弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
1 本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)らの負担とし,附帯控訴費用は被控訴人
(附帯控訴人)の各負担とする。
       事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人(附帯被控訴人。以下「控訴人」という。)らの控訴の趣旨
(1) 原判決中控訴人ら敗訴部分を取り消す。
(2) 被控訴人(附帯控訴人。以下「被控訴人」という。)の請求をいずれも棄
却する。
(3) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人の附帯控訴の趣旨
(1) 原判決主文4を取り消す。
(2) 控訴人国及び同大阪府は,被控訴人に対し,連帯して200万円及びこれ
に対する平成10年7月23日から支払ずみまで年5分の割合による金員を支払
え。
(3)(原判決主文3と選択的)
 控訴人国は,被控訴人に対し,17万0650円及び平成11年1月から平成1
5年5月まで毎月末日限り3万4130円を支払え。
第2 事案の概要
1 本件事案の概要は,以下のとおり改めるほか,原判決の「事実及び理由」の
「第2 事案の概要」(原判決3頁15行目から28頁15行目まで)中,控訴人
ら・被控訴人関係部分のとおりであるから,これを引用する(ただし,特にことわ
らない限り,被爆者援護法施行令については平成14年4月1日政令第148号に
よる改正前のもの,被爆者援護法施行規則については平成14年5月31日厚生労
働省令第74号による改正前のものをいう。)。
2(1) 原判決6頁10行目の「厚生事務次官通知」の次に「,以下「158号
通知」という。」を加える。
(2) 原判決14頁21行目の次に行を改めて以下のとおり加える。
「d 被爆者援護法の給付体系(医療給付と各種手当の支給との関係)
 原爆医療法に基づく給付は,日本国内のみで受給し得るものであるから,同法が
在外被爆者を適用対象としていなかったことは明らかである。したがって,同法の
追加施策として制定された原爆特別措置法,これらを一本化した被爆者援護法も同
じく在外被爆者を適用対象とするものではない。
 また,被爆者援護法の制定経緯,健康管理手当の趣旨,同法の前文等によれば,
被爆者に対する最も基本的な援護は医療給付である。各種手当の支給は,医療給付
だけでは十分でないと考えられる者に対する補完的,上乗せ的な援護として位置づ
けられているにすぎない。したがって,医療給付を受けることが全く予定されてい
ない在外被爆者が各種手当の支給のみを受けるという事態は,同法の法構造に沿わ
ず,同法の給付体系を無視するものである。」
(3) 原判決27頁7行目から25行目までを次のとおり改める。
「(4) 国家賠償法上の違法性及び損害
(被控訴人の主張)
ア 402号通達の違法性
(ア) 402号通達は原爆特別措置法,同法施行規則に違反する。
 原爆特別措置法には,都道府県の区域を越えて居住地を移した場合に権利を喪失
させるとの規定はない。この点に関し,昭和49年7月原爆特別措置法施行規則の
一部を改正する省令(昭和49年厚生省令第27号)により同法施行規則(昭和4
3年厚生省令第34号)が改正され,従前,特別手当受給権者は都道府県の区域を
越えて居住地を移すと失権するとされていたものが改められた。
 しかるに,当時の厚生省(現厚生労働省)は,上記規則改正の趣旨に反する40
2号通達を発出し,改正前と同様の違法状態を存続させた。このように,402号
通達は,原爆特別措置法が規則に委任した範囲を超えているもので,同法及び同法
施行規則に違反する。
(イ) 402号通達は在韓被爆者の排除を意図したものである。
 P1判決の第一審判決(福岡地裁昭和49年3月30日判決・行集25巻3号2
09頁)は,わが国における居住関係がないから原爆医療法の適用の要件を欠くと
いう国の主張を排斥し,P1氏に対する原爆医療法の適用を認めた。
 そこで,当時の厚生省(現厚生労働省)は,在韓被爆者について入口で規制でき
ないなら出口で規制しようとして402号通達を発出し,日本国外の被爆者に対す
る同法の適用を否定しようと意図したものである。
(ウ) 402号通達は被爆者援護法にも違反する。
 402号通達は,被爆者援護法の施行に伴う158号通知により,同法の下にお
いても有効とされている。
 しかし,同法には「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなった場合に「被爆
者」たる地位を喪失する旨の明文規定はなく,そのように解釈すべき合理的理由も
ない。402号通達は,このような解釈を前提とするもので同法に違反する。
(エ) 402号通達は,前記のとおり,憲法14条,25条1項,98条2項の
ほか,B規約26条,2条1,A規約2条2にも違反する。
イ 控訴人らの故意(違法性の意識の深まり)
(ア) 402号通達立案当時(昭和49年7月)
 当時の厚生省(現厚生労働省)は,原爆2法には国籍要件がないことや居住地の
変更により権利を喪失する旨の規定がないことを知りながら,P1判決の第一審判
決を受けて,今後,在韓被爆者からの被爆者健康手帳の交付申請が増加することを
危惧し,原爆2法の在韓被爆者への適用をできる限り制限するために402号通達
を発出したものである。
(イ) P1判決当時(昭和53年3月)
 最高裁判所は,P1判決において,原爆医療法には実質的に国家補償的配慮が制
度の根底にあり,あえて外国人に対しても同法を適用することとしているのは,被
爆による健康上の障害の特異性と重大性のゆえに,その救済について内外人を区別
すべきでないとしたものにほかならない旨を判示した。
 これを受けて,当時の厚生省(現厚生労働省)は,原爆2法について被爆による
健康上の障害の特異性と重大性に思いを馳せ,内外人を平等とする趣旨の徹底が求
められていることが容易に理解できたはずであるから,その意味でも402号通達
の違法性はますます明らかなものとなった。
(ウ) 被爆者援護法制定当時(平成6年12月)
 その後,原爆2法が一本化されて,被爆者援護法が制定されたが,そこでは,
「国の責任」が明記され,原爆2法の国家補償的性格も一層進められた。その間
も,いったん被爆者健康手帳を取得した被爆者が日本国外に出る場合の取扱いにつ
いては,前記のとおり,恣意的に運用されてきた。これは,402号通達の下では
権利喪失の確たる判断基準を見い出すことができず,統一的,合理的な判断ができ
なかったことによる。
 ここに至って,当時の厚生省(現厚生労働省)は,いったん被爆者健康手帳を取
得した被爆者が日本国外に出た場合の取扱いについて,法令と402号通達との間
には齟齬があるということを十分認識できていたはずである。
(エ) 大阪府知事による失権の取扱い当時(平成10年7月)
 被控訴人は,本件健康手帳を取得し,大阪府知事から健康管理手当の支給認定を
受けたのに,平成10年8月分からは402号通達に基づく失権の取扱いを受け
て,手当の支給を受けていない。
 控訴人らは,このような402号通達が,被爆者援護法が国籍を問わず,被爆者
の被った特殊の被害にかんがみ,被爆者の援護を講じるという人道的目的を有する
ことと真っ向から反することを容易に認識できたはずである。
(オ) 以上によれば,控訴人らの違法行為は,単に過失に止まらず,在韓被爆者
の排除を意図したものであるから,故意と評価すべきである。
ウ 控訴人らの国家賠償責任
 このように,控訴人らは,原爆2法及び被爆者援護法のほか憲法及び国際人権規
約にも違反する402号通達の違法性を認識しながら,これを立案し,放置し,大
阪府知事に執行させた。のみならず,本件健康手帳を失権とする旨の取扱いは,違
法な402号通達に基づく違法な執行であったことに加え,被爆者健康手帳の失権
についてはなんら触れていない402号通達にも違反する違法性の強いものであっ
た。
 控訴人らの行為はいずれも国家賠償法上の違法行為であるから,被控訴人に対す
る損害賠償責任を免れない。」
(4) 原判決28頁12行目から15行目まで次のとおり改める。
「(控訴人らの主張)
ア 原爆医療法,原爆特別措置法及び被爆者援護法が,日本に居住も現在もしない
者に対しては適用されないという解釈と,この点を確認的に示達している402号
通達や158号通知はいずれも適法である。
 したがって,当時の厚生省(現厚生労働省)公衆衛生局長が402号通達を立案
し,維持し,同厚生事務次官が158号通知を発出し,また,大阪府知事が被控訴
人に対する健康管理手当を打ち切ったことには何ら違法はない。
イ 法令の解釈に関し,学説・判例等の見解が分かれ,そのいずれにも一応の論拠
が認められる場合に,公務員が一方の解釈を採ったときは,それが結果的に違法で
あったとしても,公務員には国家賠償法1条1項の過失があるとはいえない。
 このような観点からみると,原爆医療法,原爆特別措置法及び被爆者援護法が日
本に居住も現在もしない者に対しては適用されないとの解釈は,その給付体系,立
法者意思,被爆者が日本に居住又は現在することを前提とする各種規定の存在,法
的性格等を根拠とする合理的な解釈であった。また,これらの法律においては在外
被爆者に対する給付を予定した規定が全く存在せず,これらの法律が在外被爆者に
も適用されるとの判例・学説は本件訴訟以前にはなかったのである。
 したがって,仮に,402号通達が違法であるとしても,国の公務員及び大阪府
知事に国家賠償法1条1項の故意・過失がないことは明らかである。」
第3 当裁判所の判断
1 被爆者援護法1条の「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなることにより,
当然に「被爆者」たる地位を喪失するか否か(日本に居住又は現在していることは
「被爆者」たる地位の効力存続要件であるか否か。)について判断する。
(1) 法文上の「被爆者」たる地位について
ア 被爆者援護法上,「被爆者」たる要件は,同法1条各号のいずれかに該当する
者であること及び被爆者健康手帳の交付を受けたものであることの2点である。日
本に居住又は現在することは,法文上の要件とはされていない。
イ そして,被爆者援護法2条1項によれば,被爆者健康手帳の交付を受けようと
する者は,居住地(居住地を有しないときは,その現在地とする。)の都道府県知
事にその旨申請しなければならない。したがって,被爆者健康手帳の交付を受け,
「被爆者」たる地位を取得するためには,少なくとも申請の時点では日本に現在す
ることを要することになる。
ウ しかし,いったん被爆者健康手帳の交付を受けた後に同手帳の返還が必要とな
るのは,実定法上「被爆者」が死亡した場合だけである(同法施行規則8条)。
「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなった場合に,都道府県知事が同手帳の返
還を求め得る法文上の根拠はない。
 また,「被爆者」が日本に居住も現在もしなくなった場合に,当然に同法の適用
対象から外れるとか,「被爆者」たる地位を喪失する(喪失させることができ
る。)とかいう旨の明文規定もない。
エ したがって,被爆者援護法,同法施行規則の法文上は,日本に居住又は現在し
ている者のみをその適用対象とするとか,日本に居住又は現在することが「被爆
者」たる地位の効力存続要件であるとか解すべき直接の根拠はないということにな
る。
(2) 解釈上の「被爆者」たる地位について
 控訴人らは,被爆者援護法は,解釈上,日本に居住又は現在する者のみをその適
用対象とし,日本に居住も現在もしなくなった者については,法律上当然に「被爆
者」たる地位を喪失する,すなわち,日本に居住又は現在することは,「被爆者」
たる地位にあることの効力発生要件であるのみならず効力存続要件でもあると主張
する。
 そこで,同法上,控訴人らの主張する解釈が,同法の法的性格,立法者意思,法
律全体の法構造などに照らし,合理的なものとして是認できるかどうかについて以
下検討する。
ア 行政法と属地主義の原則について
(ア) 控訴人らは,被爆者援護法は行政法であるところ,一般に行政法規は日本
国内おいてのみ効力を有するのが原則であるから,例外規定がない限り日本に居住
も現在もしていない者に対しては適用されないと主張する。
(イ) 確かに,強制調査や各種の規制など行政機関の公権力の行使に関わる国法
については,国家主権に由来する対他国家不干渉義務にかんがみ,控訴人らが主張
する属地主義の原則が妥当する。
(ウ) しかし,被爆者援護法のようないわゆる給付行政に関する国法について
は,属地主義の原則を厳格に適用すべき必然性はない。むしろ,その性質上,給付
を受ける側の人的側面に着目し,属人主義的な立場(人的範囲を限定する反面,場
所的範囲を日本国内に限らない立場)を採用する法制にも十分な合理性が認められ
る。わが国の戦争被害に関する他の補償立法の中には,明文規定がなくても海外で
の適用を認めている法制例も見受けられるところである(遺族等援護法,戦傷病者
特別援護法など)。
(エ) 以上によれば,被爆者援護法が行政法規であるがゆえに,属地主義の原則
が当然に妥当するとはいえない。ましてや,「被爆者」たる地位をいったん適法・
有効に取得した者が,日本に居住も現在もしなくなったからといって,属地主義の
原則を根拠に,当然にその地位を失うという解釈を採ることはできないというべき
である。
イ 被爆者援護法の性格について
(ア) 控訴人らは,被爆者援護法は非拠出制の社会保障法であるから,わが国の
社会の構成員でない海外居住者には適用されないと主張する。
(イ) 確かに,一般論としては,非拠出制の社会保障制度は,それが社会連帯や
相互扶助の観念を基礎とし,社会構成員の税負担に依存しているがゆえに,その適
用対象者をわが国社会の構成員たる者に限定するという解釈も一応妥当する。しか
し,個別具体的な社会保障制度において,どの範囲の者を適用対象とするかは,そ
れぞれの制度における政策決定の問題である。被爆者援護法の社会保障としての性
格から演繹的に控訴人らの主張する解釈を導くことは相当でない。
(ウ) そして,被爆者援護法は原爆医療法をその前身とするところ,同法の趣旨
は,最高裁判所が,「原爆医療法は、被爆者の健康面に着目して公費により必要な
医療の給付をすることを中心とするものであって、その点からみると、いわゆる社
会保障法としての他の公的医療給付立法と同様の性格をもつものであるということ
ができる。しかしながら、被爆者のみを対象として特に右立法がされた所以を理解
するについては、原子爆弾の被爆による健康上の障害がかつて例を見ない特異かつ
深刻なものであることと並んで、かかる障害が遡れば戦争という国の行為によって
もたらされたものであり、しかも、被爆者の多くが今なお生活上一般の戦争被害者
よりも不安定な状態に置かれているという事実を見逃すことはできない。原爆医療
法は、このような特殊の戦争被害について戦争遂行主体であった国が自らの責任に
よりその救済をはかるという一面をも有するものであり、その点では実質的に国家
補償的配慮が制度の根底にあることは、これを否定することができないのである」
と判示するとおりである(P1判決)。
 また,被爆者援護法も前文をもうけて,「(前略)国の責任において、原子爆弾
の投下の結果として生じた放射能に起因する健康被害が他の戦争被害とは異なる特
殊の被害であることにかんがみ、高齢化の進行している被爆者に対する保健、医療
及び福祉にわたる総合的な援護対策を講じ(中略)るため、この法律を制定する」
と謳っている。
 これによれば,原爆医療法の性格はそのまま被爆者援護法に引き継がれ,被爆者
援護法も社会保障と国家補償双方の性格を併有する特殊な立法であると認めるのが
相当である。
(エ) 以上のとおり,被爆者援護法の複合的な性格,とりわけ,同法が被爆者が
被った特殊の被害にかんがみ,一定の要件を満たせば,「被爆者」の国籍も資力も
問うことなく一律に援護を講じるという人道的目的の立法であることにも照らすな
らば,その社会保障的性質のゆえをもって,わが国に居住も現在もしていない者へ
の適用を当然に排除するという解釈を導くことは困難である。
ウ 立法者意思について
(ア) 控訴人らは,被爆者援護法は,日本に居住も現在もしない者には適用され
ないことを前提として国会で可決・成立されたから,日本に居住も現在もしなくな
った者については,当然に「被爆者」たる地位を喪失するとするのがその立法者意
思であったと主張する。
a そこで検討するに,平成6年12月1日付け第131回国会衆議院厚生委員会
におけるP2委員とP3政府委員とのやりとりや日本共産党の修正案が否決された
経緯は次のとおりである(甲第61号証,乙第4号証,弁論の全趣旨)。
(a) まず,P2委員において,政府案では外国に居住する被爆者には援護の措
置が行われないことになっているが,国家補償に基づく被爆者年金であれば外国に
居住する者にも支給されることになると思うがどうかと質した。
 これに対し,P3政府委員は,政府案に基づく給付が拠出を要件としない公的財
源によって賄われることと他の制度との均衡を考慮する必要から,日本国内に居住
する者を対象として手当を支給することを考えており,手当か年金かの名目のいか
んを問わず,わが国の主権の及ばない外国においては日本の国内法を適用すること
はできないと考えていると答弁した。
(b) さらに,P2委員において,年金化すれば外国にいても支給できるという
説が有力であり,被爆者は外国に居住していても外国人であっても原爆後遺障害の
発症に変わりはないのだから,すべての被爆者を援護するためにも年金支給とすべ
きであると質した。
 これに対し,P3政府委員は,現在の手当は被爆者の健康状況に着目して支給し
ているから,年金のように被爆者の健康状況を審査しない形で給付することは考え
ていないと答弁した。
(c) 以上のやりとりを経て,P2委員は,政府案には,国家補償の理念が明記
されておらず,特別葬祭給付金の支給対象者を限定し,被爆者年金を実現していな
いという問題点を残していると指摘した上,これらの点をも盛り込んだ日本共産党
の修正案について,戦争の国家責任を明確にして謝罪と補償を行い,将来の不戦の
誓いを込めた国家補償法とするために提案すると趣旨説明をした。
 これに対し,P4委員の反対討論は,日本共産党の修正案は,国の戦争責任に基
づく国家補償を前提としたものであり,他の戦争犠牲者との均衡などの面で基本的
な問題を含んだものであるから反対するというものであった。
b 以上によれば,P3政府委員が手当の支給は日本国内に居住する者を対象とす
る旨を答弁した理由は,被爆者援護法が非拠出の社会保障法的性格を有するがゆえ
に,わが国の主権の及ばない外国では国内法を適用できないという一般論の域を出
るものではない(他の制度との均衡について具体的に議論された形跡はない。)。
 また,同政府委員が被爆者年金の提案を消極に解したのも,海外の居住者に給付
することの当否もさることながら,被爆者の健康状況を審査せずに一律に支給する
という年金の形式の当否に着目したところによることがうかがわれる。
c さらに,被爆者援護法の審議経過をみると,国の戦争責任と国家補償的配慮を
どこまで法案に盛り込むかという点についての議論が繰り返され(乙第3号証,第
4号証,弁論の全趣旨),日本共産党の修正案の要点は,国の戦争責任を明確に
し,国家補償的観点から国内外を問わず,すべての被爆者に一律に年金を支給する
ところにあったことが認められる。これに対する反対討論の主眼も,同法を国の戦
争責任に基づく国家補償として明確化することの是否に向けられていたことがうか
がわれる(ここでも他の戦争犠牲者との均衡について具体的に議論された形跡はな
い。)。これによると,日本共産党の修正案が否決された所以は,日本に居住も現
在もしない者に対する同法の適用の当否に着目されことによるものとはいい難い側
面がある。
d 以上によれば,被爆者援護法の立法過程においては,政府委員から同法が非拠
出の社会保障法的性格を有するがゆえに,わが国の主権の及ばない外国では国内法
の適用はないという一般論が開陳されてはいるものの,少なくとも,本件で主たる
争点とされているように,いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を取得した者
が,その後,日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」たる地位
を失うかどうかという点については,およそ議論の外にあったというべきである。
平成6年12月6日付け第131回国会参議院厚生委員会におけるP5委員とP3
政府委員とのやりとりも(乙第22号証),この認定・判断を動かすものではな
い。
 したがって,控訴人ら指摘の質疑・答弁や日本共産党の修正案が否決された経緯
からだけでは,本件で主たる争点とされている点に関する立法者の意思が明らかで
あったとは認め難いというべきである。
(イ) さらに,法律の解釈は,まず第一に法文の合理的解釈によるべきものであ
るから,立法者意思も,第一次的には当該法文に表わされた(明文が置かれなかっ
たことも含めて)ところによって探求されなければならない。
a そこで,この点について考えるに,まず,人の権利義務に直接関わる法律は,
本来,疑義の残ることがないように明確に規定されるべきことが要請されるという
べきである。そのこと自体は,いわゆる侵害領域の立法であると給付領域の立法で
あるとを問わない。解釈で法律の適用対象を画することになったり,いったん適
法・有効に成立している行政処分を当然に失効させたりすることを是とするなら
ば,行政による恣意的な運用,ひいては法律による行政の原理にも悖るおそれなし
としないからである。
b 本件についてこれを見ると,被爆者援護法の審議の過程においては,海外に居
住する被爆者に対する援護の内容についても質疑・答弁がなされていた。しかも,
少なくとも立法技術上は,日本に居住又は現在する者のみを適用対象としたり,こ
れを「被爆者」たる地位の効力存続要件とする旨の明文規定を置いたりすることに
格別の困難はなかったはずである。法律の適用やいったん発生した効力の存続要件
といった当該立法の目的に関わる基本的な事柄について,専門的・技術的分野の事
項でもないのに,これを行政庁の裁量行為に委ねるべき合理的理由も見い出すこと
はできない。社会保障立法の中には,受給権・受給資格の要件として,日本国内に
住所を有することを求めたり(児童手当法4条1項),受給権・受給資格の消滅理
由として日本国内の住所の喪失(児童扶養手当法4条2項1号,特別児童扶養手当
等の支給に関する法律3条1号)を規定するものも存するのである。
 それにもかかわらず,このような点に関する明文規定を置かず,解釈に委ねたと
いうのであるならば,それは立法過程における不備ともいうべきものであり,そこ
に立法者意思としてとらえるべき積極的意味合いをもたせるのは相当ではないとい
うべきである。
 このような観点からするならば,控訴人らが主張するように,明文規定を置かな
かった所以が,被爆者援護法が日本に居住も現在もしない者に適用されないことを
当然の前提とするものであったとし,いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を
取得した者が,その後,日本に居住も現在もしなくなることによって,当然に「被
爆者」たる地位を失うということをもって合理的な立法者意思とみることは相当と
はいえない。
(ウ) 以上によれば,被爆者援護法の立法者意思は,本件で主たる争点とされて
いる点については明らかであるとはいえず,控訴人らの主張を直ちに採用すること
はできない。
 なお,原爆2法の下では,日本に居住も現在もしない者に対しても,別途,外交
ルートを通じて各種検診事業や基金の拠出が実施されてきたことが認められる(乙
第22号証,弁論の全趣旨)。しかし,そのこと自体は,政府の法解釈に基づいて
行政の立場からそのような取扱いがなされてきたという以上の意味合いはなく,法
文の文言に表わされた合理的な立法者意思の探求には影響しないというべきであ
る。このような行政実務の取扱いも上記の認定・判断を動かすものではない。後記
のとおり,本訴第一審判決後に厚生労働省によって実施される運びとなった各種の
在外被爆者支援事業についても同様である。
エ 被爆者援護法の法構造について
(ア) 被爆者健康手帳や各種認定の申請時
 被爆者健康手帳の交付申請時にかかる被爆者援護法2条,各種手当の支給の前提
となる都道府県知事の認定に関する被爆者援護法及び同法施行規則の各規定(医療
特別手当につき同法24条2項,同法施行規則29条1項,特別手当につき同法2
5条2項,同法施行規則44条,原子爆弾小頭症手当につき同法26条2項,同法
施行規則48条,健康管理手当につき同法27条2項,同法施行規則52条1項,
保健手当につき同法28条2項,同法施行規則56条1項)によれば,被爆者健康
手帳の交付を申請したり,各種手当支給の前提となる都道府県知事の認定を申請し
たりする時点では,日本に居住又は現在することが当然の前提となる。
 しかし,これらの規定は,「被爆者」たる地位及び各種手当の受給権を取得する
際の問題であり,それ自体は,いったん取得した「被爆者」たる地位を失わせる根
拠となり得るものではない。
(イ) 各種給付の権利発生時
a 被爆者援護法第3章第2節の健康管理及び同第4節の各種手当の支給の実施主
体は,都道府県知事とされている。しかし,そのこと自体は,援護の実施主体を定
め(平成12年4月1日前は国の機関委任事務とされていた。),所定の援護と援
護の実施主体とを連結するための管轄を定めた技術的規定であると認められる。し
たがって,受給者が日本に居住又は現在していることを当然の前提とするものとは
いえない。
 また,「被爆者」が他の都道府県の区域に居住地を移したときの届出義務(被爆
者援護法施行令3条1項)についても,日本国内における居住地を移動した際,管
轄の混乱が生じることを避けるために規定された技術的規定と解することもできる
から,これをもって直ちに失権の根拠とすることはできない。その後,改正された
被爆者援護法施行令(平成14年4月1日政令第148号),被爆者援護法施行規
則(平成14年5月31日厚生労働省令第74号)により,「被爆者」が国外へ居
住地を変更する際の届出義務や国内へ居住地を変更した際の届出についても規定が
設けられたが(公知の事実),これをもって直ちに失権の根拠とすることができな
いことは同断である。
 その他,医療特別手当に関する被爆者援護法施行規則32条や健康保健手当に関
する同法施行規則60条の届出義務等が,国外からの届出を予定していない趣旨で
あるとしても,これらの届出をする際には「被爆者」は日本に現在している必要が
あるものと解すれば足りる。また,各種援護の中にはこのような届出義務が課され
ていない手当もあるのであるから,いずれにせよ,これらの規定が,いったん適
法・有効に取得した「被爆者」たる地位を当然に失権させる根拠とはなり得ないと
いうべきである。
b 被爆者援護法第3章第3節の医療給付中,同法10条の医療の給付について
は,厚生大臣(現厚生労働大臣)がその指定した医療機関に委託して,診察(同条
2項1号),薬剤又は治療材料の支給(同項2号),医学的処置,手術及びその他
の治療並びに施術(同項3号),居宅における療養上の管理及びその療養に伴う世
話その他の看護(同項4号),病院又は診療所への入院及びその療養に伴う世話そ
の他の看護(同項5号),移送(同項6号)を給付する,こととされている。同法
18条の一般疾病医療費についても,都道府県知事により指定された被爆者一般疾
病医療機関において医療を受けた場合に,厚生大臣がその費用の支給を行う,こと
とされている。
 これらの各給付については,日本に居住も現在もしない者に対する給付は予定さ
れていない。それは,給付の前提として,指定医療機関及び被爆者一般疾病医療機
関の指定及び監督の問題があり,国家主権に由来する対他国家不干渉義務に反する
おそれがあること,また,わが国以外ではその実施が事実上困難であることによる
ものと解される。
 しかし,「被爆者」たる地位に基づく権利は,医療給付の受給に尽きるものでは
ないから,医療給付が受けられないとの一事をもって「被爆者」たる地位が失われ
るということにはならないというべきである。
 なお,同法17条,18条は,指定医療機関以外の者から医療を受けた場合,あ
るいは,被爆者一般疾病医療機関以外の者から医療を受けた場合にも,医療費の支
給,一般疾病医療費の支給がなされることを定めている。しかし,これは緊急その
他やむを得ない場合の応急の措置であるから,一般的に日本に居住も現在もしない
「被爆者」に対する医療給付が行われるべきであるとの根拠になるものではない。
(ウ) 「被爆者」たる地位と各援護との関係
a 被爆者援護法は,1条各号の要件に該当する者で2条の規定に従い被爆者健康
手帳の交付を受けたものを「被爆者」と定義し,その「被爆者」に対し,同法第3
章に規定する各種の援護を実施する構造になっている。したがって,各援護は,
「被爆者」であるが故に当然に実施されるものではなく,「被爆者」が各援護に関
する所定の要件を充たす場合に実施されるものである。
 控訴人らは,「被爆者」が日本に居住又は現在することを予定した規定があるの
に,日本に居住も現在もしていない者に対する適用を予定した規定がないことは,
このような者がそもそも同法の適用対象には含まれていないことの何よりの証左で
あると主張する。
 確かに,各援護の主要部分について要件をおよそ充たし得ない者や援護の実施が
およそ不可能な者には,そもそも「被爆者」たる地位そのものがない(あるいは当
然に失う)とする解釈もできないではない。
 しかし,同法第3章の各援護の内容・性質はそれぞれ異なるもので,国家主権に
よる制限のほか,立法技術上の困難性や実施上の困難性などの観点からいかなる制
限が生じるのか,個別的・具体的な考慮が必要となる。「被爆者」たる地位と各援
護を受け得る可能性とを必然的に不可分一体のものとして解さなければならないも
のではなく,「被爆者」たる地位にあっても,各種援護の内容・性質からその援護
を事実上実施できなくなる事態も観念し得るというべきである。
 また,これらの日本国内に居住又は現在することを前提とした規定により,その
当否はさておき,国外の「被爆者」が各援護の実施を受けることができない事態が
発生することがあり得るとしても,そのこと自体は,専ら「被爆者」側の事情や都
合によるものである。同法上の各援護を享受できない「被爆者」があるからといっ
て,その者が「被爆者」として同法上の権利主体たり得ないと解するのは本末転倒
との誹りを免れない。
b 控訴人らは,被爆者援護法上,被爆者に対する最も基本的な援護は医療給付で
あり,各種手当の支給は,それだけでは十分でないと考えられる者に対する補完
的,上乗せ的な援護であるから,医療給付を受けることが全く予定されていない在
外被爆者が各種手当の支給のみを受けるという事態は,同法の給付体系を無視する
ものであると主張する。
 しかし,同法第3章に規定する各種の援護のうち,治療期間中に支給されると明
記されている手当は医療特別手当だけであり(同法24条),他の諸手当では治療
中であることが要件とはなっていない。例えば,保健手当(同法28条)を受給す
るためには,健康状態とは無関係に爆心地から2キロメートル以内で被爆したこと
が証明できれば診断書は必要とされていないし,特別手当(同法25条)は原爆症
認定患者がその治癒後にも受給し得る。原爆小頭症手当(同法26条)はその旨診
断されれば治療の要否を問わずに支給されるし,特別葬祭給付金(同法33条)に
至っては医療行為とは全く無関係に支給される性格のものである。
 健康管理手当(同法27条)についてみても,省令で定める障害を伴う疾病にか
かっている者に対して支給するところから,指定医の健康診断書は必要とされては
いるけれども(同法施行規則51条,52条),医療給付を前提としているもので
はない。その趣旨は,放射能との関連性を明確に否定できない疾病にかかっている
者について,日常十分に健康上の注意を払う必要があるため,このような健康管理
に必要な出費に充てることを給付の本旨とするものである。そうであるならば,当
該要件を充たす「被爆者」にとっては,まずは医療給付を受けることが望ましいけ
れども,日本に居住も現在もしないためにそれが叶わなくとも,少なくとも健康管
理手当を受給し,日常の健康管理に努める意義を否定することはできない。
 「被爆者」が,日本に居住も現在もしないことにより,事実上,医療給付を受け
られない状況にあるからといって,このことは健康管理手当の支給を否定する根拠
とはならないというべきである。
c 控訴人らは,原爆医療法に基づく医療給付が日本国内のみで受給し得るもので
あったところから,同法の追加支援策として制定された原爆特別措置法やこれら原
爆2法を一本化した被爆者援護法についても在外被爆者を適用対象とするものでは
ないと主張する。
 確かに,原爆医療法においては,医療という給付の性質上,日本に居住も現在も
しない者に対する支給は予定されていなかった。原爆特別措置法において追加され
た各種手当の給付についても,行政実務においては同様の取扱いがなされてきた
(乙第22号証,第25号証の2,弁論の全趣旨)。
 しかし,被爆者援護法においては,被爆後50年を迎えるに当たり,① その前
文に「国の責任において」という文言が明記され,② 各種手当の所得制限規定が
全廃され,③ 原爆死没者に対する特別葬祭給付金が新設されるなど,原爆2法の
国家補償的性格と人道的目的をより強化する方向で一本化されたものと見るのが相
当である。
 そうであるならば,被爆者援護法に原爆2法を継受した経緯があるからといっ
て,従前の取扱いに拘泥しなければならないものではない。少なくとも,その経緯
が,いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を取得した者について,日本に居住
も現在もしなくなることにより当然にその地位を失うと解すべき合理的理由になる
ものとはいえない。
(エ) 以上によれば,被爆者援護法の各種規定も,控訴人らの主張を裏付けるべ
き根拠とはなり得ないというべきである。
オ P1判決について
(ア) 控訴人らは,最高裁判所は,P1判決において,日本に居住も現在もしな
い者に対しては原爆医療法の適用がないことを明らかにしており,これは被爆者援
護法においても同様であると主張する。
 しかし,P1判決は,日本に不法入国した在韓被爆者について,現在する理由の
いかんを問わず,原爆医療法の適用があると判断した事案であり,「被爆者であっ
てわが国内に現在する者である限りは」との判示もその限りのものである。これを
反対解釈して,わが国に現在しない被爆者には原爆医療法の適用がないと判断した
ということはできない。
 また,「不法入国した被爆者が短期間しか同法の給付を受けられない場合がある
としても」との説示についても,行政庁の主張を前提としてもという仮定の表現で
あるし,そもそも,性質上,原爆医療法上の医療給付を日本に居住も現在もしない
者に実施することはできないのであるから,いずれにせよ,その説示をもって,被
爆者援護法上,日本に居住も現在もしなくなることによって当然に「被爆者」たる
地位を失うという解釈の根拠とすることはできない。
(イ) 控訴人らの主張は採用できないものというべきである。
カ 本訴第一審判決後の施策について
(ア) 厚生労働省は,平成13年12月,厚生労働大臣が主宰する「在外被爆者
に対する検討会」の報告を踏まえ,次の措置を講じるとともに,被爆者健康手帳等
在外被爆者の取扱いに関して,法令上の規定の整備を行うこととしたことが認めら
れる(甲第82号証ないし第100号証,乙第23号証の1ないし6,第25号証
の1,2。その後,被爆者援護法施行令〔平成14年4月1日政令第148号〕,
同施行規則〔平成14年5月31日厚生労働省令第74号〕により「被爆者」が海
外に移住する場合の届出規定等が整備された〔公知の事実〕。)。
a 概ね3年以内にすべての在外被爆者が渡日して被爆者健康手帳の発行を受ける
ことができることとし,渡日できない者に対しても申請に基づき被爆の事実確認を
行うこと
b 在外被爆者に対する支援事業として,① 来日を希望する者に対する事前の受
入準備や行政機関との連絡調整,② 経済的事情から来日が困難である者への旅費
等の補助,③ 滞在中の医療機関のあっせん,各種手続等に関する相談,④ 離日
に係る各種手続等に関する連絡調整,⑤ 帰国後における各種の情報提供,相談,
⑥ 原爆医療に関する医師等の研修受入,医師の派遣等,⑦ その他在外被爆者の
健康保持のための事業等を実施すること
(イ) しかし,これらの措置には,「在外被爆者に関する検討会」が,人道上の
見地から在外被爆者の援護に関して今後どのような施策を講じることができるかを
検討した結果に基づき,厚生労働省が従前の行政実務を前提として,新たな施策を
打ち出したものという以上の意味合いはない。これらの事情をもって,被爆者援護
法上,日本に居住も現在もしなくなることにより当然に「被爆者」たる地位を失う
という解釈の根拠とすることはできないというべきである。
キ 以上アないしカで検討したところを総合勘案するならば,被爆者援護法の法的
性格,立法者意思,法律全体の法構造のいずれをみても,その旨の明文規定がない
にもかかわらず,いったん適法・有効に「被爆者」たる地位を得た者が,日本に居
住も現在もしなくなることにより,その適用対象から外れ,当然に「被爆者」たる
地位を喪失するという解釈を合理的なものとして是認することはできない。
 同法に国籍条項を置かなかった以上,適用対象となり得る外国人が日常の生活関
係において日本に居住も現在もしないことは通常予想される事態である。したがっ
て,その合理的解釈に当たっても,「被爆者はどこにいても被爆者」という事実を
直視せざるを得ないところである。控訴人らの主張は採用できない。
2(1) 「被爆者」たる地位の確認について
 前記1で検討したところによれば,被控訴人が日本に居住も現在もしなくなった
としても,当然には「被爆者」たる地位を喪失しないことになる。したがって,被
控訴人の請求中,被控訴人と控訴人国との間で,被控訴人が被爆者援護法1条1号
に定める被爆者たる地位にあることの確認を求める請求は理由がある。
(2) 健康管理手当の支給について
ア 被控訴人が「被爆者」たる地位を喪失していないとしても,健康管理手当の受
給権の有無については,さらに所定の要件を充たしているかどうかの検討が必要と
なる。
イ 健康管理手当は,「被爆者」であって,造血機能障害,肝臓機能障害その他の
厚生省令で定める障害を伴う疾病にかかっているものに対して支給される金員であ
り,支給を受けるに当たっては,都道府県知事の認定を受け,その際,都道府県知
事が当該疾病が継続すると認められる期間を定めることとされている(被爆者援護
法27条1項ないし3項)。その期間は,疾病の種類ごとに厚生大臣(現厚生労働
大臣)が定める期間内で定められ,造血機能障害を伴う疾病のうち鉄欠乏症貧血及
び潰瘍による消化器機能障害を伴う疾病については3年,その余の疾病については
5年と定められている(平成7年6月23日厚生省告示第127号)。そして,そ
の認定に当たっては,原則として,被爆者援護法19条1項の規定により都道府県
知事によって指定された被爆者一般疾病医療機関の診断書を添えることが要求され
ている(同法施行規則52条1項)。
 これらの規定を前提とするならば,健康管理手当の支給の開始に当たっては,わ
が国に居住又は現在することが必要であると解されるが,認定後になされる援護の
内容は金員の給付であるから,性質上当然にわが国に居住又は現在することが要求
されるものではない。確かに,わが国に居住も現在もしない者への支給の具体的な
方法を定めた規定は存在しないけれども,これを明確に排除する規定もない。そし
て,前記のとおり,戦争被害に関する他の補償立法である遺族等援護法において
は,海外送金の手続規定がなくても実際に海外送金が行われていることに照らすな
らば(甲第28号証,第75号証,弁論の全趣旨),健康管理手当については,わ
が国に居住も現在もしない「被爆者」に対しても支給されるべきものと認めるのが
相当である。
ウ ところで,健康管理手当については,被爆者援護法27条1項の要件に該当し
なくなったときは,受給権者に失権の届出を義務づけ(同法施行規則54条,39
条),また,都道府県知事は,同条項の要件に該当しなくなった受給権者に対し,
その旨通知しなければならない(同法施行規則54条,40条),とされている。
これらの規定を適切に機能させるためには,都道府県知事において,書面審査のみ
ならず,受給権者からの聞き取りなどの調査が必要となり,その限度で,日本に居
住も現在もしない「被爆者」に健康管理手当を支給する場合には,その支給の適正
を害するおそれがないではない。
 しかし,都道府県知事は,健康管理手当の支給を開始するに際し,厚生大臣(現
厚生労働大臣)の定める期間内で当該疾病が継続すると認められる期間を定め,そ
の期間が満了する日の属する月で支給は終わるのであるから(同法27条5項),
そのような弊害の生じるおそれは少ないというべきである。
エ 以上によれば,控訴人大阪府が,被控訴人の「被爆者」たる地位について失権
の取扱いとし,平成10年8月分以降の健康管理手当の支給を停止したことには法
律上の根拠がなく,被控訴人には,平成10年8月分以降の健康管理手当を受給す
る権利がある。
 よって,被控訴人の請求中,平成10年8月分以降の健康管理手当の支給を求め
る請求は理由がある(その履行期は毎月末日限りとするのが相当である。)。
3 国家賠償請求について
(1) 国家賠償法1条1項は,公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法
的義務に違反して,故意又は過失によりその国民に損害を加えたときに,国等が賠
償責任を負うことを規定したものである。
 ところで,通達は,全国的に解釈運用を統一する必要等に応じてなされているも
のであり,行政実務上,通達に反する行為を実施者に期待することは事実上不可能
である。したがって,通達に基づく取扱いについては,当該通達が違法であったと
しても,直ちに実施行為者に故意又は過失があると認めるのは相当でない。これが
公務員の故意又は過失に基づく違法行為と評価されるためには,当該通達の内容が
上位規範に明白に反するとか,行政実務上一般的に異なる取扱いがなされていたと
かいう特別の事情を要すると解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,大阪府知事による失権の取扱いの根拠となっ
た402号通達は,158号通知により被爆者援護法においても有効なものであっ
て,大阪府知事はそれに従ったものである。
 確かに,402号通達が同法の合理的な解釈として是認できない部分があること
は否めないが,控訴人らの主張する原爆2法及び被爆者援護法の法的性格,立法者
意思,法律全体の法構造などを総合的に検討すれば,その解釈にも一応の論拠がな
いわけではなく,402号通達が同法の規定に明白に反しているとまではいい難い
側面がある。
 しかも,行政実務上は,全国的に「日本に居住又は現在しない被爆者は失権の取
扱いとする」旨の統一的な対応がとられていたのである(弁論の全趣旨)。
(3) そこで,さらに,控訴人らにおける違法性の認識について検討する。
ア 弁論の全趣旨によれば,当時の厚生省(現厚生労働省)が402号通達を立案
したのは,原爆2法の法文にだけ依拠したものではなく,その法的性格,立法者意
思,法律全体の法構造などを総合的に検討した結果であることが認められる。そし
て,前記説示のとおり,そのような解釈にも一応の論拠がないとはいえない。した
がって,当時の厚生省(現厚生労働省)が在外被爆者について権利喪失の明文規定
がないことを認識していたからといって,直ちに402号通達の立案について違法
性の認識があったとすることはできない。
 また,本件全証拠によるも,当時の厚生省(現厚生労働省)が,P1判決の第一
審判決を受けて,在韓被爆者からの被爆者健康手帳の交付申請が増加することを危
惧し,その適用を制限するために402号通達を発出したと認めるに足りないし,
これを推認させるに足りる事情も見い出し難い。
イ 被控訴人は,当時の厚生省(現厚生労働省)は,P1判決が原爆医療法につい
て国家補償的配慮が制度の根底にあり,被爆による健康上の障害の特異性と重大性
のゆえにその救済について内外人を区別すべきではないと判示したことを認識し,
その趣旨を容易に理解し得たから,402号通達の違法性はますます明らかなもの
となったと主張する。
 確かに,同法の制度の根底には国家補償的配慮が存するけれども,その趣旨をい
かなる範囲・程度・方法で実現するかは,個別的・具体的な立法政策に属する事柄
である。したがって,当時の厚生省(現厚生労働省)が,被爆者の救済について4
02号通達のような考え方を採ったからといって,前記説示のとおり,そのような
解釈にも一応の論拠がないではない以上,違法性の認識が明らかになったというこ
とはできない(ちなみに,402号通達自体は内外人を区別する内容とはなってい
ない。)。
ウ 被控訴人は,原爆2法が一本化されて被爆者援護法が制定された段階に至って
も,いったん被爆者健康手帳を取得した被爆者が日本国外に出る場合の取扱いが恣
意的に運用されてきたのは,当時の厚生省(現厚生労働省)が,法令と402号通
達との間に齟齬があることを認識していたからであると主張する。
 確かに,甲第6号証,第11号証,第15号証ないし第22号証,第46号証な
いし第49号証,証人P6及び同P7の各証言(いずれも原審)と弁論の全趣旨に
よれば,在外被爆者のわが国における滞在期間の確認業務については,被爆者健康
手帳の表紙裏に手帳の有効期間を書き込んだり,滞在予定期間を記入したりするな
ど,その取扱いには変遷が認められる。しかし,この取扱いは滞在期間を把握する
ための技術的なものであるから,その変遷をもって,被爆者が日本国外に出る場合
の権利の得喪それ自体について恣意的に運用したものとはいえない。
 また,被控訴人が指摘するように,日本に居住も現在もしない被爆者について被
爆者援護法上の各種手当を受けることができた例があったとしても,それは本来支
給できない手当が過誤払いされたものともみることができるから(甲第6号証ない
し第8号証,第11号証。ただし,特別葬祭給付金については,一回的給付である
ことの性質上,いったん適法・有効に支給決定がなされれば,履行の段階で日本に
居住も現在もしなかったとしても過誤払いの問題は起こらないというべきであ
る。),これを直ちに恣意的取扱いの証左とすることは相当でない。
 なお,被控訴人は,平成12年8月ころ,広島在住の「被爆者」が韓国を一時的
に訪問したのに「被爆者」たる地位を失い,帰国後新たに「被爆者」の認定申請を
余儀なくされたとし,居住地を有する「被爆者」でも出国すれば「被爆者」たる地
位を失う実例があると主張する。しかし,甲第54号証,乙第21号証と弁論の全
趣旨によれば,このような取扱いは,被爆者自身が意図的に被爆者健康手帳を返納
したことによるものであることが認められるから,恣意的な取扱いと評することは
できない。
 結局,行政実務の取扱いは,その当否はともかくとして,日本に居住も現在もし
ない者には原爆2法をはじめ被爆者援護法の適用はないということで一貫してお
り,402号通達もこのことを確認的に示達しているのであるから,そこに恣意的
な運用を認めることはできない。被控訴人の前記主張は前提を欠くものといわざる
を得ない。
エ 被控訴人は,大阪府知事が本件で失権の取扱いをした当時,402号通達が被
爆者援護法の人道的目的と真っ向から反するものであることは容易に認識できたは
ずであると主張する。
 確かに,同法は人道的見地から被爆者の救済を図るという側面を有するけれど
も,いかなる範囲・程度・方法によりその目的を達するかは,個別的・具体的な立
法政策に属する事柄である。当時の厚生省(現厚生労働省)が,被爆者の救済につ
いて402号通達のような考え方を採ったからといって,前記説示のとおり,その
ような解釈にも一応の論拠がないではない以上,違法性の認識が容易であったとい
うことにはならない。
 なお,被控訴人は,大阪府知事による失権の取扱いが402号通達にすら違反す
る違法性の強いものであったと主張する。しかし,大阪府知事の行為は同法の執行
であるから,法規範性を有しない402号通達に違反するかどうかを問題としても
失当というほかない。
オ 以上によれば,控訴人らに国家賠償法1条1項の故意又は過失を認めることは
できない。
(4) よって,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の国家賠償請
求は理由がない。
4 結論
 以上によれば,被控訴人の,(1) 控訴人国との間で被控訴人が被爆者援護法
上の被爆者たる地位にあることの確認を求める請求は理由があるからこれを認容す
べきであり,(2) 控訴人大阪府に対する請求は,17万0650円及び平成1
1年1月から平成15年5月まで毎月末日限り3万4130円の支払を求める限度
で理由があるからその限度でこれを認容すべきであるが,その余は理由がないから
これを棄却すべきであり(当審において追加された控訴人国に対する健康管理手当
の支払請求は,控訴人大阪府に対する健康管理手当の支払請求と選択的な関係にあ
るから,重ねて判断する要をみない。),(3) 控訴人らに対する国家賠償請求
はいずれも理由がないからこれを棄却すべきである。
 よって,原判決は相当であって,本件控訴及び附帯控訴はいずれも理由がないか
らこれを棄却することとし,控訴費用及び附帯控訴費用の各負担につき民訴法67
条1項,61条,65条1項を適用して,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第九民事部
裁判長裁判官 根本眞
裁判官 鎌田義勝
裁判官 松田亨

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