識的除外等の存在
       本件特許の出願過程からすれば,被告は,本件発明1の「通水材」
につき,原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からな
る」帯状の通水材を含む通水材一般ではなく,「ネットとネット表面に取り付けた
繊維シートとからなる」帯状の通水材に限定をしたものというべきである。
       したがって,被告は,出願過程において,本件発明1の「通水材」
から,通水材一般に含まれる本件実施工法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプ
ラスチック成型板からなる帯状の通水材」を意識的に除外したものである。
    (イ) 原告方法の「塩化ビニール製」シートは,構成要件Cの「合成樹脂
をラミネートした気密」シートと均等か。
    (被告の主張)
      原告方法で用いられている気密シートは,塩化ビニール製シートであ
るから,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートに当たら
ない。
      しかし,以下のとおり,原告方法の構成cの「塩化ビニール製」シー
トは,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートと均等物で
あり,本件発明1の技術的範囲に属する。
     a 本件発明1の本質的部分
      本件発明1は,気密シートで地盤上面を覆うことにより,地盤上面
に,より効率的に負圧環境をつくり出す作用効果を得るものである。したがって,
気密シートは,非通気性のものであれば足り,その構造が原告方法に用いられる単
層のものであろうと,構成要件Cのラミネート構造であろうと,その効果に実質的
な差異はない。
       したがって,構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした気
密」シートと,単一の合成樹脂層からなる原告方法の「塩化ビニール製」シートに
おける相違部分は本件発明1の本質的な部分ではない。
     b 置換可能性
       本件発明1における「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シ
ートを,原告方法の「塩化ビニール製」シートに置き換えても,地盤上面を覆うこ
とで地盤上面により効率的に負圧環境をつくり出すことができるという作用効果を
奏する。
     c 置換容易性
       前記bのとおり,本件発明1における「合成樹脂フィルムをラミネ
ートした気密」シートと原告方法における「塩化ビニール製」シートとは,同様の
作用効果を有する。したがって,本件発明1における「合成樹脂フィルムをラミネ
ートした気密」シートを,原告方法の「塩化ビニール製」シートに置き換えること
は,当業者が,原告方法の使用を開始した当時において容易に想到できた。
     d 公知技術からの容易推考性
       原告方法は,本件特許の出願時における公知技術と同一ではなく,
また,当業者が本件特許の出願時に容易に推考できたものではない。
     e 意識的除外等の不存在
       本件発明1の構成要件Cは,本件特許出願時から何ら補正されてお
らず,特許出願当初のままの内容である。
       したがって,本件特許の出願手続において,「塩化ビニール製」シ
ートを意識的に除外していない。
    (原告の反論)
      以下のとおり,原告方法の「塩化ビニール製」シートは,構成要件C
の「合成樹脂をラミネートした気密」シートと均等とはいえない。
     a 本質的部分について
       本件明細書の記載及び被告の主張からすると,本件発明1の目的
は,従来技術に比べて地盤上面により効率的に負圧環境をつくり出す点にあり,か
かる目的実現のために,「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートを採用
したことは明らかである。そして,このような気密シートを採用することにより,
①地盤上面が合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで覆われていて,より
効率的に負圧環境を実現することができる,②ピンホールが重なり難く,気密性を
より高めることができ,より効率的に負圧環境を実現することができる,との作用
効果を生じさせる。
       したがって,原告方法の構成cとの相違部分である,本件発明1の
構成要件Cの「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートは,本件発明1の
本質的部分である。
     b 置換可能性について
       本件発明1の「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートを
原告方法の「塩化ビニール製」シートに置き換えた場合,上記a記載の作用効果を
奏することはできない。
     c 容易想到性について
       大気圧工法による地盤改良において,改良対象地盤上面に負圧環境
をつくり出すために,改良対象地盤上面を気密シートで覆う技術は,本件特許の出
願前の公知技術である。そして,原告方法で使用される「塩化ビニール製シート」
は,大気圧工法における気密シートに該当する。
       したがって,原告方法で使用される「塩化ビニール製シート」は,
本件特許の出願時の公知技術と同一であり,均等の要件を欠く。
   イ 原告装置について
    (ア) 原告装置の「袋状の繊維シートに挿入した凹凸を付したプラスチッ
ク成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Gの「ネットとネット表面に取り付
けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等か。
    (被告の主張)
      仮に原告装置の「袋状の繊維シートに挿入した凹凸を付したプラスチ
ック成型板からなる」帯状の通水材が,構成要件Gの「ネットとネット表面に取り
付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材に当たらないとしても,前記ア(ア)に
記載したのと同様の理由により,原告装置の「袋状の繊維シートに挿入した凹凸を
付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Gの「ネットとネ
ット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等物であり,本件
発明2の技術的範囲に属する。
    (原告の反論)
      前記ア(ア)に記載したの同様の理由により,原告装置の「袋状の繊維
シートに挿入した凹凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構
成要件Gの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水
材と均等とはいえない。
    (イ) 原告装置の「塩化ビニール製」シートは,構成要件Iの「合成樹脂
をラミネートした気密」シートと均等か。
    (被告の主張)
      原告装置で用いられている気密シートは,塩化ビニール製気密シート
であるから,構成要件Iの「合成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートに当
たらない。
      しかし,原告装置についても,前記ア(イ)で述べたことが同様に当て
はまるから,原告装置の構成iの「塩化ビニール製」シートは,構成要件Iの「合
成樹脂フィルムをラミネートした気密」シートと均等物であり,本件発明2の技術
的範囲に属する。
    (原告の反論)
      前記ア(イ)に記載したの同様の理由により,原告方法の「塩化ビニー
ル製」シートは,構成要件Iの「合成樹脂をラミネートした気密」シートと均等と
はいえない。
  (3) 争点(3)(本件特許に進歩性欠如による無効理由があることが明らかとい
えるか)について
  (原告の主張)
    本件特許には,以下の甲16(特開平4-254610号公開特許公報)
に基づく進歩性欠如による無効理由の存在することが明らかであり,本件特許権に
基づく権利行使は,権利の濫用として許されない。
    すなわち,本件発明は,甲16記載の発明を基に甲17ないし25に記載
された各発明を組み合わせて当業者が容易に発明することができたものであり,特
許法29条2項に該当する。
   ア 本件発明と甲16記載の発明の対比
     甲16記載の発明と本件発明の構成は,以下の点を除き一致する。
    (ア) 相違点1
      ドレーン材上端部に水平状に配置する通水材につき,本件発明におい
ては,「ネットとネット表面に取り付けられた繊維シートとからなる帯状の通水材
をドレーン材上端部に接触するように」配置されるのに対し,甲16に記載された
発明においては,「各ドレーン材の開口上端に連結」されるほか,通水材として排
水管が用いられている点が相違する。
    (イ) 相違点2
      本件発明が「ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂をラミネ
ートした気密シート」で改良の対象となる地盤上を覆うのに対し,甲16記載の発
明は,このような構成を採っていない点が相違する。
   イ 各相違点に関する検討
    (ア) 相違点1について
      軟弱地盤中の水分を除去して行う地盤改良工法において,鉛直排水壁
を構成するドレーン材の上端部と水平状に配置した通水材とを接触させることによ
り,軟弱地盤中の水分の排水経路を構成することは,甲17(特開平7-8273
1号公開特許公報),甲18(特開平5-187012号公開特許公報)及び甲1
9(軟弱地盤の改良⑧)に開示されており,当業者に周知の事項である。
      また,水平状に配置する通水材の構成として,「ネットとネット表面
に取り付けられた繊維シートとからなる帯状の通水材」を使用することは,当業者
が甲17ないし19に基づき容易に想到し得る事項である。
    (イ) 相違点2について
      大気圧工法において地盤改良対象を気密シートで覆う点は,甲20
(土木・建築技術者のための最新軟弱地盤ハンドブック),甲21(特許出願公告
昭46-7348号特許公報)及び甲22(特開平7-90835号公開特許公
報)等に記載されており,当業者にとって周知である。
      また,気密シートを「合成樹脂フィルムでラミネート」すること,すな
わち大気圧工法において地盤改良対象の地表面を気密的に密閉することは,従来当
業者にとって通常に認識されていた事項である。
      さらに,部材の気密性を向上するために合成樹脂フィルムでラミネー
トする点については,甲23(特開平5-179717号公開特許公報),甲24
(特開平5-246444号公開特許公報)及び甲25(実開平6-51360号
公開実用新案公報)等の周知技術が存在する。
      したがって,本件発明において気密シートの気密性を高めるために,
合成樹脂フィルムでラミネートすることは,当業者であれば,地盤改良対象の地表
面を気密的に密閉するという必要性に基づき通常なし得る設計事項にすぎない。
  (被告の反論)
    本件発明は,以下のとおり,甲16記載の発明を基に甲17ないし25に
記載された各発明を組み合わせて当業者が容易に発明することができたもとはいえ
ない。
   ア 原告主張の各相違点に関する検討
    (ア) 相違点1について
      甲17ないし19には,鉛直ドレーンの上端部に水平ドレーンを接続
するように配置する点に関する記載がある。
      しかし,以下のとおり,甲17ないし19記載の工法は,いずれも従
来の技術常識の域を出ないものであるから,甲17ないし19記載の技術を甲16
記載の発明に適用することにより,本件発明をすることが容易であったと解するこ
とはできない。
     a 甲17
甲17記載の工法は,海底の軟弱地盤上に帯状の水平排水部材を配
置し,その後,地盤中に鉛直排水部材を所定間隔に打設し,各鉛直排水部材の上端
を接合用部材によって接合することで,海底に敷設した水平排水部材のめくれを防
止するようにした工法であり,地盤上面に施された盛土載荷重により,地盤中から
鉛直排水部材を通して吸い出された間隙水は,水平排水材を通じてヤード外へ排水
されるようになっている。
       しかし,甲17記載の工法は,水底の軟弱地盤の改良工法であり,
そのような地盤を完全にコントロールすること自体不可能である。また,甲17記
載の工法は,改良効果を得るために地盤上面に盛土を施す必要があり,人工的かつ
規格化された部材のみを用いて,軟弱地盤という難解で強大な自然を自在にコント
ロールできるようにしたものではない。甲17記載の工法は,真空圧を負荷してお
らず,本件発明のように,真空圧密による改良工法ではない。さらに,甲17記載
の工法では,気密シートを用いていない。このため,甲17記載の工法における水
平排水部材は,鉛直排水部材上端に接続されてはいるものの,それは,間隙水の排
水経路を構成するものにすぎず,本件発明における通水材のように,地盤上面を負
圧状態とするときは,「帯状の真空圧の負荷経路」として働き,負圧状態による圧
力差によって地盤中の空気と間隙水を排水するときは,「帯状の排水経路」として
作用するものではない。
       したがって,甲17記載の技術を甲16に記載の排水管に換えて適
用しても,本件発明と同じ作用効果を奏しない。
     b 甲18
       甲18記載の工法は,地盤中に打設したドレーン材上端に排水材を
敷き詰めて接続するとともに,該排水材上に盛土を施すことにより初めて地盤改良
がなされるようになっているから,人工的かつ規格化された部材のみを用いて,軟
弱地盤をコントロールできるようにしたものではない。また,甲18記載の工法に
おける排水材については,地盤上面を負圧状態とするときは,「帯状の負荷経路」
として働き,負圧状態による圧力差によって地盤中の空気と間隙水を排水するとき
は,「帯状の排水経路」として作用するものではなく,本件発明の通水材とは,作
用効果の点で相違している。
したがって,甲18記載の技術と甲16とを組み合わせて,本件発
明をすることはできない。
     c 甲19
       甲19に記載の工法は,PD材上端に接続した水平ドレーン材上面
に盛土を施す地盤改良工法であることから,人工的かつ規格化された部材のみを用
いて,軟弱地盤をコントロールできるようにしたものではない。また,甲19記載
の工法における水平ドレーン材については,地盤上面を負圧状態とするときは,
「帯状の負荷経路」として働き,負圧状態による圧力差によって地盤中の空気と間
隙水を排水するときは,「帯状の排水経路」として作用するものではなく,本件発
明の通水材とは,作用効果の点で相違している。
 したがって,甲18記載の技術と甲16とを組み合わせて,本件発
明をすることはできない。
    (イ) 相違点2について
 以下のとおり,甲20ないし22には,真空圧の「帯状の負荷経
路」,又は間隙水の「帯状の排水経路」を確保することについての記載も,これら
の経路を確保するため,本件発明が採用した手段,すなわち,ネットとネット表面
に取り付けた繊維シートとからなる通水材を用い,通水材を気密シートで覆うこと
について,何らの記載も示唆もない。
 したがって,甲20ないし22記載の技術は,これらを甲16記載の
発明に適用する動機付けとはならないので,両者を組み合わせて本件発明をするこ
とが容易であったと解することはできない。また,甲23ないし25記載の技術と
甲16記載の発明とを組み合わせて,本件発明をすることも容易であったとはいえ
ない。
     a 甲20
甲20記載の改良工法は,ペーパードレーンを打ち込んだ地盤上面
を砂の層(サンドマット)で覆うことで真空度を高め,さらに,このサンドマット
を気密シートで覆って真空引きすることで地盤改良がされるようになっており,現
場又は現場近くにある土や砂,木材などの土木資材を用い,これを土木工法に組み
込んだものであり,従来の技術常識の範囲に含まれるものである。
      また,甲20記載の改良工法におけるサンドマットは,サンドマッ
トを構成する砂の粒と粒の隙間が,真空圧の負荷経路として,また排水経路として
機能するようになっているため,真空度の高まりに伴い,また,当該サンドマット
に圧力等が加わることで,その経路は容易に消失してしまい,負荷経路,排水経路
が確実に保持されないという不具合があり,軟弱地盤という難解で強大な自然を自
在にコントロールできるようにしたものではない。
      したがって,甲20の記載からは,人工的かつ規格化された部材の
みを用いて,軟弱地盤という難解で強大な自然を自在にコントロールするという発
想は起こり得ず,甲20は,甲20記載の技術を甲16記載の発明に適用する動機
付けの根拠とはならない。
    b 甲21
      甲21記載の改良工法は,地盤中に砂杭を造成し,各砂杭頂部に砂
層(サンドマット)を施し,このサンドマット上面を気密シートで覆い,真空圧を
負荷するという工法であり,現場又は現場近くにある土や砂,木材などの土木資材
を用い,これを土木工法に組み込んだ従来の技術常識の範囲に含まれるものであ
る。また,甲21記載の改良工法も,甲20記載の工法と同様に,軟弱地盤という
難解で強大な自然を自在にコントロールできるようにしたものではない。
      したがって,甲21の記載からは,人工的かつ規格化された部材の
みを用いて,軟弱地盤という難解で強大な自然を自在にコントロールするという発
想は起こり得ず,甲21は,甲21記載の技術を甲16記載の発明に適用する動機
付けの根拠とはならない。
    c 甲22
     甲22記載の改良工法は,地盤中にドレーン材を打設し,地盤表面
を気密シートで覆うとともに,前記ドレーン材上端を気密シートから突き出して,
気密シート外に配置した真空ポンプにつながる吸引親管に接続するようにしたもの
である。この工法では,ドレーン材,気密シート,真空ポンプ及び吸引親管といっ
た人工的かつ規格化された部材のみを用いてはいるものの,当該工法では,気密シ
ートのドレーン材上端が突き出る部分からの真空圧のリークを完全ならしめること
自体,不可能であり,軟弱地盤という難解で強大な自然を自在にコントロールする
ことはできない。
      したがって,甲22の記載からは,人工的かつ規格化された部材の
みを用いて,軟弱地盤という難解で強大な自然を自在にコントロールするという発
想は起こり得ず,甲22は,甲22記載の技術を甲16記載の発明に適用する動機
付けの根拠とはならない。
  d 甲23ないし25
       甲23ないし25記載のとおり,合成樹脂フィルムでラミネートす
る技術自体は,公知技術である。
       しかし,甲23ないし25には,鉛直ドレーン材,通水材,気密シ
ート及び真空ポンプといった人工的かつ規格化された部材のみを用いて,軟弱地盤
という難解で強大な自然を自在にコントロールするという記載も,何らの示唆もな
い。
       したがって,甲23ないし25記載の技術を甲16記載の発明に適
用しようとする発想は起こり得ない。
  (4) 争点(4)(被告の被った損害の額)について
  (被告の主張)
    原告は,原告方法を使用した滋賀県彦根市における琵琶湖東北部浄化セン
ター施工基盤造成のための地盤改良工事を少なくとも1億円で受注した。 
    そして,原告が,原告方法の使用により得た利益は,前記受注金額の少な
くとも20パーセントを下らない。
  (原告の反論)
    争う。
第3 当裁判所の判断 
 1 争点(1)ア,イ(本件発明1の構成要件B及び本件発明2の構成要件Gの充足
性)について
  (1) 本件発明にいう「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる
帯状の通水材」の意義
   ア 本件明細書及び図面の記載
     本件明細書及び図面(甲1)には以下の記載がある。
    (ア) 課題を解決するための手段
     a 「【0009】・・・請求項1記載の発明は,ドレーン材を地盤中
に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に鉛直排水壁を
造成する工程と,真空ポンプに連結されたネットとネット表面に取り付けた繊維シ
ートとからなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配
置する工程と,地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィル
ムをラミネートした気密シートで覆う工程と,前記真空ポンプを作動させて地盤上
面に負圧の状態を造り出す工程とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法を
その要旨とした。」
     b 「【0012】請求項4記載の発明は,地盤中に上端部を残して所
定の間隔をおいて打設されるドレーン材と,このドレーン材上端部と接触するよう
に水平状に配置されるネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状
の通水材と,前記通水材に連結する真空ポンプと,地盤上を前記ドレーン材上端部
及び通水材とともに覆う合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートとからなる
ことを特徴とする軟弱地盤の改良施工装置をその要旨とした。」
    (イ) 発明の実施の形態(作用)
     a 「【0016】・・・請求項1記載の軟弱地盤の改良工法にあって
は,地盤上面が,ドレーン材上端部及びネットとネット表面に取り付けた繊維シー
トとからなる帯状の通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シート
で覆われるとともに,通水材に連結された真空ポンプが作動して真空引きされるこ
とから,地盤上面は負圧の状態となり,地盤中における間隙水圧との間には差が生
じるようになる」。
     b 「【0017】そしてこの圧力差によって,ドレーン材を地盤中に
上端部を残して所定の間隔をおいて打設することにより,地盤中に造成された鉛直
排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面へと吸い出されるようになっている。
地盤表面の水と空気は,ドレーン材上端部と接触するように水平状に配された通水
材を構成するネットとネット表面に取り付けた繊維シートとの隙間,及び繊維シー
ト内の繊維間隙を通って(排水タンクへと)排出されるようになっている。」
     c 「【0022】請求項4記載の軟弱地盤の改良施工装置にあって
は,地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいてドレーン材を打設し,このドレー
ン材上端部と接触するように水平状にネットとネット表面に取り付けた繊維シート
とからなる帯状の通水材を配し,この通水材に真空ポンプを連結する。更に地盤上
を上記ドレーン材上端部及び通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気
密シートで覆い,この状態で真空ポンプを作動させると,地盤上面は負圧状態とな
り,地盤中における間隙水圧との間には差が生じるようになる。」
     d 「【0023】そしてこの圧力差によって,地盤中に造成された鉛
直排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面へと吸い出され,地盤表面の水と空
気は,ドレーン材上端部と接触するように水平状に配された通水材を構成するネッ
トとネット表面に取り付けられた繊維シートとの隙間,及び繊維シート内の繊維間
隙を通して(排水タンクへと)排出されるようになっている。」
    (ウ) 実施例の説明
     a 請求項1~3記載の軟弱地盤の改良工法について
 「【0030】次に,真空ポンプに連結した通水材を配置する。図
2に示すように,ドレーン材上端部11aは地盤Aの上面に突出している。この突
出部分に帯状の通水材13を接触するように平行状に配置するのである。通水材1
3は,水及び空気が該通水材13の長手方向へと移動できる通路としての機能を持
つものであり,図3に示すように,プラスチックネット14とその表面に積層して
取り付けた繊維シート15とからなる帯状物である。・・・」
     b 請求項4~8の軟弱地盤の改良施工装置について
 「【0044】・・・この改良施工装置は,図4に示すように,地
盤A中に上端部11aを残して打設されるドレーン材11と,ドレーン材上端部1
1aと接触するように配置されるプラスチックネット14とプラスチックネット1
4の表面に積層して取り付けた繊維シート15とからなる帯状の通水材13と,通
水材13に連結する真空ポンプ16と,地盤上を覆う気密シート18とからな
る。」
      「【0046】通水材13は,前記ドレーン材上端部11aと接触
するように水平状に配置され,ドレーン材11よりなる排水壁を通して地盤A上面
へと吸い上げられた水及び空気を水平方向に移動させて軟弱地盤外(あるいは改良
区域外)へ排出するための移動経路となるべきものであり,図3に示すようにプラ
スチックネット14とその表面に積層した繊維シート15とからなる帯状物であ
る。」
    (エ) 発明の効果
     a 「【0056】・・・請求項1記載の軟弱地盤の改良工法にあって
は,地盤上面が,ドレーン材上端部及びネットとその表面に取り付けた繊維シート
とからなる帯状の通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで
覆われるとともに,通水材に連結された真空ポンプを作動させることで真空引きさ
れることから,地盤上面は負圧状態となり,地盤中における間隙水圧との間には差
が生じ,この圧力差によって,ドレーン材を地盤中に所定の間隔をおいて打設する
ことにより,地盤中に造成された鉛直排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面
へと吸い出されるようになっている。」
     b 「【0061】請求項4記載の軟弱地盤の改良施工装置にあって
は,地盤上面が,ドレーン材上端部及びネットとその表面に取り付けた繊維シート
とからなる帯状の通水材とともに合成樹脂フィルムをラミネートした気密シートで
覆われるとともに,通水材に連結された真空ポンプで真空引きされることから,地
盤上面は負圧状態となり,地盤中における間隙水圧との間には差が生じ,この圧力
差によって,ドレーン材を地盤中に所定の間隔をおいて打設することにより,地盤
中に造成された鉛直排水壁を通して地盤中の水と空気が地盤表面へと吸い出される
ようになっている。」
     c 「【0064】また,この軟弱地盤の改良施工装置にあっては,地
盤表面に吸い出された水と空気が,通水材を構成するネットとネット表面に取り付
けた繊維シートとの隙間,及び繊維シート内の繊維間隙を通して(排水タンクへ
と)排出されるようになっているので,目詰まりが生じ難く,負圧による地盤表面
への水と空気の排出,並びに地盤表面へ排出された水と空気の(排水タンクへの)
排出を安定的に,しかも効率よく行うことができる。」
    (オ) 図面の記載
      特許公報の図3において,通水材の構造につき,縦糸と横糸とが交互
に上下となり重なり合っているように記載されている。
   イ 解釈
     本件発明に係る各請求項においては,通水材の構成につき「ネットとネ
ット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の」通水材と記載され,また,本
件明細書の「発明の詳細な説明」欄においても,前記アのとおり,本件発明に用い
られる通水材について,ネットを使用した構成のみが開示され,ネット以外のもの
を使用する構成は,何ら記載も示唆もされていない。また,前記第2,1,(6)の本
件特許の出願経過によれば,当初明細書の「特許請求の範囲」欄の請求項1,2に
おいては,通水材の構成を限定する記載がなかったが,本件特許の出願人である被
告は,拒絶理由通知を受けた後に,各請求項の「通水材」を「ネットとネット表面
に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」とする補正を行っている。そし
て,「ネット」とは,一般に糸などを結合して形成されたものをいい,前記ア(オ)
記載のとおり,特許公報においても,これに沿う構造のものを示す図が【図3】と
して図示されており,本件明細書において,「ネット」の構造を一般的な意義と異
なるものと解すべき記載も示唆もない。
     上記の各事実に照らすと,本件発明における「ネットとネット表面に取
り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,「ネットとネット表面に取り付
けた繊維シートとからなる帯状の」のものに限定されると解すべきであり,他の意
義に解釈する余地はない。
 この点につき,被告は,本件発明の「ネットとネット表面に取り付けた
繊維シートとからなる帯状の通水材」はネットを用いる構成に限定されない旨るる
主張するが,以上に判示したところに照らし,採用することができない。
   ウ 原告方法及び原告装置との対比
     原告方法及び原告装置の通水材において用いられているプラスチック成
型板は,いずれもプラスチック板に凹凸を付した物であり,糸などを結合して形成
された構造の「ネット」には当たらない。
     したがって,原告方法は,本件発明1の構成要件Bを,また,原告装置
は,本件発明2の構成要件Gをそれぞれ充足しない。
  (2) 小括
    よって,被告の文言侵害に関する主張は理由がない。
 2 争点(2)(均等侵害の成否)について
  (1) 本件発明1の構成要件Bについて
    被告は,仮に原告方法が本件発明1の構成要件Bを文言上充足しないとし
ても,原告方法の「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板からな
る」帯状の通水材は,構成要件Bの「ネットとネット表面に取り付けた繊維シート
とからなる」帯状の通水材と均等であるから,原告方法は,本件発明1の技術的範
囲に属する旨主張するので,以下判断する。
   ア 意識的除外等の特段の事情の有無
     前記第2,1,(6)の本件特許の出願経過に係る事実及び証拠(甲29な
いし33)によれば,本件特許の出願人である被告は,出願時の当初明細書の「特
許請求の範囲」欄の請求項1において,「通水材」の構成につき何らの限定を加え
ていなかったこと,その後,被告は,特許庁審査官の拒絶理由通知に対し,「通水
材」の構成を「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水
材」と補正したこと,手続補正書と同時に提出した意見書において,補正に係る
「ネットとネット表面に取り付けた繊維シートとからなる帯状の通水材」は,「水
及び空気の排出経路としてサンドマット」を用いる引用例とは構成及び作用効果が
異なる旨説明していること,本件特許の出願当時,本件発明1の「通水材」に対応
する土木用の部材として,「凹凸を付した板状の芯材を不織布で覆う」構造を有す
る排水材料が当業者に周知であったこと等の事実が認められる。
 これらの事実に照らすならば,被告は,本件特許の出願過程に
おいて,本件発明1に用いる通水材の構成を「ネットとネット表面に取り付けた繊
維シートとからなる帯状の通水材」に限定したものと認められ,「凹凸を付した板
状の芯材を不織布で覆う」構造を有する周知の排水材料等これと異なる構成を有す
る通水材を本件発明1の「通水材」から意識的に除外したものと認めるのが相当で
ある。
   イ 小括
 そうすると,原告方法における「袋状の繊維シートと凹凸を付したプラ
スチック成型板からなる帯状の通水材」(構成b)は本件発明1から意識的に除外
されたものというべきであるから,原告方法は本件発明1の構成と均等なものであ
るとは認められない。
  (2) 本件発明2の構成要件Gについて
    被告は,原告方法と同様に,原告装置の「袋状の繊維シートに挿入した凹
凸を付したプラスチック成型板からなる」帯状の通水材は,構成要件Gの「ネット
とネット表面に取り付けた繊維シートとからなる」帯状の通水材と均等であるか
ら,原告装置は,本件発明の構成要件Gを充足する旨主張する。
    しかし,前記(1)で判断したのと同様の理由により,被告の主張には理由が
ない。
  (3) 均等についての結論
    以上のとおり,均等侵害に関する被告の主張は,その余の点について判断
するまでもなく理由がない。
 3 まとめ
   よって,原告方法及び原告装置の使用は,いずれも本件特許権の侵害行為に
は当たらないから,被告の反訴請求は,その余の点について判断するまでもなく理
由がなく,原告の請求は理由がある。
第4 結論
   以上のとおり,原告の請求は理由があるからこれを認容し,被告の反訴請求
は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。   
   
     東京地方裁判所民事第29部
          裁判長裁判官    飯  村  敏  明
      裁判官    榎  戸  道  也
              
             裁判官     神  谷  厚  毅
  原告実施工法目録
a ドレーン材を地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設することによ
り,地盤中に鉛直排水壁を造成する工程と,
b 真空ポンプに連結された袋状の繊維シートと凹凸を付したプラスチック成型板
からなる帯状の通水材を前記ドレーン材上端部と接触するように水平状に配置する
工程と,
c 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに塩化ビニール製シートで覆
う工程と,
d 前記真空ポンプを作動させて地盤上面に負圧の状態を造り出す工程
e とからなることを特徴とする軟弱地盤の改良工法
     原告改良施工装置目録
f 地盤中に上端部を残して所定の間隔をおいて打設されるドレーン材と,
g このドレーン材の上端部と接触するように水平状に配置される袋状の繊維シー
トに挿入した凹凸を付したプラスチック成型板からなる帯状の通水材と,
h 前記通水材に連結される真空ポンプと,
i 地盤上を前記ドレーン材上端部及び通水材とともに覆う塩化ビニール製シート
からなることを特徴とする
j 軟弱地盤の改良施工装置

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弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

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