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主文
原判決を破棄する。
被告人を死刑に処する。
押収してあるバール1本(岡山地方裁判所平成17年押第6号の1)
を没収する。
理由
1本件控訴の趣意は,検察官天野和生作成名義の控訴趣意書(当審における事実
取調べの結果に基づく弁論,すなわち弁論要旨を含む。)に,これに対する答弁
は,主任弁護人作花知志及び弁護人松島幸三共同作成名義の答弁書(当審におけ
る事実取調べの結果に基づく弁論,すなわち弁論要旨を含む。)に,それぞれ記
載されているとおりであるから,これらを引用する。
2控訴趣意中,事実誤認の主張について
(1)論旨は,要するに,次のとおりである。すなわち,原判決は,(罪となる
べき事実)第1として,被告人が,金品を強取しようと企て,平成15年9月
28日夜,広島県庄原市a町(旧比婆郡a町)所在のA(当時91歳)方に侵
入し,南側寝室にいた同女に対し,「金を貸せ。」などと申し向けて脅迫し,
金員を要求したが,同女がこれに応じなかったため,その身体を殴るなどした
のに対し,同女が被告人の腕に噛みついたりして抵抗したため,その頸部を左
手で絞めるなどの暴行を加えてその反抗を抑圧し,さらに,同室内を物色する
などしたが金品を発見できなかったため,金品強取の目的を遂げず,その際,
同暴行により,そのころ,同所において,同女を頸部圧迫に基づく窒息により
死亡するに至らしめた旨事実を認定判示した。しかしながら,被告人は,Aに
対する確定的殺意をもって,その頸部を両手で絞めつけたのであるから,被告
人がAに対する殺意を未必的にも有しておらず,同女の頸部を左手で絞めるな
どの暴行を加えたとして,殺意を否定し,強盗致死罪が成立するにすぎないと
した原判決には,判決に影響を及ぼすことが明らかな事実認定の誤りがあると
いうのである。
そこで,原審記録及び証拠物を調査し,当審における事実取調べの結果を併
せて検討すると,所論が指摘するとおり,被告人は,Aに対し,確定的殺意を
もって,両手でその頸部を絞めつけて殺害したことは明白であって,被告人が,
Aに対し,左手でその頸部を絞めるなどの暴行を加えた旨判示するとともに,
殺意を否定した原判決の事実認定は到底是認することができない。以下,説明
を加える。
(2)まず,原判決挙示の関係証拠によれば,被告人がA方に侵入するまでの経
緯として,概ね,原判決が「事実認定の補足説明」の項2において判示すると
おりの事実が認められる。一部付加してその概要を示すと,以下のとおりであ
る。すなわち,被告人は,平成15年9月初めころ,それまで借金等の返済に
窮していながら,被告人に対して金策を要求することのなかった内妻Bから,
同女が同月29日に支払わなければならない金員を用意するように要求された
ことや,同女が義母で認知症に罹患しているCの介護に疲弊している様子であ
ったことから,Bのために何としても借金の返済資金として10万円程度は工
面してやりたいと思っていた。また,被告人は,同月に入ってからは,Dから,
自然博物館の建築請負代金を支払うよう強く催促されていたことから,その金
員を工面する必要も一応感じていた。そこで,被告人は,漠然と盗みでもしよ
うと考え,知人から聞き及んだ一人暮らしをしている老婆が住むという家を探
した際,偶然,A方に辿り着き,同女が高齢で一人暮らしをしており,家屋の
敷地も広いことなどから,現金や金目の物品を所持しているものと考え,数回
下見した。このように下見するうちに,被告人は,A方がどこにでも金目の物
品を置いている家とは思えなくなり,自分の年齢や体力,視力からして,逮捕
されることなく,金品を探し出して窃取することはできないと考え,確実に金
品を入手するには強盗するしかないと考えるようになった。そして,被告人は,
同月27日,A方を下見したが,その際,偶々,屋外に出ていたAに対し,強
盗の下見をしていることを隠すために,同女方の敷地内できのこを採取させて
もらえないか尋ねたところ,同女から強く拒絶されたため立腹して帰宅した。
被告人は,翌28日,A方で強盗を実行するため車で自宅を出発したものの,
なるべくなら強盗は回避したいという気持ちから,かつて,義妹から貸金の取
立てを依頼されたことのある新見市内の女性方に行って金員を算段しようとし
た。ところが,上記女性の連絡先等を記載した手帳を見つけることができなか
ったことから,被告人は,A方で強盗するしか金員を入手する方法はないと決
意し,同女方に向かった。
(3)次に,弁護人がその信用性を問題とし,原判決がその信用性を否定した殺
害状況等に関する被告人の捜査段階における自白を除いた関係証拠によれば,
争いのない事実として,犯行状況等につき以下の事実が認められる。
ア被告人は,金品を強取しようと企て,覆面等を準備した上,平成15年9
月28日夜,A方に侵入した。
イ被告人は,その後,南側寝室にいたAに対し,原判示第1のような脅迫を
加えたものの,同女は,被告人に噛みつくなどして抵抗した。
ウ被告人は,その後,Aの抵抗を排除し,金品を強取するため,同女の頸部
を前方から手指で圧迫し,その結果,同女は頸部圧迫に基づく窒息死により
死亡した。
エ被告人は,Aの頸部から手を離した後,意識を喪失し,痙攣状態にあった
同女に頭部から毛布1枚を被せ,その上からロープ状のビニール紐で左右大
腿部を1回強く巻いた後,右下腿部外側で蛇口結び状に結束し,同紐を左肩
方向へ斜めに引き上げ,左肩付近から背部を回して頭部を巻いた後,右顔面
部付近で片蝶結び状に結束した。そして,被告人は,その上から毛布を1枚
被せ,更にその上に四角に畳んだ布団数枚を約80センチメートルの高さま
で積み重ねた。そのころには,Aは動かなくなっていた。
(4)また,E医師作成の鑑定書,当審鑑定人F医師作成の鑑定書及び同医師の
当審証言を含む関係証拠によれば,Aの死体所見や死因は,以下のようなもの
であったことが認められる。
アAの死体の前頸中央部には幅約2センチメートルのほぼ水平に左右に向か
う帯状圧迫痕が存在した。同圧迫痕は,全長約16センチメートルで,左側
頸部では幅約1.5センチメートル,右側頸部では幅約2.5センチメート
ルであり,いずれも後頸部に向かうに従い判然としなくなるものであった。
そして,同圧迫痕の内部及び下部にはゴマ粒大以下の点状出血が数個認めら
れた。また,Aの死体の下顎部にも左右に圧迫痕が存在したほか,前頸下部
から右側頸部にかけ2.0センチメートル×1.0センチメートル大以下の
表皮剥奪部が5個存在した。
イAの死体の内景所見としては,下顎左内側部及び下顎右内側前部に母指頭
面大の皮下出血が各1個いずれも強く認められ,左右の頸動脈の上部(下顎
の少し下辺り)に長さ1センチメートル以下の左右に走る亀裂がそれぞれ2
個存在し,左甲状舌骨筋の深部筋層に米粒大以下の筋肉内出血が数個,右甲
状舌骨筋の深部筋層に粟粒大以下の筋肉内出血が2個それぞれ存在した。ま
た,Aの死体の背面正中上部には,鈍体が強く作用したことによる鶏卵大以
下の筋肉内出血が2個存在した。
ウ上記のとおり,Aの死体に皮下出血や筋肉内の出血があった上,頸動脈の
亀裂まで来していたことから,同女は,手指で頸部を強く,短くとも30秒
以上にわたり持続的に圧迫されたことにより窒息死したものと判断される。
そして,Aが痙攣を起こしていたことをも併せ考慮すると,同女は,2分な
いし3分程度頸部を絞められていたものと判断される。
(5)以上を前提として,対立する被告人の扼頸に関する各供述について,前記
両医師の扼頸に関する見解との整合性等に基づいて,その信用性を検討する。
アまず,被告人は,捜査段階において,検察官に対し,Aの頸部を圧迫した
態様等につき,「Aが前に投げ出すようにしていた両足の膝から上辺りに,
やや斜めになるような感じで自分の右足の膝から下を乗せて座り込むように
し,尻を浮かせた馬乗りに近い体勢で,両手をAの首に正面から巻き付ける
ように当て,力を入れて思い切り絞めつけた。両手の親指がAの首の前辺り
で交差し,残りの4本の指がAの首の左側と右側に当たるような感じで首を
絞めた。Aの頭を上からどちらかの手で押さえつけ,首を後ろから片手か両
手で絞めたこともあった。そのように後ろから首を絞めた後,またAの身体
を押入れの板戸に押しつけるようにしながら,首を正面から両手で絞めた。
ただ正面から首を絞めるだけでなく,正面から絞めていた両手を2,3回く
らい下から上にしゃくり上げるようにして振り,グイグイと絞めたりもした。
はっきり時間は分からないが,数十秒というものではなく,数分間くらいは
絞めたと思う。」旨供述している。
イそして,F医師は,その作成に係る鑑定書及び当審証言において(以下,
Fの鑑定書及び当審公判証言を併せて「F鑑定」という。),Aの頸部の損
傷は,左手あるいは両手で圧迫したことにより生じたものと考えられ,なお
かつ,これは複数回でも生じ得るが,1回でも生じ得るものであって,被告
人のアの供述に係る扼頸の態様は,(4)の同女の解剖所見の頸部所見と一致
する旨判断している。また,捜査段階において,Aの死因等を鑑定したE医
師も,当審においては,被告人のアの供述に係る扼頸の態様が同女の死体所
見とは矛盾しない旨証言している(なお,以下,Eの原審及び当審における
証言と同人作成の鑑定書を併せて「E鑑定」という。)。以上によれば,被
告人の捜査段階におけるアの供述内容は,Aの死体所見やそこからF鑑定や
Eの当審証言が推認している頸部圧迫の態様等と符合する自然かつ合理的な
ものということができる。
そして,その供述内容のうち,扼頸時の状況という核心部分に関する供述
は,それなりに,自らの心情を交えた臨場感に富むものであって,体験した
者でなければ容易に供述し得ない内容となっている。また,被告人は,捜査
段階において,当初は,平成17年1月11日付け上申書において,「毛布
を被せてビニール紐を使い,少しでも動いたら死ぬような格好にして縛りつ
けた。」と述べるに止まり,Aの頸部を絞めつけたことを秘匿していたもの
と認められるけれども,同月19日に警察官に対し,Aに馬乗りになって前
方から両手で同女の頸部を絞めつけた旨供述するに至ってからは,殺意や強
盗の犯意の有無,頸部を絞め続けた時間といった事実については,次第に供
述を変遷させながらも,一貫して,馬乗り又はこれに近い状態で前方から両
手でAの頸部を絞めつけた旨供述しているのであって,このような供述経過
からしても,被告人のアの供述の信用性は高いということができる。
ウ(ア)他方,被告人は,①原審第3回公判期日において,Aの頸部を手指で
圧迫した態様について,「前方から,左手の親指の内側と他の4指の第1
関節で掴むようにした。手のひらの手首の辺りで喉仏付近を上に押し上げ
るようにした。」旨供述し,原審第4回公判期日においても,「右手でA
の後襟首を掴み,左手の親指以外の第1,第2関節を曲げ,親指の手の甲
の側をAの顎の下に押しつけ,顎をはね上げるようにし,残りの4本の指
先で左頸動脈を押さえつけた後,手首を下に下げて押しつけ,親指で左頸
動脈を,人差し指と中指で右頸動脈から顎の下付近までを捻るようにし
た。」と供述し,その旨再現するに至っている。また,被告人は,当審公
判においては,②当初は,「右手でAの後襟首を掴み,左手で右襟首を引
っ張り,両手で襟首を引っ張り,右手の親指を喉仏付近に直接押し当てる
とともに,左手の中指と薬指で喉仏付近を圧迫し,両手で両襟首を掴み,
すべての指でAの頸部を圧迫した。そのとき,両親指は,両側頸部に当た
っており,右手の親指で喉仏の下側をほんのちょっと当たる程度に上げて
みるなどした。」,「最後は右手の薬指付近でAの喉仏の下付近を押し
た。」,「Aの襟首を持って手で頸部を圧迫した際には,指先は用いてお
らず,第2関節で圧迫した。」などと供述し,その旨再現までしていたに
もかかわらず,③その後,休廷の直前に,弁護人から,原審における自ら
の犯行再現状況を撮影した写真を示されるや,「原審で再現したとおりで
ある。」と供述した上で,休廷後には,「左手でAの頸部を正面から押す
ように上に上げた。親指は,Aの左頸部にその他の指は右頸部に当て,親
指と人差し指の間の部分に力を入れた後,親指だけに力を入れた。」,
「左手の親指を曲げ,その他の4指を第1関節から曲げてAの頸部を掴ん
だ後,喉仏のところに親指が行ってしまい,Aが気を失ったような状態に
なった。」などと供述し,その旨再現するに至っている。
さらに,被告人は,Aの頸部を圧迫していた時間についても,原審第3
回公判期日において,当初は,「30秒くらい。」と述べていたにもかか
わらず,その後,「手が入ってぐっとやっとったんは3秒か5秒じゃ思い
ますね。よう分からんですが,3秒から5秒ぐらいのもんです。」と供述
し,原審第5回公判期日においても「全部絞めとったんが,もう長うても
5秒は超しとるまあかと思うんです。4秒か,3,4というところで
す。」,「放してしまうまで6秒ですか,初め手がね,首へがっと手が入
ってから。」などと述べ,原審第6回公判期日においては,「一番急所へ
行ったときが3秒ないし5秒の間ぐらいです。」,「喉仏に手が当たって
からが5,6秒かね,それから揺さぶって戻って喉仏の前へ入って,ぐっ
と押さえて,ぐっと力が入ってからが3,4秒というとこです。」などと
述べるに至っている。
(イ)このように,被告人は,Aの頸部を圧迫した態様や時間について,公
判廷において,目まぐるしく供述を変遷させ,頸部を圧迫していた時間に
ついても,同一期日のうちに,唐突に,ごく短時間であった旨自己に有利
に供述を変遷させている。しかるに,被告人は,当審において,弁護人か
ら原審における犯行再現写真を見せられた後に供述を③のように変遷させ
た理由について,「休廷前は,Aの首を絞めた状況そのものではなく,自
分の知っている首の絞め方を交えて再現した。」旨述べるに止まり,何ら
納得できる説明をしていない。また,被告人は,原審において,捜査段階
でアのような供述が録取された供述調書に署名し,指印を押捺した理由に
ついて,「捜査段階においては,供述調書をきちんと読み聞けしてもらえ
ず,眼鏡も掛けさせてもらえなかったので,その内容を確認することがで
きなかったが,二人を殺害してしまい,まともに社会復帰できるわけがな
いと思い,自暴自棄になっていた。」と供述している。しかしながら,ア
の供述を録取した被告人の検察官調書は,その一部がいわゆる問答体形式
により作成され,これに対する答えの中には,A方の寝室で現金を強取し
たことやその隣室の箪笥を物色したことを否定する部分も存在する上,他
の被告人の供述調書にも,被告人がその内容について訂正を申し立てたこ
とがそのまま録取されているものも存在することに照らせば,被告人は,
これら捜査段階における供述調書の内容を十分に理解した上で署名・指印
したことは明らかであって,内容も理解しないままに自らの供述調書に署
名し,指印を押捺した旨の被告人の上記供述は信用性に欠けるというべき
である。そうすると,被告人は,原審において供述を変遷させた理由につ
いても合理的な説明をしていないものといわざるを得ない。
加えて,F鑑定によれば,頸部を絞めていた時間が数秒間あるいは10
秒,20秒くらいでは,Aの死体所見のような強い皮下出血や頸動脈の裂
創は発生せず,痙攣を発生させるには,2分ないし3分ぐらいは頸部を絞
める必要があるというのであるから,被告人の原審供述中,Aの頸部を絞
めていた時間が3秒か5秒に止まるという部分は,不合理というほかない。
しかも,F鑑定によれば,被告人の①の供述に係る態様では,頸動脈の走
っている場所まで手が届かないし,上から強く絞める力も働かないので,
Aの死体所見のうちの頸動脈裂創は発生せず,その再現状況を撮影した写
真(原審第4回被告人供述調書末尾添付写真⑤ないし⑮)によれば,被告
人の手はAの襟を掴んでおり,左手は指頭面が頸部ではなく下を向いてい
るところ,これでは十分な外力が頸部に作用せず,死体所見の頸部損傷は
成傷不可能であるというのであって,被告人の①の供述内容は不合理とい
わざるを得ない。また,F鑑定によれば,被告人の②の当審供述に係る態
様では,主として襟を絞って頸部を圧迫しており,指面が直接頸部を強く
圧迫していないことや喉仏の下の圧迫では位置が異なることから,死体所
見のような皮下出血等は生じないというのであるから,被告人の②の供述
内容も合理性に欠けるものというほかない。さらに,F鑑定によると,被
告人の③の当審供述に係る態様のうち,左手でAの頸部を絞め,その左手
を押すように上に上げたという態様については,数分以上頸部を圧迫した
のであれば,Aの死体所見と矛盾しないが,それ以外の態様は,これと合
致しないと判断されているところ,被告人は,そのような態様で頸部を圧
迫したと述べる一方,「どこも長う掴んだことはないんや。瞬間,ぱっぱ
っぱっとやっとるけん。」「首を掴んでいたのは数秒だった。」と供述し
ているのであるから,被告人の③の供述内容もまた不合理であるといわな
ければならない。したがって,Aの頸部を圧迫した態様についての被告人
の原審及び当審供述は,その内容がいずれも不合理であって,信用性に欠
けるものというほかない。
エ(ア)以上に対し,原判決は,Eの原審証言及び同人作成の鑑定書によれば,
①被告人が前方から左手でAの頸部を掴んで圧迫するという方法でも,同
女が窒息死する可能性があること,②Aの死体所見のうち,頸部左側の大
きな皮下出血は,被告人が左手で前方からAの頸部を掴み,その親指部分
を同女の頸部左側に当てて圧迫したことによるものと考えて矛盾はないこ
と,③両手を用い,両親指をAの前頸部で交差させ,親指以外の4本の指
を頸部両側に巻き付けるようにして圧迫した場合,Aの死体所見よりもも
う少し頸部の後ろ側に皮下出血が発生することなどが認められるとした上,
頸部を手指で圧迫した態様についての被告人のウの原審供述は,Aの受傷
状況と矛盾しないのに対し,アの捜査段階における供述によると,Aの受
傷状況の説明がつかないから,その供述は信用できないとし,これらを論
拠としてウの原審供述(前記①供述)に信用性を認めるのが相当であると
説示している。
(イ)なるほど,E鑑定は,原判決が説示するとおりの判断をしている。し
かしながら,原判決の論拠のうち,①及び②についていうと,E鑑定は,
結局のところ,被告人の原審供述のうち,頸部を圧迫し続けていた時間に
関する部分を度外視すれば,被告人の原審供述どおりの態様により頸部を
圧迫したとしてもAの死体所見とは矛盾しないというものであって,時間
の点を含めた被告人の原審供述と同女の死体所見との整合性を判断したも
のではない。そして,E鑑定によっても,被告人の原審供述どおりの態様
によりAの頸部を圧迫して窒息死を生ぜしめるには3分から5分の間,力
を入れて頸部を絞め続けなければならないというのであるから,3秒か5
秒程度頸部を圧迫したに止まるという点において,被告人の原審供述は不
合理というほかない。この点につき,原判決は,Eの原審証言を根拠とし
て,被告人の原審供述に係る態様で頸部を圧迫した場合,思わぬ時間が経
過することもあり得ると考えられ,人間の時間の感覚は不正確なものであ
るから,被告人がAの頸部を圧迫したのはごく短い時間であったと述べる
のも不自然とはいい難いとする。しかしながら,頸部を圧迫し続けていた
時間についての被告人の原審供述が唐突に,しかも自己に有利に著しく変
遷していることはすでにみたとおりであるし,F鑑定によっても,被告人
は,2分ないし3分程度にわたり頸部を圧迫し続けていたはずであって,
そのような時間を僅か3秒や5秒と錯覚するとはおよそ想定し難い。そう
すると,原判決が説示する諸点を踏まえてみても,頸部を圧迫していた時
間が僅か3秒か5秒であったという被告人の原審供述は,自己の記憶に反
した虚偽のものというほかない。次に,③についていえば,
親指以外の4本の指を頸部両側に巻きつけるようにして圧迫したという
「巻きつけるように」という状態や圧力の程度がややあいまいで,被告人
の捜査段階における供述に係る態様と一致しているか不明である上,Eは,
当審においては,両手で親指を交差させるようにして首を絞めたとしても,
皮下出血の位置が多少後ろに生じる可能性はあり,被告人の捜査段階にお
ける供述に係る態様は,Aの死体所見と矛盾しないと証言するに至ってい
るから,被告人の捜査段階における供述がE鑑定と矛盾しないことは明ら
かである。
(ウ)なお,弁護人の所論は,被告人が捜査段階において供述するように,
Aの頸部を長時間にわたって絞め続けていたのであれば,同女はその苦し
さから被告人に対して強い抵抗行為を行ったはずであるが,同女の爪には
被告人の皮膚等は付着しておらず,被告人の身体に同女の抵抗行為によっ
て生じたと思われる傷も存在しなかったことに照らし,被告人の上記供述
は信用性に欠けるというのである。しかしながら,長時間頸部を絞められ
た場合に,必ずしも,被害者が爪等を使って抵抗し,犯人を負傷させると
は限らないのであって,弁護人の所論は失当というほかない。また,Aの
死体には,前頸下部から右側頸部にかけて5個の表皮剥奪部が存在したと
ころ,F鑑定によれば,これらの表皮剥奪は,同女が頸部を圧迫している
被告人の手を振りほどこうとして自分の爪で傷つけた吉川線である可能性
があるというのであるから,同女が被告人に対し,抵抗した痕跡がないと
も言い切れないのであって,この点においても弁護人の所論は採用できな
い。
また,弁護人の所論は,Aの抵抗した様子につき言及がない被告人の捜
査段階における供述は信用性に欠ける旨主張する。しかしながら,Aの死
体所見からは,同女は,頸部を絞めつけている被告人の手を振りほどこう
とする程度の抵抗しか示せなかったものと認められるのであって,被告人
が犯行当時,興奮状態にあったものと認められることに照らすと,その程
度の抵抗を受けたことについて,被告人の記憶に残らなかったとしても不
自然とはいえず,同女の抵抗状況について言及のないことは,殺害状況等
に関する被告人の捜査段階における供述の信用性を左右するものとはいえ
ない。
(エ)さらに,弁護人の所論は,検察官が,原審論告において,被告人がA
の頸部を絞めつけた態様について,冒頭陳述における被告人の捜査段階に
おける供述に沿った主張を撤回し,被告人の原審供述に沿う主張をするに
至ったにもかかわらず,当審段階において,再度,被告人の捜査段階にお
ける供述に沿った主張をしているところ,そのような公訴追行方式は,誠
実な訴訟上の権利行使とはいえず許されないという。
なるほど,検察官は,原審論告において,Eの原審証言に照らし,Aの
頸部を絞めた体勢については,被告人の捜査段階における供述に比して被
告人の原審供述の方が信用性が高い旨意見を陳述していたところ,控訴趣
意書においては,被告人の捜査段階における供述は,その信用性が十分で
あるのに対し,被告人の原審供述は信用性がない旨主張するに至っている。
このような主張の変更が望ましいことでないことは否定できない。
しかしながら,検察官は,原審においても,「殺意をもって,その頸部
を両手で絞めつけるなどし」という公訴事実そのものについては,訴因変
更を請求していないのであって,現に,弁護人が原審最終弁論において,
被告人が上記公訴事実における態様でAの頸部を絞めたものではないと反
論し,原判決も被告人が上記公訴事実における態様でAの頸部を絞めつけ
た事実が証拠上認められるかどうか判断していることに照らすと,検察官
が原審論告において,頸部を絞めつけた態様についての従来の主張を全面
的に撤回したとみるのは相当とはいえず,控訴趣意書における主張が被告
人の防御に実質的不利益を与えるとはいえないから,弁護人の上記所論も
また採用できない。
(オ)以上によれば,E鑑定を根拠として,Aの頸部を圧迫した態様につい
て,被告人の捜査段階における供述の信用性を否定し,原審供述が信用で
きるとした原判示は到底是認できない。
(6)以上のとおり,信用性の高い被告人の検察官に対する(5)アの供述並びにF
鑑定及びE鑑定を含む客観的証拠によって認められる事実によれば,被告人は,
抵抗して逃げることが極めて困難な体勢にあるAの頸部を,正面から両手で2
分ないし3分程度にもわたって,かなり強い力で絞め続ける行為に及び,その
結果,同女を窒息死させたものと認定することができる。このように,頸部と
いう容易に死に至らしめ得る人体の枢要部をこのような態様で絞め続けたとい
う行為それ自体から,被告人が,Aに死をもたらすことを意図していたことが
強く窺われるというべきである。また,被告人は,捜査段階のみならず,原審
公判においても,このようにAの頸部を絞めつけたことにより,同女が意識を
失い,痙攣を起こすに至ったことを認識しながら,救命救護の措置を何らとら
なかっただけでなく,同女の頭から毛布を被せ,ビニール紐で身体を緊縛し,
更にその上から布団数枚を被せた後,金品を物色した旨述べている。このよう
に被告人が頸部を絞めつけた後,意識を喪失したAの死の結果をそのまま容認
するような行動をとっていることは,上記推認を強めるものである。加えて,
被告人が捜査段階のみならず,原審において述べるところによっても,被告人
は,金品強取の目的でA方に侵入したものの,同女から抵抗を受けたことから,
その抵抗を排除して金品を強取するためにその頸部を絞めつけたものと認めら
れるところ,そのような事情は確定的殺意発生の動機として十分に首肯し得る
ものである。
(7)ところで,原判決は,被告人には未必の殺意があったことすら合理的な疑
いが残ると判断しているので,その当否について検討する。
被告人は,原審において,Aを脅迫して金を借りようとしたところ,意外に
も,同女が噛みついてくるなどして抵抗したので,同女を静かにさせるため,
一時的に気絶させる意図でその頸部を圧迫した旨供述している。そして,原判
決は,①被告人は,原審において,「Aの首を手で持って,ぐっと上にしゃく
り上げて行ったとき,ガクッという感覚を手に受けたので,『しまった。やり
すぎた。』と思い,すぐに手を放した。」と供述しているところ,その供述は,
実際に体感した内容を述べるものとしての迫真性があり,その供述を嘘とみな
すことができず,その供述するところは,被告人がAの死を容認しておらず,
殺意を有していなかったことを如実に表していること,②被告人の原審供述は,
柔術についての知識に基づくかなり具体的な内容であること,③被告人の原審
供述に係る絞め方は,特異なもので,被告人の述べる柔術等の手技を用いたと
みる余地があり,その供述のうち,とりわけ,人の左右の頸動脈を絞めて気絶
させるという部分は,頸動脈に損傷が存在したAの死体所見とも合致すること,
④Aの死体所見によれば,被告人は,Aに対し,頸部以外にはその抵抗を排除
するための暴行は加えていないと認められること,⑤E鑑定等によれば,被告
人が複数回手の位置を変えていたと推認され,被告人がAの頸部の特定の部位
だけを終始強く絞め続けていたのではなく,その手の力を緩めたり,力を入れ
たり,位置を変えたりしたと考えられるが,そのまま強く絞めることができた
のに,力の加減や位置を変えたのは,あくまでも同女を気絶させることを意図
していたからと考えられること,⑥被告人は,Aの頸部から手を放した後,そ
の身体を毛布の上からビニール紐で緊縛し,その上に毛布を被せるなど,同女
が一時的に意識を喪失しているという認識に沿う,あるいは,意外にも同女に
気絶以上の状態が発生したとの懸念から狼狽した結果とも考えられる行動をと
っていることなどから,被告人の原審供述を排斥することができず,被告人が
未必的殺意をもってAの頸部を絞めつけたと認めるには,なお,合理的な疑い
が残ると判断している。
しかしながら,原判決の上記判断は到底支持することができない。
まず,①ないし③は,いずれも被告人がその原審供述どおりにAの頸部を圧
迫したことを前提とするものであるが,この点についての被告人の原審供述が
信用性に欠けることはすでに詳述したとおりである。また,④についていうと,
両手で2,3分間にわたって強度の力で頸部を絞め続けるという行為自体が死
の結果を招来する危険性が極めて高いものである以上,それ以外に強度の暴行
を加えていないことから,直ちに殺意がなかったとは到底いえない。次に,⑤
については,なるほど,E作成の鑑定書には,「Aの死体所見は,手指等の材
質が比較的軟らかく面積のやや狭い鈍体が当該部皮膚を圧迫するように,おそ
らく複数回作用したことを示している。」旨記載されており,Eは,原審にお
いて,その記載の趣旨について「何箇所か出血があるというふうに理解してい
ただけるといいと思うんです。」,「やっぱり,力を加えたり,緩めたり,位
置を変えたりするものですから,普通は,やっぱり複数回」と証言している。
しかしながら,E鑑定の判断内容は,結局のところ,Eが当審において,「い
ったん絞め,緩め,いったん絞め,緩めという例は幾らでもあります。」と証
言していることをも併せ考慮すると,扼殺の方法により人を殺害する者の中に
は,頸部を絞めたり,その手を緩めたりする者が多いことなどを考慮し,Aの
頸部を絞めつけている力が強くなったり,弱まったり,その位置が変わった可
能性があるというものに止まるのであって,原判決が説示するように,Aが死
亡しないように,意図的にその頸部を絞めつける力の加減や位置が変えられて
いたことまでをもその内容とするものでないことは明らかである。さらに,⑥
についてみると,被告人が原審で述べるところによっても,Aは,被告人の扼
頸行為の結果,単に意識を喪失するに止まらず,痙攣した後,身動きしなくな
り,被告人自身もAが死亡するかもしれないと思ったというのであるから,原
判決がいうように,Aの状態が一時的に意識を喪失しているという被告人の認
識に沿うものであったとは到底いえないし,被告人は,これを意に介すること
なく物色行為に及んでいるのであるから,原判決が説示するように,予期に反
してAに死の危険が発生したことに被告人が狼狽していたとみることもできな
い。以上によれば,一時的に気絶させるつもりで扼頸行為に及んだ旨の被告人
の原審供述について,原判決がその信用性を否定できない理由として掲げる①
ないし⑥の諸点は,いずれも首肯できず,被告人の原審供述の信用性を左右す
るものではない。むしろ,すでにみたとおり,被告人が原審において一時的に
気絶させる意図に基づき行ったと述べる扼頸行為の態様が不合理なものである
以上,一時的に気絶させる意図を有するに止まっていたという被告人の原審供
述もまた不合理というほかない。そればかりか,被告人は,原審においても,
扼頸行為を終えた後,Aが死亡するかもしれないと思ったが,救命救護の措置
を一切講じず,物色行為に及んだ旨供述しているところ,そのような行動は,
一時的に気絶させる意図で扼頸行為に及んだ者の行動としては相当に不自然で
ある。そうすると,一時的に気絶させる意図で扼頸行為に及んだという被告人
の原審供述は信用性に欠けるものというべきである。
(8)また,原判決は,被告人が確定的殺意を有していたと認めることができな
いと判断した根拠として,①被告人が凶器の準備について全く考えを及ぼして
いないこと,②被告人が覆面を準備して着用していた事実はA方侵入の前から
同女に対する殺意を形成していたことと矛盾すること,③Bのクレジット代金
については支払猶予も得られる上,厳しい督促を受けていた訳でもないのに,
他人の殺害まで決意するというのは唐突な感が否めないこと,④Aの動きを制
するため足部は強く緊縛し,顔面付近の呼吸等に関わる部分は弱く緊縛してお
り,無意識的な配慮が窺われること,⑤扼頸行為の後,Aの身体を緊縛等して
いることは,被告人がAの生存を前提にしていたものと考えられることを挙げ
ている。
しかしながら,①ないし③の諸点は,後記のとおり,いずれも殺害の計画性
について疑いを差し挟むものではあるが,被告人が扼頸行為時に確定的殺意を
有していたことと必ずしも矛盾するものではない。また,④については,被告
人は,Aに対してその頭から毛布を被せ,ビニール紐で緊縛しただけでなく,
更にその上から毛布や布団数枚を高さ約80センチメートルにもわたって積み
重ねたことに照らせば,被告人において,Aの呼吸等に対する無意識的な配慮
があったとみることは到底できない。さらに,原判決は,被告人の原審供述ど
おりの態様で扼頸行為が行われたことを前提にするものであるが,上記供述が
信用できないことはすでにみたとおりであり,(6)のとおり,被告人の扼頸行
為の態様が死の結果を招来する危険性の極めて高いものであったことなどに照
らせば,⑤の点を踏まえてみても,被告人が遅くとも扼頸行為の時点で確定的
殺意を抱いていたことは明らかであって,原判決の上記判断には首肯すること
ができない。
(9)以上によれば,原判決がその信用性を否定する,事前に強盗殺人の確定的
故意を有していたことを認めた被告人の検察官に対する自白部分の信用性につ
いて検討するまでもなく,被告人は,金品強取のため,確定的殺意をもって,
Aの頸部を両手で絞めつけるなどして同女を殺害した事実を認めるに十分であ
る。してみれば,原判示第1の事実について強盗殺人罪の訴因の証明はなく,
被告人は,強盗致死罪の限度において,その刑事責任を負うに止まると判断し
た原判決は,殺意について事実を誤認したものというべきであって,この誤認
が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の論旨について判断す
るまでもなく,原判決は破棄を免れない。
(10)続いて,被告人が,確定的殺意を抱いた時期について検討しておく。
ア原判決は,(8)のとおり,A方に向かう前の時点で強盗殺人を企図してい
た旨の被告人の捜査段階における検察官に対する自白については,その信用
性に重大な疑問が残ると判断している。
他方,検察官の所論は,被告人の捜査段階における上記自白に依拠し,A
に対する確定的殺意の発生時期は,被告人が同女方に向かう前である旨主張
している。
イ被告人は,検察官に対し,Aの頸部を絞めつけた時の気持ちなどに関し,
「平成15年9月27日の昼ころ,自宅にいるとき,それまでに2回下見し
ていたA方に侵入し,同女を殺害して金を奪うことにした。下見をし始めた
当初は,侵入盗を企図していたが,若いころとは異なり,体力や視力が落ち
ていたので,家屋に侵入しても金品を発見できず,侵入時に発見されれば,
逃走できないのではないかと考え,確実に金品を手に入れるには,Aに暴行
及び脅迫を加え,現金等の在処を言わせ,強盗するしかないと考えた。しか
も,Aが激しく抵抗したり,大声で助けを求めたりするかもしれないし,脅
迫等しても素直に金の在処を言わないかもしれないと思い,失敗するのでは
ないかという不安な気持ちもあった。それでも,何とか確実にAから金を奪
うしかないと思っていたので,もし,Aから抵抗を受けるなどした場合には,
同女を殺してでも金を奪おうと思っていた。また,自分が逮捕されれば,B
一人に同女の母親の介護をさせることになり,更に苦労をかけることになる
と思い,そのような事態を避けるためには,Aが素直に現金等を出し,これ
を奪うことができたとしても,同女を殺すしかないと思った。もっとも,別
の方法で金を入手できるのであれば,強盗殺人をしなくてもすむとは思って
いた。しかし,同月28日の夜,一旦は,新見市内で金員を算段しようとし
たものの,相手の連絡先が分からなかったため断念し,Aを殺害して金を奪
うしかないと思い,強盗殺人を実行することにした。ただ,Aのような老齢
な女性を殺害するのに凶器は必要なく,素手で十分という気持ちであったた
め,殺害するための凶器は準備しなかった。」旨供述している。
ウ被告人の捜査段階におけるイの供述内容は,強盗の犯意に止まらず強盗殺
人の犯意まで生ずるに至った理由等を含め,その時々の心情を交えながら,
詳細に述べたものであって,体験した者でなければ容易に供述し得ない臨場
感のあるものであることが窺われるものともいえる。
しかしながら,イの供述内容は,結局のところ,Aに通報されるなどして
逮捕されてしまうことを危惧し,当初から金品の在処を聞き出した上同女を
必ず殺害することを企図していたというものであるが,他方で,被告人は,
覆面を被った上で同女方に向かったとも供述しているのであって,これを前
提とすれば,被告人が同女に通報されるなどして逮捕される状況にはなかっ
たというべきであるから,その供述は矛盾,撞着するものといわざるを得な
い。さらに,被告人は,3回にわたってA方を下見し,軍手や覆面のほか,
侵入用具や同女を緊縛するためのビニール紐を準備するなど住居侵入,強盗
については周到に計画していたことが窺われる反面,同女を殺害するための
凶器を意図的に携行してはいなかったというのであるから,被告人が当初か
ら同女を殺害することをも企図していたというにはいささか不自然さが残る
ものといわざるを得ない。加えて,殺意の形成状況等に関する被告人の捜査
段階における供述経過をみると,被告人は,平成17年1月19日には甲警
察署において,警察官に対し,「Aから抵抗を受け,両手で同女の首を絞め
つけたがその際,ものすごく興奮しており,瞬間的に殺してやれという思い
が頭を走ったことも否定しない。」と供述し,同月29日には同警察署の警
察官に対し,「Aが思いの外抵抗して噛みついたり,爪を立てたりしてきた
のでカッとなって首を絞めて殺した。」と供述していた。そして,被告人は,
原判示第1の事実により逮捕された後,同年2月2日,乙警察署において,
弁解録取に当たった警察官に対し,「その場でカッとなって首を絞めて殺し
た。」と述べ,同月7日以降,同月11日までは,警察官に対し,「Aを殺
してまで金を奪うつもりはなかったので顔を見られたらまずいと思い覆面を
した。」,「初めから殺意は持っておらず,かなり乱暴なことをして,その
途中からAを殺害するようになった。」,「Aの抵抗を受け,首を絞めたが,
首を絞めたときにはAを殺してやろうという気持ちが沸いていた。」と述べ
ていた。ところが,被告人は,同月13日,警察官に対し,「Aを殺してで
も強盗をする以外はないと考えていた」と述べる一方,「Aの抵抗があった
ことから,カッとなり,思わぬところでパッと手が出てしまい,Aの首を絞
めて殺してしまった。」と供述し,最終的には「Aから抵抗を受け,パッと
手が出たときに,Aを絞め殺してやろうという気持ちが沸いた。」と供述し,
同月16日にも警察官に対し,「口封じのためAに暴力を振るったが,抵抗
され,このまま同女を絞め殺してしまえという気持ちが強く沸いた。」と述
べていた。ところが,被告人は,同月20日,突如,検察官に対し,イのと
おり,A方に向かう前から強盗殺人をするつもりであったと供述するに至っ
ている。しかるに,このように検察官の面前で供述を変遷させた理由に関す
る被告人の供述が録取された同月23日付けの検察官調書をみても,「警察
官や検察官と何日も話をしているうちに気持ちがほぐれ,信頼感が生まれ,
本当の話をすることができるようになった。」と記載されているに止まり,
何ら具体的な理由は記載されていない。以上のとおり,被告人が捜査段階に
おいて,その終局段階に至るまでほぼ一貫して,Aから抵抗を受けた後,殺
意を形成した旨供述していたにもかかわらず,検察官に対してその供述を変
遷させた理由が判然としないことをも踏まえると,被告人の検察官に対する
供述のうち,同女方に向かう前の時点において強盗殺人を企図していたとい
う部分は信用できず,これに依拠する検察官の上記所論は採用できない。
エ以上の次第で,被告人は,事前に,Aの殺害までは計画しておらず,強盗
目的で同女方に侵入した後,同女から噛みつかれるなどして抵抗を受けたた
め,同女を殺害して金品を強取しようと決意したものであって,扼頸行為に
及んだ時点において,同女に対する確定的殺意を抱いたものとみるのが相当
である。
3破棄自判
以上によれば,検察官の事実誤認の論旨は上記の限度で理由があるところ,原
判決は,上記のとおり事実を誤認した原判示第1の事実について,原判示第2及
び第3の各事実と併せて,刑法45条前段の併合罪の関係にあるものとして1個
の刑をもって処断しているから,刑訴法397条1項,382条により原判決を
全部破棄し,検察官の量刑不当の論旨に関する判断を省略し,同法400条ただ
し書に従い,当裁判所において,更に判決する。
(罪となるべき事実)
原判示第1の事実を「被告人は,金品を強取しようと企て,平成15年9月2
8日の夜,広島県庄原市a町(旧比婆郡a町大字)bc番地所在のA(当時91
歳)方北側窓をドライバー等を用いてこじ開け,同女方に侵入し,南側寝室にい
た同女に対し,「おい,昨日はようもかばちを言うてくれたのう。」などと申し
向けて脅迫し,同女の身体を手拳で数回殴打するなどしたが,同女が被告人に噛
みつくなどして抵抗したため,同女を殺害して金品を強取しようと決意し,同女
に対し,両手でその頸部を絞めつけるなどし,よって,そのころ,同所において,
同女を頸部圧迫に基づく窒息により死亡させて殺害したが,金品を発見できなか
ったため金品強取の目的を遂げなかった。」と改めるほかは,原判決の「罪とな
るべき事実」記載のとおりである。
(法令の適用)
被告人の判示第1及び第2の各所為のうち,住居侵入の点はいずれも刑法13
0条前段に,強盗殺人の点はいずれも平成16年法律第156号附則3条1項に
より改正前の刑法240条後段に,判示第3の所為のうち,無免許運転の点は平
成16年法律第90号による改正前の道路交通法117条の4第1号,64条に,
無車検車運行の点は平成18年法律第40号による改正前の道路運送車両法10
8条1号,58条1項,62条1項,平成15年政令第495号による改正前の
道路運送車両法施行令10条1項2号,2項1号に,無保険車運行の点は,自動
車損害賠償保障法86条の3第1号,5条にそれぞれ該当するが,判示第1及び
第2の各住居侵入と各強盗殺人との間にはそれぞれ手段結果の関係があるので,
刑法54条1項後段,10条によりそれぞれ1罪として重い強盗殺人罪の刑で処
断し,判示第3の所為は1個の行為が3個の罪名に触れる場合であるから,同法
54条1項前段,10条により1罪として刑及び犯情の最も重い無免許運転の罪
の刑でそれぞれ処断することとし,各所定刑中判示第1及び第2の各罪について
はいずれも死刑を,判示第3の罪については懲役刑をそれぞれ選択し,以上は同
法45条前段の併合罪であるところ,同法46条1項本文,10条により刑及び
犯情の最も重い判示第2の罪について被告人を死刑に処し,他の刑を科さないこ
ととし,押収してあるバール1本(岡山地方裁判所平成17年押第6号の1)は
判示第2の強盗殺人の用に供した物で被告人以外の者に属しないから,同法19
条1項2号,2項本文を適用してこれを没収し,原審及び当審における訴訟費用
は,刑訴法181条1項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
(1)本件は,被告人が,①金品強取の目的で,平成15年9月28日,広島県
庄原市a町(旧比婆郡a町)所在の当時91歳のA方に侵入し,殺意をもって,
同女の頸部を両手で絞めるなどして,同女を殺害し(判示第1,以下「広島事
件」という。),②強盗殺人を企て,平成16年12月10日,岡山県井原市
所在のG方に侵入し,同人の頭部等をバールで多数回殴打するなどして殺害し
て現金等を強取し(同第2,以下「岡山事件」という。),③同月14日,広
島県福山市(旧深安郡)d町内の道路において,運転免許を受けないで,無車
検,無保険自動車を運転した(同第3)事案である。
(2)このように,本件は,1年2か月余りのうちに,広島及び岡山の両県にま
たがって別個の機会に敢行された2件の強盗殺人を中核とする極めて凶悪な犯
行である。被告人は,何ら落ち度のない被害者2名を殺害し,何物にも代え難
い尊い生命を奪ったものであって,本件により発生した結果が誠に重大である
ことは論を待たない。
(3)そして,本件各強盗殺人等の犯行態様等についてみる。
広島事件の殺害の手段方法は,上記のとおり,確定的殺意をもって,2,3
分間にわたり,老齢で非力な女性の頸部を両手で強い力で扼し,同女の苦悶の
表情を目の当たりにしながらも,その手を緩めることなく扼し続けて窒息死さ
せるというものであって,確実な殺害を期したと認められるものであり,冷酷
かつ非道なものというほかない。そればかりか,被告人は,被害者の万一の蘇
生に備えて同女に頭から毛布を被せた上で身体をビニール紐で緊縛し,更にそ
の上に数枚の布団を被せるなどしており,誠に非情でもある。しかも,被告人
は,事前に被害者方を再三にわたり下見し,覆面や軍手のほか,ドライバーや
しの等の侵入用具や被害者を緊縛するためのビニール紐等を準備した後,本来,
平穏であるべき屋内に侵入して敢行したものであって,住居侵入,強盗の計画
性は顕著である。そればかりか,被告人は,当初から被害者を殺害することを
計画していたものではないにせよ,住居侵入,強盗という凶悪事犯を計画し,
その実行に際し,抵抗を受けたことから,反抗抑圧の手段として被害者の殺害
を決意して実行し,結果的には,金品を発見することができなかったものの,
物色行為に及んだのであるから,殺害が偶発的なものとは到底いえず,むしろ
冷徹にこれを利用したものということができるのであって,やはり,強い非難
に値するといわなければならない。
岡山事件の殺害の手段方法は,確定的殺意をもって,約1.1キログラムと
それなりの重量のある金属製のバールで,後ずさりして逃げる被害者の頭部等
を多数回にわたり力一杯殴打し続けて惨殺するというもので,その殺意の強固
さには慄然とするものがある上,執ようで残虐なことこの上ない。そして,岡
山事件の犯行は,被害者が一人暮らしであることに着目し,当初から,同人を
殺害した上で金品を強取することを企て,事前に同人方を下見した上,凶器等
に用いるためのバールや侵入用具であるドライバー等,軍手,懐中電灯等を準
備し,平穏であるべき屋内に侵入し,待ち伏せして犯行に及んだものであって,
周到な準備に基づく計画的犯行というべきである。
なお,弁護人の所論は,被告人の原審供述に依拠し,岡山事件の殺害行為は,
被害者Gとの間で女性を巡る問題があった後,コインランドリーでGから乞食
扱いされたことが重なり,その後同人方において口論がなされた結果敢行され
たものであり,殺害の計画性に欠けるという。しかしながら,関係証拠によれ
ば,被告人は,犯行に際し,凶器であるバールを携行しながら,覆面を準備す
ることなく,顔見知りのG方に侵入し,躊躇なくバールで同人の頭部等を多数
回殴打し,殺害した直後に金品を強奪していることが明らかであって,このよ
うな犯行の態様自体によっても,被告人が当初から,Gを殺害して金品を強取
することを計画していたことを強く窺われるというべきである。そして,被告
人は,捜査段階において,検察官に対し,強盗殺人を決意した理由や時期等に
ついて,「岡山県井原市内において潜伏生活に使用していた自動車がパンクし,
タイヤ交換費用等として早急に3万円ほど必要となった。借金の宛てがない中,
付近で手打ちそば店『H』を経営するGがいつもズボンに札入れを差していて,
その札入れの中に5万円くらいの現金を所持していたことを思い出した。しか
し,Gは,肌身離さず札入れを所持していたことや同人とは顔見知りであった
ことから,自らの犯行であることが発覚しないように札入れを入手するには,
口封じのためにGを殺害し,その上で札入れを奪うしかないと思った。」旨供
述している。その供述内容は,正に上記推認に沿う自然かつ合理的な内容であ
って信用性は高いというべきであって,これによれば,被告人が当初から,G
を殺害し,金品を強取することを計画していたことは明らかである。他方,被
告人の原審供述は,「判示第2の犯行の約20日前にGから『H』への出入り
を禁じられた後,コインランドリーにおいて,Gから乞食扱いされ,立腹した
ことを契機に,同人方における強盗を決意し,実行に及んだ。強盗の犯行途中
で,G経営の食堂に出入りしていた女性との関係を巡り,同人と口論となり,
同人から『おまえがわしの命を取るほどの根性あるか。』と挑発されたことか
ら,咄嗟に同人を殺害した。」というものであるが,その供述内容は,「被告
人は,Gが殺害される約4か月前の平成16年8月初めころから『H』には全
く来なくなった。」旨の「H」の従業員Iの検察官に対する供述に反するもの
である。のみならず,被告人は,原審において,突如,上記のような供述をす
るに至った理由について何ら納得できる説明をしていない。してみれば,被告
人の上記原審供述は信用性に欠けるものというほかなく,これに依拠する弁護
人の上記所論は採用することができない。
(4)次に,本件各強盗殺人に至る経緯や動機についてみると,広島事件におい
て,被告人は,内妻の借金の返済資金を工面したいなどと考え,現に,被告人
が広島事件の犯行直後に同女の実弟から金員を借り入れることができたことか
らも,他の金策を講じることも十分に可能な状況であったにもかかわらず,内
妻が身内から借金することを嫌っていたという一事のみから,このような適切
な手段を講じることなく,甚だ安易に住居侵入,強盗の犯行を思い立ち,すで
にみたとおり,被害者から抵抗を受けたことから強盗殺人にまで及んでいる。
また,被告人は,広島事件の後,平成16年5月17日から翌18日にかけて
取調べを受け,自らに捜査の手が迫っていることを感知したが,これを免れる
ために,同日自宅を離れ,その後,内妻や長女から広島事件の真犯人かどうか
確認を受けるとともに,長女からは,真犯人であれば出頭するように諭された
にもかかわらず,無実である旨偽って,内妻や長女から逃走資金を得ながら,
広島,岡山の県境付近を自動車で移動し,寝泊まりする逃走生活を送るように
なった。そして,そのような中で,逃走に不可欠な自動車のタイヤがパンクし,
移動手段が失われた上,長女から,同女や内妻にこれ以上被告人に送金する金
銭的余裕がないことを知らされたことから,更なる金銭的援助が期待できない
ものと思い込み,タイヤの修理費用や生活費に窮した結果,付近で手打ちそば
店を経営し,普段からまとまった金員を持ち歩いていることを知っていた被害
者を殺害して金員を強取しようと考え,極めて安易に岡山事件を重ねている。
本件各強盗殺人は,いずれも経済的窮境を脱するために他人の生命までをも踏
みにじったものであって,その動機は理不尽で極めて身勝手かつ自己中心的な
ものというほかなく,同情すべき点はいささかもない。
(5)広島事件の被害者は,一家の主婦として,また,自宅で和裁をし,年老い
てからは付添婦として稼働しながら,三人の子や孫娘を育て上げ,当時91歳
と高齢であったが,畑仕事を行うなど健康であり,慎ましく一人暮らしをしな
がら,独立した長男や孫娘のほか,ひ孫らが来訪するのを楽しみに余生を送っ
ていた。また,岡山事件の被害者も,長年手打ちそば店を経営し,一家の大黒
柱として二人の子を育て上げ,76歳になった当時も,一人暮らしをしながら,
自らそば打ちをし,懸命に稼働し,独立した二人の子が設けた二人の孫の成長
を楽しみに余生を送っていた。そのような中,いずれも夜間,本来,安んじて
生活できるはずの自宅に侵入した被告人に突如として襲撃され,激しい苦悶の
中で非業の死を余儀なくされた被害者らの苦痛,無念さ,口惜しさは察するに
余りある。被害者らの子又は孫である各遺族は,いずれも一人暮らしの高齢者
である被害者らを気遣うとともに,長年苦労を重ねて自身を育て上げてくれた
被害者らの恩に報いるため,孝行を惜しまないつもりであった。そうした矢先
に,理不尽にもかけがえのない存在であった被害者らを奪われたものであり,
遺族らの深い悲しみや精神的衝撃は筆舌に尽くし難い。しかるに,被告人は,
遺族らに対する十分な慰謝の措置は講じておらず,また,これを望むべくもな
い。遺族らの処罰感情が峻烈であり,異口同音に被告人が極刑に処せられるこ
とを希望しているのも当然のことと理解することができる。
(6)各犯行後の状況をみると,被告人は,上記のとおり,広島事件の犯行後も
何食わぬ顔で日常生活を送り続け,警察官による事情聴取の際にも自らはAを
マッサージしただけで,強盗殺人事件には関与していないなどと虚言を述べ,
そのような事情聴取を受けた直後に逃走し,被告人が広島事件の犯人である旨
心配していた家族をも欺いて,生活費等を受領し続けながら自動車により広島,
岡山の県境付近を転々とした逃走生活を送っていた。そして,そのような逃走
生活の中,すでにみたような経緯で岡山事件の犯行をも重ねているところ,被
告人が何ら逡巡することなく岡山事件を重ねたことに照らし,広島事件という
大罪に対する後悔や反省の念を抱いていた形跡は全く窺われない。また,被告
人は,岡山事件の後,強取した現金で自動車のタイヤを修理し,新たにバール
や靴を購入するなど更なる逃走生活に向けて着々と準備していた。また,職務
質問を受けた際,警察官から,無免許の状態であることから絶対に運転しない
ように注意を受けていたにもかかわらず,これを無視して判示第3の無免許運
転等の犯行をも重ねている。このように,被告人は,広島事件及び岡山事件の
各強盗殺人等の犯行後も規範意識や良心の呵責すら感じられない行動をとって
いたのであって,犯行後の情状も甚だ悪質といわざるを得ない。
(7)さらに,本件各強盗殺人は,広島及び岡山の両県にまたがって行われたも
のである上,広島事件については農村地帯において,岡山事件については閑静
な住宅地において実行されたものであって,一人暮らしの高齢者が惨殺された
凶悪事件として,これらが報道されたことなどにより,近隣住民らに大きな恐
怖感や不安感を与えたものと認められるのであって,その社会的影響の大きさ
も看過することができない。
(8)以上に加えて,被告人は,凶悪事犯である放火,強盗致傷,恐喝未遂等に
よる懲役前科4犯を有しており,50歳近くまでは服役を繰り返していたこと
などをも併せ考えれば,被告人の反社会性,犯罪性は甚だしく,社会規範や他
人の尊厳を軽視する人格態度も顕著というほかない。また,被告人は,捜査段
階において,最終的には各犯行を認め,具体的な供述をしていたにもかかわら
ず,すでにみたとおり,原審公判において,Aに対しては殺意を有しておらず,
Gに対しては,同人方に侵入した後,殺意が発生したかのような供述をするな
ど,自己の責任を矮小化するための不合理な弁解に終始しているものであって,
全面的に真摯な反省に及んでいるとみるのは困難である。
(9)以上によれば,本件の犯情は非常に悪く,被告人の刑事責任は極めて重大
であるといわなければならない。
(10)もっとも,被告人のために酌むべき事情としては,次の点が指摘できる。
まず,広島事件については,被告人が当初から被害者の殺害をも計画してい
たとまでは認め難い上,物色したものの金品を発見できなかったことから,財
物奪取の点は未遂に終わっている。
また,被告人は,被害者らの冥福を祈るとともに,各遺族に謝罪文を書き送
り,広島事件の遺族に対して香典として10万円を送付しているほか(もっと
も,現金は遺族から返送された。),当審においても「私が死刑になると思っ
ている人がいるのは,納得しています。二人の被害者や遺族のことは頭から離
れません。」などと述べ,本件各犯行に及んだことについて,被告人なりに反
省の情を示している。
さらに,被告人の内妻が原審及び当審公判廷に出廷したほか,被告人の長女
も原審公判廷に出廷し,被告人に対する寛大な処分を希望しているのであって,
被告人にはその身を案じ,その更生に向けて助力する余地のある妻子が存在し
ているものと認められる。
加えて,被告人が高齢である上,広島事件の犯行に至るまでの約18年間に
わたり,業務上過失傷害罪により罰金刑に処せられたほかは前科がなく,認知
症の義母を介護する内妻を思いやり,これを手助けしていたことなどの酌むべ
き事情も認められる。
(11)しかしながら,これらの被告人のために酌むべき諸事情を最大限に考慮し,
かつ,死刑が人間存在の根元である生命を永遠に奪い去る冷厳な極刑であり,
誠にやむを得ない場合における究極の刑罰であって,その適用には特に慎重を
期すべきであることに照らしても,とりわけ,上記のような金品強取の目的で,
別個の機会に,何ら落ち度のない2名もの命を奪ったという罪質や結果の計り
知れない重大性,犯行態様とりわけ冷酷非道又は執ようで残忍極まりない殺害
の手段方法,遺族らの峻烈な処罰感情,本件各強盗殺人に及んだ経緯や動機の
理不尽さ,被告人が広島事件の強盗殺人等の重大犯罪を犯した後,何ら逡巡す
ることなく,岡山事件の強盗殺人等を重ねるなど犯行後の情状も甚だ悪質であ
ること,本件各強盗殺人の及ぼした社会的影響の大きさ,被告人の反社会性,
犯罪性等を考えると,被告人の負うべき罪責は余りにも大きく,罪刑の均衡の
見地からも一般予防の見地からも極刑をもって臨むほかない。
よって,主文のとおり判決する。
平成20年2月27日
広島高等裁判所岡山支部第1部
裁判長裁判官小川正明
裁判官河田充規
裁判官西川篤志

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