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平成26年5月30日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成24年(行ケ)第10399号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成26年1月15日
判決
原告帝人株式会社
訴訟代理人弁護士増井和夫
同橋口尚幸
同齋藤誠二郎
訴訟代理人弁理士鈴木雅彦
同千秋厚子
被告特許庁長官
指定代理人今村玲英子
同内藤伸一
同中島庸子
同山田和彦
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2010-28132号事件について平成24年10月1日にし
た審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
原告は,平成13年6月12日,発明の名称を「粉末薬剤多回投与器」と
する特許出願(特願2002-510136号。パリ条約による優先権主張
:平成12年(2000年)6月12日,日本国。以下「本件特許出願」と
いう。)をし,平成19年5月25日,設定の登録(特許第3960916
号。請求項の数26)を受けた(甲2。以下,この特許を「本件特許」とい
う。)。
帝人ファーマ株式会社(以下「帝人ファーマ」という。)は,平成22年
4月2日,原告から,一般承継による本権移転により,本件特許を承継した
(甲1の4)。
帝人ファーマは,平成22年4月5日,本件特許につき,特許権の存続期
間の延長登録の出願(特願2010-700060号。以下「本件出願」と
いう。)をして2年2月23日の延長を求め,延長の理由として,帝人ファ
ーマが平成22年1月5日に次のとおりの処分(以下「本件処分」とい
う。)を受けたことを主張した(甲3,甲4の1~4)。
ア延長登録の理由となる処分
薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認
イ処分を特定する番号
承認番号22100AMX01348000
ウ処分の対象となった物
販売名リノコートパウダースプレー鼻用25μg
有効成分の成分名ベクロメタゾンプロピオン酸エステル
エ処分の対象となった物について特定された用途
アレルギー性鼻炎,血管運動性鼻炎
特許庁は,平成22年9月6日付けで拒絶査定をしたため,帝人ファーマ
は,同年12月13日,これに対する不服の審判を請求した(甲7,8)。
特許庁は,これを不服2010-28132号事件として審理し,平成2
4年10月1日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下
「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月16日,帝人ファーマに送
達された。
原告は,平成24年11月13日,帝人ファーマから,会社分割により,
本件特許を一般承継した(甲1の1~4)。
原告は,平成24年11月14日,本件審決の取消しを求める訴えを提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載は,次のとおりである。
多回投与操作分の粉末薬剤を貯蔵可能な薬剤貯蔵室(5a)を規定する手
段と,
前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた単回投与用操作分の粉末薬剤
を収容可能な薬剤収容部(5b)と,
前記薬剤貯蔵室(5a)の底面との間で接触を保ちつつ充填位置と投与位
置との間を移動可能で,充填位置にて開口手段(2f)により前記薬剤収容
部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して開口し,投与位置にて前記薬
剤収容部(5b)を前記薬剤貯蔵室(5a)に対して閉鎖すると共に管(2
g,2d)を介して前記薬剤収容部(5b)を装置の外部へ連通させる薬剤
導出部(2)と,
前記薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通し,かつ前
記薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移動させるための手段(1
3)と,
前記薬剤収容部(5b)の底部に設けたフィルター(6a)を介して該薬
剤収容部(5b)に空気を送り込むことのできるポンプ部(3)と,
を具備し,
前記薬剤導出部(2)は,充填位置にあるとき前記薬剤貯蔵室(5a)内
の粉末薬剤が前記開口手段を介して前記薬剤収容部(5b)内に充填可能と
し,その際,前記穴(5c)は,前記管(2g,2d)を介してポンプ部
(3)と外部とを連通させることが可能な場所に位置し,
投与位置では,該薬剤収容部(5b)内の粉末薬剤が空気と共に前記管
(2g,2d)を介して装置外部へ噴射され,その際,前記穴(5c)を前
記開口手段(2f)とは接合させずに閉鎖するように構成したことを特徴と
する粉末薬剤多回投与器。
以下,請求項1に記載された発明を「本件発明1」といい,本件発明1と
請求項2ないし26に記載された各発明を総称して「本件発明」という。ま
た,本件発明に係る明細書(甲2)を,図面を含めて「本件明細書」という。
なお,請求項2ないし26に記載された発明は,いずれも本件発明1の構成
を全て含む「粉末薬剤多回投与器」に係る発明であるが,本件発明において,
ノズルにカウンターを付した構成に関する事項が,いずれの請求項にも記載
されていないことは,当事者間に争いがない。
3本件審決の理由の要旨
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりであり,要するに,本件
出願は,特許法67条の3第1項1号の規定により,特許権の存続期間の延
長登録を受けることができない,というものである。
本件審決の判断の要旨は,以下のとおりである。
本件処分は,薬事法14条9項に規定する医薬品に係る同項の承認である
から,本件処分の対象となった医薬品は,先に承認を受けた医薬品の承認事
項の一部を変更したものであることは明らかである。
そして,本件処分の対象となった医薬品の,先に承認を受けた医薬品(先
行処分の対象となった医薬品)からの変更事項は,一体型多回噴霧器の「ノ
ズル」を「ノズル(カウンター付)」にした点であると認められる。
ここで,上記変更事項に係る「ノズル(カウンター付)」に関する事項,
すなわち,カウンター付のノズルに関する事項は,特許請求の範囲に記載さ
れておらず,本件発明の発明特定事項ではないから,本件処分に係る承認書
に,本件発明の発明特定事項(カウンター付のノズルに関する事項を含まな
い)に該当する事項の全てが記載されているといえる以上,先行処分に係る
承認書にも,本件処分に係る承認書に記載された本件発明の発明特定事項に
該当する事項の全てと同じ事項が記載されていると解するのが相当である。
また,本件処分に係る承認書は,用途の点について,先行処分に係る承認
書から変更されていないものと認められる。
そうすると,本件発明のうち,本件処分の対象となった医薬品の承認書に
記載された,「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される
範囲は,先行処分によって実施できるようになっていたといえる。
したがって,本件発明の実施に特許法67条2項の政令で定める処分を受
けることが必要であったとは認められないから,本件出願は同法67条の3
第1項1号に該当する。
4取消事由
本件出願の特許法67条の3第1項1号該当性に係る判断の誤り
第3当事者の主張
〔原告の主張〕
1本件処分について
原告は,本件発明を実施するために,平成15年3月14日,ベクロメタ
ゾンプロピオン酸エステル製剤について製造承認(以下「本件先行処分」と
いう。)を取得した上で,一体型多回噴霧器に係る製剤(以下「旧製剤」と
いう。)の販売を開始した。
旧製剤は,60回噴霧可能であったが,患者が噴霧回数を正確に記憶する
ことが困難であったため,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さを
若干短くすることによって搭載スペースを確保し,噴霧操作におけるノズル
の回転動作に連動して噴霧回数を計測して表示するノズルカウンターを搭載
した製剤を開発した(以下「本件製剤」という。)。本件製剤は,本件先行
処分において承認を受けていた容器を変更するものであるため,薬事法14
条9項により,本件処分が必要となった。
旧製剤は,本件発明1の特許請求の範囲の全てを充足する実施品である。
旧製剤のノズルは,本件発明1の「薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設け
た穴(5c)に連通し,かつ前記薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の
間で移動させるための手段(13)」(以下「手段(13)」という。)に
相当するところ,本件製剤は,旧製剤と比較して,噴霧器本体の全高を若干
高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,容器内に搭載スペースを確保
し,噴霧操作のノズルの回転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウ
ンターをノズルに搭載した。
本件発明1において,手段(13)は,回転することによって,一回分の
投与量を秤量する機能を有する部材であるところ,回転回数を記録するカウ
ンターも,回転する部材と密接な関係にあり,かつ,医薬品として大きな技
術的意味を有するのであるから,本件製剤は,旧製剤のノズル(手段(1
3))の機能と構造に重要な変更を加えたものである。その他の構成要素に
おいて,本件製剤と旧製剤とでは変更がない。
したがって,本件製剤も本件発明1の実施品であるが,旧製品のノズル
(手段(13))について,重要な変更が加えられた実施態様であるので,
本件先行処分のカウンターを有しないノズル(手段(13))と,本件処分
のカウンターを有するノズル(手段(13))とは,発明特定事項に該当す
る事項として区別されるべきである。
本件審決は,本件先行処分によって本件発明は一部ではあるが実施できた
以上,同一の特許発明について,本件先行処分とは異なる部分について本件
処分により実施できるようになったとしても,本件先行処分とは医薬品の用
途が異ならない限り,本件処分に基づく延長登録は認められないとする。
しかしながら,本件先行処分によって禁止が解除され,発明の実施が可能
となったのは,あくまで本件先行処分の範囲内であって,本件製剤は,本件
処分によって初めて禁止が解除されたのであるから,本件製剤の実施態様に
つき,本件発明を実施するためには,本件処分が必要であったことは自明で
ある。
すなわち,本件製剤で追加されたカウンターは,本件発明1の手段(1
3)の一部を形成しているから,手段(13)は,発明特定事項として,少
なくともカウンターを有しないもの(旧製剤)と,カウンターを有するもの
(本件製剤)の2つの下位概念を含むものということができる。
したがって,本件発明のうち,本件先行処分で実施可能となった発明の範
囲は,カウンターを有しない手段を発明特定事項とするものであり,手段
(13)について異なる下位概念であるカウンターを有する手段を用いる本
件製剤は,延長登録の対象となることは明らかである。
2特許法67条2項,同法67条の3第1項1号の解釈について
特許法67条の3第1項1号は,特許発明の実施行為を,①(政令で定め
る)特定の許認可を得なければ実施できない行為と②当該許認可とは関係な
く実施できる行為とに分け,①に該当しない延長登録出願を拒絶することを
定めているにすぎない。
本件審決は,「政令で定める処分」の対象である医薬品と有効成分並びに
用途が同一であり,特許発明の発明特定事項の全てを備える医薬品につき,
先行する「政令で定める処分」が存在することをもって拒絶理由とするよう
であるが,法的根拠を欠く。
前記のとおり,本件製剤は,本件処分を受けることにより,初めて製造販
売することが可能となった本件発明の実施品であるから,上記①に該当し,
同項1号の拒絶理由に該当しない。
薬事法14条1項及び9項の承認は,医薬品の「品目(個別の具体的な医
薬製品)」ごとに与えられるから,特許法67条の3第1項1号の「その特
許発明の実施」も,承認に係る品目による特許発明の実施を意味するという
べきである。
同号が引用する同法67条2項では,政令で定める処分の対象である特定
の品目において特許発明の実施が可能か否かについて,「特許発明の実施」
という文言が用いられている。そうすると,同項との整合性の見地からして
も,同法67条の3第1項1号は,「(延長登録出願に係る医薬品につき)
その特許発明の実施に…処分を受けることが必要であったとは認められない
とき」と解釈すべきである。
延長登録に関する特許庁の現在の審査基準(以下「改訂審査基準」とい
う。)は,有効成分と効能・効果が共通する先行処分に基づいて拒絶してい
た従前の取扱いを変更し,発明特定事項が共通する先行処分に基づく拒絶を
原則としている。同基準は,先行処分の有無にかかわらず,後行処分に関す
る延長登録が許される場合を認めることにより,結論の妥当性を確保しよう
とするものであるから,特許法の文言によれば延長登録が認められる事例に
つき,条文に基づくことなく延長登録を否定することは,根拠が不明であり,
結論において不当である。
知財高判平成21年5月29日(平成20年(行ケ)第10460号。以
下「裁判例1」という。)及び知財高判平成23年3月28日(平成22年
(行ケ)第10177号。以下「裁判例2」という。)は,その特許発明の
実施に政令で定める処分を受けることが必要であったとの事実が存在すると
いえるためには,政令で定める処分を受けたことによって禁止が解除された
こと及び政令で定める処分によって禁止が解除された当該行為がその特許発
明の実施に該当する行為に含まれることの各要件をいずれも充足することが
必要であり,審査官(審判官)が延長登録出願を拒絶するためには,①「政
令で定める処分」を受けたことによっては,禁止が解除されたとはいえない
こと,又は,②「「政令で定める処分」を受けたことによって禁止が解除さ
れた行為」が「「その特許発明の実施」に該当する行為」に含まれないこと
(以下,それぞれ「条件①」及び「条件②」という。)を論証する必要があ
るとする。
また,知財高判平成22年12月22日(平成21年(行ケ)第1006
2号。以下「裁判例3」という。)は,「政令で定める処分の対象」となっ
た「物」又は「物及び用途」に限定して特許権の存続期間の延長が認められ
るのであるから,特許権の存続期間満了後に当該特許発明を実施しようとす
る第三者に対して不測の不利益を与えないという観点から,存続期間の延長
登録出願が適法であるためには,「政令で定める処分の対象」となった
「物」又は「物及び用途」についてみれば,それらが客観的に明確に記載さ
れ,かつ,当該特許発明に含まれるものであることが,特許請求の範囲を基
準とし,発明の詳細な説明の記載に照らして認識できるものでなければなら
ず,また,それで足りるとする。
このように,裁判例1ないし3は,いずれも延長登録に係る医薬品が特許
発明を実施するものであることをもって,延長登録を認めるものである。特
に,裁判例1及び2は,薬事法上の製造販売承認処分を受けた医薬品であっ
て,その実施に延長登録出願に係る特許発明の実施が必要である場合,延長
登録を認めるという特許法の条文に忠実であるのみならず,後行処分による
延長は,延長される権利範囲の追加をもたらすものの,特許請求の範囲によ
り規定される技術的範囲を拡張するものではないから,裁判例1ないし3の
上記各解釈を否定することは,立法論にすぎない。裁判例1に係る上告審判
決(最高裁平成21年(行ヒ)第326号平成23年4月28日第一小法廷
判決・民集65巻3号1654頁。以下「最高裁判決」という。)も,裁判
例1の解釈を基本的に支持している。
本件製剤の本質的な特徴は,有効成分ではなく,多回投与器の構造に基づ
く性能にあるから,カウンターを付加した構造に関する創意工夫に基づく患
者の利便性の向上につき,延長登録による保護が与えられるべきである。本
件先行処分の対象を特定する要素の1つが旧製剤の「構造」であるところ,
本件製剤と旧製剤とは,カウンターを備えるか否かという構造上の大きな相
違点があるから,本件製剤は,本件先行処分によって禁止が解除された医薬
品とはいえない。
また,カウンターの付加は,旧製剤と比較して,利便性を大きく向上させ
た重要な相違点であって,長期に渡り投与する医薬品につき,多回投与器を
適用して患者の利便を図るという基本的な技術的思想の中には,手段(1
3)においてカウンターを付加するという下位概念も含まれている。しかも,
カウンターの付加により,患者にとって,必要な時に確実に使用することが
でき,また,医師による追加製剤の処方を適切な時期に受けることができる
ようになったのであるから,本件明細書に記載された本件発明の目的(定量
噴霧性や操作の簡便性・迅速性)がより一層高いレベルで実現されるのであ
って,カウンターの付加は,本件発明の技術的思想と大きな関連性を有する
改良である。
延長登録制度は,薬事法における承認制度のために商品化に時間を要する
医薬品の技術分野において,特許権の期間切れのために研究開発のインセン
ティブが失われることを防止することを目的とする。改良を含む特許発明の
実施は,特許発明を活用し,有用性を高めた医薬品を社会に提供する行為で
あるから,これを保護し,インセンティブを付与することは,延長登録制度
の趣旨に合致する。
本件出願が拒絶されると,原告がカウンターを付加した本件製剤の開発に
要した費用の回収が不十分となり,原告のような製剤メーカーにとって,患
者の利便性を高める新製品の開発を行うインセンティブが失われることにな
りかねない。
3以上のとおり,本件出願を拒絶した本件審決の判断は誤りである。
〔被告の主張〕
1本件処分について
本件審決は,本件先行処分に係る承認書(以下「本件先行処分承認書」と
いう。)に,本件処分に係る承認書(以下「本件処分承認書」という。)に
記載された本件発明の発明特定事項に該当する事項の全てと同じ事項が記載
されていること及び本件処分承認書において用途の点が本件先行処分承認書
から変更されていないことから,本件発明のうち,本件処分承認書に記載さ
れた「発明特定事項及び用途に該当する事項」によって特定される範囲は本
件先行処分によって実施できるようになっていたといえることを理由とする
ものであって,本件先行処分と本件処分における医薬品の用途が異ならない
ことを拒絶の理由とするものではない。原告は,本件審決の理由を誤解する
ものである。
本件製剤の製造販売について本件処分が必要であったからといって,本件
発明の実施に本件処分が必要であったということはできない。原告の主張は,
技術的思想の創作である特許発明の実施を,処分を受けた医薬品の品目その
ものの製造販売行為と捉えることを前提とするものであり,その前提自体が
誤りである。
本件製剤に付加されたカウンターは,薬がなくなるタイミングを患者に知
らせるための手段にすぎず,それ自体は「薬剤貯蔵室底面の下部に設けた穴
に連通」するものでも,「薬剤導出部(2)を充填位置と投与位置の間で移
動させるための手段」でもないから,手段(13)の一部を形成するもので
はない。
したがって,手段(13)の下位概念として,カウンターを有しないもの
と,カウンターを有するものとがあるということはできない。
また,本件先行処分により,本件発明の発明特定事項を全て含む旧製剤の
製造販売が実施可能とされたのであるから,カウンターを有しない旧製剤と
カウンターを有する本件製剤のいずれもが本件発明の技術的範囲に属するか
らといって,「本件発明の実施」に本件処分が必要であったということには
ならない。カウンターを有する本件製剤について改めて処分を受けることが
必要とされたのは,専ら薬事法の要請によるものにすぎず,発明特定事項と
も技術的思想とも無関係な事項の変更のために本件処分が必要であったから
といって,延長登録の対象とする必要はない。
2特許法67条2項,同法67条の3第1項1号の解釈について
本件審決は,改訂審査基準に基づくものであるが,同基準は,以下の理由
に基づいて,特許法67条の3第1項1号における「特許発明の実施」につ
き,処分の対象となった医薬品の承認書に記載された事項のうち特許発明の
発明特定事項に該当する全ての事項(発明特定事項に該当する事項)によっ
て特定される医薬品の製造販売等の行為を意味すると解することを原則とす
る。
ア特許法67条の3第1項1号の「特許発明の実施」とは,特許請求の範
囲に記載された,出願人が特許を受けようとする発明を特定するために必
要と認める事項(発明特定事項)に着目して捉えることが必要である。
イ特許発明とは,技術的思想の創作を発明特定事項により表現したもので
あるところ,特許請求の範囲には出願人が特許を受けようとする発明を特
定するために必要と認める事項の全てを記載しなくてはならない(特許法
36条5項)。また,最高裁判決は,同法67条の3第1項1号の解釈に
ついて,先行医薬品が延長登録出願に係る特許権のいずれの請求項に係る
特許発明の技術的範囲にも属しない以上,特許発明を実施することができ
たとはいえないと判示した。
ウ薬事法の製造販売承認を受けた医薬品は,承認書に記載された多数の事
項(名称,成分,分量,用法,用量,効能,効果,副作用,その他)で特
定された製品である。
特許法67条の3第1項1号は,「その特許発明の実施に…処分を受ける
ことが必要であつたとは認められないとき」と定めるものであって,「その
品目の実施に…処分を受けることが必要であったとは認められないとき」と
定めるものではないから,「特許発明の実施」を「品目の製造販売」と読み
替えるような原告の解釈は相当ではない。
同法67条2項は,延長登録を認めるためには,特許発明の実施をするこ
とができない理由について,特許発明の実施に政令で定める処分を受けるこ
とが必要であったことを求める規定であって,当該処分の対象が特定の品目
であるとしても,同項において,「政令で定める処分の対象である特定の品
目における特許発明の実施」という趣旨で「特許発明の実施」という文言が
用いられていると解釈することはできない。また,そのような解釈を前提と
して,同法67条の3第1項1号の規定を「(延長登録出願に係る医薬品に
つき)その特許発明の実施に…処分を受けることが必要であつたとは認めら
れないとき」と理解することもできない。
しかも,前記のとおり,本件先行処分によって本件発明の実施が可能とな
っていた以上,本件発明の実施に本件処分を受けることは不要である。本件
先行処分と本件処分との関係を論ずることは,同法67条の3第1項1号の
規定から当然に導き出されることである。
したがって,本件製剤が本件処分を受けることによって初めて製造販売可
能となったこと,本件製剤が本件発明の実施品であること及び本件処分が同
法67条2項の「政令で定める処分」に該当することをもって,直ちに同法
67条の3第1項1号の拒絶理由に該当しないということはできない。
改訂審査基準は,最高裁判決と齟齬しないこと及び最高裁判決の事案(先
行処分が特許発明の技術的範囲に属しない場合)を含め,いかなる事案にお
いても一貫した説明が可能であることを目的として定められた基準であり,
原告が指摘するような,同一特許に関する先行処分が存在する場合,後行処
分の医薬品において有効成分又は用途が異ならない限り,延長登録を認めな
いという従前の取扱いを維持するものではない。改訂審査基準は,本件処分
の対象となった本件製剤の「発明特定事項及び用途に該当する事項」を備え
た医薬品についての処分(本件先行処分)が存在する場合には,本件発明の
うち,本件処分の対象となった医薬品の「発明特定事項及び用途に該当する
事項」によって特定される範囲は,本件先行処分によって実施可能であった
という一貫した判断基準を採用するものである。
裁判例1ないし3及び最高裁判決は,いずれも本件とは事案が異なる。
特に,裁判例1の条件①を充足する事案は想定し難いから,条件②の事情
が存在しない限り延長登録出願を拒絶することができないことを前提として,
原告主張のとおり,「政令で定める処分を受けた品目の製造販売が特許発明
の実施に該当するときは,延長登録が認められる」と解することは,特許法
67条の3第1項1号における「特許発明の実施」を「処分を受けた品目の
製造販売」と読み替えることにほかならず,相当ではない。
また,裁判例1ないし3の解釈は,特許法の文言どおりの解釈とはいえな
いし,処分により禁止が解除された行為が特許発明の実施に該当しさえすれ
ば延長登録が認められることになりかねず,延長された場合の特許権の効力
範囲が狭く解釈されるおそれがあること,従前の運用との解離が大きくなる
ため混乱が生じる可能性があること,複数の延長登録が細切れにされ,極め
て長期間にわたって特許権が延長され得る可能性があることなどからすると,
結論においても不当である。
本件発明には,カウンター付きノズルに相当する発明特定事項は存在しな
い。本件明細書にもカウンター付きノズルについて一切記載されていない。
したがって,本件発明は,患者による使用回数の管理を正確にすることに
よる利便性を大きく向上させることを目的としてカウンターを設置すること
を,技術的思想とするものではない。
本件特許出願当時(平成13年)には,カウンター付きノズルを備えた製
剤の発明はされていなかったところ,カウンターを有しない旧製剤は,本件
特許の設定登録よりも4年前に販売が開始されていたから,旧製剤について
本件発明を実施することができなかった期間は存在しない。旧製剤にカウン
ターを付加した改良品にすぎない本件製剤(本件発明の発明特定事項に該当
する具体的な構成は旧製剤と同じである。)を,特許出願から相当の年数が
経過して特許権が設定登録された後において開発し,新たな処分(本件処
分)を受けたからといって,当該処分に基づいて,カウンターの設置を技術
的思想とするものではない本件特許の存続期間の延長登録を認めることは,
最高裁判決が指摘する「政令で定める処分を受けるために特許発明を実施す
ることができなかった期間を回復することを目的とする」延長登録制度の趣
旨に合致しない。
3以上のとおり,本件出願を拒絶した本件審決の判断に誤りはない。
第4当裁判所の判断
1事実関係
本件発明の内容について
本件発明1の特許請求の範囲は,前記第2の2に記載のとおりであるとこ
ろ,本件明細書(甲2)には,本件発明の従来技術,解決すべき課題及び解
決手段について,おおむね次の記載がある(図面については,別紙の本件明
細書図面目録を参照。)。
ア技術分野
本発明は,特に粉末薬剤の多回投与器に関し,本体装置内に貯蔵された
複数回投与操作分の粉末薬剤を微量の単回投与操作分の粉末薬剤に定量性
よく分割秤量し,噴霧できる粉末薬剤多回投与器に関する。
本発明は,単回投与操作分の粉末薬剤に連続的にかつ精度よく分割して,
鼻腔,口腔,気管,気管支,肺胞などの体腔内若しくはその他の患部に噴
霧又は吸入投与するための,衛生的で,携帯に便利で,かつ使用時の操作
が簡便であり,また比較的安価な粉末薬剤多回投与器を提供するものであ
る。
イ背景技術
粉末状の薬剤が体腔,例えば鼻腔,口腔,気道などに噴霧あるいは吸入
により投与されている。このような粉末薬剤の投与において使用される粉
末状薬剤投与器には,粉末薬剤の収容方式から,単回投与操作分の量の粉
末薬剤を1つの単位として投与器やカプセルなどの適当な容器に収納し,
各投与操作により単回操作分の粉末薬剤のみ投与し得る,いわゆる単回投
与器と,複数回(多回)の投与操作分の粉末状薬剤を適当な容器に集合し
て収納し,その容器から単回操作分の粉末薬剤を分割し投与し得る,いわ
ゆる多回投与器とがある。
単回投与器は,使用者が各投与器の使用法に従って,粉末薬剤入りの容
器を装着し,かつそれを穿孔するという作業を必要とするのみならず,投
与装置及び粉末薬剤入りの容器を携帯する必要があるため,利便性及び携
帯性に問題がある。
多回投与器において,多量の集合した粉末薬剤から単回の投与操作に必
要な粉末薬剤を連続的かつ定量的に分割して投与することは,集合した粉
末薬剤の密度の変化,偏りなどの物性の面から非常に困難である。
また,粉末投与薬剤において,投与器から離れた際に薬剤を構成する粉
末が一次粒子に分散されて投与部位に沈着することが望ましいが,粒子に
よっては保存中,凝集によって二次粒子が生成し,一次粒子とは粒度分布
がより大きい方に偏ることがあるから,薬剤が投与される際には,たとえ
凝集が生じていても,投与器の構造上の工夫で一次粒子にまで分散される
ことが望ましい。さらに,薬剤収容室で定容積的に単回分の薬剤を分割す
る方式では,粉末薬剤のかさ密度が薬剤のロットによって異なる場合,分
割される薬剤の重量が変化してしまうため,薬剤のかさ密度の変化に対応
して投与される薬剤の重量を調節可能であることが望ましい。
以上のとおり,従来の粉末薬剤投与器は,投与薬剤量の定量性,小型化
による携帯性,操作の簡便性,操作の迅速性,製造工程の簡易性,構成部
品の単純性,製造に関する低コスト性,粉末薬剤粒子の分散性などの条件
を全て満たしているものはないのが現状である。
ウ発明の開示
本発明の目的は,定量噴霧性,小型化(携帯性),操作の簡便性・迅速
性,製造工程の簡易性,粉末薬剤の分散性,部品の最少化,低コスト化等
を兼ね備えた粉末薬剤多回投与器を提供することである。
本発明によると,装置外部からの操作により薬剤導出部を容易に移動す
ることができ,薬剤導出部が充填位置にあるとき,薬剤貯蔵室内の粉末薬
剤が薬剤導出部に設けられた開口手段を介して薬剤収容部内へ落下して充
填される。薬剤導出部を充填位置から投与位置へ移動する際に薬剤収容部
内の粉末薬剤がこの薬剤収容部の容量に相当する単回操作分の分量に擦り
切り計量される。その後は,薬剤収容部は自体により閉鎖される。薬剤導
出部が更に移動して投与位置へくると,薬剤導出部の前記管の開口部が薬
剤収容部と整合する位置となる。そこで,ポンプ部を操作することにより
薬剤収容部内に空気が圧入され薬剤収容部内の粉末薬剤が空気と共に前記
管を介して装置外部へ噴射される。
エ発明を実施するための最良の形態
本発明の粉末薬剤多回投与器(以下,単に「投与器」ということがあ
る)は,
別紙の図3に示すふた部(4)と別紙の図2に示す薬剤貯蔵部(5)
とからなる本体(1),
該本体(1)に回転可能に取り付けられた,別紙の図4に示す薬剤導
出部(2),
該薬剤導出部(2)と連動して回転する先端に噴霧口(2h)を有す
る,別紙の図6に示す回転式噴霧計量切替え装置(13),
薬剤導出の為の手動の圧縮空気源となるその壁部の少なくとも一部が
可撓性の容器ないし袋体で構成された,別紙の図7に示すポンプ部
(3),
前記噴霧口(2h)を収容する,別紙の図8に示す本体カバー(9)
及び
薬剤収容室(5b)を仕切る別紙の図2及び図9,図10に示すフィ
ルター(6),
とからなる。
本発明の投与器は,以下のaないしfの特徴を有する。
a本体(1)は,ふた部(4)と薬剤貯蔵部(5)とから構成され,
該ふた部(4)はその中央に薬剤導出部(2)を該本体(1)に通じ
させるための穴(11)を有し,該ふた部(4),該薬剤貯蔵部
(5),ならびに該薬剤導出部(2)により薬剤貯蔵室(5a)内の
密閉性を可能にする。
b該薬剤貯蔵部(5)が,その内部に多回投与操作可能な量の粉末薬
剤を貯蔵可能な薬剤貯蔵室(5a)と,該薬剤貯蔵室の底面に単回投
与操作分の粉末薬剤の容量をもった薬剤収容室(5b)を有し,該薬
剤収容室(5b)の底面に空気を流通させるが粉末薬剤は流通させな
いフィルター(6)が装着されており,該フィルター部分が該ポンプ
部(3)につながりをもった空気連絡口となり,薬剤導出の際該ポン
プ部(3)を押圧・弛緩することにより空気が送り込まれる。
c噴霧口(2h)を有する回転式噴霧計量切替え装置(13)と該本
体内中心部に位置する該薬剤導出部(2)とがともに連動して回転す
るように接続され,回転式噴霧計量切替え装置(13)は,該本体
(1)の薬剤収容室(5b)を通じ,該ポンプ部(3)から送り込ま
れる粉末薬剤と空気の空気通路(2c)を中央に有し,容易に該本体
(1)および薬剤導出部(2)から取り外すことができ洗浄が可能で
ある。
d該薬剤導出部(2)が,該本体(1)の薬剤収容室(5b)を通じ,
該ポンプ部(3)から送り込まれる空気と,粉末薬剤の空気通路(2
d)を有し,また該薬剤導出部(2)の底面(2e)が該薬剤貯蔵部
(5)の内径以下の円盤状の構造を有しており,該底面(2e)は,
該薬剤貯蔵室(5a)と,該薬剤収容室(5b)を仕切る機能を有す
る。
e該薬剤導出部(2)の底面(2e)の一部分には,該薬剤貯蔵室
(5a)と該薬剤収容室(5b)とをつなげるための,該薬剤収容室
(5b)よりも口径の大きい穴(2f)と,該薬剤収容室(5b)と
該本体(1)の薬剤収容室(5b)を通じ該ポンプ部(3)から送り
込まれる粉末薬剤と空気の空気通路(2d)とをつなげる為の管(2
g)を有している。
f該薬剤導出部(2)を回転式噴霧計量切替え装置(13)に連動し
て回転させることにより,まず該薬剤導出部(2)の底面(2e)の
穴(2f)を該本体(1)の薬剤収容室(5b)にあわせ,該薬剤貯
蔵室(5a)と該薬剤収容室(5b)をつなげることにより,該薬剤
貯蔵室(5a)内の粉末薬剤が,該薬剤収容室(5b)に充填され,
その際,該薬剤貯蔵室(5a)の底面の穴(5c)は,該薬剤導出部
底面の管(2g)と合わさる位置に有る,次に該薬剤導出部(2)を
回転式噴霧計量切替え装置(13)に連動して回転させることにより,
該薬剤導出部(2)の底面(2e)が該薬剤収容室(5b)上の薬剤
粉末を擦り切ることによって該薬剤収容室(5b)内の粉末薬剤が一
定量となり,さらに該薬剤導出部(2)を回転式噴霧計量切替え装置
(13)に連動して回転させることにより,該薬剤収容室(5b),
該管(2g),該空気通路(2d),および該噴霧口(2h)とがつ
ながり,該ポンプ部(3)より空気を送り込むことによって一定量に
秤量された薬剤粉末が該回転式噴霧計量切替え装置(13)の噴霧口
(2h)より噴霧される。
オ本体(1),薬剤導出部(2),回転式噴霧計量切替え装置(13),
ふた部(4),及び本体カバー(9)は通常,ポリエチレン,ポリスチレ
ン,ポリプロピレン,スチレン・アクリロニトリルポリマー(AS),ア
クリロニトリル・ブタジエン・スチレンポリマー(ABS),ポリカーボ
ネート,ハイインパクトポリスチレン,及び環状ポリオレフィンコポリマ
ー等からなる群から選ばれる1種以上のポリマーで成型されるのが好まし
いが,これらの材料に限定されるものではない。
本発明の薬剤収容室(5b)の一端に設けられるフィルター(6)とし
ては,粉末薬剤を構成する薬物及び賦形剤(薬物のみの場合もある)の粒
子の大きさに応じて,適宜篩い用網,及びメンブランフィルター等を用い
ることができる。
カ本発明で使用する薬物としては,幅広く種々の薬物について利用可能で
ある。その具体例としては,消炎ステロイド又は非ステロイド系消炎薬,
鎮痛消炎薬,鎮静剤,鬱病治療薬,鎮咳去痰薬,抗ヒスタミン薬,抗アレ
ルギー薬,制吐薬,睡眠導入薬,ビタミン剤,性ステロイドホルモン薬,
抗腫瘍薬,抗不整脈薬,高血圧薬,抗不安薬,向精神薬,抗潰瘍薬,強心
薬,鎮痛薬,気管支拡張薬,肥満治療薬,血小板凝集抑制薬,糖尿病薬,
筋弛緩薬,片頭痛薬及び抗リウマチ薬等の非ペプチド・蛋白質性薬物を挙
げることができる。
キ実施例1
別紙の図1は本発明の粉末薬剤多回投与器の全体構成を示す断面図であ
る。直径3.5mm,深さ3.3mmの薬剤収容室(5b)を有する,薬
剤貯蔵部(5)の内径が15mmの円筒状の本体(1)を環状オレフィン
コポリマーで成型加工し製造した。その際,薬剤貯蔵部の底面には薬剤収
容室(5b)と穴(5c)をそれぞれ直径3mm,2mmとなるようにあ
けた。また,噴霧口(2h)の直径が4mm,ふた部(4)と本体(1)
とに接続する内径18mmの底部を有する回転式噴霧計量切替え装置(1
3)をポリプロピレンで成型加工して製造した。また,底面が直径15m
mの円盤状であり,回転式噴霧計量切替え装置(13)に接続される柱状
部分の高さが27.5mmである薬剤導出部(2)を環状オレフィンコポ
リマーで成型加工して製造し本体(1)に取り付けた。薬剤導出部(2)
では,薬剤貯蔵部(5)の底面に設けた円弧状穴(5c)の角度(y)に
対応して,穴(2f)と管(2g)それぞれの中心間の角度(x)を11
5度とした。また,傾斜面(2i)の底面(2e)に対する角度(α)は
30度,管(2g)の底面(2e)に対する角度は,外側(β)が35度,
内側(γ)が40度とした。また,薬剤導出部(2)の先端(2j)が挿
入される直径5.0mmの穴(11)を有する,別紙の図3に示すふた部
(4)をポリプロピレンで成型加工し製造した。次いで,該本体部(1)
に目開き5μmのポリプロピレン製のメンブレンフィルター(6)とポリ
エチレン製のポンプ部(3)を取り付け,該薬剤貯蔵部(5)に粒子径が
38~150μmの粉末薬剤を1000mg充填し,該本体(1)に該ふ
た部(4)を挿入した後,回転式噴霧計量切替え装置(13)を本体
(1)に取り付け,最後に噴霧口(2h)にポリプロピレン製の本体カバ
ー(9)を被せ(装置全体としての高さは約85mm,直径は約24m
m),本発明の投与器とした。
クそのほかの実施例としては,本体(1)と薬剤導出部(2)とを,ポリ
カーボネート(実施例2),ABS(実施例3),ハイインパクトポリス
チレン(実施例4)で成型加工し,その他は実施例1と同様に製造した実
施例2ないし4,実施例1の角度β及び角度γをそれぞれ35度,40度
に保ったまま,角度αを15度(実施例5),45度(実施例6)とした
実施例5及び6,実施例1の角度αは30度に保ったまま,角度β及び角
度γをそれぞれ60度(実施例7),それぞれ20度(実施例8)とした
実施例7及び8,フィルターの凹凸の有無により単回噴霧量を制御した実
施例10ないし13が挙げられており,対照例と比較したデータ等が記載
されている。
本件特許出願及び本件処分の経緯等
前記当事者間に争いのない事実,証拠(甲2,4の1ないし4,甲12の
1・2,甲22,23)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めること
ができる。
ア原告は,平成13年6月12日,本件特許出願をした。
イ原告は,平成14年2月27日,販売名を「リノコートパウダースプレ
ー鼻用」とする一体型多回噴霧器入り製剤について,医薬品の製造承認申
請をし,厚生労働大臣から,平成15年3月14日付けで,申請のとおり
の医薬品製造承認を受けた(本件先行処分)。その内容は以下のとおりで
ある(甲22,23)。
【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用
【成分及び分量又は本質】成分名は,プロピオン酸ベクロメタゾン,
ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリ
ン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容器,本品
は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型多回噴霧
器入り製剤であり,60回(0.9087g,プロピオン酸ベクロメタ
ゾンとして1.50mg)噴霧できる。
【製造方法】記載はあるが不明。図面として,一体型多回噴霧器の外
観及び断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造
が添付されている。
【用法及び用量】通常,各鼻腔内に1日2回(1回噴霧あたりプロピ
オン酸ベクロメタゾンとして25μg),朝,夜(起床時,就寝時)に
噴霧吸入する。なお,症状により適宜増減する。
【効能又は効果】アレルギー性鼻炎,血管運動性鼻炎
【貯蔵方法及び有効期間】,【規格及び試験方法】記載はあるが不明。
ウ原告は,平成19年5月25日,本件特許の設定登録を受けた(甲1の
4)。
エ原告は,平成19年10月12日,「リノコートパウダースプレー鼻用
25μg」について,医薬品製造販売承認事項一部変更承認申請を行い,
原告を承継した帝人ファーマは,平成22年1月5日付けで,厚生労働大
臣から,上記一部変更申請承認処分を受けた(本件処分)。その内容は以
下のとおりである(甲4の2・3)。
【名称】販売名:リノコートパウダースプレー鼻用25μg
【成分及び分量又は本質】成分名は,ベクロメタゾンプロピオン酸エ
ステル,ヒドロキシプロピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,
ステアリン酸であり,成分及び分量又は本質として,1製剤単位は1容
器,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が充填された一体型
多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087g,ベクロメタゾン
プロピオン酸エステルとして1.50mg)噴霧できる。
【製造方法】不明
変更事項【製造方法】一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル
(カウンター付)」に変更。図面として,一体型多回噴霧器の外観及び
断面の形状,一体型多回噴霧器を構成する部品,本品容器の構造が添付
されている。
オ原告は,平成22年4月2日,帝人ファーマに対し,一般承継により本
件特許を移転したが,平成24年11月13日,帝人ファーマから,会社
分割により本件特許の移転を受けた(甲1の1~4)。
カ以上によれば,本件処分は,粉末薬剤としての成分及び分量,用法,用
量,効能,効果等は,本件先行処分と全く同じであり,変更事項は,製造
方法として,一体型多回噴霧器の「ノズル」を「ノズル(カウンター
付)」に変更するものであり,容器の形態は,本件先行処分のものから,
ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,旧製剤と比較
して,噴霧器本体の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすること
で,容器内にカウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回
転動作に連動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載し
た点で,変更を加えたものである。
2本件出願の特許法67条の3第1項1号該当性に係る判断の誤りについて
特許法67条の3第1項1号を理由とする拒絶査定の要件について
ア特許法67条の3第1項1号は,延長登録出願を拒絶するための要件と
して,「その特許発明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受け
ることが必要であつたとは認められないとき。」と規定されていることに
照らすと,審査官(審判官)が,当該延長登録出願を拒絶するためには,
①「『政令で定める処分』を受けたことによっては,禁止が解除されたと
はいえないこと」,又は②「政令で定める処分を受けたことによって禁止
が解除された行為が『その特許発明の実施』に該当する行為に含まれない
こと」を論証する必要があると解される。
イ薬事法14条1項に基づく医薬品,医薬部外品,化粧品及び医療機器の製
造販売についての承認及び同条9項に基づく承認事項の一部変更の承認は,
品目ごとに受けなければならず,承認を受けるに当たり,当該医薬品等の
「名称,成分,分量,構造,用法,用量,使用方法,効能,効果,性能,
副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」の審査を受けるも
のとされている(同条2項3号)。同条2項3号では,審査の対象として,
上記各事項が挙げられているが,これらは医薬品,医薬部外品,化粧品及
び医療機器の全てについての審査事項を列記したものであり,上記審査事
項のうち「構造,使用方法,性能」は医療機器のみにおける審査事項であ
り,医薬品についての審査事項ではないと解される(同条8項1号及び2
号並びに14条の4第1項1号参照。)。そうすると,同法14条1項又
は9項に基づく各承認の対象となる医薬品は,「名称,成分,分量,用法,
用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事
項」によって特定された医薬品である。したがって,上記承認によって禁
止が解除される行為態様は,当該承認の対象とされた,上記事項によって
特定された医薬品の製造販売等の行為である。
ウ前記アのとおり,特許法67条の3第1項1号は,特許権の存続期間の
延長登録出願を拒絶する要件として,「その特許発明の実施に…政令で定
める処分を受けることが必要であつたとは認められないとき。」と規定さ
れている。この要件のうち,前記①の「『政令で定める処分』を受けたこ
とによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」との第1の要件の有
無を判断するに当たっては,医薬品の審査事項である「名称,成分,分量,
用法,用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関す
る事項」の各要素を形式的に適用して判断するのではなく,存続期間の延
長登録制度を設けた特許法の趣旨に照らして実質的に判断することが必要
となる。
本件においては,本件先行処分は薬事法14条1項に基づく医薬品の製
造販売に係る承認であり,本件処分は同条9項に基づく承認事項の一部変
更の承認である。
これに対し,特許権の存続期間の延長登録の出願の対象となった本件発
明は,粉末薬剤の多回投与器という,特定の薬物を前提としない特許発明
であり,前記1カのとおり,多種多様な粉末薬剤を使用することが想定
されており,また,前記1オ,キ及びクのとおり,容器の材質,構造等
についても多様な実施形態が想定されている。そうすると,本件において,
薬事法14条1項又は9項に基づく承認を受けることによって禁止が解除
される「その特許発明の実施」の範囲は,本件先行処分及び本件処分の具
体的な内容と本件発明の内容とを照らし合わせて,個別具体的に判断する
必要がある。
判断
アまず,上記イ及びウの観点から,本件先行処分及び本件処分の対象と
なった各医薬品と本件発明との関係について検討する。
前記認定事実によれば,本件先行処分は,薬事法14条1項に基づき,
平成15年3月14日付けでされた,販売名を「リノコートパウダース
プレー鼻用」,成分を,プロピオン酸ベクロメタゾン,ヒドロキシプロ
ピルセルロース,ステアリン酸マグネシウム,ステアリン酸,成分及び
分量又は本質として,本品は,有効成分,賦形剤を含有する混合粉末が
充てんされた一体型多回噴霧器入り製剤であり,60回(0.9087
g,プロピオン酸ベクロメタゾンとして1.50mg)噴霧できるとす
るものについての製造販売承認である。
これに対し,本件処分は,本件先行処分の医薬品製造販売承認事項の
一部変更であり,変更事項は,製造方法として,一体型多回噴霧器の
「ノズル」を「ノズル(カウンター付)」に変更するものである。そし
て,旧製剤と本件製剤とを比較すると,粉末薬剤としては,成分,分量,
用法,用量,効能,効果等が全く同じであり,噴霧器の形態については,
ノズル部分に噴霧回数を表示するカウンターを設けるため,噴霧器本体
の全高を若干高くし,ノズルの長さも若干短くすることで,噴霧器内に
カウンターの搭載スペースを確保し,噴霧操作のノズルの回転動作に連
動して噴霧回数を計測し表示するカウンターをノズルに搭載した点で変
更を加えたものである。
そうすると,本件処分を受けたことによって禁止が解除された行為は,
ノズルにカウンターを搭載したことのみにあると認められる。
ノズルに,噴霧回数を計測し表示するカウンターを搭載することは,
本件特許の特許請求の範囲には記載がなく,本件明細書にも記載がない
ことは,当事者間に争いがない。
本件発明1において,手段(13)は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下
部に設けた穴(5C)に連通するものであり,かつ薬剤導出部(2)を
充填位置と投与位置の間で移動させる機能を奏しているものである。
旧製剤及び本件製剤において,手段(13)に相当するノズルは,い
ずれも上記構成及び機能を有するところ,本件製剤のノズルは,カウン
ターを付したことにより,噴霧回数を表示するという付加的機能を奏す
るものであり,カウンター自体は,薬剤貯蔵室(5a)底面の下部に設
けた穴(5c)に連通するものではなく,薬剤導出部(2)を充填位置
と投与位置との間で移動させる機能を奏するものでもない。
したがって,本件製剤は,本件発明1の実施品である旧製剤のノズル
にカウンターを付すことによって,旧製剤が奏する定量噴霧性,小型化
(携帯性),操作の簡便性・迅速性,製造工程の簡易性,粉末薬剤の分
散性,部品の最少化,低コスト化等を兼ね備えた粉末薬剤多回投与器と
いう本件発明1の効果に対し,噴霧回数の表示という付加的機能を実現
したものにすぎず,カウンターの設置に伴い,ノズルの面積や構造など
に若干の設計変更が加えられたものの,旧製剤と形態や機能において異
なるものではないことが認められる。
イ以上によれば,まず,本件製剤と旧製剤とは,粉末薬剤としては,成分,
分量,用法,用量,効能,効果等において全く同じであると認められる。
そして,本件製剤は,本件先行処分により禁止が解除された本件発明1の
実施形態である旧製剤のノズルについて,カウンターを搭載する実施形態
に限定したものにすぎないから,本件製剤は,本件発明1の実施形態とし
ては,旧製剤に含まれるというべきである。
そうすると,本件処分は,本件先行処分により禁止が解除された本件発
明1の実施形態について,ノズルにカウンターを搭載するという,より限
定した形態について本件処分の承認事項の一部を変更したものにすぎない
から,本件出願については,前記①の「『政令で定める処分』を受けたこ
とによっては,禁止が解除されたとはいえないこと」の要件を充足すると
いうことができる。
したがって,本件出願は,特許法67条の3第1項1号の「その特許発
明の実施に第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であつ
たとは認められないとき」に該当するというべきである。
原告の主張について
原告は,①本件発明1において,手段(13)は,回転することによって
一回分の投与量を秤量する機能を有する部材であり,回転回数を記録するカ
ウンターも,回転する部材と密接な関係にあり,医薬品として大きな技術的
意味を有し,本件発明1の手段(13)の一部を形成しているから,手段
(13)は,発明特定事項として,少なくともカウンターを有しないもの
(旧製剤)と,カウンターを有するもの(本件製剤)の2つの下位概念を含
むものである,②本件製剤の本質的な特徴は,有効成分ではなく,多回投与
器の構造に基づく性能にあるから,カウンターを付加した構造に関する創意
工夫に基づく患者の利便性の向上につき,延長登録による保護が与えられる
べきである,③カウンターの付加は,旧製剤と比較して,利便性を大きく向
上させた重要な相違点であり,多回投与器を適用して患者の利便を図るとい
う基本的な技術的思想の中には手段(13)においてカウンターを付加する
という下位概念も含まれており,本件発明の目的(定量噴霧性や操作の簡便
性・迅速性)がより一層高いレベルで実現されるのであって,カウンターの
付加は,本件発明の技術的思想として大きな関連性を有する改良であるとこ
ろ,カウンターを有する本件製剤は,本件処分によって初めて禁止が解除さ
れたのであるから,本件製剤の実施態様について,本件発明を実施するため
には本件処分が必要であったことは自明であると主張する。
しかし,本件発明1において,手段(13)は,前記のとおり,薬剤貯蔵
室(5a)底面の下部に設けた穴(5c)に連通するものであり,かつ薬剤
導出部(2)を充填位置と投与位置との間で移動させる機能を奏しているも
のであるのに対し,カウンター自体はそのような機能を奏するものではなく,
噴霧回数の表示という付加的機能を実現するものにすぎない。そして,カウ
ンターを付加することは,本件先行処分で禁止が解除された実施形態の範囲
内において,これを限定付加するものにすぎない。したがって,本件処分を
受けたことによって,新たに禁止が解除されたとはいえない。
そうすると,原告の上記主張はいずれも採用することができない。
3まとめ
よって,本件出願は,特許法67条の3第1項1号に該当するというべきで
あるから,本件審決の判断はその結論において正当であって,取り消すべき違
法はない。
第5結論
以上の次第であって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官富田善範
裁判官田中芳樹
裁判官荒井章光は,転補のため署名押印できない。
裁判長裁判官富田善範
(別紙)
本件明細書図面目録
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】

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