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平成26年5月15日判決名古屋高等裁判所
平成25年(行コ)第38号損害賠償等請求住民訴訟控訴事件(原審津地方裁
判所平成20年(行ウ)第15号)
主文
1原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。
2差戻しに係る1審原告の請求をいずれも棄却する。
3差戻しに係る部分の訴訟の総費用は,1審原告の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
(1)1審原告
ア原判決を次のとおり変更する。
イ1審被告は,Aに対し,971万2147円及びこれに対する平成20年
10月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せ
よ。
ウ1審被告は,Bに対し,1433万8979円及びこれに対する平成23
年6月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払うよう請求せ
よ。
エ1審被告は,平成17年8月18日にC広域連合がD組合との間で締結し
た土地賃貸借契約に基づく賃料として,平成23年7月以降,年額258万
8736円を超える金員をD組合に支払ってはならない。
オ1審被告は,BがC広域連合を代表して上記エの賃料として年額258万
8736円を超える金員をD組合に支払ったときは,Bに対し,上記金額を
超えて支払った金員及びこれに対するその支払日から支払済みまで年5分の
割合による金員を支払うよう請求せよ。
(2)1審被告
ア原判決中,1審被告の敗訴部分を取り消す。
イ上記部分につき,1審原告の請求をいずれも棄却する。
第2事案の概要
1本件は,三重県の志摩市等により組織されるC広域連合(以下「本件広域連
合」という。)がD組合との間で締結したし尿及び浄化槽汚泥の積替え保管場
所等についての原判決別紙物件目録記載1ないし14の土地(以下「本件土
地」という。)の賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)について,
志摩市の住民である1審原告が,上記契約に定められた賃料(以下「本件賃
料」という。)は不当に高額であり本件賃料の支出のうち適正額を超える部分
は違法であると主張して,本件広域連合の執行機関である1審被告を相手に,
地方自治法292条により準用される同法242条の2第1項1号に基づき,
本件賃料のうち本件広域連合の監査委員が適正額として勧告した額を超える部
分に係る公金の支出の差止めを求めるとともに,同項4号に基づき,平成19
年2月から同23年6月までの間に本件広域連合の長の職にあった者2名に対
して,各在任期間中の本件賃料に係る公金の支出額のうち1審原告が主張する
適正額を超える部分に相当する金額及び遅延損害金の損害賠償請求をすること
を求め,将来の給付の請求として,本件広域連合の長が監査委員が適正額とし
て勧告した額を超えて本件賃料を支出したときは,長に対して損害賠償請求を
することを求める住民訴訟である。
2本件訴訟の経過
(1)差戻し前の1審(津地方裁判所平成20年(行ウ)第15号)
差戻し前の1審は,裁判所が選任した鑑定人E(以下「E鑑定人」とい
う。)の鑑定結果(以下「E鑑定」という。)に基づき,本件賃貸借契約締
結当時の適正賃料は年額286万2000円であり,本件広域連合の長によ
る同金額を超える本件賃料の支出は裁量権の逸脱又は濫用に当たり違法であ
るとして,適正賃料の額との差額について損害賠償を請求するよう命じる請
求については上記適正賃料との差額につき本件広域連合の長の職にあった者
に対して損害賠償を請求するよう命じ,本件広域連合の監査委員が適正額と
して勧告した額のうち上記適正賃料を超える本件賃料の支出の差止め請求を
認容し,将来の給付の請求を民訴法135条の要件を充足しないとして不適
法却下した。
(2)差戻し前の控訴審(名古屋高等裁判所平成22年(行コ)第42号)
差戻し前の控訴審は,次のとおり判断して,差戻し前の1審判決(原判
決)を変更し,地方自治法242条の2第1項4号に基づく1審原告の請求
のうち年額100万円を超える賃料支出額に係る部分及び同項1号に基づく
1審原告の請求を認容し,1審原告のその余の控訴及び拡張請求並びに1審
被告の控訴をいずれも棄却した。
ア本件賃貸借契約及びこれを変更した契約(以下「本件変更契約」といい,
両者を併せて「本件各契約」という。)に係る違法事由の有無は賃料額の
多寡によって判断されるべきであり,代替施設の有無等はその判断に際し
ての事情として検討することになる。本件賃貸借契約に定める賃料額は,
本件土地の適正賃料である1審原告による私的鑑定(以下「F私的鑑定」
という。)の評価額の7倍を超える極めて高額なものである。そして,旧
G町の中継槽の一時的な代替利用も不可能ではないから,新たなし尿中継
槽を平成19年1月末までに設置すべき緊急性までは認められず,また,
本件広域連合は,他の候補地を探すことなく,D組合から高額な賃料を要
求されると,単に減額を求める交渉に終始し,鑑定評価を実施しないまま
本件賃貸借契約の締結に応じている。本件各契約に定める賃料額を決定し
その支出をした本件広域連合の長は,その裁量権の範囲を逸脱し又はこれ
を濫用したものというべきであり,本件各契約に基づく賃料の支出は,適
正と認め得る賃料額の上限である年額100万円を超える部分に関して財
務会計法規上の義務に違反する違法な行為と評価すべきである。
イ本件土地につき前記の賃料で借り受ける旨を決定した本件広域連合の長
の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があり,本件各契約に定
める賃料のうち上記の上限を超える部分を無効としなければ地方自治法2
条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が
認められるというべきである上,D組合においては,法外に高額な賃料を
要求し,前記の経緯を経て本件賃貸借契約の締結に至らせていたのであっ
て,本件各契約の賃料の約定は上記の上限を超える限度で公序良俗に反し,
私法上無効である。
(3)上告審
上記差戻し前の控訴審判決に対し,1審原告及び1審被告は,それぞれ上
告を提起するとともに上告受理の申立てをしたところ,最高裁は,1審原告
の上告を棄却し,本件を上告審として受理しないとの決定をし(平成23年
(行ツ)第410号,平成23年(行ヒ)第453号),1審原告の敗訴部
分は確定した。また,最高裁は,1審被告の上告を棄却したが(平成23年
(行ツ)第409号),1審被告の上告受理の申立てについて,本件を上告
審として受理した(平成23年(行ヒ)第452号)。
そして,最高裁は,以下のとおり,差戻し前の控訴審が認定した事実関係
等から直ちに,本件各契約が違法に締結されたものでありその賃料の約定が
私法上無効であるとして,地方自治法242条の2第1項4号に基づく1審
原告の請求の一部及び同項1号に基づく1審原告の請求を認容した差戻し前
の控訴審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があり,
差戻し前の控訴審判決中1審被告敗訴部分は破棄を免れないとして,上記部
分につき本件を当審に差し戻した。
ア旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するという本件土地を賃借す
る目的やその必要性,契約の内容に影響を及ぼす社会的,経済的要因とし
ての当該施設の性質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった事情の有無
にかかわらず,本件賃貸借契約において鑑定評価を経ずに定められた賃料
の額及びこれを一部減額した本件変更契約所定の賃料の額がF私的鑑定に
おいて適正とされた賃料の額と比較して高額であることをもって直ちに,
本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断がその裁量権の範囲を逸脱
し又はこれを濫用するものであったということはできない。
イ契約に基づく債務の履行として行われる公金の支出について地方自治法
242条の2第1項1号に基づく差止めを請求することができるのは,当
該契約が私法上無効である場合に限られるところ,旧H町の区域内で新た
にし尿中継槽の用地を確保するために本件土地を賃借する必要性,当該施
設の性質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった上記の諸事情に加え,
本件賃貸借契約に定められた賃料の額が当事者間で相応の交渉を経た上で
合意されたものであり,本件広域連合の議会においてその予算が承認され
ていたことなどからすると,F私的鑑定において賃借の目的等を考慮する
ことなく適正とされた賃料の額と単純に比較して,本件各契約の賃料の約
定が公序良俗に反するものとはいえず,また,本件各契約を締結した本件
広域連合の長の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があり,本
件各契約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項
の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認められると直ちにいうことも
できない。
3前提事実(当事者間に争いがないか,後掲の証拠により容易に認められる事
実)
(1)当事者等
ア1審原告は,三重県志摩市の住民である。
イ本件広域連合は,三重県志摩市,鳥羽市及びI町により構成され,し尿
処理等の広域的処理を行うこと等を目的として平成11年4月1日に設立
されたJ組合(旧H町,旧G町,旧K町,旧L町及び旧M町(以下「旧志
摩郡5町」ということがある。)並びに旧N町の6町で構成される。)を
前身とする広域連合(特別地方公共団体)である。
1審被告は,本件広域連合の長であり,Aは平成16年10月から平成
20年10月30日まで,Bは同月31日から現在に至るまで,その地位
にある者である。
ウなお,三重県志摩市は,旧志摩郡5町が合併して平成16年10月1日
に誕生した市であり,I町は,旧N町と旧O町が合併して平成17年10
月1日に誕生した町である。
(2)賃貸借契約の締結等
ア本件広域連合は,平成17年8月18日,D組合との間で,原判決別紙
物件目録記載1ないし14の志摩市H町Pの14筆の土地(本件土地)を
次の約定で賃借するとの合意をした(甲1。本件賃貸借契約)。
用途本件広域連合は,本件土地を関係町から生じる一般廃棄物のう
ち,し尿及び浄化槽汚泥の積替え保管場所(中継槽用地)並びに
進入路として使用し,その他の用途には使用しないものとする。
期間協議して別に定める時(後の協議により,平成17年12月1
日と定められた。)から平成21年3月31日まで。ただし,こ
の期間満了の3か月前までに本件広域連合,D組合のいずれから
も異議申出がないときは,本契約は期間満了の日の翌日から1年
間延長するものとし,その後において期間が満了したときも同様
とする。
賃料年額600万円(月額50万円)
支払方法D組合は,毎月の賃料を翌月の10日までに本件広域連合に請
求し,本件広域連合は,請求のあった月の末日までに支払う。
特約①本件広域連合は,中継槽用地の造成工事を行うとともに,中
継槽設置工事及び付帯設備設置工事を行う。②本件広域連合は本
件土地を返還するときは,原則として構築物等を本件広域連合の
費用をもって取り払い,返還するものとする。
イ本件土地は,原判決別紙図面記載のとおり,概ね直線状の細い通路部分
が約110m続き,その先に概ね楕円状の広い土地が広がる旗竿状の形状
をしており,総面積(実測)は3531.7㎡である。本件賃貸借契約締
結時の現況は,通路部分を除くと概ね山林状態であり(なお,登記簿上の
地目は山林,雑種地又は原野である。),同契約締結後,その楕円状の土
地部分につき本件広域連合により造成工事が行われた(以下「本件造成工
事」という。)上,面積305.86㎡のし尿中継槽(以下「本件し尿中
継槽」という。)が建築され,使用されている。
(3)賃料の支払
ア本件広域連合は,連合長がAであった平成19年2月から平成20年1
0月30日までの間,本件賃貸借契約に基づき,D組合に対し,次のとお
り賃料を支払った。
平成19年1月分同年2月26日50万円
同年2月分同年3月26日50万円
同年3月分同年4月25日50万円
同年4月分同年5月25日50万円
同年5月分同年6月25日50万円
同年6月分同年7月25日50万円
同年7月分同年8月27日50万円
同年8月分同年9月25日50万円
同年9月分同年10月25日50万円
同年10月分同年11月26日50万円
同年11月分同年12月25日50万円
同年12月分平成20年1月25日50万円
平成20年1月分同年2月25日50万円
同年2月分同年3月25日50万円
同年3月分同年4月25日50万円
同年4月分同年5月26日50万円
同年5月分同年6月25日50万円
同年6月分同年7月25日50万円
同年7月分同年8月25日50万円
同年8月分同年9月10日50万円
同年9月分同年10月27日50万円
(合計1050万円)
イ本件広域連合は,連合長がBに代わった後,本件賃貸借契約に基づき,
D組合に対し,次のとおり賃料を支払った。
平成20年10月分同年11月25日50万円
同年11月分同年12月25日50万円
同年12月分平成21年1月26日50万円
平成21年1月分同年2月25日50万円
同年2月分同年3月25日50万円
同年3月分同年4月10日50万円
同年4月分同年5月25日50万円
同年5月分同年6月25日50万円
同年6月分同年7月27日50万円
同年7月分同年8月25日50万円
同年8月分同年9月25日50万円
同年9月分同年10月26日50万円
同年10月分同年11月25日50万円
同年11月分同年12月25日50万円
同年12月分平成22年1月25日50万円
平成22年1月分同年2月25日50万円
同年2月分同年3月25日50万円
同年3月分同年4月26日50万円
同年4月分同年5月25日50万円
同年5月分同年6月25日50万円
同年6月分同年7月26日50万円
同年7月分同年8月25日50万円
同年8月分同年9月27日50万円
同年9月分同年10月某日50万円
同年10月分同年11月某日50万円
同年11月分同年12月某日50万円
同年12月分平成23年1月某日50万円
平成23年1月分同年2月某日41万7000円
同年2月分同年3月某日41万7000円
同年3月分同年4月某日41万7000円
同年4月分同年5月某日41万7000円
同年5月分同年6月27日41万7000円
(合計1558万5000円)
(4)監査請求と本件訴えの提起
1審原告は,平成20年1月24日付けで,本件広域連合監査委員に対し,
地方自治法242条1項に基づき,本件賃貸借契約の賃料を減額し,また,
既に支払われた適正額を超える賃料をAの責任において返還するよう必要な
措置を講じるよう求める旨の住民監査請求をした。
これを受け,同年3月19日,同監査委員は,本件広域連合執行部に対し,
同条4項に基づき,次のとおり勧告した。
「1勧告の内容
(1)H町中継槽用地土地賃借契約(本件賃貸借契約)について,契約金
額が不当に高いとして,C広域連合に対して,金3,411,264円
を連合長に請求するよう勧告する。
(2)H町中継槽用地土地賃借契約について,2,588,736円以下
の金額で変更契約するよう勧告する。
2措置期限
平成20年4月30日(水)」
このような勧告を行った理由として,同監査委員は,1審原告に対する監
査結果の通知書において,本件土地に使用されていない部分があることをも
って本件賃貸借契約が違法・不当であるとはいえないが,近傍類地の取引単
価から本件土地の年間賃借料を算出すると180万1167円であり,連合
長の裁量を考慮しても,年間賃借料は258万8736円を上回るものでは
ない旨指摘している。
この勧告に対し,本件広域連合は,同年4月4日付けで,同条9項に基づ
き,同監査委員に対し,勧告に従わない旨を通知し,同監査委員は,同月8
日付けでこれを1審原告に通知した。
1審原告は,同月15日,本件訴えを提起した。
(5)変更契約
本件広域連合は,原判決言渡し後の平成22年11月22日,D組合との
間で,本件賃料につき,平成23年1月1日から同年12月31日までを年
額500万円(同年1月分から11月分までは月額41万7000円,同年
12月分は月額41万3000円)とし,平成24年1月1日から同年12
月31日までを年額400万円(同年1月分から11月分までは月額33万
4000円,同年12月分は月額32万6000円)と変更する旨の契約
(本件変更契約)を締結した。
4争点及び当事者の主張
(1)旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するために本件土地を賃借す
る必要性,当該施設の性質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった事情を
総合考慮した上でなお,本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断が裁
量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるか否か。
(1審原告の主張)
ア旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するために本件土地を賃借す
る必要性があったとしても,それは本件土地が候補地の一つであったとい
うにとどまり,旧H町内には他にも候補地があるから,本件広域連合の長
としては,これを探して本件土地と比較検討すべきであった。
本件広域連合は,D組合から代替のし尿中継槽としてD組合が有する貯
留槽(後記本件貯留槽)を無償(後に50万円の賃料)で借りるなどD組
合と人的に癒着していた上,D組合がその営む事業等において,志摩市及
びその周辺地域において社会的,経済的,政治的に多大な影響力を持って
いることなどから,本件広域連合もD組合の言い分を受け入れざるを得な
いという力関係があったため,D組合の利益を優先する賃料額での本件賃
貸借契約を締結したものである。
イ本件し尿中継槽が,し尿処理のための中継槽であることに伴う用地確保
の緊急性及び困難性を本件広域連合の長の裁量権の逸脱又は濫用の有無を
判断するに当たって考慮するのであれば,旧H町に設けられていた中継槽
(以下「旧中継槽」という。)の廃止時点から考慮すべきであるところ,
本件広域連合の長は,本件賃貸借契約の締結までの約2年の間,他の候補
地を探して比較検討することをしなかった。
そして,D組合は,本件土地について設定されていた抵当権を解除する
特約があったにもかかわらず,これを解除せずに新たな抵当権まで設定し
たため,本件土地が使用できなくなる危険性がある。
ウさらに,適正賃料と本件賃料との間に開きが大きいほど,本件広域連合
の長の判断に裁量権の逸脱又は濫用があったことが強く推認されるところ,
本件賃料は本件土地の適正賃料の7倍を超えている。適正賃料については,
以下のとおりである。
(ア)原判決は,本件土地の適正賃料について,E鑑定に全面的に依拠し
て判断したが,E鑑定には以下のとおりの問題点があり,また,株式会
社Q所属の不動産鑑定士であるF外1名作成の鑑定(F私的鑑定。甲2
8)と対比すると,主観的判断や推測が多く,客観性・信用性が乏しい。
a鑑定対象地の現況に関する問題点
(a)本件土地は元々山林であり,本件広域連合が借り受けた後,そ
の費用負担において造成工事を実施した上で,本件し尿中継槽を築
造した。
(b)E鑑定は,上記造成後の本件土地の現況を前提として賃料を算
定しているが,それではD組合に造成費用と賃料という二重の利得
を生じさせることになって相当でなく,元の山林の状況を前提とす
べきである。
(c)E鑑定もF私的鑑定も,本来であれば本件賃貸借契約締結前に
本件広域連合により行われていなければならなかった鑑定に代わる
ものであり,本件し尿中継槽は未だ建設されていないものとして鑑
定されなければならない。
b鑑定対象地の面積に関する問題点
本件土地は,本件し尿中継槽の施設の底地(305.86㎡)の1
0倍以上の面積(3571.70㎡)を有し,概ね2割が法地,3割
が通路である。これら法地及び通路には一定の目的があり,ある程度
は必要性が存するものの,地方自治法2条14項,地方財政法4条1
項の趣旨に鑑みれば,賃料の算定に当たってはこのうち必要最小限度
の面積だけを前提とすべきである。
これに対して,E鑑定は上記法地及び通路の全部を対象として賃料
を算定しており,相当でない。
c近隣地域の範囲,街路条件に関する問題点
E鑑定は,志摩バイパスに接する土地を幹線道路沿線として一体的
に把握した上で,本件土地が通路部分によって同バイパスに接してい
ることを理由に同バイパスに面した宅地とほぼ同等であると判断し,
街路条件に関する減価をしておらず,原判決も,本件土地中の大型車
両が通行可能な程度の幅員のある通路部分が志摩バイパスに接してい
るとして,上記判断を是認するが,個々の土地の実情を無視するもの
であり,また,本件土地のうち同バイパスに接する部分(通路部分)
がごくわずかであり,通路部分の幅員も認定されていないから,通路
部分の街路条件をもって本件土地全体の街路条件と同視するのは不相
当である。
d環境条件に関する問題点
E鑑定は,本件土地に隣接してD組合のし尿中継槽という嫌悪施設
が設置されていることを看過して,環境条件につき減価をしておらず,
相当でない。
e行政的条件に関する問題点
E鑑定は,本件土地が自然公園法(昭和32年法律第161号)上
の第3種特別地域としての規制を受けるとしつつ,使用に支障はない
として行政的条件に関する減価をせず,原判決も,E鑑定のこの判断
を是認した。
しかし,自然公園法上の規制は極めて厳しく,環境大臣又は地方環
境事務所長の許可も容易には得られず,現に本件広域連合が当初企図
していたし尿中継槽計画は変更を余儀なくされているのであり,この
点でもE鑑定は相当でない。
f最有効利用に関する問題点
E鑑定は,本件土地の最有効利用を現況のとおりのし尿中継槽施設
又は事務所等の敷地とし,何らの減価もしていないが,本件土地はし
尿中継槽の敷地としては明らかに広すぎるし,事務所等の敷地などと
抽象化するのは土地の有効利用度の概念に照らして意味がないから,
この点でもE鑑定は相当でない。
g期待利回りに関する問題点
E鑑定は,本件土地の価格から適正賃料を算出するための要素であ
る期待利回りを年6%と算定し,原判決もこれを是認するが,これは
不動産投資の実情に照らして高きに失し,相当でない。期待利回りは
年4%が相当である。
(イ)F私的鑑定の相当性
a1審被告は,F私的鑑定を非難するが,以下のとおり不当である。
(a)本件土地に隣接するD組合の事業所建物は,平成12年3月に
建設されたものであり,当該敷地部分は,F私的鑑定の評価時点に
おいては既に宅地であったと推定されるから,少なくとも国道26
0号との接面間口である導入路部分より西側の宅地部分については,
一団の土地から除かれるべきである。
(b)本件土地のような郊外の地域においては,容積率の消化率は低
いから,地積が大きいことは増加要因とはならない。
(c)本件土地の現況は,山林のみからなる宅地見込地ではなく,F
私的鑑定のように,山林,雑種地及び原野として把握し,評価すべ
きである。
(d)控除法について
造成費は,山林のみではなく,雑種地・原野部分も混在している
現況を踏まえた上で査定したものであり,造成後の更地価格につい
ては,国道260号沿いの標準的な更地の価格から,対象地の個別
的要因を実査の上,把握・査定したものであり,地域要因格差につ
いては,各事例地を実査の上,土地価格比準表を基に格差率を査定
したものである。
(e)期待利回りについて,建設予定の建物が嫌悪施設であることに
よる影響は考慮しておらず,正常賃料の評価条件である。
(f)時点修正率について各事例地に近い公示地の変動率を採用する
方がよいとはいえ,同じ類似地域内の1つの公示地の変動率を採用
しても説明できるのであって,各事例地を実査の上で,適切と判断
した格差率を査定している。
b以上のとおり,F私的鑑定は,本件土地の近隣地域の状況を適切に
把握した上で,本件賃貸借契約締結当時の本件土地の現況である山林
(宅地見込地)を前提として,客観的かつ公正な分析により,その適
正賃料を算定している。
したがって,本件土地の適正賃料を,平成17年8月18日時点で
年額81万7000円,平成22年12月1日時点で年額75万70
00円としたF私的鑑定は正当である。
そして,本件の上告審は,F私的鑑定が不当である旨の1審被告の
上告受理申立て理由第1を排除しており,F私的鑑定を維持すべきで
ある。
(ウ)R私的鑑定について
a1審被告が当審において不動産鑑定士Rに対して依頼した鑑定(以
下「R私的鑑定」という。)は,画地認定において,導入路の東側の
原野・雑種地を導入路西側の宅地部分と一体として宅地水準で評価し,
加算する形で賃料を押し上げているという構造である。しかし,本件
土地に隣接するD組合の事業所建物は平成12年3月に建設されてい
るから,当該敷地部分は,価格評価時点である平成17年8月18日
の時点では既に宅地であったと推定され,この宅地部分を一団の土地
として把握するには,利用現況を大いに異にすることから,少なくと
も,国道260号との接面間口である導入路部分より西側の宅地部分
については,一団の土地から除かなければならない。すなわち,D組
合の事業所建物の敷地については,残地ではなく隣接地であるから,
公共用地の取得に伴う損失補償基準によっても残地補償は認められな
いし,同基準では事業の施行により生ずる日陰,臭気,騒音,その他
これらに類するものによる不利益又は損失については補償しないもの
とされているから,し尿処理中継槽施設の設置による損失について,
残地補償は認められない。
また,本件賃貸借契約によりD組合の所有地の価格が下落したとし
ても,それは当該隣地に帰属すべき対価であって,本件土地の賃料と
しての性格を有するものではない。
なお,対象地を山林と雑種地とで分けて評価するというのであれば,
現況し尿処理施設の敷地部分と,通路及びその先の原野・雑種地部分
とを分けるべきである。
bR私的鑑定は,期待利回りの査定において,土地の期待利回りとし
ては非常に高水準な利回りを査定しているが,高収益が望める店舗用
地の希少性と本件の事業所用地の希少性とでは性格が異なり,店舗用
地としての利回り10%が直ちに適用できる状況ではない。
(1審被告の主張)
ア旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するために本件土地を賃借す
る必要性,当該施設の性質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった事情
を総合考慮した上でなお,本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断
が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるような
特別な事情は何も存在しない。
1審原告は,本件広域連合とD組合との間の力関係によって,D組合の
利益を優先する賃料額で本件賃貸借契約が締結されたと主張するが,本件
広域連合とD組合との間に癒着はなく,対等の当事者として交渉する中で
本件賃貸借契約を締結したものである。
イ本件各契約における賃料は鑑定評価に基づくものではないが,相応の交
渉を経て契約締結に至った経緯に不当性はないし,F私的鑑定において適
正とされた賃料の額は,し尿中継槽の用地を確保するという本件土地を賃
借する目的やその必要性等の事情を考慮して算出されたものではない。
1審原告は,本件広域連合の長は,本件賃貸借契約の締結までの約2年
の間,他の候補地を探して比較検討することをしなかった旨主張するが,
旧H町の区域内の旧中継槽は周辺住民からの強い苦情を受けて廃止された
ものであり,同区域内で新たなし尿中継槽の用地を確保することは相当困
難であった。旧H町長や助役らが中心となって適地がないか検討したが,
どれも取得困難か不適当な土地であり,①交通の便,②民家からの距離等
考慮すると本件土地以外に他に具体的な候補地はなかった(乙43)。本
件広域連合において,他に候補地を検討することなく,最初からD組合の
所有地を借りるつもりであったということはない。
したがって,本件賃料がF私的鑑定より高額であったとしても,裁量権
の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるような特別の事
情には当たらない。
ウ本件土地の適正賃料について
(ア)F私的鑑定において適正とされた賃料の額は,し尿中継槽の用地を
確保するという本件土地を賃借する目的やその必要性等の事情を考慮し
て算出されたものでないことは明らかであり,本件土地の賃貸借契約が
締結できなければ年間8962万円以上の高額な運搬費用が必要となる
というコスト比較面の事情も考慮すべきである(乙33ないし38,4
2)。
本件の上告審が,F私的鑑定をどのように評価するかは自由であり,
この点についての差戻し前の控訴審判決に拘束されるものではない。
(イ)そして,本件土地の適正賃料に関し,F私的鑑定は,以下のとおり
重大な誤りを犯している。
a本件土地は,国道260号バイパス背後(一部接面)の旗竿状画地
であるが,その価格の算定に当たっては,一団の土地(国道260号
バイパスからの進入路が整備された間口約80m,奥行き約210m
のほぼ台形状の画地であり,造成された雑種地とこれに隣接・連坦す
る山林によって構成されている部分)の評価額を基本とすべきであり,
そのように評価すると,国道の接面状況,間口・奥行き関係,形状面
について,特に著しい減価が認められない。
しかし,F私的鑑定は,本件土地のみを独立した評価の対象と捉え,
画地条件の減額要因として,国道との接面状況(-5)と,通路部分
を含むこと(-10)を挙げており,誤った評価である。
bF私的鑑定は,地積の大きいことを減価要因として捉えているが,
①本件土地のある地域は,大部分が自然公園法上の第3種特別地域で
あって,建蔽率は20%以下,容積率は60%以下であることから,
同じ規模の建物を建てる場合に広い敷地が必要になること,②本件土
地のある地域における標準的な使用は低層事業所等用地であり,大き
な建物を建築するのが通常であると考えられること,③山林はその地
勢面等から有効宅地化率が低位にとどまるので,有効宅地の減少を考
慮する必要があることを考慮すると,比較的規模が大きい画地の方が
有利であって,地積の大きいことは減価要因とはならない。
cF私的鑑定は,本件土地について,現況山林部分のみからなる宅地
見込地として把握している。しかし,本件し尿中継槽の敷地部分は山
林であるが,国道260号線から当該山林までの間は既に造成された
雑種地であるので,この雑種地部分とこの雑種地の北部に隣接・連坦
し,一体的な画地を構成する現況山林部分からなる宅地見込地として
把握すべきである。
dF私的鑑定は,控除法の適用に当たって,以下のとおり誤った手法
をとっている。
(a)F私的鑑定は,造成工事費の査定において,平成22年分三重
県財産評価基準書,平坦地の宅地造成費部分を参考に査定し,30
00円/㎡としているが,対象地を主に山林として把握しているの
であれば,同基準書の傾斜地の宅地造成費を参考とすべきである。
(b)F私的鑑定は,転換後・造成後の更地価格を求めているが,対
象不動産の個別格差が比準価格の個別格差と同じになっている。求
めるべき宅地の価格は,販売可能な有効宅地部分であり,国道から
の進入道路が整備された1765.85㎡の宅地部分である。
(c)F私的鑑定が採用する地域要因格差の内訳のうち,①街路条件
について幅員13.5mの国道(標準画地)と幅員2.5mの市道
(公示地)との比較において,採用している格差率(-3%)は小
さすぎ,②交通接近条件について格差率(1.5%)をみているが,
対象地域は住宅地域ではないので比較すべきでなく,③その他条件
において熟成度に20%の格差をつけているが,重複した格差であ
って格差率も大きすぎる。
eF私的鑑定は,本件土地のある地域の標準的な期待利回りを求めて
いるにすぎず,本件土地の個別性を反映した期待利回りを求めていな
い。
fF私的鑑定は,取引事例法及び控除法の更地価格について,以下の
とおり誤った算定をしている。
(a)時点修正率について,取引事例の地域に近い公示地の変動率で
はなく,評価値に近い公示地の変動率を採用している。
(b)比較した取引事例が不当であり,また,画地条件の規模による
補正も不統一である。
(ウ)R私的鑑定
1審被告は,不動産鑑定士Rに対し,本件土地の適正賃料について鑑
定評価を依頼したところ,その鑑定評価(R私的鑑定)によれば,以下
のとおり,本件賃貸借契約締結時である平成17年8月18日の適正賃
料は年額542万2000円(正常賃料281万1000円,残地補償
相当分261万1000円の合計)であり,鑑定時である平成25年8
月1日の適正賃料は,年額402万9000円(正常賃料222万円,
残地補償相当分180万9000円の合計)である。
なお,鑑定評価に際して,正常賃料は,積算法により,基礎価格に期
待利回りを乗じ,必要経費等を加算して算定しているところ,本件では,
嫌悪施設建設に反対のないことから,建設に際して困難性がなく,立地
上の高い希少性を有しており,期待利回りを12%としている。
残地補償相当分については,し尿処理施設に隣接すると用途が限定さ
れ,最有効使用が資材置き場程度の水準に近くなりうるところ,最有効
使用等が類似する取引事例と比較した結果,嫌悪施設であることによる
減価を60%とし,期待利回りは年3%としている。この残地補償は,
借地によって残地部分の価値が減少し,貸主であるD組合に対する補償
を要するものであって,この減価補償分に相応する賃料相当額が残地補
償相当分である。
(2)本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断に裁量権の範囲の著しい
逸脱又はその濫用があり,本件各契約を無効としなければ地方自治法2条1
4項,地方財政法4条1項の趣旨を没却する結果となる特段の事情が認めら
れるものとして本件各契約が私法上無効であるといえるか否か。
(1審原告の主張)
前記(1)の「1審原告の主張」欄記載の点に加え,本件変更契約後の年額
400万円という賃料額も適正賃料の約5倍に相当するものであって,本件
広域連合がこれをD組合に支払い続けるとすれば,本件広域連合の財政運営
に著しい支障を与えることを考慮すると,上記特段の事情が認められ,本件
各契約は私法上無効である。
(1審被告の主張)
前記(1)の「1審被告の主張」欄記載のとおり,本件各契約における賃料
は鑑定評価に基づくものではないが,相応の交渉を経て契約締結に至った経
緯に不当性はないし,F私的鑑定において適正とされた賃料の額は,し尿中
継槽の用地を確保するという本件土地を賃借する目的やその必要性等の事情
を考慮して算出されたものではない。
したがって,本件賃料がF私的鑑定より高額であったとしても,裁量権の
範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となるような特別の事情に
は当たらない。
(3)本件各契約が違法に締結されたものとみる余地がある場合,地方自治法
242条の2第1項4号に基づく1審原告の請求について,本件各契約に基
づく債務の履行として行われた各月の財務会計上の行為それ自体が当該職員
の財務会計法規上の義務に違反する違法なものといえるか否か。
(1審原告の主張)
本件訴訟の対象となる財務会計上の行為は,①平成17年8月18日の本
件賃貸借契約の締結と,②本件賃貸借契約に基づく賃料の支払,すなわち,
本件広域連合の長による支出負担行為,支出命令,公金支出である。
本件広域連合の長であったAは,本件賃貸借契約を締結する権限と,公金
を支出する権限を有しており,本件賃貸借契約に関する支出負担行為,支出
命令,公金支出をするに当たって,その原因となっている本件賃貸借契約に
違法事由があることを知っており,是正措置をとらずに財務会計上の行為に
及んでいるから,財務会計法規上の義務である誠実義務に違反し,違法であ
る。
また,Aの次に本件広域連合の長となったBは,本件賃貸借契約が締結さ
れた当時は旧H町長であって,本件広域連合の副連合長であり,本件賃貸借
契約が違法に締結されたものであることを知っていた。そして,Bは,本件
賃料を減額する本件変更契約を締結しており,このことからも本件賃貸借契
約の賃料が高額であって,違法に締結されたものであることを認識していた。
したがって,Bも本件各契約に基づく財務会計上の行為に当たり,是正措置
をとらずに財務会計上の行為に及んでいるから,財務会計法規上の義務であ
る誠実義務に違反し,違法である。
なお,本件各財務会計行為について議会の承認がされているが,その原因
は,本件広域連合側が不十分な説明しか行わず,説明責任を果たさなかった
ことによるものであるから,上記違法性は,議会による承認によって失われ
るものではない。
(1審被告の主張)
本件においては,本件各契約が締結された以上は,本件各契約が著しく
合理性を欠きそのためにこれに予算執行の適正確保の見地から看過し得ない
瑕疵が存するものとは解し得ないから,本件広域連合の長は,本件各契約を
前提として,これに伴う所要の財務会計上の措置を執るべき義務があるとい
うべきであり,したがって,本件広域連合の長のした各支出負担行為及び支
出命令,公金支出という財務会計上の行為が,その職務上負担する財務会計
法規上の義務に違反してされた違法なものということはできない。仮に,先
行する原因行為の主体とその原因行為を前提としてされた財務会計上の行為
の主体が同一であり,または,財務会計上の行為の主体が先行する原因行為
の経緯を知っていたとしても,財務会計上の行為をすべき者は,原因行為を
前提としてこれに伴う所要の財務会計上の措置を執るべき義務がある。
各支出負担行為及び各支出命令,各公金支出という財務会計行為自体には,
財務会計法規上の義務に違反する違法事由は何ら存在しないから,仮に,本
件各契約に違法事由があったとしても,本件広域連合の長は,職務上の義務
に違反する財務会計上の行為は行っておらず,本件広域連合に対して損害賠
償責任を負うものではない。
第3当裁判所の判断
1当裁判所は,本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断がその裁量権の
範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法となることはなく,本件各契
約を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没
却する結果となる特段の事情も認められず,本件各契約が私法上無効となるこ
ともないので,差戻しに係る1審原告の請求はいずれも理由がないものと判断
する。その理由は,以下のとおりである。
2認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲1ないし3,9の1ないし3,甲10ないし
18,21の1・2,甲22の1・2,甲23ないし25,乙3ないし6,9
ないし11,16,19,20,21の1ないし14,乙22の1ないし14,
乙23ないし29,証人S,証人T,鑑定の結果)及び弁論の全趣旨によれば,
以下の事実が認められる。
(1)旧志摩郡5町合併前のし尿処理の状況等
旧志摩郡5町の合併前,旧志摩郡5町においては,各家庭からし尿中継槽
までのし尿運搬距離を平準化し,各町のし尿くみ取り料金に格差が出ないよ
うにするなどのため,各町にそれぞれ一つずつし尿中継槽が設けられていた。
そして,業者が,各家庭からくみ取ったし尿を近くのし尿中継槽まで運搬し,
本件広域連合又はその前身であるJ組合が,そのし尿中継槽からし尿処理施
設までの運搬を行っていた。
このうち旧H町P内の旧H町の旧中継槽(容量20kl)の敷地(230
㎡)は借地であり,その賃料は年額23万4000円であった。また,旧K
町の中継槽(容量90kl)も,敷地(4636㎡)は借地で,賃料は年額3
0万円であった。
(2)住民からの苦情と旧中継槽の閉鎖
平成12年ころより,旧中継槽の近隣住民から,臭気に対する苦情が多数
寄せられるようになった。そこで,本件広域連合は,脱臭装置の設置等によ
る対策も検討したが,それのみで解決する見込みが低く,かつ,当時の住民
規模に照らして旧中継槽の増改築が必要であるにもかかわらず,敷地狭小の
ために増改築が困難であったという事情もあって,旧中継槽の移転新築を検
討するようになった。なお,本件広域連合が,旧中継槽の閉鎖に伴い旧H町
内に新たなし尿中継槽を建設する必要があると考えていたのは,Uに建設予
定のし尿処理施設の処理能力の関係で,し尿等の海洋投棄が全面禁止となる
平成19年1月までに旧中継槽に代わる新たなし尿中継槽が完成する必要が
あると考えていたこと,各町のし尿くみ取り料金を一律にするため,旧志摩
郡5町の各町ごとに一つずつし尿中継槽を建設する必要があると考えていた
ことによるものである。
平成15年7月,本件広域連合は,更に,旧中継槽の周辺住民から,強い
苦情と旧中継槽閉鎖の要望を受けた。そのため,当時,旧H町の町長で,本
件広域連合の副連合長を務めていたBは,旧中継槽のくみ取り業者であるD
組合に対し,旧中継槽の閉鎖について理解を求め,当分の間は旧G町のし尿
中継槽を代替使用することを提案するとともに,旧H町内に建設する新たな
し尿中継槽の用地についても相談をした。すると,D組合は,旧中継槽の閉
鎖後新しいし尿中継槽が完成するまで,D組合が旧H町内に有する貯留槽
(以下「本件貯留槽」という。)を本件広域連合に無償で貸すことを提案す
るとともに,新しいし尿中継槽の用地として,D組合所有の土地を貸しても
よいと述べた。
本件広域連合は,上記のD組合の話を受け,同月22日に旧中継槽を閉鎖
し,代替のし尿中継槽として,本件貯留槽の使用を開始した。本件貯留槽の
使用については,平成17年3月10日,本件広域連合とD組合との間で賃
貸借契約が締結され,契約期間は本件広域連合が借用を開始した日から新し
いし尿中継槽が完成する日まで,賃料はその全期間を通して50万円とされ
た(なお,本件貯留槽は,本件土地のうち進入路部分に隣接する。)。
(3)新しいし尿中継槽建設の検討とD組合との交渉
平成15年10月頃から,本件広域連合は,本件土地の一部を賃借するこ
とについて,検討や交渉を開始した。そして,同年11月13日の本件広域
連合議会定例会においては,当時の本件広域連合環境課長から,本件土地の
一部(同課長の説明では,旧H町P字V※番地だが,実際は旧H町P字W※
番地)である2366.85㎡の土地を借りる考えであること,その土地は
自然公園法上の第3種特別地域であること,200t規模のし尿中継槽を設
置したいと考えていることなどが説明された。さらに平成16年2月22日
の本件広域連合議会定例会では,平成16年度本件広域連合一般会計予算に
ついて,旧H町し尿中継槽の新設分として,借地料150万円などを計上し
た議案が可決された。
同年6月ころから,本件広域連合は,本件土地ないしその一部を賃借する
ことを前提に,借地料等についてD組合と協議を行い,同月1日及び10日
の協議において,本件土地に設定されている担保物権を抹消すること,借地
料については鑑定による価格を基準にすることを要望した。すると,D組合
のX理事長は,担保物権の抹消は一応了承したものの,賃借料については,
し尿中継槽を建設すると土地価格が低下すること,本件土地には高齢者施設
や納骨堂等の建設を,周辺土地には宅地分譲等を検討していたが,し尿中継
槽の建設によりそれらの計画を実現できなくなることなどを理由に,鑑定価
格を基準にすることに反対し,和歌山県の「Y」というし尿処理業者が地方
公共団体にし尿中継槽を月額140万円で賃貸していることを引き合いに出
し,賃料を月額140万円にすべきことを要求した。これを受け,本件広域
連合が,内部での検討等を踏まえ,同年9月21日の協議の場で,D組合に
賃料の減額を要求すると,D組合は,「最低でもYの140万円の半額の7
0万円が最低線であり,これでも採算が合わない。」として最低でも月額7
0万円が必要と述べたものの,更なる交渉の結果,最終的には,本件土地の
うち通路部分を除く9筆の土地(原判決別紙物件目録番号1ないし9の土
地)について,賃料を月額50万円とすることを了承した。
(4)旧志摩郡5町の合併から契約締結までの経緯
平成16年10月1日,旧志摩郡5町が合併して志摩市が誕生した。そし
て,同月中に,本件広域連合は,志摩市職務執行者であるZ(当時)を通じ
て,D組合に更なる賃料の減額を要望したが,D組合は,それよりも安くな
るのであれば本件土地は貸さない,他の土地を探してくださいと述べ,減額
に応じなかった。
その後,本件広域連合は,賃借地を,本件土地のうち通路部分の5筆を加
えて14筆(本件土地すべて)とし,これを月額50万円で借りることとし
て,平成17年2月21日の議会において,借地料600万円を計上した平
成18年度予算が承認された。
そして,同年8月18日,本件広域連合は,D組合との間で,本件賃貸借
契約を締結した。
(5)本件広域連合は,平成17年12月1日,D組合との間で,本件賃貸借
契約における契約期間の始期を同日からとする旨合意し,同月分から,D組
合に対し,月額50万円の賃料を支払うようになった。
また,本件広域連合は,同月28日,中部地方環境事務所長(自然公園法
(平成21年法律第47号による改正前のもの。以下同じ)56条の2に基
づき環境大臣から権限の委任を受けた者)から,同法13条3項による工作
物の新築の許可を得て,本件土地上に新しいし尿中継槽の建設を開始し,本
件し尿中継槽は平成18年3月ころ完成した。
(6)本件土地上の担保物権
本件土地(14筆)のうち,3筆の土地(原判決別紙物件目録記載11,
12及び14)につき平成11年9月30日設定の根抵当権(債務者はD組
合。以下の根抵当権も同じ。)が,1筆の土地(同目録記載10)につき平
成13年8月31日設定の根抵当権が,13筆の土地(同目録記載2以外の
全部)につき平成14年10月22日設定の根抵当権が,3筆の土地(同目
録記載12ないし14)につき平成17年3月23日設定の根抵当権が,1
4筆すべてにつき平成17年6月30日設定の根抵当権が,それぞれ設定さ
れており,本件賃貸借契約締結後も,本件土地すべてにつき平成17年12
月9日設定の根抵当権が設定されている。そして,これらの根抵当権は,平
成21年5月13日現在,抹消されずに残っている。
3争点に対する判断
(1)地方自治法242条の2第1項4号に基づく1審原告の請求は,本件各
契約を締結した本件広域連合の長の判断が同法2条14項及び地方財政法4
条1項に違反することを前提とするものであるところ,地方公共団体の長が
その代表者として一定の額の賃料を支払うことを約して不動産を賃借する契
約を締結すること及びその賃料の額を変更する契約を締結することは,当該
不動産を賃借する目的やその必要性,契約の締結に至る経緯,契約の内容に
影響を及ぼす社会的,経済的要因その他の諸般の事情を総合考慮した合理的
な裁量に委ねられており,当該契約に定められた賃料の額が鑑定評価等にお
いて適正とされた賃料の額を超える場合であっても,上記のような諸般の事
情を総合考慮した上でなお,地方公共団体の長の判断が裁量権の範囲を逸脱
し又はこれを濫用するものと評価されるときでなければ,当該契約に定めら
れた賃料の額をもって直ちに当該契約の締結が地方自治法2条14項等に反
し違法となるものではないと解するのが相当である。
前記事実関係等によれば,旧志摩郡5町においては,各家庭から生ずるし
尿の運搬距離を平準化し各町におけるし尿くみ取り料金に格差が出ないよう
にするなどのため,各町にし尿中継槽が設けられていたのであり,各町の合
併後間もない本件賃貸借契約締結当時においても同様に,本件広域連合が旧
H町の区域内にし尿中継槽を設置する必要性があったということができる。
そして,本件広域連合としては,本件貯留槽は新たなし尿中継槽が完成する
までの期間に限定して借りたものであり,また,旧G町の区域内のし尿中継
槽において同区域内から生ずるし尿等に加えて旧H町の区域内で生ずるし尿
等の積替え及び保管を継続的に行うことは困難であったと考えられるから,
旧中継槽が閉鎖されてから2年以上経過した本件賃貸借契約締結当時におい
て,速やかに新たなし尿中継槽の用地を確保する必要性があったというべき
である。
そして,そもそも旧H町の区域内の旧中継槽は周辺住民からの強い苦情を
受けて廃止されたものであり,同区域内で新たなし尿中継槽の用地を確保す
ることは相当困難であったと考えられるところ,他に具体的な候補地の存在
もうかがわれない中で,本件広域連合がD組合から反対されて鑑定評価はし
なかったものの相応の交渉を経て本件賃貸借契約を締結するに至った経緯そ
れ自体が不当なものであったとはいえず,また,F私的鑑定において適正と
された賃料の額は,上記のようなし尿中継槽の用地を確保するという本件土
地を賃借する目的やその必要性等を考慮して算出されたものでないことは明
らかである。
そうすると,旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するという本件土
地を賃借する目的やその必要性,契約の内容に影響を及ぼす社会的,経済的
要因としての当該施設の性質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった事情
の有無にかかわらず,本件賃貸借契約において鑑定評価を経ずに定められた
賃料の額及びこれを一部減額した本件変更契約所定の賃料の額がF私的鑑定
において適正とされた賃料の額と比較して高額であることをもって直ちに,
本件各契約を締結した本件広域連合の長の判断がその裁量権の範囲を逸脱し
又はこれを濫用するものであったということはできない。
(2)本件土地の適正賃料について
ア本件土地の適正賃料額を算出するに当たって,上記事情を考慮すること
は困難であると解されることから(甲33,乙49),正常賃料を求めた
上で裁量権の範囲を逸脱又はこれを濫用するものであったかを判断し,上
記事情は,裁量権の範囲を逸脱又はこれを濫用するものであったか否かを
判断するに当たって考慮するのが相当である。
ところで,本件土地の適正賃料については,差戻し前の1審において行
われたE鑑定,差戻し前の控訴審において1審原告から提出されたF私的
鑑定(甲28)及び当審において1審被告から提出されたR私的鑑定(乙
47)がある。
このうち,E鑑定は,本件土地について,本件造成工事後の現況である
宅地としてその賃料を算定しているのに対し,F私的鑑定及びR私的鑑定
はいずれも本件造成工事前の現況を前提としてその賃料を算定している。
ところで,本件賃貸借契約は,本件広域連合が本件土地を本件し尿中継槽
用地及び進入路として賃借するものであって,本件造成工事は本件広域連
合が行うものとされているのであるから,本件土地の賃料は,本件造成工
事後の本件し尿中継槽用地及び進入路を前提として算定すべきものであり,
本件造成工事の費用負担の問題と本件賃料の前提となる本件土地の現況と
は別問題である。
また,R私的鑑定は,本件土地のうちの通路部分とその東側の土地及び
西側の土地とを一団の土地として評価し,その評価額に基づいて上記通路
部分の価格を算定しているが,上記東側の土地と西側の土地とは上記通路
部分によって区分され,一体として使用されている状況にもないから,上
記の3つの土地を一団の土地として評価することはできない。そして,上
記通路部分は,年額賃料600万円はそのままにして,後から本件土地に
加えられたものであり,D組合も共用する現況通路であるにもかかわらず,
通路としての減価がされていない。さらに,R私的鑑定は,残地補償の考
え方に基づき,本件し尿中継槽の設置により隣接するD組合所有地の価値
下落分を賃料に加算しているが(乙47ないし49),これは本件土地自
体の賃料にかかわるものではないから,賃料に加算することはできない。
したがって,F私的鑑定及びR私的鑑定は採用することができないから,
以下,E鑑定について検討する。
イE鑑定の概要及び妥当性については,原判決34頁17行目の「できな
い。」の次に以下のとおり加えるほかは,原判決29頁23行目から34
頁18行目までのとおりであるから,これを引用する。
「1審原告は,本件造成工事後の現況を前提として適正賃料を算定すること
は,D組合に造成費用と賃料という二重の利得を生じさせることになる旨
主張するが,前述のとおり,適正賃料の算定と造成費用の負担とは別問題
であるから,上記主張は採用できない。また,1審原告は,本件土地は本
件し尿中継槽の施設の底地の10倍以上の面積を有し,概ね2割が法地,
3割が通路であるところ,E鑑定は上記法地及び通路の全部を対象として
賃料を算定しており相当でない旨主張するが,法地部分は土木建設技術上
の観点から,通路部分は公道(志摩バイパス)との往来確保の観点から,
それぞれ必要なものであるから,上記の主張も採用できない(なお,E鑑
定が,本件土地に通路部分が相当程度含まれることなどを考慮して,画地
条件について25%の減価をしていることは前述(原判決引用部分)のと
おりである。)。さらに,1審原告は,E鑑定は,本件土地に隣接してD
組合のし尿中継槽という嫌悪施設が設置されていることを看過して,環境
条件につき減価しておらず相当でない旨主張するが,本件土地を賃借する
目的が本件し尿中継槽の設置であることからすると,E鑑定が環境条件に
ついて減価しないことが相当でないとはいえないから,上記の主張も採用
できない。」
ウ以上によれば,本件賃貸借契約の締結時における本件土地の適正賃料は,
年額286万2000円であると認めるのが相当である。
(3)本件賃貸借契約の締結時において,本件賃料の額は年額600万円であ
ったことから,本件土地の上記適正賃料の額よりも2倍余り高額であったと
認められる。
しかしながら,旧H町の区域内にし尿中継槽の用地を確保するという本件
土地を賃借する目的やその必要性,前記認定の本件賃貸借契約の締結に至る
経過,契約の内容に影響を及ぼす社会的,経済的要因としての当該施設の性
質に伴う用地確保の緊急性や困難性といった事情,年額賃料を600万円と
する本件賃貸借契約を締結することが本件広域連合の議会で承認されている
こと,本件広域連合がし尿等の中継槽用地として賃借しているN町の土地
(畑の一部99.17㎡)の協力費を含めた年間賃料が1432円/㎡であ
ること(乙7。なお,本件土地の年間賃料は1699円/㎡である。)を考
慮すると,本件賃料の額が本件土地の適正賃料の額よりも2倍余り高額であ
ったことを踏まえても,本件賃貸借契約を締結した本件広域連合の長の判断
がその裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものであったということは
できない。
また,本件変更契約は,本件賃料の額を減額するものであって,既に判示
した点を踏まえれば,本件変更契約を締結した本件広域連合の長の判断がそ
の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものであったということはでき
ない。
(4)これに対し,1審原告は,旧H町には他にもし尿中継槽の用地の候補地
があったとか,本件広域連合の長が,本件賃貸借契約締結までの約2年の間,
他の候補地を探して比較検討することをしなかったと主張する。しかし,本
件広域連合においても他の候補地を検討したと認められるし(乙43),前
記のとおり,旧H町の区域内で新たなし尿中継槽の用地を確保することは相
当困難であったと考えられ,他に具体的な候補地の存在もうかがわれないか
ら,上記1審原告の主張を採用することはできない。
また,1審原告は,本件広域連合はD組合から本件貯留槽を無償(後に5
0万円の賃料)で借りるなどD組合と人的に癒着していた上,D組合の言い
分を受け入れざるを得ないという力関係があった旨主張するが,上記無償貸
与の事実から本件広域連合とD組合が人的に癒着していたと認めることはで
きないし,そのような力関係があったことを認めるに足りる証拠もない。
さらに,1審原告は,本件土地に抵当権が設定されていることから,本件
土地が使用できなくなるおそれがあると主張するが,抵当権の設定の事実は,
本件広域連合の長の判断についての前記判断を左右するに足りるものではな
い。
1審原告は,本件上告審が,F私的鑑定が不当である旨の1審被告の上告
受理申立て理由第1を排除したことを理由に,F私的鑑定を維持すべきとも
主張するが,独自の見解であって採用することができない。
(5)そして,既に説示した点に照らせば,本件各契約を締結した本件広域連
合の長の判断に裁量権の範囲の著しい逸脱又はその濫用があり,本件各契約
を無効としなければ地方自治法2条14項,地方財政法4条1項の趣旨を没
却する結果となる特段の事情は認められず,本件各契約が私法上無効である
とはいえない。
4結論
したがって,その余の点について検討するまでもなく,差戻しに係る1審原
告の請求は理由がないから,これを棄却すべきある。
第4結論
よって,以上と結論を異にする原判決を取り消して,差戻しに係る1審原告
の請求をいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。
名古屋高等裁判所民事第2部
裁判長裁判官林道春
裁判官下田敦史
裁判官内堀宏達は,転補のため署名押印することができない。
裁判長裁判官林道春

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