弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する
     被告人を懲役一年六月に処する
     但し本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予する
     原審(但し証人Aに支給した分を除く)及び当審における訴訟費用は全
部被告人の負担とする
         理    由
 本件控訴の趣意については弁護人山本法明及び同宮原正行各提出に係る控訴趣意
書の記載を各引用する検察官は本件控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた
 各控訴趣意の第一点について
 原審が前記のB株式会社増資新株式申込証拠金領収証を以て有価証券と解したこ
とは各論旨の通りである而して刑法における有価証券の概念が私法における有価証
券の概念と無関係のものといえないことは勿論であるが各法令は夫々固有独自の目
的を有しその目的に応じて同一名称の概念もその法令の目的に応じてその範囲に広
狭の差異を生ずべく現に証券取引法においても大衆の売買や応募の対象となる権利
について大衆を保護するという目的からその有価証券とするものが私法上の有価証
券とその範囲を一にしていない点からするもこのこことは承認せざるを得ないもの
というべく従つて刑法に所謂有価証券の概念も亦刑法独自の目的から私法上の有価
証券の概念と若干その範囲に差異を生ずることはやむを得ないこととせねばならな

 <要旨第一>然るところ本件申込証拠金領収証は後記のように世上一般に行われて
いるものと同様のものでありその記載するところによれば増資新株式申
込の証拠金としてその申込株式の全金額の払込を受けそれと同時にその申込に応ず
る割当がなされたことになつていてその申込証拠金領収証は同時にその株式の引受
を証する書面となるものであり且つその所定株金支払期日(本件においては昭和二
十四年五月三十一日)においてはその申込証拠金は当然に株式払込金に振替充当せ
られそれと共に申込証拠金領収証は株式払込金領収証に転化せられその株券受領欄
に所定の記入及び押印がなされた場合は右の領収証と引換えに株券の交付がなされ
るものであることが認められるのであつて右のような領収証にそれに押捺してある
印影と同一印影の存する白紙委任状を添附したものは世上において恰も白紙委任状
付記名株券同様に転輾流通される商慣習の存在することは衆知のことでもあり又一
件記録上これを窺うに難くないことであつて少くとも右の領収証は証券取引法第二
条第六号に所謂株式の引受を証する書面に該当し同法に所謂有価証券なることはこ
れを否定し得ないのであるが進んで改正前の商法第百九十条第一項(改正後の同法
第百九十条)及び改正前並びに改正後の同法第二百四条第二項によれば株式引受人
の権利又は株券発行前の株式の譲渡についてその取引当事者間に於ける効力は敢え
て法の禁止するところではないが会社に対してはその効力の存せざることが規定せ
られ然もその規定は強行法と解せられる結果取引当事者からその譲渡の効力を会社
に対して主張し得ないことは勿論会社自らもその効力を容認し得ないので結局会社
に対する株券交付の請求はその当初の株式引受人以外のものが仮令新株式申込証拠
金領収証を所持していてもこれをなし得ないのであり又その領収証を喪失した場合
果して除権判決をなし得るか否かについても疑義があり従つてこれを私法上の有価
証券と断定するのは躊躇せざるを得ない然しながら既に説示したように右領収証に
白紙委任状を添附したものは世上において恰も白紙委任状付記名株券と同様に流通
する商慣習が存し又会社も事実上その流通を認めその所持人に対しこれと引換にの
み株券を交付(形式的には所持人は当初の株式引受人又は株主の代理資格において
株券を受取り他方会社はその所持人に株券を交付して免責される)している実情に
おいてその経済的機能に着眼するときは刑法上これを有価証券として保護せざるを
得ないものと考えられる蓋し刑法が有価証券を特に一般文書と区別する所以はそれ
が世上へ多量に散布せられ又はある権利を化体したものとして広く転輾流通せられ
る点換言すればそれが集団的乃至反覆的取引の対象とされる点にあると認められる
からである従つて原審が本件新株式申込証拠金領収証を以て刑法上の有価証券と解
したことを以て事実誤認乃至法令の適用を誤つたとする論旨はこれを排斥する
 弁護人宮原正行の控訴趣意第二点について
 一件記録によれば岐阜市a町所在のC銀行D支店の支店長Eは被告人に対して定
期預金債権及び有価証券を担保とする正規の貸出の外顧客たる被告人の便宜を謀つ
て同銀行の貸出規定に副わない原審判示の宅地、山林を担保として当座貸越の形式
による貸出(従つてこれには正規の当座貸越契約書は存しない)を行い被告人から
右宅地山林の権利書その他の関係書類を預つていたのであるが昭和二十四年七月当
時においてはその貸越額が百万円を超ゆる状態となつていたところ本店によつて監
査が行われることになつたのでそれ迄に正規でない貸越を解決する必要を生じ尓来
被告人に対してその決済方を迫り被告人も同人の苦境を察しその決済に努力したの
であるが早急その完済の見込がないところから本件増資新株式申込証拠金領収証を
偽造しこれを担保として新に同銀行から金融を得てこれを以て前示貸越を完済し一
時の急場を凌ぐ外なしとして右Eとの間に時価百万円位の有価証券を担保に差入れ
て同銀行から六十万円の貸出を受けそれを以て右貸越債務の支払に充当すること尚
借主は被告人以外の第三者とし被告人はその保証人の形式とすることの諒解が成立
し依つて同年八月十三日頃被告人がその当時社長であつたF株式会社の従業員G及
びH各振出の額面三十万円の手形二通と共に白紙委任状を添附した本件二十五枚の
偽造新株式申込証拠金領収証を真正なものとして右Eへ提供し前示諒解に基いて新
に同銀行から被告人を保証人とし右G及びHへ各三十万円を貸出しその合計六十万
円は現実に交付されることなくその現実交付に代えて被告人の前示当座貸越額へ充
当され且つその貸越残額は被告人から現金を支払い茲に右当座貸越金債務を消滅せ
しめその数日後においてEからその担保としてあつた宅地、山林の関係書類が返還
されたことが認められるので経済的には或いは論旨のように右の関係は単に従前の
六十万円の債務についてその弁済期を延期した丈に過ぎぬかも知れないがその前後
の二個の六十万円の債務はその借主なり担保なり成立時期を異にし別個の債務関係
たることは明かであり従つて当座貸越の形式による六十万円の債務は消滅し因つて
被告人がその支払を免れたものとせねばならないのでありその他の論旨挙示の事由
を以てするも<要旨第二>右の見解を左右し得ないからこの点に関する主張は採用す
るに足らないところで右の事実関係においては被告人が本件偽造増資新
株式申込証拠金領収証を恰も真正なものであるかのように装つて欺罔手段を施した
ことと右Eをしてこれを担保に新に六十万円の貸出な約諾せしめた上その現金授受
に代えて従前の貸越金債務えの振替充当によるその債務の消滅これを反面からいえ
ば被告人がその貸越債務に対する支払を免れたこととの間に直接因果関係の存する
ことはこれを肯定し得られるがそのことによつて(右振替充当によつて消滅した六
十万円以外の残額は被告人から現金で支払うたことは前述の通り)前示宅地、山林
は当然その担保性を喪失するに到つたものであり原審はその担保の解除を得たこと
も被告人の欺罔と直接因果関係のある不法利得と解しているが一件記録を通じても
その担保解除について欺罔手段が施されたことはこれを認め得ないのであつてその
関係書類の返還も単に右貸越債務関係終了に伴う当然の後始末としてなされた丈の
ことであり被告人の欺罔手段との間に直接因果関係があることはこれを認め得ない
し又I株式会社振出に係る約束手形四通その額面合計八十万円も亦一時右貸越債務
の担保に供せられていたことは一件記録上明かなところではあるが原審証人Aに対
する尋問調書及び原審第二回公判における証人Eの供述記載から前示振替充当によ
る右貸越債務の終了前にその各手形金額が支払われその都度その手形は返還されて
いたものであることが認められEの検察官に対する供述調書及び原審証人Eに対す
る尋問調書において右の認定に副わない供述があるけれども前掲の証拠と対比して
措信し難いよつて右四通の約束手形の返還は本件偽造の増資新株式申込証拠金領収
証の提供とは何等関係がないものとせねばならない
 以上のように右山林、宅地、約束手形の担保解除を以て欺罔手段により不法に利
得を得たものとする原審の判定は事実誤認か或いは法令の適用を誤つたものであつ
て且つその違法は判決に影響を及ぼすことが明かであるから原判決は尓余の論旨を
判断する迄もなくこの点において刑事訴訟法第三百九十七条によつて破棄さるベき
ものである
 而して本件は一件記録及び原審で取調べた証拠で当審において直に判決し得られ
るから同法第四百条本文に則つて更に判決する。
 (事実)
 被告人は印刷業を営むF株式会社の社長であつたが予ねて岐阜市b町所在のC銀
行D支店から定期預金債権及び有価証券を担保として貸出を受けていたのであるが
その外同支店長Eは顧客たる被告人の便宜を謀つて同銀行の貸出規定に副わない宅
地、山林を担保とし当座貸越の形式で被告人に対し貸出を行つていたが本店の監査
が行われることになつたのでそれ迄に右貸越を整理する必要を生じ同人から被告人
に対しその貸越債務を完済されたい旨を申入れ被告人も同人の苦境を察しその解決
に奔走したが他から早急金融を受ける見込与がなかつたところから偽造の増資新株
式申込証拠金領収証を以て別途に同銀行から金融を受けこれを以て右の貸越債務を
完済しようと考え
 第一 (一)昭和二十四年八月八日頃岐阜市c町d番地所在の右会社の工場にお
いて行使の目的を以て擅に情を知らない同会社工場長JをしてB株式会社新株式申
込取扱所K銀行本店営業部の名義を以て増資新株式申込証拠金領収証と題し宛名欄
を空白とし金五千円也但一百株分(一株につき金五十円也)を右B株式会社増資新
株式申込証拠金として領収する旨の文言、右の申込証拠金は払込期日(五月三十一
日)に於て株式払込金に払替充当すべき旨の文言及び本領収証を以て株式払込金領
収証として取扱い別に株式払込金領収証を発行せざること、本領収証引換に株券を
交付すべきこと並びに株券との引換方法は後日公告すべきことの注意書が存し次に
一線を劃し年月日、株主の住所氏名欄を空白とし東京都千代田区ef丁目g番地B
株式会社宛に右新株式に対する株券を受領した旨の文書を記載したB株式会社増資
新株申込証拠金領収証約四十枚を順次印刷せしめた上翌々日頃同工場において右領
収証の宛名として活字を以て架空のLの氏名を次いて同月十八日岐阜市h町M方に
おいてナンバーリンク機により右各領収証の番号欄に一連の番号を順次押捺せしめ
更にその頃同所において予ねて用意のK銀行本店営業部の長方形の印章をその作成
名義のK銀行本店営業部の箇所に又Lなる印章を新株券受領文言の部分における株
主氏名欄の下部に各押捺し以て順次K銀行本店営業部作成名義のB株式会社に対す
る百株分の増資新株式申込証拠金領収証約四十枚の各偽造を遂げ
 (二) 同月十三日頃右C銀行D支店において右Eに対し前示G及びH各払出の
額面三十万円の約束手形二通と前示Lの白紙委任状を添附した右偽造の増資新株式
申込証拠金領収証二十五枚を一括して真正なものの如く装うて提出行使し
 (三) 因つて右Eをして右増資新株式申込証拠金領収証を真正なものと誤信せ
しめた上これを担保とし借主を右G及びH保証人を被告人とする各三十万円計六十
万円の貸出を承諾をしめこれを当座貸越債務六十万円に振替充当せしめて以て不法
にその六十万円の支払を免れ
 第二 (一) 同年八月二十三日頃同市i町j番地N方において同人に対し時価
三、四十万円相当の株券を担保として提供する意思がないのに「後日確実な有価証
券を担保として提供するから金四十万円を貸して呉れ」と虚構の事実を申向けて因
つて同人をしてその旨誤信せしめ同月二十四日頃右N方において同人からO銀行P
支店支払N振出額面四十万円の小切手一通の交付を受けてこれを騙取し
 (二) 同年九月十日頃右N方において同人に対し前記第一(一)掲記の偽造の
増資新株式申込証拠金領収証の内十一枚を前記四十万円及び被告人が既に右Nから
借用していた六十万円を担保するため真正なものとして一括交付して行使し
 たものである。
 (証拠)
 一、 Qの始末書
 一、 B株式会社R分室総務部株式課の事実照会につき御回答の件と題する書面
 一、 司法警察員に対するJ第一、二回供述調書
 一、 検察官に対する同人の供述調書
 一、 検察官に対するSの供述調書
 一、 司法警察員に対するTの供述調書
 一、 検察官に対するEの供述調書(I株式会社振出約束手形返還に関する部分
を除く)
 一、 原審証人Eに対する尋問調書(同上)
 一、 原審第二回公判調書における証人Eの供述記載
 一、 原審証人堀晃に対する尋問調書
 一、 証第一号の増資新株式申込証拠金領収証二十五枚、証第二号の白紙委任状
二十五枚、証第三号の約定書四枚及び証第四号の約定書四枚の各存在
 一、 司法警察員に対するNの供述調書
 一、 検察官に対する同人の一、二回供述調書
 一、 検察官に対するUの供述調書
 一、 司法警察員に対する被告人の第一、二回供述調書
 一、 検察官に対する被告人の第一乃至第四回供述調書
 (適条)
 法律に照すと判示第一の有価証券偽造の点は各刑法第百六十二条第一項に同行使
の点は各同法第百六十三条第一項に詐欺利得の点は同法第二百四十六条第二項に該
当し右有価証券偽造、同行使、詐欺利得は順次手段結果の関係にあり且つ右行使は
一個の行為にして数個の罪名に触れるので同法第五十四条第一項前段後段第十条に
より最も重き同行使罪の刑に従い又判示第二の詐欺の点は同法第二百四十六条第一
項に偽造有価証券行使の点は同法第百六十三条第一項第五十四条第一項前段第十条
に該当し以上は同法第四十五条前段の併合罪であるから同法第四十七条本文第十条
によつて最も重い判示第一の偽造有価証券行使罪の刑に併合加重をした刑期範囲内
で被告人を懲役一年六月に処し尚本件諸般の情状を考慮して同法第二十五条によつ
て本裁判確定の日から五年間右刑の執行を猶予も原審における訴訟費用(但し証人
Aに支給した分を除く)及当審において国選弁護人に支給した訴訟費用は刑事訴訟
法第百八十一条第一項によつて全部被告人をして負担せしむべきものである
 尚本件公訴事実中被告人が(一)岐阜県加茂郡k村l地内字mn番のo山林二反
九畝二十七歩外二十二筆(二)岐阜市p町q丁目r番地宅地六十六坪同s番宅地九
十八坪、同市t町u丁目v番地宅地百三十三坪(三)振出人I株式会社受取人Vの
約束手形額面三十万円のもの一通、同十五万円のもの二通、同二十万円のもの一通
について詐欺利得したとの点は前段論旨に対する判断において説示した理由によつ
て犯罪の証明がないことになるので同法第三百三十六条に従つて無罪の言渡をすべ
きところ前示貸越債務六十万円の支払を不法に免れた詐欺利得と一罪の関係にある
として起訴されたものであるから特に主文においてこの言渡をしない。
 仍て主文の通り判決する。
 (裁判長裁判官 河野重貞 裁判官 山田市平 裁判官 小沢三郎)

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