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平成12年(行ケ)第296号 特許取消決定取消請求事件
平成15年2月27日口頭弁論終結
            判       決
      原        告    豊田合成株式会社
      原        告    株式会社豊田中央研究所
      2名訴訟代理人弁護士    大 場 正 成
   同     尾 崎 英 男
      同     嶋 末 和 秀
   同     黒 田 健 二
   2名訴訟復代理人弁護士   吉 村   誠
   2名訴訟代理人弁理士    平 田 忠 雄
   同     樋 口 武 尚
      2名訴訟復代理人弁理士   藤 谷   修
   同     松 原   等
      被        告    特許庁長官 太 田 信一郎
      指定代理人         平 井 良 憲
   同     小 林 信 雄
   同     涌 井 幸 一
   同     高 橋 泰 史
   同     大 橋 良 三
           主       文
   1 原告らの請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告らの負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
(1)特許庁が平成10年異議第71562号事件について平成12年6月23
日にした決定を取り消す。
  (2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告らは,発明の名称を「窒化ガリウム系化合物半導体発光素子」とする特
許第2661009号の特許(平成3年10月30日に出願された特願平3-31
3977号(以下「本件原出願」といい,その発明を「本件原発明」,その願書に
添付された明細書及び図面をまとめて「本件原明細書」という。)について平成8
年5月16日になされた分割出願(以下「本件出願」といい,その願書に添付され
た明細書及び図面をまとめて「本件明細書」という。)に基づき,平成9年6月1
3日に設定登録された。以下「本件特許」といい,その発明を「本件発明」とい
う。)の特許権者である。
  本件特許に対し,請求項1ないし3につき,特許異議の申立てがあり,特許
庁は,この申立てを,平成10年異議第71562号事件として審理した。原告ら
は,この審理の過程で,平成10年11月6日,本件明細書の訂正の請求をし(以
下「本件訂正」といい,本件訂正に係る発明を「本件訂正発明」,本件訂正に係る
明細書及び図面をまとめて「本件訂正明細書」という。),平成11年5月6日
に,訂正請求書の補正(以下「本件訂正の補正」という。)をした。特許庁は,審
理の結果,平成12年6月23日,本件訂正の補正及び本件訂正はいずれも認めら
れないとした上,「特許第2661009号の請求項1ないし3に係る発明の特許
を取り消す。」との決定をし,同年7月17日にその謄本を原告らに送達した。
2 本件発明の特許請求の範囲は,次のとおりである。
「【請求項1】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合物
半導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から
成るp型不純物添加層とを有する発光素子において,前記p型不純物添加層上に形
成された透明電極と,前記透明電極上に形成されたニッケル(Ni)層と金(A
u)層との2重層から成る電極とを設けたことを特徴とする発光素子。 
【請求頃2】前記p型不純物添加層は,p型不純物を添加したGaNから成る
層であり,前記透明電極はITOであることを特徴とする請求項1に記載の発光素
子。 
【請求項3】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合物半
導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成
るp型不純物添加層とを有する発光素子において,前記n層に対する電極をアルミ
ニウム(Al)とニッケル(Ni)層と金(Au)層との3重層としたことを特徴
とする発光素子。」 
3 本件訂正明細書に記載された特許請求の範囲は,次のとおりである(下線部
が本件訂正による変更箇所である。)。
「【請求項1】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合物
半導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から
成る層とを有し,発光する部分が電極下領域に限定される窒化ガリウム系化合物半
導体発光素子において,
 前記p型不純物を添加した層上に形成された透明電極と,前記透明電極上に
形成されたニッケル(Ni)層と金(Au)層との2重層から成る電極とを設けた
ことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
【請求頃2】前記p型不純物を添加した層は,p型不純物を添加したGaNか
ら成る層であり,前記透明電極はITOであることを特徴とする請求項1に記載の
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。 
【請求項3】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合物半
導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成
る層とを有し,発光する部分が電極下領域に限定される窒化ガリウム系化合物半導
体発光素子において,前記n層に対する電極をアルミニウム(Al)とニッケル
(Ni)層と金(Au)層との3重層としたことを特徴とする窒化ガリウム系化合
物半導体発光素子。」 
4 決定の理由
 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件出願は,本件訂正発明も
本件発明も,本件原明細書に記載されていたものとは認められず,適法な分割出願
ではないため,出願日の遡及が認められず,現実の出願日である平成8年5月16
日に出願されたものであると認定し,これを前提に,本件訂正発明も本件発明も,
本件原出願の公開公報である特開平5-129658号(以下「刊行物1」とい
う。)に記載された本件原発明と同一であって,特許法29条1項3号に該当し,
それぞれ,独立特許要件及び特許要件(新規性)がないものであると認定判断し
て,本件訂正は認められず,本件発明は特許を受けることができないものである,
とするものである。本件訂正の補正については,訂正請求書の要旨を変更するもの
であるとして認めず,本件訂正中の訂正事項16については,本件明細書に記載し
た範囲内においてなされているものとは認められないと認定判断し,これも,本件
訂正を認めない理由とするものである。
第3 原告ら主張の決定取消事由の要点
 決定は,本件原明細書の記載内容の認定を誤り,その結果,本件訂正発明も
本件発明も本件原明細書に記載されていたものとは認められず,本件出願は,適法
な分割出願ではないため,出願日の遡及は認められないとして,これを前提に論を
進めたため,本件訂正発明の独立特許要件の判断を誤り(取消事由1-1),本件
発明の特許要件(新規性)についての判断も誤ったものである(取消事由2)。ま
た,決定は,本件訂正中の訂正事項16についても,明りょうではない記載を明り
ょうな記載にしたにすぎないものであるのに,本件明細書に記載した範囲内におい
てなされたものではない,と誤って認定判断し(取消事由1-2),本件訂正を認
めなかったものである。決定のこれらの認定判断の誤りは,結論に影響をすること
が明らかであるから,決定は,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1-1(本件訂正発明の独立特許要件の判断の誤り-本件出願の分
割要件の認定判断の誤り)及び取消事由2(本件発明の新規性の認定判断の誤り-
本件出願の分割要件の認定判断の誤り)
  決定は,「原明細書の記述においては,本件発明は,MI
S(Metal-Insulator-Semiconductor)型,すなわち,金属/半絶縁体/半導体の
組み合わせから成る発光素子に関するものであり,金属に接するのは,半絶縁性の
窒化ガリウム系化合物半導体のi層である。そして,段落【0003】に記載され
ているように,他の化合物半導体においては,pn接合型が開発されているが,G
aN系化合物半導体では,低抵抗のp型結晶が得られていないためMIS構造を形
成するのであると記載されており,窒化ガリウムにおけるpn接合型については,
一切記載されていない。」(決定書6頁下4行~7頁4行)と認定した上で,「原
出願明細書において,「p型不純物を添加した半絶縁性のi型の窒化ガリウム系化
合物半導体(AlxGa1-xN;0≦x<1)から成るi層」とされていたもの
が,分割出願当初の明細書及び訂正された明細書においては,「p型の不純物を添
加した窒化ガリウム系化合物半導体から成る層」とされている。この「p型の不純
物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成る層」という表現は,「p型の不
純物を添加した高抵抗のi層」及び「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp
層」の両方を包含するものであるが,原明細書には,MIS型の発光素子,すなわ
ち,「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」を有する発光素子についての発明は
記載されているが,pn接合型,すなわち,「p型の不純物を添加したp型の特性
を示すp層」を有する発光素子については記載されていない。そして,i層上に形
成される透明電極とp層上に形成される透明電極とが同じ作用及び効果を奏するの
か否かはまったく不明である。したがって,本件出願は,原特許出願に包含されて
いる発明の一部を新たな特許出願,すなわち特許法第44条第1項の規定に基づく
特許出願とは認められない。よって,本件特許の出願日は,現実の出願日である平
成8年5月16日である。」(決定書7頁28行~8頁8行)と認定し,これを前
提として,本件訂正発明の独立特許要件及び本件発明の特許要件(新規性)を認定
判断した。
  本件訂正発明の「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から
成る層」あるいは本件発明の「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導
体から成るp型不純物添加層」という構成が,「p型の不純物を添加した高抵抗の
i層」及び「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp層」の両方を包含するも
のであることは事実である。しかしながら,本件原明細書には,次に述べるとお
り,「不純物添加のみによるpn接合型発光素子」が明示的に記載されており,ま
た,「p型化処理によるpn接合型発光素子」も記載されているに等しいというこ
とができるのである。そうすると,たとい,本件訂正発明及び本件発明が,窒化ガ
リウム系化合物半導体から成る層として,「p型の不純物を添加した高抵抗のi
層」及び「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp層」の両方を包含するもの
であって,その構成に,「pn接合型発光素子」を含むものであるとしても,これ
は,本件原明細書に記載されていたというべきであるから,本件出願は,分割出願
の要件を満たしており,その出願日は,本件原出願の出願日に遡及するのである。
(1)「不純物添加のみによるpn接合型発光素子」の本件原明細書における開
示について
 本件原明細書に記載されたMIS型発光素子(以下「本件MIS型発光素
子」という。)は,「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」が「高抵抗のp層」
であり,かつ,発光メカニズムが電流注入型であって,pn接合型発光素子と共通
するものであるから,pn接合型発光素子でもある。
(ア)本件原明細書における「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」は,
「高抵抗のp層」と解すべきである。
(a)審決が本件訂正発明及び本件発明に包含されると認定した「p型の不
純物を添加したp型の特性を示すp層」とは,「高抵抗のp層」と「低抵抗のp
層」を包含するものであり,「高抵抗のp層」は,さらに「p型化処理をしていな
い高抵抗のp層」と「p型化処理をした高抵抗のp層」に分類することができる
(ここでいう「抵抗」とは,横方向の拡散抵抗であり,縦方向の直列抵抗ではな
い。以下同じ。)。なお,「低抵抗のp層」は,高ホール濃度のp層を十分な厚さ
に形成することによって,初めて得られるものであるため,窒化ガリウム(以下,
単に「GaN」とも表記する。)系の発光素子においては,現在においても実用化
されていない。
(b)物質は,導体(10-5
Ω・cm以下),半導体(10-5
~1012
Ω・c
m)及び絶縁体(1012
Ω・cm以上)に分類される(甲第33号証2頁下3行~
3頁1行)。
 半導体の導電型は,電子濃度と正孔濃度の大小だけによって一義的に
決まる。GaNでは,正孔濃度>10-10
>電子濃度のときp型,正孔濃度=10-10
=電子濃度のとき真性半導体,電子濃度>10-10
>正孔濃度のときn型となる。な
ぜなら,電子濃度と正孔濃度との積は,真性濃度の2乗に等しく(甲第34号証,
20頁(24)式),GaNの真性濃度(室温)は2×10-10
/cm3
(甲第35
号証,118頁13行)であるから,説明を簡略化するため,この真正濃度を10-
10
/cm3
とすると,GaNでは「電子濃度×正孔濃度=10-20
」の関係式が成立す
るからである(i型は絶縁体であるから,i型という伝導型はない。)。
(c)半導体の正孔濃度は,比抵抗から求めることができる。半導体の比抵
抗と正孔濃度との間には,一般式「比抵抗(Ω・cm)=1/(電気素量×正孔濃
度(/cm3
)×正孔移動度)」が認められ(甲第37号証の3頁),窒化ガリウム
の電気素量は10-19
Cであり(甲第38号証1551頁),同じく「正孔移動度の
値」は8cm2
/V・S(甲第13号証表1)であるから,GaNの正孔濃度は上記
一般式により比抵抗から求めることができる。
 「GaNpn接合青色・紫外発光ダイオード」(「応用物理」Vo
l.60No.2,1991 02。甲第9号証。以下「甲9文献」という。)に
は,「成長したままの状態では,GaN:Mgは実験した範囲内ですべて108
Ω・
cm以上の高抵抗率を有し,伝導型の測定も困難であった」(甲第9号証164頁
左欄3.2)との記載がある。これによれば,Mgを添加したGaN層は,高抵抗
(108
Ω・cm以上)であり導電型の測定は困難である。しかし,比抵抗108
Ω・cm以上に相当する正孔濃度は,上記一般式によれば1.25×1010
/cm3
であり,この値は10-10
/cm3
以上であるから,Mgを添加したGaN層の導電
型は,p型である。
 不純物添加により生成されるキャリア濃度の上限値(室温)は,102

/cm3
であるから(甲第36号証22頁図1.14),この上限値を1とし,p
型のキャリア濃度の上記最小値10-10
/cm3
を0とすると,「p型の度合」を定
義することができる。これによれば,上記のMgを添加したGaN層のp型の度合
は,0.649である。
(d)「GaNELECTROLUMINESCENTDEVICES:PREPARATIONAND
STUDIES」(JournalofLuminescence 17(1978)263頁~282頁。甲第
29号証。以下「甲29文献」という。)には,「これらの層が真にpタイプ物質
かどうかは,ホール測定をやっていないので断言はまだできないが,少なくともこ
れらの層はpタイプ性向を持つ高抵抗率の物質(以下πで表す)である。このよう
な層の抵抗率は106
~108
Ω・cmの範囲にある。より低い温度(920℃)で
は,pタイプ性向の領域が拡大される」(甲第29号証訳文4頁)との記載があ
る。これによると,Znを添加したGaN層は,p型かどうかは断言できないもの
の,「p型性向」を持つ高抵抗(106
~108
Ω・cm)の層(以下「π層」とい
う。)である。
 特開平5-183189号公報(甲第20号証。以下「甲20文献」
という。)には,「アニーリング前のGaN層は抵抗率2×105
Ω・cm,ホール
キャリア濃度8×1010
/cm3
であった」(甲第20号証【0015】)との記載
がある。これによれば,Mgを添加したアニーリング前のGaN層は,高抵抗のp
型層(2×105
Ω・cm)である。
(e)本件原明細書及び本件明細書における「電流10mA時の立ち上がり
電圧が6Vであった。」(甲第2,第4号証【0030】)との記載によれば,本
件原発明及び本件発明における「i層5」の抵抗Rは,600Ωであり,膜厚を
0.2μmとすれば,その比抵抗は3×105
Ω・cmである。そして,比抵抗と正
孔濃度に関する上記一般式によれば,本件原発明及び本件発明における「i層5」
の上記比抵抗は4×1012
/cm3
の正孔濃度に相当し,p型の度合は0.729で
ある。したがって,本件原発明及び本件発明における「i層5」は,p型に近い半
導体層である。
(f)実開平6-38265(甲第21号証。以下「甲21文献」とい
う。)には,「3は非常に高抵抗なp型GaN層(i型GaN)」層,」(甲第2
1号証【0003】)との記載があり,i型GaN層は高抵抗のp型GaN層であ
ると記載されている。
 特許第2560963号公報(甲第22号証。以下「甲22文献」と
いう。)には,「p型窒化ガリウム系化合物半導体層とは,GaN・・・等・・・
に,・・・p型であれば例えばzn,Mg・・・等のドーパントをドープして,p
型特性を示すように成長した層をいう。・・・また,p型窒化ガリウム系化合物半
導体層の場合,p型窒化ガリウム系化合物半導体層をさらに低抵抗化する手段とし
て,・・・アニーリング処理を行ってもよい。」(甲第22号証【0007】)と
の記載がある。特許第2778405号公報(甲第45号証。以下「甲45文献」
という。)にも,「また,p型Ga1-xAlxNクラッド層6・・・をさらに低抵
抗化する手段として,・・・アニーリング処理を行ってもよい。」(甲第45号証
【0014】)との記載がある。これらによれば,アニーリング処理は,p型窒化
ガリウム系化合物半導体層をさらに低抵抗化する手段であり,したがって,アニー
リング処理をする前のp型不純物を添加したGaN層がp型であることは明らかで
ある。
 上記各文献の各記載によれば,p型不純物を添加しただけのGaN層
は,キャリア濃度の低いp-
層と呼ぶべきであって,上記「p型化処理をしていない
高抵抗のp層」に相当するものであり,歴史的にはこれが「i層」と称呼されてい
たものである。
 本件原明細書及び本件明細書に記載されている「i層5」は,Znを
添加しただけのGaN層であるから,「p型化処理をしていない高抵抗のp層」で
ある。
(g)以上によれば,本件原明細書に記載された「p型不純物を添加した半
絶縁性のi型の窒化ガリウム系化合物半導体(・・・)から成るi層」(甲第4号
証【請求項1】)又は「i層5」(同1頁【構成】)は,正孔キャリアが存在し,
電流注入が可能な「高抵抗のp層」として当業者に認識されていたことが明らかで
ある。そうすると,本件MIS型発光素子は,「i層」をp層とする「不純物添加
のみによるpn接合型発光素子」であるということができる。
(イ)MIS型発光素子は,次に述べるとおり,そのすべてがアバランシェ現
象(なだれ現象)に基づき発光するのではなく,電流注入に基づき発光するものも
ある。すなわち,本件MIS型発光素子は,電流注入(n層4からi層5への電子
注入と電極からi層への正孔注入)に基づき発光するのであり,pn接合型発光素
子も電流注入により発光するものであるから,本件MIS型発光素子の発光メカニ
ズムは,pn接合型発光素子の発光メカニズムと共通する。
(a)「電子通信ハンドブック」(昭和54年3月30日第1版第1刷発
行。甲第30号証,469頁右欄5・1・1)には,エレクトロルミネッセンス
(電界発光,EL)には,アバランシェ効果に基づき発光する「真性EL」と,電
流注入メカニズムに基づき発光する「注入形EL」とがあることが記載されてい
る。
  pn接合型の発光メカニズムが,電流注入に基づくものであること
は,明らかである。
(b)特開平2-229475号公報(甲第32号証。以下「甲32文献」と
いう。)における,「この構造はMIS型である。・・・電極4,5からキャリア
を注入して,高抵抗層内で発光させている」及び「この素子で発光強度を上げるた
めには,・・・注入電流を増加させる必要がある」(甲第32号証1頁右下欄)と
の記載によれば,MIS型発光素子は,アバランシェ効果により発光するものに限
られないのであり,電流注入により発光するものもあるのである。
(c)甲29文献には,薄い半絶縁性のZn添加GaN層(厚さ0.05~
0.5μm,比抵抗106
~108
Ω・cm(π層))を有し,駆動電圧が3~10
Vである,M-π-n構造の発光素子が記載されている。甲29文献における「光
の放射は,n領域からではなく,π層から起きることが示される。従って,ダブル
注入,即ち:(i)nからπへの電子の注入,並びに(ⅱ)Zn準位への正孔の注
入が必要である。・・・正孔の注入については・・・(i)M-i界面近傍での,
Zn原子または価電子帯から金属(フェルミ準位より上)へのトンネル放
射。・・・(ⅱ)こうして生成した正孔は,Zn中心間のトンネル遷移またはフレ
ンケル-プール伝導によって,i層内で移動することができる。」(甲第29号証
279頁1行~下6行,訳文12頁第6段落~13頁第2段落)との記載によれ
ば,同発光素子は,順方向のバイアスによってのみ発光し,その発光メカニズムは
n層からπ層への電子の注入,及び,電極からi層への正孔の注入に基づくもので
ある。
(d)本件MIS型発光素子は,薄い半絶縁性のZn添加GaN層(厚さ
0.2μm,比抵抗3×105
Ω・cm(i層))を有し,駆動電圧は6Vである。
これらの厚さ,比抵抗及び駆動電圧は,甲29文献記載の発光素子のものと近似す
る。そうすると,本件MIS型発光素子は,甲29文献に記載の「M-π-n構
造」に相当し,同構造と同様に,n層4からi層5(π層)への電子注入と,電極
からi層5(Zn準位)への正孔注入に基づき発光するものであることは明らかで
ある。
(e)本件原発明のi層5の厚さ(0.2μm)は,結晶中の電子の平均自
由行程(0.1μm程度,甲第34号証(30頁))と同じ位の数字のものであ
る。アバランシェ現象は,電子が結晶原子に多数回にわたって衝突することにより
発生するものであり,膜厚が前記平均自由行程と同じオーダーまで薄くなると,同
衝突はほとんど生じないのである。したがって,本件原発明及び本件発明のMIS
型発光素子は,電流注入(n層4からi層5への電子注入と電極からi層5への正
孔注入)に基づき発光するものであり,アバランシェ現象に基づき発光するもので
はない。
(f)以上のとおり,本件MIS型発光素子は,電流注入に基づき発光する
ものであり,その発光メカニズムは,pn接合型発光素子のものと共通する。この
ような発光メカニズムの共通性が認められる以上,本件原明細書には「不純物添加
のみによるpn接合型発光素子」が記載されているということができる。
(2)「p型化処理によるpn接合発光素子」の本件原明細書における開示につ
いて
(ア)当業者は,本件原明細書の「i層5」をp型化処理を受ける層であると
認識し,「p型化処理によるpn接合型発光素子」を容易に想起するから,「p型
化処理をしたp型不純物添加層(p層)を有する発光素子」は,本件原明細書に記
載されているに等しい,ということができる。
(a)本件原出願時におけるp型化処理をしたp型不純物添加層についての
技術水準
 特開平3-218625号公報(甲第7号証。以下「甲7文献」とい
う。)及び甲9文献並びに甲第12ないし甲第16号証の各文献においては,不純
物Mgを添加したGaN系化合物半導体層(i層)をp型化する処理方法(電子線
照射法)と,同電子線照射法によりp型化した層(p層)を有するpn接合型発光
素子についての記載がある(甲7文献は,Mgだけでなく,ZnとCを不純物とし
て添加したp層の例も示している。)。また,甲20文献の「アニーリング後のG
aN層は抵抗率2Ω・cm,ホールキャリア濃度2×1017
/cm3
であった。」
(甲第20号証【0015】)との記載は,Mgを添加したGaN層を低抵抗化す
る処理方法としてのアニール法と,同アニール法により低抵抗化した層(p層)を
有するpn接合型発光素子を開示するものである。
 これらの記載によれば,p型不純物添加層(i層)をp型化(低抵抗
化)する処理方法である電子線照射法及びアニール法,並びに,p型化処理をした
p型不純物添加層(p層)を有するpn接合型発光素子は,本件原出願時におい
て,既に周知であった。
(b)MIS型発光素子の利用
 「p型化処理によるpn接合型発光素子」は,本件MIS型発光素子
の製造プロセスに,本件原出願時の技術水準になっている製造プロセスである上記
p型化処理を加えるだけで製造できる素子である。すなわち,本件MIS型発光素
子のi層のみをp型化処理(低抵抗化)によりp層に改良したものが「p型化処理
によるpn接合型発光素子」である。この「p型化処理によるpn接合型発光素
子」におけるp層は,低抵抗化されたとはいえ,依然として高抵抗であることに変
わりはなく,同p層は,本件MIS型発光素子のi層の延長線上に位置するものと
してとらえるべきものである。「p型化処理によるpn接合型発光素子」は,MI
S型発光素子を利用し発展させた素子であるから,その特徴は本件MIS型発光素
子の特徴とそのまま共通する。「p型化処理によるpn接合型発光素子」は,MI
S型発光素子と比べて,明るさにおいて相違するだけである。
(c)課題の共通性
① 本件MIS型発光素子の課題
 本件原明細書には,AlGaAs系では,p型AlGaAs層
(1.0×10-4
Ω・cm,甲第5号証4頁左下欄第1段落参照)及びp型AlG
aAs層(10-2
~10-1
Ω・cm,甲第6号証2頁右下欄第2段落参照)という
「低抵抗のp型結晶」を得ることができ,この「低抵抗のp型結晶」をp層とする
pn接合発光素子では,p層中を接合面に平行な方向(以下,単に「横方向」とも
いう。)の発光に寄与する電流が拡散し,接合面全体で均一に発光するのに対し,
GaN系ではMIS型構造を採用せざるを得ず,MIS型発光素子のi層中では,
横方向へ電流が拡散せず,発光電極の直下だけで発光するため,その発光は発光電
極に遮光され光の取出効率が低いとの課題がある,と記載されている(甲第4号証
【0003】ないし【0005】)。
 このような課題は,材質によるものではなく,電流路の抵抗率とそ
の厚さにのみ依存するものであることは,当業者の技術常識である。特開昭56-
81986号公報(甲第25号証),特開昭61-5585号公報(甲第26号
証),特開昭61-6880号公報(甲第27号証),特開平3-171679号
公報(甲第28号証)は,その解決手段として,透明電極,パターン電極及び電流
拡散層等の各手段を開示している。
② p型化処理によるpn接合型発光素子の課題
 p型化処理をしたp型不純物添加層(p層)の比抵抗は,35Ω・
cm(甲第7号証4頁表2,甲第13号証),12~40Ω・cm(甲第9号証1
64頁3.2,甲第14号証)又は2Ω・cm(甲第20号証【0015】)であ
り,まだ高抵抗である(AlGaAs系と比べて2桁以上も高い)。したがって,
p型処理によるpn接合型発光素子も,p層の厚さが0.4~0.5μmと薄いこ
ととも相まって,横方向に電流が拡散し難く,発光領域は電極直下に限られる。こ
のことは,甲21文献(3頁下2行~末行),特開平8-340131号公報(甲
第48号証),特許第2770720号公報(甲第50号証),特開平10-16
3529号公報(甲第51号証)等からも明らかである。p型化処理によるpn接
合型発光素子の現実の製品のすべてが透光性p層電極を有していることも,p層に
おいては横方法に電流が流れないことを示しているのである。
 p型化処理によるpn接合型発光素子は,p型化したとはいえ,p
層がまだ高抵抗であり厚さも薄いために,MIS型の様相を呈し,MIS型発光素
子と同様の課題を有するのである。
 原告らが行った実験(甲第54,第55号証)によれば,MIS型
発光素子とp型化処理によるpn接合型発光素子とは,いずれも横方向に電流が広
がらず,台座電極直下のみが発光しているのである。
(d)発光強度及び発光メカニズムの共通性
 p型化処理によるpn接合型発光素子は,甲7文献,甲9文献及び甲
第13ないし第15号証の各文献に示されるように,その発光メカニズムが電流注
入型である点において,MIS型発光素子と共通する。
(e)以上を総合すると,本件原明細書の「i層」の記載に接した当業者
が,同層をp型化処理を受ける層として認識し,これに周知技術であるp型化処理
をしてpn接合型発光素子を想起することは自明であるので,本件原明細書には,
p型化処理によるpn接合型発光素子が記載されているに等しいということができ
る。
(イ)被告は,MIS型発光素子は,p型GaN結晶が得られていない時期に
採用されていた素子構造であるのに対し,pn接合型発光素子は,電子線照射法に
よりMg添加GaN層(i層)のp型化(低抵抗化)に成功して初めて実現した素
子構造である,と主張する。
 しかし,p型化(低抵抗化)とは,「半絶縁性のp型不純物添加層(i
層)」を低抵抗化して「高抵抗のp層」とすることをいうのであり,「低抵抗のp
層」とすることをいうわけではない。被告の主張は,「低抵抗化」という結晶層の
処理方法と「低抵抗」という結晶層の性質とを混同しているものである。
 p型化処理によるpn接合型発光素子のp層は,前記のとおり,MIS
型発光素子のi層を単に低抵抗化したものにすぎず,依然として「高抵抗のp層」
であって「低抵抗のp層」ではないのであるから,MIS型発光素子に属するもの
である。
(3)本件原明細書の段落【0003】の解釈について
 本件原明細書の段落【0003】には,「このようなGaN系の化合物半
導体は,低抵抗p型結晶が得られていないため,これを用いた発光ダイオードは金
属電極(Metal)-半絶縁性のGaNから成るi層(Insurator(判決注・Insulator
の誤り。))の構造を持つ,いわゆるMIS型構造をとる。」との記載がある。
 「低抵抗p型結晶」とは,AlGaAs系のp型結晶(1.0×10-4
Ω・cm(甲5))のような10-4
Ω・cm級の低抵抗の結晶を指し,GaN系の
p型結晶では,この級の結晶は現在も得られていない。p型化処理によるp型Ga
N層の比抵抗は,12ないし40Ω・cmであり,これは「低抵抗p型結晶」には
含まれないと解すべきである。
 特開昭59-228776号公報(甲第31号証。以下「甲31文献」と
いう。)は,p型GaN層を成長させることができないため,MIS型構造をとら
なければならないと記載する一方で(甲第31号証1頁右欄5行~11行,下4行
~2頁左上欄5行),p型AlGaN層をp層とするpn接合型を開示している
(同2頁右欄下7行~下3行,第2図)。これによれば,本件原出願時において
は,AlGaNではpn接合構造が実現されていたことは明らかである。したがっ
て,本件原明細書の段落【0003】は,すべてのpn接合型GaN系化合物半導
体発光素子を排除する記載ではないと解すべきである。
(4)透明電極の作用効果について
 決定は,「そして,i層上に形成される透明電極とp層上に形成される透
明電極とが同じ作用及び効果を奏するのか否かはまったく不明である。」(決定書
8頁1行~3行)と認定判断した。しかし,この認定判断は,誤りである。
(ア)本件原明細書には,「【作用】半絶縁性のi層に対して透明導電膜から
成る第1の電極を形成している。この第1の電極を介して光が放射される。この第
1の電極の面積が発光面積を規定している。又,第1の電極は導電性を有するの
で,第1の電極に対してスポットで電流を注入させても,第1の電極全体を均一の
電位とし,第1の電極の下方の全面から発光する。」(甲第4号証【001
1】),及び,「【発明の効果】上述のように,本発明の窒化ガリウム系化合物半
導体発光素子は,第1の電極(発光電極)として透明導電膜を用いており,透明導
電膜が可視光に対して透明であることを利用しているので,発光電極側からの光の
取り出しが可能である。このため以下に例示する種々の作用効果を奏する。」(同
【0012】)との記載がある。
 本件原明細書の上記記載によれば,①電極側からの光の取出しが可能で
あること,②スポットで電流を注入しても電極の下方全面で発光すること,等が透
明電極の作用効果であることが理解できる。
(イ)甲7文献の(第1図)には,p層3上にp電極4Aを形成したpn接合
型発光素子が示されている。同素子では,p層3の比抵抗(35Ω・cm)が大き
いため,横方向に電流が拡散せず,p電極の直下でのみ発光し,p電極で遮光され
る。そのため,p電極4Aを透明電極にすると電極側へも光が出射し,本件MIS
型発光素子と同一の作用効果が得られることが明らかである。
(5)以上によれば,本件訂正発明及び本件発明は,本件原明細書に記載されて
いた発明であり,本件出願は分割出願として適法であるから,その出願日は平成3
年10月30日に遡及するとみるべきである。
2 取消事由1-2(本件訂正における訂正事項16に係る訂正要件の判断の誤
り)
 決定は,訂正事項16につき,「本件特許明細書の段落【0036】におい
て,「高キャリア濃度n+層3に対する第2の電極8は,p型不純物添加層5に対
する第1の電極7との位置関係の対象性から,」を「高キャリア濃度n+層3と層
5に対する第1の電極7との位置関係から,」とする訂正に関しては,訂正前にお
いては,第2の電極と第1の電極の平面的な配置における対称性を述べているのに
対し,訂正後は高キャリア濃度n+層3と第1の電極7との縦方向の位置関係に変
更するものである。したがって,この訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記
載した範囲内においてなされているとは認められない。」(決定書3頁13行~2
0行)と認定判断した。しかし,決定のこの認定判断は誤りである。
 本件明細書の図11及び図15において,電極7及び電極8は,それぞれ発
光ダイオード10b,10cの垂直中心線に対して対称に形成されているものの,
同明細書において,「電極8と電極7との位置関係の対象性(対称性)」という意
味が明りょうではない。
 電極7をn+層3とi層5に対して図14の位置関係に配置することによ
り,電流が電極7からi層5及びn層4を垂直に流れてn+層3に達し,n+層3
を横方向に360°の全方位に流れて電極8に達し,「電極間を流れる電流を発光
領域の部位に拘らずほぼ同じにすることができる」のである。
 本件明細書においても,「n+層3とi層5に対する電極7の位置関係」に
意味があるのであり,訂正事項16は,明りょうでない記載を明りょうにしたもの
であり,本件明細書に記載された範囲内においてなされたものである。
第4 被告の反論の骨子
 決定の認定・判断には何ら誤りはなく,原告の主張する取消事由は,いずれ
も理由がない。
1 取消事由1-1(本件訂正発明の独立特許要件の判断の誤り-本件出願の分
割要件の認定判断の誤り)及び取消事由2(本件発明の新規性の認定判断の誤り-
本件出願の分割要件の認定判断の誤り)について
(1)「不純物添加のみのpn接合型発光素子」の本件原明細書における開示に
ついて
(ア)本件原明細書に記載された「半絶縁性のi層」は,MIS型発光素子と
結びつくものであるのに対し,本件出願において導入された「p層」は,MIS型
発光素子とは発光メカニズムも構造も異なるpn接合型発光素子と結びつくもので
ある。両者は,本件原出願当時,この点において,全く異質のものとして当業者に
認識されていたものである。
 「p層」とは,p型導電性を示し,pn接合型発光素子のp層として作
用する層のことである。原告らが主張するように,この「p層」を「高抵抗のp
層」と「低抵抗のp層」に分類することは,本件原明細書に記載されておらず,本
件原出願時において,当業者に広く知られた事項でもない。また,原告らが主張す
る本件原出願前に発行された甲29文献には,p型不純物を添加しただけのGaN
層につき,「高抵抗」,「半絶縁性のi層(π層)」との記載はあるものの,「高
抵抗のp層」との記載はない。「高抵抗のp層」との語句は,原告らの造語であ
る。原告らは,「i層」が「p層」として作用しないにもかかわらず,「高抵抗の
p層」と勝手に名付けているだけである。「i層」と「p層」とを同じp型導電性
を示す層として分類すること自体が誤りである。
 したがって,p層を「高抵抗のp層」と「低抵抗のp層」とに分類した
上で,「高抵抗のp層」から成る発光素子が本件原明細書に記載されていたとする
原告らの主張は失当である。
(イ)原告らが主張する「p型の度合」は,原告らが独自に考案した指標であ
る。仮に,本件原明細書に記載された「i層5」のp型の度合が0.729である
としても,「i層」がMIS型発光素子と結び付くのに対し,p型化処理をしたp
層がpn接合型発光素子と結び付くことに変わりはないから,同度合を考慮する意
味はなく,両者は明確に区別することができるものである。したがって,「p型の
度合」を根拠として,「i層」と「p層」とを同一視する原告らの主張は失当であ
る。
(ウ)原告らは,GaN半導体にはi型という定義はなく,「正孔濃度>真性
濃度(10-10
/cm3
)>電子濃度」であればp型である,と主張する。
  しかし,「化合物半導体の基礎物性入門」(株式会社培風館1991年
9月10日初版発行。乙第5号証29頁)には,「電子が圧倒的に電気伝導に寄与
するような半導体をn形半導体,正孔が圧倒的に電気伝導に寄与するような半導体
をp形半導体という」との記載がある。実際に各導電型が認められるには,キャリ
ア濃度が真性濃度より大きいだけでなく,「1016
/cm3
以上」のキャリア濃度が
必要である。したがって,正孔濃度が1012
/cm3
の「i層5」は,キャリアがほ
とんど存在しないといってよく,半絶縁性のi型であってp型ではない。
(2)「p型化処理によるpn接合型発光素子」の本件原明細書における開示に
ついて
(ア)原告らは,p型化処理によるpn接合型発光素子は,課題などがMIS
型発光素子と共通するので,本件原明細書にはp型化処理によるpn接合型発光素
子が記載されているに等しい,と主張する。しかし,当業者は,両者を別個のもの
として認識しているものであるから,原告らの主張は誤りである。
(a)MIS型発光素子は,p型GaN結晶が得られていない時期に採用さ
れていた素子構造であるのに対し,pn接合型発光素子は,電子線照射法によりM
g添加GaN層(i層)のp型化(低抵抗化)に成功して初めて実現した素子構造
である。
 MIS型発光素子は,電極(M)と半絶縁層(I)及び半導体層
(S)を必須の構成としたものである(乙第11号証86頁左欄8行~13行参
照)。電極は,電流供給機能に加え,半絶縁層とともにショットキーダイオードを
形成する機能も果たす。
 これに対し,pn接合型発光素子は,p層とn層を必須の構成とする
ものであり,その電極は電流供給機能しか果たさない。また,pn接合型発光素子
においては,ホモ接合やダブルへテロ接合など多様な素子構造が可能である。
(b)MIS型発光素子では,電流がi層中を横方向に拡散せず電極直下で
のみ発光するため,電極が光を遮り,発光を電極側から観測することができず,フ
リップチップ方式(電極を固定し基板側から発光を観測する方式)を採用せざるを
得ない。これに対し,pn接合型発光素子では,電流がp型層中を横方向にも流れ
るため発光を電極側から観測することができ,ワイヤーボンディング方式(基板を
固定し電極側から発光を観測する方式)を採用することができる(甲第7号証第1
図,甲第12号証図2,甲第13号証図3,甲第14号証第10図)。
 したがって,発光を電極側から観測できずフリップチップ方式を採用
せざるを得ないとの課題は,MIS型発光素子に特有のものであり,pn接合型発
光素子には,このような課題は存在しない。
(c)p型化処理をしたMg添加GaN層(p層)の比抵抗は,AlGaA
sの比抵抗よりも2桁以上高いとしても,p型化処理をしないMg添加GaN層
(i層)の比抵抗よりは5桁以上も低い。したがって,本件原明細書においては,
「(AlGaAsの)pn接合型構造の発光素子においては,素子内での接合面に
平行な横方向への電流の拡散のために,接合面に垂直に且つ均一に電流が流れる」
(甲第4号証【0004】),及び「MIS型構造をとるGaN青色LEDは,発
光電極直下のi層中では,接合面に平行な横方向への電流拡散はほとんど起こらな
い」(同【0005】)と記載されており,これを前提とすれば,pn接合型発光
素子では電流は横方向にある程度拡散すると考えるのが相当であり,フリップチッ
プ方式を採用せざるを得ないとの課題は,MIS型発光素子に特有のものである。
(d)本件MIS型発光素子は,「アドバンスト エレクトロニクス シリ
ーズ Ⅰ-1 Ⅲ-Ⅴ族化合物半導体」(株式会社培風館1994年5月20日初
版発行。乙第1号証。以下「乙1文献」という。)に記載された「GaN-min
構造LED」と同じものである。乙1文献の「発光過程は,同図に示すように,①
トンネル効果で注入された電子が②発光中心を衝突励起し③発光再結合することに
よるものと考えられている」(乙第1号証344頁末行~345頁2行)との記載
によれば,MIS型発光素子は,電子と発光中心の衝突励起により発生するキャリ
アのなだれ増倍現象(アバランシェ効果)により発光するものである。このMIS
型発光素子は,電極直下のi層内でのみ発光しn層内では発光しない(甲第4号証
【0003】)。
  これに対し,pn接合型発光素子では,甲9文献の「LEDの紫外発
光はn層内で,青色発光はp層内で生じていることがわかった。少数キャリアの注
入はp層からn層への正孔注入,およびn層からp層への電子注入の二種類が考え
られる」(甲第9号証165頁右欄下1行~166頁左欄3行)との記載によれ
ば,n層からp層に電子が,p層からn層に正孔がそれぞれ注入されて,発光再結
合するものであり,p層内とn層内の両方で発光する。
 原告らは,本件MIS型発光素子は,「M-π-n型」に相当し,そ
の発光メカニズムはアバランシェ効果に基づくものではなく,電流注入型であるか
ら,pn接合型発光素子と発光メカニズムが共通する,と主張する。しかし,本件
原明細書には,そもそもM-π-n構造に関する記載は全くない。このようなと
き,本件MIS型発光素子がM-π-n構造の発光素子であるということはできな
いのである。
(イ)原告らは,本件原明細書の「i層」の記載に接した当業者が,同層をp
型化処理を受ける層として認識し,周知技術であるp型化処理によるpn接合型発
光素子を想起することは自明である,と主張する。
 しかし,「p型化処理」及び「p型化処理によるpn接合型発光素子」
が周知の事項であることと,それらの事項が本件原明細書に記載されていることと
は,無関係である。本件出願が分割出願として適法であるためには,「p型化処理
によるpn接合型発光素子」が,本件原明細書の記載に基づき容易に想起すること
ができるものであるだけでは足りず,本件原明細書に実際に記載されているもので
あることが必要である。しかし,本件原明細書には,前記のとおり,p型化処理及
びp型化処理によるpn接合型発光素子に関しては,その記載はおろか示唆もない
のである。
 本件MIS型発光素子は,n電極8とi層5とが接触する構造である。
この構造でi層5をp型化すると,電流はp型化されたi層を通って直接n電極8
に流れpn接合部には流れないので発光素子として機能しない。したがって,本件
MIS型発光素子は,pn接合型には適用できない構造である。また,本件原出願
当時は,Mg添加のGaN層のp型化のみが確認されていたにすぎず,本件原明細
書に記載されたZnを添加した「i層」にp型化処理をしてもp型化しないのであ
る。したがって,当業者が,「i層」をp型化処理を受ける層として認識すること
は,この点からもあり得ない。
(3)本件原明細書の段落【0003】の解釈について
 本件原明細書の段落【0003】にいう「このようなGaN系の化合物半導体
は,低抵抗p型結晶が得られていないため」における「低抵抗p型結晶」とは,A
lGaAs系のp型結晶(例えば10-1
Ω・cm)やp型GaN結晶(12~40
Ω・cm程度)を指す。p型化処理によるp型GaN層(12~40Ω・cm)
は,「低抵抗のp型結晶」に含まれるのである。
 本件原明細書の段落【0003】における「低抵抗のp型結晶が得られて
いないため」とは,本件原発明がMIS型構造をとる理由としての記載であり,本
件原明細書の全体を通じてpn接合型GaN系化合物半導体発光素子の記載はない
のであるから,本件原明細書の【0003】は,p型化処理によるp型GaN層
(12~40Ω・cm)を含めてpn接合型発光素子を構成するp型結晶をすべて
排除する記載であることが明らかである。
2 取消事由1-2(本件訂正における訂正事項16に係る訂正要件の判断の誤
り)に対して
 原告らは,訂正事項16は「明りょうでない記載の釈明」に該当するとし,
その根拠として,本件明細書にいう「電極8と電極7との位置関係の対称性」は明
りょうではなく明白な誤記であると主張する。
 本件明細書の図15において,電極8は発光ダイオード10cのほぼ中央部
に位置し,電極8と電極7とは,上下及び左右方向共に対称の位置関係となってい
ること,及び,図11において,電極7は発光ダイオード10bのほぼ中央部に位
置し,電極8と電極7とは上下及び左右方向共に対称の位置関係となっていること
は,明らかである。
 したがって,電極8と電極7との間には平面的な配置において明確に対称性
があり,この点は明りょうであるし,誤記でもない。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1-1(本件訂正発明の独立特許要件の判断の誤り-本件出願の分
割要件の認定判断の誤り)及び取消事由2(本件発明の新規性の認定判断の誤り-
本件出願の分割要件の認定判断の誤り)について
(1)特許法44条は,2以上の発明を包含する1個の特許出願をした出願人に
対し,当該特許出願の1部を1又は2以上の新たな特許出願とする手続をすること
を認め,その新たな特許出願は,もとの特許出願のときに出願したものとみなす,
と規定している。この分割出願制度の趣旨及び特許法44条の規定の文言に照らす
と,分割出願が適法であるためには,①分割前のもとの出願が,その願書に添附し
た明細書又は図面の記載において2以上の発明を包含し,分割出願に係る発明がそ
の2以上の発明の一部であること,②分割出願に係る発明と分割後の原出願の発明
とは同一ではないことを要する,と解すべきである。
(2)本件原明細書に記載された発明と本件発明及び本件訂正発明との比較
(ア)本件原明細書の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲第4号
証。下線付加)。
 「【請求項1】n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa1-X
N;0≦X<1)から成るn層と,前記n層に接合するp型不純物を添加した半絶
縁性のi型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa1-XN;0≦X<1)か
ら成るi層とを有する窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において,前記i層の
表面に形成された透明導電膜から成る第1の電極と,前記i層の側から前記n層に
接続するように形成された第2の電極とから成り前記i層の側から外部に発光させ
ることを特徴とする半導体発光素子。」
(イ)本件発明及び本件訂正発明の特許請求の範囲の請求項1ないし3は,そ
れぞれ前記第2・2及び3記載のとおりであり,本件で争点となっているところに
係る部分に下線を付加して請求項1を明示すれば,次のとおりである。
 【本件発明】
【請求項1】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合
物半導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体か
ら成るp型不純物添加層とを有する発光素子において, 
前記p型不純物添加層上に形成された透明電極と, 
前記透明電極上に形成されたニッケル(Ni)層と金(Au)層との2重
層から成る電極とを設けたことを特徴とする発光素子。 
 【本件訂正発明】
【請求項1】基板と,この基板上に形成されたn型の窒化ガリウム系化合
物半導体から成るn層と,p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体か
ら成る層とを有し,発光する部分が電極下領域に限定される窒化ガリウム系化合物
半導体発光素子において,
 前記p型不純物を添加した層上に形成された透明電極と,前記透明電極
上に形成されたニッケル(Ni)層と金(Au)層との2重層から成る電極とを設
けたことを特徴とする窒化ガリウム系化合物半導体発光素子。
(3)決定は,「原出願明細書において,「p型不純物を添加した半絶縁性のi
型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;0≦x<1)から成るi
層」とされていたものが,分割出願当初の明細書及び訂正された明細書において
は,「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成る層」とされて
いる。この「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成る層」と
いう表現は,「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」及び「p型の不純物を添加
したp型の特性を示すp層」の両方を包含するものであるが,原明細書には,MI
S型の発光素子,すなわち,「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」を有する発
光素子についての発明は記載されているが,pn接合型,すなわち,「p型の不純
物を添加したp型の特性を示すp層」を有する発光素子については記載されていな
い。そして,i層上に形成される透明電極とp層上に形成される透明電極とが同じ
作用及び効果を奏するのか否かはまったく不明である。したがって,本件出願は,
原特許出願に包含されている発明の一部を新たな特許出願,すなわち特許法第44
条第1項の規定に基づく特許出願とは認められない。よって,本件特許の出願日
は,現実の出願日である平成8年5月16日である。」(決定書7頁28行~8頁
8行)と認定判断した。すなわち,決定は,本件原明細書には,「p型の不純物を
添加したp型の特性を示すp層」は記載されていなかった,と認定し,これを前提
に,本件出願により,「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp層」が新たに
追加された,と判断したものである。
 本件訂正発明における「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半
導体から成る層」及び本件発明における「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系
化合物半導体から成るp型不純物添加層」は,本件原明細書において,「p型不純
物を添加した半絶縁性のi型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;
0≦x<1)から成るi層」とされていたものと比べると,「半絶縁性のi型」及
び「i層」との限定がないのであるから,窒化ガリウム系化合物半導体から成る層
のうち,「半絶縁性のi型から成るi層」のみならず,「p型の不純物を添加した
p型の特性を示すp層」も文言上包含するものと認められる(このことは,原告ら
も明示的には争わないところである。すなわち,原告らは,①本件訂正発明におけ
る「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成る層」及び本件発
明における「p型の不純物を添加した窒化ガリウム系化合物半導体から成るp型不
純物添加層」には,「p型の不純物を添加した高抵抗のi層」及び「p型の不純物
を添加したp型の特性を示すp層」の両方を包含する,との決定の認定を争うもの
ではなく,②本件原明細書における「p型不純物を添加した半絶縁性のi型の窒化
ガリウム系化合物半導体(AlxGa1-xN;0≦x<1)から成るi層」には,
「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp層」も当然に含まれると主張し,こ
の点を本訴の中心的争点として争っているものである。)。
 そこで,本件原明細書において,窒化ガリウム系化合物半導体から成る
「p型の不純物を添加したp型の特性を示すp層」及びこの層から成る「pn接合
型発光体素子」が開示されていたかどうかを,検討する。
(4)本件原明細書の記載について
(ア)本件原明細書の【発明の詳細な説明】には,次の記載がある(甲第4号
証)。
「【0001】 
【産業上の利用分野】本発明は青色や短波長領域発光の窒化ガリウム系
化合物半導体発光素子に関する。 
【0002】 
【従来技術】従来,青色や短波長領域発光の発光ダイオードとしてGa
N系の化合物半導体(AlXGa1-XN;0≦X<1)を用いたものが知られて
いる。そのGaN系の化合物半導体は直接遷移であることから発光効率が高いこ
と,光の3原色の1つである青色を発光色とすること等から注目されている。 
【0003】このようなGaN系の化合物半導体は,低抵抗p型結晶が
得られていないため,これを用いた発光ダイオードは金属電極(Metal)-半絶縁性
のGaNから成るi層(Insurator(判決注・Insulatorの誤り)-n型GaNから
成るn層(Semiconductor)の構造を持つ,いわゆるMIS型構造をとる。発光はi
層への電極(発光電極)の直下で見られる。すなわち,この電極形成部分がMIS
構造を形成する。このようなMIS構造のGaN青色LEDにおいては,光を効率
よく取り出すための素子構造および実装方法の確立が不可欠となっている。 
【0004】AlXGa1-XAsなどの他の3-5族化合物半導体を
用いたpn接合型構造の発光素子においては,素子内での接合面に平行な横方向へ
の電流の拡散のために,接合面に垂直に且つ均一に電流が流れる。この結果,MI
S型LEDのように電極直下部分のみが発光するのと異なり,電極の大きさに関係
なく接合面全体が発光する。接合面全体がほぼ均一に発光するため,光の取り出し
が容易である。 
【0005】しかし,MIS型構造をとるGaN 青色LEDは,発光
電極直下のi層中では,接合面に平行な横方向への電流拡散はほとんど起こらな
い。このため,発光する部分は発光電極直下の領域に限られる。したがって,通常
電極は金属を用いるため,発光電極側からは,発光は電極のかげになってほとんど
見えない。 
【0006】そこで,従来のGaN 青色LEDは,サファイア基板と
GaNとが発光に対して透明であることを利用して,発光電極を下面にしてのフリ
ップチップ方式により,光を基板を通して裏面より取り出す方法をとっている。す
なわち,発光電極と,n層と電気的に接続された電極(n層側電極)とをGaNエ
ピタキシャル層表面に形成し,これらの電極とリードフレームとをハンダによって
接合することにより,基板を通して光を取り出すことを可能にしたものである。 
【0007】 
【発明が解決しようとする課題】しかしながら,フリップチップ方式を
用いた場合,発光電極(i層電極)およびn層電極とリードフレームはハンダによ
って接合されているため,以下にあげる理由により,素子の電気的な直列抵抗成分
が大きくならざるを得ない。 
1. 発光電極(i層電極)とn層電極とのハンダの短絡を防ぐため電
極間隔を余り狭くできず,電気的な抵抗成分が大きくなってしまう。 
2. 発光電極(i層電極)とn層電極の形状が大きく異なると,ハン
ダバンプ形成時においてハンダバンプの高さも異なってしまうため,リードフレー
ムとの接合不良が起こり易くなる。 
【0008】したがって,両電極の面積は略同じ形状としなければなら
ない。このため,電極パターンの自由度がなくなり,電気的な抵抗成分を減少させ
るための最適なパターンをとれなくなる。又,素子の電気的な直列抵抗成分が大き
いということは素子の発光効率を低下させるためばかりではなく,素子の発熱を誘
因し,素子の劣化や発光強度の低下を引き起こすことになり好ましくない。 
【0009】本発明は,発光素子において,光の取り出し効率を向上さ
せると共に電気的な抵抗成分を低く抑えることでさらに発光効率を向上させること
である。 
【0010】 
【課題を解決するための手段】上記裸題を解決するための発明の構成
は,n型の窒化ガリウム系化合物半導体(AlXGa1-XN;0≦X<1)から
成るn層と,前記n層に接合するp型不純物を添加した半絶縁性のi型の窒化ガリ
ウム系化合物半導体(AlXGa1-XN;0≦X<1)から成るi層とを有する
窒化ガリウム系化合物半導体発光素子において,i層の表面に形成された透明導電
膜から成る第1の電極と,i層の側からn層に接続するように形成された第2の電
極とから成りi層の側から外部に発光させることを特徴とする。 
【0011】 
【作用】半絶縁性のi層に対して透明導電膜から成る第1の電極を形成
している。この第1の電極を介して光が放射される。この第1の電極の面積が発光
面積を規定している。又,第1の電極は導電性を有するので,第1の電極に対して
スポットで電流を注入させても,第1の電極全体を均一の電位とし,第1の電極の
下方の全面から発光する。 
【0012】 
【発明の効果】上述のように,本発明の窒化ガリウム系化合物半導体発
光素子は,第1の電極(発光電極)として透明導電膜を用いており,透明導電膜が
可視光に対して透明であることを利用しているので,発光電極側からの光の取り出
しが可能である。このため以下に例示する種々の作用効果を奏する。
【0013】1.電極を上面にして実装できるため,ハンダを用いずに
通常のワイヤボンディングによって接続でき,第1の電極に対してスポット的にリ
ード線を接続しても,第1の電極の導電性により,平面方向にも電流が拡散するの
で,第1の電極全体を均一電位とすることができる。よって,第1の電極に対する
ワイヤボンディングパッドは狭くできる。従って,第1の電極(発光電極)と第2
の電極(n層電極)は,フォトリソグラフやエッチング,リフトオフなど,素子作
製のプロセスにおいて短絡を防ぐために必要とされる間隔があれば良い。即ち,従
来のフリップチップ方式では,2つの電極間距離は,2つの電極に対するハンダ間
の短絡を防止することから,フォトリソグラフやエッチング技術の限界からくる距
離よりも遥に長い距離を必要とするので,第1の電極の面積を広くできない。本発
明では,この点,チップ面積に対する第1の電極面積の占有率を向上させることが
できるので,発光効率を向上させることができる。 
また,二つの電極間距離は,従来のフリップ方式よりもかなり小さくで
き,素子の電気的な抵抗成分を減少させることができる。 
【0014】2.フリップチッブ方式では第1の電極(発光電極)と第
2の電極(n層電極)のパターンは同じにする必要があったが,本発明では,2つ
の電極のパターンの自由度が増し,素子の電気的な抵抗成分を減少させる最適なパ
ターンを設計することができる。 
【0015】3.第1の電極(発光電極)と第2の電極(n層電極)と
の間隔を小さくできること,および電極のパターンの自由度が増えることにより,
発光面積に対するチップサイズの小型化,あるいは発光面積の拡大が可能となり,
経済的な素子作製を容易に行うことができる。 
【0016】4.AlGaAs赤色LEDなど他の発光素子と,同一の
リードフレーム内でのハイブリッド化が可能となることから,一つの素子で青や
緑,赤などの多色を表示するLEDの実現が容易となる。 
【0017】 
 【実施例】以下,本発明を具体的な実施例に基づいて説明する。図1
は,本発明の窒化ガリウム系化合物半導体発光素子を適用した発光ダイオードの構
成を示す断面図である。発光ダイオード10はサファイア基板1を有しており,そ
のサファイア基板1上には500ÅのAlNのバッファ層2が形成されている。そ
のバッファ層2の上には,膜厚約2.5μmのn型GaNから成るn層4が形成さ
れている。さらに,n層4の上に膜厚約0.2μmの半絶縁性GaNから成るi層
5が形成されている。そしてi層5の表面からi層5を貫通しn層4に達する凹部
21が形成されている。この凹部21を覆うようにn層4に接続する金属製のn層
4のための第2の電極8が形成されている。この第2の電極8と離間してi層5上
に錫添加酸化インジウム(以下ITOと略す)から成る透明導電膜のi層5のため
の第1の電極7が形成されている。第1の電極7の隅の一部分には取出電極9が形
成されている。その取出電極9はNi層9bとAu層9cとの2層で構成されてい
る。又,第2の電極8はn層4に接合するAl層8aとNi層8bとAu層8cと
の3層で構成されている。この構造の発光ダイオード10のサファイア基板1の裏
面にはAlの反射膜13が蒸着されている。
【0029】このようにして,図2に示す構造のMIS・・・構造の発
光ダイオードを製造することができた。第2の電極8に対して透明導電膜の第1の
電極7を正電位となるように電圧を印加することにより,第1の電極7直下のi層
5にて発光を得ることができた。そして,この発光は透明の第1の電極7を介して
直接取り出すことができ・・・た。」
(イ)本件原明細書の上記の各記載によれば,本件原明細書には,Znを添加
しただけの半絶縁性のGaNから成る「i層5」をI層とする上記MIS型発光素子に
つき記載されていることは,明らかである。しかし,本件原明細書をよくみても,
原告らが主張するような,高抵抗のp層,電子線照射又はアニーリングによるp型
化処理方法,「i層5」に対して行うp型化処理に関する記載は全く見いだすこと
ができない(甲第4号証)。すなわち,本件原明細書には,p型化処理をしたp型
不純物添加層に関する記載,及び同層をp層とするpn接合型発光素子に関する記
載は認められない。
(5)原告らは,本件原出願時の技術水準からみて,本件原明細書には,「不純
物添加のみによるpn接合型発光素子」及び「p型化処理によるpn接合型発光素
子」が開示されていたと主張する。
(ア)本件原出願時の技術水準について
(a)甲31文献(特開昭59-228776)には,次の記載がある。
 「GaN材料は,通常不純物未添加の状態ではNの空格子点のためn
型になり,ZnまたはMgなどのアクセプター・ドーパントを添加しても,高抵抗
になるだけでp型エピ膜を形成することができない。従つてGaNの場合も通常は
発光素子としてMIS構造をとる。たとえば(S)層としてノンドープGaNを用
い,(I)層としてZn添加GaNを用い,(M)としてInを用いてMISを形
成するが,動作電圧が7.5~10Vと高くなる欠点がある。」(甲第31号証1
頁右下欄17行~2頁左上欄5行)
 「本発明はこれらの欠点を解決するために,・・・AlxGa1-xN
(0<x<1)がp,n両型形成できること・・・GaNとの格子整合性のよいこ
とに注目して,GaNとAlxGa1-xN(0<x≦1)とでヘテロ接合素子を形
成するようにしたもので,青色領域近傍の可視光領域での高効率な発光素子を得る
ことを目的とする。」(同2頁左上欄11行~17行)
 「第2図は絶縁性基板上に作成したシングル・ヘテロ接合素子の実施
例の縦断面図であつて,・・・4はn型GaNまたはn型AlxGa1-xN(0<
x≦1)膜・・・6はp型AlyGa1-yN(0<y≦1)膜である。」(同2頁
右上欄15行~19行)
 「このシングル・ヘテロ接合素子を動作させるには,第2図に示すよ
うに,p型上の電極に+極性,n型上の電極に-極性の直流電圧を付加し,p-n
接合部で発光させる。」(同2頁右下欄11行~14行)
(b)「GaN青色LED」(NationalTechnicalReportVol.28 No.1
Feb.1982,83頁~92頁。乙第11号証,以下「乙11文献」という。)には,
次の記載がある。
  「GaNはp型結晶を得ることができない。・・・後にいわゆるMI
S型構造を用いた素子で発光が得られるようになった。これは,金属電極(M)-
半絶縁性GaN層(I層)-n型半導体層(S層)の構造をもち,S層からI層へ
の電子注入により発光を得るものである。」(乙11号証88頁右欄3行~9
行),「両図とも直線関係は,電流がトンネル注入機構によることを示している。
とくに,Bにおいては,トンネル誘起による衝突イオン化が起こっていることが判
明した」(同90頁右欄10行~13行)
(c)甲32文献(特開平2-229475)には,次の記載がある。
 「従来の可視光短波長領域の半導体発光素子としては,GaNを用い
たものがある。第12図にその基本構造を示す。この構造はMIS型である。図に
おいて1は基板のサファイアを示す。その上にエピタキシャル成長したn型GaN
層2と,Znドープ高抵抗GaN層3を有し,電極4,5からキャリアを注入し
て,高抵抗層内で発光させている。」(甲第32号証1頁左下欄20行~右下欄6
行)
 「今までに製作されているGaNを用いた発光素子の全てが,原理的
に低発光効率であるMIS型である。」(同2頁左上欄3行~5行)
(d)「GaN青色光・紫外線発光素子」(固体物理Vol.25 No.
6 1990,399頁~405頁。甲第14号証。以下「甲14文献」とい
う。)には,次の記載がある。
 「窒化ガリウム(galliumnitride:GaN)単結晶は,禁制帯幅(Eg)
が室温で約3.39eVと近紫外域に属し,バンド構造が直接遷移型であるため特
にアクセプター不純物の関与した発光を利用した青色発光ダイオード(Light
EmittingDiode:LED)への応用が期待されている。またバンド間遷移を利用するこ
とにより紫外線LEDあるいは紫外線レーザーダイオード(LaserDiode:LD)も実
現可能と思われる。」(甲第14号証399頁左欄第1段落)
 「§5 青色紫外光発光素子 ・・・Mg添加したGaNをLEEB
I処理することによりp型結晶の作製が可能であることがわかったので,・・・p
n接合LEDを試作した。・・・pn接合からは紫外発光および青色発光の二つの
発光ピークが観測される。紫外発光はn型GaNへの正孔注入によるバンド間遷
移,青色発光はp型GaNへの電子注入によるMgが関与した青色発光中心による
遷移に基づく。」(同404頁§5)
(e)1991年2月に発行された甲9文献には,次の記載がある。
 「n型はSiドーピングにより低抵抗化を図った。p型はMgドーピ
ングにより高抵抗化させ,さらにそのMgドープGaNに電子線照射処理を施すこ
とにより初めて実現させた。・・・GaNによるpn接合型LEDを初めて試作
し,n層内でのバンド間遷移に基づく紫外発光,およびp層内でのMgの関与した
青色発光準位に基づく青色発光を利用できることがわかった。」(甲第9号証16
3頁要約)
 「GaNの禁制帯幅は室温で3.39eVであり,バンド端発光は紫
外域に属するがⅡ族元素,例えば,亜鉛(Zn)などをドープすると青色発光準位
が形成され”よく光る”ことから,以前から”かなり明るい”青色LEDが試作さ
れている。」(同163頁左欄5行~9行)
 「3.2 p型GaNの実現と低抵抗化およびその発光特性
 電気的には,成長したままの状態ではGaN:Mgは実験した範囲内
ですべて108
Ω・cm以上の高抵抗率を有し,伝導型の測定も困難であった。これ
らのGaN:Mgに電子線照射処理を行うと,低抵抗化しp型伝導性を示すように
なった。・・・室温での自由正孔濃度最大~1017
cm-3
,抵抗率については最小
12Ω・cmのp型GaNを実現できた。」(同164頁)
 「4.pn接合型GaN-LEDの特性 ・・・作製したLEDの立
ち上がり電圧は,だいたい3Vから3.5Vの間にあり・・・pn接合構造ではn
層およびp層の抵抗率を制御することにより,mis構造と比較して,低電圧動作
するLEDを容易に作製できる。・・・電子線照射処理した・・・pn接合型LE
Dからは,主に二つの発光ピークが観測される。・・・ピークエネルギー約3.3
5eVの紫外発光・・・および・・・約2.9eVの青色発光である。・・・紫外
発光の起源はn層内のバンド間遷移によると思われる。・・・青色発光の起源は,
p層内のMgの関与した青色発光準位による。」(同165頁右欄第3段落~16
6頁左欄第1段落)
(f)甲20文献(特開平5-183189(出願日平成3年12月24
日)。本件原出願後の公開公報である。)には,次の記載がある。
 「窒化ガリウム系化合物半導体を有する青色発光デバイスは未だ実用
化には至っていない。なぜなら,窒化ガリウム系化合物半導体が低抵抗なp型にで
きないため,ダブルヘテロ,シングルヘテロ等の数々の構造の発光素子ができない
からである。気相成長法でp型不純物をドープした窒化ガリウム系化合物半導体を
成長しても,得られた窒化ガリウム系化合物半導体はp型とはならず,抵抗率が1
08
Ω・cm以上の高抵抗な半絶縁材料,即ちi型となってしまうのが実状であっ
た。このため現在,青色発光素子の構造は基板の上にバッファ層,n型層,その上
にi型層を順に積層した,いわゆるMIS構造のものしか知られていない。」(甲
第20号証【0005】)
 「本発明のp型窒化ガリウム系化合物半導体の製造方法は,気相成長
法により,p型不純物をドープした窒化ガリウム系化合物半導体層を形成した後,
400℃以上の温度でアニーリングを行う」(同【0008】)
 「アニーリング前のGaN層は抵抗率2×105
Ω・cm,ホールキャ
リア濃度8×1010
/cm3
であったのに対し,アニーリング後のGaN層は抵抗率
2Ω・cm,ホールキャリア濃度2×1017
/cm3
であった。」(同【001
5】)
 「このようにしてサファイア基板上にp型GaN層とn型Ga0.9A
l0.1N層が順に積層されたシングルヘテロ構造の素子ができた。・・・発光ダイ
オードを作製した。この発光ダイオードの特性は・・・青色発光を示し,ピーク波
長は430nmであった。」(同【0035】)
 「一方,アニーリングをせず,同様の・・・発光ダイオードを製作し
たところ,・・・発光は微かには黄色っぽく光るのみで,すぐに壊れてしまい,発
光出力は測定不能であった。」(同【0036】)
(g)以上によれば,本件原出願当時,p型不純物を添加したGaN層は,
高抵抗であり導電型の測定も困難であったこと,そのためGaNを用いた発光素子
ではMIS型構造の素子しか知られていなかったこと,後に,p型不純物Mgを添
加したGaN層を低抵抗化しp型化する技術である電子線照射法又はアニーリング
法が開発され,p型導電性を示すp型GaN層が作成されたこと,上記p型化技術
によりp型化したp型GaN層をp層とするpn接合型発光素子が作製され,同p
n接合型発光素子は,立上り電圧がMIS型発光素子より低く低電圧動作が可能で
あること,上記pn接合型発光素子は,紫外発光(n層内のバンド間遷移)及び青
色発光(p層内のMgが関与する青色発光準位)が観測されることが認められる。
 そうすると,p型化処理によるpn接合型発光素子は,不純物を添加
した高抵抗のGaN層をp型化処理した層(p層)をp層とするpn接合を有し,
接合面付近のp層内とn層内の両方が発光領域となり,n層からp層に電子が注入
されて青色発光(p層内のMgが関与する青色発光準位)をするとともに,p層か
らn層に正孔が注入されて紫外発光(n層内のバンド間遷移)をする素子であり,
「MIS型発光素子」と比較して,動作電圧が低く,発光強度が格段に向上した素
子であることが認められる。
 したがって,本件原明細書に「p型不純物を添加したp型導電性を示
すp層」が記載されている,又は,本件原明細書に「p型化処理によるpn接合型
発光素子」が記載されているに等しい,とする原告らの主張は到底認めることはで
きない。
(イ)「不純物添加のみによるpn接合型発光素子」が本件原明細書に開示さ
れているとの原告らの主張について
(a)原告らは,「p層」を「高抵抗のp層」と「低抵抗のp層」とに分類
する。
 しかし,本件原明細書には,p層をこのように分類することは一切記
載されておらず,MIS型構造を構成する半絶縁性のi層の開示しかないのである
から,このi層をpn接合構造を構成するp層として認識するものということはで
きない。
(b)原告らは,甲9文献等を提示し,本件原明細書に記載されたp型不純
物を添加しただけの「i層」は「高抵抗のp層」であるから,本件MIS型発光素
子はpn接合型発光素子でもある,と主張する。
 しかし,本件原明細書に記載された半絶縁性の「i層」が,仮に,分
析の結果,多少なりともp型導電性を示すことが明らかになったとしても,前記の
とおり,本件原明細書には,「i層」はMIS型構造を構成する層としてのみ記載
されているものであり,当業者はこれをMIS型構造を構成する層として認識する
ものであって,pn接合構造を構成する層として認識するものではない。したがっ
て,本件原明細書に記載された本件MIS型発光素子の半絶縁性の「i層」を「高
抵抗のp層」であるとする原告らの主張は失当である。
(c)原告らは,GaN半導体では「正孔濃度>真性濃度(10-10
/cm3
)>電子濃度」であればp型であるとした上で,甲9文献に記載された層(比抵抗
108
Ω・cm以上,正孔濃度1.25×1010
/cm3
),甲29文献に記載され
た層(比抵抗106
~108
Ω・cm),甲20文献に記載された層(2×105
Ω・
cm,正孔濃度8×1010
/cm3
),及び本件MIS型発光素子の「i層5」(比
抵抗3×105
Ω・cm,正孔濃度は4×1012
/cm3
)はいずれも真性濃度(1
0-10
/cm3
)よりも大きいから,高抵抗ではあるものの,p層である,と主張す
る。
 しかし,甲第9号証,甲第14号証,甲第20号証,乙第11号証に
よれば,電子線照射やアニーリングなどのp型化処理をすることなく形成すること
ができる,pn接合を構成することのできるp型GaN層の存在は,本件原出願
時,当業者に広く知られていた技術でも,実用化されていた技術でもなかったこ
と,及び,上記p型化処理をして形成したpn接合を構成することが可能なp型G
aN層の比抵抗及び正孔濃度は,「比抵抗12~40Ω・cm,正孔濃度1016

1017
/cm-3
」(甲第9号証164頁左欄3.2),「比抵抗53.2Ω・c
m,正孔濃度2.6×1016
/cm-3
」(甲第14号証39頁第3表),「比抵抗
2Ω・cm,2×1017
/cm3
」(甲第20号証)の範囲にあることが認められ
る。
 上記の各数値に照らせば,原告らが上記において,高抵抗ではあるも
ののp層である,と主張する各層は,その比抵抗及び正孔濃度の数値からみても,
pn接合を構成することが可能な上記のp型GaN層とは,明らかに異なるもので
あり,これとは区別されるものであることは明らかである。原告らの主張は失当で
ある。
(d)原告らは,自らが「p型の度合」と呼ぶ指標により,本件原明細書に
記載された「i層」がp型導電型である,と主張する。しかし,原告らが主張する
「p型の度合」は,正孔濃度が真性濃度のときに「0」,上限値1021
/cm3
のと
きに「1」となるように,単に正孔濃度を規格化したものにすぎない。同度合を用
いた議論は,基本的に正孔濃度の大小を比較することにほかならず,上記(c)の議論
と何ら異なるものではなく,原告らの主張は理由がないことは明らかである。
(e)原告らは,甲21文献には,「i型GaN層」は「非常に高抵抗なp
型GaN層」である,との記載がある,と主張し,甲22文献及び甲45文献によ
れば,アニーリング処理は,p型不純物を添加したGaN層を「さらに低抵抗化す
る手段」であるから,本件原明細書に記載されたp型不純物を添加したアニーリン
グ前のGaN層はp型である,と主張する。
 しかし,甲21文献(実開平6-38265),甲22文献(特許公
報,公開日平成6年9月16日)及び甲45文献(特許公報,公開日平成6年9月
22日)は,いずれも本件原出願後に公開された文献であり,本件原出願時の技術
水準を示すものではない。したがって,原告らの上記主張は採用し得ない。
(f)原告らは,本件MIS型発光素子は電流注入に基づき発光するので,
pn接合型発光素子の発光メカニズムと共通する,と主張する。
 しかし,本件原明細書において記載されていたi層は,前記のとお
り,本件原出願時において,抵抗率の大小とその開発経緯により,MIS型を構成
する半絶縁性の層として,当業者により認識され,理解されていたものであり,こ
れに対し,p層は,pn接合型を構成する層として,当業者により認識され理解さ
れていたものであるから,仮に,MIS型とpn接合型の間に,何らかの発光メカ
ニズムの共通性があったとしても,pn接合型を構成するp層が本件原明細書に開
示されていないことに変わりはない。
 また,MIS型発光素子とpn接合型発光素子との各発光メカニズム
(発光方法及び発光領域等)を比較検討すれば,次のとおり異なるものであること
も明らかである。
 甲32文献の「この構造はMIS型である。・・・電極4,5からキ
ャリアを注入して,高抵抗層内で発光させている」及び「この素子で発光強度を上
げるためには,・・・注入電流を増加させる必要がある」(甲第32号証1頁右欄
2行~10行)との記載,及び,乙11文献の「n型層からI層への電子のトンネ
ル注入のほかに,電極金属側からI層内へのホールによるトンネル電流が生じてい
る」(乙第11号証90頁右欄第3段落)との記載によれば,MIS型発光素子に
は,電流注入に基づき高抵抗層内で発光するものもあることが認められる。
 しかし,甲9文献の「LEDの紫外発光はn層内で,青色発光はp層
内で生じていることがわかった。少数キャリアの注入はp層からn層への正孔注
入,およびn層からp層への電子注入の二種類が考えられる」(甲第9号証165
頁右欄下1行~166頁左欄3行)との記載,及び,甲14文献の「MIS型LE
Dからの発光はきわめて弱いのに対しpn接合からは紫外発光および青色発光の二
つの発光ピークが観測される。紫外発光はn型GaNへの正孔注入によるバンド間
遷移,青色発光はp型GaNへの電子注入によるMgが関与した青色発光中心によ
る遷移に基づく。」(甲第14号証404頁右欄3行~8行)との記載によれば,
p型化処理によるpn接合型発光素子は,n層からp層に電子が,p層からn層に
正孔がそれぞれ注入されて,発光再結合し,p層内とn層内の両方で発光するもの
である。
 したがって,MIS型発光素子には,電流注入型のものもあり,i層
内で発光するものであるのに対し,pn接合型発光素子は,電流注入型である点に
おいては共通性が認められるものの,n層内及びp層内で発光するものであり,そ
の発光領域及び発光メカニズムは上記のとおり異なるものである。したがって,原
告らの上記主張はその前提においても理由がない。
(g)原告らは,本件MIS型発光素子は,M-π-n構造に相当すると主
張する。
 確かに,甲29文献には,M-π-n構造の発光素子が電流注入型で
ある,との記載が認められる(甲第29号証)。しかし,甲29文献には,πn接
合構造のものが,pn接合発光素子と同一の発光メカニズムであるとの記載はない
(甲第29号証)。したがって,仮に,原告らの主張のとおり,本件MIS型発光
素子がM-π-n構造に相当するとしても,本件MIS型発光素子とpn接合型発
光素子の各発光メカニズムが同じであるということにはならず,原告らの主張は失
当である。
(ウ)「p型化処理によるpn接合型発光素子」が本件原明細書に開示されて
いるに等しいとの原告らの主張について
(a)原告らは,当業者は,本件原明細書の「i層5」をp型化処理を受け
る層であると認識し,「p型化処理によるpn接合型発光素子」を容易に想起する
から,「p型化処理をしたp型不純物添加層(p層)を有する発光素子」は本件原
明細書に記載されているに等しい,と主張する。
 しかし,本件原発明は,前記認定のとおり,半絶縁性i層に接続する
電極の直下でしか発光しないことにより生じる課題を,同電極を透明電極とするこ
とにより解決するものであり,半絶縁性i層自体の改良ないし改質に着目したもの
ではない。また,本件原明細書には,半絶縁性のi層をp型化処理するとの記載
も,i層の改質ないし改良を示唆する記載も,pn接合型発光素子についての記載
も,一切ない。したがって,本件原明細書には,i層をp型化処理するとの技術思
想は,全く開示されておらず,「p型化処理をしたp型不純物添加層(p層)を有
する発光素子」との発明は,本件原明細書に記載されていない発明であることが明
らかである。原告らの上記主張は,本件原明細書から,「p型化処理によるpn接
合型発光素子」との発明を容易に相当し得るとの主張に等しい。原告らは,本件出
願が分割出願として適法であるというためには,本来,本件訂正発明及び本件発明
が本件原明細書に記載されていることを主張すべきなのであるから,その主張自体
失当であることが明らかである。
(b)原告らは,「p型化処理によるpn接合型発光素子」は,MIS型発
光素子を利用したものであり,本件MIS型発光素子とその課題を共通にし,発光
メカニズムなども共通であることから,本件原明細書に記載されているに等しい,
と主張する。
 しかし,本件原明細書には,そもそもp型化処理をしたp型不純物添
加層をp層とするpn接合型発光素子自体について記載がないことは前記のとおり
である。また,「p型化処理によるpn接合型発光素子」がMIS型発光素子をさ
らに改良したものであったとしても,甲第9号証によれば,p型化処理後のp層
は,i層と比べ特段に抵抗率が低く,そのために,両者は,発光素子の発光強度に
おいて顕著に相違し,層の内部的構造,素子の性能などの点においても明りょうに
区別されるものであることが明らかである。しかも,両者は,発光領域において相
違するのみならず,発光メカニズムにおいてもまた相違することも,前記のとおり
である。
 また,仮に,原告らが主張するように,本件原発明とpn接合型発光
素子とは,横方向に電流が拡散せず電極直下でしか発光しないとの課題が共通する
としても,本件原明細書においては,p型化処理をしたp型不純物添加層について
の記載も,pn接合発光素子についての記載もないのであるから,そもそも本件原
発明とpn接合発光素子との課題の共通性について論じる必要はないのである。し
たがって,本件原明細書において,「p型化処理によるpn接合型発光素子」が記
載されているに等しいとは到底いえないことは明らかであり,原告らの主張は失当
である。
(エ)原告らは,決定が,「i層上に形成される透明電極とp層上に形成され
る透明電極とが同じ作用及び効果を奏するのか否かはまったく不明である。」(決
定書8頁第1段落)と認定したことが誤りである,と主張する。
  しかし,本件原明細書には,MIS型発光素子を構成するi層は記載さ
れているものの,そこにpn接合型発光素子を構成するp層が記載されていると認
めることができないことは,前記のとおりである以上,このp層を包含する本件出
願は,本件原出願に記載されていない発明をその内容に包含する分割出願であるこ
とが明らかであり,i層上に形成される透明電極とp層上に形成される透明電極と
が同じ作用効果を奏するかどうかについては,そもそも検討する必要のない事柄で
ある。そうである以上,両者の作用効果の同一性についての議論は,本件出願が分
割出願の要件を備えていないとした決定の結論には,何ら影響しない。決定の上記
認定について判断する必要はない。
2 取消事由1-2(本件訂正における訂正事項16に係る訂正要件の判断の誤
り)について
 原告らは,訂正事項16は,明りょうでない記載を明りょうにするものであ
り,本件明細書に記載された範囲内においてなされたものであるから,これが本件
明細書に記載されていないとした決定の判断は誤りである,と主張する。
 しかし,本件訂正については,本件訂正発明についてその独立特許要件が認
められないことは,前記のとおりであるから,仮に,原告らの訂正事項16につい
ての主張が認められるとしても,本件訂正が認められないとした決定の結論に影響
するものではない。したがって,取消事由1-2についても判断する必要がない。
3 結論
 以上に検討したところによれば,原告らの主張する取消事由にはいずれも理
由がなく,その他,決定には,これを取り消すべき誤りは見当たらない。そこで,
原告らの本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法
7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
           裁判長裁判官      山  下  和  明
              裁判官      設  樂  隆  一
                             
              裁判官      高  瀬  順  久

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