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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人両名は無罪。
         理    由
 弁護人浅沼澄次、同平松勇、同井本台吉、同草野治彦の各上告趣意は末尾添付の
書面のとおりである。
 職権を以つて調査するに、原審は「被告人両名共謀の上昭和二一年四月四日頃の
夜、A(明治一四年一月生)方に侵入し、同家三畳間で同女を仰向けに押倒し、被
告人Bは起上ろうとする同女の咽喉部を右手で押えつけ、被告人Cをして同女の足
部等を押えさせ乍ら其の場で姦淫し、次で被告人CはBに替つて右Aを姦淫し、更
に被告人Bは再度に亘つて同女を姦淫した後、有合せの真田紐を以て右Aの頸部を
緊縛し、因つて、同女をして間もなく窒息死に致らしめたものである」との犯罪事
実を認定し、その証拠として、被告人両名の原審公判廷における各供述、被告人B
に対する検事の聴取書、同被告人に対する強制処分における予審判事の訊問調書中
の各供述記載、及び被告人Cに対する検事の聴取書、同被告人に対する強制処分に
おける予審判事の訊問調書、同被告人に対する予審第五回訊問調書中の各供述記載
のほか、多くの証拠を掲げているのである。そして右被告人両名の検察官及び予審
判事に対する右各供述にして、任意性と信憑性を有するものであるならば、原判示
事実はその挙示する証拠で認められるのであるが、もし、右各供述にして任意性に
疑いがあり、信憑性の乏しいものであるとすれば、右各供述以外には、被告人両名
を以て本件の犯人であると認めるに足る証拠は存しないのである。
 そこで被告人両名の検察官及び予審判事に対する各供述の任意性及び信憑性の有
無について検討しなければならない。まず記録について、被告人等に対する取調の
経過を調査すると、被告人両名は、昭和二一年七月六日本件容疑者として相前後し
て八丈島警察署に連行されたまま、令状によらないで留置されたのであるが、被告
人Bは、同月二三日まで、被告人Cは、同月三一日まで、取調を受け、被告人Bに
対しては一二回にわたり、被告人Cに対しては六回にわたり、同署捜査主任Dの聴
取書がそれぞれ作成されている。その聴取書によると、被告人Bは、第一、二回聴
取書においては自己の単独犯行を認めていたが、第三回聴取書においては被告人C
との共同犯行を認めており、又、被告人Cは、第一回聴取書において被告人Bとの
共同犯行を認めている。そして、被告人Bに対しては同月二四日以後、被告人Cに
対しては八月一日以後、何等の取調も行われた形跡がないのに、令状によらない不
法留置は、そのまま継続されていたのであつて、同月二九日被告人両名の身柄が警
視庁本庁留置場に移されると、同日、東京刑事地方裁判所検事局検事田中良人は、
住居侵入強姦致死の罪名で同裁判所予審判事に対し、起訴前の強制処分として被告
人両名の訊問、勾留を請求し、翌三〇日、予審判事は被告人両名に対していわゆる
勾留訊問を行つた上、勾留状を発して被告人両名を東京拘置所に勾留したのである
が、同予審判事の訊問調書によると、被告人両名は、それぞれ強制処分請求書記載
の被疑事実を読み聞けられて、その通り相違なき旨の答弁をしたことが記載されて
いる。そして、被告人Bは、同年九月六日、被告人Cは同月七日、それぞれ右田中
検事の取調を受けたが、同検事の各聴取書によるといずれも本件犯行を自白してい
るのである。かくて、被告人両名に対しては、同月七日同検事より予審請求がなさ
れたのであるが、被告人Bは、それまでの自白を全面的にひるがえすに至り、予審
及び第一、二審公判を通じ犯行を否認しており、被告人Cは、予審の第一、三、四
回の訊問調書においては犯行を否認し、同第二、五回の訊問調書においては犯行を
自白するというように、否認と自白とが相交錯しているのであるが、第一、二審の
公判を通じ、終始本件犯行を否認しているところである。
 ところで、被告人両名が、八丈島警察署における取調に対し本件犯行を自白する
に至つた経緯は、後記のとおり、それぞれ異なる事情に因るものであることを認め
ざるを得ない。
 被告人Bについていえば、予審及び第一、二審公判において同被告人の陳述した
ところを要約すると、「八丈島警察署では、昭和二一年七月六日朝連行されてから、
武道場に連れて行かれ、後ろ手に縛られて坐らされ、午後三時頃までE、F両巡査
から調べられた。D、G両警察官もまわりにいた。E、F両巡査は、お前はA婆さ
んを強姦して殺したろう、皆わかつているのだから白状しろといつて、かわるがわ
る自分のふくらはぎを素足で蹴つたり、突きころばしたり、手掌で頬を殴つたり、
拳固で頭を殴つたりして拷問したが、その日は、兎に角否認しとおした。ところが、
D警察官の聴取書は七月六日付で二通ある。それによると、自分が同日自白したよ
うに記載されているが、それらは、いずれも同月八日に述べたことで、聴取書も六
日に作成されたものではない。八日は、朝二、三時間と午後は二、三時頃から夜九
時頃まで、六日のときと同様、武道場で後ろ手に縛られて坐らせられ、E、F両巡
査から調べられた。D、G両警察官等は、そのときも自分のまわりにいた。それで、
どうしても白状しなければ警視庁へ連れて行つて電気仕掛で痛い目をさせながら調
べるといつて、白状しろと蹴つたり殴つたりした。自分はE、F両巡査に打たれて
倒れ、ころげまわつて逃げたが、そのとき着ていた襯衣とズボン(昭和二三年押第
一一五八号の六、七)が破れ裂けた。D主任も靴で自分の頭を蹴つた。それで自分
は、とてもこれではたまらないから、丁度、その日の午後署長が来て立会つたので、
署長に自分を犯人にしてくれといつた。そのようにいつた意味は、最初自分は潔白
であり無罪だと思い、そのことをいつたが取り上げてもらえず、拷問で殺されるの
ではないかと心配し、自分が犯人として述べれば、この心配も避けられると考えた
からである。ところが、署長は何で犯人になりたいのか、そのわけをいえといい、
これに対して答えないでいると、また攻められたので、これ以上打たれたり蹴られ
たりしては身体がもたないと思い、聴取書に書いてあるように身に覚えのない嘘の
自白をしたのである。自分は、その日の拷問で両股が青くなつて硬くなり、痛いの
で動けなくなつた。留置場へ帰るのに歩くことができず、巡査に背負われて留置場
へほうり込まれたほどである。その後、八丈島警察署での五〇余日にわたる留置生
活から身柄を東京に送られ、八月二九日警視庁に留置されて一泊したが、そのとき、
朝鮮人の同房者から何んで此処に来たかと聞かれ、本当のことを云つて否認すると、
また打たれるかとおそろしいので、八丈島警察署で云つたとおりを云えば間違いな
いと思い、そのように云つた。その翌日(八月三〇日)予審判事から取り調べられ
たときも、またその数日後、検事局で検事から取り調べられたときも、島で拷問さ
れた恐怖が加つていて心にもない自白をしたのである」というのである。
 右のような被告人Bの主張については、予審においてはもとより、第一審及び原
審においても、取調に当つた警察官その他必要な証人を喚問して取調をしているそ
してこれらの証人の取調の結果によると、証人Fに対する予審判事の第二回訊問調
書中には、同証人の供述として、「七月六日Cを署長官舎で調べた結果、大体同人
がBと共謀してAを強姦し死に至らしめたという心証を得たので、午后四時頃から
Bを署の道場で約二時間にわたり調べた。その際、横ビンタを喰わしたことはある
が、太股を踏んだようなことはない。その翌日か翌々日も、再び同人を道場に入れ
て調べた。この時も、横ビンタを喰わしたにとどまり太股を蹴つたことはない。右
二回にわたつて、同人を道場に坐らせ両手を後ろ手で縛つたことは間違いない」と
の旨の記載があり、証人Eに対する予審判事の第二回訊回調書中には、同証人の供
述として、「七月六日Cを署長官舎で調べた結果、署長はじめ取調に当つた者は大
体B、Cの両名がAを強姦して死に至らしめたという心証を得たので、午后三時過
頃から署の道場でBを調べた。署には調室の設備がないので道場を用いたのである
が、逃亡を防ぐため後手に縛り坐らせた。その時、私もF部長も、手でBにビンタ
を喰わしたり、胸を押したようなことはあるが、太股を蹴つたようなことはない。
お示しの襯衣及びズボン(昭和二一年押第五三一号ノ六、七)は、はつきりした記
憶はないが、Bが着ていたものに間違いないと思う」との旨の記載がある。又、証
人H(昭和二二年四月Iと結婚しJとなのつている)に対する予審判事、第一審裁
判所及び原審受命判事の各訊問調書中には、同証人の供述として、「私は、その日
(七月六日)朝、警察署の留置場の前の廊下を掃除していると、Bが連れて来られ
て道場で調べを受けた。その時は静であつたが、午後三時過ぎ、私が署の上の方に
在る自分の家に帰り、間もなく署の方に降りて来たとき、道場からワーワーと隣り
近所にも聞えるような子供のような大きな声が聞えて来た。私は、その声が気持が
悪かつたので、午后四時少し前に家に帰つた」という趣旨に帰する記載があり、証
人Kに対する第一審裁判所及び原審受命判事の各訊問調書中には、同証人の供述と
して、「私が山へ行つての帰りに、警察の演武場の横を通つたら、人の泣声がした
ので立ちどまつたことがある。それは、その日の朝Bが引張られて行つたし、Bの
声に似ていた」という趣旨に帰する記載があり、更に、証人Lに対する第一審裁判
所及び原審受命判事の各訊問調書中には、同証人の供述として、「私の住居は、警
察署の通用門と向いの道をへだてたところにある。夏頃(昭和二一年)署の武道場
の方から怒鳴り声と違う苦しさの余りに出た声を聞いたことがある。私は変だと思
い、外に出てみた。すると、Bという声を聞いた」という趣旨に帰する記載がある。
 以上各訊問調書の記載は、いずれも右被告人Bの陳述の真実性を裏づけるに足る
べき資料であつて、これによれば、八丈島警察署においての被告人Bの自白は、暴
力による肉体的苦痛を伴う取調の結果なされたものであり、同被告人の任意に基く
ものとは到底認めることができないものというべく、さればこそ、被告人を有罪と
した第一審判決及び原判決もこれを証拠として採用しなかつたものと認められるの
である。
 しかるに、原判決は前記のように同被告人に対する起訴前の強制処分による予審
判事の訊問調書及び検事の聴取書を証拠としている。なるほど、同被告人が右予審
判事及び検事の取調を受けたのは八丈島警察署ではなく、身柄が東京に移されてか
ら後であり、かつ、警察の取調を受けおわつてから相当の日数を経過した後のこと
でもあり、同被告人もまた、原審公判において、検事からも予審判事からも直接強
制を加えられなかつたと供述していることでもあるから、警察における自白に任意
性を認め得ないからといつて、直ちに右予審判事及び検事に対してなした自白まで
も任意性を欠いたものとすることは勿論できないのである。しかしながら、被告人
は強制処分としての適法な勾留がなされる直前まで、相当長期間に亘り令状によら
ない警察留置を受けていたばかりでなく、その間に前叙の如く自白を強要されてい
たものである以上は、たとえ、予審判事及び検事において被告人の取調にあたり細
心の注意を払つたものとしても、被告人が予審判事による勾留訊問の際になした自
白及びその直後に検事に対しなした自白が、その直前まで継続していた警察の不法
留置とその間の自白の強要から何等の影響も受けずになされた任意の自白であると
断定することは到底できないものというべく、その他、予審判事及び検事が取調を
なした時期が終戦の翌年のことであつて、未だ刑訴応急措置法さえ制定されていな
かつた昭和二一年九月当時のことであるという本件の特殊事情等をも併せ勘案する
ならば、その自白の任意性については、疑を懐かざるを得ないものといわなければ
ならないのである。
 次にその自白の信憑性について考察するに、先づ記録につき、捜査の経過におい
て、本件犯行の日時が如何に想定されていたかを調査すると、昭和二一年四月六日
午前一一時過頃被害者の変死体が発見され、同日、医師Mの検案と同警察署捜査主
任司法警察官Dの現場検証が行われたが、M医師の「変死者検案書」には、変死者
の死亡原因欄に「頸部絞扼に因る窒息死」死亡の推定日時欄に「昭和二一年四月四
日午後一〇時(推定)」との記載があり、その「四日」が「三日」に訂正されてい
る。しかも、その訂正事情は、後に同医師の証人訊問によつて明かにされたところ
であるが、同医師の証言を綜合してみると、同医師は検案の際、死体に現われてい
る死班、死後硬直等の状態から死亡の日を大体四月四日と推定すると共に、死体に
は、なお姦淫が行われた形跡があり、姦淫であるから深夜に至らない夜間に行われ
たものと思われたこと以外に格別の根拠もなかつたけれども、死亡の時刻を午後一
〇時と推定し、そのとおり死亡の推定日時を検案書に記載して八丈島警察署に提出
したところ、その翌日、捜査主任D警部補から、「四日」では日が合わないから「
三日」に訂正してもらいたい旨の申出があり、同医師としても「四日」だという自
信がなかつたので、右申出のとおり訂正した、というに帰するのである。しからば、
何故に右のようにM医師の検案所見を否定してまでも被害者の死亡の日を四月三日
と推定したかというと、被害者の死体発見者であり、かつ、近隣に居住するN(母)
及び同O(娘)の両名が、死体発見の翌日(四月七日)D捜査主任の取調に対して、
四月三日には、午後六時頃Oが被害者方に豆腐の味噌汁を夕食用に持つて行つたが、
そのとき、被害者に対し話相手に来てもらいたいと頼んでおいたので被害者の来る
のを待つていたところ、その晩、被害者は遂に来なかつたこと、被害者は右両名方
には毎晩のように見えていたことであるし三日の晩は右のように特に来てくれるよ
う頼んでおいたのであるから、身体の具合が悪いとか何か事情がなければ、当然遊
びに来る筈だと思うこと、翌日の四日は朝からひどい雨であつたが、その日も被害
者は全然見えなかつたことを供述したため(N及び同Oに対する昭和二一年四月七
日付司法警察官Dの各聴取書)、右供述が重視されたのに因るものであることは疑
のないところである。
 本件は、右のような経緯によつて昭和二一年四月三日夜の犯行と想定され、従つ
て、捜査も右想定のもとに推進され、被害者方出入関係者、P、Q及びR等のアリ
バイ関係の調査も、右の想定された犯行日時における動静の範囲に限られ、結局、
同人等は本件に関係がないものとして、釈放された。そして被告人両名が同年七月
六日相前後して検挙され、被告人両名に対する取調も、また、右犯行日時の想定の
もとに行われたのであつて、このことは、被告人両名に対する司法警察官Dの各聴
取書に徴して容易に看取されるところである。ところが七月一五日に至り、Nの長
女(S)が四日朝、塩の配給が延びたことを知らせにA方に寄つたところ、Aは三
畳の間で鉢巻をして糸繋ぎをしていた事実が明らかになり、そのため、本件犯行の
日が三日夜という想定から四日夜という想定に変更され、その想定のもとに、その
後における被告人等の取調が行われ、被告人Bもこれに応じ七月一五日前は三日の
犯行であると述べていたのに、その後は四日の犯行と述べているのである(被告人
Bに対する司法警察官Dの同年七月一六日付第七回聴取書)。以上の考察によつて、
被告人の司法警察官に対する自白の内容が、司法警察官の想定に副うように作為さ
れていることが、容易に推認されるのである。かようにして、本件においては、強
い予断のもとに、八丈島警察署における被告人の取調が行われ、かつ、前示の如き
自白の聴取書が作成されたと推認される以上、この警察における自白と殆んど同一
内容の自白が予審判事及び検事に対してなされているのであるから、たとえ、その
自白の任意性に疑がないものと仮定しても、なお、その信憑性において疑を存する
ものといわなければならない。
 また、被告人Cについていえば、被告人が八丈島警察署において、起訴前の強制
処分による予審判事の訊問において、及び検事の取調において、いずれも自白し、
予審において否認と自白とが相交錯していることは前記のとおりであつて、その自
白した経緯をみても、取調官から強制拷問の加えられたことに因つたという情況は
見られないところである。すなわち、同被告人が第一審以来陳述しているところを
要約すると、その陳述には、首尾一貫しない点もあるが、「八丈島警察署で、七月
六日午後検挙されたときは、自分方へE刑事、G部長が来て鰹節工場に連れて行か
れ、E刑事からA婆さんを殺しただろうといわれ、自分は殺したことがないので殺
さないといつたところ、同刑事がわからぬ奴だといつたから、自分はなおもやらな
いといつたが、隠しても駄目だ、やつたといわなければ警察に連れて行くというの
で、警察に連れて行かれるのは恐いと思い、やつたといえば連れて行かれないと思
い、馬鹿のためにA方へ行つて婆さんを殺したといつた。署に着いて、S、D、G、
E、Fの五人の前で婆さんを殺した、Bと一緒にやつたといつた。それからD主任
から詳しくいえといつて頬ぺたを殴られた」というのであり、「身柄が東京に送ら
れてから起訴される前に取調を受けたが、それが予審判事や検事の調べということ
は判らなかつた。ただ、やつたといえば島に帰してくれると思い、嘘の自白をした。
又、予審第二回の調べのとき、やつたといつたのは予審判事から島に早く帰すから
やつたならやつたといえといわれたからであり、その後保釈されてから予審第五回
の調べのときは、否認すると島に帰れないようになると思つて嘘の自白をしたので
ある」というのである。しかし、同被告人が刑法にいう心神耗弱者であることは、
原判決においても、鑑定人Tの鑑定書を引用して認定しているところであり、しか
も同鑑定書によると、「被告人Cは知能においては精神薄弱と診断するに躊躇しな
い。至極平穏な愚か者(低能者)である。一般に低能者の意思は他人によつて影響
されやすいのが常で、殊に被告人Cのような平穏な低能者にあつては、常に意思作
用に動揺性があつて、他より強制を受けることが容易に行われることも首肯できる。
すなわち、意思の被影響性が常に亢進している状態に在るといつてよい。さればこ
そ、自白すれば直ぐ帰宅が出来ると考えることなども、被告人らしい感情の動きで、
初めは犯行を否定し、次いで自白し更に予審訊問に際して否認したが、再転して自
白をするなど変転定まりなき有様である。警察においても被告人が低能者たること
は判らぬ筈はあるまいが、それを考慮せず、常人として取扱つていることは非科学
的であり、刑事学的妥当性に欠けている。被告人は精神薄弱者であるため、刑事係
をおそれること著しく、意思の影響を受けて自白するに至つたのではないか。この
ことは、あり得るところであつて、被告人の自白が強制拷問によらないで表明され
ても、その信憑性は薄弱だといわなければならない。」とされているところであつ
てみると、例えば、被告人Cを八丈島警察署に連行した証人Eに対する予審訊問調
書中同証人の供述として、「七月六日午後一時過、U(被告人の父)方に行き、母
親を遠ざけてCを入口間際の座敷のかたわらで調べたが、場合によつてはCがBの
共犯ではないかと直感した私は、Cに対して『何もかも判つている、正直に話せば
無理なことはしないのだ』と自白を促すと、Cは自白した」との旨の記載があり、
又、同じく被告人Cを連行した証人Gに対する予審訊問調書中同証人の供述として、
『七月六日午后一時か二時頃、U方に行き母親にCを呼びにやり、Cは畑から直ぐ
来た。私が『御前行つたのだろう』と聞くと、Cは変な顔をした、返事せぬので更
に『どうだ正直に云え、正直に云えば何んでもないのだ、云わなければ警察に引張
つて行く』と申した、すると、Cは『Bと一緒に行つた、そしてやつた』と申した」
との旨の記載があつても、それだから被告人Cは正直に自白したということにはな
らないであろう。却つて、警察官の意思に迎合したものとみられる疑いがあるので
ある。そして、同被告人のかかる精神状態は、強制処分における予審判事の訊問を
受けた際にも、更に、検事の取調、予審の取調を受けた際にも、依然として変りは
なかつたのであるから、同被告人には、警察におけると同様の心理が引き続いて働
いていたものと考えられるのである。してみると同被告人の警察における自白調書
が信憑力の薄弱なものとされなければならない以上、これと全く同旨の自白の記載
ある検事の聴取書、起訴前の強制処分における予審判事の訊問調書及び予審第五回
訊問調書も、また、同様に信憑力の薄弱なものとされなければならないというべき
である。
 之を要するに、本件記録に表われた捜査の経過、被告人両名の自白、その他諸般
の資料を仔細に検討するときは、前叙の如く、被告人両名の自白は或はその任意性
に疑を懐かせるものであり、且つ、その信憑性に乏しいものであるから、これを以
つて被告人等の本件公訴事実を認めることはできず、その他原判決の挙示する証拠
を綜合するも右事実を認定するに足りない。してみれば、被告人両名に対する本件
公訴にかかる事実は、犯罪の証明がないものと断ぜざるを得ない。
 よつて弁護人の上告趣意についての判断を省略し、刑訴施行法三条の二、刑訴四
一一条三号に則り原判決を破棄し被告人両名を無罪とすべきものとし、主文のとお
り判決する。
 この判決は、裁判官栗山茂、同谷村唯一郎を除く裁判官全員一致の意見によるも
のである。
 裁判官栗山茂、同谷村唯一郎は、退官につき合議に関与しない。
 本件公判出席検察官 川井寛次郎
  昭和三二年七月一九日
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    池   田       克

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