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平成28年第329号,第428号,第572号,平成29年第78号
電子計算機使用詐欺,窃盗,殺人,死体損壊,死体遺棄,強盗殺人,有印私文書偽
造・同行使,電磁的公正証書原本不実記録・同供用,詐欺被告事件
平成30年2月23日宣告
主文
被告人を死刑に処する。
押収してある申請依頼書1枚,委任状1通,譲渡証明書1枚,譲渡証
明書1通,年金受給権者受取機関変更届1通の各偽造部分を没収する。
理由
【罪となるべき事実】
被告人は
第1A(当時62歳)を殺害してその金品を強奪するなどしようと考え,平成2
8年1月29日頃,浜松市(以下省略)B号室の同人方居室において,殺意をも
って,手段不明の方法により,同人を殺害した上,同人所有又は管理に係るC信
用金庫D支店に開設された同人名義の普通預金口座のキャッシュカード1枚,
同人名義の印鑑(実印)1本,同人名義の自動車運転免許証1枚,携帯電話機1
台ほか21点(時価合計5800円相当),図書カード1枚(額面1000円)
及びプリペイドカード1枚(残額8895円)を強取した
第2前同日頃から同年7月14日までの間に,同市内又はその周辺において,前
記Aの死体を手段不詳の方法により焼損し,その頃,同死体を同市(以下省略)
内又はその周辺から浜名湖又はその周辺に投棄し,もって死体を損壊,遺棄し

第3真実は,前記Aから軽四輪自動車1台(車台番号●●●●●-●●●●●●
●)を譲り受けた事実がないのに,被告人を所有者とする不実の事項を軽自動
車検査ファイルに記録させようと企て,同年2月1日頃,同市内又はその周辺
において,行使の目的をもって,ほしいままに,「申請依頼書」と題する書面の
代理人欄に「E」,車台番号欄に「●●●●●-●●●●●●●」,旧所有者の
氏名又は名称欄に「A」と記載するなどした上,その名下に不正に入手した「A」
と刻した印を押捺して,もって同車両に係る自動車検査証記入申請を被告人に
依頼する旨のA作成名義の申請依頼書1通を偽造し,同日,同市(以下省略)所
在のF協会G事務所C支所において,法令により公務に従事する職員とみなさ
れる同協会職員に対し,同申請依頼書1通を真正に成立したもののように装い,
自動車検査証記入申請書等の所要関係書類とともに提出して行使し,もって同
車両の現在の所有者が被告人である旨の内容虚偽の自動車検査証記入申請を行
い,情を知らない同協会職員をして,同申請に基づき,即時,東京都中央区内の
F協会が管理,委託する施設に設置された権利,義務に関する公正証書の原本
として用いられる電磁的記録である軽自動車検査ファイルにその旨不実の記録
をさせた上,即時,これを公正証書の原本としての用に供させた
第4同月4日頃,浜松市内又はその周辺において,行使の目的で,ほしいままに,
パーソナルコンピューター等を使用して,前記B号室の所有権が同年1月24
日の売買に基づき前記Aから被告人に移転したとする所有権移転登記申請を被
告人に委任する旨の同日付の同A名義の委任状を作成して,前記第1記載の実
印を押捺し,もって同人作成名義の委任状1通を偽造した上,同年2月5日,同
市(以下省略)G地方法務局C支局において,同局登記官に対し,同委任状を真
正に成立したもののように装い,同Aの印鑑登録証明書,登記申請書等の所要
関係書類とともに提出して行使し,もって同B号室の所有権が売買を原因とし
て同人から被告人に移転した旨の内容虚偽の登記申請をし,情を知らない同局
登記官をして,同申請に基づき,その頃,高松市内のH登記事務システムセンタ
ーに設置された不動産登記簿の原本として用いられる電磁的記録にその旨不実
の記録をさせた上,即時,これを公正証書の原本としての用に供させた
第5真実は,前記Aから2台の二輪自動車(車台番号●●●●-●●●●●●及
び●●●●●●-●●●●●●●)を譲り受けた事実がないのに,それぞれ被
告人を所有者とする不実の事項を自動車登録ファイルに記録させようと企て,
同月8日頃,前後2回にわたり,浜松市内又はその周辺において,行使の目的を
もって,ほしいままに,「譲渡証明書」と題する2通の書面の各車台番号欄に
「●●●●-●●●●●●」又は「●●●●●●-●●●●●●●」,各譲渡人
及び譲受人の氏名又は名称及び住所欄のうち譲渡人を示す欄に「A」,譲受人を
示す欄に「E」とそれぞれ記載するなどした上,各譲渡人印欄に不正に入手した
「A」と刻した印をそれぞれ押捺して,もって被告人に両車両の所有権を譲渡
した旨のA作成名義の譲渡証明書2通を各偽造し,同日,同市(以下省略)のI
運輸局G運輸支局C自動車検査登録事務所において,同事務所自動車登録官に
対し,同譲渡証明書2通を真正に成立したもののように装い,それぞれ申請書
等の所要関係書類とともに提出して各行使し,もって両車両の各所有権がいず
れも同Aから被告人に移転した旨の内容虚偽の自動車検査証記入申請をそれぞ
れ行い,情を知らない同事務所自動車登録官をして,各申請に基づき,即時,東
京都中央区内の国土交通省自動車局自動車情報課に設置された権利,義務に関
する公正証書の原本として用いられる電磁的記録である自動車登録ファイルに
それぞれその旨不実の記録をさせた上,即時,これらを公正証書の原本として
の用に供させた
第6別紙一覧表番号1及び2記載のとおり,同月8日午後2時29分頃から同月
9日午後4時34分頃までの間,前後2回にわたり,浜松市(以下省略)C信用
金庫J支店ほか1か所において,各所に設置された現金自動預払機に,不正に
入手したC信用金庫のA名義のキャッシュカードを挿入して各機を作動させた
上,神戸市(以下省略)一般社団法人KセンターLセンターに設置された同信用
金庫の預金残高管理,受入れ,払戻し等の人の事務処理に使用する電子計算機
に対し,同信用金庫D支店に開設された同A名義の普通預金口座から,被告人
が不正に管理する株式会社M銀行N支店に開設された同A名義の普通預金口座
に,合計70万円を振込送金したとする虚偽の情報を与え,同電子計算機を介
して,千葉県印西市内に設置された同銀行の電子計算機に接続されている磁気
ディスクに記録された同普通預金口座の預金残高を合計70万円増加させて,
財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的記録を作り,よって,合計70
万円相当の財産上不法の利益を得た
第7同日午後5時35分頃,浜松市(以下省略)所在のO店において,同店に設
置された現金自動預払機に前記株式会社M銀行の前記A名義のキャッシュカー
ドを挿入して同機を作動させ,同機から株式会社P銀行お客様サービス部長Q
の管理に係る現金20万円を引き出して窃取した
第8別紙一覧表番号3ないし12記載のとおり,同月10日午後2時54分頃か
ら同月14日午後3時51分頃までの間,前後10回にわたり,同市(以下省
略)所在のG銀行R支店ほか2か所において,各所に設置された現金自動預払
機に,前記第6記載の前記A名義のキャッシュカードを挿入して各機を作動さ
せた上,C信用金庫の前記電子計算機に対し,同信用金庫D支店に開設された
同A名義の前記普通預金口座から,被告人が不正に管理する株式会社M銀行N
支店に開設された同A名義の前記普通預金口座に,合計384万円を振込送金
したとする虚偽の情報を与え,同電子計算機を介して,同銀行の前記電子計算
機に接続されている前記磁気ディスクに記録された同普通預金口座の預金残高
を合計384万円増加させて,財産権の得喪若しくは変更に係る不実の電磁的
記録を作り,よって,合計384万円相当の財産上不法の利益を得た
第9前記Aが死亡しているのに,同人になりすまし,被告人が不正に管理するS
銀行C支店に開設された同A名義の普通預金口座に年金受給口座を変更して,
前記Aが生前受給していた老齢厚生年金を詐取しようと企て,同年3月26日
頃,浜松市内又はその周辺において,行使の目的をもって,ほしいままに,「年
金受給権者受取機関変更届」と題する書面の年金証書の基礎年金番号欄に「●
●●●●●●●●●」,受給権者氏名欄に「A」,変更後の受取機関の口座名
義欄に「T」,同金融機関名欄に「S」,銀行支店名欄に「C」,預金通帳の
口座番号欄に「●●●●●●●」と記載するなどした上,受給権者氏名欄の名
下に不正に入手した「A」と刻した印を押捺して,もって年金受取口座をS銀
行C支店に開設された前記A名義口座に変更する旨のA作成名義の年金受給
権者受取機関変更届1通を偽造し,同日頃,同市内又はその周辺から,被保険
者に関する原簿への記録に係る事務等につき厚生労働大臣から委託を受けた
日本年金機構の従たる事務所である同市(以下省略)所在の日本年金機構U年
金事務所(以下,「年金事務所」という。)宛てに同変更届を発送し,同月2
8日,同事務所にこれを到達させ,さらに,その頃,同事務所から,静岡県内
の前記事務を統括する静岡市(以下省略)所在の日本年金機構G事務センター
宛に同変更届を回付させて,同月31日,同センターにこれを到達させ,その
頃,同所において,浜松市内の前記事務に関する決裁権を持つ情を知らない同
センターV長のWに対し,同Aになりすまし,同変更届を真正に成立したもの
のように装い,S銀行C支店に開設された前記A名義口座の通帳の写しととも
に提出して行使し,同W及び老齢厚生年金の支給に関する決裁権を持つ厚生労
働省X課長らをして,同Aによる正当な年金受給権者受取機関変更届がなされ
たため,同人に支給される老齢厚生年金の支払機関を変更して同年金を支給し
なければならない旨誤信させて,これに必要な手続を行わせ,よって,同年6
月15日,Y銀行等を介し,S銀行C支店に開設された前記A名義口座に16
万9730円を振込入金させ,もって人を欺いて財物を交付させた
第同年7月5日頃,静岡県磐田市(以下省略)所在のZ号室において,a(当
時32歳)に対し,殺意をもって,有尖の刃器で,その右側腹部を2回にわた
り突き刺すなどし,よって,その頃,同所において,同人を右側腹部刺切損傷
による肝臓損傷及び血気胸により死亡させて殺害した
第その頃から同月8日までの間に,前記Z号室において,刃器で,前記aの死
体の頭部,両足の付け根部を各切断し,その頃,これらを浜松市(以下省略)
又はその周辺から浜名湖又はその周辺に投棄し,もって死体を損壊,遺棄した
ものである。
【事実認定の補足説明】
以下の日付は,特に明示しない限り,平成28年のそれを示す。また,末尾掲記
の証拠によって下記の事実を認定した。
第1判示第1ないし第9の各事実について
1争点
判示第1の事件については,犯人性及び財物奪取の事実が争われており,判
示第2の事件については犯人性が争われており,判示第3ないし第9の事件に
ついては,被告人に財物の移転のための手続をする権限があったのかが争われ
ている。判示第1の事件において奪取されたとされている被害品を被告人が所
持していたこと,判示第3ないし第9の各事件において被告人がAの財産の移
転手続を行ったことについては争いはなく,被告人が判示第1の事件の犯人で
あれば,判示第1の事件において財物を奪取し,判示第2の事件の犯人でもあ
り,判示第3ないし第9の各事件において財物の移転のための手続をする権限
がないのにAの財産の移転手続を行ったといえる。したがって,実質的な争点
は,判示第1の強盗殺人の犯人性である。
検察官は,①Aが最終生存確認日時(1月28日午後11時24分)以後,
遅くとも1月31日までにB号室内で何者かに殺害され,Aの死体は密かにb
から搬出され,浜名湖付近に遺棄されたこと,②被告人が,2月1日頃以降,
A名義の書類を日付を遡らせて作成した上,自分一人でAの財産の移転手続を
行い,Aが失踪以前に手放す意向を示したことはなかった財産のほぼすべてを
取得したこと,被告人がAの財産を一部取得できなかったことには理由がある
こと,③被告人は事前に合鍵を作製するなどし,Aの最終生存確認日時の直後
に,Aを死に至らしめる機会があり,また,bからAの死体が隠匿された可能
性の高い物を搬出するなど,罪証隠滅行為と認められる行為をしていたこと,
④被告人のRの実家から,bから白色カバーで覆った物を搬出するのに使った
台車と同一と認められる台車が発見されたこと,発見された台車には,Aのも
のと認められる血痕が付着していたこと,⑤被告人が,Aの生活に必要なキャ
ッシュカード,運転免許証,携帯電話等の重要証拠品を正当な理由なく遅くと
も1月31日午後10時過ぎに手元に置き,利用可能な状態にしていたこと,
⑥被告人がAになりすまして国民健康保険料を支払うなど,Aの生存仮装工作
と認められる行為をしていたこと,⑦被告人がAの最終生存確認日時以前から,
Aの財産を取得するための情報収集をしていたこと,⑧被告人には,Aの財産
を正当に取得できるだけの資産・資金がなく,Aとの個人的な付き合いもなか
ったこと,⑨被告人がcやdに,信用できる犯行告白をしたこと等を指摘して,
被告人がAに対する強盗殺人事件の犯人であると主張する。
これに対して,弁護人は,①被告人が殺害したことを示す直接証拠はなく,
Aの頸椎には人為的に切断されたと認めるに足る痕跡はないこと,切断してい
なければ被告人が搬出した箱様のものに遺体は入らないことから,検察官の主
張する事実は証拠と矛盾していること,②被告人にはAに対する強盗殺人事件
の動機が見当たらないこと,③被告人に財産の移転行為をする権限がなかった
と証明されていないこと等を指摘して,被告人は無罪であると主張する。
当裁判所は,当事者双方の主張を踏まえつつ,被告人の犯人性を認めた。以
下,その理由を説明する。
2犯人の行為について
⑴Aが何者かにbから運び出されたこと
1月28日午後11時24分,Aは,bの建物内に自己所有の軽四輪自動
車(ムーヴ)で戻り,同B号室の自宅に帰宅した。それ以降,bに設置され
た防犯カメラの画像上,Aが出入りする姿は確認されていない。すなわち,
この時点が最終生存確認日時である。
Aは,2月初め頃から,それまで毎日のように来店して惣菜や弁当類を購
入していたスーパーに立ち寄らなくなった。Aは,それまで定期的に歯科を
受診していたにもかかわらず,事前の連絡なく2月3日に予約していた歯科
を受診しなかった。2月16日,畳店従業員が,B号室に畳を搬入したが,
その際,Aは同室内にいなかったことがうかがえる。
以上からすると,Aは,1月28日午後11時24分から遅くとも2月1
6日までの間に,何者かに姿を確認できない状態でB号室から運び出された
と認められる。
⑵Aの体が焼損されて,浜名湖に遺棄されたこと
8月31日,浜名湖湖岸で,一体分の死体と認められる人骨が発見された。
発見された人骨のうち上顎骨は,Aの上顎骨と同一人のものであると鑑定さ
れた。また,発見された人骨についてDNA型鑑定を実施したところ,頭蓋
底,第2腰椎,右大腿骨頭,下顎骨及び左右の肩甲骨については,AのDN
A型と一致し,その他の骨についても,DNA型を検出できた部分はAのD
NA型と一致した。また,頭蓋底のDNA型に関しては,Y-STR型の型
式についても検査したところ,Aの実兄のY-STR型と同一の型であり,
しかも,頭蓋底のDNA型もAの実兄のDNA型も,Aの実母のDNA型と
親子関係があることに矛盾しない組合せであった。したがって,発見された
人骨はAのものと認められた。さらに,上記人骨には焼損の痕跡があり,右
大腿骨頭には火焔暴露が見られたため,Aの体は体全体にわたって,まんべ
んなく,相当な火力で,長時間熱せられたと考えられ,人為的に第三者が焼
損させたと認められる。以上によれば,Aの体は何者かによって焼損された
上で,浜名湖に遺棄されたものと推認できる。
ところで,Aが,1月1日から8月19日までの間にC市消防救急隊によ
り救急搬送されたり,浜松市内の救急外来を有する病院に通院,入院した事
実はなく,平成24年に実施された勤務先での定期健康診断においても重大
な疾患はなく,平成27年10月14日のかかりつけ医院への最終通院時に
も生命にかかわる病状はなかった。したがって,Aが,平成28年当時,病
死や事故死するような事情はうかがえない。
また,Aを死亡させた犯人以外の無関係の第三者が警察に通報することな
く,わざわざAの体を焼損させ,浜名湖に遺棄することは考えにくい。
そうすると,Aの体を遺棄した者はAの死亡原因に関わった犯人又はこれ
に準じる者であるといえる。
以上からすると,Aの最終生存確認日時後に,犯人又はこれに準じる者が
B号室から屋外に同人を運び出し,焼損したと認められる。
3被告人の行為について
⑴Aが所有していた財産の移転行為について
ア軽四輪自動車(ダイハツムーヴ,車台番号「●●●●●-●●●●●●
●」。以下,「ムーヴ」ともいう。)の登録名義の移転手続について
2月1日,F協会G事務所C支所において,A所有のムーヴについて,
所有者を,被告人に移転する旨の登録名義移転手続がされた。その際に使
用された登録名義変更の申請依頼書の筆跡は,被告人のものと同一人の筆
跡と推定され,同依頼書の「A」の印影は,被告人の実家である浜松市(以
下省略)e方(以下,「実家」という。)から発見されたAの印鑑により押
捺されたものと推定された。同依頼書からは被告人の指紋が検出されてい
るものの,Aの指紋は検出されていない。
以上からすれば,被告人がムーヴの登録名義をAから被告人に移転する
手続を単独でしたものと推認できる。
イB号室の所有権移転登記手続について
2月5日,G地方法務局C支局において,A所有のB号室の所有権者を
被告人に移転する旨の所有権移転登記手続が申請された。その際の登記申
請書類及び添付書類のいずれからも,Aの指紋は検出されていないところ,
登記申請書から被告人の指紋が検出され,委任状にはAの実印(Aの姓及
び名前が刻印されたもの。)が,登記原因証明情報にはAの姓が刻印された
印鑑がそれぞれ押捺され,上記実印及び印鑑は,いずれも7月14日以降
の捜索時に実家敷地内の北東側建物1階から南京錠で施錠された工具箱
(以下「本件工具箱」という。)から発見された。上記委任状は,被告人が
使用する実家の2階の被告人の部屋に置かれているパーソナルコンピュー
タ(以下「被告人実家のパソコン」という。)により2月4日に作成された
とうかがえるものであった。
以上からすれば,B号室の所有権移転登記手続を行ったのは被告人であ
ると推認できる。
ウA所有の自動二輪車2台(ホンダCB400F,車台番号「●●●●●
●-●●●●●●●」。以下,「CB400F」という。ヤマハS650,
車台番号「●●●●-●●●●●●」。以下,「S650」という。)の名義
人の変更登録について
2月8日,I運輸局G運輸支局C自動車検査登録事務所において,A所
有の自動二輪車2台(CB400F,S650)の各所有名義をAから被
告人に変更する旨の変更申請手続がされた。その際に提出された各変更申
請書及び添付書類の一部から被告人の指紋が検出されたが,Aの指紋は検
出されていないところ,上記各譲渡証明書に記載されている旧所有者欄の
筆跡は,Aのものとは別人の筆跡と推定され,被告人の筆跡と推定された。
また,各譲渡証明書に押捺された印影は,被告人の実家から発見された実
印によって押捺されたものと推定された。
以上からすれば,CB400F,S650の各所有名義をAから被告人
に変更する申請手続を行ったのは,被告人であると認められる。
エA名義のC信用金庫の普通預金口座から,被告人が管理するA名義のM
銀行の普通預金口座に対する送金及び同口座からの出金
2月1日(午前1時57分),A名義で,M銀行N支店の預金口座の開設
申込みがされたが,上記手続は,被告人が使用する実家の共用パソコンか
らインターネット経由で行われたものであった。その際,身分証明書類と
して提出されたのはA名義の運転免許証であり,連絡先として届け出られ
た携帯Eメールアドレスは,A使用に係る携帯電話機端末で取得されたも
のではなく,上記パソコンを使用して取得されたものであった。なお,こ
の口座に係るキャッシュカードは,同月6日にbに郵送されており,被告
人が同日午前11時12分頃から午前11時16分頃までの間,同マンシ
ョンのエントランスにおいて配達員と接触し,受領している。また,A名
義の運転免許証は,後記カのとおり,7月14日以降の被告人の実家の捜
索時,本件工具箱から発見されており,2月1日の時点で被告人の管理下
にあったことが推認される。
その後,被告人は,同月8日から同月14日にかけて金融機関のATM
でC信用金庫D支店のA名義のキャッシュカードを使用して,上記口座か
ら同人名義のM銀行の口座に合計454万円を送金した。同月9日,被告
人はP銀行のATMで,M銀行のA名義の口座から20万円を出金した。
以上から,被告人はA名義のC信用金庫の普通口座から被告人が管理す
るA名義のM銀行の普通口座に対して,合計454万円を送金し,同口座
から20万円を出金したと認められる。
オAの年金受給口座の変更
2月12日付けで,A名義でS銀行の普通預金口座開設申込みがされ
た。この申込書類は,インターネットを経由して入手されたものであり,
押捺された印鑑は本件工具箱内に保管されていたものであった。また,
A名義の運転免許証の写しが添付されていたが,同申込書からは被告人
の指紋が検出されたものの,Aの指紋は検出されておらず,Aの署名欄
の署名は同人のものとは別人の筆跡と推定され,被告人の筆跡と推定さ
れた。また,A名義のS銀行の預金通帳及びキャッシュカードは,2月
18日,B号室宛てに郵送された。
3月26日頃,Aの老齢厚生年金の受取金融機関をC信用金庫のA名
義の口座からS銀行のA名義の口座に変更する旨の届出書類及び添付資
料としてA名義のS銀行C支店の預金通帳の写しが,年金事務所に提出
された。
その際,提出された「年金受給権者受取機関変更届」の筆跡は被告人
の筆跡であり,Aの筆跡とは別人のものと推定され,同変更届からは被
告人の指紋のみが検出された。
以上からすれば,A名義のS銀行の口座開設手続は,被告人が行った
もので,同口座開設以降,被告人が管理していたこと,また,被告人が
Aの年金受給口座についてC信用金庫から被告人が管理する上記S銀行
の口座に変更する手続を行ったことが認められる。
カ被告人が所持していたAの所持品
7月14日以降の捜索時,本件工具箱から,携帯電話機1個,印鑑5本
(4本は「A」との刻印があり,1本は実印であり,「A」と刻印があった。),
B号室の鍵3個,A名義のクレジットカード1枚,キャッシュカード1枚,
通帳1冊,自動車運転免許証1枚,年金手帳1冊,企業年金連合会老齢年
金証書1通,国民年金・厚生年金保険年金証書1通,医療共済証書1通,
火災保険証券1通,市民カード1枚,マイナンバー通知カード1枚等が発
見され,実家敷地内から,CB400Fの鍵2個,S650の鍵1個が発
見された。
キその他の事情
7月15日及び同月19日の実家及びB号室の捜索時に,①Aが被告人
に対し1月24日付けでB号室を代金750万円で売ったとする領収書,
②Aが被告人に対し1月24日付けでムーヴを代金10万円で,CB40
0Fを140万円で,S650を50万円で売ったとする各領収書が,そ
れぞれ実家及びB号室から発見された。上記①,②の各領収書に関するデ
ータは,いずれも7月15日にB号室から発見されたSDカードに記録さ
れていたが,いずれも2月9日に更新・作成されたものであった。そして,
①の売買契約に関する契約書・登記申請書等のデータは,7月14日に押
収された被告人が使用する2階の被告人の部屋のパソコンから発見されて
いるが,これらは2月4日に更新・作成されたものであった。
Aは,家族や知人に対し,自己の財産を手放す意向を示したことはなか
った。また,Aは,平成27年10月24日以降,1月28日の最終生存
確認日時まで,ムーヴに毎日のように乗って外出する姿がbの防犯カメラ
に記録されていた。また,Aは,1月時点でC信用金庫に約1022万円
の定期預金を持っていたところ,定期預金は引き出されていなかった。さ
らに,関係証拠上,被告人とAは,平成25年3月のAの退職まで,勤務
先の同僚であったことが認められるが,その後,両者に接点があったこと
はうかがわれず,bの防犯カメラの記録が残っている平成27年10月2
4日以降1月24日までの間に被告人が同建物内に立ち入った姿は認めら
れない。
ク小括
まず,被告人は,7月14日の実家の捜索時点で,Aの携帯電話や自動
車運転免許証,クレジットカード,マイナンバー通知カード,実印を含む
印鑑等の所持品(以下,「Aの所持品」という。)を所持しているが,日常
生活を送る上で常時必要となるようなものが含まれており,被告人がこれ
らをAから任意に預かったとは考え難い。
また,被告人の実家及びB号室から発見された領収書,売買契約書等を
前提とすると,Aから被告人に対し,B号室,ムーヴ,CB400F,S
650を売却したことになるが,Aが管理していたC信用金庫D支店の同
人名義の口座に上記各代金に相当する入金がなされた形跡は一切ない。ま
た,被告人にこれらの合計額となる950万円の原資となるような資産の
存在はうかがわれない。
また,関係証拠によれば,Aが,1月下旬から2月初旬にかけて,最終
生存確認日時まで生活の拠点としていたB号室を親族や親しい友人に事前
に説明もせずに引き払うような事情や最終生存確認日時まで毎日のように
使用していたムーヴ,移動手段であるのみならず,趣味としていた自動二
輪車2台を任意に他の者に処分するような事情はうかがわれない。さらに,
Aと被告人は,上記のとおり,退職後にも関わりがあったことはうかがえ
ないのであって,退職後の生活資金であったA名義のC信用金庫の口座の
普通預金のほとんど全てを被告人に対して送金する特段の事情は認め難い
し,年金の受給口座を被告人が管理する口座に任意に移転する理由も考え
難い。
さらに,被告人は,本来Aが記載すべきムーヴの申請依頼書の旧所有者
欄,CB400F,S650の各譲渡証明書の譲渡人欄等について自ら記
載しているが,財産の権利の帰属に関する重要な書類の自署が予定されて
いる部分について,他人に記載させることは通常考えられない。
加えて,B号室の所有権移転登記申請に係る委任状,ムーヴの申請依頼
書,CB400F,S650の各譲渡証明書に押捺されている印鑑は被告
人が7月14日時点で所持していた印鑑であること,被告人は同日時点で
Aの所持品を実家において所持していたところ,Aの運転免許証について
も2月1日時点で既に所持していたと認められることも考慮すれば,被告
人が2月1日時点までにAの印鑑及び運転免許証をはじめとするAの所持
品の一部について自らの支配下に移転していた可能性が高いといえる。な
お,AのC信用金庫D支店の定期預金及びホンダのCD125(通称「ベ
ンリー」。以下,「ベンリー」という。)に関する財産移転行為が行われなか
ったのは,名義人であるAの関与が不可欠であったり,第三者方で保管さ
れていたためであることがうかがわれる。
以上を総合考慮すれば,Aが被告人に対して任意に自己の財産のほとん
ど全部を譲渡する理由はうかがわれない。そして,Aが通常どおり生活し
ている間に,密かにAの印鑑等を用いて財産移転行為を行うとすれば,A
にそのことを知られる可能性があるため,各種財産移転行為を立て続けに
行うことは考え難いのであって,遅くとも2月1日までに,Aの財産移転
行為を行ってもAがこれを認識できない状態に至っていることを被告人は
知っていたと推認することができる。
⑵被告人がAの最終生存確認日時以前から,Aの財産を取得するための情
報収集をしていたこと
被告人は,平成26年2月28日,B号室の集合ポストの様子を撮影し
た画像を,自己のメールアドレス宛てに送付し,AのC信用金庫の預金口
座のキャッシュカードの暗証番号も同様に送付し,同年3月3日,bの7
階の一室の価格情報の広告を自己のメールアドレス宛てに送付した。被告
人は,平成27年12月15日,B号室の建物登記情報を自己のメールア
ドレス宛てに送付した。被告人は,b周辺の画像やbの物件情報を調査し
たウェブサイトを閲覧した。1月26日には,bの間取り及び外観の写真,
納付すべき税額の試算,不動産を売買により取得した場合の登記手続申請
書の様式等を自己のメールアドレス宛てに送付したほか,法務省のウェブ
サイトを閲覧して,登記原因証明情報及び登記申請に関する委任状の書式
等をダウンロードするなどした。被告人は同月27日,b地下駐車場のム
ーヴの駐車位置,車両番号などをメモして自己のメールアドレス宛てに送
付し,登記申請手続のための必要書類を検索し,bの物件情報を入手して
いた。同月28日,被告人は法務省のウェブサイトにアクセスし,自己契
約・自己代理も可能であることを調査した。
以上からすれば,被告人はAの最終生存確認日時以前の段階で,B号室
の取得について関心を有していたことがうかがわれる。
⑶被告人の最終生存確認日時前後の行動
ア1月25日の被告人の行動について
Aは,1月25日午後6時9分頃,B号室の郵便ポストを確認した後,
外出し,午後10時1分頃,帰宅した。被告人は,その間の同日午後7
時8分頃,同郵便ポストから透明ビニール袋様のものを持ち出し,同日
午後7時27分頃,f店において,B号室の鍵とうかがえるものを含む
5本の鍵の写真を撮影し,同日午後7時52分頃,同店において,同じ
鍵束に鍵が9本取り付けられている写真を撮影し,同日午後8時16分
頃,何かを集合ポストの外側から投函しているところ,同日午後7時5
0分頃,上記店内の鍵店において,4本の鍵の販売履歴があった。
以上の経緯からすれば,被告人はB号室の郵便ポストから同室の鍵を
持ち去り,合鍵を作製した後,同室の郵便ポストに同室の鍵を入れた可
能性が高いと考えられる。また,仮にAが被告人に対し合鍵を作製する
ことを承諾していたとすれば,Aの留守中に被告人が郵便ポストから鍵
を取り出し,合鍵を作製する必要性は乏しいと考えられるから,Aは被
告人がB号室の合鍵を作製することについて承諾していなかった可能性
が高いといえる。
イ1月27日の被告人の行動
被告人は,1月27日午前1時52分頃,台車2台が積載されたスバ
ルサンバー(以下,「サンバー」という。)に乗って,bの地下駐車場に
入って来て,同日午前2時11分頃,Aのムーヴの駐車スペースなどの
情報を自己宛てにメールし,同地下駐車場をうろついていた。被告人は,
同日午前2時29分頃以降,bの駐輪場に出て,鍵を使ってb建物内に
出入りしたり,うろつくなどした。被告人は,同日午前2時39分頃以
降,再び同地下駐車場に入り,台車を押して同地下駐車場内をうろつき,
同日午前2時46分頃以降,台車を押してbのエントランスからオート
ロックを解錠して同建物内部に入った後,同建物から外に出て,同日午
前2時59分頃,台車をサンバーに積み,出て行った(なお,防犯カメ
ラ上,被告人の容姿が直接記録されていない箇所も存在するが,被告人
の容姿が直接記録されている場所及び時間が近接していることから,全
体として上記のように認定できる。)。
ウ1月29日の被告人の行動
被告人は,1月29日午前2時4分頃,白色手袋,上下つなぎを着て,
白いビニール袋を持って,b駐輪場前の通路に入って来て,周囲をうか
がいながら同通路をうろついたり,b地下駐車場への歩行者用通用口の
階段を上り下りし,防犯カメラを見ながら,b建物南側歩行者用通用口
へ向かい,同通用口ドアを鍵で開けて,同日午前2時10分に,様子を
うかがいながらbの建物内部に侵入した。
被告人は,同日午前2時24分,b建物南側歩行者用通用口から後ろ
向きに出てきて,bの駐輪場前の通路に現れ,その際,左手には白いビ
ニール袋を持っていた。被告人は通路に出ると,b敷地南側歩行者用出
入口方向に向かい,同歩行者用出入口から1度敷地外に出て,同日午前
2時31分頃,再びb地下駐車場内に戻って来たが,その際,被告人は
手に何も持っていなかった。その後,被告人は,b地下駐車場の中をう
ろついた後,b建物北側通用口の方に向かって出て行った。
以上の被告人の行動及び上記のとおり被告人がB号室の合鍵を所持し
ていたことからすると,被告人はAの最終生存確認日時の直後に同室に
立ち入ることが可能であったといえる。
エ1月30日,31日の被告人の行動
被告人は,1月30日午前2時33分頃,段ボール箱などを載せた
台車を押して,bのエントランスに現れ,同建物内部に入り,同日午
前3時30分頃,台車に白色ビニール袋様のもので包まれた段ボール
と同様の形状のものを載せて,エントランスに現れ,建物の外へ出て
行った。
そして,形状や特徴に関する画像解析を踏まえた鑑定を行った結果,
7月14日に実家から押収された台車のうちの1台は,被告人が上記
のとおり,1月30日午前2時33分頃から午前3時30分頃までの
間,bに出入りした際に被告人が押していた台車と同一であると判断
されるところ,同台車にはAのDNA型と矛盾しないと判断された血
痕が付着していた。
このときの台車上の白色ビニール袋様のもので包まれた段ボールと
同様の形状のものの大きさは,Aと同様の体格の人間を収納すること
は困難であるが,死体の頭部及び四肢が切断されているなどの場合に
は,収納することが可能なものであった。
被告人は,同日午前10時頃,g店に,B号室について「E」名で
畳6枚を新調する見積もりを依頼し,その際,既存の畳は自分で処分
することを告げた。
1月31日午前2時30分,被告人は,サンバーをbのエントラン
ス前に駐車し,同日午前2時34分から午前2時36分までの間に,
畳2枚を縦に抱えた状態で,エントランスと建物内部を三往復し,合
計6枚の畳をエントランスの外へ運び出した。そのうち1回目に運び
出した2枚の畳には,2枚の畳が重なり合った部分に広範囲にわたり
血液様のものが付着していることが確認でき,そのうち1枚の畳の表
面には広範囲にわたり赤い染み様のものがあり,2回目に運び出した
2枚の畳には,そのうち1枚の畳の表面に赤い染み様のものが確認で
きる。
上記事情の意味合い
まず,被告人は,最終生存確認日時から近接した1月30日午前2
時33分から午前3時30分までの間及び1月31日午前2時30分
から午前2時36分までの間,B号室に立ち入る機会があった。
被告人は1月30日午前10時頃に畳の新調を業者に依頼した際,
わざわざ自分で既存の畳を処分する旨業者に告げ,1月31日の深夜
という人目のない時間帯を選んで畳6枚を運んだのであるから,被告
人には既存の畳を他人に見られると不都合な事情があったことがうか
がわれる。そして,1月31日に運び出した畳の一部には血液様のも
のや赤い染み様のものが確認でき,しかも広範囲にわたって染みが確
認されたものであり,上記事情も併せて考慮すれば,1月31日に運
び出した畳の一部には,1月30日午前10時の時点で相当量の血液
が付着していた可能性が高い。
上記のとおり,1月30日午前10時の時点でB号室の畳に相当量
の血液が付着していた可能性が高いこと,7月14日に実家から押収
された台車のうちの1台は,被告人が1月30日にbに出入りした際,
押していた台車と同一であると認められ,AのDNA型と矛盾しない
血痕が付着していたこと,さらに,被告人とAの間には,平成25年
のAの退職後,接点があった節はうかがわれないことを併せて考える
と,被告人が1月30日に押していた台車に,積み荷を載せるなどし
た際にAの血液が付着したことが認められるとともに,同月31日に
搬出した畳に付着していた血液はAのものである可能性が高いといえ
る。したがって,遅くとも1月30日の時点でAは相当量の出血をし
ていた可能性が高い。
さらに,被告人が1月30日午前3時30分頃に押していた台車の
上にあった段ボール箱の大きさは,生存しているAを収納することは
容易でないと考えられるが,その時点で,Aが死亡していたならば,
頭部や四肢を切断するに至らない状態でも,部分的に切断又は骨折さ
せるなどして収納することは十分に可能であったと考えられる。
弁護人は,この点につき,Aの頸椎には人為的に切断されたと認め
るに足る痕跡はないこと,切断していなければ,被告人が搬出した箱
様のものに遺体は入らないこと等を指摘して,被告人が犯人でないと
主張する。しかし,Aの死体を解剖した医師hの証言によれば,頸椎
に人為的な切断の痕跡はないものの,骨自体が焼損により炭化したり,
漂流により平面状になっていたため,痕跡が指摘できなくなったとし
てもおかしくなく,切断の有無については断定できないとしており,
人為的に切断された可能性も否定できない。また,頸椎を切断しなく
とも,上述のように,他の部位を切断,あるいは骨折させるなどして
被告人が搬出した箱様のものに入れることが可能であると考えられる
から,弁護人の主張は採用できない。
以上からすれば,1月30日午前3時30分に被告人がbから運び
出した段ボール様のものにはAの死体が入っていた可能性が高い。
⑷前記財産移転行為後の被告人のAの財産に関する言動
ア被告人とAの妹のiのやりとり
Aの実妹であるiは,3月末頃に兄のjからAが所在不明であると知
らされてから,同人の行方を探していたところ,3月30日,B号室を
訪れた際,被告人の実家の住所・氏名が伝票に記載されている宅配の箱
を見つけた。そこで,iは,3月31日,上記伝票に記載されていた実
家を夫とともに訪問した。その際,被告人は,iに対し,bを750万
円でAから買った,Aは2年くらい住むというので,bを貸す予定でい
た,ところが,Aはいなくなって連絡がとれない,ただ,Aと電話がつ
ながらないことはよくある,Aは兄嫁が亡くなったので,香川に帰ると
話していた,第三者に貸したいが,Aと連絡がつかないので,ハウスク
リーニングもできないと述べ,Aのバイクについては,Aが知り合いの
業者に売ったそうだ,40万円と50万円で売れたらしい,ムーヴにつ
いては,Aがいらないと言うので,自分が10万円で買った,運転免許
を更新する気がないから自分に売ったのだと思う,などと話した。4月
5日,被告人とiの夫が電話をした際,被告人は,人に貸すので,荷物
を引き取ってほしいなどと述べた。その後,被告人と電話で話した際に,
5月1日から第三者に貸す予定だというので,iが公共料金の引き落と
し口座をAのものから被告人の口座に変えるよう求めたが,被告人はそ
れには反論はしなかった。4月20日,被告人がi方を突然訪問し,A
の荷物として金庫ほか13点を置いていった。
以上からすると,被告人がAのバイクを知り合いの業者に売ったと話
したという部分は,Aが被告人に対し1月24日付けでCB400Fを
140万円で売ったとする領収書,1月24日付けでS650を50万
円で売ったとする領収書,さらには,名義人登録申請の際に提出された
2月8日付けのCB400F,S650の譲渡証明書とも矛盾するもの
であり,虚偽の内容である。このように被告人がiに述べたという内容
は明らかな虚偽を含むものであったといえる。
イ国民健康保険料の支払い
Aの平成27年6期分ないし8期分の保険料納付通知書はAの最終生
存確認日時以降にB号室の郵便ポストに配達されたところ,被告人は同
配達から近接した日時に同郵便ポストから郵便物を取り出している上,
その直後に保険料が支払われていることから,被告人がAの平成27年
6期分ないし8期分の保険料を支払った可能性が高い。上記のとおり,
被告人が2月1日までにAから被告人への財産移転行為をAが認識でき
ない状態にあることを知っていたと認められることも併せ考慮すれば,
これらは,Aが生存していることを装うための行動とみることができる。
⑸被告人の他者に対する犯行に関する言動
ア被告人のcに対する犯行に関する供述等
c供述の要旨
cは7月23日,検察官に対し,要旨以下のとおり供述し,その内容
を録取した供述調書が作成された。
自分は,被告人とは平成27年7月頃知り合った司法書士試験の受験
仲間であり,被告人から日頃,「先生」と呼ばれていた。4月21日,被
告人とk店で会い,自分に対し,契約書の日付の時点ではAは死んでい
た,バラバラにして捨てたが,殺人では警察は持って行けない,死体が
出てこないからなどと述べた。また,被告人から死んだAの歯を抜いた
こと,湖の潮の満ち引きを計算して捨てたこと,Aの死体を焼いたこと
なども聞いた。7月8日,浜名湖でバラバラになった遺体が発見された
という報道を見て,被告人に連絡をし,その遺体がAなのかと尋ねると,
被告人は,全然違います,仮に先生に話したAさんの話が本当だとして
も,死体の状態が違いますよねなどと応じた。
被告人とc間の通信アプリケーションでのやりとり
被告人はcと通信アプリケーションソフトであるLINEで,次のよう
なやりとりをした。
7月8日,被告人が,「場所わかりました。完全無関係です。距離あり
すぎ。ダイバー問題ないです。」などと送信すると,cは,「本当にEさん
がやったのですか?」「嘘であって欲しいんですが。」などと返信した。こ
れに対して,被告人は「すみません。lで現在も生活しているとしか言え
ません。」などと送信すると,cは,「30代男性ですね。」などと返信し,
被告人は,「これで100パーセント別人ですね。」などと送信した。
同月13日,cが被告人に対し,LINEで「県外からも行方不明者の
家族がm署に連絡してる。」などと送信したり,「n橋から遺棄か」といっ
たニュースのウェブページを伝えると,被告人は「発見の翌日に,大雨で
増水してます。指紋とった時にもう指紋も無いでしょうね無理でしょう
ね。」と返信した。
cの供述等の信用性
cは,上述のように被告人から先生と呼ばれ,後記のように被告人か
ら被告人が賃借していたZ号室の鍵を渡されるほど被告人と親密な関係
であり,被告人を陥れるために虚偽の供述をする動機はうかがえない。
また,cの供述のうち,cが4月21日,k店に行ったことについては,
cが使用していたムーヴのカーナビゲーションの走行ログと合致する。
さらに,Aの死体をバラバラにしたこと,Aの体を焼いたこと,歯が抜
かれていたこと,死体を浜名湖に捨てたことは他の客観的証拠と合致し
ている上,cの上記検察官調書はAの死体が発見された8月31日より
前に作成されたものであり,犯人以外知り得ない情報であったといえる。
また,これらの内容は,被告人とのLINEでのやりとりとも整合する
ものである。したがって,cの供述調書の内容は信用できる。
他方,被告人は,上記のように,cに対し,「仮に先生に話したAさん
の話が本当だとしても」などと前置きをした上で発言しており,虚偽の内
容の話をした可能性は残る。しかし,Aの死体をバラバラにし,焼いたこ
と,Aの歯を抜いたことに関する被告人の供述の部分は客観的証拠と合
致するため,被告人がcに対して真実の犯行告白をしていたとみること
ができる。
イ被告人のdに対する犯行に関する供述
証人dの証言要旨
6月29日,自分は窃盗の被疑事実で逮捕され,o署のp号室に留置
されていた。7月14日,被告人が逮捕され,隣の房に留置された。そ
れから1週間くらい経過したとき,自分から,毎日遅くまで大変だねな
どと初めて被告人に話しかけた際,被告人からおじさんを殺したあと若
い子を殺したなどという話を聞いた。
被告人が,キャッシュカードか詐欺関係で捕まっていたので,そっち
は大丈夫なのかなどと尋ねると,被告人はもう本人がこの世にいないか
ら,そっちはマンション取るために殺したんで意味のない殺人ですねな
どと話した。さらに,被告人から,死体の処分について,おじさん,若
い子とも浜名湖周辺の同じところに捨てたと聞いた。その後,被告人は
自分に対し,犬ってどれくらい嗅覚あるんですかなどと聞き,その質問
の趣旨について尋ねると,被告人は肉片とか出たら困るなどと話した。
また,「先生」と呼ぶ親しい付き合いのある人物がいることも話していた。
証人dの供述の信用性及び意味合い
d証言によれば,被告人はAの殺害等について犯行告白を行ったこと
となるが,被告人が警察に身柄拘束を受けている状況下で,隣房者であ
ったdに対して,あえて虚偽の犯行告白を行うとは考え難い。また,A
の死体が発見される以前の段階で,①若い子とおじさんの2名が殺され
た,②2名の死体を浜名湖に捨てた,③「先生」と呼ぶ親しい付き合い
のある人物がいること,④おじさんの方はマンションを取るために殺し
たという点は犯人でなければ知り得ない内容であり,①ないし③につい
ては客観的な事実とも整合することから,被告人が客観的な証拠と合致
する事実については,真実の内容の犯行告白を行った可能性が高いとい
える。
4まとめ
上記2のとおり,Aの最終生存確認日時後に,犯人はAを死亡させ,犯人又
はこれに準じる者がB号室からAを屋外に運び出し,その後焼損して,浜名湖
に遺棄したものと認められる。
一方,被告人は,Aが被告人に対して任意にAの財産の大部分を譲渡する理
由はうかがわれないにもかかわらず,各種財産移転手続を行っていること,遅
くとも2月1日の時点で被告人はAの所持品を承諾なく所持するに至った可能
性が高いといえる(上記3ク)ことからすれば,被告人がAの財産を移転す
る行為を行ってもAがこれを認識できない状態に至っていることを知っていな
がら,Aの所持品を奪い,各種財産移転手続を行ったと推認できる。
また,Aが死亡させられ,bから運び出されたのは,それまでのAの行動状
況からして最終生存確認日時からそれほど間がない時期であったと考えられる
ところ,被告人は,Aの最終生存確認日時以降である1月29日,30日,3
1日のいずれも深夜,現実にB号室に立ち入る機会を有している。さらに,そ
の機会は,単なる立ち入りにとどまらず,Aを殺害した上,その遺体を段ボー
ル箱に入れて台車で運び出し,Aの血痕が付着した畳を運び出した機会であっ
た可能性を示す客観的事情があるものである。
加えて,被告人は,iに対し,Aが生存しており,被告人に財産の一部を売
却したとする虚偽の説明を行い,Aの遺体発見前にcに,Aの死体をバラバラ
にして焼損し,浜名湖に遺棄した旨の告白をし,dに対し,マンションを取る
ためにAを殺したという犯行の告白をしている。
さらに,被告人は,Aの最終生存確認日時までに,B号室の登記情報等を入
手しており,取得について関心を示していたことがうかがえる上,1月25日
にAの承諾なく,B号室の合鍵を作製し,同室に自由に立ち入る準備をしてい
た可能性が高く,同月27日には,車で運んできた台車をb内に出入りさせる
など同月30日と同様の動きをしており,30日の事前準備のために行ったと
みることができる行動をしている。そして,被告人は,Aの最終生存確認日時
直後の2月1日からAの各種財産を移転する行為を立て続けに行っている。
以上からすれば,被告人は,B号室等の財産を取得するために,その手続に
必要なAの実印等を奪う目的で事前に準備を整え,1月29日頃にAを殺害し,
その遺体を段ボール箱に入れて台車で運び出し,その後Aの血痕が付着した畳
を運び出したことが合理的に推認できる。
そうすると,被告人が,Aを殺害してAの実印等の財物を奪取し,Aの死体
を焼損,投棄した犯人であり,その後何らの権限なく,不正に入手したAの印
鑑を使用するなどして,申請書類等を偽造・行使してマンション,軽四輪自動
車1台,自動二輪車2台の名義を移転する不実の記録をさせ,また,不正に入
手したAのキャッシュカードを使用してA名義の信用金庫口座から,自己が不
正に管理するA名義の銀行預金口座に不正に振込送金し,その口座から一部を
引き出して窃取し,さらに,不正に入手したA名義の印鑑を使用して変更届を
偽造・行使し,Aの年金受給口座を変更した上,年金を騙し取ったことは優に
これを認定できる。
第2判示第10及び第11の事実について
1争点
本件の争点は,犯人性である。
検察官は,①aが最終生存確認日時である7月5日午前零時8分以降,間も
なく,Z号室で何者かに刺殺され,その後,aの死体は,Z号室で切断され,
浜名湖付近に遺棄されたこと,②被告人がaを浜松に呼び寄せ,自分が借りて
いたZ号室に寝泊りさせていたこと,③被告人にはaの最終生存確認日時の直
後,aを殺害する機会があったこと,④被告人が,最終生存確認日時以後,Z
号室から,aの死体が隠匿された可能性の高い物を搬出したり,室内のaの血
痕を拭き取るなど,aを殺害した痕跡をなくすためと認められる行為をしてい
たこと,⑤被告人がaの最終生存確認日時に近接する時期に,左手首に切創を
負ったこと,⑥被告人の実家から押収されたスバルサンバーの荷台から,aの
血痕が検出されたこと,⑦被告人が,保険証,キャッシュカード,眼鏡,携帯
電話等aの生活に必要なものを隠し持ち,これらを遅くとも7月6日には手元
に置き,利用可能な状態にしていたこと,⑧被告人が7月6日にaの携帯電話
にかかってきた問い合わせに対し虚偽の回答をするなど,aの生存仮装工作を
していたこと,⑨被告人がdに信用できる犯行告白をしたこと等を指摘して,
被告人がaを殺害した犯人であると主張する。
これに対し,弁護人は,①d証人の証言が信用できないこと,②被告人には
aを殺害する動機が見当たらないことを指摘して,検察官は被告人が犯人であ
ることを証明できておらず,被告人は無罪であると主張する。
当裁判所は,当事者双方の主張を踏まえつつ,被告人の犯人性を認めた。以
下,その理由を説明する。
2犯人の行為について
⑴aに対する刺突行為について
aの死因は右側腹部刺切損傷による肝臓損傷及び血気胸であり,それぞれ
一つだけで致命傷となりうるものである。この損傷は,やや背中寄りの右側
腹部から肝臓右葉を損傷し,横隔膜を貫通し,右肺まで至っている上,その
深さは約20センチメートルまで達し,傷の表面が整っていることなどから,
有尖の刃器を用いて非常に大きな力で刺されたと認められる。そして,aの
死体の肝臓に創洞が2か所ある上,架橋組織片が現存していたことから,2
回の刺突行為があったと認められる(なお,hは約500体の死体解剖を行
うなど豊富な経験を有する法医認定医であり,証言内容も合理的であるため,
信用することができる。)。
自分自身で背中寄りの右側腹部の位置を非常に大きな力で突き刺すことは
考え難いため,aは他人による刺突行為によって殺害されたと推認できる。
また,傷の部位,深さ及び傷が整っていることから,もみあい等によって偶
然に生じた傷であることは考え難く,上記刺突行為は他人による意図的なも
のであったと認められる。したがって,犯人はaを2回の刺突行為により殺
害したといえる。
⑵aの殺害現場について
7月14日の捜索時のZ号室のフローリング床面には,血液が付着してい
るものの,拭き取られた形跡が認められたところ,血痕はいずれも人血であ
り,その多くはaのDNA型と一致していることから,そのほとんどがaの
血液と認められる。そして,Z号室のフローリング床面に付着した血液の広
がり状況等から,aの出血量は1500ミリリットル超であったと推定され
る(証人hの,aの出血量に関する供述もこれと矛盾しない。)。おおよそ
3分の1の血液が失われると,重篤な状態に陥るとされているところ,aの
体重(約62.4キログラム)から推定される全血液量(体重の七,八パー
セント)を考慮すると,aは右側腹部に受傷した後,Z号室内で重篤な状態
に至ったと認められる。また,aは死因となった損傷の受傷後,1ないし数
分で自ら活動することが困難となったと考えられる。そうすると,上記刺突
行為の後にaがZ号室に入り,出血が生じたとは考え難い。したがって,犯
人がaを刺突行為により殺害したのは,Z号室であったと推認できる。
殺害の日時について
7月5日午前零時6分まで,aと被告人はオンラインゲームの「将棋弐」
を起動させて,ゲーム中にチャットをしており,その直後の午前零時8分に
aは自己のアカウント名「q」でツイッターの投稿をしたことから,この時
点の投稿はa本人が行ったものと推認でき,少なくともこの時点までaは生
存していたと認められる。また,その後aは,それまで毎日のようにしてい
たツイッターの投稿を全く行っていないことが認められる。以上からすると,
aの最終生存確認日時はこの時点といえる。
一方,同月8日午前6時20分頃以降にaの死体は発見されたことから,
犯人は,7月5日午前零時8分から7月8日午前6時20分頃までの間にa
を殺害したといえる。
⑷殺害後の犯人の行動について
7月8日,aの死体は頭部,両下肢が切断された状態で発見されている。
一方,aのDNA型と完全に一致する頸椎の身体側の骨片がZ号室で発見さ
れ,頸椎の切断に使われた道具は木工用手引きノコギリであるとして矛盾し
ないとされていることから,犯人はZ号室でaの死体の頭部を切断したと推
認される。
そして,死体の頭部を切断した目的は死体を発見されにくい状態にすると
ともに,運びやすくするためであると考えられるから,両下肢についてもa
の頭部の切断と同じ機会に切断されたものと考えられる。したがって,犯人
はaの頭部,両下肢をZ号室で切断したと推認できる。
⑸血痕の払拭行為について
また,7月14日のZ号室の捜索時に,居間のフローリングの目地に血痕
が付着し,床板の裏面には薄まった血液が染み込み,床下のコンクリート部
分にまで血液が流れ落ちた痕跡が認められた。これらの多くの血液は,aの
血液と合致するものであり,殺害行為や死体損壊行為直後には,aの相当量
の血液が床板の表面に流出していたものと推認できる。他方,捜索時には,
Z号室居間のフローリングの床板の表面には,目地以外に目立った血痕は認
められなかったことから,何者かがフローリングの血痕を払拭したことが推
認できる。そして,警察に通報することなく,このような血痕を払拭する目
的は犯行の発覚を妨げること以外には考え難いから,結局,血痕を払拭した
のは,犯人あるいはこれに準じる立場にある者であると合理的に推認できる。
3被告人の行為について
⑴被告人が7月3日以降,借りていたZ号室にaを寝泊りさせていたこと
被告人は,4月25日,Z号室を賃借し,同室の鍵3枚の交付を受けた。
そのうち,1枚については,被告人はcに交付したが,7月3日にcは被告
人に返却している。その後,被告人は同日午後9時過ぎにaをZ号室に送り
届け,同月4日午後6時30分過ぎにもaをZ号室に送り届けた。同月11
日,被告人はZ号室の賃貸借契約を解約する手続をしている。
cはaが同月3日に浜松市内に来ること,aをZ号室に住まわせることを
被告人から聞いていたものの,最終生存確認日時の同月5日午前零時8分以
降,aがZ号室にいたことを知る人物の存在は他にうかがわれない。
⑵aの最終生存確認日時後の被告人の行動
ア7月5日午前零時8分以降の被告人の行動について,以下のとおり認定
できる。
①被告人は同日午前2時26分頃,当時住居としていたbの建物から出
て,②同日午前2時40分頃,被告人使用車両のトヨタクラウン(白色,
車両番号「●●●●●●●●●●」,以下,「被告人使用のクラウン」とい
う。)を運転して,bの駐車場から左折して西進し,③同日午前3時17分
頃,r店に入退店し,④同日午前3時21分頃,被告人使用のクラウンを
運転して同店駐車場を出て,東進通過し,⑤同日午前3時28分頃,s店
前を南進通過し,⑥同日午前9時33分頃,Z号室から約0.4キロメー
トルの地点にあるt郵便局窓口でゆうパックの段ボール(特大)を3枚購
入し,⑦同日午前9時36分頃,被告人使用のクラウンを運転して,同局
駐車場から西進出発し,⑧同日午前10時4分頃,r前を西進通過した。
①,③,⑥については,防犯カメラに被告人の容姿が記録されており,
②,④,⑤,⑦,⑧については,被告人の行動経緯,被告人使用のクラウ
ンと類似する車両が記録されていること等からすれば,被告人が被告人使
用のクラウンを運転していたといえる。①,③,⑥の画像に加え,④,⑧
については,被告人使用のクラウンはロッカーパネル等に顕著な特徴を有
する特別仕様であること,この特徴を有する車は上記塗装をした会社の担
当者もあまり見たことがない旨供述していること,鑑定によれば当該時点
で防犯カメラに記録された車両は被告人使用のクラウンと同一の車両で
あると認められ,以上からすると,上記のとおり認定をできる。
以上より,⑤の同日午前3時28分頃に被告人はuに近接した地点で同
所に向かう方向に進んでおり,⑥の同日午前9時33分頃に被告人はuに
近接した地点で同所から引き返す方向に進んでおり,被告人は同日午前3
時28分頃から同日午前9時33分頃までの間,Z号室に入る機会があっ
たことが認められる。
イ次に,同日午後1時17分頃以降の被告人の行動については,以下のと
おり認定できる。
①被告人は同日午後1時17分頃,v店で商品を購入した。②被告人は
その後,同日午後2時11分頃,被告人使用にかかる日野デュトロ(白色,
「●●●●●●●●●●」。以下,「被告人使用のデュトロ」という。)を運
転してrを東進通過し,③同日午後2時18分頃,被告人使用のデュトロ
を運転して,t郵便局を西進通過し,④同日午後9時52分頃,被告人使
用のデュトロを運転して,rを西進通過し,さらに,⑤同日午後10時1
9分,被告人使用のデュトロを運転して,東進右折して被告人が当時使用
していたbに入り,同日午後10時21分,bを出て西進し,⑥同日午後
11時33分,被告人使用のデュトロを運転して,w店前を北進通過した。
①については,後記⑶のとおり認定できる。②ないし⑥については,被
告人の行動経緯,被告人使用のデュトロと類似する車両が記録されている
こと等から,各時点で被告人が被告人使用のデュトロを運転していたとい
える上,②,④については,被告人使用のデュトロは荷台,作業灯等に顕
著な特徴を有するいわゆる「R仕様」と呼ばれる受注生産販売された特別
仕様であること,そのうち,被告人使用のデュトロを除く25台はほとん
どがR地区近辺での使用にとどまっていること,鑑定によれば各時点で防
犯カメラに記録された車両は被告人使用のデュトロと同一の車両であると
認められることから,上記のとおり認定をできる。
そして,デュトロの積載物は,②の際の画像と③の際の画像の時点では,
同一のものであると認められるのに対し,⑤の際の画像では,前画像中に
認められるものとは異なる新たな箱様のものが積み込まれていたことが認
められる。
以上からすると,被告人は,③の同日午後2時18分頃にZ号室から約
0.4キロメートルの郵便局の前をuに向かう方向で進んでおり,④の同
日午後9時52分頃には,同室に近接した地点で同室から離れる方向に進
んでおり,被告人は,同日午後2時18分頃から同日午後9時52分頃ま
での間に,Z号室に入る機会があったことが認められる。
⑶被告人がZ号室に7月5日以降に立ち入ったこと
被告人は,7月5日午前9時33分頃,Z号室から約0.4キロメートル
の地点にあるt郵便局の窓口でゆうパックの段ボール(特大)を3枚買った。
そして,被告人は,同月5日午後1時17分頃,vで商品を購入した。購入
した商品の内訳は,キッチンタオル(4ロール)6袋,洗車ブラシ1本,出
荷段ボール(新鮮野菜と記載のもの)19枚,大型ポリ袋(黒色)1袋,メ
リヤスウエス(1kg入り)2袋であった。
7月14日のZ号室の捜索時には,vで買ったとされるものと外観が類似
しているキッチンタオル6袋(うち,未開封のもの5袋及び開封済みのもの
1袋)及び同タオルの使いかけのもの1本,ブラシ1本,段ボール(「新鮮
野菜」と記載のもの)16枚,同段ボールを組み立てたもの1個,ビニール
袋入り大型ポリ袋(黒色)1袋,メリヤスウエス(1kg入り)2袋が発見
された。また,「v」と印字されたビニール袋の中から,7月5日午後1時1
7分頃にメリヤスウエス(1kg入り)2袋,キッチンタオル(4ロール)
2袋,洗車ブラシ1個をvで買ったことを示すレシートも発見された。また,
ゆうパックの特大の段ボール3枚も発見され,箱の入っていたビニール袋の
中から,7月5日午前8時31分に段ボールをt郵便局で買ったことを示す
レシートも発見された。
これらの物品は外観が類似している上,一部の物品を上記日時に購入した
とするレシートも付近で発見されているほか,同時刻に被告人がv及びt郵
便局にいたことに照らすと,被告人は,7月5日に,t郵便局,vでこれら
のものを購入した後に,Z号室に運び入れたものと推認できる。
⑷被告人がaの所持品を所持していたこと
被告人は,7月14日の捜索時,実家敷地内の北東側建物1階から南京錠
で施錠された本件工具箱1個の中に,aの所持品を保管していた。その内訳
は,aの出所証明書等の書類が入ったクリアケース,「a」と刻印のある印
鑑が在中している印鑑ケース,折り畳み財布,a名義の年金手帳,現金20
00円及びa名義の住民基本台帳カード,各種キャッシュカード,各種会員
カード,診察券,国民健康保険被保険者証,aの住民票が入った長財布並び
に眼鏡等であった。同眼鏡はaが使用していた眼鏡と同じ度数であり,画像
上形状も同じであるため,aが使用していた眼鏡と同一であると推認でき
る。
また,aが最終生存確認当時にLINEをするのに使用していたパソコン
のハードディスクが7月16日,被告人が当時住んでいたB号室で差し押さ
えられており,被告人がaの最終生存確認日時後にZ号室からaが使用して
いたパソコンを運び出したことが推認できる。
さらに,aが使用していた携帯電話9台は,7月14日に差押えられたク
ラウンから発見され,そのうち1台は助手席座面上の黒色手提げバッグ内
に,その余の8台は助手席フロア部の青色チャック付きクリアケース内にあ
った。8台の携帯電話のうちの1台に対して,7月6日午前11時22分に
更生保護法人「x」の職員が電話をかけた際,被告人が電話に出て,「自分
は前回の刑の時に情状証人になったEです。aさんは今みかん農園に作業に
行っています。」などと話しており,この時点においてaが使用していた携
帯電話のうち少なくとも1台を被告人が持っていたことが認められる。
以上のとおり,被告人は,aの最終生存確認日時後にZ号室からaの使用
していたパソコンを持ち出していることが明らかであるところ,7月14日
の時点で被告人が所持していたaの所持品中には,眼鏡や携帯電話など日常
生活を送る上で常時必要となるようなものが含まれており,被告人がこれら
をaから任意に預かっていたとは考え難い。そして,被告人がaの所持品中
の携帯電話を7月6日午前11時22分の時点で所持していたことからす
ると,被告人が既にその時点においてZ号室からaの所持品の少なくとも一
部を持ち出していたことが合理的に推認できる。
⑸軽四貨物自動車スバルサンバー(白色,登録番号●●●●●●●●●●号,
以下,「被告人使用のサンバー」という。)への血痕の付着
7月14日に実家において被告人使用のサンバーが差し押さえられた際,
同車の荷台上の板に縦約6センチメートル,横約2.6センチメートルの血
痕が付着しており,この血痕は人血でaのDNA型と一致した。aは7月3
日に京都から浜松に来たばかりであって,最終生存確認日時が7月5日,そ
の死体が発見された日時が7月8日であって,関係証拠上,aが生前サンバ
ーに乗車する機会があったとはうかがわれないこと,血痕の大きさ,血痕が
付いていた場所等からすれば,被告人がZ号室から持ち出したaの血痕が付
いた物品を被告人使用のサンバーに積載した際に同車の荷台上の板にaの血
痕が付着した可能性が高いといえる。
⑹小括
以上の認定事実から被告人の犯人性について検討する。
アまず,上記2のとおり,aは,7月5日午前零時8分以降にZ号室で殺
害され,aを殺害した犯人は,その後同室内でaの遺体の頭部と両足を切
断し,これらを同室から運び出していること,aを殺害した犯人(あるい
はこれに準ずる者)は,殺害により同室の居間の床などに広がったaの多
量の血液を殺害後に拭き取ったことが認められる。これらの事実からする
と,aを殺害した犯人は,殺害行為のほかにaの遺体の頭部と両足を切断
し,切断したaの遺体を運び出すなどの行為を同室で行っており,これら
の行為に必要な相当の時間同室に滞在したこと,犯人にはaが同室で殺害
されたことを隠蔽する必要があったことが合理的に推認できる。一方,上
記3のとおり,被告人は,殺害された前々日頃に浜松に来たaを,自ら
が借りていた同室に住まわせ,同室の鍵を保有していたことが認められる。
これらの事実からすると,被告人は,Z号室に自由に出入りすることがで
き,また,aが同室で殺害されたことが発覚すれば,aを同室に住まわせ
ていた者として真っ先に犯人と疑われる立場にあったものといえる。以上
のとおり,上記2と3の事実から,被告人が犯人であることが相当程度
推認される。
イまた,上記2のとおり,aは,7月5日午前零時8分以降浜名湖で遺体
として発見された同月8日午前6時20分までの間に殺害され,その死体
は損壊されてZ号室から外に運び出され,浜名湖に遺棄されたことが認め
られ,aが7月5日午前零時8分以降それまで毎日頻繁に行っていたツイ
ッターへの投稿が見られなくなったことやaの遺体が同室から運び出され
てから浜名湖に遺棄されるまで,さらに遺棄されてから遺体が発見される
までの時間を考えると,aが殺害され,死体が損壊されて,同室から運び
出されたのは,aの最終生存確認日時からそれほど経たない数日の間であ
ったことが合理的に推認できるところ,上記3⑵のとおり,被告人は,7
月5日午前2時40分頃,当時住んでいたbから被告人使用のクラウンを
運転して外出し,その後同日午前3時28分頃からu付近の郵便局で段ボ
ールを購入する午前9時33分前後の時間帯に同室に立ち入る機会を有し
ており,一旦被告人使用のクラウンでbに戻った後,同日午後1時17分
頃にvで多数の段ボール等を購入し,今度は被告人使用のデュトロ(トラ
ック)に車を変えてu方向に向かった上,同日午後2時18分頃から同日
午後9時52分頃までの間にも,同室に立ち入る機会を有していたことが
認められる。すなわち,被告人は,aの最終生存確認日時後遺体として発
見されるまでの間に,現実に同室に立ち入り,aを殺害し,遺体を損壊し
て運び出すなどの行為を行う機会があったことが認められる。
ウそして,上記のとおり,aは,7月5日午前零時8分以降浜名湖で遺体
として発見された7月8日までの間に殺害され,その死体は損壊されてZ
号室から外に運び出されているところ,上記3のとおり,被告人が同室
から持ち出した物品を介して被告人が使用するサンバーの荷台上の板にa
の血液が付着するに至った可能性が高いと認められる。また,上記3の
とおり,被告人は,aの最終生存確認日時から7月6日にaの携帯電話に
出るまでの間に,aの所持品の少なくとも一部を,aの意思にかかわらず
にZ号室から持ち出していたと推認される。さらに,上記のとおり,aを
殺害した犯人は,切断したaの遺体をZ号室から運び出していることから,
犯人は,切断した遺体を運び出すための用具をZ号室に持ち込む必要があ
ったと考えられるところ,上記3のとおり,被告人は,7月5日以降多
数の段ボール等を持ってZ号室に立ち入っていることが認められ,被告人
が,被告人使用のデュトロ(トラック)を運転してu方向に向かい,Z号
室に立ち入る機会のあった7月5日午後2時18分頃から同日午後9時5
2分頃までの間では,その前後のトラックの積み荷に増減があったこと,
購入した段ボール箱の一部が発見されていないことを併せ考慮すれば,被
告人が,同時間帯にZ号室に段ボールを持ち込み,次に同室を出る際に段
ボール等を持ち出して被告人使用のデュトロ(トラック)に積み込んだ可
能性が高いといえる。
そうすると,被告人が被告人使用のクラウンでu方向に赴き,Z号室に
立ち入る機会のあった7月5日午前3時28分頃から同日午前9時33分
頃までの間,被告人使用のデュトロ(トラック)を運転してu方向に赴き,
Z号室に立ち入る機会のあった同日午後2時18分頃から同日午後9時5
2分頃までの間は,単にZ号室に立ち入る機会であったにとどまらず,被
告人がaを殺害し,その後同室に段ボール等を持ち込み,同室を出る際に,
aの遺体を入れた段ボールやaの所持品の一部をaの意思にかかわらずに
持ち出したとみることが可能な事情のある機会であったといえる。
4aの殺害の動機について
以上に対し弁護人は,被告人にはaを殺害する動機はないため,被告人は犯
人ではないと主張する。そこで,aの殺害の動機についても検討を加える。
この点,検察官は,被告人がaにAとの養子縁組を持ちかけ,7月3日,a
をAが所有していたbに連れていった際に,Aがいなかったことから,被告人
がAを殺害したことや,養子縁組がAの財産を奪う目的であることをaが察知
したため,口封じとしてaを殺害したと考えるのが合理的であると主張する。
しかし,bを訪れたことで,aが養子縁組の目的などを察知した可能性が高い
とはいえず,Aの事件の口封じとしてaを殺害したとは認定できない。
5第三者による犯行の可能性の検討
⑴そこで,念のため被告人以外の第三者がZ号室に侵入し,aを殺害した可
能性について検討を加える。
⑵aがZ号室に存することを知っていた人物の存在について
前述のように,最終生存確認日時の7月5日午前零時8分以降,aがZ号
室で生活していることを知っていた人物は被告人とcの他にうかがわれな
い。そして,cはaと会ったことがないと供述しており,殺害する動機があ
るとはうかがわれないし,7月3日にaが浜松市内に来てから7月8日に死
体が発見されるまで間がなく,aが浜松市内で新たな交友関係を築いたこと
は考え難い。したがって,aと交友関係があり,aに対して怨恨等の感情を
有していた第三者がZ号室に入り,殺害したとは考え難い。
⑶Z号室の鍵の管理状況について
上述のように被告人は,同室の鍵3枚の交付を受けており,そのうちの1
枚については,被告人はcに交付したが,7月3日にcは被告人に返却して
いる。同月14日,Z号室の鍵が,B号室の居間テーブル上の鍵束の中から
1枚発見され,同室の玄関先靴箱上に置かれたコップ内から「先生」と書い
た白色養生テープの貼られた状態の1枚が発見された。このように,被告人
が受け取ったZ号室の鍵3枚のうち鍵2枚が,同日,被告人が管理するB号
室で発見されたこと(なお,残る1枚については,aの死体発見後,所在が
明らかになっていない。)からは,7月5日当時,被告人以外にZ号室にa
の意思に反して容易に入ることのできた第三者は存在しなかった可能性が高
い。
⑷血痕の払拭行為について
前述のように,犯人はaを殺害した後,aの死体をZ号室で切断してから
運び出し,aの血痕を払拭したと認められる。
仮に,aと面識のない第三者が,Z号室に入り,室内にいたaを殺害した
とすれば,aの死体や血痕があったとしても直ちに自己が犯人であると疑わ
れることはないため,aの死体を切断して運び出したり,血痕を払拭する必
要性は乏しいといえる。また,aの死体を切断し,その血痕を払拭する作業
には相当の労力を要する上,相当程度の時間,Z号室に留まる必要があるこ
ととなり,aの知人が同室を尋ね,出くわしてしまう危険性が高いと思って
もおかしくない行動といえる。したがって,仮に,第三者がaを殺害したと
すれば,Z号室でaの死体を切断して,その血痕を払拭することは合理的な
行動とはいえず,第三者が犯人であったとは考え難い。
⑸小括
以上より,被告人以外の第三者がaを殺害したとは考え難く,被告人の犯
人性を基礎づける上記各事情は,被告人が犯人でないとしたら合理的な説明
がつかないといえる。
6検察官の主張するその他の事情
さらに,以下の事情も被告人の犯人性を基礎づけるものといえる。
⑴aの生存仮装工作について
上記3⑷で認定したとおり,被告人は,7月6日午前11時22分にaが
浜松に来る前に居住していた更生保護施設「x」の職員がaの携帯電話にか
けた電話に出て,「aさんは今みかん農園に作業に行っています。」などと
応答しているところ,被告人の父であるeの検察官調書によれば,aをみか
ん農園で働かせた事実はないというのであって,被告人がxの職員にaの所
在について虚偽を述べたことが明らかである。この事実は,被告人がaの殺
害後にその生存を装うためにした行動と評価することができる。
⑵被告人の犯行告白について
ア証人dの証言要旨
6月29日,自分は窃盗の被疑事実で逮捕され,o署のp号室に留置さ
れていた。7月14日,被告人が逮捕され,隣の房に留置された。それか
ら1週間くらい経過したとき,自分から,毎日遅くまで大変だねなどと初
めて被告人に話しかけた際,被告人からおじさんを殺したあと若い子を殺
したなどという話を聞いた。
被告人は,若い子を殺した話について,今は詐欺で捕まっている,でも
警察は殺人であげたがっている,若い子の面倒を見てあげていたが,先生
の家に泥棒に入ったので許せなくて殺した,施設育ちのポン中だから殺さ
れても警察はいちいち相手にしない,急ぎ仕事だったからちょっといろい
ろあったなどと話した。さらに,被告人は,本来はパーフェクト犯罪をや
りたかった,だけど急ぎ仕事でこうなった,急ぎ仕事だけど中性洗剤でや
ればDNAごと拭きとれると述べ,被害者の死体について,浜名湖に捨て
たが,大雨が降ったので,思った以上に流れている,ダイバーが潜っても
大丈夫,海水に何週間も浸かっているので,もうDNAは出ないなどと話
した。
被告人が,キャッシュカードか詐欺関係で捕まっていたので「そっちは
大丈夫なのか」などと尋ねると,被告人はもう本人がこの世にいないから,
そっちはマンション取るために殺したんで意味のない殺人ですねなどと話
した。さらに,被告人から,死体の処分について,おじさん,若い子とも
浜名湖周辺の同じところに捨てたと聞いた。その後,被告人は自分に対し,
犬ってどれくらい嗅覚あるんですかなどと聞き,その質問の趣旨について
尋ねると,被告人は肉片とか出たら困るなどと話した。
8月18日に,自分がo警察署長と宗教の自由をめぐってもめると,被
告人は「さすが国家公務員」などと言ってo警察署長の味方をするような
態度をとったので,同年8月19日,被告人に対し,こういう時,普通俺
側につくだろう,腕をへし折ってやるなどと言ったものの,その直後,自
分としては,被告人との関係は良好に戻ったと認識していた。8月20日
に警察官に対し,被告人から聞いた上記犯行に関する話を伝え,供述調書
をとられた。
イ証人dの供述の信用性
証人dは,Aの死体が発見される8月31日の前に,殺害したのが2名
であること,被害者のうち,1名は「おじさん」であったことについて警
察官に供述している上,aの殺害に関する部分についても,aの死体を切
断したなどと聞いたという点においても客観的な証拠と合致しており,中
性洗剤でDNAを消すことができると述べたという部分(Z号室の浴室か
らは,捜索時に中性洗剤が発見されている。),aがポン中(覚せい剤使
用者)であったという部分などdが聞かなければ知り得なかった事実を含
んでいる。また,aの殺害の動機は,被告人が「先生」と呼ぶ人物の家に
泥棒に入ったこととされており,この部分は客観的証拠と反するものの,
被告人が友人であるcを「先生」と呼んでいた点は客観的証拠と合致して
おり,この点もdが聞かなければ知り得なかった事情といえる。以上のと
おり,dが虚偽の事実を作出して証言しているとは考え難い。
被告人が初めて会話した相手に対して重大な犯行に関する話をしたこ
とが不自然であると考えられなくはないものの,被告人は殺人についての
立証が難しいと考えていたことがうかがわれ,同じく被疑者として勾留さ
れているdに対して犯行に関する話を打ち明けたとしても,不自然とまで
はいえない。したがって,dの証言は基本的に信用できる。
弁護人は,①dは報道などで事件について情報を得ていたこと,②dは
被告人にかけられている被疑事実を認識していたこと,③dが捜査機関に
話す前,被告人とdの関係は悪化していたこと,④dは取調べの際,担当
する警察官から被告人に関する捜査に協力するよう要求されていたこと,
⑤dは現在,事件についての情報を得ることを制限されていないこと等を
指摘し,dの証言は信用できないと主張する。しかし,上記のようにdは
Aの死体の発見前に,Aの殺害に関する情報を警察官に供述しており,報
道等で知り得た情報をもとに供述したとは言い難い上,各犯行に関して被
告人から聞いたとする主要な部分は客観的証拠と概ね合致し,また,被告
人の犯行告白がなければdが知り得ないはずの事情を含んでいることか
ら,虚偽の事実を供述しているとはいい難い。弁護人の主張は採用できな
い。
以上より,d証言は基本的に信用することができる。
ウ証人dの供述の意味合い
d証言によれば,被告人はaの殺害について犯行告白を行ったこととな
るが,被告人がaを殺害していないにもかかわらずあえて虚偽の犯行告白
を行う合理的な理由は考えられないことから,被告人がdに対し,犯行を
認める趣旨の話をしたものと推認でき,被告人の犯人性を基礎づける事情
となる。
⑶被告人の左手首の傷について
なお,検察官は,被告人が,aの最終生存確認日時前になかった左手首の
傷を7月5日午前9時33分の時点では負っているとして,被告人がaの殺
害の際に,刃物を自己の左手首に当てるなどして負傷した旨主張する。確か
に,信用性の認められるyの検察官調書からすると,被告人が7月6日に前
記yと会った際に左手首に傷を負っていたこと,Z号室の玄関ドア内側から
被告人のものと認められる血痕が採取されていることなどからすると,被告
人が左手首に負傷した状態でZ号室にいたこと自体は推認できるものの,そ
の負傷時期についてはなお特定することができず,この点の検察官の主張を
採用することはできない。
7まとめ
以上を総合すると,被告人には,aの殺害後に殺害の事実や場所を隠蔽する
必要がある事情があり,これが証拠上認められる犯人の行動と符合している上,
現実に限られた犯行可能性のある期間内に犯行現場付近にいて犯行の機会を有
しており,さらにその機会は,被告人がaを殺害し,aの遺体やaの所持品の
少なくとも一部をaの意思にかかわらずに持ち出したことをうかがわせる事情
があって,被告人による犯行の動機は判然としないものの,第三者による犯行
の可能性はほとんど考えられない状況にある。さらに,被告人は,上記の機会
の後,aの所在を偽り,aの遺体発見後ではあるが,aを殺害したことを別件
での留置中にdに告白している等の事情もあり,これらの事情は,被告人が犯
人でないとしたならば合理的な説明ができないものといえる。以上からすると,
被告人がaの殺人,死体損壊・遺棄の犯人であることは優にこれを認定するこ
とができる。
【法令の適用】
罰条
判示第1の行為刑法240条後段
判示第2及び第11の各行為いずれも包括して刑法190条
判示第3ないし第5の各行為のうち
各有印私文書偽造の点いずれも刑法159条1項
各偽造有印私文書行使の点いずれも刑法161条1項,159条
1項
各電磁的公正証書原本不実記録の点
いずれも刑法157条1項
各不実記録電磁的公正証書原本供用の点
いずれも刑法158条1項,157条
1項
判示第6及び第8の各行為いずれも包括して刑法246条の2
判示第7の行為刑法235条
判示第9の行為のうち
有印私文書偽造の点刑法159条1項
偽造有印私文書行使の点刑法161条1項,159条1項
詐欺の点刑法246条1項
判示第10の行為刑法199条
科刑上一罪の処理
判示第3,第4の各罪いずれも刑法54条1項後段,10条(それぞれ,
有印私文書偽造とその行使と電磁的公正証書原本不実記録とそ
の供用との間には,それぞれ順次手段結果の関係があるので,
結局以上を1罪として,刑及び犯情の最も重い申請依頼書及び
委任状に係る各偽造有印私文書行使の罪の刑で処断)
判示第5の罪刑法54条1項前段,後段,10条(偽造有印私文
書の一括行使は,1個の行為が2個の罪名に触れる場合であり,
各有印私文書偽造とその各行使と電磁的公正証書原本不実記録
とその供用との間には,それぞれ順次手段結果の関係があるの
で,結局以上を1罪として,刑及び犯情の最も重い譲渡証明書
に係る偽造有印私文書行使の罪の刑で処断)
判示第9の罪刑法54条1項後段,10条(有印私文書偽造とそ
の行使と詐欺との間には順次手段結果の関係があるので,結局
以上を1罪として,最も重い詐欺罪の刑(ただし,短期は偽造
有印私文書行使の罪の刑のそれによる。)で処断)
刑種の選択
判示第1及び判示第10の各罪につきいずれも死刑を選択
判示第7の罪につき懲役刑を選択
併合罪の処理刑法45条前段,46条1項本文,10条(刑及び犯情の
最も重い判示第1の罪の刑で処断し,他の刑を科さない。)
没収
押収してある申請依頼書1枚の偽造部分
刑法19条1項1号,2項本文(判示第3の偽造有印私文書行使の犯罪
行為を組成した物で,何人の所有をも許さないもの)
押収してある委任状1通の偽造部分
刑法19条1項1号,2項本文(判示第4の偽造有印私文書行使の犯罪
行為を組成した物で,何人の所有をも許さないもの)
押収してある譲渡証明書1枚及び譲渡証明書1通の各偽造部分
いずれも刑法19条1項1号,2項本文(判示第5の偽造有印私文書行
使の犯罪行為を組成した物で,何人の所有をも許さないもの)
押収してある年金受給権者受取機関変更届1通の偽造部分
刑法19条1項1号,2項本文(判示第9の偽造有印私文書行使の犯罪
行為を組成した物で,何人の所有をも許さないもの)
訴訟費用の処理刑事訴訟法181条1項ただし書(不負担)
【量刑の理由】
1本件は,被告人が,以前に勤務していた会社の同僚であったAを,その金品を
奪取する目的で殺害して財産を強取した事案(判示第1。以下,「強盗殺人事件」
ともいう。),Aの死体を焼損して浜名湖又はその周辺に投棄した事案(判示第
2),不正に書類を作成・行使して,Aの所有していた軽四輪自動車1台,自宅
マンション,自動二輪車2台を被告人所有名義に移転する旨の不実の記録をそれ
ぞれさせた事案(軽四輪自動車につき判示第3,自宅マンションにつき判示第4,
自動二輪車につき判示第5),強盗殺人事件で不正に入手したキャッシュカード
を使用して,A名義の信用金庫預金口座から自己が不正に管理するA名義の銀行
預金口座に振込送金した複数件の電子計算機使用詐欺の事案(判示第6及び判示
第8),上記不正に管理するA名義の預金口座から現金を引き出した窃盗の事案
(判示第7)及びAになりすまして,不正に書類を作成・行使して年金受給口座
を変更した上,年金を詐取した事案(判示第9)並びに友人であるaに対し,刃
物でその側腹部を2回にわたり突き刺すなどして,同人を殺害した事案(判示第
10。以下,「殺人事件」ともいう。)及びその死体を損壊して浜名湖又はその
周辺に投棄した事案(判示第11)である。
2まず,被害者Aに対する強盗殺人事件を中心とする事件(判示第1ないし判示
第9)について検討する。被告人がどのような方法でAを殺害したのか,凶器を
使用したのか否かについては明らかになっていないものの,被告人は,Aが安心
できる場所である自宅マンション内で寝静まった頃を見計らって,犯行に及んだ
ものと認められる上,被告人が,事前にAの自宅の合鍵を入手していたことや,
マンション内部に入り込む手順等について事前に何度も下見をし,台車などを準
備していること,Aの家族関係等の調査をしていたことなどを考慮すると,被告
人が当初よりAを殺害した上でその財産を奪う目的であったことは明白であり,
本件は周到に準備された計画的な犯行といえる。
本件犯行により,Aは突然にその尊い生命を奪われたもので,殺害結果が重大
であることはいうまでもない。また,被告人は,Aを殺害した後,同人の死体を
自宅マンションから運び出し,犯行の発覚を防ぐために焼損した上,浜名湖又は
その周辺に投棄しており,これらの一連の犯行は,自らの犯行計画を完遂するた
めに,被害者の死体を物のように扱った残忍で冷酷なものというほかない。そし
て,被告人は,その後のAの財産移転行為に必要となるAの実印等を強取した上,
間もなく,判示第3ないし判示第9の各財産移転行為に着手し,わずか約2週間
で,Aの自宅マンション,日常使用していた自動車1台,大切にしていた自動二
輪車2台の各所有名義を自らに移し,引き出し可能なAの預金残高のほぼ全額の
引き出しを終えており,さらに年金受給口座の変更手続まで行うなど,Aの財産
をほぼ根こそぎ奪っており,これらの一連の犯行は,狡猾で物欲が際立った犯行
といえる。
さらに,被告人は,Aの自宅マンション内の血痕が付いた畳を運び出すなどの
罪証隠滅工作を行ったほか,所在不明になっているAを心配する実妹に対して,
Aが生存しているかのような話をしたり,Aの荷物を送りつけたり,Aの国民健
康保険料の支払を続けるなどの生存仮装工作を行い続けたものであって,遺族の
心情を顧みることなく自らの犯行を隠蔽することに汲汲としており,犯行後の行
状も悪い。
3次に,被害者aに対する殺人を中心とする事件(判示第10及び判示第11)
について検討する。被告人は,深夜,aに使用させていた部屋に立ち入り,aの
背後からその右側腹部を2回有尖の刃器で,肝臓から右肺に達するほど深く突き
刺したものであって,凶器を使用した強固な殺意に基づく犯行である。被告人は,
友人であったaを自らの生活圏である浜松市内に呼び寄せ,自己名義で賃借して
いたuに住まわせ始めて,わずか1日半ほどでaの殺害行為に及んだもので,動
機は必ずしも明らかではないものの,浜松に来たばかりのaに落ち度があったと
は考えられず,犯行態様から見ても,被告人に躊躇があった形跡は認められない
のであって,残忍で情け容赦のない犯行といえる。
殺害の結果は,被害者Aの事件と同様,重大であるし,相応に親しくしていた
被告人により,突然に生命を奪われた被害者の無念さは察するに余りがある。被
告人は,aを殺害した後,間もなく犯行の発覚を防ぐために,同人の死体の頭部
及び両下肢を切断して運び出し,浜名湖又はその周辺に投棄したのであって,こ
こにおいても被告人の他人の生命軽視の姿勢は明らかといわざるを得ない。
被告人は,殺害行為後,大量のキッチンペーパーやブラシ等を準備して,血痕
を払拭する作業をして犯行を隠蔽しようとしたり,aの所持品を全て持ちだして
実家に隠すなどしたほか,aの所在を確認しようとした更生保護施設の職員に生
存しているかのように応対したもので,犯行の隠蔽に汲汲とする姿勢も被害者A
の事件と同様であって,犯行後の行状も悪質である。
4以上のとおり,強盗殺人事件及び殺人事件の各犯行の動機・経緯,態様,結果
の重大性,殊に,一人暮らしの会社の元同僚を財産奪取目的で殺害し,現実にほ
とんどの財産を奪うという強盗殺人事件を起こし,その遺体を焼損して投棄する
までして犯行を隠蔽した後に,さらに,自ら浜松に呼び寄せた友人をそのわずか
1日半後に容赦なく殺害するという殺人事件に及び,その遺体も切断・遺棄し,
現場の血液を拭き取るまでして隠蔽したことからみて,被告人には生命軽視の態
度が著しく,一連の犯行は冷徹で残忍なものというべきである。このような罪質
の悪質性,半年以内に2名の尊い人命を奪った結果の重大性に鑑みれば,被告人
の刑事責任は極めて重大であるといえ,罪刑の均衡の観点からは特に斟酌すべき
事情がない限り,死刑の選択をするほかないといわざるを得ない。
一方,死刑はあらゆる刑罰のうちで最も冷厳で究極の刑罰であることに鑑み,
遺族の被害感情,社会的な影響,犯人の年齢,前科,犯行後の情状等の一般情状
を併せ考慮し,死刑の選択がまことにやむを得ないものと認められるかどうかに
ついてさらに検討を加える。
そこで,一般情状についてみるに,本件の各被害者は,何ら落ち度がないにも
かかわらず,財産奪取の目的や理不尽な理由によって殺害されたもので,被害者
両名の無念さは察するに余りあるし,各遺族らがそれぞれに黙秘を続ける被告人
に対して,事実を知りたいなどとするとともに,極刑を望む旨の意見書を提出し,
峻烈な処罰感情を示しているのも当然のことである。それにもかかわらず,被告
人からは謝罪や反省の言葉は一切見られず,被害者や遺族に対し,何らの慰謝の
措置も講じられていない。さらに,判示第2及び判示第11の各死体損壊・遺棄
行為の結果,短期間に各被害者の遺体が連続して浜名湖湖岸で発見されたもので,
報道で大きく取り上げられており,周辺住民に与えた不安感などの社会的な影響
も看過できない。
一方において,被告人にはこれまでに窃盗罪等による前科1犯等があるが,人
の生命身体にも関わる凶悪な前科はないこと,現在34歳という年齢等被告人の
ために酌みうる事情を最大限考慮しても,被告人に対しては,死刑を回避すべき
特に酌量すべき事情があるとはいえず,その選択はまことにやむを得ないものと
いわざるを得ない。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑‐死刑,申請依頼書等の各偽造部分没収)
平成30年2月23日
静岡地方裁判所刑事第1部
裁判長裁判官佐藤正信
裁判官杉田薫
裁判官長谷川皓一
別紙一覧表
番号犯行日時犯行場所(現金自動預払機設置場所)不法利益額
平成28年2月8日
午後2時29分
浜松市(以下省略)
C信用金庫J支店
20万円
同月9日
午後4時34分
同市(以下省略)
C信用金庫z支店
50万円
同月10日
午後2時54分
同市(以下省略)
G銀行R支店
50万円
同月11日
午前11時34分
同市(以下省略)
C信用金庫D支店
30万円
同日
午前11時35分
同上10万円
同日
午前11時36分
同上30万円
同日
午前11時37分
同上10万円
同日
午前11時40分
同上20万円
同月12日
午前10時36分
前記C信用金庫z支店100万円
同月13日
午後2時32分
前記G銀行R支店100万円
同月14日
午後3時49分
同上30万円
同日
午後3時51分
同上4万円
合計454万円

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