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平成24年4月26日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成22年(ワ)第6766号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成24年2月27日
判決
原告有限会社顧問料不要の三輪会計事務所
原告P1
上記両名訴訟代理人弁護士西川暢春
被告P2
被告P3
被告P4
被告P5
上記4名訴訟代理人弁護士中祖康智
主文
1原告らの請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告ら
(1)被告らは,原告らに対し,連帯して6090万円及びこれに対する被告P
4は平成22年5月23日から,その余の被告らは同月20日から,それぞ
れ支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
(2)訴訟費用は被告らの負担とする。
(3)仮執行宣言
2被告ら
主文同旨
第2事案の概要
1前提事実(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
原告有限会社顧問料不要の三輪会計事務所(以下「原告会社」という。)
は,会社個人経営の帳簿の記帳及び決算に関する業務等を目的とする会社で
あり,税務書類の作成を行っている。
原告P1は,原告会社の代表者であり,P1税理士事務所の屋号で税務代
理及び税務相談等を業としている。
被告P2は,株式会社USPアカウンティングの代表取締役であり,被告
P3は,その妻である。
被告P4は,税理士であり,被告P5は,その父である。
(2)当事者間における各契約
ア原告らと被告P2及び被告P4との間における各雇用契約
原告らは,被告P2との間で平成17年8月23日,被告P4との間で
平成19年1月5日,それぞれ雇用契約を締結した。
イ原告らとその余の被告らとの間における各身元保証契約
被告P3は,原告P1との間で,平成17年8月22日,期間の定めな
く,被告P2が原告らに損害を与えた場合は被告P2と連帯して賠償の責
任を負う旨の身元保証契約を締結した(甲8の1)。
被告P5は,原告P1との間で,平成18年12月10日,期間の定め
なく,被告P4が原告らに損害を与えた場合は被告P4と連帯して賠償の
責任を負う旨の身元保証契約を締結した(甲8の2)。
(3)原告らの就業規則
ア原告らの就業規則(甲1。以下「本件就業規則1」という。)は,以下
のとおり定められていた。
10条(服務)従業員は,次の事項を守らなければならない。
(7号)業務上知り得た顧客,取引先並びに会社の情報・秘密等,第三
者が知り得ない情報は,就業中はもちろん,その後においても第三者
に一切開示又は漏洩しないこと。
36条2項(懲戒の事由)従業員が,次のいずれかに該当するときは,
懲戒解雇する。ただし,情状により減給とすることがある。
(7号)会社内のデータを無断で持ち出したとき
(8号)業務上知り得た顧客,取引先並びに会社の情報・秘密等,第三
者が知り得ない情報を第三者に開示又は漏洩したとき
37条(損害賠償)従業員が,前条の行為により,会社に損害を与えた
場合は,自らの責任において損害を賠償するものとする。
イ原告らは,平成21年8月ころ,本件就業規則1を改訂し(改訂後の就
業規則を「本件就業規則2」という。),次の規定を設けた(本件就業規則
2が被告P2及び被告P4に適用されるかについては,当事者間で争いが
ある。)。
39条1項従業員が,前条の行為及び服務規律に反する行為をしたこと
並びに退職前後における顧客への働きかけ,顧客からの勧誘に応ずる関
与により,会社に損害を与えた場合は,その与えた損害の全てをその従
業員は賠償しなければならない。
(4)被告P2及び被告P4の退職時における合意
ア被告P2は,平成21年7月17日,被告P4は,同年8月12日,そ
れぞれ原告らを退職した。
イ誓約書の作成
被告P2及び被告P4は,退職するに当たり,原告らに対し,「秘密保持
に関する誓約書」(甲3の1・2。以下「本件各誓約書」という。)を作成
して提出した。本件各誓約書には,以下の記載がある。
1条(秘密保持の確認)
私は,貴社を退職するに当たり,貴社の営業上の情報並びに顧客情報
その他一切の内部情報(以下「秘密情報」という。)に関する資料等の
一切について,原本はもちろん,そのコピー及び関係資料等を貴社に返
還し,自ら保有していないことを確認いたします。
3条(退職後の秘密保持の誓約)
秘密情報については,貴社を退職した後においても,私自身のため,
あるいは他の事業者その他の第三者のために開示,漏洩若しくは使用し
ないことを約束いたします。
4条(損害賠償)
前各条項に違反して,貴社の秘密情報を開示,漏洩もしくは使用した
場合,法的な責任を負担するものであることを確認し,これにより貴社
が被った一切の損害を賠償することを約束いたします。
ウ確認書の作成
被告P4は,退職するに当たり,原告らに対し,別途,「確認書」と題す
る書面(甲4。以下「本件確認書」という。)を作成して提出した。本件確
認書には以下の記載がある。
(ア)退職後も貴事務所の情報やノウハウ並びに関与先の顧客情報やデータ
などを他に漏らしたり,使用もしくは利用することはありません。
(イ)また,私又は事務所の他の者が担当していた事務所の顧客に対し関与
を働きかけません。
(ウ)もし,万一,上記に背く行為を行い,事務所に損害を被らせたときは,
事務所に与えた損害をすべて賠償いたします。
(5)被告P2及び被告P4の行為
ア被告P2
被告P2は,原告らを退職する以前において,原告らの顧客のうち46
件を担当していたところ,このうち36件の顧客は,被告P2が原告らを
退職した後,原告らとの契約を解除した。
被告P2は,このうち35件の顧客との間で記帳代行業務に関する契約
を締結し,被告P4は,税務申告業務に関する契約を締結した。
イ被告P4
被告P4は,原告らを退職する以前において,原告らの顧客のうち29
件を担当していたところ,このうち19件の顧客は,被告P4が原告らを
退職した後,原告らとの契約を解除した。
被告P4は,このうち15件の顧客との間で税務申告業務に関する契約
を締結し,被告P2は,記帳代行業務に関する契約を締結した。
2原告らの請求
原告らは,①被告P2及び被告P4に対し,本件就業規則等に違反し,違法
に原告らと競業し,かつ,不正の利益を得る目的で,原告らから示された営業
秘密を使用したなどとして,前記各雇用契約の債務不履行ないし不法行為並び
に不正競争防止法2条1項7号及び同法4条に基づき,②被告P3及び被告P
5に対し,前記各身元保証契約に基づき,連帯して6090万円の損害賠償及
びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の各支払を求めている。
3争点
(1)被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,違法に原告らと競業
したか(争点1)
(2)被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,原告らの顧客情報等
を使用したか(争点2)
(3)被告P2及び被告P4は,不正の利益を得る目的で,原告らから示された
営業秘密を使用したか(争点3)
(4)損害の有無及び金額等(争点4)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,違法に原告ら
と競業したか)について
【原告らの主張】
以下のとおり,被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,違法に
原告らと競業した。
(1)競業避止義務
ア雇用契約
被告P2及び被告P4は,原告らとの雇用契約継続中は,特約がなくて
も,原告らに対する競業避止義務を負っているから,原告らの顧客に対し,
自らが退職予定であることを予告して,契約の勧誘を行うこと自体,違法
である。
イ本件就業規則2
被告P4は,本件就業規則2の39条1項により,退職前後における顧
客への働きかけ,顧客からの勧誘に応ずる関与をしてはならない義務を
負っていた。
なお,本件就業規則2は,平成21年8月1日に制定された有効なもの
である。具体的には,事前に,従業員代表であるP6に指示して全従業員
に回覧させ,同月,労働基準監督署に届け出たものであり,原告P1は,
原告らの事務所内サーバーでこれを保管し,従業員らに対する周知もした。
ウ本件確認書
被告P4は,退職にあたり,本件確認書を作成し,原告らの顧客に対し
関与を働きかけない旨約した。
エまとめ
前記ア(被告P4については,前記イ,ウを加える。)の結果,被告P
2及び被告P4は,原告らの顧客に対し働きかけ,競業をしてはならない
義務を負っていた。
(2)被告P2及び被告P4の行為
被告P2及び被告P4は,退職するに当たり,担当顧客らに対し,原告ら
との契約を継続することを勧めず,「このまま自分が担当する。」「入れ物が代
わるだけで,中身は何も変わらない。」などと述べて働きかけ,原告らとの契
約を解除させ,新たに契約を締結した。
これは,前記(1)の雇用契約,本件就業規則2や本件確認書に違反するも
のであり,原告らに対する債務不履行ないし不法行為に当たる。
以下の事情は,被告P2及び被告P4が担当顧客らに対する積極的な働き
かけをしたことを裏付けるものである。
ア前提事実(5)のとおり,被告P2の担当顧客46件のうち36件(約7
8.3%),被告P4の担当顧客29件のうち19件(約65.5%)が原
告らとの契約を解除した。
原告らがこれまで雇用した従業員のうち,被告P2及び被告P4と同様
に,原告らを退職した直後に税理士事務所を開いたのは3名である。これ
らの者の担当顧客による担当者退職前後3か月以内における契約解除率
は,28件中4件(14.3%),36件中5件(13.9%)及び15件
中1件(6.7%)であり,これらと比較すると上記の解除率は異常に高
い。
イ記帳代行業務及び申告業務は,会計事務所又は税理士事務所に対する信
頼を基礎とするものであり,担当者個人に対する信頼を基礎とするもので
はないから,被告P2及び被告P4による担当顧客らに対する積極的な働
きかけがなければ,原告らとの契約が解除されることはなかった。
少なくとも被告P2は税理士資格を有しないから,被告P4と協力する
ことを前提として担当顧客らに積極的に働きかけたのでない限り,担当顧
客らが原告らとの契約を解除し,被告P2と新たに契約を締結することは
なかった。
ウ被告P2及び被告P4は,担当顧客らを勧誘するに当たり,予め原告ら
に対する契約解除通知を作成し又はその文案を示すなどしていた。また,
契約解除通知をするに当たり,被告P2及び被告P4以外の別の税理士と
新たに契約するという虚偽の理由を記載させるなど隠蔽工作をした。
エ被告P2及び被告P4は,担当顧客らが原告らとの契約を解除すること
を原告らに隠すため,虚偽の引継報告をして隠蔽工作をした。
具体的には,被告P2が,原告らとの契約を解除する担当顧客について
被告P4に対する引継ぎをし,被告P4も担当顧客らが原告との契約を解
除することを知りながら,形式的に他の従業員に対する引継ぎをした。
【被告らの主張】
以下のとおり,被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反したり,違
法に原告らと競業したりしていない。
(1)競業避止義務の内容及び根拠について
ア競業避止義務の内容を争う。
イ本件就業規則2の効力
原告P1が上記規則の制定を労働基準監督署に届け出たことは知らな
いし,原告らの従業員に周知されたことも否認する。
上記届出がされた日も被告P2の退職後であり,被告P4の退職日であ
る平成21年8月12日であるから,少なくとも被告P2及び被告P4に
は効力が及ばない。
また,就業規則により一方的に退職後の競業を禁じることは,使用者の
正当な利益を保護するために必要かつ合理的な範囲のものでない限り,原
則として無効である。前記のとおり,本件就業規則2は,競業避止期間の
限定がなく,禁止される行為も漠然としており,内容が特定されておらず,
不合理な内容のものであるから,無効である。
(2)被告P2及び被告P4の行為
被告P2及び被告P4は,担当顧客らに対し,退職して独立する予定であ
ることを説明したところ,担当顧客らから引き続き業務を担当するように依
頼され,新たに契約を締結したにすぎず,何ら違法な勧誘はしていない。な
お,被告P4の担当顧客である有限会社キラメキコーポレーションが原告ら
との契約を解除したのは,被告P4が原告らを退職する前のことであり,被
告P4の関与は全くない。
そもそも,担当顧客らとの人的関係を利用して営業活動をすること自体は
自由競争の枠内の行為であり,違法ではない。
また,以下のとおり,前記【原告らの主張】(2)の事情は,被告P2及び
被告P4が担当顧客らに積極的な働きかけをしたことを裏付けるものではな
い。
ア被告P2及び被告P4以外の従業員らの担当顧客に関する契約解除率に
ついて,契約解除がされた期間を退職前後3か月(合計10件)に限る理
由は全くなく,1年間でみれば30件を超える担当顧客らが契約を解除し
たはずである。
イ記帳代行業務及び申告業務は,担当者個人の資質,能力,性格及び意欲
に対する顧客の個人的な信頼関係が重要であり,顧客らは,担当者が独立
するのであれば当該担当者と新たに契約を締結し,従前と同様の業務を期
待するのが当然のことである。原告らにおいて,顧客らの記帳代行業務及
び申告業務を行っていたのは原告P1ではなく,原告らの従業員であり,
原告P1は顧客らとほとんど会ったことすらなく,顧客らとの信頼関係を
欠いていたため,契約を解除されたにすぎない。
ウ被告P2及び被告P4は,担当顧客らから原告らとの契約を解除する手
続について尋ねられたため,契約解除通知の書式を提供するなどしたにす
ぎない。契約解除の理由として,被告P2及び被告P4とは別の税理士と
契約するという記載がされたのは,担当顧客らが,原告らと被告P2及び
被告P4がトラブルにならないように配慮するなどしたことによるもの
であり,隠蔽工作などではない。
エそもそも,被告P2及び被告P4には,原告らに対し,担当顧客らが原
告らとの契約を解除する意向であることを報告するまでの義務はない。
また,被告P2が,原告らとの契約を解除する担当顧客らについて,被
告P4に引き継いだのは,他の従業員の負担が無駄に増えることを避ける
ためにすぎず,隠蔽工作などではない。
2争点2(被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,原告らの顧客
情報等を使用したか)について
【原告らの主張】
以下のとおり,被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,原告ら
の顧客情報等を使用した。
(1)顧客情報の開示,漏洩,使用の禁止義務
ア本件就業規則1
被告P2及び被告P4は,本件就業規則1の36条2項により,原告ら
のデータを無断で持ち出したり(7号),業務上知り得た顧客情報等を第三
者に開示又は漏洩したり(8号)してはならない義務を負っていた。
イ本件各誓約書
被告P2及び被告P4は,退職にあたり,本件各誓約書を作成し,原告
らの営業上の情報及び顧客情報その他一切の内部情報を原告らに返還し,
退職後,開示,漏洩,使用しない旨約した。
ウ本件確認書
被告P4は,退職にあたり,本件確認書を作成し,原告らの顧客情報等
を開示,漏洩,使用しないことを約した。
エまとめ
前記ア,イの結果(被告P4については,前記ウを加える。),被告P2
及び被告P4は,担当顧客らの社名又は氏名,住所,連絡先,決算内容及
び経営状態に関する情報並びに原告らと担当顧客らとの間の契約内容に関
する情報(以下「本件情報」という。)を開示,漏洩,使用しない義務を負っ
ていた。
(2)被告P2及び被告P4の行為
前記1【原告らの主張】(2)のとおり,被告P2及び被告P4は,担当顧
客らに対し,原告らとの契約を解除させ,新たに契約を締結するよう勧誘し
たが,その際,本件情報を使用し,その後の記帳代行業務及び申告業務を継
続するに当たってもこれを使用した。
上記使用は,本件就業規則等に違反する行為であり,雇用契約の債務不履
行ないし不法行為に当たる。
【被告らの主張】
(1)本件情報の開示,漏洩,使用の禁止義務の内容を争う。
(2)被告P2及び被告P4の行為
前記1【被告らの主張】(2)のとおり,被告P2及び被告P4が,担当顧
客に対し,契約締結を働きかけた事実はなく,したがって,その際に本件情
報を使用した事実もない。
そもそも,本件情報のうち,新規契約締結に必要な情報は,住所,電話番
号等の連絡先に関するものであって,何ら秘密の情報ではなく,本件就業規
則等によって開示,漏洩,使用が禁止される情報に当たらない。
3争点3(被告P2及び被告P4は,不正の利益を得る目的で,原告らから示
された営業秘密を使用したか)について
【原告らの主張】
以下のとおり,被告P2及び被告P4は,不正の利益を得る目的で,原告ら
から示された営業秘密を使用した。
これは,不正競争防止法2条1項7号の不正競争に当たる。
(1)原告らから示された営業秘密
ア営業秘密の特定
担当顧客らの社名又は氏名,住所,連絡先,決算内容及び経営状態に関
する情報並びに原告らと担当顧客らとの間の契約内容に関する情報(本件
情報)は,いずれも原告らの営業秘密でもある。
イ秘密管理性
(ア)本件就業規則1(前提事実(3)),本件各誓約書(同(4)イ)及び本件
確認書(同(4)ウ)において,いずれも本件情報は営業秘密とされ,持
出し等については損害賠償責任を負うものとされている。
(イ)原告らは,従業員らに対し,顧客らの社名又は氏名,住所及び連絡先
に関する情報並びに契約内容(料金)に関する情報が記載された書面を
廃棄するときには,シュレッダーにかけることを義務づけていた。
また,顧客情報の重要性について従業員を教育し,不正使用及び持出
しも禁止していた。
原告らは,平成21年6月からデータ持出し監視ソフトを導入し,従
業員が事務所内パソコンに保管されている本件情報を持ち出したときに
は,原告P1に警告メールが届き,不正持出しの事実を確認することが
できるようにし,本件情報の持出しを原告P1による許可制としていた。
(ウ)被告P2及び被告P4を含む従業員らは,本件情報が原告らの営業秘
密であることを認識していた。
ウ有用性
被告P2及び被告P4は,担当顧客らの決算内容及び経営状態に関する
情報を使用することにより,優良な顧客を選別して,原告らとの契約を解
除させ,新たに契約を締結することができた。
また,契約内容(料金)に関する情報を使用することにより,原告らよ
り低廉又は同一の価格を担当顧客らに提示して,勧誘することもできた。
被告P2及び被告P4らが,担当顧客らと新たに契約を締結した後,記
帳代行業務及び申告業務を継続して行うためにも本件情報は必要なもので
あった。
エ非公知性
本件情報は,いずれも非公知の事実であった。
(2)不正の利益を得る目的での使用
前記1【原告らの主張】(2)のとおり,被告P2及び被告P4は,担当顧
客らに対し,原告らとの契約を解除させ,新たに契約を締結するように勧誘
したが,その際,本件情報を使用し,その後の記帳代行業務及び申告業務を
継続するに当たってもこれを使用した。
よって,不正の利益を得る目的での使用に当たる。
【被告らの主張】
被告P2及び被告P4は,原告らから示された営業秘密を使用してはいない。
(1)本件情報の営業秘密性
ア秘密管理性
以下のとおり,本件情報は営業秘密として管理されていなかったもので
ある。
(ア)担当顧客らの社名又は氏名,住所及び連絡先に関する情報は,被告P
2及び被告P4が在職中に担当顧客らから受け取った名刺等にも記載さ
れており,被告P2及び被告P4の携帯電話にも記録されていた。
原告らは,従業員らが顧客らから受け取った名刺等について特段の管
理をしていなかったし,従業員らが携帯電話で顧客らと連絡を取ること
も禁止又は管理していなかった。
(イ)原告らの顧客名簿は,事務所内のパソコンに記録されており,アクセ
ス権者は指定されておらず,パスワードによるアクセス制限もなかった。
したがって,従業員全てが各自のパソコンからアクセスすることができ
た上,秘密情報と認識することのできる表示もなく,その他一般のファ
イルと共に保管されていた。
(ウ)原告らは,平成21年ころまで顧客名簿を全従業員に印刷して配布し
ており,これには「社外秘」などの特段の表示もなかった。従業員らは
これを各自の机の上などに保管しており,その処分も従業員ら各自に委
ねられていた。平成21年以降も顧客名簿は回収されず,廃棄するよう
に指示されたこともなかった。
(エ)原告らと顧客らとの契約書にも「社外秘」などの表示はなく,各担当
者が各自で保管しており,従業員らが業務時間中に自由に閲覧すること
が可能であった。
イ有用性
(ア)記帳代行業務及び申告業務は,経済活動一般に必要とされるものであ
り,顧客となり得る者にアクセスすることが困難なものではない。した
がって,担当顧客らの社名又は氏名,住所及び連絡先は,有用なもので
はない。
(イ)原告らと担当顧客らとの契約内容は,担当顧客らに尋ねれば分かるこ
とであり,有用な情報ではない。
また,原告らの料金体系は原告らのホームページに詳細に掲載されて
おり,これを参考にして契約条件を決めることもできた。
ウ非公知性
担当顧客らの連絡先に関する情報は,電話帳やインターネットに掲載さ
れている公知の情報であり,何ら秘密ではない。
前記イ(イ)のとおり,原告らの料金体系も原告らのホームページに詳細
に掲載されており,担当顧客の事業内容や事業規模からすれば,個別の契
約料金についても概ね推測することは可能であった。
(2)不正の利益を得る目的での使用について
前記1【被告らの主張】(2)のとおり,被告P2及び被告P4は,担当顧
客らから申出を受けて新たに契約を締結したにすぎず,本件情報を使用して
担当顧客らと連絡を取ったことはないし,原告らと同一又はより有利な契約
内容を提示したこともない。
4争点4(損害の有無及び金額等)について
【原告らの主張】
以下のとおり,原告らは,被告P2及び被告P4の行為により合計6090
万9798円の損害を被った。
(1)前提事実(5)のとおり,被告P2の担当顧客36件及び被告P4の担当顧
客19件について原告らとの契約が解除された。
(2)これにより,原告らが失った顧問料等の収入は,1年当たり合計1830
万3266円であるところ,税理士事務所との顧問契約及び申告業務の委託
は数年間継続されるのが通常であるから,原告らは少なくとも3年分である
合計5490万9798円の損害を被った。
なお,原告らには仕入れ価格等の変動経費が存在しないから,上記売上全
額が損害に当たる。
(3)本件と相当因果関係のある弁護士費用は600万円である。
【被告らの主張】
(1)担当顧客らが原告らとの契約を解除したのは,担当顧客らの選択によるも
のであり,被告P2及び被告P4の行為とは因果関係がない。なお,原告ら
が契約を解除された前記55件の担当顧客らのうち2件については被告P2
及び被告P4は新たに契約を締結しておらず,原告らとの契約が解除された
ことと被告P2及び被告P4の行為とは何の関係もない。また,被告P4の
担当顧客19件のうち1件は,原告らも契約解除を望んでいた顧客である。
(2)原告らと顧客らとの契約期間は1年間であって,これが3年間は継続され
たとはずであるとする理由はない。少なくとも,1年間の契約期間が経過し
た後は自由競争に委ねられるべきものであるから,被告P2及び被告P4の
行為による損害には当たらない。
また,原告らが実際に得ていた利益は,売上げの10%程度にすぎず,経
費を全く考慮しない前記【原告らの主張】(2)による損害額の算定は明らか
に誤りである。
(3)前提事実(2)イのとおり,被告P3及び被告P5は,原告P1との間で,
期間の定めなく,それぞれ身元保証契約を締結した。したがって,身元保証
ニ関スル法律1条により,被告P3は平成20年8月22日までに生じた損
害についてのみ,被告P5は平成21年12月10日までに生じた損害につ
いてのみ,それぞれ責任を負う。
第4当裁判所の判断
1争点1(被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,違法に原告ら
と競業したか)について
(1)競業避止義務について
前提事実(2)のとおり,被告P2及び被告P4は,原告らとの間で雇用契
約を締結していたのであるから,雇用契約継続中,一定の競業避止義務を負っ
ているというべきである。もっとも,特段の競業避止義務について合意する
のでない限り,顧客に対し退職の挨拶をする際などにおいて,退職後の取引
を依頼したとしても,そのこと自体が,常に,雇用契約継続期間中における
競業避止義務に違反するというわけではない。
また,特段の合意のない限り,被告P2及び被告P4が退職した後,上記
競業避止義務を負うことはない。
この点につき,被告P4は,前提事実(4)ウのとおり,退職時に本件確認
書を原告らに提出することにより,退職後,原告らの顧客に対し,働きかけ
をしない旨合意している。しかし,被告P4は,本件確認書の作成に際し,
予め記載されていた「顧客から勧誘を受けても関与しない」旨の部分を削除
した上で,署名押印していることから(甲4),本件確認書の作成により,自
分から積極的に働きかけをしないことを約したと認めることができる。
また,本件就業規則2の効力については,次に述べるとおりである。
(2)本件就業規則2の効力について
ア就業規則届(甲2)によれば,原告P1は,大阪中央労働基準監督署長
に対し,平成21年8月12日付けで,本件就業規則2を制定した旨の届
出をしたこと,本件就業規則2の39条1項は,「前条の行為及び服務規律
に反する行為をしたこと並びに退職前後における顧客への働きかけ,顧客
からの勧誘に応ずる関与により,会社に損害を与えた場合は,その与えた
損害の全てをその従業員は賠償しなければならない。」と定めていること,
同附則は,本件就業規則2について同月1日から施行する旨定めているこ
とが,それぞれ認められる。
仮に,本件就業規則2が被告P2及び被告P4に対して及ぶとすると,
被告P2及び被告P4が担当顧客らに積極的に勧誘をしたか否かにかかわ
らず,担当顧客らと新たに契約を締結したこと自体により,本件就業規則
2に違反するものとして,原告らとの間の雇用契約に係る債務不履行が成
立することになる。
イそこで検討すると,まず,前提事実(4)のとおり,被告P2が原告らを
退職したのは本件就業規則2が制定される前の平成21年7月17日であ
るから,少なくとも被告P2には本件就業規則2の効力が及ばないことは
明らかである。
次に,被告P4に対して及ぶかについて検討すると,以下の理由から,
これも認めることはできない。
(ア)労働基準法106条1項によれば,使用者は,就業規則を,常時各作
業場の見やすい場所へ掲示し,又は備え付けること,書面を交付するこ
とその他の厚生労働省令で定める方法によって,労働者に周知させなけ
ればならないとされ,同法施行規則52条の2の3号によれば,磁気テー
プ,磁気ディスクその他これらに準ずる物に記録し,かつ,各作業場に
労働者が当該記録の内容を常時確認できる機器を設置することにより周
知することも認められている。そして,労働契約法10条本文は,周知
された場合に限り,就業規則の拘束力を認めている。
原告らは,事務所内サーバーで本件就業規則2を保管し,被告P4を
含めた従業員らはいつでもこれにアクセスできた旨主張する。
しかしながら,被告P4が退職する前に周知手続がとられたことを認
めるに足りる証拠はなく,原告らの上記主張を採用することはできない
から,本件就業規則2が被告P4に対して効力を有するとは認められな
い。
また,労働基準法90条1項によれば,就業規則の作成又は変更につ
いて,労働者の過半数を代表する者の意見を聴かなければならいところ,
甲2には,労働者の過半数を代表するP6の意見書が添付されているも
のの,P6が従業員代表として選出されたことに関する証拠もない。
(イ)労働契約法9条本文によれば,使用者は,労働者と合意することなく,
就業規則を変更することにより,労働者の不利益に労働契約の内容であ
る労働条件を変更することはできないとされ,同法9条ただし書によれ
ば,次条の場合は,この限りではないとされている。同法10条本文は,
使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において,変更
後の就業規則を労働者に周知させ,かつ,就業規則の変更が,労働者の
受ける不利益の程度,労働条件の変更の必要性,変更後の就業規則の内
容の相当性,労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る
事情に照らして合理的なものであるときは,労働契約の内容である労働
条件は,当該変更後の就業規則に定めるところによるものとするとされ
ている。
本件就業規則2は,退職後の競業避止義務を課すものであり,労働条
件を不利益に変更するものであるところ,被告P4の同意があったとす
る主張立証は全くない。かえって,本件確認書(甲4)によれば,原告
らは,被告P4が退職するに当たり,「顧客から勧誘を受けても関与する
ことはいたしません。」旨の誓約を求めたものの,明確に拒絶されたこと
が認められる。
そして,本件就業規則2が,合理的なものであることについての説明
はなく,この点に関する原告らの主張はそもそも失当である。なお,念
のため検討すると,前記アのとおり,本件就業規則2の39条1項は,
「退職前後における顧客への働きかけ,顧客からの勧誘に応ずる関与」
を一般的に制限するものであるところ,退職後に担当顧客らから従前の
人間関係に基づき新たに契約を締結することを求められたような場合に
も,これに応じることを禁止するものであるが,税理士の資格を有する
者に対しても課されるものであることや,期限の定めがないことも併せ
考えると,雇用者が従業員に対して一方的に課す制限としては過剰な制
限を課すものというほかなく,社会通念上,相当な内容のものとはいい
がたい。また,このような競業避止義務を課すに当たり,何らかの代償
措置が執られたことも窺われない。
したがって,被告P4が原告らを退職した当日に届出がされた本件就
業規則2が,合理的なものであるということはできない。
ウ上記のとおり,被告P2及び被告P4は,いずれも本件就業規則2の適
用を受けず,このため,同規則39条1項により,退職前後において,顧
客へ働きかけたり,顧客からの勧誘に応じたりして,関与することができ
ないという義務を負うことはない。
(3)被告P2及び被告P4による積極的な働きかけの有無について
ア被告P2の働きかけについて
(ア)P7に対する働きかけ
被告P2の担当顧客であったP7は,被告P2から,退職前,3度に
わたり勧誘を受けたが3度とも断ったと証言する(証人P7)。
その勧誘を受けた際の状況は,平成19年1月,被告P2から訪問を
受け,独立する予定であると言われ,同年5月か6月にも訪問を受け,
「今度独立して知り合いと2人で新しく事業をする。」「箱が代わるだけ
で中身は変わりません。引き続き,私でよろしいですね。」と言われ,
P7がこの勧誘を断ったにもかかわらず,同年6月末か7月初旬ころに
も同様の勧誘を受けたと証言する。
しかし,P8とのやりとり(後記(イ))や,他の顧客の陳述書に記載
された状況(後記ウ)と比較すると,果たして,P7が証言するような,
3回にわたる積極的な働きかけがあったのか,疑問の残るところである。
なお,P7が証言する最終の勧誘は,会計を担当しているP7の妻に
対するものであったが,これはP7の妻が,被告P2に引継担当者の確
認をした際に,同様の勧誘を受けたというものであり,それまで,明確
な勧誘も,明確な拒否もなかったという可能性を否定できない。
(イ)P8に対する働きかけ
被告P2の担当顧客であったP8は,平成21年5月か6月ころ,被
告P2と世間話をした際,被告P2が原告らを退職して独立することが
話に出て,P8が,「僕はどうすればいいんですか」と尋ねたところ,
被告P2から「僕があとはちゃんとしときますんで大丈夫ですよ」と言
われ,原告らとの契約を解除し,被告P2と新たに契約することにした
ことが認められる。
以上によると,被告P2から,積極的な働きかけがあったとはいえな
い。
(ウ)P9に対する働きかけ
被告P2の担当顧客であったP9の陳述書(甲10)には,平成21
年6月ころ被告P2から突然電話があり,原告らとの契約解除通知書と
被告P2及び被告P4との新しい契約書を送付するので押印して返送
してもらいたいと勧誘された旨の記載がある。
しかし,その時期が,被告P2と原告らとの雇用契約が継続中であっ
たとは考えにくく(被告P2の供述によると,退職の挨拶の際に勧誘し,
退職後,連絡を受けた顧客に解約手続のための書類を送付したことが認
められる。),また,前記(ア)のとおり,P8とのやりとり(前記(イ))
や他の顧客の陳述書の記載(後記ウ)に照らすと,P9の陳述書の上記
記載をそのまま採用することはできない。
(エ)小括
以上のとおり,原告らが,被告P2の積極的な働きかけとして挙げる
例は,3例のみであるが,そのうち,P8の件に関するP8の供述内容
は,原告らの主張を裏付けるものではなく,他の多くの顧客の陳述内容
(後記ウ)に照らしても,被告P2が,退職の前後を通じ,担当顧客に
対し,積極的な働きかけをしたことを認めるに足りない。
イ被告P4の働きかけについて
原告P1は,被告P4が,退職前に,担当顧客である株式会社ドリーム
ネットに対し,独立後の契約締結を積極的に働きかけたと供述する(甲3
4の4頁,原告P19頁)。
しかし,原告らが指摘する被告P4の積極的な働きかけは,上記1例の
みであり,これを裏付ける証拠もない。
また,他の多くの顧客の陳述内容(後記ウ)に照らしても,被告P4が,
退職の前後を通じ,担当顧客に対し,積極的な働きかけをしたと認めるに
足りない。
ウ他の顧客に対する関与の状況
被告P2及び被告P4が担当していた担当顧客ら(現在は,被告P2及
び被告P4の顧客ら)合計41名作成の各陳述書(乙1の1ないし24及
び乙2の1ないし17)によれば,いずれの顧客も,被告P2及び被告P
4から積極的な勧誘を受けたことを否定した上,原告P1を含め被告P2
及び被告P4以外の原告らの従業員とは全く又はほとんど面識がなく,信
頼関係もなかったため,被告P2及び被告P4が退職するに当たり,原告
らとの契約を解除して,従前から信頼している被告P2及び被告P4と新
たに契約を締結することにした旨の陳述をしているところ,これらの陳述
の信用性を排斥することのできる証拠もない。
また,上記陳述書によれば,被告P2の担当顧客らには大手コンビニエ
ンスストアチェーンに加盟する事業者が多く含まれているところ,これら
の者はコンビニエンスストアチェーンから被告P2個人を紹介されて,被
告P2が就労する原告らと契約を締結したと述べており,他にも元来被告
P2の知己である者が担当顧客に含まれていることも認められる。少なく
ともこれらの者については,被告P2による勧誘の有無にかかわらず,被
告P2の退職に伴って原告らとの契約を解除し,被告P2と新たに契約を
締結することは何ら不自然とはいえない。
エ被告P2及び被告P4が担当顧客らに積極的な働きかけをしたことを裏
付けるその他の事情の有無
上記事情として原告らが主張する前記第3の1【原告らの主張】(2)の
各事情について検討しても,以下の理由から,いずれの点についても原告
らの主張を採用することはできない。
(ア)原告らは,被告P2及び被告P4以外の従業員らが退職した際と比較
して,担当顧客らからの契約解除率が異常に高い旨主張する。
しかしながら,被告P2及び被告P4以外の従業員らが顧客らを担当
した期間等については明らかではなく,被告P2及び被告P4と担当顧
客らと同様の信頼関係があったかなどについても不明であり,そもそも
単純に比較することができない。また,被告P2及び被告P4以外の従
業員の担当顧客らが原告らとの契約を解除した数についても退職前後3
か月間に限る理由もない。原告らは,被告らからこの点について繰り返
し指摘されたにもかかわらず,より長期間において,どの程度の数の顧
客が契約を解除したかについて明らかにしていない。
(イ)原告らは,記帳代行業務及び申告業務においては,担当者個人ではな
く会計事務所又は税理士事務所に対する信頼を基礎とするから,被告P
2及び被告P4から担当顧客らに対する積極的な働きかけがなければ,
原告らが契約を解除されることはなかった旨主張する。
しかしながら,記帳代行業務及び申告業務においては,顧客らは,秘
密に係わる事柄等についても担当者に開示する必要があることなどから
すれば,一般的に,顧客と担当者との間において相応の人的信頼関係が
必要とされる業務であることは明らかである。しかも,本件では,原告
P1本人も,実際の記帳代行業務及び申告業務について,自らは直接関
わっておらず,従業員らが行っていたことを認めている上,P8の証言,
被告P2及び被告P4本人尋問の結果,担当顧客ら作成の前記各陳述書
(乙1の1ないし24及び乙2の1ないし17)及び弁論の全趣旨によ
れば,原告P1は,顧客らと1回ないし数回の面談をしたのみであった
ことが認められる。そして,上記担当顧客らの陳述書では,このような
面識すら十分なかった原告P1との間に信頼関係はなく,被告P2及び
被告P4個人との間に信頼関係があったため,被告P2及び被告P4か
らの積極的な勧誘はなかったものの,原告らとの契約を解除し,新たに
被告P2及び被告P4と契約をすることにした旨述べられている。
これらによると,担当顧客らとの間の人的信頼関係の内容を前提とし
て,被告P2及び被告P4による積極的な働きかけを推認することはで
きないというべきである。
(ウ)被告P2及び被告P4も,担当顧客らのために,原告らに対する契約
解除通知を作成し又は文案を提示するなどしたことは認めているところ,
原告らは,これが被告P2及び被告P4から顧客らに積極的に働きかけ
たことを推認させる事情である旨主張している。
しかしながら,積極的に働きかけた事実の有無にかかわらず,原告ら
との契約を解除する担当顧客らのために,被告P2及び被告P4が契約
解除通知を作成等することは十分にありうることであり,これが被告P
2及び被告P4からの担当顧客らに対する積極的な働きかけを推認させ
る事情であるとはいえない。
また,原告らは,被告P2及び被告P4が,担当顧客らに対し,契約
解除に当たり,他の税理士と契約する旨虚偽の理由を申告させるなどし
て隠蔽工作をしたとも主張する。しかしながら,仮にこれが隠蔽工作で
あったとすると,少なくとも相当多数の顧客らが同様の行為をしたはず
であるところ,被告P2及び被告P4と関係のない税理士と契約する旨
事実に反する理由を説明した顧客らは少数にとどまっており,意図的な
隠蔽工作によるものとは考えにくい。
(エ)原告らは,被告P2及び被告P4が,担当顧客らにおいて原告らとの
契約を解除することを知りながら,そのことを原告らに報告せず原告ら
の別の従業員らに引継ぎをしたことについて非難し,このことについて
も被告P2及び被告P4が担当顧客らに積極的に勧誘したことを推認さ
せる事情であると主張する。しかしながら,被告P2及び被告P4とし
ては,退職するまでは,担当顧客らと契約を締結することはできず,そ
れまでは,当該顧客が,被告P2及び被告P4との契約締結を希望して
いたとしても,その後のことは不確定であるため,一旦,後任の担当者
に形式的に引継ぎをすることもあり得ることであり,少なくとも担当顧
客らに対する積極的な勧誘を推認させる事情とはいえない。
そもそも,従業員が退職するに当たり,担当顧客らから新たに契約を
するように申出を受けた場合に,それを拒絶したり,翻意を促したりし
なければならない法的義務があるとまではいうことができないし,その
ような申出を受けたことについて勤務先に開示する義務を当然に負うと
いうこともできない。また,担当顧客ら作成の前記各陳述書(乙1の1
ないし24及び乙2の1ないし17)によれば,担当顧客らは,原告ら
との契約を解除する意思を被告P2及び被告P4に伝えた後に,仮に原
告らから翻意するように働きかけられたとしても,原告らとの契約を継
続することはありえないと述べており,このことからすれば,被告P2
及び被告P4が担当顧客らにおいて原告らとの契約を解除することにつ
いて原告らに報告しなかったことについて,仮に何らかの義務違反が成
立するとしても,少なくとも原告らが主張する損害との間に因果関係が
あるということはできない。
オ以上によれば,被告P2及び被告P4が担当顧客らに積極的に働きかけ
て,原告らとの契約を解除させ,新たに契約を締結させたとする原告らの
主張は,前提を欠いており,採用することができない。
なお念のため検討すると,本件では,被告P2及び被告P4が担当顧客
らとの人的関係等を利用することを超えて,原告らの信用をおとしめるな
どの不当な方法で営業活動を行ったことは認められない。また,後記2,
3のとおり,被告P2及び被告P4が不正の利益を得る目的で原告らの営
業秘密を使用したとまでは認めることができないし,他に不正な手段を講
じたと評価し得る事情も窺われない。むしろ,本件は,担当者と顧客らと
の間の個人的信頼関係に依存する業務の性格から,担当顧客らが全く信頼
関係のない原告らとの契約を維持することよりも個人的信頼関係の成立し
ている被告P2及び被告P4が引き続き担当することを選択したと評価す
ることが十分に可能な事案である。そうすると,被告P2及び被告P4の
行為について,原告らに対する違法な競業行為であるとまでいうことは困
難であるというほかない。
以上の事情を総合考慮すると,被告P2及び被告P4の行為が,社会通
念上自由競争の範囲を逸脱した違法なものであるということもできない。
よって,担当顧客との契約について,被告P2及び被告P4に,債務不
履行ないし不法行為の成立を認めることはできない。
2争点2(被告P2及び被告P4は,本件就業規則等に違反し,原告らの顧客
情報等〔本件情報〕を使用したか)について
(1)本件情報を使用しない義務
前提事実(3),(4)イのとおり,本件就業規則1の36条2項,本件各誓
約書によると,被告P2及び被告P4は,本件情報の持ち出し,第三者への
開示・漏洩,自ら使用することをしない旨合意したと認めることができる。
また,被告P4は,前提事実(4)ウのとおり,本件確認書においても,上
記と同様の合意をした。
(2)本件情報の使用の有無
本件就業規則1の10条,36条2項,本件各誓約書,本件確認書の各文
言(前提事実(3),(4)イ,ウ)からすると,本件情報のうち,開示,漏洩,
使用が禁止されている情報は,不正競争防止法上の営業秘密に相当するもの
と解することができる。
前記1のとおり,被告P2及び被告P4が,担当顧客に対し,契約締結を
積極的に働きかけた事実を認めることはできず,したがって,その際,本件
情報を使用したと認めることもできない。
担当顧客のところへ退職の挨拶に赴いたからといって,その限度では,原
告らの業務の一環として赴いたという側面を否定することはできず,本件情
報のうち,担当顧客の社名,氏名,住所,連絡先に関する情報を自己のため
に使用したということはできない。また,仮に,これを自己のために使用し
たということができたとしても,これらの情報をもって,第三者が知り得な
い情報であるとか,原告らの有する秘密情報であると認めることはできず,
これらの情報をもって,使用を禁止された情報と認めることもできない。
本件情報のうち,その他の情報については,被告P2及び被告P4がこれ
を使用した事実を認めるに足りる証拠はない(後記3(2)参照)。
(3)よって,本件情報の使用に関して,被告P2及び被告P4に,債務不履行
ないし不法行為の成立を認めることはできない。
3争点3(被告P2及び被告P4は,不正の利益を得る目的で,原告らから示
された営業秘密を使用したか)について
本件情報が営業秘密に当たるかは別論にして,以下のとおり,少なくとも,
被告P2及び被告P4が,不正の利益を得る目的で,原告らから示された営業
秘密を使用したとは認めることができない。
(1)前記1のとおり,本件では,被告P2及び被告P4が担当顧客らに積極的
に働きかけて,原告らとの契約を解除させ,新たに契約を締結させたとは認
めることができない。そうすると,被告P2及び被告P4が担当顧客らを勧
誘したという前提が認められない以上,不正の利益を得る目的で,担当顧客
らの社名又は氏名,住所及び連絡先に関する情報を用いたとする原告らの主
張は採用できない。
(2)本件情報のうち担当顧客らの決算内容及び経営状態に関する情報並びに原
告らと顧客らとの間の契約内容に関する情報についても,被告P2及び被告
P4が使用したことを認めるに足りる証拠はない。
原告らは,被告P2及び被告P4が担当顧客らの決算内容及び経営状態に
関する情報を使用して,優良な顧客を選別した旨主張するところ,これを裏
付けるに足りる証拠はない。また,原告らは,被告P2及び被告P4が担当
顧客らと原告らとの契約内容(料金)に関する情報を使用して,原告らより
低廉又は同一の価格を担当顧客らに提示して勧誘したとも主張するが,これ
を認めるに足りる的確な証拠もない。かえって,P8は,被告P2と新たに
契約を締結するに当たり料金の提示を受けたことはないと明確に証言してい
る。そもそも原告らの上記主張は,被告P2及び被告P4から担当顧客らに
対する積極的な勧誘があったことを前提とするものであるが,これに理由が
ないことも前述のとおりである。原告らは,担当顧客らと新たに契約を締結
した後の業務において,担当顧客らの決算内容に関する情報を使用する必要
があったとも主張するが,これは担当顧客らから入手することが可能であり,
必ずしも原告らから示された情報を使用しなければならないものでもない。
(3)よって,本件情報の使用に関して,被告P2及び被告P4に不正競争防止
法違反の事実を認めることはできない。
4結論
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,本件各請求にはい
ずれも理由がない。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田陽三
裁判官西田昌吾
裁判官達野ゆきは,差し支えのため署名押印することができない。
裁判長裁判官山田陽三

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