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令和2年(受)第645号遺言有効確認請求事件
令和3年4月16日第二小法廷判決
主文
原判決を破棄し,第1審判決を取り消す。
本件を京都地方裁判所に差し戻す。
理由
上告人の上告受理申立て理由について
1本件は,上告人が,被上告人に対し,両名の母であるAを遺言者とする平成
20年4月17日付け自筆証書(以下「本件遺言書」という。)による遺言(以下
「本件遺言」という。)が有効であることの確認を求める事案である。
2原審の確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1)上告人及び被上告人は,いずれもAの子である。Aは,平成24年8月に
死亡した。
(2)平成25年1月,上告人の申立てにより本件遺言書の検認がされた。本件
遺言書には,Aの有する不動産,動産,株式等の財産全部を上告人に相続させる旨
が記載されていた。
(3)被上告人は,平成26年6月,上告人に対し,被上告人がAの遺産を法定
相続分の割合により相続したなどと主張して,Aが所有し又は持分を有していた複
数の不動産(以下「本件不動産」という。)についての同人から上告人に対する売
買等を原因とする所有権移転登記等の抹消登記手続,上告人が本件不動産を占有し
ていることによる不当利得の返還,Aの死亡後に上告人がA名義の口座から預金の
一部を払い戻したことによる不当利得の返還等を求める訴え(以下「前件本訴」と
いう。)を提起した。
これを受け,上告人は,同年11月,被上告人に対し,上告人がAの医療費等を
立て替えており,被上告人はこれに基づくAの立替金債務を法定相続分の割合によ
り相続したなどと主張して,その支払等を求める反訴(以下「前件反訴」といい,
前件本訴と併せて「前訴」という。)を提起した。
(4)上告人は,前訴において,本件不動産はAとの売買等により取得したもの
であり,預金の払戻しは生前にAから与えられた権限に基づくものであるなどと主
張して前件本訴に係る請求を争うとともに,Aが財産全部を上告人に相続させる旨
の有効な遺言をしたと主張し,これを証明するため,本件遺言書等を証拠として提
出した。
前訴の第1審裁判所は,当事者の主張を整理した書面を作成し,上告人及び被上
告人に対し,これを示して意見を求めた。上記書面には本件遺言に関する上記の主
張は記載されていなかったが,上告人は,同主張の記載がないことについて意見を
述べなかった。
その後,被上告人は,上告人に対し,本件遺言が有効である旨主張するのであれ
ば,その主張は被上告人がAの立替金債務を相続した旨の前件反訴における上告人
の主張と矛盾することになるとして,これらの主張の位置付けについて明らかにす
るよう求めた。上告人は,前件本訴に係る請求が本件遺言が無効であることを前提
としたものであったため,これに対応して前件反訴を提起したにすぎず,主位的に
は本件遺言が有効であると主張するものである旨回答した。
(5)前訴の第1審裁判所は,平成28年8月,前件本訴については,上告人が
Aとの売買等により本件不動産を取得した事実は認められず,預金の払戻しは権限
なくされたものであると判断するなどして,所有権移転登記等の抹消登記手続請求
を認容し,不当利得返還請求を一部認容するなどし,前件反訴については,上告人
による立替払の事実が認められないと判断して請求を棄却する判決をした。上記判
決においては,被上告人がAの遺産について相続分を有することについては争いが
ないものとされ,本件遺言の有効性についての判断はされなかった。
(6)上告人は上記判決を不服として控訴し,被上告人は附帯控訴をした。上告
人は,控訴審において,Aが本件遺言をしたことを前件本訴に係る請求についての
抗弁として主張した。
前訴の控訴審裁判所は,平成29年4月,上記の主張を時機に後れた攻撃防御方
法に当たるとして却下した上,上記判決のうち上記の各判断は維持しつつ,前件本
訴に係る請求のうち不当利得返還請求の一部についてのみ上記判決を変更する旨の
判決をし,その後,同判決は確定した。
(7)上告人は,平成29年7月,本件訴えを提起した。
3原審は,上記事実関係等の下において,次のとおり判断して,本件訴えを却
下すべきものとした。
上告人が被上告人に対して本件遺言が有効であることの確認を求めることは,被
上告人がAの遺産について相続分を有することが前訴で決着し,上告人により今後
本件遺言が有効であると主張されることはないであろうとの被上告人の合理的な信
頼を裏切るものである上,上告人が前訴において被上告人がAの債務を相続したと
主張して前件反訴を提起していたことと矛盾するものであるから,本件訴えの提起
は信義則に反する。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係等によれば,上告人は,前訴では,本件不動産はAとの売買等によ
り取得したものであり,預金の払戻しは生前にAから与えられた権限に基づくもの
であるなどと主張して前件本訴に係る請求を争っていたのであって,前訴の判決に
おいては,上記の主張の当否が判断されたにとどまり,本件遺言の有効性について
判断されることはなかった。また,本件訴えで確認の対象とされている本件遺言の
有効性はAの遺産をめぐる法律関係全体に関わるものであるのに対し,前件本訴で
はAの遺産の一部が問題とされたにすぎないから,本件訴えは,前件本訴とは訴訟
によって実現される利益を異にするものである。そして,前訴では,受訴裁判所に
よって前件本訴に係る請求についての抗弁等として取り上げられることはなかった
ものの,上告人は,本件遺言が有効であると主張していたのであり,前件反訴に関
しては本件遺言が無効であることを前提とする前件本訴に対応して提起したにすぎ
ない旨述べていたものである。これらの事情に照らせば,被上告人において,自ら
がAの遺産について相続分を有することが前訴で決着したと信頼し,又は,上告人
により今後本件遺言が有効であると主張されることはないであろうと信頼したとし
ても,これらの信頼は合理的なものであるとはいえない。
また,前訴において,上告人は,被上告人に対し,被上告人がAの立替金債務を
法定相続分の割合により相続したと主張し,その支払を求めて前件反訴を提起した
が,上告人による立替払の事実が認められないとして請求を棄却する判決がされ,
前件反訴によって利益を得ていないのであるから,本件訴えにおいて本件遺言が有
効であることの確認がされたとしても,上告人が前件反訴の結果と矛盾する利益を
得ることになるとはいえない。
以上によれば,本件訴えの提起が信義則に反するとはいえない。
5以上と異なる見解の下に,本件訴えを却下すべきものとした原審の判断に
は,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいう
ものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,第1審判決を取り消
し,更に審理を尽くさせるため,本件を第1審に差し戻すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官三浦守裁判官菅野博之裁判官草野耕一裁判官
岡村和美)

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