弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,原告に対し,1億円及びこれに対する平成16年7月2日から支払
済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2訴訟費用は,被告の負担とする。
3仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,脳梗塞により左半身麻痺等の身体障害が後遺し身体障害者1級の認
定を受けた原告が(以下,原告に後遺している障害を「本件障害」という,。)
被告に対し,原告に本件障害が後遺したのは,平成16年7月2日に原告が脳
梗塞を発症した際,被告病院の医師が,CT検査の実施を遅滞し,CT画像の
読影を誤り,専門医へのCT画像の緊急の読影依頼を怠るなどしたことにより,
原告の脳梗塞の診断が遅れ,局所動注療法(血栓溶解療法)を実施する機会が
失われたためであり,同療法が実施されれば,本件障害を後遺しなかった高度
の蓋然性があるとして,不法行為に基づき,本件障害によって生じた逸失利益,
慰謝料等の損害の一部である1億円及びこれに対する平成16年7月2日(不
法行為の日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を請
求する事案である。
2争いのない事実
()当事者1
ア原告は,昭和42年2月20日生まれの女性で,痙性麻痺(脳梗塞)に
よる左半身麻痺,知覚障害,半盲,高次脳機能障害の状態にあり(本件障
害,身体障害者1級の認定を受けている。)
イ被告は,被告病院を設置管理する国立大学法人である。
()原告は,平成15年6月23日に被告病院の精神科を受診して以来,同2
年7月11日から同年8月22日まで定期的に通院精神療法を受け,いった
ん終了したものの,平成16年5月14日から再び通院精神療法を受けてい
た。
()原告は,同年7月2日午前7時からアルバイト先のコーヒーショップで3
仕事をしており,その際に突然倒れた(以下,年月日の表記については,特
に記載しない限り,平成16年7月2日中の事柄については,年月日の記載
を省略する。。)
()原告は,午前9時20分,救急車で被告病院に搬送され,同病院精神科4
(以下「精神科」という)の診察を受けることとなり,同科のA医師が原告。
を診察した。その後,午前11時過ぎころ,被告病院放射線部(以下「放射
線部」という)において,原告の頭部CT検査が実施された。。
,()午後2時ころ,放射線部が,CT画像から原告を脳梗塞であると断定し5
午後3時ころ,原告は同病院脳神経外科に転送された。そして,MRI検査
が施行された。
()MRI検査の結果,原告には,広範な梗塞,浮腫,出血の拡大が認めら6
れたため,原告はB病院に転送された。
,()同年7月3日,B病院において,原告に対し,外+内減圧術が施行され7
かろうじて救命されたが,原告の意識障害はB病院に転送されてから同年8
月19日に頭蓋骨形成術を施行するまで続いた。
3争点
()A医師が原告の受診後1時間10分の間CT検査を行わなかったことに1
ついての過失の有無
()受診後1時間10分の間CT検査が行われなかったことについての被告2
の医療体制の不備
()A医師がCT写真の読影を誤った過失の有無3
()A医師が専門家に緊急の読影を依頼しなかった過失の有無4
()CT検査後,専門医による読影が即座に行われないことの被告の緊急医5
療体制の不備
()被告病院の救急医療体制の不備6
()被告の過失と本件障害との相当因果関係の有無7
()原告の損害8
4争点に関する当事者の主張
()争点()について11
ア原告
(ア)脳梗塞の典型的症状は,急激に片麻痺,失語,失行,失認,半盲な
どの巣症状を発症することであるところ,原告には倒れた直後から片麻
痺の症状がでており,左手左足の動きが悪く,呂律が回らない状態であ
ったのであるから,脳梗塞が強く疑われる状況であった。
また,脳血管障害による片麻痺は錐体路障害によってもたらされるが,
その錐体路障害を判断するバビンスキー反射(陽性であれば,錐体路障
害があると判断される)は陽性の疑いであった。。
さらに,被告は,原告には転換ヒステリーと脳血管障害の双方が疑わ
れる状況であったと主張するが,転換ヒステリーで麻痺がある場合は,
ある特定の運動ができなかったり,全身を動かすことができなかったり
するが,脳梗塞においては,運動障害は一側性に見られることが多く,
原告に関しても,被告病院への搬送時,全身ではなく,左半身の麻痺が
認められたのであるから,転換ヒステリーよりもむしろ脳梗塞等の器質
的脳障害が強く疑われる状況であった。
(イ)そして,転換ヒステリーと脳血管障害の双方が疑われる状況がある
場合,まず脳梗塞等の器質的脳障害でないかを確認するための検査を行
わなければならないが,脳梗塞は急性期に適切な治療を行うか否かによ
り,予後に重大な影響を及ぼすものであり,特に,脳梗塞のもっとも効
果的な治療法であるウロキナーゼの局所動注療法は発症後6時間以内に
しか行うことができないのであるから,平成16年当時であっても,で
きるだけ上記検査を早く行う必要があった。
ところが,A医師は,CT検査装置が空き次第CT検査を実施すると
いう趣旨での緊急のCT検査を依頼しなかった可能性が高い。なぜなら,
上記の意味でのCT検査の依頼をしてから1時間30分近くも,歩行が
不可能であり救急車で搬送された原告のCT検査が行われないことは通
常考えられず,CT予約システムには午前中に行ってほしいという意味
のAMコールという予約しかされていないからである。
(ウ)したがって,A医師は緊急にCT検査を行うべき義務を怠っており,
過失が認められる。
イ被告
(ア)原告には精神科に搬送された時点で手足の不随意な動きが見られた。
しかし,簡単な意思疎通はとれ,手足の不随意な動きはあったが神経学
的所見は問題なく,片麻痺は確証できず,痙攣様状態,麻痺様状態であ
った。また,呂律が回らないということもなく,構音障害もみられなか
った。さらに失語,失行,失認,半盲などの症状はなく,簡単な意思の
疎通は可能であった。すなわち,同科に搬送された時点では脳血管障害
の典型的な症状は認められず,明らかな脳血管障害を確定する客観的所
見は乏しかった。また,極めて緊急性が高いとはいえない状態にあった。
上位運動ニューロン(中枢神経)の障害では,障害部位とは反対側で
バビンスキー反射陽性,痙性麻痺,腱反射の亢進が見られる。しかし,
原告の場合,バビンスキーは陽性の疑いで,さらに痙性麻痺はなく,下
肢腱反射も左右差はなく正常であり,明らかな上位運動ニューロンの障
害があるとはいえなかった。さらに,原告は左上肢の麻痺も訴えていた
が,上肢の病的反射であるホフマン反射は陰性で正常であり,痙性麻痺
はなく,上肢腱反射は多少亢進だったが左右差を認めなかった。このこ
とから,この時点では神経学的に脳血管障害の可能性はそれほど高いと
は思われなかった。
さらに,痙攣も職場で起こしたものであったため痙攣の実態は明らか
ではなく,何らかの脳器質性病変などに伴うてんかん性の痙攣の可能性
もあったほか,原告には職場での不適応のために身体症状や解離症状が
見られ,転換ヒステリーが疑われていたのであるから,転換ヒステリー
による痙攣の可能性もあったのであり,原因は特定できなかった。
(イ)A医師は原告を診察し,神経学的異常も,バイタルサインも全く問
題がないことを確認したが,脳の器質的損傷を疑い,転換ヒステリーよ
り緊急性の高い脳器質障害を優先して治療方針を検討し,直ちに放射線
部に対しパソコンの画面と電話によりCT読影を緊急で依頼した(午前
9時40分ころ,電話で依頼,午前9時49分,パソコンに依頼の入
力。CT依頼の際,救急車で来院した患者であることを伝え緊急性があ)
ることも伝えた。
(ウ)したがって,A医師が1時間10分も漫然とCT検査を行わずこれ
を放置した過失があるとは認められない。
()争点()について22
ア原告
仮に,A医師が午前9時40分に緊急のCT検査を依頼した事実が存在
するとしても,そのような依頼を受けながら1時間10分もの間,被告病
院の検査技師あるいは放射線部医師がCT検査を実施しなかったのは明白
であり,被告病院に過失が認められる。
イ被告
CT検査の実施が午前11時過ぎになったのは,CT撮影室が混み合っ
ていたからである(緊急検査の2件目,午前中では11件目。患者は,医)
療を受ける上でも特段の事由のない限り,原則として平等でなければなら
ず,緊急割り込みをするには,順番を変更しなければならない特段の所見,
状況,理由等が必要である。これは,患者の重症度により判断されるが,
被告病院のような高次医療機関には,重症度が高く,検査や治療の緊急性
が高い入院・通院患者は少なくなく,救急車で搬送されたことのみから緊
急性が高いということにはならない。重症度は個別に判断され,中枢神経
疾患であれば,一般に,重症度は,バイタルサイン(呼吸,血圧など)を
含む全身状態,意識状態,神経学的検査所見等によって判断する。原告は
来院時,バイタルサインは正常で,意識障害もごく軽度であり,中神経疾
患を確定するような明らかな神経学的検査所見はなく,極めて緊急性が高
いとはいえない状態であった。
()争点()について33
ア原告
午前11時10分ころ,原告の父CはA医師から異常はない旨の説明を
うけ,帰宅するようにいわれた。しかし,この段階のCT画像ですでに脳
梗塞を発症していることが判読可能であったから,A医師にはCT写真の
読影を誤った過失がある。
イ被告
A医師がCに異常はないと説明したことはなく,帰宅を指示した事実も
ない。家族に対しては,脳内出血を疑ったがその所見は認められなかった
こと,現時点ではヒステリーの可能性が高いことを伝えた。
脳外科の専門外のA医師には,午前11時のCT画像では出血,梗塞を
明らかに認めることはできなかったが,CT画像による急性期脳梗塞の診
断は高度な技術を要するのであって,脳血管障害の超急性期でのCT画像
をほとんど見ることのない精神科医が,脳梗塞を正確に判断することは極
めて困難であり,過失はない。
()争点()について44
ア原告
CT画像の読影は,緊急の依頼があれば即時に行われるものであり,か
つ読影自体に要する時間はわずかであるが,緊急の読影依頼がなければ,
放射線部の医師は緊急の読影は行わない。したがって,A医師には放射線
部の医師に対し,緊急の読影である旨伝える義務があった。
ところが,A医師は,緊急の読影が必要であることを自ら放射線部技師
ないし医師に伝えなかったし,放射線部への読影依頼を依頼したE医師に
も指示しなかった。そのため緊急の読影の必要性が放射線部医師に伝わら
ず,読影は午後2時ないし3時ころに行われることとなった。したがって,
A医師には緊急の読影を依頼しなかったことにより,原告の脳梗塞の判明
を遅れさせたという過失が認められる。
イ被告
A医師は放射線部に緊急の読影を依頼しており,過失はない。
()争点()について55
ア原告
仮にA医師が午前11時の時点で専門医にCT写真の読影を依頼してい
たとしても,専門医による読影が午後2時まで行われなかったことは,被
告病院の緊急医療体制自体の問題であり,過失が認められる。
イ被告
被告病院では重症者が多く,救急車で搬送されたからといって最優先に
することはできない。放射線部でも精神科でも,患者を受け入れた時点で
の重症度で優先順位を決めながら日常診療を行っている。
()争点()について66
ア原告
被告病院では,平成16年当時,他の診療科に通院中の患者に関しては,
その診療科を受診させ,救急部では受け付けない体制をとっていた。この
ような救急医療体制下では,適切な救急医療を受けることができない事態
が生じうるのであり,被告病院の救急医療体制自体に問題があるといえる。
したがって,このような医療体制の下,原告を救急部ないし脳神経外科等
の脳血管障害に十分対応できる診療科を受診させなかった点に被告の過失
が認められる。
イ被告
被告病院は上記アのような体制をとっておらず,その救急医療体制に問
題はなく,過失はない。
()争点()について77
ア原告
(ア)A医師が緊急のCT検査をオーダーしていれば,あるいは検査室が
そのオーダー通りにしていれば,午前10時30分頃には脳梗塞を疑う
べきアーリーサインを認識し得た。その場合,直ちに脳神経外科により
MRI検査が行われ,午前11時16分頃にはMRI検査を終えること
となる。そして当時の被告病院の診療体制では,脳梗塞の急性期と診断
された場合にはB病院に移送して治療することとされており,B病院ま
では救急車で15分程度であるから,午前11時40分頃にはB病院に
移送することが可能であった。そして,午前11時40分頃にB病院に
移送されていれば,DWI−PWIミスマッチと脳血管造影検査に40
分程度を要するとしても,午後零時20分頃にはウロキナーゼの局所動
注療法が実施できた。
(イ)そして,本件当時,B病院では,ウロキナーゼの局所動注療法を実
施していたし,ウロキナーゼの局所動注療法は本件当時においても,保
険適用されていた。
また,ウロキナーゼの局所動注療法は超急性期局所線溶療法多施設共
同試験(以下「MELT」という)においては発症時痙攣があった患者。
については適応除外とされているが,発症時に痙攣発作が認められるこ
とは,血栓溶解療法の絶対的禁忌事項ではない。すなわち,発症時に痙
攣発作が認められた患者についてウロキナーゼの局所動注療法が使用禁
忌とされるのは,てんかんによる痙攣発作との鑑別が困難であるからで
あり,発症時に痙攣発作が認められた患者に対しても,血管撮影等によ
り動脈閉塞が確認され,痙攣後に生じたトッドの麻痺ではなく,虚血性
血管障害であると明確に診断できたならば,実施することができるので
ある。
さらに,午前零時20分の時点では,原告の神経脱落症状は受診時と
変化がないこと,発症後3時間しか経過していないこと,中大脳動脈領
域の虚血症状を呈した症例16例中急性期の脳血行再建術が施行された
のは11例と適応頻度が高いことなどからすれば,本件でもウロキナー
ゼの局所動注療法の適応ありと判断された蓋然性が高いというべきであ
る。
(ウ)ウロキナーゼの局所動注療法は脳卒中治療ガイドライン2004で,
グレードB(行うことが推奨される)とされており,そのエビデンスが
認められていた。
しかも,原告については,梗塞の一部が自然に再開通していることが
認められたのであるから,仮に同療法を実施していれば,高い確率で再
開通していたものと考えられる。
(エ)以上より,同療法を実施することによって,原告の症状が改善され,
原告に重度の障害が残らなかった高度の蓋然性が認められるので,被告
の過失と原告の損害には因果関係が認められる。
仮に高度の蓋然性までは認められないとしても相当程度の可能性は肯
定される。
イ被告
(ア)平成16年7月当時,ウロキナーゼの局所動注療法は,薬事法で認
可されておらず,発症6時間以内の臨床試験が行われていたに過ぎない。
(イ)また,MELTではウロキナーゼは発症時に痙攣を認めた患者は除
外基準になっていた。脳梗塞とてんかんを鑑別すること,てんかん発作
直後に起こるトッド麻痺と脳血管障害による麻痺を鑑別することが困難
であることがその理由である。そして,原告には痙攣が見られたのであ
るから,ウロキナーゼの適応はなかった。
(ウ)さらに,原告は午前11時のCT検査の時点で広範囲の脳梗塞を発
症していた。したがって,アルテプラーゼの静注療法はもちろんウロキ
ナーゼの局所動注療法を行うことは障害された脳への血流再開による出
血を誘発する危険が極めて大きく適応にはならなかった。
()争点()について88
ア原告
原告の本件障害により被った損害額は,次のとおりであり,その合計は
1億7318万9151円となる。
(ア)治療費501万4371円
これまでに支出した治療費は436万7055円である。
また,将来の診療費は,64万7316円である。
3000円(診療費の月平均額)×12×17.981(39歳女性
の平均余命47年のライプニッツ係数)=64万7316円
(イ)付添介護費5105万1455円
原告は24時間介護が必要な状態であり,付添介護費は1日あたり7
000円が相当である。
したがって,過去2年間の付添介護費は511万円である。
7000円×365日×2年=511万円
将来付添介護費は4594万1455円である。
7000円×365日×17.981=4594万1455円
(ウ)薬代など499万1051円
これまでの薬代・おむつ代等は35万1953円である。
将来必要となる薬代・おむつ代等は,463万9098円である。
2万1500円(月平均額:薬代6500円+おむつ代1万5000
円)×12×17.981=463万9098円
(エ)介護・生活用品代74万3950円
a介護用ベッド12万3250円
b車椅子14万円
c靴型装具33万0700円
d家のリフォーム15万円
(オ)通院交通費145万9800円
(カ)休業損害881万0560円
原告の休業損害は,37歳の大卒女性平均賃金の8割程度が妥当であ
る。
よって,過去2年の休業損害は,881万0560円となる。
550万6600円(37歳の大卒女性の平均年収額)×2年×0.
8=881万0560円
(キ)逸失利益6771万7964円
原告の後遺障害は自動車損害賠償保障法施行令別表第2の定める後遺
障害等級1級に該当し,その労働能力喪失率は100パーセントである。
症状固定時である37歳から就労可能な67歳までの30年間に対応す
るライプニッツ係数は15.372であるから,原告の逸失利益は67
71万7964円となる。
550万6600円×0.8×15.372=6771万7964円
(ク)入院慰謝料340万円
(ケ)後遺症慰謝料3000万円
イ被告
すべて争う。
第3当裁判所の判断
1争点()について1
,()前記争いのない事実に加えて,証拠(甲B1,4,5,7,10,111
21,乙A1,51,52,B9,11から13,証人A,証人D)及び弁
論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる的確
な証拠はない。
ア(ア)脳梗塞とは,脳の血管が何らかの原因で狭窄又は閉塞して,脳循環
不全が発生し,脳細胞に血液(酸素や糖分)が行き渡らなくなることに
よって,脳組織が壊死し不可逆的状態(一度壊死した脳組織は戻らな
い)に陥る病態をいう(乙B11,13)。
(イ)梗塞により血液が完全に行かなくなった脳組織は壊死するが,1本
の血管が詰まった場合であっても,1本1本ずつの脳の血管が血液を与
えている脳の範囲は決まっていて,それぞれ隣の血管が血液を与えてい
る範囲との間には少しずつ重なる部分があることや,非常に太い部分で
脳血管が詰まると,他の脳血管の末梢の毛細血管を通して,詰まってし
まった血管の末梢から逆流する形でわずかづつ血液が流れることなどか
ら,詰まった血管が血液を与えていた脳の範囲が直ちに全て壊死するわ
けではなく,血液が足りなくて壊死しかけている部分(半影帯(ペナン
ブラ)が発生する。)
このようなペナンブラの状態にある脳組織は,次第に酸素不足などで
壊死してしまう。また,壊死した脳組織はふくらんで腫れてくるが,こ
の腫れによってペナンブラの部分の脳組織は圧迫されて,よけいに血流
が悪くなって壊死しやすくなる(乙B12)。
(ウ)脳梗塞はこのような機序をたどるため,急性期に適切な治療を行う
か否かにより,予後に重大な影響を及ぼす病態である(甲B1)。
(エ)そして,脳梗塞の治療法は,いずれもペナンブラの部分を治癒する
ことを目的としている(乙B9)。
(オ)脳梗塞になると,急激に片麻痺,半側感覚障害,失語,半盲,構語
障害などの神経症状を呈することが多いとされるが,他方で,意識レベ
ルの低下はあっても,遅れて出現し,比較的軽いとされる(甲B1,。
7)
(カ)大脳運動領野から延髄錐体交叉に至る経路のどこが障害されても対
側片麻痺が生じ,錐体路徴候を伴うが,この障害は脳血管障害によるも
のが大半を占める。そして,錐体路に障害があることの確実な証明とし
てバビンスキー徴候の出現がある(甲B10,11)。
(キ)解離性(転換性)障害ヒステリーにおいては,随意運動障害として
失立,失歩,失声などの症状が,知覚神経系障害として麻痺,疼痛,盲,
知覚過敏,知覚鈍麻,難聴などの症状がみられるなど,あらゆる身体疾
患を模倣するため,精神科以外の臨床科をまず最初に受診するとされ,
その診断にあたっては,第1に検査によって器質的脳障害などを除外す
るものとされる(甲B4,5)。
(ク)脳卒中(脳梗塞,脳出血,くも膜下出血などを含む総称)の診断に
は,CT,MRIは必要不可欠なものである(甲B21)。
イ(ア)A医師は,当時精神科に通院していた原告を,平成16年7月2日
以前にヒステリー疑いと診断し,統合失調症も否定できないという状態
と考えていた(乙A1,証人A)。
(イ)原告は,同日午前8時50分ころ仕事中に痙攣を起こして倒れ,被
告病院に救急車で運ばれ,同9時20分,精神科に到着し,A医師によ
る診察を受けた(乙A1,証人A)。
(ウ)原告は,A医師による診察時,主に右足が痙攣しており,左足は自
分で動かせなかった。A医師は,これらの症状が精神症状か身体疾患に
よるものか判断できなかったため,右半身痙攣様,左半身麻痺様と判断
した(なお,カルテ(乙A1)には左半身麻痺と記載されているが,A
医師は,左半身麻痺様の趣旨で上記記載をしたことが認められる(証人
A。また,原告は,頭痛も訴えていたほか,軽い見当識障害もあり,))
A医師はJCS2と判断した。
もっとも,原告はA医師との問診でも応答できる状態であり,意思疎
通はとれた。そのバイタルについては血圧114/78,心拍数77,
SpO2100パーセントで特段の異常はなく,構音障害は見られず,
顔貌は正常であり,舌偏位も見られなかった。ホフマン反射は陰性であ
り,バビンスキー反射は陽性の疑いであった。また,腱反射は正常で上
肢下肢ともに左右差は特になかった(乙A1,52,証人A)。
(エ)A医師は上記の原告の症状から,頭蓋内疾患や精神症状などを疑っ
た(証人A)。
(オ)午前9時42分,A医師は,脳梗塞や脳出血の有無を調べるため,
コンピュータの診療支援システム(被告病院のCT検査の予約ができる
システム,以下「CT予約システム」という)にCT検査の予約を入力。
したうえで,放射線科に電話をして,救急車で運ばれてきた患者に頭蓋
内疾患が疑われるから緊急でCT検査をしてほしい旨依頼した(乙A1,。
51,52,証人D,証人A)
(カ)同49分,A医師は,CT検査の予約を修正して入力し,放射線部
はこれを受け付けた。この予約の具体的内容は,撮影区分:頭部,部
位:脳,方法:単純のみ,臨床診断:解離性障害,依頼医がCT脳梗塞,
脳出血の有無について知りたい,病歴・症状:7月2日9時頭痛右
半身痙攣,左半身麻痺,移送方法:ストレッチャー,予約枠:撮影AM
オンコール,というものであった(乙A51)。
(キ)なお,被告病院では,医師は,CT検査の予約をするためにCT予
約システムの画面を開いた際,既にCT検査の予約の枠がないときは,
まずオンコールという状態で予約を入れた上で,放射線部に電話をして,
医師の要望とCT室の状況を踏まえて実施時間を決めていた。たとえば,
何とか午前中に実施したいときにはAMコールという形で,午後でもよ
いときにはPMコールという形で予約が入れられ,放射線部は,CT検
査の進行状況を見ながら,時間が空いたときに医師に連絡をし,CT検
査が実施されることとなる(証人D)。
()ア原告はA医師には緊急にCT検査を行うべき義務を怠った過失がある2
旨主張する。上記認定の事実によれば,脳梗塞は,放置しておくとペナン
ブラが壊死し改善が見込まれなくなるという意味において,ペナンブラに
留まる段階での緊急の治療を要する病態であり,平成16年7月当時であ
ってもその診断や治療に係る検査は可能な限り速やかに行われることが要
求されていたことが認められる。
しかし,前記認定の事実によれば,(ア)原告は,午前8時50分ころ
倒れ,被告病院に救急車で搬送され,午前9時20分ころ,精神科に到着
したこと,(イ)A医師は,原告を診察したが,原告には,急激な発症,
左半身麻痺様,右半身痙攣様,バビンスキー反射で陽性の疑い等の脳梗塞
を疑うべき臨床症状が見られたこと,(ウ)A医師は,原告の病態として
解離性ヒステリーのほかに脳梗塞を疑い,その診断にはCT検査等を可能
な限り速やかに行うことが必要であると判断したこと,(エ)なお,原告
に解離性ヒステリーが疑われていたとしても,器質的脳障害を除外するこ
とが優先されるべきであるから,やはり同様の検査等の実施が必要であっ
たこと,(オ)A医師は,午前9時42分過ぎころに放射線部に緊急のC
T検査を依頼し,同49分にはCT予約システムを通してCT検査の予約
をしたことが認められ,これらの諸事実を総合考慮すると,A医師は原告
を診察した後,可能な限り速やかにCT検査の依頼を行ったというべきで
ある。この事実に照らせば,A医師が速やかにCT検査を行うべき義務を
怠ったとの原告の主張は認めることができない。
イこの点に関し,原告は,A医師はできるだけ早くという意味での緊急の
CT検査の依頼をしなかった可能性が高いと主張し,その根拠として,上
記の意味でのCT検査の依頼がされていたとすれば,歩行が不可能であり
救急車で搬送された原告のCT検査が1時間30分近くも行われないとい
うことは通常考えられず,CT予約システムには午前中に行ってほしいと
いう意味での予約(AMコール)しかされていないことを挙げる。原告の
CT検査実施がA医師の検査依頼から1時間30分近く経過した後であっ
たこと,CT予約がAMコールでされていたことは前示のとおりである。
しかし,証拠(乙A54,証人D及び弁論の全趣旨)によれば,(ア)
被告病院における7月2日のCTの予約状況は,事前に午前中のCTを予
約していたものが32人,AMコールが原告を含めて17人であり,多数
の患者がCTを予約している状況であったこと,(イ)上記予約人数から
すれば,依頼からCT検査実施まで1時間30分を要することもあり得な
いことではなかったこと,(ウ)被告病院では,AMコール,PMコール
以外に緊急という意味の予約形態は予定されていないこと,(エ)AMコ
ール自体が,時間が空き次第CTを撮ることのほか,午前中の撮影を求め
るものであり,緊急のCT検査を要請する予約であることが認められ,こ
れに加えて,被告病院において,原告以外にもCT検査を早急に必要とし
ていた患者が多数存したことがうかがわれ,これらの諸事情に照らして考
えると,原告が挙げる事実のみでは直ちにA医師が緊急のCT検査の依頼
をしなかったと推認することはできず,本件記録を精査しても,他に原告
の上記主張を認めるに足りる的確な証拠はない。
ウしたがって,原告の上記主張は採用できない。
2争点()について2
()原告は,A医師がCT検査を依頼してから1時間10分もの間,CT検1
査が実施されなかったのは,被告病院に速やかにCT検査を行うべき義務を
怠った過失がある旨主張する。証拠(乙A54,証人A)によれば,放射線
部から精神科に,午前11時少し前に原告のCT検査を実施できる旨の連絡
があり,E医師と看護師が原告をストレッチャーで放射線部に搬送し,午前
11時02分に受付を済ませ,同17分にCT撮影が実施されたことが認め
られる。
()しかし,7月2日のCT検査の予約状況は,事前に午前中のCTを予約2
していたのが32人,AMコールが原告を含めて17人であったこと,原告
は来院時,呼吸,血圧などのバイタルサインは正常であり,意識障害も軽度
であり,神経学的に重度の疾患を示す明白な検査所見もなかったこと,原告
がCT検査の予約をしたのが午前9時49分であったことに加えて,放射線
部で当時稼働していたCT検査機器は3台のみであり(証人D,これらの事)
実を総合考慮すると,原告のCT検査が午前11時17分に実施され,予約
から実施されるまで一定程度の時間を要していることもやむを得ないものと
いうべきであり,被告病院が速やかにCT検査を行うべき義務を怠った過失
があると断ずることはできない。
()この点に関し,原告は,原告のCT検査実施前にCT検査を実施した患3
者は,既に被告病院に入院していた患者であるし,歩行が可能な者であるか
ら,救急車で搬送され,歩行も不可能な原告のCT検査を優先すべきである
と主張する。脳梗塞が疑われる原告のCT検査を速やかに行う必要があるこ
とは既に説示したとおりである。
しかし,被告病院のような高次医療機関では,原告と同程度に重症度や緊
急性が高い病態の患者も少なくないことは容易にうかがわれるところであり,
他の患者が既に病院に入院していたり,歩行が可能であったりしても直ちに
緊急性や重症度が高くないとまで断定することはできないのみならず,脳梗
塞が疑われる患者であったとしても,当然に他の患者に優先するものという
ことも直ちにはできないのであって,原告について脳梗塞が疑われていたと
しても,CT検査において当然に原告を優先すべきであったということはで
きず,本件記録を精査しても,他に原告の上記主張を認めるに足りる的確な
証拠はない。
()したがって,原告の上記主張は採用できない。4
3争点()について3
()前記争いのない事実に加えて,証拠(乙A1,B1,19の1,25,1
27,証人A)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認
定を覆すに足りる的確な証拠はない。
ア平成17年10月に公表されたrt−PA(アルテプラーゼ)静注療法
適正治療指針(以下「治療指針」という)で,超急性期虚血性脳血管障害。
におけるCTスキャンの微細な変化所見(以下「CT早期虚血サイン」と
いう)がまとめられ,また,平成18年4月ころには「脳血管障害画像。,
診断のガイドライン」作成に関わるワーキンググループが,脳血管障害画
像診断ガイドラインを策定し,急性期脳梗塞画像診断の実践的ガイドライ
ン策定にも取り組んでいた(乙B1,19の1,25,27)。
イしかし,平成16年7月当時には,このような急性期脳梗塞のCT所見
についてはまとめられていなかった。
また,上記治療指針においてもCT早期虚血サインの正確な判定は必ず
しも容易ではないとされ,脳血管障害画像診断のガイドラインにも,CT
早期虚血サインの問題点として,同サインの客観性はやや劣り,読影者間
での判定のばらつきが比較的大きく,読影者の能力によって左右され,経
験の少ない者ではさらにばらつきが大きくなり,読影力のトレーニングが
必須と考えられるとの意見が示されている(乙B19の1,25,27)。
ウA医師は,午前11時少し前に放射線部からの連絡を受けて,放射線部
のCT室に向かい,原告のCT撮影が始まる前に到着した(証人A)。
エA医師は,CT室において,原告のCT画像を見て,脳出血はないと判
断したものの,脳梗塞があるかは分からなかったため,E医師に原告のC
T画像を放射線部の読影に回すよう指示して,精神科の外来に戻った(証。
人A)
オその後,A医師はCに対し,脳内出血は認められなかったことからヒス
テリーの可能性が高くなってきた趣旨の話をした(証人A)。
カA医師は急性期の脳梗塞や脳内出血のCT画像を見た経験は乏しかった。
(証人A)
キ放射線部のD医師らが作成したCT検査レポートによれば「右被殻が淡,
い低吸収となり,境界が不明瞭化しています。また,等皮質や前頭葉弁蓋
部の皮質・白質境界も不明瞭となっています。右MCA領域の超急性期梗
塞が疑われます」とされている(乙A1)。。
()ア原告は,CT画像で脳梗塞を発症していることが判読可能であり,A2
医師にはCT画像の読影を誤った過失がある旨主張する。
上記認定の事実によれば,原告のCT検査の画像は,原告が脳梗塞を発
症していることを示しており,放射線部医師であれば判読可能であったこ
と,A医師は,上記CT画像を見たが,原告が脳梗塞かどうかは判別でき
なかったことが認められる。
しかし,上記認定の事実,特に,A医師が精神科の医師であり脳疾患の
専門家ではなく,脳疾患のCT画像を見た経験が乏しかったこと,平成1
6年7月当時は,急性期脳梗塞のCT早期虚血サインの所見が未だまとめ
られていなかったこと,これがまとめられた現時点でも,正確な判定は必
ずしも容易ではなく,読影にはトレーニングが必須であること,なお,A
医師はE医師にCT画像を放射線部の読影に回すよう指示したこと等の諸
事実に照らせば,精神科の医師であるA医師に対し,CT画像の読影によ
る脳梗塞の判別を要求することは難きを強いるものであって,同医師が判
別できなかったことにはやむを得ない面があるというべきである。
イ原告は,CがA医師から異常はない旨の説明を受け,帰宅するよう言わ
れた旨主張し(A医師が原告は脳梗塞ではないと診断したという趣旨と思
われる,Cの証言及びその陳述書にはこれに沿う部分もあるが,そのよ。)
うな説明をしたことはないとの反対趣旨の証拠(証人A)もあり,この証
拠に照らせば,上記Cの証言等のみでは原告の主張する上記事実はたやす
く認め難く,本件記録を精査しても,他に原告の上記主張を認めるに足り
る的確な証拠はない。
ウ以上によれば,A医師が読影を誤ったことについて過失があると認める
ことはできず,原告の上記主張は採用できない。
4争点()について4
,()前記争いのない事実,証拠(証人A,同D)及び弁論の全趣旨によれば1
以下の事実が認められ,この認定を覆すに足りる的確な証拠はない。
アA医師は,E医師に原告のCT画像を放射線部の読影に回すよう指示し
た際,読影を緊急に行う必要があると考えていたが,救急車で運ばれ脳梗
塞が疑われているが確定診断がついていないという原告の状況からすれば,
緊急であることはE医師や放射線部の医師も認識しているだろうと考えて
いた。もっとも,A医師は特に読影を緊急に行うことまではE医師に指示
しなかった(証人A)。
イ被告病院では,CT撮影を放射線部に依頼した場合にはそのまま読影ま
で行われるシステムとなっており,あらためて読影を依頼する必要はなか
った。もっとも,読影を担当する放射線部の医師は,CT画像をCT撮影
が終了したものから順番に読影しており,どのCT画像を緊急に読むべき
かということまでは検討しないのが通常であった。主治医などから,特定
のCT画像を緊急で読んでほしい旨の依頼があったような場合には,その
読影を優先して実施していた(証人D)。
ウA医師のこれまでの経験上,緊急性のある読影について,読影を実施す
る際に,自ら放射線部に緊急であることを伝えなくとも,同部が急いで読
影を実施したことがあった(証人A)。
エ午後2時,放射線部からA医師に電話があり,脳梗塞であるという読影
結果が伝えられた(争いのない事実,証人A)。
()ア原告は,A医師が,CT画像につき緊急の読影を依頼又は指示しなか2
ったことにより,原告の脳梗塞の判明を遅らせた過失がある旨主張する。
上記認定の事実によれば,A医師はE医師を介して放射線部の医師に読影
を依頼する際に,緊急である旨伝えなかったこと,読影を担当する医師は,
A医師から緊急の読影である旨の情報提供がなければ,読影の緊急性を当
然には認識し難かったことが認められる。
イしかし,前記認定の事実に加え,上記()の認定事実及び弁論の全趣旨1
によれば,(ア)被告病院のシステムにおいては,主治医から放射線部へ
の患者に関する情報提供は,CT撮影を依頼する際に提供されることが予
定されており,それ以上に読影の際に提供されることは通常想定されてい
なかったこと,(イ)A医師は,放射線部に原告のCT撮影を依頼する際,
CT予約システムに脳梗塞,脳出血の疑いをもっていることを入力し,電
話で緊急である旨伝えるなどしていたこと,(ウ)A医師は,放射線部に
対し,同部が原告のCT撮影及び読影を急ぐ必要があると判断するに十分
な情報を提供していると考えていたこと,(エ)被告病院における経験上,
A医師が,放射線部の担当医師が原告の読影の緊急性を認識していると考
えたことも格別不合理とまではいえないことも認められる。
これらの諸事実を総合すれば,A医師は,原告のCT検査を放射線部に
依頼する際,その要緊急性も含めて主治医として行うべき情報提供を行っ
ているというべきであり,この事実に照らせば,緊急の読影が必要である
ことを放射線部の医師に伝える義務まではないというべきであるから,A
医師が緊急である旨を伝えなかったことに過失があると認めることはでき
ず,本件記録を精査しても,他に原告の主張を認めるに足りる的確な証拠
はない。
したがって,原告の上記主張は採用できない。
5争点()について5
()前記争いのない事実,証拠(甲B9,13,21,乙B1,4,7,証1
人D)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆す
に足りる証拠はない。
アアルテプラーゼの静脈内投与は,急性期脳梗塞の治療法として高いエビ
デンスがあり,発症3時間以内の超急性期の虚血性脳血管障害において,
アルテプラーゼによる経静脈的血栓溶解療法が,ガイドラインを厳格に遵
守し,準備が整い,経験豊富な施設で治療が行われた場合には,患者の機
能予後の改善に有用であることが知られている(甲B9,乙B4)。
イ脳梗塞に対するアルテプラーゼの静脈内投与は平成17年10月に認可
された(乙B1)。
ウこのアルテプラーゼの静脈内投与が認可されたことを受けて,現在では,
脳卒中の診断には,CT,MRIは必要不可欠なものであり,患者が来院
したら緊急処置と診察を並行して行いつつ画像診断のオーダーをするべき
で,それらのすべてを来院1時間以内に完了することが望ましいとされて
いる(甲B21,証人D)。
エウロキナーゼによる脳梗塞超急性期局所線溶療法の有効性を評価するこ
とを目的にMELTが平成13年度から開始された(甲B13)。
オMELTによって,局所線溶療法が6時間以内の症例において社会復帰
率を有意に改善することが示された(甲B13)。
カもっとも,平成16年7月当時,ウロキナーゼの局所線溶療法は確立さ
れた治療ではなく,広く一般的に容認され必要とされている基本的な医療
行為ではなかった(乙B7)。
キ放射線部において読影に関与する医師や大学院生は10人程度であった。
(証人D)
()ア原告は,A医師が午前11時に専門医にCT画像の撮影を依頼してい2
たとしても,専門医による読影が行われたのは午後2時であって,このよ
うな読影の遅れは被告病院の緊急医療体制自体に問題があることを示して
おり,検査の遅れについて過失がある旨主張する。前記認定の事実に加え,
上記認定の事実によれば,被告病院の放射線部では,特段の事情がない限
り,CT読影をCT撮影が終了した順番どおりに行っており,放射線部医
師が原告のCT画像の読影を完了したのは午後2時ころであったことは認
められる。
イしかし,前記認定の事実に加え,上記認定の事実及び弁論の全趣旨によ
れば,(ア)被告病院の放射線部では依頼のあったCT検査の結果をすべ
て読影する運用であり,CT検査の依頼は平成16年7月2日においては
85件であったこと(乙A54,(イ)放射線部で読影を実施する医師や)
大学院生は10人程度であり,一件ずつ読影をしていけば相当程度の時間
を要することはやむを得ないこと,(ウ)CT画像の読影には専門的知識
や経験を要することから,放射線部でCT検査の結果をすべて読影する運
用自体が不合理なものとはいえないこと,(エ)被告病院のような高次医
療機関では同程度に重症度や緊急性が高い病態の患者も少なくないこと,
(オ)脳梗塞が疑われる患者であっても,当然に他の患者に優先するもの
ではないこと,(カ)平成16年7月当時,アルテプラーゼやウロキナー
ゼによる局所線溶療法は一般的に容認され必要とされた治療法ではなく,
その意味では治療にあたっての明確な時間制限は意識されていなかったこ
とが認められ,これに加えて,脳梗塞が疑われる患者の診断を優先させる
との医療体制を導入するにあたっては,脳梗塞の疑いの程度,重症度等に
照らし優先させるにあたっての選別基準を設定する必要があることはもと
より,劣後する患者へのフォローのあり方,重症度等に応じて診察・検
査・治療の順番を変えることについて患者の医療を受ける機会の平等とい
う観点からの検討を要すること等慎重に考慮すべき事項が多いことがうか
がわれ,これらの諸事実に照らすと,上記の放射線部の運用及び原告のC
T画像の読影完了までに数時間を要したことのみで,直ちに被告病院の緊
急医療体制にそれ自体を過失と評価するほどの不備があったと断ずること
はできず,本件記録を精査しても,他に原告の上記主張を認めるに足りる
的確な証拠はない。
ウしたがって,原告の上記主張は採用できない。
6争点()について6
原告は,被告病院では,平成16年当時,他の診療科に通院中の患者に関し
ては,その診療科を受診させ,救急部では受け付けない体制をとっていた旨主
張するが,本件記録を精査しても,原告の主張を認めるに足りる的確な証拠は
なく,原告の上記主張には採用できない。
7争点()について7
原告は,CT検査の遅れ等に係るA医師又は被告病院の過失の存在を前提と
して,原告にウロキナーゼの局所動注療法が早期に実施されていれば,原告に
は重度の障害が残らなかった高度の蓋然性又は相当程度の可能性があり,上記
過失と損害には因果関係がある旨主張するが,A医師又は被告病院に原告主張
の過失が認められないことは既に説示したところから明らかであり,原告の上
記主張はその前提を欠き,採用することができない。
第4結論
以上のとおりであるから,その余の点について検討するまでもなく,原告の
請求には理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
仙台地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官足立謙三
裁判官近藤幸康
裁判官髙橋幸大

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