弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
  上告代理人真子傳次、同出射義夫、同梶原正雄、同久保田敏夫の上告理由第一
点について
 (一) 私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「法」という。)
四八条は、公正取引委員会は、法の規定に違反する行為(以下「違反行為」という。)
があると認める場合において、審判手続を開始するに先立ち、まず当該違反行為を
している者に対して右違反行為を排除するために適当な措置(以下「排除措置」と
いう。)を採るべきことを勧告し、その者がこれを応諾したときは、審判手続を経
ないで、勧告と同趣旨の排除措置を命ずる審決、(以下「勧告審決」という。)を
することができるものとしている。本来、排除措置は、審判手続を経たのち、公正
取引委員会が右の手続において取り調べた証拠に基づいて違反行為があると認めた
場合にされる審決(以下「審判審決」という。)によつて命じなければならないの
である(法五四条一項)が、審判開始決定ののち、被審人が、審判開始決定書記載
の事実及び法律の適用を認めて、公正取引委員会に対し、その後の審判手続を経な
いで審決を受ける旨を文書をもつて申し出て、かつ、当該違反行為を排除するため
自ら採るべき具体的措置に関する計画書を提出した場合において、公正取引委員会
が適当と認めたときは、その後の審判手続を経ないでされる審決(以下「同意審決」
という。)によることもできることとされている(法五三条の三)。これに対し、
勧告審決の制度は、法の目的を簡易迅速に実現するため、違反行為をした者がその
自由な意思によつて勧告どおりの排除措置をとることを応諾した場合には、あえて
公正取引委員会が審判を開始し審判手続を経て違反行為の存在を認定する必要はな
いものとし、ただ、その応諾の履行を応諾者の自主的な履行にゆだねることなく審
決がされた場合と同一の法的強制力によつて確保するために、直ちに審決の形式を
もつて排除措置を命ずることとしたものと解される。すなわち、正規の審判手続を
経てされる審判審決が公正取引委員会の証拠による違反行為の存在の認定を要件と
し、また、同意審決が違反行為の存在についての被審人の自認を要件としているの
に対し、勧告審決は、その名宛人の自由な意思に基づく勧告応諾の意思表示を専ら
その要件としているのである(最高裁昭和四六年(行ツ)第六六号同五〇年一一月
二八日第三小法廷判決・民集二九巻一〇号一五九二頁参照)。もつとも、勧告審決
も審決であるから、法五七条の適用があるというべきであり、審決書には公正取引
委員会の認定した事実を示さなければならないが、そこに示すべき事実とは、勧告
に際し公正取引委員会が認めた事実(法四八条一項)、すなわち勧告書に記載され
た事実(公正取引委員会の審査及び審判に関する規則二〇条一項一号)を意味する
ものと解するのが、相当である。けだし、勧告審決をする段階においては公正取引
委員会はもはや事実の認定を行うものではなく、勧告審決書に事実を示す趣旨は、
前述の勧告審決の性質にかんがみ、排除措置との関係において排除されるべき違反
行為を明確にするとともに審決の一事不再理の効力との関係において事実を特定す
るためのものであるにすぎない、と解すべきであるからである。
 (二) 右のように、勧告審決にあつては、公正取引委員会による違反行為の存在
の認定は、その要件ではないのであるから、違反行為の存否は勧告審決の適否につ
きなんら影響を及ぼすものではなく(仮に、勧告に際し公正取引委員会が認めた事
実に誤りがあり、ひいて勧告に瑕疵があるといいうる場合であつても、勧告の応諾
により公正取引委員会が事実を認定する必要がなくなつた以上、それは勧告審決自
体の違法事由となることはないと解するのが、相当である。)、したがつて、違反
行為の不存在は勧告審決を取り消すべき原因とはならないし、他面、勧告審決は違
反行為の存在を確定するものでもないというべきである。
 (三) また、法八〇条、八一条、八二条一号のいわゆる実質的証拠の原則に関す
る規定は、公正取引委員会が審判手続を経て証拠により事実を認定する場合、すな
わち審判審決の場合に限つてその適用があり、審判手続を前提としない勧告審決の
場合にその適用のないことは、右規定の趣旨に照らし明らかなところである。
 (四) そうすると、違反行為の不存在は勧告審決の取消事由とならず、勧告審決
につきいわゆる実質的証拠の原則に基づく規定の適用はないとした原審の判断は、
結局、正当である。また、審決取消訴訟について、公正取引委員会の認定した事実
が裁判所を拘束するのは、審決に際し公正取引委員会によつて認定された事実につ
いてこれを立証する実質的証拠のある場合に限られるから(法八〇条)、審決に際
し公正取引委員会による事実の認定を要件とせず、しかも実質的証拠の原則の規定
の適用のない勧告審決が違反行為の存在につき裁判所を拘束することは、ありえな
いものといわなければならない。更に、法八〇条一項のような規定を欠く法二六条
の無過失損害賠償請求訴訟については、審判審決において公正取引委員会が認定し
た事実であつても裁判所を拘束するものと解することはできないのであるから、違
反行為の認定を要件としない勧告審決が違反行為の存在につき裁判所を拘束するも
のとは、とうてい考えられないのである(もつとも、右訴訟において、違反行為に
対する排除措置を命ずる審決があつたことが立証された場合において、審決の成立
過程の特質、すなわち、審判審決にあつては公正取引委員会の証拠による違反行為
の存在の認定を、同意審決にあつては被審人の違反行為の存在の自認を、勧告審決
にあつては違反行為の排除措置をとることの応諾を、要件とするものであることに
応じて、強弱の差はあるとしても、違反行為の存在につきいわゆる事実上の推定が
働くことを否定することはできないが、それは裁判所に対する法律上の拘束とみる
べきものではない。)。それ故、勧告審決が違反行為の存在の認定につき裁判所を
拘束することを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠き、失当である。論旨
は、採用することができない。
 同第二点について
 本件審決の主文は不特定でないとした原審の判断は、正当として是認することが
でき、右主文が不特定であることを前提とする所論違憲の主張は、その前提を欠き、
失当である。論旨は、採用することができない。
 同第三点について
 勧告の応諾は私人の行う公法行為であるが、勧告応諾の意思表示に要素の錯誤が
あるときは応諾は無効となり、それに基づいてされた勧告審決も違法になるものと
解することができるとしても、本件において上告人が応諾をするに至つた事情とし
て主張するところはいずれも応諾の意思表示の動機にすぎず、所論の事由をもつて
上告人が右の動機を相手方たる被上告人に対し明示的又は黙示的に表示したものと
いうことはできないから、上告人の本件応諾の意思表示に要素の錯誤があるとは認
められない。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。
論旨は、採用することができない。
 同第四点について
 所論は、原判決の法四八条の解釈の誤りをいうが、その実質は、ひつきよう、上
告人の違反行為の不存在を理由として本件勧告審決の違法を主張するに帰するもの
であつて、それが許されないことは論旨第一点に対する判断において述べたとおり
である。これと同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨
は、採用することができない。
 同第五点について
 法四八条所定の「適当な措置」とは、違反行為を排除するため必要な措置、すな
わち法七条、八条の二、一七条の二、二〇条所定の措置を指すものと解するのが相
当であり、原審が所論の主張を排斥する趣旨であることは、その判文に徴し明らか
である。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官
全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    天   野   武   一
            裁判官    江 里 口   清   雄
            裁判官    高   辻   正   己
            裁判官    服   部   高   顯
            裁判官    環       昌   一

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