弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
原告の被告らに対する請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
一 請求の趣旨
1 被告日本ベビー縫製株式会社は別紙イ号図面および同説明書記載のおしめを製
造し、譲渡し、貸し渡してはならない。
2 同被告は前項のおしめを廃棄しなければならない。
3 被告らは各自原告に対し金九〇〇万円およびこれに対する昭和五一年一月一日
から右各金員支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決ならびに仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文同旨
三 請求原因
(一)原告は左記実用新案権(以下本件実用新案権といい、その考案を本件考案と
いう)の権利者である。
(1) 名称 「おしめ」
(2) 出願 昭和四三年四月三日(実願昭四三―二六五一六)
(3) 公告 昭和四八年六月一日(実公昭四八―一九三二八)
(4) 登録 昭和四九年二月七日(第一〇二八三四九号)
(5) 実用新案登録請求の範囲
 「吸水性の高い糸を使用して一部1をたくらせ、これを押さえて凹凸感のある風
紋状に編成あるいは織成した生地2をもつて繭形に形成したことを特徴とするおし
め。」
(二)本件実用新案の構成要件およびその作用効果は次のとおりである。
1 構成要件
本件実用新案は「おしめ」であつて
(イ) 吸水性の高い糸を使用し、
(ロ) 糸の一部1をたくらせ、これを押さえて凹凸感のある風紋状に編成あるい
は織成した生地2を用い
(ハ) 右生地2を繭形に形成する
との要件からなつている。
2 作用効果
(イ) 本件考案では糸をたくらせ、これを押さえて凹凸感のある風紋状に編成ま
たは織成することにより生地の表面がmのような形になるので全体の面積が小さい
ものであるのに表面積は増大できる。
(ロ) 本件考案は前記のように表面が凹凸感のある風紋状編成(あるいは織成)
したものであるため従来の表面が平面なおしめと異り、一〇〇グラムの糸に対して
二〇〇ないし二五〇グラムの水を吸収することができる(従来のものは一〇〇グラ
ムの糸に対して一〇〇グラムの水しか吸収しない)ので、非常に吸水力が高く、ま
た吸水速度も早い。
(ハ) 表面が凹凸感のある風紋状になつているので、水の皮膜ができず通気性に
優れている。
(ニ) 弾力性に富み、肌への接触が非常に柔軟である。
(三) 被告日本ベビー縫製株式会社(以下単に被告会社という)はかねてから別
紙イ号図面および同図面説明書記載のおしめ(以下イ号製品という)を業として製
造し、譲渡し、貸し渡しをしている。
(四) 被告会社のイ号製品は次のような構成および作用効果を有している。
1 構成
イ号製品は「おしめ」であつて、
(イ)′ 吸水性の高い糸を使用した生地2よりなり、
(ロ)′ その生地2は右糸の一部1をたくらせ、これを押さえて風紋状の凹凸感
あるように編成したジヤージであり、
(ハ)′ 一方3を大きく、他方4を小さくして繭形に形成したものである。
2 作用効果
イ号製品は右の構成により、本件実用新案と同一の作用効果(前記(イ)ないし
(ニ))をあげるものである。
(五) 被告会社のイ号製品は原告の本件実用新案の構成要件を全部具備してい
る。
 すなわち、イ号製品の構成(イ)′、(ロ)′、(ハ)′は本件考案の構成要件
(イ)、(ロ)、(ハ)をそれぞれ充足しており、その奏する作用効果も同一であ
る。
(六) そうすると、イ号製品は本件実用新案の技術的範囲に属する。したがつ
て、被告会社が業としてイ号製品を製造販売等することは原告の本件実用新案権を
侵害するものである。
(七) 被告会社の右本件実用新案権侵害行為は過失によりなされたものと推定さ
れるところ、原告は右侵害行為によつて左記のような損害を蒙つた。
 すなわち、被告会社は昭和四九年一月一日から同五〇年一二月末までの二年間に
イ号製品を合計金三億円相当分製造販売した。そして、本件実用新案権の実施料は
右売上代金額の三パーセントと考えるのが相当であるから、原告は被告会社の右違
法行為によつて合計金九〇〇万円の実施料相当の損害を蒙つたことになる。
(八) 被告【A】、同【B】はいずれも被告会社の代表取締役であつて、それぞ
れその職務を行うにつき、被告会社においてイ号製品を業として製造販売すること
が本件実用新案権を侵害するものであることを知り、又は知りえたにも拘らず重過
失により知らないで被告会社をして前記のような原告に対する権利侵害をなさしめ
たものである。
 したがつて、右被告ら両名は、商法二六六条ノ三第一項に基き、被告会社と連帯
して原告に対し前記損害を賠償する義務がある。
(九) よつて、原告は(イ)被告会社に対しイ号製品の製造、譲渡等の差止めと
同製品の廃棄を、(ロ)被告らに対し各自金九〇〇万円およびこれに対する昭和五
一年一月一日(請求にかかる侵害終期の翌日)から支払ずみに至るまで民法所定年
五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
四 請求原因に対する被告らの答弁
(一) 請求原因(一)項は認める。
(二) 同(二)項の1は認める。同項の2のうち(ニ)の弾力性に富むとの点の
み認め、その余は否認する。
(三) 同(三)項のうち被告会社がイ号製品を業として製造販売していることは
認める。
(四) 同(四)項の1のうち(ロ)′の「一部をたくらせ、これを押えて風紋状
の」との点、(ハ)′の「繭形に形成した」とある点を否認し、その余は認める。
同項の2は争う。
(五) 同五項のうちイ号製品の構成(イ)′が本件考案の構成要件(イ)を充足
していることは認めるが、その余は否認する。
(六) 同(六)ないし(八)項はいずれも争う(但し、(八)項のうち被告
【A】、同【B】がいずれも被告会社の代表取締役であることは認める)。
五 被告らの主張
(一) 構成要件(ロ)について
1 構成要件(ロ)は糸の「一部をたくらせ、これを押さえて」、「凹凸感」のあ
る「風紋状」に「編成あるいは織成する」等技術用語としては極めてあいまいな表
現によつて定められているためその技術内容を明確に知ることは困難である。この
ような場合、当該要件の技術的意味は考案の詳細な説明、明細書添付図面、出願経
過等を参酌してこれを定めるほかない。
 そして、このような見地から(ロ)の要件をみると、ここにいう「風紋状」とは
不規則な模様を指し、又、その「編成」もジヤガード機構を使用したダブルニツト
とシングルニツトのランダムな組合わせによつてなされた編成を指しているものと
解さなければならない。すなわち、
(1) もともと「風紋」とは砂が風に吹き寄せられてできる模様のことをいうの
であるが、それはその生成経過に照らし決して規則的な一定の模様を生ずることは
ない。本件実用新案公報第1図においても「風紋状」は不規則模様すなわち凹部分
の生地とこれより上部のループ(凸部分)とによつて形成された紋様で、その一つ
一つはループによつて完全に囲まれ、その大きさ(面積)はおしめの横方向におい
て数個程度しか作られない程度に大きいものとして表わされている。
(2) また、本件考案はその出願過程において、特許庁から「吸水性の高い綿糸
等を使用して凹凸感のあるように編織した布地は敷布などにおいてこの出願前周知
であり、これをおしめの素材として用いるようなことは当業者がきわめて容易にな
しうるものと認める。また、引例(実公昭三六―六六五号公報)のものを、角をと
つて繭形に形成するようなことは当業者が必要に応じて適宜なしうる程度のものと
認める」との理由で拒絶理由通知を受けたため、二度にわたつて手続補正書を提出
し、クレーム中にあらたに糸の「一部1をたくらせ、これを押さえること」および
「風紋状に編(織)成する」という要件を加えたほか、さらにこれまで詳細な説明
欄中に生地の編成方法について特段の説明がなかつたところ、あらたにその編成手
段として「ジヤガード機構を使用したダブルニツトとシングルニツトのランダムな
組合せによつて風紋状のジヤージ風の生地を得る」旨を付加記載したことによつて
ようやく登録査定されたものである。そして、右明細書中には前記のようなジヤガ
ード機構を用いて編成する方法以外の他の方法は全く開示されていない。
2 しかるところ、イ号製品の衣地表面模様はほぼ直線状の山脈(凸部)と谷(凹
部)が交互にほぼ平行かつ規則的に密に並ぶものであり、その山脈と谷とはいずれ
も微細なものであつて、到底これを「風紋状」ということはできない。
 また、その編成方法もノンジヤガードによつてえられたダブルニツト地であり、
シングルニツトのランダムな組み合わせによるものではない。
 なお、原告の主張によると、本件考案にいう「一部1をたくらせ、これを押さえ
て」とは糸を生地より上部にループ状にし、その根元部分を生地の下地部分に引掛
け接合することを指すというのであるが、イ号製品は生地より上部に糸でループを
作つているのではなく、従来からある綿ウエーブの生地そのものを用いているにす
ぎないのであつて、この点においても明らかに本件考案の右構成要件と相違してい
る。
3 以上のとおりであるから、イ号製品が本件考案の構成要件(ロ)を充足してい
ないことは明らかである。
(二) 構成要件(ハ)について
 要件(ハ)にいう「繭形」とは本件実用新案公報第1図に示されているように楕
円形の中央両側部をややくびらせた形状を指すものと解するのが普通である。本件
公報の詳細な説明欄に「一方で大きく、他方で小さい繭形に形成」する旨の記載
(2欄一、二行目、二六、二七行目)があるのも右のような繭形の基本形状を述べ
ているものにほかならない。
 しかるに、イ号製品の平面形状は縦長の台形で、ただその角にやや円みを持たせ
たものであり、しかも横幅の異なる二枚のほぼ同形状の生地を重ね上辺と底辺で縫
合して環状体にしており、到底これを「繭形」ということはできない。
 そして、イ号製品は前記のような形状と構成を採つているため生地も本件考案の
ものに較べ薄いもので足りる。したがつて、洗濯に際しても乾きが早く、又、干す
ことも容易であるという効果を有する。又、イ号製品はもともとスペアおしめと称
しているもので、同じく被告会社の製品であるパツクおしめ(検乙第二号証)と組
み合わせて使用することによつておしめが幼児の身体に密着し、身体の動きによつ
てもずれ落ちることがないという作用効果も狙つているのである。
六 被告らの主張に対する原告の反論
(一) 構成要件(ロ)について
1 要件(ロ)にいう「一部1をたくらせ、これを押さえて」とは糸を生地である
メリヤス地より上部にループ状にし、その根元部分を生地の下地部分に引掛け接合
することをいうのであり、本件実用新案公報の第2、第3図は右の構造を表わした
実施例である。
2 「風紋」が砂の吹き寄せによつて生ずる模様であることは被告ら主張のとおり
である。
しかし、風が砂の上に作る模様はその日の風の方向、強さ、砂地の地勢等によつて
異なるものであることは自明のことである。したがつて、「風紋」は被告ら主張の
ように不規則なものばかりではなく、中には規則的なものもつくられることは当然
である。本件考案にいう「風紋状」も不規則的な模様だけでなく規則的な模様も指
していると解すべきである。すなわち、イ号製品の生地が表わしているような山脈
(凸部)と谷(凹部)とが規則的に配列されることによつて生じた模様も「風紋
状」である。又、通常工場で機械によつて編成されたままの生地はそのままおしめ
用に供されるのではなく、これをさらに染工場で湯洗いし、白く染色し、乾燥し、
袋状を真中で切り開いて一枚のものにするのである。右のような過程において生地
がしまり、不規則な模様になるのである。本件考案が「風紋状」というのはこのよ
うな通常の過程を経て出来た生地の不規則模様をいつているのである。しかるとこ
ろ、イ号製品も右のような過程を経て製作されており、それゆえ当然風紋状を呈し
ているのである。
3 次に、被告らは本件考案にいう生地はジヤガード機構を用いてダブルニツトと
シングルニツトのランダムな組合せによつて編成されたものに限定されるべきであ
る旨主張している。しかし、
(1) 本件実用新案公報の詳細な説明欄では「これを普通に編成する場合は……
……」(公報2欄3行目から9行目まで)と記載したうえ、前記のようなジヤガー
ド機構による編成方法を説明しているのであつて、被告らが主張するように編成方
法を限定したと解する余地はない。そもそも、実用新案権は「物品の形状、構造、
又は組合わせに係る考案」について付与されるものであつて、「方法」の考案はな
いのであるから、その物が如何なる方法によつてなされるかというようなことは登
録請求の範囲外の事項である。
(2) 又、本件実用新案の審査経過に関する被告らの主張(被告らの六(一)の
1の(2)の主張)は認めるが、これによつて「風紋状」の意味が被告ら主張のよ
うに限定されるわけではない。本件実用新案は被告ら主張のような補正手続をした
こと、殊に被告らが指摘するような編成方法の例を加えたことのみによつて登録さ
れたものではなく、拒絶理由通知に対して意見書を提出したこと等も含め、原告の
考案全体を登録要件にかなうものと判断されたためである。又、このようにある方
法を開示するような場合数多くの方法を開示しないのが明細書作成の実務でもあ
る。
(二) 構成要件(ハ)について
 要件(ハ)にいう「繭形」とは一方を大きく、他方を小さく形成した形をいうの
であり、このことは本件実用新案公報の詳細な説明の項の記載(第2欄1、2行
目、26、27行目)によつて、明らかである。なお、公報の第1図には楕円形の
中央両側のややくびれたおしめが表わされているが、これはもとより「繭形」の一
実施例を示したものであるにすぎない。被告らの「繭形」の解釈は公報の記載から
離れた独自なものであり、採りえない。そして、イ号製品の形状が一方(4)を大
きく、他方(3)を小さくしたものであることはいうまでもない。したがつて、イ
号製品が要件(ハ)を充足することは明らかである。なお、被告らはイ号製品の構
成が環状である点を強調し、それがゆえに「繭形」でないと主張しているが、それ
は、単にイ号製品が衣地を二枚重ねて、これらを上下の二個所で縫着しているとい
うだけのことであつて、その平面形状が「繭形」に該当することを否定する何らの
理由にもならない。又、そのことによつてイ号製品に何ら特別の作用効果を付加す
るものでもない。
七 証拠(省略)
       理   由
一 原告が本件実用新案権を有していること、および被告会社が業としてイ号製品
を製造販売していることは当事者間に争いがない。
二 原告は、イ号製品は本件実用新案の技術的範囲に属する旨主張するので以下そ
の当否について検討する。
(一) まず、本件実用新案登録請求の範囲を分説すると原告主張のとおり(イ)
(ロ)(ハ)の三つの構成要件からなる「おしめ」と解しうることは当事者間に争
いがない。
(二) そして、イ号製品が「おしめ」であつて、(イ)の要件(吸水性の高い糸
を使用した生地からなること)を充足していることも当事者間に争いがない。
(三) そこで、次にイ号製品が(ロ)の要件ことに「風紋状」に編成された生地
という要件を充足しているか否かについて検討する。
1 もともと「風紋状」という用語は技術的思想を表わす用語としては極めてあい
まいな多分にニユアンスを含んだ用語というほかないうえ、本件公報(成立に争い
ない甲第二号証)の詳細な説明欄を通覧しても直接これを定義した部分はなく、ま
たそれが技術上どのような作用効果を狙つた要件部分であるのかについて直接説明
した個所も特に見当らない。
 したがつて、ここにいう「風紋状」の意味はその用語が本来有する意味や本件公
報記載の実施例を参考にしながら社会通念に照らし決するほかない。
 しかるところ、「風紋」とは要するに「風によつて砂の上にできる模様」にほか
ならないのであるから、それは生ずる風の方向、強さ、砂の種類、地勢等自然天然
の諸条件が複雑に重なつて形成される砂地表面のランダムな紋様または縞模様を指
すと解すべきである(公知の各種の国語辞典の「風紋」の項および成立に争いない
乙第二号証の一ないし三―砂漠に生じた風紋を写した写真1参照)。
 げんに本件公報の第1図によると本件実用新案の考案者原告も「風紋状」の実施
例として多数のランダムな閉じた形の紋様を示しており、少くとも、このような模
様を「風紋状」と考えていたことが明らかである(なお、これに反し公報第2、第
3図は生地表面の「風紋状」があたかも縦に平行な極めて規則的な線模様であるこ
とを前提とした断面図のようにうかがわれないでもない。しかし、右断面図はむし
ろ糸の「一部1をたくらせ、これを押さえ」た状態を例示した図と解されるのであ
つて、これによつて「風紋状」を例示したと解するのは相当でない。のみならず、
右第2図は第1図と同一実施例の一部断面図と説明されているにもかかわらず正確
には対応していないことが明らかで相互に矛盾が存し、また第3図も上記実施例
(二重縫着のもの)を一重に形成した場合の一部断面図と説明されているからその
平面図は当然第1図が想定されていると解されるところであり、もしそうだとすれ
ば前記と同じ矛盾が存し、いずれにせよこのような例示によつて出願人に有利な解
釈をすることは相当でない。)。
 また、証人【C】の証言により原告主張のとおりのおしめ、すなわちその下約三
〇パーセントの部分は本件公報の詳細な説明欄記載の実施例どおり(公報二欄三行
目から七行目まで)の編成方法に従つて編成したと認める検甲第三号証の下約三〇
パーセントの部分を検すると、その表面は編目自体によつて生じている模様以外の
ランダムな模様(それは表現しにくいが、光線の具合によつて様々に目に映る不規
則な紋様で、生地のふうあい、凹凸感とともに覚知できる模様)を現認できるので
ある。
2 もつとも、成立に争いない甲第三号証の一部(鳥取砂丘を写した写真)による
と自然条件如何によつては、場合により、部分的にかなり規則的な平行線状の奇麗
な模様を作つている風紋もあることが認められ、鳥取砂丘はそれが故にこそわが国
の名勝として有名になつていることが当裁判所にも顕著である。しかし、これはむ
しろ自然現象としては例外現象といわねばならず、このような模様をも「風紋」と
いうのは定義の明らかにされていないクレーム用語の一般的解釈としてはやや広き
に失するし、「紋」という語感にもそぐわないように思われる。かりにこのような
ものをも「風紋」に含めるのが正しいとしても、それは、正確には、なお規則的な
平行線を形成しているわけではなく、所々に二つまたはそれ以上の陵線が一点で交
わり閉じるものもあるはずで、クレーム解釈にさいしてはこのような点も念頭にお
いておくべきである。少くともイ号製品のように従来公知のいわゆるノンジヤガー
ド方式により編成されたダブルニツトの綿ウエーブ生地(イ号製品の編成方法につ
いては鑑定人【D】の鑑定結果参照)の編目そのものとして覚知できる「頂きに微
小なギザギザのある約〇・三ミリメートルの微小な高さのほぼ直線状の山脈(6)
が谷(7)を介してほぼ平行且つ密に列んでいる」状態までも「風紋状」と解する
ことは広きに失する。すなわち、これを換言すると、ここに「風紋」または「風紋
状」とは何らかの形で自然天然現象特有のランダムさを感じさせるような模様を指
すものと解すべきであつて、イ号製品のような公知の綿ウエーブ生地の編目そのも
のから覚知しうるようないわば機械的人為的な平行かつ密な線模様はその範疇に属
さないと考えられる。
 そして、本件について以上のような帰結が正当であることは本件考案の出願経過
をみることによつても裏付けられる。すなわち、成立に争いない乙第四、第五、第
七、第一〇、第一一号証によると、本件考案のクレーム中(ロ)の要件部分は出願
当初単に「凹凸感のあるよう編成あるいは織成した生地」というのであつたとこ
ろ、特許庁から昭和四七年一月二〇日付の拒絶理由通知書を発せられ「吸水性の高
い綿糸等を使用して凹凸感のあるように編織した布地は敷布などにおいてこの出願
前周知であり、これをおしめの素材として用いるようなことは当業者がきわめて容
易になしうるものと認める。」等の理由を付された。そこで、原告はまず同年三月
二七日付手続補正書により「一部1をたくらせ、これを押さえて」の要件を加え、
さらに同年一一月一五日付自発の手続補正書により「風紋状」に編織成することを
も要件として加え、あわせて詳細な説明欄にこのような編成の例として「ジヤガー
ド機構を使用した、ダブルニツトとシングルニツトのランダムな組合せによつて風
紋状のジヤージ風の生地(クロスウエーブ若しくはクロスパイル)を得ることがで
きる」(前掲公報二欄三行目から七行目まで)等の説明を加え、最終的に公報記載
どおりの(ロ)の要件に落ちついたことが認められる。したがつて、もしここに
「風紋状」を単に従来周知の凹凸感ある綿ウエーブ生地の編目(織目)そのものの
規則的な模様をいうものと解すると補正によりことさら「風紋状」なる要件を付加
した趣旨理由が不明瞭になつて不合理である。
3 このように考えてくると、イ号製品の生地を「風紋状」に編成されている生地
と解することは困難であり、この点においてイ号製品はすでに(ロ)の要件を充足
していないものといわなければならない。
4 もつとも、いまひるがえつて、証拠によりイ号製品を検討してみるに、原告の
提出した検甲第二号証と被告らの提出した検乙第一号証はいずれもそれがイ号製品
たる「おしめ」であることには争いないのであるが、これらを上来説示の「風紋
状」なる要件との関係で比較検討してみると、両者の生地はともに同じノンジヤガ
ードのダブルニツト地であるにもかかわらずその表面生地から感得しうる模様は明
らかに異なる(前者は凹凸感が顕著でふうあいを感じ、横縞が波打つている感じの
ほか光線の具合によつては微妙な不規則模様も覚知できないわけではないのに対
し、後者は普通の綿布地で凹凸感も少くフラツトな感じで、模様としては専ら編目
自体による規則的なもののみを覚知しうる。前掲鑑定人【D】の鑑定の結果もその
3の(2)において一部同趣旨の指摘をしている点も参照。)。そして、別紙目録
によつて特定されている当事者間に争いないイ号製品はそのうちの検乙第一号証の
「おしめ」を文章と図面で表現特定したものと解される(これがもし検甲第二号証
の「おしめ」を特定したものと考えるとその表面生地の模様の特定としてはやや不
正確不十分なきらいがある。)。このように考えてくると、両者は少くとも「風紋
状」の要件との関係では別製品とするのが正確であるようにも思われ、かつもし原
告の真意が前者を本件訴訟の対象物とするものであるとすれば、あるいはそれは
「風紋状」であると解する余地が全くないわけではないと思われる(なお、前掲証
人【C】の証言およびこれによりいずれも原告主張のとおりのものと認める検甲第
一二、第一三号証によると、このように同じ編成方法によつて造られた生地が目で
みて異なつたふうあい感覚を与えるのは出来た布地を湯洗、染色、乾燥する加工過
程の相違に由来するもののように思われる。)。
 しかし、侵害訴訟において権利侵害の有無が問題となる対象物件(イ号製品)は
現物そのものではなく訴訟上文章と図面で表現され特定された物件でなければなら
ない。したがつて、上来の説示において対象物件を当事者間に争いない別紙目録記
載のイ号図面とその説明文によつて特定されている「おしめ」としたのはもとより
当然のことである。
(四)ただ、本件では前記のような証拠上うかがわれた事情に鑑み、特にイ号製品
が(ハ)の要件(繭形を形成していること)を充足しているか否かについても検討
する。
 まず、本件考案にいう「繭形」の技術的意義を本件公報に照らしてみるに、本件
公報の詳細な説明欄には(イ)「全体が繭形で面積が小さい」との記載(二欄一七
行目から一八行目)、(ロ)「一方3で大きく、他方4で小さい繭形に実施した場
合一方の大きい側を尻部側に、他方の小さい側を前部側に当てて……使用すればよ
い」との記載(同二六行目から二九行目)および(ハ)「外観が繭形の美しいもの
で……干し場にあつても美麗で体裁よく」との記載(同三欄一行目から二行目)が
あり、また右(ロ)の説明に対応する平面図として、一方他方とも丸味をおび角張
つておらず、かつ中くびれの形状のもの(第1図)が示されているだけであること
が認められる。これによると、前記(ロ)の説明と第1図は一実施例にすぎないと
解すべきであるから「繭形」を右のような形状にのみ限定するのは相当ではない
が、さりとて他にこれを定義づける説明も見当らない。したがつて、ここに「繭
形」とは前記のような技術的意図を参しやくしながら一般の社会通念に合致した用
語例または語義を調べて理解するほかない。しかるところ、一般に「繭形」とはい
うまでもなく元来立体形状をいうのであつて、「繭の形は……遺伝的なものといわ
れ……日本種とヨーロツパ種は一般に俵形で、中国種は楕円形および球形のものが
多い。現在一般に飼育されている蚕品種は、日中あるいは日中欧の交雑種で、……
俵形と楕円形との交雑となり、浅くびれの俵形となつているものが多い。」(東洋
経済新報社「商品大辞典」昭和五〇年六月一〇日発行版の七四四頁右欄参照。な
お、平凡社刊行の「世界大百科事典」二一巻一〇〇頁もほぼ同旨。)ことが当裁判
所に顕著であり、前記実施例の形状説明も最も多くみられる右雑種形を念頭におい
てなされたことが明らかである。そして、以上のような点を考えあわせると、本件
考案にいう「繭形」とは前記実施例に限定することはできないが、少くとも右に列
挙されたような形状を平面的にみた場合のものに限ることが必要である。
 はたしてそうだとすると、ここに「繭形」とは全体に丸味を帯びた平面形状をい
うものと解され、一部外延に直線部分を有するような形状は前示のような意味で繭
形に最も親しまないものというべきである(前記(ハ)で意図しているような美観
という観点を考慮すると、考案者原告は古くから公知公用であつた平面長方形のお
しめを念頭においてこれに対比する斬新な形として「繭形」を提案していると解さ
れ、そうだとすればその形は全体的に曲線によつて型どられた丸味のある形状を考
えていたと解するのが自然でもあるわけである。)。
 しかるところ、イ号製品の平面形状は別紙イ号図面第1、第2図によつても明ら
かなとおり「縦に長い台形の角にやや円みを持たせた」形状であつて、全体として
はむしろ直線を基調とした台形であると解され、ただその四隅が丸く隅切りしてあ
るため一定の限度で丸味を感じさせているにすぎないと考える方が妥当なものであ
つて、上来説示のような意味での「繭形」の範疇からは外れる形状であると解すべ
きである。
 (なお、この点に関し、原告は前記(ロ)の「一方3で大きく、他方4で小さ
い」繭形という詳細な説明を有利に援用し、ここにいう大小は線の長さの大小を指
すものと解したうえ、イ号製品における台形状の上下の二つの底辺の長さの大小に
右説明を当てはめ主張している部分がある。しかし、台形の上下の二つの底辺の長
さに大小があるのは当然であり、その意味では右のような修辞は屋上屋をかさねた
にすぎないこととなり不合理である。ここにいう大小は繭形を公報第1図のような
中くびれ形に実施した場合の上半分と下半分の面積の大小を指していると解すべき
である。けだし、全体に丸味を帯びた曲線形状の外延を「一方」「他方」で区別限
定しその長さを比較することは通常行われないことであるからである。)
以上のとおりであるから、イ号製品は(ハ)の要件を具備していないことが明らか
である。
(五) そうすると、イ号製品はいずれにしても本件実用新案の技術的範囲に属し
ない。
三 はたしてそうだとすれば、被告会社が業としてイ号製品を製造販売することは
なんら原告の本件実用新案権を侵害するものではないから、原告の被告らに対する
右権利侵害の事実を前提とする本訴請求は爾余の点について判断するまでもなく失
当である。
四 よつて、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して
主文のとおり判決する。
(裁判官 畑郁夫 上野茂 中田忠男)
イ号図面説明書
一 図面の簡単な説明
 第1図は被告製品の正面図、第2図は背面図、第3図は環状を表わしたA―A線
における略示拡大断面図、第4図はB―B線における略示縮小断面図、第5図はA
―A線における拡大断面図である。
二 図面の詳細な説明
 被告製品は綿ウエーブの生地を素材とし、縦に長い台形の角にやや円みを持たせ
た横巾の異なる二枚の右生地(1)及び(2)をそれぞれ上辺(3)と底辺(4)
において縫合して環状を形成する構造を有し、全外周はオーバーロツク縫いされて
いる。綿ウエーブの生地(1)及び(2)は吸水性の高い綿糸により編まれてお
り、峰の頂きに微小なギザギザのある約〇・三ミリメートルの微小な高さのほぼ直
線状の横方向の山脈(6)がほぼ平行且つ密に列ぶと共に、山脈(6)と山脈
(6)の間には山脈(6)と平行に微小なギザギザのあるほぼ直線状の谷(7)が
形成されている。
以上
イ号図面
第1図
<12197-001>
第2図
<12197-002>
第3図
<12197-003>
第4図
<12197-004>
第5図
<12197-005>

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