弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一 上告人らの本訴請求中上告人らが被上告人ら各自に対し各金三八万
七七九二円及びこれに対する昭和四六年七月三一日から支払ずみに至るまで年五分
の割合による金員の支払を求める請求を棄却した部分につき、原判決を破棄し、第
一審判決を取り消す。
     二 被上告人らは各自上告人らに対し各金三八万七七九二円及びこれに
対する昭和四六年七月三一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支
払え。
     三 上告人らのその余の上告を棄却する。
     四 訴訟の総費用はこれを二分し、その一を被上告人らの負担とし、そ
の余を上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人古屋倍雄の上告理由第一の一について
 交通事故により死亡した幼児の損害賠償債権を相続した者が一方で幼児の養育費
の支出を必要としなくなつた場合においても、右養育費と幼児の将来得べかりし収
入との間には前者を後者から損益相殺の法理又はその類推適用により控除すべき損
失と利得との同質性がなく、したがつて、幼児の財産上の損害賠償額の算定にあた
りその将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきものではないと解するのが相
当である(当裁判所昭和三六年(オ)第四一三号同三九年六月二四日第三小法廷判
決・民集一八巻五号八七四頁参照)。
 したがつて、交通事故により死亡した亡D(当時満一〇歳)の両親である上告人
らの被上告人らに対する損害賠償請求について、亡Dの財産上の損害額の算定にあ
たり、その将来得べかりし収入額から養育費に相当する七七万五五八四円を控除し
た原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があるといわなければならず、右の違
法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。それゆえ、上告人らの本訴
請求中上告人らが被上告人ら各自に対し右七七万五五八四円の二分一にあたる各三
八万七七九二円及びこれに対する昭和四六年七月三一日から支払ずみに至るまで年
五分の割合による金員の支払を求める請求を棄却した部分につき、原判決を破棄し、
第一審判決を取り消したうえ、上告人らの右請求を認容すべきである。
 同第一の二について
 原審が亡Dの将来得べかりし利益の喪失による損害賠償につき、本件事故発生時
において一時にその支払を受けるものとし、年五分の中間利息を控除するために採
用した所論ライプニツツ式計算法は、交通事故の被害者の将来得べかりし利益を事
故当時の現在価額に換算するための中間利息控除の方法として不合理なものとはい
えず、所論引用の判例(当裁判所昭和三四年(オ)第二一三号同三七年一二月一四
日第二小法廷判決・民集一六巻一二号二三六八頁)は複式ホフマン式計算法によら
なければならない旨を判示するものではないから、右判断と抵触するものではない。
原判決に所論の違法はなく、論旨は、採用することができない。
 同第一の三及び第二について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触する
ものではない。所論違憲の主張は、ひつきよう、原審の事実の認定を非難するもの
にすぎず失当である。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条、
九三条に従い、裁判官大塚喜一郎、同吉田豊の各補足意見、裁判官本林讓の反対意
見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官大塚喜一郎の補足意見は、次のとおりである。
 上告理由第一の一について、私は、交通事故により死亡した幼児の損害賠償額の
算定にあたりその将来得べかりし収入額から養育費を控除すべきではないとする多
数意見に同調するものであるが、若干の意見を補足しておきたい。
 本林裁判官の反対意見は、養育費は幼児が稼働能力を取得するための必要経費で
あるから、幼児の将来の得べかりし収入額からこれを控除すべきであるとし、その
前提として、失われた稼働能力そのものを積極損害として評価し損害額を算定する
という考え方を採るものである。たしかに、現実所得のない被害者の損害額算定に
ついては、稼働能力喪失という考えは一応の説得力を持つており、反対意見引用の
判例は、この考え方をうかがわせるものと解せられないではないが、なお検討すべ
き未解決の問題が残されている。すなわち、この考え方を進めていくと、有職者が
死亡した場合又は労働能力の全部若しくは一部を喪失したが減収額の明らかな場合
に稼働能力喪失説はどう妥当するか、もし、これらの場合については従来の所得喪
失説により、現実所得のない被害者については稼働能力喪失説によるとするならば、
両者の理論的整合性をどのように考えるか、さらに、稼働能力の評価が抽象的・観
念的に流れるおそれはないかなど、その周辺の問題をも含めて、総合的に検討すべ
き問題が少なくないし、稼働能力喪失説自体必ずしもまだ十分に整理されたものと
はいい難いから、これを立論の前提とすることは問題があるように思われる。
 以上の理由により多数意見引用の判例を変更するだけの決定的な理由は見出し難
く、現段階においては、右判例の立場を維持すべきものと考える。
 裁判官吉田豊の補足意見は、次のとおりである。
 上告理由第一の一について、私は、本林裁判官の反対意見に対し一言したい。
 幼児の養育費(教育費、生活費等)は、一般に殆んどの場合、父母その他の扶養
義務者が負担するものであり、逸失利益の取得者である幼児とはその主体を異にす
るから、その場合損益相殺の法理を適用する余地はないのである。幼児本人がその
養育費を負担するのは、父母その他の扶養義務者がおらず、しかも幼児本人が資産
を有するという極めて稀な場合であつて、反対意見がこのような稀有な事象を前提
として立論するのは、妥当でない。
 反対意見は、幼児の養育費を幼児が稼働能力を取得するための必要経費として幼
児の将来の得べかりし収入額から控除すべきであるというが、稼働能力喪失説に立
つても、稼働能力の評価は、稼働能力を取得するための必要経費を要因としなけれ
ばならないものではない。
 仮に稼働能力を取得するための必要経費を稼働能力評価の要因とする場合でも、
交通事故により死亡した幼児本人の財産上の損害額を算定するについて、幼児の将
来取得すべき収入の基本である稼働能力を取得するまでに要すべき養育費を幼児の
右損害額から控除することを要すると解することは、幼児本人が養育費を負担する
というきわめて稀な場合を想定し、その支出を免れたことを前提とすれば、必ずし
も不合理ではない。しかし、幼児の養育費は、一般に殆んど父母その他の者が負担
するのであり、その場合、死亡した幼児は稼働能力を取得するまでに父母その他の
者から取得すべき養育費相当額を喪失したことになるから、むしろ喪失した養育費
相当額も幼児の損害額として計上すべきものとさえ考えられる。そうすると、反対
意見が、幼児の損害賠償債権を相続した者が幼児の死亡にともなつて養育費の支出
を免れた場合であると否とにかかわらず、死亡した幼児本人の財産上の損害額を算
定するについて養育費を控除すべきであるとするのは、理論が一貫しない。
 幼児の養育費は父母その他の者が負担するのが一般であるのに、なお幼児の養育
費をその稼働能力を取得するための必要経費として、その稼働能力に基づく収入か
らこれを控除すべきものとすれば、成人が死亡した場合においても、その稼働能力
を取得するために要した養育費は、これをその収入から控除すべきものとしなけれ
ばならないのに、反対意見の趣旨はこれを否定する。したがつて、反対意見が幼児
の死亡の場合にのみ養育費を控除することを要するとすることは、むしろ成人の死
亡の場合との均衡を失することになるのではないかと思う。
 なお、幼児の交通事故による損害賠償額の算定として逸失利益から養育費を控除
するという考え方は、加害者と被害者との損害負担の衡平を図るための便法にすぎ
ない面のあることを否定しえないと思われるのであるが、保険制度の発達等社会経
済の成長をみるにいたつた今日においては、幼児の養育費を控除することによつて
損害賠償額の多額化を抑制することは、必ずしも右の衡平を得るゆえんではないと
いわなければならない。
 裁判官本林讓の反対意見は、次のとおりである。
 私は、上告理由第一の一について、多数意見とは異なり、交通事故により死亡し
た幼児の財産上の損害額を算定するにあたつては、養育費を控除すべきものである
と考える。すなわち、幼児のように現実に所得がなく、不確定な要素の多い被害者
については、失われた稼働能力そのものを積極損害として評価し、損害額を算定す
べきであり(当裁判所昭和四四年(オ)第五九四号同四九年七月一九日第二小法廷
判決・民集二八巻五号八七二頁はこの立場によるものと考える。)、幼児が稼働能
力を取得するまでに要すべき生活費、普通教育を受けるための費用等の養育費につ
いても、これを稼働期間中の生活費に準ずる必要経費として幼児の将来の得べかり
し収入額から控除することを要すると解するのが相当である。けだし、幼児は、死
亡当時においては稼働能力をもたない未完成の状態にあるにもかかわらず、既に稼
働能力を有する成人が死亡した場合と同様に将来の得べかりし収入額から稼働期間
中の生活費等の必要経費のみを控除した額をもつてその財産上の損害額とし、幼児
が稼働能力を取得するためにはそれまでの間の養育費を必要とするはずであつたこ
とをまつたく考慮しないのは、成人が死亡した場合との均衡を失することとなり、
相当ではないからである。右に述べたところは、死亡した幼児の財産上の損害を算
定するについての法理であつて、右損害賠償債権を相続した者が幼児の死亡にとも
なつて養育費の支出を免れた場合であると否とにかかわらずその適用をみるもので
あることはいうまでもない。
 なお、吉田裁判官の補足意見のうち、成人死亡の場合との不均衡を指摘される点
につき一言する。養育費の控除は、幼児の将来うべかりし財産上の損害額を算定す
るためのものであるから、控除すべき養育費も事故後成人に達するまでの間のそれ
であり、事故前の養育費を含まない趣旨であることは当然である。したがつて、成
人が死亡した場合には、養育費を控除する問題は起こる余地がないのである。
 以上の理由により養育費を控除すべきでないとする当裁判所の判例(昭和三六年
(オ)第四一三号同三九年六月二四日第三小法廷判決・民集一八巻五号八七四頁)
は変更すべきである。
 これと結論において同旨の見地に立つて、亡Dの財産上の損害額の算定にあたり、
その将来の得べかりし収入額から養育費に相当する金額を控除すべきものとした原
審の判断は正当として是認することができる。よつて、本件上告は棄却すべきもの
と考える。
     最高裁判所第二小法廷
         裁判長裁判官    大   塚   喜 一 郎
            裁判官    吉   田       豊
            裁判官    本   林       讓
            裁判官    栗   本   一   夫

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