弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告訴訟代理人盛川康の上告理由第一点について。
 疏明が証明に對比して要証事実の眞実性につき低度の蓋然性を以て足るものとす
ることは所論のとおりであるが、その事は疏明方法たる証拠の信憑力が全然度外視
さるべきことを意味するものではない。すなわち疏明の場合においても、提出され
た証拠に信憑力がなく裁判所がこれを採用し得ないものとする限り、たとえその証
拠が要証事実に符合する内容を有するとしても、ただそれだけで、当該要証事実に
つき疏明ありとなすに足りないものであることは多言を要しないところである。そ
して証拠の信憑力は証拠の内容、その成立の過程、その他諸般の事情により形成せ
られるものであり、しかもこの証拠の信憑力を形成すべき諸般の事情は概ね互に相
関連し混然一体をなして信憑力形成の事由となるを常とするのであり、その一つ一
つを分離獨立せしめて信憑力形成の事由として観察することは許されないところな
のである。換言すれば一定の証拠を措信すべきか否かの理由は、それら信憑力形成
の事由たる諸般の事情の一つ一つについて論理的にこれを解明することは不可能で
もあり、また事物自然の道理にも反するものといわなければならないのである。い
わゆる自由心証とは單に法定証拠主義の束縛から解放されるという意味ばかりでは
なく、裁判所が証拠の信憑力に對する心証の形成について論理的にその理由を解明
することなく証拠の採否を決定し得るとの意義をも包含するものといわなければな
らない。従来の大審院判例においても証拠を措信しない理由の如きは判決に説示す
る要なしとせられていたのであるが、この判例は前述の意味において正当である。
 本件において原判決は所論の疏明方法は措信し得ないと説示しているのであり、
その措信し得ない理由については説示を欠いていること所論のとおりであるが、上
来説明したところによつて原判決に所論のような違法があるといい得ないことは明
らかであつて、論旨は採用に値しない。
 同第二点について。
 論旨摘録にかかる原判決の説示は、上告人が本件契約には存續期間の定めがあり、
その期間の経過により本件契約は終了した旨主張したのに對してなされた判断に関
するものであり、原審が上告人主張の存續期間の約定については疏明なしとし、そ
の主張を排斥したものであること判文上明白である。そして原判決によれば原審は
更に本件契約に存續期間の定めなきことを前提として上告人のなした本件解約申入
にいわゆる正当の理由があつたか否かについても判断を与えているのである。すな
わち原審は所論上告人方の生計につき「上告人が戦災のため一舉にして資産を失い
この激動期に処して種々辛労を重ねて来た」ことは窺い得ないではないが、舉示の
証拠により疏明せられた、「その後上告人が相当立派な店舗(上告人はもと「D」
という天婦羅屋を營んでおりその他に多数の貸家等を所有し興業方面等にも関係し
て居た)並びに住宅を新築した」との事実に徴すれば、「上告人には本件浴場を自
ら経營する外に生計を立てる道が殘されていなかつた」との上告人主張の事実につ
いては結局疏明なきに帰着し、上告人のなした本件解約申入には正当の事由ありと
なし難い旨判示し、所論上告人の主張を排斥しているのである。されば、原判決に
は所論のような判断の遺脱はなく、論旨は理由なきものである。
 同第三点について。
 原判決舉示の証拠によれば、原審が所論判示事実につき疏明ありとなしたことを
肯認することができる。原判決には所論のような違法はなく、論旨は採るを得ない。
 同第四点について。
 記録によれば、原審において上告人が本件解約申入の正当事由として主張した事
実の要旨は結局上告人が自ら本件浴湯を経營する以外にその生計を立てる途はない
というに帰するのであつて、しかも原審は論旨第二点に對する説明で述べたように、
かかる上告人主張の事実については疏明なきものと判示しているのである。そして
借家法一条の二にいわゆる建物賃貸借解約の申入はこれを正当ならしめる事由があ
る場合でなければその効なきこと勿論であるから、原審が所論のような被上告人に
本件浴場を明渡し得ないとする事情の有無につき言及するまでもなく、右上告人の
主張を排斥したからとて、この一事を捉えて原判決に所論のような違法があるとは
いいえない。論旨は理由なきものである。
 よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとお
り判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    齋   藤   悠   輔

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