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平成12年(ワ)第6570号 特許権侵害差止等請求事件
口頭弁論終結日 平成14年12月17日
判    決
原          告   日本繊食有限会社
原          告   A
原告両名訴訟代理人弁護士   小 林 淳 郎
被          告   オリヒロ株式会社
訴訟代理人弁護士       安 田 有 三
同              伊 藤   治
同              西 野 宣 幸
補佐人弁理士         伊 藤 克 博
主    文
1 被告は、別紙目皿目録記載の目皿の生産、譲渡及び譲渡の申し出をしてはな
らない。
2 被告は、別紙目皿目録記載の目皿を廃棄せよ。
3 被告は原告Aに対し、金6300円及びこれに対する平成12年6月30日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
5 訴訟費用は、これを10分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの
連帯負担とする。
6 この判決の第1項ないし第3項は、仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1、2 主文第1、2項と同じ。
3 被告は原告日本繊食有限会社に対し、金100万円及びこれに対する平成1
2年6月30日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
4 被告は原告Aに対し、金100万円及びこれに対する平成12年6月30日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 本件は、「筋組織状こんにゃくの製造方法及びそれに用いる製造装置」の特
許発明の特許権者及びその専用実施権者である原告らが被告に対し、被告の製造販
売するこんにゃく製造用目皿は、①主位的に同特許発明の技術的範囲に属すること
を理由とし、②予備的に同特許発明の実施にのみ用いられるものであることを理由
として、同目皿の生産等の差止め等と、同特許権及び仮保護の権利の侵害に基づく
損害賠償を請求した事案である。
1 争いのない事実等
(1) 原告A(以下「原告A」という。)は、次の特許権を有し、平成8年3月
6日に原告日本繊食有限会社(以下「原告日本繊食」という。)に対し専用実施権
を設定し、同年4月22日にその旨の登録を経由した(以下、この特許権を「本件
特許権」といい、特許請求の範囲請求項2の特許発明を「本件発明」、本件特許権
に係る明細書を「本件明細書」という。)。なお、本件特許権は、Bにより出願さ
れたものであるが、平成6年2月25日に、同出願人は原告Aに変更された。
ア 発明の名称 筋組織状こんにゃくの製造方法及びそれに用いる製造装置
イ 登録番号 第1912343号
ウ 出願日 昭和61年3月1日(特願昭61-44489号)
エ 公開日 昭和62年9月5日(特開昭62-201555号)
オ 出願公告日 平成6年5月18日(特公平6-36727号)
カ 登録日 平成7年3月9日
キ 特許請求の範囲は、別紙特許公報(以下「本件公報」という。)該当欄
記載のとおりである。
(2) 本件発明の構成要件は、次のとおり分説するのが相当である。
A ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出
装置において、
B 前記ノズルを平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3㎜以下に小、又
はノズル押出し直後の糸状こんにゃくのり間のすき間(c)が3㎜以下の小さい傾斜ノ
ズルとし、
C 押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃ
くのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するよ
うにしてなることを
D 特徴とする筋組織状こんにゃくの製造装置。
(3) 被告は、別紙目皿目録記載の目皿(以下「被告目皿」という。)を製造、
販売した。
2 争点
(1)ア 被告目皿は、「ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズル
から押出す押出装置」(構成要件A)及び「こんにゃくの製造装置」(構成要件
D)に当たるか。
イ 仮に、被告目皿が、「ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔の
ノズルから押出す押出装置」(構成要件A)、「こんにゃくの製造装置」(構成要
件D)に当たらない場合、被告目皿はこんにゃくの製造装置の生産にのみ使用され
るものか。
(2) 被告目皿は、「押出し孔間隙」(構成要件B)の構成を備えているか。
(3) 被告目皿により製造されるこんにゃくは、「押出し後の圧力開放により糸
状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに
外力を加えることなく接して一体化するようにしてなる」(構成要件C)、「筋組
織状こんにゃく」(構成要件D)との構成を備えているか。
(4) 仮に被告目皿が上記構成を文言上備えていない場合に、均等として被告目
皿は本件発明の技術的範囲に属するか否か。
(5) 本件特許の無効理由-発明未完成
(6) 本件特許の無効理由-本件特許出願経過における要旨変更の有無
(7) 損害の発生及び額
第3 争点に関する当事者の主張
1(1) 争点(1)ア(被告目皿は押出装置ないし製造装置に当たるか)について
〔原告らの主張〕
 「ホッパー中に投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出
装置において」(構成要件A)とは、本件発明がこのような押出装置に関するもの
であることを意味する。また、本件明細書の記載を参酌すると、本件発明にいう
「(こんにゃくの)製造装置」(構成要件D)とは、実質的には、糸状こんにゃく
の押出装置に装着するノズルそのものを指すと解すべきであるから、ノズルである
被告目皿は、「(こんにゃくの)製造装置」に当たる。
〔被告の主張〕
 被告目皿は、それ自体には押出し能力がなく、押出装置、あるいはこんに
ゃくの製造装置の一個の部品であって、それらの装置そのものではないから、「押
出装置において」(構成要件A)、「(こんにゃくの)製造装置」(構成要件D)
との構成を備えていない。
(2) 争点(1)イ(被告目皿は「こんにゃくの製造装置」の生産にのみ使用され
る物か)について
〔原告らの主張〕
 被告目皿は、こんにゃく押出装置のみに装着されるものであり、社会通念
上、それ以外には用途がない。
 仮に被告目皿自体が「(こんにゃくの)製造装置」に当たらないとして
も、被告目皿を装着したこんにゃく押出装置は、構成要件Dの「こんにゃくの製造
装置」に該当する。
〔被告の主張〕
(1) 被告目皿がこんにゃく押出装置に装着されるものであることは認めるが、
原告らのその余の主張は争う。
(2) 被告目皿の製造、販売行為が本件特許権の間接侵害に当たるとするために
は、被告目皿を装着した「こんにゃく製造装置」の製造条件の実用される範囲内で
の変動にかかわりなく、同こんにゃく製造装置が本件発明の技術的範囲に属するこ
とが必要であると解すべきである。しかるに、技術常識からみて、被告目皿を装着
したこんにゃく製造装置は、このような製造条件の変動にかかわらず、本件発明の
構成要件Cを満たすようなこんにゃくを製造できるとは到底考えられない。
 また、被告目皿は、これを装着してノズル押出し直後に多数本の半ゲル化
した糸状こんにゃくとするこんにゃく製造装置を生産することが可能であるとこ
ろ、後記3の〔被告の主張〕のとおり、本件発明の「筋組織状こんにゃく」とは
「多数本の糸状こんにゃくを集束一体化したこんにゃく」であり、本件発明は、こ
んにゃく押出装置から、多数本の半ゲル化した糸状こんにゃくを押し出すこんにゃ
く製造装置を含まないから、被告目皿には、本件発明以外のこんにゃく製造装置に
用いることができる。
(3) したがって、被告目皿は、本件発明の筋組織状こんにゃくの製造装置の生
産にのみ使用されるものではないから、被告目皿の製造、販売行為が本件特許権の
間接侵害に当たるとの原告らの主張は理由がない。
2 争点(2)(「押出し孔間隙」(構成要件B)の充足性)について
〔原告らの主張〕
 被告目皿は、主孔部分に加えて連通孔部分が設けられているが、被告目皿を
用いてこんにゃくのりを押し出した場合、こんにゃくのりは、連通孔部分からほと
んど吐出されず、単独孔目皿によって製造されたこんにゃく製品と外観、食感にお
いて同様の製品を製造することができるものであり、被告目皿には、主孔に連通孔
を付加することによって生ずる新たな作用効果は全くない。そして、主孔の間隙
は、構成要件Bの「3㎜以下に小」を満たしている。
 したがって、被告目皿は、主孔部分に、付加的構成として連通孔を加えたに
すぎないから、独立した「押出し孔」及び「押出し孔間隙」(構成要件B)との構
成を備えているといえる。
〔被告の主張〕
(1) 「押出し孔」(構成要件B)とは、それぞれ独立した押出し孔であって、
他の独立した押出し孔との間に隙間が生じるものをいう。
 被告目皿は、主孔と連通孔とからなる押出し孔を有するものであり、独立
した押出し孔は存在しないし、「押出し孔間隙」も存在し得ない。
 換言すれば、被告目皿の連通した一つの押出し孔は、本件公報第4図の一
つのスリット状押出し孔13に相当するものであり、連通した押出し孔と隣接する
押出し孔とは大きな隙間を設けて離れており、「押出し孔間隙(a)を3㎜以下」との
要件も充足しない。
(2) したがって、被告目皿は、独立した「押出し孔」及び「押出し孔間隙」の
構成を備えていないから、構成要件Bを充足しない。
3 争点(3)(構成要件C及び「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)の充足性)
について
〔原告らの主張〕
(1) 構成要件Dの「筋組織状こんにゃく」とは、「押出し後の圧力開放により
糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうち
に外力を加えることなく接して一体化」(構成要件C)した「多数本の糸状こんに
ゃくのり」を集束一体化し、これを加熱処理して製造されるこんにゃくをいう。
 このことは、本件明細書の発明の詳細な説明の〈作用〉の項に「本発明の
方法及び装置によると、多数本の糸状こんにゃくのり同志がノズル加圧押出し直後
の圧力開放により膨張しゲル化前の短時間のうちに接して、何ら外力を加えなくと
も互いに接着する作用をし、これを加熱処理するとゲル化し、一体化強度が大な筋
組織状こんにゃく製品が得られる。」(本件公報4欄17~22行)と記載されている
とともに、特許請求の範囲にも明記されているところである。
 被告は、構成要件Dの「筋組織状こんにゃく」とは「多数本の糸状こんに
ゃくを集束一体化したこんにゃく」をいうと主張するが、そのように解すべき根拠
はない。
(2) 被告目皿を用いたこんにゃく製造装置は、押出し後の圧力開放により糸状
こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同士がゲル化前の短時間のうちに外
力を加えることなく接して一体化したこんにゃくのりを、集束一体化し、これを加
熱処理して筋組織状こんにゃくを製造するものであり、構成要件C及び「筋組織状
こんにゃく」(構成要件D)との構成を備えている。
〔被告の主張〕
(1) 「押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃ
くのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化する」
(構成要件C)、「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)とは、原料の状態変化で
みると、①第1工程:こんにゃくのり、②第2工程:多数本の糸状こんにゃくの
り、③第3工程:多数本の糸状こんにゃく、④第4工程:多数本の糸状こんにゃく
を集束一体化(筋組織状こんにゃく)という各工程を経て製造されるこんにゃくを
意味する。
 構成要件Dの「筋組織状こんにゃく」とは、「多数本の糸状こんにゃくを
集束一体化したこんにゃく」をいい、上記第3工程を経ることなく「多数本の糸状
こんにゃくのりを一体化したのり」を加熱処理して製造されたものではない。
 原告らは、構成要件Dの「筋組織状こんにゃく」とは「多数本の糸状こん
にゃくのり」を集束一体化し、これを加熱処理して製造されるこんにゃくをいうと
主張するが、多数本の各糸状こんにゃくのりは液状であり、仮に蜂の巣状に各巣穴
から押し出された各糸状のり液が一体化したとき、一体化する部分の境界面(接触
面)は消失するから、一体化したとき一本ののり液になることが当然に予測され、
この状態から製造されるものは単なる「こんにゃく」であって、「筋組織状こんに
ゃく」とはいえない。
(2) 原告らは、構成要件C及び「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)との構
成について誤った解釈をしているから、被告目皿が「筋組織状こんにゃく」の製造
装置に用いられることの主張がないといわざるを得ない。
4 争点(4)(均等の成否)について
〔原告らの主張〕
 仮に被告目皿が連通孔を有することから、文言上本件発明の「押出し孔間
隙」(構成要件B)の構成を備えていないとしても、被告目皿は、次のとおり、本
件発明の構成と均等であり、その技術的範囲に属するものというべきである。
(1) 非本質的部分について
 本件発明の特徴的部分は、①ノズル押出直後の多数本の糸状こんにゃくの
り同士が押出圧力の開放により膨張しゲル化前の短時間のうちに外力を加えること
なく接する点、②そのために押出し孔の間隙を3㎜以下とした点にある。
 被告目皿は、隣接する主孔と主孔の間に連通孔部分があるが、塑性流動体
の特性上、細い連通孔部分からは、粘性のあるこんにゃくのりはほとんど流出しな
いし、主孔から押し出されたこんにゃくのりは流速が速いから、連通孔部分のそれ
より大きく膨張して拡がる。そして、被告目皿の主孔の間隙は3㎜以下であって、
主孔から押し出されたこんにゃくのりは、吐出膨張のみによって接触一体化する。
 したがって、被告目皿は、上記の本件発明の特徴的部分を有しており、被
告目皿に連通孔部分があることは、筋組織状こんにゃくを製造するためには意味の
ないものである。両者において異なる部分である目皿の連通孔の有無は、本件発明
の本質的部分ではない。
(2) 置換可能性について
 上記のとおり、単独孔目皿を連通孔付目皿に置き換えても、同一の作用効
果を奏するものであり、置換可能性がある。
(3) 置換容易性について
 被告及びハタノヤ株式会社(以下「ハタノヤ」という。)が被告目皿の製
造販売を開始した時点以前の、昭和62年に本件発明は公開されていた。被告及び
ハタノヤは平成3年ころから平成6年6月ころまで単独孔目皿を製造していたが、
本件特許権に抵触するおそれがあると考えて、単独孔目皿の製造を中止し、時期を
置かずして平成6年6月ころから連通孔の被告目皿の製造販売を早速開始した。
 ハタノヤは、平成7年3月7日に「多条蒟蒻」の実用新案登録を出願し
(実願平7-2628号)、同年6月28日に登録となったが、特許庁審査官は同
考案に対して「進歩性を欠如されるものと判断されるおそれがある」と技術評価し
ている。
 以上の事情からすると、目皿の主孔の間に連通孔を設けることは、被告が
連通孔付目皿の製造販売を開始した時点において、当業者が容易に想到することが
できたといえる。
(4) 公知技術との関係について
 連通孔付目皿は、本件発明の特許出願がなされた昭和61年当時における
公知技術と同一ということもできないし、当業者が右出願時に公知技術から容易に
推考することができたものであるということもできない。
(5) 意識的除外について
 本件において、連通孔付目皿が、本件特許出願手続において、特許請求の
範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はない。
〔被告の主張〕
 原告らの均等の主張は争う。
5 争点(5)(本件特許の無効理由-発明未完成)について
〔被告の主張〕
(1) 本件発明の「(ノズル)押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが
膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることな
く接して一体化する」(構成要件C)との構成における「一体化」とは、本件明細
書第1表「一体化可否」の欄に記載されている「可」、「弱いが可」、「部分的に
可」、「*(場合により部分的に接着一体化)」が含まれていると解される。
(2) そして、「可」とは、他の凡例とは異なるより完全な一体化、すなわち
「弱くない一体化」、「全体的に一体化」あるいは「全体的な接着一体化」をいう
と解されるから、多数本の糸状こんにゃくのりの一体化可否が「可」の場合には、
得られるのはいずれも「こんにゃく」であって、「筋組織状こんにゃく」ではな
い。
(3) 一方、「部分的に可」(部分的に一体化)あるいは「部分的な接着一体
化」の場合は、多数本の糸状こんにゃくのりが「部分的に接着」し、一体化後も多
数本の糸状こんにゃくのり同士が部分的に接着しており、さらにその後のゲル化に
より「多数本の糸状こんにゃくが接触する部分でのみ接着させて集束一体化」した
「筋組織状こんにゃく」が得られるかもしれない。
(4) しかしながら、本件明細書には、上記(2)の「こんにゃく」が得られる場
合と、上記(3)の「筋組織状こんにゃく」が得られるかもしれない場合とを区別し、
後者のみを選択する技術手段が開示されていない。
 すなわち、本件明細書には、ノズル押出し直後に「(糸状こんにゃくのり
を)一体化したこんにゃくのり」を得るための中間工程が記載されているが、その
後いかなる技術手段を採用すれば「筋組織状こんにゃく」が得られるのかは開示さ
れていない。
 したがって、本件発明は発明未完成であり、本件特許には無効理由が存在
することが明らかであるから、本件特許権に基づいて権利行使することは権利の濫
用に当たる。
〔原告らの主張〕
(1) 被告は、本件明細書の実施例1の第1表記載の「一体化可否」について述
べ、表中の「可」とは「弱くない一体化」、「全体的に一体化」あるいは「全体的
な接着一体化」をいい、その場合に得られるものはいずれも「こんにゃく」であっ
て「筋組織状こんにゃく」ではないと主張し、したがって、本件明細書には「(筋
組織状ではない)こんにゃく」と「筋組織状こんにゃく」とを区別し、後者のみを
選択する技術手段が開示されていないと主張する。
(2) しかし、本件発明は、「押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが
膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることな
く接して一体化するようにしてなること」(構成要件C)を構成要素とするが、
「一体化」の程度を特定するものではない。
 本件明細書には「押出孔は丸孔に限らず角孔等の異形のものも含まれる。
さらにスリット状の並行な押出し孔も同様に含まれる」と記載されているから、糸
状こんにゃくのりの断面形状や大きさによって一体化の態様に差が生じるのは当然
である。
 したがって、本件発明が未完成であるとする被告の主張は理由がない。
6 争点(6)(本件特許の無効理由-要旨変更)について
〔被告の主張〕
(1) 本件特許出願当初の明細書(以下「当初明細書」という。)には、ノズル
押出し後の状態で多数本の半ゲル化した「糸状こんにゃく」を得て、これを接着さ
せて一体化(ゲル化完了)し、筋組織状こんにゃくを製造する方法が記載されてい
た。この製法では、「一体化可否」の程度が「可」(「全体的に一体化」、「全体
的な接着一体化」)の場合に、全体的に均一な筋組織状こんにゃくとなる。
(2) 本件特許の出願人は特許庁から受けた拒絶理由を回避するため、平成5年
11月12日付けの手続補正(以下「本件手続補正」という。)により、当初明細
書記載事項の製法を排除し、ノズル押出し後の状態で多数本の「糸状こんにゃくの
り」を一体化する製法に補正した。すなわち、筋組織状こんにゃくを得るために、
ノズル押出し後の多数本の糸状こんにゃくのりの一体化を、部分的に接触させるな
ど何らかの特殊な手段(本件明細書には記載されていない手段)を採用した製法及
び装置にした。
 しかしながら、この補正後の特殊な製法ないし装置は当初明細書に記載さ
れた事項の範囲内ではないから、上記補正は要旨の変更に当たり、本件特許の出願
日は平成5年11月12日となる。
(3) 当初明細書は、上記出願日前に特開昭62-201555号公開特許公報
により公開されており、同公報に記載された筋組織状こんにゃく製造装置のノズル
(第2図ないし第4図)は公知である。
 したがって、同ノズルと被告目皿との同一性を論じ、間接侵害であるとい
う原告らの主張は許されない。
〔原告らの主張〕
(1) 被告は、出願当初明細書に、「ノズル押出し後の状態で多数本の半ゲル化
した「糸状こんにゃく」を得て、これを接着させて一体化(ゲル化完了)し、筋組
織状こんにゃくを製造する方法」が記載されていたと主張するが、出願当初明細書
には「ノズル押出し後に半ゲル化した糸状こんにゃくを得ること」などの記載はな
いし、また、「接着させて一体化(ゲル化完了)」するという趣旨が、接着させて
一体化する工程とゲル化が完了する工程が同一であることを意味するのであれば、
このことも出願当初明細書に記載されていない。
(2) したがって、本件手続補正が要旨変更に当たるとの被告の主張は理由がな
い。
6 争点(6)(損害の発生及び額)について
〔原告らの主張〕
(1) 原告日本繊食は、被告による被告目皿の製造販売によって、次の損害を被
った(特許法102条3項)。
ア 平均販売単価 9万円
イ 平均年間販売数 65個
ウ 侵害期間 4年1か月(平成8年4月22日から平成12年5月21日
まで)
エ 実施料率 10%
オ 損害額 238万円(9万円×65個×(4+1/12)年×0.1)
(2) 原告Aは、被告による被告目皿の製造販売によって、次の損害を被った
(特許法102条3項)。
ア 平均販売単価 9万円
イ 平均年間販売数 65個
ウ 侵害期間 1年11か月(平成6年5月18日から平成8年4月21日
まで)
エ 実施料率 10%
オ 損害額 112万円(9万円×65個×(1+11/12)年×0.1)
(3) 原告らは、被告に対し、それぞれ上記各損害のうち金100万円ずつを請
求する。
〔被告の主張〕
 被告が被告目皿を2個製造し、これらをやまと食品工業株式会社(以下「や
まと食品」という。)に販売したことは認めるが、その余の原告ら主張の事実は否
認し、原告らが主張する実施料率(10%)の相当性については争う。
第4 争点に対する判断
1(1) 争点(1)ア(構成要件A及び「製造装置」(構成要件D)の充足性)につ
いて
 本件発明は、特許請求の範囲の記載によれば、「ホッパー中に投入された
こんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置」において、ノズルを構成要件
Bの構成のものとし、構成要件Cに規定するような機構で糸状こんにゃくのりを一
体化することを特徴とする「筋組織状こんにゃくの製造装置」(構成要件D)の発
明であるから、本件発明の対象が「こんにゃくの製造装置」全体であることは明ら
かであり、ノズルは本件発明の構成の一部をなすものということができる。そし
て、本件明細書及び図面(甲1)の記載と弁論の全趣旨によれば、被告目皿のよう
な「目皿」は、こんにゃくの製造装置における押出装置(ホッパー中に投入された
こんにゃくのりを多孔のノズルから押し出す装置)の先端に設置され、そこからこ
んにゃくのりが押し出されるものであるから、本件発明(構成要件A、B)にいう
「ノズル」に相当するものというべきである。
 原告らは、本件発明の「(こんにゃくの)製造装置」は実質的にはノズル
そのものを指すと解すべきであると主張するが、本件明細書中に、そのような解釈
を根拠付ける記載はない。
(2) 争点(1)イ(被告目皿は「こんにゃくの製造装置」の生産にのみ使用され
る物か)について
ア 被告目皿がこんにゃくの製造装置に使用されるものであることは当事者
間に争いがなく、こんにゃく製造装置においては、目皿を押出装置(ホッパー中に
投入されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押し出す装置)に装着することによ
って、こんにゃくを製造することが可能になるものである。しかるところ、被告目
皿がこんにゃくの製造装置以外の他の実用的な用途に用いられることを認めるに足
りる証拠はないから、被告目皿はこんにゃく製造装置の生産にのみ使用されるもの
と認められる。
イ そうすると、被告目皿をこんにゃくのりの押出装置(ホッパー中に投入
されたこんにゃくのりを多孔のノズルから押し出す装置)に装着したこんにゃく製
造装置が本件発明の技術的範囲に属すると判断されれば、被告目皿の製造、販売行
為は、間接侵害(特許法101条1号)に該当することになるというべきである
(以下、被告目皿を装着したこんにゃくの製造装置を「被告製造装置」とい
う。)。
 そして、被告目皿が装着された被告製造装置は、「ホッパー中に投入さ
れたこんにゃくのりを多孔のノズルから押出す押出装置において」(構成要件A)
及び「(こんにゃくの)製造装置」(構成要件D)との構成を充足する(なお、被
告は、構成要件Aの「多孔のノズル」の構成に関しては争っていない。)。
ウ 被告は、被告目皿の製造、販売行為が本件特許権の間接侵害に当たると
するためには、被告目皿を装着した「こんにゃく製造装置」の製造条件の実用され
る範囲内での変動にかかわりなく、同こんにゃく製造装置が本件発明の技術的範囲
に属することが必要であると主張する。
 しかし、後記3で判断するとおり、被告目皿を使用して製造されるこん
にゃくは、本件発明の構成要件Dにいう「筋組織状こんにゃく」に該当し、被告目
皿を使用したこんにゃく製造装置は本件発明の技術的範囲に属するものであり、被
告目皿を使用したこんにゃく製造装置に本件発明の筋組織状こんにゃくとは別個の
こんにゃくを製造する実用的な用途が存在することを認めるに足りる証拠はない。
2 争点(2)(「押出し孔間隙」(構成要件B)の充足性)について
(1) 構成要件Bでは、「押出し孔間隙(a)を3㎜以下に小、又はノズル押出し
直後の糸状こんにゃくのり間のすき間(c)が3㎜以下の小さい傾斜ノズルとし」と規
定されているから、「押出し孔」とは、糸状こんにゃくのりが吐出されるもの、す
なわち隣接する孔同士が繋がっていない独立した孔を意味し、「押出し孔間隙」と
はそのような独立した孔同士の間隙を意味するものと解される。
(2) 被告目皿は、別紙目皿目録記載のとおり、主孔の直径が1.2㎜、隣接す
る主孔中心間の距離が1.72㎜、主孔間の間隙は0.52㎜(1.72㎜-1.
2㎜)であり、当該ノズル孔は平行に設置されているから、「ノズルを平行ノズル
としてその主孔間の間隙を3㎜以下に小」さくするという構成を備えている。
 しかし、被告目皿は、主孔部分と連通孔部分とから成る連通孔付目皿であ
り、独立した押出し孔を有さず、したがって「押出し孔間隙」も存在しないから、
「押出し孔間隙」(構成要件B)との構成を文言上備えているとはいえない。
3 争点(3)(構成要件C及び「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)の充足性)
について
(1) 構成要件C及び「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)の解釈について
ア 本件発明の特許請求の範囲には、「ホッパー中に投入されたこんにゃく
のりを多孔のノズルから押出す押出装置において」(構成要件A)、「前記ノズル
を平行ノズルとしてその押出し孔間隙(a)を3㎜以下に小、又はノズル押出し直後の
糸状こんにゃくのり間のすき間(c)が3㎜以下の小さい傾斜ノズルとし」(構成要件
B)、「押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃく
のり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するよう
にしてなることを特徴とする」(構成要件C)と記載されているから、本件発明に
いう「筋組織状こんにゃく」の製造とは、「糸状こんにゃくのり」を集束一体化
し、これをゲル化してこんにゃくを製造することを意味し、そうした工程によって
得られたこんにゃくが「筋組織状こんにゃく」であると解することができる。
イ 次に、本件明細書の【発明の詳細な説明】の記載を検討する(甲1)。
 〈産業上の利用分野〉の項には、「本発明はこんにゃく粉を原料として
得られる食品、詳しくは筋組織状こんにゃくの新規な製造方法及びそのための装置
を提供するものである。」(2欄7行~9行)と記載されている。
 〈従来の技術〉の項には、「こんにゃくは今日まで、板こんにゃく、糸
こんにゃく等として長年に亘って食されてきた。…こんにゃくは我国独特の食品で
あり、低カロリー食品として注目を集めているものの、その食感に難があり、普及
が停滞しているようである。」(2欄11行~3欄2行)、「これに対しこれまでに、
こんにゃく食品業界において種々の改良が行われてきた。…こんにゃくの風味、歯
切れ等を改良する試みは更になされ、糸状こんにゃくを集束することにより、従来
得られなかった製品を得る方法が提案されている」(3欄3行~14行)と記載されて
いる。
 〈発明が解決しようとする課題〉の項では、「糸状こんにゃくを集束す
ることにより従来にないこんにゃく製品を得る試みは…集束された多数本の糸状こ
んにゃくの全てが部分的に結着されているものとか、端部又は中間部のみが結着さ
れているものなどである。また、…多数本の糸状こんにゃくで被覆して集束一体化
したものも提案されている。このような糸状こんにゃくの集束一体化のうちでも、
各糸状こんにゃくを接触する部分でのみ接着させて一体化させたもの及びその製法
は、…歯切れ等を良くする一手段として次第に評価されつつある」(3欄18行~
29行)、「しかし前記例示した従来技術はいずれも製法及びそのための装置が複雑
であった」(3欄30行~31行)、「(従来技術の一例では)ノズルの一般的な構造
は孔径1~3㎜φ、孔間隔10㎜程度である」(3欄39行~40行)と記載されてい
る。
 〈課題を解決するための手段〉の項には、「本発明者は、従来の糸状こ
んにゃくの集束化が加熱ゲル化後に行われることにより…複雑な工程及び装置とな
っており、このような複雑な工程及び装置によらずとも糸状こんにゃくを一体化可
能な方法及び装置について検討し、ここに本発明の完成をみたのである。その特徴
とする点は、ノズル押出し直後の多数本の糸状こんにゃくのり同志が押出し圧力の
開放により膨張しゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接するように、
ノズルの押出し孔間隙を小、又はノズル押出し直後の成形体間のすき間を小さくし
たことにある。ノズルが平行ノズルの場合は押出し孔の間隙は3㎜以下がよく、
又、傾斜ノズルの場合にはノズル押出し直後の成形体間のすき間が3㎜以下となる
ように出口押出し孔間隙(a)を設けるとよい」(3欄47行~4欄11行)と記載されて
いる。
 〈作用〉の項には、「本発明の方法及び装置によると、多数本の糸状こ
んにゃくのり同志がノズル加圧押出し直後の圧力開放により膨張しゲル化前の短時
間のうちに接して、何ら外力を加えなくとも互いに接着する作用をし、これを加熱
処理するとゲル化し、一体化強度が大な筋組織状こんにゃく製品が得られる。ま
た、従来のように糸状こんにゃく表面の水を取る工程も必要としないので、工程及
び装置の簡略化が可能となる」(4欄17行~24行)と記載されている。
 〈発明の効果〉の項には、「本発明の筋組織状こんにゃくの製造方法及
びそれに用いる製造装置は以上の通りであるから、従来の複雑な工程及び装置を一
挙に簡略化でき、低コストでこんにゃく製品の多様化を達成できた。このことによ
り、製品からのスライスにも分離する等の難点のない、しかも、歯切れのよい製品
が提供できることとなった」(7欄17行~8欄4行)と記載されている。
 上記記載からすれば、本件発明は、多数本の糸状こんにゃくを各糸状こ
んにゃくが接触する部分でのみ接着させて集束一体化することにより、風味、歯切
れ等が改良された筋組織状こんにゃくを得る製造装置につき、従来技術では装置が
複雑であったのを改良して簡略化することを課題とし、従来の加熱ゲル化後に糸状
こんにゃくを押圧して一体化する装置では、ノズルの孔間隔が10㎜程度であった
のを、平行ノズルの押出し孔間隙又は傾斜ノズルの押出し直後の成形体間のすき間
を3㎜以下と小さくする構成を採用したことにより、多数本の糸状こんにゃくのり
同士がノズル加圧押出し直後の圧力開放により膨張し、ゲル化前の短時間のうちに
接して何ら外力を加えなくとも互いに接着するようにし、その後の加熱処理により
ゲル化させるという簡略な装置によって、一体化強度が大きい筋組織状こんにゃく
製品が得られるとの作用効果を奏するものであることが認められる。
 そして、本件明細書の発明の詳細な説明の記載と、前記認定の本件発明
の作用効果に鑑みれば、構成要件Dにいう「筋組織状こんにゃく」とは、多数本の
糸状こんにゃくのりを接触する部分で接着させて集束一体化した構造のこんにゃく
をいうものと解するのが相当である。
ウ 被告は、「押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸
状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一
体化する」(構成要件C)、「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)とは、原料の
状態変化でみると、①第1工程:こんにゃくのり、②第2工程:多数本の糸状こん
にゃくのり、③第3工程:多数本の糸状こんにゃく、④第4工程:多数本の糸状こ
んにゃくを集束一体化(筋組織状こんにゃく)という各工程を経て製造されるこん
にゃくを意味し、上記第3工程を経ることなく「多数本の糸状こんにゃくのりを一
体化したのり」を加熱処理して製造されたものではないと主張し、その理由とし
て、多数本の各糸状こんにゃくのりは液状であり、これらが一体化したときに一体
化する部分の境界面(接触面)は消失するから、「筋組織状こんにゃく」にはなら
ず、単なる「こんにゃく」になってしまうと主張する。
 しかし、本件明細書の上記記載からすれば、本件発明は、ノズルから押
し出されたゲル化前の隣接する糸状こんにゃくのり(この時点のこんにゃくのりの
断面は、ノズルの孔形状を保っている。)が接触し、一体化前の糸状こんにゃくの
りの形状を維持しながら接触部分のみが一体化し、これをゲル化して、複数の糸状
こんにゃくが一部分で一体化した筋組織状こんにゃくができるという技術であるも
のと理解できる。このことは、本件明細書の実施例2に記載されているような複数
のスリット状の押出し孔からこんにゃくのりが吐出される場合においても、それら
のこんにゃくのり同士が一体化すると、完全に一体となった板状のこんにゃくのり
になるのではなく、スリット状こんにゃくのりの一部が接触して一体化するもので
あると理解されるのと同様である。
 そして本件明細書には、被告が主張するような解釈を基礎付けるような
記載は見当たらないから、被告の主張は理由がない。
(2) 被告目皿の構成要件C及び「筋組織状こんにゃく」(構成要件D)との構
成の充足性について
ア 被告目皿から吐出されるこんにゃくのりの挙動について検討する。
(ア) 甲32~56によれば、次の事実が認められる(以下、これらの書
証に示される実験を「原告実験①」という。)。
a 実験結果
 直径1.2㎜の主孔の中心間の距離を1.72㎜及び1.81㎜、連通
孔幅を0.3㎜及び0.5㎜に設定した6個の単独孔目皿と連通孔付目皿を用いて、
こんにゃくのりを吐出させ、それぞれ吐出後のこんにゃくのりの平均径を求めた結
果は、下記表1のとおりである(なお、被告目皿は、別紙目皿目録記載のとおり、
主孔の直径は1.2㎜、主孔中心間の距離は1.72㎜、連通孔幅が0.23~
0.26㎜であるから、下記①の目皿とほぼ同様の機能を有するものと推認でき
る。)。
     (表1:主孔の直径はいずれも1.2㎜)
     
b これによれば、単独孔目皿の方が吐出膨張率が大きいものの、単独
孔目皿及び連通孔付目皿のいずれの目皿においても、主孔部分から吐出されたこん
にゃくのりは、隣接する主孔部分から吐出されたこんにゃくのりと接する程度に膨
張することが認められる。
(イ) また、甲17添付の技術検討書2によれば、次の事実が認められる
(以下、ここに示された実験を「原告実験②」という。)。
a 直径1.2㎜の主孔を、その中心間の距離を1.8㎜~2.5㎜まで
0.1㎜刻みに設定した8種類(それぞれ9個の主孔をジグザグではなく横一列に並
べたもの)の単独孔ノズル部分を有する目皿を用いて、こんにゃくを製造したとこ
ろ、主孔中心間の距離が2.2㎜以下であれば隣接する糸状こんにゃくのりが接して
一体化し帯状となり、同距離が2.3㎜以上であれば、隣接する部分によっては糸状
こんにゃくのりが離れたままとなり、ばらけて一体化が不完全となった。
b これによれば、直径1.2㎜の単独孔目皿から吐出されるこんにゃく
のりは、糸状こんにゃくのりが完全に一体化する主孔中心間の最大間隔2.2㎜(主
孔間隙1㎜)まで膨張するということができる。
イ(ア) 原告実験①によれば、直径1.2㎜の主孔中心間の距離が1.72㎜
及び1.81㎜の連通孔付目皿においては、いずれも隣接する主孔部分から吐出され
たこんにゃくのり同士が接する程度に膨張することが示されている。また、原告実
験②によっても、直径1.2㎜の単独孔目皿から吐出されるこんにゃくのりは、被告
目皿のように主孔間隙が1㎜以内であれば、吐出後の膨張により隣接する糸状こん
にゃくのり同士が外力を加えることなく接して一体化することが示されている。こ
れらによれば、被告目皿を使用した場合においても、押出し直後の圧力開放によ
り、主孔部分から吐出されたこんにゃくのりが直ちに膨張することによって、短時
間のうちに外力を加えることなく接合するという一体化の機構を有しているという
ことができる。
(イ) 被告目皿は、主孔部分と連通孔部分とから成る連通孔付目皿であっ
て、前記2記載のとおり、独立した押出し孔を有さず、したがって「押出し孔間
隙」も存在しないから、「押出し孔間隙」(構成要件B)との構成を文言上備えて
いるとはいえないものであり、被告目皿がこうした差異部分を有することにより、
被告目皿を用いたこんにゃく製造装置のノズルから吐出された糸状こんにゃくのり
は当初から分離しているものではなく、吐出時において、主孔部分から吐出される
糸状こんにゃくのりを幅方向で結ぶ薄肉こんにゃくを形成する程度のこんにゃくの
りは連通孔部分からも吐出されることが推認される。したがって、被告目皿を備え
た被告製造装置は、「押出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸
状こんにゃくのり同志がゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一
体化するようにしてなる」(構成要件C)との構成を備えているとはいえない。
 なお、上記のとおり被告製造装置は、主孔部分に加えて連通孔部分か
らこんにゃくのりが吐出されるものであるが、主孔部分から吐出される糸状こんに
ゃくのりは吐出後の膨張により接して一体化するものであり、甲11、12、1
4、15、18、19によれば、連通孔付目皿によって製造されたこんにゃく製品
の外観は、筋組織状となっていることが認められるから、被告製造装置は、「筋組
織状こんにゃくの製造装置」(構成要件D)に当たる。
4 争点(4)(均等の成否)について
(1) 以上によれば、被告製造装置は、「ホッパー中に投入されたこんにゃくの
りを多孔のノズルから押出す押出装置において」(構成要件A)、「前記ノズルを
平行ノズルとしてその主孔間隙(a)を3㎜以下に小(さくする)」(構成要件Bの
「押出し孔」を「主孔」と読み替えたもの)、「筋組織状こんにゃくの製造装置」
(構成要件D)の各構成を備えているが、被告目皿が主孔部分に加えて連通孔部分
を有することに伴い、「(独立した)押出し孔間隙」(構成要件B)、「押出し後
の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志がゲル化
前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてなる」(構
成要件C)との構成を文言上備えていないという、本件発明の構成との差異部分が
ある。
(2) 特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場
合であっても、①同部分が特許発明の本質的部分ではなく、②同部分を対象製品等
におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効
果を奏するものであって、③上記のように置き換えることに、当該発明の属する技
術の分野における通常の知識を有する者(当業者)が、対象製品等の製造等の時点
において容易に想到することができたものであり、④対象製品等が、特許発明の特
許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから同出願時に容易に推考でき
たものではなく、かつ、⑤対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求
の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、同対
象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技
術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年2月24日
第三小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。以下、上記要件に従って、順に
検討する。
(3) 非本質的部分(均等要件①)について
ア 均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製
品と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、ここにいう特許
発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当
該特許発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じさせる特徴的な
部分、言い換えれば、その部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当
該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解す
るのが相当である。
イ 本件発明は、上記3(1)記載のとおり、多数本の糸状こんにゃくをそれぞ
れが互いに接触する部分でのみ接着させて集束一体化することにより、風味、歯切
れ等が改良された筋組織状こんにゃくを得る製造装置につき、本件発明の構成を採
ることにより、簡略な装置によってその製造を実現したものであり、本件発明の本
質的部分は、目皿から吐出された糸状こんにゃくのりが、圧力開放により膨張し
て、糸状こんにゃくのり同士が外力を加えることなく接して一体化するようにする
ために、こんにゃくのりの押出し孔間隙を3㎜以下の、又は押出し直後の糸状こん
にゃくのり間のすき間を3㎜以下の小さい傾斜ノズルとした多孔のノズルを押出装
置に設けたことにあるというべきである(ただし、前記3(2)ア(イ)で認定したよう
に、本件証拠として提出された実験結果からすると、押出し孔(主孔)の直径が1.
2㎜で、押出し孔(主孔)間隙が1㎜を超える場合には、糸状こんにゃくのりの一
体化が不完全にしか生じないから、押出し孔の直径が1.2㎜程度の場合において、
本件発明特有の課題解決手段を基礎付け、特有の作用効果を生じさせるというため
には、押出し孔間隙を1㎜以下に限定してとらえる必要がある。)。
ウ そうすると、前記3(2)記載のとおり、被告製造装置においては、押出し
孔(主孔)間隙を1㎜以下とし、押出直後の圧力開放により主孔部分から吐出され
たこんにゃくのりが直ちに膨張することによって、短時間のうちに外力を加えるこ
となく接合するという一体化の機構を有しているのであるから、本件発明の上記本
質的部分を備えているというべきであり、本件発明と被告製造装置との間で異なる
構成部分、すなわち、構成要件Aが「多孔のノズル」と規定するのに対し、被告目
皿は、主孔部分と連通孔部分とから成る連通孔付目皿であること、構成要件Cが
「(当初は分離した状態の)糸状こんにゃく同士が…外力を加えることなく接して
一体化する」と規定するのに対し、被告製造装置は、連通孔部分から吐出されたス
リット状のこんにゃくのりによってつながった状態で吐出されるとの差異部分は、
本件発明の本質的部分には当たらないものというべきである。
(4) 置換可能性(均等要件②)について
 上記3(2)記載のとおり、被告製造装置は、主孔部分から吐出されたこんに
ゃくのりは、連通孔部分から吐出されたスリット状のこんにゃくのりによってつな
がった状態で吐出されるものの、押出し直後の圧力開放により主孔部分から吐出さ
れたこんにゃくのりが膨張して、主孔部分から吐出されたこんにゃくのり同士がゲ
ル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するものであり、「孔
間を0.23~0.26㎜幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成は特段の作
用効果を奏するものではなく、特段の技術的意義を見い出すことができない。
 そうであれば、本件発明における「(独立した)押出し孔間隙」及び「押
出し後の圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張して糸状こんにゃくのり同志が
ゲル化前の短時間のうちに外力を加えることなく接して一体化するようにしてな
る」との構成を、被告製造装置の上記構成に置換したとしても、本件発明の目的を
達することができ、同一の作用効果を奏することは明らかである。
(5) 容易想到性(均等要件③)について
 本件発明の各構成は、本件特許出願に係る特開昭62-201555号公
開特許公報(公開日:昭和62年9月5日)に掲載されたものである(なお、弁論
の全趣旨によれば、公開特許公報の内容は、本件特許出願時の明細書(乙1)と同
一の内容であることが認められる。)。なお、本件発明に対応する同公開特許公報
の特許請求の範囲第3ないし5項においては、構成要件Cにおける「圧力開放によ
り糸状こんにゃくのりが膨張して」との構成はなく、構成要件Cにおける「外力を
加えることなく接して一体化する」との構成は「接する」と記載されていたもので
あるが、上記構成は、同公開特許公報の〈問題点を解決するための手段〉の項、
〈作用〉の項に記載されていた。
 さらに、甲16、23、27によれば、こんにゃく製造機械等の製造販売
を業とするハタノヤは平成4年5月から平成7年2月ころまで単独孔目皿を製造、
販売していたが、本件特許の出願公告を知り、時期を置かずして同年3月ころから
連通孔付目皿に切り換えていることが認められること、上記のとおり、被告製造装
置の「主孔間を0.23~0.26㎜幅のスリットで連結した多孔のノズル」の構成
が特段の作用効果を奏するものではないことを併せ考えれば、被告が後記のとおり
被告目皿を製造販売した平成7年3月9日当時、被告目皿を使用して、本件発明の
「(孔間にスリットのない)多孔のノズル」を、被告製造装置の上記構成に置換す
ることは、当業者が容易に想到することのできたものと認めるのが相当である。
(6) 容易推考性(均等要件④)について
 被告製造装置が、本件発明の特許出願時である昭和61年3月1日当時に
おける公知技術と同一又は当業者がこれから上記出願時に容易に想到することがで
きたものであると認めるに足りる証拠はない。
(7) 意識的除外(均等要件⑤)について
 被告製造装置における「孔間を0.23~0.26㎜幅のスリットで連結し
た多孔のノズル」との構成が、本件発明に係る特許出願手続において特許請求の範
囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情の存在を認めるに足りる
証拠はない。
(8) したがって、被告製造装置は、本件発明の構成と均等なものであって、そ
の技術的範囲に属するものというべきである。
5 争点(5)(本件特許の無効理由-発明未完成)について
(1) 被告は、構成要件Cにおいて規定する「一体化」とは、本件明細書第1表
「一体化可否」の欄に記載されている「可」、「弱いが可」、「部分的に可」、
「*(場合により部分的に接着一体化)」が含まれており、「可」の場合に得られ
るのは「こんにゃく」であり「筋組織状こんにゃく」ではなく、上記のうち「可」
以外の場合には「筋組織状こんにゃく」が得られるかも知れないが、これらを区別
し後者のみを選択する技術手段が開示されていないと主張するので検討する。
(2) 本件明細書の第1表は、発明の詳細な説明の実施例1により調整したこん
にゃくのりを、第2図のノズルの孔間隙等を適宜変えたものを装着した押出し装置
から押出した結果を示したものであるが、同表の「一体化可否」の欄には「可」、
「弱いが可」、「部分的に可」、「*(場合により部分的に接着一体化)」、「不
可」と区分した記載があり、構成要件Cにおいて規定する「一体化」とは、上記の
うち「不可」を除いた「可」、「弱いが可」、「部分的に可」、「*(場合により
部分的に接着一体化)」の4種類の記載が含まれると解される。
 そして、本件明細書の記載からすれば、本件発明は、ノズルから押し出さ
れたゲル化前の隣接する糸状こんにゃくのりが接触し、一体化前の糸状こんにゃく
のりの形状を維持しながら接触部分のみが一体化し、これをゲル化して、複数の糸
状こんにゃくが一部分で一体化した筋組織状こんにゃくができるという技術である
と理解できることは前記3(1)ウ記載のとおりであって、上記の「弱いが可」という
記載は、一体化の強度が弱いけれども一体化していること、「部分的に可」という
記載は、隣接する糸状こんにゃくのり同士が一体化する箇所が部分的であって、一
部において一体化していない箇所があること、「*(場合により部分的に接着一体
化)」という記載は、条件によっては部分的に接着一体化する場合と、一体化が起
こらない場合とがあること、をそれぞれ示しているものと解される。したがって、
「可」と記載されているものは、一体化の強度が弱くない程度であり、隣接する糸
状こんにゃく同士が一体化せず離れてしまう箇所がほとんどないことを示している
ものと解される。
 被告は、「可」と記載されているものは、「完全に一体化」すなわち「こ
んにゃくのり同志」が隙間なく一体化するものであり、「筋組織状こんにゃく」で
はないと主張するが、本件明細書中にそのように解すべき根拠はない。
 したがって、本件明細書において「可」と記載されているものが本件発明
に該当しないものであることを前提として、本件発明が未完成であるとする被告の
主張は理由がない。
6 争点(6)(本件特許の無効理由-要旨変更)について
(1) 被告は、当初明細書には、ノズル押出し後の状態で多数本の半ゲル化した
「糸状こんにゃく」を得て、これを接着させて一体化(ゲル化完了)し、筋組織状
こんにゃくを製造する方法が記載されており、この製法では、「一体化可否」の程
度が「可」(「全体的に一体化」、「全体的な接着一体化」)の場合に、全体的に
均一な筋組織状こんにゃくとなるものであったが、本件手続補正により、当初明細
書記載事項の製法を排除し、ノズル押出し後の状態で多数本の「糸状こんにゃくの
り」を一体化する製法、すなわち、筋組織状こんにゃくを得るために、ノズル押出
し後の多数本の糸状こんにゃくのりの一体化を、部分的に接触させるなど何らかの
特殊な手段(本件明細書には記載されていない手段)を採用した製法及び装置に補
正したと主張する。
(2) しかしながら、本件手続補正後の本件明細書に開示されている技術は、前
記のとおり、多数本の糸状こんにゃくのりを一体化(一体化の領域が全体的あるい
は部分的なもの、一体化の強さに強弱があるものを含む。)した「筋組織状こんに
ゃく」を形成するものであり、これと異なる解釈を前提とする被告の主張は理由が
ない。
 なお、本件発明に対応する同公開特許公報の特許請求の範囲第3ないし5
項においては、構成要件Cにおける「圧力開放により糸状こんにゃくのりが膨張し
て」との構成はなく、構成要件Cにおける「外力を加えることなく接して一体化す
る」との構成は「接する」と記載されていたものであり、本件手続補正の際に本件
発明の構成要件Cのとおり補正されたものであるが(乙2)、上記構成は、当初明
細書と同内容の同公開特許公報の〈問題点を解決するための手段〉の項、〈作用〉
の項に記載されていたものであることは、上記4(5)で述べたとおりである。
 また、本件手続補正において、〈問題を解決するための手段〉の項の「ノ
ズル押出し直後の多数本の糸状こんにゃく同志が……外力を加えることなく接す
る」との記載を、「ノズル押出し直後の多数本の糸状こんにゃくのり同志が……外
力を加えることなく接する」と、〈作用〉の項の「多数本の糸状こんにゃく同志が
……ゲル化前の短時間のうちに接して」との記載を「多数本の糸状こんにゃくのり
同志が……ゲル化前の短時間のうちに接して」と、〈実施例〉の項の第1表の「項
目」欄の「押出し時の糸状こんにゃく間のすき間」との記載を「押出し時の糸状こ
んにゃくのり間のすき間」と、〈実施例〉の項の「個々のこんにゃく条」を「個々
の糸状こんにゃくのり」と、「従来の糸状こんにゃく」を「従来の糸状こんにゃく
のり」と、それぞれ補正しているが(乙2)、これらはいずれもノズルから押し出
された直後の一体化する前のこんにゃく原料の状態を「こんにゃく」と記載してい
たものを、より正確に表現する趣旨で「こんにゃくのり」との記載に変更したもの
であって、これらの記載の補正によって当該記載部分が示す技術内容が変わるもの
ではないと解される。
 したがって、本件手続補正が要旨変更に当たるとの被告の主張は理由がな
い。
7 以上によれば、原告らが本件特許権ないしその専用実施権に基づいて被告に
対し、被告目皿の生産、譲渡等の差止め及びその廃棄を求める請求は理由がある。
なお、後記のとおり、被告が被告目皿を製造販売した行為として認定できるのは、
平成7年3月9日にやまと食品に販売した2個のみであるが、本件証拠によってう
かがわれる被告目皿製造の容易性や本訴における被告の応訴態度等に照らすと、被
告が将来も被告目皿を製造販売するおそれのあることが認められる。
8 争点(7)(損害の発生及び額)について
(1) 以上によれば、被告による被告目皿の製造販売行為は、本件特許権(仮保
護の権利を含む。)及び専用実施権の間接侵害(特許法101条1号)に該当する
ところ、被告は侵害行為について過失があったものと推定される(同法103条)
から、被告は、原告らが同侵害行為により被った損害を賠償すべき責任を負う。
(2) 甲57によれば、被告は、平成7年3月9日(原告Aが原告日本繊食に対
して専用実施権を設定する以前)に、やまと食品に対し、被告が製造した被告目皿
2個を、合計12万6000円で販売したことが認められる(被告が被告目皿2個
を製造してやまと食品に販売したことは、被告の自認するところである。)。上記
2個の目皿以外に、被告が平成6年5月18日(本件特許の出願公告日)以降、被
告目皿を製造、販売した事実を認めるに足りる証拠はない。
 また、本件発明の実施に対し受けるべき実施料の率は、本件発明の内容、
発明品の種類、用途等を考慮すると、5%が相当であると認める。したがって、被
告目皿の製造販売行為によって原告Aが被った損害は、6300円となる(特許法
102条3項)。
(3) そうすると、原告Aが被告に対して損害賠償を求める請求については、原
告Aが被告に対し金6300円及びこれに対する不法行為の後で本件訴状送達の日
の翌日である平成12年6月30日から支払済みまで民法所定の年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める限度で理由がある。
 原告日本繊食が被告に対して損害賠償を求める請求は理由がない。
9 よって、主文のとおり判決する。
      大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官   小松一雄
裁判官   阿多麻子
裁判官   前田郁勝
(別紙)
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