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平成23年3月15日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成20年(ワ)第3139号損害賠償請求事件
口頭弁論終結日平成22年12月7日
判決
当事者の表示別紙1当事者目録記載のとおり
主文
1被告株式会社A及び被告B会は,原告に対し,連帯して841万
4778円及びこれに対する被告株式会社Aについては平成20年
6月17日から,被告B会については同月14日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
2原告の被告株式会社A及び被告B会に対するその余の請求をいず
れも棄却する。
3原告の,被告C,被告D,被告E,被告F,被告G及び被告Hに
対する請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,これを10分し,その1を被告株式会社A及び被告
B会の連帯負担とし,その余を原告の負担とする。
5この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1請求の趣旨
1被告らは,原告に対し,連帯して8719万8940円及びこれに対する被
告E,被告F,被告G,被告H及び被告B会(以下「被告会」という。)につ
き平成20年6月14日から,被告株式会社A(以下「被告会社」という)に
つき同月17日から,被告Cにつき同月18日から,被告Dにつき同月19日
から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2被告会社は,原告に対し,550万円及びこれに対する平成20年6月17
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3仮執行宣言
第2事案の概要
本件は,被告会社と新聞販売店契約(以下「本件販売店契約」という。内容
については後記のとおりである。)を締結し,新聞販売店を経営していた原告
が,被告会社及び被告会により新聞販売店としての法的地位を侵害されたと主
張して,被告会社,被告会並びに被告会社の取締役であるC,D,E,F,G
及びH(これら6名の被告会社取締役らを,以下「被告取締役ら」と総称する。)
に対し,被告会社及び被告会については債務不履行又は不法行為,被告取締役
らについては平成17年法律第87号による改正前の商法(以下「旧商法」と
いう。)266条ノ3第1項及び会社法429条による損害賠償請求権に基づ
き,連帯して,8719万8940円及びこれに対する訴状送達の日の翌日(各
被告につき,それぞれ前記第1の1記載のとおりである。)から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに,被告会社
は原告の販売店の販売区域における越境販売を放置したなどと主張して,被告
会社に対し,債務不履行又は不法行為による損害賠償請求権に基づき,550
万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成20年6月17日から
支払済みまで前同割合による遅延損害金の支払を求める事案である。
1前提事実(証拠掲記のない事実は,争いがないか,原告,被告会社及び被告
取締役らの間で争いがなく,被告会の関係では弁論の全趣旨により認められ
る。)
(1)当事者等
ア原告は,Y新聞販売店T(以下「T店」という。)を経営していた者で
ある。
イ被告会社は,Y新聞の名称で,日刊新聞紙の発行等を業とする新聞社で
ある。被告会社は,平成14年7月1日に株式会社Iが分社化したことに
伴い,同社の元西部本社管内の営業を包括的に承継した会社である。(以
下,被告会社の前身の会社も含め,単に「被告会社」という。)
Jは,被告会社の従業員であり,販売局販売第2部に所属し,平成13
年1月から筑後地区のY新聞販売店を担当していた者である。
ウ被告Cは,平成18年6月13日から平成21年6月9日まで,被告会
社の代表取締役の地位にあった者である。
被告Dは,平成14年7月1日から平成18年6月13日まで,被告会
社の代表取締役の地位にあった者である。
被告Eは,平成14年7月1日,被告会社の取締役に就任し,現在もそ
の地位にある者である。
被告Fは,平成16年1月9日,被告会社の取締役に就任し,現在もそ
の地位にある者である。
被告Gは,平成18年6月13日から平成21年6月9日まで,被告会
社の取締役の地位にあった者である。
被告Hは,平成19年6月12日,被告会社の取締役に就任し,現在も
その地位にある者である。
(本項のうち,時期については,被告会の関係で甲1)
エ被告会は,筑後地区において,Y新聞販売店を経営する店主をもって組
織される団体である。
(2)販売店契約の締結
原告は,平成2年11月1日,被告会社との間で,原告が被告会社の発行
するY新聞その他の刊行物を,被告会社の販売店として,福岡県八女郡広川
町付近の所定の特定区域(別紙2記載太線枠内)において販売する旨の本件
販売店契約を締結した。(被告会の関係で甲4)
原告と被告会社は,平成8年8月1日に同内容で再度契約を締結し,原告
は被告会社の販売店であるT店として営業してきた。本件販売店契約の内容
は,要旨,以下のとおりである(甲4)。なお,以下の各条項中,甲は被告
会社を指し,乙は原告を指す。
1条甲と乙は,乙が甲の発行する新聞等(甲の発行する新聞以外の刊行
物を含む。以下同じ。)を販売区域において,甲の販売店として販売
することを契約する。
2条乙は,甲の販売計画に従い,新聞等の普及に努め,購読者に対して
定価をもって販売し,かつ敏速,正確に戸別配達をする。
11条乙が次の各号の一に該当する場合は,甲は催告を要せず直ちに本
契約を解除することができる。
1甲の名誉又は信用を害し,あるいはその他甲に損害を及ぼす行
為があったとき
1不配遅配等の行為により戸別配達の完全が期待できないおそれ
が生じたとき
1甲の示唆があるにもかかわらず販売成績,経営努力が認められ
ないとき
1Y新聞系統店との協調を欠くなど,同系統店に著しい迷惑を及
ぼす行為があったとき
1乙が営業上順守すべき諸法規に違反したとき
1乙が配達その他業務一般につき購読者から不信を被り,または
甲の販売方針に違背したとき
1甲又は甲が承認する第三者機関に対し虚偽の申告を行ったとき
16条本契約の期間は,成立の日から3年間とする。ただし,期間満了
1か月以前に各当事者から何らの意思表示のないときは契約は更新
されたものとする。
更新後の契約期間は1年間とし,以降も前項の例にならって自動
的に更新するものとする。
本件販売店契約は,同契約16条の自動更新条項により,平成13年まで
契約が更新され続けてきた。
(3)新聞販売店の業務態勢等(本項につき甲10の1・2,甲105,証人
K),証人J,原告,弁論の全趣旨)
ア新聞販売店は,被告会社に対し,原則として毎月4日,当月度の業務報
告書の「今月の定数」欄に必要とする新聞の部数を記入して,当月分の被
告会社発行の新聞紙等を注文する。「定数」とは,新聞販売店から被告会
社に対する注文部数を指し,「実配数」とは,新聞販売店が被告会社に対
して新聞等の実際の配達部数として報告する数であり,「予備紙」とは,
定数と実配数の差であり,本来は,①新聞紙の破損等に備えた予備及び②
読者に対するサービス又は宣伝用として新聞販売店が無料で配布するもの
であることが予定されている。定数を増やすことを「増紙」,減らすこと
を「減紙」ともいう。
イ新聞販売店の業務は,毎日1回ないし2回の戸別配達,新聞代金を定期
的に集金する業務,及び購読者増加に向けられた営業活動が中心である。
原告の経営するT店のような新聞販売店の収入は,新規読者の勧誘,獲
得による新規購入契約の締結と,止押(とめおし)と呼ばれる既存の購読
者に対する契約期間の更新ないし延長に大別される。これら営業活動は,
新聞販売店自体が行う場合と,新聞販売店が,新聞販売の営業活動を専門
とするセールス会社(セールス団ともいう。なお,以下,セールス会社の
スタッフを「セールススタッフ」という。)に報酬を約して委託して行う
場合がある。なお,セールス会社に対する報酬支払は,契約カードの購入
という形で行われる。
被告会社においては,その契約する新聞販売店が,新規読者の勧誘をセ
ールス会社に委託することについては,新聞販売店所長の団体であるY会
や統一精算会を通じて補助金を出すなどしている一方,止押業務について
は,セールス会社に委託しないよう指導している。
ウ被告会社は,新聞販売店に対し,各種の補助金を支出しており,その主
要な補助金の内容及び性格は以下のとおりである。(乙イ32)
(ア)制度補助
各販売店の毎月の定数と,各担当地域の世帯数に基づいて計算された
基数に応じて,共通の基準により算出される補助金で,全ての販売店に
対し支給される。
(イ)特定補助
経営状態の悪い販売店から申告のあった場合に,当該販売店の収支が
赤字にならないようにする目的で支給される補助金であり,このうち「増
紙補助」は,経営状態が極端に悪い販売店から申告があった場合に,被
告会社が当該販売店の経営状況や増紙意欲,経営姿勢等を調査・確認し
た上で,支出の必要があり,支給による経営の改善可能性がある場合に
限って支給されるものであり,「臨時補助」及び「従業員充実補助」は,
増紙補助より緩やかな基準で支給されるものである。
(ウ)規定補助
販売店の申請により,一定の基準に基づいて支給される補助金で,基
準を満たしていても,経営状態が極めて良好な販売店や,増紙に対する
意欲の乏しい販売店に対しては支給されないこともあり得るが,実際上
ほとんど全ての販売店に支給されている。
また,被告会社は,販売店が被告会を通じてセールス会社に新規購読
者の勧誘業務を委託した場合,当該セールス会社に対し,補助金を支払
っている。(甲13)
エ被告会社は,新聞販売店に対し,定期的に業務報告を求めており,具体
的には①業務報告書(毎月2回,4日と20日),②個人揚げカード報告
書(各店の個人別新規勧誘者数及び止押数と内容を記載したもの。毎月1
回),③拡張カード引継報告書(セールス会社から新規契約のカードを購
入した旨とその内容を記載したもの)の提出を求めている。
また,被告会社は,新聞販売店に対し,販売地区の区ごとに,手板(配
達員別に日々読者の移動を記載し配達部数を確認したもの),読者一覧表
(区域ごとの各読者名と購読種別等を記載したもの),発証明細表(区域
ごとに購読種別の売上枚数と金額を記載したもの),増減表(毎月の新規
購読者と契約切れの読者の一覧表)を毎月作成し,店舗に常備し,被告会
社が閲覧を求めたときに速やかに提示するよう求めている。
さらに,被告会社の販売担当員は,毎月2回ほど,各新聞販売店を訪問
し(以下,「訪店」というときは,かかる新聞販売店への訪問を指す。),
上記各書類を見てその店の販売状況を把握するとともに,販売店に本社の
販売方針を伝え,販売の努力を促すとともに,販売店からの相談があれば
相談に乗り,販売店の成績不振の場合にはその原因を指摘して努力を求め
るなどしている。
(4)訴訟に至る経緯
ア平成12年4月,当時の被告会社の担当員がT店を訪店した際,業
務報告書では7部とされていた予備紙が,実際には39部であることが
判明した。その結果,原告は,同年5月18日付けで,「4月度業務報
告書上では,予備紙7部と報告していましたが,実際は約40部でした,
虚偽の報告をしていた事を深く反省し今後も本社指示に従い増紙に励
んで行くことを約束致すものであります」との誓約書とともに,「平成
12年10月目標増紙計画表」を作成し,被告会社の販売局長に提出し
た。
イ被告会社は,平成13年5月中旬頃,Jを通じて,原告に対し,原
告の販売区域である広川地区世帯数5100世帯のうち,約1500世
帯に相当する区域を原告の新聞販売店から切り離して被告会社に返還
するよう申し入れた。
原告は,一旦はこれに同意したが,同年5月29日,被告会社の販売
局長であるKを訪ね,上記申入れを拒否する旨回答した。また,その際,
原告は,前記平成12年5月の業務報告書に予備紙7部と記載していた
が,それは嘘で実際は20部である旨,虚偽報告していたことを申告し
た。
ウさらに,平成13年6月25日,JがT店を訪店した際,配達区域
の一つとされている「26区」に不審な点があることに気づき,確認し
たところ,同区自体が架空区であり,その購読者とされている132人
も架空読者であることが判明し,原告も同事実を認めるに至った。
エ被告会社は,平成13年6月28日,原告に対し,原告の努力不足
が認められることや,部数実態報告に虚偽があることなどを理由に,T
店の担当区域から一部区域を返還し,同地域の読者台帳を同月末までに
引き渡すべきことを申し入れた。そして,原告がこれに応じない場合に
は,新聞販売店契約は同年7月末日をもって期間満了とし,更新しない
旨を通知した(以下「平成13年更新拒絶」という。)。
原告は,同年7月25日,福岡地方裁判所小倉支部に対し,新聞販売
店の地位を仮に定めることを求める仮処分の申立てを行った。上記仮処
分申立てについて,同年10月29日,原告が被告会社に対し,同年8
月1日から本案第1審判決言渡しの日までの間,広川地区において,新
聞等販売店契約上の地位にあることを仮に定める旨の決定がなされた。
(以下「本件仮処分」という。被告会の関係で甲5)
オ本件仮処分決定を受け,被告会社は,同年11月,Jを原告の販売
店に訪問させた。Jは,被告会社販売局宛ての第1期増紙計画表及び被
告会社宛ての誓約書を持参して,原告に対し,これらへの署名を求めた。
第1期増紙計画表は,同年12月から平成14年7月まで8か月間で
合計110部(月平均約14部)の増紙を目標とする増紙計画を記載し
たものである(被告会の関係で甲6)。また,誓約書の内容は,①業務
報告書の記載事項は全て明記し,帳票類の完備・提示等,販売部数の透
明性を厳守すること,②上記計画表のとおり8か月計画を達成し,回収
率目標150%以上を継続的に達成することなどのほか,③これらにつ
き不履行があった場合,取引を中止されても異議を申し立てないという
ものであった(被告会の関係で甲7)。
これに対し,原告は,110部の増紙目標は達成不可能などと言って,
誓約書への署名を拒否した。
カすると,Jは,平成13年12月7日,原告に対し,①今後新聞供
給は注文部数自由増減の下で継続するが,増紙業務は依頼しないこと,
②被告会の活動には不参画とすること,③業務報告は不要であるし,J
ら担当員も訪店しないこと,④平成14年1月から増紙支援をしないこ
と,⑤所長年金積立は中止し,従業員退職金の補助等をしないこと,⑥
セールス団関係は原告が直接処理すべきこと,⑦特別景品等は辞退され
たいことなどを申し渡した。(被告会の関係で甲8)
(5)地位確認等の訴え
原告は,平成14年9月25日,地位確認及び不当な更新拒絶(平成
13年更新拒絶)による慰謝料の支払を求めて,福岡地方裁判所久留米
支部に本案訴訟(同裁判所平成14年(ワ)第276号)を提起した。
そして,平成18年9月22日,被告会社の原告に対する平成13年更
新拒絶には正当理由がなく,更新拒絶は無効であるとの第1審判決が下
され,これに対し,双方が控訴(福岡高等裁判所平成18年(ネ)第8
68号)したが,平成19年6月19日には上記判断に加え,同更新拒
絶が原告に対する不法行為を構成することを認める控訴審判決が下され
た。これに対し,被告会社は上告受理申立て(最高裁判所平成19年(受)
第1463号)を行ったが,同年12月25日,不受理決定により上記
判決は確定した。(被告会の関係で甲10の1ないし3。以下,当該訴
訟を総称して「前訴」という。)
(6)本件訴訟
原告は,平成20年5月29日,本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕
著)
2争点
(1)越境販売についての被告会社の責任
(2)原告のY新聞販売店としての法的地位の侵害についての被告会社及
び被告会の責任
(3)被告会社による,原告の新聞販売店としての新聞部数・普及率の低下
につき,積極的回復措置を採る義務の存否
(4)被告取締役らの任務懈怠責任の存否
(5)被告らの債務不履行又は不法行為と原告の損害の因果関係
(6)原告の損害額
3争点に対する当事者の主張
(1)争点(1)(越境販売についての被告会社の責任)について
(原告の主張)
原告と被告会社が締結した契約では,原告のテリトリーにおける営業,
販売,配達活動は原告が独占しており,被告会社は,第三者に原告のテ
リトリーにおける営業,販売,配達活動を許してはならない。すなわち,
越境販売は,新聞販売店の経営基盤に関わる重大な問題であるから,被
告会社は,越境販売がなされた場合にこれを是正する義務を負うだけで
なく,越境販売が行われることが予見される場合には,これが行われな
いよう,未然に積極的かつ具体的な措置を講じる義務を負っている。
ところが,原告が第三者の越境を確認して被告会社に訴えた後も,被
告会社は,「店と店の問題」などと言って,第三者を排除するための具
体的な措置を講じなかった。
実際に原告が指摘したものの他にも,多数の読者に対して越境販売が
行われていたはずである。少なくともU店において,平成15年中に原
告のテリトリーに越境販売した事実が6件確認できていることからする
と,U店及びV店のそれぞれについて,それを超える1年間に少なくと
も7件から10件程度の越境販売を行っていたと推測される。
これを放置するなどしていたことは,被告会社による契約上の義務違
反行為ないし法的利益の侵害であるから,被告会社は,民法415条又
は709条に基づき,原告の損害を賠償する責任がある。
(被告会社の主張)
ア原告が越境販売と主張する23件のうち,原告が平成15年当時か
ら被告会社に越境販売と指摘していた12件については,越境販売自体
がなかったか,原告の対応に問題があるなど,越境販売の原因が原告自
体にあったかのどちらかである。
また,被告会社は,調査・報告の後,平成15年10月末日をもって
他店からの配達をやめさせ,原告が配達を引き継ぐよう手配した。これ
により,平成20年になるまで,原告又は原告代理人から,越境販売の
問題について指摘されることはなくなり,問題は解決した。
以上の経過から明らかなとおり,原告から越境販売との指摘を受けた
12件について,被告会社が何ら放置していないことは明らかである。
イ前記12件以外の11件についても,原告は前記ア記載の被告会社
の報告から5年以上も経過して初めて越境販売の事実を指摘したもの
である。しかし,前記アのとおり,原告の申告後,被告会社は,他の販
売店による配達をやめさせ,原告が引き継ぐよう手配したのであるから,
前記ア記載以外の11件についても,原告が被告会社に対して,その事
実を申告していれば,被告会社により引継ぎの手配等が行われたであろ
うことは容易に推測し得ることである。
また,原告が平成15年当時から被告会社に越境販売と指摘していた
12件のうち11件については,いずれも原告の対応等が問題となって,
他の販売店がやむを得ず原告の販売区域内で販売せざるを得なかった
ものである。そして,仮に前記ア記載以外に11件の越境販売が存在し
たとしても,前記ア記載のものと時間的に近接した時期に行われたもの
である以上,いずれも原告の対応等が原因となって生じたものと強く推
認される。
さらに,これらの11件について,被告会社は,本件訴訟における原
告第1準備書面を受領するまで1度も越境販売があったとの申告を受
けたことはなく,越境販売が存在したとの認識を全く有していなかった。
仮に認識があれば,被告会社において,越境販売を放置していなかった
はずである。
ウ以上によれば,越境販売につき,被告会社が原告に対し,債務不履
行又は不法行為による損害賠償責任を負うことはない。
(2)争点(2)(原告の被告会会員としての法的地位の侵害についての被告
会社及び被告会の責任)について
(原告の主張)
被告会は,原告を含むY新聞販売店主を会員とし,セールススタッフ
派遣の窓口となり,または拡材(販売促進用景品のこと。以下同じ。)
の共同購入やイベントの開催,新聞中入れの制作・配布を委託するとい
った具体的な販売店支援を行っている。つまり,被告会は,単なる親睦
会ではなく,被告会社の行っている支援と一体となって,原告が販売部
数を維持し,営業利益を上げていくためには不可欠な存在である。
しかるに,被告会社は,平成13年6月1日,原告に対し,所長会議
に出席しないよう通告し,被告会の活動への参加を妨げた。
また,同月18日,同月25日及び同年7月16日の3度にわたり,
原告がセールススタッフの派遣を要請したにもかかわらず,被告会社は,
これに一切応じなかった。
被告会社は,原告の新聞等販売店契約上の地位にあることを仮に定め
る旨の決定が出た後である同年12月7日にも,原告に対して,被告会
の活動に参加しないように改めて申し渡して,原告が被告会の活動をな
し得ないようにした。
原告は,平成13年9月頃,被告会を通じることなく,直接にセール
ススタッフと委託契約を締結した。これに対し,被告会社は,当該セー
ルススタッフに,原告との委託契約を解消するよう強要した。その結果,
原告は,当該セールススタッフから委託契約を一方的に解消され,セー
ルススタッフによる営業を行うことができなくなった。
平成14年2月以降は,担当者のT店への訪店も中止された。
他方,被告会は,原告が被告会の会員である以上,他の新聞販売店と
同じように取り扱う義務があり,被告会が各販売店に対して行う各種支
援を原告に対しても行う義務が存在していたにもかかわらず,平成13
年6月1日以降,原告を被告会の活動から排除し,上記義務を履行して
いない。
さらに,原告の被告会社販売店としての地位が確定した平成19年1
2月25日以降も,被告らは,被告会の活動の全てから原告を排除し続
けている。
このように,被告会社及び被告会は,原告が被告会の会員として被告
会及び被告会社から販売店の発展向上を目的とした支援諸施策の実施を
受け得る法的地位を有しているにもかかわらず,平成13年以降継続し
て各種支援策の実施を拒絶・妨害し,前記法的地位を侵害し続けている
のであるから,民法709条,719条に基づき,原告の損害を連帯し
て賠償すべき義務がある。
(被告らの主張)
ア被告会は,あくまでも会員相互の親睦を図り,販売店及び被告会社
の相互の発展向上を図ることを目的とする団体であるが,そもそも,販
売店に対し,具体的義務として,「契約内容として,会員に対して平等
に」,「セールス会社を委託できるためのシステム」や「拡材を共同購
入するシステム」を享受させなければならない義務を負うものではない。
また,セールススタッフの派遣については,被告会を通じなくとも,
販売店独自に調達できる上,自ら営業専従の幹部社員を雇用したり,セ
ールス会社を設立したりして,増紙を図ることは可能である。
したがって,被告会に義務違反はないし,原告の被告会会員としての
法的地位の侵害もない。
イ原告は,被告会社には,被告会を通じてセールス会社を委託するシ
ステムや,被告会を通じて拡材を共同購入するシステムを享受させる義
務があると主張する。
しかし,販売店が現在の読者との契約を更新・延長する止押のために,
セールススタッフの派遣を受けることは禁止されており,セールススタ
ッフの派遣を受けられなかったことと,新聞部数の維持には関連がない。
販売店は,被告会を介することなく自らセールススタッフの派遣を依
頼することが可能であるし,それにより新規の購読契約を獲得できた場
合には,補助金を受けることができる。さらに,セールススタッフの派
遣を受けなくとも,自ら営業専従の幹部社員を雇用したり,セールス会
社を設立したりするなどの代替手段によって,部数を維持・増加するこ
とは可能であった。
また,販売店は,通常自ら拡材を購入しており,被告会は,拡材の共
同購入を行っていない。例外的に,被告会が拡材を共同購入するのは,
極めて大量の拡材を同時に購入する必要がある場合に限られ,年に1,
2回にすぎない。そうすると,原告には,被告会を通じた拡材の共同購
入ができないことによる不利益はほとんどないに等しいといえる。
ウ以上のとおり,被告会社及び被告会に義務違反はない。
(3)争点(3)(被告会社による,原告の新聞販売店としての新聞部数・普
及率の低下につき,積極的回復措置を採る義務の存否)について
(原告の主張)
被告会社は,平成13年12月からの死に店扱いによって原告の新聞
部数・普及率の低下を招いたのであるから,自己の違法な先行行為の影
響を断絶させる積極的責務,すなわち部数低下・普及率低下を招くよう
な状況から原告を脱却させる積極的回復措置を採る責務を負っている。
そうであるにもかかわらず,被告会社は上記積極的回復措置を採らな
いという態度を一貫して維持した。この点についても,被告会社の義務
違反が認められる。
(被告会社の主張)
被告会社は,セールススタッフ派遣妨害や,拡材購入妨害のような違法
な先行行為をしていない。
また,原告の主張する積極的回復措置を採る義務は,被告会社と原告
との間の新聞販売店契約には規定されていないし,法律上の根拠もない。
このような根拠のない義務を被告会社に課し,その義務を履行していな
いとして原告が被告会社に対して損害賠償請求をすることは誤りである。
(4)争点(4)(被告取締役らの任務懈怠責任の存否)について
(原告の主張)
被告取締役らは,その職務上,被告会社が,原告の被告会及び被告会
社から販売店の発展向上を目的とした支援諸施策の実施を受ける法的地
位を侵害しないように注意すべき義務があったのにこれを怠り,被告会
社が上記法的地位の侵害を行うのを漫然と放置していたのであるから,
被告取締役らには,それぞれについて任務懈怠が認められる。
(被告取締役らの主張)
原告の主張する任務懈怠責任とは,会社による違法行為がないように
監視監督する義務の懈怠というものであるが,取締役がおよそ会社の行
為全般について違法行為がないように監視監督する義務を負うとの根拠
が不明である。
また,取締役がそのような義務を負うとの解釈が可能であったとして
も,被告取締役らの監視監督義務違反の態様が抽象的にしか主張されて
おらず,主張として著しく不十分であり,主張自体失当である。
また,原告の主張は,被告会社が違法行為を行ったことを前提とする
主張のようであるが,被告会社には何ら違法行為はない以上,被告取締
役らの責任は問題となり得ない。したがって,この点でも原告の主張は
失当である。
(5)争点(5)(被告らの債務不履行又は不法行為と原告の損害の因果関係)
について
(原告の主張)
新聞販売においては,他紙とのし烈な競争のもと,セールス専門のセール
ススタッフによる協力は必要不可欠である。かかる支援策なしには購読者の
拡大ができないどころか,容易に他紙販売店からの切り崩しを受けてしまう。
また,赤ちゃん新聞(後記第3の2イ(ウ)d)や各種チケット等のサー
ビス供給拒絶によっても,その配布において他地区との差別的取扱いとなっ
てしまい,購読者の信頼を喪失してしまう。実際,これによって購読中止・
購読継続拒否となったケースが生じている。
このように,被告らの債務不履行又は不法行為によって,原告に損害が
生じている。
(被告らの主張)
原告に何らかの損害が発生しているとしても,それは原告が,新聞販売店
に求められる普及努力義務を履行しなかったことによる減収の結果であり,
被告会社や被告会の行為との間に因果関係は全くない。原告が拡材の購入を
激減させたことに端的に示されているように,原告が十分な営業努力を行っ
ていなかったことは明らかである。
また,被告会社は,前訴判決確定後の平成20年1月以降,8回にわ
たってT店を訪問し,原告との取引を正常化すべく様々な提案を行った
が,原告はこれを何ら受け入れなかった。このように,原告が主張する
前訴口頭弁論終結時以降の損害は,原告の上記不作為に基づくものであ
るから,被告らの行為との因果関係がない。
したがって,被告会社及び被告会には,そもそも損害賠償義務がない。
(6)争点(6)(原告の損害額)について
(原告の主張)
被告らの行為によって,原告には,以下の損害が生じた。
ア営業損害
平成13年に被告らから援助を拒絶されるようになるまでの,平成9
年から平成12年までの4年間の原告の所得平均額は,728万461
5円である。
そして,原告が,被告らから援助を拒絶されるようになった平成13
年以降の各年の所得金額と上記所得平均額との差額は,合計935万1
764円となる。
イ販売店の価値の減少
平成12年12月時点における,T店の価値は,約930万円であっ
た。ところが,平成20年4月時点でのT店の価値は,約195万円で
ある。
すなわち,T店の販売店そのものの価値が約735万円減少したので
あり,これも原告の損害である。
ウ越境販売による慰謝料
被告会社の義務違反により,第三者が原告のテリトリーを侵した結果,
本来原告に帰属すべき約500万円もの利益が失われたのであり,原告
はこれを上回る精神的苦痛を受けたのであるから,その損害は少なく見
積もっても500万円を下らない。
エ慰謝料
(ア)費用相当分
平成12年12月時点で1589部あった原告の実配数は,平成2
0年4月時点で534部まで落ち込んでいる。
これを元通り回復するためには,そのための費用だけでも,約20
57万円が必要である。すなわち,契約が切れる顧客のうち止押がで
きるのはどんなに多くても50%であるから,実際に1055部(1
589部−534部)を伸ばすためには,最低でもこの1.5倍の契
約を取らなければならない。そして,1年間の購読契約を1件結ぶこ
とに成功した場合のセールススタッフの報酬は約1万円,拡材費は約
3000円であり,これを基に計算すると以下のとおりとなる。
(計算式)
1055×1.5×1万3000円≒2057万円
(イ)本来得られた利益
平成4年から平成10年までの間に(各年12月実績で比較),原
告が実際に増やすことができた購読契約は,年間平均77件である。
インターネットの普及などで新聞を購読しない人が増えている現
代において,新聞各社が激しい購読者競争を行っている中,購読契約
を増やすことができるのは,どれほど頑張っても1年間に60件が限
度である。とすれば,1055部を回復するためには約18年が必要
である。
これを前提に,現時点で261万7734円の所得を,前記の平成
9年から平成12年までの原告の平均所得額(728万4615円)
にまで回復する18年の間に,本来であれば原告が取得することがで
きたはずの利益は以下のとおり,約4200万円となる。
(計算式)
(728万4615円−261万7734円)×18÷2≒4200万円
(ウ)以上のような事情からすれば,原告が受けた精神的損害を慰謝す
るためには,少なくとも6257万円が必要である。
オ弁護士費用
原告は,本件訴訟遂行を弁護士に依頼し,その費用を負担した。
そのうち,被告らに連帯して負わせるべき費用としては,792万7
176円が相当であり,被告会社に負わせるべき費用としては,50万
円が相当である。
カ合計
被告会社,被告会及び被告取締役らの債務不履行又は不法行為によ
り,原告が被った損害は8719万8940円である。
加えて,被告会社の債務不履行又は不法行為により原告が被った損害
は550万円である。
(被告らの主張)
原告の主張はいずれも争う。
ア営業損害
(ア)前訴の確定判決において,原告の営業損害は200万円と認定さ
れ,被告会社から原告に対して同額の損害賠償金が支払われているこ
とから,原告には何ら損害がない。
(イ)また,原告は,平成9年から平成12年までの平均所得金額と,
平成13年から平成19年までの平均所得金額との差額から,原告の
営業損害の額を計算している。しかし,原告は,平成13年と平成1
5年の所得金額が平成12年以前の平均所得金額を上回っているに
もかかわらず,超過分を無視している。この損害の算定方法は誤って
いる。
イ販売店の価値の減少
原告は,販売店としての地位が承継される場合に,その承継人たる新
販売店経営者が旧販売店経営者に支払うこととされている代償金の算
定方法に基づき,販売店の価値を算定できるとして,その差額が損害と
主張する。
しかし,当該販売店の実配数及び保有カード数などに基づいて代償金
が算定されるのは,販売店経営者としての地位が任意承継され,適切に
引継業務が行われた場合に限られる。仮に,平成20年7月の更新拒絶
により販売店経営者たる地位を喪失したことをもって代償金相当額を
請求する意図が原告にあったとしても,上記のとおり,代償金は,販売
店経営者たる地位の任意承継が行われ,適切に引継業務が行われた場合
にのみ支払われるものであるため,原告による代償金相当額の請求は認
められない。
ウ越境販売による慰謝料
そもそも,通常の契約に基づく本件のような訴訟において,財産上の
損害を,無形損害である慰謝料として請求することはできないというべ
きである。これは,後記エについても同様である。
また,原告による損害の推定は,合理的根拠のない,推定にすぎない。
越境販売については,仮に存在したとしても,その原因は原告にあるの
であって,原告の請求には合理性がない。
エ慰謝料
(ア)費用相当分
前訴判決において,原告の営業損害は200万円と認定され,被告
会社から原告に対して同額の損害賠償金が支払われていることから,
原告にはそれ以上の損害がない。
加えて,購読者を維持,獲得するための費用は,本来,販売店が拠
出すべきものであり,新聞社が拠出すべきものではない。
(イ)本来得られた利益
原告が慰謝料名目で請求する「本来得られた利益」は原告の将来の
損害を内容とするが,平成20年7月末日をもって,原告と被告会社
との間の新聞販売店契約は終了していることから,かかる損害は発生
しない。
オ損害の重複及び矛盾
(ア)原告の主張する営業損害,販売店の価値の減少及び他店の越境
販売による被害という3つの損害は,いずれもT店の部数が減少した
ことによる減収を損害として主張するものであり,同じ損害を重複し
て主張するものである。
(イ)原告は,部数の回復に約18年かかることを前提に,費用相当
分及び本来得られた利益を損害として主張する。
しかし,本来得られた利益を被告らに請求するのであれば,部数が
回復していることが前提なので,部数回復に必要な費用相当分の支払
まで求めることは,二重に利益を求めることになる。これは,両立し
ないものであって,明らかに矛盾する。
第3当裁判所の判断
1争点(1)(越境販売についての被告会社の責任)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(各項掲記のほか,甲75,乙イ34,原告)及び弁
論の全趣旨によれば,以下の各事実が認められる。
ア被告会社は,各販売店に対し,新聞販売店契約に基づいて,一定区域内
におけるY新聞の独占的販売権を与えている。各販売店は,自店に与えら
れた販売区域内でのみ新聞販売を行うことができるのであり,他の販売店
の販売区域に越境して新聞の販売を行わない義務を負っている。原告も,
本件販売店契約に基づき,別紙2記載太線枠内の区域において,Y新聞を
独占的に販売する権利を有し,実際に販売を行っていた。(乙イ8,37)
Y新聞の読者のうち,他の販売店の販売区域に転居した後も購読を継続
する読者(以下「移転読者」という。)は,原則として,「読者転居通知
票」によって取り扱われる。これは,移転読者が,転居後もY新聞の購読
を継続する旨を転出元の販売店に届け出た場合,当該販売店は,「読者転
居通知票」に必要事項を記載し,被告会社に届け出るためである。
一方,移転読者が,転出元の販売店ではなく,転出先の販売店に直接連
絡し,新たに新聞の購読契約を締結した場合には,「読者転居通知票」は
使われないこととなる。
イ原告は,平成14年12月初め頃,T店の区域内のL方に,原告以外の
販売店からY新聞が配達されているのに気づいた(別紙3の1番)。原告
は,同月18日の朝刊配達時にL方に配達していた配達車を写真撮影し,
同日夕方,息子であるMをL方に赴かせ,事情を聞かせた。すると,同年
7月に筑後市長浜から引っ越してきたが,従前から購読していたY新聞を
転居後も従前のU店から配達してもらっているとのことであった。他方,
同日,被告会社にU店から,ファックスでLの読者転居通知票が届けられ,
転居先がT店の区域内であったため,被告会社担当者はこれをT店に転送
し,同月19日から原告がL方に配達するようになった。(甲21)
原告とは別の販売店店主を当事者とする事件の関係で上記事実を認知し
た被告会社は,JにU店の店主Nからの事情聴取を行わせ,Nに対し厳重
に注意した。
ウ原告は,原告代理人弁護士を介して,平成15年9月26日付けで,被
告会社に対し,T店の販売区域内における越境販売13件(別紙3記載2
番,4ないし14番を含む。)について,事実が存在するか及び越境販売
店に対する処分結果について回答するよう申し入れた。(甲9の1,甲2
2,23)
これに対し,被告会社は,同年10月13日付けで,原告に対し,以下
のとおり回答した。(乙イ6)
(ア)他店の越境販売については,事実確認をした上で注意をし,改善指
導している。
(イ)指摘された13件の内,2件は不明及び配達はされていない。6件
はT店に連絡したが連絡がつかないため,購読者保護のため近隣の販売
店が配達している。2件はT店に連絡したが原告が配達を拒否したため,
3件は購読者がT店よりの配達を拒否し,近隣の販売店から配達を希望
したため,それぞれ近隣の販売店が配達している。
(ウ)現行の配達店からは同年10月末日をもって配達を中止する。購読
者の要請もあり,11月1日以降の配達は事前に全軒挨拶訪問の上,配
達を開始していただきたい。
(エ)T店の販売区域でのセールス活動は,調査の結果,確認できなかっ
た。
エさらに,原告は,その代理人弁護士を介して,平成20年1月17日付
けで,被告会社に対し,U店のT店販売区域に対する越境販売について,
被告会社販売局がU店に対して指導・処分を行ったかについての回答を求
め,申入れを行った。(甲9の2)
これに対し,被告会社は,同月21日付けのファクシミリで,申入れの
あった件については,T店が配達することとなった旨回答した。(乙イ7)
オ原告は,本件訴訟の第1準備書面(平成20年12月16日付け)で,
別紙3記載1番,3番,15ないし23番の越境販売を指摘した。このう
ち,15ないし23番は,上記第1準備書面で初めて指摘されたものであ
り,それ以前にこれらについて原告が被告会社に申告したことはなかった。
(2)争点に対する判断
ア前記のとおり,被告会社は,各販売店に対し,新聞販売店契約に基づい
て,一定区域内におけるY新聞の独占的販売権を与えており,各販売店は,
自店に与えられた販売区域内で独占的に新聞販売を行うことができること
の反面,他の販売店の販売区域に越境して新聞の販売を行わない義務を負
っている。そして,販売区域を分割して上記独占的販売権を各販売店に付
与している被告会社は,その反面として,ある販売店が他の販売店の販売
区域に越境販売した事実を把握した場合これを是正するべき義務を,新聞
販売店契約上,各販売店に対して負担しているものというべきである。
イそこで本件について検討するに,上記認定事実記載のとおり,原告は,
被告会社に対し,13件の越境販売がされたことによってT店の販売区域
が侵されたとの報告をするとともに,事実確認と処分を求めたことが認め
られる。
一方で,原告は,本件訴訟の第1準備書面で,23件の越境販売があっ
た旨主張するが,被告会社は,上記第1準備書面を受領するまで,うち1
1件について報告されたこと等はなく,把握していなかった旨主張する。
なお,上記の23件には,原告が被告会社に対し,平成15年9月26日
付けで申入れをしたもののうち12件が含まれているが,残り1件につい
ては氏名も判明していないため,含まれているか否か明らかでない。
ウまず,原告が被告会社に対して申告した13件の越境販売については,
被告会社が調査して事実関係を把握した上,越境販売の存在が確認された
分については,T店からの配達ができるようにした旨の文書が原告に交付
されている。
なお,この点について,原告は,原告に引き継がれたのはこのうち5件
にすぎず,その余は問題が改善されなかった旨主張する。しかし,それ以
降,平成20年に至るまで,原告が被告会社に対し,越境販売に関する何
らかの苦情を述べていること,あるいは上記文書の交付後にも越境販売が
継続していたことを窺わせるような事情は本件証拠上見当たらない。そう
すると,原告の上記主張は措信し難いものといわざるを得ない。
そして,被告会社は,原告の申入れを受けて,越境販売がなくなるよう
に一応の手当てをしているものと認められ,被告会社が越境販売を知り又
は知り得べきでありながら放置していたと判断することはできない。
エさらに,原告が被告会社に対して申告しなかった越境販売については,
そもそも越境販売が存在したことを認めるに足りる証拠はないといわざる
を得ない。仮に,越境販売の存在が認められるとしても,それを被告会社
が知っていた又は知り得べきであったと認めるに足る証拠はない(越境販
売をされた販売店の店主等から通報を受ける以外の方法で,被告会社にお
いて越境販売の事実を把握することは困難といえる。)から,被告会社が
具体的な措置を講じるべき義務に違反したということはできない。
なお,原告は,判明していない分も含めれば,越境販売は多数行われて
いた旨主張するが,かかる事実を認めに足る証拠はなく,原告の憶測の域
を出ないものというべきである。
オ以上によれば,被告会社が越境販売について認識しながら具体的な措置
を講じていなかったとはいえず,被告会社が,原告に対し,越境販売に関
して債務不履行ないし不法行為責任を負うことはないというべきである。
2争点(2)(原告の被告会会員としての法的地位の侵害についての被告会社
及び被告会の責任)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(各項掲記のほか,甲65,72,乙イ32,35,
証人K,証人J,原告)及び弁論の全趣旨によれば,以下の各事実が認めら
れる。
ア被告会社の販売局について
被告会社の販売局は,販売第1部から販売第3部まで存し,筑後地方を
初めとする福岡県南部は販売第2部が担当している。各部は,部長の下に
担当員と呼ばれる社員が約10名ずつおり,それぞれが管轄する区域内の
20店ないし40店くらいの販売店を担当している。担当員は,販売店を
訪問し,同店から送られてくる業務報告書の内容を確認し,収支バランス
を見て集金率や投資経費の多寡について指導したり,新聞販売セールスの
活用や販売促進用景品の活用を提案するなどしている。(甲105)
イ被告会について
(ア)Y会とは,Y新聞販売店を経営する店主らによって,親睦・相互扶
助を目的として,地区ごとに組織された団体である。
被告会は,筑後地区において,Y新聞販売店を経営する店主をもって
組織されたY会である。被告会は,会員相互の親睦を図り,販売店及び
被告会社の発展向上を目的とし,当該目的のために,販売経営に関する
研究会の開催,強固な販売網づくりのための諸施策の研究・実行等を行
うこととしている。(甲2の1・2)
被告会社と筑後地区における新聞販売店契約を締結した経営者は,自
動的に被告会に入会することとなる。
(イ)被告会の役員は被告会社と協同して会務を司ることや,被告会会長
は,被告会社と役員の協議の上,会員の承認を得るなどとされている。
また,被告会からの除名についても,被告会社と被告会会員の協議の上
除名することができる旨の定めがある。なお,上記除名規定は,被告会
の会則に従前は存しなかったところ,平成14年4月1日実施の会則で
設けられたものである。(甲2の1・2)
また,被告会社は,統一精算会を通じてセールス会社に補助金を出し
たり(甲13),新聞中入れ(具体的内容は後記(ウ)dのとおりである。)
を作成したりしている。
このように,被告会は,被告会社から完全に独立しているわけではな
く,相互に関係している。
(ウ)販売店の経営における被告会の役割として,主要なものは以下のと
おりである。
aセールススタッフの派遣
Y新聞では,個別の販売店がセールス団と取引を単独ですると,契
約手数料(カード料)が高騰するなどの悪弊が予想され,一方で再販
(定価格販売)が義務化されているところから,各Y会で会員制によ
る統一精算会を発足し,Y新聞統一カード料制度により運営している。
すなわち,Y新聞のセールス関連の精算事務は,被告会社の子会社で
ある株式会社Oが行っているが,この会社と業務取引契約をしたセー
ルス団が,各地区のY会単位で結成された統一精算会を通じて取引を
行っている(ちなみに,福岡県内には被告会を含めて7つの地域Y会
があり,同数の統一精算会がある。)。(甲3)
そして,販売店がセールススタッフの派遣を受けたい場合,まず店
主は被告会社の担当員が販売店を訪れた際に,セールス派遣の要請を
出す。これを受けて,担当員は各販売店主の派遣要請を取りまとめ,
被告会に対し,その日程調整等を依頼する。そして,被告会が具体的
な派遣の日程や人員の調整を行い,セールス会社に対して具体的な業
者の派遣を依頼する。販売店はセールス会社に依頼してカードを買い,
新規読者を獲得したセールスに対して報酬を支払うことになる(実際
には被告会社がセールス会社に立替払いし,その後販売店が被告会社
に支払う扱いとなる。)。この際,被告会社は,セールス会社に対し,
その実績に応じて補助金を出すことにより,販売店の営業活動を援助
している。(甲103の1ないし3)
また,被告会は,統一精算会として,依頼したセールス会社と販売
店との精算を被告会が取りまとめて処理する仕組みを構築し,セール
スに関する精算手続を簡易・迅速に行えるようにしている。
販売店がセールス会社と取引をする場合は,Y新聞統一カード料制
度の運営細則を遵守しなければならず,その中には新規購読者獲得の
ためだけにセールススタッフを使用することが規定され,新聞配達や
集金業務,既読者の契約更新業務(止押)などにセールススタッフを
使用することは禁止されている。
(本項につき甲13,59,61)
b拡材の共同購入
拡材の購入は,被告会が,年に数回程度,各販売店の必要個数をま
とめた上で共同購入を決めている。共同購入により,大量一括購入で
単価が下がり,各販売店の経費節減に資することとなる。
c各種イベントチケット
各種イベントチケットは,通常,被告会が被告会社から配布を受け
た上で,販売店に配っているものである。販売店は,これを新聞購読
の新規勧誘等に利用する。
d新聞中入れ
具体的には,赤ちゃん新聞(こどもの日や七五三の時に,読者の申
込みに応じて作成する,子供の写真入り新聞をいう。ちびっこ新聞も
同様。)や,新聞休刊日を告知するチラシなどである。新聞中入れは,
被告会が各販売店の必要部数を集計した上で,被告会社に制作と配布
を委託する(もっとも赤ちゃん新聞を発行しているのはY会の上部団
体である販売第2部連合Y会であり,被告会社ではない。甲59)。
ウ平成13年更新拒絶に至る経緯(乙イ46)
(ア)平成12年4月頃,T店の実際の予備紙数は39部であったが,原
告が業務報告書に7部と記載して虚偽報告を行ったことが発覚した。(乙
イ32,35)
そのため,原告は,同年5月18日付けで,「4月度業務報告書上で
は,予備紙数7部と報告していましたが,実際は約40部でした,虚偽
の報告をしていた事を深く反省し今後も本社指示に従い増紙に励んでい
くことを約束致すものであります」と記載した誓約書(乙イ25,32,
35)と,「平成12年10月目標増紙計画表」を作成し,被告会社の
当時の販売局長であったPに差し入れた(乙イ35)。
(イ)被告会社は,平成13年4月28日,原告に対し,原告の販売区域
の一部を切り離し,他の販売店主に引き継ぐという区域分割を提案し,
同年5月17日にJがT店に訪店した際には,原告も,一旦は区域分割
を承諾した。(甲10の2)
(ウ)原告は,平成13年5月29日,K局長を訪問し,「平成13年5
月業務報告書に予備紙7部と記載しているが,これは嘘で20部です」
と,再度,虚偽報告を行っていたことを明らかにした(乙イ32,35)。
また,その際,原告は,K局長に対し,区域分割の約束を撤回するとの
意思を伝えた(甲10の2)。
(エ)平成13年5月30日,JはT店を訪店し,原告に対し,分割了承
が一転した理由を尋ねた。これに対し,原告は,有力店主が裏で行動を
起こしているに違いなく,開業からいろいろなことがあり,考えを変え
たと答えた上で,被告会社の方が再考の余地がないのであれば闘うこと
に決めている旨表明した。
(オ)Jは,平成13年6月12日,Q第2部長(以下「Q部長」という。)
と共にT店を訪店した。そして,増紙計画の進行状況等を確認した後,
Q部長は,セールスマンは新規拡張しか許されていないのに,福岡YS
K6月入りカードうち2枚が継続カードであること及び6月月初業務報
告書の不備などを指摘した。さらに,Q部長は,分割区域の縮小等も考
えられるので,区域分割について再考して同月16日までに返答してほ
しい,了承できないとなれば継続取引の更新ができなくなると思われる
ことなどを原告に伝えた。
(カ)平成13年6月19日,JがT店を訪店したところ,店内にR弁護
士の顧問詔書が提示されており,原告から法的措置をとる旨告げられた。
原告は,帳簿類についても弁護士に相談の上でないと提示できないとし
た。Jは,通常業務を進められないまま,T店を退店した。
(キ)平成13年6月25日,JがT店を訪問し,原告の帳票類を確認(原
告は,同月22日,帳票等の提示は協力するようにとR弁護士からアド
バイスを受けていた。)した際,多数の読者が存在するにもかかわらず,
読者数の増減がないなど,不自然な配達区域(26区)があることを発
見した。そして,その後の調査を通じて,この26区は実在しない架空
区であり,そこに属するとされた132人の読者も,現実には存在しな
い架空読者であることが明らかになった。
(ク)被告会社は,平成13年6月28日,原告に対し,区域分割及び帳
票類の引渡しを求めるとともに,これに応じない場合には,同年7月3
1日をもって,本件販売店契約を期間満了として更新しない旨通知した。
エ本件仮処分後の経緯
(ア)平成13年10月29日に本件仮処分決定がなされた後,被告会社
は,同年11月初旬,原告に対し,同年12月から平成14年7月まで
の8か月間で110部増という「第1期増資計画表」とともに,要旨,
以下の内容を含む「誓約書」(以下「本件誓約書」という。)を示し,
これに署名するよう求めた。(甲6,7)
a販売部数の透明化を厳守(業務報告書の記載事項は全て明記すること
等)
b今回の虚偽報告を含む減紙を早期に復元・挽回すること,その一つ
として8か月で110部の増紙を行うという上記計画の履行
c現在読者へのサービスや非現読への種まき業務の強化
d虚偽報告やセールススタッフの目的外使用(食い止め作業等)の禁

e上記aないしdの不履行の場合,取引を中止されても異議を申し立
てない。
これに対し,原告は,本件誓約書への署名を拒否した。
(イ)被告会社のK局長は,Jと共に,平成13年11月17日,T店を
訪問し,原告に対し,本件誓約書に署名捺印してその内容を履行するか,
または以下の内容の取引にするかの選択を求めた。(乙イ28)
a本件仮処分には従わざるを得ないので,新聞等の供給を継続する。
b増紙業務を依頼しない(Y会活動不参画,業務報告書の提出も不要)。
c平成14年1月より増紙支援は一切しない。(セールス団関係は販
売店が直接処理。その他臨時補助も行わない等。)
これに対し,原告は,どちらを選択するかについて明確な回答をしな
かった。
(ウ)Jは,平成13年12月7日にもT店を訪問したが,その際も,原
告は本件誓約書に署名捺印するかどうかを明言しなかった。
そこで,Jは,同年11月17日の訪店時にK局長が話した内容をメ
モにして原告に手渡した(甲8,原告。以下,同メモを「Jメモ」とい
うことがある。)。その上で,Jは,原告に対し,本件誓約書に記載さ
れた取引を望むか,Jメモに記載された取引を望むかについて,明確な
回答を求めた。また,その際,Jは,本件誓約書の文言の修正も検討す
る旨述べたが,原告が修正を希望する旨の申し出をすることはなかった。
(乙イ29)
しかし,その後も原告が本件誓約書に署名捺印することはなかった。
オJは,平成14年4月頃,原告からプロ野球の観戦チケットを求められ
たことから,かかるチケットを原告が入院する病院まで届けた。(乙イ1
8の4,乙イ32)
その後は,原告に対して拡材が交付されたり,送られてくることはなく
なったが,原告は,Jや被告会社に対し,拡材の要請をしたことはなかっ
た。
カ原告は,遅くとも平成14年5月20日までに被告会を除名され,被告
会の会員ではなくなった。(甲54)
また,Jら担当員は,遅くとも平成14年7月以降,平成20年に至る
まで,T店を訪店しなくなり,セールススタッフの派遣について取りまと
めることもなくなった。(甲25,80,81)
(2)争点に対する判断
ア被告会社及び被告会の負う義務
まず,原告は,被告会社及び被告会は,被告会会員に対し,被告会のシ
ステムを享受させる義務がある旨主張する。
この点,前記前提事実及び上記認定事実によれば,原告は,平成2年に
本件販売店契約を締結して以来,販売員の派遣を妨害されていた時期はあ
ったものの,概ね,原告の希望どおりに販売員の派遣を受け,販売拡張を
行っていたことが認められる。そして,被告会を通じて依頼する販売員(プ
ロのセールススタッフ)を利用した場合,販売員ないしその所属する会社
に対し,被告会社から補助金が支払われることとなっており,販売店を経
営する原告にとって,営業活動の手段として有用なものとなっていたこと
が窺われる。また,拡材の共同購入や各種イベントチケットの手配なども,
購読者の維持・拡張を図る販売店の利益になる制度であるというべきであ
り,だからこそ被告会を通じて継続的に行われているものといえる。
このように,販売店にとって利益となる各制度については,販売店とし
ても,将来にわたり利用できるであろうという期待があるのが通常である
し,実際に,そのような制度に基づきセールススタッフや拡材等が各販売
店に提供され続けているのである。そうすると,被告会社や被告会の一存
で,特定の販売店についてのみ上記各制度を利用できなくするなど,著し
く不利益な扱いをすることは,新聞販売店契約の趣旨に反し,許されない
ものというべきである。この意味で,被告会社及び被告会は,被告会会員
に対し,被告会のシステムを享受させる義務があるというべきである。た
だし,販売店に著しい成績不良が見られる場合や,販売店との信頼関係が
破壊されるような事情があった場合など,他の販売店と異なる取扱いをし
てもやむを得ないといえるような事情がある場合については,かかる販売
店の期待を保護する必要性も乏しいと考えられるから,この限りでないも
のと解される。
イ被告会社及び被告会の義務違反の存否
(ア)これを本件について見るに,前記のとおり,原告は,平成2年に本
件販売店契約を締結して以来,一部の期間を除いて被告会を通じた上記
各制度を利用して営業を行い,平成12年頃までは順調に販売店の経営
を続けてきている。そうすると,原告も,上記各制度を,今後も利用で
きるとの期待を有していたというべきである。
そこで,かかる原告の期待を保護する必要性が乏しいといえるような
特段の事情が認められるかについて,以下検討する。
(イ)a成績不良及び努力懈怠
T店の平成13年6月当時の普及率は,虚偽報告部分を定数から控除
しても29.9パーセントであり,当時の筑後地区全体の平均普及率
である30.2パーセントをわずか0.3パーセント下回るにすぎな
い。(甲10の1・2,乙イ15,16,32,弁論の全趣旨)
b虚偽報告
前記認定事実ウ記載のとおり,原告には度重なる虚偽報告があり,
その数及び割合も決して軽微なものではない。かかる虚偽報告を長期
間にわたって維持したことは強く非難されるべきであり,原告の責任
は決して軽いものではない。
しかし,その背景には,ひたすら増紙を求め,減紙を極端に嫌う被
告会社の方針がある(甲10の1・2参照)ことが明らかである。そ
うすると,被告会社は,原告の虚偽報告を一方的に厳しく非難するこ
とのできる立場にはないというべきである。
c帳票類の提示拒否
原告は,平成13年6月19日,J担当から関係帳簿の閲覧提示を
求められたにもかかわらず,この要求を拒んでおり,これは本件販売
店契約の契約解除事由にも当たるものである。
しかし,原告が帳票類の提示を拒否したのは,前記b記載の虚偽報
告の発覚をおそれたためであることが窺われ,そうであるとすれば,
虚偽報告に至る背景やそれに関する被告会社の姿勢等も併せて考慮す
べきである。また,原告は,その後R弁護士のアドバイスを受けて,
同月25日には帳簿類の提示に応じており,上記提示拒否は一時的な
ものといえる。
d原告の分割案拒否等
原告が被告会社に対し,一旦承諾した分割提案を拒否したことは確
かである。しかし,かかる分割提案は,原告のT店経営において著し
く大きな影響を与えるものである一方で,原告の了承は口頭のものに
すぎず,被告会社が分割を前提に権利関係の設定を進めていたような
事情も証拠上見受けられないこと等を考慮すれば,原告の了承の撤回
をもって直ちに信頼関係を破壊させるほどの事情とすることはできな
いというべきである。
eその他,平成13年当時において,原告に,被告会社及び被告会と
の信頼関係を破壊するような事情は見受けられない。
f小括
以上に鑑みれば,原告にも問題のある点が散見されるものの,著し
い成績不良が見られるわけではないし,原告と被告会社ないし被告会
との信頼関係が破壊されたとまでいえる状況には至っていないから,
特段の事情は認められず,原告の期待を保護する必要がないとはいえ
ない。したがって,原告は,被告会を通じた各制度を利用できるとの
期待を有しており,少なくとも平成13年当時においては,その期待
は保護に値するものであったというべきである。
また,被告会を通じた各制度の利用は,その前提として,被告会社
の担当員の訪店及びその際の取りまとめが重要であると考えられると
ころ,T店については,遅くとも平成14年7月以降,平成20年に
至るまで,Jら担当員の訪店がされなくなっているのであるから,そ
れによって原告の法的地位ないし権利の侵害が継続しているというべ
きである。
そうすると,被告会社は,少なくとも過失により,原告の法的地位
ないし権利を侵害したものといわざるを得ない。
(ウ)そして,上記のとおり,原告の法的地位ないし権利の侵害が認めら
れるが,その主体としては,被告会社のみならず被告会も含まれるとい
うべきである。理由は以下のとおりである。
a前記認定のとおり,被告会は,販売店及び被告会社の発展向上を目
的とし,当該目的のために強固な販売網づくりのための諸施策の研
究・実行等を行うこととしており,被告会社と筑後地区における新聞
販売店契約を締結した経営者は,自動的に被告会に入会することとな
っている。また,被告会の会則上,被告会の役員は被告会社と協同し
て会務を司ることや,被告会会長は,被告会社と役員の協議の上,会
員の承認を得るなどとされている。
bそして,セールススタッフの派遣については,前記認定のとおり,
新聞販売店を訪問する被告会社の担当員(本件当時T店についてはJ)
が,新聞販売店の依頼を取りまとめ,被告会に依頼することによって
派遣を受けられることになる。そうすると,被告会社が,新聞販売店
のセールススタッフ派遣依頼の窓口となっているものである。また,
Y新聞のセールス関連の精算事務は,被告会社の子会社である株式会
社Oが行っているが,この会社と業務取引契約をしたセールス団が,
各地区のY会単位で結成された統一精算会を通じて取引を行っている
ものである。
また,新聞中入れ,拡材の共同購入及び各種イベントチケットにつ
いては,被告会が取りまとめていることが窺われるところ,例えば平
成14年4月頃にJが原告の依頼を受けて野球のチケットを交付して
いるなど,原告が被告会からの上記サービス提供を受ける際にも被告
会社の担当員を窓口としていたのであり,これは原告以外の筑後地区
の販売店主も同様であると推認される(新聞中入れについては,前記
のとおり被告会あるいは被告会社が制作していたのであるから,被告
会社ないし被告会を通すことなく入手するのは困難といえ,拡材につ
いても,被告会社との関係が良好な販売店が,被告会社ないし被告会
を通すことなく専ら独自に入手していたような事実は本件証拠上認め
るに足りない。)。
cこのように,被告会は,筑後地区のY新聞販売店店主らの親睦・相
互扶助の団体としての性格も有するものの,その目的,組織,活動内
容等において,上記のとおり被告会社と極めて密接な関連を有するこ
とは明らかである。
dさらに,前記のとおり,平成14年4月1日実施の被告会の会則で
は,被告会の会員につき被告会社と協議の上除名することができると
の規定が新たに設けられている。そして,原告は,同月20日までに
被告会を除名されている(Jは,平成14年5月20日に原告及びR
弁護士らと面談した際,原告は会則に則り除名された旨明言している。
甲54)のであり,上記規定は原告を被告会から除名するために新た
に設けられたのでないかとの疑いも払拭できないところであるが,そ
れはさておくとしても,被告会は,原告を除名することにより,原告
に前記各制度によるサービスを提供することを明示的に拒否したもの
と認め得るものである。
なお,かかる原告の除名に関し,原告において,上記会則の除名事
由に該当する事由が存在したとは認め難いところである。
eしたがって,被告会についても,原告に対して,原告が前記各制度
の利用を妨害しない義務(被告会とその会員としての関係に基づくも
のと解される。)があったというべきところ,前記のとおり,原告の
サービス提供への期待を保護することにつき,その必要性を否定し得
るような特段の事情が本件では見出せないにもかかわらず,原告によ
る各制度の利用を拒否したといえる以上,結局,被告会についても,
少なくとも過失による原告の法的地位ないし権利の侵害が認められる
というべきである。
ウ被告会社及び被告会の主張に対する検討
上記の点について,被告会社は,原告は自らセールススタッフとして従
業員を雇用し,あるいは被告会社を通さなくても直接にセールス会社にセ
ールススタッフの派遣を要請することができたとるる主張する。また,被
告会も原告が独自に拡材を入手することは容易であった旨主張する。
たしかに,原告が自ら販売拡大のための人員を雇用することは,何ら
妨げられるものではない(現に原告は,かつて止押用の営業専門の従業
員を雇っていたことがある。)。また,Jメモの記載は,Y会の活動を
経ることなくセールス団への依頼を行うことが可能であることを前提
にしていること(甲8,乙イ29),Jも証人尋問において,販売店が
Y会を通じずにセールススタッフの派遣を受けることが可能であると
証言していること,被告会を脱会していたSが,平成14年頃,同会を
介することなくセールススタッフの派遣を受けており,それを原告も知
っていたこと(甲54),原告は,本件訴訟に先行する仮処分手続にお
いて,セールス派遣を要望する場合に必ずしもY会を介する必要はない
が,Y会を介さなければ多額の費用がかかる旨主張していること(乙イ
22)等に鑑みれば,原告が直接セールススタッフに依頼して派遣を受
けることも全く不可能というわけではなかったと考えられる。
しかしながら,前記のとおり被告会を通じて依頼するセールススタッ
フを利用した場合,セールススタッフないしその所属するセールス会社に
対し,被告会社から統一精算会を通じて補助金が支払われることとなって
おり,その分,販売店から販売店からセールス会社等に支払うべき金員は
低額に抑えることができたと容易に推認できるから,販売店を経営する原
告にとって,営業活動の手段として被告会を通じてセールススタッフの派
遣を受ける方が有利であったことは明らかである(販売店が被告会を通す
ことなく独自にセールススタッフ派遣を依頼した場合にも,被告会社から
補助金が支払われたことを認めるに足る証拠はない。)。
また,前記のとおり,被告会社においては,セールス関連の精算事務は,
株式会社Oと業務取引契約をしたセールス団が,各地区のY会単位で結成
された統一精算会を通じて,Y新聞統一カード料制度により運営してきて
いるのであり,この構築されているシステムは相当強固なものであり,か
つそのようなものとして関係者全般に認識されていたものと認められる
(Jの陳述書(甲58,59)には,Y会会員でない者は,統一精算会
のルールでセールススタッフを利用することは考えられず,セールスチ
ームも規定に違反したことになるとの記載や,Y会会員でない販売店店
長はセールスチームと取引はできず,セールスも個別取引はできないと
の記載があるが,これらは関係者が上記認識を確固たるものとして有し
ていたことの証左といえる。)。
そして,そうである以上,自前のセールスチームを組織できるような一
部有力な販売店主は格別,一般の販売店が統一精算会の制度を利用するこ
となくセールススタッフの派遣を受け続けることは困難なものといわざる
を得ない。証拠(甲98ないし101,102の1ないし3)及び弁論の
全趣旨によると,原告は,平成13年更新拒絶後,一度だけ個人的に依頼
してセールススタッフの派遣を受けたものの,その後は一切セールススタ
ッフの派遣を受けていないが,その理由が原告主張のような被告会社によ
る妨害によるものか否かはさておき,その事実自体,上記困難さを裏付け
るものというべきである。
また,同様に被告会社及び被告会を通すことなく中入れ等を調達するこ
とが困難であることも,前記のとおりである。
したがって,上記被告会社及び被告会の主張は,いずれも前記認定・判
断を左右するものではない。
エ小括
以上によれば,被告会社及び被告会は,T店店主である原告に対し,本
件販売店契約ないし被告会の趣旨に鑑み,被告会を通じた様々な制度の利
用を妨害しない義務を負うところ,少なくとも過失により,かかる義務に
違反して,原告の法的地位ないし権利を侵害したものといわざるを得ない。
そして,かかる義務違反について,被告会社及び被告会は,客観的に共同
していたものと認められる。
したがって,被告会社及び被告会は,共同不法行為に基づき,連帯して
損害賠償責任を負うこととなる。
また,上記のとおりの事情によれば,被告会社及び被告会は,債務不履
行に基づく損害賠償責任も負う余地があると解すべきである。
3争点(3)(被告会社による,原告の新聞販売店としての新聞部数・普及率
の低下につき,積極的回復措置を採る義務の存否)について
原告は,被告会社は自己の違法な先行行為の影響を断絶させる積極的義務及
び部数低下・普及率低下を招くような状況から原告を脱却させる積極的回復措
置を採る義務を負う旨主張する。
しかしながら,かかる義務については,本件販売店契約の内容として定めら
れているものではないし,かかる義務を負う法律上の根拠もない。
また,仮に,被告会社の先行行為が違法であるとすれば,その違法行為をし
たことにより,被告会社は債務不履行ないし不法行為に基づき,原告に対する
損害賠償義務を負うことが考えられるところ,かかる義務を超えて,被告会社
に自己の違法な先行行為の影響を断絶させる積極的義務や,部数低下・普及率
低下を招くような状況から原告を脱却させる積極的回復措置を採る義務を負わ
せる根拠は存在しないというべきである。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,本争点に関する原告
の主張は失当であり,採用することができない。
4争点(4)(被告取締役らの任務懈怠責任の存否)について
(1)まず,原告は,被告取締役らに対し,旧商法266条ノ3第1項又は会社
法429条1項に基づく損害賠償請求をするものと解される。
そして,被告取締役らのうち,被告D及び被告Cについては代表取締役の
地位に基づき,その余は代表権のない取締役たる地位に基づき損害賠償責任
を負う旨の主張であると解される。
(2)代表取締役について
代表取締役は会社の業務執行全般について職責を負い,被用者に対する監
督を怠った場合には,監視義務違反による責任を負う。しかし,被用者の違
法行為を防止しなかったことにつき,代表取締役であるがゆえに結果責任を
負うわけではない。そこで,通常の会社,通常の経営者を前提に,相当の注
意をしても被用者の違法行為を抑止できなかったといえるような場合には,
代表取締役は責任を負わないというべきである。
これを本件について見るに,被用者の違法行為は,原告に対する本件販売
店契約の更新を拒絶し,その後に様々な不利益を被らせたというのであるが,
平成13年更新拒絶について,被告C及び被告Dが業務報告を受けていたと
か,取締役会の議題になっていたとかいうような事情は証拠上窺えない。か
えって,被告会社は,九州地方を中心にY新聞の発行や販売店への販売委託
等を行っており,その事務量は膨大なものであると解されることからすれば,
被告C及び被告Dが,T店の扱いに関する業務報告を受けていなかったこと
は十分考えられ,実際,K局長は,平成13年更新拒絶を,自身の判断で行
い,より上の地位の者への報告はしていない旨証言しているところである(K
証人)。
一方,原告と被告会社との間の訴訟(前訴)については,取締役にも報告
されていることが窺われるが(K証人),それがいつの時期に,誰に対して
行われたものであるかは判然とせず,前訴について被告C及び被告Dが報告
を受けたとは認めるに足りない。
そうすると,被告C及び被告Dが,相当の注意をすれば原告に対する被用
者の違法行為を抑止できたとは認めるに足りないというべきである。
(3)代表権のない取締役について
被告C及び被告Dを除く被告取締役らは,いずれも代表権を有しない取締
役であった者である。
この点,代表取締役以外の取締役は,原則として取締役会に参与する権限
しか持たないが,株式会社の取締役会は会社の業務執行につき監査する地位
にあるから,取締役会を構成する取締役は,会社に対し,取締役会に上程さ
れた事柄についてだけ監視するにとどまらず,代表取締役の業務執行一般に
つき,これを監視し,必要があれば,取締役会を自ら招集し,あるいは招集
することを求め,取締役会を通じて業務執行が適正に行われるようにする職
務を有するものと解すべきである(最高裁昭和48年5月22日第三小法廷
判決・民集27巻5号655頁参照)。
しかし,そうであるとしても,前記(2)同様,相当の注意をしても被用者の
違法行為を抑止できなかったといえるような場合には,取締役は責任を負わ
ないというべきである。
本件について見るに,被告E,被告F,被告G及び被告Hは,いずれも被
告会社の取締役であった者であるが,かかる4名につき,平成13年更新拒
絶について,業務報告を受けていたとか,取締役会の議題になっていたとか
いう事情は本件証拠上認めるに足りない。一方,原告との間の訴訟(前訴)
については,K局長が取締役に対して報告したことを窺わせる証言をしてい
るものの,いつ,誰に対して行った報告であるか判然としないのは前記(2)
同様である。そうすると,代表権のない取締役らについても,相当の注意を
すれば原告に対する被用者の違法行為を抑止できたとは認めるに足りないと
いうべきである。
(4)したがって,被告取締役らは,いずれも旧商法266条ノ3第1項又は会
社法429条1項に基づく損害賠償責任を負わない。
5争点(5)(被告らの債務不履行又は不法行為と原告の損害の因果関係)に
ついて
(1)認定事実
甲11の1ないし11によれば,原告の各年における所得金額及び拡張促
進費の支出額は以下のとおりであると認められる。
所得金額拡張促進費
平成9年747万5000円378万4848円
平成10年740万6260円280万9403円
平成11年713万9031円191万4080円
平成12年711万8168円254万4976円
平成13年818万9123円101万5928円
平成14年648万0733円153万5181円
平成15年813万2693円102万6877円
平成16年704万7328円34万3427円
平成17年708万4139円52万1957円
平成18年384万1377円42万8789円
平成19年261万7734円24万6798円
(2)争点に対する判断
ア被告会社及び被告会が原告に対して行った行為は,前記2(1)記載のとお
りである。
そして,かかる行為によって,原告はセールススタッフの派遣を受ける
主要な手段を失い,各種宣伝物を利用できなくなり,また,その他拡材の
共同購入をすることができなくなったものである。
イこの点,被告らは,原告は被告会を通さずにセールススタッフを依頼す
るなど,代替手段を取ることも可能であったし,拡材の共同購入も,年に
数回程度にすぎない旨主張する。
しかしながら,それによって原告は,被告会社の補助金を受けられず,
コストの高いセールススタッフしか利用できなくなったり,拡材を個別に
購入することで,大量一括購入の利益を享受できなくなったりしたといえ
る。このように,被告会社及び被告会の行為は,原告の営業に一定の影響
を与えたことが明らかであり,それによって原告の収入が減少したという
ことができる。この点に関する被告らの主張は理由がない。
ウまた,被告らは,原告が十分な営業努力を行わなかったために,原告の
減収が生じた旨主張する。
確かに,前記認定事実記載のとおり,原告は,平成13年以降,拡張促
進費の支出を減少させており,特に平成16年以降はそれが顕著であるこ
とや,前訴確定後のJのT店訪問の際の言動(乙イ18の1ないし8)等,
原告の営業努力が十分でないことを窺わせる事情も存在する。しかしなが
ら,原告は,実際に前記ア記載の不利益を受け,生活の基盤であるT店の
収入が減少している。また,原告は,かかる不利益を受け始める前は,十
分な営業努力をしていたと認められるが,被告会社及び被告会によって営
業努力の手段の一部が奪われたこととなるのであるから,従前と同様の営
業活動をすることができなくなるのも無理からぬところである。また,原
告は,営業活動を減少させてはいるものの,営業活動を全くしていないわ
けではない。これらの事情に鑑みると,原告の収入の減少は,原告の営業
活動が従前よりも減少したことに影響を受けていることは確かであるが,
その営業活動の減少についても,被告会社及び被告会の行為にその一因が
あるというべきであって,被告会社及び被告会の行為との因果関係がない
ということはできない。
そうすると,少なくとも,原告に生じた収入減少の一部について,被告
会社及び被告会の行為と因果関係があると解すべきである。
エ以上によれば,被告会社及び被告会の行為により,原告に損害が生じた
ことが認められるというべきである。
6争点(6)(原告の損害額)について
(1)認定事実
前記前提事実,証拠(各項掲記のもの)及び弁論の全趣旨によれば,以下
の各事実が認められる。
ア原告の各年における所得金額及び拡張促進費の支出額は前記5(1)記載
のとおりである。(甲11の1ないし11)
原告の,平成9年から平成12年までの4年間の平均所得金額は728
万4614円(小数点以下切捨て。以下同じ。)であり,拡張促進費の平
均支出金額は276万3326円である。一方,平成13年から平成19
年までの7年間の平均所得金額は619万9018円であり,拡張促進費
の平均支出金額は73万1279円である。
原告は,被告会を通じてセールススタッフの派遣を受けられなくなった
以降,個人的に直接セールススタッフを依頼したことがあったが,それは
1回だけであった(甲98)。また,T店で,新聞の新規勧誘のためのス
タッフを雇うことはなかった(原告)。
イ(ア)原告がT店を引き継いだ平成2年11月2日当時,新聞販売店の保
有カードの価値の算定基準は,保有カード1900枚で665万円と評
価されていた。(甲24)
(イ)平成12年12月時点における,T店の代償金の額は以下のとおり
計算することができ,合計約980万8570円である。
実配数:セット版72部×3925円=28万2600円
統合版1517部×3190円=483万9230円
英字新聞2部×2650円=5300円
スポーツ報知3部×3260円=9780円
九州スポーツ28部×3260円=9万1280円
釣り6部×980円=5880円
保有カード料:合計1307部
665万円×(1307÷1900)≒457万4500円
(ウ)平成20年4月時点における,T店の代償金の額は以下のとおり計
算することができ,合計約197万8185円である。
実配数:セット版27部×3925円=10万5975円
統合版507部×3190円=161万7330円
英字新聞2部×2650円=5300円
スポーツ報知2部×3260円=6520円
九州スポーツ18部×3260円=5万8680円
釣り6部×980円=5880円
保有カード料:合計51部
665万円×(51÷1900)≒17万8500円
ウ前訴において,原告は,①被告会社の平成13年更新拒絶は正当事由の
ないもので,継続的取引関係における供給者側の優越的地位を濫用し,原
告の営業権を違法に侵害したこと,②被告会社は,原告の購読者,配達順
路を探る目的でT店の配達員の配達行動を監視,追尾する等の行動をとり,
経営の存続が危機に瀕する事態に遭遇したこと,をそれぞれ主張し,被告
会社に対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料400万円
及び弁護士費用400万円の支払を求めた。
これに対し,福岡高等裁判所は,被告会社は,供給者としての優越的地
位を濫用したと評されても仕方がないとして,上記①を理由あるものと認
め,原告の損害賠償請求を,慰謝料200万円及び弁護士費用20万円の
限度で認容し,その余の請求を棄却し,同判決は確定した。(本項につき
甲10の1ないし3)
同判決に基づき,被告会社は,原告に対し,220万円を支払った。(乙
イ2)
エ近年,テレビ,ラジオはもとより,パソコンや携帯電話等のニュースメ
ディアの普及,若者の活字離れ,不景気などを原因として,新聞の読者離
れが進んでいる。実際,筑後地区でも,Y新聞48店舗の平均普及率は平
成2年11月に31.1%であったものが,平成13年の7月には30.
16%になり,その後も,平成19年7月に28.32%,平成20年7
月には26.31%と,継続的な漸減傾向にある。(乙イ15)
(2)争点に対する判断
ア営業損害について
(ア)原告は,被告らからの援助を拒絶されたことによる営業損害として,
935万1764円を請求している。
まず,損害額の計算方法について検討するに,前記(1)認定事実アによ
れば,原告の平成9年から平成12年までの平均所得金額は728万4
614円であり,平成13年から平成19年までの平均所得金額は61
9万9018円である。そして,かかる平均所得金額の差額は108万
5596円であるから,7年分としては,759万9172円が,原告
の減少した所得金額とされるべきである。
さらに,かかる額を原告の損害額として認定することができるか検討
するに,近年,ニュースメディアの普及,若者の活字離れ,不景気など
を原因として,新聞の購読者が減少しており,従来よりも新聞購読の勧
誘が困難になっているのは,原告も認めるところである。そうすると,
原告が被告らから,他の販売店同様の援助を受け,新聞販売拡大の努力
を継続していたとしても,平成12年以前と同様の販売部数を維持でき
たかは疑問であるといわざるを得ない。かかる点において,原告は損害
額の全部が発生したことまでは立証できていないというべきである。
また,原告は,前記(1)認定事実ア記載のとおり,平成13年以降,拡
張促進費の支出を減少させていることが認められる。具体的には,平成
9年から平成12年までの平均支出金額は276万3326円であり,
平成13年から平成19年までの平均支出金額は73万1279円であ
るから,原告は,拡張促進費の支出を,平成13年以降,年間約200
万円減少させていることとなる。また,原告は,その間,被告会を通じ
ることなく個人的にセールススタッフの派遣を1度受けたのみで,継続
的にセールススタッフの派遣を受けたり,T店で新規勧誘のためのスタ
ッフを雇ったりもしていないことに鑑みれば,この間の原告の経営努力
が十分なものであったかは疑わしいといわざるを得ない。
そうであるとしても,原告に何らかの損害が生じていることは明らか
であるから,損害の発生について何ら立証できていないということには
ならない。そこで,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,原告に
生じた損害は,上記減少した所得金額の5割を下らないものと認めるべ
きである。
以上によれば,379万9586円が原告の営業損害と認められる。
(イ)この点,被告らは,原告に生じた営業損害は,前訴において200
万円と認定されたものであり,被告会社による200万円の弁済によっ
て,もはや損害がなくなっている旨主張する。
確かに,前記認定事実(1)ウのとおり,前訴において,原告は,被告会
社に対し,本件販売店契約の平成13年更新拒絶は被告会社の優越的地
位を濫用するもので,原告の営業権を違法に侵害した旨主張し,不法行
為による損害賠償請求権に基づき,慰謝料400万円を請求したところ,
200万円の限度で認容され,その余の請求は棄却されたことが認めら
れる。
しかし,費目や期間によって範囲が特定される請求(いわゆる特定一
部請求)であって,不法行為に基づく損害賠償請求権であるような場合
には,一部の費目又は期間のみに限定する趣旨が明記されていなくても,
請求に係る費目又は期間のみを主張することで,一部請求の明示として
足りる場合もあると解すべきである。
本件においても,原告は,前訴において,「慰謝料」と費目を特定し
て損害賠償請求をしており,それ以外の損害についても主張し得たにも
かかわらず,あえて慰謝料のみを請求したことが窺われ,それは被告会
社も容易に知り得たものと解される。そうすると,原告は前訴において
慰謝料のみを一部請求として請求しており,その旨の明示にも欠けると
ころはないというべきである。
以上によれば,原告が慰謝料以外の費目について,残部の請求をする
ことは許されるというべきであり,費目が実質的に重なっていない限り
においては前訴の既判力も及ばないというべきである。そして,営業損
害の請求については,慰謝料と異なる費目であることが明らかであるか
ら,前訴の既判力に拘束されることはない。この点に関する被告らの主
張を採用することはできない。
イ販売店の価値の減少について
原告は,販売店の価値が平成12年12月から平成20年4月までに7
35万円減少したと主張する。この点,原告の主張する損害額は,平成2
年11月当時の代償金の額を基に計算されたものであり,現在の代償金額
が同様であるかについては明らかでない。しかし,代償金の額が変更され
たというような事情は見当たらないし,計算方法については被告会社も積
極的に争っているものではない。そうすると,実配数及び保有カードから
計算した販売店の代償金は,前記(1)のとおりであると認められる。
この点につき,被告らは,本件販売店契約が更新拒絶されたことにより,
販売店経営者たる地位の任意承継が行われ適切に引継業務が行われた
場合にのみ支払われる代償金相当額の請求は認められないと主張する。
確かに,被告らの主張するとおり,この価格の算出は,販売店経営者の
地位を任意承継し,適切に引継業務を行うことが前提とするものである。
しかし,まず,平成13年更新拒絶については,原告の本件販売店契約上
の地位について,前訴が認定し,それが確定している以上,前記更新拒絶
は無効であって,原告が販売店経営者の地位を任意に承継することができ
る地位にあることを前提にすべきであることは明らかである。また,平成
20年7月の更新拒絶についても,原告の本件販売店契約上の地位につい
て資産的価値を認め得る以上,たとえ上記更新拒絶が有効なため原告のT
店経営が許されなくなったとしても,T店の配達区域を承継する販売店主
との間で,事実上の事業承継に当たっての精算を認めるのが衡平に合致す
るものといえ,上記価値が無に帰するものではない。そして,その他,代
償金の計算方法に基づいてT店の販売店としての価値の減少を計算するの
が不当であるような事情もない。
しかしながら,一方で,近年,インターネットなどの各種メディアの発
展等により,新聞の購読者が減少しており,従来よりも新聞購読の勧誘が
困難になっているのは,前記ア(ア)のとおりである。そうすると,原告が
被告らの正当な援助を受け,新聞販売拡大の努力を継続したとしても,平
成12年12月の販売店の価値を維持することが可能であったとまでは認
められない。また,前記ア(ア)のとおり,原告の営業努力が十分であった
かについては疑問が残るところである。
そこで,弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づき,本費目についても,
原告に生じた損害は上記損害額の5割を下るものでないと認めるべきであ
る。したがって,391万5192円の販売店価値の減少が本件によって
生じたものと認められ,これは原告の損害となるというべきである。
(980万8570円−197万8185円)÷2≒391万5192円
ウ被告会社の債務不履行による損害について
原告は,被告会社に対し,越境販売によって生じた損害として500万
円を請求している。
しかし,そもそも前記1で検討したとおり,越境販売に関して被告会社
が債務不履行ないし不法行為に基づく損害賠償債務を負うことはない。こ
の点に関する原告の主張は理由がない。
エ慰謝料について
原告は,減少した実配数を回復するための費用相当額及び本来得られた
利益の相当額を根拠に,原告の精神的損害を慰謝するに足る額を計算し,
慰謝料として請求している。かような原告の請求内容を見ると,これは,
被告会社が原告との本件販売店契約の更新を拒絶し,各種サービスを提供
しなかったことに起因する,原告の精神的損害を慰謝するための慰謝料で
あると解さざるを得ない。
一方,前記(1)認定事実のとおり,前訴において,原告は,被告会社に対
し,本件販売店契約の平成13年更新拒絶は被告会社の優越的地位を濫用
するもので,原告の営業権を違法に侵害した旨主張し,不法行為による損
害賠償請求権に基づき,慰謝料400万円を請求したところ,200万円
(弁護士費用相当額を除く。本項につき以下同じ。)の限度で認容され,
その余の請求は棄却されたことが認められる。そして,前訴における原告
の損害賠償請求は,違法ないし不当な更新拒絶による慰謝料として請求さ
れたものであるが,これは,更新拒絶をされ,それに伴って本件販売店契
約上の地位にないものとして扱われる等,不当な扱いを受けたことに対す
る慰謝料も含んだものであることは,前訴の判決文(甲10の1の17頁,
甲10の2の23頁等参照)からも明らかである。
そうすると,本件訴訟において原告が請求する慰謝料については,前訴
において既に請求されていたものというべきである。そして,この点に関
する損害は,前訴の事実審口頭弁論終結時(平成19年4月27日)にお
いて200万円の限度で認められ,その余については存在しないことが確
定している。そして,200万円については既に被告会社により弁済がさ
れているのであるから,前訴の事実審口頭弁論終結時までに発生した損害
については,理由がないことが明らかである。また,前訴の事実審口頭弁
論終結時以降に生じた損害についても,具体的に主張立証されているもの
ではなく,これを認めるに足りないというべきである。結局,本件におい
て原告が被告らに対し,慰謝料として請求できる損害はないこととなる。
なお,被告会との関係では,上記の既判力が及ぶものではなく,別途検
討する必要がある。しかし,前訴の既判力に拘束されることなく改めて検
討しても,原告の慰謝料請求は200万円を超えて認められるものではな
く,既に被告会社による200万円の支払によって弁済されていると見る
べきである。そうすると,被告会との関係でも,原告に慰謝料としての損
害は認められない。
オ弁護士費用について
本件の事案の内容,難易度,請求額,認容額等に照らせば,弁護士費
用として70万円を相当因果関係のある損害と認めるべきである。
カ合計
以上のとおり,本件被告会社及び被告会の不法行為によって原告に生じ
た損害は,合計841万4778円となる。
なお,前記2記載のとおり,被告会社及び被告会は,債務不履行に基づ
く損害賠償責任も負う余地があるが,その額は上記不法行為による場合を
上回るものではない。
第4結論
以上の次第で,原告の本件請求は,被告会社及び被告会に対し,連帯して8
41万4778円及びこれに対する遅延損害金の支払を求める限度で理由が
あるから認容し,被告会社及び被告会に対するその余の請求並びにその余の被
告らに対する請求は,いずれも理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
福岡地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官西井和徒
裁判官圓道至剛
裁判官益留龍也
別紙省略

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