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令和3年4月15日判決言渡
令和2年(行コ)第10005号手続却下処分取消請求控訴事件
(原審・東京地方裁判所令和元年(行ウ)第536号)
口頭弁論終結日令和3年3月4日
判決5
控訴人メディミューンエルエルシー
同特許管理人上米良大輔
被控訴人国
処分行政庁兼裁決行政庁特許庁長官
同指定代理人神永暁
同濵田彩子15
同今福智文
同尾崎友美
主文
1本件控訴を棄却する。
2控訴費用は控訴人の負担とする。20
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30
日と定める。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。25
2特許庁長官が平成30年3月28日付けで控訴人に対してした,特願201
6-573770号についての平成28年12月16日付け提出の国内書面に
係る手続却下の処分を取り消す。
3特許庁長官が平成31年4月10日付けで控訴人に対してした,平成30年
6月29日付けの行政不服審査法による審査請求を棄却する旨の裁決を取り
消す。5
第2事案の概要(以下,略称は,特に断りのない限り原判決に従う。)
1控訴人は,平成27年4月7日,「千九百七十年六月十九日にワシントンで
作成された特許協力条約」(以下「特許協力条約」という。)に基づき,平成
26年4月8日に米国特許商標庁に対してした米国特許出願を優先権の基礎と
なる出願とし,同庁を受理官庁として,外国語(英語)で国際特許出願(本件10
国際出願)をしたが,特許法184条の4第1項本文所定の国内書面提出期間
内に,特許協力条約3条(2)に規定する明細書及び請求の範囲等の翻訳文(明細
書等翻訳文)を特許庁長官に提出せず,同条3項により本件国際出願は取り下
げられたものとみなされた後,特許庁長官に対し,本件国際出願について,国
内書面及び明細書等翻訳文を提出するとともに,国内書面提出期間内に明細書15
等翻訳文を提出することができなかったことについて正当な理由(同条4項)
があることを記載した回復理由書を提出したものの,特許庁長官は,平成30
年3月28日付けで,法18条の2第1項の規定に基づき,上記国内書面に係
る手続を却下する旨の処分(本件却下処分)をした。
控訴人は,同年6月29日付けで,特許庁長官に対し,行政不服審査法に基20
づき,本件却下処分について審査請求(本件審査請求)をしたが,特許庁長官
は,平成31年4月10日付けで,本件審査請求を却下する旨の裁決(本件裁
決)をした。
本件は,控訴人が,特許庁長官が所属する被控訴人に対し,①控訴人が国内
書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかったことについて25
法184条の4第4項に規定する「正当な理由」があるから,本件却下処分は
違法であって取り消されるべきである旨主張して,本件却下処分の取消しを求
めるとともに,②本件裁決には理由付記不備の違法がある旨主張して,本件裁
決の取消しを求める事案である。
原判決は,控訴人が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出しなかった
ことについて同条4項所定の「正当な理由」があるということはできないから5
本件却下処分に違法はなく,また,本件裁決には理由付記不備の違法はない旨
判断して,控訴人の請求をいずれも棄却したところ,控訴人がこれを不服とし
て控訴をした。
2「前提事実」,「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は,原判決を次
のとおり補正し,後記3のとおり,当審における控訴人の補充主張を付加する10
ほかは,原判決の「事実及び理由」の第2の2及び3並びに第3に記載のとお
りであるから,これを引用する。
(1)3頁26行目冒頭から4頁2行目の「みなされた。」までを次のとおり改
める。
「ア控訴人は,発明の名称を「IL-21に特異的な結合性分子およびそ15
の使用」とする発明について,平成27年4月7日,特許協力条約に基
づき,平成26年4月8日に米国特許商標庁に対してした米国特許出願
(US61/976,684)を優先権の基礎となる出願とし,同庁を
受理官庁として,外国語(英語)で国際特許出願(PCT/US201
5/024650)をしたが,法184条の4第1項本文が定める特許20
協力条約2条(ⅺ)の優先日から2年6月の国内書面提出期間(その末
日は平成28年10月11日)以内に,特許協力条約3条(2)に規定する
明細書等翻訳文を特許庁長官に提出しなかったため,同条3項により,
本件国際出願は取り下げられたものとみなされた。」
(2)5頁10行目の「本件審査請求の審査員の」を削る。25
(3)7頁12行目の「午前11時16分,」の次に「A氏及び」を加える。
(4)9頁2行目の「以降」を「移行」と改める。
(5)10頁2行目の「甲17」の次に「,18」を加える。
3控訴人の当審における補充主張
(1)RPLLPは本件国際出願の国内移行手続をBP社から受任したこと
原判決は,A氏は,平成28年7月27日,B弁護士に対し,RPLLP5
の提案した本件知財資産の知財管理草案に一度は同意する旨の電子メールを
送信したものの,その直後にこれを撤回する旨の連絡(本件撤回メール)を
送信し,その後,BP社とRPLLPとの間で,本件知財資産の継続的な管
理についての議論がされ,あるいはBP社からRPLLPに対して本件国際
出願の国内移行手続を明示的に委託する旨の連絡がされたことをうかがわせ10
る証拠はないから,BP社が本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに対
して委任したと認めるに足りる証拠はない旨判断した。
しかし,本件に関係する準拠法である米国マサチューセッツ州の法律では,
弁護士と依頼者との間の明示的な合意がない限り,委任関係が成立しないと
いうわけではなく,代理人及び依頼者の行為から黙示的に弁護士と依頼者と15
の間で委任関係が成立することもあり得る(マサチューセッツ州最高裁判決
も同旨。)。適用される米国法の下では,代理人と依頼者との関係は,①本
人が弁護士に助言や援助を求める意思を示すこと,②弁護士が助言や援助を
与えることに同意しているか,そのように見えることによって成立する(第
3次弁護士法リステイトメント第14条参照)。20
本件についてみると,本件撤回メールが送付されたにもかかわらず,BP
社は,控訴人に対し,RPLLPに本件国際出願を含む本件知財資産の特許
関連書類(本件ファイル)を転送するように指示しており,これを受けた控
訴人がRPLLPに本件ファイルを転送した平成28年8月8日,BP社の
A氏は,RPLLPのC弁護士に対し,本件ファイルに関連するBoxフォ25
ルダを控訴人のD氏から受け取ったことの確認を求める電子メールを送信し
ており(引用に係る原判決「事実及び理由」第2の2(3)ウ(エ)),こうした
事実関係は,BP社が本件国際出願の国内移行手続を含む本件ファイルの管
理と出願をRPLLPに任せる意図があったことを示している。
また,①RPLLPのC弁護士は,平成28年8月8日午後0時5分,B
弁護士に対し,本件ファイルの移管を通知し,移管をどのように進めればよ5
いか指示を仰ぐ電子メールを送信し,これに対し,RPLLPのパートナー
弁護士であるB弁護士は,同日午後0時21分,「RPLLPが引き受けた
と仮定しましょう」,「E弁護士と協働してください」と電子メールで返信
し(同2(3)ウ(イ)),②C弁護士は,同日午後0時37分,E弁護士に対し,
控訴人がBP社に本件ファイルの移管を開始したことを報告する電子メール10
を送信し(同2(3)ウ(ウ)),また,同日午後1時32分,A氏に対し,E弁
護士も宛先とする予定である電子メールを送信し(同2(3)ウ(エ)),③F弁
護士は,D氏に対し,E弁護士,B弁護士及びA氏を宛先のカーボンコピー
に入れて,「以下に共有されたフォルダにアクセスできたことをお知らせし
ます。また,追ってこれらの資料をレビューする当所の特別顧問であるE弁15
護士を紹介したいと思います。」と記載された電子メールを送信しており(同
2(3)ウ(オ)),これらのメールのやり取りからすると,D氏が本件ファイル
の移管を開始した後,RPLLPは,本件ファイルの管理及び出願の責任を
引き受けたものといえる。
そうすると,BP社は,本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに対し20
て明示的でなくても黙示に委任したということができるから,これと異なる
原判決の上記判断は誤りである。
(2)本件国際出願の国内移行手続をBP社から受任したRPLLPにおいて
本件国際出願の国内移行手続に関して相当な注意を尽くしていたこと
アコーポレート部門について25
原判決は,RPLLPのコーポレート部門に所属するC弁護士が,E弁
護士が電子メールを受領したかどうかを同弁護士又は同弁護士の補助者
に確認しなかった事実を重視し,コーポレート部門に所属するB弁護士及
びC弁護士が本件国際出願の国内移行書類の提出期限の徒過を回避する
ために相当な注意を尽くしたとはいえないと判断した。
しかし,B弁護士及びC弁護士は,RPLLPの一般的業務では,知財5
部門が包袋を受領すると,知財部門は当該案件をドケットするように直ち
に対応するため,担当弁護士が事務所に不在でも,秘書やパラリーガルが
関連する電子メールを担当弁護士に転送するシステムがあると認識して
おり,本件国際出願の国内書類の提出期限等については知財部門が責任を
引き受けるであろうと両弁護士が考えたのは合理的なことである。また,10
RPLLPの弁護士は,全員,職場の自分のアカウントで受領した全ての
電子メールを適宜かつ適時対応し,それができない場合は,電子メールア
カウントが信頼できる1人以上の補助者によって監視されるよう調整す
ることが想定されており,しかも,RPLLPの弁護士には,パラリーガ
ル又は秘書が割り当てられ,パラリーガル又は秘書は弁護士が不在の場合,15
レビューが必要な電子メールにフラグ付けをすることになっていたから,
C弁護士は,E弁護士にフォローアップを送って,同弁護士が電子メール
を受領したか否かを確認する必要はなかった。
本件国際出願の国内移行書類の提出期限を遵守できなかったのは,E弁
護士が父親の葬儀の間に本件国際出願に関する包袋を受領したことにあ20
って,同弁護士が平成28年8月8日に送信された電子メールを正常にレ
ビューできなかったということがなければ,RPLLPの通常の慣行に従
って知的財産管理チームに必要な行動をとってもらい,本件国際出願をド
ケッティングしていたはずである。
したがって,RPLLPの一般的実務からすると,C弁護士は,E弁護25
士が電子メールを受領したかどうかを確認する必要はなく,コーポレート
部門に所属するB弁護士及びC弁護士が本件国際出願の国内移行書類の
提出期限の徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたとはいえな
いと判断した原判決は誤りである。
イ知財部門について
原判決は,本件国際出願の国内移行手続がRPLLPに委任されていた5
としても,平成28年8月8日のC弁護士からE弁護士への電子メールは,
同弁護士によってレビューされず,期限管理のための適切な手続がRPL
LPによって開始されなかったことを指摘し,本件国際出願の国内移行書
類の提出期限の徒過を回避するために相当な注意を尽くしたとはいえな
い旨判断した。10
しかし,上記電子メールを受信した日は,E弁護士の父親の死後13日
目であり,当時はヒンドゥー教の儀式に参加しており,E弁護士は深い悲
しみに暮れていた。そして,E弁護士は,同月20日に米国に戻ったとき
には電子メールは既に確認を終えており,未解決の項目はないと考えてい
た。同月8日に送信され,補助者によってフラグが付された電子メールを15
E弁護士が読み落としたのは悲嘆に暮れていたためであり,通常では犯さ
ない想定外のミスであった。
このような事情に鑑みれば,RPLLPは,本件国際出願の国内提出期
間内に明細書等翻訳文を提出することは客観的にみてできなかったとい
うべきであり,原判決の上記判断は,E弁護士の当時の心理状態を過小評20
価するものであって,誤りである。
(3)小括
以上によれば,BP社は,本件国際出願の国内移行手続に関してRPLL
Pに対して委任しており,受任者であるRPLLPにおいて,本件国際出願
の国内移行手続の期間徒過を回避するために相当な注意を尽くしていたにも25
かかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出する
ことができなかったというべきであるから,本件国際出願の出願人である控
訴人が国内書面提出期間内に明細書等翻訳文を提出することができなかった
ことについて「正当な理由」がある。
第3当裁判所の判断
1当裁判所も,控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。5
その理由は,次のとおり原判決を補正し,後記2のとおり,控訴人の当審に
おける主張に対する判断を付加するほかは,原判決の「事実及び理由」の「第
4当裁判所の判断」の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1)22頁18行目の「同項」から同23行目末尾までを次のとおり改める。
「そして,同項は,平成23年法律第63号による改正前特許法112条の10
2第1項が欧米と比較して非常に厳格であり実質的な救済が図られていない
との指摘を受けて,特許法条約(PLT)の「権利の回復」に関する規定に
準拠して平成23年の特許法改正により規定されたものであり,こうした改
正の経緯からすると,外国語特許出願人について,期限の徒過があった場合
でも,柔軟な救済を図ることを目的としたものであると解されるが,他方で,15
①出願に係る権利は,その権利者の自己管理の下で行われるべきものである
こと,②失効した出願に係る権利の回復を無制限に認めると第三者に過大な
監視負担をかけることになることを考慮すると,同項にいう「正当な理由が
あるとき」とは,特段の事情がない限り,国際特許出願を行う出願人が相当
の注意を尽くしていたにもかかわらず,客観的にみて国内書面提出期間内に20
明細書等翻訳文を提出することができなかったときをいうものと解するべき
であり(知財高裁平成29年3月7日判決・判時2363号79頁参照),
出願人が書面の提出及びその期限の管理等の事務を弁護士(弁理士を含む。)
に包括的に委任しているときには,特許管理等の専門性に鑑みると出願人が
これらの事務を処理することが一般的に想定されないことから,上記の「正25
当な理由」については,特段の事情のない限り,受任者を基準として判断す
るものと解するのが相当である。
本件では,控訴人は,本件国際出願を含む本件知財資産を譲り渡したBP
社が本件知財資産の管理をRPLLPに委任したと主張しているため,以下
では,本件国際出願の国内移行手続についてRPLLPが受任していたか否
かについて,まず検討を加える。」5
(2)23頁10行目の「そして」から同13行目末尾までを次のとおり改める。
「そして,同メールの送受信後は,B弁護士とA氏との間で本件知的資産の
知財管理に関して具体的なやり取りはなく(前記前提事実(3)イ(ウ),ウ),
また,同年8月8日,D氏からA氏及びC弁護士に対し,本件ファイルが格
納されたドロップボックスのリンクを同弁護士に知らせる電子メールが送信10
された後,同弁護士は,B弁護士の指示を受けて,RPLLPがこの案件を
引き受けたものと仮定してE弁護士と協働することとした(前記前提事実(3)
ウ(イ))ものの,A氏との間では,上記電子メールを受領したこと,知財部
門のE弁護士を宛先に追加すること等を電子メールで送信した(前記前提事
実(3)ウ(エ),(オ))ほかには,本件国際出願の国内提出期間が経過した後の15
同年10月17日に至るまで,RPLLPの関係者とBP社との間では,本
件知財資産の知財管理に関して具体的な打合せが行われ,それらを踏まえて
BP社がRPLLPに委託する旨の連絡がされたことをうかがわせる証拠は
ない。」
(3)24頁11行目末尾に行を改めて次のとおり加える。20
「なお,BP社の最高業務責任者であるA氏は,宣誓書(甲16)におい
て,本件撤回メールを送信した記憶はなく,平成28年8月8日に控訴人が
本件ファイルをRPLLPに移管し,C弁護士が控訴人に返信したメールに
E弁護士を宛先のカーボンコピーに入れた時点で,RPLLPに本件国際出
願の国内移行手続の管理を委任したとの認識であった旨陳述するが,A氏は,25
C弁護士から上記メールを受信した以降,B弁護士から本件国際出願の国内
書面提出期間が徒過したことを知らされるまでの約2か月間,E弁護士か
ら,本件ファイルのレビューの状況を含め,その管理状況等に関して一切の
連絡を受けることはなく(前記前提事実(3)エ(ウ))また,RPLLPの関係
者に本件知的資産の管理状況等に関して問い合わせ等をしていたこともうか
がわれないのであるから,このような客観的状況に照らせば,委任が成立し5
ていたとは認め難い。」
(4)25頁11行目の「その後,」を「本件撤回メールが送信されてから本件
国際出願の国内移行手続の期間が経過するまでの間に,」と,同15行目冒
頭から同16行目末尾までを「このような事実関係に鑑みれば,本件撤回メ
ールが誤送信によるものであるとしても,A氏がRPLLPの作成した上記10
草案に同意し,RPLLPが本件国際出願の国内移行手続を受任したと認め
るのは困難である。」と,同25行目冒頭から26頁1行目の「認められな
い」までを「BP社との間では,RPLLPにも本件ファイルへのアクセス
が許容された後,本件国際出願の国内提出期間が経過した後の同年10月1
7日に至るまで,本件知財資産の知財管理に関して,具体的に打合せが行わ15
れ,それらを踏まえてBP社がRPLLPに委託する旨の連絡がされたこと
をうかがわせる証拠はないから,BP社が本件国際出願の国内移行手続をR
PLLPに委任したと認めるに足りない」とそれぞれ改める。
2控訴人の当審における主張について
(1)RPLLPが本件国際出願の国内移行手続をBP社から受任したことに20
ついて
控訴人は,前記第2の3(1)のとおり,本件に関係するマサチューセッツ州
法によれば,RPLLPは,BP社から,本件国際出願の国内移行手続を明
示的でなくても黙示に受任していた旨主張する。
しかし,B弁護士は,「撤回通知により,BPがMEDI7169資産の25
継続的知財管理にRopes&Grayを選任すると決定したのかどうか確信が持て
なくなりました。・・・もしBPがMEDI7169資産の取り扱いを他の法
律事務所に依頼することを決定したのであれば,本件の取り扱いをなぜ
Ropes&Gray以外の事務所に依頼したのかを説明させる困難な立場にA氏を
追い詰めたくなかった」,「BPからの本件を進める旨の7月27日付の指
示が撤回され,A氏からRopes&Grayが本件を取り扱うことを承認するその5
後の通知を受けていませんでしたが,私はC氏に,MEDI7169に関す
る継続的な特許審査手続をRopes&Grayが取り扱うと想定し,知財担当役員
弁護士であるE氏と協働するべきであると伝えました。」と陳述しており(甲
14),また,E弁護士は,「何れにせよ,私がC氏からの(ママ)送られ
た8月8日付のメールを受け取った時点では,Ropes&GrayがMEDI7110
69のファイル管理及び特許審査過程遂行を取り扱うことに対して,A氏か
らも,MEDI7169譲渡書類の登録に携わっていたB氏/C氏からも肯
定的な返答/確証を一切受けていませんでした。・・・当所の知財権管理チー
ムは,8月8日のメールから,Ropes&GrayがまだMEDI7169の特許
審査過程遂行を任されていないと思い,そのため本件に関する未解決の期限15
日を一切処理予定管理表に入力しませんでした。」と陳述しており(甲11),
同弁護士の補助者も同旨の陳述をしている(甲17)ことに照らせば,コー
ポレート部門のB弁護士は,本件国際出願を含む本件知的資産の知財管理に
関して受任したとの認識を有しておらず,あくまでRPLLPが同管理を受
任したことを想定して,C弁護士にE弁護士と協働するように指示したにす20
ぎないし,知財部門のE弁護士を含めた知財部門も,BP社から,本件国際
出願を含む本件知的資産の知財管理を受任したとの認識を有していなかった
と認めるのが相当である。そして,C弁護士は,B弁護士の指示を受けて,
BP社のA氏に対し,D氏からのメールを受信したこととE弁護士を宛先に
追加する予定である旨の電子メールを送信し,また,D氏に対し,宛先のカ25
ーボンコピーにA氏他を追加して,「追って資料をレビューする当所の特別
顧問であるE弁護士を紹介したいと思います」と記載した電子メールを送信
したに止まり,以後,平成28年10月18日までの間,RPLLPの関係
者とBP社との間で,本件知的資産の知財管理に関して具体的な協議がされ
た形跡がないことは引用に係る原判決の第4の1(2)ア(補正後のもの)が説
示するとおりである。5
そうすると,控訴人が本件に関係する準拠法であると指摘する米国マサチ
ューセッツ州の法律によっても,BP社とRPLLPとの間で,遅くとも平
成28年8月8日までに,委任関係が成立したと認めることはできない。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
(2)RPLLPにおいて本件国際出願の国内移行手続に関して相当な注意を10
尽くしていたことについて
前記のとおりBP社が本件国際出願の国内移行手続をRPLLPに委任し
たと認めることはできないから,本件国際出願の国内移行手続に関する期間
管理の責任を負っていたのはBP社であってRPLLPではないので,この
点に関する補充主張についてまで判断する必要はない。15
なお,付言するに,仮に,控訴人が主張するように,BP社からRPLL
Pへの委任が成立し,RPLLPのコーポレート部門が知財部門に対応を委
ねたというのであれば,たとえE弁護士が父の死に伴いインドにおいて宗教
儀式に参加していたとしても,特許分野において長年のキャリアを有する同
弁護士が,事務所に復帰後も含めて,補助者がフラグを付した知財部門にと20
って要確認の電子メールを読み落とした以上,本件知的資産の知財管理を受
任した弁護士事務所に所属する弁護士として,その職務に求められる基本的
な注意義務を尽くしたということができないことは明らかであるし,悲嘆に
くれた同弁護士に事務処理を委ねるのが相当でない状況にあったというので
あれば,RPLLPにおいて他の弁護士に担当替え等をする義務が生じ,こ25
れに違反したというほかない。結局のところ,この点に関する控訴人の主張
は,弁護士約1200名を要するRPLLPの各部門間において相互に責任
の転嫁を試みているにすぎないというべきものであるから(仮に,知財部門
がコーポレート部門から適切な指示を得ていなかったとすれば,事務処理の
委任を受けながら,適切な指示をしなかったコーポレート部門に義務違反が
あることは明らかである。),いずれにしてもRPLLPは,到底,第三者5
に対して免責を主張し得るものではない。
3以上によれば,控訴人の請求はいずれも理由がないから棄却すべきであり,
原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部10
裁判長裁判官
菅野雅之
裁判官
中村恭
裁判官
岡山忠広

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