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平成27年2月25日判決言渡
平成25年(行ウ)第62号遺族補償等不支給処分取消請求事件
主文
1八王子労働基準監督署長が平成22年1月7日付けで原告
に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償年金及
び葬祭料を支給しない旨の各処分をいずれも取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
主文第1項に同旨(なお,原告は,訴状記載の請求の趣旨において,取消しを
求める処分のなされた日付を「平成22年1月8日」としているが,明白な誤記
と認める。)
第2事案の概要
本件は,原告の夫である亡Aについて,B株式会社(以下「本件会社」とい
う。)において退職を強要されたことが原因で精神障害を発病し,その結果自殺
したものであり,当該精神障害が労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」と
いう。)7条1項1号及び労働基準法(以下「労基法」という。)75条所定の
業務上の疾病に該当するとして,平成21年6月19日,八王子労働基準監督署
長(以下「本件処分行政庁」という。)に対し,遺族補償年金(同法79条,労
災保険法16条)及び葬祭料(同法80条)の各支給を請求したところ,本件処
分行政庁が平成22年1月7日付けでいずれも支給しない旨の各処分(以下「本
件各不支給処分」という。)をしたため,原告において,その取消しを求める事
案である。
1前提となる事実
以下の事実は,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により認めることができる。
(1)当事者等
ア本件会社は,C株式会社の子会社であり,乗合バス事業及び貸切バス事
業を主な事業とする株式会社であり,平成14年2月1日に設立された。
本件会社は,3つの営業所(D営業所,E営業所,F営業所)を設置して
いる。
イ亡Aは,昭和31年▲月▲日生まれの男性であり,平成元年▲月に原告
と婚姻し,平成20年7月▲日当時,原告のほか,原告との間の子である
長女(18歳),長男(16歳),二男(15歳)及び三男(4歳)と,
原告肩書地に居住していた。
亡Aは,平成7年2月20日に,G株式会社(商号変更後の名称はC株
式会社)に入社し,路線バスの乗務員の業務に従事した。その後,平成1
4年8月1日に,C株式会社に在籍したまま,本件会社に出向し,F営業
所(以下,「本件営業所」という。)において,営業係として,路線バス
の運転業務や,旅客案内業務等に従事した。
亡Aは,H労組I支部F営業所分会(現名称はJ組合K支部F分会。以
下,支部,分会の別を問わず,単に「本件組合」という。)の組合員であ
る。
(甲1,乙1〔(なお,頁数は,乙1の下部中央にある数字を指す。以
下同じ。)185頁~193頁,214頁~236頁,336頁~341
頁,469頁〕,乙11〔12丁目・13丁目〕,弁論の全趣旨)
(2)本件会社のバス乗務員のアルコール検知検査
バス乗務員は,本件会社の定めに基づき,毎日,出勤時,中休みの点呼時
及び終業点呼時に,呼気中にアルコールが検出されるか否かの検査(以下
「アルコールチェック」という。)を行うこととされていた。
出勤時のアルコールチェックにおいては,平成20年6月28日当時,本
件会社が備え付けたL製のアルコールチェッカー「○」(以下「本件検知器」
という。)を使用し,その数値が0.000㎎/Lの場合はバス乗務が許可
される。
他方,バス乗務直前になっても,同検知器の検出可能な数値の下限である
0.050㎎/L以上の数値を検知した乗務員に対しては,バス乗務を禁止
し,事情聴取等を行うこととされていた(以下,バス乗務員がバス乗務を禁
止されている間の勤務形態を「下車勤務」という。なお,下車勤務中のバス
乗務員も,アルコールチェックは行うこととされていた。)。
(乙1〔233頁,407頁~411頁〕)
(3)亡Aによるアルコール検知事案の発生(平成20年6月28日)
平成20年6月28日(以下,平成20年の出来事については月日のみを
記載する。)午後6時55分頃,亡Aが本件営業所に出勤し(なお,亡Aの
自宅と本件営業所は徒歩で5分程度の距離である。),本件検知器を使用し
てアルコールチェックを行ったところ,本件検知器は,次のとおり,亡Aの
呼気からアルコールが検知されたことを意味する数値を示した(以下,この
ときのアルコール検知事案を「6月28日付け検知事案」という。)。
・午後6時57分0.055㎎/L
・午後6時58分0.052㎎/L
・午後6時59分0.057㎎/L
この日,亡Aはバス乗務を行わず,下車勤務を行うこととされ(この後,
亡Aは,死亡するまでバス乗務に復帰しなかった。),本件営業所副所長の
M(以下「M副所長」という。)による事情聴取を受けるなどした。
翌日の6月29日は,亡Aは公休日であり,出勤していない。
(甲1,乙1〔203頁~211頁,319頁~321頁,666頁〕)
(4)6月28日付け検知からの7月3日までの経緯
ア6月30日,亡Aは,午前10時頃に本件会社からの電話を受けた後に
外出したが,出勤することなく,ナイフを持って自宅の近くを歩き回って
いた。亡Aの言動に不安を感じていた原告は,警察に通報するとともに,
本件会社にも連絡をした。亡Aは,原告からの知らせを聞いて付近を探し
ていた本件組合のF営業所分会の分会長であるN(以下「N分会長」とい
う。)ら同僚によって発見され,保護された。亡Aは,警察で事情聴取を
受けた後,帰宅し,翌7月1日及び同月2日は,年次有給休暇を取得した。
イ7月3日,亡Aは,午前9時30分に本件営業所に出勤し,本件営業所
の所長であるO(以下「O所長」という。)及びM副所長による事情聴取
を受けた他,N分会長と話をするなどし,午後6時20分に退勤した。
(甲1,乙1〔185頁~193頁,195頁~202頁,203頁~
211頁,214頁~223頁,666頁〕)
(5)亡Aによるアルコール検知事案の発生(7月4日)
ア亡Aは,7月4日午前9時27分,本件検知器を使用してアルコールチ
ェックを行ったところ,本件検知器は,次のとおり,亡Aの呼気からアル
コールが検知されたことを意味する数値を示した(以下,このときのアル
コール検知事案を「7月4日付け検知事案」という。)。
・午前9時27分0.059㎎/L
・午前9時28分0.050㎎/L
・午前9時29分0.059㎎/L
イまた,同日午後5時過ぎに再び本件検知器でアルコールチェックを行っ
たが,本件検知器は,次のとおり,亡Aの呼気からアルコールが検知され
たことを意味する数値を示した。
・午後5時17分0.205㎎/L
・午後5時19分0.160㎎/L
・午後5時23分0.141㎎/L
ウ亡Aは,O所長及びM副所長らによる事情聴取,アルコール検知事案の
発生に関する自認書等を作成し,帰宅した。○7月▲日及び同月▲日は,
公休日であったため,亡Aは出勤していない。
(乙1〔195頁~202頁,203頁~211頁,424頁,453
頁,666頁〕)
(6)亡Aの自殺
亡Aは,7月▲日午前5時50分頃,東京都α市所在のマンションの
11階から歩道に飛び降り,路上への転落時の衝撃による多発性骨折に起因
する失血性ショックを来し,同日午前7時17分,搬送先の病院で死亡した。
(乙1[102頁,171頁,177頁・178頁])
(7)亡Aには,精神科への通院歴ないし治療歴はない。
(弁論の全趣旨)
(8)原告は,亡Aが原告宛ての遺書に残した希望に従い,家族葬で弔うことと
し,亡Aを荼毘に付した。
(乙1〔80頁,185頁~193頁,334頁・335頁〕)
(9)本件訴えの提起に至る経緯
ア原告は,亡Aが本件アルコール検知事案の発生により退職を強要された
ことにより,精神障害を発病し,その結果自殺したとして,当該精神障害
が労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病に該当し,
亡Aの死亡について労災保険法12条の8第2項,労基法79条,同法8
0条所定の災害補償事由が生じた場合にそれぞれ当たるとして,平成21
年6月19日,本件処分行政庁に対し,労災保険法に基づき,遺族補償給
付(遺族補償年金)及び葬祭料の支給を請求した。
イこれに対し,本件処分行政庁は,請求にかかる精神障害及び死亡につい
ては,平成22年5月7日厚生労働省令第69号による改正前の労働基準
法施行規則別表第1の2第9号所定の疾病(現行の労働基準法施行規則
(以下「労基法施行規則」という。)別表第1の2第9号所定の疾病)に
該当しないとして,平成22年1月7日付けで,本件各不支給処分をし,
決定書は,同月9日に送付された。
ウ原告は,本件各不支給処分を不服として,平成22年1月12日付けで
東京労働者災害補償保険審査官に対し審査請求をしたが,同審査官は,平
成23年12月28日付けで同審査請求を棄却する決定をし,決定書は平
成24年1月10日に送付された。
原告は,前記決定を不服として,平成24年1月31日,労働保険審査
会に対し再審査請求をしたが,同審査会は,平成24年10月15日付け
で同再審査請求を棄却する裁決をし,原告は,同月16日に裁決のあった
ことを知った。
エ原告は,平成25年2月1日,本件訴えを提起した。
(乙1〔1枚目,1頁,97頁~101頁,103頁~105頁,10
6頁,704頁~816頁〕,2,当裁判所に顕著な事実)
(10)精神障害の業務起因性に関する行政通達等
ア旧労働省は,精神障害の業務起因性に関する判断指針として,精神医学,
心理学,法律学の専門家らで構成された「精神障害等の労災認定に係る専
門検討会」が平成11年7月29日に取りまとめた報告書を踏まえ,「心
理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」を策定し,これを
平成11年9月14日付けで労働省労働基準局長通達「心理的負荷による
精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(基発第544号)とし
て都道府県労働基準局長あてに発出した。
その後,厚生労働省(以下「厚労省」という。)は,平成14年度及び
平成18年度においてストレス出来事の評価に関する研究を委託し,これ
らの研究結果等に基づき,「職場における心理的負荷評価表の見直し等に
関する検討会」が平成21年3月に取りまとめた「職場における心理的負
荷評価表の見直し等に関する検討会報告書」を踏まえ,平成21年4月6
日付けで厚生労働省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害等に係
る業務上外の判断指針の一部改正について」(基発第0406001号)
を発出し,職場における心理的負荷評価表に係る具体的出来事を追加修正
するなどの一部見直し改正を行った(以下,一部見直し改正後の前記判断
指針を,単に「判断指針」という。)。
判断指針の基本的な考え方は,まず,精神障害の発病の有無等を明らか
にした上で,業務による心理的負荷,業務以外の心理的負荷及び個体側要
因の各事項について具体的に検討し,それらと当該労働者に発病した精神
障害との関連性について総合的に判断する,というものであった。
イその後,精神障害の業務上外の判断は,判断指針等に基づき行われてき
たが,精神障害の労災請求件数が増加したこと等を踏まえ,労災請求に対
する審査の迅速化等の要請に対応するため,厚労省は,法学及び医学の専
門家からなる「精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会」を招集し,
迅速かつ公正な労災補償を行うために必要な事項についての検討を求めた。
厚労省は,同検討会が平成23年11月8日に取りまとめた「精神障害の
労災認定の基準に関する専門検討会報告書」(以下「検討会報告書」とい
う。)の内容を踏まえ,「心理的負荷による精神障害の認定基準」(以下
「認定基準」という。)を策定し,平成23年12月26日付けで,厚労
省労働基準局長通達「心理的負荷による精神障害の認定基準について」
(基発1226第1号)を都道府県労働局長あてに発出し,判断指針を廃
止した。
ウ認定基準の内容
認定基準の主要な内容(本件に関連する部分)は次のとおりである。そ
して,認定基準における対象疾病,認定要件及び認定要件に関する基本的
な考え方は,判断指針のそれを実質的に変更するものではない。
(ア)対象疾病
国際疾病分類第10回修正版(以下「ICD-10」という。)の第
Ⅴ章「精神および行動の障害」に分類される精神障害(その大分類は,
ICD-10第V章「精神および行動の障害」分類記載のとおりであ
る。)であって,器質性のもの及び有害物質に起因するものを除くもの
とされ,主として「ICD-10第Ⅴ章「精神および行動の障害」」記
載のF2からF4までに分類される精神障害(「統合失調症,統合失調
型障害および妄想性障害」(F2),「気分(感情)障害」(F3),
「神経症性障害,ストレス関連障害および身体表現性障害」(F4))
である。
(イ)認定要件
①対象疾病を発病していること,②対象疾病の発病前おおむね6か月
の間に業務による強い心理的負荷が認められること,③業務以外の心理
的負荷及び個体側要因により対象疾病を発病したとは認められないこと,
という3要件を掲げ,そのいずれをも満たした場合に,当該対象疾病に
該当する精神障害につき,労働基準法施行規則別表第1の2第9号に該
当する業務上の疾病として取り扱う。
認定基準は,対象疾病の発病に至る原因の考え方につき,「ストレス
-脆弱性理論」(環境由来の心理的負荷(ストレス)と,個体側の反応
性,脆弱性との関係で精神的破綻が生じるかどうかが決まり,心理的負
荷が非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神的破綻が起こる
し,逆に脆弱性が大きければ,心理的負荷が小さくても破綻が生じると
する考え方)に依拠しており,そのような考え方に基づいて,前記認定
要件②が設けられている。
(ウ)対象疾病発病の有無等の判断
前記認定要件①の対象疾病の発病の有無,発病時期及び疾患名につい
て,「ICD-10精神および行動の障害臨床記述と診断ガイドライ
ン」に基づき,主治医の意見書や診療録等の関係資料,請求人や関係者
からの聴取内容,その他の情報から得られた認定事実により,医学的に
判断される。なお,強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方
に発病の兆候と理解し得る言動があるものの,どの段階で診断基準を満
たしたのかの特定が困難な場合には,出来事の後に発病したものとして
取り扱う。
(エ)業務による心理的負荷の強度の判断(特に,出来事の評価について)
前記認定要件②に関し,業務による出来事及びその後の状況を具体的
に把握し,それらによる心理的負荷の強度を判断する際には,認定基準
の別紙に定められた別紙1「別表1業務による心理的負荷評価表」
(以下「認定基準別表1」という。)を指標として,出来事の心理的負
荷を「強」(業務による強い心理的負荷が認められるもの),「中」及
び「弱」の三段階に区分する。
具体的には,発病前おおむね6か月の間に,認定基準別表1の「特別
な出来事」(以下「「特別な出来事」」という。)が認められた場合は,
心理的負荷の総合評価を「強」と判断する。「特別な出来事」に該当す
る出来事がない場合には,業務による個々の具体的な出来事について,
心理的負荷の程度が「強」,「中」,「弱」のいずれであるかを評価し,
いずれかの出来事が「強」の評価となる場合には,業務による心理的負
荷を「強」と評価し,いずれの出来事も単独では「強」の評価にならな
い場合には,出来事が関連して生じているときは,全体を一つの出来事
として評価し,原則として,最初の出来事を認定基準別表1に当てはめ,
関連して生じた出来事については出来事後の状況とみなす方法により全
体評価を行い,出来事に関連性がないときは,出来事の数,各出来事の
内容(心理的負荷の強弱),各出来事の時間的な近接の程度を基に,全
体的な心理的負荷を評価する。
(オ)業務以外の心理的負荷の判断及び個体側要因の評価
a業務以外の心理的負荷の強度については,対象疾病の発病前おおむ
ね6か月の間に,対象疾病の発病に関与したと考えられる業務以外の
出来事の有無を確認し,出来事が確認できない場合には,業務以外の
心理的負荷及び個体的要因が認められないものとして,前記認定要件
③を充足するものとする。出来事の存在が確認できた場合は,それら
の出来事の心理的負荷の強度について,別紙2「別表2業務以外の
心理的負荷評価表」(以下「認定基準別表2」という。)を指標とし
て,心理的負荷の強度を「Ⅲ」,「Ⅱ」又は「Ⅰ」に区分した上で,
強度が「Ⅱ」又は「Ⅰ」の出来事しか認められない場合は,原則とし
て前記認定要件③を充足するものとして取り扱い,「Ⅲ」に該当する
業務以外の出来事のうち心理的負荷が特に強いものがある場合や,
「Ⅲ」に該当する業務以外の出来事が複数ある場合等については,そ
れらの内容等を詳細に調査の上,それが発病の原因であると判断する
ことの医学的な妥当性を慎重に検討して,「業務以外の心理的負荷又
は個体側要因は認められるものの,業務以外の心理的負荷又は個体側
要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断できない場
合」に該当するか否かを判断する。
b本人の個体側要因については,その有無とその内容について確認し,
個体側要因の存在が確認できた場合には,それが発病の原因であると
判断することの医学的な妥当性を慎重に検討して,「業務以外の心理
的負荷又は個体側要因は認められるものの,業務以外の心理的負荷又
は個体側要因によって発病したことが医学的に明らかであると判断で
きない場合」に該当するか否かを判断する。
(カ)自殺について
業務によりICD-10のF0からF4に分類される精神障害を発病
したと認められる者が自殺を図った場合には,精神障害によって正常の
認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるいは自殺行為を思いとどま
る精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥ったものと推定し,業
務起因性を認める。
(乙3~10)
(11)東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の意見
判断指針に基づき精神障害等の業務上外の具体的検討を行っていた当時は,
本件を含め,すべての事案について専門部会の合議等による医学的検討結果
の意見を求めることとされていた。これを踏まえ,本件に関し,東京労働局
地方労災医員協議会精神障害等専門部会(以下「専門部会」という。)が平
成22年1月4日付けで本件処分行政庁に提出した意見書の概要は,次のと
おりである。
ア精神障害の発病の有無
亡Aの心身の変調等をICD-10の診断ガイドラインに照らし分類す
れば,把握されている精神科の受診歴はないが,6月28日からの落ち込
んだ様子,著しい抑うつ感,同月30日には自殺企図をうかがわせる行動
等から,6月30日頃に疾患名の特定には至らないものの,F3の「気分
障害」のカテゴリーに分類される何らかの精神障害を発病していた可能性
が推察される。そして,7月▲日の自殺は,当該精神障害によって正常な
認識,行為選択能力が著しく阻害された病的心理の下でなされた自殺であ
った可能性が高い。
イ業務要因の検討
当該精神障害の発病前おおむね6か月間に発病に関与したと考えられる
心理的負荷を受けた出来事について検討すると,亡Aは,6月28日午後
6時55分のアルコール検査にてアルコールが検知され,出勤時間になっ
たが,アルコール検知の数字が0にならないので,運行係の指示で乗務か
ら降ろされたことが確認されている。この出来事を判断指針に示された出
来事に当てはめると,出来事の類型は「仕事の失敗,過重な責任の発生
等」,路線バスの運転手の始業前に課されているアルコールチェックにお
いてアルコールが検出されたため,事情聴取を受けていることから,具体
的出来事は「会社で起きた事故(事件)について,責任を問われた」を類
推適用し,心理的負荷の強度を検討すると,今回のアルコール検知により,
直ちに解雇等の大きなペナルティが課されるような規定はなく,会社とし
て大きな損害は発生していないため,心理的負荷の強度は「Ⅰ」程度が妥
当であるが,数時間の事情聴取を受けている点,アルコールの検知により,
運転業務ができず,他の者に運転業務の交代をせざるを得ない自体になっ
たことを考慮し,心理的負荷の強度は「Ⅱ」と判断する。出来事後の状況
が持続する程度等について検討すると,亡Aへの事情聴取において,事業
場の瑕疵は認められず,退職を強要もしくは勧奨された事実は確認されて
いない。したがって,本件の職場での心理的負荷の総合評価は「中」であ
る。
ウ業務以外要因の検討
(ア)亡Aについて,車のローンに加え,長女の専門学校の入学が重なり,
借金の返済に苦慮していた状況等が認められる。これを判断指針別表2
「職場以外の心理的負荷評価表」に当てはめると,出来事の類型「金銭
関係」,具体的出来事「借金返済の遅れ,困難があった」に該当し,当
該出来事の平均的心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。
(イ)亡Aのアルコール等依存状況について,習慣飲酒が確認されている。
エ結論
本件は,判断指針により検討した結果,その心理的負荷の総合評価は
「中」である。一方,業務以外の心理的負荷強度「Ⅱ」の出来事が確認さ
れている。したがって,亡Aの精神障害は,業務が相対的に有力な発病要
因であったと認められない。よって,本件は業務外として処理するのが適
当である。
(乙1〔179頁~184頁〕)
2争点及びこれに対する当事者の主張
本件の争点は,亡Aが,死亡時点において業務に起因して精神障害を発病し
ていたか(当該精神障害が,労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の
業務上の疾病(労基法施行規則別表第1の2第9号所定の疾病)に当たるか)
であり,争点に関する当事者の主張は,次のとおりである。
(1)原告の主張
ア亡Aの精神障害の発病
(ア)亡Aは,特定不能のうつ病性障害(DSM-Ⅳ-TR)若しくは適応
障害(ICD-10)又はうつ病エピソードで特定不能のもの(DSM
-Ⅳ-TR)若しくは適応障害(ICD-10)のいずれかの精神疾患
を発病し,亡Aは,その結果,自殺した。
(イ)亡Aが,前記(ア)のいずれかの精神疾患を発病したのは,自殺し
た7月▲日の直前である。すなわち,認定基準においては,「…なお,
強い心理的負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理
解し得る言動があるものの,どの段階で診断基準を満たしたのかの特
定が困難な場合には,出来事の後に発病したものと取り扱う。」と定
められているところ,亡Aは,後に述べるように,強い心理的負荷と
なり得る一連の出来事を経験していたことから,これらの出来事の後
に発病したものと取り扱うことになる。
なお,専門部会は,亡Aの精神障害の発病時期が6月30日頃である
可能性を指摘しているところ,仮に専門部会の意見によったとしても,
同日以降に亡Aが晒された一連の出来事についても,業務による心理的
負荷を評価するに当たっての考慮要素とすることが相当である。
イ亡Aの精神障害の発病の業務起因性
(ア)本件の背景
a本件会社における下車勤務の実態等
アルコール検知事案を起こし,下車勤務を行うことになるバス運転
手は,進退を迫る始末書の作成を迫られ,いつまで下車勤務が続くの
か分からない状態のまま数か月にわたり営業所に出勤させられ,長時
間の事情聴取を受け,プライバシーの記載された文書の営業所内にお
ける掲示,自宅の冷蔵庫を開けられ,飲酒時に使用するコップを押収
されるなど犯罪者であるかのように扱われ,他のバス運転手から見え
る席にほぼ1日中着席させられて晒し者となる。しかも,下車勤務の
間中,何をやっても反省がないと責め立てられ,反省文の書き直しを
繰り返し迫られ,就業規則の読み込みなど意味のない作業を強いられ
るなど,当該バス運転手を精神的に追い詰める対応が行われ続ける。
このため,当該バス運転手において,下車勤務が続くなら辞めた方が
楽だと思うまでに追い詰められ,退職に至る過酷な実態がある。亡A
は,6月28日付け検知事案の約5か月前に,本件営業所においてア
ルコール検知事案を起こしたバス運転手が,47日間にわたり下車勤
務を行っていた状況を認識していた。
また,アルコール検知事案を起こした場合には,当該バス運転手の
成績査定において大きな減点事由とされるほか,昇給がなされないな
ど,多大な影響がある。
bアルコール検知事案発生の可能性を徹底的に排除する方針等
本件会社は,アルコール検知事案を発生させたバス乗務員を徹底し
て排除する方針を採用していた。また,本件会社においては,本件会
社の籍を有する従業員の退職あるいは解雇は,会社全体として推進す
べきものとされており,従業員にとって,仕事上の失敗が直ちに失職
につながる労働環境であった。
(イ)6月28日付け検知事案の発生を契機とする一連の出来事
a6月28日付け検知事案の発生を契機とする一連の出来事は,次に
述べる事情に照らせば,認定基準別表1「仕事の失敗,過重な責任の
発生等」(出来事の類型②)の「会社にとって重大な仕事上のミス」
(具体的出来事4)又は「会社で起きた事故(事件)について,責任を
問われた」(具体的出来事5)に該当し,その心理的負荷の程度は
「強」である。
すなわち,アルコール検知事案の発生は,本件会社が全社的に行っ
ている飲酒運転防止の取組に反する仕事上の失敗であり,ひいては,
本件会社の社会的信用を棄損する重大事である。さらに,亡Aは,本
件会社から,過酷な下車勤務を命じられ,6月28日から7月3日に
かけて長時間に及ぶ執拗な事情聴取等を受けたほか,本件会社が「出
勤時のアルコール検知事案の発生について」とする掲示をし,下車勤
務を命じたことによって,従業員の前にプライバシーを公開され晒し
者にされた上,私物(コップ)の押収(回収),見分状況の撮影を行
うなど,犯罪者のように扱われた。しかも,顛末書等の書類を何度も
作成させられるというあからさまな嫌がらせを受けている。
このように,アルコール検知事案を発生させた後の本件会社による
事情聴取や下車勤務命令等の対応は,それら自体が極めて過酷な懲罰
である。しかも,下車勤務は,通常数か月間にわたって続くのである
から,亡Aは,従業員の前に晒されながら反省文を書き続けるという
過酷な取扱いがいつ終わるともわからない状況に置かれた。また,ア
ルコール検知事案を発生させると,本件会社における亡Aの成績査定
の結果にも影響し,昇給・昇進に遅れが生じるものである。
bまた,次に述べる事情に照らせば,6月28日付け検知事案の発生
を契機とする一連の出来事によって,亡Aは,執拗な事情聴取のもと,
身に覚えのないアルコール検知により退職を余儀なくされる状況に追
い込まれたのである。かかる出来事は,認定基準別表1「役割・地位
の変化等」(出来事の類型④)の「退職を強要された」(具体的出来
事20)に準じる出来事でもあり,その心理的負荷の程度は「強」で
ある。
すなわち,本件会社では,アルコール検知事案を発生させる可能性
のある従業員を徹底的に排除する方針をとり,また,構造的にバス運
転手の退職を促進するという経営施策のもと,アルコール検知事案の
発生などを口実としたバス運転手に対する嫌がらせが横行し,退職を
余儀なくされる事態が頻発しているという実情がある。
亡Aは,6月28日付け検知事案を発生させたことについて,本件
会社のアルコール検知事案に対する処罰の運用に照らし,解雇は免れ
ないとの認識を有していたところ,かかる認識のもと,亡Aは,6月
28日に約3時間40分,7月3日に約9時間もの間拘束され,O所
長,M副所長及びN分会長から事情聴取を受けるとともに,「自認
書」,「顛末書」等を書かされた。これらの書類は,記載内容からし
て,作成に何時間も要するものではなく,仮に作成に数時間を要した
というのであれば,亡Aにおいて,何度も書き直しを命じられたから
にほかならない。こうした書類の書き直しを通じて,亡Aは,自分の
失敗を刷り込まれ,退職もやむを得ないとの心理状況に至った。また,
亡Aは長時間にわたる事情聴取を受けたところ,過去にアルコール検
知事案を発生させた際,解雇をも含む処分を受け入れる旨の約束をし
たことを指摘されているのであって,事実上退職を迫られた上,N分
会長からは,退職することが当然であるかのような発言を受けた。加
えて,亡Aは,営業所内で晒し者とされ,孤立した状態に置かれた上,
O所長は,性格がきつく,言動が威圧的であった。
(ウ)7月4日のアルコール検知事案とその後の一連の出来事
a7月4日付け検知事案の発生を契機とする一連の出来事は,次に述
べる事情に照らせば,認定基準別表1「仕事の失敗,過重な責任の発
生等」(出来事の類型②)があり,亡Aは,その後の対応に多大な労
力を強いられ,その責任を厳しく追及され,大きなペナルティを受け
たのであるから,その心理的負荷の程度は「強」である。
7月4日付け検知事案は,6月28日付け検知事案とその後の一連
の出来事に続いて発生したものであり,亡Aは,連続して2度,会社
の社会的信用を棄損させるような重大な仕事上の失敗をしたことにな
る。亡A自身,O所長,M副所長及びN分会長の各人に宛てた遺書に
おいて,「この度は,アルコール検知事案を連続して二回も起こしま
して大変申し訳ございませんでした。」と謝罪しており,重大な責任
を感じていた。亡Aは,7月4日付け検知事案について,アルコール
チェッカーの誤作動によることを明らかにしようと血液検査を申し出
たが,これを拒否されたため,自己の潔白を証明する機会を得ること
ができない事態に追い込まれ,アルコール検知事案を2回も発生させ
たことを前提に処分を受けなければならないとの精神状態に追い込ま
れた。
本件会社は,6月28日付け検知事案と同様,亡Aに対し,長時間
にわたる事情聴取をし,「自認書」や「顛末書」を書かせた上,亡A
の自宅にまで赴き,冷蔵庫の中まで調べるなど,処罰対象者として厳
しく処遇している。亡Aは,全く飲酒をしていないにもかかわらず,
アルコールチェッカーが誤作動し,高い数値が出たことにより,本件
会社に出勤する限り,いつまたアルコール検知事案を発生させるかわ
からない状態に置かれ,「アルコール検査が怖くて怖くてたまりませ
ん」という心理状態におかれた。
bまた,次に述べる事情に照らせば,亡Aは,7月4日付け検知事案
の発生により,亡Aは,もはや解雇ないし退職を免れることができな
い状況に陥った。かかる出来事は,認定基準別表1「役割・地位の変
化等」(出来事の類型④)の「退職を強要された」(具体的出来事2
0)に準じる出来事であり,その心理的負荷の程度は「強」である。
すなわち,前記のとおり,本件会社は,亡Aに対し,6月28日付
け検知事案の際と同様に,長時間にわたる事情聴取を行い,自認書や
顛末書を書かせた上,自宅まで赴き冷蔵庫の中を調べるなど,解雇す
ることをも辞さない対象者として厳しく処遇しているほか,7月4日
に行われた事情聴取の際は,バスに乗務していたN分会長をF営業所
に戻って来させた上で,聴取に加わらせているのであり,組合を関与
させて,退職あるいは解雇の体裁を整えている。その結果,亡Aは,
自らの解雇あるいは退職が必至であることを自覚したものである。
(エ)全体評価
a本件では,①6月28日付けアルコール検知事案とこれに関連する
出来事と,②7月4日付け検知事案とそれに関連する出来事は,いず
れも関連しない出来事であるところ,そのいずれもが心理的負荷の強
度が「強」となるものである。仮に,いずれの出来事も単独では「強」
の評価にならないとしても,これらの出来事は,極めて近接しており,
これらの出来事によって亡Aが受けたペナルティは甚大であり,今後
の下車勤務等において,本件会社から一層の嫌がらせ行為がされるこ
とが明らかになるものであったから,併せ考慮することも可能であり,
その場合の心理的負荷の強度は「強」となるものである。これらの出
来事を前提としてみれば,亡Aの心理的負荷の強度は「強」となる。
b仮に,亡Aの精神障害の発病時期が6月30日頃であったとしても,
その後に亡Aに生じた様々な出来事(①6月28日付け検知事案に起
因する責任追及,②7月4日付け検知事案の発生,③同検知事案に起
因する責任追及)は,それぞれ競合しあい,心理的負荷が極度のもの
と認められる「特別な出来事」に当たり,亡Aの精神障害は,当該出
来事によって著しく悪化したものと評価すべきであり,業務起因性が
認められる。
cなお,本件の業務起因性については,P病院精神科科長のQ医師
(精神科医)作成にかかる医学的意見書(甲9)によっても,明らか
に肯定される。
(オ)個体側要因の不存在
亡Aには,返済に苦慮するような借金の悩みや,家族関係の悩みは一
切なかった。亡Aには,プライベートに関することで特に悩みはなく,
精神障害の発病及び自殺の原因は,業務上の心理的負荷以外にないこと
は明白である。
すなわち,亡Aの自殺する前1年間の年収は,約730万円に及ぶと
ころ,亡Aの負担していた債務(借金)は,①平成19年3月頃に買い
換えた自動車の購入代金450万円のローン返済(毎月2万5000円,
ボーナス時25万円),②長女の学資ローン100万円の返済(毎月1
万8000円)及び③本件会社の共済組合からの教育費等の貸付けの返
済(給与からの天引き)いずれも家計への負担は大きくなく,滞納の事
実もなかった。その他,亡A及び原告には一切借金はない。
(2)被告の主張
ア亡Aの精神障害の発病について
亡Aが自殺前に精神障害を発病していたとの点は否認する。
すなわち,亡Aには,過去,精神科等の受診歴はなく,精神病の既往歴
は認められず,6月30日にナイフを持って家を出た際にN分会長に発見
された後も,落ち込んだ様子はなく,ふだんと変わらない様子であった。
そして,7月4日にN分会長らと話し合った際には,亡Aは,借金がある
という話をしつつ,その返済方法について,自殺すれば育英年金が本件会
社から支給されることになるという話や,自殺であっても1500万円の
生命保険が支給されることを保険会社に確認しているという話をしていた。
また,亡Aが自殺前に原告,O所長,M副所長及びN分会長あてに残した
遺書の内容は,理路整然としたものである。これらの事情からすれば,亡
Aが自殺前に精神障害を発病していたということには強い疑問を覚えざる
を得ない。
さらにいうならば,亡Aは,生命保険金を原告に受け取らせて借金を返
済させることを覚悟していたとも認められるのであって,亡Aが自殺前,
精神障害のために正常な認識,行為選択能力を著しく阻害された病的心理
であったとはいい難い。
イ亡Aの精神障害の発病の業務起因性
そもそも,亡Aが精神障害を発病していたとはいえないが,仮に,亡A
が自殺時に何らかの精神障害を発病していたとしても,次に述べるとおり,
当該精神障害の発病は業務に起因するものではない。
(ア)アルコール検知事案については,認定基準別表1「会社の経営に影
響するなどの重大な仕事上のミスをした」(出来事の類型②の具体的出
来事4)に該当する出来事に当たり得るところ,その心理的負荷の総合
評価は,失敗の大きさ,重大性,社会的反響の大きさ,損害等の程度,
ペナルティ,責任追及の有無及び程度,事後対応の困難性等の観点から
判断される。
(イ)6月28日付け検知事案について
次に述べるとおり,6月28日付け検知事案については,その心理的
負荷を総合評価しても,その強度が「中」を超えることはない。
a6月28日付け検知事案の失敗の大きさ・重大さ,社会的反響の大
きさについて
6月28日付け検知事案は,亡Aが酒気帯びの状態でバス乗務を行
ったというものではなく,バス乗務前のアルコールチェックでアルコ
ールが検知されたにすぎないものであって,社会的反響があるわけで
はなく,本件会社の経営に影響するほどの重大な仕事上のミスである
とはいえない。
b検知されたアルコール量が少ないこと
本件会社におけるアルコール検知事案に対する処罰基準によれば,
最大で0.057㎎/Lの検知の程度であれば,当該検知事案は「厳
重注意」に当たるものであり,解雇等の(懲戒)処分が課されるもの
ではない。
c事情聴取,顛末書等の作成及び下車勤務について
バス事業業界においては,バス乗務員による酒気帯び運転又は飲酒
運転が連続発生しており,飲酒運転事案の撲滅が叫ばれていたのであ
るから,バス乗務前のアルコール検査においてアルコールが検知され
たのであれば,原因追及はもとより,再発防止のために食生活等の改
善のほか,自省を深めるための反省文の作成等が行われることは極め
て当然のことである。バス運転手という職種の労働者は,一般的に,
乗客の生命を預かって運転業務を遂行するものである以上,もともと
運転業務に関する重い責任を負っているのであり,そのことからすれ
ば,アルコール検知によりアルコールが検知された場合に相応の原因
追及等を受けることは,この種労働者からみると,やむを得ないと受
け止められる性質のものである。しかも,亡Aが受けた事情聴取は,
飲酒状況,食事の内容や行動及び生活習慣等の事実を確認するもので
あり,必ずしも対応に多大な労力を必要とするものではなかった。下
車勤務によって各種手当がなくなるなどして収入が一時的に減少する
ことになったとしても,「月給額を超える賠償責任の追及」に比肩で
きるものでは到底なく,これをもって心理的負荷の強度が「強」とす
ることはできない。
dグラスを回収したことについて
O所長らは,6月30日に亡Aから,飲酒時に使用したグラスを受
け取ったが,これは,亡Aが自ら飲酒量を明らかにするためであった
上,仮に,グラスを差し出すことが亡Aにとって気の進まないことで
あったとしても,亡Aとしては,6月28日付け検知事案については,
前日夜からの飲酒を認めていたのであるから,飲酒時に使用していた
グラスをO所長らに差し出すことが,殊更に心理的負荷の大きい出来
事とは考え難い。
eO所長らによる退職強要の事実はないこと
O所長らが,6月28日付けアルコール検知事案について,亡Aに
退職を強要した事実は存在しない。
(ウ)7月4日付け検知事案について
次に述べるとおり,7月4日付け検知事案については,その心理的負
荷の強度を「強」とみることはできず,その総合評価はせいぜい「弱」
程度である。
a7月4日付け検知事案は,アルコールチェッカーの誤作動によるも
のであったことについて
アルコール検知自体は,6月28日付け検知事案と同様に,会社の
経営に影響を与えるようなものではないから,その心理的負荷の強度
が「中」を超えることはない。しかも,7月4日付け検知事案におい
ては,亡Aは,アルコールを飲んでいないことを確信している上,午
前9時30分頃に最大で0.059㎎/Lの検知がなされた後,同日
午後5時17分頃に再度アルコールチェックを行うまで,亡Aが一切
アルコールを摂取していないことは明らかであったにもかかわらず,
再度のアルコールチェックでは最大で0.205㎎/Lが検知された
のであるから,これがアルコールチェッカーの誤作動であったことは,
亡AやO所長らにとって容易に分かることであったといえる。
したがって,7月4日付け検知事案については,これにより亡Aに
ペナルティが課されたり,責任を追及されたりするということはあり
得ず,そのことを亡A自身も理解していたというべきである。
b7月4日付け検知事案は不問に付されていること
7月4日付け検知事案の後の同日午後5時17分頃のアルコールチ
ェックにおいてあり得ない数値が検出されていること,そもそも,O
所長において,7月4日付け検知事案の結果が疑わしいことから,再
検査を指示したものであるが,このような経緯にもかかわらず,O所
長らが上記再検査以降も7月4日付け検知事案の責任を追及していた
ということはあり得ない。
cM副所長が亡Aの自宅に赴き,冷蔵庫内の料理酒を預かったとい
う事実はなく,当該事実が亡Aを心理的に追い詰めたということは
できない。
(エ)複数ある出来事の全体評価
認定基準に沿って本件の出来事を全体評価するに,6月28日付け検
知事案の心理的負荷の強度が「中」であり,7月4日付け検知事案を出
来事後の状況とみなしたとしても,それ単独の心理的負荷の強度は「弱」
であるから,心理的負荷の強度の全体評価は「中」にとどまる。
仮に,6月28日検知事案と7月4日付け検知事案を,関連しない出
来事とみたとしても,心理的負荷の強度の全体評価は「中」である。
(オ)業務以外の心理的負荷及び個体側要因について
次に述べるとおり,亡Aには,業務以外に,精神障害を発病する心理
的負荷及び個体側要因が存在する。
a亡Aが自殺直前に借金の返済について苦慮していたこと
亡Aは,7月4日,本件営業所の会議室でN分会長や本件組合I
支部支部長のR(以下「R支部長」という。)と話し合った際,同人
らに対し,700万円ないし800万円程度の借金がある旨述べてい
た。また,亡Aが原告に宛てた遺書において,その冒頭で「退職金,
Sに頼んで下さ
い。」,「副所長・分会長には借金の事は伝えてありますが,所長に
は伝えてません。」と記載しており,亡Aが自殺直前に借金のことを
気にしていたことは明らかである。
このように,亡Aが借金の返済について苦慮していたことは,認
定基準別表2「②金銭関係」の「多額の財産を損失した」に当たると
いうべきであり,その心理的負荷の強度は「Ⅲ」である。仮に,「多
額の財産を損失」したとまでいえないとしても,認定基準別表2「②
金銭関係」の「借金返済の遅れ,困難があった」に該当するものであ
り,その心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。
b亡Aに,ストレスに対する反応性,脆弱性が認められること
亡Aは,平成16年にアルコール検知事案を発生させた際も,退職
しなければならないとの規則はないにも関わらず,会社の規則を破っ
たなどとして退職する旨言い出したのであり,ストレスに対する過度
の反応性がみられる。
また,亡Aには,7月4日時点で左腕にリストカットの痕が2本あ
り,亡Aが,過去,何らかのストレスに対して自殺を図り,未遂に終
わったことがうかがわれる。
以上の事実からすると,亡Aには,ストレスに対する過度の反応性,
脆弱性がみられるところ,このことは,精神障害を発病することの個
体側要因に当たるというべきである。
生命保険が入る迄多少時間がかかると思いますので
第3当裁判所の判断
1判断の枠組み(業務起因性の判断基準)について
(1)労災保険法及び労基法に基づく保険給付は,労働者の業務上の負傷,疾病,
障害又は死亡に関して行われ(労災保険法7条1項1号),「労働者が業務
上負傷し,又は疾病にかかった場合」(労基法75条)とは,労働者が業務
に基づく負傷又は疾病(傷病)にかかった場合をいうところ,そのような場
合に当たるというためには,当該傷病と業務との間に相当因果関係が認めら
れなければならないと解すべきである(最高裁判所昭和50年(行ツ)第1
11号昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事119号189
頁参照)。ここで,当該傷病と業務との間の相当因果関係については,労働
者災害補償保険制度が,労基法上の災害補償責任を担保する制度であり,災
害補償責任が使用者の過失の有無を問わずに被災者の損失を填補する制度で
あって,いわゆる危険責任の法理に由来するものであることにかんがみれば,
上記業務上の傷病とは,当該傷病が被災労働者の従事していた業務に内在す
る危険性が発現したものと認められる必要があると解される(最高裁判所平
成6年(行ツ)第24号平成8年1月23日第三小法廷判決・裁判集民事1
78号83頁,最高裁判所平成4年(行ツ)第70号平成8年3月5日第三
小法廷判決・裁判集民事178号621頁参照)。
(2)ところで,今日の精神医学的・心理学的知見としては,環境由来のストレ
ス(心理的負荷)と個体側の反応性・脆弱性との関係で精神的破綻が生じる
か否かが決まり,ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても
精神障害が起こるし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さ
くても破綻が生じるという「ストレス-脆弱性」理論が広く受け入れられて
いる。また,何らかの脆弱性を有しつつも,直ちに破綻することなく就労し
ている者が一定程度存在する社会的実態があり,そのような脆弱性を有する
者の社会的活動が十分に確保される必要があることも論を俟たない。
上記の「ストレス-脆弱性」理論の趣旨及び社会的実態・要請等に照らす
と,業務の危険性の判断は,当該労働者と同種の平均的労働者,すなわち,
何らかの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における
立場,経験等の社会通念上合理的な属性と認められる諸要素の点で同種の者
であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務を遂行することができ
る者を基準として行われるものとするのが相当である。そして,このような
意味の平均的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心
理的負荷が一般に精神障害を発病させる危険性を有し,当該業務による負荷
が他の業務以外の要因に比して相対的に有力な要因となって当該精神障害を
発病させたと認められれば,業務と精神障害発病との間に相当因果関係が認
められると解するのが相当である。
(3)ところで,平成23年11月8日に取りまとめられた検討会報告書(乙8)
は,法学及び医学の専門家によって構成された専門検討会が,近時の医学的
知見のほか,これまでの労災認定事例,裁判例の状況等を踏まえ,従前の判
断指針等が依拠する「ストレス-脆弱性」理論に引き続き依拠し,従来の考
え方を踏襲しつつ,業務による心理的負荷の評価基準と審査方法等の改善を
提言したものであり,前記(1)の精神障害の業務起因性に関する法的判断枠
組みとも整合するものである上,その内容においても十分な合理性を有する
ものと認められる。認定基準は,このような検討会報告書の内容を踏まえ,
その合理性を基本的に引き継いでいると考えられるものであるから,これが
本件不支給処分時には存在しておらず,また,判断指針と同様に,行政処分
の違法性に関する裁判所の判断を直接拘束する性質のものではないものの,
基本的には,検討会報告書の持つ内容的な合理性を引き継ぎ,あるいは検討
会報告書の見解をより合理的な知見により修正しているものである限り,精
神障害の業務起因性については,認定基準に従って判断するのが相当である
というべきである。
(4)したがって,当裁判所としては,業務起因性の有無を判断するに当たって,
基本的には認定基準に従いつつこれを参考としながら,当該労働者に関する
精神障害の発病に至るまでの具体的事情を総合的に斟酌し,必要に応じてこ
れを修正する手法を採用することとする。
2認定事実
前記前提となる事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事
実を認めることができる。なお,適宜,認定した事実に関する補足説明を付す
ことがある。
(1)本件会社におけるアルコール検知事案発生時の対応
本件会社では,アルコール飲料の影響が残ったままのバス乗務員によるバ
ス運行を防止するため,平成16年2月19日付け「点呼時のアルコールチ
ェックについて(確認)」という基準を制定し,これに基づき運用を行って
いたが,平成17年9月13日,上記基準を改め,「出勤報告時のアルコー
ル分検出に関する処罰基準の見直しに伴う運用について(再確認)」という
基準(以下「本件基準」という。)を制定した。本件基準を定めた目的は,
処分(本件会社は,本件基準において「処罰」と記載しているが,以下「処
分」と読み替える。)の基準を明確化して,処分が決定するまでの乗務員の
下車勤務の期間を短くすることにあった。これに基づき,バス乗務員に,ア
ルコールチェックを行わせていた。
本件基準の内容は,次のとおりであり,同月16日以降に発生した事案に
適用されることとされている。それ以前のアルコール検知事案については,
本件基準を規定する「出勤報告時のアルコール分検出に関する処罰基準の見
直しに伴う運用について(再確認)」には,「初回から3年以内(3年後の
同月日を含む)に発生した場合には,就業規則第93条第4項および第5項
により解雇とする」ことのみが規定されているにすぎないが,前回のアルコ
ール検知事案の発生から3年(3年後の同月日を含む。)を超える時点にお
ける新規のアルコール検知事案を検討するについては,前回の事案について
は「リセット」となり,発生回数に数えられず,処分量定において考慮され
ない取扱いをすることとされていた。そのため,亡Aが過去に起こした後記
(3)の平成16年2月13日のアルコール検知事案,平成17年5月1日の
アルコール検知事案のいずれについても,6月28日付け検知事案の処分に
ついては考慮されないものとなるべきものであった。
ア処分の内容は,検出量及び発生回数を基本に,「アルコール検知報告書
(自認書)」(以下「「自認書」」という。)及び事情聴取等により,個
別の発生事由や状況等を勘案して決定される。なお,発生回数については,
最後に発生させたアルコール検知事案から3年(3年後の同月日を含む。)
を経過した場合は,リセット(ゼロ回に戻る。)されることになっている。
イ初めてアルコール検知を起こした場合の処分(数値の単位はいずれも㎎
/L。以下同じ。)
(ア)0.050以上~0.070未満厳重注意
(イ)0.070以上~0.150未満停職3日
(ウ)0.150以上~0.250未満停職5日
(エ)0.250以上過去の処分や個別の事由等を勘案して判断される。
ウ2回目にアルコール検知事案を起こした場合の処分
初回検出量が0.050以上~0.070未満であった場合については,
該当する処分基準より一等引き上げる。その他については,初回から3年
以内(3年後の同月日を含む。)に発生した場合は,本件会社就業規則9
3条4項(懲戒による解雇が決定したとき)及び5項(勤務成績が著しく
劣悪と認めたとき)により解雇とする。
エ3回目にアルコール検知事案を起こした場合の処分
初回検出量が0.050以上~0.070未満であった場合であり,2
回目から3年以内(3年後の同月日を含む。)に発生した場合は,就業規
則93条4項及び5項により解雇とする。
オ本件会社が,アルコール検知事案を発生させた乗務員の処分を決定する
までの手続の流れは,次のとおりである。
(ア)当該乗務員の所属する営業所の所長及び副所長が事情聴取を行い,特
に検知前日のアルコールの摂取状況や食事の状況等を確認する。当該乗
務員は,「自認書」を作成し,所長及び副所長に提出する。
(イ)当該乗務員は,営業所にて顛末書・始末書・行動計画書等を作成し,
所長及び副所長に提出する。所長及び副所長は,「自認書」や事情聴取
の内容を基に報告書を作成し,アルコール検知事案発生の当日又は翌日
に,本件会社の本社(安全推進・サービス向上担当課長,総務担当課長)
に報告する。
(ウ)総務担当課長は,営業所から提出された報告書及び「自認書」の内
容に基づき,当該乗務員から事情を聴取し,営業所における事情聴取の
内容等を総合的に勘案し,懲戒処分案を決定して「人事書」を作成する。
(エ)本件会社の本社による事情聴取の内容は,議事録にまとめられ,当該
乗務員は,議事録を確認し,自認書(前記(ア)の「自認書」とは別の
書面である。)を作成し,本社に提出する。本件会社は,自認書の提出
をもって,翌日付けで懲戒処分を実施する。
(オ)本件会社は,懲戒処分の内容を「人事委員会」においてJ組合に提案
する。同組合は,諮問機関に対し,同提案の内容を諮問し,同組合の決
議機関において,同提案の内容を決裁する。
(乙1〔212頁・213頁,272頁・273頁,281頁,31
5頁~318頁,403頁~410頁〕,11,証人O)
(2)本件会社のアルコールチェッカーについて
本件会社は,全従業員に簡易型のアルコールチェッカー(製品名「○」)
を貸与し,出勤前に,自宅でもアルコールチェックを行うよう求めている。
本件会社が営業所に備え付けているL製のアルコールチェッカー(本件検
知器)は,飲酒をした場合に限らず,特定の洗口剤,うがい薬や栄養ドリン
クのほか,ぶどうパン,あんパン,味噌等の発酵食品ないしこれを含む食品
を摂取した後に使用した場合,アルコールを検知することがあった。もっと
も,このような場合であっても,うがいをした後に再度検知器を使用すれば,
アルコールは検知されないことが多かった。
(甲5,乙1〔195頁~202頁,230頁~233頁,265頁・2
66頁,315頁・316頁,407頁・408頁〕,証人T)
(3)亡Aのアルコール検知歴
ア平成16年のアルコール検知事案
亡Aは,本件営業所に勤務していた平成16年2月13日の出勤時,ア
ルコール検知事案を発生させた(以下,このときのアルコール検知事案を
「平成16年検知事案」という。)。亡Aがこの検知事案について同月1
7日付けで作成し,本件会社常務取締役営業部長宛に提出した始末書には,
再発防止策として,勤務日前日に飲酒をしないこと及び酒席等への出席を
自粛することを厳守する旨記載するなどした上で,「今後,会社に対しご
迷惑を掛けるような事があった場合は,いかなる処分であっても,これに
従い,一切の不服や異議申し立ては行わない事を本書面をもって誓約」す
るとも記載している。
亡Aは,平成16年検知事案を発生させたことについて,周囲の同僚に
対し,申し訳ないことをしたので退職したいなどと述べ,これを気にした
同僚が,思いとどまるよう亡Aを説得することもあった。
結局,亡Aは,平成16年アルコール検知事案について本件会社から停
職2日の懲戒処分を受けた。
イ平成17年のアルコール検知事案
亡Aは,平成17年5月1日,出勤時に行ったアルコールチェックにお
いて,アルコールが検出されるとの結果となった(以下,このときのアル
コール検知事案を「平成17年検知事案」という。)。しかし,この時は,
亡Aがアルコールチェックの直前に歯磨きをしており,アルコールチェッ
カーがこれに反応した可能性があるとされ,飲酒が原因であると断定でき
なかったことから,特段の処分は行われなかった。
(乙1〔212頁・213頁,281頁,299頁・300頁,346
頁~348頁〕,証人U)
(4)6月28日の出来事
ア亡Aは,6月27日の午後7時30分頃仕事を終えて帰宅し,同月28
日の午前1時40分頃から午前3時頃まで,湯で割った焼酎を5杯飲み,
就寝した。亡Aは,午後2時頃に起床し,アルコールチェッカーでアルコ
ールが検知されないことを確認し,午後4時頃,自家用車を運転して原告
と子らと買物に出かけるなどして午後6時10時頃帰宅すると,ご飯と味
噌汁を食べ,出勤のために家を出た。本件営業所に向かう途中,アルコー
ルチェッカーでアルコールが検知されないことを確認している。午後6時
55分頃,本件営業所に到着し,本件検知器によるアルコールチェックを
行ったところ,6月28日付け検知事案を発生させた。そのため,本件営
業所の運行係の指示により,亡Aは,バス乗務から外れ,下車勤務に入っ
た。
イM副所長は,バス乗務から外れた亡Aに,「自認書」(乙1〔321
頁〕)を作成させた。その後,午後8時頃から,M副所長は,亡Aの作成
した「自認書」を基に,前日から当日出勤するまでの行動を聴取し,亡A
はこれに対し,おおむね前記アのとおりの経過を報告した。なお,亡Aは,
当該聴取に際して自宅に電話をし,原告に,アルコール検知事案を発生さ
せたこと,事情聴取等があるのでいつ帰れるかわからないことを伝えた。
亡Aは,午後11時頃帰宅した。他方,O所長は,本社宛ての報告書(乙
1〔267頁〕)を作成した。
ウ帰宅した亡Aは,原告がパートから帰宅した6月29日午前1時30頃
には,台所のダイニングテーブルの椅子に座って考え事をしている様子を
見せ,原告に対し,「隔離された」,「もしかしたら首になるかもしれな
い。」と言った(この点,原告は平成21年10月8日に八王子労働基準
監督署において事情聴取を受けた際,亡Aが上記の「首になるかも知れな
い。」との発言をした旨を供述していない。しかし,原告は,その本人尋
問において,このとき,亡Aの言動について特段聞かれていなかったこと
から,亡Aの上記発言について供述しなかったとも説明しており,かかる
説明が不合理であるともいえない。)。
(甲1,8,12,乙1〔185頁~192頁,195~202頁,2
03頁~211頁,267頁,321頁,〕,証人O,証人M,原告本
人〕)
(5)6月29日の出来事
6月29日は,亡Aの休日であったが,亡Aは,未明に引き続き,日中も
ダイニングテーブルの椅子に座ったままで,家族が同テーブルで食事をした
ときも,用意された食事に全く手をつけず,日課となっていた三男を風呂に
入れることもせず,午後9時頃,カップラーメンを食べ,寝室に入って就寝
した。亡Aは,その後7月4日に出勤するまでの間,食事を摂っていない。
(甲1,乙1〔185頁~193頁,203頁~211頁,362頁,6
66頁〕,原告本人)
(6)6月30日の出来事
ア亡Aは,起床すると,台所のダイニングテーブルの椅子に座ったまま,
原告の声掛けにも反応せず,そのまま,出勤時刻である午前9時20分に
なっても出勤しなかった。そのため,M副所長が亡Aの自宅に電話をした
ところ,亡Aが電話に出て,会社を休ませてほしいと申し出た。これに対
し,M副所長は,当日に休暇を申し出られても困るし,きちんと6月28
日付け検知事案についての報告をしてほしいので出勤するように要請した。
イその後,亡Aは,台所にあった刃渡り約5センチのナイフを持ち,在宅
していた原告及び長男に行き先を告げることなく家を出た。原告は,前日
以来の亡Aの言動に不安と心配を感じていたことから,110番通報をし,
亡Aがナイフを持って家を出た,自殺するつもりかもしれないと説明した。
また,本件営業所に対しても,亡Aがナイフを持って家を出たこと,警察
にも通報していることを伝えた。
ウM副所長とN分会長は,亡Aが刃物を持って家を出たため,警察に連絡
を入れている旨,亡Aの家族から連絡があったとの連絡を受け,N分会長
は本件組合の組合員1名と共に,亡Aを探しに出た。結局,前記Nらが,
多摩川沿いで亡Aを発見し,話をしながら亡Aからナイフを受け取って,
警察に連絡をとり,臨場したM副所長と○警察署の警察官に亡Aを引き
渡した。M副所長と亡Aは,○警察署で個別に事情聴取を受け,M副所
長は,亡Aが6月28日付け検知事案を発生させたことなどを説明した。
このとき,創傷時期を認めるに足りる証拠はないが(これを6月30日の
家出の間とする原告本人尋問の結果については裏付けるものがない。),
亡Aの腕(肘と手首の中間くらいの場所)には,刃物による切り傷がつい
ていた。
エその後,○警察署の指示により亡Aの身元引受人となったM副所長は,
午後1時頃警察署を出て,亡A及び原告を自宅まで送ったが,すぐに自宅
には入らず,立ち話をした。午後3時頃にはO所長も到着し,ふだんどの
ような酒をどのくらい飲んでいるのか聴取するとともに,貸与していたア
ルコールチェッカー(○)の返却を受けた。更に,亡Aは,6月28日の
事情聴取の際,ふだんの飲酒量やふだん飲酒に使用しているコップがどの
ようなものであるかを繰り返し尋ねられており,コップの大きさについて
も説明をしていたところ,このときも,O所長から,焼酎をどのように飲
んでいるのか,ストレートであれば量がわかるが,氷が入っていると量が
分からない,どのくらいのコップで飲んでいるのか,などと聞かれた。こ
れを受けて亡Aは,ふだん飲酒に使用しているコップをO所長及びM副所
長に渡した。O所長及びM副所長は,午後4時頃,亡Aの自宅を出て,当
該コップを営業所に持ち帰った後,その写真を撮影した。
オO所長及びM副所長が帰った後,亡Aは,ダイニングテーブルの椅子に
座って,考え事をしている様子をみせた。
カ一方,本件営業所では,営業時間中に,6月28日付け検知事案の発生
及び亡Aの前日から当日出勤時までの行動(6月28日に亡Aの作成した
「自認書」に沿った内容で,帰宅した時刻,原告の送迎をした時刻,帰宅
後の飲酒状況等が記載されている。)を記載した「出勤時のアルコール検
知事案の発生について」と題する掲示物を,本件営業所内の掲示板に掲示
した。
(甲1,8,乙1〔185頁~193頁,195頁~202頁,203
頁~211頁,214頁~223頁,321頁〕,証人O,証人M,証人
N,原告本人)
(7)7月1日及び同月2日の出来事
7月1日及び同月2日は,亡Aの休日であったが,亡Aは両日とも外出す
ることなく,食事も摂らなかった。また,2日には一日中布団で横になって
いた。
(甲1,乙1〔362頁,666頁〕,原告本人)
(8)7月3日の出来事
ア亡Aは,午前9時30分頃に自宅を出て,本件営業所に出勤した。
午前10時ころから,午前中と午後にそれぞれ約2時間ずつ,O所長及
びM副所長による亡Aの事情聴取が行われた。6月28日の事情聴取が,
同日の前日からアルコール検知事案の発生までの行動確認に必要な事柄を
聞く目的であったのに対し,今回は,それに加えて飲酒習慣等の生活習慣
を聴取することが目的であったが,その中で,平成16年2月13日に亡
Aがアルコール検知事案を発生させたとき提出した始末書において本件会
社に誓約していた内容(前記(3)ア)が確認された。その余の時間で,亡
Aによる顛末書の作成が行われた。
イまた,午後4時頃にはN分会長と,副分会長のVが亡Aと50分程度面
談したが,このとき,亡Aは,アルコール検知事案を発生させてしまって
申し訳ないなどと述べた。これに対し,N分会長は,バス運転手という職
種上,酒をやめるか,本件会社を辞めるか,それくらいの気持ちで考えな
ければ,再び同じことを起こしてしまう旨述べ,亡Aを諭した。
ウ午後6時20分頃,亡Aは本件営業所の更衣室で,同僚であるバス乗務
員のWから声を掛けられた際,落ち込んだ様子で,「所長からお前はアル
コール検査に3回ひっかかったから,クビだと言われた。」,「中休(乗
務の中休み)の時にアルコール検査を皆にやらせて大変申し訳ない。」,
「ほんとに皆に申し訳ない。所長からいろんなことを言われた。ほんとに
死んだ方が楽だ。」などと述べた。これに対し,Wは「そんなことはない
よ。会社の制度が変わったので1回チャラでしょう。仲間も組合も守るか
ら大丈夫だよ。」,「死ぬなんていうなよ。」などと述べた。亡Aは,W
と30分ないし40分程度話をした後,帰宅した。亡Aは,この日も食事
を摂らなかった。
(乙1〔185頁~193頁,195頁~202頁,203頁~211
頁,214頁~223頁,230頁~232頁〕,証人O,証人M,証人
N)
(9)7月4日の出来事
ア亡Aは,午前9時30分少し前頃に本件営業所に出勤し,その直後に7
月4日付け検知事案を発生させた(亡Aは各検知の間に水でうがいをした
が,それでも本件検知器はアルコールを検知したとの数値を示した。)。
これを受け,O所長及びM副所長は,午前10時20分頃から午前11時
頃までの間,再び亡Aの事情聴取を行った。この事情聴取において,亡A
は,一切飲酒はしていないし,自宅の酒は処分していると説明するととも
に,6月29日以降,食事を摂っていないと述べた。O所長は,午後1時
頃には,亡Aに対し,昼食を摂ることを勧めたが,亡Aは,昼食を摂らな
かった。
イO所長は,7月4日付け検知事案の発生及び事情聴取の結果を受け,既
にバス乗務についていたN分会長に電話をし,亡Aが再びアルコール検知
事案を起こしたことを説明した上で,交代要員を用意するので本件営業所
に戻ってくるように要請し,N分会長はこれに応じ,午前11時ころ本件
営業所に戻った(この点について,O所長は,N分会長に電話でかかる要
請をしたか否か覚えていないというが,既にバス乗務についていたN分会
長が本件営業所に戻ってきていること,N分会長が戻るためには交替要員
の手配が業務命令として行われる必要があることからすると,N分会長が
供述するとおり,上長であるO所長からの電話による要請に基づいて本件
営業所に戻ってきたものと認める。)。
ウ亡Aは,N分会長に対し,飲酒はしていないと説明し,N分会長はこれ
に対し「本当に飲んでないんだな。わかった,俺は信じるよ。」などと述
べた上で,組合として原告を守るつもりである旨述べた。また,N分会長
は,原告に対し,本件営業所の近隣にある,本件会社のX診療所で血液検
査を受け,アルコールを摂取していないことを証明してはどうかと勧めた。
この方法が,N分会長において,アルコールを摂取していないことを証明
するために思い付くほぼ唯一の方法であった。亡Aも,血液検査を行いた
いとの意向を示したことから,N分会長は,亡Aに血液検査を受けさせて
はどうか,とO所長及びM副所長に申入れを行ったが,前例がないなどの
理由で,亡Aに対する血液検査は実施されなかった。その後,N分会長は,
亡Aとの面談を抜け出し,近隣のファミリーレストランで,組合本部の者
と打合せを行った。この打合せは,前もって予定されていたものではなく,
7月4日付け検知事案の発生を受けて行われたものであった。
エ(以下,エ及びオで認定する事実は,それぞれが何時から何時までの出
来事であるか,その時的な時点を証拠上的確に認定することは困難である
が,証拠上,少なくとも次の順序及び内容の出来事が生じたことは認める
ことができる。)
R支部長が勤務を終え本件営業所に戻り,支部長としての立場上,亡A
と話をしておく必要があると考え,N分会長との面談(前記ウ)を終えた
亡Aと話をした。このとき,亡Aは,数日間食事を摂っておらず,飲酒も
していないにもかかわらずアルコールチェックに引っかかったこと,生き
ていても仕方がないと考えていること,最近,子供や原告と会話がないこ
と,700ないし800万円ほどの借金があることを語るとともに,自分
が死ねば,生命保険金が支払われる上,組合の共済から,育英年金が18
歳未満の子に対して支給されることなどを,本件組合の「組合員必携」と
題する冊子の該当ページを示しながら説明した。なお,このR支部長との
会話の内容について,原告は,R支部長の亡Aから,700万円ないし8
00万円くらいの借金があると聞いたとする供述の信用性について,亡A
がその直後にN分会長に話した金額と若干齟齬があること,R支部長がこ
のときの面談について記憶を喚起したのは,本件訴えが提起された後であ
ることを指摘し,その信用性を問題とするが,概ねN分会長の供述と平仄
が合っており,敢えてその信用性を疑う必要はないといえる(亡Aが,相
手により異なる金額の内容の話をしたと認定するものである。)。
この面談には,途中で,前記ウの打合せから戻ってきたN分会長と副分
会長のVも加わり,代わりにR支部長が途中で退席した。亡AはN分会長
からの質問に答える形で,借金が500万円以上,600万から700万
円程度あり,平成20年に入ってから返済がなかなかできなくなってきた,
自分が死ねば,生命保険金1500万円と育英年金が月額4万5000円
支給されるので返済ができる,など,Rに話したこととおおむね同じ内容
の話をした。
亡AとN分会長らの面談が終わった後,O所長とM副所長は,再度亡A
から食事状況等の事情を聴取した。その後,O所長は,7月4日付け検知
事案の取扱いについて本社の指示を仰ぐべく,本社に出かけた。
オO所長が本社に出かけた後,午後3時頃になって,M副所長と亡Aは,
亡Aの自宅内に臨場したうえ,自宅に飲酒用の酒がないことを確認するこ
ととし(なお,亡Aの自宅内に臨場することが,M副所長からの業務命令
として行われたものであるのか,血液検査の実施を拒まれ,他に飲酒をし
ていないことを証明する手立てがないと考えた亡Aの自発的な申出であっ
たのかを確定するに足りる証拠はない。しかし,いずれにせよ亡Aが申し
出ている血液検査といったより確実な代替手段があるにもかかわらず,使
用者である本件会社が従業員である亡Aの自宅内に臨場し,私物である酒
類の有無等を確認するというのはあまりにも行き過ぎた行為であって行う
べきものではないというべきである。),亡AはM副所長と共に亡Aの自
宅に行ったが,亡Aは,6月28日付け検知事案が起きて下車勤務となっ
た6月28日以降,家の鍵を持っておらず,家人も不在であったために,
入室することができず,いったんは本件営業所に戻ることになったが,そ
の途中で,自宅に電話すると二男がいたため,自宅に引き返したうえ,在
宅していた二男に鍵を開けさせ,こもごも入室の上,亡Aが冷蔵庫を開け
て,冷蔵庫の野菜室に入っていた酒(原告が料理の際に使用するもので,
亡Aがこれを飲むことはなかった。)をM副所長に示したことから,M副
所長においてこれを本件営業所に持ち帰ることにした。亡AとM副所長は,
午後4時頃に本件営業所に戻り,亡Aは,M副所長に指示され,顛末書の
作成を始めた。なお,亡Aは,自宅に向かう途中,M副所長に対し,長女
が専門学校と私立高校に入るときに学費がかかり,また,自家用車を買い
換えたので若干の借金がある旨話した。
カ一方,O所長は,午後4時過ぎ頃,本件会社の本社に赴き,お客様サー
ビス担当の課長及び課長補佐に報告を行っていたが,亡Aが食事をしてい
ないことから,ケトンガスというガスが体内で発生し,これにより本件検
知器が作動してしまったのではないかとの指摘を受けた。同指摘を受けた
O所長は,午後5時頃,M副所長に,電話で,今の時点でもう一度アルコ
ールチェックを行うようにと指示をした。これに従い,午後5時15分頃,
M副所長において亡Aに3回アルコールチェックをさせた(1回ごとに亡
Aにおいてうがいを行っている。)ところ,前提となる事実(5)イの各数
値が検知されたが,これは,いずれも非常に高い数値であった。なお,亡
Aは,7月4日に出勤してから午後5時17分に再びアルコールチェック
を行うまでの間,食事を摂っておらず,飲酒もしていない。
キ亡Aは,午後6時30分頃,アルコールチェックの検知結果を聞くWに
対し,「0.05以上だよ。」と言い,青ざめた表情をして帰宅した。
(甲1,乙1〔185頁~193頁,195頁~202頁,203頁~
211頁,214頁~223頁,230頁~232頁,235頁,424
頁,453頁〕,14,15,証人O,証人M,証人N,証人R,原告本
人)
(10)7月▲日及び同月▲日の出来事
ア7月▲日及び同月▲日は,亡Aの休日であった。
イ7月▲日,亡Aは,昼頃に買物に出かけたが,その他の時間は自宅のダ
イニングテーブルの椅子に座って,家族とも会話をしなかった。
ウ7月▲日の午前9時頃,亡Aは家族に行き先を告げず,自家用車で外出
したまま,夜になっても帰宅せず,携帯電話もつながらない状態となった。
原告は,非常に心配しながら亡Aを待ち続けたが,パート勤務が入ってい
たため,午後8時頃,徒歩で出勤のため家を出た。▲日の午前1時頃,
原告がパートを終えてパート先から外に出ると,亡Aが自家用車で迎えに
来ていた(もともと,亡Aは,雨の日などには,パートが終わった原告を
自家用車で迎えに行くことがあった。)。原告は,亡Aの所在が知れず非
常に心配しつつも,子の世話をしたりパートに出勤したりしなければなら
なかったところ,亡Aが何事もなかったかのように現れたことに複雑な心
境となり,気持ちを整理するため,「考えたいことがあるから歩いて帰
る。」と伝えて,迎えの車には乗らずに一人で徒歩で帰宅した。自家用車
で先に帰った亡Aは,前記(9)オの経緯により鍵を持っていなかったこと
もあって玄関先で待っていたが,原告の帰宅を待って一緒に家に入った。
亡Aは,原告と会話することもなく,そのまま直ぐに風呂に入った。原告
は,午前2時頃に就寝したが,この時には,亡Aはなお入浴を続けていた。
(甲1,乙1〔185頁~193頁,666頁〕,原告本人)
(11)7月▲日の出来事
ア亡Aは,7月▲日未明から早朝にかけて,原告ら家族の気付かないうち
に自宅を抜け出し,同日午前5時50分頃,東京都 α 市所在のマンシ
ョンの11階から,開放廊下の手すりを乗り越え,約29メートル下の歩
道に落下し,転落時の衝撃により頭部陥没骨折,顔面骨折,前胸部多発骨
折,両側大腿骨骨折,両下腿骨折の傷害を負い,これらの多発性骨折に起
因する失血性ショックを来し,同日午前7時17分,搬送先の病院で死亡
した。
イ亡Aは,自宅に,原告,原告の両親,O所長,M副所長及びN分会長に
それぞれ宛てた遺書を残しており,原告宛てのものには日付が記載されて
いないが,O所長,M副所長及びN分会長宛ての遺書は,7月▲日付けと
記載されている。原告の両親宛てのものを除くそれぞれの遺書の記載内容
は,次のとおりである。
(ア)原告宛ての遺書の内容
原告に対し,国民健康保険・国民年金の加入等,亡Aの死後に必要と
なる事務手続等を依頼したり,会社関係者は呼ばず火葬のみとしてほし
いとの希望を記載したりした内容に加え,次の記載がある。
「・退職金,生命保険が入る迄多少時間がかかると思いますのでSに
頼んで下さい。手紙は書きました。
・会社へは,連絡お願いします。所長・副所長・分会長には,手紙
があります。飲酒の件は,ほとんど休みの日に飲んでる事にしてくださ
い。一月で四リットルのペット一本という事になってます。聞かれたら
休みの日は大分飲むという事に。」
「副会長・分会長には借金の事は伝えてありますが,所長には伝えて
ません。うるさい人だから,対応は控え目にお願いします。」
「追伸下車勤務中の自殺で会社としては面白くないと思うので下手,
下手の対応を(特に所長)お願いします。」
(イ)O所長宛ての遺書の内容
「この度は,アルコール検知事案を連続して二回も起こしまして,大
変申し訳ございませんでした。
そして,本社の皆様,営業所の皆様,組合本部の皆様までに御迷惑を
おかけした事を深くお詫び致します。
会社一丸となって,アルコール検知ゼロを目指している時に,連続し
て二度も起こした事は,痛恨の極みであります。誠に申し訳ありません
でした。
七月▲日に会社に出勤して,Lのアルコールチェッカーをすると思う
と怖くて怖くてたまりません。食事も喉を通りません。禁酒しておりま
すが,○でもゼロでも,Lのアルコールチェッカーの事を考えると怖く
てたまりません。
自分勝手で卑怯ではありますがお許し下さい。在職中は,大変お世話
になりありがとうございました。」
なお,O所長宛ての遺書を入れた封筒の中には,遺書の他に,6月2
7日及び同月28日の行動,食事・飲酒状況を記載した顛末書,7月3
日及び同月4日の行動,食事・飲酒状況を記載した顛末書,及び,6月
23日から7月2日までの食事の摂取状況を記載した「食事状況(朝食
は食べません)」と題する書面が同封されていた。
(ウ)M副所長宛ての遺書の内容
「この度は,アルコール検知事案を連続して二回も起こしまして,大
変申し訳ございませんでした。
さらに警察の身元引受人になっていただき,ありがとうございました。
禁酒しておりますが,食事は,やはり喉を通りません。会社に出勤し
て,アルコールチェッカーが鳴ったらと思うと怖くてたまりません。
約束を破って申し訳ありませんが御許し下さい。」
(エ)N分会長宛ての遺書の内容
「この度は,アルコール検知事案を連続して二回も起こしまして,大
変申し訳ございませんでした。この事によって,分会員の皆様には,今
まで以上のアルコールチェックの負担をお掛けする様になり大変申し訳
ございません。
分会長には,二度目の検知の際,飲酒していないと信じていただき,
組合本部等への御尽力,感謝いたします。又,組合本部,分会,励まし
ていただいた分会員の皆様に感謝いたします。また,E営業所のY様よ
りも再三お電話をいただき励ましていただきました。ありがとうござい
ました。
分会長,副分会長,支部長には,家族の事等,色々聞いていただきま
したが,裏切る様な形になって申し訳ありません。お許し下さい。
在職中は大変お世話になりありがとうございました。
更なる分会員の為の分会,そして組合本部の発展を,御祈りいたしま
す。
追伸七月四日の検知の後,午後五時頃だったのですが,もう一度L
のアルコールチェッカーを三回吹いたのですが,数値が〇.一から〇.
二でしたが○で二回測ったら二回共〇.〇〇でした。」
(甲1,乙1〔102頁,170頁・171頁,177頁・178頁,
235頁,237頁~241頁,323頁~326頁,334頁・33
5頁〕,原告本人,弁論の全趣旨)
(12)亡Aの健康状況,性格等
ア亡Aには,飲酒の習慣があり,宴席ではかなりの量を飲むことがあった
が,普段は,月当たり焼酎のペットボトル1本(4リットルタイプ)程を
購入し,主に公休日の前日,週1回ないし2回,そのほか,出勤まで12
時間以上間のあるときに飲酒をすることがあり,その量は焼酎のお湯割り
を3杯程度というものであった。
イ亡Aは,本件会社が年に1回実施する健康診断を受診していたが,平成
16年から平成20年までの診断結果は,わずかな異常を示す数値が認め
られたときはあるものの,健康状態に特段の問題を示す所見は認められな
かった。
ウ亡Aは,本件営業所の同僚や上司などから,共通して,温和で控えめ,
子煩悩で真面目な人物であると認識されていた。他方,飲酒をすると,愚
痴が多くなったり,ふだんの口調と変わって,人を呼び捨てにしたりする
などの言動の変化がみられたが,暴れるといったことはなかった。
(乙1〔172頁~176頁,185頁~193頁,214頁~223
頁,224頁~227頁,230頁~232頁〕,証人O,証人M,証人
U,証人N)
(13)亡Aの負債及びその処理等
ア亡Aの死亡前の年収は,約730万円であった。
イ本件会社は,平成20年9月17日頃,原告に対し,亡Aの退職金18
0万2800円,特別弔慰金250万円,共済退職餞別金4万9000円
の合計435万1800円から,共済貸付金残額107万6894円及び
住民税22万円を控除した残額の305万4906円を支払った。
ウ亡Aは,平成19年3月に自家用車を買い替えた。その際,購入代金約
450万円について,Z株式会社との間でローン契約を締結し,毎月約2
万9000円,賞与の支給される月は約25万円をそれぞれ返済していた。
当該ローンの,亡A死亡時における残高は332万7500円であったと
ころ,原告は同車をZ株式会社に引きとらせて売却し,売却代金をローン
残額に充当した後のローン残額94万7500円について,亡Aの退職金
を原資として一括返済した。
エ亡Aは,平成17年4月,高校に進学する長女の学資に充てるため,中
央労働金庫から100万円を学資ローンとして借り入れ,毎月1万800
0円を返済していた。同ローンの亡A死亡時の残額は36万1092円で
あったところ,原告は,亡Aの退職金を原資として,平成20年9月17
日,上記残額を一括返済した。
(甲1,2の1・2,甲3の1・2,甲4,乙1〔364頁〕,原告本人)
3争点に対する判断
以下,前記1で示した業務起因性に関する法的判断の枠組みの下,亡Aの自
殺が業務に起因して発病した精神障害によるものであるかについて,検討を行
う。
(1)亡Aの精神障害発病の有無
ア原告は,亡Aは7月▲日の自殺に至る直前の時期に,特定不能のうつ病
性障害若しくは適応障害(いずれも,DSM-Ⅳ-TRの分類による)又
はうつ病エピソードで特定不能のもの若しくは適応障害(いずれも,IC
D-10の分類による)のいずれかの精神疾患を発病し,その結果,自殺
したと主張し,これに沿うものとして,Q医師の意見書(甲9)を提出す
る。
そこで検討するに,亡Aは,生前,精神科等の受診歴,治療歴を有して
おらず,6月28日付けアルコール検知事案を発生させるまでの亡Aの様
子にも,特段精神障害の発病をうかがわせるものは見当たらない。そうす
ると,亡Aが精神障害を発病したとすれば,同日以降7月▲日までの間と
いうことになるが,亡Aは,6月28日のアルコール検知事案発生後,7
月▲日までの間,①休日であるにもかかわらず家族と会話をしない,1日
中家で座っている,あるいは寝ている,出勤日であるにもかかわらず出勤
時刻になってから休みたいと言い出す(6月30日)などの意欲の減退,
抑うつ気分の発露と解される状態を示し,②食事をほとんど摂らないなど
食欲の著しい減退を示し,③同僚等には,死にたい,生きていても仕方が
ないと述べたり,ナイフを持って自宅を抜け出したりするなど,自殺願望
の発露と解される状態も示している。
このような亡Aの状態は,ICD-10における適応障害(F43.2)
の示す症状である「抑うつ気分,不安,心配(あるいはこれらの混合),
現状の中で対処し,計画したり続けることができないという感じ,および
日課の遂行が少なからず障害されること(が含まれる)」(甲13)であ
ったと認められ,また,ICD-10においてうつ病エピソードの典型的
な症状である「抑うつ気分,興味と喜びの喪失,および,活動性の減退に
よる易疲労感の増大や活動性の減少」(甲13)にも妥当するものである。
したがって,亡Aは,遅くとも7月▲日の時点では,適応障害又はうつ病
エピソードの症状を呈していたものであると認められる。もっとも,うつ
病エピソードの最小持続時間は普通2週間と解されている(甲13)とこ
ろ,亡Aが上記症状を2週間以上呈していたとの事実は証拠上認めるに足
りない。そうすると,とりあえずうつ病エピソードの発病は除外されるべ
きこととなるから,亡Aについては,適応障害を発病していたものと認め
るべきことになる。
そこで,以下では,亡Aは,自殺当時,適応障害を発病していたことを
前提として,その業務起因性を検討する。
イこの点につき,被告は,亡Aが自殺をした理由は,生命保険金を原告に
受け取らせることにあったとも解される,遺書の内容は理路整然としたも
のであったなどとして,亡Aが精神障害を発病して自殺したとの事実を否
認する。
しかし,前記アで指摘した亡Aの様子,行動に鑑みれば,亡Aが理路整
然とした内容の遺書を用意したり,生命保険金の存在を意識した行動をと
っていたりすることを考慮に入れたとしても,精神障害を何ら発病してい
ない者の行動とみることは困難である(なお,後に検討するとおり,亡A
には,生命保険金を用いてまで早期に返済をしなければならない負債が存
在するとは認められないのであるから,亡Aが,もっぱら自己の生命と引
き替えに得られる金銭をもって負債を返済する意思で自殺をしたとは認め
られない。)。
よって,この点に関する被告の主張は,理由がない。
(2)亡Aに生じた業務上の出来事の心理的負荷の強度について
ア6月28日付けアルコール検知事案及びこれに関連する事情聴取等の出
来事の心理的負荷について
(ア)原告は,6月28日付け検知事案及びこれに端を発する一連の出来
事の心理的負荷の強度について,認定基準別表1の「会社の経営に影響
するなどの重大な仕事上のミスをした」(出来事の類型②の具体的出来
事4)に該当するか,「地位・役割の変化等」(出来事の類型④)の
「退職を強要された」(具体的出来事20)に準じる出来事に該当する
ことを主張するので,認定基準別表1の具体的出来事の該当性について
検討する。
(イ)亡Aは,6月28日付けアルコール検知事案を発生させたことにより,
バス乗務を禁止され,同日,6月28日付けアルコール検知事案に係る
処分を決定する前提として,M副所長による事情聴取を受け「自認書」
を作成し,6月30日に欠勤を申し出たがM副所長から出勤することを
求められ,同日,自らが飲酒に使用していたコップをO所長に交付する
ことにし,7月3日に再び事情聴取等が実施されるなどの一連の関連性
のある出来事に遭遇しているところ,この一連の出来事は,6月28日
付けアルコール検知事案に端を発するものであり,いずれも,本件会社
において当該事案の原因を追及し,類似事案の発生を防止するとともに,
亡Aの処分を決定するための取組の一環として行われたものであると認
められる。そして,確かに,6月28日付け検知事案は,亡Aがバスの
乗車勤務を行う前に発生させたものであり,その発生によって亡Aが本
件会社に特段の損害を与えたり,直ちに信用を著しく毀損したりしたと
いう事実も認められないものではあるが,本件会社は,バス事業会社と
して,バス乗務員の飲酒運転を根絶やしにしなければならないという社
会的責任を負っており,その実現のために,バス乗務員に出勤時のアル
コールチェックを行わせ,アルコール検知事案が発生した場合には,何
らかの処分を課すこととしていたことに照らすと,本件会社の重要な経
営目標を大きく損なうものであるといえ,かつ,そのようなアルコール
検知事案が発生していることが本件会社の外部に知れれば本件会社の信
用を大きく損なうものであることも明らかであるから,「会社の経営に
影響するなどの重大な仕事上のミスをした」(出来事の類型②の具体的
出来事4)に準ずる出来事に位置付けられるものというべきである。
そこで,亡Aのした失敗の大きさ・重大性,社会的反響の大きさ,損
害等の程度,ペナルティ・責任追及の有無及び程度,事後対応の困難性
等に則して心理的負荷の強度を検討する。
(ウ)まず,6月28日付け検知事案による懲戒処分との関係に関する点
についてみるに,亡Aにおいて検出されたアルコール量は最大で0.0
57㎎/Lであるところ,本件会社の定める本件基準(前記2(1))に
よれば,初回の検知事案であれば厳重注意の対象,2回目であっても停
職3日間にとどまり,6月28日付け検知事案そのものについては,本
件基準上は1回目の検知事案となるものでしかなく,懲戒処分が行われ
ることは不可避であると想定され得るものであったが,本件会社が亡A
に課すことのできる処分は格別重いというほどのものではない。しかし
ながら,本件基準の記載自体は,前記のとおり,本件基準が施行された
平成17年9月16日以前に発生した検知事案の取扱いについて明記さ
れておらず,本件会社の解釈運用によって,前回のアルコール検知事案
の発生から3年(3年後の同月日を含む)を超える時点における新規の
アルコール検知事案の処分量定を検討するについては,前回の事案は
「リセット」となる取扱いがされていたものであるが,そのことを的確
に亡Aが認識し理解していたかが問題となる。
そこで検討するに,亡Aは,平成16年2月13日及び平成17年5
月1日に検知事案を発生させているところ,そもそも本件基準自体を見
ても,上記「リセット」の規定は明記されておらず,添付のフローチャ
ートも従業員に周知されたことを認めるに足りる証拠はないこと(かえ
って証人Tは周知されていないことを供述している。),本件会社は,
本件後の平成25年の事実ではあるが,飲酒によるものか否かを問わず,
アルコール検知事案を発生させたことそれ自体が当該バス乗務員の落ち
度であるとの姿勢を明らかにしており(本件会社のD営業所が組織する
「飲酒運転防止委員会」は,「アルコール検知事案発生今後二度と検
知事案を発生させないために…」と題するアンケートを従業員に配布し
ており,その中で,当該アルコール検知事案は,当該乗務員において前
日飲酒していないこと,アルコール分を含む洗口液を含んでいたこと等
からすると,「飲酒ではない可能性がきわめて高いが,出勤時間を超過
してのアルコール検知は,アルコール検知事案以外のなにものでもない。
処罰も当然ながら課される。」,「厳格なルールではあるが,我々はL
の判断が全てであ」る,「アルコール検知されているにもかかわらず誰
が『お酒ではない』ことを証明できようか。」などの注意喚起文を記載
している〔甲10,証人T〕。),かかる姿勢は,平成20年当時にお
いても同様であったと解されること,亡Aは,6月28日付け検知事案
を発生させたその日に,帰宅し原告と話した際に,既に,「もしかした
ら首になるかもしれない。」と言っていること(認定事実(4)ウ),亡
Aが7月3日の事情聴取時に,平成16年2月13日にアルコール検知
事案を発生させたときの始末書の記載内容を確認させられていること
(認定事実(8)ア),同日のWに対する「所長からお前はアルコール検
査に3回ひっかかったから,クビだと言われた。」,「所長からいろん
なことを言われた。ほんとに死んだ方が楽だ。」との発言内容からする
と,亡Aは,平成16年検知事案,平成17年検知事案の存在を前提と
して,6月28日付け検知事案を本件基準上にいう3回目の検知事案に
当たるとの誤解をしており,しかも,Wに対する亡Aの発言からは,O
所長において6月28日付け検知事案をもって「アルコール検査に3回
ひっかかった」と位置付ける発言をしていたものと推認されるのであり,
O所長のこのような発言は,意図的であったかそうでないかを措くとし
ても,亡Aの上記誤解を解くものではなく,かえって強めるものであっ
たといえ,Wの「会社の制度が変わったので1回チャラでしょう。」と
いう言葉も誤解を解くには至らなかったものといえる。以上によれば,
亡Aの心理的負荷は,自らの解雇処分に関わるものと認識されており,
重大なものであったといえる。
(エ)また,6月28日付け検知事案を発生させた経緯についても,以下
のとおり,亡Aの心理的負荷を認めるべき事情が存在する。
すなわち,亡Aは,6月27日の飲酒から翌28日に出勤するまでの
間に12時間近い間隔を開け,自家用車を運転して買物に行くなどして
いた上,出勤途中に行ったアルコールチェックではアルコールが検知さ
れなかった(前記2(4)ア)にもかかわらず,本件営業所でアルコール
検知事案を発生させているのであって,当該検知事案の発生は,亡Aに
とって,全く心当たりがないとまではいえないが,意外であったという
ことのできる出来事ではあったと解される。
そもそも,本件検知器は,発酵食品やうがい薬等,飲酒によらない場
合でもアルコール検知したとの反応をすることがあり(前記2(2)),
そのような状況の下で平成17年検知事案を発生させていた亡Aにおい
て,アルコールの摂取に気を使ったり,自宅でアルコールチェックを行
ったりしたとしても,本件検知器によるアルコールチェックにおいて,
再び,身に覚えのないアルコール検知事案を発生させるかもしれないと
不安に感じるのも無理からぬ状況があったというべきである。
そして,バス乗務員が乗務直前に検知事案を発生させた場合,たとえ
それが全く身に覚えのないアルコール検知事案であったとしても(その
ような事態は,前記2(2)のとおり,十分にあり得るものであったし,
現実にも後記認定のとおり,亡Aにおいて飲酒していないにもかかわら
ず7月4日付け検知事案が発生している。),上記認定のとおり,本件
会社は,アルコール検知事案を発生させたことそれ自体が当該バス乗務
員の落ち度であるとの姿勢を明らかにしていて,当該バス乗務員は,下
車勤務を行うことを余儀なくされ,当該検知事案が飲酒によるものか否
か,事情聴取等に応じるべき職務上の義務が発生することになるから,
事後対応における負担も軽いものではなく,乗務員としては相応の心理
的負荷を負うというべきであり,そのことは亡Aにおいても何ら異なる
ものではなかったと考えられる。
(オ)さらに,原告は,バス乗務員がアルコール検知事案を発生させた場合
に,当該乗務員の処分を決定するまでの過程で進められる本件基準上及
び事実上執られた手続においても,亡Aの心理的負荷を生ぜしめる出来
事があったと主張するので,検討を進める。
バス事業を営む会社である本件会社が,バス乗務員について乗務前等
にアルコールチェックを義務付けること,アルコール検知事案を発生さ
せた乗務員について,当日の乗務禁止はもとより,その原因の追及及び
処分を視野に入れ,その決定のために,当該乗務員の上長においてアル
コール摂取状況,食事状況等について事情聴取を行ったり,再発防止の
ための書面(顛末書,始末書等)を当該乗務員に作成させたりすること,
そのために一定期間のバス乗務を禁止することは,一般的に,バス事業
会社が,バス乗務員の飲酒運転を根絶しなければならないという社会的
責任を負っていると解されることからすると,必要な取組であるといえ
る。現に,本件会社を含むC株式会社のバスグループを構成するバス事
業会社及び他のバス事業会社においても,各社共にバス乗務員に出勤時
のアルコールチェックを行わせ,アルコール検知事案が発生した場合に
は,それぞれ停職等,何らかの処分を課すこととしている(乙1〔24
2頁~247頁〕)。
これを踏まえてみると,本件会社が,亡Aに対して下車乗務を命じた
こと,O所長及びM副所長が前日及び当日の行動等を聴取したことは,
事情聴取が6月28日に約3時間(前記2(4)イ),7月3日に約4時
間(前記2(8)ア)に及んだことを考慮してもなお,6月28日付け検
知事案に対する対応として重い負担を負わされたものとまではいえない。
また,6月30日に本件営業所において,亡Aの同月27日から同月
28日までの行動について,他の従業員に向けて掲示されたこと(前記
2(6)カ)については,確かに,本件会社において,アルコール検知事
案の再発防止のための注意喚起を行うために採っている措置であり,掲
示される情報は,現に亡Aや他のアルコール検知事案を起こした従業員
について公開された内容(甲7,8)によれば,私生活を詳細に公開さ
れるというものでもないが,公開される個人的情報が,アルコール検知
事案の再発防止のための注意喚起を適切に行うために必要最低限のもの
と考えられる就寝時刻や飲酒,飲食に関する事項の範囲を超えており,
不適切・不相当な措置というべきものであるから,単なる注意喚起を超
えた不適切なペナルティ・責任追及の色彩を持つものと考えざるを得な
い。しかしながら,ペナルティ・責任追及的な側面からみた場合でも,
実際に公開された個人情報の内容は主に就寝時刻や飲酒,飲食に関する
行動についてであることに照らし,心理的負荷の程度は重くないという
べきである。
したがって,本件会社が行った下車勤務そのものが過酷で過重な業務
であるとする旨の原告の主張や,O所長及びM副所長による聴取と個人
的情報の公開が重い負担を負わされたものとする旨の原告の主張は,に
わかに採用することができない。
(カ)その他の亡Aの心理的な負荷に関わる事情として次のようなものが存
在する。O所長及びM副所長は,6月30日,警察に保護された亡Aを
自宅に送った後にも,当日のこれまでの経緯に照らせば,亡Aの次回出
勤日を確認するなどした上で,亡A及び原告を帰宅させ,精神的に安定
させることこそが通常とられるべき対応であるというべきところ,そう
することなく,自宅前で更に亡Aからふだん飲む酒を聴き取るなどし,
亡Aから,ふだん飲酒に使うコップの提供を受けている。この点につい
て,O所長が亡Aに対し,コップを預けるよう命じたとの事実は,本件
証拠によっても必ずしも認めることはできないが,O所長及びM副所長
は,わざわざコップを本件営業所に持ち帰った上で写真を撮影した(証
人O,同M)というのであるから,両名としても,コップの形状等につ
いては本件会社への報告を要する事項だと認識していたと解されるし,
それまでの事情聴取の経緯に鑑みれば,亡Aにおいて,コップの現物を
見せなければ自分の説明が信用されないのではないか,との強い懸念を
抱いたとみることができるから,そのようなO所長及びM副所長とのや
り取りの下で,亡Aは,コップの提供によって,相応の心理的負荷を負
ったものということができる。
(キ)このように,6月28日付け検知事案に関して,亡Aにおいて不安や
事後対応に関する負担感を負ったことがうかがわれ,この心理的な負荷
の程度をうかがうことのできる事情として,次のような事情が認められ
る。
現に,亡Aは,6月28日付け検知事案を発生させた後,①6月28
日の事情聴取等を終えて帰宅した後,就寝もせずダイニングテーブルの
椅子に座ったままでいて,帰宅した原告に対し「首になるかもしれな
い。」と述べるなど,動揺した様子が見てとれるほか,②6月30日に
は,M副所長から出勤を求められた後,ナイフを持って家を抜け出し,
近隣を徘徊するなど,強く動揺していることがうかがわれる行動に出,
③7月3日に事情聴取等を終えた後,同僚に対し,解雇になるかもしれ
ない旨述べるなどしていた。
(ク)以上の諸点に照らしてみると,6月28日付け検知事案の発生は,
確かに客観的に本件基準及びその運用に照らし合わせてみれば,事実と
しては,亡Aにおいて一定の懲戒処分を受けることが不可避な状況にな
ったとはいえるが,想定される懲戒処分の内容は重いとまではいえず,
まだ現実化もしていないものであったことは否めないものの,亡Aの上
司であるO所長による6月28日付け検知事案をもって「アルコール検
査に3回ひっかかった」と位置付ける発言もあって,亡Aをして「首に
なるかもしれない。」との認識を抱かせたことに照らすと,6月28日
付け検知事案の亡Aに及ぼすペナルティは重く,重大な失敗であったと
いえる。しかも,本件会社では明確な処分の量定基準が本件基準として
明定されていることから,上記認識の下で亡Aにおいて解雇を避けるた
めになし得る対応は考えがたい状況にあったともいえることに照らすと,
事後対応に多大な労力を費やしたものに準じて考えられるものである。
そうすると,心理的負荷の強度は「強」と評価するのが相当である。
なお,原告は,認定基準別表1の「仕事の失敗,過重な責任の発生等」
(出来事の類型②)の「会社で起きた事故(事件)について,責任を問
われた」(具体的出来事5)や,「役割・地位の変化等」(出来事の類
型④)の「退職を強要された」(具体的出来事20)に準じる出来事に
も当たると主張するが,これらの出来事の中核部分を構成する事実は前
記認定のO所長の発言(「お前はアルコール検査に3回ひっかかったか
ら首だ。」)となるところ,既に上記の「会社の経営に影響するなどの
重大な仕事上のミスをした」(出来事の類型②の具体的出来事4)に準
ずる出来事において評価されているといえるから,改めて検討すること
をしない(6月28日付け検知事案の発生を契機とする一連の出来事は,
亡Aの処分の量定の判断手続中のことであって,いまだ亡Aに退職強要
ないしこれに準ずる状況があったとも認められない。)。
イ7月4日付け検知事案及びこれに関連する事情聴取等の出来事の心理的
負荷について
(ア)原告は,7月4日付け検知事案の発生を契機とする一連の出来事は,
認定基準別表1の「仕事の失敗,過重な責任の発生等」(出来事の類型
②)の「会社にとっての重大な仕事上のミス」(具体的出来事4)又は
「会社で起きた事故(事件)」(具体的出来事5)に該当するか,「役
割・地位の変化等」(出来事の類型④)の「退職を強要された」(具体
的出来事20)に準じる出来事に該当するもので,いずれに該当するに
しても,その心理的負荷の程度は「強」であると主張するので検討する。
(イ)亡Aは,7月4日付け検知事案を発生させたところ,同日におけるそ
の後の経過は前記2(9)のとおりである。
そして,この7月4日付け検知事案が亡Aの飲酒に起因するものであ
るかを検討するに,亡Aは,6月28日付け検知事案の発生からわずか
6日後に,再びアルコール検知事案を発生させた。6日前に起こしたア
ルコール検知事案により下車勤務中にあった亡Aが,その後の出勤前に
飲酒をするなど,自らの立場を更に不利にする行為に出るとは考え難い
ことから,亡Aは7月4日検知事案を発生させるような飲酒は行ってい
ないものと推認される(現に,亡Aは,6月28日付け検知事案の発生
時よりも強く,自分は一切飲酒をしていない旨,関係者に訴えてい
る。)。また,亡Aは6月30日以降食事をしておらず,したがって,
本件検知器が反応するような発酵食品も摂取していないこと,7月4日
午後5時頃に再び本件検知器で亡Aがアルコールチェックを行ったとこ
ろ,出勤からそれまでの間に一切飲酒をしていないにもかかわらず,本
件検知器が,出勤時よりも高い数値でアルコールを検出したことを示す
数値を出していることからすると,7月4日付け検知事案については,
亡Aのアルコール摂取が原因ではなく,本件検知器が何らかの物質に反
応して,当該物質の量を検出したものと推測されるのであり,本件会社
も,最終的にはそのように結論づけている。
(ウ)しかし,検知後の本件会社側の亡Aへの対応は,本件検知器の誤作動
(アルコール以外の物質への反応)の可能性を念頭においたものとは言
い難く,通常どおりの検知案件として,O所長及びM副所長による事情
聴取が行われている上,①O所長において,既にバス乗務中であったN
分会長をあえて本件営業所に呼び戻して亡Aと面談させ,②N分会長に
おいて,亡Aが本当にアルコールを摂取していないことを確かめるため
に,近隣にある会社の診療所で血液検査を行うことを提案し,③N分会
長において,急遽,本件組合本部の者と打合せを行い,④N分会長の上
位者に当たるR支部長も亡Aと面談を行い,更に⑤M副所長において,
亡Aとともに自宅に行き,冷蔵庫にあった酒を本件営業所に持ち帰るな
どしている。
これら,7月4日付け検知事案に端を発した一連の出来事の緊迫の度
合いは,6月28日付け検知事案よりも高まっていたものといえる。す
なわち,前記一連の出来事は,O所長において本件組合に亡Aの対応を
させるべく勤務中のN分会長を呼び戻し,N分会長において,亡Aから,
絶対に飲酒していないとの言質を取った上で亡Aに対する飲酒の疑いを
晴らすために血液検査の実施を提案したり,本件組合内部で急遽対応を
協議したり(この点,本件会社では,アルコール検知事案は,検知され
た数値によって処分が決まっているために,労働組合には懲戒処分実施
後に報告をするとの扱いがとられている(乙1〔236頁,271頁・
272頁〕)が,本件組合の側から本件会社に対し,処分前に何らかの
働き掛けを行うことはあり得る。),M副所長において,亡Aによる,
飲酒をしていない旨の説明が事実であるかどうか自宅に赴き確認した上
で,見つかった酒を持ち帰るなどしている,というものであって,前回
のアルコール検知事案からわずか6日後に,かつ,下車勤務中であるに
もかかわらず再びアルコール検知事案を発生させた亡Aについて,何ら
かの(本件基準上は,直ちに解雇される場合には該当しないが,それに
もかかわらず,亡Aの進退にも関わるような)重い処分を下さざるを得
ない可能性があることを前提として,これに付随する対応を迫られてい
た,とみることができる。亡Aにおいても,飲酒の事実を強く否定し,
血液検査を受けることにも同意していたことなどから,平成16年検知
事案,平成17年検知事案の存在を捨象したとしても,自らがそのよう
な状況に置かれていることは認識していたと認められる。その上,7月
4日付け検知事案は,6月28日付け検知事案とは異なり,亡Aにとっ
ては全く身に覚えのないことであったため,近いうちに三たび,身に覚
えのないアルコール検知事案を発生させるかもしれず,その場合,本件
会社を解雇されるとの懸念が具体的なものとして生じたとしても,無理
のないことであったと認められる。
(エ)この点につき,被告は,7月4日付け検知事案については,亡Aが食
事を摂らない期間が長かったために体内でケトンガスが発生し,本件検
知器がこれを検出したものであることが,O所長と本件会社本社との打
合せの結果及び同日午後5時頃に再度行ったアルコールチェックの結果
(飲酒をしていないにもかかわらず非常に高い数値が検出されたことを
指す。)から判明し,O所長において,7月4日付け検知事案について
は不問に付す旨,亡Aに説明をし,亡Aも理解していた旨主張し,O所
長及びM副所長は,午後6時20分にO所長が本社から本件営業所に帰
った後,亡Aに説明を行ったと供述する。
しかし,7月4日,亡Aは6時30分頃に帰宅しているのであり(前
記2(9)キ),かかる説明を現実に行う時間があったとは言い難い(付
言すると,亡Aへの説明という点からすれば,O所長が本社からM副所
長に対し,7月4日付け検知事案がケトンガスによるものと考えられる
旨を亡Aに説明するよう指示すれば足りるところ,M副所長は,亡Aに
対し「とりあえず,休憩。」と言って休憩を指示するのみであったので
あり(乙1〔203頁~211頁〕),O所長からの指示又はそれに基
づくM副所長からの説明があったとの事実は,証拠上全くうかがわれな
い。)。
また,亡AがO所長及びM副所長にそれぞれ宛てた遺書の記載内容
(前記2(11)イ(イ)及び(ウ))に徴すれば,亡Aは,6月28日付
け検知事案と7月4日付け検知事案を特段区別することなく,本件会社
が根絶を目指している「アルコール検知事案」に当たるものであったと
理解していることが読み取れる。また,亡Aが飲酒をしていないことを
信じると言ったN分会長に宛てた遺書には,この点に対する感謝の意が
記載されている(前記2(11)イ(エ))のに対し,端的に,7月4日付
け検知事案はアルコールではなくケトンガスによって発生したものであ
り,そのため,処分の対象にはならないという,亡Aが最も安心できる
説明をしたと主張するO所長及びM副所長宛ての遺書には,その点に関
する記載がない上,O所長宛の遺書には,顛末書及び食事状況を記載し
た書面が同封されており,亡Aにおいて,アルコール検知事案を起こし
たことについて,非常に重く受け止めていたままであったことがうかが
われることは,相当に不自然であり,むしろ,O所長及びM副所長によ
る説明は行われなかったことを推認することができるのであり,この点
に関する被告の主張は採用することができない。かえって,O所長及び
M副所長は,7月4日付け検知事案がケトンガスによるものであって,
アルコールによるものではないことを知ったにもかかわらず,そのこと
を亡Aには伝えなかったものと認めることができる。そして,このよう
なO所長及びM副所長の亡Aに対する対応は,重大な処分を受けるか退
職せざるを得ないのではないかと考える亡Aの誤信を強めるものであっ
たことは明らかであり,そのような誤信を強めさせようとする意図があ
ったのではないかとさえ疑われるものである。
(オ)以上検討したところを踏まえると,7月4日付け検知事案及びこれ
に端を発する一連の出来事は,認定基準別表1「退職を強要された」
(出来事の類型④の具体的出来事20)が挙示する出来事そのものでは
ないものの,自らのあずかり知らない出来事によって解雇される可能性
が具体的なものとして現れたという意味で,「退職を強要された」に準
じるものというべきであり,その心理的負荷の強度は「強」と評価する
ことが相当である。
なお,原告は,認定基準別表1「仕事の失敗,過重な責任の発生等」
(出来事の類型②)への該当性も主張しているが,認定基準別表1「退
職を強要された」(出来事の類型④の具体的出来事20)と社会的に同
一の事実に付いての評価をいうものであるから,改めて検討することを
しない。
ウまとめ
以上のとおり,6月28日付け検知事案及びこれに端を発する一連の出
来事の心理的負荷の強度は「強」,7月4日付け検知事案及びこれに端を
発する一連の出来事の心理的負荷の強度は「強」と評価される。
他方,前記(1)で検討したとおり,亡Aは,遅くとも7月▲日の時点で
精神障害たる適応障害を発病していたものであるが,それに先立つ6月3
0日には,ナイフを持って家を抜け出したり,その他の日においても,自
宅で家族と会話もせず椅子に座っているだけであったり,1日中横になっ
ているだけであったりと,発病の兆候と理解しうる言動が認められ,いず
れの段階で精神障害の診断基準を満たしたのか,特定することは困難であ
る。
ここで,認定基準において,精神障害の発病時期について,強い心理的
負荷と認められる出来事の前と後の両方に発病の兆候と理解し得る言動が
あるものの,どの段階で診断基準を満たしたのかの特定が困難な場合には,
出来事の後に発病したものとして取り扱うとされている(前提となる事実
(10)ウ(ウ))ことを踏まえて検討すると,6月28日付け検知事案及び
これに端を発する一連の出来事(遅くとも7月4日付け検知事案及びこれ
に端を発する一連の出来事)について,強い心理的負荷と認められ,その
前後に発病の兆候と理解しうる言動が認められることは前記のとおりであ
るから,亡Aの精神障害については,当該出来事の後に発病したものとし
て取り扱うことが相当である。そうすると,亡Aの精神障害は,心理的負
荷の強度が「強」である6月28日付け検知事案及びこれに端を発する一
連の出来事(遅くとも7月4日付け検知事案及びこれに端を発する一連の
出来事)の後6か月以内に発病したものであるから,認定基準の定める認
定要件(前提となる事実(10)ウ(イ))のうち,①及び②を満たす。次に,
同要件③の有無について検討する。
(3)亡Aの業務上外の出来事による心理的負荷等について
ア亡Aの業務上外の出来事による心理的負荷について
被告は,亡Aは自殺直前に借金の返済について苦慮しており,その心理
的負荷の強度は,認定基準別表2にいう「Ⅲ」または「Ⅱ」であると主張
する。
亡Aは,7月4日,R支部長に対しては700万円ないし800万円の
借金があることを述べ,また,N分会長に対しては,借金が600万から
700万円程度あり,平成20年に入ってから返済がなかなかできなくな
ってきたことを述べていた(前記2(9)エ)。
しかし,実際に亡Aの死亡時に亡Aが負っていた負債は,前記2(13)の
とおり,①自家用車のローン332万7500円,②共済貸付金107万
6894円,及び③学資ローン36万1092円の合計約475万円であ
り,これらの負債の他に更に亡A又はこれと生計を一にする原告に負債が
あったとの事実を客観的に裏付ける証拠は何ら存在しない。また,前記各
負債の返済を滞らせたことがある等の事情も証拠上全くうかがわれない。
このように,亡AがN分会長及びR支部長に述べた負債に関する事情は,
明らかになっている客観的事実に反するものである(亡Aの借金の存在及
び金額の話は,亡Aは,7月4日,M副所長によって警察署から自宅に送
られる際,未成年子を抱えるM所長に対し,長女が専門学校と私立高校に
いるときに学費がかかる旨や新車買替えの話をして若干の借金があること
を伝えていたが,その説明は過大なものではないこと(証人M),7月4
日付け検知事案の発生後におけるN分会長及びR支部長に対する会話では
かなり過大な説明となっていることに,前記のとおり7月4日付け検知事
案の発生によって解雇の懲戒処分を受けるのではないかという恐れを抱い
ていたことを併せ考えると,解雇の懲戒処分を避けたい一心で,相手によ
り同情を引くように説明を変えていた可能性を否めない。)。
仮に,亡Aが述べたとおりの負債状況が存在したとしても,その金額や
内訳(仮に600万ないし700万円の負債があるとしても,その多くは,
前記3本の借入れであり,原告の供述(甲1)や前記2(13)ア,ウ及びエ
の事実に照らして,月々やボーナス時の返済金額は家計を破綻されるよう
なものではないといえる。)に照らせば,心理的負荷の強度は,「Ⅱ」
(認定基準別表2「借金返済の遅れ,困難があった」)にとどまると評価
するのが相当である。この点,確かに,亡Aは,負債について説明する際,
自分が死ねば生命保険金で返済ができるとか,育英年金が支給されること
になっているなどと述べている(前記2(9)エ)が,これは,亡Aにおい
て,7月4日付け検知事案を発生させたことによって本件会社から解雇さ
れると考えていたことから,解雇されると借金の返済もできなくなり,家
庭が破綻するという具合に考えが巡って,将来を悲観する余りに述べたも
のとみることができ,借金の問題のみで自殺を考えるほどに追い込まれて
いたとは直ちにいうことができない。
また,客観的に明らかとなっている状況のみを前提として判断しても,
自家用車のローン返済が,月々の返済の他,ボーナス月には25万円を加
えて返済するというものであり,未就労の子4人を抱える家庭の生計を支
えるべき亡Aにおいて,一定程度の負担感を覚えるものであったであろう
ことを考慮すると,当該負債のあることによる出来事は,認定基準別表2
「借金返済の遅れ,困難があった」に準じるものとして評価し,その心理
的負荷の強度は,「Ⅱ」であると評価するのが相当である。
よって,認定基準に徴しても,当該出来事による心理的負荷によって亡
Aが精神障害を発病したことが医学的に明らかであるとは判断できない。
イ亡Aの個体側要因について
被告は,亡Aにはストレスに対する過度の反応性,脆弱性が認められる
と主張する。亡Aは,周囲の誰もが認める真面目な性格であり(前記2
(13)ウ),過去に,アルコール検知事案を発生させたことを重く受け止め,
退職すると言い出したことがある(前記2(3)ア)など,ストレスに対し,
必要以上に重く受け止める傾向があったといえる。しかし,こうした傾向
は,飽くまで通常の性格傾向の範囲にとどまるものといえ,精神障害を発
病させる可能性のある個体側要因であったとまではいえない。また,亡A
に精神科やその他診療科への特段の通院歴がなく,本件会社の実施した健
康診断の結果も,特段の異常所見がみられなかったことは,前提となる事
実(7)及び前記2(11)イのとおりである。
したがって,この点に関する被告の主張は,理由がない。
(4)小括
以上のとおり,原告については,本件精神障害の発病前おおむね6か月の
間に,業務による強い心理的負荷が存在したと認められ,更に,業務以外の
心理的負荷及び個体側要因により本件精神障害を発病したとは認められない。
よって,本件精神障害は,亡Aの業務に起因して発病したもの,すなわち,
労災保険法7条1項1号及び労基法75条所定の業務上の疾病(労基法施行
規則別表第1の2第9号所定の疾病)に当たると認められ,亡Aの自殺は,
本件精神障害によって正常の認識,行為選択能力が著しく阻害され,あるい
は自殺行為を思いとどまる精神的抑制力が著しく阻害されている状態に陥っ
た上で実行されたものであり,業務に起因するものであると認められる。
4結論
以上によれば,原告の請求に係る遺族補償給付及び葬祭料をいずれも支給し
ないとした本件各不支給処分は違法であるというべきであり,取消しを免れな
い。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁判長裁判官佐々木宗啓
裁判官五十嵐浩介
裁判官吉岡あゆみ

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