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裁判例


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判決
主文
1 甲事件原告らの本件訴えをいずれも却下する。
2 乙事件原告らの請求をいずれも棄却する。
   3 訴訟費用は,甲事件及び乙事件とも,各事件原告らの負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 1 甲事件
  (1) 被告足利市が平成12年12月22日付け公布に係る平成12年足利市条例第4
2号「足利市立学校の設置に関する条例の一部を改正する条例」の制定によっ
てした足利市立A小学校の廃止処分を取り消す。
  (2) 被告足利市議会が平成12年12月21日にした前項の条例を制定する議決を取
り消す。
  (3) 被告足利市長が平成12年12月22日にした第1項の条例の公布処分を取り消
す。
  (4) 被告足利市教育委員会が平成13年1月29日付けでした通学校指定処分を取
り消す。
 2 乙事件
乙事件被告は,乙事件原告ら各自に対し,それぞれ金1万5000円を支払え。
第2 事案の概要
   本件は,被告足利市(以下「被告市」という。)が設置していた足利市立A小学校(以
下「A小学校」という。)に通学する児童の保護者や同校の通学区域内の住民であ
る甲事件原告らが,被告足利市議会(以下「被告市議会」という。)が平成12年足
利市条例第42号「足利市立学校の設置に関する条例の一部を改正する条例」(以
下「本件条例」という。)を制定する議決をし,被告足利市長(以下「被告市長」とい
う。)が本件条例を公布し,もって被告市が本件条例を制定し,これを受けて被告
足利市教育委員会(以下「被告教育委員会」という。)がA小学校の児童らに対し新
たにB小学校を通学校に指定した(以下「本件指定」という。)ことについて,被告市
議会による本件条例の議決,被告市長による本件条例の公布,被告市による本件
条例の制定,被告教育委員会による本件指定(以下,これらの各処分を一括して
「本件各処分」という。)が,いずれもA小学校の廃止の効力を生じさせるものであ
り,同校の廃止はA小学校に通学する児童の保護者がA小学校という特定の公の
施設で教育を受けさせることができる権利に直接具体的な影響を与えるものであ
るから,被告らの各行為によるA小学校の廃止は,取消訴訟の対象となる行政処
分に当たり,かつ,原告らの教育の自由等の権利を侵害する違法な行政処分であ
ると主張して,被告市,被告市議会及び被告市長に対し,A小学校を廃止すること
となる各処分の取消しを,被告教育委員会に対し,本件指定の取消しを,それぞれ
求める(甲事件)とともに,A小学校の廃止処分及び本件指定によって,乙事件原
告らが精神的苦痛を被ったとして乙事件被告(足利市)に対し,損害賠償を求めた
(乙事件)事案である。
 1 前提事実(争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実)
  (1) 甲事件原告ら20名のうち,別紙甲事件原告目録1ないし10,12記載の原告ら
は,本件条例が制定された平成12年12月20日当時,A小学校に通う児童らの
保護者であった者で,同目録2,6,7,9の原告らは,現在B小学校に通う児童
の保護者である。その他の甲事件原告らは,本件条例制定当時,A小学校の通
学区域の住民であった者である。
乙事件原告らのうち,別紙乙事件原告目録1ないし15,17ないし42の原告
らは,平成13年1月29日のA小学校廃止当時,A小学校に通っていた児童らの
保護者であった者で,同目録16の原告は,当時,足利市内に居住していたが,
A小学校の通学区域に居住する住民ではなかった者である。
(2) 被告市は,「足利市立学校の設置に関する条例」(昭和39年足利市条例第5
8号)に基づき,栃木県足利市a町b番地にA小学校を設置していた。a町周辺
は,足利市の旧来の市の中心地であり,現在c地区と呼ばれる地域の一つとな
っている。
被告市議会は,平成12年12月21日,被告市が設置する小学校の一覧表か
らA小学校を削るという改正内容の本件条例を議決し,被告市長は,翌22日,
本件条例を公布し,これらの措置により,平成13年3月31日をもってA小学校
は廃止された。
被告教育委員会は,本件条例に基づき,平成13年1月29日,A小学校に1
年生から5年生として通学していた児童の保護者(世帯主)に,C小学校,B小学
校に通学を指定する本件指定を通知をし,B小学校に入学を指定する児童(新1
年生)の保護者(世帯主)に就学通知書を送付した。
 2 争点及び当事者の主張
  (1) 本件各処分の行政処分性等について
   (甲事件原告らの主張)
ア 被告市が本件条例の制定によってしたA小学校の廃止処分は,行政機関に
よってされたものであり,これによりA小学校に就学していた児童の保護者で
ある原告らが,自らの児童らに同校における教育を受けさせることができなく
なり,地域住民である原告らが,同校における社会教育や地域教育を受ける
ことができなくなるという意味で,直接的に法律上の地位への具体的影響を
与えるものであるから,公権力の行使に当たり行政処分性を有する。
被告市議会による本件条例制定の議決は,これによってA小学校の廃止
が決定され,結果として原告らは上記のような影響を被るのであるから,外の
具体的な行政処分を介さずに原告らの具体的権利義務に直接に影響を及ぼ
すものであるといえ,単なる一般的抽象的規範の定立にとどまらず,立法の
形式を借りた処分である。
被告市長の本件条例の公布についても,条例は公布によってその効力を
生ずるのであるから,被告市長による本件条例の公布は単なる付随処分で
はなく,本件条例を執行させうるものとする公権力の行使であり,原告らの権
利義務に直接に影響を与えるものといえ,同様に処分性を有する。
イ 被告教育委員会による通学校指定処分は,これによって,A小学校への就
学児童等の保護者である原告らに,その保護する児童らに新たに指定された
小学校に通学しなければならなくなるという義務を負わせ,地域住民である原
告らに今までに異なる環境で教育をしなければならないという義務を負わせる
ものであるから,処分性を有するというべきである。また,本件指定は,本件
条例を先行行為とする後行行為と位置づけられるのであり,本件条例自体に
処分性がないとすれば,当然に争い得るし,本件条例に処分性が認められる
としても,先行行為である本件条例の瑕疵が承継されているから,処分性は
認められる。
ウ A小学校への就学児童の保護者である原告らは,被告らの一連の処分によ
って,その保護する児童をA小学校に通学させることができなくなり,新たに指
定されたB小学校に通学させなければならなくなっているのであるから,当然
に原告適格を有するし,未就学児童の保護者である原告らも,特殊な場合を
除いて小学校の利用関係の発生は確定的であるから,就学児童の保護者同
様に原告適格は認められるというべきである。地域住民である原告らは,養
子縁組などを想定すれば,未就学児童保護者と同様の法的利益を有してい
るし,たまたま処分がなされたときに保護者でないというだけで地域の継続的
施設といえる小学校の存否を法律上争えないのは不合理である。また,社会
教育を受ける権利や地域の子供たちに地域教育をする権利が独自の法的利
益として存在するものであり,これらの権利を侵害されたものであるから,本
件各処分に対する原告適格を有するというべきである。
エ 被告らは,A小学校廃止後も通学可能な範囲内の小学校で教育を受けるこ
とができることや,本件指定を取り消しても,A小学校は廃止されている以上,
原告らの権利利益を回復させることはできないなどの理由から,原告らの訴
えには訴えの利益がないとする。
しかし,通学が社会生活上困難であるかどうかは,本案における処分の適
法性の問題であり,訴訟要件である訴えの利益の判断の対象とすべきでな
い。訴えの利益の判断は,従来の学校通学に伴う法的権利・利益に対して,
変更が加えられたかどうかで決すべきである。また,A小学校が既に廃止され
ていることを理由とするのは,実質審理を回避するための形式論理であり,極
めて不当な主張であって,事実上もA小学校が地域住民によって維持されて
おり,被告教育委員会がすべき環境整備さえ行われれば現状回復は可能で
ある。
(甲事件被告らの主張)
ア 被告市による本件条例の制定は,選挙によって選ばれた住民の代表者であ
る議員によって構成される議会の議決によって制定される一般抽象的な法の
定立行為であって,行政事件訴訟法第3条第2項に規定する抗告訴訟の対
象たるべき行政庁の処分その他の公権力の行使に当たる行為に該当しな
い。
条例の形式を採っている場合であっても,外に行政庁の具体的処分を待つ
までもなく当該条例そのものによってその適用を受ける特定個人の具体的な
権利義務や法的地位に直接影響を及ぼすような場合には,条例の制定行為
自体をもって,抗告訴訟の対象となる行政処分と解する余地があるとの前提
に立つとしても,一般に国民がその養育する児童について法定年限の普通教
育を受けさせる権利ないし法的利益を有するとはいえても,具体的に特定の
小学校で教育を受けさせる権利ないし法的利益を有するものではないから,
従前通学していた小学校が廃止され新たに設置された小学校を就学校として
指定されたとして,当該小学校が社会生活上通学することができる範囲内に
ある限り,当該小学校の廃止及び新設に係る条例は一般的規範にほかなら
ず,抗告訴訟の対象となる処分に当たらない。
そして,原告らの保護する児童らがA小学校廃止後に就学校として指定を
受けたB小学校は,通学距離や通学路の安全等の観点から見ても,当該児
童らが社会生活上通学することができる範囲内にあり,また,B小学校の学
校施設が義務教育を実施する施設として適切でないという事情も全くないか
ら,原告らの保護する児童らが教育を受ける権利を実質的に享受することが
できない状態に置かれたものとはいえず,したがって,本件条例の制定は,抗
告訴訟の対象となる処分には該当しない。
イ 本件条例の制定に関する被告市議会の議決や被告市長の本件条例の公布
は,本件条例の制定が抗告訴訟の対象となるべき行政庁の処分と解する余
地がないのであるから,これを議決した行為及び公布した行為も当然,抗告
訴訟の対象となるべき行政庁の処分に該当しない。
ウ 被告教育委員会による本件指定についても,A小学校が廃止された後も社
会生活上通学可能な範囲内に設置されたB小学校又はC小学校において教
育を受けることができ,これにより教育を受ける権利ないし利益は従前と変わ
りなく保障されているから,本件条例の実施に伴って被告教育委員会が行っ
た本件指定は,それによって原告らの権利ないし法律上保護された利益に影
響を与えるものではないから,当然に抗告訴訟の対象となる行政処分に該当
しないというべきである。
仮に,被告教育委員会の上記措置が抗告訴訟の対象となるものであるとし
ても,処分取消の訴えは,取消判決によって当該処分の法的効果を失わし
め,処分の法的効果として生じた原告らの権利利益に対する侵害状態を解消
し,その権利保護の回復を図ることを目的とするものであるから,当該処分を
取り消しても原告らの権利利益を回復させる可能性がないときには,もはやそ
の取消しを求める訴えはその利益を欠くというべきである。
そして,本件においては,仮に本件指定が取り消されたとしても,本件条例
が平成13年4月1日施行されたことにより既にA小学校が廃止されている以
上,指定以前の状態を回復することが不可能であることは明らかであるから,
原告らとしてその侵害された状態を回復し得る余地はないのであって,本件
指定の取消しを求める訴えは,訴えの利益を欠くものとして却下を免れない。
なお,原告らのうち,保護する児童がその後小学校を卒業し,中学校に入
学した者らについては,いずれにせよ訴えの利益を欠く。
エ さらに,原告らが主張するような学校の規模,児童数をどの程度に維持すべ
きか,統廃合が必要となった場合の学校施設をどこに決定すべきかなどとい
う事項は,現行法上法定の手続に従い,地方自治体である被告市が,被告市
長,被告教育委員会,被告市議会の関与の下に決定すべきものであって,そ
の具体的決定の当否についての不服は,法律を適用して当事者の主張の適
否を判断することができない事項というべきである。この観点からは,原告ら
の本件訴えは法律上の争訟にも該当しないものとも考えられ,却下を免れな
い。
原告らのうち地域住民として甲事件を提起している者は,地域住民の社会
教育を受ける権利,地域教育を受ける権利等が存在することを前提に抗告訴
訟の適法性の存在を主張するが,地域住民らに特定の小学校においてその
主張するような教育を受ける利益が法律上の権利ないし法的利益として保障
されているものではないことは明らかであるから,本件条例等がそれらの者に
対する処分に該当することはあり得ない。
(2) 本件各処分の実質的違法性について
(甲事件及び乙事件原告らの主張)
ア 児童らには,憲法26条1項の教育を受ける権利の一内容として学習権が認
められ,児童らの学習権を満たすべく,保護者である原告らには教育の自由
が認められており,この教育権の一内容として,公権力に適切な教育環境を
提供することを要求することが認められる。教育基本法10条1項が行政に教
育目的遂行のための諸条件の整備を要求し,学校教育法29条が市町村が
児童を就学させるに必要な小学校の設置を規定しているのは,行政に教育環
境整備義務があることの証左である。そして,この教育環境整備義務は,上
記の学習権や教育の自由を充足させるためのものであるから,行政は,児童
らが人間的に発達成長していくのに十分な教育環境・設備を備えた小学校を
整備しなければならず,いったん与えられた児童の発達・成長にふさわしい教
育環境を理由なく奪われることは許されないから,これを理由なく変更するこ
とは学習権の侵害となる。
また,地域住民には独自の権利として,社会教育を受ける権利があるが,
教育基本法,社会教育法,スポーツ振興法等において,社会において行われ
る教育の奨励,環境醸成がうたわれ,学校施設等の利用や各種講座実施の
ための経費負担等が定められているとおりである。
国民が社会教育に参加する要求は増大しており,そのための人的・物的設
備としての学校の重要性も増しているのであって,社会教育の場でもある学
校を廃止することはその機会を地域住民から奪うことになり,社会教育を受け
る権利を侵害することになるのであり,A小学校とその地域住民の場合も同様
である。また,昨今の教育改革では,子供の教育に関し,地域住民とのふれ
あいの機会や地域による教育が重要視されているのであり,地域住民にも保
護者同様に教育をする自由が認められる。
イ A小学校の廃止及び本件指定によって,原告らは教育環境を変更されるの
であって,教育に関する行政は,教育条件向上のために行わなければならな
いから,教育条件がすべての者にとって悪化する場合には,行政による裁量
の濫用ないし逸脱に当たり,違法である。従前文部省によっても,学校統合に
当たっては地域住民との紛争や通学上著しい困難を招くことを避けるべき旨
述べた上,「小規模校として存置し充実することの方が好ましい場合もあるこ
とに留意すること」,「通学距離及び通学時間等を十分に検討し,無理のない
ように配慮すること」,「学校の持つ地域的意義等をも考えて,十分に地域住
民の理解と協力を得て行うように努めること」等を指示した通達が発されてい
るのであり(甲13,昭和48年9月27日通達),学校統廃合に当たって裁量の
濫用ないし逸脱を審査する基準になるというべきである。
ウ これをA小学校とB小学校についてみるに,A小学校の方が児童一人当たり
の校地面積,校舎面積で上回る上,B小学校は,窓の開閉ができず風通しが
悪い,天井から雨漏りがする等大規模な改修を要する古い校舎であり,施設
として明らかに教育環境が悪化しているといえる。また,A小学校の児童にと
って通学距離は従前最大で約1.5キロメートルであったのに,B小学校へ
は,直線距離で約2.11キロメートル,通学距離は最大で約3キロメートル弱
となるのであって明らかに伸長している上,D病院前交差点等交通上危険な
場所も見られ,通学路に指定された歩道は狭く,用水路沿いであることから転
落等の危険もある。これら通学路の構造上の危険は交通指導員の配置では
解決しないし,下校時には何らの配慮もなされていない。これらによればA小
学校に通っていた児童らにとって通学環境は明らかに悪化した。さらに,従前
A小学校区域内では,地域住民が子供たちの教育について保護者とともに学
び,地域教育の重要性を認識し,地域住民,学校関係者,保護者,児童らそ
れぞれが顔の見える関係を築こうとし,老人会との交流給食会や,地域住民
参加の運動会など,様々な交流をなして地域教育としての成果を挙げていた
ところ,B小学校になってこのような試みは途絶し,B小学校からは旧A小学
校区域の住民に対して交流を打診するような連絡がこないなど,学校を通じ
ての地域教育が困難な状況となっている。
エ 以上のように,様々な観点で見ても,児童らや地域住民に対する教育環境
がA小学校の廃校とB小学校への通学校指定により悪化したことは明らかで
ある。また,そもそも教育学的見地から見ても大規模校よりも小規模校の方が
より教育効果が上がるといえ,児童らの教育条件を悪化させてまで財政削減
を図らねばならないような事情は示されておらず,その必要性もない。よって,
被告らの本件各処分は,不合理で,裁量権の濫用ないし逸脱に当たり,違法
である。
(甲事件被告ら及び乙事件被告の主張)
ア 地方公共団体の議会の条例制定権は,憲法によって国民に保障されている
地方自治制度の必要不可欠の要素であり,住民は,その代表者である議員
によって構成される議会を通じて,どのように自治を行うかについて決定する
ことができるのであり,このような地方自治の本旨に基づけば,議会は,憲法
及び法律に違反しない限り,その事務に関する事項について,制約のない極
めて広範な範囲で,条例を制定することができると解すべきである。このよう
に,条例制定権が憲法によって保障された地方自治制度の根幹をなすもので
あることを前提とすれば,条例に対する司法審査は,当該条例が明らかに憲
法ないし法律に違反するものでない限り,無効ないし取り消すべきものと評価
されるべきではない。
イ そして,c地区の市立小学校の再編成を内容とする本件条例は,足利市の
中心市街地を区域とするc地区での児童の著しい減少(昭和30年には8350
人であった児童数が,平成12年度には5分の1以下の約18.29パーセント
に当たる1527人,平成11年度は1628人)を背景に,今後の社会における
望ましい教育環境の構築のため,協調性や社会性のかん養のための外の児
童集団との交流,地域コミュニティとの有機的連携等子供の生活圏や発達段
階,通学環境を考慮した多様な観点から通学区域再編成を実施したものであ
り,学校規模については,おおむね同学年で2学級から3学級まで,全体で1
2から18学級まで,通学距離については4キロメートル以内が小学校としては
適正であるとの認識にしたがって再編成を行ったもので,新設したB小学校に
ついても,地区割りの中で偏らない位置にあり,かつ新設校として敷地面積,
建物面積,設備などでできる限り広く,整った学校施設を使用するとの前提で
選考した結果,E小学校,A小学校,F小学校の通学区域の中でほぼ中央に
あり,施設の敷地面積,建物面積,設備などの規模も大きいE小学校を使用
施設に選定したものである。また,新設小学校に既存の施設を利用する場合
でも吸収合併ではなく,校名,校歌を刷新する等の配慮をするとの前提に,市
民公募で選定した「B小学校」との校名や新校歌を定めるなどしている。
ウ 義務教育諸学校施設費国庫負担法施行令3条によれば,同法3条1項4号
の適正な規模の条件として通学距離が小学校にあってはおおむね4キロメー
トル以内であることとされており,B小学校の児童の通学距離は最長でも約
2.3キロメートルを超えることはなく,c地区を除く市内の小学校では2校を除
くほぼすべての学校において徒歩での最長通学距離はB小学校より長いこと
に照らしても,B小学校に通学を指定された児童に,社会通念に照らして通学
距離が遠すぎて通学ができないと評価されるべき児童は存在しないというべ
きである。また,B小学校への通学路において,特に交通上危険と評価される
ような地点は存しない。原告らが指摘するD病院前の交差点も,信号機及び
横断歩道が整備され,歩道も拡幅されて通行しやすくなっており,県道と歩道
は段差によって明確に区分され,運転手の視界が悪くなることもない。さらに,
児童の登下校時には交通指導員も立哨しており,原告ら主張のような危険は
ない。
また,B小学校において実施されている教育が,旧A小学校においてされて
いた教育と比較して劣っており,義務教育を受ける権利が保障されていない
などという事実はない。かえって,通学区域の再編成によって,子供の学習活
動やその成長過程においてかかわることが望ましい適切な規模の集団や人
数の中で教育を行うことが実現できるのであり,原告らが主張するように,A
小学校の児童らがB小学校に通学することが困難であるといった事情は認め
られない。さらに,本件条例によって校舎の新増築は全く予定されておらず,
B小学校で実施している改修は,経年による老朽化や教育内容変化に伴う一
般的改修や,新耐震設計法の基準に適合するよう耐震性を向上させるため
の事業であって,築後一定年数が経過した建物であれば当然行われる工事
にすぎず,B小学校特有の問題から工事を実施するわけではない。
エ よって,本件条例の制定,公布,これらを受けての通学校指定はいずれも相
当かつ適法なものであり,憲法ないし法律に違反するものではない。
(3) 本件各処分の手続的違法性について
(甲事件及び乙事件原告らの主張)
ア 条例制定に当たっては,被告市議会は,立法事実等について必要な調査を
すべき義務を負い,本件条例については,A小学校廃校による教育上の効果
はもちろんのこと,地域の実情の調査も必要であるところ,原告らは議員らに
対して本件条例制定前に懇談の機会を申し入れたのに何らの反応はなく,議
員個人らで必要な調査をした形跡がうかがわれず,地域の実情を知らないま
まに本件条例の議決がされたのであって,被告市議会による本件議決には
瑕疵がある。
イ 本件条例はその制定までに,昭和60年11月のPTA連合会による要望から
始まり,平成3年10月から平成7年2月まで足利市小中学校通学区域検討委
員会(以下「検討委員会」という。),同年9月から平成10年4月までc地区新
学区編成委員会(以下「編成委員会」という。)による検討を経て,平成10年7
月1日に被告教育委員会において「c地区7小学校通学区域再編成基本方
針」が決定されるとの過程を経ている。
しかし,検討委員会の中で設置されたc地区専門部会では,教育委員会担
当者が小規模校のデメリットを強調するのみで,委員独自の調査はなく,委員
会でも十分な議論がされていなかった。また,編成委員会では,学区再編成
について市民の意見を聴取することを目的とされていたのであるから,本来で
あれば,再編成の可否,児童らにとって必要な教育環境といった教育論が議
論されるべきところ,再編成案についてしばらく市民の代表に公表されないま
ま進められた上,統廃合を前提とした区割り論や,校名,校歌,跡地利用など
の話合いしかされなかった。区割りについても,校舎面積や校庭面積,地図と
いった客観的な数字だけを基準とし,児童らの通学問題や地域住民との関
係,教育環境といった具体的事情についても検討はおろそかにされた。
これらの不十分な調査・検討に基づいて,また議事過程について何らの資
料が作成されずに,編成委員会で策定された答申を基に被告教育委員会が
基本方針を作成したのであり,これら不十分な議論の結果作成された検討委
員会,編成委員会の答申等を基にして作成された被告教育委員会の資料の
みしか参照せずに,被告市議会の議員らは本件条例の議決に至ったもので
あり,やはり瑕疵があるというほかない。
ウ また,原告らが被告市長に対して陳情を,教育長に対して要望書を提出する
などしており,慎重な検討を行うとの趣旨の回答がされていたのに,これに配
慮することなく本件条例制定に至った点でも不当である。
さらに,B小学校に対して耐震工事等大規模な改修工事が必要なことは上
記の本件条例制定の過程で明らかにされておらず,全く議論がされていない
のであって,新たな財源を必要とすることはない旨の説明に反しており,保護
者・地域住民に対する説明義務違反・調査義務違反があり,このような検討
事項を看過してされた答申に瑕疵があることは明白である。
エ 以上のように,地方自治に関する事項は住民の意思を尊重してされなけれ
ばならないところ,教育に関する意思決定も例外ではなく,A小学校の廃止に
ついても,地域住民や児童の保護者らである原告に直接又は間接に関与す
る機会を与えねばならないところ,被告市議会による本件条例議決の前提で
ある,住民に対する十分な資料の提供や住民の意思を聞く機会も付与されて
おらず,住民が意思決定に関与する機会はあったとはいい難い。よって本件
各処分の手続は憲法92条に違反し違憲である。
また,d町については,本件各処分によって通学校がC小学校に指定され
たが,同町は以前にC小学校に通学校指定されていたものをA小学校に変更
し,更に本件各処分により再度C小学校が指定されたものであって,このよう
な一部地域の通学校指定の頻回な変更は憲法14条違反であり違憲である。
(甲事件被告ら及び乙事件被告の主張)
ア A小学校の通学区域の再編成は,昭和60年11月に,足利市PTA連合会か
ら小学校の児童数のバランスを採るよう求める要望書の提出が発端となって
開始され,被告教育委員会において,平成3年10月に検討委員会を設置し,
検討委員会を平成4年1月から平成7年2月まで延べ15回にわたって開催
し,地区ごとの諸問題の調整と意見の集約を行った結果,検討委員会が,被
告教育委員会委員長に対して,「足利市立小中学校通学区域再編成検討結
果について(答申)」を提出した。
これを受けて,被告教育委員会は,平成7年8月9日,足利市立小中学校
通学区域再編成大綱(以下「大綱」という。)を決定し,これに基づいて各地区
で通学区域再編成の具体案を調整する組織が設置されることとなり,c地区で
も,平成7年9月29日,編成委員会が設置され,7小学校を4校に再編成する
計画作りと地域の調整を行い,平成8年3月25日に編成委員会案として「c地
区再編成基本案」を作成し,新しい通学区域と使用する施設を示して,同年6
月から各校のPTAや地域に説明するとともに,各地区の保護者や地区住民
への説明会で意見を聞きながら,具体的に200回以上の意見調整を行った。
その結果,現在のB小学校として新設された通学地域は,E小学校の全域,A
小学校の大部分,F小学校の大部分からなり,E小学校が使用施設に決まっ
た。
これに対して,A小学校の児童保護者関係者らから,平成9年1月25日,
編成委員会に対して要望書が提出され,新設される区域の使用施設としてE
小学校ではなくA小学校を使用し,学区再編成では小学校のみならず中学校
も含めた再編成をされたい旨意見が表明され,同年5月30日に,同関係者ら
から,被告教育委員会教育長,被告市議会議長に対して提出された要望書で
も反対の意向が示された。
編成委員会は,平成10年4月9日,被告教育委員会教育長に対して,平
成11年度をもってc地区の7小学校をすべて廃止とし,平成12年度に新たに
4校を新設することを内容とする再編成案の答申書を提出した。これを受け
て,被告教育委員会は,平成10年7月1日,この答申を検討した結果,「c地
区7小学校通学区域再編成基本方針」を決定し,同月29日に被告市議会全
員協議会に報告した。
被告教育委員会は,同基本方針に基づき,平成10年9月から同年11月に
かけて,A小学校を除くc地区の各校PTA,地区住民に説明会を開いたが,A
小学校については反対が強く,説明会を開くことができない状況であった。そ
こで,説明会開催に向けて懇談会を開くなど働きかけに努めた結果,平成11
年6月29日,A小学校PTA実行委員会に対して初めて同基本方針の説明を
行い,同年7月14日,A小学校保護者総会で説明を実施したが,翌15日,A
小学校のPTAから被告教育委員会教育長に対して再編成案に反対する要望
が提出された。
このような状況の中,被告教育委員会は,平成11年8月17日,平成11年
度末でのA小学校の廃止を見送り,平成12年度当初では,c地区7小学校の
うち6校を4校に再編成することを決定し,同年9月8日,被告市議会全員協
議会に報告した。
イ 被告市議会は,平成12年1月20日,議員総会を経て,第1回市議会臨時会
を開き,c地区通学区域再編成に伴い,A小学校を除くc地区6校を4校に再
編成し,その施行日を平成12年4月1日とする「足利市立学校の設置に関す
る条例」の改正を議決した。この条例改正に際し,被告市議会では,「足利市
立学校の設置に関する条例の改正に対する附帯決議」を行い,この決議で,
c地区について,当初の基本方針の下,A小学校を平成13年3月31日まで
に廃止すること,決議の趣旨を踏まえて被告市及び被告教育委員会は最大
限の努力をするよう求められた。
その後,平成12年2月から同年6月まで,5回にわたって通学区域再編成
に関する教育と地域のかかわりについてA小学校教育懇談会を開催した。ま
た,同年7月には,A小学校地区全11町内を5会場に分けて,全住民を対象
とするA小学校地区町内懇談会を実施した。しかし,A小学校地区の未来を考
える協議会が被告市長に意見書を提出するなどして,再編成事業に反対であ
ることを表明した。
被告教育委員会は,同年9月28日,臨時教育委員会を開催し,A小学校
地区の意見を整理し検討した結果,大綱及び基本方針の趣旨を踏まえて,通
学区域再編成の意義に沿って進めていくことを改めて確認し,同年11月16
日の定例教育委員会において,平成13年4月1日を施行日とする「市立学校
の設置に関する条例の改正について」を議案とし,A小学校を廃止することを
決め,被告教育委員会の意見として被告市長に送付した。
被告市議会は,同年12月21日の市議会定例会において,施行日を平成
13年4月1日とする本件条例の改正を議決した。これにより,被告市は,平成
13年3月31日をもってA小学校を廃止することとした。
ウ 本件条例制定によって,e町を除いて旧A小学校の通学区域はすべてB小
学校の通学区域となるところ,e町の一部(d町)については,児童の友達関係
や学校行事等での保護者の結びつきなどを考慮し,経過措置としてB小学校
を就学校として選択することができる通学区域の弾力的運用を行うこととし
た。
エ 以上のとおりの経緯で本件条例の制定に至っているのであって,本件条例
の制定は,教育行政上の必要に応じ,地域の意見を基にして,被告教育委員
会が作成した計画に基づき,相当な手続により被告市議会により議決された
ものである。また,その実施に当たっては,A小学校地区児童保護者関係者ら
に対しても,説明会を開催したり,A小学校については廃止を先送りにした上
で懇談会を開くなどして,十分な説明を実施し,その理解を得るための措置を
採っているのであって,不当,違法は一切存在しない。
原告らは,本件条例制定について被告市議会の議員らが何ら必要な調査
をした形跡がないなどというが,被告市議会からは,2名の議員が議会の代
表として足利市立小中学校通学区域再編成推進委員会の委員に就任し,そ
の意思形成にかかわっているほか,平成3年以来,本件条例案議決に至るま
で,度重なる常任委員協議会その他の会議及び懇談で慎重な調査,議論を
行っているのであり,本件議決に何ら瑕疵はない。
(4) 損害の有無
(乙事件原告らの主張)
本件各処分により,保護者である原告らは,通学路の環境悪化により,事故
等が懸念される危険箇所を通行しなければならなくなったり,交通頻繁な地域を
通学することによってせきやのどの痛み,アトピー性皮膚炎等排気ガスによる健
康への悪影響が生じ始める,夏期の通学では熱中症や脱水症状を起こす児童
が増加する,通学路で保護児童が転倒したり,用水路に転落する,筋力の弱い
児童が自力で通学できなくなる等の不安・苦痛を受けた。また,教育環境の悪化
により,児童らが,夏期の授業により体調を崩す,悪臭によりトイレが利用できな
い,教員との信頼関係が失われ,円形脱毛症や不登校気味になる等の事態が
生じ,それぞれ精神的苦痛を被った。
処分当時未就学児童であった児童の保護者らも同様の被害を被っている。
地域住民である原告らは,地域教育への参加の機会や児童らとの交流の機
会を奪われ,廃校に至る過程でも教育委員会等から十分な説明を受けることが
できず,これらにより精神的苦痛を受けた。
(乙事件被告の主張)
争う。
上記2(2)の甲事件被告ら及び乙事件被告の主張ウで述べたとおり,通学路
の安全は確保されており,原告らが主張するような損害の事実は認められな
い。本件条例制定等の手続についても,上記2(3)の甲事件被告ら及び乙事件
被告の主張で述べたとおり,不当,違法な点は一切ないから,原告ら主張の損
害は発生しない。
第3 当裁判所の判断
 1 上記前提事実及び証拠(甲1ないし3,4の1,2,甲5,6,8ないし10,12,乙1な
いし13,20,原告G)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の各事実が認めら
れる。
  (1) 足利市では,平成12年度において,c地区をはじめとする16地区に23校と1分
校の市立小学校が設置され,このうちc地区には,平成12年3月末まで,A小学
校の外,E小学校,F小学校,H小学校,I小学校,J小学校,K小学校の7校の
小学校が設置されていた。
    全国的な少子化傾向は足利市においても例外ではなく,都市のドーナツ化現象
により地域間の偏在等から,特に中心市街地を区域とするc地区では児童数の
減少が顕著であった。c地区では,児童数が,昭和30年には8350名であった
ものが,平成11年度には1628人,平成12年度には1527名と減少し,また,
地域間に児童数の偏在が生じ,平成11年度では,A小学校が219人,E小学
校が309人,F小学校が84人,H小学校が119人,I小学校が339人,J小学
校が229人,K小学校が329人であり,中でも小規模化が進んだF小学校で
は,2年生と6年生が11人ずつしかおらず,特に市街地において児童数の減少
が著しい状況であった(乙13)。
  (2) このような状況を背景に,昭和60年11月に足利市PTA連合会から小学校の児
童数の学校差が大きいので,バランスを採ることを考慮していただきたい旨の要
望書の提出が発端となり,被告教育委員会は,平成3年10月に校長会,PTA,
自治会,被告市議会及び教育団体代表者等で構成する検討委員会を設置し,
足利市c地区の通学区域の再編成について,同委員会に諮問した。
    検討委員会は,平成4年1月から平成7年2月まで延べ15回にわたって開催さ
れ,平成5年3月にまでまとめられた中間答申において示された「学校の適正規
模は,小中学校ともおおむね12から18学級とする。通学距離はおおむね小学
校4キロメートル,中学校6キロメートル以内とする。分校及び複式学級は廃止
する。通学区域は現通学区域を原則として尊重する。児童・生徒の地域活動を
考慮し,同一町内(自治会)は同一学区を原則とする。」旨の基本方針を踏まえ,
足利市内5地区で住民により構成する地区専門部会を設置して地区ごとの諸問
題の調整を行い,各部会は,4回から7回の協議を経てそれぞれの地区の意見
を検討委員会に提出し,検討委員会は,この意見を調整して,被告教育委員会
委員長に対して,「足利市立小中学校通学区域再編成検討結果について(答
申)」を提出した(甲5,乙5)。
(3) 被告教育委員会は,平成7年8月9日の定例の会議で,検討委員会の答申を
受けて,その趣旨を尊重した大綱(甲6,乙6)を決定し,平成8年度から平成12
年度までの5年間で学校規模や地域の再編成を行うこととし,c地区については
現存する7校を4校にするとの再編成計画が示された。
この大綱を受けて,各地区で通学区域再編成の具体案を調整する組織が設
置され,c地区でも,平成7年9月29日,c地区の小中学校校長,地区PTA代
表,地区自治会長連合会代表及び地区育成会代表,地区学識経験者等で構成
する編成委員会が設置され,7小学校を4校に再編成する計画作りと,地域の
調整を行った。
編成委員会は,平成8年3月25日,第3回の全体会で「c地区再編成基本案」
を作成し(乙8,13),新しい通学区域と使用する施設を示して,同年6月以降順
次各校のPTAや地域にこの基本案を説明する地区説明会等を開催するなどし,
全体会,各部会,先進地視察,諸会議,各小学校PTAへの説明会,幼稚園等説
明会,各小学校地区別説明会等,200回以上の説明会や検討会を持って意見
調整を行った(乙8)。編成委員会は,児童の居住分布や隣接校の学校規模及
び登下校に要する時間,通学距離などを基本として,新たに設置する4校の地
区割りを上記再編成基本案に明記し,各地区の保護者や地区住民への説明会
で意見を聞きながら,手直し調整を行った。これと並行して,使用する施設の検
討も行い,c地区の市街地における現実的な解決策として,地区割りの中で偏ら
ない位置にあり,かつ新設校として敷地面積,建物面積,設備などできる限り広
く,整った学校施設を使用するという前提で選考することを決めた。その結果,B
小学校として新設された通学地域は,E小学校,A小学校の大部分,F小学校の
大部分からなり,3校区域の中でほぼ中央にあり,施設の敷地面積,建物面積,
設備などの規模も大きいE小学校が使用施設に決まった(乙13)。
(4) これに対して,A小学校のPTAから,平成9年1月25日に編成委員会に対して
「学区編成に関する要望書」(乙7)が提出され,B小学校として新設される区域
の使用施設としてE小学校ではなくA小学校を使用し,学区再編成では小学校
のみならず中学校も含めた再編成をされたい旨の要望書が提出された。その
後,同年5月30日にも,A小学校PTA関係者等から,被告教育委員会教育長,
被告市議会議長に対して提出された,「c地区新学区編成の委員会決定案に対
して」と題する要望でも反対の意向が示された。
(5) 編成委員会は,平成10年4月9日,被告教育委員会教育長に対して,「c地区
小学校の再編成について(答申)」(甲8,乙8)を提出し,平成11年度をもってc
地区の7小学校をすべて廃止し,平成12年度に新たに4校を新設することを基
礎とする再編成案を答申した。
被告教育委員会は,平成10年7月1日,臨時の会議を開催して編成委員会
の上記答申を検討し,被告教育委員会の方針として上記編成委員会とほぼ同
様の骨子の基本方針(甲9,乙9)を決定し,平成12年度を目途に上記答申同
様の再編成を実施することとし,同月29日に被告市議会全員協議会に被告教
育委員会の方針として報告した。
被告教育委員会は,基本方針に基づき,平成10年9月から同年11月にかけ
て,A小学校を除くc地区の各校PTA,地区住民に説明会を開いたが,A小学校
については反対が強く,説明会を開くことができない状況であった(乙13)。そこ
で,説明会開催に向けて懇談会を開くなど働きかけに努めた結果,平成11年6
月29日,A小学校PTA実行委員会に対して初めて基本方針の説明を行い,同
年7月14日,A小学校保護者総会で説明を実施したが,翌15日,A小学校PTA
会長から,被告教育委員会教育長に対して,「c地区7小学校通学区域再編成
について(要望)」(乙10)が提出され,話合いの結果結論を出すことができるま
でA小学校を存続させること等の要望が出された。
(6) このような状況の中,被告教育委員会は,平成11年8月17日,平成11年度
末でのA小学校の廃止を見送り,平成12年度当初では,c地区7小学校のうち6
校を4校に再編成することを決定し,同年9月8日,被告市議会全員協議会に報
告した。
なお,大綱及び基本方針にしたがって,既存の施設を利用する場合でも吸収
合併ではなく,校名,校歌を刷新する等の配慮をすることを前提に,平成11年7
月27日,c地区新校名募集選考等委員会を組織して校名案を市民に公募し,同
委員会での絞り込みの結果,同年10月20日に新校名案であるB小学校を被告
教育委員会教育長に対し答申するなどの手続がなされた。
被告市議会は,被告教育委員会の報告を受け,被告市長から被告市議会に
上程された議案について,平成12年1月20日,議員総会(甲10)を経て,第1
回市議会臨時会を開き(甲12),c地区通学区域再編成に伴い,A小学校を除く
c地区6校を4校に再編成し,その施行日を平成12年4月1日とする「足利市立
学校の設置に関する条例」の改正を議決した。この条例改正に際し,被告市議
会では,「足利市立学校の設置に関する条例の改正に対する附帯決議」を行
い,この決議で,「c地区については,7小学校を4校に再編成するとの当初の基
本方針の下,A小学校は平成13年3月31日までに廃止すること。」,「決議の趣
旨を踏まえて被告市及び被告教育委員会は最大限の努力をすること。」が求め
られた。
この条例改正に伴って,教育委員会は,足利市立小学校の通学区域に関す
る規則の改正を行ったが,A小学校の廃止を見送ったため,A小学校の通学区
域のうち,10町内をB小学校あるいはC小学校と重複する形での暫定的な改正
にとどまった(乙13)。
(7) その後,被告教育委員会は,平成12年2月から同年6月まで,5回にわたっ
て,通学区域再編成に関する教育と地域のかかわりについてA小学校教育懇談
会を開催した。また,同年7月には,A小学校地区全11町内を5会場に分けて,
全住民を対象とするA小学校地区町内懇談会を実施した。
しかし,A小地区の未来を考える協議会は,被告市長に対して「c地区通学区
再編成に対する意見書」(甲20)を提出し,同協議会は,再編成事業に反対であ
ることを表明した。
(8) 被告教育委員会は,同年9月28日,臨時の会議を開催してA小学校地区の意
見を整理し検討した結果,大綱及び基本方針の趣旨を踏まえて,通学区域再編
成の意義に沿って進めていくことを改めて確認した。
そして,被告教育委員会は,同年11月16日の定例の会議において,平成1
3年4月1日を施行日とする「市立学校の設置に関する条例の改正について」を
議案とし,A小学校を廃止することを決め,被告教育委員会の意見として被告市
長に送付した。
これを受けて,被告市長は,A小学校を廃止することを改正内容とする本件条
例を議案として上程し,被告市議会は,平成12年12月21日,本件条例を議決
し,被告市長は,翌22日本件条例を公布し,これによりA小学校は廃止された。
本件条例の制定に伴い被告教育委員会は,足利市立小学校の通学区域に
関する規則を改正して本件条例同様の施行日を定めて通学区域の変更を行っ
た(甲3,乙12)。
(9) 本件条例改正によって,d町については,C小学校が通学区域として指定され
ることとなったが,被告教育委員会は,従前の児童らの友達関係や学校行事等
での保護者の結びつき等を考慮し,経過措置として,B小学校を通学校として選
択することができることとし,弾力的運用を行うこととした。
その後,被告教育委員会は,平成12年12月8日に,A小学校在学児童の保
護者と平成13年度の新入学児童の保護者を対象に通学区域再編成説明会を
開催し,欠席者には資料を自宅まで届けるなどするとともに,同月13日にはC
小学校の保護者に対して,同月14日にはB小学校の保護者に対して説明会を
実施してA小学校の再編の状況について説明して協力を依頼するなどした。さら
に,平成13年1月12日,A小学校の地区全世帯に,「A小学校の閉校及び通学
区域変更のお知らせ」を送付し,d町において,上記の通学区域の弾力的運用
に関する説明会を実施した。同月17日には,A小学校通学区域の保護者らに
対して再度通学区域再編成説明会を,同月18日には,d町の住民と被告教育
委員会の合同懇談会を,それぞれ開催するなどした。
(10) 本件条例による通学区域の再編成によって,A小学校の従前の通学区域の
児童のB小学校への通学距離は,f町2丁目からの約2.2キロメートルが最長で
あり,上記弾力的運用により,本来はC小学校の通学区域であるd町に居住す
る児童がB小学校に通学する場合の通学距離は,最長で,原告Gの児童の場
合の約2.4キロメートルである(乙13)。
 2 本件各処分の行政処分性等について(甲事件)
(1) 地方公共団体の行う条例の制定は,通常は,一般的,抽象的な規範を定立す
る立法作用の性質を持つものであり,そのような条例を制定する行為は,原則と
して個人の具体的権利義務に直接の効果を及ぼすものではなく,抗告訴訟の対
象となる処分ということはできない。もっとも,条例の形式を採っている場合であ
っても,外に行政庁の具体的処分を待つまでもなく当該条例そのものによってそ
の適用を受ける特定個人の具体的な権利義務や法的地位に直接影響を及ぼす
ような場合には,条例の制定行為自体をもって,抗告訴訟の対象となる行政処
分と解する余地もないではない。
しかるところ,本件条例は,足利市内のc地区に所在する市立小学校の統廃
合の一環としてA小学校を廃止することを内容とするもので,その内容自体一般
的なものであって特定の個人に向けられたものではない。また,原告らのうち児
童の保護者である者らは,憲法26条,教育基本法3,4条,学校教育法29条に
よって,その保護する児童らに市町村が設置する学校において法定年限の普通
教育を受けさせる権利ないし利益を有するものではあるが,その権利ないし利
益は,市町村等が社会生活上通学可能な範囲内に設置する学校で教育を受け
させることができるという限度で認められるものであって,具体的に特定の学校
で教育を受けさせることまでをも含むものと解することはできない。同原告らが,
その保護する児童をA小学校に通学させ,同校で教育を受けさせることができた
のは,A小学校が設置されて,一般の利用に供せられ,同校を就学校として指
定されていたことによるものであって,A小学校において教育を受けさせるという
利益は,事実上の既得利益にすぎず,これをもって,法的に保護された権利ある
いは法的地位ということはできない。
そこで,本件条例により,原告らの児童らが社会通念上通学可能な範囲に設
置する学校へ就学校指定ができなくなり,原告らの児童らに教育を受けさせる権
利ないし利益を害したか否かにつき検討するに,A小学校の廃止後に新たに設
置され,原告らの児童が就学校として指定を受けたB小学校は,原告らのうち最
も距離が離れた者(原告G)の自宅からでも約2.4キロメートルで,同原告は,C
小学校の方が距離的には近く,通常なら同校への就学校指定を受けるところ希
望によりB小学校への就学校指定が認められたもので,同原告を除けば,B小
学校への通学距離はおおむね約2.2キロメートルまでにとどまっており,原告ら
の児童らにとって社会生活上通学することができる範囲内にないとは認められ
ない。また,原告らがるる指摘するB小学校への通学路における交通その他の
危険等の支障も(甲23ないし34,36等),一般の通学路に不可避的に存在す
る範囲を超えるものではなく,特にB小学校特有の不備・支障があり社会生活上
通学困難な事情に当たるとは認め難い。
これらの事情は,本件条例制定当時A小学校に通学しておらず,後にB小学
校に就学校指定された未就学児童で,現在B小学校に通学する児童の保護者
らである原告らにとっても同様に妥当するものである。
また,A小学校の就学校指定区域の住民である原告らは,憲法26条等により
社会教育を受ける権利ないし利益を有するといえるにせよ,関連法規が予定し
ている範囲内で各種公的施設ないしサービスの提供を受けることができるという
にとどまり,具体的に特定の小学校でこれらの権利利益を行使することまで保障
されているとはいえないのであり,本件条例は,これらの原告にとって何ら具体
的権利義務や法的地位に影響を及ぼすものではない。
以上によれば,本件条例は一般的規範にほかならないから,本件条例は抗
告訴訟の対象となる処分に当たらない。したがって,原告らの被告市議会に対
する本件条例によるA小学校廃止の取消しを求める訴えは不適法として却下を
免れない。
(2) 条例は,地方公共団体の議会の議決によって成立し,地方公共団体の長が公
布することによって効力を生じるものである(地方自治法96条1項1号,同法16
条2,3項)ところ,議会の議決は団体の意思決定であってそれだけでは当該条
例の効力は生じないし,また,条例の公布は既に成立している条例を外部に表
示する付随的な行為にすぎないから,いずれもそれ自体で国民の具体的な権利
義務ないし法的地位に影響を及ぼすものではなく,抗告訴訟の対象となる処分
ということはできない。
したがって,被告市議会がした本件条例の議決及び被告市長がした本件条
例の公布は,いずれも独立して抗告訴訟の対象となるものではないから,この
議決行為及び公布行為によるA小学校の廃止の取消しを求める訴えは,いずれ
も不適法な訴えとして却下を免れない。
(3) 処分の取消しの訴えは,取消判決によって当該処分の法的効果を失わしめ,
処分の法的効果として生じた原告の権利利益に対する侵害状態を解消し,その
権利利益の回復を図ることを目的とするものであるから,当該処分を取り消して
も原告の権利利益が回復される可能性がないときには,その取消しを求める訴
えはもはやその利益を欠くというべきである。
被告教育委員会がした通学校指定処分についてこれを見るに,仮にB小学校
への通学校指定が取り消されたとしても,本件条例が平成13年4月1日に施行
されたことによって既にA小学校は廃止されている以上,被告教育委員会として
は,原告らの保護する児童らの就学校をA小学校に指定し,本件指定以前の状
態を回復することは不可能であることが明らかであるから,原告らとしては,本
件の指定を取り消しても,その侵害された状態を回復できる余地はないから,本
件指定の取消しを求める原告らの訴えは,訴えの利益を欠くものとして却下を免
れない。
(4) 以上のとおりであって,原告らによる甲事件に係る請求はいずれも訴訟要件を
欠くものとして却下を免れない。
3 本件各処分による国家賠償責任の有無について(乙事件)
(1) 乙事件原告らは,甲事件被告らの本件各処分によるA小学校の廃止が手続
的及び実体的に違法であり,これによって精神的苦痛を受けたと主張し,甲事件
被告らのうち被告市(乙事件被告)に対し,損害賠償を請求している。
しかし,まず別紙乙事件原告目録16記載の原告はA小学校の通学区域内の
住民ではないから,地域住民の学習権を前提としたとしても,被告らの行為によ
って,同原告に乙事件原告らの主張するような損害が生ずることは認められな
い。また,上記第3の2(1)で説示したとおり,本件条例が,その余の乙事件原告
らの有する,その保護する児童らに市町村が設置する学校において法定年限の
普通教育を受けさせる権利ないし利益という具体的権利義務や法的地位に直
接影響を及ぼしたとはいえないのであるから,原則として,本件条例等の実体的
違法によって,被告市がこれらの原告らに対してこれらの権利ないし利益を侵害
することはなく,その精神的苦痛について国家賠償責任を負うことは通常考え難
いというべきである。
もっとも,例外的に,本件条例制定に関する甲事件被告らの措置によって乙
事件原告らの事実上の利益を侵害し,精神的苦痛を及ぼした場合にも国家賠
償法上違法の評価を受けることが全くないとはいえないので,なお念のため本
件条例の違法の有無につき検討する。
(2) まず手続についてみるに,本件条例が,A小学校廃止について法令上必要な
形式的手続を履践していることには弁論の全趣旨に照らせば争いがないと認め
られるところ,乙事件原告らは,検討委員会や編成委員会では何ら教育環境や
教育論に関する議論が交わされないまま,被告教育委員会が策定した答申の
みの不十分な調査に基づいて被告市議会の議員らが議決に至ったものであり,
住民に対する十分な資料の提供や住民の意思を聞く機会も十分に与えられな
かった点で,地方自治に関する事項につき住民の意思が尊重されていない点で
憲法92条に違反するなどと主張する。
確かに,保護者にとって児童の就学環境は重大な関心事であり,公立小学校
の廃止がなされれば児童の就学環境に大きな変化がもたらされることは否定し
難いのであって,乙事件原告らが指摘する旧文部省通達(甲13)を待つまでも
なく,公立学校の統廃合を進める際にはその地域的意義等を踏まえて地域住民
とも十分な説明と協議の機会を設け,その理解と協力を得て行うことが望ましい
ことはいうまでもない。しかし,他方で,本件条例によるA小学校の廃止は,足利
市c地区に属する公立小学校全体の適正配置を検討する一連の施策の一環と
してなされたのであり,事柄の性質上利害得失の一致しない多数の関係者が存
在し,誰しも自らの環境については変更を望まない場合がむしろ通常であると考
えられること等からすれば,計画を進めるについてその内容のすべてを関係者
全員に説明し,その意向を聴取して賛同まで得ることは極めて困難であるといわ
ねばならず,意見を聴取する関係者の範囲や意見聴取の方法,程度について
は,計画を準備し遂行する行政関係者や計画を最終決定する立法者である議
会等の裁量にゆだねられるものと解さざるを得ない。
そうすると,住民の代表者である議員によって構成される議会の議決により制
定される条例の制定手続として,本件のような小学校の廃止に関してのみ乙事
件原告ら主張のような手続を履践しなければならない憲法上あるいは法律上の
要請はないというべきである。また,被告市は,教育委員会を中心とした約3年5
か月にわたる検討委員会における地区ごとの意見の集約と約2年7か月にわた
る編成委員会における具体的な計画策定とPTAのみならず地域の自治会や住
民の意見,要望をも対象とした地域調整を行った結果,本件条例を制定するに
至っていること,A小学校の児童保護者その他の関係者らにおいて,同校の廃
止について反対意見が根強いことが表面化した後にも,同関係者らに対する説
明会や懇談会を実施して再編成案への理解を得ることに努め,当初の方針を変
更して1年間廃止を延期した上,本件条例の制定後にも同様の説明会及び懇談
会を実施し,同関係者らの理解を得る努力を継続していること,A小学校通学区
域の中でB小学校への通学校指定がされず,C小学校に通学校指定がされたd
町に居住する児童らについては経過措置としてB小学校への通学も認めている
こと等に鑑(かんが)みれば,本件条例の制定や通学校の指定を含む施行の過
程に憲法や法律の要求する手続を欠いた点があったとはいえず,A小学校廃止
の手続に違法があるということはできない。
(3) 内容について見ても,A小学校の児童らにとってB小学校が社会生活上通学
可能な範囲内にあることは上述したとおりであるし,本件条例自体が足利市c地
区の公立小学校における児童数の減少を背景に,適正な小学校規模を維持し,
児童の生活圏や発達段階,通学環境等を考慮した通学区域の再編成を目的と
して行われたものであるところ,どのような教育環境が望ましいかについては多
様な見解があり得ることはいうまでもなく,乙事件原告ら主張のように小規模校
に児童の学習・発達上様々な利点がある意見も傾聴に値するけれども,同年代
の新しい集団や様々なタイプの友人らと接触する機会を有するという意味で一
定規模以上の児童数を確保した教育環境を構築するとの考え方にも理があるこ
ともまた明らかであって,本件条例の目的には十分な合理性が認められる。小
学校については同学年で2ないし3学級,全体で12ないし18学級が適正である
との検討結果を基礎に,c地区の既存の7小学校を4つに統廃合するとした点も
特に不合理なものということはできない。
また,B小学校の設置自体も,通学距離に配慮しつつ定められた新たな通学
地域の区割りであるE小学校全域,A小学校の大部分,F小学校の大部分のほ
ぼ中央に位置するE小学校の施設を選定したというのであって,確かに同校が
足利市の中心地に位置しており,付近の交通量が多く,歓楽街なども近傍に存
するとの事情はあるにせよ,仮にB小学校の利用施設としてA小学校を選んで
いた場合には,A小学校の児童が現在のB小学校の施設として利用されている
E小学校に通うよりも更に通学に距離を要する地域に住む児童が生じかねない
ことも地図上明らか(乙8,新通学区域図等)であること,被告教育委員会等によ
る再編成のとりまとめ過程で,通学路の安全・防犯についても関係機関への働
きかけや要望への対応等は意識されていること(乙8,6頁)を併せ考えると,お
おむね妥当な選択と見ることができ,不合理とはいえない。
これらの諸点に照らせば,本件条例がA小学校を廃止したことについて合理
的理由がなく,条例制定権により被告市議会に与えられた裁量を濫用ないし逸
脱した違法があったとは到底いえないのであり,乙事件原告らの主張は採用で
きない。
(4) 以上のように,A小学校廃止に関する本件条例制定その他一連の甲事件被告
らによる手続について違法はなく,その他本件訴訟に現れた全証拠によっても,
これらを国家賠償法上は違法と評価すべき特異な事情は見当たらない。
 4 よって,甲事件原告らの各請求はいずれも不適法であるからこれらを却下し,乙事
件原告らの被告市に対する損害賠償請求は,その余の点について検討するまでも
なく,理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
 宇都宮地方裁判所第2民事部
裁判長裁判官 柴田 秀
裁判官 今井 攻
裁判官 馬場嘉郎

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