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平成28年11月7日判決言渡
平成28年(行ケ)第10094号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成28年9月5日
判決
原告小笠原製粉株式会社
訴訟代理人弁理士神谷十三和
被告キリン株式会社
訴訟代理人弁理士飯島紳行
藤森裕司
伊藤大地
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1原告の求めた裁判
特許庁が取消2014-300550号事件について平成28年3月17日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,商標法50条1項に基づく商標登録取消審判請求を不成立とした審決の
取消訴訟である。
1本件商標及び特許庁における手続の経緯等
被告は,下記の「麒麟」の文字を横書きしてなり,平成12年8月1日に出願さ
れ,平成13年6月29日に設定登録された登録第4498171号商標の分割に
係るものであって,第29類「加工野菜及び加工果実,冷凍果実,冷凍野菜,乳製
品,食用油脂,油揚げ,凍り豆腐,こんにゃく,豆乳,豆腐,納豆,食用たんぱく」,
第30類「コーヒー及びココア,茶,みそ,ウースターソース,ケチャップソース,
しょうゆ,食酢,酢の素,そばつゆ,ドレッシング,ホワイトソース,マヨネーズ
ソース,焼肉のたれ,角砂糖,果糖,氷砂糖,砂糖,麦芽糖,はちみつ,ぶどう糖,
粉末あめ,水あめ,ごま塩,食塩,すりごま,セロリーソルト,化学調味料,香辛
料,食品香料(精油のものを除く。),食用グルテン,穀物の加工品,菓子及びパン,
アイスクリームのもと,シャーベットのもと,アーモンドペースト,氷,アイスク
リーム用凝固剤,家庭用食肉軟化剤,ホイップクリーム用安定剤」及び第32類「清
涼飲料,果実飲料,飲料用野菜ジュース,乳清飲料,ビール製造用ホップエキス」
を指定商品として,平成26年2月20日を受付日とする分割の登録がされた登録
商標(登録第4486902号の2商標。本件商標)の商標権者である(甲1,8,
67,68)。
原告は,平成26年7月24日,商標法50条1項に基づき,本件商標の指定商
品中第30類「穀物の加工品」について,商標登録の取消しを求める審判の請求を
し,同年8月13日,審判請求の登録がされた(甲68)。
特許庁は,上記請求を取消2014-300550号事件として審理をした上,
平成28年3月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その
謄本は,同月25日に原告に送達された。
2審決の理由の要点
(1)キリン協和フーズ株式会社(キリン協和フーズ)は,平成23年9月現在
の商品パンフレットに,第30類「穀物の加工品」に含まれる商品「きのこがゆ」
及びその販売に関する情報を掲載したものであり(甲15),該商品パンフレット
に掲載された商品「きのこがゆ」の包装袋には,「KIRIN」の欧文字が表示さ
れている(甲17)。
そして,該商品「きのこがゆ」は,「2013キリン商品カタログ」にも掲載
された(甲14,40)。
また,キリン協和フーズは,要証期間内である平成25年10月17日に,「取
引先(請求先)コード」を「50115902」とする株式会社に,該商品「きの
こがゆ」を売り上げたものと認められ,その「請求書」には,「KIRIN」の欧
文字が表示されている(甲20)。
(2)本件商標は,「麒麟」の漢字を書してなるものであり,商品「きのこがゆ」
の包装袋に表示された「KIRIN」の欧文字は,「麒麟」の漢字からなる本件商
標の読みをローマ字で表示したものであって,同一の「キリン」の称呼及び「(雄
を「麒」,雌を「麟」という)中国で聖人の出る前に現れると称する想像上の動物。
〔動〕ウシ目キリン科の哺乳類。」の観念を生じるものであるから,「KIRIN」
の欧文字は,本件商標と社会通念上同一のものと認められる。
(3)本件商標権者(被告)は,キリンホールディングス株式会社(キリンホー
ルディングス)との間で,商標の使用許諾について契約(原使用許諾契約)を締結
したものであり,当該契約の契約書(甲43。原使用許諾契約書)の第1条におい
て,使用の許諾は通常使用権とすること,第三者に再使用許諾することを希望する
場合は事前にKCの承認を得なければならないが,原使用許諾契約書別紙に記載の
再使用許諾先(キリン協和フーズ)についてはこの限りでないこと,第2条におい
て,毎年12月1日時点において,本商標及び本再使用許諾先をKHと確認の上そ
の対価を算出すること,そして,第9条において,その契約の有効期間は,201
3年(平成25年)1月1日から同年12月31日までであるが,自動的に延長さ
れること等を内容とするものであり,原使用許諾契約書別紙の「本再使用許諾先」
には「キリン協和フーズ株式会社及びその再使用許諾先」が記載され,同別紙の「本
再使用許諾先に使用させることができる本商標」には「KIRIN」商標が含まれ
ている。
そして,本件商標権者(被告)から商標の使用許諾を受けたキリンホールディン
グスは,再使用許諾先であるキリン協和フーズとの間で,商標の使用許諾について
契約(再使用許諾契約)を締結したものであり,当該契約の契約書(甲44。再使
用許諾契約書)は,「麒麟」及び「KIRIN」を含む商標について,第1条にお
いて,使用許諾は通常使用権とすること,第12条において,本商標の使用許諾期
間は2013年(平成25年)12月31日までとすること及び本契約の有効期間
は同年7月1日から同年12月31日までとすることを内容とするものである。
そうとすれば,キリン協和フーズは,上記(1)のとおり,「きのこがゆ」を売り上
げた平成25年10月17日において,商標「KIRIN」について,本件商標権
者から再使用許諾を目的として商標使用許諾されたキリンホールディングスから,
その使用を再許諾されたものであるから,本件商標の通常使用権者と認められるも
のであり,これについて本件商標権者(被告)とキリン協和フーズの間に争いはない。
(4)上記のとおり,要証期間に含まれる平成25年10月17日に,日本国内
において,本件商標の通常使用権者が,本件商標と社会通念上同一と認められる商
標を包装袋に表示した商品「きのこがゆ」を販売したものと認められる。
そして,本件通常使用権者による上記行為は,商標法2条3項2号にいう「商品
の包装に標章を付したものを譲渡する行為」に該当するものである。
(5)以上のとおり,被請求人(被告)は,審判の請求の登録前3年以内に日本
国内において,本件商標の通常使用権者が,その取消請求に係る指定商品に含まれ
る「きのこがゆ」に,本件商標と社会通念上同一と認められる商標を使用していた
ことを証明したものと認められる。
したがって,本件商標の登録は,その指定商品中,取消請求に係る指定商品につ
いて,商標法50条の規定により,取り消すことができない。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(使用商標の認定の誤り及び同商標を本件商標と社会通念上同一
と認定判断したことの誤り)
(1)使用商標
ア被告及びキリン協和フーズを含む,キリンホールディングス傘下のグル
ープ会社(甲4,5。キリングループ)は,欧文字で表記された「KIRIN」と,
上下にオレンジ色の帯を付した赤色の横長の矩形の中央部に白抜きで「Plus-
i」の欧文字を配置した図案(「Plus-i」図案)を配した別紙記載の標章(キ
リンプラス-アイ標章)を結合商標として使用している。キリンプラス-アイ標章
は,全体を一体として把握できるものであって,「キリンプラスアイ」の称呼及び「キ
リンの健康プロジェクト」の観念を生じさせるものである。
キリン協和フーズが「かゆ」の包装に使用したと主張する「KIRIN」標章(「本
件使用商標」ともいう。)は,キリンプラス-アイ標章(「原告主張使用商標」とも
いう。)の一部であり,他の部分から独立した標章として「KIRIN」の欧文字が
使用されているわけではない。
イ被告は,自社のホームページ(甲3)で,キリンプラス-アイ標章を,
全体を一体のものとしたキリンの健康プロジェクト「キリンプラス-アイ」として
公表している。そして,甲3の記載から,キリンプラス-アイ標章は,被告グルー
プの健康志向の商品群に対して,それぞれの商品ブランドと併用し,それらの商品
が健康志向の商品であることをアピールする目的で使用するために,2次的ブラン
ドとして作成されたものと推認できる。
しかるに,審判では,被告は,「かゆ」の包装に使用されたキリンプラス-アイ標
章の欧文字表記された「KIRIN」の部分だけに着目させて,「KIRIN」の表
示が使用されている,と主張し,当該「KIRIN」の表示が本件商標の使用であ
ると主張した。また,被告は,本件訴訟において,被告がホームページで公表した
事実は,「プラスアイ」というプロジェクト名を公表した事実を表す以上のものでは
ない,と主張する。
上記の被告の主張は,被告がホームページで公表した事実に反しており,禁反言
の法理に反するものである。
ウ(ア)被告は,商品「きのこがゆ」の包装袋には,「KIRIN」の欧文字
からなる商標と「Plus-i」図案が併用されているのであって,「KIRIN」
の欧文字と「Plus-i」図案を構成要素とする結合商標が使用されているので
はない,と主張する。
しかし,「かゆ」の写真(甲17)には,原告主張使用商標のすぐ右側に「キリン
の健康プロジェクト「キリンプラス-アイ」は,」と記載されており,「かゆ」に
表示された原告主張使用商標は,「キリンプラスアイ」と一連で称呼させる結合商標
であることを示している。そして,キリンプラス-アイ標章は,キリンの健康プロ
ジェクトで展開しているグループ横断ブランドであって,キリングループの健康志
向の商品群向けに2次的ブランドとして作成され,キリン協和フーズの「かゆ」を
はじめとしたキリングループ各社の商品に,商品ブランドとして併用されている。
よって,「かゆ」の包装袋に表示された使用商標は,キリンプラス-アイ標章であ
って,「かゆ」が健康志向の商品であることをアピールするために,2次的ブランド
として使用されているものである。
(イ)また,被告は,「KIRIN」の欧文字部分が識別力を有することを
理由に,「KIRIN」の欧文字と「Plus-i」図案とは分離して観察され,「K
IRIN」が独立して着目されて,「きのこがゆ」商品の出所を表示する商標として
使用されていると認識される,と主張する。
しかし,使用商標が登録商標に何らかの文字や図形を付加した結合商標である場
合,社会通念上同一の該当性判断においては,付加された構成要素について,その
識別力を検討する必要がある。そして,原告主張使用商標の「Plus-i」図案
と同様の構成の図案が商標登録を受けているから,「Plus-i」図案の部分は,
自他識別力を有する。また,原告主張使用商標は2次的ブランドとして使用されて
いるから,取引者及び需要者は,「KIRIN」の欧文字と「Plus-i」図案を
一連一体のものとして認識する。よって,「KIRIN」の欧文字と識別力のある「P
lus-i」図案を結合したキリンプラス-アイ標章が,使用商標である。
(2)本件商標と原告主張使用商標との対比
ア本件商標は,「麒麟」の漢字のみからなる商標であって,「キリン」の称
呼及び,想像上の動物である「麒麟」の観念を生ずる。
これに対して,「きのこがゆ」の包装袋に表示された原告主張使用商標は,「KI
RIN」の欧文字の右側に「Plus-i」図案が配置された結合商標であって,
「かゆ」の包装袋に表示されているとおり,「キリンプラスアイ」の称呼を生じる。
そして,「Plus-i」図案の部分は,被告の会社名でもなく,取消請求に係る商
品の普通名称や慣用商標,産地,品質等には該当せず,識別力があり,外形がプラ
ス(+)文字の形をしているので,何かをプラスするという観念を生じ,原告主張
使用商標全体からは,「キリンの健康プロジェクト」の観念を生じる。
よって,原告主張使用商標からは,本件商標とは異なる称呼及び観念が生じるこ
とは明らかである。したがって,原告主張使用商標は,本件商標と社会通念上同一
と認められる商標には該当しない。
また,「キリングループVIマニュアル」(甲18。VIマニュアル)において,
キリングループは,「KIRIN/キリン/麒麟」の使用区分を定めており,キリン
グループブランドシンボル「KIRIN」を変形することは禁止しているから,本
件商標「麒麟」を使用するときに,「KIRIN」に外観を変更して使用することは
なく,「KIRIN」に何らかの変形を加えて使用することもない。
よって,原告主張使用商標は,本件商標を社会通念上同一と認められる範囲で変
形したものに該当せず,本件商標とは別異のキリンプラス-アイ標章として作成さ
れたものである。
イ結合商標が登録商標と社会通念上同一と認められる商標に該当するか否
かの判断においては,文言上は「同一」であるから,結合商標から抽出した1つの
構成要素が登録商標と同一又は社会通念上同一と認められるものであったとしても,
それだけでは社会通念上同一と認めるには不十分であり,他の構成要素の識別力や
他の構成要素との一体性等を検討した上で,結合商標が全体として登録商標と社会
通念上同一と認められる商標に該当するか否かを判断しなければならない。
しかるに,審決は,原告主張使用商標から1つの構成要素である「KIRIN」
の欧文字(本件使用商標)を抽出し,これを本件商標と対比し,漢字の「麒麟」か
ら生じる観念(中国で聖人の出る前に現れると称する想像上の動物「麒麟」の観念
のみ)と「KIRIN」から生じる観念(想像上の動物の「麒麟」とウシ目キリン
科のほ乳類の「キリン」の両方の観念)の違いを見落とした。そして,原告主張使
用商標の他の構成要素である「Plus-i」図案については何らの検討を加える
ことなく,本件使用商標を本件商標と社会通念上同一であると認められると断じて
おり,社会通念上同一の認定判断の手法に誤りがある。
2取消事由2(キリン協和フーズを本件商標の通常使用権者とした認定判断の
誤り)
(1)審決は,原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書の記載のうち,被告の主
張に整合する部分のみに着目して,キリン協和フーズが本件商標の通常使用権者で
あったと認定した。しかし,審決が判断の根拠とした書証はその信憑性を欠くもの
であり,審決は,判断を誤った。
(2)VIマニュアルについて
被告は,審判事件答弁書において,キリン協和フーズが本件商標の通常使用権者
であることの根拠として,被告及びキリン協和フーズ等が掲載されたキリングルー
プ内のマニュアルであるVIマニュアルを提出した。
VIマニュアルには,「2010年12月1日改訂」,発行部署は「グループブラ
ンド室」,問合せ先は「キリン株式会社ブランド戦略部企画担当」と記載されている。
しかし,平成22年12月1日時点では,キリン株式会社は設立されていない。
この点につき,被告は,改訂時に改訂日の修正を忘れたと主張するが,信用できな
い。また,VIマニュアルがキリン株式会社が発足した際に改訂した2013年1
月1日改訂版であるなら,「この「聖獣マーク」はキリンビールが管理しており」「キ
リングループオフィス株式会社」の記載があることと整合しない。
よって,VIマニュアルは,問合せ先の記載部分が改ざんされたものである。し
たがって,被告が提出する他の証拠の信憑性も大きく減殺されたといえる。
(3)原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書の提出経緯に関する疑念
本件商標の使用許諾について最もよく知っているはずの被告は,審判事件答弁書
(甲57)では,キリン協和フーズが被告のグループ会社であると主張し,これを
根拠としてキリン協和フーズが本件商標の通常使用権者であると主張した。そして,
原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書は,審理事項通知書(甲59)によりグル
ープ会社であることを根拠としたキリン協和フーズの通常使用権を否定する見解が
示された後に,提出されたものである。
よって,原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書には,その信憑性に疑問がある。
(4)原使用許諾契約書について
原使用許諾契約書の作成日は契約期間の末日に近く,自動更新に対する別段の意
思表示の期限よりも後である平成25年12月20日となっており,不自然である。
また,第1条第5項には,使用許諾に伴う権利・義務の記載に関し,「自らがKC
に対して負うべき義務」とすべきところを「自らがKHに対して負うべき義務」と
しており,重大な誤記があるから,真正な契約書ではないとの疑念を抱かせる。
さらに,当事者名を明らかにすることによる不都合はないにもかかわらず,当事
者名の欄が塗りつぶされており,被告は,審判の口頭審理では,原使用許諾契約書
の押印原本も,塗りつぶしを全て解除した写しも提出しておらず,原使用許諾契約
書の信憑性には疑問がある。
(5)再使用許諾契約書について
ア契印は,契約当事者の双方が押印するのが一般的であるが,再使用許諾
契約書の契印は各ページで1つずつであり,その印影も半分しかなく,被告は,審
判の口頭審理では,再使用許諾契約書の押印原本を提出していないので,その信憑
性には疑問がある。
イ再使用許諾契約書の使用許諾契約が,原使用許諾契約に基づくものであ
れば,原使用許諾契約が先に締結されるはずだが,契約日は再使用許諾契約書が原
使用許諾契約書に先行している。原使用許諾契約書による商標の使用許諾契約の有
効期間が平成25年1月1日から同年12月31日までであるのに対し,再使用許
諾契約書による商標の使用許諾契約の有効期間は同年7月1日から同年12月31
日までの半年間に限定されており,不自然である。
被告は,平成25年12月1日時点における許諾対象商標,再使用許諾先及び対
価の確認,確定手続を当事者間で行い,その手続が完了した段階で契約書を締結し
ているため,原使用許諾契約書第9条で,有効期間を同年1月1日から同年12月
31日と遡らせた上で,締結日は実際に両契約当事者の捺印が完了した日(同年1
2月20日)としたのであって,原使用許諾契約書締結前にキリンホールディング
スが再使用許諾を行う必要が出てきた場合,被告は,個別の同意に基づき再使用許
諾をキリンホールディングンスに認めることについては,契約当事者間で合意して
いた,と主張する。
しかし,キリン協和フーズは,通年で原告主張使用商標等の商標を使用していた
から,やはり,原使用許諾契約書と再使用許諾契約書で契約の有効期間が異なるの
は不可解である。
ウ原使用許諾契約書で被告がキリンホールディングスに対してキリン協和
フーズに再使用許諾を認めた商標は,「KIRIN」,「KirinKyowaF
oods」及び「麒麟協和食品」であるが,再使用許諾契約書でキリンホールディ
ングスがキリン協和フーズに使用許諾した商標は,「キリンのコーポレートブランド
商標(「麒麟」,「キリン」,「KIRIN」及び「きりん」)及びこれらの商標を態様
の一部に含む商標並びにこれらと類似する商標」であって,一致せず,不自然であ
る。
被告は,被告及びキリンホールディングスは,原使用許諾契約書の作成に先だっ
て,同契約書別紙の「本再使用許諾先に使用させることができる本商標」の「KI
RIN」に,社会通念上同一の範囲と考えられる,「麒麟」,「キリン」,「きりん」も
包括されることを合意していた,と主張する。
しかし,そのような合意は原使用許諾契約書に記載されておらず,VIマニュア
ルの「KIRIN/キリン/麒麟」の使用区分についての記載と整合しない。また,
VIマニュアルに「キリングループブランドシンボルは重要な資産であり,決して
変形や改ざんするなどの不正な使用をしないように注意して下さい。」と記載されて
いるから,「KIRIN」を変形したものに該当する,「KIRIN」等を態様の一
部に含む商標,「KIRIN」等と類似する商標について,使用許諾をするはずがな
い。
3取消事由3(本件商標の使用許諾の認定における理由不備)
(1)審決は,キリン協和フーズが本件商標の通常使用権者であると認定したが,
キリン協和フーズが,商標「KIRIN」について使用許諾されると,なぜ外観の
異なる本件商標「麒麟」の通常使用権者となるのか,その理由を明らかにしていな
い。
したがって,審決は,結論を導く理由を記載していないから,商標法56条で準
用する特許法157条2項4号に反する違法がある。
(2)被告は,「登録商標」についての商標法50条1項括弧書きの規定が,商
標法31条の通常使用権の規定の「登録商標」にも適用されると主張する。
しかし,商標法31条2項の「通常使用権者は,設定行為で定めた範囲内におい
て,指定商品又は指定役務についての登録商標の使用をする権利を有する。」の「登
録商標」には,社会通念上同一の商標は含まれない。
第4被告の反論
1取消事由1について
(1)原告は,使用商標を「「KIRIN」の欧文字の右側に「Plus-i」
図案が配置された結合商標」と捉えて,原告主張使用商標から「キリンプラスアイ」
の称呼及び「キリンの健康プロジェクト」の観念を生じさせる旨主張する。
しかし,「KIRIN」の欧文字からなる本件使用商標と「Plus-i」図案と
は,別個独立した商標であり,それが単に商品「きのこがゆ」の包装などで併用さ
れているにすぎないものである。
本件使用商標の使用態様を見ても,「KIRIN」の欧文字は,「Plus-i」
図案と視覚上,分離して観察されるものであって,「KIRIN」の欧文字が被告を
含むキリングループの業務に係る商品を表示する商標として著名であることも考慮
すると,商品「きのこがゆ」の取引者,需要者に独立して着目され,商品の出所を
表示する商標として使用されているものと認識される。
それゆえ,使用商標は,「KIRIN」の欧文字からなる商標であって,原告主張
使用商標の「「KIRIN」の欧文字の右側に「Plus-i」図案が配置された結
合商標」ではない。ましてや,本件使用商標から,「キリンの健康プロジェクト」と
いう観念が生ずることはあり得ない。
(2)また,原告は,原告主張使用商標が「2次的ブランド」の一部として使
用されるものであるため,「KIRIN」の欧文字と「Plus-i」図案とを全体
を一体として把握する商標である旨主張する。
しかし,原告の推測に基づく主張である上,その主張内容には論理の飛躍があり,
この主張が「社会通念上同一」の解釈にどのように具体的に関連するものであるか
全く理解できない。
(3)原告は,被告のホームページ(甲3)で公表した事実を指摘した上で,「被
告の主張は,被告がホームページで公表した事実に反しており,禁反言の法理に反
する」と主張する。
しかし,被告がホームページで公表した事実は,「プラスアイ」というプロジェ
クト名を公表した事実を表す以上のものではなく,本件商標と本件使用商標の社会
通念上同一の判断に何らの影響を及ぼすものではない。ましてや,ホームページで
公表した事実は,被告の主張と矛盾するところはなく,禁反言の法理に反するもの
ではない。
(4)本件商標は,「麒麟」の漢字からなるのに対し,本件使用商標は,「KI
RIN」の欧文字からなる。両商標は外観が異なるが,「KIRIN」の欧文字は,
「麒麟」の漢字の読みをローマ字で表示したものであって,両商標は,同一の「キ
リン」の称呼及び「(雄を「麒」,雌を「麟」という)中国で聖人の出る前に現れ
ると称する想像上の動物。〔動〕ウシ目キリン科のほ乳類。」の観念を生じるもの
である。
よって,本件商標と本件使用商標とは,同一の称呼及び観念を生じ,社会通念上
同一のものといえる。
2取消事由2について
(1)被告は,キリンホールディングスとの間で,キリン協和フーズを再使用
許諾先として,商標の使用許諾について原使用許諾契約を締結した。被告から商標
の使用許諾を受けたキリンホールディングスは,再使用許諾先であるキリン協和フ
ーズとの間で,「KIRIN」を含む商標の使用許諾について再使用許諾契約を締結
した。
そして,キリン協和フーズは,「きのこがゆ」を売り上げた平成25年10月17
日において(甲20),商標「KIRIN」について,被告から再使用許諾を目的と
して商標使用許諾されていたキリンホールディングスから,その使用を再許諾され
たものである。
したがって,キリン協和フーズは,本件商標の通常使用権者と認められ,この事
実関係について,被告とキリン協和フーズの間に争いもない。
(2)原告は,原使用許諾契約書の信憑性に疑念を持っており,再使用許諾契
約書が取消しを免れるために偽造されたと主張する。
しかし,原使用許諾契約書は,被告とキリンホールディングスとの間で真正に成
立したものであり,再使用許諾契約書も,キリンホールディングスとキリン協和フ
ーズとの間で真正に成立したものであり,そこに何らの改ざんも,偽造もない。書
面の体裁に,原告が主張するような,格別不自然な点もない。
(3)原告は,被告が審判事件答弁書(甲57)において,①キリンはキリンホ
ールディングスの子会社としてキリンホールディングスを頂点とするキリングルー
プ内の「KIRIN」の表示の使用について管理する立場であること(甲18),②
キリン協和フーズはキリンホールディングスの子会社であること(甲19),③通常
使用権は商標権者が他人にその商標権について使用の許諾をすることにより発生す
るものであり,商標登録原簿に登録されることが効力を生ずる要件となっておらず,
グループ会社の通常使用権については,その関係性ゆえに通常使用権の許諾関係が
容易に否定できないものであることを理由に,キリン協和フーズが被告のグループ
会社であるから,キリン協和フーズが本件商標の通常使用権者である旨主張したこ
とにつき,「虚偽であることを認識した上での主張であったと非難されるべきもので
あり,禁反言の法理及び信義則にも反するものである」と主張する。
しかし,キリン協和フーズは,平成25年6月30日まではキリンホールディン
グスの子会社であるから,グループ会社の通常使用権については,その関係性ゆえ
に通常使用権の許諾関係が容易に否定できないという被告の主張は,何ら誤ったも
のではない。
また,同年7月1日以降は,キリン協和フーズが三菱商事グループの一員になっ
たとしても,平成26年1月1日の社名変更まで,「キリン」や「KIRIN」を使
用するため,本件商標につき通常使用権の許諾関係は継続していると解釈すること
はごく自然であり,被告,キリンホールディングス,キリン協和フーズの間でもそ
の合意がなされているから,被告の前記主張には誤りはない。
さらに,被告,キリンホールディングス,キリン協和フーズの間では,商標使用
許諾の範囲や当事者間の対価の算出や支払方法などを,より明確にするために,原
使用許諾契約書及び再使用許諾契約書を作成しているのである。
したがって,被告の,審判事件答弁書(甲57)における,グループ会社である
ことを根拠とした通常使用権の主張は,虚偽であることを認識した上での主張でも,
禁反言の法理及び信義則にも反するものでもない。
(4)原告は,VIマニュアルの「2010年12月1日改訂」との記載部分を
指摘し,被告提出の同証拠が改ざんされたものであると主張する。
しかし,VIマニュアルは,2013年(平成25年)1月1日のデータ改訂時
に,「2013年1月1日改訂」と修正すべき部分が,「2010年12月1日改訂」
として残ってしまったものである。また,VIマニュアルに若干の修正漏れがあっ
たとしても,それは,単に修正漏れがあったにすぎない。
3取消事由3について
キリンホールディングスがキリン協和フーズに対して,再使用許諾契約書におい
て,「麒麟」を使用許諾できたのは,原使用許諾契約書においてキリンホールディン
グスが被告から使用許諾された商標「KIRIN」と,「麒麟」とが実質的に同一だ
からであり,この旨,被告は審判においても主張していた。審決は,当該被告の主
張に基づいて,キリン協和フーズが本件商標「麒麟」の通常使用権者であると認定
した。よって,審決に理由不備があるということはできない。
第5当裁判所の判断
1認定事実
以下に掲記する証拠及び弁論の全趣旨から,次の事実を認定することができる。
(1)本件商標の分割前の原商標である登録第4498171号商標は,平成1
3年6月29日,商標権者を麒麟麦酒株式会社(後のキリンホールディングス)と
して,設定登録された(甲1,67,68)。
(2)麒麟麦酒株式会社は,平成14年3月15日に,「KIRIN」商標につ
き,指定商品に「第30類穀物の加工品」を含めて,防護標章登録をし,被告も,
平成26年2月28日に,同じく防護標章登録をした(乙1,2)。
(3)キリンホールディングスは,平成22年4月16日,「Plus-i」図
案とほぼ同一の商標(ただし,色は白黒。)につき,指定商品に「第30類穀物の
加工品」を含めて,商標登録を受けた(乙3)。
(4)キリン協和フーズは,平成23年9月現在の商品パンフレットに,「きの
こがゆ」を掲載した(甲15)。
(5)VIマニュアルは,キリングループのグループ内における商標の使用ルー
ル等を定めた一般的指針である。平成25年1月1日に改訂されたVIマニュアル
には,キリン協和フーズが,「ブランドバリュー牽引グループ」の1つであってVI
マニュアルの適用対象であることが記載されるとともに,「キリングループブランド
シンボルは重要な資産であり,決して変形や改ざんをするなどの不正な使用をしな
いように注意して下さい。」,「グループ外第三者の「KIRIN」「キリン」「麒麟」
等の貸与・贈与は禁止しております。商品やサービスへの使用については,すべて
キリン株式会社ブランド戦略部企画担当が管理しておりますので,必要な場合はお
問い合わせください。」と記載され,「KIRIN/キリン/麒麟」の使用区分,問
合せ先は,「キリン株式会社ブランド戦略部企画担当」であり,想像上の生き物であ
る麒麟をかたどったいわゆる「聖獣マーク」はキリンビールが管理していることな
どが記載されている。(甲18,47~55)。
(6)本件商標は,平成25年2月14日,キリンホールディングスから被告へ
移転された。
(7)キリンホールディングスと三菱商事株式会社(三菱商事)とは,平成25
年3月18日,キリン協和フーズの株式譲渡契約を締結した(甲4)。
(8)キリングループは,遅くとも平成25年4月に,「きのこがゆ」を掲載し
た「2013キリン商品カタログ」を発行し(甲14),同月下旬から同年12月
下旬にかけて,全国に約6万8千部を配布した(甲40)。
(9)キリンホールディングスとキリン協和フーズとは,平成25年6月24日,
再使用許諾契約書を作成した(甲44)。再使用許諾契約書は,キリンホールディン
グスがキリン協和フーズに対し,キリンのコーポレートブランド商標(「麒麟」,「キ
リン」,「KIRIN」及び「きりん」)及びこれらの商標を態様の一部に含む商標並
びにこれらと類似する商標の非独占的通常使用権を許諾するものである。契約の有
効期間は,同年7月1日から同年12月31日までとされた。
(10)キリン協和フーズは,平成25年10月17日,「きのこがゆ」を販売し
た(甲20)。「きのこがゆ」の包装袋には,キリンプラス-アイ標章及びその赤と
白を反転した標章が記載されている(甲17)。
(11)被告とキリンホールディングスとは,平成25年12月20日,原使用
許諾契約書を作成した(甲43,46)。原使用許諾契約書は,被告がキリンホール
ディングスに対して,商標の再使用許諾を許諾するものであり,再使用許諾先には
キリン協和フーズが含まれ,再使用許諾対象商標は,「KIRIN」,「KirinK
yowaFoods」及び「麒麟協和食品」である。契約の有効期間は,平成2
5年1月1日から同年12月31日までとされた。
(12)キリン協和フーズは,平成26年1月,その社名をMCフードスペシャ
リティーズ株式会社に改めた(甲41,42)。
(13)キリングループは,「KIRIN」の標章を,キリングループのブランド
シンボルとして位置付け(甲18),キリングループ各社は,これをウェブサイトの
各ページ左肩など(甲2~5,13,69,72,乙7,8,12,13)及び請
求書(甲20~24)に表示して,キリングループ及びその商品やサービスを広く
示すハウスマークとしても使用している。
(14)キリングループは,そのウェブサイト上で,「キリンの健康プロジェクト
「キリンプラス-アイ」は,「お客様にいくつになってもおいしい食生活」を楽し
んでいただくために,キリングループの総力を結集したプロジェクト。」と説明し,
キリンプラス-アイ標章を使用した(甲3)。
(15)キリングループは,コーラ系飲料等の飲料や食品に,キリングループの
健康プロジェクトの一環で展開しているグループ横断ブランド「キリンプラス-
アイ」シリーズのマークを採用したとして,キリンプラス-アイ標章及びその色違
いの標章を使用している(甲69~71)。
(16)被告は,平成26年10月3日付け審判事件答弁書において,平成25
年10月当時,被告が本件商標の商標権者であり,キリン協和フーズはキリンホー
ルディングスを頂点とするキリングループに属する会社であって,「KIRIN」の
表示を商品やサービスに使用する際には,事前に被告に問い合わせることとなって
いるから,被告がキリン協和フーズに本件商標の使用を許諾し,使用を継続させて
いる,と主張した(甲57)。
(17)「特許庁審判長」は,平成27年3月10日付けで,キリン協和フーズ
が,請求書(甲20~24)発行時期を始めとした要証期間内において,被告の子会
社であったことや,VIマニュアルのグループ1に属していたことの確認ができず,
本件商標の使用者であることを認めることができない旨を含む暫定的見解を示した
審理事項通知書を作成し,発送した(甲59)。
(18)被告は,平成27年4月28日の口頭審理において,原使用許諾契約書
(甲43)と再使用許諾契約書(甲44)を提出し,請求書(甲20~24)発行
時期を始めとした要証期間内において,キリン協和フーズが本件商標と社会通念上
同一の商標を使用することにつき,契約関係に基づき許諾されていたから,本件商
標に係る通常使用権者であった,と主張した(甲60,62)。
2取消事由1(使用商標の認定の誤り及び同商標を本件商標と社会通念上同一
と認定判断したことの誤り)について
(1)使用商標
上記1(10)のとおり,キリン協和フーズは,平成25年10月17日,キリンプ
ラス-アイ標章を記した包装袋を用いた「きのこがゆ」を販売した。
上記「きのこがゆ」に用いられた標章は,上記1(14)のとおり,キリングループ
が,「キリンの健康プロジェクト「キリンプラス-アイ」」と名付けて,使用して
いる標章であって,左側に「KIRIN」の欧文字,少し間隔を空けて右側に「P
lus-i」図案を配してなり,「KIRIN」と「Plus-i」図案とは分離し
て観察できる。また,キリングループは,上記1(13)のとおり,「KIRIN」の標
章をキリングループのハウスマークとして使用しており,上記1(2)のとおり,「K
IRIN」の標章を防護標章として登録していることから,「KIRIN」の標章は,
キリングループの商品又は役務を示すものとして取引者及び需要者の間で周知著名
になっていると認められる。したがって,キリンプラス-アイ標章は,キリングル
ープが出所であることを示す「KIRIN」の欧文字と,キリンの「健康プロジェ
クト」であることを示す「Plus-i」図案が併用されたものであり,「KIRI
N」部分は,それのみでも,キリングループの商品であることを示す商標として表
示されている,使用商標と認めるのが相当である。
(2)本件商標と本件使用商標との社会通念上の同一性
「きのこがゆ」にキリングループの商品であることを示す商標として表示された
使用商標「KIRIN」と,本件商標とは,称呼が同一であり,想像上の動物であ
る「麒麟」の観念を生ずる点で共通するから,社会通念上同一といえる。
(3)原告の主張に対する判断
ア原告は,「きのこがゆ」の包装袋に表示されたキリンプラス-アイ標章(原
告主張使用商標)は,キリングループの健康志向の商品群向けに2次的ブランドと
して使用されているものだから,「KIRIN」の欧文字と「Plus-i」図案を
構成要素とする結合商標である,と主張する。
しかし,上記(1)のとおり,キリングループは,「キリンプラス-アイ」シリーズ
の標章として,左側に「KIRIN」の欧文字,右側に「Plus-i」図案を配
した標章を使用しているものの,「KIRIN」の周知著名性(識別力の顕著さ),
「KIRIN」の欧文字部分と「Plus-i」図案とが分離して識別可能である
ことからすれば,「KIRIN」の欧文字を「Plus-i」図案とは独立した,「き
のこがゆ」の商標として用いていると解するのが相当である。
原告の主張には,理由がない。
イまた,原告は,被告が自社ホームページで,キリンプラス-アイ標章を
キリンの健康プロジェクト「キリンプラス-アイ」と公表したにもかかわらず,
審判及び本件訴訟において,「きのこがゆ」の包装に使用されたキリンプラス-アイ
標章の「KIRIN」部分のみを本件商標の使用であると主張したことは,禁反言
の法理に反する,と主張する。
しかし,上記(1)のとおり,キリンプラス-アイ標章は,「キリンプラス-アイ」
シリーズの標章として使用されるとともに,その一部である「KIRIN」の欧文
字はキリングループの商品であることを示す商標として従前から使用されていたも
のと認められるから,被告の上記ホームページでの公表事項と,審判及び本件訴訟
における主張とが矛盾するとはいえない。
原告の主張には,理由がない。
ウさらに,原告は,結合商標が登録商標と社会通念上同一と認められる商
標に該当するか否かの判断において,結合商標から1つの構成要素を抽出して登録
商標と比較するには,他の構成要素の識別力や他の構成要素との一体性等を検討し
た上で,結合商標が全体として登録商標と社会通念上同一と認められる商標に該当
するかを判断しなければならない,「Plus-i」図案には識別力があるから,キ
リンプラス-アイ標章全体と本件商標を比較し,称呼及び観念が異なるから,原告
主張使用商標と本件商標とは社会通念上同一とはいえない,と主張する。
しかし,「KIRIN」の欧文字部分と「Plus-i」図案とは分離して観察で
きること,「KIRIN」には顕著な識別力が認められることからすれば,キリンプ
ラス-アイ標章(原告主張使用商標)が常に一体不可分と認識されるわけではなく,
「KIRIN」の欧文字のみを使用商標として認識することができる。「Plus-
i」図案に一定の識別力があると認められることは,「Plus-i」図案も「きの
こがゆ」の商標として用いられていることの根拠にはなるものの,「KIRIN」の
欧文字が単独で「きのこがゆ」の商標として用いられていることと何ら矛盾しない。
原告の主張には,理由がない。
エ原告は,キリングループがVIマニュアルにおいて,「KIRIN/キリ
ン/麒麟」の使用区分を定め,「KIRIN」を変形することを禁止しているから,
「KIRIN」を「麒麟」に,また,「麒麟」を「KIRIN」に変形して使用する
ことはなく,本件使用商標は,本件商標を社会通念上同一と認められる範囲で変形
したものに該当しない,と主張する。
しかし,登録商標と使用商標とが社会通念上同一であるか否かの判断は,取引者・
需要者の視点から客観的になされるものであって,キリングループ内での商標使用
ルールの一般的指針を定めたものであるVIマニュアルの内容に左右されるもので
はない。
原告の主張には,理由がない。
オ原告は,本件商標からは想像上の動物である「麒麟」の観念のみ生じ,
「KIRIN」からは想像上の動物である「麒麟」とウシ目キリン科のほ乳類であ
る「キリン」の観念が生じることも,本件商標と本件使用商標との社会通念上の同
一性を判断する上で考慮されるべきである,と主張する。
しかし,両商標は,想像上の動物である「麒麟」の観念を生じる点において共通
し,称呼が同一であるから,社会通念上同一の使用と判断されるのであり,本件使
用商標からウシ目キリン科のほ乳類である「キリン」の観念が生じることは,この
判断を左右するものではない。
原告の主張には,理由がない。
(4)よって,取消事由1には,理由がない。
3取消事由2(キリン協和フーズを本件商標の通常使用権者とした認定判断の
誤り)について
(1)上記1(4)のとおり,キリン協和フーズは,キリングループ会社であった,
遅くとも平成23年9月には「きのこがゆ」の販売を開始しており,上記1(7)(8)(10)
のとおり,その株式が三菱商事に譲渡された後も,同様の「きのこがゆ」を販売し,
その包装袋には「KIRIN」商標を付していた。そして,上記1(11)のとおり,
キリンはキリンホールディングスに対し,キリン協和フーズに「KIRIN」商標
の再使用許諾をすることを許諾し,上記1(9)のとおり,キリンホールディングスは
キリン協和フーズに対し,「KIRIN」商標の非独占的通常使用権を許諾し,キリ
ン協和フーズが「きのこがゆ」を販売した平成25年10月17日(上記1(10))
は,両契約の有効期間に含まれている。
よって,キリン協和フーズは,平成25年10月17日,「KIRIN」商標の通
常使用権者として,キリンホールディングスを通じて,商標権者である被告から許
諾を受けて,「きのこがゆ」に「KIRIN」商標を付したものと認められる。
(2)原告の主張に対する判断
ア原告は,VIマニュアル(甲18)は,改訂日には存在しない会社が記
載されており,被告が主張するように改訂日の修正を忘れたとしても,「聖獣マーク」
の管理者の記載などが整合しないから,問合せ先の記載が改ざんされたものである
と主張する。
しかし,被告が属するような多数の会社で形成されたグループ会社において,そ
の商標の使用及び管理についてマニュアルが存在することは合理的であるし,被告
が主張するように,改訂日の修正を忘れたり,改訂時に修正漏れがあることも一般
的に起こり得るものと推測される。また,VIマニュアル自体には,外見上改ざん
を疑わせるような不自然な点も見当たらない。そうすると,VIマニュアルは,信
用性を欠くものと認められない。
原告の主張には,理由がない。
イまた,原告は,被告は本件商標の使用許諾について知悉しているはずな
のに,原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書は,審理事項通知書により,キリン
協和フーズがグループ会社であることを根拠にした通常使用権を否定する見解が示
された後に提出されたものであるから,信憑性に疑問がある,と主張する。
しかし,キリン協和フーズの株式が譲渡されたのは,本件の要証期間中であるか
ら,被告が当初,被告主張の使用商標の使用時期に対応する通常使用権の設定関係
につき誤解していたとしても不自然ではないし,上記1(4)(8)(10)のとおり,キリ
ン協和フーズは,その株式譲渡の前後において,同じく「きのこがゆ」の販売をし
ていたから,株式譲渡後にも本件商標の使用許諾がなされていたと考えるのがむし
ろ合理的であり,これに沿う原使用許諾契約書及び再使用許諾契約書が存在するの
は自然である。
原告の主張には,理由がない。
ウさらに,原告は,原使用許諾契約書は,①その作成日が契約期間の末日
に近く自動更新に対する別段の意思表示の期限よりも後になっていること,②第1
条第5項に重大な誤記があること,③当事者名が塗りつぶされ,原本も提出されて
いないことから,その信憑性に疑問がある,と主張する。
しかし,①原使用許諾契約書は,キリン協和フーズが,キリンホールディングス
から三菱商事への株式譲渡後も譲渡前と同じく,本件商標を含む被告の商標を使用
し続けていることについて権利関係を明確にするために,グループ会社である被告
とキリンホールディングスとの間で作成された契約書であると理解することができ,
契約書作成前に,当事者間でキリン協和フーズによる本件商標などの使用が問題に
されていたわけではないから,契約書作成日が契約期間の末日近くになり自動更新
に対する別段の意思表示よりも後になっていることは,当該契約の信用性を左右す
るものではない。また,②原告が指摘する誤記の内容は,「自らがKC(キリン株式
会社)に対して負うべき義務」とすべきところを,「自らがKH(キリンホールディ
ングス)に対して負うべき義務」としているというものであって,誤記であること
が明確である上に,原使用許諾契約書は,権利関係に争いのないグループ企業間に
おいて作成されたものであって,誤記があることによって契約当事者間に紛争が生
じる可能性もないから,上記誤記を理由に真正な契約書ではないともいえない。さ
らに,③当該契約書において塗りつぶされた部分は,契約当事者の代表者名にすぎ
ないから,塗りつぶしによって契約当事者が異なる契約書の写しが提出されたと推
測することもできない。
原告の主張には,理由がない。
エ原告は,再使用許諾契約書は,①提出された写しの契印の印影が各ペー
ジで1つずつであり,しかも半分にすぎず,押印原本も提示されていない,②再使
用許諾契約書が原使用許諾契約書に基づくものであれば,原使用許諾契約書が先に
作成されるはずだが,契約日は再使用許諾契約書が原使用許諾契約書に先行してお
り,契約期間も,原使用許諾契約書が1年間であるのに対し,再使用許諾契約書は
半年間であることは不自然である,③原使用許諾契約書で被告がキリンホールディ
ングスに対して再使用許諾を認めた商標と,再使用許諾契約書でキリンホールディ
ングスがキリン協和フーズに使用許諾した商標とが一致せず不自然である,④原使
用許諾契約書における使用許諾対象商標「KIRIN」に「麒麟」「キリン」が含ま
れるとすることは,VIマニュアルの「KIRIN/キリン/麒麟」の使用区分に
ついての記載と整合しないし,再使用許諾契約書において「KIRIN」等を態様
の一部に含む商標及び「KIRIN」等と類似する商標について使用許諾すること
は,VIマニュアルの「KIRIN」を変形したものの使用禁止に反する,と主張
する。
しかし,①契約書の契印を,契約当事者全員が必ず行うという商習慣を認定する
に足る証拠はなく,審判手続きにおいて提出する証拠の写しを作成する際,契印の
みが存在する契約書用紙の裏のコピーを省略することも,不合理ではない。
また,②原使用許諾契約書の契約締結日について,被告は,平成25年12月1
日時点における使用許諾対象商標,再使用許諾先及び対価の確認,確定手続を当事
者間で完了した段階で契約締結したため,締結日が同年12月20日となったと主
張しており,そのような主張内容は不合理ではないことに加え,キリン協和フーズ
による本件商標を含む被告所有の商標使用が,三菱商事への株式譲渡前から継続さ
れていたのであって,新たに被告らの有する商標の使用を開始させるものではない
ことからすれば,契約締結日が原使用許諾契約書と再使用許諾契約書とで異なるこ
とは不自然ではない。原使用許諾契約書は,再使用許諾契約書の根拠となるもので
あり,前者が後者より契約期間が長いことは,不合理ではない。
さらに,③原使用許諾契約書と再使用許諾契約書との間で,許諾対象商標に文言
上の齟齬はあるが,許諾対象商標に「麒麟」「キリン」及び「きりん」が含まれる再
使用許諾契約書が作成された後に原使用許諾契約書が作成された上で,その許諾対
象商標が文言上「KIRIN」等となっていること,被告,キリンホールディング
ス及びキリン協和フーズとの間で,許諾対象商標についての争いがあったとは認め
られないことからすれば,原使用許諾契約書の「KIRIN」には,「麒麟」「キリ
ン」及び「きりん」が含まれるものと被告及びキリンホールディングスとが合意し
ていたものと解することができる(甲63参照)。
④上記1(5)のとおり,VIマニュアルは,キリングループのグループ内における
商標の使用ルール等を定めた一般的指針であるから,同マニュアルによって個別の
契約書の効力が左右されるものではない。すなわち,原使用許諾契約書における契
約の解釈として,使用許諾対象商標「KIRIN」に「麒麟」「キリン」が含まれる
と解することは,キリングループ内の各商標の具体的使用ルール等の指針であるV
Iマニュアルにより影響されるものではない。なお,「KIRIN」等を態様の一部
に含む商標や「KIRIN」等と類似する商標の全てが「KIRIN」を変形した
ものに該当するわけではないことは明らかであるから,このような商標の使用許諾
がVIマニュアルに反するとはいえない。
原告の主張には,理由がない。
(3)よって,取消事由2には,理由がない。
4取消事由3(本件商標の使用許諾の認定における理由不備)について
(1)原告は,審決が,キリン協和フーズが商標「KIRIN」について使用許
諾されると,なぜ外観の異なる本件商標「麒麟」の通常使用権者となるのか,その
理由を明らかにしていない,と主張する。
しかし,上記3(2)エのとおり,原使用許諾契約書の「KIRIN」には,「麒麟」
「キリン」及び「きりん」が含まれるものと被告及びキリンホールディングスとが
合意していたものと解することができ,審判において,被告は,同趣旨の主張をし
(甲60),これを前提に,審決は,キリン協和フーズが本件商標「麒麟」の通常使
用権者であると判断したと解することができる。
原告の主張には,理由がない。
(2)また,原告は,商標法31条2項の規定を理由に,「KIRIN」の通常
使用権者であるキリン協和フーズが,「KIRIN」と社会通念上同一である「麒麟」
の通常使用権者であるとはいえない,と主張する。
しかし,上記(1)のとおり,キリン協和フーズは,「KIRIN」商標のみならず,
本件商標「麒麟」の使用許諾も受けたから,本件商標の通常使用権者と認定される
べきものである。
原告の主張は,その前提を欠き,失当である。
(3)よって,取消事由3には,理由がない。
第6結論
以上のとおり,原告の請求には理由がないから,これを棄却することとし,主文
のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
清水節
裁判官
片岡早苗
裁判官
古庄研
別紙

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