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裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告が原告に対して平成15年10月24日付けでした日本道路公団総裁解
任処分を取り消す。
第2事案の概要
本件は,被告から日本道路公団法13条2項柱書き所定の「その他役員たる
に適しないと認めるとき」に該当することを理由として日本道路公団総裁を解
任された原告が,被告に対し,解任処分の取消しを求める事案である。
1前提事実(該当箇所に証拠を併記した事実のほかは,いずれも当事者間に争
いがない。)
(1)原告は,平成12年6月20日,被告(ただし当時は建設大臣中山正暉。
なお,国土交通省は,中央省庁等改革の一環として,同13年1月6日に,
北海道開発庁,国土庁,運輸省及び建設省を母体として設置され,初代国土
交通大臣には扇千景が就任した。)から日本道路公団総裁に任命された。そ
の任期は同16年4月16日までであった。原告は,昭和37年4月に建設
省に採用され,平成8年7月に建設事務次官を最後に退官した者であり,日
本道路公団総裁任命に至る原告の経歴は,別紙1「経歴表」のとおりである
(甲24の1)。
なお,日本道路公団は,日本道路公団等民営化関係法施行法(平成16年
法律第102号)等の法令により,平成17年10月1日,P1株式会社,
P2株式会社及びP3株式会社の3社に分割民営化されて解散し,また,一
方で独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構が設立されるなどしたと
ころ,同法により,日本道路公団法も廃止されたが,廃止前の同法13条2
項の定めは下記のとおりであった。

国土交通大臣又は総裁は,それぞれその任命に係る役員が次の各号の一
に該当するとき,その他役員たるに適しないと認めるときは,その役員を
解任することができる。
一心身の故障のため職務の執行に堪えないと認められるとき。
二職務上の義務違反があるとき。
(2)平成15年9月22日,いわゆる第2次小泉内閣が発足し,かねてから行
政改革・規制改革担当国務大臣の地位にあった石原伸晃が,同日,国土交通
大臣に就任した。石原伸晃国土交通大臣は,同年10月5日午前11時ころ
から午後4時ころまでの間,原告と会談し,その際,原告に対し,日本道路
公団総裁を辞任するよう要求するなどしたが,結局,原告は同要求を拒絶し
た(甲24の2)。
(3)平成15年10月7日,石原伸晃国土交通大臣は原告に対し,日本道路公
団法13条2項に基づく解任処分を行うに当たり,聴聞通知書(以下「本件
聴聞通知書」という。)をもって聴聞の通知を行った。本件聴聞通知書には,
「予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項」,「不利益処分
の原因となる事実」,「聴聞の期日及び場所」として下記の記載があった
(乙1,2)。

ア予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項
貴職に対する日本道路公団法(昭和31年法律第6号)第13条第2
項の規定に基づく解任
イ不利益処分の原因となる事実
(ア)貴職については,いわゆる「幻の財務諸表」に関する本年5月の
新聞報道に関し,その記事掲載の直後から当該財務諸表の存否が問わ
れていたにもかかわらず,十分な調査を行わず,当初はその存在を否
定した。更に本年7月,月刊誌にいわゆる「幻の財務諸表」に関する
内部告発が掲載された後においても状況を把握できず,8月に至って
そのデータの存在を確認したとの発表を行った。このことにより,平
成15年5月から7月にかけての財務諸表に関する国会対応が不誠実
との批判を招いた。また,道路関係四公団民営化推進委員会との関係
においても,同様の批判を受けた。
(イ)また,日本道路公団の理事,職員を信用していないとの趣旨の発
言を行ったとの記事が雑誌に掲載された「会合」については,国会答
弁において,当初記憶にないと言いながら,最終的には「会合」の存
在を認めた。この間,他の出席者に速やかに確認をとるなどの誠実な
対応を行わず,組織における不信感を招来せしめた。
(ウ)さらに,貴職については,就任以来,しばしば組織の内外を問わ
ず連絡をとることが困難という事態が指摘されるなど,結果として組
織の的確な管理運営に支障を生じさせた。
(エ)これらのことから総合的に判断すれば,貴職については,高速道
路に関する制度を抜本的に改革する重要な時期を迎える公団の総裁と
して十分な資質を有していないと言わざるを得ず,このことが日本道
路公団法第13条第2項に該当すると認められる。
ウ聴聞の期日及び場所
(ア)期日平成15年10月17日(金)10時00分∼
(イ)場所東京都港区α−×−1β1F小会議室
(4)平成15年10月15日,原告(代理人弁護士P4及び同P5)は被告に
対し,行政手続法18条1項に基づき,資料の閲覧請求書を提出し,翌16
日に不利益処分の原因となる事実を証する資料を閲覧した。なお,同閲覧請
求書には「謄写,もしくは複写の交付については,時間,場所などの物理的
な制約上,当事者の十分な防御権行使を保障するために必要不可欠であるの
で,これを認められるよう特に申請する。」とも記載されていたが(乙3),
被告は謄写又は複写の求めに応じなかった。
(5)平成15年10月17日,原告及び原告代理人弁護士4名が出頭し,P6
国土交通省政策統括官が主宰者となって,午前10時3分から午後7時3分
までの間,行政手続法所定の原告に対する聴聞が行われた(以下「本件聴
聞」という。)。本件聴聞期日の冒頭において,行政庁職員から原告に対し,
予定される不利益処分の内容及び根拠となる法令の条項並びにその原因とな
る事実が説明されたが,その際,その原因となる事実については,その内容
が記載された書面が配付された。同書面の記載は下記のとおりである。同書
面の記載につき,行政庁職員は,本件聴聞通知書の記載内容と同義であるが,
より丁寧に述べたものであると説明した。なお,本件聴聞期日において原告
及び上記代理人らが陳述した意見の概要は,別紙2「当事者及びその代理人
の陳述した意見の要旨」のとおりである。(乙4の2)

①本年5月中旬に,日本道路公団が債務超過に陥っていることを示すと
された財務諸表(以下「本件財務諸表」という。)を入手したとする新
聞報道がなされ,その直後から同財務諸表に関する事実関係について国
会質問があった。この問題が同公団の改革,民営化等の今後の運営に重
大な影響を及ぼしかねないものであることに鑑み,同公団を代表する立
場にあるP7総裁としては,速やかに役員及び職員を指揮して事実関係
を正確に調査,把握し,かつ説明する等の適切な対応をとるべきところ,
これを怠り,8月に至るまでそのデータの存在すら確認できなかったば
かりか,国会,道路関係四公団民営化推進委員会,マスコミ等に一方的
な見解に基づく対応に終始した。
この結果,国会における答弁内容がその都度変遷するなど国権の最高
機関である国会を軽視し,不誠実な対応と受け取られてもやむを得ない
事態を招来した。また,道路関係四公団民営化推進委員会との関係にお
いても,同様の問題を惹起した。
更に,本件財務諸表を巡る一連の対応は,それがマスコミを通じて広
く報道されたこともあって,日本道路公団に対する国民の信頼を著しく
損ねる結果を生じさせた。
②本年4月16日にγ会館で開催されたとされる「会合」を巡る報道等
に関しても,国会における質問に対して,P7総裁は,正確な事実関係
を確認するための適切な対応を行わず,不誠実な答弁を繰り返した。
また,当該「会合」においてP7総裁が発言したとされた内容は,総
裁自身が日本道路公団の役職員を信頼していないと受け取られるような
内容であったにもかかわらず,P7総裁は,同発言に関する適切な説明
等を行わず,公団組織内におけるP7総裁と役員及び職員間の信頼関係
を著しく損ねる結果となった。
③更に,P7総裁は,日本道路公団本社外における自己の居場所を,一
部の公式行事等を除いて,秘書以外の者には知らせず,理事等といえど
も秘書を通じない限り外出中のP7総裁と連絡をとることができないよ
うな不自然な組織運営を行っており,組織の長としての職責を誠実に遂
行するものとはいえない。
④以上の諸事実を総合的に判断すれば,P7総裁の一連の対応は,日本
道路公団に対する国民の信頼を著しく損ね,同公団の円滑な運営に重大
な支障をもたらすものといわざるを得ない。よって,P7総裁は,高速
道路に関する諸制度を抜本的に改革する重要な時期を迎えて,国民の信
頼を得ながら,役職員が一丸となって改革に取り組むべき日本道路公団
の総裁として適格性を欠いており,日本道路公団法第13条第2項本文
に規定する「その他役員たるに適しないと認めるとき」に該当すると認
められる。
(6)平成15年10月24日,被告は原告に対し,解任処分理由書をもって,
「日本道路公団法(昭和31年法律第6号)第13条第2項各号列記以外の
部分の規定」に基づき,下記の理由により,同日付けで日本道路公団総裁を
解任する処分(以下「本件解任処分」という。)を行った(乙6)。

①本年5月中旬に,日本道路公団が債務超過に陥っていることを示すと
された財務諸表(以下「本件財務諸表」という。)を入手したとする新
聞報道がなされ,その直後から同財務諸表に関する事実関係について国
会質問があった。この問題が同公団の改革,民営化等の今後の運営に重
大な影響を及ぼしかねないものであることに鑑み,同公団を代表する立
場にあるあなたとしては,速やかに役員及び職員を指揮して事実関係を
正確に調査,把握し,かつ説明する等の適切な対応をとるべきところ,
これを怠り,8月に至るまでそのデータの存在すら確認できなかったば
かりか,国会,道路関係四公団民営化推進委員会,マスコミ等に一方的
な見解に基づく対応に終始した。
この結果,国会における答弁内容がその都度変遷するなど国権の最高
機関である国会を軽視し,不誠実な対応と受け取られてもやむを得ない
事態を招来した。また,道路関係四公団民営化推進委員会との関係にお
いても,同様の問題を惹起した。
更に,本件財務諸表を巡る一連の対応は,それがマスコミを通じて広
く報道されたこともあって,日本道路公団に対する国民の信頼を著しく
損ねる結果を生じさせた。
②本年4月16日にγ会館で開催されたとされる「会合」を巡る報道等
に関しても,国会における質問に対して,あなたは,正確な事実関係を
確認するための適切な対応を行わず,不誠実な答弁を繰り返した。
また,当該「会合」においてあなたが発言したとされた内容は,総裁
自身が日本道路公団の役職員を信頼していないと受け取られるような内
容であったにもかかわらず,あなたは,同発言に関する適切な説明等を
行わず,公団組織内におけるあなたと役員及び職員間の信頼関係を著し
く損ねる結果となった。
③更に,あなたは,日本道路公団本社外における自己の居場所を,一部
の公式行事等を除き,秘書以外の者には知らせず,理事等といえども秘
書を通じない限り外出中のあなたと連絡をとることができないような不
自然な組織運営を行っており,組織の長としての職責を誠実に遂行する
ものとはいえない。
④以上の諸事実を総合的に判断すれば,あなたの一連の対応は,日本道
路公団に対する国民の信頼を著しく損ね,同公団の円滑な運営に重大な
支障をもたらすものといわざるを得ない。よって,あなたは,高速道路
に関する諸制度を抜本的に改革する重要な時期を迎えて,国民の信頼を
得ながら,役職員が一丸となって改革に取り組むべき日本道路公団の総
裁として適格性を欠いており,日本道路公団法第13条第2項各号列記
以外の部分に規定する「その他役員たるに適しないと認めるとき」に該
当すると認められる。
2争点
本件の争点は,以下のとおりである。
(1)本件解任処分の実体上の違法性について
前提事実(6)の解任処分理由書①記載の事実(以下総称して「本件財務諸表
問題」という。),同②記載の事実(以下総称して「本件会合問題」とい
う。)及び同③記載の事実(以下総称して「本件連絡問題」という。)は認
められるか。
また,仮に認められるとして,これらの事実の存在をもって日本道路公団
法13条2項柱書き所定の「その他役員たるに適しないと認めるとき」に該
当するということができるか。
(2)本件解任処分の手続上の違法性について
ア本件解任処分は,本件聴聞通知書中の「予定される不利益処分の内容及
び根拠となる法令の条項」欄の記載が「貴職に対する日本道路公団法(昭
和31年法律第6号)第13条第2項の規定に基づく解任」と記載されて
いる(前提事実(3)ア)だけで,同項1号,同項2号,同項柱書きの区別が
示されていない点において,違法であるか(行政手続法15条1項1号)。
イ本件解任処分は,本件聴聞通知書中の「不利益処分の原因となる事実」
欄の記載が,事実記載の特定を欠く,ないしは記載を欠くとの理由により,
違法であるか(行政手続法15条1項2号)。
ウ本件解任処分は,聴聞の期日(平成15年10月17日)の指定が,聴
聞の通知(同月7日)から「相当な期間」がおかれていないとの理由によ
り,違法であるか(行政手続法15条1項柱書き)。
エ本件解任処分は,①聴聞に当たって,被告が,あらかじめ資料の標目を
作成し,聴聞通知書に標目を示して閲覧を求めることができる旨原告に教
示しなかった点,②原告が,被告に対して,聴聞の期日の当日に,本件連
絡問題に係る事実について,資料の閲覧を求めたのに対し,被告がこれを
拒否した点,又は③被告が,原告に記録の謄写を認めなかった点において,
違法であるか(行政手続法15条2項2号,18条1項及び2項)。
オ本件解任処分は,本件聴聞の主宰者が,聴聞の続行期日を指定すること
なく,聴聞手続を終了させた点において,違法であるか(行政手続法22
条1項)。
カ本件解任処分は,①聴聞調書に,主宰者がどのような証拠や資料を根拠
として不利益処分の原因となる事実の存否を認定したかの記載がないとさ
れる点,又は②報告書が,専ら行政庁の職員の説明に即して当事者の主張
を整理し,その上で,行政庁の意向に即した意見を述べ,結論付けを行っ
ているとされる点において,違法であるか(行政手続法24条1項ないし
3項)。
キ本件解任処分は,聴聞の主宰者及び被告の補助機関が聴聞の持つ意味を
理解せずに手続を進めたとされる点において,違法であるか。
ク本件解任処分は,①解任処分理由書の理由の記載が特定されていないと
される点,又は②解任処分理由書の理由に,当事者の主張及び聴聞の主宰
者の意見について,行政庁としてどのようにしんしゃくしたのかが示され
ていない点において,違法であるか(行政手続法14条1項本文,26
条)。
(3)訴訟上の問題点について
本件解任処分の適法性について被告が本件訴訟においてする主張は,処分
理由の差替え又は追加として許されないか。
3争点に関する当事者の主張の概要
(1)争点(1)(本件解任処分の実体上の違法性)について
(原告の主張)
ア本件財務諸表問題について
原告が隠ぺいしたと報道された「幻の財務諸表」について,①日本道路
公団が組織として作成した事実はなく,②そもそも「幻の財務諸表」にお
いても同公団は債務超過とされていない。また,③原告も同公団も「幻の
財務諸表」を隠ぺいしたことはない。
また,「幻の財務諸表」なるものも,日本道路公団が公表した民間企業
並財務諸表と比べると,財務諸表というに値しないことは明白である。
すなわち,「幻の財務諸表」に関する報道は誤報であり,国会での質問
者もかかる誤報を前提としており,事実誤認に基づいている。
いわゆる「幻の財務諸表」に関する原告の国会答弁は,日本道路公団が
組織として作成したことはない旨一貫して述べており,客観的事実に合致
するもので変遷はなく,不適切な対応に当たる事情はない。
いわゆる「幻の財務諸表」は,平成15年7月10日発売の月刊誌「○
○」8月号の記事で初めて公になり,同月14日,衆議院決算行政監視委
員会において資料として配付されたもので,その内容は到底財務諸表とい
うに値しないものであったが,原告はこれに応じて対応及び調査を行って
おり,原告による調査等の遅れなどはない。
イ本件会合問題について
平成15年5月1日発売の雑誌「○○」(なお,同雑誌は一般書店では
販売されず,定期購読等によらなければ容易に入手できない。)5月号の
記事のうち,同年4月16日,γ会館において会合が持たれ,同会合に原
告が出席したことは間違いないが,本件会合は,正式に議題が設定され,
議事録を作成して一定の議題について議論するというような集まりではな
く,原告はあいさつ程度の発言はしているが,同5月号に記載された内容
の発言をしたか否かも原告の記憶にない(なお,原告は同雑誌から取材を
受けたことはない。)。
原告の国会答弁は,原告に対する各質問の時点で分かった事実をできる
限り誤解を招かないよう丁寧に答弁し,当初から本件会合に出席していた
可能性は認めた上で,本件会合での発言内容が「○○」5月号の記事に記
載された内容であったかは判然としないことを一貫して述べており,何ら
問題はない。原告に限らず,一般に週刊誌等の記事に基づく国会質問につ
いては,本人への裏付け取材がされていないことや,事実について疑問が
多いこともあり,コメントを差し控えるものであり,「○○」5月号の記
事についてもそのような対応で十分であったが,同記事について国会で数
度にわたり質問されたことから,原告としてできる限りの答弁をしたもの
であり,このような原告の対応は,むしろ通常の場合より丁寧かつ誠実な
ものである。
ウ本件連絡問題について
日本道路公団において,原告に対する連絡態勢に不備はなく,実際,原
告に連絡が取れないなどとして具体的な支障が生じたことはなかった。
エ以上のとおり,本件解任処分の理由はいずれも全く根拠を欠き,違法で
ある。なお,原告は,本件解任処分には根拠となる事実が欠けていると主
張しており,本件解任処分に裁量権の逸脱又は濫用があることを問題とし
ているわけではないから,裁量権の逸脱又は濫用があったことを基礎付け
る事実を主張せずとも,原告に求められる主張責任は果たしている。
(被告の主張)
ア本件財務諸表問題について
原告は,平成12年6月20日,被告によって日本道路公団総裁に任命
されたものであるが,同13年4月に発足した小泉内閣の下において,日
本道路公団を含む道路関係4公団の民営化が特殊法人等の改革の柱とされ
た。そして,その将来の在り方を検討するためにも,民間企業並みの会計
基準に基づく財務諸表を作成することが強く求められるようになり,その
内容に対する社会的な関心が高まっていた。このような折り,同15年5
月16日のP8新聞朝刊(全国版)が「日本道路公団債務超過の諸表隠
す」との見出しの下に,同公団が同14年7月に,民間企業並みの会計基
準で同13年3月期の財務諸表(本件財務諸表)を作成していたという旨
の記事を掲載した。
このような場合,日本道路公団総裁である原告としては,速やかに役職
員を指揮して迅速かつ的確な調査を行わせ,事実関係を正確に把握して説
明責任を果たし,公団に対して生じた国民の不信,疑念又は誤解を払しょ
くすることが求められていたというべきであるが,原告はこれを怠り,P
8新聞社に対しては事実に反するとして直ちに抗議し,国会においても本
件財務諸表を一切作っていないとの断定的な答弁を行った。ところが,平
成15年7月10日発売の○○において,本件財務諸表が同公団内部にお
いて作成されていたことを内部告発する同公団職員の手記が記事として掲
載されたため,国会や記者会見において,実務者レベルで道路資産をどう
評価するかについての勉強会をしていたことを認めざるを得なくなり,こ
のような対応振りについて国会やマスコミから厳しい批判を受けた。そし
て,この時点においてようやく同公団内における調査に着手し,同月25
日から行った更なる追加調査の結果,同公団のネットワークコンピュータ
の中に電子データとして本件財務諸表が保管されていることが判明したと
して,同年8月8日にこれを公表した。
しかしながら,その間,国会や道路関係四公団民営化推進委員会,マス
コミ等は,原告の総裁としての資質を厳しく問い,その責任を追及するよ
うになり,日本道路公団の将来の在り方が問われていた重要な時期に,原
告は公団に対する国民の信頼を失墜させた。
イ本件会合問題について
平成15年5月1日発売の雑誌「○○」5月号に「道路公団総裁の『仰
天』謀議」と題する記事が掲載され,原告が日本道路公団の理事や職員を
信用していないとの趣旨の発言を行ったと報道された。ところが,原告は,
国会において,同発言をしたとされる会合への出席の有無,会合での発言
内容等についてあいまいかつ不誠実な答弁を繰り返して説明責任を果たさ
ず,また,同公団組織内においても何ら釈明等を行わず,役職員との信頼
関係に基づいてリーダーシップを発揮することが不可能な状態に至らせた。
ウ本件連絡問題について
原告は,総裁就任以来,外出先等においては,常に秘書を通じて連絡を
取らせるようにしていたため,日本道路公団の役職員が原告と確実に連絡
を取ることの困難な状況を作り出し,組織の的確な管理運営に支障を生じ
させた。
エ日本道路公団法13条2項柱書きの「役員たるに適しない」とは,当該
「役員」が総裁である場合には,当該「役員」の資質,能力等に照らし,
総裁としての職責を果たすことが困難である場合等をいうものと解される
が,他の解任事由とは異なり,解任のための具体的な基準を設けない抽象
的包括的な解任事由を定めるものである。これは,日本道路公団の高度の
公共的性格や,これを代表し,業務を総括する者としての総裁に特に求め
られる資質,能力等の高さ,特に,道路行政の在り方や,同公団自身の組
織の在り方等が根本的に問われているような時期には,強いリーダーシッ
プを発揮し,国民に対する説明責任等を積極的に果たして国民の信頼を得
ることができる高い資質,能力等が求められていることをも考慮し,総裁
が「役員たるに適しない」か否かの判断について,国土交通大臣に広範な
裁量を認めたものということができる。
したがって,本件解任処分は,その判断の基礎とされる重要な事実に誤
認があること等により同判断が全く事実の基礎を欠くか,又は事実に対す
る評価が明白に合理性を欠くこと等により同判断が社会通念に照らし著し
く妥当性を欠くことが明らかである場合にのみ,裁量の範囲を逸脱し,又
は濫用したものとして違法となるというべきであり,その逸脱又は濫用を
基礎付ける事実については,原告が主張立証責任を負う。
本件財務諸表問題,本件会合問題及び本件連絡問題における原告の一連
の行動は,日本道路公団に対する国民の信頼を著しく損ね,同公団の円滑
な運営に重大な支障をもたらすものといわざるを得ず,高速道路に関する
諸制度を抜本的に改革する重要な時期を迎えて,国民の信頼を得ながら,
役職員が一丸となって改革に取り組むべき日本道路公団の総裁としての適
格性を欠いていることは明らかである。
したがって,このような見地から,日本道路公団法13条2項柱書きの
「その他役員たるに適しないと認めるとき」に原告が該当するとした被告
の判断は相当であって,その裁量権の行使に逸脱又は濫用がないことは明
らかである。
(2)争点(2)(本件解任処分の手続上の違法性)について
ア争点(2)ア(本件聴聞通知書中,予定される不利益処分の根拠となる法令
の条項の記載が日本道路公団法13条2項と記載されている点)について
(原告の主張)
本件聴聞通知書には,解任処分の根拠となる法令として,日本道路公団
法13条2項とのみ記載があるだけである。同項は,同項1号及び2号の
ほか,同項柱書きが解任事由を定めているところ,同通知書だけでは解任
の根拠法令は特定されていない。
解任処分の根拠となる法令の条項が聴聞通知書に明示されなくてはなら
ない理由は「不利益処分の原因となる事実」,すなわち処分の構成要件と
なる事実を特定し,不利益処分の名あて人となるべき者に十分な防御の機
会を与える必要からである。したがって,条項を記載しない瑕疵は,仮に
構成要件事実が具体的に記載され,具体的に記載された構成要件事実から
処分の根拠条項が容易に推測できる場合ならばいざ知らず,本件のように
解任処分の原因となる事実が不特定かつ不明確であって,全体としてどの
根拠条項によって処分されるか明らかでない場合には,解任処分の原因と
なる事実の記載の不備とあいまって処分の違法事由となる。
(被告の主張)
本件聴聞通知書には,前提事実(3)のとおり,不利益処分の根拠法令につ
いて日本道路公団法13条2項と明記してあり,併せて記載されている不
利益処分の原因となる事実の記載内容からすれば,同項のうちの「その他
役員たるに適しないと認めるとき」(同項柱書き)に該当するものである
ことは明らかであるから,予定される不利益処分の根拠となる法令の条項
(行政手続法15条1項1号)の特定として十分である。
イ争点(2)イ(本件聴聞通知書中,不利益処分の原因となる事実の記載が特
定を欠くか,ないしは記載を欠くか)について
(原告の主張)
「不利益処分の原因となる事実」(行政手続法15条1項2号)とは,
不利益処分の構成要件に該当する事実であるところ,これは直接証拠によ
って直接判断できる事実ばかりではない。そのような場合には,構成要件
該当事実を推認させる,いわば間接判断の対象となる事実も記載すること
によって,不利益処分の名あて人となるべき者に具体的事実を認識させ,
防御権の行使を実質的に可能にすべきである。
本件聴聞通知書中の「不利益処分の原因となる事実」欄の記載は,本件
財務諸表問題,本件会合問題及び本件連絡問題のいずれにおいても原告に
とって防御の対象となる事実が特定されておらず,処分の原因たる事実の
記載が不備であるから,瑕疵がある。
(被告の主張)
本件聴聞通知書には,前提事実(3)のとおり,不利益処分の原因となる事
実が記載されており,本件財務諸表問題,本件会合問題及び本件連絡問題
のいずれについても,本件聴聞の期日からさほど遠くない時期において原
告が体験した事実を中心として,原告の行為及びそれによりもたらされた
結果が具体的に記載されており,さらに,それがなぜ解任事由に該当する
のかという点についても明確に記載されている。そのため,原告の防御権
の行使を妨げるような点は全くなく,聴聞通知書の必要的記載事項である
不利益処分の原因となる事実の記載として何ら欠けるところはない。
ウ争点(2)ウ(聴聞の通知が聴聞の期日までに「相当な期間」をおいてされ
たか)について
(原告の主張)
「相当な期間」(行政手続法15条1項柱書き)とは,当該不利益処分
の内容により異なるものであるが,本件解任処分は,日本道路公団総裁の
地位の解任という例をみない処分であり,これに関連する資料も膨大な量
であるところ,10日という期間は極めて短く,十分な防御の準備期間と
いえないことは明らかである。
(被告の主張)
本件聴聞通知書に記載された不利益処分の原因となる事実の記載が十分
に具体的で特定していることは前記被告の主張のとおりであり,その内容
は,比較的単純かつ明確な事実であって,しかも,聴聞の期日からさほど
離れていない時期に原告が体験した事実を中心とするものである。その証
拠書類は,原告の国会答弁等の議事録,新聞記事又は雑誌記事といった公
表済みの資料や,日本道路公団の記者会見に関する資料,同公団内の連絡
体制図等であって,一般人がインターネットや図書館等において容易に取
得することができ,かつ,原告自身にとっては既知の事実に関する資料で,
その量も,膨大であるとはいい難い。
したがって,本件聴聞における10日間という期間は,原告が防御をす
るための準備をするにつき十分なものということができ,「相当な期間」
に当たるというべきである。
エ争点(2)エ(①聴聞に当たって,被告が,あらかじめ資料の標目を作成し,
聴聞通知書に標目を示して閲覧を求めることができる旨原告に教示しなか
った点,②原告が,被告に対して,聴聞の期日の当日に,本件連絡問題に
係る事実について,資料の閲覧を求めたのに対し,被告がこれを拒否した
点,③被告が,原告に記録の謄写を認めなかった点)について
(原告の主張)
(ア)国土交通省聴聞手続規則5条1項は,行政手続「法18条第1項の
規定による閲覧の求めについては」「閲覧をしようとする資料の標目を
記載した書面を行政庁に提出してこれを行うものとする。」と規定して
いる。上記省令は執行命令であるから,行政庁としては,聴聞手続にお
いて不利益処分の原因となる事実を証する資料の標目(標題,種目)を
作成しておき,聴聞通知書に標目を挙示して閲覧を求めることができる
旨教示をしなければならない。被告は,本件聴聞通知書記載の教示にお
いて,この執行命令に違反して資料の標目を挙示しないばかりか,聴聞
通知後においても何らの手立ても講じていない。本件聴聞通知書には,
教示として掲げられるべき資料の標目がなく,これにとまどった原告代
理人は,資料の閲覧請求が遅れ,結局,閲覧したといっても標題をメモ
してくることで精一杯であり,膨大な記録の内容を検討することはほと
んど不可能であった。
(イ)本件聴聞期日において,本件連絡問題につき,原告代理人が資料の
閲覧を求めたところ,被告行政庁は,調書が「あるかないかも含めて,
明らかにするつもりはありません。」などと回答し,あらゆる回答を拒
否した。
(ウ)国土交通省聴聞手続規則は,資料を事前に謄写することにより個人
情報等が散逸するおそれを考えて,原則的には謄写請求権は認めないこ
ととする反面,手続面において不利益処分の名あて人となるべき者に謄
写を認めないことによる不利益を避け,当事者の実質的対等を図るべく,
行政庁の裁量を義務付けるものであって,その裁量については行政庁の
良識と条理にゆだねたものである。本件聴聞に当たり,原告に実質的な
資料閲覧請求権を保障する見地からして,被告が資料の謄写を認めなか
ったことは違法である。
(被告の主張)
(ア)国土交通省聴聞手続規則5条1項に基づいて閲覧を求めようとする
者が作成すべき「資料の標目を記載した書面」には,個々の資料の表題
を記載しなければならないものではなく,聴聞の件名と当事者の氏名に
よって特定された「不利益処分に関する証拠資料一切」と記載したもの
でも足りると解すべきである。現に,原告も「不利益処分の原因となる
事実を証する資料の閲覧…を求める」と記載した閲覧請求書をもって,
証拠資料の閲覧を請求し,このような原告の請求を受けて被告は証拠資
料一切の閲覧を認めた。そうである以上,行政庁において,原告が求め
るような資料の標目を作成し,これを原告の防御に利用できる旨を教示
する必要のないことは明らかである。そもそも,聴聞通知書に記載すべ
き教示事項は,行政手続法15条2項が定めるところであり,行政庁に
原告が主張するような教示義務はない。
(イ)本件連絡問題に係る事実関係は,日本道路公団関係者の証言によっ
て認定されたものであるところ,行政庁の職員は,本件聴聞手続におい
て,この証言を記録した文書はない旨説明している。
したがって,行政手続法18条の閲覧の対象となるべき資料は存在し
なかったのであるから,本件連絡問題を裏付ける資料の開示に応じなか
ったことに違法はない。
(ウ)文書等の閲覧について規定する行政手続法18条1項は,不利益処
分の原因となる事実を証する資料等の謄写については特に規定していな
いから,謄写の請求に応ずる義務はなく,謄写が認められなかったこと
が行政手続法違反となる余地はない。また,前記被告の主張のとおり,
本件の証拠書類は,一般人がインターネットや図書館等において容易に
取得することができ,かつ,原告自身にとっては既知の事実に関する資
料で,その量も,膨大であるとはいい難いから,謄写が認められなかっ
たからといって,原告の防御権の行使が妨げられることはない。
オ争点(2)オ(主宰者が聴聞の続行期日を指定することなく,聴聞手続を終
了させた点)について
(原告の主張)
本件聴聞期日では,原告のみならず,主宰者もまた不利益処分の根拠と
なる条項をなかなか把握できず,不利益処分の原因となる事実も不特定で
あった。さらに,本件聴聞通知書記載の原因事実(前提事実(3)イ)と,本
件聴聞期日における冒頭説明での原因事実(前提事実(5)①ないし④)とが
異なっていたことからしても,主宰者としては,相当な期間をおいて続行
期日を指定し,原告に防御の機会を与えるべきであったにもかかわらず,
本件聴聞を終了させた。
(被告の主張)
続行期日を決めるか否かは,実施した聴聞期日における審理の結果を踏
まえ,聴聞主宰者が判断することであり,公正な処分の決定のために当事
者等の防御権を保障する上でその意見陳述等の機会を付与することがなお
必要と考える場合に,続行期日を指定するものである。
本件聴聞において,原告本人や代理人は自由かっ達に意見を述べ,さら
に,原告代理人からの証拠書類の提出並びに原告本人及び代理人からの総
括的な意見陳述(反論)があり,聴聞に費やした時間は実に9時間にも及
んでいるのであって,このような聴聞期日における審理の結果にかんがみ,
当事者の防御権を保障するという聴聞の趣旨は十分に達せられたというべ
きである。したがって,聴聞期日を続行しなかったからといって,何らの
違法はなく,原告の主張は失当である。
カ争点(2)カ(①聴聞調書に,主宰者がどのような証拠や資料を根拠として
不利益処分の原因となる事実の存否を認定したかの記載がないとされる点,
②報告書が,専ら行政庁の職員の説明に即して当事者の主張を整理し,そ
の上で,行政庁の意向に即した意見を述べ,結論付けを行っているとされ
る点)について
(原告の主張)
(ア)本件解任処分に関する聴聞調書なるものは,被告が主張する項目を
羅列しているだけで,別添1として添付されている「当事者及びその代
理人の陳述した意見の要旨」は当事者及び代理人の意見を議事録からそ
のまま抜粋しただけのものであり,別添2として添付されている「行政
庁の職員の行った説明の要旨」は行政庁の職員の行った説明要旨をその
まま記載しただけのものである。そこには,主宰者がその責任において,
不利益処分の原因となる事実の存否を確認し,解任処分という不利益処
分について考慮すべき事情等を明らかにして決定権者である行政庁に知
らせるという姿勢は,みじんもうかがえない。前提として処分の要件事
実が特定されていないから仕方がないかもしれないが,そうとすると,
主宰者は,まず,事実の特定から始めるべきであった。
聴聞調書には,主宰者が行政庁の職員と当事者との間のやり取りを通
じて,どのような証拠や資料を根拠として不利益処分の原因となる事実
の存否を認定したのかという点が全く示されていない。
このようなやり方で作成された聴聞調書は,行政手続法24条の予定
する聴聞調書とかけ離れたものであるといわなければならないのであっ
て,同条に違反する。
(イ)聴聞調書の作成が極めて形式的なものにとどまっているため,聴聞
主宰者が作成した報告書もまた,行政手続法の趣旨を無視するものにな
っている。
報告書は,専ら行政庁の職員の説明に即して「当事者の主張とおぼし
きもの」を要約し,その上で行政庁の意向に即した意見を述べて,当事
者の主張には理由がないという結論付けを行っているにすぎない。殊に
ひどいのは,本件連絡問題については証拠が皆無なのにこれを無視して
いる。
このような聴聞報告書に示された主宰者の意見では,被告行政庁であ
る国土交通大臣が参酌する必要もなく,参酌するに値しないものという
べきである。
(被告の主張)
(ア)行政手続法24条1項は,聴聞調書について,原告が主張するよう
な,不利益処分の原因となる事実の認定過程を記載すべきことまでは要
求しておらず,原告の上記主張は,同条の文言や合理的な解釈に即しな
い独自の見解というべきものであって,失当である。
(イ)主宰者がその意見を記載した報告書では,当事者の主張を要約した
上,具体的かつ明確に理由を示した上で,当事者の主張には理由がなく,
原因となる事実に基づく行政庁の判断は妥当なものと考える旨を記載し
ているのであるから,報告書が行政手続法24条3項の趣旨に沿うもの
であることは明らかである。
キ争点(2)キ(主宰者及び被告の補助機関が聴聞の持つ意味を理解せずに手
続を進めたとされる点)について
(原告の主張)
聴聞の主宰者及び被告の補助機関は,聴聞が適正な事実認定を行うため
の手続であることを理解せず,単に原告及び代理人に意見を述べさせ,証
拠の提出を促せば足りると理解していたにすぎないと推測される。
(被告の主張)
本件聴聞の主宰者等は,聴聞手続の意義を十分に理解して手続を行った
もので,このことは,聴聞調書,報告書等からも明らかである。そもそも
原告の主張は,聴聞手続の違法を基礎付けるものではなく,主張自体失当
である。
ク争点(2)ク(①解任処分理由書の理由の記載が特定されていないとされる
点,②解任処分理由書の理由に,当事者の主張及び聴聞の主宰者の意見に
ついて,行政庁としてどのようにしんしゃくしたのかが示されていない
点)について
(原告の主張)
(ア)本件解任処分に関しては,処分の原因となる事実について,いつ,
どこで,だれがといった事実の特定に関する基本的要素が欠落し,特定
性も具体性もなく,極めて不明瞭である。
(イ)不利益処分の理由とは,行政庁が,その不利益処分を行うべきであ
るとの最終的な判断に至った論理的プロセスを指しており,合理的な人
間であれば同様の結論に達するという形で説得するためのものであるか
ら,不利益処分の名あて人からみて理解できるものでなければならない。
したがって,行政庁は,不利益処分の理由として,その根拠となる条項,
原因となる事実を示すだけでなく,不利益処分に関して聴聞の手続が執
られた場合には,不利益処分の名あて人となるべき者が行った主張及び
証拠書類等の提出をどのように評価したかを示し,主宰者の報告書に示
された意見をどのようにしんしゃくしたかが示されなければならないと
ころ,本件解任処分に関しては,この点が全く示されていない。
(被告の主張)
(ア)解任処分理由書においては,本件財務諸表問題,本件会合問題及び
本件連絡問題のいずれについても,原告の行為及びそれによりもたらさ
れた結果が具体的に記載され,さらに,それがなぜ解任事由に該当する
かという点についても明確に記載されているのであって,事実として十
分に特定されており,不利益処分の名あて人である原告からみて容易に
理解できる内容というべきであって,本件解任処分の根拠条項について
も明記されているから,行政手続法14条1項本文に違反するものでは
ない。
(イ)また,行政手続法14条1項本文の趣旨は,行政庁のし意的な判断
を抑制し,処分の理由を相手方に知らせることによって不服申立てや訴
訟の提起に便宜を与えるところにあると解されるが,上記の内容の記載
があれば,その趣旨を十分満たすことができるから,それ以上に,聴聞
における原告の主張及び主宰者の意見について行政庁としてどのように
しんしゃくしたのかまで記載する必要はない。
(3)争点(3)(訴訟上の問題点)について
(原告の主張)
被告が本件訴訟において主張する本件解任処分の処分理由は,解任処分理
由書記載の処分理由と全く異なる内容である。被告の主張は,処分理由の差
替え又は全面的追加であり,許されない。
(被告の主張)
本件解任処分の処分理由は前提事実(6)のとおりであり,本件財務諸表問題,
本件会合問題及び本件連絡問題から構成されるものである。被告が本件訴訟
で主張している事実関係は,本件解任処分の処分理由として主張した内容を,
証拠に基づいてより具体的に主張したものにすぎず,処分理由の差替え又は
追加に当たらないものであることは明らかである。
第3争点に対する判断
1争点(1)(本件解任処分の実体上の違法性)について
(1)証拠(該当個所に併記したもの)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実等
が認められる。
ア日本道路公団をめぐる状況等について
(ア)平成13年4月26日,内閣総理大臣に自由民主党総裁の小泉純一
郎(以下「小泉総理大臣」という。)が就任し,いわゆる第1次小泉内
閣が発足したところ,小泉総理大臣は,同年9月27日,第153回国
会における所信表明演説において,「聖域なき構造改革」を標ぼうし,
行政の構造改革につき,「特殊法人等は,廃止・民営化を前提にゼロベ
ースからの徹底した見直しを行い,年内に各法人の整理合理化計画を策
定します。道路四公団,都市基盤整備公団,住宅金融公庫,石油公団の
廃止,分割・民営化などについては,他の法人に先駆けて,結論を出し
ます。平成十四年度予算において,これらの見直し結果などを反映し,
一般会計,特別会計を通じて,特殊法人等に対する財政支出の大幅な削
減を目指します。」などと述べた(乙9,原告本人)。
(イ)日本道路公団は,日本道路公団法(昭和31年法律第6号)に基づ
き,「その通行又は利用について料金を徴収することができる道路の新
設,改築,維持,修繕その他の管理を総合的かつ効率的に行うこと等に
よつて,道路の整備を促進し,円滑な交通に寄与すること」(同法1
条)を目的として,政府の全額出資により設立された特殊法人である
(同法2条,4条)。日本道路公団の資本金は2兆2849億円であり,
職員数は役員を含めて8657名(平成15年度)であって,平成13
年度及び平成14年度の経常収益はそれぞれ2兆円を超えるなど,他の
特殊法人と比較しても極めて大規模な組織である(乙7,12)。
日本道路公団は,高速自動車国道法や道路整備特別措置法等により,
「自動車の高速交通の用に供する道路で,全国的な自動車交通網の枢要
部分を構成し,かつ,政治・経済・文化上特に重要な地域を連絡するも
のその他国の利害に特に重大な関係を有する」高速自動車国道の建設及
び管理の主体として位置付けられていたものであり,その業務の重要性
や公共性の高さから,国土交通大臣が監督し(日本道路公団法34条1
項),毎事業年度,予算等について,国土交通大臣の認可を受けなけれ
ばならない(同法22条)などとされていた。
また,同法によれば,「公団に,役員として,総裁一人,副総裁一人,
理事八人以内及び監事二人以内を置く。」こととされており(同法8
条),総裁は,国土交通大臣が任命するものとされていた(同法10条
1項)ところ,総裁は,「公団を代表し,その業務を総理」するものと
されていた(同法9条1項)。
(ウ)平成13年12月19日,閣議決定により,特殊法人等整理合理化
計画が定められた。同計画では,日本道路公団に関連し,下記の事項が
定められた。(乙10)

a特殊法人等は,行政に関連する公的な事業を遂行するため,特別
の法律により設立された法人である。昭和30年代にはとりわけ多
くの特殊法人等が設立され,以後,行政ニーズの多様化・高度化に
対応して,公共事業,政策金融,研究開発など幅広い分野において,
各省庁等との緊密な連携のもと,様々な政策実施機能を果たしてき
た。
b特殊法人等に対しては,平成13年度当初予算ベースで約5兆2
800億円(国共済負担金等を除く。)の補助金等や約24兆41
00億円の財政投融資など国からの巨額の財政支出・借り入れ等が
なされており,中長期的な財政支出の縮減・効率化の視点や財政投
融資改革との関連等をも踏まえた抜本的見直しが求められている。
c今回の改革は,163の特殊法人及び認可法人を対象とし,昨年
12月に閣議決定された「行政改革大綱」及び先の通常国会で成立
した「特殊法人等改革基本法」等に基づき進められている。
d特殊法人等改革基本法は6月に成立し,第一回の特殊法人等改革
推進本部は,6月22日に開催した。8月10日に開催した第二回
会合では,特殊法人等の個別事業見直しの考え方について公表した。
また10月5日に開催した第三回会合では,個別事業見直しの考え
方に基づき,平成14年度概算要求を検証した結果や各法人の組織
見直しの方向性等を公表した。
11月27日に開催した第四回会合においては,今般の改革全体
を牽引する観点から,国からの財政支出が大きく,国民の関心も高
い,日本道路公団,首都高速道路公団,阪神高速道路公団,本州四
国連絡橋公団,都市基盤整備公団,住宅金融公庫,石油公団の7法
人について,他の法人に先駆けて改革の方向性を示した。
e各特殊法人等の事業及び組織形態について講ずべき措置
日本道路公団,首都高速道路公団,阪神高速道路公団,本州四国
連絡橋公団は廃止することとし,四公団に代わる新たな組織,及び
その採算性の確保については以下の基本方針の下,内閣に置く「第
三者機関」において一体として検討し,その具体的内容を平成14
年中にまとめる。
1.日本道路公団
(1)組織
新たな組織は,民営化を前提とし,平成17年度までの集中
改革期間内のできるだけ早期に発足する。
(2)事業
①国費は,平成14年度以降,投入しない。
②事業コストは,規格の見直し,競争の導入などにより引下
げを図る。
③現行料金を前提とする償還期間は,50年を上限としてコ
スト引下げ効果などを反映させ,その短縮を目指す。
④新たな組織により建設する路線は,直近の道路需要,今後
の経済情勢を織り込んだ費用対効果分析を徹底して行い,優
先順位を決定する。
⑤その他の路線の建設,例えば,直轄方式による建設は毎年
度の予算編成で検討する。
2.首都高速道路公団,阪神高速道路公団
日本道路公団と同時に,同様の民営化を行う。なお,国・地方
の役割分担の下,適切な費用負担を行う。
3.本州四国連絡橋公団
日本道路公団と同時に民営化する。なお,債務は,確実な償還
を行うため,国の道路予算,関係地方公共団体の負担において処
理することとし,道路料金の活用も検討する。
(エ)そこで,小泉内閣は道路関係四公団民営化推進委員会設立準備室を
発足させ,次いで平成14年6月17日施行の道路関係四公団民営化推
進委員会設置法(平成14年法律第69号)により,道路関係四公団民
営化推進委員会(以下「推進委員会」という。)が設置され,小泉総理
大臣により,委員として,P9(P10会名誉会長,P11株式會社代
表取締役会長),P12(P13大学教授),P14(P15株式会社
取締役会長),P16(P17政経学部教授,元行政改革委員会事務局
長),P18(評論家),P19(作家,P20言論表現委員長,東京
大学客員教授)及びP21(P22シニア・エクスパート)の7名が
任命された。(乙11)。
なお,道路関係四公団民営化推進委員会設置法1条,2条及び6条の
規定は下記のとおりである。

(設置)
1条内閣府に,道路関係四公団民営化推進委員会(以下「委員会」
という。)を置く。
(所掌事務)
2条委員会は,特殊法人等改革基本法(平成13年法律第58号)
第5条第1項の規定により定められた特殊法人等整理合理化計画
に基づき,日本道路公団,首都高速道路公団,阪神高速道路公団
及び本州四国連絡橋公団(第6条において「日本道路公団等」と
いう。)に代わる民営化を前提とした新たな組織及びその採算性
の確保に関する事項について調査審議し,その結果に基づき,内
閣総理大臣に意見を述べる。
2委員会は,前項の意見を受けて講ぜられる施策の実施状況を監
視し,必要があると認めるときは,内閣総理大臣又は内閣総理大
臣を通じて関係行政機関の長に勧告するものとする。
3第1項の意見は,平成14年12月31日までに述べるものと
する。
(資料の提出その他の協力等)
6条委員会は,その所掌事務を遂行するため必要があると認めると
きは,関係行政機関及び日本道路公団等に対して,資料の提出,
意見の開陳,説明その他必要な協力を求めることができる。
2委員会は,その所掌事務を遂行するため必要があると認めると
きは,日本道路公団等の業務の運営状況を調査し,又は委員にこ
れを調査させることができる。
3委員会は,その所掌事務を遂行するため特に必要があると認め
るときは,第1項に規定する者以外の者に対しても,必要な協力
を依頼することができる。
(オ)推進委員会が平成14年8月30日付けで作成した「中間整理」に
は,下記の内容が掲載された(乙14の1及び2)。

a道路関係四公団改革は,小泉構造改革の大きな柱として昨年から
取り組まれている163の特殊法人等改革として位置づけられなく
てはならない。
甘い交通需要の見通しと建設費の増加等によって膨らんだ約40
兆円に達する道路関係四公団の債務を国民負担ができる限り少なく
なるよう返済していくためには,必要性の乏しい道路を造らない仕
組みを考える必要がある。
bいまある約40兆円の債務を国民負担ができる限り少なくなるよ
うきちんと返済していき,必要性の乏しい道路建設をストップし,
サービスが向上し利用料金も下がっていくというような,国民全体
にメリットのある改革を実現するのが民営化の目的であり,本委員
会が達成すべき目標である。
c現在の道路関係四公団の財務状況は,本委員会が行った試算の結
果,企業として存立していく上では極めて厳しいものとなっている。
d道路関係四公団は,直ちに,複数の民間企業経営者を登用し,2
002年度末決算,遅くとも2003年度中間決算から公認会計士
等の活用による民間企業の会計原則に基づく財務諸表を作成する等,
民間企業経営者の知恵を導入し民営化に備える。
なお,当時,日本道路公団の財務諸表は,日本道路公団法24条及び
同法に基づく規則に従って,公企業としての財務諸表が作成されていた
が,同公団の行う有料道路事業は,毎年度の収支差がすべて投下資金
(建設に要した借入金等)の返済に充てられており,営利を目的とせず,
利益を配当したり,法人税を課せられたりすることがないため,適正な
配当利益や課税所得を算出する必要がないことから,いわゆる償還準備
金積立方式により,損益計算書に減価償却費の記載がなく,貸借対照表
の道路資産について減価処理がされないなど,企業会計原則に基づく民
間企業の財務諸表とは作成方法が異なっていた(乙5,12)。
(カ)推進委員会が平成14年12月6日付けで作成した「意見書」には,
下記の内容が掲載された(乙15の1及び2)。

aバブル経済崩壊後,日本国は「失われた10年」と呼ばれる空回
りの停滞期に突入するようになる。原因をさぐれば,官僚機構の変
質と肥大化と向き合わざるを得ない。官僚機構は縄張り争いをしつ
つ,天下りをはじめとする利権を拡張し民間の自由な経済活動を阻
害するさまざまな規制を張り巡らせた。特殊法人,認可法人,その
傘下に群がる社団・財団法人,さらにはファミリー企業をつぎつぎ
と自己増殖させ,国民の利益をむしりとりはじめていたのだった。
そういうなか国民の危機の認識を背景に小泉内閣が誕生し,歴史
的使命として構造改革が宣言された。その大きな柱のひとつが「民
間にできることは民間に」という,小さな政府を実現しながら市場
の活力を回復させるための特殊法人等の改革である。約40兆円も
の巨額な負債を抱え込んだ道路関係四公団,すなわち日本道路公団,
首都高速道路公団,阪神高速道路公団,本州四国連絡橋公団の民営
化は特殊法人等改革の天王山として位置づけられた。
b現在の道路関係四公団の財務状況は,本委員会が行った試算の結
果,企業として存立していく上では極めて厳しいものとなっている。
c直ちに,道路関係四公団の現首脳陣に代わり企業経営について豊
かな経験と知見を有する複数の民間人を登用する。また,2002
年度決算,遅くとも2003年度中間決算から公認会計士等の活用
による民間企業の会計原則に基づく財務諸表を作成する等,民間企
業経験者の知恵を導入し,民営化に備える。
d現在,2003年9月を目途に道路関係四公団において進められ
ている企業会計原則に基づく財務諸表の作成により,本委員会は,
各公団の財務状況を正確に把握し,同時に各公団は,財務諸表等を
公表する。
eこの改革を円滑かつ確実に実施するため,政府及び道路関係四公
団においては,速やかに必要な体制をしく。
f道路関係四公団の民営化は,2005年4月1日に実施する。
(キ)平成14年12月17日,上記意見書につき,閣議決定により,
「政府は,道路関係四公団民営化推進委員会の意見を基本的に尊重する
との方針の下,これまでの同委員会の成果を踏まえつつ,審議経過や意
見の内容を十分精査し,必要に応じ与党とも協議しながら,建設コスト
の削減等直ちに取り組むべき事項,平成十五年度予算に関連する事項,
今後検討すべき課題等を整理した上で,改革の具体化に向けて,所要の
検討,立案等を進める」旨定められた(甲39)。
イ上記状況に対する日本道路公団の対応等について
(ア)日本道路公団では,平成13年12月19日閣議決定の特殊法人等
整理合理化計画(前記ア(ウ))等により,内閣官房に道路関係四公団民
営化推進委員会設立準備室が設置されることに決まったことなどに対し,
原告の了承を得た上,同月25日,日本道路公団の本社内に,P23
(経営企画課長),P24(高速道路計画課付調査役)をはじめ,P2
5(経営企画課長代理),P26(経営企画課員),P27(高速道路
計画課員)及びP28(高速道路計画課員)の6名からなる「第三者機
関設立準備室担当プロジェクトチーム」を設置した。同プロジェクトチ
ームでは,上記設立準備室との調整等に係る業務を主としつつ,自主的
に同公団の民営化に係る検討等(民営化後の道路管理権限等に係る検討
や道路資産の評価についての作業等を含む。)も実施することとされた。
同14年1月8日,P23及びP24の申入れにより,P29総務課
長及びP30企画課長を加えた4名が,上記プロジェクトチームの執務
室で,今後の作業内容等についての打合せを行った。
同月18日,上記プロジェクトチームが道路資産に関連する部署の課
長代理を集めて会議を開催した。同会議には,P26,P27らのほか,
経理部経理課及び管財課,用地・管理部用地管理企画課及び管理調整課,
営業部営業計画課,企画部企画課及び計画調整課,高速道路部高速道路
工務課,有料道路部有料道路計画課,有料道路建設課及び有料道路調査
課,保全交通部保全企画課並びに施設部施設企画課の各課長代理及び担
当者が出席した。同会議で配付された同日付け「プロジェクトチーム」
作成の「道路資産の再評価作業について」と題する資料には,「2月第
1週までに手法を検討,その後1ヶ月かけて現地での作業を行い,3月
中旬に第1次取りまとめ,3月末には概算によるBS等を確定させるこ
ととしたい。」などと記載されており,同様に配付された「JH改革に
伴う道路資産再評価作業について」と題する資料には,「なお,第三者
機関への対応が急がれることから,当面は年度内完成をめどとして概算
値による財務諸表作成作業を優先的に行うこととしたい。」などと記載
されている。また,同年2月12日に同公団本社で開催され,同公団の
P31理事も出席した「平成13年度第3回全国用地部長会議」で配付
された「道路資産の再評価作業について」と題する資料には,「JH改
革議論の本格化前に道路資産の数量,価額の概算計上が必要となるため,
現在作業を各支社等に依頼している。」などと記載されている。
なお,上記プロジェクトチームは,原告の決裁を得た上,同年4月1
日,「民営化検討プロジェクトチーム」と改称して人員が拡充され,同
15年5月16日には「民営化総合企画局」に改組された。
(以上につき甲2,24の1,29,30,33,36,37,乙26の
2ないし4)
(イ)平成14年5月上旬ころ,経理部管財課,用地・管理部用地管理企
画課及び管理調整課,高速道路部高速道路工務課,有料道路部有料道路
建設課,保全交通部保全企画課並びに施設部施設企画課から作業結果の
提出を受けた民営化検討プロジェクトチームでは,P26がそのデータ
を取りまとめ,P32経理課員にそのデータを交付した。P32は,そ
のデータに必要な処理を行った後,会計情報システムの運営管理業務を
委託していた株式会社P33に対し,同月10日付け業務指示簿により
減価償却計算の実施を依頼した。同年6月18日,減価償却計算が終了
し,電算出力帳票が納品されたため,P32はこれをP26に交付した。
なお,上記減価償却計算に係る費用については,平成14年度末に,経
理部担当のP34理事及び用地・管理部(契約)担当のP31理事の決
裁を得て,同年度会計情報システム運用管理業務委託契約の変更契約を
行い,株式会社P33との間で精算した。
一方,あらかじめ同年1月ころからP35監査法人の公認会計士に相
談しながら民間の会計基準に準拠した財務諸表の作成の具体的な実施方
法を検討していたP36経理課員は,P37経理課長代理からの指示に
従い,上記減価償却計算過程で計算した道路減価償却費や道路減価償却
累計額を計上するなどの修正を行い,同年6月末ころ,剰余金が「△6
17,477,277,406」などと記載された別紙3「平成12年度末仮定貸借対
照表」(以下「本件貸借対照表」という。)及び別紙4「平成12年度
仮定損益計算書」(以下「本件損益計算書」という。)を作成した。
P36は,P37に対し本件貸借対照表や本件損益計算書等の説明を
行うとともに,同月末ころ,民営化検討プロジェクトチームのP25及
びP26に対し,本件貸借対照表や本件損益計算書等の説明をし,同年
7月ころから再三にわたり,P37と共に本件貸借対照表及び本件損益
計算書について早期に社内で説明すべきであると申し入れたが,プロジ
ェクトチーム内で調整中との回答があったのみであった。
(以上につき甲30,31)
(ウ)他方,日本道路公団では,推進委員会の中間整理(前記ア(オ))に
おいて,公認会計士等の活用による民間企業の会計原則に基づく財務諸
表の作成が求められたことから,平成14年9月1日,民営化プロジェ
クトチーム内に専任の資産評価班を設置するとともに,同年10月3日,
同公団の民営化に際し,民間企業が採用する会計基準に基づく財務諸表
(民間企業並財務諸表)の作成に当たって,採用すべき会計処理方法を
検討するため,原告の委嘱により,P38P39大学教授を委員長とす
る「財務諸表検討委員会」を設置した。
財務諸表検討委員会は,同15年6月4日,「中間整理」を取りまと
め,日本道路公団は,同月13日,民間企業並財務諸表(平成14事業
年度)を公表した。
上記財務諸表の作成に当たり,日本道路公団の資産評価作業は,延べ
作業日数約3万8000日,延べ作業時間約46万時間を要した。
(以上につき甲24の1,32,乙35の1及び2)
ウ本件財務諸表問題に関連する事実関係について
(ア)平成14年10月4日,第22回推進委員会において,固定資産税
関連の基礎データを算出することを目的として,日本道路公団の資産状
況について試算したデータが推進委員会事務局から提出されたところ,
その前日,P8新聞朝刊において「日本道路公団」「7兆円の債務超
過」との見出しによる記事の報道が,また,P40新聞朝刊において
「道路公団」「5兆円債務超過」との見出しによる記事がそれぞれ報道
された。
同年12月12日,第155回国会衆議院国土交通委員会において,
野田佳彦委員から,「資産台帳もないという中で財務をどう把握するか
というのは,それぞれが皆さん試算を出して,本当に苦労されたと思い
ますけれども,結果的には,P19さんは,例えばJH,日本道路公団
はまだ優良だと思っていた。だから,東名高速で上がってくる通行料金
で本四も賄っていこうというような,四公団を全部,借金を合わせなが
ら,一つには,債務保有機構をつくってという,こういう独立行政法人
をつくるやり方を考えたりとか,あるいは,ある意味では拡大どんぶり
勘定みたいなやり方をしている。一方で,P21さんは,債務超過では
ないかと,日本道路公団も債務超過だと思っている。」,「そういう基
本認識が違うと,本当は,改革方針のスキーム自体が全く狂ってくるし,
正確な財務の情報がなくて分割の算定も難しいと私は思うのです。その
意味では,今回の議論の混乱は,すべて正確な財務の情報がお互いに共
有されていなかったところから始まっているというふうに思います。」,
「そこで,資料整備にも問題があったし,資料提出にも怠慢であったと
いうふうに聞いていますけれども,日本道路公団のP7総裁に,今の日
本道路公団は債務超過なのかどうか,その点についてお尋ねしたいと思
います。」,「少なくとも,固定資産税算出のデータを資料として出さ
れたときに,課税標準額が十八兆三千百六十一億円という形で,剰余金
と資本金合わせても合計で六兆円とか考えると,債務超過に陥っている
のではないかという指摘は,これはP40もP8もやりました。それは,
五兆円か七兆円か,いろいろと類推をしながら計算されたと思いますけ
れども,その可能性が非常に大きいんじゃないでしょうか。」,「経営
のトップに立つ方が,過去の経緯はいいんですけれども,実態として,
私は,皮膚感覚で感じるものがなければいけないのではないかというふ
うに思います。」などの発言がされた。
同15年2月19日,第156回国会衆議院予算委員会において,平
岡秀夫委員から,「民営化の問題についてちょっと言いますと,実は,
昨年の十月に,検討している際に,委員の中から,これは実質的には債
務超過じゃないかと。新聞にも,五兆円とか七兆円の債務超過,出てい
ましたよね。今現在,道路公団の中では,この問題について,財務諸表
検討委員会というのが精査中だというふうに聞いていますけれども,仮
に五兆円とか七兆円の債務超過があった場合には,上場どころか,そも
そも株を買ってくれるような人もいない,そういう倒産しなければなら
ない,破産しなければならない会社になるというふうに思うんですけれ
ども,そんな会社,本当に民営化できるんですか。」などの発言がされ
た。
(以上につき乙17ないし19)。
(イ)平成15年5月16日,P8新聞朝刊1面において,「日本道路公
団」「債務超過の諸表隠す」「民間並み基準で作成」「00年度『60
00億円超』」との見出しで下記の記事が報道された。これに対し,原
告は,同日午前10時ころ,P8新聞株式会社に対し,事実に反する報
道である旨の抗議を申し入れさせた(乙17,21,29,49,証人
P41,原告本人)。

日本道路公団が02年7月に,民間企業並みの会計基準で01年3
月期の財務諸表を作成していたことが分かった。P8新聞が入手した
この財務諸表によると,公団は6千億円余りの債務超過に陥っており,
新たな道路建設は経営上,極めて難しい状況だ。公団は道路関係4公
団民営化推進委員会などに対して財務諸表の存在を一貫して否定して
きており,P7総裁ら首脳陣の責任問題に発展する可能性がある。
財務諸表の作成は,01年末に民営化の方針が閣議決定されたのを
受けて発足した公団内のプロジェクトチーム(PT)が担当した。公
団の公式の決算では,道路資産額は建設に投じた費用をすべて計上し
ており,これを企業会計原則に基づく形にするため,02年1月から
道路資産の再評価作業に着手した。
具体的には,道路建設の「工事実施計画認可明細書」をもとに,工
事の種類ごとに物価変動率を加味して資産を路線別に時価評価。さら
に,耐用年数に応じて定額法で減価償却(毎年,同額を償却)し,建
設中の金利支払いは「経費としての性格が強い」などの理由で資産計
上しなかった。
その結果,PTが作成した貸借対照表では,01年3月期の正式決
算で約29.1兆円とされた高速道路は約20.1兆円に,約4.8
兆円とされた一般有料道路は約3.7兆円にそれぞれ目減り。資産総
額は約28.7兆円となった。
これに対し,負債額は,約27.4兆円。政府からの出資金約2兆
円が資本に計上されている。しかし,政府出資金については公団も
「会計上,返済が必要」としており,これを負債に計上すると,負債
総額は約29.4兆円となり,6千億円余りの債務超過となる。
(ウ)平成15年5月21日,P8新聞朝刊において,「民営化シナリオ
に暗雲」「日本道路公団」「債務超過ひた隠し」「料金収入減も響く」
との見出しによる記事が報道され,同記事では,「日本道路公団が作成
した貸借対照表(01年3月末。単位は億円。▼はマイナス)」として,
「流動資産1500」,「固定資産285500」,「道路32150
0」,「減価償却累計額▼82900」,「道路建設仮勘定4150
0」,「その他の資産5400」,「繰り延べ資産700」の合計「資
産287700」,「流動負債3800」,「固定負債270300」
の合計「負債274100」,「資本金(政府出資金)19800」,
「剰余金▼6200」の合計「資本13600」との数値が記載された
表が示され,「資本金(政府出資金)」の部分につき「ここを負債とす
ると債務超過に」と注記されている(乙17)。
なお,上記数値と本件貸借対照表の数値とは,おおむね近似する(乙
30)。
(エ)上記各報道後,これらに関してされた①平成15年5月21日の第
156回国会衆議院国土交通委員会,②同月28日の同国土交通委員会
における岩國哲人委員による各質問と,これらに対する原告の各答弁の
概要は,別紙5「本件財務諸表に関するP7前総裁国会答弁」記載のと
おりであり,その一部は下記のとおりである(乙21,22)。
なお,同月20日の第42回推進委員会において,P21委員から,
P8新聞が報道した「2001年3月期の財務諸表を作成したことがわ
かったという,この財務諸表は存在はないというふうに総裁がおっしゃ
ると。」という質問がされたところ,原告は,「私ども何だろうかなと,
不思議に思っております。」と回答した(乙43)。

a上記①における原告の答弁(平成15年5月21日)
「P8新聞に五月十六日に出,P42新聞にも同日付で出ましたけ
れども,これらは,道路公団としては全く作成しておりません。し
たがって,このような事実はないわけです。」
b上記②における原告の答弁(平成15年5月28日)
「財務諸表については,まだ,どんな形にせよ,民営化委員会ある
いは国土省あるいは世間に対して,一切道路公団はつくっておりま
せん。」
(オ)平成15年7月10日,同日発売の月刊誌「○○」8月号において,
「道路公団P7総裁の嘘と専横を暴く」との見出しで,下記の内容を含
むP43日本道路公団四国支社副支社長(元推進委員会事務局次長)の
手記を中心とした記事が報道された。同記事では「編集部の手元に二〇
〇二年七月十日にまとめられ,後になかったことにされた『隠蔽された
財務諸表』がある。」「この『平成12年度末仮定貸借対照表』(次頁
写真参照)によると」として,本件貸借対照表の写しが掲載され,その
写しの下部に,「剰余金マイナス約6175億円の債務超過」との記載
がされていた。これに対し,原告は,同月17日,虚偽の内容の記事を
掲載したとして,株式会社P44に対し,通告書をもって抗議を申し入
れた(乙5,27の1,30)。

実は,道路公団は前年,二〇〇二年にすでに民間基準での財務諸表
をひそかに作成していました。P7総裁は,しかしそのことを国会で
二度にわたって否定しました。
話は二〇〇一年暮れに遡ります。道路公団の民営化を検討するため
の第三者機関の設置が閣議決定され,道路公団も「やがて財務状態の
把握が議論されることは必至」と考えました。そこで,資産再評価の
プロジェクト・チームをつくり,翌二〇〇二年一月から準備を開始し
た。
作業が始められた当初は,この財務諸表作成は極秘事項でも何でも
ありませんでした。資産状況を把握するために,全国の支社に指示を
出していますし,公団内部だけではなく,公認会計士とも相談しなが
ら作業が進められていました。当然,総裁がこれを知らなかったとい
うことはありえません。
ところが,昨年六月あたりから,この作業に関して,ぱったりと何
の声も聞かれなくなったのです。そして,ついには「そんな財務諸表
は存在しない」ということになってしまった。あとで分かったことで
すが,このときにまとめられた内容が,道路公団にとってあまりに衝
撃的なものだったからです。
(カ)原告は,上記○○の記事に関し,平成15年7月10日午後4時こ
ろから,P45民営化総合企画局長に記者会見を行わせた。同人は報道
機関の記者に対し,「P43氏が作った,作ったと言っている財務諸表
なるものは,私も調べたところ,その時期,彼はこのポジションにいな
いのに,なぜ,そんなこと知っているのか分かりませんけども,若い人
たちが勉強を始めたということは事実なんですね。」,「課長代理クラ
スの勉強です。」,「PTだけではできないため,経理部などの同じク
ラスの者に声を掛けて勉強をしたと。」,「勉強会だから責任者はおり
ません。」,「財務諸表もいずれ話題になるのではないかということで,
勉強を始めたということです。」,「資料は何も残っていない」,「P
Tで調査役だった2人が現在の局に課長でいるが,彼らは一切報告を受
けないで終わったと言っています。」などと述べたところ,記者からは,
「2人の職員に確認しただけで,それをもってそういう事実はなかった
と公団として判断して公にするのは,相当危険だし,無理がある。」な
どという発言があった。(乙31,49,証人P41)
平成15年7月11日,原告は,P41理事に対し,いわゆる「幻の
財務諸表」が作成されたとされる同14年前半に民営化検討プロジェク
トチームに関係した役職員を対象に調査をするよう指示した(乙49,
証人P41)。
(キ)前記○○8月号発売後,これに関してされた①平成15年7月14
日の第156回国会衆議院決算行政監視委員会における木下厚委員の質
問,②同月15日の同衆議院国土交通委員会における前原誠司委員の質
問,③同月17日の同参議院国土交通委員会における松谷蒼一郎委員の
質問と,これらに対する原告の各答弁の概要は,別紙5「本件財務諸表
に関するP7前総裁国会答弁」記載のとおりであり,その一部は下記の
とおりである。なお,同月14日の上記委員会では,木下厚委員から,
資料として本件貸借対照表及び本件損益計算書が提示された。(乙23
の1ないし3,24の1,25,原告本人)

a上記①における原告の答弁(平成15年7月14日)
「まず結論から申し上げますと,このような貸借対照表をつくった
事実はございません。」
b上記②における原告の答弁(平成15年7月15日)
「(第三者機関設立準備室担当プロジェクトチーム)でいろいろ勉
強いたしました。そうしたら,これは大変だなと。その勉強の最大
のテーマは,道路資産価格というのを決めないと財務諸表ができな
い,財務諸表ができなければ民営化の前提となる内容ができない,
なれば道路資産価格というものをどう評価するんだということで,
全く経験のない人たちが集まって,ああでもないこうでもないとい
う勉強をしたわけでございます。」
c上記③における原告の答弁(平成15年7月17日)
「衆議院の先生から委員会の方で,財務諸表というこういう表があ
るよということを配られて,私もそのときに初めて拝見をいたしま
した。したがって,これがどういう経緯でこんな表ができたのか私
どもには分かりません。作れなかったんですから。」
(ク)平成15年7月18日,P8新聞朝刊1面において,「債務超過の
財務諸表」「道路公団,全社で作業」との見出しで下記の記事が報道さ
れた(乙17)。

日本道路公団が債務超過であることを示す財務諸表が,全社的な作
業を経て作成されていたことが,公団の内部資料や関係者の証言で分
かった。P7総裁ら公団側はこの財務諸表の存在を否定。国会答弁な
どで「課長代理クラスの勉強会で作業を始めたが,途中でやめた」と
しており,総裁の責任を問う声がさらに強まりそうだ。
財務諸表は,01年末に総裁直属の組織として発足したプロジェク
トチーム(PT)が作成した。
P8新聞が入手した内部資料によると,PTは02年1月9日付の
資料で「民間企業並み財務諸表作成のための道路資産再評価作業」を
「当面の作業」に掲げた。11日にはPTと経理課の5人がP35監
査法人の公認会計士4人から資産評価などについて助言を受けた。
1月18日には「資産再評価WG(ワーキンググループ)代理会
議」を開き,PTと14の課から27人が出席。PTの下に経理課や
用地管理部など6部課を配置し,その下に支社などの担当部局を置く
ことが「作業体制図」として示され,全社的な作業に入った。
さらに2月12日に理事や部長,地方の支社・建設局の担当部長も
出席して「全国用地部長会議」を開催。配付資料には「道路資産の数
量,価額の概算計上が必要となるため,現在作業を各支社等に依頼し
ている」と記されている。7月にPTは「資産再評価作業結果」をま
とめ,「再評価及びその結果に基づく貸借対照表の作成を実施」と明
記。6174億7727万7406円の債務超過だったことが示され
ている。
P7総裁は国会で「勉強したが,うまくいかなかったので自然解散
した。課長レベルにも報告はない」と答弁している。
しかし,公団関係者は「課長レベルの調査役が説明を受け,理事ら
にも報告した」と証言する。
P7総裁への取材申し込みに対し公団は「調査中なので,お話しす
ることは控えたい」(広報・サービス室)としている。
(ケ)平成15年7月18日の第156回国会衆議院予算委員会における
枝野幸男委員の質問及びこれに対する原告の答弁は別紙5「本件財務諸
表に関するP7前総裁国会答弁」記載のとおりであり,原告は,「財務
諸表は正式にはございません。」などと答弁した(乙26の1)。
(コ)平成15年7月22日,推進委員会は,「日本道路公団P7総裁
の責任を問う(意見集約)」として,下記の意見集約を行った(乙28,
45)。

道路公団改革は,小泉内閣が推し進める構造改革の象徴であり,そ
の原点である。当委員会は,小泉改革の実現に向け,後世に痛みを先
送りせず,今こそ改革を断行しなければならないという強い思いのも
と,「意見書」を提出した。
しかしながら,道路公団改革の現状は当委員会の期待に背き,遅々
として進んでいない。国土交通省,道路関係四公団は「意見書」を無
視しているかのようである。
今般,国会審議においても日本道路公団の内部で見られる混乱につ
いて質疑が行われた。日本道路公団の企業会計原則に基づく財務諸表
をめぐり,P7総裁が国会質疑において事実と異なる答弁を行った問
題である。
P7総裁は,日本道路公団の企業会計原則に基づく財務諸表は今年
6月に公開されたものが初めて作成されたものであり,過去には存在
しなかったとこれまで一貫して主張してきた。国会審議の過程で何度
もこの件で事実確認を求められているが,そのたび「そのようなもの
をつくった事実はない」(7月14日衆議院決算行政監視委員会)と
して,財務諸表の存在,及び財務諸表を組織的に作成するよう指示を
出し担当部署としてプロジェクトチーム(PT)を設立した事実をす
べて否認する答弁を行っている。
ところが7月18日金曜日の衆議院予算委員会の質疑では,P7総
裁は一転,「平成14年2月12日に,理事も出席した用地部長会議
で,財務諸表の基になるデータを提出するよう協力を要請した」旨発
言し,これまで「課長補佐クラスの勉強会で検討していたにすぎな
い」としてきた立場を改め,これまでと異なる答弁を行った。
日本道路公団の,そしてP7総裁の行為は,単に隠蔽であるだけで
なく,小泉改革に対する明らかなサボタージュであり,抵抗である。
当該財務諸表あるいはその作成過程が明らかにされていたのであれば,
民営化へ向けた諸準備はより円滑に進んだはずである。一日も早く実
効ある改革を実現しようとした当委員会の,そして国民の思いは裏切
られた。
さらに問題なのは,この間のP7総裁の姿勢である。P7総裁はさ
まざまな答弁で自らの関与だけは明確に否定しつつ,その答弁から生
じた嫌疑の責任は部下へあるいは部署へと転嫁する姿勢をとり続けて
いる。
いかなる状況にあっても,公団の業務を総理するのは他ならぬP7
総裁自身である。今回の問題で国民がP7総裁に問うていたのは,困
難な問題に直面した際に,その問題の本質を明らかにして,きちんと
世に問う姿勢であり,部下あるいは部署を率いて自ら解決する資質で
ある。この点に関し,P7総裁は明らかに落第点であったと言わざる
を得ない。
小泉総理大臣は,「民営化推進委員会の意見を基本的に尊重して民
営化しろと指示している。これをきちんと誠実に履行するか,P7総
裁の言動を十分見極めたい」と7月18日,あらためて述べている。
小泉総理大臣のこうした指示を重く受け止め,誠実に遵守すべき立場
にありながら,民営化に対する背信ともとれる一連の行為を行った罪
は深い。P7総裁はもとより,それに協力した経営陣もその責任を取
るべきである。
(サ)平成15年7月25日,日本道路公団監察室は,「平成14年7月
に作成されたとされる財務諸表に関する調査結果について」と題する書
面において,前記○○8月号に掲載された本件貸借対照表が,同14年
7月ころに日本道路公団で作成されたものであるかどうか等に関し,同
15年7月15日から同月24日までに社内を調査した結果をまとめ,
①「昨年7月に作成されたとされる財務諸表が,いわゆる『仮定貸借対
照表』と同一であることは確認できないものの,4人が財務諸表を作成
したと答えていること」,②「しかしながら,この財務諸表については,
PT監督者への報告の有無に相違があるものの,少なくとも経営判断を
求められる役員へ説明した事実はなく,手続き上も問題があること」,
③「さらに,資産の再評価のための資産区分がかなり大括りになってい
たり,資産の評価額の算定方法にかなり大胆な割り切りをしている上に,
そうした評価基準が,JH内はもとより,PT内でも議論されていない
こと」,④「財務諸表の所管は経理部であるが,経理部として会計処理
方針を定めた事実がないこと」,⑤「以上のことからも,昨年7月に作
成されたという財務諸表については,JHの財務諸表として認められな
いことは明白である」と結論付けた(乙24の2,27)。
(シ)平成15年7月25日午後4時ころから,上記調査結果に基づき,
原告が記者会見を行ったところ,前記○○8月号に掲載されている本件
貸借対照表が,日本道路公団内に存在しない旨の原告の回答に対し,記
者から「ものがないと言っていること自体が食い違っているじゃないで
すか。それをちゃんと公表してくださいよ。」などと質問され,原告は
更に再調査をする旨述べた(乙32,49,証人P41)。
(ス)平成15年8月8日,日本道路公団は,「平成14年7月に作成さ
れたとされる財務諸表に関する追加調査結果について」と題する書面に
おいて,同15年7月25日から同年8月7日までに社内を調査した結
果をまとめ,本件貸借対照表及び本件損益計算書の電子データが経理課
のネットワークコンピュータ(共有サーバ)に存在することを確認した
として,「今回の追加調査により,仮財務諸表がJH内での所在が確認
できたこと及び当該仮財務諸表と仮定貸借対照表が同一のものであるこ
とが確認されたものの,前回調査結果で取りまとめたように,①資産の
再評価基準及び財務諸表作成のための会計処理方法をJHとして定めて
おらず,実務担当者が個人的に設定した会計処理方法により作成された
こと。②仮財務諸表については,部長,役員への報告,説明が一切なく,
部長,役員の審議,評価を得ていないこと等の理由から,JHの財務諸
表とは認められないことは明白である。」と結論付けた(乙24の2,
34)。
(セ)平成15年8月8日午後4時5分ころから,上記調査結果に基づき,
原告が記者会見を行った。その際,結果的に国会で虚偽の答弁をしたと
してその責任を問う記者からの質問に対し,原告は,本件貸借対照表及
び本件損益計算書が日本道路公団の職員によって作成されたことの報告
は全く受けていなかったのであって,そもそも本件貸借対照表及び本件
損益計算書は財務諸表に相当するものではないなどと回答した。(乙3
3)
(ソ)平成15年8月9日に報道された各新聞の記事の見出しは,次のと
おりである(乙17)。
aP40新聞朝刊
(a)1面
「道路公団の債務超過『諸表』」,「P7総裁認める」,「調査
結果を発表」,「責任論強まる」
(b)3面
「『第2の諸表』揺れる公団」,「債務超過事実なら新規建設は
困難」,「民営化論議に波及」/「『私は改革の先兵だ』…」,
「総裁会見辞任否定し弁明」
bP42新聞朝刊2面
「道路公団」,「財務諸表の存在認める」,「P7総裁辞任は否
定」
cP8新聞朝刊2面
「道路公団,財務諸表を確認」,「会計士にも昨夏渡す」
dP46新聞朝刊
(a)1面
「道路公団」,「P7総裁辞任は不可避」,「事実上更迭混乱責
任問い」/「幻の財務諸表」,「『公団内で作成』認める」,「P
7総裁正当性,改めて否定」
(b)3面
「道路公団総裁進退問題」,「『更迭』時期探る首相」,「『幻
の財務諸表』引き金」,「扇国交相も態度を硬化」/「隠ぺい関与
疑惑の核心は未解明」
eP47新聞朝刊2面
「道路公団」,「財務諸表一転『あった』」,「P7総裁辞任,改
めて否定」/「P7氏側近が隠蔽工作指示」,「○○9月号掲載」
fP48新聞朝刊
(a)1面
「存在認めた『財務諸表』」,「会計士にも渡す」/「道路公団
内部告発第2弾」,「『総裁側近が隠ぺい』」,「P7氏の一声で
破棄決定」,/「『ずさん体質象徴』」,「民営化推進委が痛烈批
判」
(b)24面
「『P7総裁の防衛隊』」,「道路公団の財務諸表,一転『あ
る』」,「内部告発つぶしの内幕」,「法曹界の権威並べたコンプ
ライアンス本部」
(タ)一方,平成15年9月20日のP46新聞では,P38財務諸表検
討委員会委員長の談話として,本件貸借対照表につき,「最近になって
初めて見たが,暫定的な仕掛け品というか半製品,メモ程度のものとい
う印象だ。専門家が目を通したものとは思えない。『剰余金』がマイナ
ス6174億円となっているために債務超過だと言われているが,その
理屈は不可解だ。政府出資金を『資本金』と表示しておきながら,実際
には負債とみなして計算しているようだが,奇妙な計算方法だ。(政府
出資金を負債でなく資本金として計算すれば)資産合計約28兆円,負
債合計約27兆円になり,少なくとも1兆円ほど資産の方が大きく,債
務超過にはなっていない。」などと報道した(甲1)。
エ本件会合問題に関連する事実関係について
(ア)平成15年5月1日,同日発売の雑誌「○○」5月号において,
「道路公団総裁の『仰天』謀議」との見出しで下記の内容を含む記事が
報道された(乙36)。

a小泉構造改革の象徴として,民営化の俎上に載せられている日本
道路公団には,役員も知らない陰の顧問たちがいる。P7総裁が独
断で人事を固め,秘密の会合を開いている。
bなぜ,隠れ顧問まで集めて,左遷人事を断行するのか。その事情
を,P7総裁自身が側近たちを集めた会議で打ち明けている。
c問題の会議は四月十六日正午から,東京・霞が関のγ会館七階会
議室で二時間にわたって開かれた。表向きの議題は,「道路公団民
営化」である。
参加者は,P49から出向してきたP45・総合情報推進役,P
50・中部支社長,P30・企画部企画課長,P24・高速道路部
調査役と,いずれも総裁の側近ばかりだった。
公団の役員は一人も出席していないばかりか,会議が開催される
ことさえ知らされなかった。P7総裁は,その理由を秘密会議の中
で次のように明かした。
「今日は本音ベースでのみ話を進めますが,私は公団の理事を信用
していません。基本的には役人の延長線上の発想で腰が引けていま
すし,こういう長いものには巻かれろ的な集団を私は信用していま
せん」
d会議は,P7総裁が三つの人事構想を打ち明けるところから始ま
る。
一つ目は,五月十六日付で日本道路公団内部に,「民営化総合企
画局」を設置する人事である。局長にはP45総合情報推進役を,
副局長にはP50中部支社長を充てる。さらに,側近のP30企画
課長を近く企画部長に大抜擢するのだという。
e二つ目の人事は,民営化に向けて,財界からP51・P52相談
役,P53・P54副社長,P55・P56副社長の三人の非常勤
顧問を迎える人事だ。
そして三つ目が「民営化局」を陰で指導する二人の人物を,財団
法人「P57」の顧問として置く極秘人事である。
裏指南役の一人は,P11理事・プロジェクト開発部長のP58
氏(五十七歳),もう一人は,P54顧問のP59氏(六十三歳)
である。
fP7総裁は側近たちに,こう注意を促した。
「P59という名前を絶対に外に出さないでいただきたい。ご迷惑
をかけることになりますから。そういう人がいるということを察知
されないように。(P51氏ら)三人の顧問さん方に対しては紹介
しますが,スパイがたくさんいる今の公団の職員に対しては,紹介
いたしません」
(イ)上記報道後,これに関してされた①平成15年5月12日の第15
6回国会参議院行政監視委員会における小川勝也委員の質問,②同年6
月23日の同衆議院予算委員会における長妻昭委員の質問,③同年7月
14日の同決算行政監視委員会における木下厚委員の質問,④同月15
日の同国土交通委員会における前原誠司委員の質問,⑤同月18日の同
予算委員会における枝野幸男委員の質問と,これらに対する原告の各答
弁の概要は,別紙6「会合問題に関するP7前総裁国会答弁」記載のと
おりであり,その一部は下記のとおりである(乙38ないし42)。

a上記①における原告の答弁(平成15年5月12日)
「今の雑誌につきましては私ども十分認識しておりませんから,コ
メントは差し控えます。」
b上記②における原告の答弁(平成15年6月23日)
「今先生がおっしゃったようなことについては,私は全く記憶がご
ざいません。」
c上記③における原告の答弁(平成15年7月14日)
「ただ,ごあいさつとして,いろいろと私見を述べたり,雑談をし
たりすることはございます。」
d上記④における原告の答弁(平成15年7月15日)
「いろいろな会合に出て,ごあいさつをしたり,ちゃんと頑張って
くださいよというような程度のことをしたりする場合はあります。
こういうものを含めて私的という言葉を使いますが,そういう意味
の会合はしたことがございますということを,昨日,木下先生に御
答弁申し上げた次第でございます。」
e上記⑤における原告の答弁(平成15年7月18日)
「現在の体制がいいというのではなく,変わる,変わるぞという,
どんどん変わる意欲があるということを理解していただかなきゃな
らないとか,あるいは,世の中から批判されないためにも,できる
限りいろいろなことをやっていかなければ我々の生きる道はないと,
言ってみてば,改革に対する意欲を示したというふうに私はこの資
料を読ませていただきました。」
(ウ)平成15年5月20日の第42回推進委員会において,上記○○5
月号の記事につき,P16委員長代理から,「特にこの記事は総裁にと
って無視できない内容だと思いますので,あえて私は,いろいろありま
すけれども,これについてお聞きしたいんです。」「記事は,詳しくか
どうかは別にして,ごらんになっていると。御発言になっていることが
いろいろ書いてあるんですが,これは事実でしょうか。」という質問が
されたところ,原告は,「ちょうど2週間前ですか,3週間前ですか,
決算行政監視委員会というのがございまして,そこで民主党の先生から
そういう御質問が委員会にございました。そのときに私は公式に,国会
の場ですから公式になるわけですが,この種のものについては,私は一
切コメントいたしません。」などと回答した。P14委員は,「総裁,
ノーコメントは結構なんですけれども,あなたが発言をしたと,かぎ括
弧の中でいろいろ書かれていることで,多くの人の名前が出ていて,そ
れがあなたが中傷,誹謗したと言うんでしょうか,そういう発言をして,
多くの人に迷惑をかけるというような記事が出たら当然『○○』に対し
て私はそういうことを言っていないとか,こんなばかなことを言うと,
名誉毀損だとか,抗議したり,取り消しを求めたりするのが当然の行動
だと思うんですけれども,単にノーコメント,個人のあなた自身の問題
に関わっているんなら別ですけれども,そうではないのにノーコメント
でございますということで,国会は別にしても,この委員会でもそれで
押し通すというのは,P7さん,いささか解せない。」などと発言した
(乙43)。
オ本件連絡問題に関連する事実関係について
被告は,原告が,総裁就任以来,外出先等においては,常に秘書を通じ
て連絡を取らせるようにしていたため,日本道路公団の役職員が原告と確
実に連絡を取ることの困難な状況を作り出し,組織の的確な管理運営に支
障を生じさせたと主張するところ,①原告は同公団から支給された携帯電
話を所持していた(甲24の1,原告本人)ものの,②同公団で作成した
「交通事故・事件連絡体制図(夜間・休日用)」(甲22,乙45)記
載の原告の連絡先としては,自宅の電話番号と原告の秘書役の職員が所持
する携帯電話の番号が記載されるのみで,原告が同公団から支給された携
帯電話の番号は記載されていなかったこと(乙49,証人P41),③上
記連絡体制図以外に作成された役員の一覧表にも,原告の所持する携帯電
話の番号は掲載されていなかったこと(乙49,証人P41)などの事実
が認められる。
なお,証人P41は,日本道路公団内部において,原告の自宅に電話を
かけても「不在がちであるから,なかなか連絡できないということは,み
んな皆さんの,職員,役職員の共通の認識」であり,秘書役の職員が随行
しない場合,すなわち「総裁が例えば会議室から出てこられるまでの間は
待っているという状況になる。あるいは夜,帰られてからの間はですね,
連絡がなかなか取れないということになるかと思います。」などと証言し,
同人作成の陳述書(乙49)にもおおむね同旨の記載がある。
(2)本件財務諸表問題について
ア上記認定事実によれば,①平成15年5月16日のP8新聞朝刊1面に
おいて,「日本道路公団」「債務超過の諸表隠す」等との見出しで,「日
本道路公団が02年7月に,民間企業並みの会計基準で01年3月期の財
務諸表を作成していたことが分かった。P8新聞が入手したこの財務諸表
によると,公団は6千億円余りの債務超過に陥っており,新たな道路建設
は経営上,極めて難しい状況だ。公団は道路関係4公団民営化推進委員会
などに対して財務諸表の存在を一貫して否定してきており,P7総裁ら首
脳陣の責任問題に発展する可能性がある。」などと記載された記事(なお,
同記事は,前記(1)イ(ア),(イ),ウ(ウ)等の事実関係に照らし,本件貸借
対照表を基にして作成されたことがうかがわれる。)が報道されたこと
(前記(1)ウ(イ)),②同記事に関連し,平成15年5月21日と,同月2
8日に,衆議院国土交通委員会において委員から質問があり,原告が日本
道路公団としては財務諸表は一切作成していない旨の答弁をしたこと(前
記(1)ウ(エ)),③同年7月10日発売の○○8月号において,「道路公団
P7総裁の嘘と専横を暴く」との見出しで,P43日本道路公団四国支社
副支社長の手記を中心とした記事が報道され,同記事には本件貸借対照表
の写しが掲載されていたこと(前記(1)ウ(オ)),④同記事に関連し,同月
14日と,同月15日,同月17日,同月18日に,衆議院及び参議院の
各委員会において委員から質問があり,また,同月14日の委員会では資
料として本件貸借対照表及び本件損益計算書が提示されるなどしたが,原
告は,日本道路公団としてそのような財務諸表を作成したことはない旨の
答弁をしたこと(前記(1)ウ(キ),(ケ)),⑤原告は,同月11日,本件貸
借対照表等について調査を命じ,日本道路公団において同月15日から同
月24日まで,更に同月25日から同年8月7日まで社内を調査した結果,
同月8日,本件貸借対照表及び本件損益計算書の電子データが経理課のコ
ンピュータに存在することを確認したと発表したこと(前記(1)ウ(カ),
(サ),(ス),(セ))などの事実を認めることができる。
一方,前記(1)アの認定事実によれば,同13年4月26日に発足した小
泉内閣の下において,日本道路公団の改革,民営化が進められる中,具体
的には推進委員会による「中間整理」及び「意見書」の発表等により,当
時,民間企業並みの会計基準で同公団の財務状況を正確に把握することの
必要性や重要性は広く認識されていたものと認めることができ,実際,同
14年12月12日の衆議院国土交通委員会と,同15年2月19日の衆
議院予算委員会において,各委員から同公団の財務状況に関する質問がさ
れるなど(前記(1)ウ(ア)),民営化に向け,同公団が民間企業並みの会計
基準の下で債務超過になるかどうかは世上関心を集めていたものと認めら
れる。
そうとすれば,同年5月16日のP8新聞の記事(前記(1)ウ(イ))で,
日本道路公団が債務超過に陥っているとされる民間企業並みの会計基準に
よる「01年3月期」の財務諸表が,「公団内のプロジェクトチーム(P
T)」により,「02年1月から道路資産の再評価作業に着手」された後,
「02年7月」に作成されたと報道されたこと,同月21日の同新聞の記
事(前記(1)ウ(ウ))で,その貸借対照表の概略が掲載されたことなど,一
定程度の具体性をもって,日本道路公団が債務超過に陥っていることを示
す財務諸表を作成しながらこれを隠ぺいした旨の報道に接した原告として
は,このころ速やかに前記(1)ウ(サ),(ス)記載のような社内調査を行わせ,
前記(1)イ(イ)記載の事実関係を把握し,国会での答弁や記者会見等によっ
て,正確な事実関係を説明するべきであったのに,「道路公団はそういう
ものを作る前提となる会計基準であるとか,そういうものをまだ持ってお
りませんから,作りようがありません。」(原告本人)などといった認識
に立って,これを怠り,結局,同年7月10日発売の○○8月号の記事が
報道され(前記(1)ウ(オ)),同月14日の衆議院決算行政監視委員会にお
いて本件貸借対照表及び本件損益計算書が提示された(前記(1)ウ(キ))後
の翌15日に調査に着手したにとどまり,同年8月に至るまで日本道路公
団内に本件貸借対照表及び本件損益計算書の電子データが存在することを
確認しなかったものであり(前記(1)ウ(サ),(ス)),よって,この間,国
会や推進委員会,報道機関等に対し,事実に沿わない内容の対応に終始し
たものというべきである。
したがって,まず,解任処分理由書①記載の理由(前提事実(6)①)のう
ち第1段落,すなわち「本年5月中旬に,日本道路公団が債務超過に陥っ
ていることを示すとされた財務諸表(以下「本件財務諸表」という。)を
入手したとする新聞報道がなされ,その直後から同財務諸表に関する事実
関係について国会質問があった。この問題が同公団の改革,民営化等の今
後の運営に重大な影響を及ぼしかねないものであることに鑑み,同公団を
代表する立場にあるあなたとしては,速やかに役員及び職員を指揮して事
実関係を正確に調査,把握し,かつ説明する等の適切な対応をとるべきと
ころ,これを怠り,8月に至るまでそのデータの存在すら確認できなかっ
たばかりか,国会,道路関係四公団民営化推進委員会,マスコミ等に一方
的な見解に基づく対応に終始した。」という事実は,これを認めることが
できる。
イ次に,原告の国会における答弁につき,原告は,平成15年5月21日
の衆議院国土交通委員会において,「新聞記者は,既に財務諸表を入手し
と書いているんですね。ですから,当然これはP8新聞に対して,ないも
のを入手するということはどういうことなのか,それは全く虚偽の財務諸
表が入手された結果であるのか。」という委員からの質問に対し,「P8
新聞に五月十六日に出,P42新聞にも同日付で出ましたけれども,これ
らは,道路公団としては全く作成しておりません。したがって,このよう
な事実はないわけです。」と,日本道路公団の役職員らがP8新聞で報じ
られた「財務諸表」の作成に全く関与していないかのように答弁したが
(前記(1)ウ(エ)),原告にとっては後日判明した事情であったかもしれな
いにせよ(前記(1)ウ(ス),(セ)),実際には,前記(1)イ(ア),(イ)のと
おり,本件貸借対照表及び本件損益計算書(ただし,その内容は,前記
(1)ウ(タ)のとおり,同公団の正確な財務状況を反映したものとはいい難い
ものであると認められる。)は,同公団内の第三者機関設立準備室担当プ
ロジェクトチーム(後に民営化検討プロジェクトチーム)が中心となって
同14年1月から道路資産の再評価作業に着手し,その成果に基づいて,
同年6月末ころになって,同公団の経理課の職員が,その職務の遂行上,
作成していたものであった。
この本件貸借対照表が,前記○○8月号に掲載された(前記(1)ウ(オ))
後の同15年7月14日の衆議院決算行政監視委員会では,本件貸借対照
表及び本件損益計算書を提示した上での「これについて,こうした資料が
作成される,こういったプロジェクトチームがあった,そういうことは認
識しておられますか。」という委員からの質問に対し,原告は,「まず,
結論から申し上げますと,このような貸借対照表をつくった事実はござい
ません。」などと答弁したが(前記(1)ウ(キ)),原告は,同月15日の衆
議院国土交通委員会では,「第三者機関設立準備室担当プロジェクトチー
ム」が「そこでいろいろと勉強いたしました。」,「その勉強の最大のテ
ーマは,道路資産価格というのを決めないと財務諸表ができない,財務諸
表ができなければ民営化の前提となる内容ができない,なれば道路資産価
格というものをどう評価するんだということで,全く経験がない人たちが
集まって,ああでもないこうでもないという勉強をしたわけでございます。
そうしましたけれども,やはりうまくいかなかったということで,自然解
散のような形で途絶えました。」,「そういうことから,そういうデータ
は課長レベルにも報告がございません。もちろん部長にも理事にも,当然,
私にはそういう結果は何にも報告がない。したがって,成果がないという
のはそういう意味合いで申し上げているわけで,課長さんたちのレベルに
も報告が何にもなかったということは,ないわけでございます。」などと
答弁し,さらに,同月18日の衆議院予算委員会では,道路資産の再評価
作業については,「勉強をして,その勉強の一環としてそういうデータが
必要になりますからやっただけです。そこで,やってみましたけれども,
内容が非常にどうにもならない数字が出てまいりました。」,「したがっ
て,財務諸表は正式にはございません。」などと答弁した(前記(1)ウ
(ケ))。
このような経過からすると,同年5月21日にされた「道路公団として
は全く作成しておりません。」との答弁と,同年7月18日にされた「財
務諸表は正式にはございません。」との答弁との間では,前者については,
日本道路公団の役職員らがP8新聞で報じられた「財務諸表」の作成に全
く関与していないという内容を,後者では同公団内での勉強会の限りにせ
よ,同公団の職員によって作成された余地はあるかのような内容をうかが
わせる答弁に変遷したものと認めることができる。このことに関し,推進
委員会から責任を問われたことは,前記(1)ウ(コ)のとおりであり,その他,
前記(1)ウの事実経過からすれば,解任処分理由書①記載の理由(前提事実
(6)①)のうち第2及び第3段落,すなわち「この結果,国会における答弁
内容がその都度変遷するなど国権の最高機関である国会を軽視し,不誠実
な対応と受け取られてもやむを得ない事態を招来した。また,道路関係四
公団民営化推進委員会との関係においても,同様の問題を惹起した。」
「更に,本件財務諸表を巡る一連の対応は,それがマスコミを通じて広く
報道されたこともあって,日本道路公団に対する国民の信頼を著しく損ね
る結果を生じさせた。」という事実は,これを認めることができる。
ウしたがって,争点(1)のうち,本件財務諸表問題に関する被告の主張には
理由がある。
(3)本件会合問題について
平成15年5月1日発売の「○○」5月号において,「道路公団総裁の
『仰天』謀議」との見出しで,γ会館で開催されたとされる会議(又は会
合)に関する記事が報道がされたこと,同記事に関連し,同月12日と,同
年6月23日,同年7月14日,同月15日,同月18日に,参議院及び衆
議院の各委員会において委員から質問があり,原告が答弁したことは,前記
(1)エ(ア),(イ)のとおりである。この点,民営化を図って多難な時期にある
日本道路公団の総裁たる原告としては,より速やかに事実関係を確認した上,
同公団の役職員の信頼を損なうような発言が報じられたことについて明確に
釈明を行うべきであったと思料されるところ,その答弁内容(別紙6「会合
問題に関するP7前総裁国会答弁」参照)等に照らせば,解任処分理由書②
記載の理由,すわなち「本年4月16日にγ会館で開催されたとされる『会
合』を巡る報道等に関しても,国会における質問に対して,あなたは,正確
な事実関係を確認するための適切な対応を行わず,不誠実な答弁を繰り返し
た。」「また,当該『会合』においてあなたが発言したとされた内容は,総
裁自身が日本道路公団の役職員を信頼していないと受け取られるような内容
であったにもかかわらず,あなたは,同発言に関する適切な説明等を行わず,
公団組織内におけるあなたと役員及び職員間の信頼関係を著しく損ねる結果
となった。」という事実は,これを認めることができる。
したがって,争点(1)のうち,本件会合問題に関する被告の主張には理由が
ある。
(4)本件連絡問題について
前記(1)オの認定事実によれば,ひとまず,解任処分理由書③記載のうち,
「更に,あなたは,日本道路公団本社外における自己の居場所を,一部の公
式行事等を除き,秘書以外の者には知らせず,理事等といえども秘書を通じ
ない限り外出中のあなたと連絡をとることができない」との部分は認められ
る余地があるものの,それが「不自然な組織運営」であり,「組織の長とし
ての職責を誠実に遂行するものとはいえない」ものであったとまで断定する
に十分な事実関係を証明する証拠はない。
したがって,争点(1)のうち,本件連絡問題に関する被告の主張には理由が
ない。
(5)「その他役員たるに適しないと認めるとき」(日本道路公団法13条2項
柱書き)の該当性について
アそこで,本件財務諸表問題及び本件会合問題を原因事実として,日本道
路公団法13条2項柱書きに基づく本件解任処分の効力を検討するに,前
記(1)ア(イ)のとおり,日本道路公団は,国民生活を支える極めて公共性の
高い社会資本である高速自動車国道の建設及び管理の主体として重要な業
務を担うもので,特殊法人の中でも極めて規模の大きい組織であり,その
適正かつ円滑な業務遂行や同公団の目的の達成に支障を来した場合には,
国土の総合的かつ体系的な利用,開発及び保全,そのための社会資本の整
合的な整備(国土交通省設置法3条),国土の利用,開発等に関する総合
的かつ基本的な政策の企画及び立案並びに推進に関する事務,社会資本の
整合的かつ効率的な整備の推進に関する事務(同法4条)という国土交通
省所管事務の遂行にも影響を与えることが必定である。
日本道路公団法は,このような日本道路公団の高度の公共的性格に照ら
し,その適正かつ円滑な業務の遂行を確保するため,同公団を代表し,そ
の業務を総理する総裁(同法9条1項)の任命権(同法10条1項)及び
解任権(同法13条)を国土交通大臣に付与したものと解されるところ,
同法13条2項柱書きの「その他役員たるに適しないと認めるとき」とは,
当該「役員」が総裁である場合には,上記のとおり,高度の公共的性格を
有する重要な業務を担う同公団を代表し,その業務を総理する総裁として,
同公団の業務を適正かつ円滑に遂行させるために高度の資質,能力等が要
求されるにもかかわらず,何らかの客観的な合理的理由に基づいて,その
資質,能力等を欠くものと国土交通大臣が認めるに至ったときを指すもの
と解するのが相当である。そして,前記の日本道路公団の高度の公共的性
格に加えて,その業務内容である高速道路の建設等が,国土の総合的かつ
体系的な利用,更には関係地域の振興等の面で,住民の生活,地域経済等
に重大なかかわりを持つものであり,政治的にも重要なテーマとなってき
たことは公知の事実であって,そのような事情を考慮すると,日本道路公
団という大組織を代表し,その業務を総理する総裁は,大きな権限と裏腹
の重大な責任を負っているものといわざるを得ず,総裁には,その時々の
政治経済の状況等を正確に把握し,同公団の組織の在り方と業務の遂行に
ついて的確な判断を下し,国土交通大臣の監督の下でその事務を円滑に遂
行していく高い資質,能力等が求められるものというべきである。そうす
ると,総裁の言動がこのような求めに沿わないものであって,国土交通大
臣ひいては政府の目指す政策の遂行を阻害するものであると判断される場
合には,国土交通大臣は,日本道路公団法13条2項柱書きの規定に基づ
いて,総裁を解任することができるものというべきである。
イところで,本件財務諸表問題及び本件会合問題は,前記(1)ア(カ)におけ
る推進委員会の意見書のとおり,日本道路公団の民営化が「特殊法人等改
革の天王山」として位置付けられ,同公団の財務状況は,「企業として存
立していく上では極めて厳しいものとなっている」と目されて,企業会計
原則に基づく財務諸表の作成により財務状況を正確に把握することが求め
られ,更には同公団の廃止,民営化等の抜本的な改革が検討されている状
況下で生じたものであり,本件財務諸表問題及び本件会合問題のいずれに
ついても,新聞や雑誌等による報道を発端として国会で質疑がされ,原告
の対応の不十分さから,国会や推進委員会等において批判を招き,殊に推
進委員会からは,平成15年7月22日,「いかなる状況にあっても,公
団の業務を総理するのは他ならぬP7総裁自身である。今回の問題で国民
がP7総裁に問うていたのは,困難な問題に直面した際に,その問題の本
質を明らかにして,きちんと世に問う姿勢であり,部下あるいは部署を率
いて自ら解決する資質である。この点に関し,P7総裁は明らかに落第点
であったと言わざるを得ない。」などとしてその責任を問われるなどし
(前記(1)ウ(コ)),報道機関による各種報道もあって,国民の日本道路公
団に対する信頼を損ねる事態となり,同公団の適正かつ円滑な業務の遂行
を阻害するに至ったものと認められる。換言すれば,原告は,政府が日本
道路公団の抜本的改革をその重要な政策として掲げて推進している状況の
下で,同公団が債務超過となっているかどうかが大きな問題となった際に,
これに適切な対応をすることができず,かえって,同公団の職員が検討し
作成した「幻の財務諸表」は,総裁らの決裁を経たものではなく正式な財
務諸表ではないから財務諸表とはいえないという考え方に固執して,形式
的といわれてもやむを得ない内容の答弁等を繰り返すことによって,総裁
ひいては同公団に対する国民の信頼を失墜させたものといわざるを得ない。
上記のような原告の考え方に全く理がないものとはいえないとしても,当
時の状況の下での最大の関心事は,同公団が債務超過の状態にあるかどう
か,また,それを示すような検討の結果が同公団内部に存在しているのか
どうかということであって,その検討結果が記載された書面が正式な財務
諸表であるかどうかということではなかったのであるから,原告としては,
同公団の財務状況に係る内部的な検討経過とその問題点を明らかにした上
で,同公団が債務超過の状態にあるのかどうかという疑問に対して誠実に
応答すべきものであった。ところが,原告は,「幻の財務諸表」は正式な
財務諸表ではないという考え方に固執して前記のような答弁を続けたので
あって,そのような原告の言動は,事態をいたずらに混乱させたものとい
わざるを得ず,少なくとも当時の状況下においては,極めて不適切な対応
であったというほかない。
ウ以上の諸事情からすると,本件財務諸表問題及び本件会合問題をもって,
原告につき,被告が日本道路公団法13条2項柱書き所定の「その他役員
たるに適しないと認めるとき」に該当すると判断したことは相当であって,
争点(1)のうち,同項柱書き該当性に関する被告の主張には理由がある。
2争点(2)(本件解任処分の手続上の違法性)について
(1)争点(2)ア(本件聴聞通知書中,予定される不利益処分の根拠となる法令
の条項の記載が日本道路公団法13条2項と記載されている点)について
前提事実(1)のとおり,日本道路公団法13条2項は,日本道路公団の役員
の解任事由として,「心身の故障のため職務の執行に堪えないと認められる
とき」(同項1号),「職務上の義務違反があるとき」(同項2号),「そ
の他役員たるに適しないと認めるとき」(同項柱書き)という三つの処分要
件を規定しているところ,前提事実(3)のとおり,本件聴聞通知書には,予定
される不利益処分の根拠となる法令の条項として,「日本道路公団法(昭和
31年法律第6号)第13条第2項」とのみ記載されている。
しかしながら,一方,本件聴聞通知書における不利益処分の原因となる事
実の最終段落では,「これらのことから総合的に判断すれば,貴職について
は,高速道路に関する制度を抜本的に改革する重要な時期を迎える公団の総
裁として十分な資質を有していないと言わざるを得ず,このことが日本道路
公団法第13条第2項に該当すると認められる。」と記載されている(前提
事実(3)イ(エ))ところ,本件聴聞通知書を受領した不利益処分の名あて人と
なるべき者としては,被告が日本道路公団法13条2項柱書きによる解任処
分をしようとしていることを理解することができるから,本件聴聞通知書で
は,予定される不利益処分の根拠となる法令の条項(行政手続法15条1項
1号)が特定されているものと認めるのが相当である。
したがって,争点(2)アに関する原告の主張には理由がない。
(2)争点(2)イ(本件聴聞通知書中,不利益処分の原因となる事実の記載が特
定を欠くか,ないしは記載を欠くか)について
日本道路公団は,その業務の重要性や公共性の高さから,国土交通大臣が
監督し(日本道路公団法34条1項),毎事業年度,予算等について,国土
交通大臣の認可を受けなければならない(同法22条)などとされていたこ
とは前記1(1)ア(イ)のとおりであるところ,さらに,原告は,同公団の総裁
として原告が行う国会の答弁についても,国土交通省と調整し,同公団にお
いて作成した答弁資料(乙27の1及び2)を同省道路局に交付していた旨
供述している(原告本人)。
このように,国土交通大臣と日本道路公団総裁は,日常の業務遂行上,比
較的緊密な関係にあり,本件聴聞通知書交付以前に国会や推進委員会等によ
り明確に指摘されたことを認めるに足りる証拠がない本件連絡問題はともか
くとしても,本件財務諸表問題及び本件会合問題については繰り返し国会で
質問の対象となり,原告がこれらに答弁したことなどの事実経過は前記1
(1)ウ,エのとおりであるところ,かかる原,被告の関係や本件聴聞通知書交
付に至る事実経過等に照らすと,本件聴聞通知書において本件財務諸表問題
を記載した部分(前提事実(3)イ(ア))及び本件会合問題を記載した部分(前
提事実(3)イ(イ))は,一定の具体的な事実が記載されているものとして,い
ずれも予定される不利益処分の原因となる事実(行政手続法15条1項1
号)が特定されているものと認めるのが相当である。
なお,本件連絡問題が本件解任処分の原因事実とならないことは前記1
(4)のとおりであるところ,それにもかかわらず,本件聴聞通知書において本
件連絡問題を記載した部分(前提事実(3)イ(ウ))の特定につき,少なくとも
あえて本件解任処分を取り消さなければならないほどの重大な瑕疵があると
までは認められず,結局,争点(2)イに関する原告の主張には理由がない。
(3)争点(2)ウ(聴聞の通知が聴聞の期日までに「相当な期間」をおいてされ
たか)について
原告に対し本件聴聞通知書が交付された日が平成15年10月7日であり,
本件聴聞期日が同月17日であったことは前提事実(3),(5)のとおりである
ところ,①本件聴聞通知書交付以前における本件財務諸表問題及び本件会合
問題に関する事実経過は,上記(2)及び前記1(1)ウ,エのとおりであること
や,②被告が原告に対し,本件聴聞期日前に閲覧に供した資料の内容,分量
(乙45),③本件聴聞の聴聞調書(乙4の2)及び報告書(乙4の3)や
原告が本件聴聞期日において提出した資料(乙5)によると,結果として,
原告は本件聴聞期日において,本件解任処分の実体上の違法性等につき,本
件訴訟における主張と主要部分においておおむね共通する意見を述べている
ことが認められること(なお,別紙2「当事者及びその代理人の陳述した意
見の要旨」参照),その他,④当時の日本道路公団をめぐる状況(前記1
(1)ア)等の諸事情に照らすと,予定される不利益処分の内容が同公団総裁の
解任という比較的重大な性質を有することを考慮しても,本件聴聞通知書交
付日から本件聴聞期日までには,不利益処分の名あて人となるべき者が有効
な準備をするに「相当な期間」(行政手続法15条1項柱書き)がおかれた
ものと認めるのが相当である。
したがって,争点(2)ウに関する原告の主張には理由がない。
(4)争点(2)エ(①聴聞に当たって,被告が,あらかじめ資料の標目を作成し,
聴聞通知書に標目を示して閲覧を求めることができる旨原告に教示しなかっ
た点,②原告が,被告に対して,聴聞の期日の当日に,本件連絡問題に係る
事実について,資料の閲覧を求めたのに対し,被告がこれを拒否した点,③
被告が,原告に記録の謄写を認めなかった点)について
ア本件聴聞通知書には,「教示」欄に「聴聞が終結するまでの間,上記不
利益処分の原因となる事実を証する資料の閲覧を求めることができま
す。」との記載がある(乙1)ところ(行政手続法15条2項2号参照),
原告は,国土交通省聴聞手続規則5条1項が,行政手続法18条1項の規
定による閲覧の求めにつき,閲覧をしようとする資料の標目を記載した書
面を行政庁に提出してこれを行うものとする旨規定していることをもって,
被告が,あらかじめ資料の標目を作成し,原告に対しその標目を示して閲
覧を求めることができる旨教示すべきであったと主張するが,被告におい
て資料の標目を作成すべきことを義務付ける法令の規定や,その標目を原
告に対し教示すべきことを義務付ける法令の規定は存在しない。また,実
際,原告は,平成15年10月15日,被告に対し,資料の閲覧請求書を
提出し,翌16日に不利益処分の原因となる事実を証する資料を閲覧して
いるのであって(前提事実(4)),争点(2)エ①に関する原告の主張には理
由がない。
イ原告は,本件聴聞期日において,本件連絡問題につき,原告代理人が資
料の閲覧を求めたところ,被告行政庁は,調書が「あるかないかも含めて,
明らかにするつもりはありません。」などと回答し,あらゆる回答を拒否
した旨主張するが,本件聴聞の聴聞調書(乙4の2)によると,上記のや
りとりの後,行政庁の職員は,本件連絡問題に係る事実関係は日本道路公
団の関係者の証言によって認定されたものであり,この証言を記録した文
書はない旨説明しており,行政手続法18条2項の閲覧の対象となるべき
資料は存在しなかったと認められるから,上記原告代理人の求めに応じな
かったことは違法ではなく,争点(2)エ②に関する原告の主張には理由がな
い。
ウ前提事実(4)のとおり,原告は被告に対し,平成15年10月15日,資
料の謄写又は複写を求めたところ,被告はこれに応じなかったが,「当該
事案についてした調査の結果に係る調書その他の当該不利益処分の原因と
なる事実を証する資料」(行政手続法18条1項)につき,謄写又は複写
を求めることができることを定める法令の規定は存在しないから,被告に
おいて任意にその求めに応じることは別として,これに応じなかったとし
ても違法とはならず,争点(2)エ③に関する原告の主張には理由がない。
(5)争点(2)オ(主宰者が聴聞の続行期日を指定することなく,聴聞手続を終
了させた点)について
前記(3)のとおり,本件聴聞の聴聞調書(乙4の2)及び報告書(乙4の
3)や原告が本件聴聞期日において提出した資料(乙5)によると,結果と
して,原告は本件聴聞期日において,本件解任処分の実体上の違法性等につ
き,本件訴訟における主張と主要部分においておおむね共通する意見を述べ
ていることが認められること,前提事実(5)のとおり,本件聴聞の期日は,午
前10時3分から午後7時3分まで長時間にわたり実施されていることなど
に照らすと,主宰者が「聴聞の期日における審理の結果,なお聴聞を続行す
る必要がある」(行政手続法22条1項)と認めず,続行期日を指定しなか
ったことが違法であるとは認められない。
したがって,争点(2)オに関する原告の主張には理由がない。
(6)争点(2)カ(①聴聞調書に,主宰者がどのような証拠や資料を根拠として
不利益処分の原因となる事実の存否を認定したかの記載がないとされる点,
②報告書が,専ら行政庁の職員の説明に即して当事者の主張を整理し,その
上で,行政庁の意向に即した意見を述べ,結論付けを行っているとされる
点)について
ア行政手続法24条1項は,「主宰者は,聴聞の審理の経過を記載した調
書を作成し,当該調書において,不利益処分の原因となる事実に対する当
事者及び参加人の陳述の要旨を明らかにしておかなければならない。」と
規定し,同項の聴聞調書につき,国土交通省聴聞手続規則12条1項は,
①聴聞の件名,②聴聞の期日及び場所,③主宰者の氏名及び職名,④聴聞
の期日に出頭した当事者及び参加人又はこれらの者の代理人並びに補佐人
及び参考人の氏名及び住所,⑤当該聴聞の期日における審理で説明を行っ
た行政庁の職員の氏名及び職名,⑥聴聞の期日に出頭しなかった聴聞参加
者の氏名及び住所並びに当事者及びその代理人が聴聞の期日に出頭しなか
った場合にあっては出頭しなかったことについての正当な理由の有無,⑦
聴聞参加者の陳述した意見の要旨,⑧行政庁の職員が行った説明の要旨,
⑨証拠書類等が提出された場合にあっては,その標目,⑩その他参考とな
るべき事項を記載しなければならないと規定しているところ,主宰者がど
のような証拠や資料を根拠として不利益処分の原因となる事実の存否を認
定したかを聴聞調書に記載しなければならないとする法令の規定は存在せ
ず,その他,本件聴聞の聴聞調書(乙4の2)の記載内容に照らし,同聴
聞調書の作成につき違法性があるとは認められない。
したがって,争点(2)カ①に関する原告の主張には理由がない。
イ行政手続法24条3項は,「主宰者は,聴聞の終結後速やかに,不利益
処分の原因となる事実に対する当事者等の主張に理由があるかどうかにつ
いての意見を記載した報告書を作成」しなければならないと規定し,同報
告書につき,国土交通省聴聞手続規則12条3項は,①不利益処分の原因
となる事実に対する当事者等の主張,②不利益処分の原因となる事実に対
する当事者等の主張に理由があるかどうかについての意見,③その意見の
理由を記載しなければならないと規定しているところ,本件聴聞の報告書
(乙4の2)には,原告の主張するような記載内容の当否はともかくとし
て,上記法令の規定に従って主宰者の意見が記載されており(なお,行政
手続法24条3項は,聴聞の審理の結果に基づく主宰者の判断を記載する
ことは規定しておらず,どのような心証に達したかを報告する「意見」を
記載するものと規定している。),その作成につき違法性があるとは認め
られない。
したがって,争点(2)カ②に関する原告の主張には理由がない。
(7)争点(2)キ(主宰者及び被告の補助機関が聴聞の持つ意味を理解せずに手
続を進めたとされる点)について
本件聴聞の聴聞調書(乙4の2)及び報告書(乙4の3)の内容に照らし,
主宰者及び被告の補助機関が,聴聞を適正な事実認定を行うための手続であ
ることを理解せずに本件聴聞を行ったなどという原告の主張を認めるに足り
る証拠はない。
したがって,争点(2)キに関する原告の主張には理由がない。
(8)争点(2)ク(①解任処分理由書の理由の記載が特定されていないとされる
点,②解任処分理由書の理由に,当事者の主張及び聴聞の主宰者の意見につ
いて,行政庁としてどのようにしんしゃくしたのかが示されていない点)に
ついて
ア行政手続法14条1項本文において,不利益処分の理由の提示を規定す
る趣旨は,行政庁の判断の慎重と公正妥当を担保してそのし意を抑制する
とともに,処分の理由を名あて人に知らせることによって,その不服申立
てに便宜を与えるところにある。
そこで検討するに,前記(2)において記述した原,被告の関係や本件聴聞
通知書交付に至る事実経過等のほか,更に開始から終了まで約9時間に及
ぶ本件聴聞の審理の経過(乙4の2)等(なお,本件聴聞期日において原
告及び原告代理人が陳述した意見の概要については,別紙2「当事者及び
その代理人の陳述した意見の要旨」参照)に照らすと,解任処分理由書に
おける本件財務諸表問題を記載した部分(前提事実(6)①),本件会合問題
を記載した部分(前提事実(6)②)及び当時の日本道路公団をめぐる状況や
事実関係の総合判断により原告につき日本道路公団法13条2項柱書きに
規定する「その他役員たるに適しないと認めるとき」に該当すると認定す
る部分(前提事実(6)④)は,不利益処分の原因となる事実及び根拠となる
法令の条項を示したものであって,どのような事実関係につきいかなる法
令を適用したかを知り得る程度の記載がされているものと認めることがで
きるから,上記趣旨に照らし,「当該不利益処分の理由」(行政手続法1
4条1項)が特定されているものと認めるのが相当である。
また,本件連絡問題が本件解任処分の原因事実とならないことは前記1
(4)のとおりであるが,解任処分理由書における本件連絡問題を記載した部
分(前提事実(6)③)も,原告が「日本道路公団本社外における自己の居場
所を,一部の公式行事等を除き,秘書以外の者には知らせず,理事等とい
えども秘書を通じない限り外出中のP7総裁と連絡をとることができな
い」状況にあることをもって,「不自然な組織運営を行っており,組織の
長としての職責を誠実に遂行するものとはいえない。」と認めた旨が記載
されているのであって,行政手続法14条1項本文の趣旨や本件聴聞の審
理の経過(乙4の2)等に照らし,不利益処分の原因となる事実が特定し
て記載されているものと認められる。
したがって,原告の争点(2)ク①に関する主張には理由がない。
イ上記アのとおり,行政手続法14条1項本文の趣旨が行政庁の判断の慎
重と公正妥当を担保してそのし意を抑制することにあることや,また,同
法26条では,行政庁が聴聞を経て不利益処分の決定をするときは,聴聞
調書の内容及び報告書の意見を十分に参酌しなければならないと規定され
ていることなどからすると,聴聞が行われた場合には,確かにその手続に
おいて不利益処分の名あて人となるべき者が行った主張及び証拠書類等の
提出をどう評価したかを示すことが望ましい事案もあり得ると考えられる
が,同法14条1項本文の趣旨にかんがみれば,不利益処分をすると同時
に示さなければならない理由としては,いかなる事実関係に基づきいかな
る法規を適用して不利益処分がされたかを,名あて人においてその記載自
体から了知しうるものであれば十分であるというべきであり,聴聞におけ
る当事者の主張及び主宰者の意見につき,行政庁としてどのようにしんし
ゃくしたのかを示さなかったからといって,直ちに同項に違反すると解す
ることはできない。
したがって,争点(2)ク②に関する原告の主張には理由がない。
3争点(3)(訴訟上の問題点)について
原告は,被告が本件訴訟において主張する本件解任処分の処分理由は,解任
処分理由書記載の処分理由と全く異なる内容であり,処分理由の差替え,全面
的追加である旨主張するが,被告が本件訴訟で主張している事実関係は,本件
解任処分の処分理由(前提事実(6)①ないし④)を,証拠に基づいてより具体的
に主張したものにすぎず,処分理由の差替え又は追加には当たらない。
したがって,争点(3)に関する原告の主張には理由がない。
4訴えの利益について
なお,原告の日本道路公団総裁としての任期は平成16年4月16日までと
されていたのであるから(前提事実(1)),本件解任処分が取り消されても,原
告が総裁の地位を回復することはない。しかし,本件解任処分が取り消された
場合には,原告は本件解任処分がされた時点以降も総裁の地位にあったものと
いうことになり,総裁としての報酬請求権や退職手当請求権の行使をすること
が可能となる(ただし,前提事実(1)のとおり,日本道路公団は解散したため,
上記各請求権に対する債務は,独立行政法人日本高速道路保有・債務返済機構
等が承継することになる。)ので,本件解任処分の取消しを求める訴えの利益
は失われていないものと認められる。
5結論
よって,原告の請求は理由がないから,これを棄却することとし,訴訟費用
の負担につき,行政事件訴訟法7条,民訴法61条を適用して,主文のとおり
判決する。
東京地方裁判所民事第38部
杉原則彦裁判長裁判官
市原義孝裁判官
島村典男裁判官

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